温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年05月21日

掌編小説 <浅田晃彦・選>


 断捨離というわけではないのですが、ヒマにまかせて仕事部屋の整理を始めました。
 すると、ひょんなところから31年前に書いた掌編小説が掲載された新聞が出てきました。
 掲載されたこの日、僕は雑誌社へ面接に行き、採用が決まり、ライターとしての人生を歩み出しました。
 人生のターニングポイントとなった記念すべき掌編小説を全文、ご紹介いたします。
 ※(小説執筆のきっかけとなったエピソードについては、当ブログの2010年11月21日 「出雲市15時48分」 を参照ください)



      出雲市 『15時48分』

 山口は山陽というよりは山陰の気候に近いようだ。
 今日、瑠璃光寺近くの土産物屋で店のおばさんが 「これが山口らしい天気なのよ」 と、どんよりとした曇り空を見上げて言っていた。
 部屋の電話が鳴ったのは、ふたつめの缶ビールを口にした時だった。声の主は、親しい友人のTだった。
 「よく、ここが分かったな?」
 「君の奥さんに聞いたのさ」
 なるほど、それにしてもTは私の唯一の酒飲み友だちで、日常頻繁に会っている奴である。この旅が終わったら土産を渡しがてら、また会って飲む約束まで交わしている。そのTが、わざわざ旅先の宿まで電話をして来るのだから余程の話があるに違いない。
 「で、何だい?」
 「そこには、まだしばらくいるのかい?」
 「いや、そろそろ出ようと思っているけど」
 「どの辺を回って帰るつもりだい?」
 「せっかく、ここまで来たんだから山陰をゆっくり回ろうかと思っているんだ」
 「山陰か…」
 彼の言葉が、しばし途切れた。
 ─奴は何が言いたいのだろうか─
 私には皆目見当がつかないまま彼の次の言葉を待った。
 「う、うん。何処かで会えないかな?」
 「おいおい、ここがどこだか分かってるのかい! 山口だよ」
 彼が今いる前橋からここ山口は少なくとも千キロは離れている。会えないこともないが、ちょうど1週間前、私が前橋を発つ時、駅まで私を車で送ってくれたのは、今電話で話しているTなのである。離れ離れに暮らす恋人同士でもあるまいし、何の意味があるというのだろうか。
 「急にあさってから2日、休みが取れてね。とにかく何処で会うのが一番いいか、今晩じっくり考えてみるよ。明日夜8時に、もう一度そこに電話をするから、じゃあ」
 と私の返事も待たずして電話は切れた。

 その夜、私なりに時刻表を広げて、彼が何処を指定してくるのか思案してみたが、これといっためぼしい場所は浮かばなかった。そのかわり今回の彼の突発的な行動の意味は、古い友人として、なんだか分かるような気がした。
 高校時代から無類の旅好きで鉄道マニアだった彼は、写真部に籍を置き、休みとなればカメラを片手に旅に出ていた。そんな彼の自慢は、日本の全都道府県をすべて行き尽くしたということだった。
 その彼も今は結婚して、平凡なサラリーマンという生活を送っている。以前のように気ままに旅をすることもなくなったという訳だ。
 引き換え今では私の方が何かと旅づいていて、今回の山口行きにしても、彼は私を見送る側になってしまったのだ。
 そういえば別れ際に、前橋駅で彼が私に羨望を込めて言った台詞が、やけに意味ありげに思い出される。
 <今夜、君はブルートレインの中なんだ>
 彼の旅の虫が騒ぎ出したのかもしれない。

 翌日、私は日帰りで長門峡を散策して、8時までに宿に戻り、彼からの電話を待った。
 電話が鳴ったのは、8時を5分とは過ぎていなかった。
 「グッドアイデアはあったかい?」
 「ああ! すごいのがあったよ」
 彼の声が踊っている。
 「明日、君は山口から11時51分の 『おき4号』 に乗ってくれないか。そして出雲市で降りてくれ、15時48分だ。僕は岡山から 『やくも7号』 に乗るから、出雲市で再会だ!」
 「それで君の乗る 『やくも7号』 は、出雲市には何時に着くんだい?」
 「それがね、なんと同じ15時48分なんだよ」
 「何だって! それは本当かい」

 後は何を話したのか、よく覚えていない。
 「明日の夜は、したたか飲もう」 なんて、いつもと変わらぬ会話をしたようだ。
 時刻表を取り出し、『おき4号』 と 『やくも7号』 を捜す。本当だ、確かに両車とも15時48分出雲市に同時入車である。
 彼は昨夜、胸をときめかせながら時刻表を捲っていたに違いない。そして、この出雲市15時48分を見つけた時 「これしかない」 と確信した。同時に私をしてやったと思ったに違いない。事実、私は彼にしてやられた思いがした。
 「30歳になったら2人で旅をしたいな。日本海がいい。新鮮な海の幸を肴に酒を飲もう」
 そんな、いつか交わした口約束を彼は本当に叶えてしまった。旅好きで鉄道マニアの彼らしい答え方で。
 窓の外の山口の街は、雨に煙っていた。やはり山陽というよりは山陰の気候に近いようだ。
   <1988年5月18日付 上毛新聞より>
  


Posted by 小暮 淳 at 15:05Comments(2)執筆余談

2019年05月20日

素敵な世の中


 『注文の多い料理店』 といえば、ご存じ、宮沢賢治の名作です。
 どうみても、これをパロったとしか思えない 『注文をときどき間違える料理店』 というレストランがオープンするという新聞記事を読んで、思わず笑ってしまいました。

 新聞の記事で笑えるなんて、なんて素敵ことでしょうか!


 <認知症の人が接客する “1日限定” のレストランが26日、大津市の和菓子店 「叶匠壽庵・壽長生の郷」 でオープンする。頼まれた注文を忘れたり、できた料理を別のテーブルに運んだりしても、笑顔で 「ま、いっか」。誤りや違いを温かく受け入れる社会なら、認知症の人も働くことができる──。願いを込めた店の名前は 「注文をときどき間違える料理店」。> 2019年5月18日付の読売新聞夕刊より

 主催するのは、認知症介護指導者が代表者を務める介護関係者のグループ。
 同様の取り組みが、認知症への理解が広がることを目的に、2年前から東京で始まり、現在は全国各地に広がっているといいます。

 当日は、若年性を含む80歳代までの認知症の人が約10人、ウェーターを務めながら注文の聞き取りや配膳などをします。
 店内では、注文を間違っても良いことになっていますが、家族や介護スタッフが付き添ってサポートするとのこと。


 ここまで読んで、もう笑いがこらえられなくなってしまいました。
 だって、僕の頭の中には、死んだオヤジがエプロンをして、トレーを片手で持ちながら、店の中をウロウロと徘徊している動画が映し出されていたのです。

 「えっ、なんですか? 聞こえませんねー。もーいちど、いいですか?」
 なんて、何度も何度も注文を聞き返しています。
 きっと、しまいには、お客さんに運ぶはずの料理を、我慢できなくて途中で食べてしまうことでしょうね。


 記事の最後は、主催者のこんなコメントで締めくくられていました。
 <ちょっとしたミスにも優しい社会には、認知症になっても活躍できる場所がきっとある。>

 便利にはなったけれど、なにかと世知辛い世の中であります。
 でも、このように人のミスを笑って許せる場所が、もっともっと増えていけば……

 きっと令和は、素敵な世の中になると思うのです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:35Comments(0)つれづれ

2019年05月18日

どこかで 誰かが⑬ 連載の力


 <「はつらつ温泉」 初めて読みました。いいお話ですね。>
 知人の男性から、メールが届きました。

 「はつらつ温泉」 とは、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 に毎月連載しているコラムのことです。
 彼が読んだのは、今週発行号に掲載された第37話の 「好きな温泉探し」 のようです。
 この回では、僕が講師を務める温泉講座について書きました。
 泉質や効能を知ることも大切ですが、講座では “いい温泉探し” をするのではなく、みんなで自分の “好きな温泉探し” の旅をしているという内容です。

 早いもので、この連載もスタートから丸3年が過ぎ、4年目に入りました。
 で、ふと思ったのであります。
 彼は高崎市在住で、僕が 「ちいきしんぶん」 という冊子に連載をしていることも知っているのに、<初めて読んだ> と知らせてきたのです。

 たまたま見たのかもしれませんが、それにしても <初めて読む> までに3年の月日を要したということです。
 そう考えると、つくづく “連載” とは、続けることに意味があるのだと思いました。
 だって、もし、今年の3月で 「丸3年でキリがいいから」 と連載を打ち切っていたら、彼は永遠に僕のコラムを読めなかったし、メールを送ってくることもなかったわけです。


 このブログにも書きましたが、以前、イギリスに暮らす友人が、偶然、日本から送ってもらった雑誌の中に、僕の書いた記事が載っていたことに感動して、わざわざ国際電話をかけてきたことがありました。
 ※(当ブログの2018年8月10日 「どこかで誰かが⑩ロンドンの旧友」 参照)
 このときも、「単発の記事ではなく、連載だったから彼の目に留まったのだ」 と思いました。

 そう、連載の持つ “力” が、偶然の確率を大きくして必然に変えるのだと!


 その昔、雑誌社の記者を辞め、フリーランスのライターになることを決心した若き日のこと。
 「絶対、新聞や雑誌に連載を書けるライターになる」
 と、心に誓いました。
 単発の無記名記事ばかり書いていた駆け出しの頃です。

 “使い捨てライター” なんて、呼ばれたくないと……


 あれから四半世紀。
 なんとかライターを職業として今日まで暮らして来たけれど、どこまで走り続けられるのやら。
 生涯現役ライターの道は、まだまだ続きそうです。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:09Comments(2)執筆余談

2019年05月17日

湯の町に咲いた艶やかなオンパラの花


 バンドのメンバーが、ホテルの玄関前に車を横付けにして、楽器を運び入れようとしたとき、
 「あっ、オンパラですね」
 と、ホテルマンに声をかけられたと言います。
 「ビックリしちゃっよ。いきなり “オンパラ” だもの」
 すると、もう一人のメンバーが、
 「俺も 『オンパラの方ですね』 なんて言われちゃった」
 「だいぶ、有名になったもんだね(笑)」


 「オンパラ」 とは、群馬の温泉応援ソング 「GO!GO!温泉パラダイス」 のことです。
 歌っているのは、オリジナルご当地ソング専門のローカルオヤジバンド 「じゅん&クァ・パラダイス」 であります。
 もうかれこれ10年以上も前から県内のイベントや温泉地の祭りで歌っているため、業界(?) では通称 「オンパラ」 と呼ばれています。

 この歌には、県内27温泉地名が織り込まれていて、入浴マナーの所作を取り込んだ踊りの振り付けがされています。
 そのため、いつしか県内温泉地では、祭りや盆踊りの会場で踊られるようになりました。
 その集大成が、先日、ヤマダグリーンドーム前橋で開催された 「群馬デスティネーションキャンペーン(DC)」 のレセプションで披露された 「群馬女将の会」 による大オンパラ踊りだったのです。
 ※(前回2019年5月15日のブログを参照)


 で、一夜明けた一昨日のこと。
 ふたたび、伊香保温泉のホテルで開催された某旅行会社関東支部連合会の懇親会会場に、余興として呼ばれました。
 でも今度は、バンド編成であります。
 そして踊りは、伊香保温泉の女将さんたちの集まり 「お香女(かめ)会」 のみなさんと旅館の若旦那衆。
 さらに今回は、芸者さんとコンパニオンまでが加わったものだから、それはそれは大盛り上がりでした。

 「演奏中、ずーと芸者のうなじばかり見ていたよ」
 「俺は、コンパニオン」
 とメンバーは、ステージ上で、鼻の下を伸ばしっぱなしでした。

 いいですねー!
 ボーカルの僕は、それどころではありませんでしたよ。
 歌詞を間違えないように、踊りを間違えないようにと汗だくになって、ステージ狭しと飛び回っていたのですから!


 ライブ終了後、打ち上げの酒宴の席で、メンバー全員と撮影したビデオを観賞しました。
 「おお、やっぱ、芸者さんは色っぽいね~」
 「いやいや、コンパニオンの娘も可愛いですよ~」

 見つめる画面の中では、色とりどりの手ぬぐいが、歌に合わせて宙を舞っています。
 ステージいっぱいに、艶やかなオンパラの花が満開であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:22Comments(0)ライブ・イベント

2019年05月15日

グリーンドームにオンパラの花が咲いた!


 ♪ GOGO温泉パラダイス YUYU湯の国ぐんま県
   GOGO温泉パラダイス YUYU湯の国ぐんま県 ♪


 咲いた! 咲いた!
 ステージいっぱいに咲き誇った色とりどりの手ぬぐいの花。
 そして、それを見つめる人、人、人、人…………

 “立錐の余地も無い” とは、まさに、こういう状態なんでしょうね。
 目の前には約800人の観衆が、あたかも渋谷スクランブル交差点の人波のように押し寄せています。


 昨日、ヤマダグリーンドーム前橋にて、2020年4~6月に展開する大型観光企画 「群馬デスティネーションキャンペーン(DC)」 を発信する全国販売促進会議が開催されました。
 この歓迎レセプションの席で、なんと! 長年、僕が県内のイベントや温泉地で歌い続けている 『GO!GO!温泉パラダイス』 を全国から集まった観光関係者の前で、独唱することになったのです。

 いつもはバンドで演奏しながら歌っている曲です。
 やっぱり、こんな大きなステージに1人では、さみしいし、心細いなぁ……
 と思っていたら、県内の温泉旅館の女将さんや若旦那たちが、手ぬぐいを持って駆けつけてくれました。
 その数、41人!

 さらにさらに、群馬県のマスコット 「ぐんまちゃん」 をはじめ、「いしだんくん」 や 「おいでちゃん」 などの温泉地のキャラクターたちまでが応援にやって来てくれました。

 ステージ上は百花繚乱の賑わいであります。


 開会式の後の乾杯から始まり、「ぐんま大使」 の中山秀征さんと井森美幸さんのトーク。
 林家つる子さん率いる 「上州事変」 による大喜利。
 お笑い芸人、アンカンミンカンの地元産品の紹介グルメレポートと続き、いよいよ、ファイナルステージを迎えました。

 <続きまして、アトラクションといたしまして、「GO!GO!温泉パラダイス」 の皆様に登場いただきます。
 「GO!GO!温泉パラダイス」 は前橋出身の温泉ライターである小暮淳さんが作詞作曲されたもので、群馬県内の温泉地をユニークに紹介するその楽しいフレーズと賑やかなステージで、県内のイベントや温泉施設でのステージで大変人気を博しています。
 それでは、おねがいいたします。>

 司会の内藤聡さんの軽妙な紹介に導かれて、ステージへ!


 思いっきり歌い、汗だくになって踊った15分間でした。
 女将さんたち、若旦那衆、ありがとうございました。

 また、一緒に躍りましょう!
   


Posted by 小暮 淳 at 10:44Comments(0)ライブ・イベント

2019年05月13日

若いって素晴らしい!?


 「小暮君は、若くっていいな」
 「えっ?」
 「60代は、まだまだ何でもできるもの」
 「はぁ…」


 仕事やプライベートでも、付き合いとなると相手は40~50代が中心です。
 気が付けば、どこへ行っても僕が年長者という場面が、ほとんどの交友関係となりました。
 そんな毎日の中で僕のことを 「小暮君」 と呼んでくださる貴重な先輩方は、この人たちしかいません。

 「ぐんまカルタ制作実行委員会」 の面々です。

 僕ら8人は、わけあって2006年に同会を発足しました。
 そして、念願かなって2008年に 『新ぐんまカルタ』 を発行・発売しました。
 このカルタには、“群馬再発見” というサブタイトルが付いています。
 戦後間もない昭和に作られた 『上毛かるた』 の進化系として、平成の世を生きる群馬の子どもたちのためにと作りました。
 ※(発足までの詳細は、当ブログの2010年12月18日 「3分の1は敵」 を参照)


 あれから11年……
 毎年5月に総会を開き、その後の販売報告を兼ねて顔を合わせ、年に一度だけ杯を重ねてきました。
 最年少だった僕が60代となり、他のメンバーは70代後半~80代となりました。
 すでに3人の同志が、物故者となりました。

 「還暦を過ぎて、だいぶ疲れてきましたけど、まだ大丈夫ですかね?」
 「健康であれば、あと10年は大丈夫だよ」
 「あと10年ですか?」
 「ああ、70歳過ぎると無理が利かなくなる」
 すると、会話を聞いていた最年長メンバーが、
 「80歳を過ぎると、できないことだらけだ」


 「小暮君は、いいな、若くって!」

 そうか、僕って、まだまだ若くて、何でもできるんですね!
 先輩たちの言葉に、俄然、勇気がわいてきました。

 あと10年は、全力疾走させていただきます。先輩!
   


Posted by 小暮 淳 at 22:10Comments(0)著書関連

2019年05月12日

徳を積む


 今日は 「母の日」 です。
 つい先日、オフクロを看取った僕にしてみれば、生まれて初めて “母のいない母の日” を過ごすことになりました。

 はて、去年までは、どうしていたのだろうか?
 記憶をたどると、確か以前は、オフクロの好物の和菓子を買って届けていました。

 ところが4~5年前からは、手を抜いて、著書にサインをして手渡すようになりました。
 というのも、その頃から本の出版日が5月になったからです。
 「何をプレゼントされるよりも、お前の書いた本をもらうのが一番うれしいよ」
 意に反して、今までになくオフクロが喜んだものですから、それからというものは毎年 「母の日」 には、著書を贈っていました。


 「はい、これ。最新刊だよ」
 「あれ、また出したんかい!? 大したものだね。うれしいよ」
 もしかしたら僕は、このオフクロの喜ぶ顔が見たくて、毎年毎年、飽きもせず本を書いていたのかもしれません。

 そして決まって、いつも、こんな会話になります。
 「でもね、かーちゃん。何冊本を書いても、全然お金にならないんだよ」
 と愚痴ると、
 「何を言ってんだい。お前は、また徳を積んだじゃないか!」
 これが、オフクロの決まり文句でした。


 「徳を積みなさい」
 子どもの頃から何かあると、ふた言目には、そう言われました。
 「なんだい、それ?」
 「世の中に無駄なことなんてないの。すべて意味があるんだから」
 と、僕が人生につまづいたり、失敗したり、いじけたり、くじけたりするたびに、かけられた言葉でした。

 “徳を積む” とは、いったいどういうことなのでしょうか?
 仏教的には、きっと深い意味があるのでしょうが、僕は昔から勝手に 「目先のことにとらわれずに、人の喜ぶことをする」 と解釈しています。

 自分がやったことの対価が、たとえ目に見えるモノで返って来なくとも、どこかで誰かが喜んでいれば、そのことには意義があったのだと……


 ま、今となっては、オフクロが、どんな思いで僕に対して、口酸っぱく 「徳を積め」 と言っていたのかは、知るよしもありませんが、今日一日は、在りし日のオフクロを思い出して、今までの恩に感謝したいと思います。

 かーちゃん、これからも徳を積めるよう精進しながら生きていきますので、見ててくださいな!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:04Comments(2)つれづれ

2019年05月10日

トリビアが止まらない


 3ヶ月に1度行われる群馬テレビ 『ぐんま!トリビア図鑑』 の構成会議に出席してきました。
 僕は、この番組のスーパーバイザーをしています。

 放送が開始されたのは2015年4月からです。
 最初はネタがマニアック過ぎて、視聴者に受け入れてもらえないんじゃないかと心配しましたが、これが大当たり!
 早いもので、5年目に入りました。
 今週の放送で、164回を数えます。


 いつもの会議室には、プロデューサー、ディレクター、放送作家ら9人が揃いました。
 まずは僕からご挨拶。
 「ぐんまの地酒大使」 に就任した報告をしました。
 その後、プロデューサーより現在の進捗状況の説明があり、7月以降のテーマ決めに入りました。

 とにかく、この会議が楽しいのです!
 各々が持ち寄ったトリビアなネタが披露されます。

 「かつて○○市に飛行場があったって知ってました?」
 「××城址の地下には、巨大な洞窟があるそうです」
 「令和改元記念シリーズをやりましょうよ」
 「万葉集特集ですかね」
 「隠れキリシタンは好評でした。ぜひ、第2弾を」
 「やっぱり、“食” も取り上げなくっちゃ!」
 「△△村に、ヘンな食い物がありますよ」

 出るわ、出るわ、次から次へと、とっておきのネタが飛び出します。
 これを聞いているだけでも楽しいのですが、参加すると、もっと楽しいのです。
 「小暮さん、温泉で何かありませんか?」
 待ってました! とばかりに、温泉トリビアをいくつか候補に挙げさせていただきました。

 ノンストップで、たっぷり2時間半の白熱した会議で、9月放送分までのテーマが決まりました。
 素晴らしい!のひと言です。
 よくぞ毎回毎回、こんなにもネタがあるものだと感心します。

 きっと無尽蔵に眠っているんでしょうね。
 群馬は謎に満ちている!
 トリビアが止まらないのであります。



    「ぐんま!トリビア図鑑」

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●放送日  火曜日 21:00~21:15
 ●再放送  土曜日 10:30~10:45 月曜日 12:30~12:45
  


Posted by 小暮 淳 at 12:52Comments(0)テレビ・ラジオ

2019年05月08日

伊香保温泉 「ホテル木暮」②


 <伊香保の歴史は、そのまま “木暮” の歴史と言っても決して過言ではない。それが 「一番湯の宿」 と呼ばれるゆえんである。> (『金銀名湯 伊香保温泉』 より)


 伊香保の木暮といえば、言わずと知れた老舗宿であります。
 歴史もスゴイが、なによりも引き込まれている湯量がスゴイ!
 伊香保温泉の総湯量の約4分の1に当たる約1,000リットルの湯が、湯船を満たしています。
 「千両風呂」 と呼ばれる巨大庭園風呂でさえ、完全放流式(かけ流し) なのですから驚きです。

 そんな伊香保温泉の代名詞のような宿ですから、当然、僕は何度も何度も訪れています。
 古くはサラリーマン時代に、忘年会や新年会で。
 フリーのライターになってからは、雑誌や新聞の取材で。
 もちろん、一昨年に出版した 『金銀名湯 伊香保温泉』(上毛新聞社) の取材では、丸1年間、毎週のように通った温泉地ですから、ホテル木暮にも大変お世話になりました。

 また、取材以外でお世話になっているのが、講演会です。
 群馬県内の企業や団体が総会などで利用される際に、研修会名目での温泉セミナー講師を頼まれることが何度かありました。


 昨日、久しぶりにホテル木暮に行って来ました。
 でも今回は、取材でも講演でもありません。
 打ち合わせです。
 それもバンドの!

 “芸は身を助ける” と言いますが、まさか、こんな時に、バンド活動が役立つとは思いませんでした。

 来週、ホテル木暮を会場に開催される某旅行会社の関東支部連合会の総会後の懇親会の席に、我がスーパーローカルオヤジバンド 「じゅん&クァ・パラダイス」が余興の席に呼ばれることになったのです。
 なぜ、呼ばれるのかって?
 はい、主催者側によると理由は3つ。
 ① 伊香保温泉の本を書いた著者であること。
 ② 伊香保温泉大使であること。
 そして、3番目が最大の理由であります。
 ③ 群馬の温泉応援ソングを歌っていること。

 そうです!
 「オンパラ」 こと、「GO!GO!温泉パラダイス」 です。
 ※(詳しくは当ブログの2019年4月26日 「湯の国にオンパラの花が咲く」 参照)


 ということで、バンドのメンバーと、会場の下見を兼ねて、担当者との打ち合わせを済ませてきました。
 当日は、伊香保温泉の女将さんたちが、着物姿で一緒に踊ってくれることになりました。

 これまた、湯の国にオンパラの花が咲き乱れるのであります。
 GO!GO!
  


Posted by 小暮 淳 at 14:29Comments(0)温泉地・旅館

2019年05月06日

三途の川のほとりで


 「私たちが会いに行ったから、おばあちゃん、死んじゃったんだ! 会いに行かなければよかった」
 訃報を知った長女が、泣きじゃくりながら電話をかけてきました。
 「そんなことはないよ」
 「だって、会えなければ生きていたんだから」

 なんとも不思議な父娘の会話ですが、これには訳がありました。
 オフクロが亡くなる1週間前に、長女親子が病院へ面会に行ったのですが、オフクロの体調がすぐれず、会うことができませんでした。
 子どもは病室まで行けないため、子連れの面会の際は、患者自身にロビーまで降りて来てもらわなくてはならないのです。

 ところがゴールデンウィークに入ると、オフクロの容態が急変しました。
 「孫やひ孫たちに会わせてやりたい」 という願いから、病院側に無理を言って、特別、小暮家のみ子どもが病室へ入ることを許可してもらいました。

 そして、長女一家が面会に行ったのが、平成最後の日だったのです。
 その数時間後に、オフクロは他界しました。


 でもね、長女一家だけではないんですよ。
 長男も次女も、みんな駆けつけていたんです。
 姪っ子一家なんて、東京から面会だけのために、日帰りで飛んで来てくれました。

 「おばあちゃん、うれしかったんだよ」
 「そうかな」
 「みんなの手を握って、笑ってたじゃないか」
 「うん、笑っていた」
 「孫とひ孫が全員、会いに来るまで待っていたんだよ」
 「じゃあ、私たちのせいじゃないんだね」
 「その逆だよ、お前たちに会うために、おばあちゃんは、令和まで頑張って生きたんだ」

 長女は、やっと納得して電話を切りました。
 そして、出棺の時には、そっと手紙を入れていました。

 いえいえ、長女だけではありません。
 他の孫たちも、ひ孫までもが手紙を書いていました。


 きっと今頃、三途の川のほとりで、オヤジに手紙を見せているかもしれませんね。
 「俺の時は、こんなに手紙は入ってなかったぞ」
 と、やっかんでいるかもしれません。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:45Comments(4)つれづれ

2019年05月04日

平成と共に去りぬ


 子もうらやむほどに、仲のいい夫婦でした。
 だからでしょうか、せっかちで、さびしん坊のオヤジが、
 「なにをいつまでも、そっちでグズグズしている。はやく来い!」
 と、呼びつけたんだと思います。

 「いいか、どんなことがあっても、俺より先に逝くんじゃないぞ!」
 それがオヤジの口グセでした。
 その言い方は、半ば脅迫的でもありました。
 だから若い頃から “病気のデパート” と揶揄されるほどに病弱だったオフクロは、その言葉を、いつもストレスに感じていたと思います。

 10年前からオヤジが認知症を患い、その間もオフクロは脳梗塞と脳出血を繰り返しました。
 そのたびに、「おとうさんを見送るまでは、死ねないよね」 と子や孫に言い続けていました。


 今年の2月20日、オヤジが他界した日にもオフクロの体調はすぐれませんでした。
 歩くことはもちろん、すでに自力でベッドから起き上がることもできませんでした。
 「私は (葬儀には) 出られないけど、おとうさんをよろしくお願いします」
 と、僕とアニキに思いをたくし、病室で長い長い2日間を過ごしました。

 「平成が終わるけど、今度は何ていう元号だか知ってるかい?」
 「知っているよ。えーと、えーと、ちょっと待っててね。今、思い出すから……。そうだ、令和だよ」
 「じいさんは令和の時代は見られなかったけどさ、ばあちゃんは大丈夫そうだね」
 「うん」


 令和元年を迎えた午前3時過ぎ。
 けたたましく鳴る電話に、飛び起きました。
 やな、予感が脳裏を走ります。

 電話の主は、アニキでした。
 「病院から連絡があった。これから家を出る。お前も、すぐ来い!」
 駆けつけた時には、すでにベッド脇の心電図は、直線のみを描いていました。

 令和元年5月1日、午前3時43分逝去。
 享年91歳11ヶ月。
 オヤジが亡くなって、ちょうど70日目でした。

 約束どおりオフクロは、令和の時代を3時間ほど生きたことになります。


 読者の皆様、長い間、取り留めのない両親の介護話にお付き合いいただき、ありがとうございました。
 昨日、家族葬にて、しめやかにオフクロをオヤジの元へ見送りました。 合掌

   


Posted by 小暮 淳 at 13:10Comments(6)つれづれ

2019年04月30日

Rの時代へ


 平成最後の日となりました。
 明日からは新しい時代、令和がやって来ます。

 ちょうど1ヶ月前、日本中が固唾をのんで、新元号の発表を待ちました。
 それまでの “予想フィーバー” は、メディアやマスコミだけではなく、商店街のイベントや職場、酒場の話題まで大盛り上がりでした。

 そして、発表された元号は 「令和」。

 誰もが、予想を大きくはずしたようです。
 “和” の字を予測した人はいても、“令” の字を思い浮かべた人はいなかったようです。
 まして、「令和」 の二字を的中した人は、たぶん皆無だったことでしょう。


 ところが、しかし!
 頭文字のアルファベットを予言していた人がいました。
 そして、その人が発見した “元号の法則” が、とってもユニークなものでした。

 法則の始まりは、江戸時代にさかのぼります。
 江戸の最後の元号は、慶応です。
 アルファベットは、「K」。

 次は、明治で 「M」。
 大正は 「T」、昭和は 「S」、平成は 「H」 です。

 さて、これらに共通するキーワードは?

 その人は、気づきました。
 「東京六大学」 であることに!

 慶応、明治は、そのままです。
 大正のTは、東大。
 昭和のSは、早大(早稲田)。
 平成のHは、法政。
 となれば残る1つは、立教です。
 頭文字のアルファベットは、「R」 ということになります。


 確かに、ピッタリと当てはまります。
 これは、偶然だったのでしょうか?

 いずれにせよ、 明日からは新しい時代が始まります。
 大いに希望に胸を膨らませようじゃありませんか!

 Rの時代へ
  


Posted by 小暮 淳 at 10:51Comments(2)つれづれ

2019年04月28日

やっぱ肉玉でしょ!


 むかしむかし、あるまちに、おばあさんが くらしていました。
 おばあさんは、やきそばをやいて、こどもあいての あきないをしていました。
 おばあさんは、なぜか いつもふきげんでした。

 「おれ、なににしようかなぁ?」
 こどもが、しながきをみながら ちゅうもんをしようとすると、きまって おばあさんは、こういいます。
 「ニクタマにしな! いま ニクタマをやいてるんだから」
 おばあさんは、けっして きゃくのちゅうもんを きくことはありません。

 つきひはながれ、こどもたちは おとなになりました。
 そして、みんな くちぐちに いいました。
 「ああ、また あくざわのやきそばが くいてーな」
 おばあさんは、“あくざわさん” といいました。


 あの、「あくざわ」 の焼きそばが復活!!

 そんな衝撃的なニュースが、新聞紙面に躍ったのは、昨年の夏のことでした。
 「あくざわのやきそば」 は、昭和40~50年代を前橋市の中心市街地で過ごした “街っ子” ならば、知らない人はいないソウル・フードであります。
 空きっ腹の坊主頭たちの放課後の聖地でもありました。


 いつか、行かなくっちゃ!
 あの青春の味を、もう一度!

 ということで、やっと先日、行ってきました。
 場所は前橋市千代田町。
 国道17号の前橋テルサ前の信号を西へ、裁判所通りに入った右側です。
 確か、以前は喫茶店だった店舗です。

 その名も 「あくざわ亭」。
 メニューは、焼きそばのみ。
 並、大、特の3種類あります。
 迷わず、大を注文しました。


 実にシンプルな駄菓子屋風の焼きそばが登場!
 具は、豚肉と玉子のみ。
 水を使わず、かために焼いた太麺は、当時のままです。

 う~ん、なつかしい!

 というか、なつかしい味に感じるのです。
 まったく同じ味なのかどうかは、半世紀近くも前の記憶なので、定かではありません。
 でも、「こんな味だった」 と、僕の脳は承認しました。


 「ごちそうさまでした。大変、なつかしゅうございました。これって、いわゆる 『肉玉(にくたま)』 っていうやつですよね? 」
 レジで女性の店員に声をかけると、厨房の奥からご主人とおぼしき男性が、
 「そうです! 当時、これが私は大好きでしてね。自分が食べたくて、この店を始めたんですよ」
 と、大声で返してくれました。
 ご主人は、かつての常連客だったようです。

 「また、来ます」
 そう言って、店を出ました。


 やっぱ、あくざわの焼きそばは、肉玉でしょ!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:24Comments(0)つれづれ

2019年04月26日

湯の国にオンパラの花が咲く


 ♪ あの娘の魅力に 水上(皆カミング)
   俺にゃ高嶺の 花敷よ
   無理を承知で 老(追い)神すれば
   私ゃ人妻 猿(去る)ヶ京
   GOGO 温泉パラダイス
   YUYU 湯の国ぐんま県
   GOGO 温泉パラダイス
   YUYU 湯の国ぐんま県 ♪
    <by じゅん&クァ・パラダイス>


 「せっかく県内の温泉地を回っているんだから、温泉のご当地ソングを作ったら?」
 10数年前に、バンドのメンバーに言われたひと言が、きっかけでした。

 もっともっと群馬の温泉地名を覚えてほしい!
 という願いを込めて作った歌が、この 『GO!GO!温泉パラダイス』(湯の国 群馬県篇) でした。
 ※通称 「オンパラ」
 6番まであり、歌詞には27温泉地名を織り込んでいます。


 当時、温泉地のイベントや祭り会場で歌うと、大変話題になりました。
 気を良くしたバンドメンバーたちは、さっそくレコーディングをしてCDを制作して、メディアに送りつけました。
 地元のテレビ局やラジオ局に出演して、歌が流れると、ますます僕たちは舞い上がりました。
 「そうだ、この歌に踊りをつけよう!」

 ドドンパのリズムですから、盆踊りに最適です。
 しかも温泉がテーマですから、浴衣に手ぬぐい (タオルでも可) を使って踊れる振り付けを考えました。
 「どうせなら、温泉の正しい入浴法が分かる所作を入れましょう!」
 ということで、かけ湯をしてから入浴までのマナーを踊りに組み込みました。

 「ならば、この踊りが覚えられるように、動画も作ろう!」
 と即刻、DVDを制作すると、面白がって新聞や雑誌が取り上げてくれました。
 すると……
 老人会や公民館から 「踊りのDVDが欲しい」 との注文が入るようになりました。
 なかには、老人ホームから 「高齢者のリハビリに利用したい」 との注文もありました。


 その後も、この10年間は、ことあるごとにコツコツと飽きもせず、僕はこの歌を歌い続けてきました。
 バンドのライブでは、エンディング曲に。
 講演会では、聴講者へのサービスとして歌詞カードを配り、カラオケに合わせて、みんなで歌っています。

 歌って、歌って、歌い続けて苦節10数年!

 気が付いたら、観光地のCMに使われたり、ラジオのリクエストで流れたり……
 そして何より、2年前からは群馬の観光キャンペーン 「ググっとぐんま」 に使われるようになり、東京でのイベントでは群馬の温泉旅館の女将さんたちが、手ぬぐいを振り回して踊ってくださるようになりました。


 うぐっ、うぐぐぐぐーーーっ!(涙)
 うれしいじゃありませんか!!
 だって、10数年前に蒔いた種が発芽して、少しずつですが生育して、今まさに花を咲かそうとしているのです。

 オンパラは、天童よしみの「珍島物語」 になれるだろうか?!

 そ、そ、そしたら、つつつついに!
 キターーーーーッ!!!


 令和元年5月14日、ヤマダグリーンドーム前橋で開催される 『群馬デスティネーションキャンペーン 全国宣伝販売促進会議』(主催/ググっとぐんま観光宣伝推進協議会) のレセプション会場で、このオンパラを歌うことが決定しました!
 しかもバンドではなく、ソロ (独唱) であります。
 しかもしかも、イベントのトリを務めます。
 ステージ上には、群馬県内の温泉旅館の女将さんたちが勢揃いし、僕の歌に合わせて踊ります。

 総合司会は、FM群馬でお馴染みのラジオパーソナリティー、内藤聡さん。
 そしてスペシャルプレゼンターは、タレントで 「ぐんま大使」 の中山秀征さんと井森美幸さんです。


 必ずやステージいっぱいに、湯の花ならぬオンパラの花を咲かせてみせますぞ!
  


Posted by 小暮 淳 at 17:17Comments(0)ライブ・イベント

2019年04月24日

平成最後の令和元年度講座


 時代は、平成から令和へ変わろうとしています。
 昨日は、“平成最後” の温泉講座を行ってきました。
 と同時に、新年度講座の開講となりました。

 平成21年(2009) 4月に開講したNHK文化センター前橋教室主催による野外温泉講座。
 僕は第1回講座から、講師を務めています。
 当初は、「ぐんまの温泉遺産を訪ねる」 という講座名でのスタートでした。
 その後、いく度か名称変更はありましたが、現在の 「名湯・秘湯めぐり」 まで丸10年間、1回の休講もなしに講座を続けることができました。
 これも、ひとえに受講者ならびに運営スタッフのみなさんのおかげと、感謝を申し上げます。


 記念すべき “平成最後” となる令和元年度の第1回講座は、天下の名湯、草津温泉へ行ってきました。
 しかも訪ねたのは当講座では開講年度以来10年ぶりとなる 「大滝乃湯」 です。
 当時は、まだ1ヵ所しかなかった異なる温度の浴槽をめぐる 「合わせ湯」 も、現在では男女別の浴室にそれぞれあり、以前より快適に過ごすことができました。


 ひと口に10年といっても、ざっと数えて、優に100ヶ所以上の温泉地をめぐっていることになります。
 それは草津温泉や四万温泉などの有名温泉地であったり、法師温泉や宝川温泉などの一軒宿だったり、時には野沢温泉や渋温泉、湯沢温泉などの県外の温泉へも出かけました。

 さて、今年は、どんな名湯・秘湯が待っているのでしょうか?

 新年度講座は、スタートしたばかりです。
 バスの座席には、まだ多少の空席があります。
 ※(バスは前橋駅と高崎駅から発着します)
 ご興味のある方は、お問い合わせください。


 ●NHK文化センター前橋教室 TEL.027-221-1211
   群馬県前橋市大手町1-1-1 群馬県昭和庁舎3F 
    


Posted by 小暮 淳 at 14:13Comments(2)講座・教室

2019年04月22日

マロの独白 (47) リッチなおやつ


 こんにちワン、マロっす!
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、12才です。
 大変、ご無沙汰でやんした。
 なんと、2ヶ月ぶりの登場です。


 「おい、マロ! そろそろブログ書けよ」
 ご主人様が外出から帰って来るなり、オイラに言うのです。
 「急に、どうしたんですか? ネタに詰まったんですか?」
 「そうじゃないんだよ。会う人会う人にさ、『最近、ブログにマロちゃんが登場しないですね』 なんて言われるわけよ」
 「へー、オイラにもファンがいるっていうことですね?」
 「ああ、くやしいが、そういうことだ」
 「で、何を書きましょう?」
 「なんでもいいからさ、ファンサービスをしといてくれ。頼むよ、これをやるからさ」

 そう言って、ご主人様は、袋から何やら取り出しました。
 「ほら、おやつだ。これでも食べて、書いてくれないか?」
 ご主人様の手に握られていたのは、見たこともない高級そうなレトルトのチューブでした。
 「それが、おやつですか?」
 「そーだよ、マロは、こんなの食べたことないだろう」
 と、<なんこつ味>と書かれたペースト状のモノをトレイに出してくれました。

 ワン、ワンワンワーン!!
 (わ~、おいしそうな匂い。早く、ください!)
 「待て、よし!」


 オイラ、あまりのおいしさに、あっという間に平らげてしまいました。
 「なんですか、これ? 生まれて初めて食べました。世の中には、こんなおいしい食べ物があるんですね」
 「……まあな。いつもは、安い駄菓子みたいなおやつだものな」
 「ヒャッキンで買ってるんですよね?」
 「マロ、知ってたのか!?」
 「でも、どうしたんですか? こんな高級なおやつを?」
 すると、ご主人様は、こんな話をしてくださいました。

 ご主人様のお知り合いのうちの愛犬が、亡くなったんだそうです。
 そして、その方が、ご主人様のブログを読んでいられて、「ぜひ、マロちゃんに、あげてください」 と、その亡き愛犬が食べるはずだったおやつをくださったのだといいます。

 「だからマロ、ありがたく、いただけよ」
 「ですね、そのワンちゃんの分まで、オイラ、元気でファンの方々によろこんでもらいます」
 「そうだ、その意気だ! ブログ書いたら、また、おやつやるからな。チーズ味とビーフ味、どっちがいい?」

 えええーーーっ、そんなに味がいくつもあるんですか!?
 ていうか、世間のワンちゃんは、こんなにも、おいしいモノを食べているんでしょうか?!

 ご主人様、知りませんよ。
 オイラの舌が肥えてしまって、ヒャッキンのおやつを食べなくなってしまっても……
  


Posted by 小暮 淳 at 16:55Comments(2)マロの独白

2019年04月20日

尻焼温泉 「白根の見える丘」③


 <厨房をのぞくと女将のひろ子さんが、名物の手作り豆腐を作っていた。ご主人が4時間かけて汲んできた名水に地元大豆をつけること15~16時間。粉砕して、灰汁(あく)を取りながら、かき混ぜること25分。すべての作業を一人でこなしている。1丁に使う大豆の量は、ふつうの大豆の3倍。だから豆の味が濃厚だ。これを岩塩とオリーブオイルでいただく。>
 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) より


 昨晩、何気なくテレビを観ていたら突然、知った顔が出てきたので驚きました。
 取材で何度もお世話になったことのある尻焼温泉(群馬県中之条町) 「白根の見える丘」 のご主人の中村善弘さんと、女将のひろ子さんです。
 テレビ東京の 「たけしの日本のミカタ」 という番組で、“秘湯の宿のマル秘名水豆腐” と題して、宿で出される絶品豆腐の特集を組んでいました。

 僕が冒頭の著書を出版したのが2010年9月です。
 あれから9年……
 ついに、“あの味” が全国に知られることになったんですね。


 僕は、この豆腐をひと口食べた時から、ファンになってしまいました。
 「この味を、もっと多くの人に知って欲しい!」 と思い、翌年、追加取材をして、さらに詳しく新聞の連載記事で紹介しました。

 <豆腐作りは、子育てが終わった10年ほど前、先代女将の義母から教わった。「かつては六合(旧六合村) の女はみな豆腐が作れた。だから抵抗はなかった」 とひろ子さん。
  水は、善弘さんが往復4時間かけてくんできた東吾妻町の名水 「箱島湧水」。大豆は赤城山麓の前橋市粕川町産など。市販豆腐の約3倍の大豆を使う。
  約15時間、湧水につけた大豆を機械で粉砕し、約25分間、灰汁を取りながら大鍋でかき混ぜる。布でしぼり、にがりを投入して待つこと約20分。固まり出した豆乳を型に入れ、重しをして約45分。やっと1日限定12丁の木綿豆腐ができあがった。>
 朝日新聞 『湯守の女房』(2011年10月26日付) より


 僕は泊まると必ず、この豆腐を肴に、ご主人がくんできた名水で割ったウィスキーをいただきました。
 そして、元バンドマンだったご主人と、ギターをかき鳴らし、歌い、朝まで飲み明かしました。 

 ここ数年は、ご無沙汰していますが、テレビで拝見する限り、お二人とも元気なご様子。
 久しぶりに、あの濃厚な豆腐の味が、恋しくなりました。
 もちろん、ウィスキーの味も。
    


Posted by 小暮 淳 at 19:09Comments(0)温泉地・旅館

2019年04月19日

棚から日本酒


 嘘も方便、口から出任せ、嘘から出た実(まこと)、瓢箪から駒……
 そして、棚から落ちてきたモノは?

 なんでも思ったことは、口に出して言ってみるものです。
 「群馬の吉田類でーす!」
 なんて、いい加減に勝手なことを言っていたら、本当に “棚から日本酒” が落っこちて来ました!

 なななんと、この度、わたくし小暮淳は、群馬県酒造協同組合より 「ぐんまの地酒大使」 に任命されました。
 話があったときは正直、驚きましたが、日本酒が大好きな僕は、二つ返事でお受けすることにしました。


 ということで昨晩、高崎市のホテルメトロポリタン高崎で開催された 「群馬の地酒フェスタ」 の会場にて行われた 「ぐんまの地酒大使」 の委嘱式に出席してきました。
 会場には、県内の酒造・酒販関係者ならびにテレビ・ラジオ・新聞等の報道関係者も詰めかけ、盛大に行われました。

 今回、新たに 「ぐんまの地酒大使」 に就任したのは4名。
 すでに就任している6名と合わせて、10名になりました。
 そうそうたる顔ぶれです。

 吉本芸人 「アンカンミンカン」 の川島大輔さんと富所哲平さん。
 落語家の林家つる子さん、立川朝志さん。
 ミス日本酒群馬代表の結城瞳ジーナさん、高橋まゆりさん。
 などなど、群馬出身か群馬にゆかりのある著名な方々が集まりました。

 末席でも、その中の一人に加えていただけたことに大変感謝いたします。


 まー、なんといっても役得は、大好きな日本酒を 「これも仕事なんで」 と言いながら、これからは世間の目を気にすることなく堂々と飲めることであります。
 会場には、県内の蔵元のブースが並んでいます。
 群馬県のマスコットキャラクター 「ぐんまちゃん」 が描かれた猪口を片手に、端から飲み続けました。

 もちろん、飲み放題!

 僕は、地酒大使のハッピを着ていますので、どの蔵元のブースへ行っても、「よろしくお願いします」 「お世話になります」 と歓待を受けます。
 酒を飲んで喜ばれるなんて、なんてステキなお仕事なんでしょ!


 観光大使&温泉大使&地酒大使 
 カードは、揃いました。

 「これは、もう、令和の小原庄助さんになるしかないでしょう!?」
 と、誰かが僕をからかいました。
 「望むところです!」
 真っ向から受けて立つことにしました。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:54Comments(2)大使通信

2019年04月17日

川古温泉 「浜屋旅館」⑨


 どこもかしこも酸つぱいな
 なま木の束を釜に入れて
 一年三百六十五日
 じわじわじわじわ乾溜するので
 それでこんな山の奥の淋しい工場が
 蒼ずんで、黒ずんで、又白つちやけて
 君たちまでそんなに水気が無くなつたのか
 第一、声が出ないぢやないか
 声を出すのはあの自動鉞(まさかり)だけぢやないか
 高利のやうに因業なあの刃物だけぢやないか
 ひつそりとした川古のぬるい湯ぶねに非番の親爺
 ━━お前さんは藝人かね、浪花節だろ
 ━━何でもいいから泊つてけよ
 声がそんなにこひしいか
 石炭、硫酸、木酢酸
 こんな酸つぱい山の奥で
 やくざな里の声がそんなにめつためつた聞きたいか
 あいにくながら今は誰でも口に蓋する里のならひだ
 (上州川古「さくさん」風景)


 川古温泉の歴史は古く、すでに江戸時代には湯が湧いていて、大正時代には湯治客が入りに来る湯小屋があったといいます。
 大正5年(1016)、木材を切り出して酢酸(さくさん)などを造るための工場が、温泉の下流に設立されました。
 この工場に勤めていた現主人の祖父が、温泉の湯守から仕事を引き継ぎ、旅館を創業しました。

 詩人の高村光太郎が川古温泉を訪れたのは昭和4年(1929)でした。
 そして、冒頭の作品を残しました。
 詩の中に登場する “非番の親爺” が、初代主人のようです。


 「お久しぶりです」
 “非番の親爺” の孫で、3代目主人の林泉さんが、笑顔で出迎えてくれました。
 「あれ、そんなに久しぶりでしたっけ? 今年になって会ってますよね」
 「いえ、あれは去年の暮れですよ」

 そうでした。
 とっても寒い日、小雪が舞う日でしたっけ。
 地元のテレビ局の特別番組の取材で、訪れたのでした。

 今日は雑誌の取材で、川古温泉(群馬県みなかみ町)の一軒宿、浜屋旅館へ行ってきました。


 「あれ、小暮さんは、女性専用の露天風呂は、見たんでしたっけ?」
 「えっ、知りません。いつ造ったの?」
 「去年だけど、見ます?」
 「でも、女風呂でしょ?」
 「大丈夫、今、お客さんは入ってないから」 

 ということで、ご主人の案内で女風呂へ。
 誰もいないと言われても、やはりドキドキするものです。
 そーっと覗き込むと、小さいながら野趣に富んだ開放感のある木造りの露天風呂でした。

 「やっぱりね、専用風呂があるのと無いのとでは、違いますよ」
 「混浴露天だけだと、ダメですか?」
 「女性は安心して、入れないでしょ」


 川古温泉は昔から、内風呂も露天風呂も混浴の湯治宿でした。
 現在は、時代の変化とともに、男女別の内風呂も完備されています。
 でも、露天風呂だけは長年、混浴のみでした。

 これで女性客も、心置きなく露天を楽しめるというものです。
 めでたし、めでたし!


 雑誌の取材も、予定通り順調に終わりました。
 これまた、めでたし!
   


Posted by 小暮 淳 at 23:37Comments(0)温泉地・旅館

2019年04月16日

中高年よ、家を出よう!


 中高年の 「引きこもり」 が止まりません。

 内閣府の発表によると、ついに!若年層(15~39歳) を対象にした調査の約54万人を、中高年(40~64歳) の引きこもり人口が上回ったといいます。
 その数、全国に61万3千人です!!


 以前、このブログでも、中高年の引きこもりが増えているという話題に触れたことがあります。
 しかし、その頃(2年前) は、まだ中高年の調査がされておらず、正確な数字は発表されていませんでした。
 ※(当ブログの2017年1月23日「楽しみは家の外に」参照)

 そして今年、恐れていたことが、ついに数字となって表れてしまいました。
 引きこもりは、もう “若者特有の現象” ではないということです。


 オジサンの引きこもり?
 なんだか、ピンと来ませんね。
 だって、引きこもりということは無職ということで、誰かがその人の面倒を看ているということです。
 20代の若者なら親は40~50代だから、なんとなく分かります。
 でも中高年の引きこもりとは、親の世代が家に居るということです。
 ということは、それを看ているのは?

 そうなんです!
 そのまた親の70~80代の年金暮らしの高齢者ということになります。
 つい最近まで、介護をしていた僕には、想像もつかない現実です。
 ということは、中高年の引きこもりをしている人の親は、元気なのでしょうか?
 もし認知症になったり、介護が必要となったら、誰が面倒を看るのでしょうか?

 介護の経験があるだけに、想像しただけでゾッとします。


 幸い、見渡したところ僕のまわりには、引きこもりの中高年は見当たらないので安心していますが、いつなんどき、親しい友人が、そうなるとも限りません。

 えっ、そういう自分は大丈夫かって?
 ええ、まあ、僕の場合、人と会わないと死んじゃう体質なので、家の中でジッとしていることができませんから、万に一つも可能性はないと思います。

 みなさんのまわりは いかがですか?
 引きこもりのオジサンやオバサンはいませんか?
   


Posted by 小暮 淳 at 12:13Comments(0)つれづれ