温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2020年02月18日

源泉ひとりじめ(15) 和みの風が、湖面を渡っていった。


 癒しの一軒宿(15) 源泉ひとりじめ
 赤城高原温泉 「山屋蒼月(やまやそうげつ)」 前橋市


 左が 「手の湯」 で、右が 「島の湯」。
 湧き出る泉が、ここで一つになる。
 左は鉄イオンを含み、右はメタけい酸を含む。
 そして、混合の源泉が生まれる。
 
 本館の裏手にある源泉小屋を下った細流沿いから、遊歩道が始まる。
 アジサイに囲まれながら湿地帯を行く木道は、さながらミニ尾瀬の雰囲気だ。
 「素人が暇をみてやっているので、整備が遅々として進まない」
 と言う主人は、ここにミズバショウを飢える計画らしい。
 やがて、湖畔に着いた。

 地元では 「原沼」 とも 「ひょうたん池」 とも呼ばれる貯水池だが、なかなか、おもむきのある景色である。
 時折、湖面を渡る風が、ゆっくりと私を追い越していく。
 遠方に市街地と関東平野を望み、振り返ると本館を有する5,000坪という敷地が、視野いっぱいに広がった。
 アジサイ250株、ツツジ5,000株、ヤマユリ400株、モミジ50株……
 四季折々の顔を見せる花の庭は、県外から多くの客を呼んでいる。

 自慢の露天風呂は、長い階段の渡り廊下の突き当たり。
 川の流れを引き込んだ庭園の真ん中で、三日月型をした湯舟が、夕空を映していた。
 風の音、水の音に耳を澄ましながら、ぬるめの湯の中で時をやり過ごす。
 くせのない、まろやかな湯である。

 やがて浴槽から上がり、思いっきり背伸びをすると暗い湖面の向こうで、街の灯りがキラキラと輝いているのが見えた。

 まずは、湯上がりのビールをいただこう。
 夕食の後は、もう一度、部屋にある昔なつかしい木の桶風呂に浸かりながら、熱燗もいい。
 夜景を眺めながら、そんなことを考えていた。


 ●源泉名:手の湯・島の湯
 ●湧出量:測定不能 (自然湧出)
 ●泉温:14.5℃
 ●泉質:鉄イオン・メタけい酸含有泉

 <2005年6月>
   


Posted by 小暮 淳 at 11:51Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年02月17日

スマホをやめただけなのに


 昨年暮れに “スマホ断ち” をした人の話を書いたところ、たくさんの反響をいただきました。
 ※(当ブログの2019年12月16日 「さよなら時間泥棒」 参照)

 コメント欄のみならず、ブログを読んだ人からも 「私もスマホをやめました」 等の声が寄せられました。
 また、上手にスマホを使い分けている人が、多く存在することも知りました。
 僕の仕事関係のサラリーマンの方々は、会社からスマホを持たされているため、個人ではガラケーしか持たない人が、かなりの人数いました。

 確実に、“スマホ断ち” が進んでいます。

 では、なぜ、今、人々はスマホをやめようとしているのでしょうか?


 新聞の投稿欄には、たびたび “スマホ断ち” した読者からのコメントが:掲載されています。
 昨日の毎日新聞にも、40代男性会社員からのこんな投稿がありました。

 <私もスマホを2年で卒業した後、5年以上ガラケー生活です。分からないことや困ったことがあるとすぐにスマホが解決してくれるため、自分の思考力や探究心が失われていくような恐怖に駆られてスマホをやめました。確かにスマホがないと一定の疎外感はあります。しかし、SNSなどでの 「つながり」 には幅広さがある一方、案外薄弱であることが多いような気がします。そもそも電源を落とせば、それは一瞬にして無に帰すのです。>

 便利ゆえに薄弱になる生活や人間関係に、気づき出したのかもしれませんね。
 でも、そう気づいたのは、スマホが無かった時代を知っている大人たちです。


 全国の都道府県では、未成年者に対してネットやゲームの使用に対して、制限する条例の制定案まで浮上しています。
 依存防止のための有効策なのか、それとも、子どもの人権侵害なのか?
 賛否は分かれるところですが、「スマホ中毒」 は人類が初めて遭遇する事案なので、一朝一夕には答えが出そうにありませんね。


 さてさて、それにしても 「たかがスマホ、されどスマホ」 であります。

 依然、スマホを持たない僕にとっては、まったく無縁な話なのですが、やっぱり気にはなるのです。
 スマホをやめただけなのに、なんで、こんなにも話題になるのでしょうか?
   


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(0)つれづれ

2020年02月16日

旅のめっけもん⑥


 ●旅のめっけもん 「長寿の泉」

 浴室へとつづく廊下の途中に、飲泉所があった。
 ①蛇口を少しあけ、ボタンを押す。
 ②10秒ほど流してから汲む。
 ③持ち帰りは2ℓまでにして、酸化する前に飲む。
 ④鉄泉なのでタンニンを含むお茶等は、飲泉の前後は避ける。
 ただし書きのとおり、ボタンを押してみた。
 蛇口から出てきた源泉は、無色透明だ。
 さっそく、コップ一杯の源泉をいただく。
 確かに鉄の味がするが、違和感なく飲めた。
 おちょこ一杯の量で、ほうれん草100g相当の鉄分が補給できるという。
 それもそのはずで、適応症として鉄欠乏性貧血が日本で初めて認められた大変貴重な温泉なのである。
 「このコップを見ててごらん」 と、ご主人が源泉にお茶を注いでみせた。
 すると、あっという間に真っ黒に変色した。
 驚いた私の顔を見て 「天然の鉄イオンが生きている証拠だ」 と笑った。
 空気に触れて時間が経つと、鉄は酸化して変色してしまう。
 だから入浴よりも飲泉のほうが、はるかに効能は高い。
 県下で唯一、特殊成分を含む療養泉として 「薬師飲泉所」 の許可がされている。
 <2005年2月 五色温泉>


 ●旅のめっけもん 「ホタルドーム (ほたる山公園)」

 まず駐車場からの眺めに、しばし目を奪われた。
 名峰・妙義山を正面に、西上州の山々に囲まれた下仁田の町並みを一望していた。
 振り返ると、御岳山の中腹に遊具や展望台、樹木園、遊歩道が整備された公園が広がっている。
 「こんな季節にホタルが? それも昼間に?」 と驚く私に、宿の若旦那は 「ええ、一年中ホタルが観られるんですよ。ぜひ、寄っていってください」 と、公園までの道を教えてくれた。
 その、ホタルを通年観察できるという飼育施設 「ホタルドーム」 は、公園の入口に建つ管理棟の中にあった。
 懐中電灯を手にした解説員の女性について入った部屋は、昼間だというのに真っ暗闇。
 人工的に夜をつくり、勘違いしたホタルが飛ぶ、ということらしい。
 室内の温度を24~25度、水槽の水温も19~20度に保つことにより、一年中繁殖させている。
 闇に目がなれてきた頃、ひとつ、ふたつと小さな光がフワフワと動くのが見えた。
 ピークの夏季には約200匹が乱舞するというが、訪れたのは冬。
 それでも10数匹の平家ボタルたちの、けなげな浮遊美を堪能した。
 <2005年3月 下仁田温泉>
   


Posted by 小暮 淳 at 11:54Comments(0)旅のめっけもん

2020年02月15日

人の中の仙人


 「小暮さんは、人たらしだからな」
 唐突に、そう言われて、ドキリとしました。
 先日の新年会でのことです。

 確か、以前にも誰かに同じことを言われたことがあるな……
 何十年も前のことだ。
 それも2回。

 「ジュンは、人たらしだからさ」
 まだ20代の頃、音楽仲間との雑談で言われた。
 「編集長は、人たらしですから」
 40代の頃だ。
 雑誌の編集をしていたスタッフに言われた。

 “人たらし”

 広辞苑によれば、<人をだますこと。また、その人。> とあります。
 「男たらし」 「女たらし」 など、“たらし” にはネガティブでマイナスのイメージを持っていた僕は、過去の2回とも不快感を抱いたことを覚えています。


 ところが今回、会話の流れから察するに、決して、さげすんだ言い方ではありませんでした。
 「小暮さんのまわりには人が集まってくるよね」 「人徳だよね」 というニュアンスに聞こえたのです。
 もしかしたら、これって、ほめ言葉なのかしらん?

 歴史をなぞれば、かの豊臣秀吉は 「稀代の人たらし」 「人たらしの天才」 と呼ばれていたそうです。
 このことからも分かるように、必ずしも、さげすんだ言葉ではないようです。


 かれこれ30年ほど前のことです。
 雑誌のインタビューで、さる彫刻家を取材したときのことでした。
 その作家は、こんな謎めいたことを言いました。
 「僕は “人の中の仙人” になろうと思うんだ」

 “仙人” といえば、人里離れた山奥に住み、悟りを開いて質素に暮らしているイメージです。
 なのに、その人は、人の中で仙人になるといいます。
 実際、アトリエは街の中にあります。
 家族やたくさんの友人、知人に囲まれて暮らしています。
 ともすれば、一般の社会人よりも、にぎやかで華やかな日常を送っているようにも見えました。

 どこが、仙人なのだろうか?


 30年経って、おぼろげながら、その答えが見えてきました。
 今になって思えば、その人は、,根っからの “人たらし” だったんですね。
 人が好きだから、人の中に身を置くけれど、心はいつも仙人のように達観した世界を求めているということなのではないでしょうか。

 遅ればせながら、僕も今、そんな心境です。
 人たらしと言われれば、言われるほど、思いはつのります。

 “人の中の仙人” になりたいと……

   


Posted by 小暮 淳 at 11:54Comments(0)つれづれ

2020年02月14日

源泉ひとりじめ(14) みどり色の湯のなかで、満天の星を仰いだ。


 癒しの一軒宿(14) 源泉ひとりじめ
 つま恋温泉 「山田屋温泉旅館」 嬬恋村


 幸せだなあって思う時
 たべてる時
 ねてる時
 温泉つかってる時

 相田みつをを彷彿する、ご主人のほんわかした言葉たちが、訪ねる風呂のそこかしこで、湯気にゆらめいている。 
 男女別の内風呂・露天風呂、貸切露天風呂の樽風呂・石風呂・釜風呂、個室風呂も入れると、風呂は全部で9つ。
 本館を出て、通りを渡った向かいにある貸切風呂にいたっては、ご主人の手造りと聞いて驚いた。
 館内には、テーブルや飾り棚など、玄人はだしの作品が目を引く。

 以前からこの地で旅館業をしていた先代が、悲願の温泉を掘り当てたのは平成5年3月のことだった。
 突如、中空高く音をたてて吹き出したという。
 「あの時の感動は、忘れられない」 と、今でも目を細めて述懐する。
 地下384メートルから自噴する源泉の湯量は、1日ドラム缶約800本分にもなる。
 道路端の側溝から、もうもうと立ち昇る湯けむりを見れば、かけ流しされている湯量の豊富さがわかる。

 客室の窓からは、吾妻川や三原の町並みがよく見える。
 遠くには 「日本百名山」 の一つ、四阿山(あづまやさん) が、ひと際高くそびえている。

 さっそく浴衣に着替え、丹前を羽織って、露天風呂を目指した。
 お湯は手ですくうと薄黄色をしているが、湯舟全体は光の加減か、深い緑色をしている。
 マグネシウムが多く含まれているからだろう。
 ほのかに鉄臭もある。
 半透明のにごり湯につかると、膝まではうっすら見えるのだが、その先は見えない。

 思いっきり手足を伸ばして、大きく深呼吸を一度。
 「よーし、明日の朝までに、すべての風呂を制するぞ!」
 満天の星の下で、ひとりごちた。


 ●源泉名:貴乃湯
 ●湧出量:110ℓ/分(掘削自噴)
 ●泉温:42.3℃
 ●泉質:ナトリウム・マグネシウム-塩化物・硫酸塩・炭酸水素塩温泉

 <2005年5月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:15Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年02月13日

終われない人


 <定年って生前葬だな。>
 そんなショッキングな書き出しから物語は始まります。


 遅ればせながら、映画にもなり大ヒットした内館牧子著 『終わった人』(講談社文庫) を読みました。
 大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられ、そのまま定年を迎えた63歳の男が主人公です。
 まだ60代は、頭も体も元気だ。
 なのに、ある日突然、“終わった人” となってしまう。

 それが 「定年」 だという。

 仕事一筋だった彼は途方に暮れ、生きがいを求め、居場所を探して、迷い惑い、あがき続けます。
 彼と僕は同世代。
 ただ違うところは、僕は 「定年」 のない人生を送っています。
 それでも読んでいて、他人事とは思えないんですね。
 家族や社会から、だんだんに “不要” とされているんではないかという恐怖心はありますから……。


 著者は、あとがきで、こんなことを書いています。
 <定年を迎えた人たちの少なからずが、「思いっきり趣味に時間をかけ、旅行や孫と遊ぶ毎日が楽しみです。ワクワクします」 などと力を込める。むろん、この通りの人も多いだろうが、こんな毎日はすぐに飽きることを、本人たちはわかっているはずだ。だが、社会はもはや 「第一線の人間」 として数えてはくれない。ならば、趣味や孫との日々がどれほど楽しみか、それを声高に叫ぶことで、自分を支えるしかない。>
 こういう男を主人公にした小説を書きたいと思ったといいます。

 でも、ちょっと、待って!
 そのイメージって、かなり “老人” なんですよね。
 そして、そこが問題なんです!

 イメージと現実のギャップに、60代は苦しんでいるわけです。


 小説を読み終わって感じたことは、ひとこと 「うらやましい」 であります。
 確かに、やる事のない日々は苦痛かもしれないけど、それでも生きてはいられるのですから。
 世の中には、終わっても生きていける人と、終わった時点で生前葬ではなく、本葬が待っている人がいるということです。
 悲しいかな、僕は後者です。


 内館さん、ぜひ続編は、『終われない人』 を書いてください。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(2)つれづれ

2020年02月12日

ブログ開設10周年


 このブログを開設したのは、2010年2月13日です。
 今日で、ちょうど丸10年となりました。
 これも、ひとえに読者のみなさまのおかげであります。
 心より、お礼を申し上げます。

 ブログを始めるきっかけは、現在も大変お世話になっている高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) 社長の吉田勝紀氏からの勧めでした。
 当時、パソコン音痴の僕は渋っていたのですが、「ファンのために書いてください」 と手取り足取り熱心に指導してくださり、なんとか開設にこぎつけました。

 気が付けば、10年です。
 たかが10年、されど10年……
 その間に、10冊の著書を出版することができました。
 また、観光大使や温泉大使など県内6ヶ所の自治体や団体より “大使” の任務を仰せつかったのも、この10年間です。
 そう思うと、ブログとともに歩んできた10年間だったことが分かります。


 そんな僕にブログを書かせた張本人である吉田氏が、「ちいきしんぶん」 で企業向けに発行しているニュースレターの新春号に、「続ける力」 という題で僕のブログについて、こんな記事を書いてくださいました。
 一部を抜粋して、掲載させていただきます。

 <ちいきしんぶんでも大変お世話になっているフリーライターの小暮淳さん。新年最初のちいきしんぶん(1/10号)の1面でも小暮さんの連載 「ぐんまの地酒 ほろ酔い街渡(ガイド) 」 が載っています。ブログ 「小暮淳の源泉ひとりじめ」 は、今年の1月でまる10年、2月から11年目に突入です。ほぼ2日に1回くらいの割合で更新されています。このブログから仕事や講演の依頼はもとよりテレビやラジオの出演、新聞や雑誌への執筆依頼まで来るとか。また小暮さんのファンとの交流もこのブログがきっかけだそうです。>
 <まさに日々こつこつ積み上げている行動に対して素晴らしい結果が出ているという事実。さて気になるのはどうやって続けてきたか?ご本人に直接聞いてみました。「秘訣としては、写真を一切使わず文字のみのブログであることかもしれません。視覚にとらわれず、筆者目線で日々を切り取ることができるから」 とのことでした。今やSNSは文字より写真の方が優先されがち。写真1枚あれば文字での表現を大いに補ってくれますが、逆に写真がなければ文章に集中できる。目から鱗の回答でした。>

 社長、なんとも面はゆい記事をありがとうございました。


 このブログも、いよいよ明日から11年目に入ります。
 末永くお付き合いのほどを、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:40Comments(3)執筆余談

2020年02月11日

源泉ひとりじめ(13) ゴボゴボと音をたてて、良質の湯が吹き出していた。


 癒しの一軒宿(13) 源泉ひとりじめ
 白根温泉 「加羅倉館(からくらかん)」 片品村


 「鹿肉、食うかい?」
 本館へ渡る橋の上で、唐突に、そう言われた。
 「この山で、近所の猟師が撃ってきたんだ。ふだんは出さないんだけどね、特別だよ」
 宿人の指さした裏山は、見上げると、まだ雪深く、森閑としていた。

 片品村鎌田から国道120号を日光方面へ向かい、約7キロほど行った丸沼との中間。
 赤沢山と日光白根山の加羅倉尾根の谷間を流れる大滝川沿いに、一軒宿はあった。

 国道をはさんで、本館と対峙するように古い木造の別館が建っている。
 昭和5年(1930) の創業というから、国道のほうがあとから敷地内を通り抜けたことになる。
 その別館の2階に、昭和27年に当時、皇太子殿下であった天皇陛下(現・上皇) が御来遊した際に泊まられた部屋が、今もそのまま残されている。
 6名以上であれば、宿泊も可能とのことだ。

 別館の並びに、一風変わった形をした半地下の建物がある。
 ここが浴室だ。
 本館の部屋で浴衣に着替え、タオルを手に寒風吹き抜ける国道を渡る。
 通りの端で乗用車やバスをやり過ごす間の、なんとも乙なこと……。
 旅情があって、実にいい。
 浴室棟に上がると、廊下が床暖房のように暖かい。
 これは、真下に源泉が湧いているためだという。

 360年前に湧き出たという源泉は13本、そのうち現在は4本を使用している。
 その湯量は、とにかく圧巻である。
 8畳分はある大浴槽からは、あふれ出た湯がかけ流されている。
 湯口から打たせを兼ねて注がれる湯を見て、半地下構造になっている意味が分かった。
 自噴している源泉を、そのまま動力を使わずに流し込んでいるのだ。

 さらに贅沢なことに、シャワーも専用の源泉を1本使用している。
 それでも湯が使い切れず、半分は川へ流れてしまっているというから、もったいない話だ。

 熱めの湯に浸かり、ポカポカに温まった体で宿にもどると、天然鹿の刺し身が皿に山盛りで待っていた。
 滅多に食せない上質の肉は、臭みがまったくなくて実にやわらかい。
 なんたる幸せ、至福を存分に味わった。

 旅を重ねると、運まで付いてくるようになるらしい。


 ●源泉名:上乃湯
 ●湧出量:600ℓ/分(自然湧出)
 ●泉温:62℃
 ●泉質:単純温泉

 <2005年4月>
  


Posted by 小暮 淳 at 12:28Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年02月10日

だからなんだと思うのは僕だけだろうか?


 物の価値観は人それぞれですから、僕がとやかく言うことではないのでしょうが、「車なんて動けばいい」 くらいにしか思っていない僕にとっては、なんとも信じがたい話を聞きました。


 その男性(30代) は、超が付くほどの高級外車を乗っています。
 先日、市内の某ショッピングモールに駐車したときのことです。
 彼の車の横を、自転車に乗った少年(小学生) が通り過ぎました。

 バサッ!
 運転席に乗っていた彼は、とっさに車外に出て、少年を呼び止めました。
 「おい、待て! ミラーに当たったぞ!」

 彼の話によれば、少年が車の横を通り抜ける際に、ジャンパーの裾がミラーに接触したのだと言います。
 少年を待たせ、ミラーを確認すると、わずかですが傷が確認できました。
 ジャンパーのファスナーの金属部分が当たったようです。


 さて、この後、どうなったでしょうか?
 僕には、到底信じられない展開となります。

 なんと、彼は警察を呼びました。
 そして事故調書を書かせ、少年の親を呼び、修理をさせたといいます。


 「そこまで、しましたか?」
 の僕の問いに、
 「俺、車をすごく大切にしているんですよ」
 と彼は答えました。

 人それぞれ、物の価値観が異なることは分かっていますが、僕にとっては 「だからなんだ」 という程度の事柄なので、なんとも後味の悪い会話となってしまいました。

 そんなに大切な車ならば、乗り回さないで、家の中で大切に保管しておけばいいのにね(笑)
   


Posted by 小暮 淳 at 11:42Comments(0)つれづれ

2020年02月09日

源泉ひとりじめ(12) 山あいの離れ家で、瀬音の子守唄を聴いた。


 癒しの一軒宿(12) 源泉ひとりじめ
 下仁田温泉 「清流荘」 下仁田町


 紅梅が咲いていた。
 冬木立の中で、そこだけ明かりが灯っているようだった。
 橋の向こうに、宿が見えた。
 田舎の親戚を訪ねるみたいで、なんだか懐かしい気持ちになった。

 通された離れの部屋に荷物を置いて、まずは7,000坪という広大な敷地を散策することにした。
 滝や流れが配された美しい庭園内に、本館と離れ、浴室棟、露天風呂が点在し、それらをつなぐ渡り廊下が池のまわりを半周する。
 どこに居ても、やさしい水の音が聴こえてくる。

 宿の裏手にまわると、ただならぬ気配が……
 イノシシがいる、シカがいる、キジがいる!
 ここが名物 「猪鹿雉(いのしかちょう)料理」 の食材飼育園のようだ。
 シカのつぶらな瞳と目が合ってしまった。
 食べる前に会わないほうが良かったかも……と少し後悔をした。

 たっぷり1時間は歩いた。
 疲れた体を癒やすべく、まずは露天風呂へ。
 巨石を積んだ野趣あふれる豪快な造りだ。
 脱衣所も石の上に籠が置いてあるだけ、というのが開放的でいい。

 湯舟の縁に白く鍾乳石のような固まりが付着しているのは、カルシウム含有量が多い証拠だ。
 湯は無色透明だが、ほんのりと化粧乳液のような香りがする。
 アルカリ性のカルシウムイオンが、皮膚の角質をやわらかくして、しっとりとした肌になるという。

 個人的には、この気泡が肌に付く炭酸泉がありがたい。
 ヨーロッパでは「心臓の湯」 といわれ、毛細血管を広げて心臓に負担をかけずに血圧を下げる効果があるという。
 高血圧ぎみの私としては、家にまで持って帰りたいような湯である。

 夕げの膳は、離れまで部屋出しされた。
 広い庭内を電気カートで配膳してくれる労に頭が下がった。
 ボタン鍋やキジのお吸い物などの猪鹿雉料理に加え、下仁田ねぎのかき揚げ、こんにゃくの刺し身、コイのあらい、ヤマメの炭火焼と、山と里のものに徹底してこだわった味は、最後まで飽きることなく、箸と酒がすすんだ。

 やがて炬燵(こたつ) のぬくもりの中で、瀬音を聴きながら眠りについた。


 ●源泉名:清流の湯
 ●湧出量:測定不能(自然湧出)
 ●泉温:12℃
 ●泉質:含二酸化炭素-カルシウム・ナトリウム-炭酸水素塩冷鉱泉

 <2005年3月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:48Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年02月08日

おかげさまで200回


 2015年4月にスタートした群馬テレビの謎学バラエティー番組 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 おかげさまで来月、放送200回を迎えることになりました。
 僕は、この番組のスーパーバイザーをしています。

 3ヶ月に1回開かれる番組の企画・構成会議に出席してきました。
 会議室に集まったメンバーは、番組のプロデューサー、ディレクター、構成作家、制作会社のスタッフら10人。
 「いよいよ来月の放送で、200回を迎えます。取り立てて特番(特別番組) は作りませんが、ますます充実した、より良い番組作りを目指しましょう」
 とかなんとか、プロデューサーからのあいさつがあった後、いつものように、みっちりと3時間にわたる白熱した会議が始まりました。


 僕は毎回、感心しながら会議の様子を伺っています。
 歴史あり、文化あり、人物あり……民俗、伝説、食やミステリーにいたるまで、みなさん、本当に調べてきているんです。
 ネタ元の話を聞いているだけでも楽しいのですが、これらが構成作家の手により物語となり、ディレクターの演出により番組になるのですから、ワクワクしてしまいます。
 今回も、あっと驚くトリビアの数々が飛び出しました。

 たとえば、オリンピック!
 今年の夏、いよいよ東京五輪がやって来ます。
 では前回、1964年の東京五輪では、群馬県からは、どんな選手が出場したのでしょうか?

 56年前のことですものね。
 僕だって、まだ幼稚園児です。
 「前畑がんばれ」 「東洋の魔女」 なんていう言葉は記憶に残っていますが、それだってリアルな記憶ではありません。
 その後の映像で、すり込まれたものだと思います。
 だもの、群馬出身の選手なんて、誰も知りません。

 ということで、番組では 「群馬と1964東京五輪」 と題して、オリンピックに出場した選手の所在と足跡を追うことにしました。
 これぞ、トリビアです!


 会議では他にも、「いちご大福は群馬が発祥なのか?」 とか 「もつ煮定食って、なんで群馬だけなの?」 など、バラエティーに富んだネタが、いくつも提案されました。
 さて、どのネタが番組で採用されたのでしょうか?
 それは、テレビを観てのお楽しみに!



     『ぐんま!トリビア図鑑』

 ●放送局  群馬テレビ(地デジ3ch)
 ●放送日  火曜日 21:00~21:15
 ●再放送  土曜日 10:30~10:45 月曜日 12:30~12:45
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)テレビ・ラジオ

2020年02月07日

旅のめっけもん⑤


 ●旅のめっけもん 「アオバト」

 宿から3kmほど入った山の中。
 巨岩の間から、温泉が湧き出ていた。
 ご主人が造った観察小屋の中で、息を殺して待つこと1時間……。
 かすかな羽音がした。
 1羽、2羽……と数えようとした瞬間だった。
 突如、バタバタバタ、バタバタバタと激しい疾風が起こり、あっという間に目の前の泉が、何十羽という鳥の群れで覆われていった。
 その光景に、しばし呆気にとられていた。
 全身が緑色で、羽根のあたりがワイン色に赤い。
 胸元が黄色いところから、地元では 「キバト」 とも呼ばれている。
 その鮮やかな極彩色の容姿は、どう見ても南国の鳥である。
 海岸の岩礁に飛来して、海水を飲むことで知られる鳥だが、ここでは、しきりに温泉を飲んでいる。
 野栗沢に姿を見せるのは、5月から10月の半年間。
 冬期は温暖地へ移動する。
 1~2分間隔で群れは飛び立ち、入れ替わり別の群れがやって来る。
 まるでリーダーがいて、交替の合図を送っているかのようだ。
 5、6回繰り返されたところをみると、数百羽のアオバトの群れに囲まれていたことになる。
 小屋から出ると、周辺に淡緑色の羽根が散在していた。
 青い鳥に出合えた記念に、一枚もらって帰ることにした。
 <2004年12月 野栗沢温泉>


 ●旅のめっけもん 「仙人窟 (せんにんくつ)」

 関所跡のある 「大戸」 の信号から、県道を中之条方面へわずかに向かった左手。
 「仙人窟」 の矢印に誘われて、長い参道を上り始めた。
 たかだか200mの道程だが、あまりの急登に息が切れる。
 突然現れた洞窟は、入口の高さ8m、幅14m、奥行26m。
 魔物が大口を開けて、私を飲み込もうとしているかのように立ちはだかった。
 たしかに仙人でも住んでいそうな岩屋である。
 仰ぎ見上げていると、その巨石が覆いかぶさってくる恐怖心にかられる。
 一説には先住民族の穴居の跡ともいわれているが、洞内には江戸時代の修行僧が造ったとされる石像の十八羅漢や聖観世音像が安置されている。
 手前の分岐を左に行くと、ポッカリと岩肌に穴のあいた石門をくぐる。
 胎内窟を通り抜け、突き当たったところに 「奥の院」 と呼ばれる復窟がある。
 耳をすますと、真下を流れる温川(ぬるがわ) の瀬音が仙人窟に谺(こだま) している。
 往時の、信仰の盛んなりし頃を物語っているようである。
 <2005年1月 鳩ノ湯温泉>
   


Posted by 小暮 淳 at 11:55Comments(0)旅のめっけもん

2020年02月05日

『上州湯めぐり ものがたり』 開催中


 「文書館」 と聞くと、敷居が高いと思ってしまいませんか?
 かく言う僕も、そうでして、図書館の利用頻度に比べると、過去に数えるほどしか行ってません。
 でも、テーマ展示があるときは、覗くようにしています。
 しかもテーマが温泉となれば、必見です。

 昨年夏に開催された 『群馬の温泉』 に続き、今年も群馬県立文書館では、新年から温泉をテーマにした展示をしています。
 題して、『上州湯めぐり ものがたり』。
 前回が明治~昭和初期の資料が中心でしたが、今回は江戸時代の温泉に関する古文書や絵図が展示されています。
 また、草津・伊香保・四万などの主要温泉地だけではなく、温泉と文化の関わりや温泉地に向かう街道や交通、温泉に関係する産業、さらには温泉地で起きた事件なども紹介しています。


 正面玄関に入って、最初に目に付くのは、文化14年(1817) に発行された 「諸国温泉功能鑑」 です。
 いわゆる江戸後期の温泉番付表です。
 最上位の東の大関には、ご存じ草津温泉が書かれています。
 次いで前頭には、伊香保、川原湯、四万、老神といった群馬県民には馴染みの温泉地が並んでいます。

 特筆すべきは、勧進元(興行の世話人) として沢渡温泉が名を連ねていることでしょうか。
 温泉地の規模でいえば、大健闘だと思います。
 さすが、昔から 「草津のなおし湯」 といわれるだけあります。

 興味深いのは、当時の沢渡温泉の効能書です。
 「瘡毒(さくどく)」(梅毒)、「皮癬(ひぜん)」(疥癬) といった皮膚病の類いが列記されていることです。
 現在でも 「美肌の湯」 「美人の湯」 といわれるゆえんなんですね。


 個人的には、当時の旅人が役所や関所へ湯治のために提出した文書の展示に、大変興味をひかれました。
 もちろん、古文書は読めませんが、解説が書かれていますので、当時の様子は分かります。
 それほどまでして温泉地へ向かった江戸時代の人たちにとって、湯治は、ただ単に病気を治す療養目的だけではなく、世の塵を洗うバカンスだったのでしょうね。
 そう考えると、1泊2日で帰って来てしまう現代人より、昔の人のほうが贅沢なレジャーを楽しんでいたということです。

 楽しみ方はいろいろです。
 昔の温泉事情に興味がある人は、文書館に足を運んでみてください。



      『上州湯めぐり ものがたり』

 ●期間  令和2年1月8日(水)~3月22日(日)
        午前9時~午後5時 (観覧無料)
 ●休館  月曜日、祝日、月末
 ●会場  群馬県立文書館 (前橋市文京町3-27-26)
        TEL.027-221-2346
   


Posted by 小暮 淳 at 19:17Comments(0)温泉雑話

2020年02月04日

謎の生物 「ヘイサラパサラ」


 相変わらず僕は、“ケサランパサラン” を追いかけています。
 ケサランパサランとは、江戸時代以降に民間伝承により伝わるナゾの生物です。
 調査により、新たな事実が判明しました。

 ケサランパサランは、少なくとも3種類が存在するということです。


 先日、ケサランパサランを飼育しているという男性にお会いして、話を聞くことができました。
 彼は酒を呑んだ帰り道に、川のほとりを歩いている時に舞い降りてきたところを捕獲したといいます。
 自宅で大切に保管されているということで、まだ実物は見ていませんが、僕がケサランパサランの資料を見せると、「このタイプです」 とタンポポの綿毛のようなものが写っている写真を指さしました。

 いわゆる 「植物性ケサラン」 といわれる、もっともポピュラーなタイプです。
 一説では、アザミやオキナグサなどの花の冠毛ではないかとされています。
 直径は2~3cmですが、飼育により枝毛が伸びて、倍以上の大きさにもなるようです。
 エサは一般には、おしろいの粉とされています。

 資料を眺めていた彼が、こんなことを言いました。
 「こっちのタイプは珍しいんだよ。なかなか、お目にかかれません」

 彼が指さしたのは、いわゆる 「動物性ケサラン」 です。
 “毛ん玉” ともいわれ、直径は5~6cmあるケサランパサランです。
 色は、白、茶褐色、白と茶のまじりとバリエーションがあり、球形です。
 一説には、ウサギやタヌキやキツネの毛玉ではないかともいわれています。

 僕が子供の頃に見たケサランパサランは、このタイプです。
 白いマリモのような物体でした。
 ※(当ブログの2020年1月8日 「求む! ケセランパサラン」 参照)


 で、調査を進めていると、第3のケサランパサランを飼育している人がいることが分かりました。
 資料の写真を見ると、まったく別の物体です。
 直径は8~10㎝もあり、色はクリームがかった乳白色で、重量も30g以上あるといいます。
 大きめのリンゴやナシ1個分に相当します。

 見た目、毛の無い球体で、磨いた白い石の玉のようです。

 飼育している人によれば、この物体はケサランパサランとは言わず、「ヘイサラパサラ」 または 「ヘイサラパーサラ」 と呼ばれているとのことです。
 語源はポルトガル語で 「馬の結石」 という意味だそうで、そのため 「馬ん玉」 「うまだま」 とも呼ばれています。

 また東北地方では、この馬ん玉は、雨乞いの儀式にも使われるらしい。
 神前に供え物を捧げ、前に水を張ったタライを置く。
 「オンコロコロ、センダーリマタ、アニソワカ」
 神主が呪文を唱えながら、馬ん玉をタライの中に落とすと、不思議や不思議、ザーッと天から雨が降ってくるのだといいます。


 ということで、僕は今、このヘイサラパサラに会いたくて仕方ありません。
 どなたか、飼育していませんか?
 情報をお寄せください。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:03Comments(0)謎学の旅

2020年02月03日

旅のめっけもん④


 ●旅のめっけもん 「おっきりこみ」

 縁側のある和室で、大女将がうどんを打っていた。
 来年、傘寿を迎えるとは思えない若々しさ。
 とりわけ肌の張りと艶は、大正生まれとは、とても思えない。
 やはり、温泉の美肌効果の恩恵なのだろうか。
 「顔は心の遊びどこ……、ここに美人がいるわけじゃないよ。わたしは心の美人だよ」
 そう言って、快活に笑ってみせた。
 地元農家で採れた小麦をひいて粉にして、清水でねる。
 寝かして、なじませ、手で打つ。
 「小さい時から子守をしながら、うどんをぶって (打って) たからね。かれこれ70年は、ぶってるよ」
 かど半旅館に嫁いで、50年。
 大女将の打つ 「おっきりこみ」 は、いつしか宿の名物になっていた。
 その味を、現在は息子さんが継いでいる。
 いんげん、にんじん、里いも、なす、みょうが……
 採りたての野菜が10種類も入った自然度100%のおっきりこみが、夕げの膳におふくろの味を添えていた。
 <2004年10月 川中温泉>


 ●旅のめっけもん 「索道(さくどう)」

 草津へ向かう国道から狭い急坂を下ると、左手に平地の駐車場がある。
 ここが湯の平温泉の玄関口だ。
 人はここで車を降り、徒歩で山道のアプローチを行くことになる。
 まず到着したら、駐車場脇のインターホンを押してみよう。
 宿の人の声がして、歓迎の言葉と、荷物の有無を訊いてくれる。
 その後の山歩きを考えれば、多少の荷物でも預けたほうが良いだろう。
 で、その荷物は……。
 駐車場の奥にあるロープウェーの荷台に乗せると、ひと足先に宿に着いているという仕組み(サービス) である。
 これは架空索道と呼ばれる鋼索(ワイヤーロープ) に搬器を吊るして物を運搬する設備で、鉱業や林業など深山での作業には欠かせない運材施設である。
 戦時中、ここ入山地区には鉄山があり、湯の平は採掘を請け負った軍需会社の保養宿舎だった。
 索道も、その頃に造られたらしい。
 今春、内風呂が真新しくリニューアルした。
 工事に使用したすべての資材は、この索道により運ばれた。
 <2004年11月 湯の平温泉>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:57Comments(0)旅のめっけもん

2020年02月02日

源泉ひとりじめ(11) 「神の啓示だった」 と、泉主は言った。


 癒やしの一軒宿(11) 源泉ひとりじめ
 五色温泉 「三楽旅館」 伊勢崎市


 県道を通るたび、いつも気になっていた。
 物見やぐらのように屋上高くそびえる貯水タンク、異彩を放つ唐破風の瓦葺き屋根をもつ玄関。
 さらに大きく書かれた 「五色温泉」 の文字……。
 私には、まるで伝奇の中に現れる魔宮の楼閣に見えていた。
 人づてに聞けば、「市街地の秘湯」 だという。

 伊勢崎市街地の東端、工業団地に隣接した立地条件は、あまりにも “秘湯” のイメージからかけ離れている。
 しかし必ずしも秘湯は、深山幽谷の風光明媚な地になくてはならないわけではない。
 読んで字のごとく、「人に知られていない温泉」 のことである。

 結界に足を踏み入れた気分だった。
 「ごめんください」 と声をかけるが、フロントに人の姿がない。
 呼び鈴を押すと、しばらくして “泉主” が現れた。
 さっそく、温泉の起源や効能の高説を拝聴することになった。

 昭和42年のこと。
 もともと自動車の修理販売業をしていた主人が、中古車の展示場を開設するつもりで購入したのが、ここの土地だった。
 まずは水が必要と、井戸を掘ったところ、湧き出したのは鉄分を多量に含んだヘンな水だった。
 しかし、主人は 「これは天啓だ」 と、この水を溜めて加熱した。
 すると透明な源泉が白濁色から黄土色に変色した。
 さらに茶色から赤レンガ色へと、五色に色を変えた。
 これが温泉名の由来である。

 その “天啓の湯” は、地下道のような廊下の突き当たりにあった。
 一歩足を踏み入れて、驚いた。
 浴槽もタイル張りの床も、鉄サビで赤褐色に染まっている。
 伊香保温泉の5倍の含有量にあたる鉄分を目の当たりにした。

 湯舟はレンガ色のあつ湯42度、茶褐色のぬる湯36度、透明な源泉17度に分かれている。
 これらを交互に入ると、より効能があるらしい。
 鉄のにおいを嗅ぎながら、まずは肌まで染まりそうな赤い湯の中へ。
 体を動かすたびに沈殿している鉄サビが、舞い上がってくる。
 まるで大地に抱かれているようで、不思議な安堵感に包まれてゆく。

 まさに温泉は地球からの贈り物である。
 こんな町の中に突如湧き出したのも、やはり神の啓示だったのだと納得した。


 ●源泉名:宏泉の湯
 ●湧出量:40ℓ/分 (動力揚湯)
 ●泉温:16.7℃
 ●泉質:単純鉄冷鉱泉

 <2005年2月>
  


Posted by 小暮 淳 at 10:58Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年02月01日

巡回展第2弾、本日より開催!


 もちろん著者としては、うれしい限りなのですが、こうやって著書たちが著者の手を離れて、独自の展開をしていく様子を不思議な気持ちで眺めていました。


 昨年夏、拙著 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) の出版1周年を記念して、戸田書店高崎店で開催された 「栗原俊文 表紙画展」。
 イラストレーレーターの栗原氏による表紙の原画作製から装丁ができ上がるまでの詳細を事細かに解説したパネル展示です。
 おかげさまで盛況に終わり、著書の販売も記録的な数字となりました。

 ということで、この表紙画展が、戸田書店様と出版元のご厚意とご協力により、“巡回展” という形で県内の書店で順次開催されることになりました。
 その第2弾として戸田書店前橋本店にて、本日より展示会が始まりました。


 昨日、会場作りの現場に、著者として立ち会ってきました。
 自分の本のことなのに、他人の手によりディスプレーされていく様子は見ていて、やはり不思議な感覚になります。

 過去には、僕の本を一堂に集めた “フェア” なるものを開いてくれた書店がありました。
 また特設会場を設けて、サイン会まで開いてくださいました。
 著者としては、この上ない喜びであります。

 でも今思えば、1回限りのイベントです。
 そして、あくまでも主役は僕でした。
 でも、表紙画展は違います。
 主役は表紙画を描いた栗原氏であり、栗原氏の手により命を吹き込まれた妖怪や獣たちであります。
 そして、その主役たちが県内の書店をまわり、僕の本を売ってくれているのです。

 不思議でたまりません!


 ただ分かったことが、1つだけあります。
 著書とは、著者1人のものじゃないということです。
 編集者やデザイナー、カメラマン、イラストレーター……
 そして出版社や書店のたくさんの人たちの力により、やっと読者の元に届けられていることを、あらためて知りました。

 そんな、たくさんの人たちの思いが込められた表紙画展です。
 ぜひ、お立ち寄りください。



     『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』
         栗原俊文 表紙画展

 ●会期  2020年2月1日(土)~3月7日(土) 10:00~22:00
 ●会場  戸田書店 前橋本店 (群馬県前橋市西片貝町4-16-7)
 ●問合  ちいきしんぶん TEL.027-370-2262
   


Posted by 小暮 淳 at 12:42Comments(0)著書関連

2020年01月31日

パズルに夢中 ~おかげさまで20年~


 実は僕、パズラーなんです。
 しかも、「作る」 と 「解く」 の両刀です。

 2000年2月から高崎市内に配布されている 『TAKATAI (タカタイ)』(上毛新聞社) という生活情報紙に、「漢字熟語パズル」 を毎週連載しています。
 今月で、連載開始から丸20年になりました。
 その間に作ったパズルの数は、903回!
 まさか、こんなにも続くとは思ってもいませんでした。

 僕が作っている漢字熟語パズルは、オリジナルです。
 隔週で交互に、“二字” と “四字” の漢字熟語が入れ替わります。
 このスタイルに決るまで、1年の企画・構想期間を費やしています。
 生みの苦しみから実現した、パズル連載でした。


 思えば僕は、子どもの頃からパズル好きな少年でした。
 一番のお気に入りはクロスワードパズルですが、今でも新聞や雑誌で見つけると、何よりも真っ先に解き出します。
 難しければ難しいほど、燃えるんですね!
 考えて、考えて、どうしても答えを導けないときは、素直に負けを認めて、辞書やネット検索にたよることもありますが、できれば、そんなことはしたくない!

 だって、僕は作る側の人間でもあるからです。
 作る側は、読者に “勝負” を挑んでいるからです。
 「さあ、解けるものなら解いてみろ!」 ってね。

 それゆえ、解けたときの優越感はひとしおであります。


 最近、夢中になっているパズルがあります。
 「数独」 です。
 ナンプレともいいますが、81マスのタテヨコ1~9までの数字を揃えるパズルです。
 最初は何がなんだか分からないのですが、初級編からコツコツとあきらめずに挑戦していくと、だんだんと解くコツが分かってきます。

 現在は、上級編に日々挑んでいます。
 酒を呑みながら始めると、ついつい夜更かしをしてしまうため、量も増え、睡眠不足になるのが目下、悩みのタネであります。


 スマホ時代に、かなりアナログの趣味ですが、みなさんも始めてみませんか?
 ハマリますよ!

 ゲームもいいけど、パズルもね。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:22Comments(0)執筆余談

2020年01月30日

源泉ひとりじめ(10) 万華鏡のように、湯の色が変わった。 


 癒やしの一軒宿(10) 源泉ひとりじめ
 鳩ノ湯温泉 「三鳩樓(さんきゅうろう)」 吾妻町(現・東吾妻町)


 <鳩に三枝(さんし) の礼(れい) あり
  烏(からす) に反哺(はんぽ) の孝(こう) あり>
 ハトは親鳥より三本下の枝に止まり、カラスは親鳥が年をとるとエサを口に含ませると伝えられている。

 その昔、傷ついたハトが自然に湧き出る湯につかって、傷を癒やしていた。
 それを見て温泉の効能を知った村人が、「鳩ノ湯」 と名付けたという。
 屋号 「三鳩樓」 の名は、前述の礼儀と孝行を重んじる教え 「三枝の礼」 に由来する。

 樹齢二百年を超えるモミジの老木が出迎える玄関からして、おもむきがある。
 館内に入ると、江戸時代より栄えた奥上州の湯治場の面影を残すように古い柱時計や囲炉裏、黒光りする年代物の箪笥(たんす) が目につく。
 フロントには 「三鳩樓帳場」 なる達筆な文字看板が……
 この時点で、私は完全に “たびびと” となった。

 純和風の客室に通され、旅装をとけば、目的は一つ。
 源泉ひとりじめ、である。
 その源泉 「鳩の湯」 には、本館から長い長い渡り廊下を下って行く。
 まずは総ヒノキ造りの内風呂へ。
 茶褐色のにごり湯は、熱からずぬるからず、丁度よい加減だ。
 手で湯をすくい上げると、何種類もの異なる湯の花が溶け込んでいるのが分かる。
 黒い炭のような固まりは、手のひらでこすると墨滴のように湯の中に散っていった。

 公私共に忙殺された、あわただしかったここ数週間の日々を回想していた。
 温泉好きのくせして、カラスの行水の私が、たっぷり1時間は湯につかっていた。

 翌朝、浴室に行って驚いた。
 湯の色が茶褐色から鮮やかなカーキ色に変わっていたのだ。
 湯舟の中には、昨晩見た炭のような浮遊物も見あたらない。
 このことを宿の主人に告げると、「天候によっては無色透明になることもある」 と、当たり前のように応えた。

 自然の条件により色が変わる湯……
 しかし、これが本来の天然温泉の色である。
 どこかの温泉のように入浴剤など投入せず、ありのままの自然の色を享受すればいいのである。
 次に訪れる時の “色” が、楽しみになった。


 ●源泉名:鳩の湯
 ●湧出量:28.7ℓ/分(動力揚湯)
 ●泉温:44.1℃
 ●泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉

 <2005年1月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:49Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年01月29日

上牧温泉 「辰巳館」⑧


 今さら辰巳館については、語ることはないのですが……

 大正時代に初代が温泉を発見した上牧温泉で最も古い旅館であること。
 源泉は弱アルカリ性で、昔から 「化粧の湯」 と呼ばれ美肌効果があること。
 「裸の大将」 で知られる山下清画伯が滞在して、浴室に大壁画を描き残した宿であること。
 などなど、復習の意味も込めて、バスの中でスピーチをさせていただきました。

 昨日は、NHK文化センターの野外温泉講座日でした。
 僕は講師を11年務めています。
 上牧温泉(みなかみ町) の老舗旅館 「辰巳館」 を訪れるのは、この講座では3回目となります。

 昨年実施した受講生への 「もう一度行きたい温泉旅館」 のアンケートでも一番人気の宿です。
 ということで、リクエストにお応えして2020年新春第1回目の講座は、辰巳館に決りました。


 人気の理由は、湯の良さもさることながら 「献残焼(けんさんやき)」 と呼ばれる料理にあります。
 雪深い上越地方に伝わる郷土料理で、高貴な方に献上した物のおすそ分けを焼いて食べたことから名付けられたといいます。
 また昔、上牧では上杉と武田の豪族の戦いが長いこと続いたといわれ、武士が夕焼けの空を背に山菜や川魚を剣に刺して、焚き火にかざして焼いたからともいわれています。
 赤々と燃える炭火の上で、串に刺した川魚や地鶏、旬の野菜を焼いていただきます。

 辰巳館には、大切にしている 「三温」 と呼ぶ3つの “温もり” があります。
 人の温もり、湯の温もり、そして、この旬を食す炭火の温もりです。


 「かんぱーい!」
 「今年もよろしくお願いしまーす!
 湯上がりに地ビールを呑みながら炭火を囲んで新春の宴が始まりました。

 受講生のみなさん、よろしくお願いいたします。
 今年も名湯・秘湯をたくさんめぐりましょうね!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:18Comments(0)温泉地・旅館