温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2018年12月13日

川古温泉 「浜屋旅館」⑧


 今年はなんだか、川古温泉(群馬県みなかみ町) と縁のある年のようです。
 6月と10月にNHK総合テレビで放送された番組で、僕は川古温泉の一軒宿 「浜屋旅館」 を紹介しました。
 6月の放送は首都圏エリアでしたが、放送されたのは夜7時台というゴールデンタイム。
 そして10月は、全国放送の人気番組 『ごごナマ』 だったこともあり、大反響となりました。

 3代目主人の林泉さんによれば、「放送後に予約電話が殺到した」 とのことでした。
 みなかみ町の温泉大使を務めている僕としては、少しでも町の活性化のお役に立てたことを喜んでいました。


 そしたら!
 またしても川古温泉でのロケ話が飛び込んできました。
 今度は地元、群馬テレビで来年に放送される特別番組の撮影です。

 ということで、昨日は川古温泉へ行って来ました。


 朝から天気は晴れましたが、関東地方は前夜に初雪を観測しています。
 北に向かうにつれ、雪景色が濃くなっていきます。
 そして現地に着くと、雨模様。
 太陽は出ているのにね。
 完全なる “キツネの嫁入り” です。

 「このあたりでは、よくある天気です。山の上のほうで雪が降っているんですよ」
 と、ご主人。
 今回は、ご主人とのからみはありません。
 そのかわりに、僕と一緒に混浴露天風呂に入浴してくれるのは、若い女性キャスターです。
 たぶん、まだ20代。
 僕とは、親子以上に歳が離れています。

 ひと言、“まぶしい!”


 悪天候の中、無事、撮影は終了。

 それにしても、若いって素晴らしいですね。
 まざまざと至近距離で、彼女の肌を見てしまいました。
 湯を弾くんです!

 僕の肌も、弾くことは弾くのですが、湯面から腕を上げるとワンクッションあって、それからサーッと湯が引いていきます。
 が、彼女の場合、違います。
 湯面から腕を上げた時、すでに湯が肌にのっていないのです。
 まるで撥水加工がされているよう。

 「本当ですね、おもしろ~い!」
 と嬉々としながら、腕を何度も湯面から出し入れする彼女。
 「それが若さだよ。若いって、すごいね~」
 と、還暦を過ぎたおじさんは、しみじみと感心してしまったのであります。


 オンエア日が分かりましたら、ご報告いたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:32Comments(0)温泉地・旅館

2018年11月28日

尻焼温泉 「星ヶ岡山荘」


 尻焼(しりやき)温泉ね、ああ、行ったことがあります。
 川がそのまま風呂になっている温泉ですよね。
 確か、何軒か宿があったと思うけど……
 星ヶ岡山荘なんて、あったかしらん。


 と思われた人もいるのではないでしょうか?
 「星ヶ岡山荘」 は昨年の春にオープンした、尻焼温泉で一番新しい旅館です。
 といっても以前は 「関晴館」 という老舗旅館でした。

 尻焼温泉は旧六合(くに)村(中之条町) にある “六合五湯” の1つ。
 中でも一番山奥にあるため、温泉地として開発されたのは昭和になってからでした。

 温泉の発見は古く嘉永7年(1854) と伝わります。
 村人たちが菅(すげ)や萱(かや) などを川底から湧き出す温泉に浸して、足で踏んでやわらかくして、草履(ぞうり)や筵(むしろ) を編むために利用していたといいます。
 この作業は 「ねどふみ」(湯に寝かせて踏むの意味) といわれ、現在でも行われています。

 手前の花敷(はなしき) 温泉が古くから開けていたのに比べ、この地の開発が遅れた理由は、花敷からの道が急峻だったことと、温泉周辺におびただしい数のヘビが棲息していて、人々を寄せ付けなかったからだといいます。

 昭和元年(1926)、花敷温泉の老舗旅館 「関晴館」 の別館が、尻焼温泉に開業したのが温泉地としての歴史のはじまりでした。
 のちに花敷温泉の本館が廃業したため、“別館” の名をはずして営業を続けていましたが、数年前に看板を下ろしてしまいました。
 そして昨年、経営者が変わり、リニューアルオープンしたのが 「星ヶ岡山荘」 でした。


 「いゃ~、見違えるほどにキレイになりましたね」
 宿に着くなり、開口一番、僕はリニューアルされた館内を見渡しながら言いました。
 「ありがとうございます。でも、浴室は前のままなんですよ」
 と、和服姿で出迎えてくれた女将の大谷郁美さん。

 「それが、いいんです!」
 話には聞いていたので、僕はそれを確かめに来たのであります。
 渓流、長笹沢川を望む露天風呂は、野趣に富んでいて、僕の大好きな露天風呂でした。
 いえ、露天というよりは “野天” といったほうがしっくりくる、自然の中での湯浴みが堪能できる絶景風呂なのです。


 湯屋への導線は、以前と変わっていません。
 ただ内装は、昭和元年建築とは思えないほどに、新しくなっています。
 そして、浴室のドアを開けると……

 あの日、あの時に見た、同じ光景が出迎えてくれました。
 「これ、これこれ、これじゃなくっちゃ!」
 以前は、川を見下ろす露天風呂が男湯でしたが、今回は川辺に下りるほうが男湯でした。

 ザザザザーーッ!!!

 勢いよく、あふれ出る湯が川へと流れへ行きます。
 なんて贅沢な光景なんでしょう。
 加水なし、加温なし、で完全放流ができるなんて!
 しかも、湯が冷めやすい露天風呂です。
 源泉の温度と湯量に恵まれた温泉だからこそ味わえる贅沢なのであります。


 「これでイイのだ!」
 バカボンのパパなった気分で、川面を眺めながら至福の時を過ごしました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:59Comments(2)温泉地・旅館

2018年11月01日

湯宿温泉 「湯本館」④


 「小暮さん、お久しぶりです。あーーーっ、ああ、頭が~!!!!」
 相変わらずのオーバーリアクションで、出迎えてくださいました。
 とってもユニークな方なんです。
 だから僕も応えました。
 「そーなんですよ、ちょっと竜宮城に行ってましてね。帰って来て、玉手箱を開けたら、このとおり、真っ白になってしまいました」

 昨日は雑誌の取材で久しぶりに、みなかみ町の湯宿(ゆじゅく)温泉 「湯本館」 を訪ねました。
 ご主人の岡田作太夫さんは、21代目であります。
 代々館主は 「作太夫(さくだゆう)」 を襲名するのですが、21代目は本名も “作太夫” であります。
 「父も祖父も曽祖父も本名は違いました。しばらく作太夫がいなかったので、父が私に付けたようです。でも本名は “さだお” と読みます」 と以前、話していました。


 ところで、古い読者は 「海パンカメラマン」 という言葉を覚えていますか?
 僕の入浴シーンを撮影するために、あえて自分も湯舟に入るため水着を着用するプロ根性のあるカメラマンことです。

 「おおおおおーーー! 竹ちゃんじゃないか! 久しぶりだな~、また組めるなんてうれしいよ。よろしくな!」
 「いゃ~、僕は小暮さんをいつもテレビや雑誌で見ているから、あんまり久しぶりの感じがしませんよ。頭が白くなったことだってテレビで見て知っているし」
 湯本館の玄関で、初代海パンカメラマンの竹ちゃんと、感動の再会をしました。

 竹ちゃんは、過去には雑誌連載のパートナーであり、拙著 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) の表紙およびグラビア写真を撮ったカメラマンであります。
 ※(詳しくは、当ブログの2010年8月12日 「竹ちゃんの逆襲」 を参照)


 そんな感動のダブル再会でスタートした取材だもの、テンションもアゲアゲです。
 「小暮さん、いいですね。はい、その顔、いただきました!」
 「は~い、ここまで歩いて来てください。はい、そこで立ち止まって、目線ください!」
 相変わらずの竹ちゃん節が飛び出して、いつもよりもサービスショット多めの撮影となりました。

 湯宿温泉の熱い湯も、なんなくクリア!
 素晴らしい入浴シーンが撮れました。


 竹ちゃん、これからも、よろしく頼むぜ!
 ご主人、ご協力ありがとうございました。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:23Comments(0)温泉地・旅館

2018年10月24日

尾瀬戸倉温泉 「ホテル玉城屋」


 僕が講師を務めるNHK文化センターの野外温泉講座 「名湯・秘湯めぐり」。
 おかげさまで今年、10周年を迎えることができました。
 そして今月からは、平成30年度の後期講座が始まります。

 ということで昨日は、後期講座の第1回が開講され、秋の紅葉と温泉を満喫してきました。
 訪れたのは、群馬県片品村。
 標高が上るにつれ、山の色も濃くなってきます。
 バスの中では、
 「ほら、右」 「今度は左」
 と、紅葉に映える渓谷美を楽しみながら、温泉地を目指しました。


 午前10時。
 施設のオープンを待って、寄居山温泉 「ほっこりの湯」(片品村鎌田) の玄関に並びました。
 pH8.5のアルカリ性単純温泉で、まずは肩慣らし、いや、肌慣らしであります。
 ツルンとした心地良い浴感は、朝風呂に最適です。
 窓ガラス超しに広がる山里の風景を眺めながら、一日のスタートを切りました。

 「先生! 先生の本が売ってますよ」
 湯上がりにロビーでくつろいでいると、受講生が呼びに来ました。
 売店に行くと、レジ前に本が積まれていました。
 しかもポップ付きです。

 “トンネルを抜けると そこは湯源郷”
 2015年に出版した『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) であります。

 「はい、みなさ~ん! まだ、この本を持っていない人は、買ってくださ~い」
 と僕が言えば、ほとんどの受講生が、
 「持ってまーす!」
 と応えました。
 が、1人だけ、「今買っても、サインしてもらえますか?」 と。
 もちろん快く、その場でサインをいたしました。
 「これから行く温泉も、この本に載っていますよ」


 10年間の講座で、県内ほとんどの温泉地は訪ねています。
 でも、まだあったんですね。行ってなかった温泉が。
 尾瀬戸倉温泉(片品村戸倉) です。
 片品村の最北端、尾瀬の玄関口にある温泉地です。
 宿は旅館やホテル、ペンション、民宿が約20軒ありますが、今回、お世話になった 「ホテル玉城屋(たまきや)」 は、その中でも北の端にある、尾瀬に一番近い温泉宿であります。

 宿の創業は定かではありませんが、現主人の萩原繁司さんで16代目。
 慶長5年(1600)年、関ヶ原の戦いの後、会津方面からの出入りを警戒するために、時の沼田城主、真田信幸が設けた 「戸倉の関所」があった場所で、代々この地で旅籠を営んでいたといいます。
 その当時から温泉は湧いていて、旅人からは 「関所の湯」 と呼ばれていました。

 その湯は、ナント! pH10.1というアルカリ性単純温泉です。
 県内でもトップクラスのアルカリ度を誇っています。
 「うお~! ビックリした」 「ヌルヌルのツルツルじゃないですか!」 「すごい! 肌が湯を弾いて、一瞬にして散っていきます」
 と、受講生らは湯舟に入った途端、狂喜乱舞であります。


 「先生、これからも、いい温泉に連れて行ってよね」
 「もちろんですよ。ご期待ください!」
 湯上がりのビールで喉をうるおしながら、後期講座の第1回を無事に終了しました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:11Comments(0)温泉地・旅館

2018年10月03日

霧積温泉 「金湯館」⑧


 「群馬県で一番の秘湯は、どこですか?」
 と問われれば、僕は迷わず霧積温泉と答えます。
 今日は1年ぶりに雑誌の取材で、霧積温泉の一軒宿 「金湯館」 に行って来ました。

 金湯館の創業は、明治17年(1884)。
 当時は5、6軒の旅館がありました。
 さらに周辺には、別荘が約50棟も立ち並ぶ避暑地だったのです。

 ところが明治43年(1910)、未曾有の悲劇が温泉地を襲いました。
 この年の大洪水で、山津波が一帯を襲い、金湯館ただ一軒が難を逃れました。

 昭和30年代になり、1キロ下がった場所で親族が旅館を開業しましたが、平成23年に廃業。
 金湯館は、また一軒宿になってしまいました。


 「お世話になります」
 「こちらこそ、ありがとうございます」
 道路のドン詰まり、鼻曲山登山口の駐車場まで、4代目主人の佐藤淳さんが4駆車で迎えにきてくれました。

 時間に余裕のある時は、ここから 「ホイホイ坂」 と呼ばれる山道を約30分かけて歩いて登るのですが、今日は日帰り取材です。
 わがままを言って、車で迎えに来てもらいました。
 だって、ここから先の車道は、一般車両は通行止めの林道です。
 急峻なうえ、ガードレールも無く、対向車とのすれ違いもままなりません。
 これも、“取材” という特権なのです。


 「小暮さんの本、全部売れちゃった。また、送っといて!」
 と、開口一番。
 玄関で、いつも元気な3代目女将の佐藤みどりさんが出迎えてくれました。
 御年、81歳!
 まだまだ現役女将です。

 宿では、霧積温泉が舞台の森村誠一の小説 『人間の証明』(角川文庫) と、拙著 『新ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) が販売されています。
 「どちらも、良く売れるのよ」
 なんて女将に言われて、ベストセラー作家と肩を並べたようで、気分は有頂天!
 そのままのテンションで、浴室まで直行!
 さっそく湯を浴むことに。


 ぬる湯ファン垂涎(すいぜん) の、絶妙な39℃!
 相変わらず絹のような、肌にまとわりつく、なまめかしい湯であります。
 しかも、あっという間に全身泡だらけ!

 アソコの毛といわず、全身の体毛が “真っ白毛” です。
 それを手で払えば、名物 “サンゴの産卵” のはじまり、はじまり~!!
 一斉に、泡の粒が舞い上がります。


 湯上がりには、これまた山の幸たっぷりの名物 「山菜そば」 をすすりながら、女将の話す昔話に耳を傾けていたのであります。
 ご主人との馴れ初めなんて、1度や2度、取材に訪れた新米記者には絶対に聞き出せない、なかなかのレア話ですぞ!

 温泉宿は、通えば通うほどに、奥が深くなっていくのであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 22:02Comments(0)温泉地・旅館

2018年08月29日

万座温泉 「日進館」


 標高1,800メートル、通年車で行ける日本最高所の温泉。
 硫黄の含有濃度、日本一。
 標高1,000メートル以上の高地温泉で、唯一の酸性硫黄泉。
 などなど、万座温泉は、われら群馬県民が世界に誇る宝の温泉であります。


 僕が講師を務めるNHK文化センターのカルチャースクール 「名湯・秘湯めぐり講座」 も、今年で10年目を迎えました。
 人気の万座温泉(群馬県吾妻郡嬬恋村) は、季節を替え、宿を替えて、過去に3回、講座で訪れています。
 昨日、訪ねた 「日進館」 は、8年ぶり2回目となります。
 前回は、極寒の1月でした。
 吹雪の露天風呂で、首から上が雪ダルマになりながら湯に入った記憶があります。

 今回は夏。
 残暑厳しい下界を逃げ出して、雲上の別天地へ!
 なんと、気温は18℃です。

 「す、涼しい!」
 バスから降りた受講生たちは、みんな、標高の高さに驚いていました。


 万座温泉といえば、乳白色のにごり湯です。
 しかも硫黄濃度が濃いため、どこにいてもゆで卵が腐ったような独特のにおいにつつまれています。
 でも、その白濁の度合は、源泉によって微妙に異なります。

 「日進館」 は、明治6年創業の老舗旅館です。
 また 「苦湯」 という万座最古の源泉を保有する宿としても、コアな温泉ファンには知られています。
 “日本一の木造建築風呂”を誇る大湯殿 「長寿の湯」 の中に、その苦湯風呂があります。

 が、熱い!
 「先生、5秒しか沈めませんでしたよ」
 「私は足だけでした」
 と受講生らは、完敗の様子。

 「では講師が、お手本を見せましょう」
 と、淡いエメラルドグリーン色した半透明な湯に、そろりそろりと足を入れました。
 「あ、あ、熱い!」
 でも、歳はとっても男の子であります。
 講師のプライドにかけても、エーーーイッ!と肩まで沈みましたが、早々に湯舟から飛び出てしまいました。

 「先生、こちらの湯が、ちょうど良いですよ」
 と呼ばれ、半露天の 「姥湯」 へ。
 白濁の度合は、この湯が一番濃いようです。
 湯は熱からずぬるからず、ちょうどいい!

 その後、源泉の異なる6つの湯を堪能しました。


 「では、カンパイ!」
 「やっぱ、湯上がりのビールは最高ですね」
 「しかも天然クーラーの中で飲むとは、贅沢です」

 午後は、天空の露天風呂を満喫するとして、しばし、高原の風を感じながら食膳を囲み、団らんの時を楽しみました。


 受講生のみなさん、次回は県外へ遠出をしますよ。
 残暑の厳しいおり、お体には十分気をつけてくださいね。
 また来月、元気に会いましょう!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:20Comments(0)温泉地・旅館

2018年08月04日

奈女沢温泉 「釈迦の霊泉」④


 秘湯ファンに朗報です。

 今週、奈女沢温泉(群馬県利根郡みなかみ町) の一軒宿、「釈迦の霊泉」 の2代目女将、今井経子さんから直々に電話がありました。
 「長い間、ご心配をおかけしましたが、ようやく再開いたしました。ぜひ、またお越しください」 と。


 コアな温泉ファンは、ご存知かと思いますが、2015年の夏、突如、土砂災害に遭い、旅館は余儀なく休館をしていました。
 しばらくは 「御神水」 と呼ばれる源泉水の販売のみを行っていましたが、復旧が進み、昨年の暮れには、日帰り入浴と素泊まりのプレオープンに、こぎ着きました。

 あれから丸3年。
 電話の中の女将さんの声も嬉しそうです。
 「良かったですね。全国のファンが喜んでいますよ」
 そう言葉を返しました。


 「釈迦の霊泉」 といえば、知る人ぞ知る “万病に効く湯治場”。
 全国から難病に苦しむ患者たちが、ワラにもすがる思いでたどり着く 「奇湯」 です。
 奇湯とは、もちろん僕の造語ですが、それだけ数々の奇跡を起こす湯として知られています。

 僕自身、大変奇妙な体験をいくつもしています。
 詳しくは、拙著 『みなかみ18湯(下)』 や 『新ぐんまの源泉一軒宿』 をお読みください。


 入って残そう! 群馬の温泉
 ぜひ、奇跡の復活をした天下の“奇湯” に、足を運んでください。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:58Comments(2)温泉地・旅館

2018年08月02日

梨木温泉 「梨木館」④


 ♪ 梨木よいとこ 赤城のふもと 雲の中から お湯が湧く

 西条八十作詞による 『梨木(なしぎ)小唄』 の一節です。
 作曲は群馬県伊勢崎市出身の作曲家、町田嘉章。
 昭和のはじめ、梨木の湯に惚れ込んだ嘉章は、友人の西条八十と訪れて、この歌を作りました。


 今日は雑誌の取材で、赤城山南面の山ふところに湧く、秘湯の一軒宿 「梨木館」 に行ってきました。
 最後に訪れたのは2013年の12月、拙著 『新ぐんまの源泉一軒宿』 の取材ですから、約5年ぶりとなります。

 梨木温泉といえば?
 そう! 鉄分の多い “赤い湯” であります。
 なぜか、赤城山の南麓には、赤い湯が湧く温泉が多いのです。
 ※(詳しくは、当ブログ2013年12月25日 「梨木温泉 梨木館③」 を参照)

 今日の湯も、レンガの粉を溶かしたような濃厚なオレンジ色をしていました。
 内風呂と露天風呂、両方の湯に入りましたが、やはり歴史の古い内風呂は、相変わらず見事です。

 何が見事かって?
 はい、塩分や鉄分、カルシウムなど、温泉に溶け込んでいる成分が多いため、浴槽の縁はもちろんのこと、洗い場の床までもが、析出物が堆積して、まるで鍾乳洞の千枚皿のように幾何学模様を描いているのです。
 まさに自然の造形によるアート!
 開湯1200年の時の重さを感じる湯であります。


 6代目主人の深澤幸司さんによれば、「にごり湯は汚い」 と敬遠された時代もあったといいます。
 でも代々、かたくなに 「にごり湯じゃなけりゃ、温泉じゃねぇ!」 と守り続けてきた唯一無二の源泉です。

 後世へ大切に残したい、群馬の温泉遺産の1つだと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:06Comments(0)温泉地・旅館

2018年07月25日

上の原温泉 「水上高原ホテル200」④


 暑い! あつい!! アツーーーイ!!!!
 こんな体温より暑い街には、いられな~い!

 そうだ、高原へ行こう!!


 ということで、昨日は標高996メートル、白樺林に囲まれた別天の温泉地へ行ってきました。
 上の原温泉(群馬県利根郡みなかみ町藤原) のリゾートホテル 「水上高原ホテル200」。
 “200” と表記して、「トゥーハンドレッド」 と読みます。

 なんで “200” かって?
 敷地面積が、200万坪あるからなんです。
 “200万坪” といわれても、ピンとこないですよね。
 だから以前、取材で訪ねた時に総支配人に訊いたことがありました。

 彼、いわく
 「芦ノ湖と同じ広さです」
 「?」
 「東京ドームだと164個分です」
 「?」
 「う~ん、そうですね、江ノ島10個分というのでは」
 「ああ、なるほど」
 と返事をしたところで、やっぱりイメージは湧いてきません。
 ま、いずれにせよ、ケタ違いの広さであることには間違いありません。
 冬はスキー場、夏はゴルフやテニス、トレッキングをはじめとするアウトドアスポーツが楽しめます。


 今回は、僕が講師を務める野外温泉講座で訪れました。
 「す、涼し~い!」
 「気持ちい~い!」
 バスから降りた受講生たちは、高原の空気を全身に浴びながら、口々に感想を言い出しました。

 でも、ロビー前の寒暖計を見ると、29℃もあるんです。
 たぶん湿度が低いんでしょうね。
 それと、白樺林を抜けて来る高原の風。
 とっても爽やかであります。


 ここ上の原温泉は、リゾート地として有名ですが、実は、温泉マニアには知る人ぞ知る名湯なのであります。
 アルカリ度を示すpH値は、なんと! 9.26。
 アルカリ性の単純温泉と単純硫黄泉の2本の源泉が湧出しています。

 その浴感は、まさにトロトロのヌルヌルであります。
 湯上がりは、肌がツルツルのスベスベになることから別名 「ツルスベの湯」 なんて呼ばれています。
 「美人の湯」 「美肌の湯」 と呼ばれる温泉が多い、みなかみ地区ですが、その中でもダントツに存在感のある温泉です。


 「ああ、帰りたくなーい!」
 受講生らの願いも空しく、バスは白樺林を抜けて、高原を下り、灼熱の下界へ舞い戻ったのでありました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:45Comments(2)温泉地・旅館

2018年07月22日

四万温泉 「やまの旅館」


 <レトロ温泉街 懐メロに沸く>

 一夜明けた今日、上毛新聞に昨日、四万温泉(群馬県吾妻郡中之条町) で開催された 『レトロ通りの懐かしライブ』 の記事が載りました。

 <KUWAバンは四万温泉がテーマの 「四万のうた」 や県内各地の温泉名が登場する 「温泉パラダイス」 を披露した。> と、僕らのバンドのことも書かれていました。


 午後1時、メンバーと楽器を車に積み込み、出発したときの前橋の気温は38℃!
 渋川~中之条と北に向かうにつれ、外気温は1℃、また1℃と下がります。
 そして、山と清流に囲まれた温泉街の駐車場に着いたときの気温は、30℃!

 「8℃も違う!」
 と喜んだものの、それでも30℃あるわけですから、楽器の搬入やライブ中は、汗だくとなり、常にキーンと冷えた缶ビールが手放せません。


 「お疲れさまでした!」
 「今年もライブ、大成功でしたね」
 「カンパ~イ!!」

 夕方、5時。
 陽が少し西に傾き出した清流沿いの宿に、片づけを終えたメンバーが集まり、“打ち上げ” 前の “仮祝い” が始まりました。
 温泉協会がメンバーのために用意してくださった宿は、温泉街の目抜き通り 「桐の木平商店街」 にある 「やまの旅館」 であります。

 「やまの旅館」 といえば、四万温泉ファンの中でも “四万通” が通うレトロ旅館です。
 「カメラ、フィルム 山野」 の看板が、かつて、ここが温泉街唯一の写真館であったことを伝えています。

 そして、見逃せないのが 「内湯 やまの旅館」 の文字です。
 “内湯” とは、“外湯” に対して使われていた言葉です。
 「うちは共同湯に行かなくても宿の中に風呂があります」 という、古き良き湯治場風情の名残なのであります。


 「さ、ひと風呂浴びて、汗を流してから出かけますか?」

 平均年齢56歳のオジサンたち6人が、一同に浴室へ向かいました。
 「くー、たまらん!」
 「いい湯だ!」
 「四万の病を癒やす湯ですぞ。今日の疲れなんて、一浴しただけで取れちまいますよ」

 そしてオジサンたちは、夜の温泉街へと消えて行ったのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:18Comments(4)温泉地・旅館

2018年06月21日

御裳裾の湯を訪ねて


 谷川温泉(群馬県みなかみ町) には、こんな “いで湯発見伝説” があります。

 その昔、谷川の川岸に夜な夜な、ルリ色の光が立つようになりました。
 村人たちは不思議に思い、ある夜、ひそかに近寄ってみると、輝くばかりの美しい娘が流れに身を清めていました。
 村人が近づくと、光も娘も消えうせ、岩間から温泉が湧き出たといいます。
 この湯を浴むと、疲れも病もたちどころに癒えたため、村人たちは 「これは菩薩のお告げ」と喜び、姫が裾を洗ったら湯に変じたことから 「御裳裾(みもすそ) の湯」 と名づけられました。


 昨日は朝から雑誌の取材で、谷川温泉へ行って来ました。
 訪ねたのは3ヶ所。
 日帰り温泉施設の 「湯テルメ・谷川」 と 「旅館たにがわ」、「金盛館せゝらぎ」 です。

 「湯テルメ・谷川」 には、3種類の異なる源泉風呂があるのをご存じですか?
 単純温泉とアルカリ性単純温泉とカルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉です。
 それぞれに浴槽が異なり、加水や加温なしにかけ流されています(一部、循環併用)。
 露天風呂のみ混合泉を加温しています。

 都会の入浴施設では味わえない、ちょっと贅沢な日帰り施設なのです。


 「旅館たにがわ」 では、文豪・太宰治のギャラリーを取材。
 くしくも一昨日が、命日の 「桜桃忌」 でした。
 宿前に立つ記念碑には、献花がされていました。

 「金盛館せゝらぎ」 は、歌人・若山牧水ゆかりの宿です。
 大正7年(1918) 11月16日から3日間、投宿しています。
 牧水は滞在中に、妻に宛て、こんな手紙を書いています。
 <夕方、山路を越えて、ここに着いた。名のごとく、谷川の岸。通された部屋は、その谷の瀬の上に、突き出していた。>


 文人たちも浴んだであろう、御裳裾の湯。
 谷川の清流のように澄んだ、実に美しい湯であります。

 伝説の美女に、我も会いたし……

 雨音と瀬音を聴きながら、湯の中で妄想を膨らませていたのでした。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:39Comments(0)温泉地・旅館

2018年06月10日

相間川温泉 「ふれあい館」⑤


 楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去って行くものであります。
 それでも、たまには、こんな日がないと……
 昨日は、自分にご褒美をあげました。

 取材でも、仕事でもない、純粋に温泉に入り、気の置けない仲間たちと酒を酌み交わしてきました。


 相間川温泉(高崎市倉渕町) の一軒宿、「ふれあい館」。
 拙著 『西上州の薬湯』(上毛新聞社) の表紙となった温泉宿です。
 幾度となく取材で泊まっていますが、今まではすべて宿泊施設のある本館でした。
 今回は、併設されている市民農園 「クラインガルテン」 の中にあるログハウスに泊まってきました。

 プロジェクトK主催による、バーベキュー大会です。
 僕は、5年ぶりに参加しました。
 というのも、毎年この時期の土日に開催されていますが、週末は親の介護のため、泣く泣く欠席を続けていたのです。
 でも今年は幸か不幸か、オフクロはリハビリ施設に入院中だし、運良くオヤジもショートステイが取れたので、久しぶりの参加となりました。


 「プロジェクトK」 とは?
 読者なら、ご存じだと思いますが、群馬県を中心に県内外で活動するフリーランスのクリエーター軍団です。
 ライターやカメラマン、デザイナー、イラストレーターら約20人で構成されています。
 ま、ひと言で言えば、組織に属せないアウトローの集まりです。

 だから気心も知れています。
 苦労話も共有し合えます
 まさに、友人・知人というよりは、“仲間” なのであります。


 午後3時、バンガロー前のバーベキュー会場に、9人の男女が集まりました。
 少し遅れた僕が着いた頃には、炭火をおこし、鉄板の上では、上質の牛肉が音を立てていました。
 「あれ、みんな早いな~」
 といえば、「私なんか、2時半に来ちゃいましたから~」 とイラストレーターの I 女子。
 すでに、紙コップでワインを飲んでいます。

 平均年齢は、たぶん、50代半ばだと思います。
 内訳は、60代3人、50代4人、40代1人、20代1人。
 20代のF君(カメラマン) は、父親の後を継いでメンバーになりました。


 午後7時、バーベキュー会場を片付けて、いったんバンガローに戻り、各々タオル片手に浴室棟へ。
 今日も今日とて、黄金色に光り輝く、濃厚な湯をたたえています。
 「湯が茶色いのは、鉄分ですか?」
 と、建築家のY君。
 「ですね。それと、塩分が濃厚だから、ちょっと、なめてみて」
 「本当だ、しょっぺ~!」

 さらに油分が多く、ほのかに重油のような臭いも漂います。
 まさに、西上州(群馬県西部) を代表する薬湯であります。
 でも、長湯は禁物です!
 塩分と鉄分の多い湯は、体感温度が低く感じられるという特徴があります。
 ついつい長湯が過ぎて、湯あたりをする浴客が後を絶たない温泉なのです。


 「夜風が気持ちいいね」
 とカメラマンのS君が、森の中の小道を歩きながら、しみじみと言いました。
 彼は、僕の50年来の友人です。
 誕生日が来て、ひと足先に還暦を迎えました。

 「淳ちゃん、ダバダ飲んでよ、ダバダ!」
 「ダバダ? なんだい、そりゃ?」
 「四国の焼酎だよ。おいしいんだから、飲んでよ!」

 「きーーー、効くねぇ~~!! でも、うまい!」
 「でしょ、でしょ!」
 ロックでいただく焼酎に、気も大きくなり、昔見ていた夢のつづきが饒舌に語られ出したのであります。


 良き湯、良き酒、そして我に、良き仲間あり。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:36Comments(2)温泉地・旅館

2018年06月02日

老神温泉 「伍楼閣」②


 最近は、なんだか老神(おいがみ) 温泉づいています。
 昨日も老神温泉(群馬県沼田市) を訪ね、「伍楼閣(ごろうかく)」 に1泊してきました。

 とはいっても、取材ではありません。
 かといって、温泉大使としての公務でもありません。
 では、仕事ではないのか?
 と問われれば、微妙なのであります。
 しいていえば、“ご褒美” のようなものです。


 2016年4月から上毛新聞社が発行している 『ぐんまの源泉パスポート』。
 ご存知ですか?
 群馬県内の温泉旅館や日帰り入浴施設の割引クーポンが付いている本です。
 おかげさまで発売以来、大好評でして、昨年11月には第2弾が発売になりました。

 96温泉157施設が掲載された <2018-19年版> であります。

 で、この最新版が、わずか6ヶ月で、早くも増刷されました!
 ということで、「増刷祝い」 に温泉宿泊が “ご褒美” となりました。
 僕も末席ながら、コラム執筆と監修をやらせていただいたので、参加してまいりました。


 その会場となったのが、「伍楼閣」 であります。
 館内には、宿名にちなんで5つの浴場があります。
 混浴露天風呂が2つ、男女別の内風呂が2つ、そして貸切露天風呂が1つ。

 かつて僕は、“五湯めぐり” を制覇したことがありますが、今回は取材ではありませんので、無理をせず、ゆっくりと湯を楽しむことにしました。

 まずは、ぬる湯が味わえる混浴露天風呂 「赤城の湯」 へ。
 新緑を愛でながら、暮れゆく初夏の里山風景を存分に堪能しました。

 ま、宴会前ですから欲を張らずに、一浴で浴衣に着替えて、制作スタッフの待つ広間へ。


 「おかげさまで、増刷になりました。これからもよろしくお願いいます。乾杯!」 
 アートディレクターの発声で、宴が始まりました。

 良き仕事に、良き仲間。
 そして、良き酒と、良き湯があれば、いうこと無し!

 しばらくして、
 「あらためて、日本酒で乾杯!」
 長い長い夜が、始まりました。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:57Comments(0)温泉地・旅館

2018年05月25日

猿ヶ京温泉 「千の谷」


 昨日から猿ヶ京温泉(みなかみ町) に、泊まりで行って来ました。
 といっても、取材ではありません。
 今回は、みなかみ温泉大使として、みなかみ町観光協会の定時総会に来賓として出席してきました。
 その会場となったのが、「源泉湯の宿 千の谷」 でした。

 えっ、知りませんか?
 猿ヶ京に、そんな宿はあったっけって?
 実は、最近リニューアルオープンしたホテルなのです。

 その昔は 「ホテルコープシャトウ猿ヶ京」 といっていました。
 後に経営が替わり、「ホテル シャトウ猿ヶ京 咲楽(さくら)」 となりました。
 僕の著書 『みなかみ18湯』 では、「咲楽」 の名で掲載されています。

 今回のリニューアルは、今までとは違い、大改装されました。
 たぶん、以前、訪れたことのある人は、驚かれるでしょうね。
 これが、同じホテルなの?って。

 それもそのはずです。
 今度の経営は、かの “松乃井リゾートグループ” なのであります。
 水上温泉(みなかみ町) の 「松乃井」 や老神温泉(沼田市) の 「紫翠亭(しすいてい)」 と姉妹館になりました。
 だもの、かなり洗練されました。

 僕も久しぶりに訪れて、大変驚きました。
 ロビーに多少面影が残っているものの、それ以外は、まったく別のホテルに来たようです。
 部屋もきれいにリニューアルされ、清潔感あふれるものでした。


 総会が終われば、お待ちかねの懇親会です。
 例年だと、この席で僕はバンドメンバーとライブをやるのですが……
 まあ、なんといいますか、みなさんもご存知のように、みなかみ町は、なにかといろいろありまして、今回は、なにげに自粛ムードが漂っていたのであります。
 ということで、今年は余興は中止となりました。

 懇親会の後は二次会がお決まりですが、やっぱり温泉ライターとしては、一刻も早く湯に浸かりたいのであります。
 ということで深酒する前に、一浴することにしました。


 まずは1階に新設された 「名月の湯」 へ。
 これは、広い!
 温度の異なる浴槽のほか、浅い寝湯や深い立ち湯まであるのです。
 露天風呂は、さほど大きくありませんが、まさに名前どおりの “月見風呂” が楽しめました。

 一夜明けて、朝風呂に訪れたのは3階にある 「星あかりの湯」。
 朝だったので、“星見風呂” というわけにはいきませんでしたが、そのぶん、まばゆいばかりの新緑を愛でながら、存分に湯を楽しんでまいりました。

 ぜひ、みなさんも新しくなった 「千の谷」 で、リゾート気分を味わってください。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:32Comments(0)温泉地・旅館

2018年05月23日

沢渡温泉 「まるほん旅館」⑥


 <しんしんと雪降る宿で福田おやじとサトボオと酒を飲むと、深夜〇時になってしまった。サトボオは純朴なマジメ人間で、まだ発展途上の道楽者予備軍である。福田おやじは「これで、まるほん旅館は安泰です」と感慨深げだった。>
 (嵐山光三郎著『日本百名町』光文社知恵の森文庫 より)


 今日は雑誌の取材で、中之条町の沢渡(さわたり)温泉へ行って来ました。
 思えば、昨年6月のNHKBSプレミアムの旅番組のロケ以来ですから、ちょうど1年ぶりになります。

 午前8時、共同浴場に着くと、沢渡温泉組合長の林伸二さんが出迎えてくれました。
 「小暮先生が来られるというので、また、こちらを用意しておきました」
 と、沢渡温泉名物の 「きび大福」 を渡されました。

 別に “先生” ではないのですが、中之条町の観光大使をしているからでしょうか、なぜか組合長は僕のことを 「先生」 と呼ぶのです。
 そして会うときは、必ず僕の大好物の 「きび大福」 をくださるのです。


 組合長との雑談と、共同浴場での写真撮影の後、隣接する 「まるほん旅館」 へ。
 温泉ファンなら誰でも知っている創業400年の老舗旅館です。
 そして、作家の嵐山光三郎先生が、著書の中で 「サトボオ」 と呼ぶ16代目主人の福田智さんのいる宿です。

 有名な話ですが、智さんは元銀行員で、湯と歴史と先代の主人に惚れ込んで、脱サラして福田家に養子として入ったという異色の “湯守人” であります。
 その経緯については、嵐山先生や僕の著書をお読みください。


 「まずは、湯をいただいてきます」
 と勝手知った館内を、ドカドカと歩いて、名物の混浴大浴場へ。
 といっても、今日は休館日なので、他に客はいません。
 貸切であります。

 別名、「ひのき張り湯小屋風呂」。
 群馬県内でも3本の指に入る、僕の大好きな湯殿です。
 湯殿もいいが、なによりも湯がいい!

 湯葉のように幅広の湯の花が、ゆらゆらと湯の中をたゆたう姿は、なかなか他の温泉では見られるものではありません。
 隣の共同浴場と同じ源泉なのに、なぜか湯の花のサイズが違うのです。
 (共同浴場の湯の花は、もっと小さくて細かい)

 極楽、極楽!
 やっぱ、ここの湯、好きだわ~!!
 と、声を出さずにはいられない至福感を存分に堪能してきました。


 湯上がりは、サトボウこと智さんとコーヒーをいただきながら、いつもの温泉談義に花を咲かせてきました。
 またしても彼の温泉に対する情熱に触れ、「負けるもんか!俺だって」 という闘志が湧いてきたのであります。

 もっともっと、沢渡温泉の湯を全国の人に知ってほしいものです。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:58Comments(0)温泉地・旅館

2018年05月22日

川原湯温泉 「丸木屋旅館」


 昭和27年だったといいますから、66年の歳月が過ぎたことになります。
 のどかな温泉街に、突然、ダム建設の計画が持ち上がった年です。
 いまだに、ダムは完成していません。

 国の方針も中止と再開をくり返し、温泉街をはじめ水没予定地区の住民は、賛成派と反対派に分かれ、確執と翻弄の中で闘い続けて来た66年間でした。
 それでも終結の日が、いよいよ、あと2年と近づいています。
 ダム堤は完成すれば、高さ116メートル、幅290メートル。
 現在、24時間態勢で、コンクリート打設工事が進んでいます。


 「旅館が移転したら、また取材してくださいね」
 と9年前に言ってくださったのは、“旧七軒” と呼ばれる老舗旅館の主人でした。
 その主人の旅館は、まだ新天地には移転していませんが、すでに5軒の宿が営業を再開しています。
 今日、そのうちの1軒、「丸木屋旅館」 へ行って来ました。


 NHK文化カルチャーの野外温泉講座です。
 僕は9年前から、この講座の講師をしています。
 開講した初年度に、講座では旧川原湯温泉を訪ねています。

 「旧川原湯温泉に行ったことある人は、いますか?」
 行きのバスの中で、受講生に声をかけると2名が手を挙げました。
 顔を見れば、初回講座から受講している方でした。


 「うわ~、なんだか温泉地という雰囲気じゃないですね」
 バスを降りた受講生の第一声でした。
 「ですね、まだ道路も工事中だし、宿も商店もまばらです。これからですよ」

 僕は昨年、雑誌の取材で、川原湯温泉協会長の樋田省三さんにインタビューをしました。
 彼いわく、「次世代を担う若い後継者たちが、帰って来ています。私たちは過去を引きずっていますが、彼らには未来しかない。新しい川原湯温泉に期待しています」
 もちろん、僕も期待しています。
 10年後、20年後の川原湯温泉を見てみたいものです。


 現在の温泉街の入り口に建つ、「丸木屋旅館」。
 黒を基調としたモダンな和風旅館です。
 部屋は全6室、家族だけで商うアットホームな宿です。

 なによりも、湯がいい!
 旧温泉地からポンプアップされていますが、源泉の温度が約80度もあるため、加温する必要はありません。
 この時季だと、ちょっと熱いくらいです。

 でも、これが不思議なんです。
 昔から川原湯の湯は、“熱いけれど涼しさを感じる” のであります。
 ま、これは僕の大げさな表現なんですけどね。
 入るときは確かに熱いのです。
 でも肩まで浸かる頃には、もう熱さは感じません。
 「あれ、ちょうどいい湯加減じゃない」
 と、受講生たちも大変驚いていました。


 湯上がりにいただいた料理は、フキとタケノコの煮物、ウドやコシアブラの天ぷらなど、山の幸たっぷりで、ついつい酒も進んでしまいます。
 「先生、最高ですね!」
 「でしょう、いいでしょう!」

 みなさんも、新しくなった川原湯温泉へ、ぜひ足を運んでください。
 今だと、「八ッ場(やんば)ダム現場見学ツアー」 を行っていますよ。
   


Posted by 小暮 淳 at 22:13Comments(0)温泉地・旅館

2018年04月25日

川場温泉 「悠湯里庵」⑤


 <まだ木の香が漂う新しい湯舟に、悠久の時を超えて湧きつづける古湯が、かけ流されている。ややぬるめだが、ツルンとした滑らかな浴感のする湯だ。古くも新しい湯、新しくも古い宿、「新」 と 「古」 が見事に融合している。>
  ( 『群馬の小さな温泉』 より)


 2009年4月、NHK文化センターのカルチャー前橋教室に、全国で唯一の “野外温泉講座” が開講しました。
 前例のない講座の講師を引き受けて、はや9年。
 今月から10年目を迎えました。

 開講当初は、県内在住の受講者で占められていましたが、年々、そのウワサや情報が知れ渡り、現在では県外からの受講生が増えています。
 今年度から新しく受講するOさん(女性) は、東京都からの参加です。
 聞いて驚くなかれ、御年89歳!
 もちろん介助なして、単独での参加です。

 「埼京線と新幹線で来ました」
 と、かくしゃくとしたスピーチに、在講生一同、驚愕であります。

 僕のオフクロは90歳。
 寝たきりのオフクロと比べたら申し訳ありませんが、それでも嫉妬してしまうほどの元気であります。
 一人でどこへでも行けて、大好きな温泉めぐりができるなんて、うらやましい限りです。


 さてさて、記念すべき10年目となる2018年度上期の第1回講座を飾ったのは、川場温泉(群馬県利根郡川場村) の 「悠湯里庵(ゆとりあん)」 であります。
 薬師温泉(群馬県吾妻郡東吾妻町) 「旅籠」 の姉妹館として知られる 「悠湯里庵」 ですが、この講座では8年前のオープン年に訪ねています。
 当時は、かやぶき屋敷の宿泊棟は4棟で客室も全8室でしたが、その後、裏山の斜面に10室の別館 「悠山」 が完成しました。
 今回は、この新しくできた 「悠山」 を訪ねることにしました。

 「悠湯里庵」 といえば 「旅籠」 同様に、かやぶき屋敷の旅館として有名ですが、「旅籠」 との違いは全国でも珍しいアトラクション(?) があることです。
 アトラクションとは?
 宿泊棟へは、無人の電気カートで移動します。
 そして新たに、別館へ行くために作られたのが、モノレールです!


 僕は去年、プレス向けの内覧会に招待され、ひと足先にモノレールを体験しました。
 その時に、「絶対に講座でも来よう! 受講生たちにも、この体験をさせてあげたい」 と思ったのです。

 で、やっと昨日、その夢が叶いました。
 モノレールの定員は10名なので、2班に分かれて乗車。
 急な斜面をグングン登る、その力強さに喚声が上がります。
 振り返れば、本館のかやぶき屋根が、遠ざかっていきます。

 モノレールは、宿泊棟を通過して、頂上の展望台へ。
 眼下には、新緑に萌え出した川場盆地が広がります。
 天気は、あいにくの雨でしたが、かえって霧に煙った幻想的な風景となり、受講生らには大好評でした。

 これから田植えの季節となり、さらに緑豊かな景色を彩ります。
 まさに、ここは日本の原風景!
 僕の大好きな風景です。


 湯は、開湯1200年の歴史をもつ 「弘法の湯」。
 弘法大師(空海) により発見されたといわれる名薬湯です。

 “湯よし、宿よし、食よし”

 受講生一同、大満足の一日でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:40Comments(0)温泉地・旅館

2018年04月04日

伊香保はどんな所です?


 <伊香保はどんな所です?>

 この言葉は、昨年5月に出版した拙著 『金銀名湯 伊香保温泉』(上毛新聞社) の 「あとがき」 のタイトルです。
 本の帯コピーにもなりました。

 そもそも、これは郷土の詩人・萩原朔太郎の言葉です。
 大正8(1919)年 に発行された 『伊香保みやげ』 という随筆集に、こんな一文を寄せています。

 <私の郷里は前橋であるから、自然子供の時から、伊香保へは度々行つて居る。で 「伊香保はどんな所です」 といふやうな質問を皆から受けるが、どうもかうした質問に対してはつきりした答をすることはむづかしい。> (『石段上りの街』より)

 同じく前橋に生まれ育った僕にとっても、朔太郎同様、伊香保温泉は子どもの頃から慣れ親しんだ温泉なので、答えに窮するのであります。
 だから1年間、伊香保に通い、本を書き上げたのですが、それでもまだ答えには窮しています。
 それは伊香保温泉が、日々成長し、進化している温泉地だからです。


 昨日、久しぶりに伊香保温泉を訪ねて来ました。
 雑誌の取材のためです。
 客が来る前にということで、早朝より 「伊香保露天風呂」 と 「石段の湯」 を訪ね、撮影を済ませました。
 その後、渋川伊香保温泉観光協会にて、協会長の大森隆博さんと面談。
 インタビュー取材をしてきました。

 なんといっても話題は、今月、伊香保に開山する寺院です。
 ご存知でしたか?
 水沢観音から温泉街へ抜ける県道の途中に、大きなお寺が建設中であることを。

 正式名を 「臨済宗佛光山法水寺」 といいます。
 総本山は台湾の 「佛光山寺」 で、法水寺は日本の本山として設立されました。
 佛光山は、東京や山梨、大阪など日本各地に複数の寺院や道場があり、信者の数は500万人以上いるといわれています。


 「伊香保はインバウンド(外国人観光客) では、かなり後発の温泉地です。年間訪れる観光客約100万人のうち、外国人はわずか1%に過ぎません。町は、今後の対応に追われています」
 と、会長は話していました。

 言葉の問題、食事の問題、マナーの問題……
 各旅館の経営者を集めて、迎える準備のための勉強会を開いているといいます。


 伊香保はどんな所です?

 朔太郎が見ていた伊香保温泉とは、だいぶ様変わりするかもしれませんね。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)温泉地・旅館

2018年03月28日

谷川温泉 「金盛館 せゝらぎ」②


 『わがゆくは山の窪なるひとつ路 冬日光りて氷りたる路』


 大正7(1918)年11月12日、歌人の若山牧水は上野駅を発ち、伊香保温泉~水上温泉(旧湯原の湯)~湯檜曽温泉とめぐり、16日から3日間、谷川温泉の金盛館に投宿しました。
 この奥利根を旅した紀行文は、大正10年にアルス社(大正6年創立・現存せず) から出版された 『靜かなる旅をゆきつゝ』 に収録されています。
 そのときに、湯檜曽温泉から谷川温泉に向かう途中で詠んだのが、冒頭の歌です。

 ちなみに大正11年に群馬を旅した 『みなかみ紀行』 では、牧水は水上には訪れていません。
 「みなかみ」 とは、川の上流との意味で書かれたようです。


 昨日は、僕が講師を務めるNHK文化センター野外温泉講座の平成29年度最終講座日でした。
 年度のファイナルを飾るのにふさわしく、ちょっとリッチに格式の高い老舗旅館を訪れました。

 群馬県利根郡みなかみ町の谷川温泉 「金盛館 せゝらぎ」。
 4代目主人の須藤温(みつる) さんは、僕を 「みなかみ温泉大使」 に任命してくださった前みなかみ町観光協会長ということもあり、一行を乗せたバスが旅館に着いたときは、協会職員らとともに盛大に出迎えてくれたのであります。

 「先生、大使って、すごいですね!」
 「熱烈歓迎ぶりじゃないですか!」

 ま、たまには、いいんじゃないですかね。
 受講生のみなさんも大喜びの様子だし、講師としては、ちょっぴり優越感を味わったのでありました。


 さてさて、宿に着いたら、まずは入浴です。
 4本の源泉から引かれた総湯量は、毎分約600リットル!
 これを一軒で利用しているのですから、贅沢です。
 しかも、33~58度の異なる源泉の湯を混合することにより、季節を通じて適温になるように調節されています。

 で、宿の自慢はなんといっても、河川敷の中にある野趣あふれる露天風呂であります。
 ここは混浴なので、時間をずらして男女で交互に入りました。

 残雪の間を流れる谷川の清流。
 手を伸ばせば届きそうな川瀬。
 まさに宿名どおりの “せせらぎ” の中で湯を浴む最高のロケーションであります。


 湯上がりは、お約束の生ビールで乾杯!
 春をあしらった旬の味覚に舌鼓を打ちながら、らんまんと宴が始まったのでした。

 いよいよ、この講座も来月からは10年目に入ります。
 受講生のみなさん、今年度もよろしくお願いしますね。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:14Comments(0)温泉地・旅館

2018年03月11日

あれから7年、大胡温泉


 <東日本大震災の3月11日、大胡温泉・三山センターに来ていた。大きな揺れに、女将と戸外に飛び出した。群馬に大きな被害はなかったが、群馬の温泉地では、「温泉はぜいたく」という自粛ムードも広がり客が激減している。
 古来、日本人は温泉を質素な癒やしの場としてきた。群馬の豊かな「湯力(ゆぢから)」は人々を元気にしてくれる。利用者も温泉宿も、温泉=ぜいたく、という考えを改めてほしい。>

 当時、僕は朝日新聞の群馬版に 『湯守の女房』 というエッセイを連載していました。
 冒頭の文章は、2011年4月6日に掲載された 「大胡温泉・三山センター」 の文末に添えられた一文です。
 震災後、全国に自粛ムードが広がり、温泉地に人が来なくなってしまったことを懸念して書いたようです。


 今年も、この日がやって来ました。
 7年前のあの日以来、僕は必ず、この日には大胡温泉(前橋市) の一軒宿 「三山の湯 旅館 三山センター」 を訪ねています。

 旅館の駐車場に着いて、驚きました。
 ほぼ満車なのです。
 僕は10年以上通ってますけど、こんなことは初めてです。
 何かヘンだぞ……

 「久しぶりじゃないですか! 今日は来てくれると思っていましたけど」
 と女将さんをはじめ、従業員が出迎えてくれました。
 「ご無沙汰しています。何度か寄っているんですよ。でも、いっつも閉まっているんだもの」
 「それは、ごめんなさいね。平日の日帰り入浴は、やめちゃったのよ。今は日曜だけ」
 「それでですか! 満車じゃないですか」
 「そうなのよ。お客さんが集中しちゃうの」

 でも偶然にも、今年は3月11日が日曜日です。
 よかった!
 来年からは、どうするんだろうか?


 「先に、お風呂に入るでしょう!?」
 「はい、そうします」
 「食事の用意をして、待っていますから、ゆっくり入ってきてください」
 「でも、席があるの?」
 大広間前の廊下には、ずら~り、スリッパが並んでいます。
 「小暮さんの席は、ちゃんととってありますよ」

 なんだか、親戚の家に遊びに来たような心地よさであります。
 しかも温泉の入浴付きです。
 仕事部屋をここに移しちゃおうかしらん!
 などと、気分も上々で、一浴したのでした。

 車で来ているので、湯上がりは、もちろんノンアルビールです。
 料理のほかに、名物の焼きまんじゅうもいただきながら、その時を待ちました。


 「黙とう!」

 午後2時46分、テレビの時報とともに、女将さんと従業員、大広間に居合わせたお客たちと黙とうを捧げました。
 あの日、あの時の光景が、まるで昨日のようにありありと浮かぶ1分間でした。

 もう7年も経ったんですね。
 でも東北の人たちにとっては、まだ7年かもしれません。
 あの日が色あせることなく、国民一人一人が胸に刻んでいかねばならない歴史であります。


 「来年も来ますから」
 「1年にいっぺんじゃ、さみしいじゃないの!」
 「もちろん、ときどき顔を出しますよ。日曜日にね」

 女将さんは、わざわざ駐車場まで出てきて、見送ってくれました。
 やっぱり僕にとっては、親戚の家のように心地よい場所なのであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:15Comments(0)温泉地・旅館