温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2018年06月19日

昔イクメン、今カイメン。


 「今日は、父の日だよ」
 「……」
 「はい、たまにはビールで乾杯しよう」
 「……」
 「カンパ~イ!」


 オヤジは満93歳。
 今秋、誕生日を迎えると94歳になります。
 一族でも、歴代最長寿タイに並びます。

 でも認知症を患って、かれこれ10年になります。
 年々症状は悪化しています。
 今ではオフクロも、僕も、アニキのことも分かりません。
 昼も、夜も、もちろん季節も分りません。
 1日24時間、食事の時以外は、目をつむっているか、寝ています。


 「おいしいかい?」
 「冷たくて、おいしい」
 「さあ、これを飲んだら、ちゃんと布団で寝ようね」


 寝る前にオヤジをトイレへ連れて行き、オムツを交換します。
 夜中に、だいたい3回 (多いときは10回近く起きる時も)。
 それでも間に合わない時があります。
 オムツの保水力の限界を超えてしまい、布団も本人もビショビショになることもたびたび……
 教訓を生かして、今は布団の上にレジャー用のビニールシートを敷いて、その上に寝かせています。


 オヤジのオムツを取り替えるたびに、思い出すのは20~30年前の子育てです。
 まだ「イクメン」(育児男子) なんていう言葉もない時代のことです。
 基本、昼間は勤め人ではない僕が、3人の子供たちの面倒を看ていました。

 食事、散歩、保育園の送り迎え……

 重なるんですね、オヤジとかつての子供たちの姿が。
 人間の一生は、元にもどるのだと、つくづく感じています。


 イクメンならぬ、今は 「カイメン」(介護男子) です。
 ただイクメンは10年経てば、すでに役目は終えているのですけどね。
 カイメンの任期って、いったいいつまでなんでしょうか?

 ふぅーーーーーーーーっ!!!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:11Comments(0)つれづれ

2018年06月15日

正しくなくとも……


 「小暮さんは、大したもんだよ」
 「えっ、なんで?」
 「ブレないからだよ」
 「ブレないって?」
 「人生、生き方がだよ」
 「そうかなぁ~、でも、弊害も大きいんだよ」
 「弊害?」
 「ああ、家族にすれば、こんな亭主や父親は大迷惑だ」
 「でも、ちゃんと立派に3人の子供を育てたじゃない」
 「それはオレじゃない、カミさんだよ」
 「でも、ボクは間違っていないと思いますよ。小暮さんの生き方」
 「……そう、ありがとう。そう言ってもらえると、うれしいよ」
 「ま、正しいかどうかは分かりませんけどね(笑)」
 「だな(笑)」


 還暦が近づくに連れて、日に日に臆病になっている自分がいます。
 何か、あせっているのかもしれません。
 同級生は来年、定年退職を迎えます。
 自分だけ、人生に置いて行かれたような錯覚に陥るときがあります。

 いったい、オレは、いい歳をして何をやってんだ!
 学生じゃあるまいし、いつまでも夢みたいなことばかり考えて!
 すでに遅過ぎるけど、社会人として、家庭人として、もう少し、まともに生きられないのか!

 気が付くと、もう一人の自分が、説教を始めています。


 そんなときに、友が言ってくれた言葉に一瞬ですが、ホッと救われました。
 “正しくないかもしれないけれど、間違ってはいない”

 正しくないことは、端から分かっていたことです。
 心配だったのは、間違っていないかということ。

 お世辞でも、ジョークでも、ヨイショでもいいのです。
 他人に言ってもらえさえすれば。


 Y君、ありがとう!
 還暦を迎える勇気が出てきました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:46Comments(0)つれづれ

2018年05月27日

言葉を届けに


 <お誕生日おめでとうございます。これから暑くなりますが、身体に気をつけて、元気で過ごしてください。>


 オヤジを車イスに乗せて、オフクロの病室を訪ねると、枕元に大きなバースデイカードが置かれていました。
 「職員一同」 と、手書きで書かれています。
 日付けは、今日です。

 「ばあちゃん、おめでとう!」
 「ありがとうね。覚えていてくれたんだ」
 「当たり前じゃないか。でも、なにもプレゼントを持って来なかったけど。言葉だけで、ごめんね」
 入院しているリハビリ施設は、飲食の差し入れは禁止されているのです。

 「なにもいらないよ。こうして会いに来てくれたんだから」
 「元気そうだね。いくつになったんだい?」
 「おかげさまで、きゅうじゅういっさいに、なりました」
 「すごいね、息子としてもうれしいよ」

 正直、親戚から “病気のデパート” と揶揄されたオフクロが、こんなに長生きをするとは思いませんでした。

 「おとうさんは、元気ですか? 熱は下がりましたか?」
 「ああ、元気になったから、ほら、連れてきたよ」
 そう言って僕は、車イスをベッドの脇に付けました。

 「本当!? おとうさんがいるの!」
 「ほれ、じいさん。H子さん(母の名前) だよ」
 オフクロの手に、オヤジの手を重ねてやりますが、オヤジの目は宙を泳いでいます。

 「H子さん、わかるよね?」
 「……」
 「今日が誕生日なんだよ」
 「……」
 認知症のオヤジには、目の前のオフクロが分かりません。


 「ジュン、ベッドから起こしてくれないかね。おとうさんの顔が、もっとよく見たいから」
 僕はオフクロの上半身を抱えて、起こしてあげました。
 小さくて、ガリガリで、まるで人形のようです。
 医者の話によれば、25キロしかありません。
 生きていることが不思議に思えるくらい、細い体です。

 「おとうさん、おとうさん、おとうさん……」
 オフクロがしきりに呼びかけますが、オヤジには届きません。


 「ジュン、お願いがあるんだけど、写真を撮ってくれないかい?」
 「いいよ、ほら並んで」
 僕がケータイを向けると、
 「ここでじゃないよ。おとうさんの誕生日にだよ。2人して、家でさ」

 オヤジの誕生日は、9月20日です。
 「だったら、それまでに家に帰れるように、リハビリを頑張らなくっちゃ」
 「うん、がんばるよ」


 94歳と91歳のツーショット。
 たぶん、今年で結婚69周年じゃないかな。

 その時は、孫もひ孫も呼んで、盛大にお祝いをしてあげようと思います。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:12Comments(0)つれづれ

2018年05月18日

情熱のローラ


 ♪ 涙をふいて僕と歩いて行こうよ
   この道はもどれない 青春という季節
   恋に悩みもするだろう
   誰かと争うことも時にはあるだろう
   若い日二度と来ない さらばといって行こう ♪
     <『青春に賭けよう』 作詞/たかたかし 作曲/鈴木邦彦>


 また一つ、昭和の光が、青春の1コマが消えて行きました。
 西城秀樹、享年63歳。

 今思えば、僕の青春時代には、ピンクレディーやキャンディーズもいたけど、ちゃっかり、“新御三家” もいたことに気づきました。
 中でも、西城秀樹は、僕のお気に入りでした。

 何を気に入っていたのかって?
 あの、歌唱ですよ。
 ちょっとハスキーで、ロックと歌謡曲の折衷のような楽曲は、モノマネをするには最適でした。

 「情熱の嵐」 「傷だらけのローラ」は、僕の十八番でした。
 休み時間には筆箱をハンディマイク代わりに、放課後はモップをスタンドマイク代わりに、熱唱したものでした。
 もちろん、オンステージのつかみは、
 ♪ ハウスバーモントカレーだよ~ ♪


 いつか僕も、秀樹のように、大きなステージで思いっきリ歌ってみたい!

 確かに10代の時は、そう思っていました。
 だから夢を追って、東京へ出て行ったのです。
 そして、初めて行ったディスコで、最初に踊った曲が 「ヤングマン/Y.M.C.A」 でした。

 でもね、僕が秀樹の曲で一番好きなのは、「ヤングマン」 でも 「情熱の嵐」 でも 「傷だらけのローラ」 でも 「薔薇の鎖」 でも 「ギャランドゥ」 でもないのです。
 そう、あまり売れなかったけど、「青春に賭けよう」 なんです。
 だから訃報を知ってからは、ずーっと、この曲を歌っています。


 ヒデキに、感謝!
 青春をありがとう。

 ご冥福をお祈りいたします。
      


Posted by 小暮 淳 at 23:13Comments(0)つれづれ

2018年05月14日

母の日なのに


 毎週日曜日は、認知症のオヤジを連れて、リハビリ施設に入院しているオフクロを訪ねています。
 ところが昨日は、会いに行くことができませんでした。
 オヤジが突然、熱を出してしまったのです。
 当然、熱のある老人を面会に連れて行くことはできません。
 だからといって、オヤジを家に置いて、僕だけ行くこともできません。


 「じいさん、大丈夫かい?」
 「……」

 別に熱のせいではなく、ふだんから耳が遠いので、別段、いつもと変わりはありません。
 ただ、ジッとイスに座って、目をつむっているだけです。
 これも、いつもと同じ。
 寝ている時は、もちろんですが、起きている時も目は、つむっています。
 目を開けているのは、食事をしているときぐらいなもの。

 最近は、食事の最中でも寝てしまいますが……


 「じいさん、あんたは、生きてるの? 死んでるの?」
 「……」

 生きているんなら、せめて生きている証しとして会話をしてほしくて、僕は呼びかけます。
 たぶん本人は、今、熱があることも分からないんでしょうね。

 「今日は、ばあちゃんに会いに行けないね」
 「……」
 「残念だね」
 「……」

 残念だと思っているのは、きっと僕だけです。
 “母の日” なのに……
 きっとオフクロは、僕がオヤジと会いに来るのを待っているはずです。

 かあちゃん、ごめんな。
 オヤジが熱さえ出さなければ……


 ふと、オヤジを見れば、夕食のカレーライスを一人前、ぺロリと平らげています。
 熱があっても、食欲旺盛の大食漢。
 たぶん、これがオヤジの生命力の源なんですね。

 「じいさん、薬を飲んだら、ちゃんと布団で寝てくださいね」
 「……」
 「その前に、オムツを交換しようね」
 「……」


 来週の日曜日は、オフクロの91回目の誕生日です。
 オヤジの風邪を治して、何がなんでも会いに行かなくちゃ!
  


Posted by 小暮 淳 at 23:08Comments(0)つれづれ

2018年05月12日

来世のために


 80歳を過ぎてから、英会話教室に通い出した男性がいます。
 なんのために?
 海外旅行に行くのか?

 その老人の答えは、こうでした。
 「次の人生のためにです」


 この話をしてくれたのは、さる会社の社長さんでした。
 将棋の藤井君、スケートの羽生君、野球の大谷君など天才と呼ばれる人たちは、我々と何が違うのだろうか?
 生まれながらにして、差が付いているのだろうか?
 そんな話をしているときでした。

 「前世からして、違うらしいですよ」
 そして、そのことに気づいた老人は、次の人生のために、死ぬ前に英会話を会得しておこうと考えたとのことです。


 なるほど、天才たちは、すでに前世で技術を会得してから生まれてきたのですね。
 それが天才と凡人の差ということです。
 ならば、今からでも何か一つモノにしておけば、来世が楽になるというものです。

 「小暮さんもいかがですか? ひとつ、六十の手習いで初めてみては?」
 「そうですね、僕の場合、経営学の勉強ですかね。来世で、お金持ちになれるように(笑)」
  


Posted by 小暮 淳 at 11:30Comments(2)つれづれ

2018年05月07日

カウントダウン


 還暦まで、100日を切りました。

 別に生き急いでいるわけではありませんが、なんだか急かされているような、焦っている自分がいます。
 まるで、試験日を目前にした受験生の気分です。

 30歳を迎えたときも、40歳を迎えたときも、50歳を迎えたときも、こんな忙しない気持ちで迎えたことはありませんでした。
 ふと気が付くと、今までの人生を振り返っているのです。
 決して、後悔なんてしていません。
 ただ、あんなことがあった、こんなことがあったと、走馬灯のように記憶がめぐります。


 夢を追って、東京へ出た10代
 挫折をして、都落ちした20代
 心機一転、新しい世界へ飛び込んだ30代
 暗中模索の40代
 我武者羅に走り抜けた50代

 思えば、挫折と再生のくり返しでした。
 「いったい自分は、何をやりたかったのだろう?」
 自問自答をする毎日です。


 “人生百年” といわれる長寿時代になりました。
 それでも、折り返し地点は過ぎています。
 そして残り40年といわれても、両親の介護をしている僕には、実質、そんなには動けないことも知っています。

 あと20年?
 いや15年だろうか?
 それも、健康であればという条件付きです。


 人生は、一本の道だったはず。
 僕は、その道から外れていないだろうか……
    


Posted by 小暮 淳 at 18:02Comments(0)つれづれ

2018年05月03日

ホールインGW


 ゴールデンウィーク後半、いかがお過ごしですか?
 長い人では最大9日間、カレンダーどおりでも7日間もありますから、海外旅行にでも出かけないと、間を持て余してしまうかもしれませんね。

 僕ですか?
 僕には、まったくもって関係ない国民的行事(?) であります。
 サラリーマンを辞めた23年前から無縁です。
 土日も祝日も関係ありません。
 仕事がないときが、休日ですから。


 で、今年のゴールデンウィークも仕事と介護以外は、予定がありません。
 ただ3日(今日) だけ、早朝より町内のイベントに役員として借り出されることになっていました。
 でも天気予報は、雨。
 それも未明から大荒れとなり、暴風雨または雷雨をともなうとのこと。
 だもの、「明日は中止だな」 と高をくくっていたのであります。

 ところが一夜明けてみると、小雨がぱらついているものの、天候は回復のきざし。
 あわてて会場となる小学校のグランドへ行くと、すでに役員が数人、準備を始めています。

 「今日は、やるんですか?」
 「小雨決行って書いてあったでしょう」
 「ですね。でも、この天気だと、みなさん中止だと思っているかもしれませんよ。決行の連絡に回りましょうか?」
 すると自治会長は、
 「いえ、その必要はありません。連絡は、中止の時だけで結構です」
 “決行” と “結構” なんて、ダジャレていました。


 はたして、町民は集まるのでしょうか?

 ところが開催時間の午前8時には完全に雨は止み、雲の切れ間から薄日まで差してきました。
 そして、役員の心配をよそに、大勢の町民がグランドに集まりました。

 今日は年に1度の 「グランドゴルフ大会」 だったのです。


 グランドゴルフは、ご存知ですか?
 要は、ゴルフのような老人向けゲームであります。

 以前はゲートボール大会だったのですが、ルールが難しいことと、経験者と初心者の腕前の差があり過ぎるため、ここ数年はグランドゴルフ大会を行っています。
 ルールも簡単で、ボールを叩いて、旗の付いたゴールポストに入れるだけ。
 何打で入ったかを競うだけです。

 実は、僕が班長を務める我が班は、昨年の優勝チームなのです。
 今年は、連覇が期待されています。


 後半、6番コースでのこと。
 距離は、約40メートルのミドル。
 それまでも僕は、パー(3打) を確実に取っていました。
 でもチームとしては、前半回ったところでトップに13打も差をつけられて4位です。

 「班長、ここらでホールインワンをお願いします」

 チームメイトから声援がかかります。
 ホールインワンを出せば、それだけで一気にマイナス3打となります。
 でも僕は、過去に一度もホールインワンなんて出したことはありません。

 班長として、今年も優勝トロフィーを持って帰りたい。
 八百万の神よ、我に奇跡を授けたまえ~~!

 エーーーイッ!!!

 コーンと当たりのいい音がして、コロコロコロとグランドを勢いよくボールが転がっていきます。
 その軌道は、「6」 と書かれた旗を目がけて、一直線に。

 少しして、旗のまわりから喚声が上がりました。

 「ホールインワンです!」
 「小暮さん、有言実行です」
 「吸い込まれるようなきれいなボールでした」

 その後は、メンバー全員とハイタッチ。
 表彰式では、ホールインワン賞をいただきました。


 で、チームの成績はというと……

 連覇ならず、4位のままでした。
 でもね、とっても楽しい一日でしたよ。
 世代を超えた老若男女が、一つのことに夢中になれるなんて、なかなかありませんもの。

 地域社会の大切さ、ありがたさを感じた一日でした。

 と同時に僕は、今年の運を、すべて使い果たしてしまいました。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:48Comments(0)つれづれ

2018年05月01日

一期三会


 読者のみなさんは、覚えていますか?
 3年前、定年退職後にミニバイクで全国を旅しているオッサンに出会った話を……
 ※(当ブログの2015年6月22日「男は二通り」、2015年8月3日「一期二会」参照)

 一期一会ならぬ、“一期二会” の出会いをした話です。
 でも、2度あることは3度あるのです。
 あの、旅するオッサンが、3年ぶりに前橋にやって来た!


 某ホテルの前に、大きな荷物を積んだ青いスクーターが停まりました。
 “ホンダ スーパーカブ”
 ヘルメットをかぶった男性が、いままさにヘルメットを脱ごうとしています。
 なにげにナンバープレートに目をやると……

 <鎌倉市>

 鎌倉市だ?
 その地名に、記憶の片鱗が引っかかりました。
 過去に、似たようなシチュエーションを経験した記憶があるのです。

 デジャビュー(既視体験) だろうか?
 いや、過去にスーパーカブに乗って鎌倉からやって来た男性に会ったことがある。
 でも、確か、郵便局員が乗るような真っ赤なバイクだったはずだけど……

 ナンバープレートから視線を上げた時、男性と目が合いました。
 軽く会釈する僕。
 途端、驚いたような顔をするオッサン。

 「た、たしか、以前にもお会いしたことがありますよね?」
 「えっ、も、もしかて~!」


 僕らは3年ぶりに初めて、互いの名前を告げました。
 Nさんからいただいた名刺には、肩書きに 「糸切れ凧」 と書かれていました。
 自由気ままに、風の吹くまま、旅から旅へ流れて行く “職業” のようです。

 「今回は?」
 「芭蕉が歩いた “奥の細道” をめぐってきました」
 「東北ですね」
 「ええ、仙台から酒田へ抜けて、今、新潟から前橋に着いたところです」
 「あいかわらず自由でいいですね。うらやましい」
 「小暮さんのご職業だって」

 手渡した僕の名刺をながめながら、今度は僕の仕事の話になりました。
 「もっと早く知っていたら、いい温泉を教えてもらったのになぁ~」
 「ぜひ、今度は群馬の温泉をバイクでめぐってください」


 縁とは、不思議なものであります。

 糸切れ凧のNさん、今度は、いつ、どこでお会いするのでしょうか?
    


Posted by 小暮 淳 at 12:25Comments(0)つれづれ

2018年04月30日

記憶のゆくえ②


 「親に向かって手を上げたな! 許さん!!」

 突然、オヤジが大声を上げて、怒鳴り出したので、びっくり仰天。
 あたふたとする僕。

 といっても、大声を上げたからでも、怒り出したからでもありません。
 僕のことを介護施設の職員だと思っているはずの認知症のオヤジが、僕に対して自分のことを “親” と認めたからです。


 それは先週のこと。
 我が家にオヤジを引き取って、面倒を見ているときでした。
 僕がちょっと目を離したすきに、テーブルの上のあったティッシュボックスをいたずらして、壊して、中身を全部出してしまったのです。

 「コラッ、じいさん、なにをやってるんだよ! 赤ん坊じゃあるまいし、まったく!!」
 僕は、部屋に散らばったテッシュペーパーを拾いながら、オヤジの頭を手のひらで、ポンと叩いたのでした。
 これが彼のプライドを傷つけてしまったようです。

 「親に手を上げるヤツがいるか!」

 えっ、自分が親だって分かっているの?
 じゃあ、いままでのよそよそしい態度は、なんだったの?
 それとも叱られたショックで、一瞬だけ記憶の回線がつながって、僕が息子だということが分かったのでしょうか?

 ティッシュペーパーを片付けながら、怒鳴り散らしているオヤジを見て、うれしくなってしまいました。
 息子に叱られたことが、よっぽど悔しかったのですね。


 ところが、最後にオヤジが負け惜しみで言った言葉に、興ざめしてしまいました。

 「よし、このことは、兄貴と姉さんに言うからな。いいな!」

 笑ってしまいます。
 オヤジは8人きょうだいの下から2番目です。
 そして、オヤジ以外のきょうだいは、すでに全員他界しています。

 「伯父さんと伯母さんに、いいつけるの?」
 「ああ、いいつけてやるからな!」


 いったい、オヤジは今、記憶のどのあたりを旅しているのでしょうか?
 “認知症” というタイムマシーンに乗って……
  


Posted by 小暮 淳 at 13:50Comments(0)つれづれ

2018年04月22日

救命猫?


 それは、愛犬のマロと散歩に出たときのことでした。

 我が家のまわりをグルリと一周して、もどると、路上にネコがいました。
 それも道路の真ん中で、不自然な格好で、まるで行き倒れのように両手両脚をのぼして横になっています。

 「ワン、ワンワン!」
 吠えるマロを制して、様子を伺いました。
 というのも、すぐ近くに仲間とおぼしき、もう一匹のネコが、心配そうな顔をして、路上のネコを見つめているからです。

 「マロ、近づくな!」
 リードをたぐり、数十メートル離れたところから、2匹の行動を見守りました。


 <どうしたんだい? 具合でも悪いのかい?>
 たぶん、もう一匹のネコは、そんなことを言ったのだと思います。
 でも、依然、路上のネコは動きません。

 <そんなところにいると、クルマにひかれちゃうよ!>
 たぶん、そんなことを注意したのだと思います。
 でも、路上のネコは、ピクリとも動きません。


 次の瞬間です。
 もう一匹のネコは、路上のネコに近寄ると、いきなり、首の後ろにガブリと噛みついたのです。
 そして、足を踏ん張り、路上のネコを引きずり始めました。

 「えっ、えええーーー!!」
 見ていた僕とマロは、驚きを隠せません。
 「おい、マロ、今の見たか!?」
 「ワン」

 ついに路肩まで、引きずったのであります。
 その間、路上のネコは、まったくの無抵抗でした。


 散歩からもどって、1時間ほどして。
 外出するため、家の外へ出てみると、すでに2匹のネコはいませんでした。

 あれは、なんだったのでしょうか?
 脳梗塞で倒れた仲間を、救助していたのでしょうか?
 それとも、2匹は親子だったのでしょうか?
 道路で、ふざけていた子どもを叱っていたのかもしれません。

 それとも、2匹で決めた 「行き倒れゲーム」 で遊んでいる最中だったのでしょうか?

 いずれにせよ、クルマにひかれなくて、良かったのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:08Comments(0)つれづれ

2018年04月16日

ゾウっとする夢


 みなさんは、夢を見ますか?
 そして起きた時、覚えていますか?

 僕は、ほとんど毎日見ていますが、起きた時には覚えていても、すぐに忘れてしまいます。
 そこで、忘れる前に 「夢日記」 というものを書いていた時期がありました。

 で、日記を読み返してみると、同じ夢というのを、何度もくり返し見ていることに気づきました。
 大きく分けると2つありました。

 1つは、「空を飛ぶ夢」。
 それも決まって、地面すれすれの超低空飛行です。
 夢の中で 「もっと高く飛びたい」 と思っても、体は浮上せず、毎回、イライラ、モヤモヤしています。

 もう1つは、「知らない町を歩く夢」。
 決まって、ローカル線の小さな駅に降り立ちます。
 駅前に商店街はなく、まばらな民家が両脇に点在する道を歩き出します。
 やがて道は二又に分かれ、Y字路の真ん中には神社があります。
 この架空の田舎町を、ときどき僕は散策しています。

 これは何を意味するのかと、考えたことがありました。
 「空を飛ぶ夢」 は、思っていることと、できていることのギャップへのいら立ちなのだろうか?
 もっとやりたいことがあるのに、やれていない自分へのもどかしさなのかもしれないと。

 「知らない町を歩く夢」 は、現実逃避?
 “一人になりたい” “自由に生きたい” という願望なのではないかと。

 ま、それが分かったところで、僕の日常は変わりないのですけどね。
 でも夢の中では、「あっ、また、この夢か!」 と気づきながらも、楽しんで見ている自分がいるのも事実です。


 さて、さてさて、
 先日、「夢日記」 には一度も登場したことのない、まったく新しいパターンの夢を見ました。

 僕は現在、地元自治会の役員をしています。
 毎年、春に子どもたちのためにイベントを開催しています。
 会場は、廃校になった小学校の校庭です。
 「金魚すくい」や「バルーンづくり」などの模擬店、ゲームコーナーなどを設営して、地域の子どもたちと遊びます。

 そして、校庭の一角には、毎年必ず 「乗馬体験コーナー」 を作ります。
 県内の牧場からポニーを借りて、小学生低学年の子どもたちに、乗馬を体験してもらっています。


 ここまでは、現実です。
 ここからが、夢の話です。 

 僕の提案で、「今年はポニーではなく、ゾウを呼びましょう!」 ということになり、会場には 「乗象体験コーナー」 を作ることになりました。
 アフリカゾウだったか、インドゾウだったかは記憶にないのですが、とにかく大きなゾウが校庭にやってきました。

 と、ところが!
 最初は順調に子どもたちを乗せて、乗象体験を行っていたのですが、突然、ゾウが暴れ出し、逃走してしました。
 校庭から飛び出し、町の中へ。
 僕らは追いかけましたが、あっという間にゾウは姿を消してしまいました。

 次のシーンでは、僕は報道陣に囲まれて、イベント主催者として謝罪会見をしていました。


 ここで、夢から覚めました。
 なんとも寝覚めの悪い夢です。
 死傷者は、いたのでしょうか?
 その後、ゾウは捕まったのでしょうか?

 その日は一日、気が気でありませんでした。 


 読者の方の中に、夢占いに詳しい人がいましたら、この夢の深層心理をお教えください。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:44Comments(0)つれづれ

2018年04月09日

黄泉への誘い


 「おとうさん、施設に入れちゃいなよ」
 「……」
 「どうせ、分からないんだからさ」
 「俺たちにも、いろいろ事情があるんだよ」

 昨日、オヤジを車イスに乗せて、入院しているオフクロを訪ねました。
 僕の顔を見るなり、オフクロは、
 「だいぶ疲れているみたいだけど、大丈夫かい?」
 そう言って、冒頭の言葉を続けたのです。


 オフクロは現在、老衰が進み、在宅介護が不可能なため、リハビリ施設にお世話になっています。
 ほぼ寝たきりですが、頭はハッキリしているので、僕やアニキが訪ねて来るのを、とても楽しみにしています。

 一方、オヤジは要介護認定3の認知症です。
 デイサービスとショートステイを組み合わせて、在宅介護をしていますが、最近は体力が極端に衰えたため、車イスの生活をしています。

 平日は実家でアニキが面倒を看ていますが、週末は僕が自宅にオヤジを引き取っています。
 そして毎週日曜日は、オヤジを連れて、オフクロに会いに行きます。
 オフクロは喜んでくれますが、オヤジは無表情です。
 僕のことも分からないのですから、オフクロのことも分かりません。


 ポカンと宙を仰いでいるオヤジの手を握って、突然、ベッドの中のオフクロが言いました。
 「おとうさん、そろそろ私と一緒に、あの世に行きませんか?」
 「そんなことを言ったって、分かるわけないだろう! なんていうことを言うんだい!」
 「ジュン、おとうさんに聞こえるように、言ってくれないかい?」

 冗談とは思えない真剣な目で、僕に訴えてきました。
 しかたなく僕は、オヤジの耳元で、大声を出して訊いてみました。
 「ばーちゃんがさー、いっしょに、あのよに、いこうって!」

 このあと、オヤジは、なんて言ったと思いますか?


 「いや、オレはいい」
 ですって。

 それを聞いたオフクロの悲しそうな顔といったらありませんでした。
 「おとうさん、それじゃ、ダメなんですよ。ジュンたちに迷惑が、かかるんですから」
 そう言うと、目をつむってしまいました。


 この会話、息子としては、どうリアクションすればいいのでしょうか?
 笑うに笑えないし、でも、笑わないとオフクロが、かわいそうでなりません。

 「ま、そういうことだから、2人とも長生きしてくださいな。俺とアニキなら大丈夫だからさ」

 車イスを押しながら、病室を後にしました。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:47Comments(0)つれづれ

2018年04月06日

機械は機械


 アメリカで、自動運転のクルマが、人身事故を起こしたというニュースがありました。
 この場合、責任はドライバーにあるのか、メーカーなのか?
 今後、議論されることでしょう。

 インターネットやスマホが普及したときもそうでした。
 人間が作ったものなのに、人知を超えたトラブルが起こると、そこで初めて人間はあわてるのです。
 こうなることは予想がついていたはずなのに、法の整備は、いつも後手にまわされます。


 これは勝手な意見ですが、機械ギライの僕にしてみれば、「ドライバーが悪いのに決まっているじゃないか」 と単純に考えてしまいます。
 だって、このドライバーは機械を過信して、スマホに夢中になっていて、前方を見ていなかったというじゃありませんか!
 これじゃ、話になりませんって。
 自動運転は、あくまでも保険であって、有視界走行するのが基本だと思うのです。

 ま、技術的な難しいことは分からないので、この話は、ここまでにします。


 で、このニュースを聞いたときに、僕は数年前の出来事を思い出しました。
 当時、僕は新聞に毎週、連載記事を書いていました。
 そして、ある日のこと。
 突然、前触れもなく、愛用していたパソコンが壊れたのであります。
 締め切りは、迫っています。
 なのに、原稿を書くことも、メールで送ることもできません。
 僕は、あわてて、新聞社に電話を入れました。
 すると担当者は、こう言ったのです。

 「では、手書き原稿でいいですから、ファックスで送ってください」

 「えっ、それで、いいんですか! ありがとうございます。すぐに送ります」
 そう応えると担当者は、さらに、こんなことを言いました。
 「もしファックスが壊れていたら、また連絡ください。原稿を取りに伺いますから」

 なんて素敵なトークなんでしょうか!
 編集者の鑑のような人であります。

 このとき僕は、一生この仕事を続けようと決意しました。


 そうなのです。
 パソコンなんて、所詮、道具(機械) に過ぎないのです。
 文章を考えるのは、人間なのです。

 パソコンがなければ、手で書く。
 ファックスがなければ、届ける(または取りに来てもらう)。

 どんなに世の中が進歩しても、その世の中を作っているのは人間なのですから……
   


Posted by 小暮 淳 at 13:51Comments(0)つれづれ

2018年04月02日

シロバナタンポポとモンキチョウ


 何日か前、新聞に <環境の変化でしょうか。今年はシロバナタンポポを見かけません。> という読者の投稿文が載っていました。
 えっ、本当かな?

 ここに越してきた25年前に比べれば、我が家のまわりにはスーパーやコンビニ、住宅も増え、だいぶ風景が変わりましたが、それでもまだ田んぼや畑や野原が広がっています。
 クルマ嫌いの僕は、ヒマさえあれば自転車に乗って、ご近所を回っているので、どこにどんな花が咲くのか熟知しています。

 我が家の西、川を渡った先に、田んぼが広がっています。
 その一角、道の端の土手一面が真っ白になるシロバナタンポポの群生地があります。

 そういえば、今年はまだ、あのあぜ道を通ってなかったな……

 さっさく自転車に飛び乗って、ひとっ走り行ってきました。


 あった! 今年も咲いているじゃないか!!
 でも待てよ、なんかいつもと雰囲気が違うぞ!

 そう、一面の白ではないのです。
 ところどころ、黄色が混ざっています。
 セイヨウタンポポです。

 ヨーロッパ原産の多年草。
 明治時代に北海道で野菜として栽培されていたものが逃げ出したといわれています。
 どこにでも、ふつうに見られる外来種のタンポポです。

 一方、シロバナタンポポは、西日本で多く見られるタンポポです。
 名前のとおり、花が白いのが特徴。
 他のタンポポに比べると、ちょっと弱々しい感じがするところが、僕は好きです。
 最近は、関東地方でも見られるようになりました。


 道端に自転車を止めて、しばらく眺めていると、若いお母さんに連れられた小さな女の子がやって来ました。
 手には、大きな網を持っています。

 「なにをとっているの?」
 「チョウチョ!」
 「へー、チョウチョがいるの。つかまえたの?」
 「うん!」
 「おじさんにも、みせてくれる?」
 ※(ま、その子の歳を考えると僕は、“おじさん” ではなく、完全に “おじいさん” なのですが、そのへんは臨機応変ということで…)

 カゴの中をのぞき込むと、黄色い羽のチョウチョがいました。

 「モンキチョウだね」
 「……」
 「これはモンキチョウっていうだよ。黄色いでしょ」
 「……」
 「白いのは、モンシロチョウっていうんだよ」
 「……」

 かたわらで、ツバの広い日よけの帽子をかぶったお母さんが微笑んでいました。

 「バイバーイ!」
 ふたたび僕が自転車を漕ぎ出すと、
 「バイバーイ、またねー!」
 女の子の声が、追いかけてきました。


 田んぼのあぜには、青いオオイヌノフグリや紅紫色のホトケノザが、じゅうたんを敷きつめたように咲き誇っています。
 川の土手では、黄色い菜の花が風に揺れています。
 水面を桜の花びらが流れて行きます。

 春爛漫です。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:58Comments(0)つれづれ

2018年04月01日

兄弟問答


 「人間は生きたように死んでいくんだ」
 「なんだい、それ?」
 「たぶん、有名な哲学者の言葉だったと思う」


 僕とアニキの介護生活も、ほぼ10年になります。
 オヤジは今年9月で94歳になります。
 オフクロは今年5月で91歳になります。
 オヤジは認知症を患っていて、オフクロは寝たきりの生活を送っています。

 アニキも僕も実家を出て所帯を持ったため、10年前までは両親だけで暮らしていました。
 現在は、ウィークデイはアニキが東京から来て、週末は僕が両親の介護をしています。
 そんな生活も、いよいよ正念場を迎えています。


 「やっぱり、2人は無理だな」
 アニキから今後のことで相談があるからと、呼び出されました。
 「オフクロは仕方ないとしても、オヤジは在宅で面倒を看るしかない」

 今年になってオフクロの老衰が悪化し、通常の食事ができなくなったために入院をさせました。
 現在、だいぶ容態は回復してきましたが、まだ在宅の許可は出ていません。
 先月、オヤジも食事を摂らなくなってしまったため、一旦は入院しましたが、すでに回復して実家にもどっています。

 「オヤジもオフクロも国民年金だからな。2人をいっぺんに施設に入れる余裕はないよ」
 「分かった。オヤジだけでも2人で看よう」
 「すまないが、協力してくれ」
 「ここに来て、人生のツケが回って来たっていうことか」


 僕は、なぜかこの時、童話の 「アリとキリギリス」 の話を思い出していたのです。
 オヤジは、若い頃から根っからの自由人でした。
 組織には属さず、唯我独尊で、思うがままに生きてきた人です。

 そんなオヤジに育てられたアニキも僕も、“カエルの子はカエル”。
 迷うことなく、フリーランスの道を選んで生きてきました。
 でも、老後のことまでは考えていなかった……

 それで、つい僕は、“ツケが回って来た” なんて言ってしまったのです。


 「オレは、そうは思わないよ」
 アニキは振り返ると、ちょっぴり険しい顔になり、僕に、こう問いかけました。
 「じゃあ、ジュンよ。今、あの灼熱のインドを歩けるか?」

 なんのことを言っているのかといえば、25年前に兄弟で、バックパッカーの旅をしたときのことを言っているのです。
 その前後もアニキはアメリカ大陸や東南アジアへ、僕は中国とベトナムを旅しました。
 もちろん2人とも、結婚はしていたし、子供もいました。
 それでも自由に世界を旅することができたのは、互いにフリーランスという生き方を選んだからにほかなりません。


 「だね。この歳になったら、無理だよ。体力的に不可能だ。気力もないかもしれない」
 「だろう。だから “金と時間” ができるのを待っていたら、できないことが人生には、たくさんあるんだ」
 「でも、オヤジは、それをしてきた」
 「そうさ、だから、ちっともツケなんて回ってきてはいないんだよ」


 人間は生きてきたように死んでいく

 オヤジは、僕らに生きざまを見せてくれたように、今、死にざまを見せようとしているのかもしれませんね。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:28Comments(0)つれづれ

2018年03月23日

「そだねー」 と 「だいねー」


 この冬は、平昌オリンピックで脚光を浴びたカーリング女子に、癒やされた人が多いんじゃないでしょうか。
 かくいう僕も、テレビの前で 「さつきちゃ~ん」 って、声援を送っていた一人です。
 なんか、あの娘たちって、見ていると、ほんわか心がなごむんですよね。

 そして銅メダルという成績を修めましたが、同時に 「もぐもぐタイム」 や 「そだねー」 などの言葉も話題になりました。
 とくに 「そだねー」 は、早くも今年の流行語大賞の呼び声も。

 その 「そだねー」 を、商標登録しようと出願した企業が現れたそうです。
 北海道の菓子メーカーとのことですが、彼女たちの所属チームのある北見市ではありません。
 「北見に関係ない企業が、なぜ商標登録するのか?」
 誰でも抱く疑問です。
 それに対しての企業側のコメントは、
 「北海道らしい温かい言葉が、道外業者や悪徳業者に出願されて使えなくならないように。商標を独占する意図はない」
 とのこと。

 ん~、なんか、素直に納得できませんね。
 そもそも、造語でもオリジナルの言葉でもありませんよね。
 方言やなまりの類いですから、一企業がその言葉を商標登録してしまうというのは、いかがなものでしょうか?


 ところで、この 「そだねー」 ですが、群馬弁でいえば 「そうだいねー」 です。
 ちょっと長いので、縮めて 「だいねー」 なんて若い女の子が言ったら、可愛いかも!

 でも実際には、若い女性が使っているところは、あまり見かけたことがありません。
 どちらかと言うと、オバサン言葉です。
 で、オジサンたちは、なんていうかといえば、
 「そうだんべ」 「そうだいのー」 です。

 とは言っても、かなりの高齢者か農村部の男性で、街に暮らす僕らは、ほとんど使いません。


 で、かといって、この 「だいねー」 や 「だんべ」 や 「だいのー」 が、1つの企業に独占されたら困るのです。
 ま、群馬弁の場合、そんなことは起こらないでしょうけど。

 やっぱり、「そだねー」 には、金のにおいがするのでしょうか?
、   


Posted by 小暮 淳 at 12:03Comments(2)つれづれ

2018年03月19日

本の神様


 僕は、自他ともに認めるアナログ人間です。
 ですから、もちろんケータイは、いまだにガラケイです。

 パソコンだって、ブログや原稿を書く以外には、ほとんど使いません。
 ワープロ代わりに、使っているだけです。


 不便ではないのかって?

 どちらかというと、不便を感じるというよりは、不便を楽しんでいます。
 分からないことや探し物があるときは、体を使います。
 辞書で調べたり、図書館へ行ったり、店をまわったり……

 たぶん、ワープロもパソコンもなかった雑誌記者時代に身に付いた、取材方法なんだと思います。
 “情報を疑う” クセがあるのです。
 聞いた話より、自分の目で見たものを信じるという職業病かもしれません。


 本もしかりです。

 今の時代、わざわざ本屋へ行かなくても、ネットで欲しい本が届きます。
 でも僕にとっては、本を手に入れることも大切ですが、探すことに喜びを感じるのです。
 そして、見つけたときの感動!
 それは、赤い糸で出会った恋人のようにいとしいのであります。

 この数週間、探し続けていた本があります。
 小説や文庫本なら、古本屋を回ります。
 新刊本は、迷わず書店へ行きます。
 資料で使う専門書の類いなら、図書館で調べます。

 今回の本は、ちょっと、やっかいでした。
 新書なのです。
 それもマニアックな歴史物。
 新書は種類が多く、新刊ならばいざしらず、何年も前に出版された本となると、すべて揃っている書店は、なかなかありません。

 こんなときネットが使えれば、簡単に手に入るんでしょうけどね。

 書店を見かけるたびに立ち寄り、新書の棚をのぞきます。
 でも、たいていの書店は、そんなに広くスペースを取っていません。
 しかも僕が探している本は、少数派の新書だったのです。
 だもの、そうそう見つかるわけがありません。


 と、と、ところが~!!
 あったのです。
 昨日、なにげに入った書店に!
 以前、来た時は、なかったのにね。

 棚に見つけたときは、自分の目を疑い、何度もタイトルを確認しました。
 そして、手に取ったときには、全身に鳥肌が立ちました。

 「会えた!」

 もう、そのままレジに飛んで行き、家に直帰。
 一心不乱に読み出し、気が付いたら夕飯も食べずに、一気に読み終えていました。


 きっとこれは、神様からの粋なはからいなのですね。
 こんな至福をプレゼントしてくれた “本の神様” に感謝であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:05Comments(2)つれづれ

2018年03月17日

とんでいけ~!


 歯痛は、忘れたころにやって来るのであります。

 今週、突然、疼痛に見舞われました。
 初日は、ズキンズキンと小刻みの痛みだったのですが、翌日には、半鐘を打つような激しい痛みに変わりました。
 ところが、行きつけの歯医者は定休日。
 他の医者を探そうにも、その日はスケジュールが詰まっていて、自由に動ける時間がありません。
 鎮痛剤を飲んで、なんとか1日を乗り切りました。


 ところが、その夜のことです。
 鎮痛剤を飲み過ぎたせいかもしれません。
 体がだるくて、悪寒もし、風邪のような症状になり、自宅に帰るなり、そのまま酒も飲まずに布団にもぐり込んでしまいました。

 でも、歯の痛みで眠れません。
 1時間、2時間……、時間だけがいたずらに過ぎていきます。
 時おり、うとうとと眠気がやってきます。

 このまま、眠ってしまいたい。
 朝まで、目が覚めないでほしい。

 と思ったのも束の間。
 突如、ズキーン、ズキーンと、激しい痛みが襲います。
 「ああ、痛い。痛いよ~。助けてくれよ~」
 夢ともうつつともつかぬ闇の中で、僕は誰にともなく叫んでいました。

 その時です。
 遠く暗闇の奥から、声がするではありませんか。

 「イタイの、イタイの、とんでいけ~!」

 その声の主は、なんとオヤジだったのです。
 そう、あの90歳を過ぎた認知症の老人です。
 でも、今のオヤジではありません。
 50年以上も昔の、若き日のオヤジの声です。

 当時の僕は、小学校の低学年。
 虫歯が痛くて、泣いた夜がありました。
 その時、オヤジは一晩中、僕の布団の隣で添い寝をしてくれました。
 そして、茶碗に入れた甘茶を指にひたしては、僕の頬をさすりながら、
 「イタイの、イタイの、とんでいけ~!」
 と、おまじないを唱えてくれていたのです。


 不思議なことって、あるものですね。
 この歳になって、突然、そんな忘れていた記憶がよみがえってくるなんて。

 「イタイの、イタイの、とんでいけ~!」

 闇の中で、おまじないが繰り返され、やがて僕は眠りにつきました。


 翌朝、一番乗りで、歯医者に駆け込んだことは、言うまでもありません。
 おかげさまで、痛みは取れました。

 今日は天気もいいし、午後は入院しているオヤジを見舞いに行ってこようと思います。
 たぶん、僕のことは分からないと思いますが、窮地を救ってくれたお礼を言いに……
   


Posted by 小暮 淳 at 13:15Comments(0)つれづれ

2018年03月09日

眠り翁


 「ジュン、すぐ来てくれないか! オヤジが…」

 昨晩、うっかりケータイを見ずにいたら、何度もアニキから着信履歴がありました。
 いやな、予感であります。
 あわてて電話をしました。

 「オヤジがどうしたって?」
 「寝ちゃって、起きないんだよ」
 「どういうことよ?」
 「いいから、すぐ来てくれ!」


 実家へすっ飛んで行くと、オヤジは、いつものようにベッドで寝ていました。
 蒲団が胸のあたりで上下に動いてますから、呼吸はしているようです。

 「ふつうじゃないか?」
 「それが、ふつうじゃないんだよ」

 アニキの話によれば、晩飯を食べている途中に突然、動かなくなり、そのまま寝てしまったというのです。
 声をかけても、揺すっても起きないので、そのまま担いでベッドに寝かせたようです。

 「な、ヘンだろ?」
 「でも、うちに来ても、そんなものだよ。1日20時間以上寝ているからね」
 「でも、ベッドには自分で歩いて行くだろう? それが今日は、まったくイスから動かないんだ」

 結局、昨日は一晩、様子をみることになりました。


 一夜開けた今朝のこと。
 またしてもアニキからの電話です。
 「おい、ジャン、すぐ来てくれ! 今から救急車、呼ぶから」
 「えっ、きゅうきゅうしゃ、だ~!!」

 あわてて実家へと、すっ飛んで行きました。
 僕が着くのと同時に、救急車も到着。
 救急隊員がストレッチャーにオヤジを乗せて、手際よく搬送して行きます。

 「なんで救急車なのさ?」
 「やっぱり朝起きないからさ、医者に電話したんだよ。そしたら軽い脳梗塞かもしれないから救急車を呼べって」

 ということで、アニキが救急車に同乗して、僕が実家で待機することになりました。


 午後、結果が出ました。
 “脳に異常なし”
 でも、もしものことを思い、しばらく入院させることにしました。

 着替えや洗面用具などを持って、病室へ行くと……

 やっぱり、寝ています。


 「眠り姫」 「眠る男」、いや、こりゃ 「眠り翁」 だな!

 人騒がせな、じいさんであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:36Comments(0)つれづれ