温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2018年05月23日

沢渡温泉 「まるほん旅館」⑥


 <しんしんと雪降る宿で福田おやじとサトボオと酒を飲むと、深夜〇時になってしまった。サトボオは純朴なマジメ人間で、まだ発展途上の道楽者予備軍である。福田おやじは「これで、まるほん旅館は安泰です」と感慨深げだった。>
 (嵐山光三郎著『日本百名町』光文社知恵の森文庫 より)


 今日は雑誌の取材で、中之条町の沢渡(さわたり)温泉へ行って来ました。
 思えば、昨年6月のNHKBSプレミアムの旅番組のロケ以来ですから、ちょうど1年ぶりになります。

 午前8時、共同浴場に着くと、沢渡温泉組合長の林伸二さんが出迎えてくれました。
 「小暮先生が来られるというので、また、こちらを用意しておきました」
 と、沢渡温泉名物の 「きび大福」 を渡されました。

 別に “先生” ではないのですが、中之条町の観光大使をしているからでしょうか、なぜか組合長は僕のことを 「先生」 と呼ぶのです。
 そして会うときは、必ず僕の大好物の 「きび大福」 をくださるのです。


 組合長との雑談と、共同浴場での写真撮影の後、隣接する 「まるほん旅館」 へ。
 温泉ファンなら誰でも知っている創業400年の老舗旅館です。
 そして、作家の嵐山光三郎先生が、著書の中で 「サトボオ」 と呼ぶ16代目主人の福田智さんのいる宿です。

 有名な話ですが、智さんは元銀行員で、湯と歴史と先代の主人に惚れ込んで、脱サラして福田家に養子として入ったという異色の “湯守人” であります。
 その経緯については、嵐山先生や僕の著書をお読みください。


 「まずは、湯をいただいてきます」
 と勝手知った館内を、ドカドカと歩いて、名物の混浴大浴場へ。
 といっても、今日は休館日なので、他に客はいません。
 貸切であります。

 別名、「ひのき張り湯小屋風呂」。
 群馬県内でも3本の指に入る、僕の大好きな湯殿です。
 湯殿もいいが、なによりも湯がいい!

 湯葉のように幅広の湯の花が、ゆらゆらと湯の中をたゆたう姿は、なかなか他の温泉では見られるものではありません。
 隣の共同浴場と同じ源泉なのに、なぜか湯の花のサイズが違うのです。
 (共同浴場の湯の花は、もっと小さくて細かい)

 極楽、極楽!
 やっぱ、ここの湯、好きだわ~!!
 と、声を出さずにはいられない至福感を存分に堪能してきました。


 湯上がりは、サトボウこと智さんとコーヒーをいただきながら、いつもの温泉談義に花を咲かせてきました。
 またしても彼の温泉に対する情熱に触れ、「負けるもんか!俺だって」 という闘志が湧いてきたのであります。

 もっともっと、沢渡温泉の湯を全国の人に知ってほしいものです。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:58Comments(0)温泉地・旅館

2018年05月22日

川原湯温泉 「丸木屋旅館」


 昭和27年だったといいますから、66年の歳月が過ぎたことになります。
 のどかな温泉街に、突然、ダム建設の計画が持ち上がった年です。
 いまだに、ダムは完成していません。

 国の方針も中止と再開をくり返し、温泉街をはじめ水没予定地区の住民は、賛成派と反対派に分かれ、確執と翻弄の中で闘い続けて来た66年間でした。
 それでも終結の日が、いよいよ、あと2年と近づいています。
 ダム堤は完成すれば、高さ116メートル、幅290メートル。
 現在、24時間態勢で、コンクリート打設工事が進んでいます。


 「旅館が移転したら、また取材してくださいね」
 と9年前に言ってくださったのは、“旧七軒” と呼ばれる老舗旅館の主人でした。
 その主人の旅館は、まだ新天地には移転していませんが、すでに5軒の宿が営業を再開しています。
 今日、そのうちの1軒、「丸木屋旅館」 へ行って来ました。


 NHK文化カルチャーの野外温泉講座です。
 僕は9年前から、この講座の講師をしています。
 開講した初年度に、講座では旧川原湯温泉を訪ねています。

 「旧川原湯温泉に行ったことある人は、いますか?」
 行きのバスの中で、受講生に声をかけると2名が手を挙げました。
 顔を見れば、初回講座から受講している方でした。


 「うわ~、なんだか温泉地という雰囲気じゃないですね」
 バスを降りた受講生の第一声でした。
 「ですね、まだ道路も工事中だし、宿も商店もまばらです。これからですよ」

 僕は昨年、雑誌の取材で、川原湯温泉協会長の樋田省三さんにインタビューをしました。
 彼いわく、「次世代を担う若い後継者たちが、帰って来ています。私たちは過去を引きずっていますが、彼らには未来しかない。新しい川原湯温泉に期待しています」
 もちろん、僕も期待しています。
 10年後、20年後の川原湯温泉を見てみたいものです。


 現在の温泉街の入り口に建つ、「丸木屋旅館」。
 黒を基調としたモダンな和風旅館です。
 部屋は全6室、家族だけで商うアットホームな宿です。

 なによりも、湯がいい!
 旧温泉地からポンプアップされていますが、源泉の温度が約80度もあるため、加温する必要はありません。
 この時季だと、ちょっと熱いくらいです。

 でも、これが不思議なんです。
 昔から川原湯の湯は、“熱いけれど涼しさを感じる” のであります。
 ま、これは僕の大げさな表現なんですけどね。
 入るときは確かに熱いのです。
 でも肩まで浸かる頃には、もう熱さは感じません。
 「あれ、ちょうどいい湯加減じゃない」
 と、受講生たちも大変驚いていました。


 湯上がりにいただいた料理は、フキとタケノコの煮物、ウドやコシアブラの天ぷらなど、山の幸たっぷりで、ついつい酒も進んでしまいます。
 「先生、最高ですね!」
 「でしょう、いいでしょう!」

 みなさんも、新しくなった川原湯温泉へ、ぜひ足を運んでください。
 今だと、「八ッ場(やんば)ダム現場見学ツアー」 を行っていますよ。
   


Posted by 小暮 淳 at 22:13Comments(0)温泉地・旅館

2018年05月21日

不自由なれど


 すでに、ご存知のとおり、僕は週末、認知症のオヤジの介護をしています。
 オヤジが認知症を発症してから、もうかれこれ10年になります。

 年々、記憶は遠ざかり、加齢とともに体力もなくなり、今では自立歩行もままなりません。
 今年94歳になる高齢ですから、仕方がないといわれれば、それまでなのですが、長引く介護に、僕もアニキも少々疲れを感じる今日この頃です。


 平日はデイサービスとショートステイを組み合わして、実家でアニキが面倒を看ています。
 週末になると、僕がオヤジを迎えに行き、我が家で引き取っています。
 その間、アニキは東京の家族の元へ帰ります。

 我が家では、1階の和室に布団を敷いて、オヤジを寝かせています。
 起きているときは座椅子に座らせていますが、ほとんど目をつむっています。

 「トイレも行かせたし、今なら、しばらく大丈夫かな……」
 と寸暇を惜しんで、僕は2階の仕事部屋へ行き、急ぎの仕事を片付けようとするのですが、そうは問屋が卸してはくれません。

 ドタン! バタン!
 「ああああああーーーー!!」

 オヤジが徘徊をして、廊下で転倒したり、玄関から転落して、カメのようにひっくり返って、手足をバタつかせているのです。
 これでは、おちおち仕事なんてしていられません。
 一瞬たりとも、目を離せないのが現状なのです。


 ということで、このところは、オヤジが居る3日間は仕事をするのは、あきらめています。
 その代わり、本を読んでいます。
 でもね、一日中読書を続けるのも、飽きるものですよ。
 しかも、締め切り原稿なんか抱えていると、「ああ、早く仕事をしたい。このオヤジさえ、いなければ……」 なんて恨み言の一つも言いたくなるのです。

 でも、今回は、そんなストレスも吹き飛んでしまいました。
 先週、今夏出版される著書の “ゲラ” が上がってきたのです!
 ゲラとは、「ゲラ刷り」 のことで、印刷前の校正用の刷り物のことです。
 この用紙に、校正をしながら訂正・修正の赤を入れるときが、ライターとしての至福の時なのであります。

 まだ本文だけの初稿ですが、それでも130ページのゲラが、出版元より手渡されました。
 「やった! これならオヤジの介護をしながらでも、仕事ができる!」
 と、この3日間は、オヤジの目の前でゲラを広げて、黙々と赤ペンを走らせていたのであります。

 「ダメだよ、じいさん! これは触っちゃダメなんだよ。仕事だからね」
 時々、目を開けては、ちょっかいを出すオヤジをたしなめながらも、有意義な時間を過ごせたのでした。


 介護は不自由なれど、やりようで、どうにかなるものです。

 出版、間近!
 気合が入ります。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:34Comments(0)著書関連

2018年05月18日

情熱のローラ


 ♪ 涙をふいて僕と歩いて行こうよ
   この道はもどれない 青春という季節
   恋に悩みもするだろう
   誰かと争うことも時にはあるだろう
   若い日二度と来ない さらばといって行こう ♪
     <『青春に賭けよう』 作詞/たかたかし 作曲/鈴木邦彦>


 また一つ、昭和の光が、青春の1コマが消えて行きました。
 西城秀樹、享年63歳。

 今思えば、僕の青春時代には、ピンクレディーやキャンディーズもいたけど、ちゃっかり、“新御三家” もいたことに気づきました。
 中でも、西城秀樹は、僕のお気に入りでした。

 何を気に入っていたのかって?
 あの、歌唱ですよ。
 ちょっとハスキーで、ロックと歌謡曲の折衷のような楽曲は、モノマネをするには最適でした。

 「情熱の嵐」 「傷だらけのローラ」は、僕の十八番でした。
 休み時間には筆箱をハンディマイク代わりに、放課後はモップをスタンドマイク代わりに、熱唱したものでした。
 もちろん、オンステージのつかみは、
 ♪ ハウスバーモントカレーだよ~ ♪


 いつか僕も、秀樹のように、大きなステージで思いっきリ歌ってみたい!

 確かに10代の時は、そう思っていました。
 だから夢を追って、東京へ出て行ったのです。
 そして、初めて行ったディスコで、最初に踊った曲が 「ヤングマン/Y.M.C.A」 でした。

 でもね、僕が秀樹の曲で一番好きなのは、「ヤングマン」 でも 「情熱の嵐」 でも 「傷だらけのローラ」 でも 「薔薇の鎖」 でも 「ギャランドゥ」 でもないのです。
 そう、あまり売れなかったけど、「青春に賭けよう」 なんです。
 だから訃報を知ってからは、ずーっと、この曲を歌っています。


 ヒデキに、感謝!
 青春をありがとう。

 ご冥福をお祈りいたします。
      


Posted by 小暮 淳 at 23:13Comments(0)つれづれ

2018年05月16日

おかげさまで1周年


 「毎月、銀行で見ています」
 「グラフぐんま、読んでますよ」
 このところ、そう声をかけていただくことが増えました。
 連載開始から1年、少しずつ知られるようになりました。


 『グラフぐんま』(企画/群馬県、編集・発行/上毛新聞社)。
 年9回発行されている群馬県のグラビア広報誌です。
 定価360円で書店販売されていますが、役所や公民館、銀行、病院のロビーや待合室に置かれているのを見かけた人は多いと思います。

 この雑誌に昨年の5月号から、僕は “冠連載” を書かせていただいています。
 「かんむり」 とは、タイトルに筆者の名前が付いている記事のことです。

 『温泉ライター小暮淳の ぐんま湯けむり浪漫』

 第1回の四万温泉から始まり、今月(2018年5月号) の伊香保温泉で、第10回を迎えました。
 ちょうど連載1周年になります。
 読者も増えてきているようで、筆者としても嬉しいかぎりです。


 連載は続きますが、群馬県内には約100ヶ所の温泉地がありますので、シリーズが完結するには丸10年続くことになります。
 あらあら、その頃僕は、“アラ古希” であります。
 が、すべては群馬の温泉のため!
 老体にムチを打ってでも、書き続けますぞ!

 読者のみなさま、末永くお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:58Comments(0)執筆余談

2018年05月14日

母の日なのに


 毎週日曜日は、認知症のオヤジを連れて、リハビリ施設に入院しているオフクロを訪ねています。
 ところが昨日は、会いに行くことができませんでした。
 オヤジが突然、熱を出してしまったのです。
 当然、熱のある老人を面会に連れて行くことはできません。
 だからといって、オヤジを家に置いて、僕だけ行くこともできません。


 「じいさん、大丈夫かい?」
 「……」

 別に熱のせいではなく、ふだんから耳が遠いので、別段、いつもと変わりはありません。
 ただ、ジッとイスに座って、目をつむっているだけです。
 これも、いつもと同じ。
 寝ている時は、もちろんですが、起きている時も目は、つむっています。
 目を開けているのは、食事をしているときぐらいなもの。

 最近は、食事の最中でも寝てしまいますが……


 「じいさん、あんたは、生きてるの? 死んでるの?」
 「……」

 生きているんなら、せめて生きている証しとして会話をしてほしくて、僕は呼びかけます。
 たぶん本人は、今、熱があることも分からないんでしょうね。

 「今日は、ばあちゃんに会いに行けないね」
 「……」
 「残念だね」
 「……」

 残念だと思っているのは、きっと僕だけです。
 “母の日” なのに……
 きっとオフクロは、僕がオヤジと会いに来るのを待っているはずです。

 かあちゃん、ごめんな。
 オヤジが熱さえ出さなければ……


 ふと、オヤジを見れば、夕食のカレーライスを一人前、ぺロリと平らげています。
 熱があっても、食欲旺盛の大食漢。
 たぶん、これがオヤジの生命力の源なんですね。

 「じいさん、薬を飲んだら、ちゃんと布団で寝てくださいね」
 「……」
 「その前に、オムツを交換しようね」
 「……」


 来週の日曜日は、オフクロの91回目の誕生日です。
 オヤジの風邪を治して、何がなんでも会いに行かなくちゃ!
  


Posted by 小暮 淳 at 23:08Comments(0)つれづれ

2018年05月12日

来世のために


 80歳を過ぎてから、英会話教室に通い出した男性がいます。
 なんのために?
 海外旅行に行くのか?

 その老人の答えは、こうでした。
 「次の人生のためにです」


 この話をしてくれたのは、さる会社の社長さんでした。
 将棋の藤井君、スケートの羽生君、野球の大谷君など天才と呼ばれる人たちは、我々と何が違うのだろうか?
 生まれながらにして、差が付いているのだろうか?
 そんな話をしているときでした。

 「前世からして、違うらしいですよ」
 そして、そのことに気づいた老人は、次の人生のために、死ぬ前に英会話を会得しておこうと考えたとのことです。


 なるほど、天才たちは、すでに前世で技術を会得してから生まれてきたのですね。
 それが天才と凡人の差ということです。
 ならば、今からでも何か一つモノにしておけば、来世が楽になるというものです。

 「小暮さんもいかがですか? ひとつ、六十の手習いで初めてみては?」
 「そうですね、僕の場合、経営学の勉強ですかね。来世で、お金持ちになれるように(笑)」
  


Posted by 小暮 淳 at 11:30Comments(2)つれづれ

2018年05月11日

ぶらり、尾瀬の里へ


 尾瀬の玄関口、JR上越線、沼田駅。
 駅前より大清水行きのバスに乗って、約40分。
 老神温泉に降り立ちました。


 僕は2015年5月に、『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) という本を出版しました。
 この本では、老神温泉の15軒の宿すべてを取材しています。
 また、「老神温泉大使」 に任命されているので、取材以外のイベントにもたびたび参加しています。
 いわば、何十回と訪れている勝手知ったる温泉地なのであります。

 でも今回、初めて電車とバスを乗り継いでやって来ました。
 なぜか?
 ええ、まあ、事情がありまして、クルマの運転ができないのであります。


 「老神温泉」バス停を下りると、目の前が朝市広場です。
 昼時だったので、すでに終了していましたが、この広場には、ギネス世界一の 「大蛇みこし」(108m) が常設展示されています。

 くしくも昨日は、年に1度、この大蛇みこしが練り歩く 「大蛇まつり」(5月11日~12日) の前日でした。
 温泉街では、協会職員や旅館の主人たちが、祭りの準備に追われています。

 「あれ、小暮さん! 今日は?」
 顔見知りの人たちが、声をかけてくれました。
 「今日は、取材です。今年は祭りに出られなくて申し訳ありません」
 週末は親の介護のため、祭りを欠席せざるを得ませんでした。


 温泉街を散策の後、昼食を兼ねて、ひと風呂浴びに、日帰り入浴施設の「湯元 華亭」 へ。
 ほんのり硫黄の香りのする名湯につかりながら、まぶしいほどの新緑を満喫しました。

 「今日は一日、よろしくお願いします」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 「カンパーイ!」

 湯上がりに、同行のカメラマン氏と生ビールで、取材の無事と成功を祈りました。


 僕は現在、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 に、『ほろ酔い街渡(ガイド)』 という旅エッセイを連載しています。
 この連載は、タイトルどおり酒を飲みながら旅をするシリーズです。
 群馬県内の地酒を求めて、酒蔵や居酒屋をめぐります。

 ということで、クルマの運転ができないため、公共交通機関を利用して取材をしているのです。


 今回は、尾瀬の銘酒を訪ねて来ました。
 掲載は、6月1日号です。
 お楽しみに!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:40Comments(2)取材百景

2018年05月09日

『新ぐんまカルタ』 制作10周年


 「小暮君は、若くっていいなぁ~」

 昨晩、5人のメンバーが集まりました。
 僕以外は、70~80代の先輩たち。
 還暦を迎える僕が、最年少の集まりです。

 2006年春、僕らは8人で 「ぐんまカルタ制作実行委員会」 を発足。
 2008年10月、『新ぐんまカルタ』 を発行・発売しました。
 ※(発足・制作のいきさつについては、当ブログの2010年12月18日「3分の1は敵」を参照)

 あれから10年……
 その間に、3人の同志が他界しました。
 こうやって毎年、残されたメンバーが集まって、定期総会を開いています。


 平成29年度の収支決算の報告、販売・在庫数の報告の後、いつものように乾杯となりました。

 「あれ、ノンアルですか?」
 「ああ、まだ医者の許可が出ていないんだよ」
 「残念ですね」
 「次回は、飲むから」

 「来年も、このメンバーで集まれるといいけどね」
 「そんなこと、言わないでくださいよ」
 「いや、これだけは分からないから」
 「みなさんは、まだまだ大丈夫ですよ」
 「最後に残るのは、小暮君だ。頼んだぞ!」

 座は、笑いに包まれました。


 あれから10年……
 60代だった人は70代に、70代だった人は80代になりました。
 僕だって、彼らに会った時は、まだ40代だったのです。

 「でも、あの時、カルタを作って、本当に良かったと思うよ」
 発起人であり代表のIさんが、しみじみと言いました。

 “これからの群馬を担う子供たちのために”
 その思いは、こうやって形として後世に残すことができました。

 来年も、元気にお会いしましょう!


 ☆ 『新ぐんまカルタ』 は、前橋市内の主要書店にて取り扱っています。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:40Comments(0)酔眼日記

2018年05月07日

カウントダウン


 還暦まで、100日を切りました。

 別に生き急いでいるわけではありませんが、なんだか急かされているような、焦っている自分がいます。
 まるで、試験日を目前にした受験生の気分です。

 30歳を迎えたときも、40歳を迎えたときも、50歳を迎えたときも、こんな忙しない気持ちで迎えたことはありませんでした。
 ふと気が付くと、今までの人生を振り返っているのです。
 決して、後悔なんてしていません。
 ただ、あんなことがあった、こんなことがあったと、走馬灯のように記憶がめぐります。


 夢を追って、東京へ出た10代
 挫折をして、都落ちした20代
 心機一転、新しい世界へ飛び込んだ30代
 暗中模索の40代
 我武者羅に走り抜けた50代

 思えば、挫折と再生のくり返しでした。
 「いったい自分は、何をやりたかったのだろう?」
 自問自答をする毎日です。


 “人生百年” といわれる長寿時代になりました。
 それでも、折り返し地点は過ぎています。
 そして残り40年といわれても、両親の介護をしている僕には、実質、そんなには動けないことも知っています。

 あと20年?
 いや15年だろうか?
 それも、健康であればという条件付きです。


 人生は、一本の道だったはず。
 僕は、その道から外れていないだろうか……
    


Posted by 小暮 淳 at 18:02Comments(0)つれづれ

2018年05月05日

急に温泉へ行きたくなったら


 ゴールデンウィークの中日、友人から電話がありました。
 「これからでも泊まれる温泉宿ってありますか?」
 なんでも知り合いが、急きょ、家族を連れて温泉へ行きたいと相談してきたといいます。
 で、その矛先が僕に向けられたということです。

 「この時期、どこもいっぱいですよね?」
 ま、ゴールデンウィークは一年でも、一番の書き入れ時ですからね。
 有名温泉地の有名旅館は、まず予約が取れないでしょうね。

 「でも、探せば、穴場のいい宿があるはずですよ」
 「えっ、ありますか? どこでしょう?」


 こんな時、みなさんなら、どうやって探しますか?
 即、ネットで検索ですか?
 でも、ネットでは、どうしても有名旅館の情報量が多くて、なかなかマニアックな宿はヒットしませんよね。
 まして温泉名も、宿名も知らない旅館にたどり着くのは至難の業です。

 そんなときにオススメなのが、そう! 僕の著書です!!
 えっ、なに宣伝しているんだって?
 まあ、たまには、いいじゃありませんか。

 温泉地のすべての宿(旅館・ホテル・民宿) が網羅されていますし、料金、客室数、浴室数から、泉質、湯量、効能、加水・加温・循環装置の使用の有無まで記載されていますので、隅から隅まで読めば、絶対にお目当ての宿を見つけられること請け合いです!

 えっ、そんな時間はないって?
 ですよね、すぐに温泉へ行きたいんですものね。
 では、そんな時は、どうしたらいいのか?
 とっておきの裏ワザ(?) を教えしちゃいましょう!

 それは、観光協会や温泉協会に電話をするのです。
 すべての宿の情報を把握している協会には、“今” の最新情報が集まっています。
 さらに、料金や料理、設備などの要望が出せます。

 温泉好きならば、宿の環境や湯の状態なども相談してみてください。

 “困った時の協会頼み” 忘れずに!


 現在、僕は群馬県内5つの観光・温泉大使をしています。
 もし、急に温泉へ行きたくなったら、下記の協会を思い出してください。

 ●みなかみ町観光協会 TEL.0278-62-0401
 ●中之条町企画政策課 TEL.0279-75-8802
 ●老神温泉観光協会  TEL.0278-56-3013
 ●伊香保温泉観光協会 TEL.0279-72-3151
 ●四万温泉協会    TEL.0279-64-2321
  


Posted by 小暮 淳 at 18:05Comments(2)大使通信

2018年05月03日

ホールインGW


 ゴールデンウィーク後半、いかがお過ごしですか?
 長い人では最大9日間、カレンダーどおりでも7日間もありますから、海外旅行にでも出かけないと、間を持て余してしまうかもしれませんね。

 僕ですか?
 僕には、まったくもって関係ない国民的行事(?) であります。
 サラリーマンを辞めた23年前から無縁です。
 土日も祝日も関係ありません。
 仕事がないときが、休日ですから。


 で、今年のゴールデンウィークも仕事と介護以外は、予定がありません。
 ただ3日(今日) だけ、早朝より町内のイベントに役員として借り出されることになっていました。
 でも天気予報は、雨。
 それも未明から大荒れとなり、暴風雨または雷雨をともなうとのこと。
 だもの、「明日は中止だな」 と高をくくっていたのであります。

 ところが一夜明けてみると、小雨がぱらついているものの、天候は回復のきざし。
 あわてて会場となる小学校のグランドへ行くと、すでに役員が数人、準備を始めています。

 「今日は、やるんですか?」
 「小雨決行って書いてあったでしょう」
 「ですね。でも、この天気だと、みなさん中止だと思っているかもしれませんよ。決行の連絡に回りましょうか?」
 すると自治会長は、
 「いえ、その必要はありません。連絡は、中止の時だけで結構です」
 “決行” と “結構” なんて、ダジャレていました。


 はたして、町民は集まるのでしょうか?

 ところが開催時間の午前8時には完全に雨は止み、雲の切れ間から薄日まで差してきました。
 そして、役員の心配をよそに、大勢の町民がグランドに集まりました。

 今日は年に1度の 「グランドゴルフ大会」 だったのです。


 グランドゴルフは、ご存知ですか?
 要は、ゴルフのような老人向けゲームであります。

 以前はゲートボール大会だったのですが、ルールが難しいことと、経験者と初心者の腕前の差があり過ぎるため、ここ数年はグランドゴルフ大会を行っています。
 ルールも簡単で、ボールを叩いて、旗の付いたゴールポストに入れるだけ。
 何打で入ったかを競うだけです。

 実は、僕が班長を務める我が班は、昨年の優勝チームなのです。
 今年は、連覇が期待されています。


 後半、6番コースでのこと。
 距離は、約40メートルのミドル。
 それまでも僕は、パー(3打) を確実に取っていました。
 でもチームとしては、前半回ったところでトップに13打も差をつけられて4位です。

 「班長、ここらでホールインワンをお願いします」

 チームメイトから声援がかかります。
 ホールインワンを出せば、それだけで一気にマイナス3打となります。
 でも僕は、過去に一度もホールインワンなんて出したことはありません。

 班長として、今年も優勝トロフィーを持って帰りたい。
 八百万の神よ、我に奇跡を授けたまえ~~!

 エーーーイッ!!!

 コーンと当たりのいい音がして、コロコロコロとグランドを勢いよくボールが転がっていきます。
 その軌道は、「6」 と書かれた旗を目がけて、一直線に。

 少しして、旗のまわりから喚声が上がりました。

 「ホールインワンです!」
 「小暮さん、有言実行です」
 「吸い込まれるようなきれいなボールでした」

 その後は、メンバー全員とハイタッチ。
 表彰式では、ホールインワン賞をいただきました。


 で、チームの成績はというと……

 連覇ならず、4位のままでした。
 でもね、とっても楽しい一日でしたよ。
 世代を超えた老若男女が、一つのことに夢中になれるなんて、なかなかありませんもの。

 地域社会の大切さ、ありがたさを感じた一日でした。

 と同時に僕は、今年の運を、すべて使い果たしてしまいました。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:48Comments(0)つれづれ

2018年05月01日

一期三会


 読者のみなさんは、覚えていますか?
 3年前、定年退職後にミニバイクで全国を旅しているオッサンに出会った話を……
 ※(当ブログの2015年6月22日「男は二通り」、2015年8月3日「一期二会」参照)

 一期一会ならぬ、“一期二会” の出会いをした話です。
 でも、2度あることは3度あるのです。
 あの、旅するオッサンが、3年ぶりに前橋にやって来た!


 某ホテルの前に、大きな荷物を積んだ青いスクーターが停まりました。
 “ホンダ スーパーカブ”
 ヘルメットをかぶった男性が、いままさにヘルメットを脱ごうとしています。
 なにげにナンバープレートに目をやると……

 <鎌倉市>

 鎌倉市だ?
 その地名に、記憶の片鱗が引っかかりました。
 過去に、似たようなシチュエーションを経験した記憶があるのです。

 デジャビュー(既視体験) だろうか?
 いや、過去にスーパーカブに乗って鎌倉からやって来た男性に会ったことがある。
 でも、確か、郵便局員が乗るような真っ赤なバイクだったはずだけど……

 ナンバープレートから視線を上げた時、男性と目が合いました。
 軽く会釈する僕。
 途端、驚いたような顔をするオッサン。

 「た、たしか、以前にもお会いしたことがありますよね?」
 「えっ、も、もしかて~!」


 僕らは3年ぶりに初めて、互いの名前を告げました。
 Nさんからいただいた名刺には、肩書きに 「糸切れ凧」 と書かれていました。
 自由気ままに、風の吹くまま、旅から旅へ流れて行く “職業” のようです。

 「今回は?」
 「芭蕉が歩いた “奥の細道” をめぐってきました」
 「東北ですね」
 「ええ、仙台から酒田へ抜けて、今、新潟から前橋に着いたところです」
 「あいかわらず自由でいいですね。うらやましい」
 「小暮さんのご職業だって」

 手渡した僕の名刺をながめながら、今度は僕の仕事の話になりました。
 「もっと早く知っていたら、いい温泉を教えてもらったのになぁ~」
 「ぜひ、今度は群馬の温泉をバイクでめぐってください」


 縁とは、不思議なものであります。

 糸切れ凧のNさん、今度は、いつ、どこでお会いするのでしょうか?
    


Posted by 小暮 淳 at 12:25Comments(0)つれづれ

2018年04月30日

記憶のゆくえ②


 「親に向かって手を上げたな! 許さん!!」

 突然、オヤジが大声を上げて、怒鳴り出したので、びっくり仰天。
 あたふたとする僕。

 といっても、大声を上げたからでも、怒り出したからでもありません。
 僕のことを介護施設の職員だと思っているはずの認知症のオヤジが、僕に対して自分のことを “親” と認めたからです。


 それは先週のこと。
 我が家にオヤジを引き取って、面倒を見ているときでした。
 僕がちょっと目を離したすきに、テーブルの上のあったティッシュボックスをいたずらして、壊して、中身を全部出してしまったのです。

 「コラッ、じいさん、なにをやってるんだよ! 赤ん坊じゃあるまいし、まったく!!」
 僕は、部屋に散らばったテッシュペーパーを拾いながら、オヤジの頭を手のひらで、ポンと叩いたのでした。
 これが彼のプライドを傷つけてしまったようです。

 「親に手を上げるヤツがいるか!」

 えっ、自分が親だって分かっているの?
 じゃあ、いままでのよそよそしい態度は、なんだったの?
 それとも叱られたショックで、一瞬だけ記憶の回線がつながって、僕が息子だということが分かったのでしょうか?

 ティッシュペーパーを片付けながら、怒鳴り散らしているオヤジを見て、うれしくなってしまいました。
 息子に叱られたことが、よっぽど悔しかったのですね。


 ところが、最後にオヤジが負け惜しみで言った言葉に、興ざめしてしまいました。

 「よし、このことは、兄貴と姉さんに言うからな。いいな!」

 笑ってしまいます。
 オヤジは8人きょうだいの下から2番目です。
 そして、オヤジ以外のきょうだいは、すでに全員他界しています。

 「伯父さんと伯母さんに、いいつけるの?」
 「ああ、いいつけてやるからな!」


 いったい、オヤジは今、記憶のどのあたりを旅しているのでしょうか?
 “認知症” というタイムマシーンに乗って……
  


Posted by 小暮 淳 at 13:50Comments(0)つれづれ

2018年04月27日

読者の目


 「小暮さんの文章を読むと、湯の良い宿と、そうでない宿が一目瞭然、分かりますよ」
 そう読者の方から言われたことがありました。

 「そうですか?」
 「ええ、湯の良い宿は事細かに書かれていますが、そうでない宿は、一切、湯について触れていませんから」

 ドキッ!
 見透かされたか!?
 いえいえ、それが著者の本音、意とするところです。

 読者とは、隅々まで読んでくださっているのですね。
 実に、ありがたいことであります。


 講演会終了後のサイン会でのこと。
 年配の男性が、2冊の著書を持って並んでくださいました。
 順番が来て、手渡された本は、どちらも、かなり使い込まれていました。
 1冊は2009年に出版した 『ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社)、もう1冊は2014年に改訂版として出版した 『新ぐんまの源泉一軒宿』(同) です。

 「こんなになるまで読んでくださり、ありがとうございます」
 サインをしながらお礼を言うと、その男性は、こんなことを言いました。
 「この2冊を読み比べるのが好きなんです」

 改訂版といえども出版にあたり、すべての宿を再取材して書き下ろしています。
 ですから、同じ宿でも書かれている視点や切り口は異なっています。
 それに気づいて、読み比べているとは、お見それしました。

 「同じ宿のページを並べて読むんです。すると、時の経過とともに小暮さんの心情の変化までが読み取れて、面白いですよ」
 とは、脱帽であります。
 なんて深いところまで読んでくださっているのでしょうか。

 著者も気づかない、思わぬ “読書考” があるものですね。
 これだもの、こんな楽しい職業は、やめられませんって!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:09Comments(2)著書関連

2018年04月25日

川場温泉 「悠湯里庵」⑤


 <まだ木の香が漂う新しい湯舟に、悠久の時を超えて湧きつづける古湯が、かけ流されている。ややぬるめだが、ツルンとした滑らかな浴感のする湯だ。古くも新しい湯、新しくも古い宿、「新」 と 「古」 が見事に融合している。>
  ( 『群馬の小さな温泉』 より)


 2009年4月、NHK文化センターのカルチャー前橋教室に、全国で唯一の “野外温泉講座” が開講しました。
 前例のない講座の講師を引き受けて、はや9年。
 今月から10年目を迎えました。

 開講当初は、県内在住の受講者で占められていましたが、年々、そのウワサや情報が知れ渡り、現在では県外からの受講生が増えています。
 今年度から新しく受講するOさん(女性) は、東京都からの参加です。
 聞いて驚くなかれ、御年89歳!
 もちろん介助なして、単独での参加です。

 「埼京線と新幹線で来ました」
 と、かくしゃくとしたスピーチに、在講生一同、驚愕であります。

 僕のオフクロは90歳。
 寝たきりのオフクロと比べたら申し訳ありませんが、それでも嫉妬してしまうほどの元気であります。
 一人でどこへでも行けて、大好きな温泉めぐりができるなんて、うらやましい限りです。


 さてさて、記念すべき10年目となる2018年度上期の第1回講座を飾ったのは、川場温泉(群馬県利根郡川場村) の 「悠湯里庵(ゆとりあん)」 であります。
 薬師温泉(群馬県吾妻郡東吾妻町) 「旅籠」 の姉妹館として知られる 「悠湯里庵」 ですが、この講座では8年前のオープン年に訪ねています。
 当時は、かやぶき屋敷の宿泊棟は4棟で客室も全8室でしたが、その後、裏山の斜面に10室の別館 「悠山」 が完成しました。
 今回は、この新しくできた 「悠山」 を訪ねることにしました。

 「悠湯里庵」 といえば 「旅籠」 同様に、かやぶき屋敷の旅館として有名ですが、「旅籠」 との違いは全国でも珍しいアトラクション(?) があることです。
 アトラクションとは?
 宿泊棟へは、無人の電気カートで移動します。
 そして新たに、別館へ行くために作られたのが、モノレールです!


 僕は去年、プレス向けの内覧会に招待され、ひと足先にモノレールを体験しました。
 その時に、「絶対に講座でも来よう! 受講生たちにも、この体験をさせてあげたい」 と思ったのです。

 で、やっと昨日、その夢が叶いました。
 モノレールの定員は10名なので、2班に分かれて乗車。
 急な斜面をグングン登る、その力強さに喚声が上がります。
 振り返れば、本館のかやぶき屋根が、遠ざかっていきます。

 モノレールは、宿泊棟を通過して、頂上の展望台へ。
 眼下には、新緑に萌え出した川場盆地が広がります。
 天気は、あいにくの雨でしたが、かえって霧に煙った幻想的な風景となり、受講生らには大好評でした。

 これから田植えの季節となり、さらに緑豊かな景色を彩ります。
 まさに、ここは日本の原風景!
 僕の大好きな風景です。


 湯は、開湯1200年の歴史をもつ 「弘法の湯」。
 弘法大師(空海) により発見されたといわれる名薬湯です。

 “湯よし、宿よし、食よし”

 受講生一同、大満足の一日でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:40Comments(0)温泉地・旅館

2018年04月22日

救命猫?


 それは、愛犬のマロと散歩に出たときのことでした。

 我が家のまわりをグルリと一周して、もどると、路上にネコがいました。
 それも道路の真ん中で、不自然な格好で、まるで行き倒れのように両手両脚をのぼして横になっています。

 「ワン、ワンワン!」
 吠えるマロを制して、様子を伺いました。
 というのも、すぐ近くに仲間とおぼしき、もう一匹のネコが、心配そうな顔をして、路上のネコを見つめているからです。

 「マロ、近づくな!」
 リードをたぐり、数十メートル離れたところから、2匹の行動を見守りました。


 <どうしたんだい? 具合でも悪いのかい?>
 たぶん、もう一匹のネコは、そんなことを言ったのだと思います。
 でも、依然、路上のネコは動きません。

 <そんなところにいると、クルマにひかれちゃうよ!>
 たぶん、そんなことを注意したのだと思います。
 でも、路上のネコは、ピクリとも動きません。


 次の瞬間です。
 もう一匹のネコは、路上のネコに近寄ると、いきなり、首の後ろにガブリと噛みついたのです。
 そして、足を踏ん張り、路上のネコを引きずり始めました。

 「えっ、えええーーー!!」
 見ていた僕とマロは、驚きを隠せません。
 「おい、マロ、今の見たか!?」
 「ワン」

 ついに路肩まで、引きずったのであります。
 その間、路上のネコは、まったくの無抵抗でした。


 散歩からもどって、1時間ほどして。
 外出するため、家の外へ出てみると、すでに2匹のネコはいませんでした。

 あれは、なんだったのでしょうか?
 脳梗塞で倒れた仲間を、救助していたのでしょうか?
 それとも、2匹は親子だったのでしょうか?
 道路で、ふざけていた子どもを叱っていたのかもしれません。

 それとも、2匹で決めた 「行き倒れゲーム」 で遊んでいる最中だったのでしょうか?

 いずれにせよ、クルマにひかれなくて、良かったのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:08Comments(0)つれづれ

2018年04月20日

K温泉殺人事件


 「K温泉に行ったことがあるんですけど……」

 知り合いの青年(20代) が、話しかけてきました。
 温泉の話をするにしては、なんだか浮かない顔をしています。

 「いい湯だったろ?」
 「それが、途中で帰ってきちゃったんですよ」
 「なんで?」
 「ええ、なんだか怖くなっちゃって」


 数年前のこと。
 彼は彼女と、ドライブに出かけたといいます。
 一度は聞いたことがある秘湯のK温泉を訪ねてみることにしました。
 ところが、国道から山道に入った途端……

 「なんだかヘンな気分になったんです。誰かに見られているような、ずーっと後をつけられているような」
 「それで?」
 「あの道、行き止まりになるでしょ?」
 「だね、そこからは歩くんだよ」
 「ええ、それは知っていたんだけど、その行き止まりに廃墟があって……」
 「君が行ったのは、何年か前のことだね? 今は、もう更地になっているよ」
 「そうなんですか……」
 「で、帰ってきちゃったの?」
 「ええ、廃墟を見た途端、急に頭痛と吐き気までしてきて。こりゃ、ヤバイと思って、引き返しました」

 彼との会話は、これで終わりではありませんでした。

 「小暮さんは、知ってましたか?」
 「何を?」
 「あそこで殺人事件があったこと」
 「もちろん、知っているよ。有名な話だからね。でも、君が生まれる、はるか昔のことだよ」

 彼との会話は、ここで終わりです。
 彼は帰宅後、「あそこは絶対、何かある」 と思い、ネットで検索をして事件を知ったといいます。


 昭和47(1972)年8月に、事件は起こりました。
 K温泉に泊まった20代の女性が、下山途中に、何者かに殺害されました。
 遺体は作業小屋で発見されましたが、刃物でメッタ刺しにされた猟奇殺人だったといいます。

 当時、僕は中学生でしたが、おぼろげに事件のことは覚えています。
 長じて、ライターとして温泉取材で訪れた時に、資料により詳細を知りました。
 そして、この殺人事件は、46年経った現在でも未解決のままです。


 この事件、とても謎が多いため、今でも時々話題に上ることがあります。
 その謎とは……

 ●なぜ、被害者は1人で温泉へ行ったのか?
  最初は、家族や知人と行く予定だったといいます。

 ●なぜ、歩いて山を下りたのか?
  宿の送迎車があるのに、断っています。最寄りの駅までは徒歩2~3時間かかります。

 ●残された写真は誰が撮ったのか?
  所持品のカメラには、下山途中に写された本人の写真が残っていました。
  事件後、警察や報道機関の呼びかけで、「私が撮った」 と名乗り出た男がいたそうですが、のちに実在しない人物であることが判明しました。

 ●なぜ、遺体は移動されたのか?
  殺害現場である作業小屋の中で、犯人が死体を引きずった痕跡があったといいます。

 ●なぜ、メッタ刺しなのか?
  これが最大の謎です。
  通り魔なのか、怨恨なのか?
  凶器は、見つかっていません。


 先日、十数年ぶりに未解決の殺人事件の犯人が、DNA鑑定により逮捕されました。
 一日も早い事件の解決と、犯人逮捕を願っています。

 でないと、彼のように霊感の強い人が、成仏できない霊魂に脅かされて、温泉にたどり着けなくなってしまいますから。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:27Comments(2)温泉雑話

2018年04月18日

「F」 と 「H」


 小説を読んでいたら、無性に酒が飲みたくなりました。
 でも時刻は、まだ午後の3時。
 早く、時間よ経て!
 ページをめくる手が、アル中患者のようにふるえます。

 午後4時。
 あと1時間。
 そわそわしながら、ページをめくります。
 ノドは、カラカラです。

 えい、もう我慢がならぬ。
 いざ、出陣じゃーーー !!!

 ということで、僕は脱兎のごとく家を飛び出して、「H」 へと向かったのでした。
 「H」 とは、ご存じ、我らのたまり場、酒処 「H」 であります。
 一番乗りを目指したのに、カウンターには、すでに先客がいます。
 さすが、のん兵衛の世界にも、上がいるものです。


 で、僕が読んでいた小説とは、
 栗山圭介著 『居酒屋 ふじ』(講談社文庫)
 であります。

 役者志望の主人公が、オーディションに落ち、ふらりと入った小さな居酒屋。
 そこには、強烈な人生を生き抜いてきた80歳の名物 “おやじ” がいました。
 常連客は、すべて “おやじ” のファンたち。
 いつしか主人公も、通い出すのですが……

 実は、この店、東京に実在するする店なんですね。
 有名人が通う店としても知られ、テレビドラマ化もされました。


 <名物らしき鯨の尾の身とふじ豆腐とちりめんキャベツを注文した。>

 主人公は、初めて店に入った日に、この3品を注文します。
 よっぽど美味しかったようで、毎回、この3品をたのみます。

 <「鯨の尾の身」 は、尾びれの付け根の部分で、ほとんどが赤みの鯨肉の中で唯一の霜降り。この薄切りされた尾の身に、にんにくとしょうがをのせて、しょう油でいただいた。>

 <「ふじ豆腐」 は、ぷるんぷるんの豆腐の上に、ほぐされたたらこが山のように盛られていて、そのまろやかな塩加減が豆腐のぷるふる感とマッチして、つい一気食いしてしまった。>


 そんな小説を読んでいたら、居ても立ってもいられませんって。
 「ママ、とりあえず生ちょうだい!」

 お通しは、ほうれん草のおひたし。
 ポン酢がけで、いただきました。
 「ク~、しみるねぇ~」

 「ジュンちゃん、まだビールでいいの?」
 「あと1杯、ちょうだい。その後は、芋焼酎かな」
 最後は、日本酒でしめるつもりです。


 「H」 には、メニューは一切ありません。
 すべて、ママのおまかせコース料理です。
 それも、客一人ひとりの飲み方と腹具合に合わせて、1品ずつ出してくれます。

 きのこ豆腐、鶏の手羽揚げ、鯛の粕漬け焼き……

 どれも手の込んだ、ママの創作料理です。
 「H」 だって、「居酒屋 ふじ」 に、負けてなんかいないぞ!


 小説に嫉妬して、ムキになって飲みに出た夜でした。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:14Comments(0)酔眼日記

2018年04月16日

ゾウっとする夢


 みなさんは、夢を見ますか?
 そして起きた時、覚えていますか?

 僕は、ほとんど毎日見ていますが、起きた時には覚えていても、すぐに忘れてしまいます。
 そこで、忘れる前に 「夢日記」 というものを書いていた時期がありました。

 で、日記を読み返してみると、同じ夢というのを、何度もくり返し見ていることに気づきました。
 大きく分けると2つありました。

 1つは、「空を飛ぶ夢」。
 それも決まって、地面すれすれの超低空飛行です。
 夢の中で 「もっと高く飛びたい」 と思っても、体は浮上せず、毎回、イライラ、モヤモヤしています。

 もう1つは、「知らない町を歩く夢」。
 決まって、ローカル線の小さな駅に降り立ちます。
 駅前に商店街はなく、まばらな民家が両脇に点在する道を歩き出します。
 やがて道は二又に分かれ、Y字路の真ん中には神社があります。
 この架空の田舎町を、ときどき僕は散策しています。

 これは何を意味するのかと、考えたことがありました。
 「空を飛ぶ夢」 は、思っていることと、できていることのギャップへのいら立ちなのだろうか?
 もっとやりたいことがあるのに、やれていない自分へのもどかしさなのかもしれないと。

 「知らない町を歩く夢」 は、現実逃避?
 “一人になりたい” “自由に生きたい” という願望なのではないかと。

 ま、それが分かったところで、僕の日常は変わりないのですけどね。
 でも夢の中では、「あっ、また、この夢か!」 と気づきながらも、楽しんで見ている自分がいるのも事実です。


 さて、さてさて、
 先日、「夢日記」 には一度も登場したことのない、まったく新しいパターンの夢を見ました。

 僕は現在、地元自治会の役員をしています。
 毎年、春に子どもたちのためにイベントを開催しています。
 会場は、廃校になった小学校の校庭です。
 「金魚すくい」や「バルーンづくり」などの模擬店、ゲームコーナーなどを設営して、地域の子どもたちと遊びます。

 そして、校庭の一角には、毎年必ず 「乗馬体験コーナー」 を作ります。
 県内の牧場からポニーを借りて、小学生低学年の子どもたちに、乗馬を体験してもらっています。


 ここまでは、現実です。
 ここからが、夢の話です。 

 僕の提案で、「今年はポニーではなく、ゾウを呼びましょう!」 ということになり、会場には 「乗象体験コーナー」 を作ることになりました。
 アフリカゾウだったか、インドゾウだったかは記憶にないのですが、とにかく大きなゾウが校庭にやってきました。

 と、ところが!
 最初は順調に子どもたちを乗せて、乗象体験を行っていたのですが、突然、ゾウが暴れ出し、逃走してしました。
 校庭から飛び出し、町の中へ。
 僕らは追いかけましたが、あっという間にゾウは姿を消してしまいました。

 次のシーンでは、僕は報道陣に囲まれて、イベント主催者として謝罪会見をしていました。


 ここで、夢から覚めました。
 なんとも寝覚めの悪い夢です。
 死傷者は、いたのでしょうか?
 その後、ゾウは捕まったのでしょうか?

 その日は一日、気が気でありませんでした。 


 読者の方の中に、夢占いに詳しい人がいましたら、この夢の深層心理をお教えください。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:44Comments(0)つれづれ