温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2024年03月19日

What's your name?


 トン、トン

 夜遅く、ドアを叩く音がしました。
 こんな時間に、僕の部屋にやって来る人は、一人しかいません。
 次女です。

 「お入り。帰ってきてたのか?」
 「おとう、元気だった!?」
 と、いつものように元気いっぱいの娘が登場。
 手には、何か箱を持っています。

 「沖縄、行ってきた。はい、これ、お土産」


 次女は2年前から家を出て、県外で一人暮らしをしています。
 休みが取れたので、友だちと遊びに行ってきたようです。
 そして、また休みが取れたので、ぷらりと実家に帰ってきたようです。

 いつもなら、これだけで部屋を出て行くのですが、今回は、おかしなことを訊いてきました。
 「あのさ、私の名前は、なんでSって付けたんだっけ?」
 「なんで、また?」
 「うん、ちゃんと知りたくなって」

 娘の名前は、漢字1字で 「S」。
 仮名では、2文字。


 「患者さんに、『昭和っぽい名前ね』 って言われた」
 娘は、看護師です。

 確かに、言われてみれば、平成~令和のキラキラネームではありません。
 どちらかと言えば、古風な名前です。
 頭に 「お」 を付けると、時代劇に出て来そうな名前でもあります。

 でも、本人は気に入っているようです。
 「同じ名前の人に会ったことあるか?」
 「ない」
 「だろう! とっておきの名前を付けてやったんだ」

 ということで、漢和辞典を引っ張り出してきて、漢字の意味を詳しく伝えてやりました。

 「へえ、そうだったんだ」
 と、納得した様子で、部屋を出て行きました。


 その昔、僕もオヤジに、名前の由来を訊いたことがありました。
 でも、返ってきた言葉にガッカリした記憶があります。

 「なんとなく、響きがいいから」


 だから、ついでに自分の名前も漢和辞典で引いてみました。
 【淳】 ジュン
 水をめぐらしそそぐ意。借りて 「あつい」、すなおの意。

 人情に厚く、真心がある。
 ありのままで、飾り気がない。
 そんな意味もありました。

 「名は体を表す」 ともいいます。
 名に恥じぬよう、これからも生きて行こうと思います。

 
 What's your name? 
  


Posted by 小暮 淳 at 11:24Comments(0)つれづれ

2024年03月17日

とんとんとんからり


 「あれって 『なか卯』 ですよね!?」
 「さっそく 『なか卯』 へ行ってきました」

 あの時、ブログを読んだ人たちから声をかけられました。
 何のことかって?
 ええ、うどん派の僕が、足しげく通った 「鴨そば」 の話です。
 (2024年1月14日 「鴨が葱を背負って来た!」 参照) 


 別に 「なか卯」 の回し者でも、熱烈なファンというわけではないんですけどね。
 たまたま、あの味が僕の口と合ったということです。
 それと、我が家から一番近い外食チェーンだというだけです。

 なので今でも、ときどき小腹がすくと、仕事の手を休めて、サクサクッと食べに行きます。
 その手軽さが気に入っています。


 「鴨そば」 は、期間限定メニューなので、すでに販売は終了しています。
 が、新メニューが登場しました!
 まず、その意表を突くネーミングに惹かれました。

 「豚から丼」
 (とんからどん) と読むそうです。
 リズミカルで、いいですね。


 「鶏から丼」 もありますが、こちらは想像が付きます。
 でも、「豚から丼」 ですよ!?
 豚肉の唐揚げの丼物なんて……
 奇をてらってるだけじゃないの?
 と、怖いもの見たさの好奇心から注文してみました。

 まずは、見た目で 「おっ!」 とビックリ。
 完全に、親子丼であります。
 でも豚肉ですからね、親子ではありません。
 完全に、他人です。

 で、ふわふわ卵の中から、箸で豚肉をつまみ上げました。
 「おおっ!」 っと、二度ビックリ。
 鶏のから揚げのような肉のかたまりが出てくると思いきや、意表をついて、ペラッとしています。

 カリッと揚げた豚バラ肉のスライスです。

 これにブラックペッパーの風味が加わり、とじた卵の甘みと相まって、ごはんが進みます。

 「う~ん、いけずぅ~」
 と年甲斐もなく、まる子語を発してしまいましたとさ。


 そんな話をしていたら、小腹がすいてきましたよ。
 時計を見れば、もう昼じゃありませんか!?

 ♪ とんとんとんからりと豚から丼 ♪
 (古い!)

 なんて口ずさみなから、切りのいいところで出かけましょうかね。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:01Comments(2)つれづれ

2024年03月16日

尻焼温泉 「白根の見える丘」④ ~あの日の唄が聴こえる~


 温泉ファンに訃報です。

 尻焼温泉(中之条町) 「白根の見える丘」 のご主人が、今年1月に亡くなられました。
 それに伴い、旅館も閉館しました。

 あまりのショックに、しばし呆然としてしまいました。


 ご主人との出会いは、20年以上前になります。
 旧六合(くに)村からパンフレット制作の依頼を受け、泊まり込みで取材をしました。
 その時、お世話になったのがご主人でした。

 当時は、まだ 「白根ハイム」 という名の宿でした。


 いつお会いしても、トレードマークの作務衣とバンダナ姿が似合う、カッコイイ兄貴のような人。
 酒が好きで、ギターが好きで、すぐに僕らは意気投合して、仕事もそっちのけで陽の高いうちから呑んだくれていました。

 2010年に 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) を出版した時も、その後の朝日新聞に 『湯守の女房』 を連載した時も、「泊まらなくっちゃ、取材は受けないよ」 と言って、呑み明かすほどの酒好きでした。
 (当ブログの 「カテゴリー」 より 『湯守の女房』(15) を検索。閲覧できます)


 ああ、世の中は、なんて無常なんでしょう……。
 また1つ、個性豊かな温泉宿が消えてしまいました。

 「草津白根山(2,171m)は草津温泉からは見えない。僕が知る限りは、唯一うちが白根山を望める宿だから、ストレートな名前に変えたんですよ」
 と語った、ご主人自慢の露天風呂は、一切の人工物は見えない丘の上。
 見えるのは、どこまでもつづく山並みと、その上にポッカリと浮かぶ白根山の白い山肌だけ。


 ああ、もう一度、あの湯舟から白根山を望みたかった……。

 湯上りには、女将さんの絶品手作り豆腐が待っていました。
 これを岩塩とオリーブオイルでいただきなから、ウィスキーを水割りでやるのがスタイル。
 水割りの水は、ご主人が往復4時間もかけて汲んできた名水です。

 ああ、なんという至福の時間だったのだろう……。


 酔いが回ってくると、主人はギターを取り出します。
 歌うのは、決まって吉田拓郎でした。
 2人で夜が更けるまで、ギターをかき鳴らし、歌い続けた遠い日の思い出が、走馬灯のようにめぐります。

 ありがとうございました。
 大変お世話になりました。

 ご冥福をお祈り申し上げます。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:30Comments(0)温泉地・旅館

2024年03月15日

じっさんずラブ? ふたたび


 モテます!
 モテまくっています!
 人生最大のモテ期が到来したようであります。

 でも、やっぱり、異性ではありません。
 全員、“じっさん” です。


 昨日、高崎市内で講演を行ってきました。
 テーマは、温泉。

 会場に着くなり、職員が、
 「先生と写真を撮りたいという人がいるんですが、よろしいですか?」
 断る理由もないので、職員に導かれてホールの中へ。
 まだ開演30分前だというのに、7~8人の受講者が席に付いていました。

 「こちらの方です」
 と紹介されたのは、年の頃、どうみても70歳以上の男性です。
 「ありがとうございます。どうしてもと知り合いに頼まれたものですから」
 と男性は、職員にスマホとデジカメを渡しました。

 「?」
 僕が不思議そうな顔をしていると、
 「カメラは知人のもので、スマホが私のです」

 「ハイ、チーズ!」


 すると今度は、手に新聞を持った男性が近寄ってきました。
 やはり、シニア男性です。
 「先生、この記事、読みました。今日、お会いできるのを楽しみにしていました」
 男性が持っていたのは、先月から連載が始まった読売新聞の記事でした。

 するとすると、間髪を入れず、もう一人の男性が、
 「トリビア、観ています。今回は鹿沢温泉でしたね」
 と、これまた高齢者です。
 トリビアとは、ときどき僕がリポーターをしている群馬テレビ 『ぐんま!トリビア図鑑』 のことです。


 とにかく、会場に着くなり、その熱烈歓迎ぶりに、少々面食らってしまいました。
 が、この手のファン(?)なら珍しくありません。
 でも、ここまでは、まだ序奏に過ぎなかったのです。
 このあと、極め付きの 「じっさんずラブ」 が登場します。
 (じっさんずラブについては、2024年2月19日の 「じっさんずラブ?」 をご覧ください)


 開演時刻になり、僕は壇上に立ちました。
 小さなホールは、満席状態です。
 定員30名のところ、50人近い応募があったといいます。
 主催者は、イスを増やして対応したようです。

 うれしい限りであります。
 講師冥利に尽きます。

 見渡せば、女性は全体の3分の1~4分の1です。
 大半が男性。
 しかも、ほとんどが60代以上のシニア層です。


 と……
 ギェッ、ギェギェギェーーー!!!

 最前列、左側の席。
 今日もいます!
 前回もいました。
 前々回も、そのまた前も……

 昨年秋頃から高崎市内で講演やセミナーがあると、必ず会場にいるシニア男性です。
 前回、お会いした時に少しだけ話をしました。

 「いつもありがとうございます」
 「はい」
 「確か、前回も来られていましたよね?」
 「はい」
 「今日の話も内容は、前回と同じですよ」
 「はい」
 「いいんですか?」
 「はい」

 かなりシャイな方です。
 うれしいんですけどね、僕には不思議でなりません。
 だって、毎回毎回、同じ話を聞きに来るんですよ。
 しかも会場が毎回違うのに、どうして、講演場所が分かるんでしょうか?

 「今日ここで講演することが、よく分かりましたね?」
 「はい、……調べました」
 たぶん、ネットの検索を駆使したんでしょうね。

 これまた講師冥利に尽きます。
 ただただ頭が下がります。


 講演中、僕は、その男性が気になって仕方がありません。
 もしかして、じっさんずラブ?
 いえいえ、そんなんじゃありませんって!(汗)

 男性は、今回も黙々とメモを取っていました。
 とっても熱心な方です。
 それだけ、温泉が好きなんでしょうね。


 今年の講演活動は、まだ始まったばかりです。
 どんな出会いが待っているのでしょうか?
 次回の講演が楽しみです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:56Comments(0)講演・セミナー

2024年03月14日

「イワナイコト」 とは?


 「あなたは幸せですか? 不幸ですか?」
 と問われれば、僕は、
 「不幸ではありません」
 と答えます。

 “不幸ではない” = 必ずしも “幸せ” じゃないような気がするからです。

 ただ、日々の中に、幸せを感じる瞬間ならあります。
 それらは、すべて、人と触れ合っている時です。
 家族や友人、知人、読者、聴講者……

 残念ながら、モノやお金で幸せを感じたことはありません。


 幸せを感じる瞬間の1つに、「弟子の会」 というがあります。
 かれこれ8年前に発足した、吞兵衛の集まりです。
 メンバーは、僕のことを勝手に 「先生」 とか 「師匠」 と呼ぶ温泉好きの面々です。

 発足といっても正式な会員規約などはありません。
 2カ月に1回、呑み屋に三々五々集まって、バカ話をして帰るだけです。


 最初の頃は、温泉の話もしていたんですけどね。
 最近は、ただのバカ話を延々としているだけです。
 それが、不思議と心地いいんです。

 テーマがツボにはまると、笑いが止まりません。
 死んじゃうんじゃないかと思うほど、笑って、笑って、笑い転げて、しまいには涙まで流れます。
 みんな笑い過ぎて、「腹が痛い」 「後頭部が痛い」 と、翌日になって後遺症が出る始末です。


 先日、今年2回目の 「弟子の会」 がありました。
 まぁ~、弟子たちですからね、みんな僕のブログは読んでくれているわけです。

 「じっさんずラブ、笑いました」
 「“ひかがみ” 知りませんでした」
 「カメの恩返し、面白かった」
 「今度、塩付きの樽酒、買います」
 なんてね。
 必ず毎回、ブログネタで盛り上がります。


 「先生、あれは本当に怖かった!」
 「イワナイコト?」
 「きゃー、夜中、トイレに行けなかったんだから」
 「でも本当の話だから」
 「先生が呪われて、死んじゃうんじゃないかと心配しました」
 「大丈夫だよ、ほら、こうして生きている」
 「はい、翌日のブログが更新されていて安心しました」
 (2024年2月16日 「トイレの怪」 参照)

 それからは、みんなで 「イワナイコト」 探しが始まりました。

 「いったい、何のことですかね?」
 「じっさんずラブじゃないんですか?」
 「先生、ちゃんと胸に手を当てて考えてみてください。やましいことは、ありませんか?」

 と言われても、まったくもって心当たりがありません。


 もしかして、イワナイコトとは、この 「弟子の会」 のことですかね?
 こんなにも楽しい仲間と時間を、一人占めしていることへの神様のやっかみですか?

 「イワナイコト」 とは?


 この謎解きは、まだまだ続きそうですね。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:03Comments(0)酔眼日記

2024年03月13日

「膕」 の相棒


 たびたび、このブログでも紹介してきた 「膕」。
 読者のみなさんは、もう読めますよね。

 「月」 に 「國」 と書いて、「ひかがみ」 と読みます。

 膝(ひざ)の裏のくぼんだ箇所の呼称です。
 僕は、この部位が好きで、“ひかがみフェチ” であることを告白し続けています。
 
 興味がある方は、下記のブログを検索してみてください。
  ●「膕」 の誘惑  2023年11月10日
  ●「膕」 の逆襲  2023年11月20日
  ●「膕」 の呪縛  2024年1月9日


 昨年11月の掲載以降、読者から大変反響がありました。
 「知らなかった」 「そんな呼び名があったんだ」 「漢字が難しい」 という声にまざって、こんな意見が寄せられました。

 「では、肘(ひじ)の裏側は、なんて言うんですか?」


 ですね!
 僕も、うっかりしていました。
 興味がないものだから、考えたこともありませんでした。

 だって、肘の裏側なんて見ても、なんも感じないもの(笑)。


 さて、なんと呼ぶのでしょうか?
 さっそく、調べてみました。

 「肘窩(ちゅうか)」 です!

 えっ、なんだよそれ!って思いませんか?
 肘窩の窩は、「あな、くぼみ」 という意味です。
 そのままではないですか!
 ちょっと納得がいきません。

 だったら 「膕」 だって、別名 「膝窩(しっか)」 という呼び名がありますもの。
 ちなみに、脇の下は 「腋窩(えきか)」 といいます。


 それに比べて 「膕」 は、いいですね。
 文学的で美しい!

 肘の裏側は、 「膕」 の相棒です。
 「肘窩」 なんていう医学的専門用語ではなく、「膕」 のように漢字一字で表現してもらいたいものです。


 もし 「肘窩」 の文学的呼称を知っている人がいたら、教えてください。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:20Comments(0)つれづれ

2024年03月12日

倉渕川浦温泉 「はまゆう山荘」➄


 塚越育法支配人に、初めてお会いしたのは15年前のこと。
 平成21(2009)年9月、拙著 『ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) の初版が発行された年でした。

 その年の3月、「群馬県内に新たな温泉地が誕生」 という知らせを受け、急きょ、取材に行き、著書に追加掲載した記憶があります。


 「はまゆう山荘」 は、昭和62(1987) 年5月に神奈川県横須賀市の保養施設 「横須賀市民休暇村」 として開館しました。
 施設名は、横須賀市の花 「浜木綿(ハマユウ)」 に由来します。
 (なんで横須賀市なのかについては、拙著をお読みください)

 もちろん、この時は、まだ温泉宿ではありません。
 きっかけは、平成18(2006) の市町村合併でした。
 旧倉渕村は高崎市になり、施設も高崎市の所有となりました。
 
 これを機に、温泉の掘削をし、新たに 「倉渕川浦温泉」 としてリニューアルオープンしました。


 塚越さんは、施設の開館時から勤務してきた生え抜きの支配人です。
 当時、温泉が湧いた喜びを、こう語っていました。

 <「以前は軽井沢をはじめ、周辺観光地への拠点としての利用客が多かったのですが、温泉が湧いてからは湯を目当てにくる方が増えました。ナトリウム・カルシウム塩化物・硫酸塩と三種混合の湯は、成分が濃いわりには浴感がやわらかく、肌がツルツルになると大変好評です。」>
 (月刊 「Deli-J」 2009年10月号 『源泉巡礼記』 より)

 時はめぐり、昨年は泉質が変わったということで、テレビの取材でお会いしました。
 “県内唯一の含鉄泉”
 その喜びを語る塚越さんを、僕がリポートしました。


 そんな勤続37年になる 「はまゆう山荘」 の生き字引、塚越支配人が今月15日で定年退職を迎え、一線を退くという記事が地元紙に大きく掲載されました。
 写真の塚越さんは、いい笑顔をしています。
 勤め上げた満足そうな笑顔です。

 長い間、大変お疲れさまでした。
 そして、お世話になりました。
 ありがとうございます。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:09Comments(2)温泉地・旅館

2024年03月11日

山は富士、酒は……


 ≪酒の名のあまたはあれど今はこはこの白雪にます酒はなし≫ 若山牧水


 「おーい、ジュン! ちょっと、来い!」
 子どもの頃、晩酌をしているオヤジに、ときどき呼ばれました。
 居間に行くと、奇妙な恰好をしているオヤジがいました。

 片手の親指と人差し指で、自分の鼻をつまんでいるのです。

 「何してるの?」
 と問えば、
 「つまみが無いから、鼻をつまんでいるんだ!」
 と、立腹の様子。

 察するに、酒を呑み出したがオフクロの料理が、なかなか出て来ないことにイライラしているようです。
 そして僕に、こう言うのでした。

 「塩、持って来い!」


 台所に行って、オフクロに告げると、
 「まったく、しょうがないね。これを持って行って」
 と言って、塩が盛られた小皿を渡されました。

 オヤジは、この小皿の塩をつまむと、上手に手の甲に乗せ、ペロッと舐めました。
 そして、酒をキュー。
 たま、塩をペロッ。
 酒をキュー。

 子ども心に、大人とは不思議な生き物だと思っていました。
 が、大人になると、やっぱり僕も、その不思議な生き物になっていたのです。


 先日、スーパーマーケットに立ち寄った時のこと。
 日本酒の棚に、驚きの商品を見つけました。

 「白雪 樽酒」

 ほほう、牧水が愛した酒じゃないか~!
 と手に取ると、あまり見かけないコピーが書かれていました。

 <塩付きキャンペーン 実施中>

 なに?
 塩付きだ?

 と、コップ酒を模した容器のフタを、のぞき込むと……

 おっ、おおおおおおーーーー!!!
 本当だ、確かに塩の小袋が入っています。
 しかも、ブランド品の 「伯方の塩」。
 さらに、焼塩です。


 キャンペーンの但し書きには、丁寧にもイラスト入りで、こんなことが書かれていました。

 【ちょっとイキな飲み方】
 手に塩をのせて、少しずつなめながらお楽しみください。
 

 ということで即行、買って帰り、遠い日のオヤジを真似て、塩をつまみに呑み始めました。
 ペロッ、キュー、ペロッ、キュー……

 うまい!
 うま過ぎる!
 こりゃ、やっぱ、クセになるわ!

 もしかしてオヤジは、オフクロの手料理で呑む酒よりも、この “塩呑み” が好きだったのではないでしょうか!?
 きっと牧水さんだって、そう。
 世の吞兵衛たちは、一番おいしく酒を呑む術を知っていたんだと思います。


 まだの人は、ぜひ、お試しください。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:13Comments(0)酔眼日記

2024年03月10日

月夜野温泉 「みねの湯 つきよの館」⑯ ~湯の舟に乗って~


 温泉ファンに、悲しいお知らせです。
 こんな手紙が届きました。

 <拝啓 平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。さて、突然ではございますが、二月末日をもちまして閉館する運びとなりました。長きにわたるご支援に心より感謝申し上げますと共に、ご迷惑をお掛け致しますことを深くお詫び申し上げます。>

 差出人は、月夜野温泉 (みなかみ町) の一軒宿 「みねの湯つきよの館」 の女将、都筑理恵子さんです。


 ただただ、残念でなりません。
 僕が温泉ライターを名乗るようになって、最初に僕のことを 「先生」 と呼んでくれたのが女将でした。
 あれから20年以上、仕事とプライベートで一番訪れた温泉宿と思います。


 いったい僕は、今までに何軒の宿を取材して、何軒の宿の閉館を見て来たのでしょうか?
 20軒以上になると思います。
 その中には、「みねの湯つきよの館」 のような一軒宿が、いくつもあります。

 一軒宿の廃業は、イコール、温泉地の消滅につながります。


 その昔、人々は、そこに “湯” があるから訪ねていました。
 それが今は、どこにでも “湯” があり、わざわざ訪ねる意味がなくなったといいます。

 本当でしょうか?

 なんだか、おかしな世の中になりました。
 人間の都合に、“湯” を合わせるなんて……

 快適、便利を求める世の中。
 不便で簡素な宿は、時代の中で姿を消しざるを得ないのでしょう?


 「みねの湯つきよの館」
 いい宿でした。
 大好きな宿でした。
 女将をはじめ、スタッフがみんな、あったかかった~!

 お疲れさまでした。
 ゆっくり休んでください。
 また再開し、再会する日が来ることを待ち望んでいます。



 <月夜野盆地を見下ろす天空の浴室からは、掛け値なしの絶景の展望が広がる。まるで湯の舟に乗って、遠く南の国まで飛んでいけそうな気分になった。>
 (『みなかみ18湯』 下巻 より)
  


Posted by 小暮 淳 at 10:56Comments(4)温泉地・旅館

2024年03月09日

晴れ、ときどき牧水


 牧水は、群馬で何という地酒を呑んだのだろうか?

 最初は、そんな疑問と好奇心からでした。
 昨年11月、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 にてスタートした不定期連載 『牧水が愛した群馬の地酒と温泉』。
 副題には ≪令和版 みなかみ紀行≫ と付いています。


 歌人の若山牧水 (1885~1928) は、群馬県を8回訪問して、延べ約60日間滞在しています。
 中でも著書にもなった有名な紀行文が 『みなかみ紀行』 (大正13年初版) です。
 この間、15日滞在して、群馬県内の9つの温泉に入っています。

 しかも牧水は、桁違いの酒豪です。
 毎晩、一升の酒を呑み明かしました。


 自称 “令和の牧水” を名乗る僕としては、その疑問を解き明かさないわけにはいきません。
 どこが “令和の牧水” なのかって?
 はい、群馬の温泉と地酒をこよなく愛しております。

 その証拠に、僕は県内4温泉地の温泉大使と、「ぐんまの地酒大使」 を仰せつかっております。
 ということで、僕が書かずして、誰が書く!?
 という使命感に駆られたのであります。


 前回の第1話では、スタート地点の沼津 (静岡) ~佐久 、軽井沢 (長野県) までの足取りを追いました。
 そして、牧水が呑んだであろう地酒にもたどり着きました。

 ズバリ!
 僕の推理は、武重本家酒造 (佐久市) の 「御園竹(みそのたけ)」 であります。

 『よき酒とひとのいふなる御園竹 われもけふ飲みつよしと思へり』 
 と、牧水自身が詠んでいますから、ほぼほぼ間違いないと思います。


 ということで昨日、第2話の取材に行ってきました。
 牧水は、軽井沢から草軽軽便鉄道に乗って、いよいよ嬬恋 (群馬県) へ。
 そこから草津温泉 (草津町) ~花敷温泉 (中之条町) ~沢渡温泉 (中之条町) ~四万温泉 (中之条町) へと向かいます。

 どの宿に泊まったのか?
 何という銘柄の地酒を呑んだのか?

 その足取りを追いました。


 掲載は4月5日号の予定です。
 乞う、ご期待!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:55Comments(0)執筆余談

2024年03月07日

カメの恩返し


 友人から、こんなメールが届きました。
 <伊豆へ行ってきました。無事にカメちゃんたちを届けました。若干感傷的になったけど、狭い水槽から広い世界へ彼らが行けて良かった。>

 ブログを読んでいる読者なら、何のことか分かりますよね。
 先日アップした、大きくなってしまったミドリガメの話の続報です。
 (2024年3月5日 「カメとの別れ」 参照)

 このメールが届いたとき、僕の妄想が始まりました。


 昔々、令和の世のこと。
 あるところに、心優しい一家が暮らしていました。

 主人は町はずれで、小さいな工場を営んでいました。
 ある夜のこと、工場の戸を叩く音がしました。

 コツン、コツン、コツン

 「こんな夜遅くに、誰だろう?」
 主人が戸を開けると、外には誰も居ません。
 「なんだ、気のせいだったのか……」
 と、戸を閉めようとした時です。

 「私です。ご主人さま」
 蚊の鳴くような小さな声がしました。
 足元を見て、ビックリしました。
 そこには緑色をした大きなカメがいたのです。

 「ご主人さま、お懐かしゅうございます」
 「あ、お前は!?」
 「はい、長年、飼っていただいたミドリガメでございます」

 カメは涙を流しています。
 つられて主人も涙を流し、カメに抱き着きました。

 「おお、元気だったのか! 今日は、どうして、ここに?」
 「はい、お迎えに上がりました」
 「この私をかい?」
 「はい、お連れしたいところがあります。さあ、私の背中にお乗りください」
 と言うと、カメはクルリと向きを換えました。


 ノッソ、ノッソ、ノッソ……
 カメは歩き出しました。

 「えっ、このスピードなの? 空を飛んだりしないの?」
 「はい、私はカメですから、歩みは遅いのです」

 ノッソ、ノッソ、ノッソ……
 しばらく行くと、前方に横たわる白い生き物がいます。
 よく見ると、ウサギです。

 「ウサギさん、お先に失礼しますよ」
 カメは、そう言うと、寝ているウサギを横目に、ゆっくりと追い越しました。


 やがてカメは、こんもりとした竹林の中へ入って行きました。
 「ご主人さま、着きましたよ」
 「着いたよって、ここは竹林の中じゃないか? てっきり私は、海の中の竜宮城へ連れて行ってくれるのかと思ったよ」
 「いえいえ、私はウミガメじゃありませんので、泳げません」
 「で、ここは、どこなんだね?」

 暗闇の中でカメから降りると主人は、あたりを見渡しました。
 遠くの方に、ぼんやりと明かりが見えます。

 「あそこです。ご案内いたします」
 「ん? いったい、ここは、どこなんだい?」
 「はい、スズメのお宿です」
 「スズメのお宿? 私はスズメなんて、助けてはいないよ」
 するとカメは、言いました。
 「難しいことは考えないでください。これは、おとぎ話です」

 そう言って、宿の中へ入って行きました。


 「ようこそ、ご主人さま~!」
 色とりどりに化粧をしたスズメたちに出迎えられました。
 「どうぞ、日頃のうっぷんを晴らして行ってくださいませ」
 そう言うとスズメたちは、料理を運び、踊りを披露しました。

 「これは、たまげたね。こんなところに、こんな店があるなんて!」
 「ご主人さま、ここは、お店ではありませんよ。私が今日のために、ご主人さまだけに用意をしたパラダイスででございます。どうぞ、ゆっくり楽しんでいってくださいませ」

 おいしい料理とお酒を呑んだ主人は、上機嫌です。
 「なあ、カメよ。なんで、お前は私に、ここまでしてくれるのかい?」
 カメは言いました。
 「ほんの恩返しでございます」
 「恩返し?」
 「はい、私は、ご主人さま一家のおかげで、広い世界へ行くことができました。ありがとうございます。その恩返しでございます」


 するとスズメたちが、主人の前に大きな箱と小さな箱を2つ持ってきました。
 「これは、なんだい?」
 「はい、私からのプレゼントです」
 「でも2つあるね?」
 「はい、大きなツヅラと小さなツヅラ、どちらにいたしますか?」
 カメが言うと、主人は即答しました。

 「こんな大きなのは持てないよ。私は小さいツヅラで十分だ」
 「そう言うと思いましたよ、ご主人さまは。欲がないお方ですからね。真面目で正直者で、一生懸命に家族のために働いて、人が良くて、だまされてばかり。それでも困っている人がいると、自分のことは後にして、面倒を見てしまう、お人よし。でも、そこが、ご主人さまのいいところなんでよね。私は、そんなご主人さまに育ててもらって、大変幸せ者でした。どうぞ、小さいツヅラをお持ちください。あらかじめ小さい方に大金を詰めておきましたから」
 

 その後、主人の工場は建て替えられて、あれよあれよのうちに大会社の社長になったとさ。
 おしまい。

 Mさん、そうなるといいですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:47Comments(0)つれづれ

2024年03月06日

難読温泉地名


 あれは昨年聴講した、さる大学教授の講演会でのこと。
 テーマは、温泉でした。

 話が群馬の温泉に触れた時でした。
 教授は、鹿沢温泉のことを 「しかざわ」 と発音しました。
 聴講者のほとんどが群馬県民ですから、怪訝な顔をしました。

 正しくは 「かざわ」。
 群馬の温泉ファンなら難なく読める温泉地名なのに、読み間違えたことが不思議でした。
 「なんだよ、行ったこと、ねーのかよ」
 そんな声が聞こえてきました。

 この教授は、県外在住者だったのです。


 確かに、行ったことがなければ 「鹿沢」 を 「しかざわ」 と読んでしまっても仕方ありませんね。
 温泉地に限らず、地名には、その土地独特の読み方というのがあります。
 ということで、群馬県内の難読温泉地名をいくつか挙げてみました。

 みなさんは、正しく読めますか?

 ①湯檜曽 (みなかみ町) ②奈女沢 (みなかみ町) ➂真沢 (みなかみ町) ④湯宿 (みなかみ町) ➄沢渡 (中之条町) ⑥応徳 (中之条町) ⑦半出来 (嬬恋村) ⑧梨木 (桐生市) ⑨猪ノ田 (藤岡市)  ➉向屋 (上野村)
 


 ところで昨晩放送の 『ぐんま!トリビア図鑑』 は、ご覧になりましたか?
 前出の難読温泉地名が舞台です。
 見逃した人は、再放送をご覧ください。


         『ぐんま!トリビア図鑑』
         温泉王国ぐんま Vol.6
          「山の湯 鹿沢温泉」

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●再放送  3月9日(土) 10:30~ 11日(月) 12:30~



 <正解>
 ①ゆびそ ②なめざわ ➂さなざわ ④ゆじゅく ➄さわたり ⑥おうどく ⑦はんでき ⑧なしぎ ⑨いのだ ➉こうや
  


Posted by 小暮 淳 at 11:31Comments(2)温泉雑話

2024年03月05日

カメとの別れ


 昔、といっても小学生の頃ですから50年以上も昔のこと。
 昭和40年代の話です。

 放課後、小学校の正門を出ると、ときどき物売りのおじさんがいました。
 教材や文房具を売る人は、きちんとした身なりをしていましたが、なかには怪しいおじさんもいました。
 おもちゃや手品もあれば、ヒヨコやウサギなどの小動物を売っている人もいました。

 子どもたち、特に男の子に人気だったのがカメです。
 小さなゼニガメ (クサガメやイシガメの幼体) 。
 いくらだったかは忘れましたが、僕も飼っていた記憶があります。


 でも、一番欲しかったカメは、ミドリガメでした。

 たぶん高かったんでしょうね。
 クラスでも飼っている子は、いませんでしたから。
 誰もが、一度は飼ってみたい夢のカメだったのです。


 ところが!
 雑誌の懸賞に応募をしたら、なんと!
 見事に当選しました!

 どうやってミドリガメが届いたと思いますか?

 郵送でした。
 それも封筒に入ってました。
 しかもスポンジの間に、はさまっていました。

 でも、生きていたんですね。

 うれしくてうれしくて、一日中、眺めていた思い出があります。
 ただ、そのカメが、その後どうなったかは記憶にありません。
 たぶん死んでしまったんでしょうね。


 あの可愛いミドリガメが、実はアメリカ原産のミシシッピアカミミガメだと知ったのは、大人になってからでした。
 ミドリガメは、その子どもだったんですね。
 大きくなると体長25cm以上にもなるといいます。
 カメは長生きですから、飼えなくなって放たれてしまったミシシッピアカミミガメが、いま全国の池や沼で繁殖して問題になっています。

 現在は特定外来生物に指定されているので、むやみに捨てることは禁止されています。


 「今度、家族で伊豆へ行くことになった」
 友人との雑談中でした。
 「旅行?」
 「うん、旅行を兼ねてだけど、カメを届けに行くんだ」
 「カメ?」
 「ああ、ミドリガメ2匹。20年も飼っていたんだけど、大きくなり過ぎちゃって」

 なんでも友人は、ネットでカメを引き取ってくれる動物園を探し出したらしい。
 どうせなら家族全員で、お見送りをしようということになったようです。


 「息子がさ、今になって別れたくないなんて言い出すんだよ」
 息子さんは、すでに社会人です。
 「そしたらね、女房が言うわけよ。あんたは、一度もカメの世話をしてないじゃない!って(笑)」

 なんとも、ほのぼのとした家族であります。
 でも息子さんの気持ち、分かります。
 世話はしていなくても、カメだって家族の一員だったんですものね。


 春は別れの季節です。
 いろいろな別れがありそうですね。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:25Comments(0)つれづれ

2024年03月04日

なぜ若者は海辺の床屋を訪れたのか?


 不覚にも涙がこぼれてしまいました。
 小説を読んで泣けたのは、久ふりのことでした。


 小説を読むならば、長編と決めていました。
 なぜならば、むらっけの多い、飽きっぽい性格だからです。
 集中力が途切れると、他のことに興味が行ってしまうのです。

 だから短編集には、苦手意識がありました。


 荻原浩という作家が書く小説が好きでした。
 “でした” というのは、もう何年も読んでいなかったからです。

 1997年、『オロロ畑でつかまえて』 でデビュー。
 この作品で第10回小説すばる新人賞を受賞しました。
 この本を機にファンになり、『コールドゲーム』 『噂』 『あの日にドライブ』 などを立て続けに読んだ記憶があります。

 でも、なぜか、その後は読んでいません。
 だから2016年に 『海の見える理髪店』 で第155回直木賞を受賞したときも、本を手に取ることはありませんでした。
 短編だったからかもしれません。


 先日、時間つぶしに、ぷらりと入った古書店で、『海の見える理髪店』 を手に取りました。
 「読んでないけど、これ短編なんだよな……」
 なんて一人ごちながらも、気が付いたら他の数冊の本とともにレジに向かっていました。


 舞台は海辺の小さな町にある理髪店。
 ここに一人の若い男がやって来ます。
 「髪型はお任せします」

 老店主は、ハサミを動かしながらも問わず語りに、自分の人生を語り出します。
 家業の床屋を10歳で手伝い始めたこと。
 父親の死後、継いだ店は順調だったが、やがて傾き出し、酒におぼれていったこと。
 自暴自棄になり、妻に暴力を振り、離婚されたこと。


 なぜ、老店主は、若者にそんな話をするのか?
 なぜ、若者は遠く離れた海辺の町まで散髪にやって来たのか?

 ミステリアスなストーリー展開に、読み手は知らずのうちに謎解きを始めてしまいます。
 が!
 ラストで思いもよらぬ事実が明かされます。

 それを知った時、涙腺が一気に破壊されてしまいました。


 興味をいだいた方は、一読されたし。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:03Comments(2)読書一昧

2024年03月03日

馬から落馬して骨を骨折したことを後で後悔する


 某新聞社が主催した読者交流会でのこと。

 若い記者が壇上に立つと、スクリーンには今年1月1日に発生した地震被災地の写真が映し出されました。
 そして第一声、こう話し出しました。
 「元旦に発生した能登半島地震では……」


 ん?
 一瞬、聴き間違えかと思いました。
 だって、地震が発生したのは、確か元日の午後4時過ぎです。
 だったら “元旦” は間違えです。

 「元日」 は1月1日のことですが、「元旦」 の 「旦」 は朝、夜明けの意味ですから、元日の朝または午前中を指す言葉です。


 新聞記者が間違えるわけがありません。
 きっと、言い間違えたんだろうと思っていたら、
 「元旦の夜には、取材に向かいました」
 と、くり返しました。

 彼は完全に、元日と元旦を同義語として使っているようです。
 きっと聴いている人の中には、僕以外にも違和感を覚えた人がいたと思います。
 “元旦の夜” は、存在しないのですから……。


 つくづく、日本語は難しいと思います。
 たとえば重複語。
 重ね言葉、二重表現などともいいます。

 前例になぞれば、「元旦の朝」 が重複語です。
 同じ意味の言葉を重ねる表現です。


 有名な表現では、「馬から落馬する」 「骨を骨折する」 「後で後悔する」 などがありますが、さすがに重複していることには気づきます。
 では、この表現は、どうですか?

 「一番最初」 「ダントツ1位」 「まず第一」 「一番ベスト」 ……

 ついつい使ってしまいますが、よくよく考えてみれば、同じ意味の言葉が重複しています。
 僕も知らず知らずのうちに話し言葉では使ってしまっていますが、文章を書く場合は注意するようにしています。


 では、まだまだ寒い日が続きますので、お体をご自愛ください。
 (これも重複語で誤りです)
  


Posted by 小暮 淳 at 12:07Comments(0)つれづれ

2024年03月02日

トリビアなる会議


 “会議とは退屈なもの”

 きっと誰もが、そう感じていると思います。
 僕も昔は、「会議ほど無駄な時間はない」 と思ってました。

 特に僕はライターですからね。
 「物語は会議室では生まれない!」
 という現場主義でした。


 それが9年前から意識が変わりました。
 会議が面白過ぎるのです。

 2015年4月、群馬テレビでスタートした 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 群馬県内で起きている出来事や知られざる歴史、慣習、文化などをドキュメントで紹介する番組です。
 僕は番組開始からスーパーバイザー (監修人) を務めています。


 なぜ僕がスーパーバイザーに抜擢されたのか?
 それは県内のタウン誌や情報誌、フリーペーパーの編集人をしていた経験からでした。
 「群馬のことなら詳しい」 と思われたようです。

 確かに20年以上も群馬に関わる雑誌の編集をしてきたのですから、一般の人よりは詳しいと思います。
 また、その自負もありました。

 ところが!
 いざ、制作会議が始まってみると、目が点になるようなことばかり。
 聞くも、見るも、初めてのネタが、次々と議場に飛び出してくるのです。

 まるで会議室が資料室になったようで、毎回、ワクワクドキドキの時間を過ごしています。


 おかげさまで今年4月で番組は9周年を迎え、10年目に突入します。
 オンエアも360回を超えます。

 なぜ、こんなにも長く番組が続いているのでしょうか?
 それは、会議でのワクワクドキドキ感が、テレビを通じて視聴者のみなさんにも伝わっているからだと思います。
 「えっ、そんなことがあったの!?」
 そんな驚きを届けたくて、番組スタッフは3カ月に1回集まっています。


 今週、今年最初の番組制作会議が開かれました。
 プロデューサー、ディレクター、放送作家ら10人が、今後のネタを披露しながら、撮影可能か? インパクトはあるか? などを精査しながら意見交換をしました。
 僕も末席にて、ときどき 「あーじゃない、こーじゃない」 と口をはさんできました。

 いや~、今回も出ました!
 ビックリするようなスクープ的ネタから、クスっと笑ってしまう小ネタまで、千差万別。
 バラエティーにとんだ内容の、充実した会議を存分に満喫してきました。


 『ぐんま!トリビア図鑑』 は、毎週火曜日午後9時からの放送です。
 再放送もありますので、ぜひ、チェックしてみてください。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:25Comments(2)テレビ・ラジオ

2024年03月01日

【緊急】 「ささの湯」 復旧支援金のお願い


 取材やサミット等で、お世話になっている幡谷温泉(片品村) の 「ささの湯」 さんが、支援を呼び掛けています。

 先月、宿の心臓部といえる温泉供給用のメインポンプが突然、故障しました。
 湯が止まり、現在は営業が停止しています。


 修理をするには最低でも300万円程度が必要です。
 そのため復旧に向けた支援募金を開設しています。

 温泉好きのみなさん、ぜひ、ご協力をお願いいたします。


 ● 「ささの湯」 支援募金の返礼
 1,000円以上=入浴券 (1,000円ごとに1枚)
 1万円以上=素泊まり宿泊招待券 (1名)
 3万円以上=食事付き宿泊招待券 (2名)
 10万円以上=全館1日貸切 (繁忙期を除く)
 20万円以上=全館1日貸切+入浴フリーパス (2年間有効)


 ●支援方法
 ご協力していただいた方は 「ささの湯」 までご一報ください。

 ➀振込による協力
 下記口座にお振込みください。

 利根郡信用金庫 片品支店
 普通 0072863  アライショウ


 ②募金箱による協力
 「ささの湯」 店頭にて募金箱を設置しました。
 土日を中心に15~20時はスタッフが在館しています。



 原点回帰の湯 ささの湯 (幡谷温泉)
 群馬県利根郡片品村幡谷535
 TEL.0278-58-3630
   


Posted by 小暮 淳 at 12:16Comments(12)温泉地・旅館

2024年02月29日

なぜ鹿沢温泉が 『雪山讃歌』 の発祥地なのか?


 毎週火曜日放送の群馬テレビ 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 観てますか?
 僕がリポーターを務めるシリーズ 「温泉王国ぐんま」 も来週の放送で、第6回を迎えます。

 今回、僕は群馬県最西端の秘湯、鹿沢温泉 (嬬恋村) を訪ねました。
 「しかざわ」 じゃありませんよ!
 鹿の沢と書いて、「かざわ」 と読みます。
 (けっこう、誤って読んでいる人が多いので)


 実はこの温泉、その昔は何軒も旅館が連なり、郵便局や学校もあった賑やかな温泉街でした。
 それが一夜にして消滅。
 現在は、たった一軒が残り、湯元として源泉を守り継いでいます。

 いったい、何が起こったのでしょうか?


 また、この地には、山男たちに愛される 『雪山讃歌』 の歌碑が立っています。
 それは、ここが、歌の発祥地だから。
 では、なぜ、ここで誕生したのか?

 番組では鹿沢温泉にまつわる、いくつものトリビアを紹介します。


 ご期待ください。



          『ぐんま!トリビア図鑑』
          温泉王国ぐんま Vol.6
           「山の湯 鹿沢温泉」

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●放送日  2024年3月5日(火) 21:00~21:15
 ●再放送  3月9日(土) 10:30~ 11日(月) 12:30~
  


Posted by 小暮 淳 at 11:08Comments(0)テレビ・ラジオ

2024年02月28日

昭和願望症候群


 「死にたい」
 「生きていたくない」
 そんな声が、僕の周りで聞こえてきます。

 自殺願望?
 ではありません。
 しいて言うならば、“昭和願望症候群” です。

 昭和生まれの昭和育ちの世代は、急速に進歩した令和の世の中に、ついていけません。
 ついていけないどころか、便利が生み出した生活や環境にさえも馴染めないでいます。


 ある友人は、こんなことを言いました。
 「長野市の公園廃止を聞いたときは、本当、もう死にたくなった。今の世の中、おかしいよ」

 「子どもの声がうるさい」 という、たった一軒の住民の苦情から公園の使用を禁止したというニュースです。


 ついに、ここまで来たか!
 と、僕も耳を疑ったほどでした。
 令和になり、音に関する苦情は、エスカレートするばかりです。

 盆踊り、花火大会、除夜の鐘、風鈴……
 それらの音が 「うるさい」 という現代人。
 昭和の時代には、考えられなかったことです。


 友人は、こんなことも言いました。
 「バスの車内で、ベビーカーが邪魔だと言いがかりをつけられたり、赤ん坊の泣き声がうるさいからと降ろされた母親がいた。なんだよそれ! いちゃもんつけてるそいつだって、生まれたときは赤ん坊だったじゃねぇーか!」
 と、憤懣やるかたない様子。

 さらに彼は続けます。
 「確かにベビーカーは邪魔だよ。赤ん坊の泣き声をうるさいと感じるときだってあるさ。でも、みんなお互い様だったんだよ。盆踊りだって、除夜の鐘だって、たった一日なんだから我慢すりゃいいじゃねぇか! 日本の文化なんだから」


 いつから、この国はこんなにも、住みにくくなってしまったのでしょうか。

 TBS系ドラマ 『不適切にもほどがある』 では、昭和から令和にタイムトリップした男が、現代のコンプライアンスにがんじがらめの世の中で、悪戦苦闘する物語です。
 昭和世代には、その 「あるある」 が受けているようですが、笑い事では済まされない危機感を感じます。
 脚本家の宮藤官九郎も、そこが一番伝えたかったのでしょうね。


 「昭和が良かった」 とは言いません。
 でも、不便でも人と人が手をかけて、協力しながら生きていた時代だったと思います。
 思いやりややさしさが、もっと町の中にあふれていたような気がします。

 さる年配の女性が言いました。
 「長生きしたくなくなってきたね。こんなに生きにくいんじゃ、未来が怖くて見られないもの」


 誰も本気で 「死にたい」 なんて思っていません。
 でも世の中が、これ以上変化するのなら 「生きていたくない」 というのは本音かもしれませんね。

 昭和は遠くなりにけり……
  


Posted by 小暮 淳 at 11:45Comments(4)昭和レトロ

2024年02月27日

占ってよ、カガミさ~ん!


 「カガミさんって、あの占いの?」
 「うん、そう」
 「キャー! 若い頃、読んでたよ~!」
 とは、いつもの店のいつものカウンター席での、ママと僕の会話です。

 すると他の女性客も、
 「読んでた、読んでた」
 と、感心しきり。

 昨年11月、ラジオ高崎の番組 「Air Place(エア・プレイス)」 に出演後のことです。


 “カガミさん” とは、番組のゲストパーソナリティーの鏡リュウジさん。
 お恥ずかしながら僕は、鏡さんが有名な占星術研究家だということを知りませんでした。
 でも、お会いすると聡明で博識で、物腰がやわらかくて、初対面にして大変好感を持ちました。

 その鏡さんからオファーがあり、昨日、ラジオ高崎の番組に再度、出演してきました。
 今回は、温泉ライターとしてではなく、“謎学ライター” という肩書き。
 民話と伝説の話をすることになっていました。


 オンエア30分前。
 スタジオに入ると、メインパーソナリティーの田野内明美さんとともに、鏡さんまでもが出迎えてくださいました。
 さっそく、打ち合わせのテーブルに座ると……

 な、な、なんと!
 鏡さんの手元には、僕の著書が!
 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)

 「その本、差し上げようと思って、持って来たんですよ」
 と僕が言えば、
 「さっき、そこの書店で買ってきました。面白い本ですね」 
 と鏡さん。

 なんて、いい人なんでしょうか!


 あれ?
 田野内さんのテーブルにも、同じ本が置かれています。
 「今ね、鏡さんと、この本の同じページで盛り上がっていたんですよ」
 すると、鏡さんいわく、
 「三途の川です。面白いですね。群馬に三途の川があるんですね」

 あれあれ、オンエア前から3人のトークが始まってしまいましたよ。


 ということでオンエアでは、そのままの流れで、台本無しのぶっつけ本番トークが炸裂!
 あっという間の30分間でした。

 田野内さん、鏡さん、とっても楽しかったですよ。
 またスタジオに呼んでくださいね。


 <お知らせ>
 占星術研究家、鏡リュウジさんの最新刊著書 『タロットの美術史〈1〉 愚者・奇術師』 (創元社アルケミスト双書 1.650円) が発売されました。
 全12巻のシリーズです。
 興味のある方は、ぜひ、お買い求めください。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:07Comments(0)テレビ・ラジオ