温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2021年06月12日

今日の朝日新聞 “拙者、焼きまんじゅうろうでござる!”


 ≪生まれは関東、上州です。利根の清き流れに産湯をつかり、空っ風に育てられ、義理と人情のためならば、ガブッと焼きまんじゅうをほおばって、悪を憎んで弱きを助け、西東。姓は 「焼き」、名は 「まんじゅうろう」。あま辛みそダレの股旅野郎とは、おいらのことよ!≫


 読者のみなさん、お久しぶりでやんした。
 おいらのこと、覚えてますか?

 おいらが誕生したのは10年以上も前のことですからね。
 古い読者じゃねーと、記憶に残っていないかもしれませんね。
 生みの親は、絵本作家の野村たかあき先生。
 育ての親が、このブログのオーナーであるフリーライターの小暮淳さんです。

 えっ、まったく知らないって!?
 何を言ってやんだい!
 おいらのこと知らなかったら、もぐりの “群馬県民” だぜ!

 おいらのことは、すでに2009年発行の 『日本全国ご当地キャラクター図鑑2』(新紀元社) の58ページに、しっかり群馬県のマスコットキャラクターとして掲載されてるんだぜ。
 当時の肩書は、「上州小麦食文化連合会長」。
 略歴には、「群馬のソウルフード、焼きまんじゅうのPRキャラクター」 と、ちゃんと書いてあるじゃねーか!


 さらに、2011年9月に伊香保温泉で開催された 『MM-1フェスティバル』 に、スーパーローカルオヤジバンド 「じゅん&クァ・パラダイス」 がゲスト出演して、おいらのテーマソング 「焼きまんじゅうろう 旅すがた」 を歌ったんですぜ!
 ちなみに “MM” とは、「まん中」 「まんじゅう」 の頭文字で、渋川市は日本のまん中、伊香保温泉は温泉まんじゅうの発祥の地という意味。
 ※(当ブログの2011年9月14日 「焼きまんじゅうろう 参上!」 参照)


 ということで、おいら、群馬のソウルフード 「焼きまんじゅう」 のために、上州小麦食文化連合を代表して、日夜、敵対する悪者 (県外の粉モノ) と戦っているのであります。
 そして、このたび、生みの親である野村たかあき先生の手により、紙芝居の主人公として命を吹き込んでいただき、またまた、みなさんの前で、おいらの活躍を披露することになりました。

 その制作過程や制作秘話が、今日の朝日新聞群馬版 (6月12日付) にて、大きく紹介されました!
 ぜひ、ご覧くだされ。


 必殺技は、「あまから剣法みそだれ返し」

 悪党どもを成敗いたす。
 さあ、どっからでも、かかってこいや!
    


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)執筆余談

2021年06月03日

オンコちゃん


 昨日の続きです。

 僕は “先見の明” があったのかもしれません。
 昔々、中学生の頃の話です。
 僕は読書が好きで、“文学少年” を気取っていました。
 ときどき、真似事で小説なんかも書いていました。
 とはいっても、ノートに書いて、友だちに見せて回る程度のお遊びです。

 当時、人気だったのは日本SFのパイオニア、星新一のショートショートでした。
 氏の代表作に 『ボッコちゃん』 という未来を描いた傑作があります。
 僕は、あこがれの氏へのオマージュとして、『オンコちゃん』 という掌編小説を書きました。

 “オンコちゃん” とは?

 未来の人間は、男と女の2つの性別だけではなく、第3の性が存在します。
 「オトコ」 と 「オンナ」 と 「オンコ」 です。

 オトコは精巣を持ち、オンナは卵巣を持ち、オンコは子宮を持っています。
 よって、3人が出会い、3人で愛し合わないと、子孫は残せないという世界です。

 実は、半世紀近く前に描いた小説なので本人も、どんな物語だったのかは、すでに忘れてしまっています。
 が、奇抜ながら現代のセクシャルマイノリティーな世の中を示唆しているのではないか?
 と、我ながら興味深く述懐しています。


 最近、テレビCMやドラマでは、必ずしも “しあわせのカタチ” は男女だけではなく、いろいろなカタチがあることを表現し出しました。
 男と男、女と女が作り出す “しあわせのカタチ” があるならば、第3の性 「オンコ」 が加わった “グルーブ恋愛のカタチ” が登場しても不思議はありません。


 たぶん、自由な世の中とは、どこまでも自由なことなのだと思います。
 はたして我々人間は、この “自由” を、どこまで許容できるのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 13:21Comments(0)執筆余談

2021年05月01日

おかげさまで3,000話


 昨日、このブログの記事投稿数が3,000件に達しました!
 これも、ひとえに読者様のおかげであります。
 心より御礼申し上げます。


 いや~、驚きました。
 突然、パソコンの画面に表示されたのですよ。
 「3,000件」 って!
 でも、3,000件といわれても、ピンときません。
 ので、ちょっと電卓をはじいてみました。

 このブログを開設したのが2010年の2月ですから、ざっと数えて、約4,000日と2カ月です。
 これを3,000件で割ると……

 約1.35日に1話の割合で書いていたことになります。
 分かりやすくいえば、4日に3話の投稿を11年間にわたり行っていたことになります。

 ま~、なんてヒマな人生なのでしょうか!?(笑)

 振り返ると、よくも飽きずに、コツコツとしたためたものだと、我ながら感心いたします。


 で、どんな記事を書いてきたのか?と、解説しながら紹介したいと思います。
 まず 「カテゴリ」 の欄をご覧ください。
 現在、話のネタのくくりとして、26のカテゴリに分けられています。

 投稿数の多いベスト5は、以下の通りです。
 ①「つれづれ」 858話
 ②「温泉地・旅館」 550話
 ③「温泉雑話」 281話
 ④「著書関連」 205話
 ➄「執筆余談」 178話


 1位の 「つれづれ」 は、日々の出来事や日常に感じた事柄を、思いつくままに綴っています。
 読者の中には、「温泉は興味ないけど、『つれづれ』 を楽しみに読んでます」 なんていう方もいたりします。
 オヤジとオフクロの介護話も、このカテゴリです。

 2位の 「温泉地・旅館」 と3位の 「温泉雑話」 は、このブログの核であります。
 そもそもブログを開設した最大の理由は、雑誌や新聞では書けなかった温泉ネタを紹介するためです。
 ブログのタイトル 『源泉ひとりじめ』 は、20年前に最初に雑誌に連載した温泉記事のタイトルでもあります。
 “初心忘るべからず” の思いからネーミングしました。

 4位の 「著書関連」 は、そのものズバリ!僕の著書に関連する記事です。
 企画から取材、そして制作、出版に至るまで。
 また、出版後のイベントや新聞の書評なども紹介しています。
 おかげさまで、この11年間で10冊の著書を世に出すことができました。

 これも読者様のおかげと、感謝しています。

 5位の 「執筆余談」 は、著書以外に新聞や雑誌等に執筆した記事や連載に関する話です。
 温泉以外の民話や地酒など、多ジャンルにわたる著述について紹介しています。


 それ以外にも、期間限定のカテゴリも多々あります。
 ぜひ、お時間のある時にクリックして、過去記事をご覧ください。

 読者の皆さまには、今後ともお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:50Comments(2)執筆余談

2021年04月02日

四字熟語に例えるならば


 実は僕、パズル作家なんです。

 高崎市内に配布されている 「TAKATAI (タカタイ)」(高崎タイムス) というフリーペーパーに、2000年の2月から毎週金曜日に 「熟語パズル」 を連載しています。
 今年で丸21年になります。

 なんと、今まで掲載されたパズルの数は、今週号で961題!
 思えば、温泉ライター歴よりパズル作家歴のほうが長いんですね。


 なんでパズル作家になったのか?

 あまりにも昔過ぎて、詳しい理由は忘れてしまいましたが、“ライター” ということで当時の担当編集者から話があったのだと思います。
 まあ、ライターなんていう職業は、“使い捨て” ですからね。
 仕事と聞けば、なんにでも飛び付くわけです。

 温泉ライターになったのも、元は同じ理由です。
 連載のきっかけとして、“温泉” というテーマに出合ったにすぎません。
 だから、日の目を見ずに、はかなくも消えていったテーマなんて、掃いて捨てるほどあったのです。

 その中で、残ったテーマたちに支えられて、今日まで “ライター” という職業を細々ながら続けてきました。


 そんなことを考えていたら突然、波瀾万丈の人生が四字熟語となって、次から次へと飛び出してきました。

 10代 疑心暗鬼
 20代 天衣無縫
 30代 切磋琢磨
 40代 暗中模索
 50代 無我夢中

 さて、迎えた60代は?

 “悠々自適” とは縁遠い人生ですが、せめて “自由闊達” に動き回りたいものです。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:38Comments(0)執筆余談

2021年03月26日

おめでとう! 創刊20周年


 <月刊デリジェイは、20歳になりました。>

 一昨日の地元紙に、でっかく一面広告が掲載されました。

 <2001年春に誕生した月刊デリジェイは、おかげさまで創刊20周年を迎えました。>


 「へ~、もう、そんなにもなるのかね~」
 と紙面を眺めつつ、感慨にふけってしまいました。
 何を隠そう (別に隠してはいませんが) 僕は、その20年前に創刊号を立ち上げた初代の編集長なのであります。

 月刊デリジェイは、創刊当時は 「月刊でりじぇい!」 と平仮名表記でした。
 地元新聞社とタイアップし、購読者に月一回配布される生活情報紙として発行されました。


 なぜ僕が、編集長に?
 えーと、えーと……
 記憶をたどると確か、それ以前に一誌、タウン誌の編集人をしていたことがあり、その経験を買われて、お声がかかったのだと思います。

 創刊時は現在と同じA4判サイズで “月刊” でしたが、1年後にはタブロイド判にサイズを拡大し、“隔週刊” になりました。
 それだけ広告も入り、評判も良かったということです。
 でも、作る側は大変でした。
 製作スタッフを2班に分け、常に2号同時進行で制作を行っていました。

 まさに “寝る間も惜しんで” という状態で、後にも先にも、僕の人生で、あの時が一番、仕事をしていたと思います。

 でも、スタッフの過労と広告収入の減少により、やがて、元のサイズ、月1回の発行にもどりました。
 そして、さまざまな事情により僕は、3年で編集の采を次世代へと手渡しました。


 たぶん、現在の編集長は4代目だと思います(違っていたらゴメン)。
 2代目から現在の編集長まで、全員、創刊当時に苦楽を共にしたスタッフです。
 だから僕は、編集室を去った後も、毎月、誌面を見るたびに、「みんな頑張ってんな」 という嬉しさとともに、「そのまま頑張ってくれ」 とエールを送り続けてきました。

 そして、20周年。
 心よりお慶び申し上げます。


 ネット社会の今、紙媒体は風前の灯火とも言われています。
 それでも “紙” だからこそ伝えられることは、まだまだ残っています。

 あの日、あの時、オギャー!と産声を上げた雑誌が、成人式を迎えました。
 創刊にかかわった編集者の一人として、ただただ感慨深く、広告の紙面を見つめていました。


 おめでとう! 20歳
 おめでとう! デリジェイ
   


Posted by 小暮 淳 at 10:22Comments(0)執筆余談

2021年02月02日

おかげさまでブログ開設11周年


 読者の皆様に、お礼を申し上げます。
 このブログが、今年の2月で開設11周年を迎えました。
 これも、ひとえに、読者の皆様が根気強く支えてくださったからであります。

 文章とは、読まれてナンボの代物です。
 それは、ライターという職業を生業にしている僕が、一番痛感していることです。
 「読まれない文章は、日記と同じ」
 そう心に戒めて、何十年と、この職業を続けてまいりました。

 ブログも同じです。

 でも、気がついたら11年もの月日が流れていました。
 投稿した記事の総数は、昨日までで2,920話。
 ざっと計算すると、1.3日に1話の割合で投稿していたことになります。

 我ながら飽きもせず、よく続いているものだと思いますが、なによりも、その投稿した記事を読んでくださる読者がいないことには、続けようにも続けられません。
 ということで、改めて、心より御礼申し上げます。

 いつもありがとうございます。


 さて、一口に11年といっても、それはそれは長い月日であります。
 僕がブログを開設した年に、オギャー!と生まれた子が、今年の春には小学6年生になるのですぞ!
 そう考えると、改めて、「継続は力なり」 なのだと知らされます。

 でも、はたして、本当に力となっているのでしょうか?
 僕は、この11年間で、成長することができたのでしょうか?
 だんだんと不安になってきました。

 ということで検証するべく、また、この11年間に、どんな出来事があったのか、主だった事柄をピックアップしてみました。


 2010年9月 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) 出版
 2011年1月 『ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) 出版
      9月 『あなたにも教えたい四万温泉』(上毛新聞社) 出版
 2012年9月 『みなかみ18湯【上】』(上毛新聞社) 出版
 2013年4月 『みなかみ18湯【下】』(上毛新聞社) 出版
 2014年4月 『新ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) 出版
 2015年1月 NPO法人 「湯治乃邑(くに)」 設立 代表理事就任
      1月 テレビ東京 『にっぽん!いい旅』 新春スペシャル ナビゲーター
      4月 群馬テレビ 『ぐんま!トリビア図鑑』 スーパーバイザー就任
      5月 『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) 出版
 2016年5月 『西上州の薬湯』(上毛新聞社) 出版
      5月 「みなかみ温泉大使」 委嘱
      10月 「中之条町観光大使」 委嘱
 2017年3月 群馬銀行 「ぐんぎん証券開業記念講演会」 講師
      5月 『金銀名湯 伊香保温泉』(上毛新聞社) 出版
      5月 「伊香保温泉大使」 委嘱
      5月 「老神温泉大使」 委嘱
      7月 「四万温泉大使」 委嘱
      7月 NHKBSプレミアム 『ニッポンぶらり鉄道旅』 ナビゲーター
 2018年6月 NHK総合テレビ 『ネタドリ!群馬スペシャル』 ナビゲーター
      8月 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) 出版
 2019年1月 三重銀行 「温泉はもっと楽しめるセミナー」 講師
      4月 「ぐんまの地酒大使」 委嘱
 2020年11月 エフエム群馬 開局35周年特別番組 『ぐんま温泉ラジオ』 解説


 思いつくまま挙げてみましたが、なんだかんだ、いろんなことをやってきたんですね。
 当然ながら、悲しい出来事もありました。
 相次いで、両親と愛犬のマロを見送ったことも、このブログに綴りました。

 それでも、こうやって、今日もブログを書いている喜び!
 やはり、ひとえに、読者の皆様のおかげだと思っています。

 今後とも、末永く、ご愛読していただけるようお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:02Comments(3)執筆余談

2020年11月25日

ようこそ殺人現場へ


 これだからライターという仕事は、やめられません。

 読者の皆さんは、覚えていますでしょうか?
 以前、このブログで、非業の死を遂げた一介の村医者が、死後、民衆により神格化され、現在でも祀られたいるという話を?
 僕は、その医師が殺害された現場までの足取りを追いました。
 そして、ついに、その場所を突き止めたのです。

 というのが、前回の報告でした。
 ※(2020年9月29日 「殺害現場はココだ!」 参照)


 その後、僕は、この話を高崎市内に無料配布されているフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に執筆しました。
 掲載されたのは、先週の金曜日です。

 「小暮さん、今、お時間大丈夫ですか?」
 昨晩、突然、編集長から電話がありました。
 「反響がありました! さっき、読者と名乗る男性が、わざわざ社を訪ねて来たんです」
 と、かなり興奮気味であります。

 電話やメールを寄こす読者は多々いますが、直接、訪ねて来る読者というのは珍しい。
 「で、なんだって?」
 「それがですね、殺人現場へ行ってきたと言うんですよ!」
 「えっ、墓ではなく、殺人現場へ?」
 「墓参りもしたらしいのですが、現場にも」
 「現場っていったって……」


 編集長と僕が驚いていたのは、殺された医師の殺害現場を特定できたということです。
 記事には、確かに 「事件現場」 とキャプションが付いた写真が掲載されています。
 しかし、写っているのは路面のアップだけです。

 実は発行前、この殺害現場の写真の掲載については、論議されました。
 「引き (全景) の写真を載せると場所が特定され、近隣住民に迷惑がかかるかもしれない」
 として、写真をトリミング (画像処理) してから掲載しました。

 今、改めて掲載写真を見ても、どこにでもある道路にしか見えません。
 「この写真で、よく特定ができたね?」
 「それがですね、一部、情報が写り込んでいたんですよ!」

 それは、車でした。

 写真の奥にポツンと小さく、赤い車が写っています。
 もちろん、ナンバープレートの判読なんてできません。
 「えっ、この車で場所が分かっちゃったの?」
 「ええ、特長のある車両ですからね」


 マニアックな読者って、いるものですね。
 そこまで深読みしていただけるなんて、ライター冥利に尽きるかもしれません。

 「で、その読者、それを言うためだけに編集室に来たの?」
 「いえ、ほかの人にも教えてあげたいからと、掲載紙をもらいに来たんですよ」


 読者様は神様であります。
 ただただ、頭が下がります。

 「で、小暮さん! その読者がね、謎めいたことを言って帰ったんですよ」
 「謎めいたこと?」
 「ええ、死んだ医師の墓が、もう一つ、別の場所にあると!」
 「そこは、どこ!?」

 そのあと、編集長から告げられた言葉に、全身鳥肌が立ちました。
 その場所は、殺された医師が、開業医になる以前に住んでいた地名だったのです。


 謎学の旅は、つづく。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:17Comments(0)執筆余談

2020年10月17日

連載再開 『ほろ酔い街渡』


 <長引きそうな “ウイズコロナ” の世の中だが、読者の期待に背中を押されながらもソーシャルディスタンスを保ち、マスク着用の出で立ちで、久しぶりに高崎駅に降り立った。>
 こんな書き出しで、連載が再び始まりました。


 高崎市民のみなさん、大変お待たせしました!
 月2回、高崎市内に配布されているフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 に、2018年3月より不定期連載されている 『群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』。
 今年の1月の掲載以来、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けストップしていた取材が、満を持して再開しました。

 そして、昨日発行された 「ちいきしんぶん」 10月16号で、不死鳥のごとく復活したのであります!
 タイトルは、「小栗上野介ゆかりの酒を訪ねて」。
 再開にふさわしく、群馬県最古の酒蔵である牧野酒造 (高崎市) を取材しました。


 このシリーズタイトルには、「公共交通機関で行く」 という副題が付いています。
 以前、同紙で連載し、のちに書籍化された 『里山を行く』 や 『ぶらり水紀行』 同様、あえて車を使わずに、電車とバスを乗り継いで、足で書く取材を続けています。
 ※(書籍は上毛新聞社より 『ぐんまの里山てくてく歩き』 として出版されています)

 それは、なぜか?
 とうぜん! 酒が呑みたいからであります。

 酒蔵を訪ね、酒を呑まずして、文章が書けますか?
 もし、それをやっちまったら、温泉ライターが温泉に入らずに、温泉のうんちくを書いているようなもの。
 フードライターが、料理を食べずして、グルメを気取っているのと同じです。

 ということで今回も、電車とバスを乗り継いで、丸1日かけて “ほろ酔い” ながら街を渡って来ました。
 バスの乗り継ぎ時間があれば、コンビニに駆け込み、缶ビールを買って、バス停で呑み。
 取材が終わって、高崎駅に着けば、そのまま居酒屋へ直行。
 という、のん兵衛による、のん兵衛のための、のん兵衛エッセイを書くために、取材を続けています。


 「ぐんまの地酒大使」 として、群馬県内の全酒蔵を制覇するまで!
 酒好きの方はもちろんのこと、そうでない方でも楽しめる旅エッセイです。

 今後の連載を、ご期待ください!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:54Comments(0)執筆余談

2020年07月15日

温泉以外のアーカイブス


 昨日は、このブログへのアクセス数が100万回を超えたことを、お伝えしました。
 そして、その節目として、ブログに投稿した過去記事(2,730話) の中から、「人気ランキング」 の上位10話を発表しました。

 これにより、分かったことがあります。
 上位10話のうち、9話が温泉関連の記事だったということです。
 “温泉ライターのブログ” と銘打っている以上、必然的に温泉ファンの閲覧が多くなることは分かっていましたが、それでも、その他の記事とのアクセス数の圧倒的な差に、改めて驚いた次第です。

 唯一、ベスト10入りしたのは、8位の 「謎学の旅③ お化け坂の白い家」 でした。

 ということで、その後、アクセス数の上位100話までをチェックしてみました。
 すると、温泉関連以外の記事は、9話ありました。
 残りの8話は、以下の通りです。


 (37) 拝啓 恵村順一郎様   2013年4月18日
 朝日新聞社の元前橋総局長で、テレビ朝日 「情報ステーション」 のコメンテーターを務めた恵村さんへの手紙文です。

 (47) ああ、愛しのリンダ様   2013年1月8日
 エフエム群馬の人気パーソナリティー、櫻井美千代さんの番組に出演した時のエピソードです。

 (52) ショッカーの 「イー!」   2013年4月15日
 その昔、仮面ライダーのショッカー戦闘員のアルバイトをしていた時の逸話です。

 (70) さみしいよ          2013年11月17日
 昨年亡くなったオフクロと7年前に亡くなった叔父。実弟の死に目に会えなかったオフクロの無念……

 (72) 「さよならの夏」 が聞える  2011年7月28日
 40年前の夏、僕がプロデュースした女性デュオグループとの情熱を燃やした青春の日々。

 (84) 謎学の旅② 「ウナギを食べない住民」  2010年8月4日
 一昨年に出版した著書 『民話と伝説の舞台』 に収録されている 「片目ウナギ」 を書くきっかけとなった謎学の旅。

 (86) ちょっとインドまで⑦ 「カースト制度とバクシーシ」  2012年8月17日
 インド旅行記のシリーズ第7回。当ブログのカテゴリーより全10回を閲覧することができます。

 (89) 30代に見る夢        2012年5月11日
 「なでしこジャパン」 の佐々木則夫監督の名言より、“ブレずに生きる” ことの意味を考えてみました。


 以上、人気ランキングの100位までにランキングされた温泉以外の投稿記事でした。
 気になったり、興味を持ったテーマがありましたら、「ブログ内検索」 にてクリックしてみてください。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:51Comments(0)執筆余談

2020年07月14日

おかげさまで100万アクセス!


 これもひとえに、長年支えて下った読者様のおかげと、感謝しております。
 いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。

 昨日、このブログのアクセス数が、100万回を超えました!


 おりしも今年は、ブログ開設10周年という節目の年です。
 たかが10年と思われるかもしれませんが、日数にしたら3,650日もあるわけでして、ブログ開設したのが10年前の2月ですから今年も約150日は経過しているので、昨日までに約3,800日をブログとともに生きて来たことになります。

 その間に投稿した記事の数は、2,730話になります。
 ゆえに、ざっと計算すると、僕は1.4日に1話の割合で、記事を投稿していたことになります。

 よくもまあ、飽きもせず、書き続けてきたものだと、我ながら感心してしまいます。
 いえいえ、ブログとは、書き手より読み手あってのモノ!
 “飽きもせず” お付き合いしてくださっている読者様に、ただただ御礼を申し上げます。


 さて、アクセス数100万回の節目に、何を書こうかと考えあぐねた結果、「人気ランキング」 なるものを発表しようと思います。
 過去の2,730話のうち、アクセス数が多かった上位10話は、以下の通りです。

 ① 奈女沢温泉 「釈迦の霊泉」2       2012年11月10日  4,342PV
 ② 老神温泉 「ぎょうざの満洲 東明館」   2014年6月18日  3,988PV
 ③ 座禅温泉 「白根山荘」           2014年10月9日  3,675PV
 ④ 山田べにこさんと対談           2012年1月14日  2,928PV
 ⑤ 沢渡温泉 「龍鳴館」            2010年4月23日   2,684PV
 ⑥ 湯宿温泉 「常盤屋旅館」         2012年10月5日   2,557PV
 ⑦ 四万温泉 「竹葉館」            2010年12月15日  2,386PV
 ⑧ 謎学の旅3 「おばけ坂の白い家」    2010年8月15日   2,2779PV
 ⑨ 猿ヶ京温泉 「旅籠屋 丸一」       2012年3月30日   2,154PV
 ⑩ 四万温泉 「白岩館」「もりまた旅館」   2011年2月5日   2,145PV


 いかがでしたでしょうか?
 やっぱり、温泉ファンのアクセスが多いようですね。
 もし、気になる記事がありましたら、ブログ内検索にて、過去記事をチェックしてみてください。

 このブログは、まだまだ続きます。
 20周年、30周年……
 200万アクセス、300万アクセス……
 を目指して!
 コツコツと、したためてまいります。

 今後とも、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:48Comments(7)執筆余談

2020年06月12日

めぐみさんとタウン誌


 北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの父、滋さん(87) が亡くなられました。

 めぐみさんが新潟市内で行方不明になったのは、昭和52(1977)年11月。
 北朝鮮による拉致の疑いが浮上したのは、それから20年後の平成9(1997) のことです。
 横田滋さん、早紀江さん夫妻は40年以上も最愛の娘を探し続けていましたが、ついに滋さんは再会を果たせずに旅立ってしまいました。


 このエピソードは、まだ、めぐみさんが北朝鮮の拉致による行方不明だとは、国民の誰もが知らなかった頃の出来事です。

 横田夫妻は、昭和63(1988)年から平成3(1991)年の3年間、滋さんの勤務地である前橋市に暮らしていました。
 当時、僕は地元タウン誌の記者として、カメラを首から下げて、県内を東奔西走しながら、取材を続ける毎日を送っていました。


 <早紀江さんは偶然手にしたタウン誌にめぐみさんにそっくりな写真を見つけた。「ボウリングレディ」 というミス・コンテストの写真特集に、群馬代表の5人が写っていた。>
 (2002年10月4日付 上毛新聞 「三山春秋」 より)

 このタウン誌は、月刊 「上州っ子」 の1989年2月号であり、記事は、日本ボウリング協会主催によるコンテストの群馬大会のことでした。
 毎年1月に前橋市内のボウリング場を会場に開催され、写真選考を通過した30人が集まり、私服の第1次審査と水着の第2次審査を行い、選出された上位5人が東京で開催される全国大会へ出場していました。

 そして、この時、写真を撮り、記事を書いたのが僕でした。


 < 「この人、めぐみに似ていない?」 と滋さんに雑誌を見せた。「似ていると言えば、似てるなあ」 と滋さんはその時うなずいたという。本大会が東京で開催することを記事で知った早紀江さんは、会場のホテルに駆け付けた。>

 結果、本人ではなかったことが分かります。

 でも、この時、早紀江さんは、こんなふうにコメントしています。
 < 「本当によく似ているけど、やはりめぐみではないと、すぐに分かりました」。それでも 「とても懐かしい気がして、あの子もあんなふうに大きくなっていればいいと思いました」 >


 めぐみさんは異国の地で、父の死を知ることができたのでしょうか?
 ただただ、無念でなりません。

 いったい、いつになったら帰ってくるのでしょうか?

 滋さんのご冥福をお祈りいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:31Comments(0)執筆余談

2020年05月11日

文士かくありき


 カボチャの冷たいスープ、から始まり、
 尾頭付き真鯛の塩焼き、茶碗蒸しの磯のり添え、木の実のかやく飯、オクラのお吸い物、に至るまで……。
 その間にも、酒のあてとして、
 手作りツナ(マグロ)、あぶりチャーシューのわさび醤油、茹でシラス、などなど、手の込んだ一品が次々と食卓に並びました。

 以前、文筆家の木部克彦氏のお宅に、お邪魔したときの、もてなしのされようです。
 すべて、氏本人が一人で作った料理です。
 以前から氏の料理の腕前は有名で、料理関連の著書を出版していることも知っていましたが、目の当たりにすると、ただただ息をのむばかりでした。
 この時、僕は、あまりにも自分との “才” の違いに、打ちひしがれた記憶があります。

 同じ人として、同じ男として、同じ年齢であり、同じ職業に就きながら……
 いったい、この違いはナンダ?


 氏との出会いは、ちょうど10年前になります。
 群馬県内のメディアに係わる人たちの集まりがあり、その席で初めてお会いしました。
 その後、何度か別の宴席でも顔を合わせましたが、親しくなったきっかけは、氏が2012年10月に出版した『続・群馬の逆襲』(言視舎) でした。
 前作の 『群馬の逆襲』(彩流社) がベストセラーとなり、すでに全国で 「~の逆襲」ブームが巻き起こっていた最中の待望の続編です。

 「次の本で、小暮さんのことを書かせてよ」
 冗談だと思っていた氏の言葉に、二つ返事で了承すると、本当に書かれてしまいました。
 著書の中では、「温泉バカ一代」 「天下無敵の温泉フリークの星」 などと揶揄(?) されながらも、5ページにわたり、僕のことを “群馬の宝” として紹介してくださいました。


 そんな木部氏が、このたび、またまた本を出版しました。
 『夢に住む人 認知症夫婦のふたりごと』(言視舎)

 氏は、認知症になった両親の介護に関しては、すでに2年前、『認知症、今日も元気だい 迷走する父と母に向き合う日々』 という日記風のエッセイを出版しています。
 今回は、続編ともいうべき2作目で、ノンフィクションの小説仕立てになってます。

 <家族の、地域の、医療と福祉の、社会のちょっとした支えがあれば、認知症なっても楽しく生きられる。>
 と氏は、新聞でコメントしています。


 僕も寝たきりの母と、認知症の父を長年介護しましたから、氏の思いは手に取るように分かります。
 ただ、僕と氏の違いは、そのことを “著する” かいなかであります。
 ここでも、また、才の違いを見せつけられてしまいました。

 文士たるもの、かくありきなのですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:17Comments(0)執筆余談

2020年04月18日

さよなら! グラフぐんま


 昨日、群馬県のグラビア広報誌 「グラフぐんま」 の最新刊が届きました。
 2020年4月号(第54巻3号通巻622号) です。
 創刊から54年経った年の3号目ということになります。

 そして、最終号です。
 この号をもって、54年の長い歴史を閉じました。
 ※(廃刊理由については、当ブログの2020年3月14日 「残念ながら最終回」 参照)


 最終号では、「表紙でみる グラフぐんま 伝えた54年」 と題した特別企画が巻頭を飾りました。
 <1967(昭和42)年の創刊以降、群馬に関するさまざまな話題を伝えてきたグラフぐんま。今なお県民の心に深く刻まれている出来事の数々を、表紙で振り返る。>

 碓氷バイパス開通(1971)、上越新幹線開業(1982)、あかぎ国体・愛のあかぎ大会開催(1983) など、県民には懐かしい写真(表紙) が紹介されています。
 中には、平成3(1991)年の 「琴錦が幕内初優勝」 なんていう表紙もあります。
 群馬県出身の力士の優勝は初めてということで、県民が大いに祝ったことを思い出しました。


 さてさて、僕も少なからずや 「グラフぐんま」 には、お世話になっていました。
 平成29(2017)年の5月号から毎号、『温泉ライター小暮淳の ぐんま湯けむり浪漫』 という温泉の紀行エッセイを書かせていただきました。
 最終回の第27回では、「尻焼温泉」(中之条町) を旅しています。

 おかげさまで 「グラフぐんま」 は、書店売りだけではなく、図書館や公民館、銀行などの公共スペースに置かれていることが多く、非常に知名度の高い雑誌です。
 そのため、県内での講演やセミナーに講師として呼ばれる場合、<「グラフぐんま」 でお馴染みの温泉ライター> などと紹介されることもありました。


 僕は過去に、いくつもの雑誌の廃刊を見てきました。
 その中には、僕が廃刊を決断した雑誌もあります。
 時代の流れとはいえ、継続されていたものが途切れるというのは、さみしいものです。

 その悲しみが分かるからこそ、そっと見送ろうと思います。
 さよなら! グラフぐんま
 ありがとう! グラフぐんま
  


Posted by 小暮 淳 at 13:02Comments(0)執筆余談

2020年04月05日

ジパング日和 ~群馬DCによせて~


 「この度は、ご紹介いただいて、ありがとうございます」
 「えっ? ……ああ、ジパングですね」

 某観光協会に電話をかけた時のことです。
 電話に出た事務局長は、開口一番、そう言いました。
 JRの会員誌 『ジパング倶楽部』 の4月号に、僕は 「 “ひとりじめ” したくなるいい温泉」 というタイトルで群馬の温泉記事を書いたのでした。

 この特集で、県内5ヵ所の温泉地を紹介しました。
 その中の1つが、某観光協会の管轄内の温泉だったのです。


 「せっかく記事を書いていただいたのに、こんな状況になってしまって……」
 と事務局長が言うのも、無理はありません。
 僕が記事を書いた 『ジパング倶楽部』 4月号は、今月1日から開催されている大型観光企画 「群馬デスティネーションキャンペーン(DC)」 に合わせて企画された特集号だったのです。

 さあ、春から夏にかけて、群馬に遊びに来てください!
 と、呼びかけた矢先に、このウイルス騒動が始まってしまいました。


 <コロナでイベント中止>
 <群馬DC寂しい開幕>
 数日前の新聞には、こんな見出しが……

 記事によれば、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、県内のイベントが軒並み中止となっており、さみしい開幕となったと報じています。

 たとえば、四万温泉。
 吉永小百合さんがCMに出ていることで話題の 「四万ブルー」 と呼ばれる青い湖水が美しい奥四万湖を一望できる四万川ダムでの業務用エレベーターを一般公開するイベントが始まりましたが、開催直後に県から自粛要請があり、突然、休止となってしまいました。
 残念でなりません。


 自粛ムードが続く中、観光大使として、温泉大使として、何ができるのだろうか……?
 日々、家の中で悶々としています。

 早く、来い来い、ジパング日和!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:22Comments(0)執筆余談

2020年03月25日

ジパング倶楽部 4月号


 JR 「ジパング倶楽部」 の会員のみなさん、こんにちは!
 はじめまして、温泉ライターの小暮です。
 みなさんの元へ、「ジパング倶楽部」 の4月号は、届きましたか?

 いよいよ、4月1日から6月30日まで 「群馬デスティネーションキャンペーン(DC)」(大型観光企画) が開催されます。
 キャッチフレーズは、「心にググっとぐんま、わくわく体験 新発見」。
 ということで4月号の特集は、「群馬 知るほどなるほど、学ぶ旅」 と題して、鉄道や温泉、古墳といったテーマで、群馬の旅へ、ご案内します。


 で、今回、せん越ではありますが、県内の温泉大使を務める僕がナビゲーターとなり、4ページにわたり記事を書かせていただきました。
 タイトルは、「“ひとりじめ” したくなる いい温泉」。
 山奥にある秘湯や小さな温泉宿、ユニークな穴場スポットを紹介しました。

 巻末のコラム 「北に名湯、南に薬湯あり」 では、なぜ、群馬の温泉は素晴らしいのか?について、温泉自慢を書かせていただきました。


 えっ、読みたいけど、会員じゃないから読めないって!?
 だったら今すぐ、ご入会ください。

 ●お問い合わせ先
 JR東日本 大人の休日・ジパング倶楽部事務局 TEL.050-2016-7000
   


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)執筆余談

2020年03月14日

残念ながら最終回


 すでに新聞報道等で、ご存じの方も多いかと思います。
 群馬県の情報誌 『グラフぐんま』(企画/群馬県、編集・発行/上毛新聞社) が、来月4月10日発行の4月号をもって廃刊されることになりました。

 『グラフぐんま』 は昭和42(1967)年創刊。
 来月号で第622号を数えます。
 写真を大きく扱ったワイドな紙面で、県政情報や地域情報をふんだんに発信してきました。
 現在の発行部数は約15,000部、年9回発行。
 書店でも販売されていますが、主に学校や図書館、医療機関、金融機関、郵便局などには無料配布されているため、多くの県民に愛されてきました。

 今回の廃刊について県の広報課は、「スマートフォンの普及により、県民が待合室などでグラフを読む機会が減った」 からと理由を説明。
 県民がインターネット上で、さまざまな写真を手軽に見られるようになった影響が大きいとしています。

 令和になり、ますます紙面による活字離れが進んでいるということの表れのようです。


 僕は平成29(2017)年の5月号から 『温泉ライター小暮淳の ぐんま湯けむり浪漫』 というシリーズを連載しています。
 今までに26温泉地を紹介しました。
 そして今週、27温泉地目の原稿を仕上げたばかりでした。

 突然の県の発表に多少の驚きはありましたが、これも時代の流れです。
 廃刊は、うすうす感じていました。
 本当は、もっともっとたくさんの温泉を県民のみなさんに紹介したかったんですけどね。
 これだけは、仕方ありません。


 『グラフぐんま』 の連載を楽しみにされていた読者のみなさん、本当に長い間、ありがとうございました。
 来月号が最終回となってしまいましたが、僕の “湯けむり浪漫” は、これからも続きます。

 また、別の紙面でお会いしましょう!
   


Posted by 小暮 淳 at 13:08Comments(0)執筆余談

2020年03月09日

ネットの弊害


 20年前のこと……
 当時、僕は雑誌の編集人をしていました。
 パソコンが普及し始めた頃で、編集者は不慣れながらもキーボードを叩いて、原稿を書いていました。

 「編集長、原稿チェック、お願いします」
 僕は毎日、スタッフから上がってくる原稿に目を通します。
 ところが……
 「おい、なんだこれは? 文体がバラバラじゃないか? 本当に君が書いた文章なのか?」
 問いただすと、
 「あ、はい……いえ、ネットで調べました」

 いわゆる今でいうコピペ (コピー&ペースト) といわれるズルをしていたのです。
 ネットで調べた記事を、いくつかコピーして貼り合わせていたのです。
 「ダメだよ! 自分の足で調べて書きなさい!」
 と、原稿を突き返しました。


 10年前のこと……
 僕は本の出版のために、県内の温泉旅館を回り、取材を続けていました。
 当時、行く先々の旅館で、こんなことを言われました。
 「本当に取材に来るんですね」
 最初は、何のことを言われているのだか分かりませんでした。
 「本当にって?」
 「だって、ほとんどの雑誌が電話での取材ですから」
 「えっ、じゃあ、写真はどうするんですか? カメラマンは来ないの?」
 「今は、みんなネットですよ。写真を送ってくださいって。もしくはホームページからの転載です」


 そして今……
 すべてではありませんが、出版社や雑誌社との原稿のやり取りの際に、首をかしげてしまうことがあります。
 送られてくる校正に、赤線が引かれていて、
 <不明> とか <確認とれず> の書き込みがあります。
 指摘されている箇所は、そのほとんどが僕が取材で地元の人や旅館の主人から聞いた内容です。
 意味を問うと、
 「ネットで検索しても、その事実がありません」
 とのことでした。

 おいおい、ネットが基本か?
 こっちは、直接関係者から聞いた事柄を書いているんだよ!


 おかしな世の中になったものです。
 便利になり過ぎて、誰もが平気で手を抜きだしています。
 でも、一度手を抜くと、人は便利から抜け出せなくなってしまいます。
 そしていつしか、“便利”=“正しい” と思い違いをしてしまいます。

 つくづく、便利って、なんて不便なのだろうと思ってしまいます。
 でも、まだ今なら間に合います。


 編集者よ、パソコンを捨てて、街を出よう!
    


Posted by 小暮 淳 at 12:06Comments(0)執筆余談

2020年02月12日

ブログ開設10周年


 このブログを開設したのは、2010年2月13日です。
 今日で、ちょうど丸10年となりました。
 これも、ひとえに読者のみなさまのおかげであります。
 心より、お礼を申し上げます。

 ブログを始めるきっかけは、現在も大変お世話になっている高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) 社長の吉田勝紀氏からの勧めでした。
 当時、パソコン音痴の僕は渋っていたのですが、「ファンのために書いてください」 と手取り足取り熱心に指導してくださり、なんとか開設にこぎつけました。

 気が付けば、10年です。
 たかが10年、されど10年……
 その間に、10冊の著書を出版することができました。
 また、観光大使や温泉大使など県内6ヶ所の自治体や団体より “大使” の任務を仰せつかったのも、この10年間です。
 そう思うと、ブログとともに歩んできた10年間だったことが分かります。


 そんな僕にブログを書かせた張本人である吉田氏が、「ちいきしんぶん」 で企業向けに発行しているニュースレターの新春号に、「続ける力」 という題で僕のブログについて、こんな記事を書いてくださいました。
 一部を抜粋して、掲載させていただきます。

 <ちいきしんぶんでも大変お世話になっているフリーライターの小暮淳さん。新年最初のちいきしんぶん(1/10号)の1面でも小暮さんの連載 「ぐんまの地酒 ほろ酔い街渡(ガイド) 」 が載っています。ブログ 「小暮淳の源泉ひとりじめ」 は、今年の1月でまる10年、2月から11年目に突入です。ほぼ2日に1回くらいの割合で更新されています。このブログから仕事や講演の依頼はもとよりテレビやラジオの出演、新聞や雑誌への執筆依頼まで来るとか。また小暮さんのファンとの交流もこのブログがきっかけだそうです。>
 <まさに日々こつこつ積み上げている行動に対して素晴らしい結果が出ているという事実。さて気になるのはどうやって続けてきたか?ご本人に直接聞いてみました。「秘訣としては、写真を一切使わず文字のみのブログであることかもしれません。視覚にとらわれず、筆者目線で日々を切り取ることができるから」 とのことでした。今やSNSは文字より写真の方が優先されがち。写真1枚あれば文字での表現を大いに補ってくれますが、逆に写真がなければ文章に集中できる。目から鱗の回答でした。>

 社長、なんとも面はゆい記事をありがとうございました。


 このブログも、いよいよ明日から11年目に入ります。
 末永くお付き合いのほどを、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:40Comments(3)執筆余談

2020年01月31日

パズルに夢中 ~おかげさまで20年~


 実は僕、パズラーなんです。
 しかも、「作る」 と 「解く」 の両刀です。

 2000年2月から高崎市内に配布されている 『TAKATAI (タカタイ)』(上毛新聞社) という生活情報紙に、「漢字熟語パズル」 を毎週連載しています。
 今月で、連載開始から丸20年になりました。
 その間に作ったパズルの数は、903回!
 まさか、こんなにも続くとは思ってもいませんでした。

 僕が作っている漢字熟語パズルは、オリジナルです。
 隔週で交互に、“二字” と “四字” の漢字熟語が入れ替わります。
 このスタイルに決るまで、1年の企画・構想期間を費やしています。
 生みの苦しみから実現した、パズル連載でした。


 思えば僕は、子どもの頃からパズル好きな少年でした。
 一番のお気に入りはクロスワードパズルですが、今でも新聞や雑誌で見つけると、何よりも真っ先に解き出します。
 難しければ難しいほど、燃えるんですね!
 考えて、考えて、どうしても答えを導けないときは、素直に負けを認めて、辞書やネット検索にたよることもありますが、できれば、そんなことはしたくない!

 だって、僕は作る側の人間でもあるからです。
 作る側は、読者に “勝負” を挑んでいるからです。
 「さあ、解けるものなら解いてみろ!」 ってね。

 それゆえ、解けたときの優越感はひとしおであります。


 最近、夢中になっているパズルがあります。
 「数独」 です。
 ナンプレともいいますが、81マスのタテヨコ1~9までの数字を揃えるパズルです。
 最初は何がなんだか分からないのですが、初級編からコツコツとあきらめずに挑戦していくと、だんだんと解くコツが分かってきます。

 現在は、上級編に日々挑んでいます。
 酒を呑みながら始めると、ついつい夜更かしをしてしまうため、量も増え、睡眠不足になるのが目下、悩みのタネであります。


 スマホ時代に、かなりアナログの趣味ですが、みなさんも始めてみませんか?
 ハマリますよ!

 ゲームもいいけど、パズルもね。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:22Comments(0)執筆余談

2019年10月30日

おかげさまで2,500話


 このブログの記事投稿数が、前回で2,500話に達しました!

 たかが2,500、されど2,500であります。
 2010年2月からコツコツとしたためてきた雑文ですが、こうやって9年8ヶ月の歳月を重ねると、積もりに積もるものです。
 なんとも感慨深いものがあります。

 思えば、これはひとえに、読者あっての数字です。
 “相撲取り 相撲を取らなきゃ ただのデブ” にならえば、ライターも読まれなければ、ただの使い捨てライターであります。
 読まれてナンボの商売ですからね。

 まあ、ブログは商売ではあれませんけど、それでも書いている以上、読まれなければ、ひとり言の日記と同じです。
 やっぱり、読まれてこそ、ブログなのであります。


 ひと口に2,500話といっても、膨大な数ゆえ、筆者本人でさえ書いた内容を、すべて憶えているわけではいません。
 でも、この10年間は、我が人生の中でも激動の10年間だったと思っています。

 ブログを開設した前年に、初の温泉本 『ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) を出版しました。
 翌年から毎年、出版を続け、2017年5月の 『金銀名湯 伊香保温泉』(同) まで計9冊の温泉本を執筆しました。
 また、著作では登山本の 『ぐんまの里山てくてく歩き』(同) 、昨年出版した 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) という温泉以外を題材とした本も出版しました。

 その他、下仁田ネギや日帰り温泉ガイドなどの共著や共編の出版物を合わせれば、14~5冊の本を世に出したことになります。
 忙しかったはずです。


 そして、この10年は、介護に明け暮れた10年間でもありました。
 認知症のオヤジと寝たきりのオフクロとの、笑えないけど笑っちゃうエピソードの数々をブログに書きつづってきました。
 たぶん、僕にとってブログが、ストレスのはけ口だったのだと思います。
 両親のことを、おもしろおかしく書くことによって、自分が置かれている現状をオブラートに包んでいたのでしょうね。
 そして、その都度、あたたかい言葉で返してくださる読者からのコメントに、どんだけ救われたことか!

 でも、終わりのない介護なんて、ありません。
 おかげさまで、無事、今年の2月と5月に両親を見送ることができました。
 長かったけど、後悔のない介護生活でした。
 ありがとうございました。
 あらためて、お礼を申し上げます。


 見送ったといえば、マロも今年、あの世に旅立ちました。
 思えばマロは、とっても読者に愛されていましたね。
 なんと幸せな犬生だったのでしょう!
 僕の代わりにマロが書いた 「マロの独白」(カテゴリー) も、全50話となりました。
 ぜひ、読み返してあげてください。


 人生は、いろんなことがあるから楽しいのですね。
 今日 (2,501話) から始まる日々も、つれづれなるままに、したためていきたいと思います。
 今後とも末永く、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(2)執筆余談