温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2018年04月04日

伊香保はどんな所です?


 <伊香保はどんな所です?>

 この言葉は、昨年5月に出版した拙著 『金銀名湯 伊香保温泉』(上毛新聞社) の 「あとがき」 のタイトルです。
 本の帯コピーにもなりました。

 そもそも、これは郷土の詩人・萩原朔太郎の言葉です。
 大正8(1919)年 に発行された 『伊香保みやげ』 という随筆集に、こんな一文を寄せています。

 <私の郷里は前橋であるから、自然子供の時から、伊香保へは度々行つて居る。で 「伊香保はどんな所です」 といふやうな質問を皆から受けるが、どうもかうした質問に対してはつきりした答をすることはむづかしい。> (『石段上りの街』より)

 同じく前橋に生まれ育った僕にとっても、朔太郎同様、伊香保温泉は子どもの頃から慣れ親しんだ温泉なので、答えに窮するのであります。
 だから1年間、伊香保に通い、本を書き上げたのですが、それでもまだ答えには窮しています。
 それは伊香保温泉が、日々成長し、進化している温泉地だからです。


 昨日、久しぶりに伊香保温泉を訪ねて来ました。
 雑誌の取材のためです。
 客が来る前にということで、早朝より 「伊香保露天風呂」 と 「石段の湯」 を訪ね、撮影を済ませました。
 その後、渋川伊香保温泉観光協会にて、協会長の大森隆博さんと面談。
 インタビュー取材をしてきました。

 なんといっても話題は、今月、伊香保に開山する寺院です。
 ご存知でしたか?
 水沢観音から温泉街へ抜ける県道の途中に、大きなお寺が建設中であることを。

 正式名を 「臨済宗佛光山法水寺」 といいます。
 総本山は台湾の 「佛光山寺」 で、法水寺は日本の本山として設立されました。
 佛光山は、東京や山梨、大阪など日本各地に複数の寺院や道場があり、信者の数は500万人以上いるといわれています。


 「伊香保はインバウンド(外国人観光客) では、かなり後発の温泉地です。年間訪れる観光客約100万人のうち、外国人はわずか1%に過ぎません。町は、今後の対応に追われています」
 と、会長は話していました。

 言葉の問題、食事の問題、マナーの問題……
 各旅館の経営者を集めて、迎える準備のための勉強会を開いているといいます。


 伊香保はどんな所です?

 朔太郎が見ていた伊香保温泉とは、だいぶ様変わりするかもしれませんね。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)温泉地・旅館

2018年03月28日

谷川温泉 「金盛館 せゝらぎ」②


 『わがゆくは山の窪なるひとつ路 冬日光りて氷りたる路』


 大正7(1918)年11月12日、歌人の若山牧水は上野駅を発ち、伊香保温泉~水上温泉(旧湯原の湯)~湯檜曽温泉とめぐり、16日から3日間、谷川温泉の金盛館に投宿しました。
 この奥利根を旅した紀行文は、大正10年にアルス社(大正6年創立・現存せず) から出版された 『靜かなる旅をゆきつゝ』 に収録されています。
 そのときに、湯檜曽温泉から谷川温泉に向かう途中で詠んだのが、冒頭の歌です。

 ちなみに大正11年に群馬を旅した 『みなかみ紀行』 では、牧水は水上には訪れていません。
 「みなかみ」 とは、川の上流との意味で書かれたようです。


 昨日は、僕が講師を務めるNHK文化センター野外温泉講座の平成29年度最終講座日でした。
 年度のファイナルを飾るのにふさわしく、ちょっとリッチに格式の高い老舗旅館を訪れました。

 群馬県利根郡みなかみ町の谷川温泉 「金盛館 せゝらぎ」。
 4代目主人の須藤温(みつる) さんは、僕を 「みなかみ温泉大使」 に任命してくださった前みなかみ町観光協会長ということもあり、一行を乗せたバスが旅館に着いたときは、協会職員らとともに盛大に出迎えてくれたのであります。

 「先生、大使って、すごいですね!」
 「熱烈歓迎ぶりじゃないですか!」

 ま、たまには、いいんじゃないですかね。
 受講生のみなさんも大喜びの様子だし、講師としては、ちょっぴり優越感を味わったのでありました。


 さてさて、宿に着いたら、まずは入浴です。
 4本の源泉から引かれた総湯量は、毎分約600リットル!
 これを一軒で利用しているのですから、贅沢です。
 しかも、33~58度の異なる源泉の湯を混合することにより、季節を通じて適温になるように調節されています。

 で、宿の自慢はなんといっても、河川敷の中にある野趣あふれる露天風呂であります。
 ここは混浴なので、時間をずらして男女で交互に入りました。

 残雪の間を流れる谷川の清流。
 手を伸ばせば届きそうな川瀬。
 まさに宿名どおりの “せせらぎ” の中で湯を浴む最高のロケーションであります。


 湯上がりは、お約束の生ビールで乾杯!
 春をあしらった旬の味覚に舌鼓を打ちながら、らんまんと宴が始まったのでした。

 いよいよ、この講座も来月からは10年目に入ります。
 受講生のみなさん、今年度もよろしくお願いしますね。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:14Comments(0)温泉地・旅館

2018年03月11日

あれから7年、大胡温泉


 <東日本大震災の3月11日、大胡温泉・三山センターに来ていた。大きな揺れに、女将と戸外に飛び出した。群馬に大きな被害はなかったが、群馬の温泉地では、「温泉はぜいたく」という自粛ムードも広がり客が激減している。
 古来、日本人は温泉を質素な癒やしの場としてきた。群馬の豊かな「湯力(ゆぢから)」は人々を元気にしてくれる。利用者も温泉宿も、温泉=ぜいたく、という考えを改めてほしい。>

 当時、僕は朝日新聞の群馬版に 『湯守の女房』 というエッセイを連載していました。
 冒頭の文章は、2011年4月6日に掲載された 「大胡温泉・三山センター」 の文末に添えられた一文です。
 震災後、全国に自粛ムードが広がり、温泉地に人が来なくなってしまったことを懸念して書いたようです。


 今年も、この日がやって来ました。
 7年前のあの日以来、僕は必ず、この日には大胡温泉(前橋市) の一軒宿 「三山の湯 旅館 三山センター」 を訪ねています。

 旅館の駐車場に着いて、驚きました。
 ほぼ満車なのです。
 僕は10年以上通ってますけど、こんなことは初めてです。
 何かヘンだぞ……

 「久しぶりじゃないですか! 今日は来てくれると思っていましたけど」
 と女将さんをはじめ、従業員が出迎えてくれました。
 「ご無沙汰しています。何度か寄っているんですよ。でも、いっつも閉まっているんだもの」
 「それは、ごめんなさいね。平日の日帰り入浴は、やめちゃったのよ。今は日曜だけ」
 「それでですか! 満車じゃないですか」
 「そうなのよ。お客さんが集中しちゃうの」

 でも偶然にも、今年は3月11日が日曜日です。
 よかった!
 来年からは、どうするんだろうか?


 「先に、お風呂に入るでしょう!?」
 「はい、そうします」
 「食事の用意をして、待っていますから、ゆっくり入ってきてください」
 「でも、席があるの?」
 大広間前の廊下には、ずら~り、スリッパが並んでいます。
 「小暮さんの席は、ちゃんととってありますよ」

 なんだか、親戚の家に遊びに来たような心地よさであります。
 しかも温泉の入浴付きです。
 仕事部屋をここに移しちゃおうかしらん!
 などと、気分も上々で、一浴したのでした。

 車で来ているので、湯上がりは、もちろんノンアルビールです。
 料理のほかに、名物の焼きまんじゅうもいただきながら、その時を待ちました。


 「黙とう!」

 午後2時46分、テレビの時報とともに、女将さんと従業員、大広間に居合わせたお客たちと黙とうを捧げました。
 あの日、あの時の光景が、まるで昨日のようにありありと浮かぶ1分間でした。

 もう7年も経ったんですね。
 でも東北の人たちにとっては、まだ7年かもしれません。
 あの日が色あせることなく、国民一人一人が胸に刻んでいかねばならない歴史であります。


 「来年も来ますから」
 「1年にいっぺんじゃ、さみしいじゃないの!」
 「もちろん、ときどき顔を出しますよ。日曜日にね」

 女将さんは、わざわざ駐車場まで出てきて、見送ってくれました。
 やっぱり僕にとっては、親戚の家のように心地よい場所なのであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:15Comments(0)温泉地・旅館

2018年03月02日

猪ノ田温泉 「久惠屋旅館」⑩


 なんだか今年は、猪ノ田(いのだ) づいています。
 1月に新年会で訪ねたばかりなのに、また今週も行ってきました。
 でも、何度訪ねても飽きないのが、猪ノ田温泉なのであります。


 僕が講師を務めるNHK文化センターの野外温泉講座も、今年で10年目を迎えます。
 この講座では、県内外の名湯・秘湯をめぐっています。
 今回は、西上州の名薬湯といわれる猪ノ田温泉(藤岡市) の一軒宿 「久惠屋旅館」 を訪れました。

 なぜに名薬湯なのか?

 歴史は古く、江戸時代にまで起源はさかのぼります。
 源泉の湧き出し口に野天の湯舟があり、地元の湯治場として利用されていました。
 ゆで玉子のような腐卵臭がすることと、卵の白身のようなトロンとした肌触りから 「たまご湯」 と呼ばれ親しまれていました。

 明治初期には 「皮膚病に効く」 という評判が高まり、県内はもとより東京方面からも医者に見放された患者が療養にやって来るようになったといいます。
 大正時代になり旅館が建てられ、戦前までは大いににぎわっていましたが、戦後になって経営が悪化し、昭和40年代に廃業してしまいました。

 その後しばらくの間、源泉は森の中で眠ったままでした。
 昭和58年(1983)年、地元で牛乳販売店を営んでいた先代主人が、現在の旅館を再建しました。
 肌にまとわりつくような湯のやわらかさから “絹の湯” と呼ばれ、ふたたび傷ややけど、アトピー性皮膚炎に効く薬湯として、全国からうわさを聞きつけた湯治客が訪れています。


 「わー、これ白鵬じゃない?」
 「そうだ、白鵬だよ!」
 宿に到着するなり、玄関ロビーで喚声が上がりました。

 そーなんです!
 ここは平成24年に地方巡業で藤岡市を訪れた際に、横綱・白鵬が泊まった宿なんです。
 壁に貼られた写真には、大広間で白鵬と一緒に若女将とお子さんたちが写っています。

 「まだ性格が良かった頃の白鵬だね」
 受講生の言葉に、大爆笑が起こりました。


 「あっ、本当だ! タマゴの白身のようですね」
 「体をさするとローションのようにツルツルします」

 湯舟の中では、口々に感想が飛び交いました。
 これぞ、生きた温泉講座です。

 群馬県内には、まだまだ知られざる名湯や秘湯がたくさんありますよ!
 今年も、楽しく温泉めぐりをしましょうね。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:31Comments(0)温泉地・旅館

2018年02月23日

鳩ノ湯温泉 「三鳩樓」②


 <細い坂道を下り、小さな橋を渡ると、老木に囲まれたおもむきのある玄関が出迎えてくれた。四季折々、いつ訪ねても風情を感じさせ、旅人を飽きさせることのない宿だ。>


 ちょうど10年前、僕は 『上州風』(上毛新聞社) という文芸雑誌に、「源泉 湯守の一軒宿」 という連載を始めました。
 2年ほど続きましたが、雑誌の休刊とともに連載も終わりました。
 その連載の第1回目が、浅間隠温泉郷(群馬県吾妻郡東吾妻町) の一軒宿、鳩ノ湯温泉 「三鳩樓(さんきゅうろう)」 でした。

 冒頭の文章は、その時の書き出しの部分です。


 「ご無沙汰しています」
 「だいぶ、儲かっているみたいじゃないか」
 「まっさか、そんなこと、あるわけないじゃないですか」

 ご主人の轟徳三さんにお会いするのは、4年ぶりです。
 2014年に出版した 『新ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) の取材以来です。
 今回も雑誌の取材で伺いました。

 「お変わりはありませんか?」
 「ああ、何も変わっちゃいないよ。俺が老けたくらいかな」


 開湯の歴史は古く、寛保年間(1741~1744) と伝わります。
 文献によれば当時は 「花の湯」 と呼ばれていたらしく、「鳩ノ湯」 というようになったのは江戸後期になってからのようです。

 「ご主人が何代目かは、分からないんですよね?」
 「だいね。あまりにも歴史が古過ぎるもの」
 「前回来た時は、14~15代目じゃないかと言ってましたよ」
 「たぶん、そのくらいだと思うよ」


 今回は、宿に残る文化文政時代(江戸時代後期) に江戸で配ったという 「効能書き」 のチラシを見せてもらいました。
 きりきず、やけど、などに加えて、「まむしくい」(マムシ喰い?) や 「せんき」(腰腹の疼痛) などの当時ならではの疾患名がずらりと表記されています。

 最後には、こんな文言もありました。
 <草津入湯のただれには、一夜二夜にして歩行自由になること神妙の如し> 

 江戸と信州を結び、草津温泉にも抜ける裏街道の宿場町にある湯治場として、多くの旅人たちでにぎわっていた様子が伺える貴重な文献です。


 難しい話は、さて置いて、取材の一番の目的は、もちろん入浴です。
 長くなりそうな話を、ひとまず中断して、湯屋へ。
 長い長い渡り廊下を歩いて、源泉の湧出地のある川沿いの階下へ向かいました。

 「万華鏡の湯」

 僕は、ここの湯を、そう呼んでいます。
 季節、天候、時間帯によって、訪ねるたびに湯の色が異なるからです。

 最初に訪ねた時は、茶褐色。
 次は、淡黄色でした。

 ご主人いわく、
 「白くなったり、青くなったり、ごく稀だけど透き通ることもある」

 で、今日の湯の色は、濃い抹茶色でした。
 古沼のような深く神秘的な色合いです。

 源泉の温度は、約44度。
 加水も加温もすることなく、惜しげもなくかけ流されています。

 「うーーーーーん、いい湯だ!」

 思わず、独りごちたのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:25Comments(0)温泉地・旅館

2018年02月16日

四万温泉 「四万たむら」③


 11時35分、JR吾妻線中之条駅着。
 改札口を抜けると、役場の職員が出迎えてくれました。
 「お待ちしていました」
 「今日は、よろしくお願いします」

 そのままマイクロバスに乗り込み、中之条町役場へ。
 他の職員、参加メンバーと合流して、目的地へと向かいました。


 参加メンバーとは?

 実は昨日、中之条町企画政策課主催による 「中之条町観光大使・アドバイザー意見交換会」 が開催され、僕は観光大使として出席しました。
 交換会は夜に行われたのですが、その前に、より中之条町を知ってもらおうという役場のはからいで、「そば打ち体験」 と 「お茶講体験」 をしてきました。

 もちろん、そばを打つもの初めてのことでしたが、“お茶講” というものは、聞くのも、見るのも、まして体験するなんて、すべてが初体験づくしでありました。

 そもそも、お茶講とは?

 14世紀の中頃(1350年前後)、南北朝時代に武士の間で、さかんに “香のにおい” や “茶の味” を当てる遊びが行われていました。
 お茶の飲み当ては 「闘茶」 と呼ばれていたといいます。
 ここ中之条町(群馬県吾妻郡) に残る 「お茶講」 も、闘茶と記録方法が同じもので、江戸時代から行われていました。
 中世の闘茶のやり方を現在に伝える全国にただ1ヵ所残されている大変貴重な民俗行事で、国の重要無形文化財に指定されています。

 まー、これが難しいのなんのって、全然、わかりません!
 煎茶と甘茶とミカンの皮、この3種類を粉末にしたものが微妙に混ざりあったお茶を飲んで、「さあ、今のは、どのお茶でしょう?」 と当てる、なんとも高度なお遊び(ゲーム) なのであります。

 でも、これが面白い!
 会場は、そのつど、爆笑が沸き上がります。
 昔の人は、粋で優雅で心豊かな遊びを考えたものですね。
 感心するやら、熱中するやら、初体験にして、すっかり虜になってしまいました。
 ちなみに僕の成績は、7回やって2勝5敗でした。


 さてさて、時は夕刻となり、交流会場のある旅館へ。
 ご存知、中之条町の名湯といえば四万温泉です。
 その中でも、一番の老舗旅館 「四万たむら」 に到着。

 創業は室町時代、永禄6(1563)年と伝わり、旧田村旅館の祖、田村甚五郎清政氏が湯宿を始めたとされています。
 現在の館主で15代目となる四万温泉最古の旅館です。

 でも 「四万たむら」 が凄いのは、歴史だけではありません。
 湯も凄いんです!
 敷地内には10本の源泉があり、すべてが自然湧出泉で、総湧出量は毎分2000リットル以上。
 うち、利用されている源泉は7本で、毎分1600リットルの豊富な湯が、館内にある8つの浴場と姉妹館 「四万グランドホテル」 の3つの浴場で、存分にかけ流されています。

 以前、僕は取材で、すべての浴場に入った経験がありますが、今回は目的が違います。
 部屋で旅装を解いた後、浴衣に着替え、大浴場の 「甍(いらか)の湯」 で軽く一浴しただけで、会場へ向かいました。


 中之条町には、「観光大使」 「ふるさとアドバイザー」 「観光アドバイザー」に任命されている人が、現在13人いますが、昨晩は8人が出席しました。
 観光大使として出席したのは、僕のほかに落語家の三遊亭竜楽さんと、歌手のRyu Mihoさんです。
 2人とも、中之条町にゆかりの深い方々です。

 楽しい時間は、本当に過ぎるのが早いものですね。
 伊能町長のあいさつで幕を開け、乾杯の後、各々の近況報告があり、意見交換が盛んに行われました。
 これからの中之条町に必要なこととは? 求められてるものは? 全国に自慢できるものとは?
 それはそれは熱く、楽しく、笑いに包まれたひと時でした。


 町長をはじめ町議、役場職員のみなさん、そして魅力ある大使およびアドバイザーのみなさん。
 大変お世話になりました。
 これからも全国に中之条町の魅力を発信していきましょう!

 もちろん僕も、中之条町の温泉 「なかんじょ9湯」 を大いにPRしていきます。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:27Comments(0)温泉地・旅館

2018年01月24日

薬師温泉 「旅籠」②


 <何度訪れても、そのたびに息をのむ自分がいる。やがて、ゆるりと心がほぐされ、誰もが時空(とき)の旅人となり、江戸の町並みを歩き出す。>
 (『新ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) より)


 大雪の朝、余裕を持って1時間早く家を出ました。
 ニット帽、マスク、ネックウォーマー、手袋にコートのフードを頭からかぶり、足元は山用のトレッキングシューズ姿。
 完全防寒スタイルにて、一夜にして雪原と化した住宅街を歩き出しました。

 ザク、ザク、ザク、ザク……

 「おはようございます」
 「ご苦労さまです」
 家や店舗の前を雪かきする見知らぬ人たちと、声を掛け合います。
 「お気をつけて」
 なんだか、ホッとなごむ光景です。

 4年前の大雪の教訓なのでしょうか。
 あの時とは違い、なんだか町が活気付いて見えました。


 途中、コンビニに寄って、コーヒーを飲みながら暖をとりましたが、それでも1時間半でJR前橋駅に着きました。
 昨日は、僕が講師を務める月に1回の温泉講座日だったのです。
 前の日から、すでに “雪天決行” は決まっていました。
 あとは当日、何人出席するかだけです。

 第1発着場のJR高崎駅を出発したバスは、この雪にもかかわらず5分遅れただけで前橋駅に到着。
 欠席者も2名だけでした。

 「おはようございます。この講座も丸9年となり、春からは10年目を迎えます。この9年間、雨の日も風の日も雪の日も、一度も休講になったことはありません。今日は、断念して休んだ人たちたちの分も、大いに温泉を楽しんできましょう!」
 バスは、白銀に染まった街を北へと向かいました。

 雪の街から、雪の山へ。

 「今日は思う存分、雪見風呂と雪見酒を味わってくださいね」


 今年最初の温泉講座は、群馬県吾妻郡東吾妻町の薬師温泉 「旅籠」。
 山深い渓流沿いに一軒宿ばかりが点在する、浅間隠(あさまかくし)温泉郷の一つです。
 手前から温川(ぬるがわ)温泉、鳩ノ湯温泉、そして一番奥が薬師温泉です。
 ※(温川温泉は現在、休業中です。)

 バスは、温泉郷の入口で、チェーンを装着。
 ここからは急坂のため、スタッドレスタイヤでも通行不可とのことです。

 わずかの距離ですが、バスはエンジン音を轟かせながら、一気に雪の坂道を上ります。
 「おおおーーーっ!!」
 受講生から、喚声が上がりました。
 雪に覆われた、かやぶき民家がいくつも現れたからです。


 ここ薬師温泉 「旅籠」 は、別名 「かやぶきの郷」 とも呼ばれています。
 約7000坪という広大な敷地内には、築150年を超える古民家が全国から移築されています。
 まるでテーマパークのよう。
 でも温泉の歴史は、とっても古いんですよ。

 開湯は寛政5年(1793)年、温泉坊宥明(ゆうめい) という旅の行者により発見されたと伝わります。
 当時は鳩ノ湯と一体で、薬師を「上の湯」、鳩ノ湯を「下の湯」と呼んでいました。
 薬師温泉と呼ばれるようになったのは、昭和になってからのこと。
 「偕楽荘」 という温泉宿がありましたが、平成17年に経営が替わり、「旅籠」としてリニューアルしました。


 とかなんとか、うんちくを語りつつ、湯を浴み、料理に舌鼓を打ちつつ、今年の講座も酒に酔いしれながらスタートしたのであります。

 受講生のみなさん、また1年間、よろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:03Comments(2)温泉地・旅館

2018年01月22日

鹿沢温泉 「紅葉館」⑤


 ♪ 雪よ岩よ 我らが宿り~


 関東地方に大雪注意報および警報が出されています。
 不要不急の外出はさけて、暖かい部屋で、焼酎のお湯割りでも飲みながら、ブログなど読んでお過ごしください。

 さて、雪といえば、「雪山讃歌」 を思い浮かべる人も多いのでは、ありませんか?
 その 「雪山讃歌」 発祥の地といえば、どこだか、ご存知ですか?
 あまり知られていませんが、群馬県吾妻郡嬬恋村田代の鹿沢(かざわ)温泉であります。

 と、いうことで(取材なんですが)、雪が降る前にと早起きをして、ひとっ走り鹿沢温泉の一軒宿 「紅葉館」 へ行ってきました。


 「お久しぶりです。お元気でしたか?」
 玄関を開けると、4代目女将の小林百合子さんが、昨年末に生まれたというお孫さんをだっこしながら出迎えてくれました。
 「ご無沙汰して、申し訳ありません」
 と、不義理をわびる僕。

 だって、最後に紅葉館を訪ねたのは、本館がリニューアルオープンした年の夏ですから、なんと4年半ぶりであります。
 「6代目ですか? おめでとうございます」
 現在は、息子さんの昭貴さん夫妻が5代目を継いでいます。


 つもる話もありますが、なにはともあれ、絶品の湯をいただかないことには、取材になりません。
 群馬の温泉通なら、ご存知ですよね。
 “雲井の湯”源泉を!

 泉温は約47度、湧出量は毎分約80リットル。
 その源泉湧出地と浴槽の距離は、わずか10メートル!

 僕が絶賛する湯の3条件、「自然湧出」「自然流下」「完全放流式」 を備えています。
 それだけではなく、日本温泉協会による審査6項目で、“オール5” の評価を受けた折り紙つきの最高品質の湯なのであります。
 ※(6項目とは、源泉・泉質・引湯・給排湯方式・加水・新湯注入率です)

 ま、群馬の温泉を語る上では、絶対に欠かせない湯であることは、間違いありません。


 今日の湯も、すごかった!!
 一見、深緑色に見える湯舟ですが、湯の中で見ると、茶褐色や黄褐色の析出物が無数に浮遊している薄にごり湯です。
 でも、この湯、ただものではありません。
 入った途端、グイグイと体を締め上げるように、迫ってくるのです。

 湯には、肌にやさしくまとわり付く “天女の羽衣系” というのがありますが、その真逆です!
 力ずくで攻め寄る “ムキムキのマッチョ系” とでも申しましょうか……
 僕は毎度、その強引な愛撫に、メロメロになってしまうのです。


 湯から上がると脱衣場で、主人の小林康章さんが迎えてくれました。
 「相変わらず、素晴らしい湯ですね」
 「ありがとうございます。分かる人は、分かってくださいます」

 主人とは、長いつきあいになります。
 もう、20年近く前ですが、初めてお会いした時に、聞いた言葉が忘れられません。
 「湯に手を加えるな、というのが先祖からの教えです」

 その教えを守り続けているからこそ、今でも最高品質の湯を提供できるのですね。
 ※(紅葉館は、明治2年創業です)


 湯上がりは、主人と女将とコーヒーをいただきながら、温泉宿の苦労話や温泉宿の今後についてなど、それはそれは楽しい温泉談義に花を咲かせてまいりました。

 湯守のいる宿って、いいですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:50Comments(2)温泉地・旅館

2018年01月13日

猪ノ田温泉 「久惠屋旅館」⑨


 <何度、訪ねても飽きることがない、私の好きな風景である。
  春先に訪ねたときは、庭一面のカタクリの花に迎えられた。秋に部屋の窓を覆い尽くす深紅のモミジ。そして今回は、オレンジ色の可憐な花をたわわに咲かせたキンモクセイの芳しい香りに包まれていた。>

 これは2016年5月に出版した 『西上州の薬湯』(上毛新聞社) の猪ノ田(いのだ)温泉 「久惠屋旅館」(群馬県藤岡市) の記事の冒頭文章です。
 取材をしたのは、前年の秋のこと。
 それ以来ですから、2年3ヶ月ぶりに訪ねてきました。
 この2年間で変わったこと、それは 「たまご湯」 と呼ばれた名薬湯を孤軍奮闘しながら復活させた先代主人が亡くなったことです。


 「たくさんある温泉の中から、いつもうちを選んでくださり、ありがとうございます」
 と、女将の深澤信子さんが出迎えてくれました。
 「ご無沙汰して、申し訳ありませんでした。今日は取材ではありませんので、何も考えず、ゆっくり湯に浸からせていただきます」
 あいさつの後、そそくさと仲間の待つ客間へと向かいました。

 昨日は、僕が所属するフリーランスのクリエイター集団 「プロジェクトK」 の新年会でした。


 今回は11人の気の置けないメンバーが出席。
 誰もが、部屋の窓からの景色を眺めては、「いいところですね」 「前橋から、こんなに近いところに、こんな秘湯の宿があるなんて知りませんでした」 「本当に静かな森の中なので驚きました」 と口々に絶賛しています。
 紅葉の季節も過ぎて、カタクリの花もキンモクセイの花も咲いていませんが、冬木立の森は、これはこれで水墨画のように美しいのであります。

 眼下に望む猪ノ田川の渓流と、時おり枝葉を揺らして通り抜けていく風の音が、なんとも風雅なのであります。


 一服したら、浴衣に着替えて、三々五々、浴室へ。
 「みなさん、驚かれますよ。ここの湯はpH9.1 の強アルカリ性温泉です。その浴感を存分に楽しんでくださいね」
 との僕の説明が終わらないうちから、
 「おお、す、すごい!」
 「湯が、トロトロだ~!」
 「なんだ、こりゃ! 体をさするとヌルヌルだよ」
 と、これまた口々に絶賛のお言葉をいただきました。


 「今年もよろしくお願いしまーす!!」
 新年のスタートを祝い、にぎやかな宴が始まりました。


 いい湯、いい宿、いい仲間あり。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:19Comments(4)温泉地・旅館

2017年12月20日

美ヶ原温泉 「ホテル翔峰」


 長野県松本市の美ヶ原温泉に、行って来ました。
 しかも、訪ねたのは 「ホテル翔峰(しょうほう)」。
 9年ぶりのことでした。


 2008年5月、突然、長野県温泉協会から電話がありました。
 内容は、「総会での特別講演講師をお願いします」 というものでした。

 正直、困り果てました。
 断ろうとも思いました。
 だって、僕が初の温泉本を書いたのは、1年以上先の2009年9月のことですからね。
 まだ1冊も温泉の著書がない、無名のライターです。

 なんで、僕なの?

 その後の先方とのやり取りで分かったことは、群馬県温泉協会からの紹介だったということです。
 その年の2月、僕は、群馬県健康福祉部薬務課の主催による 「温泉アドバイザー フォローアップ研修会」 の講師をしていたのです。
 たぶん、そのあたりの情報が長野県まで届いていたのかもしれませんね。

 で、その時、講演会の会場となったのが、美ヶ原温泉の 「ホテル翔峰」 だったのであります。


 今回も僕は、講師として 「ホテル翔峰」 を訪れました。
 といっても、講演会ではありません。
 温泉講座の講師としてであります。
 NHK文化センター前橋教室主催によるこの講座も、今年で9年目を迎えています。


 JR前橋駅と高崎駅で受講生らを乗せたバスは、上信越自動車道~長野自動車道とひた走り、松本ICで降りて、松本市内へ。
 国宝、松本城を車窓に眺めながら、美ヶ原温泉へと向かいました。

 美ヶ原温泉は、美ヶ原高原西麓の丘陵地に湯煙を上げる、湯の原、御母家(おぼけ)、藤井などの温泉の総称です。
 昭和40年頃までは、山辺温泉と呼ばれていました。
 湯開の歴史は1300年前と古く、日本書紀に記されています。
 なかでも湯の原地区は、奈良時代には時の天武天皇により 「束間(つかま)の湯」 と呼ばれ、以来、代々の松本城主の庇護を受けた由緒ある名湯です。


 とかなんとか、講釈を述べながら、バスはホテルへ。
 すぐさま旅装を解き、脱兎のごとく大浴場へ!
 その名も 「束間の湯」 であります。
 大きな内風呂と、露天風呂が2つ。
 1300年の時の流れを感じつつ、弱アルカリ性のサラリと肌を流れる古湯に、身を沈めたのでありました。

 「先生、今年の講座を締めくくるのに、ふさわしい宿ですね」
 「さっき、ロビーから雪を頂いた北アルプスの山々が見えました」

 各々が、今年一年を振り返りつつ、平成29年の “湯納めの儀” を行いました。


 受講生のみなさん、今年も1年間、大変お世話になりました。
 良い年を、お迎えください。
 そして来年も、よろしくお願いいたします。

 たくさん温泉を、めぐりましょうね!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:23Comments(0)温泉地・旅館

2017年12月15日

老神温泉 「金龍園」②


 老神温泉(群馬県沼田市) へ行って来ました。
 前回、祭りにバンドのメンバーとして参加したのが8月ですから、約4ヶ月ぶりになります。
 今回は、温泉大使としての公務であります。

 僕は2015年に 『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) という著書を出版しました。
 このとき、1年間かけて老神温泉へ通い、15軒すべての宿を取材しました。
 これが縁となり、老神温泉の観光協会や旅館組合のみなさんと親しくなり、なにかとイベントに呼ばれるようになりました。
 そして今年の5月、名誉ある“温泉大使” の称号をいただいたのでありました。


 昨日は、観光協会主催による忘年会が開催されました。
 それにあたり、協会員や組合員を対象とした講演会が行われ、僕が講師として招かれました。
 今回の演題は、『効能あつき湯の国ぐんま』 であります。

 「脚気(かっけ) 川場に瘡(かさ) 老神」 という言葉は、ご存知ですか?
 これは群馬の北部、利根地方に伝わる温泉の効能です。
 昔から川場温泉(利根郡川場村) は脚気患者が集まり、老神温泉は瘡(皮膚病) に効き目がある温泉場として湯治客でにぎわっていました。

 戦後、経済成長とともに日本の温泉地は、どんどん観光化されてしまいました。
 でも、温泉は湧き続けているのです。
 もう一度、原点にもどって、温泉自体が持つ “湯力(ゆぢから)” を見直してみませんか?
 そんなテーマで、お話をさせていただきました。


 たかだか50分の講話でしたが、乾燥していたこともあり、ノドはカラカラです。
 早く飲みたい! でも、その前に温泉も入りた~い!
 ということで、宴会場となっている 「金龍園」 へ直行!

 知る人ぞ知る、温泉ファンには全国的に有名な宿であります。
 なにが有名かというと、男性専用風呂がありません。
 あるのは女性専用風呂と混浴の大浴場と露天風呂です。

 女性は混浴風呂へ行く場合、女風呂で入浴衣に着替えて移動します。
 男性は男性専用脱衣場から、そのまま混浴風呂へ入りますが、但し書きがあります。
 <婦人が入浴中は、これを腰に巻いてください>
 トランクスのような入浴衣が用意されてます。

 おそるおそる、中をのぞき込みましたが、女性らしき姿は見当たりません。
 先ほどの講演を聴講されていた協会関係者の男性が入っているだけです。
 と、いうことで、腰巻きは付けずに、生まれたままの姿で、堂々と湯をいただくことにしました。

 泉質は、単純温泉とアルカリ性単純硫黄温泉の2種類の浴感を楽しむことができます。
 しかも、加水なし、加温なしの完全放流式です(露天風呂は加温あり)。
 老神温泉の中でも、1、2を競う良質な湯を提供していることで知られる宿です。


 宴会は、ご想像にお任せします。
 毎度毎度のことですが、ビールから焼酎、日本酒と流れ、2次会場のスナックではウィスキーをあおり、カラオケで舞い上がり、最後は宿にもどり、締めに、また日本酒をいただきました。

 老神温泉のみなさん、今年も大変お世話になりました。
 来年もよろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:51Comments(2)温泉地・旅館

2017年11月29日

下仁田温泉 「清流荘」⑩


 <紅梅が咲いていた。冬木立の中で、そこだけ明かりが灯っているようだった。橋の向こうに、宿が見えた。田舎の親戚を訪ねるみたいで、なんだか懐かしい気持ちになった。>


 なぜか、このところ下仁田温泉づいています。
 9月、10月と訪ねたばかりなのに、昨日また行って来ました。
 でも今回は取材ではありません。
 僕が講師を務めるNHKカルチャーの野外温泉講座です。
 この講座で下仁田温泉を訪ねるのは、8年ぶりのことでした。


 冒頭の一文は、2005年の冬に、初めて下仁田温泉の一軒宿 「清流荘」 を訪ねたときに、雑誌に書いた記事の書き出しです。
 あれから何度となく、いえいえ、何十回と訪ねているかもしれません。
 春夏秋冬、さまざまな彩りで旅人を迎えてくれる西上州の秘湯です。

 季節は晩秋。
 今年は遅く色づいたというモミジが、今が盛りとばかりに目が覚めるようなグラディーションを見せています。


 「先生、見てください。こっちの景色を!」
 露天風呂から受講生の一人が、宿を見下ろすようにそびえる里山を指さしました。
 燃えています。
 過ぎ行く季節を惜しむかのように、全山紅葉の絶景を描いています。

 「先生、こちら側の景色もいいですよ」
 もう一人の生徒さんが、中庭の大きなモミジの木を指差しました。
 「綺麗ですね。ちょうど光がさして、色が鮮やかです」
 「これって、“インスタ映え” って言うんでしょう!」
 オジサンたちが、ドッと湯舟の中で笑いました。


 湯上がりは、地産地消の山里料理をいただきました。
 もちろん、ビールもいただきました。
 「先生、どうぞ。やっぱり、この景色には熱燗でしょう!?」

 あららら、いつの間に頼んだのか、徳利がズラリ並んでいました。
 「ほら、キレイどころ、先生にお酌して!」
 そう言われて、隣の席に座っていたYさんは、
 「あら、気づきませんで。先生、おひとつ、どうぞ」
 と、シナを作って、徳利の首をつまんでくれました。

 う~ん、確かに40年前ならば、キレイどころだったかも知れませんね(失礼)。


 午後は、みんなで7000坪を誇る敷地内を散策。
 風もなく、天高く青天の小春日和。

 笑い声が、こだまのように山あいに響いていました。
 のどかな、のどかな、湯けむり散歩を楽しみました。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:53Comments(0)温泉地・旅館

2017年11月24日

川原湯温泉のゆくえ④


 「5年後には “旧七軒” と呼ばれていた旅館が、すべて揃います。そうすれば、もう少し温泉街らしくなると思います」


 前回、「川原湯温泉のゆくえ」 というタイトルでブログを書いたのは2011年11月でした。
 あれから丸6年が経ちました。
 今週、僕は久しぶりに新しくなった川原湯温泉(群馬県吾妻郡長野原町) を訪ね、温泉協会長の樋田省三さんにお会いしてきました。

 樋田さんは “旧七軒” の1軒、「やまきぼし旅館」 のご主人でもあります。
 「やまきぼし旅館」 といえば、温泉好きで知られる作家、嵐山光三郎氏が命名した露天風呂 「崖湯」 があることで有名な宿でした。
 もう20年以上も昔ですが、僕は 「崖湯」 入りたさに泊まり、奇祭 「湯かけまつり」 を取材したことがありました。


 「以前は温泉街の中だったので、風はしのげていたのですが、新しい会場は標高600メートルの山を切り開いた所なので、吹きっさらしなんです。マイナス10℃以下になるので、ふんどしも凍ります(笑)」

 毎年1月20日の早朝5時に開催される祭りです。
 土地の男衆が紅白に分かれて、ふんどし一丁の裸で、湯をかけ合います。

 その昔、突然温泉が出なくなってしまいました。
 困り果てた村人たちは、温泉の匂いが、ゆで卵に似ていたことから、ニワトリをいけにえにしてお祈りしたところ、お湯がふたたび湧いたといいます。
 「お湯わいた、お湯わいた」 と言って喜んでいましたが、そのうち 「お祝いだ、お祝いだ」 と言って、みんなで湯をかけ合うようになったのが、奇祭のはじまりとされています。


 昭和27(1952)年、そんな自然豊かで、のどかな温泉地に突如、衝撃が走りました。
 川原湯温泉を水没させる八ッ場(やんば) ダム計画です。
 65年経った現在も、まだダムは完成していません。

 “去るも地獄、残るも地獄”
 そう言われた長い長い闘争と翻弄の日々が、もうすぐ終焉を迎えます。

 すでに代替地には、温泉街のシンボル 「王湯」(共同湯) と5軒の宿が移転しています。
 でも周辺は、ダム湖も道路もまだまだ工事中で、温泉街の体は成していません。


 「正直、私たちは過去を引きずっています。でも、次世代の後継者たちが帰ってきています。彼らが新しい川原湯温泉をつくってくれるはずです」


 ダムの完成は、2020年の春だといいます。
 東京オリンピックの年です。
 湖を見渡しながら、湯舟に浸かれる日も、もうすぐです。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:27Comments(0)温泉地・旅館

2017年10月25日

片品温泉 「湯元 千代田館」②


 昨日は、3年ぶりに片品温泉(群馬県利根郡片品村) の 「湯元 千代田」 を訪ねてきました。
 といっても、取材ではありません。
 温泉講座です。

 僕は9年前からNHK文化センター前橋教室、野外温泉講座の講師をしています。
 本年度も今月から後期の講座が始まりました。
 受講生の入れ替えがあり、新入生が2名加わりました。


 高崎駅と前橋駅を出発したバスは、秋の上州路を北へ走ります。
 関越道、沼田ICを下りて、川場村から片品村へ。
 紅葉も始まっていて、車窓は天然アートの世界です。

 やがて目的地の片品温泉に。
 現在片品温泉には、民宿やペンションも含めると約30軒ほどの宿があります。
 でも、そのほとんどは戦後になり、尾瀬登山やスキーブームにのって、開業された宿がほとんどです。
 源泉も、それに合わせて掘削されました。

 そのなかで唯一、開湯100年の歴史を持つのが、「新井の湯」源泉です。

 片品温泉と呼ばれるにようになったのは戦後になってからのことで、それ以前は 「新井の湯」 と呼ばれ地元の人たちに親しまれていました。
 昭和初年、千代田館の初代が自噴する源泉を譲り受け、共同浴場を建て、後に旅館を開業しました。
 だから “湯元” なのです。


 旅館の入口には、薬師堂が建っています。
 湯治客は、ここで病気が治るように祈願してから湯に入ったといいます。
 我々一行も、古式ゆかしき儀礼に従い、手を合わせました。


 「お久しぶりです。その節は、お世話になりました」
 3代目主人の田邊晃男さんと、どちらからともなく再会のあいさつを交わしました。
 最後にお会いしたのは、一昨年に出版した『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) の取材でした。
 その時、川底に湧く源泉を管理する苦労話などを聞きました。

 泉質は、pH 9.0 のアルカリ性単純温泉。
 まるでローションか乳液に浸かっているようなトロンとした肌触りです。
 “美肌の湯”の名に恥じない、正真正銘のツルスベの湯であります。


 「あれ、みなさん見違えるほど綺麗になっちゃって、誰だかわかりませんでしたよ(笑)」
 大広間では、山里の素朴な料理に舌鼓を打ちながら、和気あいあいの談笑が続きます。

 いい湯、いい宿、いい仲間

 受講生のみなさん、後期もよろしくお願いしますね!
  


Posted by 小暮 淳 at 10:54Comments(0)温泉地・旅館

2017年10月21日

下仁田温泉 「清流荘」⑨


 昨日、下仁田温泉(群馬県甘楽郡下仁田町) の一軒宿、「清流荘」 に行ってきました。
 取材です。
 でも、クルマで行ったのではありません。
 5時間歩いて、たどり着きました。


 僕は、2006年から高崎市のフリーペーパー 『ちいきしんぶん』(発行/ライフケア群栄) に、「里山をゆく」 という紀行エッセイを連載しています。
 その一部は、すでに 『ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) というタイトルで本になり出版されているので、他の地域にお住まいの方でも知っているかもしれませんね。

 で、この本には、サブタイトルが付いています。
 “電車とバスで行く”
 そうなんです。
 温泉と酒が好きな僕は、山歩きをした後は、温泉に入りたいし、酒も飲みたい!
 ということは、クルマは利用できません。
 ならば、公共交通機関だけを使って移動すればいい!
 ということになり、スタートした連載企画なんです。

 世の中には、山と温泉と酒が好きな人が多いんですね。
 連載を開始すると、人気シリーズとなり、本まで出版されました。

 で、このシリーズが、11年経った現在でも、まだ続いているのです。


 上信電鉄の高崎駅を午前9時に出発した電車は、1時間後に下仁田駅に到着しました。
 そこから「清流荘」 までは、直線で歩けば、わずか20分ほどの距離です。
 でも、たどり着いたのは、午後3時でした。

 はてさて、僕は、どこをどう歩いたのでしょうか?

 泥だらけになり、両脚のふくらはぎと太ももは、筋肉痛でパンパンであります。
 温泉に浸かった時は、まさに 「極楽!」 のひと言。
 全国でも希少な炭酸泉の湯が、全身を揉みほぐしてくれました。

 湯上がりのビールが、うまかったことは、言うまでもありません。


 それにしても僕は、“持って” ます!
 昨日は、1度も雨具のお世話になりませんでしたもの。
 一時は、雲の切れ間から日が差したくらいです。

 やっぱり、究極の “晴れ男” のようですよ。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:47Comments(0)温泉地・旅館

2017年10月19日

法師温泉 「長寿館」⑧


 古くは旧国鉄のフルムーンポスター、最近では映画 「テルマエ・ロマエ」 の舞台にもなった群馬の秘湯を代表する名旅館です。
 法師温泉 「長寿館」(群馬県利根郡みなかみ町)。
 群馬の温泉を語る上で、一度は行って欲しい温泉宿です。

 僕も何度も行ってます。
 う~ん、いったい何回、訪ねているのでしょうか?
 数えたことがないので、正確な数字は分かりませんが、年に1~3回として、この30年間で何十回と訪ねているはずです。


 久しぶりに昨日は、連載中の雑誌の取材で行ってきました。
 あえて水曜日を選んだのは、日帰り入浴の定休日だから。
 入浴シーンの撮影があるため、宿泊客がチェックアウトする10時を待って訪ねました。

 「いつもいつも、ありがとうございます」
 玄関で出迎えてくれたのは6代目主人の岡村興太郎さんと、弟で常務の国男さんでした。
 「これはこれは、お2人揃ってのお出迎えだなんて、恐縮です」

 まずは、お茶をいただきながら雑談を……
 先月、開催したNPOのパネルディスカッションの話や、先日のみなかみ町長選挙の話など……

 今さら、お2人に聞くことは、何もないんですけどね。
 でも、取材は “現場百遍” です!
 1回より2回、10回より100回。
 見て、聞いて、書いた文章は、信憑性があります。
 より読者の心を引き付けるに違いありません。


 もちろん、今回も収穫がありました。
 それは、源泉のはなし!

 一般に情報公開されている法師温泉の源泉の数は、3本です。
 足元湧出泉で知られる 「旭の湯」 と 「寿の湯」。
 この2つは、約42度の硫酸塩温泉です。
 それと、「官行の湯」 という温度の低い単純温泉の源泉があります。

 これらの源泉は、浴槽別に使い分けられていています。
 混浴で有名な 「法師乃湯」 の湯床から湧いているのは、「旭の湯」 です。

 がーっ、今回はじめて知ったことですが、実は宿の周りには、この主源泉のほかにも無数に源泉が湧いてるのだということです。
 ま、自然湧出泉ですからね、言われてみれば納得です。
 1つの浴槽に対して、いくつもの名前もない源泉が、チョロチョロとしみ出してきて、湯舟を満たしているとのことでした。

 う~ん、やっぱ温泉って、奥が深いですなぁ~!

 そのことを知って湯に入るのと、知らないのでは、感じ方もありがたみも異なります。
 温泉って、スゴイ!
 ただただ、感動しながら湯に身を浸してまいりました。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:22Comments(0)温泉地・旅館

2017年10月01日

伊香保温泉 「よろこびの宿  しん喜」②


 いくつになっても仲間って、いいもんですね。
 久しぶりに、ゆかいな連中が集まり、伊香保温泉に泊まってきました。


 12年前、僕らは 「プロジェクトK」 というチームを発足しました。
 僕らとは、フリーランスで仕事をするクリエーターたちです。
 アートディレクターやライター、カメラマン、イラストレーターなど、現在は20名がメンバーに加入しています。
 ちなみに “K” とは、発足当時のメンバーの頭文字であります。

 一昨日、年に一度の総会が開かれました。
 会場は、伊香保温泉の 「よろこびの宿 しん喜」。
 今年5月に出版した拙著 『金銀名湯 伊香保温泉』(上毛新聞社) の取材では、大変お世話になった宿であります。


 「お待ちしていました。ありがとうございます」
 と出迎えてくれた和服姿の女将と専務、そして総務部長まで。
 熱烈歓迎ぶりであります。

 今回、出席したメンバーは12名。
 遠路はるばる鹿児島県から飛行機と新幹線を乗り継いでやって来た人もいました。
 総会では、1年間のチーム全体としての活動報告がされた後、一人一人の近況報告がされました。
 個展やグループ展を開く者、イベントに参加する者、資格を取得した者、連載や作品が掲載がされた雑誌や冊子を紹介する者と、さまざまです。

 僕らは、異業種の集まりです。
 でも、その中で協力し合えるモノがあれば、手を貸し合います。
 そして、何よりもフリーランスという同じ境遇にある者同士ですから、互いが理解者なのです。

 ある意味、友人や知人、家族よりも心を許しているかもしれません。


 総会が終われば、まずは温泉です。
 ここの源泉は、無色透明でサラリとしたクセのない 「白銀(しろがね)の湯」。
 メタけい酸の含有量のが多い、美肌の湯であります。
 夜景を眺めながら、のんびり、ゆったり、和気あいあいと湯浴みを楽しみました。

 湯から上がれば、親睦会です。
 生ビールでの乾杯のあとは、焼酎にワイン、日本酒が飛び交います。

 「小暮さん、バカに伊香保温泉に詳しいね」
 爆笑。
 「本でも書いたら?」
 爆笑。
 「あっ、小暮さんは伊香保の温泉大使でした」
 爆笑。


 飲むほどに、酔うほどに、“仲間って、いいなぁ~” と思えた夜でした。

 みんな、ありがとう!
 末永くよろしくたのむ!

 そして、女将さんをはじめとするスタッフのみなさん、大変お世話になりました。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:27Comments(0)温泉地・旅館

2017年09月27日

塩原元湯温泉 「大出館」


 先日放送された 『出没!アド街ック天国』(テレビ東京) は、ご覧になりましたか?

 「秋に行きたい関東の温泉」 と題して、ベスト20を紹介していました。
 欲目でしょうかね、群馬の温泉が多かったように思えたんですけど。
 僕が温泉大使を務める温泉地は、すべて紹介されていました。

 法師温泉、宝川温泉、猿ヶ京温泉、老神温泉、四万温泉、そして伊香保温泉です。

 大使冥利に尽きるというか、観ていて、大変うれしく思いました。


 で、ベスト20の中には、栃木県も関東有数の温泉県として、いくつも温泉地が紹介されていました。
 昨日は、その中の1つ、塩原元湯温泉へ行ってきました。

 別に、テレビで紹介していたから、あわてて行ってきたわけではなりませんよ。
 すでに半年前から行く予定は決まっていました。
 僕が講師を務めるNHK文化センター前橋教室の野外温泉講座です。


 午前8時、前橋駅を出発したバスは、北東へと向かいます。
 昔に比べたら、ずいぶんと栃木県は近くなりました。
 北関東道から東北道へ。
 3時間ほどで、塩原温泉郷です。

 一般には “塩原温泉” と一緒くたに言ってますが、ここには11もの温泉地が点在しています。
 清流・箒(ほうき)川の下流から上流に向かって、大網、福渡、塩釜、塩の湯、畑下、門前、古町、中塩原、上塩原、新湯、元湯。
 これらを称して 「塩原十一湯」 と呼ばれています。

ちなみに、ここが 「温泉郷」 という言葉の発祥地だったって、知ってましたか?

 大正7年(1918) に出版された小説家・田山花袋の 『温泉めぐり』 の中で、<塩原は有名な温泉郷である。>と記したのが、最初の事例だったとされています。
 以後、複数の温泉地が集まるエリアのことを 「温泉郷」 と呼ぶようになったといいます。


 さてさて、バスは箒川の上流から支流の赤川へ。
 塩原温泉郷の一番奥にある温泉地が、元湯温泉です。
 現在、3軒の宿がありますが、訪ねた 「大出館」 は、その中でも一番奥にある宿です。
 まさに秘湯の宿です(「日本秘湯を守る会」会員)。

 今回、大出館を講座に選んだ理由は、ただ1つ!
 日本で唯一、黒い温泉が湧く宿だからです。

 同じ黒い湯でも、平野部で掘削により湧くモール泉とは成分が異なり、湧出時は無色透明ですが、温泉に含まれた鉄分や塩化物、硫黄などの成分による化学変化だと考えられています。


 その湯は、噂どおりの真っ黒け!
 「墨の湯」 の名称に恥じない色具合であります。
 温度は、熱からずぬるからず、いい塩梅でした。
※(「墨の湯」は混浴です。女性時間あり)

 大出館には、ほかにも 「五色の湯」 と呼ばれる天候により色の変わる浴槽がいくつもあり、この日は、淡緑色~緑白色の湯を堪能しました。

 受講生たちも、大喜び。
 抜けるような青空が広がる秋晴れの下、温泉三昧の一日を楽しんできました。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:16Comments(0)温泉地・旅館

2017年09月21日

下仁田温泉 「清流荘」⑧


 「米以外は、すべて自給自足。“地産地消” なんていう言葉ができる前から、うちは敷地内産地直送だよ」

 10年以上も前のこと。
 最初に下仁田温泉(群馬県甘楽郡下仁田町) の一軒宿、清流荘を訪ねたとき、畑で作業をしながら先代主人の清水幸雄さんが言った言葉が忘れられません。

 四方を小高い山々に囲まれた渓流沿い広がる敷地は、なんと約7000坪!
 池や小川が配され、自家農園のほかにも、シカ園、イノシシ牧場、キジ園、ヤマメ池があり、その真ん中に本館と7つの離れ家、浴室棟、露天風呂が点在しています。

 全国でも珍しい、“地産地食” にこだわった宿なのです。


 今日、僕は久しぶりに訪ね、2代目主人の雅人さんに話を聞いてきました。
 テーマは、2つ。
 温泉宿の経営者としての顔と、農夫としての顔。
 その両立への苦悩や熱き思いを聞きました。

 清流荘は、「日本秘湯を守る会」 の会員宿でもあります。
 彼は、その関東支部長をしています。
 群馬県内の会員宿は、現在9軒。
 全国では多いほうですが、以前は15軒ありました。

 「減ってしまった理由は、すべて後継者不在です。うちだって、先は分かりません」

 加えて、若者離れが拍車をかけているといいます。
 「何もない」「古くさい」 というイメージが秘湯の宿にはあるようです。

 秘湯 → 湯治場 → 年寄りの行く温泉

 本当は、そんなことないんですけどね。
 今後の課題です。


 清水家は、ブランドねぎ「下仁田ねぎ」 の主産地である馬山地区に、先祖から受け継いだ畑を持つ町認定の 「下仁田葱の会」 会員農家でもあります。
 下仁田ねぎは毎年10月頃に種をまき、2回の移植と土寄せを行い、翌年の11月下旬から12月上旬に収穫します。
 一般のネギに比べると、気が遠くなるほど膨大な時間と労力と管理が必要な特殊なネギなのであります。

 だから、うまい!

 「今年の夏は長雨で、植え替えが遅れてしまいました。でも大丈夫、これからが勝負ですから。下仁田ねぎは、後半、一気に成長するんです」
 そう言った雅人さんの目は、誇りに満ちて、キラキラと輝いていました。


 最後に雅人さんは、こんなことを言いました。
 「地元の食材を提供するのが、本来のもてなしの姿だと思います」
 そして、
 「日本の温泉文化を正しく後世に伝えていきたい。本来の温泉宿の姿、日本人の心の中にある温泉のイメージを大切にしたいですね」
 とも。

 雅人さんは、僕と同世代です。
 だからかも知れませんが、雅人さんが思っていること、考えていることが、ひしひしと心に響いてくるのです。

 彼のような “湯守” がいる限り、僕も共に温泉を守って行こうと強く感じました。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:30Comments(0)温泉地・旅館

2017年08月23日

霧積温泉 「金湯館」⑦


 <山の宿 泡付くヌル湯の 新鮮さ> by 郡司 勇


 全国でも希少な泡のつく温泉としても知られる群馬の秘湯といえば、霧積温泉です。
 かの伊藤博文や勝海舟らも泊まったという明治17(1884) 年創業の一軒宿、「金湯館」 へ行ってきました。


 「えー、今日の温泉は、源泉の温度が約39度。真夏にうれしい “ぬる湯” の宿です。何よりも、全身があっという間に泡まみれになる大変珍しい温泉です。ぜひ、その妙を楽しんでください」

 昨日は月に一回の野外温泉講座日でした。
 僕は9年前からNHKカルチャースクールで、温泉講座の講師をしています。

 「僕は、ここの湯のことを “サンゴの産卵” と呼んでいます。体毛、とくに陰毛が泡で真っ白になります。それを手で払ってみてください。パァ~と一斉に無数の気泡が飛び散って、まるでサンゴが産卵しているようですよ」

 車中で、笑いが起きました。
 やがてバスは、国道18号沿いのドライブインに到着。
 ここで一行は、すでに迎えに来てくれていた宿のマイクロバス2台に分乗し、山道を登り出しました。
 数日前に土砂崩れがあり、一時は通行止めになっていた道ですが、すでに復旧されています。


 鼻曲山の登山口、旧 「きりづみ館」 跡地の駐車場で、僕らは二手に分かれました。
 そのまま宿へ直行する組と、登山組です。
 僕を含め8名が下車し、伊藤博文らも歩いたといわれる 「ホイホイ坂」 を登って、宿を目指しました。

 徒歩約30分。
 たっぷり汗をかいて、待望の温泉へ。
 受講生一同、噂どおりの泡のつく湯を堪能しました。


 そして事件(?) が起きたのは、湯上がりの昼食タイムでした。
 「みなさん、全身が泡だらけになったでしょう?」
 と僕が受講生たちに問いかけた時でした。
 ほとんどの人が 「ハーイ!」 と答えている中、1人の婦人だけが、「私は付きませんでした」 と言います。

 えっ、そんなことってあるのでしょうか?
 1人だけ、泡がつかないっていうことが?

 「では、“サンゴの産卵” は見られなかったのですね?」
 との僕の問いに、婦人いわく、
 「私、頭髪以外、体毛がないのよ!」

 一瞬、場に静けさが漂い、遅れてドッと笑いが巻き起こりました。


 ま、毛のある人もない人も、存分に満足していただいた秘湯の宿でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:46Comments(0)温泉地・旅館