温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年04月19日

棚から日本酒


 嘘も方便、口から出任せ、嘘から出た実(まこと)、瓢箪から駒……
 そして、棚から落ちてきたモノは?

 なんでも思ったことは、口に出して言ってみるものです。
 「群馬の吉田類でーす!」
 なんて、いい加減に勝手なことを言っていたら、本当に “棚から日本酒” が落っこちて来ました!

 なななんと、この度、わたくし小暮淳は、群馬県酒造協同組合より 「ぐんまの地酒大使」 に任命されました。
 話があったときは正直、驚きましたが、日本酒が大好きな僕は、二つ返事でお受けすることにしました。


 ということで昨晩、高崎市のホテルメトロポリタン高崎で開催された 「群馬の地酒フェスタ」 の会場にて行われた 「ぐんまの地酒大使」 の委嘱式に出席してきました。
 会場には、県内の酒造・酒販関係者ならびにテレビ・ラジオ・新聞等の報道関係者も詰めかけ、盛大に行われました。

 今回、新たに 「ぐんまの地酒大使」 に就任したのは4名。
 すでに就任している6名と合わせて、10名になりました。
 そうそうたる顔ぶれです。

 吉本芸人 「アンカンミンカン」 の川島大輔さんと富所哲平さん。
 落語家の林家つる子さん、立川朝志さん。
 ミス日本酒群馬代表の結城瞳ジーナさん、高橋まゆりさん。
 などなど、群馬出身か群馬にゆかりのある著名な方々が集まりました。

 末席でも、その中の一人に加えていただけたことに大変感謝いたします。


 まー、なんといっても役得は、大好きな日本酒を 「これも仕事なんで」 と言いながら、これからは世間の目を気にすることなく堂々と飲めることであります。
 会場には、県内の蔵元のブースが並んでいます。
 群馬県のマスコットキャラクター 「ぐんまちゃん」 が描かれた猪口を片手に、端から飲み続けました。

 もちろん、飲み放題!

 僕は、地酒大使のハッピを着ていますので、どの蔵元のブースへ行っても、「よろしくお願いします」 「お世話になります」 と歓待を受けます。
 酒を飲んで喜ばれるなんて、なんてステキなお仕事なんでしょ!


 観光大使&温泉大使&地酒大使 
 カードは、揃いました。

 「これは、もう、令和の小原庄助さんになるしかないでしょう!?」
 と、誰かが僕をからかいました。
 「望むところです!」
 真っ向から受けて立つことにしました。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:54Comments(1)大使通信

2019年04月17日

川古温泉 「浜屋旅館」⑨


 どこもかしこも酸つぱいな
 なま木の束を釜に入れて
 一年三百六十五日
 じわじわじわじわ乾溜するので
 それでこんな山の奥の淋しい工場が
 蒼ずんで、黒ずんで、又白つちやけて
 君たちまでそんなに水気が無くなつたのか
 第一、声が出ないぢやないか
 声を出すのはあの自動鉞(まさかり)だけぢやないか
 高利のやうに因業なあの刃物だけぢやないか
 ひつそりとした川古のぬるい湯ぶねに非番の親爺
 ━━お前さんは藝人かね、浪花節だろ
 ━━何でもいいから泊つてけよ
 声がそんなにこひしいか
 石炭、硫酸、木酢酸
 こんな酸つぱい山の奥で
 やくざな里の声がそんなにめつためつた聞きたいか
 あいにくながら今は誰でも口に蓋する里のならひだ
 (上州川古「さくさん」風景)


 川古温泉の歴史は古く、すでに江戸時代には湯が湧いていて、大正時代には湯治客が入りに来る湯小屋があったといいます。
 大正5年(1016)、木材を切り出して酢酸(さくさん)などを造るための工場が、温泉の下流に設立されました。
 この工場に勤めていた現主人の祖父が、温泉の湯守から仕事を引き継ぎ、旅館を創業しました。

 詩人の高村光太郎が川古温泉を訪れたのは昭和4年(1929)でした。
 そして、冒頭の作品を残しました。
 詩の中に登場する “非番の親爺” が、初代主人のようです。


 「お久しぶりです」
 “非番の親爺” の孫で、3代目主人の林泉さんが、笑顔で出迎えてくれました。
 「あれ、そんなに久しぶりでしたっけ? 今年になって会ってますよね」
 「いえ、あれは去年の暮れですよ」

 そうでした。
 とっても寒い日、小雪が舞う日でしたっけ。
 地元のテレビ局の特別番組の取材で、訪れたのでした。

 今日は雑誌の取材で、川古温泉(群馬県みなかみ町)の一軒宿、浜屋旅館へ行ってきました。


 「あれ、小暮さんは、女性専用の露天風呂は、見たんでしたっけ?」
 「えっ、知りません。いつ造ったの?」
 「去年だけど、見ます?」
 「でも、女風呂でしょ?」
 「大丈夫、今、お客さんは入ってないから」 

 ということで、ご主人の案内で女風呂へ。
 誰もいないと言われても、やはりドキドキするものです。
 そーっと覗き込むと、小さいながら野趣に富んだ開放感のある木造りの露天風呂でした。

 「やっぱりね、専用風呂があるのと無いのとでは、違いますよ」
 「混浴露天だけだと、ダメですか?」
 「女性は安心して、入れないでしょ」


 川古温泉は昔から、内風呂も露天風呂も混浴の湯治宿でした。
 現在は、時代の変化とともに、男女別の内風呂も完備されています。
 でも、露天風呂だけは長年、混浴のみでした。

 これで女性客も、心置きなく露天を楽しめるというものです。
 めでたし、めでたし!


 雑誌の取材も、予定通り順調に終わりました。
 これまた、めでたし!
   


Posted by 小暮 淳 at 23:37Comments(0)温泉地・旅館

2019年04月16日

中高年よ、家を出よう!


 中高年の 「引きこもり」 が止まりません。

 内閣府の発表によると、ついに!若年層(15~39歳) を対象にした調査の約54万人を、中高年(40~64歳) の引きこもり人口が上回ったといいます。
 その数、全国に61万3千人です!!


 以前、このブログでも、中高年の引きこもりが増えているという話題に触れたことがあります。
 しかし、その頃(2年前) は、まだ中高年の調査がされておらず、正確な数字は発表されていませんでした。
 ※(当ブログの2017年1月23日「楽しみは家の外に」参照)

 そして今年、恐れていたことが、ついに数字となって表れてしまいました。
 引きこもりは、もう “若者特有の現象” ではないということです。


 オジサンの引きこもり?
 なんだか、ピンと来ませんね。
 だって、引きこもりということは無職ということで、誰かがその人の面倒を看ているということです。
 20代の若者なら親は40~50代だから、なんとなく分かります。
 でも中高年の引きこもりとは、親の世代が家に居るということです。
 ということは、それを看ているのは?

 そうなんです!
 そのまた親の70~80代の年金暮らしの高齢者ということになります。
 つい最近まで、介護をしていた僕には、想像もつかない現実です。
 ということは、中高年の引きこもりをしている人の親は、元気なのでしょうか?
 もし認知症になったり、介護が必要となったら、誰が面倒を看るのでしょうか?

 介護の経験があるだけに、想像しただけでゾッとします。


 幸い、見渡したところ僕のまわりには、引きこもりの中高年は見当たらないので安心していますが、いつなんどき、親しい友人が、そうなるとも限りません。

 えっ、そういう自分は大丈夫かって?
 ええ、まあ、僕の場合、人と会わないと死んじゃう体質なので、家の中でジッとしていることができませんから、万に一つも可能性はないと思います。

 みなさんのまわりは いかがですか?
 引きこもりのオジサンやオバサンはいませんか?
   


Posted by 小暮 淳 at 12:13Comments(0)つれづれ

2019年04月14日

知人以上友達未満


 数日前の新聞に、こんな読者投稿記事がありました。
 50代主婦からの人生相談です。
 <先日、同窓会に参加しました。ごく少数の気心の知れた人ばかりの会だと思ったので、久しぶりに顔を出しました。その時は楽しく過ごせたのですが、連絡先を交換したため、その後のお誘いが止まりません。うんざりするほどしつこいです。>

 う~ん!分かります。
 というか、この年代になると 「あるある話」 ですよね。

 “同級生” って、実に不思議な存在です。
 友達なのか?と問われれば、違うような気がしますし、でも知人よりは親しいような、とってもあいまいな人間関係であることに気づきます。
 しいて言うならば、“知人以上友達未満” の間柄です。

 だからこそ、付き合い方が難しいんです。


 実は僕にも、まったく同じ経験があります。
 この10年間に、小学校と中学校のクラス会と同窓会が、それぞれにありました。
 どれも、卒業以来30~40年ぶりに会う人たちばかりですから、ドキドキ、ワクワクしながら行ってきました。

 投稿者さんと同じで、会えば懐かしくて、思い出話に花が咲いて、それはそれは楽しいのですが、やはり、その後が問題でした。
 連絡先の交換といっても、昔のように住所と電話番号を書いたメモを渡すわけではありません。
 メールやラインですから、さー大変です!
 その翌日から、来るわ来るわ!!

 で、「近々、ミニクラス会をやりましょう」ということになり、30年に1回が1年に1回となり、やがて 「今度、ミニミニクラス会を開きます」 となり、1年に1回が毎月開催されることになりました。

 それって、もう、クラス会じゃありませんて~!!!
 ただの飲み会でしょ!?
 でも、それにしては、そんなに親しくもないし、気心も知れていません。
 ただ共通は、昔の “クラスメート” というだけです。

 <うんざりするほどしつこいです。>
 投稿者さんとまったく同じ心境に陥りました。


 さて、では、この人生相談に、回答者の大学教授は、なんと返答しているのか?
 <相手も悪気はないので、普通は誘いがある度に断れば、そのうち声もかからなくなると思います。>

 ピンポ~ン!
 その通りであります。
 僕も誘いがある度に、「その日は仕事で」 とか 「都合が悪くて」 と断っていたら、いつしかメールは来なくなりました。

 知人以上友達未満の関係ですからね。
 数年に1度、元気な姿を確認し合えれば、いいと思うんですよ。
 同級生って……
  


Posted by 小暮 淳 at 12:24Comments(0)つれづれ

2019年04月12日

グッド・ラック ~いつの日か~


 結成から約20年……
 60年代のグループサウンズミュージックやオールディーズ、70年代のフォークソングを県内のイベントや温泉地で演奏し、歌い続けてきたスーパーローカルオヤジバンド 「KUWAバン」 が、実質解散しました。
 僕は結成時より、ボーカルとギターを担当してきました。

 正式解散ではなく、実質解散であります。
 と、いうのも……


 昨年の夏、グループのバンマスであるK氏が、突然、脳梗塞で倒れて入院。
 その後、入退院を繰り返し、現在は自宅にてリハビリ療養中であります。
 当初は悲観的に考えていた我々の不安を裏切るように、この半年で目覚しい回復をしました。
 ほとんど、目に見える障害は残っていません。

 しかし、これからもリハビリ療養は続くようで、K氏の家族の判断により、ここ群馬の地を離れることになりました。
 奥様の負担を考えると、娘さんやお孫さんのいる環境で暮らすのが、一番良いという結論に達したようです。
 そして、その引越しの日が近くなりつつあります。

 ということで今日、バンドのメンバーたちと壮行会を開きました。


 「なーんだ、前回会ったときより、ますます元気になっているじゃない!」
 「うーん、そんなに元気でもないんだけど」
 「リハビリは順調なんでしょ?」
 「毎日、散歩をしている」
 「1人で?」
 「そう」
 「ちゃんと、帰って来れるんだ?」
 「もちろんだよ」
 そう言って、笑いました。

 この人、どこが悪いんだろう?
 そう思えるほど、元気です。
 10キロもやせてスマートになり、毎日散歩をしているからでしょうか、日に焼けて顔色も良く、以前より逆に健康そうに見えます。

 それでも、病気の治療中なんですね。
 本人も、長年住み慣れた群馬の地を離れることに、承知をしています。


 平日の昼間です。
 酒で乾杯とはいかず、全員ソフトドリンクで別れを惜しみ合いました。

 グッド・ラック!
 また、いつの日か、一緒に歌いましょう!

 リハビリに成功して、完全復帰するその日を、メンバー全員で待っています。


 PS
 今後は残りのメンバーで、オリジナルソングのみを演奏する 「じゅん&クァ・パラダイス」 としてライブ活動を続けていきますので、引き続き応援を、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:25Comments(2)ライブ・イベント

2019年04月10日

静かな情熱


 たまには、こんな仕事もいいもんです。

 みなさんは、覚えていますでしょうか?
 以前、拙著 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) を、視覚障害者のために高崎市のボランティアサークルが、朗読テープの作成をしてくれた話を。
 ※(当ブログの2019年1月7日 「どこかで誰かが⑪ お役に立てて」 参照)

 一度、その制作現場を見てみたくて、活動拠点である高崎市箕郷町の福祉会館を訪ねてきました。


 サークル名は、箕郷町朗読奉仕 「あじさい会」。
 メンバーは50~70代の女性、9人。
 すでに発足から27年目を迎えています。

 僕が訪ねたときは、レコーディングルームで、朗読の録音中でした。
 毎月、60分のカセットテープ1本を制作しています。
 A面には高崎市の広報、B面にはメンバーが選考したエッセイや小説、民話、落語の小噺などが収録されています。
 僕の本も、今年の1月号に収録されました。


 まず驚いたのは、「今どきカセットテープ?」 という疑問。
 会長の原澤美津子さんによれば、視覚障害者にとっては、「操作が簡単で分かりやすいから」 とのことでした。
 プレーヤーのないお宅には、貸し出しもしているとのことです。

 なるほど、まだまだ、こんなところにカセットテープの需要が残っていたんですね。


 それにしても発足から四半世紀以上とは、素晴らしい!
 継続の秘訣は? と問えば、
 「喜んでくれる人がいることに、やりがいを感じます。みんな、世の中に貢献できていることが嬉しいんですよ」
 そして、一番大切にしていることは? という問いに対しては、こう答えてくれました。

 「静かな情熱です」

 決して目立たない、地味な活動だけど、どこかで誰かが必要としていること。
 それを維持して継続するには、“情熱” が不可欠なのだといいます。


 なんだか胸の奥のほうが、ジワ~ッと温かくなるいい言葉です。
 ちょっぴり得をした気分になった取材でした。

 「あじさい会」 のみなさん、楽しいお話をありがとうございました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)取材百景

2019年04月08日

天才のゆくえ


 ショックでした。
 今度ばかりは、“三度目の正直”で授与されると思ったんですけどね。
 イチロー選手の国民栄誉賞辞退のニュースです。

 「人生の幕を下ろしたときにいただけるよう励みます」
 とのことです。
 選手としての現役は引退したけれど、野球人生は、まだ終えていないということでしょうか?

 飽くなき挑戦を続ける天才には、ただただ脱帽であります。


 イチロー選手の過去の言動には、凡人には及びもつかない含蓄を感じます。
 僕が心に残っているのは、日米通算4257安打の偉業を達成したときのコメントです。
 「僕は子供のころから、人に笑われてきたことを常に達成してきているという自負がある」
 ※(詳しくは当ブログの2016年6月7日 「笑われた記憶」 参照)

 笑われるということは、凡人には荒唐無稽に見えるということです。
 でも天才イチローには、ちゃんと根拠があるということです。
 それを何年かかろうが実践して、証明するところに、天才たるゆえんがありそうです。

 凡人には、真似したくても、そうそう真似できるものではありません。


 ところが今回の引退記者会見で、初めて凡人の僕が、イチローの言葉に親近感を抱きました。
 おこがましいのですが、僕が昔から言っていたことと同じ言葉をイチローが言ったのです。
 それは、子どもたちへのメッセージです。

 「自分に向くか向かないかよりも、自分の好きなものを見つけてほしい」

 “野球を愛してる” と言い続けているイチローらしいコメントです。


 とかく大人は、職業を選択する際に、「向いているか?」 を判断基準としたがります。
 でも所詮、「向いているか?」 なんて、やってみなければ分からないことなんですよね。
 やはり、人生のスタートは 「好きだから」 です。

 恋愛や結婚だって、そうですよね。
 「自分に向いている」 からなんていう基準で相手を選んではいませんもの。
 好きになることに、理由なんていりません!


 イチローは子どもたちに、人生の “はじめの一歩” を伝えたかったのだと思います。

 これからも天才のゆくえに、目が離せません。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:11Comments(2)つれづれ

2019年04月06日

街は眠りたい


 <私の勤務する店に、その青年は昼となく夜となく、また朝となく客として現れていた。そして決まって落ち着きのない行動を店内でとった。マガジンコーナーで立ち読みをし、リーチイン(冷蔵ショーケース) を覗き込み、店内をグルグル廻る奇妙な動きを繰り返した。当然、店にしてみれば要注意人物である。>


 早いもので、オヤジが亡くなって1ヶ月半が過ぎました。
 今日は親戚が集まり、四十九日の法要と納骨を済ませてきました。

 法要が終わり、菩提寺から霊園へ。
 位牌を手にした僕は、息子の運転する車に乗り込みました。
 赤城山麓の道を上ります。

 コンビニの向こうにコンビニ、そのまた向かいにコンビニ……
 「こんなにもコンビニは、必要ないな」
 と僕が言えば、
 「幹線道路は別として、こんな山ん中は要らないね」
 と息子もうなづく。
 「お前でも、そう思うか?」
 コンビニ育ちの20代の意見も同様だったのは、ちょっぴり意外でした。


 何かと今、話題のコンビニ業界であります。
 人手不足と過重労働から、コンビニの骨頂である “24時間営業” が見直されつつあります。
 思えば、その昔、昭和の頃は、夕方6時を過ぎれば商店は、すべて店じまいをしていました。
 だから消費者は、それに合わせて、買い置きをしたり、朝の開店を待って、並んだりしたものです。

 みなさんは、町の中に “24時間営業” のコンビニが現れた日のことを覚えていますか?


 冒頭の文章は、約20年前に出版した拙著 『上毛カルテ』(上毛新聞社) の中に収録されている 「街は眠らない」 というエッセイの一節です。
 さらに、さかのぼること今から35年前に、群馬県に登場した第1号コンビニエンス・ストアに勤務していた頃のエピソードを書いたものです。

 <一ヵ月程度後のこと、彼はいつもとは異なるしかつめらしい面持ちで現れた。店に入るなり、そのままレジに直行。そして私に言った。「あ、あ、あのう……、ぼ、ぼ、ぼくをこの店で使ってください!」 肩で息をしている彼とは対照的に、私の目は点になってしまった。が、彼のアルバイト希望の動機を聞けば、むべなるかな。奇妙な行動の一部始終のつじつまが合った。>

 実は、この青年、この年の春に前橋市内の大学に受かり、北陸地方の山村からやって来たばかりだったのです。
 アパートも見つかり、母親を連れ立って、初めてこの街に来たとき、僕の勤務するコンビニに親子で立ち寄りました。

 <「母ちゃん、今のお店、二十四時間営業って書いてあったよ。凄いねえ」 「バカ言うんじゃないよ。そんなお店あるわけないだろ! 二十四時間っていったら一晩中やっているってことだよ。お店の人はいつ寝るんだい? お前の見間違いだよ。>

 彼は、その真偽を確かめるために、昼夜問わず店に現れ、シャーターが閉まるときを見届けようとしていたのでした。
 そして、彼は一大決心をします。
 「母親に信じてもらうには、その24時間営業の店で働くしかない!」 と。


 その後、昭和の非常識は、平成では常識となりました。
 でも、また時代は変わります。
 迎える令和の世は、人間が人間らしく生きられる時代になるといいですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:21Comments(0)著書関連

2019年04月04日

おとうさん、大好き!


 <現金3000万搾取被害
  84歳女性「たんす預金」>

 新聞記事に、思わず目を疑ってしまいました。
 群馬県内で発生した特殊詐欺事件です。

 えっ、3000万円だ?!
 ケタが間違っているんじゃないの?
 だって、たんす預金だろ?

 たんす預金ということは、現金ということです。
 そんだけの金が家にあったということです。
 手口は、お馴染みの長男を装った男から電話があり、「取引先に振り込む金が足りない」 というもの。
 そして女性は、長男の上司のおいを名乗る男に、自宅に保管してあった現金を渡したとのことです。


 ん~、犯人は完全に、この家に金があることを知ってましたね。
 事前リサーチをして、効率よく詐欺を行っています。
 敵もさることながら、年々知恵をつけて、搾取の確率を上げています。

 というのも、数年前は違いましたもの。
 手当たりしだい、電話をかけていました。
 まだ、オヤジもオフクロも元気だった頃には、僕の実家にも何度か「オレオレ詐欺」 の電話がかかってきました。

 まっ、うちは絶対に、ひっかかりませんけどね。
 「犯人もバカだね。金のないうちに、かけて来たって、払えるわけないじゃないかね。ひっかかる人は、お金のある人だよ」
 というのが、オフクロの口ぐせでした。
 そして、こんなことも言ってました。
 「そんな大事な話を電話で済ませようなんて、そんな育て方をした覚えはないもの。お前たちなら電話じゃなくて、直接、会いに来るよね。あっ、その前に、うちに金がないことを知ってるから、来ないね」
 そう言って、大笑いするのでした。


 そんなオフクロも、施設に入って、1年以上が経ちます。
 そういえば、またしばらくオフクロの顔を見ていません。
 新聞を読んでいたら、急に会いたくなったので、今日、面会に行ってきました。

 「よっ、元気そうだね」
 病室のベッドの上で、オフクロは何かを開いて見ていました。
 「何を見てるの?」
 「おとうさん」
 「なに、写真? ちょっと見せてよ」

 それは、数年前の春に、桜の下で写したオヤジとオフクロのツーショットの写真でした。
 「おとうさん、いい男でしょ!」
 「そうかな」
 「とっても、いい人だよね」
 「まあね」
 「恐かったかい?」
 「ああ、小さい頃はね」
 「ふ~ん……」

 「なに?」
 僕が問いかけると、突然、オフクロは、うれしそうに微笑んで、
 「おとうさん、大好き!」
 と言って、少女のように写真を胸に抱きしめました。

 ビックリです。
 そんなオフクロは見たことがありません。
 オヤジの生前には、見せたことのない姿です。

 だから言ってやりました。
 「好きだからって、父さんの後を追って、すぐに逝くなよな!」
 「大丈夫だよ。おとうさんに、オリンピックの話をしてあげなくっちゃならないから」
 「そうだよ、父さんは見れなかったんだからさ」
 「だから、まだまだ大丈夫」

 僕は安心して、病室を後にしました。
 今週末、早いもので、オヤジの四十九日の法要です。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:36Comments(0)つれづれ

2019年04月03日

取材の舞台裏を話します!


 昨年夏、『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) を出版してから半年が経ちました。
 おかげさまで、たくさんのマスコミおよびメディアが取り上げてくださり、書店での販売も好調のようであります。

 そんな折、「取材の苦労や裏話をしていただけませんか?」 という要望があり、何度かラジオ等でお話をする機会を得たのですが、ひょんなことから正式に講座を開くことになりました。

 題して!
 「ぐんま県 民話と伝説の舞台“裏”」

 1回90分の講話を、たっぷりと3回にわたり行います。
 ご興味のある方は、お問い合わせください。


 ■第1話/2019年4月20日(土) 群馬発祥の昔話
 ■第2話/2019年5月18日(土) 不思議な民話
 ■第3話/2019年6月15日(土) いで湯発見伝説

 ●日 程  第3土曜日 13:30~15:00
 ●受講料  会員 7,776円 一般 8,780円
 ●教材費  テキスト代 1,000円
 ●会場・問合せ NHK文化センター 前橋教室
   前橋市大手町1-1-1 群馬県庁昭和庁舎3F
   TEL.027-221-1211
  


Posted by 小暮 淳 at 11:04Comments(0)講座・教室

2019年04月01日

令月に風和ぎ


 <初春の令月にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、
  梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、
  蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす。>


 新元号が発表されました。
 「令和」 です。
 出典は、万葉集からとのことです。

 くしくも、キーワードは 「風」 でした。
 僕の “守護字” であります。
 ※(当ブログの2018年10月26日 「風のルーツ」、2019年3月17日 「風に吹かれて」 を参照)

 令月(めでたい月) に、風が和らぐとは、なんと風流なのでしょうか!
 まさに川原の風に吹かれるように、事にあらがわず、和らぎながら生きる時代にしたいものです。


 今日の毎日新聞に、大正生まれで、昭和、平成の時代を生きてきた漫才師の内海桂子師匠の新しい元号や時代へ向けての談話が載っていました。
 「大正、昭和から平成になって世の中は豊かになったと言われるけど、今はそんなに豊かなのかねえ。生活は苦しいのにそうでないふり、お金があるふりをしている人が多いように感じるよ。持たない者は持たないなりに、ぜいたくをせずに暮らせばいいというのが昔の考えだったけど、今は周囲と同じでないといけないと思う人が増えてるんじゃないかい。」

 そして、こんなコメントで締めくくっていました。
 「平成の次はどんな時代になってほしいかって? 時代はね、他人に作ってもらうのではなく、自分で作るものですよ。私は不満を世の中のせいにしないの。もし 『こんな社会で生かされるのはいやだ』 と思う人がいたら、自分で行動して、居場所を作ったらいい。」


 思えば、昭和と平成は豊かさにあこがれ、高度経済成長とバブルに踊らされた時代でした。
 新しい時代こそは、他人と比べる豊かさではなく、個々の価値観が反映される世の中でありたいと思うのであります。

 祝、新元号!
  


Posted by 小暮 淳 at 15:31Comments(0)つれづれ

2019年03月31日

さよなら、チャコちゃん


 なんだか胸の奥のほうが、針で突かれたように、チクチクと痛いのです。
 1つ、また1つと、遠い青春の日々が、消しゴムで消されるみたいで……

 昨年の西城秀樹さんも先日の萩原健一さんも、僕の青春時代を彩ったスターたちが、年々姿を消していきます。
 樹木希林さんも、後を追うように逝ってしまった内田裕也さんも、少なからずや若い頃に影響を受けた人たちです。
 人は、いつか死ぬんだと分かっていても、その事実を知ったときは、深い悲しみに陥ります。


 昨日の新聞の訃報記事に、またもや釘付けになってしまいました。
 <白石冬美さん死去>

 若い人には、馴染みのない名前かもしれませんね。
 アニメ 「巨人の星」 の主人公・星飛雄馬の姉や、「パタリロ」 のパタリロ、「機動戦士ガンダム」 のミライなどの声を演じた声優さんといえば、思い出されるかもしれませんね。


 でも僕ら世代には、「チャコちゃん」 なのです!

 1967年~82年にTBSラジオで放送されていた深夜番組 「パック・イン・ミュージック」 で、同じく声優 (アラン・ドロンの吹き替えなど) の野沢那智さん(2010年死去) とパーソナリティーを務めていました。
 僕らが 「ナチチャコパック」 といって夢中になって聴いていた、一番人気の深夜ラジオだったのです。

 そのチャコちゃんが、死んだ!

 死因は虚血性心不全だそうです。
 享年、82歳でした。


 もうすぐ平成が終わるんですものね。
 昭和は、はるか遠い昔になりつつあります。
 でも、楽しい思い出がいっぱい詰まった時代だったと思います。

 チャコちゃん、ありがとう!
 そして、さよなら!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:01Comments(2)つれづれ

2019年03月29日

またしても降臨


 偶然なのか? 必然なのか?
 このような現象を業界では、“神の降臨” といいます。
 ※(当ブログの2017年12月3日 「降臨」 を参照)


 一昨日は、早朝から群馬県北部の古寺を訪ねてきました。
 その寺に伝わる “七不思議” の中の1つが、前々から気になっていたのです。

 この日に取材に出かけることは、1ヶ月以上前から決まっていました。
 でも同行のカメラマン氏とは、「昼飯を食ってから、ゆっくりと午後に出かけましょう」 ということになっていました。
 ところが数日前になって、急きょ、僕に午後より予定が入ってしまいました。

 「では、別の日にしますか?」
 と言われても、月末はスケジュールがいっぱいで、日程の動かしようがありません。
 「わかりました。では、朝イチの9時に現地へ入りましょう」

 “9時入り”というのは、役場の支所のことです。
 現在は平成の大合併により市になっていますが、かつての村役場に寄って、旧村の歴史資料を調べるためです。


 役場職員に事情を話し、村の歴史や伝説に関する書籍を閲覧しているときでした。
 「えーと、○○寺に関するものですよね。確か、この本に書かれていたと……」
 職員は、丁寧に応対してくれました。

 しばらくすると、突然、職員が大きな声を上げました。
 「あれー、住職! ちょうど、いいところに来てくださいました。こちらの方が、○○寺のことを調べに来られているんですよ」
 振り返ると、身なりの立派な僧侶が立っていました。


 一瞬にして、全身が鳥肌に覆われてしまいました。
 カメラマン氏を見ると、口を開いたまま、目を白黒させています。
 「もしかして、降りて来た?」
 「はい、またしてもです」

 取材の神様のお~な~り~!


 住職は、たまたま書類を提出しに来たのだそうです。
 時間もあるということなので、役場の一室を借りて、たっぷりと話を聞くことができました。
 そして、
 「この後は寺にもどりますが、よかったら来ませんか? 詳しい資料もありますので」
 とは、なんたる展開なのでしょうか!

 偶然でしょうか?
 いや、必然でしょう!
 まさに、神の導きとしか思えません。


 最初の予定通り、午後から取材に来ていたら住職には会えませんでした。
 取材日を変更してても会えません。
 ならば、急きょ、午後に予定が入ったことが、“神の降臨” を導いたことになります。

 「小暮さんは、やっぱ、モッテますよ」
 「だなっ!」

 これだからライターという職業は、面白くて辞められません。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:19Comments(0)取材百景

2019年03月27日

松代温泉 「松代荘」


 2009年4月に開講したNHK文化センター前橋教室の野外温泉講座。
 全国のNHKカルチャーセンターで、温泉講座があるのは群馬県だけです。
 この事実だけでも群馬県は、名実共に “おんせん県” と胸を張ってもいいんじゃないでしょうか!

 で僕は、この講座の講師をしています。
 早いもので昨日、開講10周年の最終講座が終了しました。
 記念すべき2018年度第12回講座は、長野県長野市の松代(まつしろ)温泉へ行ってきました。


 なかなか仕事上、県外の温泉へ取材で行くことが少ないものですから、とっても楽しみにしていました。
 松代温泉の 「松代荘」 は、あの規模、あの豪華さで、なんと国民宿舎!
 さすが真田十万石の城下町です。
 武家屋敷風の豪華な外観には、受講生のみなさんも 「えっ、ここ本当に国民宿舎なの!?」 と感嘆の声を上げていました。

 今回、僕がこの温泉を選んだのは、施設の立派さや人気の料理だけが目当てはありませんよ。
 やっぱ、湯の良さです。

 サラリとした美肌系の温泉もいいですが、時にはグイグイと抱きしめてくるようなマッチョ系の温泉も入りたいものです。
 とにかく湯の色が、濃い!
 たっぷりと鉄分を含んでいるため、黄褐色というよりはオレンジ色に近い濃度を保っています。
 さらにカルシウムの含有量も多いようで、浴槽の縁は析出物が付着して変形しています。
 さらにさらに、大量の塩分を含んでいるため、顔を洗うとヒリヒリと痛みを感じるほどです。

 「えー、みなさん! 鉄分と塩分の多い温泉は、昔から “のぼせの湯” といわれるほど温まりますので、湯あたりに注意してくださいね。長湯は禁物ですよ」
 などと解説をさせていただきました。

 湯あたりをしやすい原因には、“体感温度の麻痺” もあります。
 なぜか鉄分と塩分の多い温泉は、同じ温度でもぬるく感じてしまうようです。
 そのため、ついつい長湯となり、のぼせてしまう人が多いのです。
 これが “のぼせの湯” といわれるゆえんです。


 湯上がりは、ビールとともに楽しい昼食会です。
 男性陣は酒好きが多く、日本酒の徳利がテーブルに並びました。
 僕も嫌いなほうではありませんから、注がれれば断ることはしません。
 受講生との親睦も、講師としての大切な仕事なのです。

 午後は、真田ゆかりの城下町を散策したり、松代城跡や真田邸の見学、老舗和菓子屋での買物と、盛りだくさんの旅を満喫してきました。


 いよいよ、「名湯・秘湯めぐり」 と銘打った野外温泉講座も、来月から新年度11周年目を迎えます。
 まだバスの座席に、若干名の空きがあるようです。
 今からでも間に合いますので、ご興味のある方は、お問い合わせください。

 ●NHK文化センター前橋教室 TEL.027-221-1211
  


Posted by 小暮 淳 at 20:58Comments(2)温泉地・旅館

2019年03月25日

バカの論理


 昔、といっても僕が高校生の頃ですから、40年以上も前のことです。
 受験生は、みんなラジオの深夜放送を聴いていました。

 僕のお気に入りは、文化放送の 「セイ・ヤング」。
 なかでもアリスの谷村新司さんがパーソナリティー日の 「天才・秀才・バカシリーズ」 というコーナーが大好きで、毎週欠かさずに聴いていました。

 リスナーから寄せられたハガキを読むのですが、これが三段落ちの小話のようになっています。
 まず秀才が、一般的な常識論を言います。
 次に天才が、その事について知識をひけらかし、専門的な意見を言います。
 最後にバカが出てきて、突拍子もない奇想天外な事を言って、笑いを取ります。
 結局、主役は “バカ” なのです。


 この頃から僕は、世の中の構図を勝手な論理で組み立てていました。
 ●秀才は、努力した凡人である。
 ●それゆえ、逆立ちをしても天才にはかなわない。
 ●しかしバカは、次元を超越しているため、天才に勝つ!
 天才はトランプのエースだが、バカはジョーカーなのだと……

 以来40年間、僕は “バカ” にあこがれ、“バカ” になることだけを考えて生きてきました。


 先日、県内で10数軒の飲食店を経営する、さる社長さんと会食する機会がありました。
 彼は僕より、ひと回り以上若い、やり手の起業家です。
 そして、僕の読者でもあります。
 開口一番、彼は、こんなことを言いました。
 「小暮さんは、年間、どれくらい温泉に入るのですか?」

 正直な話、10年前に比べると、加齢と共に年々、その数は減っています。
 「今は60~70ヶ所だけど、多いときは毎年100以上はめぐっていたよね」
 と答えると、彼の驚き方は尋常ではありませんでした。
 お笑い芸人のようなリアクションで、
 「ど、ど、どうして、そんなに回ろうと思ったんですか?」
 と興味津々となり、目はランランと輝きながら、僕のグラスに酒をドボドボと注ぎ出したのでした。


 だから僕は、「バカの論理」 の話をしました。

 普通の人は、1年に温泉へ行く回数は1、2回です。
 人一倍努力して、10回行っても、所詮、天才にはかないません。

 「天才にかなわないとは、どういうことですか?」
 「僕は凡人なんだよ。人10倍努力したところで、何も変わらない。それに比べ天才は、一を聞いて十を知ってしまう。だから天才に勝つには、“ケタ違い” のことをしないと意味がないんだよ」
 酒の力も借りて、勝手な論理を吐いてしまいました。

 すると、彼は、
 「分かりました。人10倍では、まだ凡人なんですね。バカになって “ケタ違い” に挑戦します!」


 彼の店が100店舗を超えるのも、近い将来かもしれませんね。
    


Posted by 小暮 淳 at 14:51Comments(0)温泉雑話

2019年03月23日

春を愛する人


 ♪ 春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が


 エレベーターを降りて、廊下を歩いていると、一番奥の病室から歌声が聴こえてきました。
 それも独唱。
 声の主は、間違いなくオフクロです。

 僕は昨日、1ヶ月ぶりにオフクロに会いに行きました。
 というのも長い間、インフルエンザの流行で、面会が禁止されていたからです。
 最後にオフクロに会ったのは、オヤジの葬儀を終えた翌日でした。
 息子が撮ってくれた告別式の写真ファイルを手渡しに行ったときです。
 その時も病室までは行けませんでしたが、事情を話して、介護師の方にロビーまでオフクロを連れてきてもらったのでした。

 あれから、1ヶ月が経ったのですね。


 バチ、パチ、パチ、パチ

 車イスの背後で拍手をすると、驚いたオフクロが振り返りました。
 「あれ、来ていたのかい! あっ、息子です」
 と律儀にも、リハビリ指導を受けいてる介護師に、僕を紹介してくれました。

 「今日は、なんだい?」
 「いや、顔を見に来ただけだよ。元気そうで安心した。すぐ帰るから、リハビリを続けてよ」

 「小暮さん、今日は、よく声が出ていますね。次は、何を歌いますか?」
 白衣を着た介護師が、大きな文字で書かれた歌詞カードをめくります。
 「オフクロはね、若い頃、合唱団に入っていたんですよ」
 僕が言うと、
 「そうですか、どうりで歌がお上手です」
 と、ほめてくれました。
 「若い頃ですけどね。歌が好きだったんですよ」
 とオフクロも、うれしそうです。


 僕は、リハビリの邪魔にならないように病室の隅で、しばらくオフクロの歌声を聴いていましたが、「また来るから」 と声をかけ、病室を後にしました。


 ♪ 春を愛する人は心清き人 すみれの花のようなぼくの友だち


 エレベーター乗り場まで、歌声が聴こえていました。

 オフクロの92回目の春です。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:00Comments(2)つれづれ

2019年03月22日

あなたは誰?


 俳優の 「松方弘樹」 さんの名前を、3日間かけて思い出しました。
 マイブームの “ド忘れゲーム” です。

 有名人ですからネット検索すれば、すぐに知ることはできますが、これはゲームです。
 思い出すことに、意味があるのです。
 まあ、とどのつまり、思い出せなかったとしても、所詮、芸能人の名前です。
 日常での不便も不自由もありません。


 ところが、友人、知人、仕事関係の人の名前となると、生活に直接、関わってきます。
 実は僕、昨日、お会いした人の名前が、いまだに出てこないのです。

 その方とお会いしたのは、かれこれ3、4回目になると思います。
 でも、2人だけでお会いしたことはありません。
 いつも数人の仕事関係者と一緒です。
 一度だけ、お酒の席でお会いしたこともありました。

 で、昨日、別れたあとに 「あの人、なんていったっけ?」 と、突然、思い出せなくなってしまったのです。
 もちろん過去には、名前をお呼びした記憶もあります。

 「えーと、えーと、確か、同級生に同じ名字の人がいんだよな~」
 と、小学校から中学校、高校時代の思い出せる同級生の名前をたどっているのですが、いまだにヒットしません。

 「そうだ、名刺をもらっているかもしれない」
 と思い、名刺ファイルを出会ったであろう頃までさかのぼって、めくってみたのですが、ありません。
 ということは当然ですが、ケータイの電話帳にも登録されていません。


 こんなとき、みなさんなら、どうしますか?
 共通の知人に電話して 「あの人、誰だっけ?」 なんて訊くのも、なんだかヘンですよね?

 しばらく、お会いすることもないと思いますが、次に会うまでには思い出せるよう頑張ります。


 あなたは、誰?
   


Posted by 小暮 淳 at 12:31Comments(0)つれづれ

2019年03月20日

シニアと呼ばれて


 僕のようにフリーランスで仕事をする者にとって、“休日” とはあってないようなもの。
 突然、仕事が入るときもあれば、その逆もあります。
 「予定は未定」 の職業であります。

 昨日は一日、原稿執筆日に当てていました。
 ところが、前日の筆(キーボード) の進みが思ったより早く、午前中には入稿(原稿を先方に渡すこと) となりました。

 はて、どうしよう?
 午後が丸々、オフとなってしまいました。
 予期してなかったので、なんの予定もありません。
 昼寝をしようか? 読書でもしようか?
 と、思いあぐねましたが、
 「そうだ! たまには映画を観に行こう!」
 と、いそいそと昼下がりに、映画館へと出かけたのでありました。


 映画を観るなんて、なんだか、とっても久しぶりです。
 「えーと、えーと、会員カードを持っていたよな」
 と、財布の中から取り出して、受付のお姉さんへ。
 「これ、期限が切れていますね。新しくお作りしましょうか?」
 「はい、お願いします」
 「では、こちらに住所、氏名、電話番号と生年月日のご記入をお願いいたします」

 ということで、僕は言われるままに、スラスラと記入を始めました。
 「あと、生年月日ね。えーと、1958年8月……」
 と、その時です。
 突然、お姉さんが、
 「ああ、お客様はシニアですね。シニア割引の対象となりますが、どういたしますか?」

 えっ、シニア? 誰が? ぼ、ぼ、僕がですか?

 「はい、通常大人1,800円が、こちらのシニアカードをご利用されますと、1,100円でご覧になれます」

 こ、こ、これは安い! ラッキー!!
 と、2つ返事で 「シニアカード」 を作ってもらいました。
 しかも、会員カードは有料ですが、シニアカードは無料です。
 しかもしかも、有効期限なし!
 だけでなく、紛失しても再発行してくれるのだといいます。
 ということは、死ぬまで1,100円で、映画を観続けることができるということです。

 おお~、歳は取ってみるものであります。
 こんな素晴らしい優遇サービスが受けられるのですから。
 この料金なら、これからもジャンジャン映画を観ることができるぞ!
 と、意気揚々と劇場の中へ入って行ったのでありました。


 平日の午後です。
 劇場の中は、閑散としていました。
 1列に1人ずつ、ゆったりと座れるほどです。
 見渡せば、学生らしきグループが2組と、あとは “年寄り” ばかりです。
 たぶん、シニア割引の客です。

 ということは僕も、その “年寄り” のうちの1人ということなんですね。
 なんだか、急に先ほどまでの喜びが失せて、淋しさに包まれてしまいました。

 でも、待てよ?
 なんで、60歳を過ぎるとシニアと呼ばれて、格安のサービスが受けられるのだろう?
 思案のすえに、たどり着いた答えは、「ヒマと小金を持っている」 から!
 入場者の少ない平日に呼び込める客は、このヒマと小金を持っている年齢層ということになります。


 でもね、僕の場合、ヒマも自由に使える小金もありませんって。
 でも、1,100円なら、まっ、いいっか!
 「また、来ようっと」

 ヘンに納得して、夕方、映画館から出てきたのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:08Comments(2)つれづれ

2019年03月19日

ミルトブツを捕まえて!


 以前、このブログで 「アキストゼネコ」 という言葉の遊び方が分からないと書いたところ、その後、たくさんの方々から、「昔、遊んだ記憶がある」 との意見が寄せられました。
 ※(当ブログの2019年2月1日 「恋のおまじない」 参照)

 いろんな方の意見を総合すると、「アキストゼネコ」 は、“おまじない” ではなく、“占い” だったことが判明しました。
 好きな人と自分の名前を並べて書き、一文字ずつ画数を調べます。
 同じ画数の字は消去して、残った字の画数の合計が、その人の相手に対する気持ちとなります。

 「ア」 は、愛してる。
 「キ」 は、嫌い。
 「ス」 は、好き。
 「ト」 は、友だち。
 「ゼ」 は、絶交。
 「コ」 は、恋人。

 たとえば、5画ならば “絶交” です。
 7画以上ならば、「ア」 から何回でも繰り返します。

 なんの根拠もない、他愛ない遊びですが、確かに夢中になった記憶があります。


 そこで新たに浮上した言葉あそびが、「ミルトブツ」 です。

 「あっ、ミルトブツがいる!」
 突然、教室の天井を指差します。
 「えっ、どこどこ?」
 と、頭上を見ると、

 パッカーン!
 と、叩かれます。

 「おい、何するんだよ! いてーじゃねーかよ!!」
 「だから、“見るとぶつ” と言ったじゃねーか」
 というオチであります。

 思えば、そんな言葉あそびが、子ども頃には、たくさんありました。


 「“手袋” の反対、言ってごらん?」
 「ロ、ク、ブ、テ」
 「はい、123456(パン、パン、パン、パン、パン、パン)」
 と、6回ぶたれました。

 「ピザを10回、言って?」
 「ピザ、ピザ、ピザ、ピザ……」
 「じゃあ、ここは? (腕の曲がった所を指差す)」
 「ひざ!」
 「残念でした。ここは、“ひじ” です」

 なーんていうのも、ありましたね。
 そうそう、こんなのも、あったっけ。

 「あっ、アゴに何か付いているよ」
 言われて、手のひらでアゴをさすると、
 「オー、マンダム!」

 確か、当時流行った整髪料のCMだったと思います。
 人気俳優のチャールズ・ブロンソンの真似をさせられました。


 みなさんは子どもの頃、どんな言葉あそびをしましたか?

 僕は、いまだに 「ミルトブツ」 という昆虫がいると信じています。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:47Comments(0)つれづれ

2019年03月17日

風に吹かれて


 <がんばらないよ!>

 過日、届いたDMに、直筆のコメントが添えられていました。
 現在、前橋文学館(前橋市千代田町) で開催中の絵本原画展 『おばあちゃんのほっこりごはん 野村たかあき展』 の案内ハガキです。
 ※4月7日(日) まで。観覧無料。水曜休館。


 差出人は、木彫家で版画家で絵本作家の野村たかあき氏、ご本人です。
 氏との付き合いは、かれこれ30年以上になります。
 でも今回、初めて直筆のコメント入りのDMをいただきました。

 なぜ氏は、こんなコメントを書いたのでしょうか?


 氏と出会って、数年が経ったある日。
 酒の席だったと記憶しています。
 氏が、しみじみと、こんなことを言いました。

 「要は、川原の風に吹かれるように生きることよ」

 川原の風? 吹かれる?
 まだ青二才だった僕には、なんのことだか、さっぱり分かりませんでした。
 ただ10年、20年と歳を重ねても、あの日あの時の言葉は忘れることができませんでした。


 時は流れて、昨年僕は、めでたくも “還暦” を迎えました。
 同級生は、定年を迎える年齢になりました。
 でも、僕のようなフリーランスの職業には、定年はありません。

 でも、なにか僕の人生にも、節目が欲しいと思ったのです。
 そして考えた挙句、たどり着いたのが 「心の定年」 でした。

 「そうだ、60年を節目に、心を解放してあげよう!」
 と思ったわけです。
 「もう、がんばらない」 と。


 今年の正月、年始のあいさつに、氏を訪ねたときのことです。
 今年を “がんばらない元年” にした旨を伝えると、

 「そうか、そうか、それは、いいね。がんばらないの、いいね」
 と、痛く喜んでくださったのです。


 いつからでしょうか、川原へ行くと、風を気にするようになったのは?
 50歳も半ばを過ぎたあたりだと思います。

 一斉に同じ方向に揺れるススキの穂を見て、ハッとしたことがありました。
 風が北から吹けば、南になびき、西から吹けば、東にたなびく。
 決して、あらがうことなく、風に吹かれているのです。

 「いつか自分も、こんなふうに生きてみたい」
 と思うようになりました。


 <がんばらないよ!>

 氏の言葉を、今、改めて噛みしめています。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:06Comments(0)つれづれ