温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2017年03月19日

金があったらバチが当たる


 「幸せになっちゃダメ! 小暮さんはアウトローなんだから!!」

 突然、カウンター席の隅で、ヨッパライが大声を上げました。
 馴染みの居酒屋での常連客とのざれ言です。

 それまで僕は、ママと両隣の客と、僕の私生活について話していました。
 息子が先日、結婚したこと。
 今年は、2人目の孫が産まれてくること。
 どこにでもあるような普通のオヤジの世間話であります。

 でも、それが彼には面白くなかったんでしょうな。
 「不真面目に生きている小暮さんが、真面目に生きている自分たちと変わらない平凡な暮らしをしているなんて許せない」 と思ったのでしょう。
 言われた本人でさえ、「だよね、ゴメン」 と素直に納得してしまいました。

 彼は僕と同世代。
 でも、かたや某有名企業のエリートサラリーマンです。
 “アウトロー” の僕には、計り知れない苦労と屈辱のイバラの道を歩んで来たことでしょうね。
 「それじゃ、不公平だろう!」 という怒りの声が、悲しい嘆きとなって僕の胸に刺さりました。


 その翌日。僕は同じアウトロー(自営業) の友人を訪ねました。
 「そりゃあジュンちゃん、無理もないよ。オレたちは社会の落ちこぼれなんだから。甘んじて、その言葉を受けなくっちゃ」
 そう言うのであります。
 彼は、小さいながら工房を構える一国一城の主。
 たった1人で、独自の世界を生きてきました。
 それでも私生活では持ち家に住み、2人の子どもを立派に成人させています。

 ただし僕同様、昔も今も “貧乏” の二文字に縛られて暮らしています。


 「それってさ、昔、ジュンちゃんのオヤジが言ってたセリフと同じだよね。『これで金があったらバチが当たる』 っていう言葉。今じゃ、オレの座右の銘だものな」

 『これで金があったらバチが当たる』

 そうなんです。
 人生を好き勝手に生きてきたオヤジの口ぐせなんです。
 するとオフクロは必ず、こう返していました。
 「そうですよ。おとうさんは好きなことだけして生きてきたんだから、お金のことは言ってはいけませんよ」 と。


 幸せとは、他人を羨ましがらずに暮らすことなのかもしれませんね。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:51Comments(0)つれづれ

2017年03月18日

誰がために生きる


 三十にして立つ
 四十にして惑わず
 五十にして天命を知る

 なるほどと思うのですが、なかなか凡人は孔子のようには生きられません。
 僕なんか、いまだ立場はおぼつかず、迷いっぱなしだもの、天命なんて知るよしもありません。

 でも僕は、昔から自分の人生を孔子風にいましめてきました。
 20代は 「体験」、30代は 「蓄積」、40代は「 行動」、50代は 「表現」です。
 若いときはハチャメチャなこともしたけど、それは 「体験」 となったし、ガムシャラに働いた時代もあったけど、それは 「蓄積」 されました。
 そして、やっと重い腰が上がって飛び回れたのが、40歳を過ぎてからです。

 まあ、それなりに言葉どおりの人生を歩んで来たように思います。
 が、しかし、今、ハタと立ち止まってしまいました。
 60代は何をしよう? どう生きればいいのだろうか?って……
 孔子は、なんていっているのでしょうか?(昔の人は、そんなに長生きをしなかったのかしらん)


 先日、新聞のコラムを読んでいて、こんな言葉を見つけました。
 フリーアナウンサーの八木亜希子さんの言葉です。

 <50歳を過ぎたら人のために生きる。自分のことで喜んだり落ち込んだりするのは、若い頃の話。>

 ガビ~~~ン!!!!
 突然、脳天に雷が落ちたような衝撃を受けました。
 だって僕なんて、50歳を過ぎて、しかも還暦間近だというのに、いまだに自分のことで一喜一憂していますもの。
 “人のために生きる”
 これだよ! 僕の人生に一番欠けているモノは!

 10年遅れではありますが、60代の目標は 「貢献」 としました。
 えっ? 60歳まで待たずに今すぐしろって?
 はい、極力そうします。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:34Comments(0)つれづれ

2017年03月15日

マロの独白(21) 出物腫れ物


 こんにちワン! マロっす!!
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、10才です。
 みなさん、お元気でしたか?

 オイラっすか?
 オイラは、ちょっぴりへこんでいます。
 老化が進行したのかって?
 ええ、まあ、それもありますけど、それだけじゃないんです。
 実は……


 先日、平日の昼時のこと。
 次女様がテスト休みだとかで、家に居たのであります。
 朝からリビングで、ずーーっとスマホをいじりながら、ゴロゴロしているのです。
 そこへ仕事の手を休めに、ご主人様が2階から来ました。

 「昼飯、どうする?」
 「何か作るの?」
 「ああ、ラーメンしようか?」
 「うん、それでいい」

 ここまでは他愛もない父娘の会話だったのです。
 でも、この後、ご主人様が台所に立つやいなや、次女様が、とんでもないことを言い出したのであります。

 「ねえねえ、おとう!」
 「ん?」
 「マロさ、オナラするの知ってる?」
 「そりゃ、マロだって生きているんだからオナラくらいするだろ」
 「それがさ、このところ回数が多いんだよ。しかも、スゲー臭いの!」

 ドキッ!(顔面蒼白)
 次女様ったら、気づいていらしたんですね。
 オイラ、穴があったら入りたいけど、どこにもないので、知らん顔して窓の外を眺めていたんでやんす。

 「へぇ~、知らなかったな。オレは1度も聞いたことないよ。聞いてみたいな、マロのオナラ! プーって音がするの?」
 「それが、“すかしっぺ” なんさ。チョー臭いから!」

 ヒェー!(茫然自失)
 次女様ったら、そこまで言いますか!
 しかも、よりによって、ご主人様の前で……。

 オイラだって、気をつかって生きているんですよ。
 やっぱ、この家の主であるご主人様の前では、極力、粗相をしないようにしているんですからね。
 だから、お世話になっているこの10年間、ご主人様の前では一度たりとて “放屁” なんぞしたことはありませんって。

 なのに、なのに、ひど過ぎます。
 オイラのプライドが、ズタズタでやんす。


 「ほら、ラーメンできたぞ!」
 「いただきま~す」

 「マロどうした? 具合でも悪いのか?」
 「あれ、本当だ。いつもなら騒ぐのに、自分からゲージに入っちゃった」
 「もしかして、さっきの話、聞いていたんじゃないのか!?」
 「まさか……」


 いけずーーー!! (寝たふり)
   


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(3)つれづれ

2017年03月08日

黄泉の国から


 なんとも寝覚めの悪い夢を見ました。

 9年前に亡くなった友人の夢です。
 いえ、友人というよりも、彼は仕事の相棒でした。
 一緒に離島を取材しながら旅をしたカメラマンです。


 あの頃のように、僕は彼と夜の街で待ち合わせをしています。
 決まって取材へ出かける前は、打ち合わせと称して酒を酌み交わしていました。
 ところが昨晩の彼は、いつもと様子が違いました。
 待ち合わせの時間には遅れることなく来たのですが、顔面蒼白です。

 「小暮さん、ごめん。今日は無理みたい。体調が良くありません」
 そう言って彼は、胸のあたりに手を当てて、路傍にうずくまりました。

 彼の死因は、肺ガンでした。
 でも夢の中の僕は、まったくその事実を知りません。
 もちろん、彼がすでに亡くなっていることにも気づいていません。
 それよりも僕は、つじつまの合わないおかしなことを考えていました。


 今年の正月、突然、彼の奥さんから電話がありました。
 「息子たちも小暮さんに会いたがっているので、遊びに来られませんか?」

 僕は、この電話にハッとしました。
 思えば彼が黄泉の国へ旅立って以来、一度も彼の家に行ってなかったことに気づいたのです。
 その数日後、僕は彼の家を訪ね、自分の著書を仏壇に供え、9年ぶりに線香を上げました。

 仏壇の中で、微笑む遺影。
 南の島で釣りをしている彼を写したものです。
 シャッターを押したのは僕。

 「この頃の主人が、一番生き生きとしていました」
 と奥さん。
 カメラマンだった彼自身を撮った写真は、ほとんどないと言います。


 僕は夢の中で、この日のことを考えていました。
 <なんで彼は、正月に遊びに行った時に、いなかったのだろう? たまたま仕事で不在だったのだろうか?>
 そんな疑問が渦巻く中、僕は彼を介抱しています。

 「救急車を呼ぼうか?」
 「いや、いいです。今日は、これで帰って寝ます」
 「本当に大丈夫かい?」
 「はい、ご心配かけました。では、また連絡します」
 そう言って彼は、夜の街へ消えてしまいました。


 なんで、あんな夢を見たのだろう……。
 今日は朝から悶々としていました。

 もしかしたら今になって、正月のお礼を言いに来たのかしらん。
 それとも・・・

 あの日、僕は彼の息子と酒を飲みながら、こんな話をしました。
 「来年はお父さんの十回忌だね。没後10年の節目に、彼の写真集を作ろうか?」
 すると製作会社に勤める息子が、
 「はい、ぜひ、お願いします。ね、母さん! 絶対にお父さん、喜ぶよね」


 せっかちな彼のことです。
 昨晩の打ち合わせは、取材ではなく、写真集の件だったのかもしれませんね。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:22Comments(0)つれづれ

2017年03月06日

通れない道


 「アクセルとブレーキを踏み間違えた」
 その後も、高齢者による交通事故が後を絶ちません。


 ちょうど1年前の3月3日のことでした。
 高崎市の市道で登校中の児童の列に、駐車場から飛び出した乗用車が突っ込み、小学1年生の男児が死亡。
 運転していたのは70代の男性。
 駐車場に駐車する際、「アクセルとブレーキを踏み間違えた」 とのことでした。

 新聞記事によれば、男児の命日である今月3日、関係者が事故現場に集まり、花を手向けて冥福を祈ったといいます。
 男児の父親は、「どうしても現場に来られなかった。事故と向き合ったのは1年ぶりで、いまだに信じられない」 とコメントしています。

 “どうしても現場に来られなかった”
 この言葉に、僕でさえ一瞬にして、あの日あの時の光景がフラッシュバックしてきて、体が小刻みに震え出したほどです。
 男児の父親の心情は、到底、そんなレベルではないはずです。


 今から8年前のこと。
 まだ高校生だった長男が、自転車での登校途中に交通事故に遭いました。
 交差点の真ん中で軽自動車にはねられ、宙を舞い、フロントガラスに叩きつけられ、路面に落ちました。

 <高校生 車にはねられ重傷>
 翌日の新聞には、そんな見出しの記事が載ったほどです。

 おかげさまで命には別状がなく、その後快復し、後遺症もなく、元気に高校生活に復帰しました。
 いまだに本人には事故の記憶がなく、あっけらかんとしていますが、第一報を受けて救急病院に駆けつけた僕は、その時のショックで寿命が縮まってしまい、しばらくは事故現場を通ることができませんでした。
 いえ、今でもなるべく通らないようにしていますし、仕方なく通るときには、できるだけ事故のことを思い出さないようにしています。

 だもの男児の父親の悲しみと怒りは、計り知れないものがあると思います。
 よくぞ、現場に来られたと、その気丈ぶりに敬服しました。


 くしくも同じ3月3日の新聞紙面に、こんな見出しの記事を見つけてしまいました。
 <74歳運転の乗用車 店舗に突っ込む>
 幸いけが人はいなかったようですが、運転手の女性は、また 「アクセルとブレーキを踏み間違えた」 と話しているそうです。

 クルマ自体の機能の改善、運転免許制度の見直し等、一刻も早く進めてほしいものです。
 被害者の家族もつらいですが、加害者となってしまった高齢者の家族もつらい思いをするのですから。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:29Comments(2)つれづれ

2017年02月27日

ツィゴイネルワイゼンと青春の街


 鈴木清順監督の訃報を聞いた日から、僕は頭の中で毎日、吉祥寺の町を歩いています。
 といっても今の吉祥寺ではありません。
 昭和55年(1980) の吉祥寺の街です。

 当時、僕は22歳。
 ミュージシャンになる夢を追いかけて、東京で暮らしていました。
 ライブハウスや路上、レコード店や楽器店の店頭での人寄せライブ等に、夢中になっていた頃です。

 彼女ですか?(誰も訊いてないって!)
 もちろん、いましたよ。
 1つ年下の大学生でした。
 でも一般の女子大生とは、ちょっと変わった娘だったんです。

 画家の卵でした。


 週末のデートは決まって、吉祥寺。
 なぜかというと、彼女が路上で絵を売っていたからなんです。

 夕方、店じまいをする時刻を見計らって、僕は吉祥寺へ行きます。
 「絵、売れた?」
 「全然だめ」
 「そうか、じゃあ、今日はオレのおごりだな」
 「サンキュー!」
 大きな画板を抱えた彼女と、吉祥寺の夜をあてもなくブラブラと歩きまわるのが、週末のお決まりでした。

 その頃に上映されたのが鈴木清順監督の 『ツィゴイネルワイゼン』 でした。
 上映場所は、映画館ではありません。
 全国のデパートやオープンスペースに仮設ドームを造っての簡易シアターでの上映という、奇抜なスタイルでした。

 吉祥寺のパルコ、といえば当時は若者の聖地。
 パルコ主催のグラフィックアート展などには、足しげく通ったものです。
 そのパルコの屋上に設置された特設会場で彼女と観た記憶が、訃報とともにフラッシュバックしたのであります。

 原田芳雄、大楠道代、藤田敏八の3人が演じる摩訶不思議で妖艶な甘美の世界……
 「清順美学」 と称された独得の映像美に酔いした夜でした。


 あれから37年も経ったのですね。
 吉祥寺の街も、ずいぶんと様変わりしたことでしょうね。

 待ち合わせに使った 「くぐつ草」 という喫茶店は、いまもあるのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 22:54Comments(3)つれづれ

2017年02月22日

目指せ! 2.07


 先日、新聞に 「合計特殊出生率」 というのが出ていました。
 15~49歳の 「1人の女性が生涯に産む子どもの数」 を推定した数字だそうです。
 これによれば2015年の合計特殊出生率の全国平均は1.45人で、少子化の現状が浮き彫りにされました。

 ちなみに群馬県は1.49人で、全国平均を上回っているものの大差はありません。
 なんでも1人の女性が2.07人産まないと、現在の人口は維持できないそうです。

 でも、そうですよね。
 単純に考えて、1組の男女が結婚して、生まれてくる子どもが2人以下では人口は減少します。
 しかも生涯未婚だったり、出産を経験しない人もいますから最低2人以上は必要となります。

 で、気になって全国の表を見てみました。
 平均2.07人以上産んでいる県は、いくつあるのだろうかと!
 すると、驚いたことにゼロなんです!!!
 1位の沖縄県ですら、1.96人ですからね。
 これでは、日本の人口は減る一方です。

 まさに “少子高齢化” であります。
 年寄りの寿命は延びていますものね。


 でもね、群馬県内にはあるんです!
 2.07人以上子どもを産んでいる村が~ッ!!
 それは、上野村と川場村です。

 上野村が2.29人、川場村が2.13人。
 やっぱり都会より田舎の方が、子育てには環境が良いのかなと思ったのですが、そうとも限らないようです。
 県内35市町村での最下位は、片品村で0.82人なのですからね。

 ちなみに全国最下位は、やっぱりというか、東京都で1.24人でした。
 でも、これってどういうことなのでしょうか?
 都会より出生率の高い田舎と低い田舎があるって?

 一概に子育て環境だけの理由ではなそさうですね。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:38Comments(0)つれづれ

2017年02月16日

「好き」 と 「得意」


 「好きこそ物の上手なれ」 ということわざがあります。
 はたして、これって本当なのでしょうか?

 先日、その業界で成功を収めた著名な方のインタビューを聴きました。
 彼いわく、「好きなことを職業にしたのではなく、得意だったことを職業にしたまでです」

 思わず、その言葉に目からウロコが落ちてしまいました。
 だって、僕は昔から好きなことが得意になり、得意なことは好きなことだと信じていましたからね。
 まさか、キライなことが得意にはならないでしょうが……。
 (でも、得意なことがキライになることはあるかもしれません)


 改めて考えてみれば 「好き」 とは、感情・嗜好・興味であります。
 一方、「得意」は、才能や技術まで伴います。
 趣味として楽しむぶんには 「好き」 で充分でしょうが、プロの仕事としては 「得意」 でないと成り立たないかもしれませんね。
 だって、「この仕事は好きなんだけど、あまり得意じゃないんだよね」 なーんていう大工さんには、あまり家を建ててほしくありませんもの。

 で、じゃあ、自分はなんで今の仕事を選んだのだろう?
 と、自問自答が始まってしまいました。

 “ライター” という仕事も、“温泉” というテーマもキライではありません。
 でも、好きで好きで、何がなんでもなりたかった職業なのか?と問われれば、違うような気がします。
 「好き」 の範疇にあったものではあるけれど、一番ではなかったと思います。

 では、「得意」 だったのでしょうか?
 そう問われて、幼少期から少年期、青年期の自分を回想してみました。
 すると、本を読むことは好きだったし、文章を書くことも好きだったことに気づきます。
 でも “多少” であり、“他人よりは” 程度で、ズバ抜けて秀でていたは思えません。
 よって、僕の場合、出た結論は……

 “成り行き” でありま~す!

 ていうか、モノにならないものを消去法により諦めていたら、たどり着いたのが今の職業だったというわけです。
 目からウロコが出たわりには、自分の場合、実につまらない理由だったことに気づいたのであります。


 みなさんは、なぜ、今の職業に就いたのですか?
   


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(0)つれづれ

2017年02月10日

マロの独白⑳ 老化が止まらない


 こんにちワン! マロっす!!
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、10才です。
 夏に誕生日が来ると、11才になります。

 ということは……、人間でいうと……、
 わ、わ、わわわわ~! 完全に還暦超えですよね。
 正真正銘の “じいさん犬” じゃありませんか!
 いつしか、ご主人様の年齢を抜いてしまいました。

 だからでしょうか、最近、ご主人様をはじめ、ご家族の対応がおかしいのであります。
 オイラのことを、まるで腫れ物に触れるかのように……。


 「おい、マロ! また寝ているのか?」
 「あ、ご主人様。お帰りなさいませ」
 「お帰りなさいじゃないよ。いつもなら玄関まで飛んで来るじゃないか? どこか具合でも悪いのか?」
 「いや、べつに、あの……。ただ、眠いだけです」
 すると、ご主人様の言うことにゃ、
 「そりゃ、老化だな。じいさん(ご主人様の父上様) と同じだよ。飯食っているか、散歩しているとき以外は、全部寝ているからな」

 老化!?

 そう言われて、ドキッとしました。
 我々犬族は平均17時間くらい睡眠をとるといわれていますが、確かに今のオイラは、それ以上寝ていますもの。
 1日2回の食事と夕方の散歩以外は、だいたい寝ています。


 さらなるショッキングな出来事がありました。
 先日、嫁いだ長女様が遊びに来た時です。
 次女様が告げた言葉に、落ち込んでしまいました。

 「お姉ちゃん、知ってた? マロったらヨボヨボなんだよ」
 「そうかな~、あんまり変わってないと思うけど」
 「だったら見ててごらんよ。ソファーに上がれなくなっちゃったんだから」

 えっ、あの、その、そんなこと、どうして知っているんですか?
 オイラも気づいていたけど、毎回、ごまかしていたので、知られていないと思っていたのに……

 「ほら、マロ! ソファーに上がってごらん」

 オイラ、両手を突いて、思いっ切り後ろ足を蹴り上げるのですが、以前のようにお尻が上がりません。

 「マジ、受けるんだけど~」
 「ね、私の言ったとおりでしょう。マロ、おじいちゃんになっちゃったのよ」

 2人の会話を聞いていた奥様が、見かねて台所からやってきて、オイラを抱え上げ、そっとソファーの上に乗せてくださいました。
 ありがとうございます。奥様。


 こんなはずじゃ、なかったんですけどね。
 散歩をしていても、足がもつれて転んだり、側溝に片足を突っ込んだり、老化が止まりません。
 このままでは今後、ご家族にご迷惑をかけそうで、我が身ながら心配でなりません。
 とはいっても、寄る年波には勝てませんものね。

 あーあ、イヤだ、イヤだ。
 せめて、オシッコの粗相だけは、しないように気をつけるだワン!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:32Comments(2)つれづれ

2017年02月05日

縁は万里を超えて


 無頼派を気取っている僕にとって、このテの形式ばった儀式は、大の苦手なのであります。
 でも今回だけは、仕方がありません。
 出席する側ではなく、迎える側なのですから……。
 腹をくくって、臨みました。

 昨日は、長男の結婚式ならびに披露宴でした。
 僕は、新郎の父という大役を務めてまいりました。


 「緊張しますね」
 控え室で、ペンギンのような格好をした新婦の父が言いました。
 「ガラではありません。逃げて帰りたいくらいですよ」
 同じ格好をした僕が言うと、ハハハと笑い合ったのであります。

 式は、滞りなく終わり、いよいよ披露宴の始まりです。
 初めて座る末席からの眺め……。
 なんとも不思議な気持ちになります。

 正面、高砂の席には、新郎という名の我が息子の姿があり、隣にはウェディングドレス姿の可愛らしい花嫁が座っています。
 主賓のスピーチ、友人たちの余興など、聞き逃すまいと真剣になって身構えてしまいます。

 スクリーンに映る息子との生い立ち映像……。
 生まれたばかりの息子を抱えて湯舟に入る、若き自分の姿には、思わず笑ってしまいました。


 「R(息子の名) の父です。この度は、ありがとうございます」
 「Rの母です。息子がいつもお世話になっております」
 瓶ビールを片手に、新郎側のテーブルをまわる僕と家内。

 「息子さんは優秀ですよ。将来は我が社を背負って立つ人材です」
 上司の言葉に苦笑い。
 「Rは、本当に素直でイイヤツですよ」
 友人の言葉に、ほっこり。

 なかには 「私、温泉が大好きで、お父さんのファンなんです。一緒に写真を撮っていただけますか?」 なーんていう女子の同僚もいたりして、この時だけは息子から主役の場を奪ってしまいました。


 そして披露宴は、クライマックスへ。
 新婦から両親への、お手紙朗読の時間です。
 隣を見れば、まだ読み出す前から家内は泣いています。
 「新婦のお母さんが、まだ泣いていないのに……」
 なんて思いながら、僕も必死になって涙をこらえていたのであります。
 だって、この後に大役が控えているのですからね。

 「それでは、両家を代表いたしまして、新郎の父、小暮淳様よりお礼の言葉をお願いいたします」
 スーッと、僕の前にマイクスタンドが現れました。
 いつもの調子で、いつもの調子で、と自分に言い聞かせていましたが、やっぱり講演やセミナーとは勝手が違います。
 フリートークなら自信があるのですが、今日は立場が違います。
 あくまでも、新郎の父なのであります。

 「えー、小暮家・○○家を代表しまして、ひと言ご挨拶を申し上げます。皆様、本日はご多様中の折り、また遠方より、新郎新婦のためにご臨席をいただきまして、誠にありがとうございます。また、ご来賓の皆様方から心温まるお言葉を多数いただきまして、心よりお礼申し上げます」

 えーーーーい! ダメだダメだダメだダメだーーーー!!!!
 全然、僕らしくないって!
 て、いうか、この調子で話していたら、いつか舌を噛んでしまいそうです。
 えーーい! ヤメたヤメたヤメたーー!!!

 ということで、この後からは得意なフリートークに変更。
 気が付いたら5分以上もしゃべっていました。
 最後、息子からは 「父の話が長かったので、短めに話します」 と新郎のあいさつで釘を刺されてしまいました。


 でも、僕が言いたかったことは、人生のほとんどは “縁” でできているということ。
 いくら“円” を持っていても縁だけは、買えませんものね。

 ふたりが出会ったのも縁、両家が出会ったの縁、親類縁者、会社の上司や同僚、友人たち、そして我が子として生まれてきたことも、すべてが縁なのであります。
 僕は、ただただ、そのことを、若いふたりに伝えたかったのであります。


 “縁は万里の長城を越えてやって来る”

 中国の古いことわざです。
 縁のない人は、袖(そで)が触れ合っても行き違う。
 でも縁ある人は、万里の長城を越えてやって来る。

 R、Mちゃん、末永くお幸せに。
 この縁を、いつまでも大切に。
   


Posted by 小暮 淳 at 16:04Comments(2)つれづれ

2017年01月23日

楽しみは家の外に


 「大人の引きこもり」 が増えているといいます。

 新聞によれば、内閣府が昨年発表した15~39歳の引きこもりは、約54万人。
 ただし、40歳以上の引きこもりに関しては今まで調査がなく、その実態は不明でした。
 そこで今回、引きこもりの相談を受けている全国の自治体窓口のうち150ヶ所を調べたところ、129ヶ所で対応した経験があるとの回答あり、もっとも多かったのが40代(62%) だったといいます。

 以下、続いて30代(52%)、20代(46%)、50代(45%)、10代(29%) の順です。
 10代よりも40代、50代が多いというのに、驚かされました。
 だって、引きこもりと聞けば、子どもや若者のイメージが大きいですからね。
 つくづく、この国は病んでいると知らされました。


 なぜ、引きこもるのでしょうか?
 家でジッとしていることのできない僕には、到底、見当もつきませんが、これだけは言えると思います。
 家の外より家の中のほうが、居心地が良い人たちなんでしょうね。

 僕の知人の息子さんも中学生の時に不登校になり、そのまま10年以上、自宅の部屋に引きこもっています。
 奥さんは、毎日、部屋の前に食事を運んでいるらしいのですが、いまだに籠城が続いているとのことです。
 一度、相談されたことがありましたが、そもそも “引きこもり” とは、なんぞや? が分からない僕に解決案などあるわけがなく、ただただ彼のグチを聞いてあげただけでした。

 幸い、我が家の子どもたちは、3人が3人とも小中学校で皆勤賞をいただくほどの、給食と部活大好き人間だったので、まったく引きこもりとは無縁の子育てでした。
 おまけに長女は21歳で、長男は24歳で生涯の伴侶を見つけて、さっさと家を出て行ってしまいました。

 思うに、子どもたちにとって我が家は、居心地が悪いのだと思います。
 居心地が悪いから、家の外に居心地の良い場所を見つけるのです。
 よって、家の居心地を悪くすれば、引きこもりはなくなるのであります。


 ところで、40歳以上の引きこもりって、誰が面倒を看ているのでしょうか?
 親だとしたら、かなり高齢で、経済的にも大変ですよね。
 こりゃ~、大変な社会問題ですぞ!

 みなさん、家の外に楽しみをいっぱい作りましょうね。
 これが、僕の引きこもり防止策です。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:18Comments(0)つれづれ

2017年01月07日

キャンセルの功名


 ピンチをチャンスに換える!

 なんていうと、まるでビジネス書か自己啓発本に出てくる言葉のようですが、結果、ピンチが転じてチャンスが到来することは、ままあることです。
 特に僕のような人生設計のないままに、行き当たりバッタリの無頼派を気取っている人間には、この “土壇場の神様” の救いに助けられることが多いのです。


 もう、何年も前のことですが、某地元紙で連載の企画が進んでいました。
 第1話の取材も終えて、原稿も書き上げていました。
 あとは、掲載日を待つのみというときです。
 突然、「連載は中止となりました!」 との担当者からの連絡。
 理由は、記事内容が幹部の考えとそぐわなかったようです。

 「だったら、最初っからオレなんかに依頼すんなよ!」
 と息巻いたところで、元の木阿弥。
 覆水盆に返らず、であります。

 「ああ、またやっちまった……」
 自分を曲げられない性格が、またしてもアダとなりました。
 ところが、数日後のこと。

 まったく似たような企画の連載話が飛び込んで来たのです。
 しかも、今度は大手新聞社からの依頼です。
 しかも、週刊連載!
 到底、地元紙の連載が始まっていたら、受けられなかった仕事です。

 まさに “キャンセルの功名” であります。


 今年も年明け早々、仕事が1本、キャンセルになりました。
 その日まで、あと1週間というドタキャン(土壇場キャンセル) です。

 ところが今回も、土壇場の神様はいました。
 キャンセルを受けた電話から、わずか2時間後です。
 「あけましておめでとうございます。急で済みませんが、来週の○曜日なんて空いてませんよね?」
 僕が世話になっている某団体職員から電話が入りました。
 急きょ、決まったイベントへの招待です。

 その日が、ドンピシャ! 2時間前にキャンセルで空いた日だったのです。
 またしても、キャンセルの功名であります。


 捨てる神あれば拾う神あり、人生は実に良くできているのです。
 みなさんの身の回りにも、ピンチをチャンスに換えてくれる土壇場の神様が必ずいるはずです。

 でも、神様には前髪しかないといいます。
 後ろ髪がないので、過ぎ去ってからでは、つかめないそうです。
 あしからず!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:03Comments(0)つれづれ

2017年01月04日

マルチ元年


 出会ってから30年間、同じテーマで年賀状を出している人がいます。
 その人は、作家のN先生です。

 その年に特化したもの、やるべき事に、「元年」 を付けて意志表明をします。
 たとえば、こんな年がありました。
 「せんずり元年」

 いえいえ、正月早々ふざけているわけではありませんよ。
 そのココロは?
 “書いて書いて書きまくる” であります。

 確か、昨年は 「ゲゲゲ元年」 でした。
 そう、故・水木しげる先生の 『幸福の七ヶ条』 であります。
 この七ヶ条を肝に銘じる1年でした。


 では、今年の年賀状には、なんと書いたのか?
 「マルチ元年」 です。

 別に大風呂敷を拡げたわけではありません。
 奇をてらっているつもりもありません。
 “マルチ” の意味を問えば……

 実は、昨年暮れに、ある占いを見て、僕の2017年を占ってみました。
 すると、出てきた答えは、「ありのまま」 だったのです。
 “素” で生きるということです。

 僕の本業は、フリーライターです。
 ですから基本、取材をして記事を書くことを生業としています。
 でも、この数年は、なんだかんだと多方面から声がかかり、だんだん自分の職業が分からなくなっていました。

 そんなとき、占いが導いたこの言葉が、僕を救ってくれたのです。
 「ありのまま」 に生きる。
 やりたいことをやって、見られるように見られる。
 あらがうことなく、求められるものは、すべて受け入れようという姿勢です。

 そう心に決めた途端、昨年末より次から次へと思わぬ依頼が飛び込んできました。
 某ミュージャンからのレコーディング参加の話、某温泉地から新たな役職任命の話、某テレビ局からレポーターの話……

 仕事とは、不思議なものですね。 
 自分が想像も想定もしていなかったことが、やって来るのですから。
 こうなったら、なんでもやってやろう!という気になったのであります。

 ということで、今年の僕は 「マルチ元年」 であります。
 さて、どんな年になるのかは、僕にも予想がつきませんが、ワクワク、ドキドキしながら楽しみたいと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:08Comments(0)つれづれ

2017年01月02日

年頭所感にかえて


 あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 新しい年、平成29年(2017年) 酉年がスタートしました!

 テレビでは、酉年の平成29年にひっかけて 「とり肉」 を食べようなんてCMが流れていますが、僕だったら、こう語呂を合わせます。

 2017 = 「フロいーな」

 どうです? 僕らしくっていいでしょう!
 来年は 「フロいーわ」 で、再来年は 「フロ行く」 ですから、しばらくは僕の年が続きますね。


 さて、さてさて、みなさんは、どんなお正月を過ごしていますか?
 僕は年末に予測したとおりの、それはそれは賑やかな元日を迎えました。

 実家に集まったのは、総勢14人であります。
 両親と兄夫婦、姪っ子夫婦に、うちの家族です。
 うちの家族の内訳は、僕と家内、長女夫婦と孫、長男夫婦と次女であります。

 だもの正月に、盆とクリスマスまで一緒に来てしまったような大騒ぎです。
 その中で印象的だったのは、昨年、結婚して小暮家の仲間入りをした長男の嫁さんであります。
 彼女にとっては、初の “小暮家の正月” ですからね。

 端から見ていても、けな気なほどに、かいがいしく動いていました。
 義姉からは、「本当に、いい娘が来たね」 と、お褒めの言葉をいただきました。
 ま、褒められれば、義父の僕として、うれしいのであります。

 「ああ、また家族が増えんだなぁ~」 と、目を細めて彼女を眺めていました。


 宴もたけなわ、でも、僕たち(淳一家) は、移動の時間が近づいてきました。
 元日は、家内の実家へも全員で顔を出すのが恒例なのです。

 「さて、行こうか」
 と、僕が音頭を取った時でした。
 義姉に呼び止められました。
 「お義母さんが、Mちゃん(長男の嫁) に渡したいものがあるから、来てほしいそうよ」
 「Mちゃんに?」

 僕が長男の嫁さんを連れて、オフクロがいるベッドのある部屋へ行くと……
 車イスに座ったオフクロが、ポチ袋を手にして、待っていました。

 「はい、お年玉」
 「そ、そんなぁ~」
 と、驚く長男の嫁さん。

 「お年玉をもらうような年じゃありませんから」
 「いいんだよ。これは私の気持ちなの」
 そう言って、オフクロは彼女の手を握りしめました。
 骨と皮だけの、ガリガリの細い手で。

 「R(長男) を、よろしくお願いしますね。Mさん」

 オフクロにとってRは、たった1人の男の孫なんですね。
 言い換えれば、“小暮” の姓を継ぐ、たった1人の孫でもあるのです。
 昭和ひと桁生まれのオフクロらしい、愛情表現なんですね。


 「来年は、もっと賑やかになりまよ」
 と、姪っ子の旦那が、見送ってくれました。
 そうなんです、姪っ子のお腹には、新しい命が宿っているのです。

 15人目の小暮家の人です。


 子孫繁栄、家内安全、無病息災……
 また1年間、健康で元気に暮らしましょう!
   


Posted by 小暮 淳 at 17:54Comments(3)つれづれ

2016年12月31日

ゆく年に除夜の鐘を


 平成28年が、まもなく暮れようとしています。
 つくづく昭和が遠くなったと感じます。

 子どもの声がうるさいからか、保育園や幼稚園の建設に反対したり、不審者対策からなのかマンション内でのあいさつを禁止したり……
 昭和の時代には考えられなかったような出来事が、身の回りで次々と起きています。
 “除夜の鐘” も、その1つのようです。


 除夜の鐘は、騒音なのでしょうか?

 確かに、昭和と平成ではライフスタイルが大きく変わりました。
 それによって、個人の価値観の相違も多様になりました。
 だから、除夜の鐘を 「うるさい!」 と感じる人がいても不思議はありません。

 でもね……

 やっぱり、価値観は変化しても、文化は継承していきたいものです。
 それを忘れてしまったら、ご先祖様が泣きますぜ!

 ということで、古式ゆかしく、「紅白歌合戦」 のあとは、「ゆく年くる年」 を観ながら、除夜の鐘を聴いて新年を迎えたいと思います。


 読者のみなさま、今年1年間、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
 よい年をお迎えください。
 そして、来年もよろしくお願いいたします。

        平成28年12月31日 大晦日  小暮 淳
   


Posted by 小暮 淳 at 22:16Comments(2)つれづれ

2016年12月30日

マロの独白⑲ いくつ寝るとお正月


 こんにちワン!
 マロっす!
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、10才です。

 お久しぶりでやんした。
 つうか、今年はオイラの出番が少なかったと思いませんか?
 ま、そんだけ、ご主人様が忙しかったということなんですけどね。
 オイラの出番が少ないということは、ご主人様の仕事が順調に進んでいるしるしですから、飼い犬としては喜ばしいことであります。

 それにしても、1年なんて、あっという間でやんすね。
 月日が経つのは、本当に早いものです。
 オイラが、この家に来て、もう10年ですからね。

 当時の小暮家は、それはそれは、にぎやかでしたよ。
 長女様は色気盛りの高校生で、長男様は生意気盛りの中学生。 
 次女様にいたっては、ピカピカの小学1年生でしたからね。
 そんて、みんながみんな、オイラを可愛がってくれました。

 やがて1人消え、2人いなくなり、残った次女様も難しい年頃のようで、ご主人様も奥様も腫れ物に触るような扱いでございます。
 でも、でもでもーーーーー!!!
 あと、いくつか寝ると、待ちに待ったお正月がやって来るんでやんす!

 長女様夫婦とお孫様、長男様夫婦、ご主人様と奥様と次女様とオイラと……
 ね、にぎやかでしょう!
 5人+1匹家族だったのが、10年経ったら8人+1匹家族になったんですよ!
 これって、すごい事だと思いませんか?

 ワ~、今から楽しみだな~!!
 オイラ、毎日、歌をうたって、お正月が来るのを待っているんだ!


 ♪ もういくつ寝るとお正月
   お正月には散歩して
   ドッグフード食べて 昼寝して
   いつもと変わらぬお正月 ♪

 来年もよろしくだワン!
  


Posted by 小暮 淳 at 15:04Comments(2)つれづれ

2016年12月29日

今年も最後はゲゲゲのゲ


 今年も残り、あと2日となりました。
 みなさんは、どんな1年間でしたか?

 反省すべき点も多々あることでしょう。
 でも、昨年よりも成長した事もいっぱいあるはずです。
 1年の最後ぐらい、自分の “頑張ったとこ” を褒めてあげようじゃありませんか!


 では、僕から振り返ってみますね。
 今年を表す漢字一字は、「奔」 でした。
 昨年が 「労」 だったわけですから、飛躍的に前向きになれた年だったと言えます。
 とにかく、飛び回っていた1年でした。

 <温泉>
 過去には年間100回以上めぐっていた年もありましたが、ここ数年は体力の衰えと取材内容の変化もあり、かなり少なくなりました。
 今年は、68回。昨年とほぼ同様です。

 <講演>
 そのぶん、講演やセミナー、講座などの出張が増えました。
 みなかみ町の 「温泉大使」 や中之条町の 「観光大使」 に任命されたこともあり、関連イベントでのスピーチや講話を含めると30回以上になります。

 <メディア>
 なんと言っても、今年はメディアへの露出が多かった年でした。
 1月の 「週刊文春」 から始まり、3月の 「毎日新聞」 全国版と立て続けに掲載され、4月には大阪のラジオ局 「毎日放送」 に生出演しました。
 やっぱり、全国区の反響は違います。
 著書の売り上げにも影響しますし、ブログやネット検索の数が桁違いに伸びますもの。
 そして、極めつけは9月に行った 「東京ビッグサイト」 での2回講演ですかね。

 群馬の温泉を全国の人たちに知っていただけたと思います。


 さてさて、いよいよ奔走した2016年も、まもなく暮れようとしています。
 最後に、僕をいつも励まし、突き動かしてくれている、あの七ヶ条を復唱したいと思います。
 そう、故・水木しげる先生の 『幸福の七ヶ条』 であります。
 ※(詳しくは当ブログの2015年12月26日「ゲゲゲの七ヶ条」参照)


 〔第一条〕
  成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
 〔第二条〕
  しないではいられないことをし続けなさい。
 〔第三条〕
  他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。
 〔第四条〕
  好きの力を信じる。
 〔第五条〕
  才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
 〔第六条〕
  怠け者になりなさい。
 〔第七条〕
  目に見えない世界を信じる。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:33Comments(0)つれづれ

2016年12月27日

さらば青春の聖地


 ♪ ひとつひとりじゃ淋しすぎる ふたりじゃ息さえもつまる部屋
   みっつ見果てぬ夢に破れ 酔いつぶれ夜風と踊る街
   哀しみばかりかぞえて 今日も暮れてゆく
   あゝ青春は燃える陽炎か あゝ青春は燃える陽炎か ♪
    (『あゝ青春』 by 吉田拓郎)


 奇しくも前回、ブログに拓郎のことを書いたところ、翌日の新聞紙面に、こんなニュースが掲載されました。
 『フォークソングの聖地 42年の歴史に幕』

 「つま恋」 という名を聞いて、胸の奥のほうがキューンと締め付けられる思いを抱くのは、たぶん50代以上の方々でしょうね。
 決して、群馬県吾妻郡のキャベツの産地ではありませんよ。

 「つま恋」 とは、静岡県掛川市にあるヤマハリゾート施設のこと。
 1974年に開業し、翌年の夏には、あの伝説の野外フォークコンサートが開催されました。
 『あゝ青春』 は、その時のオープニング曲であります。

 そして1979年には、前回ブログに記した愛知県の離島、篠島でのアイランドコンサートが開催されました。
 この時のオープニング曲も 『あゝ青春』 でした。


 残念ながら僕は、同じ時代に青春を過ごしていたにも関わらず、まだ高校生だったことや家庭の事情もあり、歴史の現場には立ち会えませんでした。
 もちろん、ライブビデオは擦り切れるほど、くり返し観ましたけどね。

 で、大人になってから “聖地巡礼” の旅に出たのであります。
 つま恋にも、篠島にも……


 その青春の聖地が、1つ姿を消しました。
 施設の老朽化が進み、修繕費がかさむこと。
 利用客の減少により、業績不振に陥ったこと。
 理由は多重のようですが、やはり一番に感じることは時代の変化です。

 価値観の多様化、に尽きる気がします。

 きっと今の若者も、それぞれの夢を抱いて真っ直ぐに生きていることでしょう。
 そして僕らにも、夢中になった青春の群像があったのです。

 今でも記憶の中で、ゆらゆらと陽炎のように揺らめいています。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:38Comments(0)つれづれ

2016年12月24日

今はまだ人生を語らず


 <拝啓 吉田拓郎様
  あれから25年。あの夏の日が忘れられなくて、あなたと青春を燃やした島、篠島へ行ってきました。青い海と空、そして気さくで人なつっこい島人たちと四季を遊んできました。みんな、あなたとあの日のことを覚えています。島が沈みそうになった1979年7月26日の熱い熱い夏の日を……>


 昨晩は、NHKテレビに釘づけになってしまいました。
 『SONGSスペシャル 吉田拓郎70歳・初めて挑んだライブに密着』

 10代から熱狂的なファンとして、彼を追いかけてきた僕にとっては、ただただ感動の1時間でした。
 若い時の拓郎もやんちゃで良かったけど、古希を迎えた枯れた拓郎も実に良いのであります。

 で、冒頭に記した文面であります。
 なんのことを言っているかは、拓郎ファンならお分かりですよね。
 1979年に知多半島沖の離島・篠島で夜通し開催された 「アイランドコンサート」。
 その伝説の島に、僕とフリーカメラマンの故・大河原義弘氏は、2年間通い詰めました。
 今から10年以上前のことです。

 そして僕らは、今の篠島を知ってほしいと、各地で展示会を開催しました。
 前橋・宇都宮・横浜、そして地元の安城市(愛知県) のギャラリーでも行いました。
 タイトルは、フォト&エッセイ展 『島人たちの唄』。

 この文章は、その時のDMやチラシに書かれたものです。


 テレビでは、珍しく拓郎本人が、自分の作った曲の中で、好きな歌ベスト5というのを発表していました。
 70歳になった拓郎が選んだ、そのベストワンとは?

 僕がカラオケで歌う、この曲でした。


 ♪ 朝日が昇るから 起きるんじゃなくて
    目覚める時だから 旅をする
    教えられるものに 別れを告げて
    届かないものを 身近に感じて
    超えて行け そこを
    超えて行け それを
    今はまだ 人生を 人生を語らず ♪

 『人生を語らず』
 この歌に、何度救われたことでしょうか。
 70歳の拓郎を見て、「まだまだ」 と勇気と情熱が湧き上がってきました。

 もちろん今日は、朝からこの歌が頭の中で、エンドレスに流れています。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:11Comments(0)つれづれ

2016年12月22日

カレンダー・レディー


 今でも、僕のことを 「編集長」 と呼ぶ人たちがいます。

 僕は過去に、3つの雑誌の編集長を務めたことがあります。
 だから当時のスタッフは、僕が雑誌の編集を辞めた後でも、「小暮さん」 とは呼ばずに、旧役職名で呼んでくれます。
 最初は、「もう僕は、キミたちの編集長じゃないよ」 と訂正していたのですが、「編集長っていうのは、編集長のニックネームだと思ってください」 とかなんとか言われて、そのまま今日まで来てしまいました。

 だから元スタッフから 「編集長」 と呼ばれることには慣れたのですが、たった1人だけ今でも違和感を感じ続けている人がいます。
 その人は、Kさんという女性です。
 彼女は、僕が編集長をしていた雑誌に、僕が辞めてから入ったスタッフです。
 だから本来は、彼女にとって僕は、編集長ではありません。

 なのに、僕が編集室を訪ねると、決まって 「編集長、ご無沙汰しています」 と声をかけてくれるようになりました。
 それこそ、「僕はキミの編集長じゃないんだから、おかしいよ」 と思うのですが、彼女にとっても “ニックネーム” になってしまっているようです。

 でもね、本当の編集長がいるわけですから、その人が2人の会話を聞いたら、さぞかし張り合いが悪いのじゃないかなって、不安に思うのであります。


 そんなKさんから、今年もひと足早く、クリスマスカードとプレゼントが届きました。

 <来年は入社から丸10年を迎えます。節目の年も宜しくお願いします!>
 と書かれたメッセージ。
 そして、恒例の卓上カレンダーです。

 毎年、僕は彼女から届く、このカレンダーを楽しみに待っています。


 今年も残りわずかとなりました。
 過ぎ去った1年間を振り返りつつ、新しいカレンダーのページをめくります。
 1月、2月、3月……

 5月で手が止まります。
 順調に取材と執筆が進めば、この頃には新刊が出版されているわけです。

 6月、7月、そして8月
 来年の8月8日は、火曜日なんですね。
 僕の誕生日です。
 いよいよ、還暦にリーチです。
 50代最後の夏を、どう生きようか?
 思いっ切り、暴れてやろうか!?
 考えただけで、ワクワクしてきます。


 Kさん、毎年毎年、素敵なプレゼントをありがとうございます。
 あれもやりたい、これもしてみたい、それも……
 夢と期待に胸がふくらむ本当に素敵なプレゼントです。

 10年の節目の年に、思い出に残るような仕事が、一緒にできるといいですね。
 来年もよろしくお願いいたします。
    


Posted by 小暮 淳 at 21:50Comments(0)つれづれ