温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2020年04月02日

老化と自粛とパラサイト


 かくかくしかじか、のっぴきならない事情がありまして、遅ればせながら、やっと話題の映画 『パラサイト 半地下の家族』 を観てきました。
 案の定、映画館は、ほぼ貸切状態でした。


 まず、なぜ、ここまで鑑賞が遅れたのか?
 事情その一は、“老化” が原因です。

 カンヌ映画祭で最高賞のパルムドール受賞のニュースを聞いたときから、上映されたら、すぐ観に行くつもりでいました。
 でも、そこには、大きな障害が立ちふさがっていたのです。
 そうです、“字幕スーパー問題” です。

 かれこれ10年くらい前から僕は、映画館で洋画を観ることをやめました。
 理由は、「字が小さくて読めない」 「1回のテロップが読み切れない」 「字幕に集中するあまり画面が見られない」 から!
 ひと言でいえば、老化です。

 「パラサイトって、字幕スーパーですよね?」
 「はい」
 「これって、吹き替え版の上映はないの?」
 「はい」
 「今後も?」
 「ちょっと、お待ちください……」
 僕の質問に、店員はカウンターから離れ、他のスタッフとヒソヒソ話をすると、戻ってきました。
 「はい、予定はないようです」


 ということで、1ヶ月以上が過ぎました。
 そして事情その二が、新型コロナウイルスの感染拡大です。
 自粛、自粛、自粛……

 もちろん僕の仕事も例外ではありません。
 わずかな連載の執筆はあるものの、講演や講座、イベント関係は、すべて中止になりました。
 毎日、毎日、やることがなくて、困ってしまいます。

 そうだ!
 映画を観に行こう!
 今なら空いているぞ!

 と、映画館へ。
 えーと、えーと、上映作品の一覧を見ても、観たい映画がありません。
 そして、目に飛び込んで来たのが、「パラサイト」 の5文字だったのでした。

 仕方ない、老化と闘うしかない!


 劇場に入ると、客は僕の他に、たった3人。
 しかも若い人たちのようで、後ろのほうにパラ、パラ、パラ。
 「いいなぁ~、あんなに遠くても見えるんだ」
 と、ひとりごちながら、思いっ切り前方の席に座りました。

 結果、字は読めたものの、スクリーンが大き過ぎて、映像が追いきれず、首が疲れてしまいました。


 この自粛、いったいいつまで続くのでしょうか?
   


Posted by 小暮 淳 at 10:59Comments(0)つれづれ

2020年03月30日

脱・アンチエイジング


 「死ぬまでに1回でも多くSEXをするんだ」
 と豪語する60代の男性がいます。
 その人は、退職金を注ぎ込んで、まめに風俗通いをしています。


 一方、最近、「死ぬ前にもう一度、燃えるようなSEXがしたい」 と願う70代の男性が主人公の小説を読みました。
 三浦しをん著 『木暮荘物語』 (祥伝社文庫)

 築ウン十年、全6室のボロアパート 「木暮荘(こぐれそう)」。
 このアパートの大家が、木暮老人です。
 彼は、ある日、余命いくばくの親友を見舞います。
 その時、親友が病床で言ったひと言が、彼の毎日を変えてしまいます。

 「かあちゃんにSEXを断られた」

 親友は、病院から一時帰宅した晩のことを話しました。
 そして1ヶ月後、親友は亡くなりました。

 葬儀の晩、彼は妻に、それとなく訊きます。
 「俺がもし、SEXしたいと言ったら、おまえどうする?」
 当然、返事は 「いやですよぉ」

 それを機に、彼は無性にSEXがしたくなります。
 「死ぬ前に、もう一度だけ」
 しかし、風俗で満たすのでは、彼のプライドが許しません。
 目標は、あくまでも “燃えるようなSEX” なのですから……

 続きが気になる方は、ぜひ一読を!


 で、僕は思いました。
 男性の性欲は、女性の美へのあこがれに似ていると。
 老いることへの恐怖が誘発するアンチエイジングなのだと。

 死ぬまでに “1回でも多く” も “一度だけ” も、回数の差こそあれ、老いていく自分を否定したい気持ちには変わりありません。


 えっ、僕ですか?
 僕は……、ええ……、あのう……、
 白髪染めをやめた数年前からアンチエイジングは、卒業しました。
 脱・アンチエイジング!

 ありのままで生きます。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:42Comments(2)つれづれ

2020年03月24日

『在りし人』 クランクイン


 はなはだ個人的ではありますが、うれしい知らせがありました。

 読者のみなさんは、以前、僕が中之条町まで電車に乗って出かけ、この町に全国から集まった若者たちと酒を酌み交わした話を、覚えていますか?
 ※(当ブログの2020年1月12日 「宵待ち列車に乗って」 参照)
 この時、山口県からやって来た青年と出会い、親しくなり、その後もメールのやり取りを続けていました。

 なぜ、彼は山口県から群馬県の中之条町へ移住することになったのか?

 そのきっかけは、毎年、中之条町で開催されている 「伊参(いさま)スタジオ映画祭」 でした。
 昨年、彼は、この映画祭で、シナリオ大賞を受賞しました。
 これを機に、公務員を辞職して、この町へやって来ました。

 その理由は、映画の撮影のためです。


 <昨年の第19回伊参スタジオ映画祭でシナリオ大賞(短編の部) を受賞した藤谷東監督(36) の 「在りし人」 の撮影が、安中市の碓氷峠鉄道文化むらで始まった。展示されている木造の客車を使い、戦後間もない日本の風景を再現した。>(2020年3月21日付 上毛新聞より)

 舞台は昭和25(1950)年の日本。
 地方の養蚕農家の次男、朔治は家を守るため、戦死した兄の嫁、佐代と結婚します。
 そして2人は、親のはからいで1泊の温泉旅行に出かけます。

 彼は、新聞のインタビューで、こうコメントしています。
 「終戦後の日本で実際にあった、逆縁婚(亡くなった兄弟の配偶者との結婚) をした若い夫婦とその家族の気持ちを映画から感じ取ってほしい」


 「逆縁婚(ぎゃくえんこん) をテーマにした映画なんです」
 あの日、初対面ながら熱く語る彼の真剣な眼差しを思い出します。
 「若いのに、良く知っているね?」
 「ええ、昔、祖母に話を聞いたことがあるんです」

 その後、彼から 「映画のロケ地に使えそうな、戦後間もない頃の昭和のイメージが残る温泉地がありましたら、ご紹介ください」 とのメールがありました。
 今回の撮影のロケ地を見ると、僕がピックアップした温泉街や旅館も採用されたようです。
 多少なりとも、お力になれたようで、嬉しい限りです。


 完成した映画は、今年11月に開催予定の伊参スタジオ映画祭で上映されます。
 もちろん、また中之条町まで祝い酒を呑みに出かけるつもりです。

 東君、がんばれ!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:42Comments(0)つれづれ

2020年03月23日

紙芝居がやって来た!


 「人生の楽園」 というテレビ番組があります。
 定年退職、もしくは早期退社後に、新しい人生を見つけて、生き生きと暮らしている人たちを紹介するドキュメントです。
 ペンションや民宿、そば屋、喫茶店をオープンした人、悠々自適に自給自足のための農業を始めた人など、それぞれが “人生の楽園” を見つけて、セカンドライフを楽しんでいる姿を映し出します。

 ま、ファーストライフが、いまだに完結しない僕には無縁のテーマなのですが、うらやましくもあり、時々、チャンネルを合わせています。


 僕の友人にも一人、一風変わったセカンドライフを歩み出した人がいます。
 高校の同級生だった、石原之壽君です。
 彼は、なんと! 定年退職後に、チンドン屋を始めました。

 先日の地元紙には、こんな記事が載りました。
 <軽妙な語りで子ども元気に>
 <伊勢崎神社で紙芝居>

 <新型コロナウイルスの影響で思い切り遊べない子どもたちのために、伊勢崎市出身で寿ちんどん宣伝社座長の石原之寿(のことぶき) さん(61) =茨城県土浦市=が20日、伊勢崎市本町の伊勢崎神社境内で紙芝居を上演した。(中略) 石原さんは定年退職後、チンドンと紙芝居を事業として専念。「休校で子どもたちが窮屈な思いをしている」 と、土浦の神社などで街頭紙芝居や昔のあそびを始めた。>


 ということで、知らせを受けて僕も、応援と冷やかしに行ってきました。
 会場となった伊勢崎神社の宮司も同級生です。
 境内には、子ども連れの親子にまざって、僕同様に、旧友のセカンドライフの応援に駆けつけた同級生らが集まりました。

 昔なつかしい黒塗りの自転車。
 荷台には、駄菓子を吊るした木箱が載せられ、その上に紙芝居がセットされています。
 開演を知らせる拍子木の音が鳴り響き、子どもたちには飴が配られました。

 ユーモアたっぷりの語り口に、子どもも大人も爆笑です。


 僕は、高校時代を思い出していました。
 彼は、当時からクラスの人気者でした。
 文化祭で、落語を披露するような芸達者でもありました。

 僕だけではなく、きっと誰もが、彼は芸能の道へ進むと思っていたと思います。
 でも、彼が選んだ人生は、平凡な会社勤めでした。
 この40年間、ずーーーーっと悩んでいたんでしょうね。
 「いまに見ていろ! いつか本当の俺の見せてやる!」 と……


 「あっ、ジューン! はい、私の同級生の小暮淳君が来てくれました~」
 後ろの方で、こっそりと見ていたつもりだったのですが、気づかれてしまいました。
 「彼は、有名な温泉ライター、温泉大使なんですよー。みんな、あのおじさんを覚えて帰ってね~」
 と、いらぬおせっかいスピーチまで盛り込んで、場を沸かせていました。


 人生100年時代、彼のセカンドライフは始まったばかりです。
 よしっ、俺もがんばらねば!
 旧友の軽妙な話芸を聞きながら、ちょっぴり勇気をいただいてきました。

 まずは、ファーストライフの完結を目指します!
    


Posted by 小暮 淳 at 12:08Comments(0)つれづれ

2020年03月21日

伝道師の子


 <宇宙船ソユーズから見た我が “祖星” 地球は、青く美しいばかりではなかった。緑を失った赤茶けた砂漠も、不気味に点在していたのである──環境保護の市民団体である 「日本野鳥の会」 県支部には、とてもチャーミングなネイチャリング伝道師がいます。> (1990年12月16日付 「あさひぐんま」 より)


 オヤジが亡くなったのが昨年の2月20日、オフクロが亡くなったのが5月1日。
 2人の命日の間で、彼岸中ということもあり、今日、合同の一周忌を済ませてきました。
 子と孫、ひ孫が実家に集まり、坊さんを呼んで法要を行い、その後、全員で墓参りをしました。

 桜も咲き出した暖かな陽気の中、霊園では一族の笑い声が、天へ届けとばかりに響き渡りました。


 「遺品を整理していたらオヤジの新聞記事がたくさん出できたから、コピーしておいたよ」
 アニキが法要の前に、プリントを配りました。
 その中の1枚が、冒頭の講演活動の記事でした。

 <その人は、前橋市のK町に住まう小暮洋さん、六十六歳で、同支部の啓蒙指導委員長を務めています。環境保護を力強く雄弁に訴える 「語り部」 として、県内各地の小・中学校を回り始めて十五年。その弁舌はすこぶる爽やかで、学校はもとより、幼稚園や図書館、公民館などからラブ・コールしきりの伝道師です。>

 記事では、独特のフェイス&ボディーパフォーマンスで熱弁するオヤジの写真を交えながら、講演の様子や自然保護活動をするきっかけとなった出来事を紹介しています。

 <小暮さんの自然保護運動の原点は、昭和二十二年のキャサリン台風にある。戦争中に木々を伐採され丸裸になっていた赤城山南面は、極度に保水力を失っていた。荒山高原に降った雨は山津波と化し、大胡の町に押し寄せたのである。街を歩いていた小暮さんは、一瞬にして濁流に呑まれ、必死で建物の鉄格子にしがみついた。泥流の中に沈んだ街、電信柱が縦に回転しながら流れて行く。大胡町だけで百棟が流失し、七十七人の尊い命が奪われた。>
 ※(詳しくは、当ブログの2013年8月17日 「オヤジ史②キャサリン台風」 参照)


 「おじいちゃんって、おとうさんと同じようなことをしていたんだね」
 娘たちに言われて、ハッとしました。
 「いや、おとうさんが、おじいちゃんの真似をしているんだよ」

 親子とは、不思議なものです。
 稼業のように、「継げ」 と言われたわけでもないのに、気が付いたらオヤジと同じ年齢の時には、同じように講演活動をしていたのですから……
 ただ僕の場合、オヤジのように大それた運動は起こしていませんけれど。

 それでもオヤジが心血を注いで守ろうとした自然同様、僕にも1つでも多くの温泉を後世に残したいという気持ちはあります。
 そのためには、まず、温泉の魅力を知ってもらうことだと思い、今日まで講演を続けてきました。


 蛙の子は蛙。
 伝道師の子になれるよう、これからも活動を続けて行きたいと、改めて一周忌に思いました。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:33Comments(0)つれづれ

2020年03月20日

おりこうさんが多くて疲れませんか?


 最近、テレビを見ていて、「なんかヘンだな?」 と違和感を覚えることが多くなりました。

 たとえば、刑事ドラマ……
 逃走する犯人を追いかけて、2人組みの刑事が車に乗り込みます。
 そこで、悠長にシートベルトをしているシーンを、よく見かけます。

 「だよね、ルールだもんね。でも、その間に犯人、逃げちゃいますって!」
 と、ツッコミを入れている自分がいます。


 と思えば、ヤクザが路上でタバコを吸っています。
 刑事がやって来ると、あわてて逃げ出すのですが、ヤクザは、ご丁寧にもポケットから携帯灰皿を取り出して、タバコをもみ消しました。

 「だよね、マナーだもんね。っていうか、いつもは、ポイ捨てしてるんだろう!」
 と、やっぱりツッコミを入れてしまいます。


 いったい、いつからなんでしょうか?
 世の中が、架空の世界にもルールやマナーが、うるさく指摘されるようになってしまったのは?

 <これはCM上の演出です>
 <許可を取って撮影しています>
 など、過剰な注釈にテレビ画面はあふれています。


 僕個人も、数えるほどではありますが、いく度かテレビに出演したことがあります。
 これは中央のテレビ局の旅番組のロケでのことです。
 レポーターの男性と温泉街を歩くシーンでした。

 「はい、カット!」
 ディレクターが叫びました。
 「小暮さん、申し訳ありません。道路の白線から出ないで歩いていただけますか」
 「えっ、ダメなの?」
 「ええ、いろいろと、うるさいものですから」

 ここでも、ルールです。
 車道に、はみ出して歩いては、いけないということのようです。
 でも、なんかリアリティがありません。
 だって、ここは温泉街ですよ!
 観光客が、一列になって歩きますか?


 気になるのは、ディレクターが言った 「いろいろと、うるさい」 という言葉です。
 いわゆる、クレームのようです。

 クレーム=正義の応酬、ですね。
 “おりこうさん” が多くて、困った世の中になったものです。

 せめて、ドラマや映画などのバーチャルな世界だけでも、臨場感確保のために許してもらえませんかね。
    


Posted by 小暮 淳 at 11:04Comments(0)つれづれ

2020年03月13日

瞳の中の恐怖


 可視化された世の中を、どう思われますか?

 防犯カメラやドライブレコーダーの普及により、ますます我々の日常は、世間にさらされています。
 確かに、犯罪の抑制や犯人検挙には役立っているようですが、それは性善説に基づいた考え方です。

 もし、悪意に満ちた考えの持ち主に利用されたら……


 先日、身の毛もよだつような事例を見つけました。
 それは、新聞の片隅に載った小さな記事でした。
 こんな見出しが付いていました。

 “瞳画像→駅判明→尾行”

 女性アイドルの体を触ってケガをさせたとして、強制わいせつ致傷などの罪に問われている男の裁判での起訴内容です。
 なんと犯罪のきっかけは、被害者がアップしたツイッター上の画像の瞳に映った景色からでした。
 いったい、「瞳に映った景色」とは?


 経緯は、こうです。
 まず被告は、女性が最寄り駅で自身を撮影した画像を見つけます。
 次に、女性の瞳の中に映った景色を分析し、ホームの特徴や線路の本数などを割り出します。
 さらに、握手会で直接女性から聞いた 「近くに引っ越しした」 との情報や、他のファンからの目撃情報を加味し、地図検索サイトのストリートビュー機能を駆使して、ついに駅を特定します。

 ここまでならゲーム感覚かもしれません。
 でも男は、ここから犯罪者としての行動をとります。

 特定した駅で女性を待ち伏せし、自宅マンションまで尾行。
 女性の投稿動画から部屋の位置やカーテンの色を把握。
 さらには、女性が自宅から動画をライブ配信している時に、玄関のチャイムを押して、音が鳴ったことを確認。
 ついに、部屋を探し当てます。

 そして女性宅に侵入し、わいせつ行為におよんだということでした。


 可視化は犯罪の抑制にもなりますが、誘発もしかねないということです。
 便利とは、なんて不便なんでしょうか。
 生きにくい世の中になったものです。
    


Posted by 小暮 淳 at 11:46Comments(0)つれづれ

2020年03月11日

妖怪の出番です!


 東日本大震災から9年が経ちました。
 今また、9年前と同じような事態が日本および世界中を襲っています。
 デマ、風評、自粛の嵐です。

 新型コロナウイルスという見えない敵に、人類は成す術がないのでしょうか?


 新聞発表によれば、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、すでに群馬県内の宿泊施設では、少なくとも延べ10万人を超えるキャンセンルが出ているそうです。
 また3~5月分の予約も前年同期比で5割以下になっており、その影響は大型連休にまで及んでいる状況です。

 群馬県は4月から大型観光企画 「群馬デスティネーションキャンペーン(DC)」 が始まります。
 誘客に向けた盛り上がりが期待されていただけに、関係者の落胆は大きいと思われます。


 昔から人類は、数々の目に見えない “魔物” と闘ってきました。
 細菌やウイルスが発祥元となる病気も、その魔物の仲間です。
 そして、それら目に見えない魔物の正体は、妖怪や悪霊の仕業だとされてきました。

 正に、この新型コロナウイルスは、妖怪や悪霊と同じです。
 科学や医学が発達した現代ですが、正体が解明されるまでは、太刀打ちができません。
 こんなとき、昔の人は願をかけ、神や仏の加護にすがりました。


 今、SNSで、ある妖怪が話題になっているといいます。
 「アマビエ」
 妖怪には、悪いことをする妖怪にもいますが、これは人間を助けてくれる良い妖怪のようです。

 江戸末期、「病気が流行したら自分の姿を写して人々に見せるように」 と伝えて海中に消えたと伝えられています。
 半人半魚の妖怪で、顔は鳥のような口ばしがあり、髪が長く、首から下はウロコに覆われています。
 三本足で歩き、体全体が発光するといわれています。

 かなり不思議な妖怪ですが、見た目は愛嬌があり、マスコットになりやすいキャラクターであります。


 ここまで自粛ムードが続くと、誰もがワラにも神にもすがりたい気分になります。
 そんな時に現れた救世主、妖怪 「アマビエ」。

 どうか日本を、いえ、人類を疫病からお助けください!
   


Posted by 小暮 淳 at 15:18Comments(0)つれづれ

2020年03月01日

ブレない男② ふたたび


 突然、2枚組みのCDが届きました。
 送り主は、20年以上前に組んでいたバンドの元メンバー。
 彼に最後に会ったのは5年前、ライブハウスでした。
 ※(当ブログの2015年3月16日 「ブレない男」 参照)

 「ジュンちゃん、よく来てくれたなー!」
 そう言って、思いっきりハグされたことを覚えています。
 そして、相変わらずのギターテクニックと、ハリのある力強いボーカルに酔いしれました。


 決して、ブレない男……
 真似しようとしても、真似できない生き方をしている男……

 それが、出会ってから今日まで、僕が彼に対して抱いている思いです。


 <14歳からギターの弾き語りを始め、フォーク、ロック、ジャズ、レゲエ等の影響を色濃く受けるが、ブルースにも強い興味を持ち、ブルースプレーヤーとしても精力的に活動する。現在はジャンルにとらわれないオリジナルソングの弾き語りで群馬県を中心に活動中。>
 彼のプロフィールを読んで、僕は大きくため息をつきました。

 「ブレてない」

 全22曲、すべてオリジナルソングのCDを聴いていると、出会う前、出会ってから、そして別れてからの彼の “生きざま” が、すべて歌い込まれているようで、熱いものが込み上げてきます。
 10代にギターに出合ってから50年間……
 半世紀もの間、ただひたすらに 「音」 と 「言葉」 を追い求め続けているのです。


 還暦を過ぎて、ますます円熟味を増した彼の歌声を聴きに、久しぶりにライブハウスに足を運んでみたくなりました。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:25Comments(0)つれづれ

2020年02月27日

いつも真実は闇の中


 <この国のメディアはおかしい。ジャーナリズムが機能していない。>

 始まって、わずか5分。
 気がついたらスクリーンが涙で、ゆがんでいました。
 「なんでだろう?」
 自分でも分からないぐらい動揺しています。
 熱い思いが胸の奥の方から湧き上がり、目頭を熱くしていたのです。


 遅ればせながら映画 『i 新聞記者ドキュメント』 を観てきました。
 主人公は、映画 『新聞記者』 の原案者としても話題を集めた、あの官邸記者会見で鋭い質問を投げかけることで有名な東京新聞社会部記者の望月衣塑子。
 監督は、ゴーストライター騒動の渦中にあった佐村河内守を題材にした 『FAKE』 などで知られる映画監督で作家の森達也。

 カメラは時に監督自身をも映しながら、ノートとペンとスマホを手にキャリーバッグを転がしながら全国を飛び回る記者を追い続けます。
 辺野古埋立地、もりかけ問題、そして官邸記者会見の場へ……

 真実は、どこへ?
 政治家や官僚の圧力と忖度を追究する彼女は、時には仲間である新聞社という組織へも歯向かいます。


 僕も同じ記事を書くライターですが、ジャーナリストではありません。
 追いかけているテーマは温泉や民話や地酒などですから、世の中に無くても生活には支障のない娯楽性の高いものばかりです。
 それでも 「真実を伝えたい」 というジャーナリズムのような感情は、いつも持ち合わせています。
 だからでしょうか、数々の弊害や妨害にはばまれながらも、それに屈することなく全速力で駆けずり回る彼女の姿に、涙が流れました。


 はて、タイトルに付いている 「i」 とは?
 映画館を出てから考えました。

 <あなたが右だろうが左だろうが関係ない。保守とリベラルも分けるつもりはない。メディアとジャーナリズムは、誰にとっても大切な存在であるはずだ。だから撮る。>
 これは、新聞記者と映画監督のガチンコバトルなのです。

 だから 「i」 は一人称の 「i」、「私自身」 のことではないかと?
 組織の中の記者とフリーランスの映画監督が、巨大な国家と闘うドキュメントなのだと……


 日本という国に暮らす、すべての人たちに問うテーマです。
 ぜひ、観て、考えて、悩んでみてください。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:07Comments(0)つれづれ

2020年02月26日

一年に一度、落ち込んでみました。


 個人事業主のみなさん、お疲れさまです。
 一年に一度のイヤ~な季節がやって来ましたね。
 それは、“大人の通知表” とも呼ばれる確定申告であります。

 もう、お済みになりましたか?
 僕は今日、無事に終えました。
 だから落ち込んでいるのです。

 今年こそは、今年こそはと言いつつ、やっぱり昨年度の稼ぎも例年並みでした。
 ま、計算するまでもなく、現在の生活水準を見れば、一目瞭然なんですけどね。
 それでも、「もしかしたら」 なんて思いながら電卓を叩いてみるわけです。
 
 でも結果は同じ……
 だから、こうして一年一度、落ち込んでいます。
 好きな仕事しかしないという、我がままゆえの自業自得なんですけどね。
 甘んじて、受け入れています。


 毎年、この時季になると、死んだオヤジの口グセを思い出します。
 「これで金があったらバチが当たる」
 オヤジは生前、何かに付けて自分を戒めるように、そう独りごちていました。
 唯我独尊、聞く耳を持たず、好き勝手に生きてきたオヤジらしいセリフです。

 若い頃は中学校の教師をしていましたが、意見の相違から校長をぶん殴ってクビになったと聞いています。
 それからは、人に使われるのも、人を使うのも嫌い、たった1人で学習塾を営んでいました。
 細々と、そして悠々と……

 だもの、僕が学校から帰って来ると、必ずオヤジは家にいました。
 仕事は、平日の夕方からの4時間だけです。
 それ以外は家にいて、毎日毎日、ただ本を読んで過ごしていました。
 楽しみといえば、週末の山登りぐらいでした。

 晩酌はしていましたが、ほとんど外へは飲みに出かけませんでした。
 ただ、まれに、ぷらりといなくなる日があり、ベロベロに酔っぱらって帰って来ました。

 ♪ 一年一度、酔っ払う

 まるで 「時代おくれ」 という歌の歌詞のように、不器用なオヤジでした。


 「これで金があったらバチが当たる」
 オヤジは、自分が選んだ人生に責任をとろうとしていたのかもしれませんね。

 僕も今日1日だけは落ち込んでみせますが、また明日からは自分が選んだこの道を歩み続けたいと思います。
 バチが当たらないように……
   


Posted by 小暮 淳 at 15:57Comments(3)つれづれ

2020年02月21日

線香が燃えつきなくて


 ♪ 私のお墓の前で 泣かないでください
   そこに私はいません 眠ってなんかいません ♪


 もちろん泣きもしませんし、そこにいないことも知っていますが、命日だもの、墓参りに行かないわけにはいきません。
 昨日2月20日は、オヤジが亡くなった日です。
 早くも1年が過ぎました。

 ひと言で、この1年を振り返れば、「介護から解放された自由な1年」 だったと言えます。
 ただ、家の中のそこかしこにオヤジの残り香があり、「ああ、よくここで、うたた寝をしていたな」 とか、「夜中に何回もトイレに起こされたな」 と、何かにつけて思い出すのですが、悲しくはありません。

 もしかしたら10年という長い介護生活が、悲しみという感情を麻痺させてしまったのかもしれませんね。
 “介護が長ければ長いほど、亡くなった後の悲しみは反比例する” ようです。


 花と線香と水桶を手に、両親が眠る墓の前に立ちました。
 家族や親族は一周忌に集まることにして、昨日は僕とアニキと2人だけの墓参りです。

 「じいさん、久しぶり! もう1年が経っちまったよ。そっちは、どうだい? 暮らしやすいかい? でも、さみしくはないよな。追いかけるように、すぐに、ばあちゃんも、そっちへ行ったからさ。また一緒にケンカしいし仲良く暮らしているんだろう? そうそう、マロには会ったかい? 去年の秋に、そっちへ行ったんだけど。まだ会えてないかな? そうか、じいさんは犬が嫌いだったからな、マロもなついていなかったし。じゃあ、マロは、ばあちゃんのところへ行ったね。ばあちゃんは、マロを可愛がっていたから……」

 とかなんとか、墓前で手を合わせていると、
 「うちもさ、ああいうのがあるといいね」
 突然、アニキが隣の墓石を指さしました。
 「あれ、本当だ! あれなら線香が最後まで燃えつきるね」

 見れば左右の墓も、その隣の墓も、見渡せば、そのほとんどの墓の線香立ての中に、金属の網を張ったトレーのようなものが置かれています。
 墓石の線香立ては、そのほとんどが線香を寝かせるタイプです。
 そのため線香が燃えつきずに、途中で消えてしまうのです。
 それが雨風にさらされて、散らかって、とても汚らしいのです。

 「来月の一周忌までには、うちも、あれを置こう! で、どこで売ってるんだ?」
 「仏具屋じゃないの?」
 「ホームセンターじゃ、売ってないのかな?」
 「どこでもいいから、墓守の長男に任せるから買っといてよ」


 オフクロが亡くなったのは令和元年の初日、5月1日です。
 だからオヤジの命日との間をとって、彼岸に合同の一周忌をとり行うことにしました。

 また一族が集まり、にぎやかな日になりそうです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:50Comments(0)つれづれ

2020年02月19日

いまだ林住期は訪れず


 ひょんなことから1冊の本と、めぐり合いました。
 なかのまきこ著 『野宿に生きる、人と動物』 (駒草出版)

 著者は、ホームレスと暮らす犬や猫たちを、無償で診察するフリーランスの女性獣医師です。
 「誰かがきっとなんとかしてくれる……その誰かとは、つまり自分自身なのではないか」 と、河川敷や公園で暮らす野宿仲間 (著者は野外で暮らす人と動物たちを、そう呼びます) を訪ねて日本全国を東奔西走します。

 なぜ、そこまでして?
 読んでいて、そう思ってしまうのは、僕が無関心だったからなんでしょうね。
 どこかで、誰かが、なんとかしてくれているものだと、勝手に思い込んでいたのです。
 だからこそ、まるで日常生活を綴ったエッセーのように、やんわりと語られる彼女の言葉は、深く心の奥へと突き刺さります。


 彼女が交流する野宿仲間の一人に、「カタヤマさん」 という60代の男性がいます。
 彼はある日、威力業務妨害の罪で逮捕されてしまいます。
 この日、カタヤマさんは、ほかを追い出されて住むところのない野宿仲間をかくまうために、公園にテントを設置しようとしていました。
 それを公園事務所の人たちに注意されたため、野宿仲間や彼らを支援する活動家たちと抗議行動を行ったのです。

 著者は、獄中のカタヤマさんを訪ねたり、手紙のやりとりを始めます。
 もちろん、カタヤマさんの飼っていた2匹の愛犬を保護しながら。
 やがて、そろそろ釈放という時、カタヤマさんから手紙が届きます。

 <便りありがとう。四月二十日に釈放で二人出ました。僕は、釈放は拒否しました。理由は、「月がとっても青いから遠回りしておうちに帰ろう」 と思ったからです。六十歳を二つ越えて、バカがおおっぴらにできるようになったので、その記念に釈放を拒否しました。>

 なんとも粋な理由ですが、本音は別のところにありそうです。
 保釈するには、お金がかかります。
 そのお金は、彼らを支援する活動をしている人たちで出します。
 カタヤマさんは、自分のために皆のお金を使わせたくないと思ったようです。


 さらにカタヤマさんから、こんな手紙が届きます。
 <インドでは古くから人生を四つに分ける 「四住期」 という考えがあって、それに従って生きることが理想とされてきた。「学生期」 二十五歳位までは、よく学び体を鍛える。「家住期」 五十歳ぐらいまでは、結婚し仕事に励み家庭を維持する。生活が安定したところで 「林住期」 となり、ここでなんと家出をするのだ。仕事を離れ家族を残し、自分ひとりで旅に出て勝手気ままに暮らすのだ。真の生きがいをさがすのだ。存分に自由時間を楽しんだ後、家に帰り元の生活を再開する。ところが、まれに旅に出たまま戻らない者がいて、彼らはそのまま 「遊行期」 に入って行く。>

 カタヤマさんは、すでに遊行者なのだろうか?

 今の僕と同世代なのに、かなり達観して生きていらっしゃる。
 遊行期までは、たどり着けなくても、せめて林住期は迎えたいものだ。

 でも僕は、まだ林住期を迎える条件を1つ、クリアしていないのであります。
 “生活が安定したところで”
 この一文です。

 凡人には、なかなか実践できそうもないインドの教えであります。


 ところで、ひょんなこととは、著者が、このブログの読者だったということです。
 縁とは、異なもの不思議なものであります。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:30Comments(0)つれづれ

2020年02月17日

スマホをやめただけなのに


 昨年暮れに “スマホ断ち” をした人の話を書いたところ、たくさんの反響をいただきました。
 ※(当ブログの2019年12月16日 「さよなら時間泥棒」 参照)

 コメント欄のみならず、ブログを読んだ人からも 「私もスマホをやめました」 等の声が寄せられました。
 また、上手にスマホを使い分けている人が、多く存在することも知りました。
 僕の仕事関係のサラリーマンの方々は、会社からスマホを持たされているため、個人ではガラケーしか持たない人が、かなりの人数いました。

 確実に、“スマホ断ち” が進んでいます。

 では、なぜ、今、人々はスマホをやめようとしているのでしょうか?


 新聞の投稿欄には、たびたび “スマホ断ち” した読者からのコメントが:掲載されています。
 昨日の毎日新聞にも、40代男性会社員からのこんな投稿がありました。

 <私もスマホを2年で卒業した後、5年以上ガラケー生活です。分からないことや困ったことがあるとすぐにスマホが解決してくれるため、自分の思考力や探究心が失われていくような恐怖に駆られてスマホをやめました。確かにスマホがないと一定の疎外感はあります。しかし、SNSなどでの 「つながり」 には幅広さがある一方、案外薄弱であることが多いような気がします。そもそも電源を落とせば、それは一瞬にして無に帰すのです。>

 便利ゆえに薄弱になる生活や人間関係に、気づき出したのかもしれませんね。
 でも、そう気づいたのは、スマホが無かった時代を知っている大人たちです。


 全国の都道府県では、未成年者に対してネットやゲームの使用に対して、制限する条例の制定案まで浮上しています。
 依存防止のための有効策なのか、それとも、子どもの人権侵害なのか?
 賛否は分かれるところですが、「スマホ中毒」 は人類が初めて遭遇する事案なので、一朝一夕には答えが出そうにありませんね。


 さてさて、それにしても 「たかがスマホ、されどスマホ」 であります。

 依然、スマホを持たない僕にとっては、まったく無縁な話なのですが、やっぱり気にはなるのです。
 スマホをやめただけなのに、なんで、こんなにも話題になるのでしょうか?
   


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(0)つれづれ

2020年02月15日

人の中の仙人


 「小暮さんは、人たらしだからな」
 唐突に、そう言われて、ドキリとしました。
 先日の新年会でのことです。

 確か、以前にも誰かに同じことを言われたことがあるな……
 何十年も前のことだ。
 それも2回。

 「ジュンは、人たらしだからさ」
 まだ20代の頃、音楽仲間との雑談で言われた。
 「編集長は、人たらしですから」
 40代の頃だ。
 雑誌の編集をしていたスタッフに言われた。

 “人たらし”

 広辞苑によれば、<人をだますこと。また、その人。> とあります。
 「男たらし」 「女たらし」 など、“たらし” にはネガティブでマイナスのイメージを持っていた僕は、過去の2回とも不快感を抱いたことを覚えています。


 ところが今回、会話の流れから察するに、決して、さげすんだ言い方ではありませんでした。
 「小暮さんのまわりには人が集まってくるよね」 「人徳だよね」 というニュアンスに聞こえたのです。
 もしかしたら、これって、ほめ言葉なのかしらん?

 歴史をなぞれば、かの豊臣秀吉は 「稀代の人たらし」 「人たらしの天才」 と呼ばれていたそうです。
 このことからも分かるように、必ずしも、さげすんだ言葉ではないようです。


 かれこれ30年ほど前のことです。
 雑誌のインタビューで、さる彫刻家を取材したときのことでした。
 その作家は、こんな謎めいたことを言いました。
 「僕は “人の中の仙人” になろうと思うんだ」

 “仙人” といえば、人里離れた山奥に住み、悟りを開いて質素に暮らしているイメージです。
 なのに、その人は、人の中で仙人になるといいます。
 実際、アトリエは街の中にあります。
 家族やたくさんの友人、知人に囲まれて暮らしています。
 ともすれば、一般の社会人よりも、にぎやかで華やかな日常を送っているようにも見えました。

 どこが、仙人なのだろうか?


 30年経って、おぼろげながら、その答えが見えてきました。
 今になって思えば、その人は、,根っからの “人たらし” だったんですね。
 人が好きだから、人の中に身を置くけれど、心はいつも仙人のように達観した世界を求めているということなのではないでしょうか。

 遅ればせながら、僕も今、そんな心境です。
 人たらしと言われれば、言われるほど、思いはつのります。

 “人の中の仙人” になりたいと……

   


Posted by 小暮 淳 at 11:54Comments(0)つれづれ

2020年02月13日

終われない人


 <定年って生前葬だな。>
 そんなショッキングな書き出しから物語は始まります。


 遅ればせながら、映画にもなり大ヒットした内館牧子著 『終わった人』(講談社文庫) を読みました。
 大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられ、そのまま定年を迎えた63歳の男が主人公です。
 まだ60代は、頭も体も元気だ。
 なのに、ある日突然、“終わった人” となってしまう。

 それが 「定年」 だという。

 仕事一筋だった彼は途方に暮れ、生きがいを求め、居場所を探して、迷い惑い、あがき続けます。
 彼と僕は同世代。
 ただ違うところは、僕は 「定年」 のない人生を送っています。
 それでも読んでいて、他人事とは思えないんですね。
 家族や社会から、だんだんに “不要” とされているんではないかという恐怖心はありますから……。


 著者は、あとがきで、こんなことを書いています。
 <定年を迎えた人たちの少なからずが、「思いっきり趣味に時間をかけ、旅行や孫と遊ぶ毎日が楽しみです。ワクワクします」 などと力を込める。むろん、この通りの人も多いだろうが、こんな毎日はすぐに飽きることを、本人たちはわかっているはずだ。だが、社会はもはや 「第一線の人間」 として数えてはくれない。ならば、趣味や孫との日々がどれほど楽しみか、それを声高に叫ぶことで、自分を支えるしかない。>
 こういう男を主人公にした小説を書きたいと思ったといいます。

 でも、ちょっと、待って!
 そのイメージって、かなり “老人” なんですよね。
 そして、そこが問題なんです!

 イメージと現実のギャップに、60代は苦しんでいるわけです。


 小説を読み終わって感じたことは、ひとこと 「うらやましい」 であります。
 確かに、やる事のない日々は苦痛かもしれないけど、それでも生きてはいられるのですから。
 世の中には、終わっても生きていける人と、終わった時点で生前葬ではなく、本葬が待っている人がいるということです。
 悲しいかな、僕は後者です。


 内館さん、ぜひ続編は、『終われない人』 を書いてください。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(2)つれづれ

2020年02月10日

だからなんだと思うのは僕だけだろうか?


 物の価値観は人それぞれですから、僕がとやかく言うことではないのでしょうが、「車なんて動けばいい」 くらいにしか思っていない僕にとっては、なんとも信じがたい話を聞きました。


 その男性(30代) は、超が付くほどの高級外車を乗っています。
 先日、市内の某ショッピングモールに駐車したときのことです。
 彼の車の横を、自転車に乗った少年(小学生) が通り過ぎました。

 バサッ!
 運転席に乗っていた彼は、とっさに車外に出て、少年を呼び止めました。
 「おい、待て! ミラーに当たったぞ!」

 彼の話によれば、少年が車の横を通り抜ける際に、ジャンパーの裾がミラーに接触したのだと言います。
 少年を待たせ、ミラーを確認すると、わずかですが傷が確認できました。
 ジャンパーのファスナーの金属部分が当たったようです。


 さて、この後、どうなったでしょうか?
 僕には、到底信じられない展開となります。

 なんと、彼は警察を呼びました。
 そして事故調書を書かせ、少年の親を呼び、修理をさせたといいます。


 「そこまで、しましたか?」
 の僕の問いに、
 「俺、車をすごく大切にしているんですよ」
 と彼は答えました。

 人それぞれ、物の価値観が異なることは分かっていますが、僕にとっては 「だからなんだ」 という程度の事柄なので、なんとも後味の悪い会話となってしまいました。

 そんなに大切な車ならば、乗り回さないで、家の中で大切に保管しておけばいいのにね(笑)
   


Posted by 小暮 淳 at 11:42Comments(0)つれづれ

2020年01月25日

円のない縁


 「今年は “出会い” の年にしようと思うんだ」
 「なに、それっ! 私と同じじゃん!」
 次女を車で駅まで送って行く道中の父娘の会話です。

 「去年はさ、おじいちゃん、おばあちゃん、それにマロまで逝っちゃったろ。“別れ” の多い年だったからね」
 「本当に、そうだったね」
 「だから、今年は出会いの多い年にしたいんだよ」
 「私は、絶対に彼氏をつくるよ!」
 「えっ、なんて言った?」
 「カ、レ、シ」

 ちょっと驚いたけど、まあ、彼氏がいてもおかしくない年頃ではあります。
 花も恥らう二十歳だもんね。
 思えば長女は、その頃には、今の亭主と駆け落ち同然に家を出て行ってしまったものな……
 それも縁です。

 「あっ、焼いている?」
 「何が?」
 「私に彼氏ができるのイヤなんだ?」
 「いや、べ、べ、べつに。いいんじゃないの、“できれば” の話だけどね」


 「おとうの出会いは、何よ?」
 「そうだなぁ~、お金かな」
 「お金? それはムリムリ、ムリー!!!」
 「なんでさ?」
 「だって、おとうは、お金なんて、今まで持ったことないじゃん!」
 「だから今年こそは、と思って」
 「だから、無理だって! おとうの人生、お金には縁がないんだから」
 とかなんと無駄話をしていたら、車は駅に着いてしまいました。

 そこまで、言うか!
 いくら実の娘だからって、言い過ぎだろう!
 これでは父親の威厳なんて、微塵も無いじゃないか!

 でもね、言い当てていて妙なのであります。
 思えば僕の人生、いつもいつも目先のことばかりに振り回されていて、お金を稼ぐことと、貯めることには無頓着の半生だったのです。
 まったくもって、円には縁のない半世紀でした。

 でも、これからは違います!(きっと)
 円ある出会いが増えるはずです!(たぶん)

 娘よ、来年のお年玉は、ポチ袋が立つぞ!
 (期待せずに待っていなさい)
  


Posted by 小暮 淳 at 14:06Comments(2)つれづれ

2020年01月13日

次は誰が着るのだろう


 今日は、令和最初の 「成人の日」 です。
 我が家にも一人、大人の仲間入りをした人がいます。

 前橋市は昨日、成人式が行われたようです。
 “ようです” なんて書いたのも、僕には昔から興味がない事柄だからです。
 42年前の自分の成人式すら出ていませんし、長女と長男の時だって過ぎてから気づいたぐらいの無頓着オヤジなのです。
 だから今回も昼近くまで寝ていたため、次女が出かけことさえ気づきませんでした。


 午後になって、階下に家族が帰宅した気配を感じました。
 しばらくして、トントンと仕事場をノックする音が……

 ドアを開けると、真っ赤な晴れ着を着た次女が立っていました。
 「あれま~、どこのお嬢様でしょうか!?」
 ふだんはジーンズ姿の娘が、親の欲目を除いても見違えるほどに美しい女性に映りました。
 「ここの娘です」
 と言われた時には、ちょっぴり胸の奥のほうがチクリとしました。

 「その晴れ着は、どうしたんだ?」
 「おねえのだよ」
 「M(長女) の?」
 「そうだよ」

 長女と次女の歳の差は11歳。
 ということは、11年前に僕は、この晴れ着を見ているということなのですね。
 記憶にないということが、無頓着オヤジを証明しています。

 「おめでとう」
 それくらいの言葉は、僕にだって、かけてあげることができました。


 思えば、これで全31年間の親としての子育ての役目を終えたことになります。
 次女はまだ学生ですから、もうしばらくは手がかかりそうですが、それでも節目として3人が三様の大人の階段を上り出しました。

 「次は、誰が着るんだ?」
 「もう、いないんじゃないの」

 現在、長女と長男のところにいる孫2人は、どちらも男の子です。
 まだ女の子の孫はいません。

 「分からないじゃないか、将来、お前の娘が着るかもしれないし」
 そう言いかけた時には、すでに次女は階下へ降りて行ってしまいました。
 早々に着替えて、友だちの待つパーティー会場へ行くのだといいます。


 まっ、いっか!
 未来は誰にも分からないのだから……。

 それでも、まだ見ぬ孫娘の晴れ着姿を想像してしまいます。
 オヤジとしては無頓着でしたが、ジイジとしては興味津々なのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)つれづれ

2020年01月03日

過去の正夢


 正月早々、下世話な話題で申し訳ありません。
 「ハ・メ・○ラ」 って、知っていますか?
 僕は知りませんでした。
 ※(○=MA)


 還暦を過ぎると、老化が顕著に現れるようになりました。
 その最たるものが、歯です。
 昨年の一年間で、2本も奥歯が抜けました。
 それも、痛くも、かゆくもなく、自然にポロリと……

 そのことを人生の先輩に話したところ、返って来たのが冒頭の言葉でした。
 「男の場合、この順番で老いがやって来るのよ」
 とのことでした。

 “ハ” は、歯です。
 “メ” は、目です。
 そして “○ラ” は?
 はい、アソコです。


 思えば50代から、その兆候はありました。
 僕の場合、最初に衰えがやってきたのは、目でした。
 今では、完全に老眼鏡が手放せなくなりました。

 そして、ついに、歯が来ました。
 残るは……
 (兆候はありますけど)


 実は僕、若い頃から同じ夢を、よく見るんです。
 それは、歯が抜ける夢です。
 「夢占い」 などでも調べてみましたけど、理由は分かりませんでした。

 そして、ついに、この歳になって、その夢は正夢となりました。
 思うに、“老化” への恐怖心が、夢になって現れていたのかもしれませんね。


 もう1つ、繰り返し見る夢があります。
 それは、空を飛ぶ夢!
 この夢は、まだ叶っていません。

 それって、もしかして、人生の最期に叶うんでしょうか?(昇天?)
  


Posted by 小暮 淳 at 11:14Comments(0)つれづれ