温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年04月20日

尻焼温泉 「白根の見える丘」③


 <厨房をのぞくと女将のひろ子さんが、名物の手作り豆腐を作っていた。ご主人が4時間かけて汲んできた名水に地元大豆をつけること15~16時間。粉砕して、灰汁(あく)を取りながら、かき混ぜること25分。すべての作業を一人でこなしている。1丁に使う大豆の量は、ふつうの大豆の3倍。だから豆の味が濃厚だ。これを岩塩とオリーブオイルでいただく。>
 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) より


 昨晩、何気なくテレビを観ていたら突然、知った顔が出てきたので驚きました。
 取材で何度もお世話になったことのある尻焼温泉(群馬県中之条町) 「白根の見える丘」 のご主人の中村善弘さんと、女将のひろ子さんです。
 テレビ東京の 「たけしの日本のミカタ」 という番組で、“秘湯の宿のマル秘名水豆腐” と題して、宿で出される絶品豆腐の特集を組んでいました。

 僕が冒頭の著書を出版したのが2010年9月です。
 あれから9年……
 ついに、“あの味” が全国に知られることになったんですね。


 僕は、この豆腐をひと口食べた時から、ファンになってしまいました。
 「この味を、もっと多くの人に知って欲しい!」 と思い、翌年、追加取材をして、さらに詳しく新聞の連載記事で紹介しました。

 <豆腐作りは、子育てが終わった10年ほど前、先代女将の義母から教わった。「かつては六合(旧六合村) の女はみな豆腐が作れた。だから抵抗はなかった」 とひろ子さん。
  水は、善弘さんが往復4時間かけてくんできた東吾妻町の名水 「箱島湧水」。大豆は赤城山麓の前橋市粕川町産など。市販豆腐の約3倍の大豆を使う。
  約15時間、湧水につけた大豆を機械で粉砕し、約25分間、灰汁を取りながら大鍋でかき混ぜる。布でしぼり、にがりを投入して待つこと約20分。固まり出した豆乳を型に入れ、重しをして約45分。やっと1日限定12丁の木綿豆腐ができあがった。>
 朝日新聞 『湯守の女房』(2011年10月26日付) より


 僕は泊まると必ず、この豆腐を肴に、ご主人がくんできた名水で割ったウィスキーをいただきました。
 そして、元バンドマンだったご主人と、ギターをかき鳴らし、歌い、朝まで飲み明かしました。 

 ここ数年は、ご無沙汰していますが、テレビで拝見する限り、お二人とも元気なご様子。
 久しぶりに、あの濃厚な豆腐の味が、恋しくなりました。
 もちろん、ウィスキーの味も。
    


Posted by 小暮 淳 at 19:09Comments(0)温泉地・旅館

2019年04月17日

川古温泉 「浜屋旅館」⑨


 どこもかしこも酸つぱいな
 なま木の束を釜に入れて
 一年三百六十五日
 じわじわじわじわ乾溜するので
 それでこんな山の奥の淋しい工場が
 蒼ずんで、黒ずんで、又白つちやけて
 君たちまでそんなに水気が無くなつたのか
 第一、声が出ないぢやないか
 声を出すのはあの自動鉞(まさかり)だけぢやないか
 高利のやうに因業なあの刃物だけぢやないか
 ひつそりとした川古のぬるい湯ぶねに非番の親爺
 ━━お前さんは藝人かね、浪花節だろ
 ━━何でもいいから泊つてけよ
 声がそんなにこひしいか
 石炭、硫酸、木酢酸
 こんな酸つぱい山の奥で
 やくざな里の声がそんなにめつためつた聞きたいか
 あいにくながら今は誰でも口に蓋する里のならひだ
 (上州川古「さくさん」風景)


 川古温泉の歴史は古く、すでに江戸時代には湯が湧いていて、大正時代には湯治客が入りに来る湯小屋があったといいます。
 大正5年(1016)、木材を切り出して酢酸(さくさん)などを造るための工場が、温泉の下流に設立されました。
 この工場に勤めていた現主人の祖父が、温泉の湯守から仕事を引き継ぎ、旅館を創業しました。

 詩人の高村光太郎が川古温泉を訪れたのは昭和4年(1929)でした。
 そして、冒頭の作品を残しました。
 詩の中に登場する “非番の親爺” が、初代主人のようです。


 「お久しぶりです」
 “非番の親爺” の孫で、3代目主人の林泉さんが、笑顔で出迎えてくれました。
 「あれ、そんなに久しぶりでしたっけ? 今年になって会ってますよね」
 「いえ、あれは去年の暮れですよ」

 そうでした。
 とっても寒い日、小雪が舞う日でしたっけ。
 地元のテレビ局の特別番組の取材で、訪れたのでした。

 今日は雑誌の取材で、川古温泉(群馬県みなかみ町)の一軒宿、浜屋旅館へ行ってきました。


 「あれ、小暮さんは、女性専用の露天風呂は、見たんでしたっけ?」
 「えっ、知りません。いつ造ったの?」
 「去年だけど、見ます?」
 「でも、女風呂でしょ?」
 「大丈夫、今、お客さんは入ってないから」 

 ということで、ご主人の案内で女風呂へ。
 誰もいないと言われても、やはりドキドキするものです。
 そーっと覗き込むと、小さいながら野趣に富んだ開放感のある木造りの露天風呂でした。

 「やっぱりね、専用風呂があるのと無いのとでは、違いますよ」
 「混浴露天だけだと、ダメですか?」
 「女性は安心して、入れないでしょ」


 川古温泉は昔から、内風呂も露天風呂も混浴の湯治宿でした。
 現在は、時代の変化とともに、男女別の内風呂も完備されています。
 でも、露天風呂だけは長年、混浴のみでした。

 これで女性客も、心置きなく露天を楽しめるというものです。
 めでたし、めでたし!


 雑誌の取材も、予定通り順調に終わりました。
 これまた、めでたし!
   


Posted by 小暮 淳 at 23:37Comments(0)温泉地・旅館

2019年03月27日

松代温泉 「松代荘」


 2009年4月に開講したNHK文化センター前橋教室の野外温泉講座。
 全国のNHKカルチャーセンターで、温泉講座があるのは群馬県だけです。
 この事実だけでも群馬県は、名実共に “おんせん県” と胸を張ってもいいんじゃないでしょうか!

 で僕は、この講座の講師をしています。
 早いもので昨日、開講10周年の最終講座が終了しました。
 記念すべき2018年度第12回講座は、長野県長野市の松代(まつしろ)温泉へ行ってきました。


 なかなか仕事上、県外の温泉へ取材で行くことが少ないものですから、とっても楽しみにしていました。
 松代温泉の 「松代荘」 は、あの規模、あの豪華さで、なんと国民宿舎!
 さすが真田十万石の城下町です。
 武家屋敷風の豪華な外観には、受講生のみなさんも 「えっ、ここ本当に国民宿舎なの!?」 と感嘆の声を上げていました。

 今回、僕がこの温泉を選んだのは、施設の立派さや人気の料理だけが目当てはありませんよ。
 やっぱ、湯の良さです。

 サラリとした美肌系の温泉もいいですが、時にはグイグイと抱きしめてくるようなマッチョ系の温泉も入りたいものです。
 とにかく湯の色が、濃い!
 たっぷりと鉄分を含んでいるため、黄褐色というよりはオレンジ色に近い濃度を保っています。
 さらにカルシウムの含有量も多いようで、浴槽の縁は析出物が付着して変形しています。
 さらにさらに、大量の塩分を含んでいるため、顔を洗うとヒリヒリと痛みを感じるほどです。

 「えー、みなさん! 鉄分と塩分の多い温泉は、昔から “のぼせの湯” といわれるほど温まりますので、湯あたりに注意してくださいね。長湯は禁物ですよ」
 などと解説をさせていただきました。

 湯あたりをしやすい原因には、“体感温度の麻痺” もあります。
 なぜか鉄分と塩分の多い温泉は、同じ温度でもぬるく感じてしまうようです。
 そのため、ついつい長湯となり、のぼせてしまう人が多いのです。
 これが “のぼせの湯” といわれるゆえんです。


 湯上がりは、ビールとともに楽しい昼食会です。
 男性陣は酒好きが多く、日本酒の徳利がテーブルに並びました。
 僕も嫌いなほうではありませんから、注がれれば断ることはしません。
 受講生との親睦も、講師としての大切な仕事なのです。

 午後は、真田ゆかりの城下町を散策したり、松代城跡や真田邸の見学、老舗和菓子屋での買物と、盛りだくさんの旅を満喫してきました。


 いよいよ、「名湯・秘湯めぐり」 と銘打った野外温泉講座も、来月から新年度11周年目を迎えます。
 まだバスの座席に、若干名の空きがあるようです。
 今からでも間に合いますので、ご興味のある方は、お問い合わせください。

 ●NHK文化センター前橋教室 TEL.027-221-1211
  


Posted by 小暮 淳 at 20:58Comments(2)温泉地・旅館

2019年02月27日

湯宿温泉 「太陽館」③


 僕が講師を務めているNHK文化センター前橋教室主催による野外温泉講座 「名湯・秘湯めぐり」。
 今年度で開講10周年を迎えています。
 毎月、前橋駅と高崎駅からバスを出して、群馬県内外の温泉地を訪ねています。

 2月講座日の昨日は、群馬県みなかみ町の湯宿(ゆじゅく) 温泉へ行ってきました。
 この講座で湯宿温泉を訪ねるのは3回目です。
 毎回、違う宿にお世話になっています。


 かつて三国街道の宿場町だった湯宿温泉は、旅人や湯治客で大変にぎわっていました。
 戦前までは20軒近くの宿がありましたが、現在は5軒の旅館が共同で源泉を守りながら商いを続けている小さな温泉地です。
 国道と並行して石畳が続く、細長い温泉街の一番西の端に 「太陽館」 はあります。

 「ご無沙汰しています。その節は、お世話になりました」
 4代目女将の林せつ子さんが、一行を出迎えてくれました。
 僕が太陽館を訪れるのは、約6年半ぶりです。
 最後に女将さんにお会いしたのは、確か新聞記事の取材でした。
 当時、僕は朝日新聞に 『湯守の女房』 というタイトルのエッセイを連載していました。


 旅館の創業は明治初期。
 初代が 「すみよしや」 という屋号で開業しました。
 「太陽館」 を名乗るようになったのは2代目からです。
 改名の理由は、源泉の効能にありました。
 昔から湯量が豊富なことで知られ、旅人たちの疲れた体を “春の日だまりの太陽” のように芯から温めたことから 「太陽の湯」 と呼ばれていたといいます。
 筋肉痛や疲労回復に効果があることから、アスリートたちからも愛されてきました。
 その代表選手が、マラソンの瀬古利彦氏です。
 早大競走部時代から、毎年合宿に訪れていた宿としても全国的に有名になりました。


 同館自慢の大浴場は、その名も 「太陽の湯」!
 浴槽内は、湯の流れを計算した実に良くできた造りをしています。
 熱い源泉を注ぎ込む湯口が奥にあり、中ほどが適温、手前のオーバーフローされる湯尻付近はぬるめになっています。


 「先生、いい湯ですね」
 「本当に芯から温まりました」
 と口々に感想を述べる受講生たち。

 「汗が止まりません!」
 と言って、湯上がりにTシャツ姿で生ビールを飲み干してみせた生徒さんもいました。
 「Tシャツっていうことはないでしょ!」
 誰かに突っ込みを入れられ、昼食会場は爆笑となりました。


 いい湯、いい宿、いい旅

 温泉めぐりの旅は、今年も始まったばかりです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:03Comments(0)温泉地・旅館

2019年02月04日

高崎観音山温泉 「錦山荘」⑤


 あれから、もう9年も経ったんですね。
 それからは、ただただ介護の日々でした。


 今日は、我が家から2番目に近い温泉地(宿泊施設のある温泉) へ行ってきました。
 1番近い温泉旅館は、先日、ブログに記した大胡温泉(前橋市) です。
 2番目は隣街、高崎市で昭和4年(1929) より商いを続けている老舗旅館 「錦山荘(きんざんそう)」 であります。
 雑誌の取材で行ってきました。

 ここは、僕のお気に入りの温泉の1つです。
 アクセスが良く、そのわりには竹林に囲まれた閑静な地にあり、建物も歴史があり立派で、何よりも眺望が素晴らしい!
 高崎市街はもちろん、遠く前橋市まで望め、さらに裾野を広げる赤城山の全景が見渡せるのです。
 今日も撮影の後、しばし展望風呂のテラスから絶景を満喫してまいりました。


 そして、ここ錦山荘は、僕が生涯忘れることのできない思い出の温泉地となりました。
 9年前、まだオヤジの認知症が軽い頃に、一緒に入った温泉です。
 ※(当ブログの2010年2月25日 「老人と温泉」 参照)

 思えば、あれが親子で入った最後の温泉となってしまいました。
 現在、オヤジは94歳。
 老衰が過度に進み、昨年暮れからは施設のお世話になっています。


 湯に浸かると、あの時、オヤジと2人で眺めた景色が広がります。
 遠くに、かすみ見える赤城山の雄姿に、「キレイだね」 と言ったオヤジの言葉がよみがえります。

 「また来ようね」 と言った僕の言葉が、風に飛ばされて、カラカラと空回りしながら景色の中に消えていきました。
 “ウソをついてしまったね。ごめんね”
 もう、二度と一緒に見ることのない景色です。

 “それでも、一度はオヤジの背中を流してあげられたのだから、まあ、いいか!”
 なんて、めぐる想いの中で、湯を浴んでいました。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:53Comments(0)温泉地・旅館

2019年01月25日

大胡温泉 「三山の湯 旅館 三山センター」⑫


 我が家から一番近い温泉地(宿泊施設のある温泉) は、どこかというと、
 旧勢多郡大胡町の大胡温泉です。
 平成16年12月、市町村合併により、現在は前橋市となりました。

 それ以前は市内に温泉地はありませんでしたが、この合併により大胡温泉を含む4つの温泉地が前橋市となりました。
 ちなみに、あとの3つは、赤城温泉(旧宮城村)、滝沢温泉(旧粕川村)、赤城高原温泉(旧宮城村) です。


 大胡温泉は、平成7年に突然、誕生した “奇跡の温泉” です。
 それまでは、源泉を保有しない普通の旅館でした。
 ※(温泉誕生までの秘話は、拙著や当ブログの過去記事をお読みください)

 知る人ぞ知る(前橋市民でも知らない人は多い)、住宅地の中の秘湯ですが、僕の読者ならご存じですよね。
 そうです、「3.11 の宿」 です。
 平成23年3月11日、僕はここで東日本大震災に遭いました。
 それから7年間、必ず毎年、この日の午後2時46分を、ここで迎えるようにしています。
 ※(震災当日の様子は、拙著 『新ぐんまの源泉一軒宿』 を参照ください)


 昨晩、車で約30分の我が家から一番近い温泉旅館に泊まってきました。
 取材ではありません。
 テレビのロケでもありません。
 ただの新年会です。

 集まったのは、ふだんから仕事で付き合いのあるフリーランスのクリエイターたちです。
 デザイナー、カメラマン、イラストレーター、ライター、絵本作家、書家、建築家ら総勢14人。
 歳は、下は20代から上は70代まで。
 それはそれは幅広い年齢層の集団なのです。

 でも、我々には、共通項がとても多いのです。
 ① 無から有を生み出すクリエーターであること。
 ② 組織に属さない一匹狼であること。
 ③ でも一人では仕事が成り立たないため、仲間と手を組み、作品を作り上げていること。
 そして、これが一番大切なことなのですが、
 “のん兵衛” であることです。


 「今年もよろしくお願いいたします」
 「カンパーイ!」

 誰もが10年以上の付き合いがある気心知れた “相棒たち” です。
 飲むほどに、酔うほどに、笑いの輪が大きくなっていきます。
 腹の底から笑うって、こういうことなんですね。
 おかしくて、おかしくて、腹の皮がよじれて痛いほどです。

 みーんな、歳を重ねたことなんて忘れています。
 おじさんの着ぐるみを着た少年と、おばさんの着ぐるみを着た少女たちのよう。


 我に、良き友、良き酒、良き温泉あり!
   


Posted by 小暮 淳 at 18:24Comments(0)温泉地・旅館

2019年01月23日

老神温泉 「伍楼閣」③


 2009年4月に開講したNHK文化センター前橋教室の 「野外温泉講座」。
 早いもので、今年の3月で10周年を迎えます。
 僕は、この講座の講師を務めています。

 全国にあるNHKのカルチャースクールで、温泉講座があるのは前橋教室だけです。
 さすが、日本を代表する “湯の国ぐんま” だと思いませんか!?
 (こんな講座を引き受けるヒマな講師が、他県にはいないだけという声もありますが…)
 理由は何であれ、全国唯一の講座なのであります。
 そして、その講座が廃講されることもなく、こうして10年間も続いている事実!
 やっぱり群馬は、日本を代表する “湯の国” だと思うのです。


 そんな記念すべき10周年を迎える新年第1回目の講座が、昨日開講されました。
 高崎駅と前橋駅から受講生を乗せたバスが向かったのは、群馬県沼田市利根町にある老神温泉です。
 「ろうじん」 では、ありませんよ。
 「おいがみ」 と読みます。
 由来は、日光の神と赤城の神が戦った伝説にあります。
 ※(詳しくは、拙著 『尾瀬の里湯』または 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』 をお読みください)

 で、たびたび取材をして、本を書いているという縁もあり、僕は老神温泉の 「温泉大使」 を務めています。


 今回、講座でお世話になったお宿は、「伍楼閣(ごろうかく)」 であります。
 「伍楼閣」 といえば、“山紫水明” と名付けられた 「五湯めぐり」 が有名です。
 館内には、混浴露天風呂が2つ、男女別の内風呂が2つ、貸切風呂が1つあります。
 内風呂は時間により入れ替えとなるので、宿泊をすれば、5つの湯すべてを制覇することができます。

 もちろん、僕は何度も取材で訪れているので、すでに 「五湯めぐり」 は制覇してますが、受講生らは、初めての人がほとんどです。
 ということで、まずは一番大きな庭園風露天風呂の 「岩鏡」 へ案内しました。

 野趣に富んだ脱衣所(あずま屋) からして、風情があります。
 3つある湯舟は、上が熱く、下がぬるめになっていて、好みの温度を選べます。

 「どうですか? 最高でしょう?」
 「ええ、気持ちがいいですね」
 「何より、景色が抜群です」
 片品渓谷を望む眺めは、まるで一幅の水墨画のようであります。

 湯は、硫黄温泉とアルカリ性単純温泉の混合泉。
 浴槽により、色も香りも異なります。
 だから何度入っても飽きることがありません。


 温泉って、いいなぁ~!
 群馬って、いいなぁ~!
 湯の国ぐんま、バンザーイ!!

 受講生のみなさん、今年もよろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:13Comments(0)温泉地・旅館

2018年12月19日

まつだい芝峠温泉 「雲海」


 国境の長いトンネルを抜ける前から雪国であった。

 群馬は広い!
 前橋から1時間走っただけで、一面の銀世界です。
 バスの中では、そこかしこから喚声が上がりました。
 そしてトンネルを抜けると、その雪の量は増し、「雪国に来た!」 感に、誰もがどっぷりと浸っていました。


 僕が講師を務めるNHK文化センターの野外温泉講座も今年で10周年になります。
 毎年、この季節は、豪雪地帯の温泉を訪ねるのが、お約束です。

 「やっぱり、雪見風呂に入りたいよね」
 「そして、湯上がりは雪見酒でしょう」
 という受講生らのリクエストにお応えして、今年最後の講座は、新潟県十日町市の 「まつだい芝峠温泉」 へ行って来ました。
 なぜ、まつだい芝峠温泉なのか?
 雪も見たいが、別の目的がありました。
 それは、ホテル名と同じ “雲海” です。

 “まるで雲の上にいるような不思議な感覚と幻想的な景色”
 そのキャッチコピーに惹かれました。

 雲海が出やすいのは、寒暖差の激しい秋と冬。
 一年の中で、もっとも雲海が出る確率が高くなるといいます。

 今年は暖冬で、昼間はポカポカ陽気の日が続いています。
 でも朝晩の冷え込みは例年通りです。
 これはチャンス!
 そして昨日は快晴に恵まれました。

 もしかして、雲海が眺められるかも!?


 「先生、露天風呂は、こっちです!」
 「すごい眺めですよ」
 「絶景とは、まさに、このことです」
 内風呂で体を温めた後、雪景色の露天風呂へ。

 す、す、素晴らしい!
 ビ、ビ、ビューティフル!!
 眼下は一面、雪に覆われた棚田が広がり、遠くには日の光を受けて白銀に輝く魚沼連峰を一望します。

 左から巻機山、谷川岳、万太郎山、平標山、苗場山……2,000m級の山々が連なります。
 あたかも氷山のようにたたずむ真っ白な山が巻機山のようです。
 それぞれの山が雪の量によって、微妙に濃淡を変えているため、まるで一幅の水墨画のよう。

 「でも先生、残念ながら雲海は見られませんでしたね」
 という受講生に僕は、
 「ほら、あの山の下を見てください。“海” と言うほどではありませんが、小さな雲のかたまりが、いくつもありますよ。雲海の子供たちです」
 「ですね。ハハハ」


 湯上がりは、お約束の忘年会であります。
 雪見風呂と雪見酒、2つの願いが叶って、受講生たちもご満悦の様子。

 今年も1年間、大変お世話になりました。
 来年も、名湯・秘湯をたくさん巡りましょうね!
   


Posted by 小暮 淳 at 14:22Comments(0)温泉地・旅館

2018年12月13日

川古温泉 「浜屋旅館」⑧


 今年はなんだか、川古温泉(群馬県みなかみ町) と縁のある年のようです。
 6月と10月にNHK総合テレビで放送された番組で、僕は川古温泉の一軒宿 「浜屋旅館」 を紹介しました。
 6月の放送は首都圏エリアでしたが、放送されたのは夜7時台というゴールデンタイム。
 そして10月は、全国放送の人気番組 『ごごナマ』 だったこともあり、大反響となりました。

 3代目主人の林泉さんによれば、「放送後に予約電話が殺到した」 とのことでした。
 みなかみ町の温泉大使を務めている僕としては、少しでも町の活性化のお役に立てたことを喜んでいました。


 そしたら!
 またしても川古温泉でのロケ話が飛び込んできました。
 今度は地元、群馬テレビで来年に放送される特別番組の撮影です。

 ということで、昨日は川古温泉へ行って来ました。


 朝から天気は晴れましたが、関東地方は前夜に初雪を観測しています。
 北に向かうにつれ、雪景色が濃くなっていきます。
 そして現地に着くと、雨模様。
 太陽は出ているのにね。
 完全なる “キツネの嫁入り” です。

 「このあたりでは、よくある天気です。山の上のほうで雪が降っているんですよ」
 と、ご主人。
 今回は、ご主人とのからみはありません。
 そのかわりに、僕と一緒に混浴露天風呂に入浴してくれるのは、若い女性キャスターです。
 たぶん、まだ20代。
 僕とは、親子以上に歳が離れています。

 ひと言、“まぶしい!”


 悪天候の中、無事、撮影は終了。

 それにしても、若いって素晴らしいですね。
 まざまざと至近距離で、彼女の肌を見てしまいました。
 湯を弾くんです!

 僕の肌も、弾くことは弾くのですが、湯面から腕を上げるとワンクッションあって、それからサーッと湯が引いていきます。
 が、彼女の場合、違います。
 湯面から腕を上げた時、すでに湯が肌にのっていないのです。
 まるで撥水加工がされているよう。

 「本当ですね、おもしろ~い!」
 と嬉々としながら、腕を何度も湯面から出し入れする彼女。
 「それが若さだよ。若いって、すごいね~」
 と、還暦を過ぎたおじさんは、しみじみと感心してしまったのであります。


 オンエア日が分かりましたら、ご報告いたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:32Comments(0)温泉地・旅館

2018年11月28日

尻焼温泉 「星ヶ岡山荘」


 尻焼(しりやき)温泉ね、ああ、行ったことがあります。
 川がそのまま風呂になっている温泉ですよね。
 確か、何軒か宿があったと思うけど……
 星ヶ岡山荘なんて、あったかしらん。


 と思われた人もいるのではないでしょうか?
 「星ヶ岡山荘」 は昨年の春にオープンした、尻焼温泉で一番新しい旅館です。
 といっても以前は 「関晴館」 という老舗旅館でした。

 尻焼温泉は旧六合(くに)村(中之条町) にある “六合五湯” の1つ。
 中でも一番山奥にあるため、温泉地として開発されたのは昭和になってからでした。

 温泉の発見は古く嘉永7年(1854) と伝わります。
 村人たちが菅(すげ)や萱(かや) などを川底から湧き出す温泉に浸して、足で踏んでやわらかくして、草履(ぞうり)や筵(むしろ) を編むために利用していたといいます。
 この作業は 「ねどふみ」(湯に寝かせて踏むの意味) といわれ、現在でも行われています。

 手前の花敷(はなしき) 温泉が古くから開けていたのに比べ、この地の開発が遅れた理由は、花敷からの道が急峻だったことと、温泉周辺におびただしい数のヘビが棲息していて、人々を寄せ付けなかったからだといいます。

 昭和元年(1926)、花敷温泉の老舗旅館 「関晴館」 の別館が、尻焼温泉に開業したのが温泉地としての歴史のはじまりでした。
 のちに花敷温泉の本館が廃業したため、“別館” の名をはずして営業を続けていましたが、数年前に看板を下ろしてしまいました。
 そして昨年、経営者が変わり、リニューアルオープンしたのが 「星ヶ岡山荘」 でした。


 「いゃ~、見違えるほどにキレイになりましたね」
 宿に着くなり、開口一番、僕はリニューアルされた館内を見渡しながら言いました。
 「ありがとうございます。でも、浴室は前のままなんですよ」
 と、和服姿で出迎えてくれた女将の大谷郁美さん。

 「それが、いいんです!」
 話には聞いていたので、僕はそれを確かめに来たのであります。
 渓流、長笹沢川を望む露天風呂は、野趣に富んでいて、僕の大好きな露天風呂でした。
 いえ、露天というよりは “野天” といったほうがしっくりくる、自然の中での湯浴みが堪能できる絶景風呂なのです。


 湯屋への導線は、以前と変わっていません。
 ただ内装は、昭和元年建築とは思えないほどに、新しくなっています。
 そして、浴室のドアを開けると……

 あの日、あの時に見た、同じ光景が出迎えてくれました。
 「これ、これこれ、これじゃなくっちゃ!」
 以前は、川を見下ろす露天風呂が男湯でしたが、今回は川辺に下りるほうが男湯でした。

 ザザザザーーッ!!!

 勢いよく、あふれ出る湯が川へと流れへ行きます。
 なんて贅沢な光景なんでしょう。
 加水なし、加温なし、で完全放流ができるなんて!
 しかも、湯が冷めやすい露天風呂です。
 源泉の温度と湯量に恵まれた温泉だからこそ味わえる贅沢なのであります。


 「これでイイのだ!」
 バカボンのパパなった気分で、川面を眺めながら至福の時を過ごしました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:59Comments(2)温泉地・旅館

2018年11月01日

湯宿温泉 「湯本館」④


 「小暮さん、お久しぶりです。あーーーっ、ああ、頭が~!!!!」
 相変わらずのオーバーリアクションで、出迎えてくださいました。
 とってもユニークな方なんです。
 だから僕も応えました。
 「そーなんですよ、ちょっと竜宮城に行ってましてね。帰って来て、玉手箱を開けたら、このとおり、真っ白になってしまいました」

 昨日は雑誌の取材で久しぶりに、みなかみ町の湯宿(ゆじゅく)温泉 「湯本館」 を訪ねました。
 ご主人の岡田作太夫さんは、21代目であります。
 代々館主は 「作太夫(さくだゆう)」 を襲名するのですが、21代目は本名も “作太夫” であります。
 「父も祖父も曽祖父も本名は違いました。しばらく作太夫がいなかったので、父が私に付けたようです。でも本名は “さだお” と読みます」 と以前、話していました。


 ところで、古い読者は 「海パンカメラマン」 という言葉を覚えていますか?
 僕の入浴シーンを撮影するために、あえて自分も湯舟に入るため水着を着用するプロ根性のあるカメラマンことです。

 「おおおおおーーー! 竹ちゃんじゃないか! 久しぶりだな~、また組めるなんてうれしいよ。よろしくな!」
 「いゃ~、僕は小暮さんをいつもテレビや雑誌で見ているから、あんまり久しぶりの感じがしませんよ。頭が白くなったことだってテレビで見て知っているし」
 湯本館の玄関で、初代海パンカメラマンの竹ちゃんと、感動の再会をしました。

 竹ちゃんは、過去には雑誌連載のパートナーであり、拙著 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) の表紙およびグラビア写真を撮ったカメラマンであります。
 ※(詳しくは、当ブログの2010年8月12日 「竹ちゃんの逆襲」 を参照)


 そんな感動のダブル再会でスタートした取材だもの、テンションもアゲアゲです。
 「小暮さん、いいですね。はい、その顔、いただきました!」
 「は~い、ここまで歩いて来てください。はい、そこで立ち止まって、目線ください!」
 相変わらずの竹ちゃん節が飛び出して、いつもよりもサービスショット多めの撮影となりました。

 湯宿温泉の熱い湯も、なんなくクリア!
 素晴らしい入浴シーンが撮れました。


 竹ちゃん、これからも、よろしく頼むぜ!
 ご主人、ご協力ありがとうございました。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:23Comments(0)温泉地・旅館

2018年10月24日

尾瀬戸倉温泉 「ホテル玉城屋」


 僕が講師を務めるNHK文化センターの野外温泉講座 「名湯・秘湯めぐり」。
 おかげさまで今年、10周年を迎えることができました。
 そして今月からは、平成30年度の後期講座が始まります。

 ということで昨日は、後期講座の第1回が開講され、秋の紅葉と温泉を満喫してきました。
 訪れたのは、群馬県片品村。
 標高が上るにつれ、山の色も濃くなってきます。
 バスの中では、
 「ほら、右」 「今度は左」
 と、紅葉に映える渓谷美を楽しみながら、温泉地を目指しました。


 午前10時。
 施設のオープンを待って、寄居山温泉 「ほっこりの湯」(片品村鎌田) の玄関に並びました。
 pH8.5のアルカリ性単純温泉で、まずは肩慣らし、いや、肌慣らしであります。
 ツルンとした心地良い浴感は、朝風呂に最適です。
 窓ガラス超しに広がる山里の風景を眺めながら、一日のスタートを切りました。

 「先生! 先生の本が売ってますよ」
 湯上がりにロビーでくつろいでいると、受講生が呼びに来ました。
 売店に行くと、レジ前に本が積まれていました。
 しかもポップ付きです。

 “トンネルを抜けると そこは湯源郷”
 2015年に出版した『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) であります。

 「はい、みなさ~ん! まだ、この本を持っていない人は、買ってくださ~い」
 と僕が言えば、ほとんどの受講生が、
 「持ってまーす!」
 と応えました。
 が、1人だけ、「今買っても、サインしてもらえますか?」 と。
 もちろん快く、その場でサインをいたしました。
 「これから行く温泉も、この本に載っていますよ」


 10年間の講座で、県内ほとんどの温泉地は訪ねています。
 でも、まだあったんですね。行ってなかった温泉が。
 尾瀬戸倉温泉(片品村戸倉) です。
 片品村の最北端、尾瀬の玄関口にある温泉地です。
 宿は旅館やホテル、ペンション、民宿が約20軒ありますが、今回、お世話になった 「ホテル玉城屋(たまきや)」 は、その中でも北の端にある、尾瀬に一番近い温泉宿であります。

 宿の創業は定かではありませんが、現主人の萩原繁司さんで16代目。
 慶長5年(1600)年、関ヶ原の戦いの後、会津方面からの出入りを警戒するために、時の沼田城主、真田信幸が設けた 「戸倉の関所」があった場所で、代々この地で旅籠を営んでいたといいます。
 その当時から温泉は湧いていて、旅人からは 「関所の湯」 と呼ばれていました。

 その湯は、ナント! pH10.1というアルカリ性単純温泉です。
 県内でもトップクラスのアルカリ度を誇っています。
 「うお~! ビックリした」 「ヌルヌルのツルツルじゃないですか!」 「すごい! 肌が湯を弾いて、一瞬にして散っていきます」
 と、受講生らは湯舟に入った途端、狂喜乱舞であります。


 「先生、これからも、いい温泉に連れて行ってよね」
 「もちろんですよ。ご期待ください!」
 湯上がりのビールで喉をうるおしながら、後期講座の第1回を無事に終了しました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:11Comments(0)温泉地・旅館

2018年10月03日

霧積温泉 「金湯館」⑧


 「群馬県で一番の秘湯は、どこですか?」
 と問われれば、僕は迷わず霧積温泉と答えます。
 今日は1年ぶりに雑誌の取材で、霧積温泉の一軒宿 「金湯館」 に行って来ました。

 金湯館の創業は、明治17年(1884)。
 当時は5、6軒の旅館がありました。
 さらに周辺には、別荘が約50棟も立ち並ぶ避暑地だったのです。

 ところが明治43年(1910)、未曾有の悲劇が温泉地を襲いました。
 この年の大洪水で、山津波が一帯を襲い、金湯館ただ一軒が難を逃れました。

 昭和30年代になり、1キロ下がった場所で親族が旅館を開業しましたが、平成23年に廃業。
 金湯館は、また一軒宿になってしまいました。


 「お世話になります」
 「こちらこそ、ありがとうございます」
 道路のドン詰まり、鼻曲山登山口の駐車場まで、4代目主人の佐藤淳さんが4駆車で迎えにきてくれました。

 時間に余裕のある時は、ここから 「ホイホイ坂」 と呼ばれる山道を約30分かけて歩いて登るのですが、今日は日帰り取材です。
 わがままを言って、車で迎えに来てもらいました。
 だって、ここから先の車道は、一般車両は通行止めの林道です。
 急峻なうえ、ガードレールも無く、対向車とのすれ違いもままなりません。
 これも、“取材” という特権なのです。


 「小暮さんの本、全部売れちゃった。また、送っといて!」
 と、開口一番。
 玄関で、いつも元気な3代目女将の佐藤みどりさんが出迎えてくれました。
 御年、81歳!
 まだまだ現役女将です。

 宿では、霧積温泉が舞台の森村誠一の小説 『人間の証明』(角川文庫) と、拙著 『新ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) が販売されています。
 「どちらも、良く売れるのよ」
 なんて女将に言われて、ベストセラー作家と肩を並べたようで、気分は有頂天!
 そのままのテンションで、浴室まで直行!
 さっそく湯を浴むことに。


 ぬる湯ファン垂涎(すいぜん) の、絶妙な39℃!
 相変わらず絹のような、肌にまとわりつく、なまめかしい湯であります。
 しかも、あっという間に全身泡だらけ!

 アソコの毛といわず、全身の体毛が “真っ白毛” です。
 それを手で払えば、名物 “サンゴの産卵” のはじまり、はじまり~!!
 一斉に、泡の粒が舞い上がります。


 湯上がりには、これまた山の幸たっぷりの名物 「山菜そば」 をすすりながら、女将の話す昔話に耳を傾けていたのであります。
 ご主人との馴れ初めなんて、1度や2度、取材に訪れた新米記者には絶対に聞き出せない、なかなかのレア話ですぞ!

 温泉宿は、通えば通うほどに、奥が深くなっていくのであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 22:02Comments(0)温泉地・旅館

2018年08月29日

万座温泉 「日進館」


 標高1,800メートル、通年車で行ける日本最高所の温泉。
 硫黄の含有濃度、日本一。
 標高1,000メートル以上の高地温泉で、唯一の酸性硫黄泉。
 などなど、万座温泉は、われら群馬県民が世界に誇る宝の温泉であります。


 僕が講師を務めるNHK文化センターのカルチャースクール 「名湯・秘湯めぐり講座」 も、今年で10年目を迎えました。
 人気の万座温泉(群馬県吾妻郡嬬恋村) は、季節を替え、宿を替えて、過去に3回、講座で訪れています。
 昨日、訪ねた 「日進館」 は、8年ぶり2回目となります。
 前回は、極寒の1月でした。
 吹雪の露天風呂で、首から上が雪ダルマになりながら湯に入った記憶があります。

 今回は夏。
 残暑厳しい下界を逃げ出して、雲上の別天地へ!
 なんと、気温は18℃です。

 「す、涼しい!」
 バスから降りた受講生たちは、みんな、標高の高さに驚いていました。


 万座温泉といえば、乳白色のにごり湯です。
 しかも硫黄濃度が濃いため、どこにいてもゆで卵が腐ったような独特のにおいにつつまれています。
 でも、その白濁の度合は、源泉によって微妙に異なります。

 「日進館」 は、明治6年創業の老舗旅館です。
 また 「苦湯」 という万座最古の源泉を保有する宿としても、コアな温泉ファンには知られています。
 “日本一の木造建築風呂”を誇る大湯殿 「長寿の湯」 の中に、その苦湯風呂があります。

 が、熱い!
 「先生、5秒しか沈めませんでしたよ」
 「私は足だけでした」
 と受講生らは、完敗の様子。

 「では講師が、お手本を見せましょう」
 と、淡いエメラルドグリーン色した半透明な湯に、そろりそろりと足を入れました。
 「あ、あ、熱い!」
 でも、歳はとっても男の子であります。
 講師のプライドにかけても、エーーーイッ!と肩まで沈みましたが、早々に湯舟から飛び出てしまいました。

 「先生、こちらの湯が、ちょうど良いですよ」
 と呼ばれ、半露天の 「姥湯」 へ。
 白濁の度合は、この湯が一番濃いようです。
 湯は熱からずぬるからず、ちょうどいい!

 その後、源泉の異なる6つの湯を堪能しました。


 「では、カンパイ!」
 「やっぱ、湯上がりのビールは最高ですね」
 「しかも天然クーラーの中で飲むとは、贅沢です」

 午後は、天空の露天風呂を満喫するとして、しばし、高原の風を感じながら食膳を囲み、団らんの時を楽しみました。


 受講生のみなさん、次回は県外へ遠出をしますよ。
 残暑の厳しいおり、お体には十分気をつけてくださいね。
 また来月、元気に会いましょう!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:20Comments(0)温泉地・旅館

2018年08月04日

奈女沢温泉 「釈迦の霊泉」④


 秘湯ファンに朗報です。

 今週、奈女沢温泉(群馬県利根郡みなかみ町) の一軒宿、「釈迦の霊泉」 の2代目女将、今井経子さんから直々に電話がありました。
 「長い間、ご心配をおかけしましたが、ようやく再開いたしました。ぜひ、またお越しください」 と。


 コアな温泉ファンは、ご存知かと思いますが、2015年の夏、突如、土砂災害に遭い、旅館は余儀なく休館をしていました。
 しばらくは 「御神水」 と呼ばれる源泉水の販売のみを行っていましたが、復旧が進み、昨年の暮れには、日帰り入浴と素泊まりのプレオープンに、こぎ着きました。

 あれから丸3年。
 電話の中の女将さんの声も嬉しそうです。
 「良かったですね。全国のファンが喜んでいますよ」
 そう言葉を返しました。


 「釈迦の霊泉」 といえば、知る人ぞ知る “万病に効く湯治場”。
 全国から難病に苦しむ患者たちが、ワラにもすがる思いでたどり着く 「奇湯」 です。
 奇湯とは、もちろん僕の造語ですが、それだけ数々の奇跡を起こす湯として知られています。

 僕自身、大変奇妙な体験をいくつもしています。
 詳しくは、拙著 『みなかみ18湯(下)』 や 『新ぐんまの源泉一軒宿』 をお読みください。


 入って残そう! 群馬の温泉
 ぜひ、奇跡の復活をした天下の“奇湯” に、足を運んでください。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:58Comments(2)温泉地・旅館

2018年08月02日

梨木温泉 「梨木館」④


 ♪ 梨木よいとこ 赤城のふもと 雲の中から お湯が湧く

 西条八十作詞による 『梨木(なしぎ)小唄』 の一節です。
 作曲は群馬県伊勢崎市出身の作曲家、町田嘉章。
 昭和のはじめ、梨木の湯に惚れ込んだ嘉章は、友人の西条八十と訪れて、この歌を作りました。


 今日は雑誌の取材で、赤城山南面の山ふところに湧く、秘湯の一軒宿 「梨木館」 に行ってきました。
 最後に訪れたのは2013年の12月、拙著 『新ぐんまの源泉一軒宿』 の取材ですから、約5年ぶりとなります。

 梨木温泉といえば?
 そう! 鉄分の多い “赤い湯” であります。
 なぜか、赤城山の南麓には、赤い湯が湧く温泉が多いのです。
 ※(詳しくは、当ブログ2013年12月25日 「梨木温泉 梨木館③」 を参照)

 今日の湯も、レンガの粉を溶かしたような濃厚なオレンジ色をしていました。
 内風呂と露天風呂、両方の湯に入りましたが、やはり歴史の古い内風呂は、相変わらず見事です。

 何が見事かって?
 はい、塩分や鉄分、カルシウムなど、温泉に溶け込んでいる成分が多いため、浴槽の縁はもちろんのこと、洗い場の床までもが、析出物が堆積して、まるで鍾乳洞の千枚皿のように幾何学模様を描いているのです。
 まさに自然の造形によるアート!
 開湯1200年の時の重さを感じる湯であります。


 6代目主人の深澤幸司さんによれば、「にごり湯は汚い」 と敬遠された時代もあったといいます。
 でも代々、かたくなに 「にごり湯じゃなけりゃ、温泉じゃねぇ!」 と守り続けてきた唯一無二の源泉です。

 後世へ大切に残したい、群馬の温泉遺産の1つだと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:06Comments(0)温泉地・旅館

2018年07月25日

上の原温泉 「水上高原ホテル200」④


 暑い! あつい!! アツーーーイ!!!!
 こんな体温より暑い街には、いられな~い!

 そうだ、高原へ行こう!!


 ということで、昨日は標高996メートル、白樺林に囲まれた別天の温泉地へ行ってきました。
 上の原温泉(群馬県利根郡みなかみ町藤原) のリゾートホテル 「水上高原ホテル200」。
 “200” と表記して、「トゥーハンドレッド」 と読みます。

 なんで “200” かって?
 敷地面積が、200万坪あるからなんです。
 “200万坪” といわれても、ピンとこないですよね。
 だから以前、取材で訪ねた時に総支配人に訊いたことがありました。

 彼、いわく
 「芦ノ湖と同じ広さです」
 「?」
 「東京ドームだと164個分です」
 「?」
 「う~ん、そうですね、江ノ島10個分というのでは」
 「ああ、なるほど」
 と返事をしたところで、やっぱりイメージは湧いてきません。
 ま、いずれにせよ、ケタ違いの広さであることには間違いありません。
 冬はスキー場、夏はゴルフやテニス、トレッキングをはじめとするアウトドアスポーツが楽しめます。


 今回は、僕が講師を務める野外温泉講座で訪れました。
 「す、涼し~い!」
 「気持ちい~い!」
 バスから降りた受講生たちは、高原の空気を全身に浴びながら、口々に感想を言い出しました。

 でも、ロビー前の寒暖計を見ると、29℃もあるんです。
 たぶん湿度が低いんでしょうね。
 それと、白樺林を抜けて来る高原の風。
 とっても爽やかであります。


 ここ上の原温泉は、リゾート地として有名ですが、実は、温泉マニアには知る人ぞ知る名湯なのであります。
 アルカリ度を示すpH値は、なんと! 9.26。
 アルカリ性の単純温泉と単純硫黄泉の2本の源泉が湧出しています。

 その浴感は、まさにトロトロのヌルヌルであります。
 湯上がりは、肌がツルツルのスベスベになることから別名 「ツルスベの湯」 なんて呼ばれています。
 「美人の湯」 「美肌の湯」 と呼ばれる温泉が多い、みなかみ地区ですが、その中でもダントツに存在感のある温泉です。


 「ああ、帰りたくなーい!」
 受講生らの願いも空しく、バスは白樺林を抜けて、高原を下り、灼熱の下界へ舞い戻ったのでありました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:45Comments(2)温泉地・旅館

2018年07月22日

四万温泉 「やまの旅館」


 <レトロ温泉街 懐メロに沸く>

 一夜明けた今日、上毛新聞に昨日、四万温泉(群馬県吾妻郡中之条町) で開催された 『レトロ通りの懐かしライブ』 の記事が載りました。

 <KUWAバンは四万温泉がテーマの 「四万のうた」 や県内各地の温泉名が登場する 「温泉パラダイス」 を披露した。> と、僕らのバンドのことも書かれていました。


 午後1時、メンバーと楽器を車に積み込み、出発したときの前橋の気温は38℃!
 渋川~中之条と北に向かうにつれ、外気温は1℃、また1℃と下がります。
 そして、山と清流に囲まれた温泉街の駐車場に着いたときの気温は、30℃!

 「8℃も違う!」
 と喜んだものの、それでも30℃あるわけですから、楽器の搬入やライブ中は、汗だくとなり、常にキーンと冷えた缶ビールが手放せません。


 「お疲れさまでした!」
 「今年もライブ、大成功でしたね」
 「カンパ~イ!!」

 夕方、5時。
 陽が少し西に傾き出した清流沿いの宿に、片づけを終えたメンバーが集まり、“打ち上げ” 前の “仮祝い” が始まりました。
 温泉協会がメンバーのために用意してくださった宿は、温泉街の目抜き通り 「桐の木平商店街」 にある 「やまの旅館」 であります。

 「やまの旅館」 といえば、四万温泉ファンの中でも “四万通” が通うレトロ旅館です。
 「カメラ、フィルム 山野」 の看板が、かつて、ここが温泉街唯一の写真館であったことを伝えています。

 そして、見逃せないのが 「内湯 やまの旅館」 の文字です。
 “内湯” とは、“外湯” に対して使われていた言葉です。
 「うちは共同湯に行かなくても宿の中に風呂があります」 という、古き良き湯治場風情の名残なのであります。


 「さ、ひと風呂浴びて、汗を流してから出かけますか?」

 平均年齢56歳のオジサンたち6人が、一同に浴室へ向かいました。
 「くー、たまらん!」
 「いい湯だ!」
 「四万の病を癒やす湯ですぞ。今日の疲れなんて、一浴しただけで取れちまいますよ」

 そしてオジサンたちは、夜の温泉街へと消えて行ったのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:18Comments(4)温泉地・旅館

2018年06月21日

御裳裾の湯を訪ねて


 谷川温泉(群馬県みなかみ町) には、こんな “いで湯発見伝説” があります。

 その昔、谷川の川岸に夜な夜な、ルリ色の光が立つようになりました。
 村人たちは不思議に思い、ある夜、ひそかに近寄ってみると、輝くばかりの美しい娘が流れに身を清めていました。
 村人が近づくと、光も娘も消えうせ、岩間から温泉が湧き出たといいます。
 この湯を浴むと、疲れも病もたちどころに癒えたため、村人たちは 「これは菩薩のお告げ」と喜び、姫が裾を洗ったら湯に変じたことから 「御裳裾(みもすそ) の湯」 と名づけられました。


 昨日は朝から雑誌の取材で、谷川温泉へ行って来ました。
 訪ねたのは3ヶ所。
 日帰り温泉施設の 「湯テルメ・谷川」 と 「旅館たにがわ」、「金盛館せゝらぎ」 です。

 「湯テルメ・谷川」 には、3種類の異なる源泉風呂があるのをご存じですか?
 単純温泉とアルカリ性単純温泉とカルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉です。
 それぞれに浴槽が異なり、加水や加温なしにかけ流されています(一部、循環併用)。
 露天風呂のみ混合泉を加温しています。

 都会の入浴施設では味わえない、ちょっと贅沢な日帰り施設なのです。


 「旅館たにがわ」 では、文豪・太宰治のギャラリーを取材。
 くしくも一昨日が、命日の 「桜桃忌」 でした。
 宿前に立つ記念碑には、献花がされていました。

 「金盛館せゝらぎ」 は、歌人・若山牧水ゆかりの宿です。
 大正7年(1918) 11月16日から3日間、投宿しています。
 牧水は滞在中に、妻に宛て、こんな手紙を書いています。
 <夕方、山路を越えて、ここに着いた。名のごとく、谷川の岸。通された部屋は、その谷の瀬の上に、突き出していた。>


 文人たちも浴んだであろう、御裳裾の湯。
 谷川の清流のように澄んだ、実に美しい湯であります。

 伝説の美女に、我も会いたし……

 雨音と瀬音を聴きながら、湯の中で妄想を膨らませていたのでした。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:39Comments(0)温泉地・旅館

2018年06月10日

相間川温泉 「ふれあい館」⑤


 楽しい時間というのは、あっという間に過ぎ去って行くものであります。
 それでも、たまには、こんな日がないと……
 昨日は、自分にご褒美をあげました。

 取材でも、仕事でもない、純粋に温泉に入り、気の置けない仲間たちと酒を酌み交わしてきました。


 相間川温泉(高崎市倉渕町) の一軒宿、「ふれあい館」。
 拙著 『西上州の薬湯』(上毛新聞社) の表紙となった温泉宿です。
 幾度となく取材で泊まっていますが、今まではすべて宿泊施設のある本館でした。
 今回は、併設されている市民農園 「クラインガルテン」 の中にあるログハウスに泊まってきました。

 プロジェクトK主催による、バーベキュー大会です。
 僕は、5年ぶりに参加しました。
 というのも、毎年この時期の土日に開催されていますが、週末は親の介護のため、泣く泣く欠席を続けていたのです。
 でも今年は幸か不幸か、オフクロはリハビリ施設に入院中だし、運良くオヤジもショートステイが取れたので、久しぶりの参加となりました。


 「プロジェクトK」 とは?
 読者なら、ご存じだと思いますが、群馬県を中心に県内外で活動するフリーランスのクリエーター軍団です。
 ライターやカメラマン、デザイナー、イラストレーターら約20人で構成されています。
 ま、ひと言で言えば、組織に属せないアウトローの集まりです。

 だから気心も知れています。
 苦労話も共有し合えます
 まさに、友人・知人というよりは、“仲間” なのであります。


 午後3時、バンガロー前のバーベキュー会場に、9人の男女が集まりました。
 少し遅れた僕が着いた頃には、炭火をおこし、鉄板の上では、上質の牛肉が音を立てていました。
 「あれ、みんな早いな~」
 といえば、「私なんか、2時半に来ちゃいましたから~」 とイラストレーターの I 女子。
 すでに、紙コップでワインを飲んでいます。

 平均年齢は、たぶん、50代半ばだと思います。
 内訳は、60代3人、50代4人、40代1人、20代1人。
 20代のF君(カメラマン) は、父親の後を継いでメンバーになりました。


 午後7時、バーベキュー会場を片付けて、いったんバンガローに戻り、各々タオル片手に浴室棟へ。
 今日も今日とて、黄金色に光り輝く、濃厚な湯をたたえています。
 「湯が茶色いのは、鉄分ですか?」
 と、建築家のY君。
 「ですね。それと、塩分が濃厚だから、ちょっと、なめてみて」
 「本当だ、しょっぺ~!」

 さらに油分が多く、ほのかに重油のような臭いも漂います。
 まさに、西上州(群馬県西部) を代表する薬湯であります。
 でも、長湯は禁物です!
 塩分と鉄分の多い湯は、体感温度が低く感じられるという特徴があります。
 ついつい長湯が過ぎて、湯あたりをする浴客が後を絶たない温泉なのです。


 「夜風が気持ちいいね」
 とカメラマンのS君が、森の中の小道を歩きながら、しみじみと言いました。
 彼は、僕の50年来の友人です。
 誕生日が来て、ひと足先に還暦を迎えました。

 「淳ちゃん、ダバダ飲んでよ、ダバダ!」
 「ダバダ? なんだい、そりゃ?」
 「四国の焼酎だよ。おいしいんだから、飲んでよ!」

 「きーーー、効くねぇ~~!! でも、うまい!」
 「でしょ、でしょ!」
 ロックでいただく焼酎に、気も大きくなり、昔見ていた夢のつづきが饒舌に語られ出したのであります。


 良き湯、良き酒、そして我に、良き仲間あり。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:36Comments(2)温泉地・旅館