温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2022年08月11日

ほぼ定員になりました。


 過日、告知しましたNPO法人 「湯治乃邑(くに)」 主催による 『ぐんま温泉かるた』 発行推進決起集会の開催に対して、たくさんの方から問い合わせや賛同、参加希望の連絡をいただきました。
 おかげさまで、ほぼ定員になりました。

 “ほぼ” というのは、まだ少し余裕があるということです。
 ただし、条件があります。
 ①大部屋での雑魚寝が可能な男性
 ➁決起集会 (懇親会) のみの日帰り参加 (男女共)

 以上の条件の方のみ、まだ参加枠が残っています。
 迷っている方は、ご検討ください。


 当日は、代表である僕から 『ぐんま温泉かるた』 の44枚の詠み札の解説と、役員によるクラウドファンディング開設の説明をさせていただきます。
 その後、懇親会となります。

 よろしくお願いいたします。



    『ぐんま温泉かるた』 発行推進決起集会

 ●日時/2022年8月20日(土)
       15時~ 入浴
       17時~ 受付
       18時~ 決起集会 (懇親会)       
 ●会場/磯部温泉 小島屋旅館
       群馬県安中市磯部1-13-22
       TEL.027-385-6534
       ※小島屋旅館は明治12年創業。現存する磯部温泉最古の宿です。
 ●料金/10,000円 (1泊2食、飲み放題)
       ※愛郷キャンペーン利用は5,000円
       日帰り 5,000円 (入浴付き)
 ●申込/湯治乃邑または小暮まで。
 ●主催/NPO法人 「湯治乃邑」
  


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)湯治乃邑

2022年08月10日

Bちゃんの机


 <13年前のメールアドレスに返信しています。届くのでしょうか?>

 先月、突然、懐かしい友人からメールが届きました。

 <27年ぶりに日本で暮らし始めています。お時間があったら、一度お会いしたいと思って連絡しました。> 


 今から27年前。
 僕は36歳、彼は29歳。
 僕は雑誌の編集者、彼は広告代理店のデザイナー。

 仕事で出会い、意気投合して、プライベートでも杯を重ねるようになりました。
 僕は彼のことを、親しみを込めて 「Bちゃん」 と呼んでいました。
 (Bは名字の頭文字です)

 ある日突然、彼は30歳を目前にして、僕に、こう言いました。
 「俺、イギリスに行く」

 「行くって、旅行?」
 「いや、向こうで働く」
 「働くって……」
 「このままじゃダメだと思うんだ。向こうでデザイナーとしての力を試してみたんだよ」

 かくして彼は、妻と子を日本に残したまま、渡英しました。
 (後にイギリスに呼び寄せました)


 あれから27年。
 一時帰国の際に、電話で話したことはありましだか、タイミングが合わず27年間、一度も会えずじまいでした。
 そして、ついに昨日、懐かしい友人との再会を果たしました。

 「分かるかな? 俺、だいぶ老けたよ」
 「こっちなんて、白髪の老人だよ。会って驚くなよ」

 でも、心配は無用でした。
 高崎駅改札口を出た途端、すぐに分かりました。

 「Bちゃん!」
 「ジュンちゃん!」


 それから僕らは、27年間の空白を埋めるように、呑んで、語り、笑い合いました。

 「そういえば、Bちゃんがイギリスに立つ前に、机をもらいに行ったよね」
 「あれ、まだ使っているの?」

 L字型をした大きなデザイナーズデスクです。
 椅子に座ると、正面と左脇にテーブルがあり、執筆作業とパソコン操作が同時にできる優れものです。

 「もちろん! 現役だよ」
 「ということは、ジュンちゃんが今までに出した本は、すべて、その机で書いたってこと?」
 「そうだよ」
 「エーーーッ、うれしいなぁ~!!!」


 そういうことなんですね。
 今日まで一度も思ったことはありませんでしたが、僕は27年間、Bちゃんと離れて暮らしていましたが、ずーっとBちゃんからもらった机で作品を創り続けていたのでした。

 「ありがとうね。今日の僕があるのはBちゃんのお陰だよ」
 「ジュンちゃんは、相変わらず大げさだな~(笑)」


 あっという間の再会でした。
 また会うことを誓い合い、2人は駅へと向かいました。

 なんとか最終電車に間に合うことができました。。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:04Comments(0)つれづれ

2022年08月09日

「神社かみしばい」 8月口演


 テレビの力って、スゴイですよね。

 ていうか、なんだか最近、やたらとテレビで群馬ネタの露出が多いと思いませんか?
 「秘密のケンミンSHOW」 とか 「オモウマい店」 とか、群馬のB級グルメが紹介されています。

 もしかして今、時代は群馬熱?


 僕らも、この群馬熱にあやかっています。
 6月初旬、伊勢崎市の竜宮伝説が 「ナニコレ珍百景」 にて紹介されました。
 すると、口演会場に 「テレビを観ました」 という観客が県内外から、やって来るようになりました。

 僕らとは、紙芝居師の石原之壽くんと画家の須賀りすさんと僕です。
 3人で地元の民話を紙芝居にして、1年半前から毎月、伊勢崎神社の境内で街頭紙芝居を行っています。


 『いせさき宮子の浦島太郎』
 これが 「ナニコレ珍百景」 で放送された龍神宮という神社を舞台にした民話紙芝居です。

 なぜ、海なし県の群馬に浦島太郎伝説なのか?

 謎が謎を呼んで、テレビ放送以降、地元のメディアも取材に来ました。
 ついには、伊勢崎市長までもが視察に訪れました。


 依然、猛暑日が続いていますが、神社の境内には大きなケヤキの木があり、木陰は時おり涼風が吹きます。
 万全のコロナ対策にて、みなさんのお越しをお待ちしております。

 ぜひ一度、なつかしい昭和レトロな街頭紙芝居の世界を体感しに来てください。



     「神社かみしばい」 8月口演
 
 ●日時  2022年8月13日(土)、14日(日)
       10時、11時、12時、13時 
       ※屋外開催 (悪天候時は室内)
 ●会場  伊勢崎神社 境内 (群馬県伊勢崎市本町21-1)
 ●入場  投げ銭制 ※ペイペイ可
 ●問合  壽ちんどん宣伝社 TEL.090-8109-0480

 ☆小暮は14日のみ在社いたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:40Comments(0)神社かみしばい

2022年08月08日

64回目の夏


 稀にしかありませんけど、取材先や書店のイベントなどで、色紙にサインを頼まれることがあります。
 最初は、お断りしていたんですけどね。

 だって、大先生みたいだし、何より著書へのサインと違い、色紙は余白があり過ぎます。
 「何か、言葉を添えてください」
 なんて言われた日には、何時間も考え込んでしまいそうだからです。

 でも10年前くらいからでしょうか。
 雑誌か新聞のエッセーに何気なく書いた言葉が、自分でも気に入ってしまい、それからは色紙にサインを求められた時には、この言葉を添えるようになりました。

 “守り継ぐ湯 語り継がれる宿”


 フリーライターの僕が、「温泉ライター」 に特化しようと思ったきっかけは、平成12(2000)年10月に四万温泉で開催された四万温泉協会主催による 『探四万展(さがしまてん)』 というイベントでした。
 県内外から12人のアーティストが集まり、泊まり込んで、作品を制作するという企画です。
 僕は末席ながらコピーライター枠で、参加させていただきました。

 この時、四万温泉という1つの温泉地なのに、宿により湯がみんな違うことに気づきました。
 そして、「温泉地の数×源泉の数×宿の数=」 だけ湯があることを知りました。

 だったら、すべての宿の湯に入らなければ、その温泉地のことは語れない!
 そう思って、「群馬の温泉シリーズ」 を書き出しました。


 あれから22年。
 遅すぎたスタートでしたが、これまでに温泉シリーズを含め15冊の書籍を世に出すことができました。
 これは決して、僕一人の力では、できません。
 ディレクターやカメラマン、デザイナーなどのスタッフを始め、僕の活動に理解を示してくれた温泉関係者、そして僕を支えてくれる友人や知人、家族……。
 何よりも、たくさんの読者のお陰だと感謝しています。


 今日は8月8日。
 無事に今年も64回目の記念日を迎えることができました。

 もし勤め人だったら……
 定年退職して、悠悠自適?
 さては再雇用? または再就職?

 でも僕の前には、まだ道が続いています。
 この道を信じて、迷うことなく、真っすぐと歩んで行こうと思います。

 みなさん、これからも、よろしく!
 僕は64回目の夏も、元気です!



 ♪ 若いからとか 大人だからとか
    理由になるけど 今さら面倒で
    今の自分をやさしく見つめたい
    20才の頃も きっとそうだった

    あいつは変わった 時代も変わったと
    話している奴 臆病なんだよ
    自分の心を確かにしておこう
    20才の頃も きっとそうだった
     <吉田拓郎 「誕生日」 より>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:36Comments(2)つれづれ

2022年08月07日

タコ公園は誰のもの?


 数日前の夕刊に、気になる記事が載っていました。

 《タコ滑り台は芸術か》
 《「著作権」認められず 敗訴で終結》


 通称、「タコ公園」。
 どこの町にも、1つくらいはありました。

 タコの形をした滑り台のある児童公園です。
 だから子どもたちは、勝手に 「タコ公園」 と呼んでいました。

 でも、あのタコのデザインにも発案者がいたのですね。


 「著作権法で保護される著作物だ」
 と主張していたのは、東京都の環境美術会社でした。
 昭和38(1863)年に設立された前身の会社が、同40年に 「第1号」 を作って以来、全国に200基以上を送り出してきたといいます。

 いわば、“生みの親” であります。

 で、訴えられたのは、同じく東京都の遊具会社です。
 「極似しており、著作権を侵害された」 として損害賠償を東京地裁に提訴しました。


 環境美術会社側の主張は、こうです。
 「滑り台には制作者の思想や感情が創作的に表現されている」

 一方、訴えられた遊具会社側は、こう反論します。
 「美的鑑賞の対象となる部分は認めがたい」

 はたして、この裁判のゆくえは?


 令和3(2021)年4月の地裁判決は、こうです。
 「滑り台は遊具で、展示目的の芸術作品とは異なるが、鑑賞の対象となりうる美的な特性があれば著作物として保護される」 と指摘。
 しかし、
 「タコの頭や足、空洞の形状は滑り台を滑ったり、かくれんぼなどの遊びをしたりするために不可欠なもので、遊具のデザインとしての域を出ない」
 として請求を棄却しました。

 結果、同年12月の知財高裁判決と今年7月の最高裁決定も原告側の主張を退けました。


 う~ん、この裁判、みなさんには、どう映りましたか?
 “タコそのまま” というのが、独創性に欠けたんでしょうな。
 せめて、タコのキャラクターに仕上げておけば、裁判で勝てたかもしれませんね。


 最近は見かけませんが、僕の子どもの頃には、遊園地に行くと 「オクトパス」 という遊具がありました。
 真ん中にタコの頭があり、そこから伸びた8本の足の先に乗り場があり、グルグルまわりながら上下するアトラクションです。
 そしてタコは、頭に鉢巻をしていました。
 子どもたちの間では、「タコの八ちゃん」 と呼ばれていました。

 「タコの八ちゃん」 なら勝訴できたかも!


 で、ふと思ったのは、タコは子どもに人気なのに、なぜイカは見向きもされないのでしょうか?
 今までに、イカのキャラクターや遊具なんて、見たことありませんものね。

 タコのほうが愛嬌があって、キャラになりやすいのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 12:52Comments(0)つれづれ

2022年08月06日

強そうな温泉


 さて、問題です。
 群馬県内で一番強い温泉は、どこでしょうか?


 今週火曜日、群馬テレビで放送された 『ぐんま!トリビア図鑑』 は、ご覧いただけたでしょうか?
 「温泉王国ぐんま~泉質が変わった温泉~」 と題して、僕が旧倉渕村 (高崎市) の2つの温泉地からリポートしました。

 放送後、知人から、こんなメールが届きました。
 <ガンテツセン、名前からして強そうだ。海軍カレーと合わせて最強!>

 思わず、笑ってしまいました。
 言われてみれば、本当だ。
 とっても強そうです。


 番組では、倉渕川浦温泉を紹介。
 10年に1度の成分分析検査をしたところ泉質名が、以前の 「塩化物泉」 から 「含鉄泉」 に変化していたというミステリー。
 しかも、県内では唯一入浴できる含鉄泉ということで、話題になっています。

 また一軒宿の 「はまゆう山荘」 の名物料理は、海軍カレー!
 なぜ、横須賀発祥のカレーライスが名物なのかは、テレビをご覧ください。

 「含鉄泉」 と 「海軍カレー」
 その言葉の響きは、確かに強そうです。
 ということで、冒頭の問題の答えは、倉渕川浦温泉でした。


 同じ発想で、全国の温泉地名を思い浮かべてみると、強そうな名前がありました。
 強羅(ごうら)温泉、強首(こわくび)温泉、地鉈(じなた)温泉、龍神温泉、熊ノ湯温泉なんて、強そうじゃありませんか?

 逆に弱そうな温泉は……
 はい、半出来温泉 (群馬) くらいしか思い浮かびませんでした。

 ほかにあったら、教えてください。
 


            ぐんま!トリビア図鑑
       「温泉王国ぐんま ~泉質が変わった温泉~」

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●再放送  8月8日(月) 12:30~12:45
  


Posted by 小暮 淳 at 11:39Comments(7)温泉雑話

2022年08月05日

四万ブルーに魅せられて


 ♪ トイレには それはそれはキレイな
    女神様がいるんやで
    だから毎日キレイにしたら
    女神様みたいに べっぴんさんになれるんやで ♪
    (上村花菜 『トイレの神様』 より)


 トイレには “トイレの神様” が、そして、取材には “取材の神様” がいるのです。

 今年6月から高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 紙上で連載がスタートした 『ぐんま湯の里ハイク』 。
 電車やバスなどの公共交通機関のみを利用して、県内の温泉地を訪ね、周辺の自然を散策し、いい汗をかいたら温泉に入り、湯上がりのビールで喉を潤し、帰りの電車やバスを待つ時間には、ちょっぴり地酒をいただいたりして、群馬の温泉の魅力を200%満喫しようという、贅沢かつ我がままな旅エッセーなのであります。

 旅人は、僕とカメラマン1名。
 だもの日程は自由に組めます。
 公共交通の利用と、相手は自然ですから、気のつかうアポどりもありません。
 思い立ったが吉日の勝手旅であります。

 が!

 1つだけ、どうにもならない相手がいます。
 そう、“お天気様” です。
 予定を組んでも、いざ出発の日が雨だと、テンションが下がるだけでなく、紙面にベストショットの写真を掲載できません。

 ということで、天気予報によっては、急きょ、取材日を変更することもあります。


 昨日の予報は、群馬全域に雨マークがつきました。
 本来なら取材日を変更するのですが、前日までの予報では “曇り” だったのです。

 「どうしますか?」
 心配するカメラマン氏に、
 「なんとかなるでしょう、僕らには取材の神様がついていると信じましょう!」
 ということで、早朝より電車とバスを乗り継いで、名湯・四万温泉へと向かいました。

 「勝負は午前中ですね。午後には広い範囲で雨雲がかかってきますから」
 と、スマホで雨雲レーダーを確認するカメラマン氏。
 「了解! 午前中に奥四万湖を一周しましょう」


 《絶景を見るための秘訣は、自然とひとつになることでした》

 覚えていますか?
 このテレビCM?

 女優の吉永小百合さんが、鮮やかなコバルトブルーの湖面でカヌーを漕ぐ、JR東日本 「大人の休日俱楽部」 のCMです。
 撮影場所は、四万温泉上流の奥四万湖。

 目が覚めるような青い湖水は、「四万ブルー」 と呼ばれています。
 なんとも神秘的な色であります。


 終点のバス停から、温泉街を歩き出しました。
 四万川対岸へ渡り、小泉の滝~大泉の滝をめぐり、ダム壁直下へ。
 一気に山道を登り、ダム堤から奥四万湖を一望。

 今日も今日とて、掛け値なしの “四万ブルー” が眼下に広がります。

 今は日光に照らされていますが、空を見上げれば、あやしい雲が……

 「さあ、急ぎましょう!」
 「時間との勝負です」

 取材の神様、僕らに微笑んでください!
 1周4キロ、約1時間の行程です。
 そこから温泉街まで、さらに1時間。

 神様、あと2時間だけ、ほほ笑み続けてくださいませんか!?


 さて、結果は如何に?

 無事、下山できたのでしょうか?
 温泉には入れたのでしょうか?
 湯上りのビールは?
 地酒まで、たどり着けたのか?

 その報告は、「ちいきしんぶん」 紙上、もしくはHPでご覧ください。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:12Comments(0)取材百景

2022年08月03日

赤兎馬まみれ


 【塗(まみ)れ】
 〖接尾〗名詞に付いて、全体にそのものがついている様を表す。まぶれ。「血─」 「泥─」
  (広辞苑より)


 この場合、「三昧(ざんまい)」 のほうが正しいのかもしれませんが、昨晩の僕は、確かに “まみれて” いたのです。

 2ヶ月に1回、行われている 「弟子の会」。
 「弟子の会」 とは、勝手に僕のことを “先生” とか “師匠” と呼ぶ人たちが集まって酒を酌み交わす、ただの呑み会です。
 昨晩、県内外から4人の “弟子たち” が、いつもの居酒屋に集まりました。


 《先生 おたんじょうび おめでとうございます》

 丸い大きなケーキには、そう書かれています。
 しかも、モンブランケーキです。
 僕がモンブラン好きなことを、弟子たちはちゃんと知っていたのですね。
 それにしても大きなケーキです。
 こんな大きなモンブランケーキを見るのは、初めてです。


 来週、僕は64回目の誕生日を迎えます。
 ひと足早く、弟子たちが祝ってくれました。

 「先生、隣の包みを開けてください」
 「我々からのプレゼントです」

 そう言えば、なにやら大きな包みが、僕の席の横に置いてあるのが気になっていました。
 その形状から、なんとなく察することができます。
 このサイズ、この重量感は、酒に間違いありません。

 さてさて、どんな銘酒が飛び出すのでしょうか?


 包装紙を開けてビックリ!
 日本酒かと思いきや、中から現れたのは 「赤兎馬(せきとば)」 ではありませんか!

 赤兎馬とは、鹿児島県の芋焼酎です。
 日本酒好きの僕が、唯一ハマった焼酎ということで、たびたび、このブログでも、その “赤兎馬愛” について語ってきました。

 が、僕が過去に呑んだことのある赤兎馬は、すべてボトルです。
 かつて、“幻の芋焼酎” とまで呼ばれた赤兎馬です。
 九州から東では、なかなか手に入らなかった酒であります。
 それが最近では、コンビニでも入手可能な酒になりました。

 ががが、がっーー!!!

 一升瓶とは、驚きました。
 群馬では、かなり入手困難だと思われます。
 それを弟子たちは、僕のために探し当ててきたのですね。

 涙、なみだ、ナミダ……


 「これは重い! 持って帰るのが大変ですから、みなさんで軽くしてください」
 と、弟子たちのみならず、同席した他の客人たちにも振舞いました。

 「初めて飲みました」
 「甘い香りなのに、辛口なんですね」
 「口から鼻に抜ける芳醇な味わいがクセになります」

 賛美の声に、酔える酔える盃が進む。
 1杯が2杯、3、456……


 「赤兎馬」 とは、三国志に登場する1日で千里を走るという名馬の名前です。

 酔うほどに、まみれるほどに、宙を舞います。
 そして、いつしか千里の道を走り出していました。


 持つべきものは、弟子ですね。
 ありがとうございます。

 師匠は、幸せ者であります。
 感謝! 
   


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(2)酔眼日記

2022年08月02日

初代ぐんまちゃんを探せ!


 「ぐんまちゃん」 といえば、群馬県民にはお馴染みの県のマスコットキャラクターです。
 ぽっちゃり顔の二頭身。
 ちょこんと帽子をかぶった愛くるしい表情が可愛らしい。
 平成26(2014)年に 「ゆるキャラグランプリ」 で優勝すると、一気に人気は急上昇!
 県外ファンも多いようです。
 昨年、テレビアニメ化されるなど、その人気はおとろえません。

 で……

 最近は慣れましたけどね。
 慣れるまでには、だいぶ時間がかかりましよ。
 だって彼(?)は、二代目ですものね。

 確か、以前は 「ゆうまちゃん」 だったはずです。


 本家&元祖の初代ぐんまちゃんは、昭和58(1983)年に開催された 「あかぎ国体」 のマスコットとして誕生しました。
 作者は漫画家の故人・馬場のぼる先生です。
 ひと目見て “馬” とわかる馬ヅラで、昭和のにおいがする “キモかわ系” のキャラクターでした。

 僕は、よーく覚えています。
 というのも、この年は、夢破れて大都会から郷里・群馬へUターンしてきた年なのです。
 駅前通りでは、そこかしこで初代ぐんまちゃんが出迎えてくれたものでした。
 (凱旋でなかったのが、つらい思い出です)


 一方、ゆうまちゃんの誕生は平成6(1994)年。
 「ゆうあいピック群馬大会」(第3回全国知的障碍者スポーツ大会) のマスコットキャラクターでした。

 それが、いつのまにか、二代目を襲名していたのです。


 その背景には、著作権問題がありました。
 初代は、県と著者との契約の問題で、商品展開しづらいという難点があったといいます。
 ひきかえ、ゆうまちゃんは作者が県職員だったということもあり、使い勝手が良かったのです。

 だったら、いっそのこと、「ぐんまちゃん」 を名乗らせちゃえば!?
 ということで、初代には引退していただき、ゆうまちゃん改め 「二代目ぐんまちゃん」 が誕生しました。
 平成20(2008)年、東京・銀座に群馬総合情報センター 「ぐんまちゃん家」 が開設されたことを機に襲名しました。


 ということで、「ぐんまちゃん」 といえば二代目しか知らない若い人も多いと思いますが、我々世代以上の人たちには、あの馬場のぼる先生の描いた “馬ヅラ” のキャラクターが懐かしいのであります。

 「会いたいな~、どこに行けば会えるのかな~」
 と、ひそかに思っていたら過日、地元紙が初代ぐんまちゃんの特集をしていました。
 記事によれば、今でも大会が行われた会場に看板が残されているといいます。

 また、大会の記念グッズとして製作された湯飲み茶碗やコーヒーカップが、「家にある」 という人もいるかもしれませんね。
 ぜひ、探してみてください。


 残念ながら我が家には、記念グッズはありません。
 ので、今度、看板めぐりをしたいと思います。

 初代ぐんまちゃんを探す旅へ
  


Posted by 小暮 淳 at 11:58Comments(4)つれづれ

2022年08月01日

ぐんま湯けむり浪漫 (17) 高崎観音山温泉


 このカテゴリーでは、2017年5月~2020年4月まで 「グラフぐんま」 (企画/群馬県 編集・発行/上毛新聞社) に連載された 『温泉ライター小暮淳のぐんま湯けむり浪漫』(全27話) を不定期にて掲載しています。
 ※名称、肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。


   高崎観音山温泉 (高崎市)


  時の要人たちに愛された高級旅館


 平成の大合併までは、高崎市で唯一の温泉宿であった。

 市街地とは烏川をはさんだ目と鼻の先。
 それなのに観音山丘陵の中腹にたたずむ 「錦山荘(きんざんそう)」 は、竹林と赤松林に囲まれた静寂に包まれている。
 その名のとおり、錦織り成す自然美の中にある風光明媚な宿は、昔より時の要人たちが足を運び、「高崎の奥座敷」 として利用されてきた。
 新渡戸稲造や犬養毅なども訪れたという。

 観音山山頂へ向かう羽衣坂を上り始めると、やがて左手に 「錦山荘」 と書かれた黒い大きな門が見えてくる。
 門をくぐる手前で、小さな橋を渡る。
 橋のたもとには、昔ここにあった旧橋の親柱が残されていて、こう刻まれている。

 <錦山荘橋 昭和六年四月廿九日開通>
 <高崎館 田中富貴壽架橋>

 高崎館とは、明治から昭和初期まで高崎駅前にあった旅館である。

 錦山荘は昭和4(1929)年、「鉱泉旅館割烹 高崎館別館」 という高級料亭旅館として創業。
 それ以前は、大正時代に開湯した清水(きよみず)鉱泉と呼ばれる共同浴場があり、地域の人たちに親しまれ、大変にぎわっていたという。


  市街地を見渡す絶景の展望風呂


 昭和63(1988)年に改築され、錦山荘は現在の展望風呂を持つ温泉旅館としてリニューアルオープンした。
 現在は宿泊客のみならず、日帰り入浴や食事、宴会ができる地元の人たちの憩いの場として利用されている。

 創業当時をしのぶ客室が、本館の2階に残されている。
 「桐」 「竹」 「桜」 「楓(かえで)」 の間には、室名どおりの銘木をぜいたくに使った長押(なげし)や回り縁、網代(あじろ)天井など、日本建築の粋を極めた内装が施されていて、歴史の重みが感じられる。
 古き良き時代の息吹と昭和のロマンが漂う客室は今でも人気があり、あえて指名して宿泊するファンも少なくない。

 宿自慢の展望風呂は、昔ながらの丸太を組んだ湯小屋風。
 全面ガラス張りの大きな窓からは、眼下に高崎の街を一望することができる。
 烏川越しに高崎市役所、その奥に群馬県庁舎がそびえる。
 そして借景として、あたかも屏風絵(びょうぶえ)のように長く裾野を広げる赤城山の雄姿を見渡す。
 何度訪れても、飽きることのない絶景である。


 <2019年2・3月号>
 ※錦山荘は現在、休業中です。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:23Comments(0)湯けむり浪漫

2022年07月31日

三途の選択


 「三途の川」 といえば、死者があの世へ行くときに渡るといわれている川の名前です。
 では、“三途” とは?

 三途は、3つの渡河方法のことです。
 善人は金銀七宝で造られた橋を渡り、軽罪人は山水瀬と呼ばれる浅瀬を渡り、重罪人は強深瀬または江深淵と呼ばれる難所を渡るとされています。

 生前の行いが、死後の世界を分けるという仏教の教えに由来しているようであります。


 最近、僕は、つくづく 「生前中にも三途の川があるのでは?」 と思うようになりました。

 先日、いつもの居酒屋のカウンターで、酒を呑んでいた時のことです。
 初めて同席した年配の男性に、話しかけられました。

 「私は60年間、人生を無駄に過ごしました」

 見た目、僕よりは人生の先輩のようであります。
 そして聞けば、平凡ながら立派に定年の日まで勤め上げ、現在は悠々自適の生活を送っているといいます。
 僕からすれば、順風満帆の人生を送っている、ごく普通の人に見えました。
 ところが彼は、「人生をやり直したい」 とまで言い切ったのです。


 もし僕も勤め人なら、今は定年退職し、第2の人生を送っていることでしょう。
 ところが、どっこい問屋が卸しません。
 貧乏ヒマなしのアウトロー生活が続いています。

 まわりを見渡すと、同級生たちの人生も千差万別であります。
 すっぱりと定年で会社を辞めて、以前からやりたかった新しい仕事を始めた人もいれば、そのまま再雇用の道を選んだ人もいます。
 と思えば、前述の男性のように、悠々自適ながら 「自分は何をしたかったのか?」 「何をしたいのか?」 それが見つからずに、過去と現在の自分を完全に否定している人もいます。

 まさに、“三途の選択” であります。


 “還暦川” を渡るには、3つの選択を余儀なくされます。
 ① 現行維持
 ➁ 新たな人生
 ③ 余生

 どの選択が一番幸せなのか?
 それは、人それぞれです。

 仕方なく①を続ける人、思い切って➁にチャレンジする人、のんびりと➂を過ごす人……

 もちろん僕は、①の選択しかありませんでした。
 でも救いは、他人に決められた渡河方法ではないということです。

 自分で選んだ道だもの。
 納得するまで、自力で泳いで渡りますよ!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:50Comments(0)つれづれ

2022年07月30日

『ぐんま温泉かるた』 決起集会のお知らせ


   関係各位 様

 すでに申し込みをいただいた方もおりますが、このたび、当NPO法人 「湯治乃邑(くに)」 では 『ぐんま温泉かるた』 の発行に向けて、下記の日程で決起集会を開催することになりました。
 ※(経緯については、当ブログの2022年7月22日 「いよいよ発行!『ぐんま温泉かるた』 参照)

 群馬県は、言わずと知れた温泉大国です。
 そして、「上毛かるた」 で知られる、かるた大国でもあります。
 なのに!
 群馬に、“温泉かるた” がないのは何事じゃ~!
 ということで、温泉とかるたが合体した 『ぐんま温泉かるた』 の制作に踏み切りました。

 構想7年、制作3年。
 決起集会では、44枚の詠み札の披露とともに、かるたに登場する県内43カ所の温泉地の解説をいたします。
 また、製作費捻出のためのクラウドファンディング開設の発表もいたします。

 どうか、群馬の温泉を愛するみなさんのお力をお貸しください。

 ※関係各位とは、群馬の温泉を愛する方々のことです。



    『ぐんま温泉かるた』 発行推進決起集会

 ●日時/2022年8月20日(土)
      15時~ 入浴
      17時~ 受付
      18時~ 決起集会 (懇親会)       
 ●会場/磯部温泉 小島屋旅館
      群馬県安中市磯部1-13-22
      TEL.027-385-6534
      ※小島屋旅館は明治12年創業。現存する磯部温泉最古の宿です。
 ●料金/10,000円 (1泊2食、飲み放題)
      ※愛郷キャンペーン利用は5,000円
 ●申込/湯治乃邑HP、当ブログのコメント欄、もしくは小暮まで。
 ●主催/NPO法人 「湯治乃邑」

 ※定員まで、あと数名です。お早目の申し込みを!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:31Comments(0)湯治乃邑

2022年07月29日

来週放送! 「温泉王国ぐんま ~泉質が変わった温泉~」


 毎週火曜日、午後9時から群馬テレビで放送中の 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 僕は、この番組のスーパーバイザー (監修人) をしていますが、いよいよ、本業の温泉ライターとして登場します!

 新シリーズ 「温泉王国ぐんま」。
 その第1回は、突然、“泉質が変わった” 温泉です。


 旧倉渕村 (高崎市) の温泉地では、異変が起きている!?
 温泉の色が濃くなった!
 成分の濃度が増した!
 温度が上がった! 下がった!

 そして、ついには泉質名までもが変わってしまった温泉地があります。


 いったい、地中で何が起きているのか?
 その謎を追って、温泉ライターが現地からリポートします。

 乞う、ご期待!



            ぐんま!トリビア図鑑
       「温泉王国ぐんま ~泉質が変わった温泉~」

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●放送日  2022年8月2日(火) 21:00~21:15
 ●再放送  8月6日(土) 10:30~ 8日(月) 12:30~

  


Posted by 小暮 淳 at 11:17Comments(2)テレビ・ラジオ

2022年07月28日

老いの功名


 歳を重ねるということは、老化が進むということ。
 生きとし生けるものすべて、あらがうことはできません。

 五十路の坂を上り始めたころから、僕も肉体の衰えを日に日に感じるようになりました。
 外見では白髪やシワ、シミが増え、内面では筋肉や目、肩、腰、歯の劣化が進みました。

 特に目は仕事柄、酷使してきたため老化のスピードが早く、50代の初めには老眼鏡のお世話になっていました。

 老化とは、「百害あって一利なし」 なのでしょうか?
 いえいえ、そんなことはありません。
 肉体は衰えても、人生の酸いも甘いも噛みしめてきた者だけが、たどり着ける精神世界があります。

 さらに、それに長い間に培ってきた知識が加わります。


 とは言いながらも、若い肉体に憧れてしまうのが、老いる者の常であります。
 だから老いる者にとってアンチエイジングは、永遠のあこがれなんですね。


 先日、運転免許証の更新に行って来ました。
 エッヘン!
 僕はゴールドカードですから、手続きもスイスイス~イとスムーズに終わりました。

 でも、ここで、前代未聞の異変が起きたのです!


 この何十年、僕の免許証の条件欄には、常に 「眼鏡等」 の記載がありました。
 だから視力検査の時は、必ずメガネを持参して行きます。

 「眼鏡等ですけど、裸眼は、いくつですか?」
 と検査員。
 とっさに訊かれても、最後に測ったのがいつだったかも覚えていません。
 「では測ってみましょう」
 ということで、測定が始まりました。

 「上、右、下、左……」

 すると、
 「ハイ、結構です。裸眼で大丈夫ですね。眼鏡等の条件は削除します」
 だと言うではありませんか!

 おったまげーーーー!!!

 一眼がそれぞれ0.3、両眼で0.7以上あったということです。。
 視力が回復した?
 こんなことって、あるんですね。

 思えば、薄々気づいてはいたのです。
 ここ数年、クルマを運転しているときに、メガネをかけ忘れることが多々ありました。
 でも、それに気づいていない自分がいたのです。
 メガネがなくても、見えていたのですね。


 昨日、かかりつけ医へ行った際に、僕は先生に訊きました。
 「自然に視力が回復することってありますか?」
 すると先生は、一刀両断。
 「ない」

 「では、なんで眼鏡等が取れたんですか?」
 「老化だよ。ジジイの証拠」
 「えっ?」
 「近くが見えなくなって、遠くが見えるようになった。ただ、それだけのこと」

 喜んでいいのか、悲しんでいいのか、どちらなんでしょうか?

 ま、僕にとっては、免許証の条件欄から 「眼鏡等」 が消えたことは、朗報には違いありません。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:01Comments(0)つれづれ

2022年07月27日

火の国の人だもの


 ドォーーーーン!

 大砲を撃ったような下っ腹に響く重低音。

 ガタガタガタ……

 追って、窓ガラスが音を立てて鳴り出しました。


 昭和40年代、僕が小中学生の頃。
 時々、授業中に爆発音が聞こえてきました。
 でも、誰一人、動じません。
 いつものことだからです。

 「また浅間山が噴火した」
 その程度のことです。
 先生も生徒も手を止めることなく、授業を続けていました。


 浅間山は今でこそ、おだやかな成りをしていますが、いつなんどき天明のような大噴火を起こすともかぎりません。
 僕ら世代は、実体験で知っています。

 噴火音がして間もなくすると、パラパラパラパラと砂粒が空から降って来るからです。
 浅間山がある長野県境から数十キロも離れている前橋市にも、火山灰は達するのです。


 先日の日曜日、帰宅すると、テレビの画面にテロップが映し出されました。

 <桜島 爆発的噴火>

 7月24日午後8時5分ごろ、鹿児島市・桜島の南岳山頂火口で爆発的噴火がありました。
 気象庁は噴火警戒レベルを 「3」(入山規制) から最高の 「5」(避難) に引き上げたといいます。


 鹿児島の人たちにすれば慣れっこかもしれませんが、心配するに越したことはありません。
 100%安全ということはないのです。

 僕は、鹿児島市内に住む友人にメールを送りました。
 すると、すぐに返信がありました。

 <鹿児島市内は大丈夫です。島内は少し危険があるかもしれませんが。>

 続いて、追伸が届きました。
 <万一、大きな噴火だとその後に地震が起きる可能性が高いので、大噴火だと早めに車で遠方に避難かと思っています。>


 やっぱり!
 地元の人には地元の人にしか知りえない、知恵というのがあるのですね。
 「大きな噴火の後には地震が来る」
 「早めに遠方へ避難する」
 しっかりと防災マニュアルができています。

 他人ごとでは、ありません。
 世界有数の火山国に暮らす同じ日本人です。

 群馬県内にも5つの活火山があります。
 浅間山や草津白根山、日光白根山は知られていますが、赤城山と榛名山も活火山なのです。
 その恩恵が、温泉ということになります。

 同じ火の国の人だもの。

 Kさん、気を付けて!
 もしもの時は、早めに避難してください。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:43Comments(0)つれづれ

2022年07月26日

夢の消費期限


 去る6月4日、心躍るニュースが日本列島を駆けめぐりました。
 堀江謙一さん (83) が、ヨットでの世界最高齢単独無寄港太平洋横断に成功しました。

 凡人の僕には、ただただ 「すごい!」 としか声が出ませんでした。


 思えば60年前、昭和37(1962)年。
 堀江さんは23歳の時、世界初の単独無寄港太平洋横断に成功しています。
 その後に書かれた自著 『太平洋ひとりぼっち』 はベストセラーとなりました。
 もちろん僕も、多感だった10代の頃に読んで、胸を熱くしたものです。

 「夢は叶うんだ」 と……


 夢は叶うもの、でも、いったい、どれだけの人が、夢を見て、その夢を叶えられたのでしょうか?
 かくいう僕は、今までに、いくつ夢を見て、いくつ夢を叶えたのでしょうか?

 今回の堀江さんの快挙の報道に、改めて、歳を重ねた今の夢について考えさせられました。


 どうも夢には、2種類あるようです。
 ①空想的な願望。心の迷い。
 ➁将来実現したい願い。理想。
  (広辞苑より)

 ほとんどの人が、この2つの夢を混同しています。
 「空想的な願望」 なのか 「将来実現したい願い」 なのか。

 子どもの頃、男子ならサッカー選手や野球選手に憧れます。
 そして、「将来の夢は?」 と問われた時、いとも簡単に夢を語ります。
 でも、みんながみんな夢への思いが同じじゃないんですね。

 とりあえず①を答えている子と、すでに➁に向かって努力を始めている子がいるわけです。


 で、自分は、どうだったろうか?と、半世紀前の夢を振り返ってみました。
 ちょっと、ここでは恥ずかしくて言えませんが、第一志望夢と第二志望夢は、無惨にも破れて敗退しています。
 かろうじて、その後、もがきながら手探りで見つけた第三志望夢が、現在の仕事であります。

 ただ、それは職業であって、必ずしも “=夢” ではない人もいるはずです。


 今回の堀江さんの偉業を目の当たりにして、思ったことがあります。
 「夢には消費期限がないんだ」
 ということ。

 ただ、放っておいては、切れてしまいます。
 コツコツ、コツコツと更新することが大切なんですね。


 あなたの夢の消費期限は大丈夫ですか?
  


Posted by 小暮 淳 at 12:08Comments(0)つれづれ

2022年07月25日

ぐんま湯けむり浪漫 (16) 草津温泉


 このカテゴリーでは、2017年5月~2020年4月まで 「グラフぐんま」 (企画/群馬県 編集・発行/上毛新聞社) に連載された 『温泉ライター小暮淳のぐんま湯けむり浪漫』(全27話) を不定期にて掲載しています。
 ※名称、肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。


   草津温泉 (草津町)


  偉人たちの開湯伝説

 草津白根山の麓、標高1,200メートルの高地に開けた高原の町、草津。
 国内有数の温泉地として、昔から湯治客や観光客に親しまれてきた群馬を代表するリゾート地である。
 その歴史は古く、室町時代の古文書に “草津湯” の記載があるが、湯の起源は定かではない。

 しかし温泉の発見には、こんな偉人たちの開湯伝説がある。
 『古事記』 『日本書紀』 に登場する英雄、日本武尊 (ヤマトタケルノミコト) が東国征伐の折に発見した説。
 奈良時代の僧侶、行基が各地で布教活動を行ううちに山深い草津にいたり、霊気にあふれたところを祈祷すると温泉が湧き出した説。

 また鎌倉幕府を開いた武将、源頼朝が建久4(1193)年に浅間山で狩りを行った折に草津まで足を延ばし、湯を発見したとも伝わる。
 これが白旗源泉で、湧出地の囲いの中には石宮があり、頼朝が腰かけた場所と伝えられ、「御座之湯」 (江戸時代にあった共同浴場 「草津五湯」 の1つ) の由来にもなっている。
 源泉名は、源氏を象徴する白い旗から名付けられた。

 町内のいたるところに湧き出る源泉は、大小100カ所あり、総湧出量は毎分約3万2千リットル。
 自然湧出泉としては、日本一の湯量を誇る。
 代表的な6つの源泉の温度は、万代源泉が約95度ともっとも高く、他も50度前後と高温。
 そのため熱交換式により源泉を薄めることなく冷まし、熱交換によって温められた温水は、家庭やホテル、旅館、飲食店などに供給されている。


  湯畑に刻まれた百人


 戦国時代には武将たちが傷を癒やしに、泰平の世には文人たちが物見遊山にと、多くの人々に愛されてきた草津温泉。
 そんな歴史に名を残す偉人たちの名前がひと目で分かる場所がある。
 開湯伝説の3人をはじめ、高野長英、佐久間象山、田山花袋、志賀直哉、若山牧水、斎藤茂吉、与謝野晶子、竹久夢二ら百人の名前が、湯畑を囲む石柵に刻まれている。
 なかには田中絹代や石原裕次郎、渥美清など昭和のスターの名前も。
 ちなみに現在の湯畑の形は、芸術家の岡本太郎監修によって昭和50(1975)年に設計された。

 草津のシンボル、湯畑も源泉の一つで、毎分約4千リットルの温泉が自然湧出している。
 柵内には7本の湯樋があり、ここから土産物の 「湯の花」 を採取している。
 湯畑の名称も、湯の花を採取するための畑という意味で名付けられたという。

 また宿へ温泉を配湯する技術がなかった時代、多くの浴客は湯畑周辺で温泉が湧出し、流下している場所に造られた湯屋で入浴していた。
 これが共同浴場 (外湯) である。
 現在でも町内には19カ所の共同浴場があり、多くは町民が利用する施設だが、いくつかは観光客にも開放されている。

 また 「千代の湯」 と 「地蔵の湯」 では、草津温泉独特の入浴法 「時間湯」 (※) を体験することができる。
 湯長 (※) の指導の下、集団で決められた時間、数回を入浴する湯治法で、入浴前には温度を下げ湯をやわらかくする 「湯もみ」 を行う。
 この湯もみを行う際に調子を取るために歌われるのが、草津節などで知られる 「湯もみ唄」 である。

 数々の温泉地人気ランキングで、常に全国上位に君臨する草津温泉。
 その魅力は千数百年の歴史に培われた文化と、変わらぬ草津の湯本来の力にありそうだ。
 近年は噴火による風評被害もあったが、徐々に人々も戻ってきている。
 さすが群馬が誇る日本一の温泉地である。


 <2019年1月号>
 ※現在、「湯長」 制度は廃止され、名称も 「時間湯」 から 「伝統湯」 に変更されています。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:47Comments(0)湯けむり浪漫

2022年07月24日

置き去りにした悲しみ


 昔、まだ次女が乳飲み子だった頃のこと。

 上2人を育てたという過信もあり、家族全員でショッピングセンターへ買い物に行ったことがありました。
 やっと首の座ったばかりの次女を、家内が抱っこしていました。

 すると一人の年配女性が、うちの家族に近づいて来ました。
 「あららら……」
 赤ちゃんを抱っこしていると、声をかけてくる婦人は珍しくありません。
 「何か月?」 「可愛いわね」 と。

 ところが、この年配女性は違いました。
 いきなり僕ら夫婦を叱咤したのです。
 「ダメじゃない! こんな小さい子を人ごみの中に連れて来ては! すぐに家に帰りなさい!」

 その時は驚きましたが、後になって僕ら夫婦は、軽率な行動を反省しました。
 長女のときは、腫れ物に触れるように慎重に行動していました。
 それが2人目の長男から少しずつ子育ての手を抜くようになり、ついには次女のときには、ほぼ上2人と同じ扱いになっていたのです。

 慣れとは怖いものです。
 大いに反省した次第です。


 毎年、夏になると、この過去の苦い思い出がよみがえります。
 依然なくならない、乗用車に小さな子ども置き去りにした熱中症での死亡事故です。
 胸が痛むだけでなく、どうして周りの人が、ひと言、注意をしてあげられなかったのかと残念に思います。
 そう、その昔、僕ら夫婦を叱ってくれた、おせっかいなオバサンがいてくれたらと……

 先日、新聞に、こんなデータが公表されていました。
 調査したのは、子どもの置き去り感知システムなどを扱う専門商社。
 子どもを乗せたことがある20~69歳の運転者を対象にインターネットで2,652人に尋ねたといいます。

 結果、「ここ1年で車内に子どもを残したまま車を離れたことがある」 と回答した人が、22.0%と最多だったといいます。

 「なぜ、置き去りは起きると思うか?」 との質問には、73.3%が 「保護者の意識が低いから」 と回答。
 次いで32.2%の人が、「用事を済ませる間に子どもを見てくれる人がいないから」 と答えています。
 そう答えた人の多くは、20代の共働き世帯でした。


 だからこそ、僕は言いたい。
 子育てが大変なのは百も知っています。
 その上で、少しだけ我慢をしてほしいと。
 面倒臭いかもしれないけど、安易な行動をとらずに、確実に子どもの命を守れる行動をとってほしいのです。

 過ぎてしまえば、子育て期間なんて、あっという間です。
 また、“子どもは3歳までに一生分の親孝行をする” ともいいます。
 その貴重な子どもとの時間から絶対に目を離さないでください。


 この夏、車内置き去りによる死亡事故がゼロであることを切に祈ります。

 ジイジから若いお父さんお母さんへのお願いです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)つれづれ

2022年07月23日

消えた東村を追え!


 きっかけは、オヤジが残した一冊の本でした。
 ※(当ブログの2022年3月9日 「父の遺書 ~消えた東村~」 参照)


 かつて群馬県には、5つの “東村” がありました。
 群馬郡東村
 利根郡東村
 佐波郡東村
 勢多郡東村
 吾妻郡東村

 しかし、昭和と平成の大合併により、すべて消滅しました。


 なぜ、群馬県には同じ名前の村が5つも存在したのでしょうか?
 調べてみると、全国でも同名町村が、こんなにもあった都道府県は珍しいことが分かりました。

 なぜ、存在したのか?


 一般にいわれているは、その郡の東端にあった村だからという説。
 でも、これは信憑性に欠けます。
 だって、西村も北村も南村もないからです。

 なぜ、東村のみ存在したのでしょうか?

 ということは、“東” は東西南北の方位ではなく、別の意味があるのではないか?
 “別の意味” とは何だ?
 現地へ行けば、その謎が解けるかもしれない。

 だったら、5つの東村を片っ端から訪ねてやれ!


 ということで、僕の謎学の旅が始まりました。

 まずは最初に消えた東村へ。
 昭和29(1954)年に、群馬郡東村は前橋市に編入されました。
 場所は、現在の利根川の西。
 古市町、新前橋町、小相木町、光が丘町、朝日ヶ丘町、江田町、上新田町、下新田町、川曲町、稲荷新田町、大利根町、箱田町、前箱田町、後家町の14町です。

 どの町から歩けばいいのか?

 こういった場合、まずは、現在の中心地からスタートします。
 箱田町には、その名もズバリ 「東公民館」 があります。
 しかも公民館には、前橋市立図書館の分館が併設されています。

 取材の勘は、的中しました!

 分館には、中央の図書館では蔵書されていない、地元の人が書いたローカルな本にめぐり合えるからです。
 手にした本のタイトルは、『あずま・てくてく』。
 編集と発行は、東公民館と東地区自治会であります。

 重箱の隅をつつくには、これ以上のバイブルはありません。

 さっそく、この本で仕入れた情報をもとに、旧東村の歴史を残す名所を歩くことにしました。
 神社仏閣はもちろん、現在でも “東” の名を残す場所をめぐって来ました。


 残る東村は、4つ。

 はたして、5つの東村に僕が立てた仮説は、当てはまるのでしょうか?
 次の東村を訪ねたいと思います。

 謎学の旅は、つづく。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:29Comments(2)謎学の旅

2022年07月22日

いよいよ発行! 『ぐんま温泉かるた』


 『く』 群馬は湯の国 温泉パラダイス


 構想7年、制作3年。
 ついに、この時がやってきました!

 『ぐんま温泉かるた』 の発行です。


 NPO法人 「湯治乃邑(くに)」 設立から7年。
 着々と悲願である 「温泉かるた」 の構想を固め、活動のできないコロナ禍においてコツコツと制作を続けてまいりました。
 そして、ついに44枚の詠み札が完成。
 サンプル用の絵札も制作しました。

 あとは、印刷するだけです。
 が!
 貧乏NPO法人には、先立つものがありません。
 そう!
 制作費です。

 ズバリ、200万円必要です。

 ということで、現在、クラウドファンディング他、支援金等の手続きを申請中であります。
 決定次第、近日公開いたします。

 みなさん、ぜひ、お力をお貸しください。


 なお、近々、『ぐんま温泉かるた』 発行推進決起集会の開催を予定しています。
 日程が決まり次第、関係各位様には、ご連絡申し上げます。
 よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 09:48Comments(5)湯治乃邑