温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2020年01月30日

源泉ひとりじめ(10) 万華鏡のように、湯の色が変わった。 


 癒やしの一軒宿(10) 源泉ひとりじめ
 鳩ノ湯温泉 「三鳩樓(さんきゅうろう)」 吾妻町(現・東吾妻町)


 <鳩に三枝(さんし) の礼(れい) あり
  烏(からす) に反哺(はんぽ) の孝(こう) あり>
 ハトは親鳥より三本下の枝に止まり、カラスは親鳥が年をとるとエサを口に含ませると伝えられている。

 その昔、傷ついたハトが自然に湧き出る湯につかって、傷を癒やしていた。
 それを見て温泉の効能を知った村人が、「鳩ノ湯」 と名付けたという。
 屋号 「三鳩樓」 の名は、前述の礼儀と孝行を重んじる教え 「三枝の礼」 に由来する。

 樹齢二百年を超えるモミジの老木が出迎える玄関からして、おもむきがある。
 館内に入ると、江戸時代より栄えた奥上州の湯治場の面影を残すように古い柱時計や囲炉裏、黒光りする年代物の箪笥(たんす) が目につく。
 フロントには 「三鳩樓帳場」 なる達筆な文字看板が……
 この時点で、私は完全に “たびびと” となった。

 純和風の客室に通され、旅装をとけば、目的は一つ。
 源泉ひとりじめ、である。
 その源泉 「鳩の湯」 には、本館から長い長い渡り廊下を下って行く。
 まずは総ヒノキ造りの内風呂へ。
 茶褐色のにごり湯は、熱からずぬるからず、丁度よい加減だ。
 手で湯をすくい上げると、何種類もの異なる湯の花が溶け込んでいるのが分かる。
 黒い炭のような固まりは、手のひらでこすると墨滴のように湯の中に散っていった。

 公私共に忙殺された、あわただしかったここ数週間の日々を回想していた。
 温泉好きのくせして、カラスの行水の私が、たっぷり1時間は湯につかっていた。

 翌朝、浴室に行って驚いた。
 湯の色が茶褐色から鮮やかなカーキ色に変わっていたのだ。
 湯舟の中には、昨晩見た炭のような浮遊物も見あたらない。
 このことを宿の主人に告げると、「天候によっては無色透明になることもある」 と、当たり前のように応えた。

 自然の条件により色が変わる湯……
 しかし、これが本来の天然温泉の色である。
 どこかの温泉のように入浴剤など投入せず、ありのままの自然の色を享受すればいいのである。
 次に訪れる時の “色” が、楽しみになった。


 ●源泉名:鳩の湯
 ●湧出量:28.7ℓ/分(動力揚湯)
 ●泉温:44.1℃
 ●泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉

 <2005年1月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:49Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年01月24日

源泉ひとりじめ(9) 湧き出る泉に、青い鳥が舞い降りた。


 癒しの一軒宿(9) 源泉ひとりじめ
 野栗沢温泉 「すりばち荘」 上野村


 「二日酔いしないから」 と、ご主人がコップに注いだ源泉を口に含むと、かなり塩辛い。
 高濃度の塩化物泉だ。
 成分が海水に近いからだろうか、この温泉を飲みに、渡り鳥がやって来るという。
 遠く東南アジアの極限られた地域に分布するという、美しい羽を持つ鳥……。
 ひと目会いたくて、翌朝は早起きをすることにした。

 宿から500メートルほど栗沢川沿いを行った上流に、「すりばち分校跡」 の碑が立っている。
 この分校の名を知っている人もいると思う。
 昭和23年から47年の24年間にわたり、ここ上野村野栗沢分校の代用教員として赴任した山田修先生の奮闘着は、NHKのラジオにもなり、数々の著書と共に全国的に分校の名を有名にした。
 その名の通り空を仰ぐと、四方を山に囲まれた 「すりばち」 のような地形であることが分かる。

 宿のご主人は山田先生の教え子で、すりばち分校を日本各地から訪れる人たちのためにと、昭和58年に旅館 「すりばち荘」 を開業した。
 もともとこの地に棲む動物たちが傷を癒していたという良質の温泉も、ご主人が山からパイプで引いてきたものだ。

 旅館の浴室に入ると、ヒノキの香りに包まれた。
 肌に張りつくような柔らかな湯は、不思議とのぼせることなく長湯ができる。
 ヒノキ風呂の隣に、冷鉱泉の源泉がかけ流しされている浴槽がある。
 「下半身だけ浸かれば、体がポカポカと温まってくる」 と言われたが、あまりの冷たさに今回は遠慮した。

 夕食は渡り廊下で、別棟の食事処へ。
 大きな天然木のテーブルでいただく食事は、どれも野趣に富んでいる。
 にんじん、ごぼう、こんにゃくの煮物や、みょうがの天ぷら、なすのおひたし、岩魚の塩焼きと、山の一軒宿ならではの素朴な料理が並ぶ。

 秘伝の味噌でいただく上野村特産のイノブタ鍋の肉も、温泉に浸してから調理されるので思ったよりも柔らかい。
 残りの汁に、地粉を温泉水でこねあげた手打ちうどんを入れれば、これ以上のご馳走はない。
 でも何よりのご馳走は、話好きのご主人と楽しい団らんのひと時を持てたことだった。


 ●源泉名:子宝の湯
 ●湧出量:非公開(自然湧出)
 ●泉温:15℃
 ●泉質:ナトリウム-塩化物冷鉱泉

 <2004年12月>
  


Posted by 小暮 淳 at 10:11Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年01月21日

源泉ひとりじめ(8) 吊り橋の向こう岸に、もうもうと上がる湯煙が見えた。


 癒しの一軒宿(8) 源泉ひとりじめ
 湯の平温泉 「松泉閣」 六合村(現・中之条町)


 「秘湯」 という言葉の響きに、そこはかとなく惹かれる。
 たどり着いたとき、自分だけの隠れ家を見つけたようで、ほくそ笑みさえ覚えるのである。
 現在、中間法人 「日本秘湯を守る会」 に加盟している旅館は、全国で157軒(平成16年5月現在)。
 群馬県内には13の会員旅館があるが、なかでも湯の平温泉は、秘湯中の秘湯といえる。

 深い谷である。
 揺れる赤い吊り橋を、恐々と渡る。
 覗き込むと目が覚めるような鮮やかなコバルトブルー色をした白砂川が、湖のような静けさでゆっくりと流れている。
 対岸の川原に泉源があるようだ。
 もうもうと湯煙が上がっている。
 目を凝らすと、川岸のあちこちから湯気が立ち昇るのが見えた。

 橋を渡った対岸からは、急な登りとなる。
 駐車場に車を置いて、木立の中を歩き続けて10数分……。
 額にうっすら汗がにじみ、肩で息をしはじめた頃、やっと宿の玄関が見えてきた。

 「滅多に取材は受けないんですよ。たった3人でやっている宿だから、大きい旅館のような対応もできないしね。ただ湯だけは自慢、川原に下りてみればわかりますよ。足元から湯が湧いているから」
 気さくな笑顔が迎えてくれた。
 かたわらのソファーでは、気持ち良さそうに猫が昼寝をしている。
 本館と別館をつなぐ渡り廊下から、時折、涼やかな風が流れ込んでくる。
 ゆったりと過ぎる贅沢な時間の経過を楽しめそうだ。

 さっそく、その自慢の湯を堪能することにした。
 露天風呂は白砂川の川原にある。
 長い長い階段の廊下を降り、サンダルに履き替えて戸外へ。
 さらに、うっ蒼と生い茂る木々のなかを下る。

 自然石を敷きつめた川沿いの露天風呂が2つ。
 女湯の奥に源泉の湧出場所があり、勢いよく白い湯気を吹き上げている。
 熱めだが、肌をサラリと滑り落ちるやさしい湯である。
 湯舟から眺める渓谷美も、紅葉の時季なら、なお絶景のことだろう。

 コバルトブルーの川面からはるか上方に、国道に架かる橋が見えた。
 あらためて深い谷に抱かれた秘湯に浸かっていることを実感した。


 ●源泉名:第1号源泉
 ●湧出量:測定せず(動力揚湯)
 ●泉温:71.2℃
 ●泉質:ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉

 <2004年11月>
  


Posted by 小暮 淳 at 12:28Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年01月19日

源泉ひとりじめ(7) 初めての宿なのに、思わず 「ただいま」 と言いたくなった。


 癒しの一軒宿(7) 源泉ひとりじめ
 川中温泉 「かど半旅館」 吾妻町(現・東吾妻町)


 「日本三美人の湯」 と刻まれた立派な石柱が立っている。
 三美人の湯とは、和歌山県の龍神温泉、島根県の湯の川温泉、そしてここ川中温泉である。
 3つの温泉に共通している美肌作用の条件は、弱アルカリ性でナトリウム・カルシウムイオンを含むこと。
 これらが肌の表面にある皮脂と結びついて、洗浄作用をもたらすらしい。
 なかでも川中温泉はカルシウムイオンの量が多く、ベビーパウダーのような作用があるため、湯上がりのスベスベ感は群を抜いている。

 くしくも前の週、和歌山県の龍神温泉へ行って来たばかりだった。
 この歳になって、しかも男の私が 「美人の湯めぐり」 もないだろうが、今夏の猛暑に酷使された肌が癒されるなら、ありがたい。
 それも三美人の湯の中で、川中温泉だけが一軒宿だ。
 秘湯にのんびり浸かって、心まで癒されることにした。

 つづら折りの坂道の奥に、赤い屋根の木造旅館が現れた。
 ガラス窓越しに見える格子戸の連なりが、かつての湯治場のおもむを今に伝えている。
 初めての宿なのに 「ただいま」、そう言いたくなるような若女将の満面の笑顔に出迎えられた。

 通された部屋も、どこか懐かしさがある。
 木枠の窓に、回り廊下のある開放的な空間……。
 扇風機が自然の風を届けてくれる。
 近代的なホテルや大旅館では、とうに排除されてしまった素朴さには、一軒宿の名にふさわしい情緒がある。

 旅装を解いて浴衣に着替え、タオル一本片手に向かうは、源泉100%かけ流しの露天風呂。
 泉温が低いため、2つの湯舟のうち手前は、熱交換方式で加熱してある。
 交互に入るのが、本来の入浴法とのことだ。
 湯の花が漂うぬるめの源泉に身を置くと、目の前の雁ヶ沢川の瀬音が小気味よいリズムを刻んでいた。
 この川の中から温泉が湧出したことから名付けられた川中温泉。
 以前は川の中に湯舟があったというが、今でも川底を覗き込むと湯の花が漂っている。

 遠くで雷鳴が聞こえた。
 ひと雨、来そうである。
 ならば山あいに煙る雨を眺めながら、湯上がりのビールをいただくのも、旅の一興である。


 ●源泉名:美人の湯
 ●湧出量:108ℓ/分(自然湧出)
 ●泉温:35℃
 ●泉質:カルシウム-硫酸塩温泉

 <2004年10月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:55Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年01月15日

源泉ひとりじめ(6) 高原を渡る風が、湯けむりをさらって行った。


 癒しの一軒宿(6) 源泉ひとりじめ
 座禅温泉 「シャレー丸沼」 片品村


 一軒宿に泊まる魅力とは?
 当然のことながら温泉街は存在しないので、浴衣姿でそぞろ歩く楽しみはない。
 ズバリ、それは “湯” である。
 一軒宿には秘湯、湯治場と呼ばれる所が多く、良質の自家源泉を所有している。
 地中から湧き出た新鮮な源泉を、たった一軒の湯舟で使い切る贅沢……。
 まさに温泉ファンにとっては、これぞ究極の贅沢である。

 必ずしも源泉の一軒宿は、山深い秘境の地にあるとは限らない。
 また、何百年という歴史をもつ古湯とも限らないのだ。
 ここ座禅温泉は、広大な高原のスキー場にに湧く温泉宿である。

 標高1,400m。
 スキー場内にあるため、シーズン中はゲレンデへのアクセスがバツグンの宿だ。
 ロッジ形式のモダンな外観も、温泉宿のイメージとは程遠い。
 訪ねたのは、7月初旬。
 下界は30度を超す真夏日だというのに、高原を渡る風は涼しさを通り越して、夕刻は寒いくらいだ。
 そういえば部屋に暖房器具はあっても、エアコンはなかった。

 座禅温泉の名は、日本百名山 「日光白根山(2,578m)」 の外輪山の一つ、座禅山に由来する。
 とは言っても、10年前に湧き出た新しい温泉である。
 しかし、その効能は疲労回復に効果があると、スキーヤー御用達の宿として人気が高い。

 内風呂はヒノキ風呂で、こじんまりとしているが、そのぶん落ち着きがある。
 お湯は無色透明な硫酸塩温泉で、やや熱め。
 かすかな温泉臭と湯の花が漂う。
 しっとりとした湯だ。

 一方、露天風呂は巨石を配した庭園風の立派な岩風呂で、青天井のもと周囲の山々を眺めることができる。
 豪快に注がれる湯の滝から立ち昇る湯けむりを、時折、涼風がさらうように通り過ぎてゆく。
 なんと贅沢な時間なのだろうと、湯の中からゆっくりと流れる雲を、しばし目で追っていた。

 翌朝、ロープウェーに乗り標高差600mを一気に登り、2,000mの山頂駅へ。
 2万本のコマクサが咲き誇るロックガーデン周辺には、気軽に大自然を満喫できる散策コースが整備されている。
 視界をさえぎるように立ちはだかる日光白根山。
 その山頂を目指して、登山道へと向かうハイカーたちを見送った。


 ●源泉名:菅沼1号
 ●湧出量:非公開(動力揚湯)
 ●泉温:55.4℃
 ●泉質:ナトリウム・カルシウム-硫酸塩温泉

 <2004年9月>
  


Posted by 小暮 淳 at 10:52Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年01月14日

源泉ひとりじめ(5) 川と見間違えるほどの巨大な露天風呂に、しばし圧倒された。


 癒しの一軒宿(5) 源泉ひとりじめ
 宝川温泉 「汪泉閣」 水上町(現・みなかみ町)


 「温泉」 という言葉が一人歩きしている昨今、源泉の本当の味わいを知らずに利用している人の、なんと多いことか。
 本来、温泉とは地中深くしみ込んだ地下水がマグマに温められ、長い時間をかけて地上へと湧き上がってきた、いわば地球からの恵みであったはず。
 その恩恵に浴するために、先人たちは自然に湧出、自噴した場所に温泉地をつくったのである。

 敷地内の源泉は4本、毎分1,800リットルという圧倒的な湯量は、伊香保温泉の旅館で使用される総湯量より多いというから、驚きだ。
 目の前には、一見、川と見間違えるてしまいそうな大露天風呂が4つ。
 すべて合わせると約470畳分という広さに、二度びっくり。
 しかし、二つの驚きとびっくりを頭の中で重ね合わせると、納得できてしまうから不思議である。

 不思議といえば、一番手前の湯が 「摩訶(まか)の湯」。
 脱衣所をはさんで奥が 「般若(はんにゃ)の湯」。
 吊り橋を渡った対岸に見えるのが、約200畳という最大の 「子宝の湯」 だ。
 この3つは、すべて混浴。
 最下流に女性専用の露天風呂 「摩耶(まや)の湯」 がある。

 まずは 「摩訶の湯」 に浸かる。
 源泉が流れ込む湯口付近では、かすかな硫黄臭を感じたが、川風のせいか湯に入ってしまうと、ほとんど臭いはない。
 無色透明の湯は、流れの速い川面と境がつかないくらいに透き通っている。
 要所に 「川へは絶対に入らないでください」 の立て札が……。
 なるほど、湯舟の縁から手を伸ばせば届きそうなところに宝川の瀬がある。
 酔っぱらいは、くれぐれも注意が必要だ。
 が、これが野趣に富んだ露天風呂の醍醐味というものだ。

 女性はバスタオルを体に巻いて完全武装の入浴だが、男性はそうもいかない。
 小さなタオル一枚で前だけ隠して、次の風呂へと移動する。
 慣れてくると、裸で露天から露天へとハシゴする解放感に、心まで解き放たれていくのが分かる。
 ただ残念なのは、自分が男であることだ。
 4つある露天風呂を制覇できるのは、くやしいかな女性だけなのである。


 ●源泉名:1号井・3号井・4号井・5号井
 ●湧出量:147~594ℓ/分(動力揚湯)
 ●泉温:34.8~68.9℃
 ●泉質:単純温泉

 <2004年8月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:02Comments(2)源泉ひとりじめ

2020年01月11日

源泉ひとりじめ(4) 緑のトンネルの中で、キツツキが出迎えてくれた。


 癒しの一軒宿(4) 源泉ひとりじめ
 高崎観音山温泉 「錦山荘」 高崎市


 四季の眺望に秀で風光絶佳の故に帝都人士の間にも頗る著名で旅情を味はう爲に来訪する者が常に絶えない、殊に錦山の名が示す如く紅葉季節に訪れゝば身を錦繍中に置くの美感があり、瀟洒たる白堊の小室が木立の間に點在し松籟恣なる大庭園は関東名勝の名に恥ぢない
         昭和九年発行「陸軍特別大演習記念写真集」より

 コココココココー、コココココココー
 欄干に 「錦山荘」 と刻まれた石橋を渡ると、立派な門が迎えてくれた。
 ここからのアプローチが楽しい。
 若葉の匂いいっぱいの緑のトンネルが、旅人を誘導してくれる。

 コココココココー、コココココココー
 また聞こえた。
 森の番人キツツキが、客人の到着を宿主に知らせているかのようだ。
 やがて、赤松林と竹林に囲まれた木立の奥に純和風の木造旅館が見えてきた。

 ここ観音山温泉は、大正4年から昭和初期までは 「清水鉱泉」 と呼ばれ、地元の人々に親しまれ賑わっていたらしい。
 昭和63年に再開発され、立派な展望露天風呂をもつ高崎市内唯一の温泉宿として新生した。

 浴室は昔ながらの丸木で組んだ、湯小屋風。
 敷地内に湧出する源泉は黄褐色をしているが、浴槽内はろ過されているため、にごりはない。
 無色透明のさらりとした湯に身を置くと、眼下には高崎市街地が一望に広がる。
 烏川越しに市役所が、その奥に群馬県庁舎を望み、借景として赤城山が浴室のフレームいっぱいに描かれる。
 高崎駅からわずか3キロ、あまりに身近な自然と静寂の存在に、あらためて感嘆した。

 春は筍、夏は鮎、秋は山芋、冬は豆腐と、季節の食材を取り入れた郷土料理が、部屋出しされる喜び。
 訪ねたのは春、自家竹林の筍料理をいただいた。
 箸を運ぶと、時折、ササササーと竹林を揺らして通り抜ける風の音が聞こえてきた。


 ●源泉名:錦山荘の湯
 ●湧出量:非公開 (自然湧出)
 ●泉温:15.4℃
 ●泉質:メタけい酸含有

 <2004年7月>
       


Posted by 小暮 淳 at 12:02Comments(2)源泉ひとりじめ

2020年01月09日

源泉ひとりじめ(3) 絹のような湯の玉が、コロコロと肌を転がり落ちた。


 癒しの一軒宿(3) 源泉ひとりじめ
 猪ノ田温泉 「久惠屋旅館」 藤岡市


 春に御座れよ 猪田のお湯に
 山のつつじも 咲いて待つ
 夏に御座れよ 猪田のお湯に
 澤の河鹿(かじか)も 鳴いて待つ
 秋に御座れよ 猪田のお湯に
 谷の紅葉(もみじ)も 染めて待つ
 冬に御座れよ 猪田のお湯に
 雪の中にも 沸いて待つ
       「猪田鑛泉民謡」より

 藤岡市内といっても、下日野は山の中だ。
 県道からわずか1,900m入り込んだだけで、携帯電話の電波も届かない深山幽谷に抱かれた一軒宿。
 猪ノ田(いのだ)川のせせらぎと、庭園をあしらった純和風の建物が、旅人を出迎えてくれた。

 「お風呂、お願いします」
 幼い男の子と女の子を連れた母親が、フロントに声をかけていた。
 聞けば、週に何度が、子供のアトピー性皮膚炎の治療に通って来るのだという。

 明治初期から四季を通じて湯治客が訪れるようになり、明治19年の記録には旅人宿の記録も残っている。
 『猪田鑛泉ハ古来ヨリ猪田川ノ川邉ニ湧出シ薬師ノ湯ト称ス』と記され、主に皮膚病に効くと言われ続けてきた。
 今でも県内はもとより、遠く関西方面からも医者に見放された患者が湯治に訪れている。

 浴場の扉を開けると、ツーンと硫黄臭が鼻孔を突いた。
 無色透明の湯に体を沈め、総檜の天井を眺めているうちに、やっと旅装を解いた気分になった。

 ここの湯は、別名 「絹の湯」 とも呼ばれている。
 湯舟から腕を出すと、湯の玉がパァーッと弾かれて肌の上を滑り落ちてゆく。
 まるでワックスをかけた車のボンネットに降った雨を見ているようだ。
 コロコロと転がる様が面白くて、何度も何度も腕を湯から出し入れしてみた。


 ●源泉名:絹の湯
 ●湧出量:非公開(自然湧出)
 ●泉温:12.8℃
 ●泉質:硫化水素を含有するアルカリ性冷鉱泉

 <2004年6月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:48Comments(2)源泉ひとりじめ

2020年01月07日

源泉ひとりじめ(2) 湯舟からあふれ出た湯が、滝のように流れ落ちていった。 


 癒しの一軒宿(2) 源泉ひとりじめ
 川古温泉 「浜屋旅館」 新治村(現・みなかみ町)


 体の痛いのも 年の故か
 老いていたいのも 年のせいか
 今年も行きましょ 連れつれて
 利根の赤谷の 川古へ
         「川古音頭」より

 日本人にとっての温泉のルーツは、湯治である。
 川古温泉は昔から 「川古の土産はひとつ杖を捨て」 と言われたほどに湯治場として愛されてきた。
 現在もそれは変わらず、宿泊客の7割は長逗留の湯治客が占めている。

 赤谷川の渓谷美を眺める混浴の露天風呂で、前橋から年4~5回、リウマチの療養に通っている老人と一緒になった。
 10日間の滞在で、日に8時間湯に浸かるという。
 「ここの湯が本物さ。ほかの湯なんか入れねえよ」

 湯舟からあふれ出た湯が、滝のように飛沫を上げて川原に流れ落ちるその湯量の豊富さに驚かされる。
 源泉から加熱をせずに内風呂と露天風呂へ直接注がれている湯は、ややぬるめだが、しばらく浸かっていると炭酸飲料の中にいるように体中が小さな気泡に包まれてゆくのが分かる。

 ここの湯が本物……老人の言葉に納得した。
 昨今、町中に雨後の竹の子のように乱立する公共の日帰り温泉。
 無理やり掘削して少ない湯量に加熱、循環して使用している湯と、古くから守りつづけている湯が、同じであるはずがない。

 湯上がりに、ビールとともに食したご主人手作りの生ハムの美味なこと。
 イワナやニジマスの刺し身、ごま豆腐など、素朴な山の食材に徹底した献立に、湯治場として愛されつづけてきた宿としてのこだわりを感じた。


 ●源泉名:浜屋の湯
 ●湧出量:750ℓ/分(掘削自噴)
 ●泉温:39.7℃
 ●泉質:カルシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉

 <2004年5月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:21Comments(0)源泉ひとりじめ

2020年01月06日

源泉ひとりじめ(1) 箪笥の回廊を抜けると、そこに江戸の顔があった。


 来月、ブログ開設10周年を迎えます。
 これを記念して、ブログのタイトルにもなった 『源泉ひとりじめ』 を不定期連載いたします。
 このエッセイは、2004年4月~2006年9月(全30回) にわたり 「月刊ぷらざ」(ぷらざマガジン社) に連載されたものです。
 ※地名や名称等は掲載当時のまま表記し、その後、変更があったものには訂正を加えました。尚、休業もしくは、すでに廃業している宿もあります。



 癒しの一軒宿(1) 源泉ひとりじめ
 薬師温泉 「旅籠」 吾妻町(現・東吾妻町)


 温泉大国、日本には約3,000もの温泉地(宿泊施設のある温泉) があり、群馬県内だけでも約100を数える。
 では私たち日本人が温泉に求めるものとは?
 昨今の加熱する温泉ブームのなか、本当の贅沢を探して旅に出るとすれば、きっとそれは 「一源泉一軒宿」 の旅に違いない。

 かやぶきの門をくぐり、まず驚かされるのが時代箪笥(たんす) や古民具、骨董品が惜しげもなく続く 「時の回廊」 だ。
 ここから時間旅行が始まり、旅人はまさに江戸時代の旅籠(はたご) にたどり着いた気分になる。
 館内には、オーナーが全国より集めに集めた400竿の箪笥を含め、1,000を超える調度品が配されているという。
 敷地内に移築されている伝統民家の数からして、そのこだわりには感服させられる。

 部屋で旅装を解き、内風呂へ。
 チョロチョロと注ぐ源泉の湯量は決して多くはないが、肌を包み込む湯の感触には、上品なやさしさがある。
 何よりも浴槽に体を沈めたときの、ザザザーッと音を立ててこぼれだす湯の音に、完全かけ流しのホンモノ温泉に浸かっていることへの、この上もない贅沢を感じる。
 まさに源泉ひとりじめの瞬間を味わった。

 夕餉(ゆうげ) は、かやぶき民家で囲炉裏を囲みながら、川魚や地鶏をあぶる。
 何も奇をてらうことはなく、豪華である必要もない。
 一軒宿ならではの、もてなしがご馳走である。


 ●源泉名:薬師の湯
 ●湧出量:16.9ℓ/分(自然湧出)
 ●泉温:42.7℃
 ●泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉

 <2004年4月>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(0)源泉ひとりじめ