温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2021年09月28日

アナログ・ドライブ


 昔、といっても僕が小学生の時だから、半世紀以上も前の話です。
 我が家に、カローラが納車されました。

 マイカー時代の到来です。

 休日になると決まってオヤジは、オフクロと僕を乗せて、ドライブに出かけました。
 オフクロが助手席、僕が後部座席です。
 そして、決まって、両親のケンカが始まります。

 「おい、ちゃんと地図見てるのか!?」
 「はい、見てます」
 「今の信号、右じゃなかったのか!?」
 「……」
 「どっちなんだ!」
 「……分かりません」
 「バカもーん!! ちょっと、貸せ!」

 キキキキ――――ッ!
 と車は急停車して、オヤジがオフクロから地図を取り上げます。
 オフクロは典型的な “地図が読めない女” だったのです。

 「だったら、あなたが見てください」
 「バカもん、オレは運転してるんだ。地図を見るのがオマエの役目だろ!」
 「だからイヤなんですよ。車で出かけるのは」
 「なに~、イヤだったら降りろ! 今すぐ、降りろ!」

 毎度、この繰り返しで、後部座席の僕は、ヒヤヒヤしながら乗っていました。
 だもの、せっかくの家族ドライブなのに、ちっとも楽しい記憶がありません。

 もし、あのとき、カーナビがあったなら……
 きっと思い出も変わっていたことでしょうね。


 あれから半世紀。
 あの時の思い出がトラウマになっているはずなのに、依然、僕の車にはナビが付いていません。
 それは、なぜか?

 たぶん、根っからのアナログ人間であることと、目的地までの移動過程を楽しみたいからだと思います。


 僕は講演会が決まると、初めての会場の場合、県内ならば必ず当日までに一度、車で下見に行きます。
 もちろんナビが付いていませんから、前日から地図を見て、目的地までのルートを探します。

 この時点で、“旅” は始まっています。

 地図上にラインマーカーを引き、要所のポイントはノートに書き出します。
 当然、右折左折をする交差点の地名もチェックします。

 これで準備万端です。


 ということで、昨日は天気も良かったので、10月と11月に開催が予定されている講演会場2ヶ所の下見に行って来ました。
 途中、1ヶ所だけ信号を行き過ぎてしまいましたが、すぐにUターンして事なきを得て、スムーズにたどり着くことができました。

 往復120キロの小さな旅を楽しんできました。
 これで講演当日、迷うことなく会場にたどり着けそうです。


 なんで、そこまでしてアナログなドライブをするのかって?

 それは僕にとって仕事は、 “ビジネス” ではなく、“ライフ” だからです。
 効率ではなく、いかに楽しむか……なんですね。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)つれづれ

2021年09月27日

ら抜き言葉に御用心


 先日、文化庁は2020年度の国語に関する世論調査の結果を発表しました。

 メインは、新型コロナウイルスに関連して使われる言葉について。
 「そのまま使うのがいい」 が多かった言葉は、「不要不急」 67.2%、「コロナ禍」 66.8%、「3密」 と 「ステイホーム」 61.1%でした。
 一方、「ウィズコロナ」 は29.7%と少なかったといいます。
 理由は、「説明を付けたほうがいい」 「他の言い方がいい」 という回答が多かったようです。

 そもそもカタカナ語は、年代が上がるほど利用頻度が低くなる傾向があります。
 実際、僕なんかも日々飛び込んで来るカタカナ語に、振り回されています。
 職業柄、昔から机の上には 「カタカナ用語辞典」 が常備されていますが、これが現在は、ほとんど役に立ちません。

 テレビを見ていても、新聞を読んでいても、聞いたこともない新しいカタカナ語が、次々と目と耳に飛び込んで来ます。
 そんな時はメモしておいて、後でネット検索しています。
 が、だいたいの場合、そのまま日本語に訳して使用しても問題ない言葉が、ほとんどです。

 どうして、わざわざ英訳してまで、分かりづらくするのでしょうか?
 僕には、理解できません。


 今回の世論調査では、「ら抜き言葉」 についても及んでいます。
 「見れた」 52.5%、「見られた」 46.2%
 「来れます」 52.2%、「来られます」 46.4%
 と、わずかですが、「ら抜き言葉」 のほうが過半数を超えました。

 僕は基本、「ら抜き言葉」は使いません。
 でも、最近は聞く分には慣れてきたからでしょうか、だんだん違和感がなくなってきました。

 “違和感” といえば、「ら付き言葉」 のほうに違和感を感じる言葉があります。
 「食べれる」 です。
 正しくは、「食べられる」 ですよね。
 「食べことができる」 という意味です。

 例) 私はピーマンを食べられる

 でも僕は、もう一つの意味に聞こえてしまいます。

 例) 私はライオンに食べられる

 どうしても能動態ではなく、受動態に聞こえてしまうんです。
 これだけは “ら” を抜いたほうが、しっくりくるのですが……
 みなさんは、いかがですか?
   


Posted by 小暮 淳 at 10:24Comments(0)つれづれ

2021年09月25日

見るに見かねて


 ある日、離れて暮らす娘 (長女) から、こんなメールが届きました。

 <お父ってSNS管理してくれるマネージャーさんていないの? てか!TwitterとかInstagramのアカウントないの?>

 といわれても、どっぷりアナログ人間の僕には、なんのことやら……
 もちろん、ツイッターとかインスタグラムという言葉は知っているし、まわりに、やっている人たちもいます。
 でも、それを、やったから、どうなるのかなんて、考えたこともありませんでした。

 だから素直に、返信しました。
 <マネージャーなんていないし、アカウントなんてもってない>


 すると折り返し、こんなメールが来ました。

 <私はお父の活動をSNSで宣伝したい。お父は、もったいない!(中略) 時代に合ったツールで宣伝できないのは、もったいないと思う。自分でできないなら私がしたい。>

 だから僕は、せっかくのご厚意なので、
 <勝手にお願いします>
 とだけ返信しておきました。


 そしたら先日、娘から、こんなメールが届きました。

 <勝手ながら娘が細々と父上のTwitterを開設させていただきました。>
 そして、
 <ので、父上がテレビに出演したり、本を出したり、どこかに記事を載せたり、講演したり、情報があれば、なんでもメールしてください。それをすべて娘が発信するので!>


 いったい、どういうことなのでしょうか?
 10年以上離れて暮らしている、年に盆と正月くらいしか会わなかった娘に、なにが起こったのでしょうか?

 もちろん、僕も人の親ですからね。
 離れて暮らしていようが娘は娘だし、いくつになっても子どもは可愛いし、その子から僕の仕事の手伝いをしたいなんて言われれば、うれしいに決まっています。

 滅多に電話なんてしない父親ですが、うれしかったので、礼を言おうと、恥ずかしながら娘に電話をしました。
 すると第一声は、
 「さっそくフォロワーが、ついたよ。フォロワーって、わかる?」

 おいおい、親をあんまり、からかうではない!
 フォロワーの意味ぐらい知ってるわい!

 「それくらい知ってるんだ。だったら話は早い。逐一、情報を送ってよね」


 なんとも不思議な親子の会話でした。
 “老いたら子に従え” って言いますからね。
 あまり疑問に思わず、していただけることは、していただこうと思います。

 てか、不甲斐ない父親を見るに見かねて、手を差し伸べてくれたんでしょうね。

 感謝!m(__)m
  


Posted by 小暮 淳 at 11:21Comments(2)つれづれ

2021年09月18日

オオカミに乗って


 目が覚めると、そこは薄暗い洞窟の中だった。
 ウッとむせ返るような獣臭が、鼻孔を突いた。
 寝床を手で探ると、フカフカの毛皮の上だった。

 やがて洞窟の入り口から朝日が射すと、状況が分かってきた。
 何頭ものオオカミの群れ……
 そのオオカミの群れの真ん中に、僕は横たわっていた。

 突然、群れが一斉に洞窟の入り口を向いた。
 一頭の若いオオカミが、息を切らしている。
 そして話し声がする。

 なぜか僕は、オオカミの言葉が分かるらしい。
 「人間が、すぐそこまで来ている。森が荒らされている」

 すると、ムクッと寝床が動き、僕は地面に振り落とされてしまった。
 僕が寝ていたのは、群れの中でも一番大きなオオカミの腹の上だったのだ。

 「ロボ、どこへ行くの?」
 僕は、なぜか一番大きなオオカミの名前を知っていた。
 たぶん、子どもの頃に読んだシートン動物記の 『オオカミ王 ロボ』 から勝手に付けた名前だと思うけど……。

 「行く」
 「どうして?」
 「この森は人間のものじゃない」
 そう言うとロボは、洞窟を飛び出した。

 「まってよ、僕も行くよ!」
 僕はロボの背中に飛び乗った。
 後からオオカミの群れも続いた。

 ロボは疾風のごとく、森の中を走り抜けた。


 ここで夢から覚めました。
 なぜ、こんな夢を見たのかは分かっています。
 寝る前に、柴田哲孝・著 『WOLF』 という本を読んだからです。

 舞台は埼玉県の奥秩父。
 両神山周辺で次々と家畜が襲われる不可思議な事件が発生します。
 昔から “山犬伝説” が残る地で、その山犬らしき大型動物の群れが徘徊しているという目撃談が警察に寄せられていました。

 という柴田哲孝氏お得意のネイチャーミステリーであります。


 山犬とはオオカミのことです。
 日本にはかつて 「ニホンオオカミ」 が生息していましたが、明治時代に絶滅しています。
 でも僕は、この絶滅したニホンオオカミが、今でも日本のどこかで生き延びているのではないかと思っています。
 そう思うようになったのは、かれこれ15年以上も前のこと。
 取材で “幻の犬” を見てからです。

 群馬県上野村に、十石犬 (じっこくいぬ) という犬が保存会により守られています。
 柴犬のルーツといわれる土着犬です。
 昭和の初め、長野との県境にある十石峠で、「すごい犬を見た!」 というウワサが広がりましたが、やがてウワサはなくなり、昭和30年代には絶滅したといわれています。

 ところが上野村で十石犬の血を受け継ぐ犬の交配を繰り返し、復活させたというニュースを知り、僕は取材に飛んで行きました。
 そのとき見た、十石犬の “目” が今も忘れられません。

 “クサビを打ったような沈んだ目”
 保存会の人は、十石犬の目のことを、そう言います。
 確かに見つめていると、深い沼のようで吸い込まれそうになる独特の目をしていました。


 だもの、きっとニホンオオカミも、どこかにいますって!
 たとえ絶滅したとしても、血を受け継ぐ山犬が生きていると思うんです。

 夢の中で見た夢が叶う日を、僕は夢見ています。


 ※(十石犬については、当ブログ2010年11月9日、12日の 「十石犬を追え!」 上・下を参照)

   


Posted by 小暮 淳 at 17:27Comments(0)つれづれ

2021年09月12日

ケツの穴とカッパの手


 どこかの県の知事さんが、SNSなどのインターネット上で誹謗中傷を書かれたことに腹を立て、訴訟まで起こし、特定した発信者に謝罪をさせたらしいですね。
 書き込みというのが、「詐欺師」 「犯罪者の一人」 「馬鹿丸出し」 「賄賂や不正金のオンパレード」 といった内容だったようですが、その程度で? と思ってしまったのは僕だけでしょうか?

 その程度なら47都道府県の知事のもとには連日、届いていそうですが……

 でも知事さんは、言います。
 「知事自ら立ち向かう姿勢は県民の啓発になる。表現の自由と、他人を中傷する人格攻撃は明らかに違う」

 そこまで言われてしまうと、“ごもっとも” と屈服するしかありません。
 悪意のある誹謗中傷は、ささいなものでも無いに越したことはありませんものね。


 さる会合の席で、この話題がでました。 
 すると某氏が、バサッとひと言で切り捨てました。

 「ケツの穴が小さい男だよ」


 ケツの穴? 尻の穴? えっ、どっちだろう?
 よく使う言葉だけど、これって “ことわざ” なの?

 どんな時に使う言葉かといえば、「度量がせまい」 とか 「小心者」 のたとえに使いますが、“ケツ (尻) の穴” が小さいって、どういうことよ?


 「尻の穴」 と聞くと、僕は、どうしてもカッパの話を思い浮かべてしまいます。
 河童伝説は日本全国にあります。
 もちろん群馬県内にも東西南北、いたる地域に残っていますが、僕が思い浮かべるのは、妙義山のカッパの話です。

 妙義山のカッパは、人間に化けて里に現れます。
 ある日、一人の村人が畑仕事をしていると、見慣れない若者がやって来て、「おらにも、手伝わせてくんろ」 と言いました。
 村人は、「今時の若者にしては、なんて親切なんだろう」 と感心しながら、一緒に畑を耕しました。
 ところが、なんだか若者の様子がおかしいのです。
 時々、若者は村人の尻のあたりに手を出しては、引っ込めています。

 「おかしなヤツだなぁ……」
 と思っていましたが、やがて村人は、若者がカッパだと気づきます。
 カッパは人間の内臓が大好物で、尻の穴から手を入れて、引っ張り出して食べると聞いていたからです。
 一計を案じた村人は、家に帰り、尻に金網を入れて畑にもどりました。

 すると若者に化けたカッパは、
 「あんたの尻は、硬くてかなわない。もう人間を食うのはよそう」
 と言って、逃げ帰ったといいます。


 尻の穴が小さければ、カッパの手は入りませんから、防御になります。
 転じて、“臆病者” や “心配性” のことを言うようになった言葉……
 なーんてことは、ありませんよね。

 たぶん、本当の語源は違うところにありそうですが、カッパの話も言い当てていて妙であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:06Comments(2)つれづれ

2021年09月07日

サバの塩焼きにしよう!


 チョーーーーーッ、気持ちいい!

 風を切って走りながら思わず、北島康介ばりに叫んでしまいました。


 何日も前から今日の予定は決まっていました。
 午前中は医者に行って、図書館で調べ物をすると……
 我が家と医者の距離は、直線で約5キロ。
 図書館は、さらに1キロ先にあります。

 ふだんなら車で行く距離なのですが、どーーうですか!
 この、抜けるような青空っ!
 それも6日ぶりの晴天です。

 もう、車なんか乗っている場合ではありません。
 自分の足でペダルを漕いで、秋空の下、悠々と出かけようではありませんか!
 ということで、ママチャリならぬジジチャリに乗って、颯爽と出かけたのであります。

 そして、我が家を出て、小川の土手沿いの道に出た途端、北島康介の発した流行語大賞が飛び出したわけであります。


 スーイスイ、スーイスイ
 ペダルを漕ぐ足も軽やかです。

 医者では月に一度の定期健診を受けました。
 血圧は相変わらず高めではありますが、それでも、ここ数か月では一番低かったので、まずまずです。

 薬局で顔なじみの薬剤師と話をしていたら、「あ~ら、先生」 と以前からたびたび手紙をいただいている熱心な僕の読者とバッタリ遭遇。
 「○○温泉に行ったことがあるんですが、あそこは今もやっているんですか?」
 なんて、マニアックな一軒宿の話題で盛り上がってしまいました。


 気分は上々!
 その勢いで、市立図書館へ。

 調べ物のついでに、ついつい、自分の名前も端末機で検索。
 「うぉぉぉ~、あるある!すごいすご~い!」
 優に10冊以上の著書が、蔵書としてありました。

 「う~ん、俺って、ちゃんと仕事してんじゃん!」
 なんて自画自賛しつつ、外へ。
 時計を見れば、昼をだいぶ過ぎています。

 「ここまで来たんなら、やっぱ “あくざわ” でしょう!」
 と、勝手に一人で提案、一人で賛同。
 もう少し北に足を延ばして、昔なつかしい 「あくざわ亭」 の焼きそばの大盛をペロリと平らげたのでありました。
 ※(当ブログの2020年5月23日 「やきそば日和」 参照)


 ♪ 晴れた空 そよぐ風 ♪
 ♪ 見ろよ青い空 白い雲 ♪

 口を突いて出る歌は、晴天を詠う唄ばかりです。

 「おお~、美しい! あれはサバ雲ではないか~!」
 見上げた空に、サバの背紋のような小さな白い雲が累々と連なっています。

 「鯖雲」 の正式名は、巻積雲(けんせきうん)。
 小さな雲片が群れをなし、水面のような形状をした雲のことです。
 いわし雲、うろこ雲とも呼ばれる秋の風物詩であります。


 「そうだ、今晩はサバの塩焼きにしよう!」
 こいつを肴に冷酒で、ちびちびとやろうではないか!
 秋の夜長には、ピッタリだ!

 な~んてね。
 勝手に一人で秋の日を楽しんできました。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:00Comments(2)つれづれ

2021年09月06日

検索中毒


 僕がスマホを持っていないからでしょうか?
 常に手元でスマホをいじっている人が、気になって仕方がありません。
 若い人だけだと思っていたら最近は、そうでもないようです。


 過日、町内のイベントに参加しました。
 「今日も暑くなりそうですね」
 何気に僕は、町民の一人に話しかけました。
 ほぼ、僕と同世代の男性です。

 「えーと、えーと……」
 そう言って、スマホをいじりだしました。
 「すでに30度ありますね。予想最高気温は34度だそうです」
 「ああ、はあ」

 社交辞令の世間話のつもりだったのですが、正確に答えられてしまいました。

 「このまま天気が持つといいですけどね?」
 もちろん、これも社交辞令の世間話のつもりだったのですが、男性はすぐさま、スマホをいじりだしました。
 「大丈夫そうですよ。夕方になると雨雲がかかって来ますけど」
 「ああ、はあ」

 そこまで詳しい情報はいらなかったのですが、「ありがとうございます」 と言葉を返しました。
 その後、この男性は見かけると、いつもスマホをいじっていました。

 いわゆる “スマホ依存” というやつなんでしょうね。


 これは、いつぞやの呑み屋でのこと。
 ママと隣の客と、通称 「度忘れゲーム」 をしていたときでした。
 「度忘れゲーム」 とは、ヒントを出して、有名人の名前をフルネームで言う遊びです。

 「ほら、分かる分かる、朝ドラに出でいた役者だよな」
 「顔は出ているんだけどな……、えーと、えーと」
 と互いに笑いを誘いながら楽しんでいる時でした。

 それを聞いていたカウンター隅の客が、スマホを取り出して、なにやら指を動かし始めました。
 イヤ~な予感!
 は、すぐに的中しました。

 「その俳優なら○○××ですよ」

 シーーーーーーーーン

 いっぺんに場は、しらけてしまいました。
 誰も二の句を継げません。
 「あ、あ、ありがとうございます」


 その何でもかんでもスマホに頼る習慣、やめません!?
 いくら答えても、それって、あなたの知識じゃありませんから!
 スマホを持っている人なら、誰でもできることだということ、知ってます?

 きっと “スマホ依存” の人って、スマホを触って、何かをしていないと精神的に落ち着かないんでしょうね。
 だったら、自分だけで楽しんでもらえませんでしょうか?

 「検索」 も、辞書のように、こっそり調べて、自分だけの知識としてしまっておいてくださいな。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:12Comments(0)つれづれ

2021年09月05日

怒りの沸点


 <麻痺してきて、どんなに醜い事件をニュースで知っても、なんにも感じなくなってしまいました。防衛本能かもしれないけど>

 親しい友人からのメールに、ハッとさせられました。
 そして、脳裏に浮かんだのは、最近起きた2つの事件でした。


 【硫酸事件】
 東京の地下鉄構内で、若い男性が顔に硫酸をかけられ重傷を負った事件です。
 容疑者の男と被害者は、大学の先輩後輩の関係。
 過去にタメ口をされた、夜中に 「家に泊まらせてくれ」 というLINEを送ったら断られ、ブロックされた……
 どうも、そんな些細なことが犯行の動機のようですが、だとしたらあまりにも浅はかな理由です。
 自分勝手な動機です。

 【高3女子遺体遺棄事件】
 ツイッターで知り合った女子高生を、夫婦で呼び出し殺害し、遺体を山中の物置小屋に遺棄したという、なんともおぞましい事件です。
 女子高生と知り合ったのは夫であり、それに嫉妬した妻の言いなりとなり、2人で殺害。
 その殺害方法が常軌を逸しています。
 ロープで首を絞めた上に、ナイフでめった刺しというのですから、普通の人間ができることではありません。


 2つの事件に共通しているのは、動機の軽さです。
 「その程度の理由で?」 と誰もが思ってしまうことが、容疑者たちには 「殺したいほど憎い」 ことのようです。

 異常に “怒りの沸点” が低いのです。


 一概には言えませんが、背景には “便利になった世の中” も無関係ではないような気がします。
 「便利」=「思い通りになる」 に慣れてしまい、「思い通りにならないこと」 への心の処理の仕方が分からなくなってしまっているのではないでしょうか?

 世の中、そうそう自分の思い通りなんてなりませんって!
 「運がない」 とか 「自分の努力が足りないからだ」 とか、諦められるからこそ、人生は次に駒を進められるのではないでしょうか?


 それにしても “醜い事件” が多過ぎます。
 友人の “防衛本能” という言葉が、重く心に響きます。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)つれづれ

2021年09月04日

ジジイの証拠


 「コロナウイルスって、本当にいるんだ」
 そのメールを見て、改めて思いました。


 新型コロナウイルス感染拡大が騒がれて、かれこれ1年半以上が経ちます。
 テレビでも新聞でも連日、感染者数や重症者数が報道されているにもかかわず、どこか他人事に感じていた自分がいました。
 きっと僕だけではなく、そう思っている人は多いんじゃないでしょうか?

 それは、身内や友人知人に感染者がいないから!
 報道される数字はすべて、見ず知らずの他人だからです。
 でも、1人でも知り合いが感染していたら……

 まさに青天の霹靂でした。
 親しい友人から新型コロナウイルス感染のメールが届いたのです。
 幸い重症にはならず、自宅療養で回復に向かっているとのこと。
 近々、外出許可も出るようです。

 対岸の火事と高をくくっていた僕にも、緊張が走ります。
 「本当にコロナウイルスはいるんだ!」


 そんなさなか、今週、2回目のワクチン接種を終了しました。
 2回目は1回目より副反応が大きいと聞いていましたから、当日は朝から少し緊張していました。
 また腕が痛くなるかな? 熱が出るのかな?
 そんな不安から接種当日と翌日の2日間は、仕事をオフにして臨みました。

 ところが……

 腕も1回目ほど痛まず、熱も出ることなく、当日も翌日も、なんらいつもと変わりがありません。


 「おとう、2回目、打ったんだって?」
 末の娘が、声をかけてきました。
 「ああ、昨日打った」
 「熱、出た?」
 「いや」
 「腕や体の節々の痛みは?」
 「ない」
 「まったく?」
 「ああ」

 すると娘いわく
 「ジジイの証拠だね」


 ワクチン接種の副反応は、若い人ほど重く、高齢者ほど軽いといいますものね。
 医療系の大学で学んでいる娘が断言するのですから、きっとその通りなんでしょうね。
 でも僕は娘に、言ってやりましよ!

 「ジジイで結構! あ~、軽くて良かった」

 負け惜しみ? いえ、年寄りのひがみかもしれませんけど。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:47Comments(2)つれづれ

2021年08月31日

コロナ狩り <追記>


 <コロナ 群馬に持ち込むな>
 <県外ナンバーに 「貼り紙」 >

 今日の毎日新聞群馬版に、さっそく記事が掲載されていたので、詳細を報告いたします。

 新聞によれば、今月28日のこと。
 前橋市内のショッピングセンターの駐車場で、長野ナンバーの車のリアガラスとワイパーの間に 「コロナウイルスを都会から一生群馬県に持ち込むな!」 などと書かれた紙がはさまれているのを買い物客の20代男性が見つけたとのこと。
 男性は4月に県内に転居しており、現在、ナンバーの更新手続き中でした。


 この騒動には、奇怪な点が2つあります。

 1つは、この男性以外の車に、貼り紙はなかったこと。
 もう1つは、署名のあった自治会は、このショッピングセンターとは1キロ以上離れていること。

 そして、その自治会長は取材に対して、こうコメントしています。
 「なぜ、うちの名前が使われたのか?」


 一見、組織ぐるみの “コロナ狩り” に思われた騒動ですが、ふたを開けてみたら、ただの “お騒がせ野郎” のしわざだったようです。

 それにしても、人騒がせな野郎であります。

 喝!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:55Comments(0)つれづれ

2021年08月31日

コロナ狩り


 <住みにくい世の中だよ>

 こんなコメントとともに、一枚の写真が添付されていました。
 友人からのメールです。

 写された場所は、どこかの駐車場のようです。
 停車している車のワイパーに、チラシのような紙が、はさまれています。
 紙の中央には、大きく太字で、こう書かれています。

 《県内全域 緊急事態宣言》

 その下には、長々とこんな文面が続きます。

 《コロナウイルスを都会から一生群馬に持ち込むな!》
 《二度と群馬県に来るな!》
 《ネット上にナンバープレートと車体を晒します。》


 今時の “自粛警察” を気取ったトンチンカン野郎のしわざと思いきや、これが違います。
 これらの文面は手書きではなく、すべて印字なのです。

 しかも、しっかりと警告主の身元も明記されています。
 「○○町×丁目自治会」 と……

 身の毛もよだつ警告文であります。

 ついにコロナは人間の肉体だけではなく、精神もをむしばみはじめたようです。
 これでは、“魔女狩り” ではないか!


 県外ナンバーというだけで、魔女とみなし、札を貼って、追い出そうとする。
 相手の事情など、お構いなしだ。
 ここは日本なのだろうか?
 日本人って、もっと相手の身になって思いやれる人種ではなかのか?

 有無を言わせず、実力行使に出る、この暴挙!
 それも個人のしわざではなく、自治体ぐるみという組織犯罪ですぞ!


 メールの最後は、こう綴られていました。

 <寂しいね~ コロナは人の心の奥底まで蝕んでいくんだね>


 正義という名を借りた “コロナ狩り”
 許せん!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:08Comments(0)つれづれ

2021年08月30日

正夢の確率


 こんなことって、ありませんでしたか?

 たとえば、ふだんは口もきいたことのない異性のクラスメートが、なぜか夢に出てきて楽しそうに会話をした。
 以来、クラスの中で、その人のことが気になってしまい、やがて好きになってしまった。
 するとクラス内でもウワサになり、互いを意識するようになり、結果、付き合うことに……

 実は、これ、実際に見た僕の “正夢” です。
 またの名を 「予知夢」 といいます。


 どうして夢は未来を予言するのだろうか?

 この夢がきっかけとなり、僕は中学生の頃から 「夢日記」 を付けるようになりました。
 当然、空を飛んだり、怪獣に追いかけられるような荒唐無稽の夢もありますが、朝起きて覚えている限り、つぶさに日記帳に記しました。

 はたして、その結果は?

 正夢になる確率は、数パーセントだったと思います。
 逆のことが起こる “逆夢” の方が多かったかもしれません。

 たとえば、離れて暮らしている祖母が元気な姿で現れたら、数日後に訃報が届いたというような。
 でも、逆夢も予知夢の1つであります。
 必ずしも夢は、吉報だけを届けてくれるわけではありません。

 たぶんデジャビュ― (既視体験) のようなもので、潜在意識の中にある気になる事が正夢や逆夢となり、現れているのだと思います。


 いつからか、僕は夢日記を付けなくなりました。
 歳を重ねると、夢を見る回数が減ったからだと思います。
 正しくは、“朝起きた時に覚えている夢” ですね。

 それだけ、若い頃に比べ、眠りも浅く、感受性も薄れてきているのかもしれません。


 ところが先日、久々に朝起きた時にハッキリと夢を覚えていました。

 場所は東京、都庁前。
 僕は、そびえる庁舎を見上げています。
 珍しくスーツを着て、正装をしています。
 なぜか、僕が東京都から表彰されることになり、都知事に会いに来たようなのです。

 ここで夢は覚めました。

 なんの表彰なのか? なぜ東京都からなのか?
 すべては夢の中に置いてきてしまい、覚えていません。

 はて、これは正夢なのでしょうか?
 数パーセントの確率に期待して、気長に結果を待つことにします。
 (もしかして、逆夢だったりして……)
   


Posted by 小暮 淳 at 13:06Comments(3)つれづれ

2021年08月21日

マジョリティの正義


 僕は子どもの頃から、人と同じことをしたり、人と同じ物を持つことを極端に嫌う少年でした。

 たとえば、小学校の授業で使うリコーダーやそろばん、習字セットなども、学校で購入する指定の物は買わず、アニキのお古を使っていました。
 もしかしたら親に余分な負担をかけたくないという思いやりからだったのかもしれませんが、本人は、それが恥ずかしい事でも、イヤな事でもありませんでした。

 むしろ、人と同じ物を使っていることの方が、耐えられなかったのです。


 遊びも同様。
 当時の男の子たちは、みんな野球少年でした。
 放課後は公園や神社の境内、原っぱなどで必ず、「手打ち野球」 をして遊んでいました。

 でも僕は、そこでも馴染めません。
 みんなと同じことをする行為に、嫌悪感を抱いてしまうのです。
 だから、当時はまだ少数派だったサッカーをやっていた記憶があります。

 習い事も、しかり。
 女の子はピアノ、男の子は少年野球チームが定番でした。
 そして男女とも、学習塾に通うのが “多数派” でした。

 でも僕は、剣道と絵画教室でした。
 理由は、「やりたかったから」 ではなく、「人と違うことをしたかったから」。

 今でいうマイノリティ (社会的少数者) っていうやつなんでしょうか?
 とにかく、人と同じことや人と群れることが嫌いな少年でした。


 先生から 「将来の夢・なりたい職業」 という課題が出されたことがありました。
 この時、僕は何一つ具体的なことを書いていません。
 たった一文、≪自分にしかできないこと≫ と記しています。

 長じて今、僕はライターという職業に就いているわけですが、はたして初志貫徹しているかは、はなはだ疑問ではありますが、マイノリティを目指した結果だったことは間違いありません。


 さて、マイノリティの対極にある言葉は、マジョリティ (多数派) です。
 とかく世の中は、このマジョリティが支配しています。

 僕が最も嫌う “多数決の正義” が生まれるからです。


 また、イヤな事件の報道がありました。
 今年3月、北海道旭川市で中学2年の女子生徒が、いじめにより死亡した事件です。
 この女子生徒の母親の代理人弁護士が記者会見を開き、手記を公開しました。
それによると母親は、学校にいじめの疑いを訴えた際、教頭からこのように言われ、突き放されたといいます。

 『10人の加害者の未来と1人の被害者の未来、どっちが大切ですか?』

 でましたーー!!
 伝家の宝刀、“多数決の正義” です。


 「大は小を兼ねる」 を超え、「多は少を滅す」 という、なんともおぞましい勝手きわまりない論理であります。

 まったく、この国ときたら……
 何十年経っても、相変わらず生きにくい国であります。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:11Comments(0)つれづれ

2021年08月17日

軍歌巡礼


 ♪ さらばラバウルよ また来るまでは
   しばし別れの涙がにじむ
   恋しなつかし あの島見れば
   椰子の葉陰に 十字星 ♪


 終戦記念日から2日経った今も、頭の中では軍歌が鳴り響いています。
 たぶん、盆中に戦争映画ばかり観ていたからだと思います。

 なぜ真珠湾を攻撃することになったのか?
 なぜ戦艦大和は沖縄に、たどり着けなかったのか?
 なぜ原爆は広島と長崎に投下されたのか?

 戦後生まれの僕には、疑問と興味が尽きません。


 ♪ ここは御国を何百里
   はなれて遠き満洲の
   赤い夕陽に照らされて
   友は野末の石の下 ♪


 なんで僕は軍歌を歌えるんでしょうか?
 『ラバウル小唄』 にしても 『戦友』 にしても、全文とはいいませんが、一番の歌詞くらいは覚えています。
 でも、誰かから教わった記憶はありません。

 死んだオヤジは戦争が嫌いでしたから、絶対に軍歌など歌う人ではありませんでした。
 なのに息子の僕が歌える……

 なぜなんだろう?
 この数日間、どこで覚えたのか? 誰から教わったのか? そればかり考えていました。
 でも、やはり記憶のどこにも心当たりはありません。


 ♪ 貴様と俺とは 同期の桜
   同じ兵学校の庭に咲く
   咲いた花なら散るのは覚悟
   みごと散ります 国のため ♪


 そんな折、線香を上げに実家へ行ったときでした。
 アニキが、「面白いモノが出て来た」 と言って、カード大の小さな紙切れを仏壇から取り出しました。

 オヤジの身分証明書です。
 発行年は、「1949」 と印字されています。
 終戦から4年後ですが、その表記は元号ではなく西暦です。

 そして、表記されている言語も、すべて英語でした。


 オヤジは昭和20年8月15日、静岡県の連隊で終戦を迎えています。
 そのことは、子どもの頃から聞かされていました。
 終戦後、郷里の群馬に帰り、英語が堪能だったこともあり、進駐軍で通訳をしていたということです。

 「オヤジ、若いね」
 「ああ、25歳だからな。オレもお前も生まれる前のオヤジだ」
 添付されている若き日のオヤジの顔写真は、気のせいでしょうか、なんとなく日本人離れした端正な顔立ちをしていました。

 「もっとオヤジに、オレたちが生まれる前のことを聞いておけばよかったな」
 「そうだね」

 でも僕は生前、認知症が悪化する前のオヤジにインタビューをしています。
 今も手元に膨大な量のカセットテープが残されています。
 いずれ、これらを文章に……
 と思ってはいるのですが、なかなか実行が伴わないのが現状です。
 ※(インタビューの様子は当ブログ内の 「オヤジ史」 で検索)


 ♪ 徐州徐州と人馬は進む
   徐州 居よいか住みよいか ♪


 ともあれ、なぜ軍歌が歌えるのかについては、依然不明であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:01Comments(2)つれづれ

2021年08月16日

怪談 「猫の怨念」 他一話


 今日8月16日は盆明け、送り火の日です。
 今頃、ご先祖様たちは、ナスの精霊牛に乗って、黄泉の国へ帰る準備をしていることでしょう。

 お盆最後の日ということなので、今年も恒例の怪談話をお届けします。
 身の毛もよだつ、恐ろしい生き物たちの話です。



 【亀の呪い】

 ある村のはずれに廃寺があり、境内の奥に小さな池がありました。
 この池には、何万年も生き続けているという大きな亀が棲んでいました。
 でも誰一人、この亀の姿を見た者はいませんでした。

 ある夕暮れ時のこと。
 一人の若者が、この廃寺の前を通りかかると、ガサゴソ、ガサゴソと草を踏みしめるような音が聞こえてきました。
 「もしかしたら伝説の亀が現れたのかも……」
 と若者は、恐る恐る池に近づきました。
 すると、池のほとりの草むらの中から長い鎌首を持ち上げた大きな亀が、こちらをにらめつけています。

 「で、で、出た~!」
 大声を上げた途端、若者は腰を抜かして、動けなくなってしまいました。
 「もうダメだ、おいらは、あの亀に食い殺されてしまう」
 と覚悟を決めて、念仏を唱え出しました。

 ところが、一向に亀は、こちらへやって来ません。

 ノッソ……ノッソ……

 それを見て、若者は言いました。

 「亀の歩みは “のろい”」



 【猫の怨念】

 大阪・道頓堀の一角に大きな屋敷がありました。
 夜、その屋敷の前を通ると、赤ん坊の泣き声が聞こえてくると噂になっていました。

 ある晩のこと、酔っぱらいが屋敷の前を通りかかりました。
 「オギャー、オギャー」
 屋敷の中から赤ん坊のような泣き声が聞こえてきます。
 「こんな夜中に、赤ん坊が一人で庭にいるわけがない。どれどれ、確かめてやろう」
 と酔っぱらいは、塀をよじ登りました。
 そして、塀の上から屋敷の中をのぞくと……

 一匹の黒猫が、こちらを見て、鳴いています。
 「オギャー、オギャー」
 酔っぱらいは言いました。

 「そこに猫が “おんねん”」


 おあとが、よろしいようで。
 チャンチャン!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:38Comments(2)つれづれ

2021年08月14日

森にクーラーを


 「命にかかわる暑さです」
 「日中の外出は控えてください」
 「クーラーを有効に利用して、屋内で過ごしてください」

 連日、テレビのニュース番組では、キャスターが繰り返し視聴者に呼びかけています。


 35℃以上の体温を超えるような “猛暑日” が続いています。
 昔、昭和の頃は真夏でも30℃を超える日は稀でした。
 それが、いつのまにか当たり前となり、40℃に届く勢いです。

 気象用語で、25℃以上を 「夏日」 といい、30℃以上を 「真夏日」 といいます。
 ということは昔は、どんなに気温が上がっても、すべて 「真夏日」 だったわけです。

 いったい、いつから頻繁に35℃を超えるようになったのでしょうか?

 調べました!
 平成19(2007)年に気象庁が 「猛暑日」 を定めています。
 ということは、14、5年前から急激に地球の温暖化がエスカレートしたようです。


 過日、国連の 「気候変動に関する政府間パネル (IPCC)」 が報告書を発表しました。
 これによると、気候変動は間違いなく “人間の活動が引き起こしたもの” で、世界のあらゆる地域で “異常な豪雨や熱波による山火事の発生” に影響を与えていると説明されています。

 地球温暖化の原因は、「人間だ!」 と人間が認めたことになります。


 で、僕は思いました。
 人間は人間の暮らしを快適に保つために、“クーラー” を発明しましたが、同じ地球に暮らす野生動物たちは、どうしているんだろうと?
 動物園で飼育されている動物たちは、人間の管理のもと屋内の涼しい場所で過ごしたり、氷の浮いた水槽で遊んでいる光景を目にします。
 でも自然界には、逃げ場はありません。

 だから調べました!
 当然、野生動物も人間と同じように、気温が体温より高くなると危険な状態になり、夏バテもするし、熱中症にもかかるようです。
 たぶん、木陰や水辺、土の中でジッと過ごしているのでしょうが、問題は食事です。
 草食動物は問題ないにしても、肉食動物にいたっては死活問題です。

 夏バテ、熱中症では、狩りはできません。


 地球温暖化の原因をつくった人間は、これら地球上に暮らす、人間以外の生きとし生ける生物に対して、ちゃんと生活を保障してあげられるのでしょうか?
 人間だけが快適に暮らせれば良いというものではありません。
 (森林火災で焼け出されたコアラの映像には、胸が痛みました)

 どうか、人間の手で、元の地球に戻してあげてください!
 すぐには元に戻せないなら、森や草原にもクーラーの効いた避難所の設置をお願いします。


 まん防で暇を持て余しているため、今日も地球規模の妄想をしてしまいました。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:35Comments(0)つれづれ

2021年08月13日

スマホなき戦い


 最近、頻繁に携帯電話会社からのDMが届くようになりました。
 封筒にはデカデカと、こう書かれています。

 <ご利用中の携帯電話に関する重要なお知らせ>

 なんでも現在、僕が利用しているガラケーの修理ができなくなるというのです。
 ついては、<お早目の機種変更をお願いいたします> との内容でした。

 早い話、「いつまでもガラケーなんか使ってないで、さっさとスマホに変えろ!」 という脅迫手紙なのであります。


 でもね、僕のガラケーは、どっこも不具合はないし、快適そのものです。
 しかも、ガラケーの通信が終了するのって、まだまだ2年半も先のことです。

 あわてることなんて、ありませんって!
 どうして世の中って、右向け右で、人と同じに生きようとするんですかね?
 みんな同じなら、人間やってる意味なんて、ありませんって!


 先日、フリーアナウンサーでタレントの徳光和夫さんがテレビで、いまだに携帯電話を待たずに生活していることを話していました。
 何の不自由もないとのことです。
 この話を聞いた僕の友人は、「芸能人だからだよ。マネージャーが全部連絡を取ってくれているんだよ」 と言いました。

 でも、僕の身近なところにも、スマホのみならず携帯電話すら持たない人がいます。
 はい、実の兄です!
 彼は一度も携帯電話を持ったことがありません。
 それでも長年、自営業を続けています。
 すべては固定電話と留守電で対応しているのです。

 それでも 「不便ではない」 と言います。
 (まわりの人は不便のようですが……)


 つい最近、ひじょ~うに気になる事件がありました。
 東京の電車内で男が刃物を振り回して、次々と乗客を切りつけたという殺人未遂事件です。
 この時、最初の被害者である女性に、刃物を持った男が近づくことに、乗客は誰も気づかなかったといいます。

 な~んでか?

 みんなスマホに夢中で、下を向いてたからでした。


 僕も時々、電車に乗りますが、確かに車内は異様な光景を呈しています。
 老若男女問わず、9割以上の人がスマホをいじっています。
 (残りの1割の人は、居眠りをしているか、稀ではありますが読書です)

 この光景って、ヘンじゃありませんか?
 いえいえ、ヘンを通り越して、何かに “洗脳” されているようにも見えます。

 もしかしたらスマホって、宇宙人が地球戦略をもくろみ、地球人同士のコミュニケーション能力を低下させるために持たせた洗脳機器なのではないでしょうか?


 まん防で日々、暇を持て余している僕は、1通のDMから壮大な宇宙戦争まで妄想してしまいました。

 スマホなき戦いは、つづく……
   


Posted by 小暮 淳 at 12:41Comments(0)つれづれ

2021年08月06日

悪魔祓いとコロナ退散


 「悪魔っぱら~い! 悪魔っぱら~い!」
 「疫病退散! コロナ退散!」


 町内全戸を練り歩く 「神楽廻し」 を前に、企業訪問を行いました。

 僕は今年、町内の 「年番」 をしています。
 年番とは、その年一年間、神様に仕える氏子の代表です。
 神楽廻しは年2回、正月と盆過ぎに行なわれます。

 五穀豊穣、無病息災を祈祷しながら、“お神楽” と呼ばれる獅子頭を廻します。
 その時のかけ声が、「悪魔祓い」 です。
 去年からは住民の要望もあり、「悪魔祓い」 に加え、「疫病退散」 や 「コロナ退散」 と言いながら行っています。


 午前10時。
 とはいえ、すでに気温は30℃を優に超えています。
 通常の神楽廻しならば重労働は若い人が率先して行いますが、今回は企業訪問なので “幹部5人” だけによる精鋭部隊です。
 すると、還暦過ぎの僕が最年少!
 必然的に、獅子頭の中に入る役は決まってしまいます。

 公民館を出発した一行は、町内最大の企業S食品の本社工場へ。
 S食品はテレビCMでもお馴染みの即席麺の会社です。
 敷地もでかいが、社屋もでかい。

 どうみても、軽トラで乗り付けたジイサンたちには、不釣り合いの場所です。
 「緊張しますね」
 と本音を言えば、
 「何言ってんだい、小暮さん! 堂々としていていいんだよ。俺たちは “神の子” なんだよ。ありがたい存在なんだから」
 と長老の言葉が、僕の背中を押してくれました。

 案の定、長老のおっしゃる通りでした。


 ドンドンドン、ドンドンドン……
 ドンドンドン ドンドンドン……

 正面玄関からロビーへ、太鼓の音が鳴り響きます。
 すると1人、2人、3人……
 続々と仕事の手を止めて、社員たちが集まって来ます。
 あれよあれよの間に、玄関ロビーは黒山の人だかりです。


 「悪魔っぱら~い! 悪魔っぱら~い!」

 声を張り上げながら僕は、獅子頭をかかげて、獅子の口をパクパクさせます。

 「私も噛んでください」
 「私も」 「私も」 「私も」 ……
 次から次へと、若い社員たちが僕に駆け寄り頭を差し出します。


 昔から体の悪い箇所を獅子に噛まれると治るといわれています。
 ですから年寄りなら腰や足を噛んであげます。
 子どもたちには、「勉強ができるように」 と頭を噛みます。

 「みなさん、頭でいいんですか? ほかに悪い所はありませんか?」
 と声をかけても、なぜか、みんな頭を出します。
 「では、みんなの願いは一つですね、祈願しましょう!」

 疫病退散! コロナ退散!


 祈祷料なんでしょうか?
 帰りに、どっさりとカップ麺を段ボール箱で、いくつもいただいてまいりました。

 S食品さん、これで今年も売り上げアップ間違いなし!
 我々神の子が、しっかりとお祓いをしましたから。
    


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)つれづれ

2021年08月04日

ファックスのない時代


 【スマホのない時代】
 というキーワードでネット検索すると、若い人からの 「考えられない」 という言葉と一緒に、「どうしてたの?」 という疑問や質問がオンパレードです。
 それに対して、回答しているのは僕ら親世代です。

 「どうしてたの?」 とは、たぶんスマホの機能ではなく携帯電話のことを指しているんだと思います。
 たとえば友人や恋人との “待ち合わせ” です。
 当然ですが、事前に約束した 「場所」 と 「時間」 で待ち合わせていました。
 必然、暗黙のうちに “時間厳守” のルールが付いています。

 それでも時間にルーズな人はいます。
 また電車に乗り遅れたり、急な用事が入ってしまった場合は、どうしていたのか?

 ハイ、待ちました!

 この “待つ” という行為には個人差があります。
 平気で1時間でも2時間でも待つ人もいますが、たいがいの場合、「30分待っても来なかったら先に行く」 といった取り決めが、事前になされていました。

 これが駅での待ち合わせの場合、「伝言板」 が活躍したわけです。


 「不便ではないのか?」
 と問われても、それが当たり前だったのだから何とも答えようがありません。
 公衆電話から自宅に電話をして確認することはありましたが、異性の場合、なかなか自宅には、かけられなかったことを思い出します。
 それゆえ、何時間でも相手を待っていたのだと思います。

 そう考えると今は、本当に便利な世の中になりました。


 便利と言えば、「ファックス」 が登場した時の驚きを忘れられません。

 昭和の後期、今から30数年前のこと。
 当時、僕はタウン誌の編集記者をしていました。
 お店や会社、施設、人物を取材して、記事を書く仕事です。
 当然、書いた原稿を先方にチェックしてもらうための 「校正」 という作業があります。

 その頃、ファックスという文明の利器が登場したばかりでした。
 でも僕が入社した時には、すでにファツクスはありましたから、当たり前のように校正紙を先方に送り、その後、電話をして、「修正や訂正はないか?」 の確認をしていました。

 で、その時、僕は思いました。
 「ファックスがなかった時代、校正は、どうしていたんだろう?」
 この問いかけに、編集長は言いました。
 「届けていたよ」
 「えっ、毎回、1号分すべての校正をですか?」
 「当然だろ、他に方法がなかったんだから」

 当時ですら、気が遠くなるような衝撃を受けましたから、すべてをメールでやり取りしている今の編集者には、想像すらできないでしょうね。


 ところが編集長から、便利になることは、必ずしも快適ではないことを教えられました。
 「でもファックスのなかった時代の方が、仕事に余裕が持てて良かったよ」
 と言うのです。
 「先方に行かなくって、いいんですよ。ファツクスって便利でいいじゃないですか?」
 すると、ファツクスのある時代しか知らない僕には、思いもよらぬ事実が返ってきました。

 「居留守が使えなくなったんだよ!」


 たとえば、修正・訂正等があった場合、<今週末までに、ご連絡ください> という但し書きを添付していたとします。
 当然、雑誌の世界には締め切りという絶対厳守がありますから、それを過ぎた場合は、そのまま印刷へ回ってしまいます。
 ファックスがなかった時代は、電話連絡しかできませんから土日は、つながりません。
 「ところがファックスが登場してからは月曜の朝に出社すると、ドッサリと山のように修正のファツクスが届くようになってしまった」
 とのことです。

 便利になることは必ずしも快適ではなく、不便が必ずしも不快とは限らないということです。
 さらに何十年かすると、現代 (いま) も 【○○のない時代】 と呼ばれるんでしょうね。

 その 「○○」 に比べると、スマホって、不便なんでしょうね
  


Posted by 小暮 淳 at 14:23Comments(0)つれづれ

2021年07月26日

老いては己に従え


 土曜日の夕方に、テレビ朝日系で 『人生の楽園』 というドキュメンタリー番組が放送されています。
 いわゆる 「第2の人生」 を楽しんでいるシニア世代の日常をカメラが追います。

 ほとんどの場合、定年退職後もしくは早期退社して、以前からやりたかった喫茶店やそば屋、農家民宿などを夫婦で始めるといった内容です。
 見ていると、とても毎日が楽しそうです。

 でも “ほとんどの場合”、自営業を始めるんですね。
 「第2の人生」 に、再度サラリーマンを選んだ人は、番組では紹介されません。
 もしかしたらサラリーマンにとって自営業は、憧れなんでしょうか?
 他人に指図されず、自分の好きな時間に、自分の好きなことをできる人生だと思われているのかもしれませんね。

 長年、自営業で生きて来た人から見たら、「そんな生やさしい、甘いもんじゃない!」 と苦言を言われそうですが、『人生の楽園』 では、その辺の厳しさはスルーされています。
 だって、登場する主人公たちは、「第1の人生」 で 立派に勤め上げて、潤沢な蓄えもあり、悠々自適の 「第2の人生」 を送っている人たちなのですから!
 苦しい事や辛いことは、すべてスルーした “人生の楽園” をエンジョイしているのです。


 とはいえ、そんな人たちは、世の中の一握りのはず。
 ほとんどの場合、「第2の人生」 を模索しているか、持て余しています。

 「定年退職して時間に余裕ができたら、妻と旅行をして、孫と遊んで、残りは好きな趣味の時間に……」
 なーんて、誰もが一度は夢を見るようですが、“それだけ” で過ごすには、残りの人生は、あまりにも長過ぎます。
 たぶん、1、2年で飽きてしまうことでしょう。

 いえいえ、1年でもできれば、良いほうです。
 妻が一緒に旅行に行ってくれるとは限りませんよ。
 孫が都合がいいように遊んでくれますかね?
 趣味だって、仕事の合間にするから楽しんですって!
 毎日するんなら、それは、もう趣味じゃない。


 なんだかんだ、“人生100年時代” の 「第2の人生」 は至難の業のようであります。

 そんなことを考えていたら先日、ユニークなセカンドライフを始めた人の話を聞きました。
 その人の娘さんによれば、
 「父は還暦を機に 『独立する』 と家族に宣言をして、家を出ました」
 とのこと。
 職業などの詳細や事情は不明なのですが、前々から、いずれ家を出ることを計画していたようです。

 そして家族と離れ、一人暮らしを始めたそうです。


 これぞ、「第2の人生」。
 しかも自分で考え、自分で選んだ、まさに “人生の楽園” を探す旅に出たのです。

 <老いては己に従え>

 これからの人生の教訓にしたいと思います。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:28Comments(0)つれづれ