温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2017年10月23日

マロの独白(32) 寝る爺は育つ


 こんにちワン! マロっす!
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、11才です。

 台風一過の青空が広がって、気持ちがいいでやんすね。
 ここんところ、ご主人様は不在が多いし、雨ばかり続いたせいで、とんと散歩がご無沙汰です。
 今日は、ご主人様も在宅だし、天気もいいし、久しぶりに散歩が行けて、うれしいワン!


 ところで、オイラたち犬属って、毎日何時間ぐらい寝ているか知ってますか?
 17時間も寝てるんですって。
 ま、1日2回の食事と散歩以外は、起きててもやることがないんですけどね。
 お子様たちが小さかった頃は、なんだかんだとオイラをおもちゃにして遊んでくれましたけど、今では誰もオイラをかまってくれませんもの。
 やっぱ、何もすることがないと、寝るしかありませんね。

 と、と、ところが!
 オイラより寝ている人が、いるんですよ!
 ご存知、大主人様(ご主人様の父上) です。

 毎週末、土~日~月と、我が家においでになるのですが、まー、起きていたためしがありません。
 トイレと食事と散歩以外は、ほとんど寝ています。
 たぶん20時間以上は寝ています。

 えっ、オイラと変わりないじゃないかって?
 いえいえ、オイラは眠くない時は目を開けてますけど、大主人様は、いつ見ても、座椅子に座ったまま目を閉じていますもの。

 でも仕方ないんですよね。
 目がよく見えないから、テレビも観れませんし、新聞も読めません。
 耳が聞こえないから、ラジオを聴くこともできません。
 結局、寝ているしかないのが現状です。

 さらに夜は、午後5時に夕飯を食べて、午後6時には就寝。
 起床は、翌日の午前8時です。
 布団の中だけで、14時間睡眠です!

 でもね、夜中は起きます。
 トイレに10回以上と、「体が、かゆい!」 と言っては飛び起きます。
 そのたびに、添い寝をしているご主人様が、背中をかいてあげたり、薬を塗ってあげています。
 (オイラは薄目を開けて、見ているだけだけど…)


 人間って、歳をとると、また赤ちゃんに戻ってしまうんですね。
 寝ているか、ミルクを飲むか、排泄をするか……
 でも、それが元気に育つ証拠です。

 “寝る子は育つ”

 我が家では、寝る爺が、すくすくと育っています。
 御歳、93歳!
 まだまだ育ちそうです。
  


Posted by 小暮 淳 at 15:06Comments(0)つれづれ

2017年10月13日

思い通りになることが多過ぎて


 ニュースを見るたび、聞くたび、読むたびに、怒りが込み上げてきます。
 今年6月に東名高速道路で起きた事故(?) のことです。
 目の前で両親を亡くした姉妹が、不憫でなりません。
 この子たちの未来に、幸多かれと願うばかりです。

 今日の新聞によれば、容疑者の男は、この事故の1ヶ月前にも、一般道で同様の妨害行為を3件も起こしているっていうじゃありませんか!(許せん)
 そもそも、自動車自体が走る凶器なのに、それを操作する人間が殺人鬼では、防ぎようがありませんって。
 刃物を振り回して歩いている、通り魔と同じです。

 刃物も自動車も、使いよう。
 正しく使えば、こんな便利なものはありません。
 でも……

 自動車の運転って、本来は特殊技能なんですよね。
 それが今では、誰も彼もが乗り回している。
 不適正な人間までもが、“技術” のみだけで免許を取得して、路上を走っています。
 精神面の適性検査はされずに。


 世の中が便利になればなるほど、そのモノを使いこなせない人間も増えます。
 この容疑者のような人間は、稀な存在なのかもしれません。
 でも、危険な運転をしている人って、けっこういますよね。

 便利になると、人間は我がままになるのかもしれません。
 なんでもかんでも思い通りになると、ちょっとやそっとのことが許せなくなってしまう。
 不便なことは我慢ができても、便利なことには我慢が効かなくなってしまうのかもしれません。

 ケータイもスマホもカーナビも、しかりです。
 ケータイがない頃は、待ち合わせに遅れても、会えなくても、みんな我慢してました。
 スマホがない頃は、一生懸命にパソコンを覚えて、ネット検索していました。
 カーナビがない頃は、前日から道路地図とにらめっこをして、行程を予習したものです。


 かつて僕は自分の著書の中で、便利な世の中のことを、こんなふうに書いたことがあります。

 <“便利” は、とてもいいことだ。便利な町は一見住みよさそうだ。(中略) 不便は、とても面倒臭いものだ。不便は人が手を一生懸命かけてあげないと、なかなか伝わらないものだ。だからコミュニケーションが必要になる。その逆で、便利に慣れてしまうと、人は手を抜くことをいつも考えるようになるだろう。> 『上毛カルテ』(上毛新聞社) 「いつか見ていた風景」 より

 思い通りにならないことが多いほうが、人は人にやさしくなれると思うのです。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:48Comments(0)つれづれ

2017年10月11日

2つの甲斐


 似ている言葉に、「やりがい」 と 「生きがい」 があります。

 ちなみに辞書(広辞苑) を引いてみると、「甲斐」 とは <行動の結果としてのききめ。効果。また、してみるだけの値打ち。> とあります。
 ゆえに、「やりがい」 は <するだけの値打ち。> であり、「生きがい」 とは <生きるはりあい。生きていて良かったと思えるようなこと。> となります。

 じっくりと読みくだくと、2つの言葉は似て非なることが分かります。
 「やりがい」 は、自分から求めていく能動的な思い。
 「生きがい」 は、結果を受け入れる受動的な思い。
 でしょうか?


 先日、新聞を読んでいたら、タレントで歌手の堺正章さんの言葉が目にとまりました。
 彼いわく、
 <やりがいと生きがいの両方を持つ大切さ。やりがいは仕事などお金が付いてくるもので、生きがいはお金を出してでも夢中になれるもの。>

 彼は、生きるコツについて話しているのですが、確かに、どちらか1つよりも人生は楽しく、より輝きそうです。
 でも、やはり 「やりがい」 は能動的であり、「生きがい」 は受動的なのであります。

 「やりがいのある仕事」 といえば、攻めています。
 これに対して 「子どもが生きがい」 といえば、受け身になります。
 だからでしょうか、僕には、まだ 「生きがい」 が見つからないのです。

 <お金を出してでも夢中になれるもの>
 ……思いつきません。


 で、いま僕は思っています。
 身体が動くうちは、「やりがい」 だけでいいかなって。
 将来、もし、思うように身体が動かなくなって、しかもお金があったなら、その時、「生きがい」 を見つけようと思います。


 あなたにとっての、「やりがい」 と 「生きがい」 は、なんですか?
  


Posted by 小暮 淳 at 11:04Comments(0)つれづれ

2017年10月04日

さらば、お上がり!


 もし僕に、人より秀でている特技があるとすれば、それは 「パンク直し」 です。
 15分もあれば、修理してしまいます。

 では、なぜ、そんな特技が身に付いたのか……


 クルマ嫌いの僕は、若い頃から移動手段は自転車か徒歩を心がけています。
 自宅から約5km以内なら徒歩、または自転車。
 5~10kmまでなら自転車。
 それ以上になると、仕方なくクルマを利用します。

 ということで、圧倒的に自転車を利用する頻度が高いわけです。
 当然、パンクはしますから、自分で修理をします。
 だって自転車屋に頼んだら1,000円以上しますからね。
 でも修理キットは、100円ショップでも売っていますから、自分で直したほうがダンゼン安いんです。


 ま、パンクなんて滅多にするもんじゃないんですけど、今年になって頻繁にパンクするようになりました。
 と思ったら、今月に入ったら、ほぼ毎日パンクです。
 直しても、直しても、一日経つとタイヤの空気が抜けています。
 仕方ありません。古い自転車ですから、寿命なんです。

 だって、僕の愛車は “お上がり” なんですから。
 “お下がり” じゃありませんよ、その逆です。
 次女が高校生になったときに通学用の新しい自転車を買ったので、前の自転車を僕が譲り受けたのであります。
 それ以前は、長男が高校を卒業した年に譲り受けた、やはり “お上がり” を乗っていました。

 だからボロなんです。
 タイヤのチューブだって、もう継ぎはぎだらけです。
 それでも 「もったいない、もったいない」 と言いながら、直し直し、だましだまし、乗っていたんです。


 でも、ついに断末魔は、やって来ました。

 タイヤからチューブを抜き出し、空気を入れて、水を張った洗面器に沈めると……
 ふだんなら、プクプクプクと1ヶ所から泡の粒が浮き上がるのですが、今回は違いました。

 ブク、ブクブクブク、ボワ~ン!

 見れば、5ヵ所くらいから一斉に泡があがり、その中の1ヵ所は完全にチューブが裂けていました。

 チーーーン!
 ご臨終です。


 さらば、お上がり!

 ごめんね。別れの時が来たよ。


 昨日、僕は新車を買いました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:35Comments(2)つれづれ

2017年09月25日

マロの独白(31) 祝!大主人様


 こんばんワン! 散歩指導犬のマロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、11才でやんす。

 えー、読者のみなさんは、よくご存知だと思いますが、週末になると我が家には大主人様(ご主人様の父上) がやってまいります。
 かなりのご高齢でして、耳は遠いし、目もほとんど見えません。
 なにより認知症が、進んでおります。
 (オイラのことはネコだと思っているし、ご主人様のことは介護施設の職員だと思っています)

 でもね、若い頃から登山を趣味にしていただけあって、足腰はしっかりしているんですよ。
 だから週末は、オイラが先導しながら一緒に散歩を楽しんでおります。

 で、その大主人様が、93回目の誕生日をお迎えになられました!
 めでたいな、うれしいな、たのしいな、ルンルンルンって、ご主人様と3人(正確には2人と1匹ですが) で、いつものように散歩に出かけました。


 「じいさん、おめでとう」
 「なにがさ?」
 「誕生日だよ」
 「オレのか?」
 「そうだよ、今週、誕生日だったろう?」
 「……」

 散歩の途中で、ご主人様が大主人様の耳元で、大声で話しかけました。

 「じいさんの誕生日はいつだい?」
 「……、9月の……、20日だったかなぁ……」
 「そうだよ! いくつになったんだい?」
 「……、分からない」
 「いくつぐらいだと思う」

 すると大主人様ったら、ウケを狙ったとしか思えない大ボケをかましたのであります。

 「20歳や30歳っていうことは、ないやな」
 「そりゃ~、ないでしょう!(大笑)」
 「真面目に、考えてみなよ。生まれた年はいつだい?」
 「う~ん……、大正…13年だ」
 「ボケてないじゃない! じゃあ、いくつよ?」
 「……、80歳は過ぎてるかね? いったいオレはいくつになったんだい?」

 「きゅうじゅう、さん!」

 すると大主人様は、ご主人様の大きな声に負けじと、
 「きゅうじゅうさん!? そりゃ、本当かい? 驚いたな~」
 と大声を上げたあと、「ハハハハーー!!」 と入れ歯がはずれんばかりの大笑いをしたのであります。

 そして、ひと言
 「よし、100歳まで生きよう!」
 ですって。
 これには、さすがにご主人様も、
 「かんべんしてくれよ。こっちが先にくたばっちまうよ」
 とポツリ。
 ま、大主人様には聞こえないくらいの声でしたけどね。


 それにしても人間って、長生きなんですね。
 オイラたち犬属は、せいぜい15年くらいですからね。

 あと、4年かぁ~……
 オイラ、大主人様を看取ることができるんでしょうか?

 こうなったら、大主人様と長生き比べでやんす!
 (少なくとも歩くスピードは、オイラのほうが速いでやんす) 
  


Posted by 小暮 淳 at 19:37Comments(4)つれづれ

2017年09月23日

殺人トング?


 我が家から実家へ行く途中に、話題の惣菜店 「D」 があります。
 この店で食品を購入した人たちが腸管出血性大腸菌O-157に感染し、ついに死者まで出てしまいました。

 すでに閉店しているため、店内はブルーシートに覆われていて、駐車場は閑散としています。
 なのに昨日、1台のタクシーが停まっていました。
 信号待ちで見ていると、タクシーの中からテレビ局の腕章を付けた男性が出てきて、小型のカメラをまわしていました。

 事件は、まだ未解決です。


 “殺人トング”

 ドキッとする見出しが、目に飛び込んできました。
 昨日発売された週刊誌の記事です。

 最初、感染経路はポテトサラダだとされていました。
 ところが亡くなった女児は、ポテトサラダは食べていません。
 食べたのは、「D」 で買った炒め物の惣菜です。
 加熱食品です。

 これにより感染経路の特定は、製造場所から販売場所へと移行しました。
 そして浮上したのが、惣菜を客が取り分ける “トング” です。

 新たな容疑者の出現で、話は二転三転しています。
 「ファミレスのサラダバーは大丈夫なのか?」
 「ホテルのバイキングやビュッフェ形式の宴会・パーティーは?」

 いつしか、トングが悪者扱いです。
 まだ犯人だとは、決まったわけじゃないのにね。
 でも、テレビや雑誌などマスコミは、こぞってトング使用の危険性を報じています。

 疑わしきは、悪ですか?
 疑わしいのだから、なぜ原因が解明されるまで、報道を待てないのでしょうか?
 もし感染源や感染経路が、まったく別のところあったら、どうするのですか?
 責任はとれるのでしょうか?


 20日、群馬県と埼玉県と栃木県にある 「D」 の全17店舗が閉店してしまいました。
 僕のまわりでは、「おいしかったのに」 「便利だったのに」 と残念がる声が多く聞こえてきます。

 真実は、どこだ!

 一日も早い原因の究明が待たれます。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:19Comments(0)つれづれ

2017年09月11日

マロの独白(30) ネコじゃないもん!


 こんにちワン! マロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、11才です。

 えー、チワワと申しましても、みなさんが良く知っている、あの目がクリクリっとしたアイドル犬ではありません。
 オイラ、ロングコートっていう種類で、目は小さいです。
 だから、よく散歩の途中で、
 「あら、変わったイヌね~」
 なんて、近所の人から訊かれることがあるのですが、ご主人様が
 「これでもチワワなんですよ」
 と答えています。

 “これでも” とは、失礼しちゃいます。
 れっきとした血統書付きのチワワですよ!


 でもね、こんなオイラを 「カッコイイ!」 と言ってくれる人もいたんですよ。
 長男のR様です。
 「マロってさ、たてがみが長くて、ライオンみたいでカッコイイよね」
 って。
 あの頃はR様も、まだ中学生でした。
 現在は所帯を持たれ、この家を出て行かれましたから、もう、オイラのことを、そんなふう褒めてくれる人は、いませんけど……

 最近は歳のせいもあり、食が細くなって、夏バテもしてて、かなりヤセ気味なんです。
 おまけに、夏は毛が抜けて、リビングが汚れるとかで、奥様に追い回されて、バッサリと自慢のロン毛を切られてしまいました。

 「ギャハハハ~、なんだマロ、その姿は? ちっちゃくなっちゃったな! ネコがいるんかと思ったよ」
 「ご主人様まで、ひどいじゃないですか。大主人様はご高齢で、目も良く見えないから仕方ないですけど、ご主人様までが……」
 「ごめん、ごめん。すねるなよ。ネコみたいに可愛いっていうことだよ」
 ですって。

 もう、放っといてください。
 チビで、ガリガリで、貧相だってことでしょ!


 昨日だって、散歩の途中で、知らない人に声をかけられました。
 「あらら、ちいっちゃくて可愛いですね。ネコみたい」
 そしたら、ご主人様は、なんて言ったと思いますか?

 「でもね、こいつ、こう見えて、おじいちゃんなんですよ。ハハハ」

 ご主人様!
 オイラ、ネコじゃないし、そんなに年寄りでもありませんからね。
 もう、傷つくんだから!

 早く、冬が来ないかな~。
 フッサフサになって、みんなに 「カッコイイ!」 って、言わせてやるワン!!!
  


Posted by 小暮 淳 at 17:40Comments(3)つれづれ

2017年09月01日

起承転結の 「結」


 僕は電車に乗るとき、必ず駅の売店で新聞を買います。
 雑誌でも、なんでもいいんですけど、活字を目で追っていないと落ち着かないのです。
 長距離の移動になると、新聞では活字の量が足りませんから、文庫本を持って行きます。

 が、「あれ、忘れた!」 と先日は、家を出てから文庫本を持たなかったことに気づきました。
 東京までの往復約4時間。
 間が持てるわけがありません。
 すぐに、書店に駆け込みました。

 でも、電車の発車時刻まで、あまり時間がありません。
 所要時間は、わずか5分!
 もう、衝動買いしかありません。
 なんでもいいから面白そうな本を……と、店頭の平積みを眺めていると……、真っ先に目に飛び込んできたタイトルが、

 『弘兼流 60歳からの手ぶら人生』(海竜社)

 著者は、漫画家の弘兼憲史さんです。
 『課長島耕作』 や 『黄昏流星群』 などで知られる有名な漫画家ですが、僕のお気に入りは、なんといっても 『人間交差点』 です。
 その昔、全シリーズをコンプリートとし、今でも時々、書庫から引っ張り出して来ては読んでいる “人生のバイブル” であります。

 迷うことなく本を手に取り、レジへ向かい、駅へと急ぎました。


 マイッタ~!

 電車に乗って、ページを開くなり、カウンターパンチを食らってしまいました。
 第1章の第1項から、いきなり <60歳というのは起承転結の「結」に突入する年齢です> と始まるのです。

 <現在の日本人の平均年齢は、男女ともに80歳を超えています。(中略) 物語的に言えば完全に終盤。いよいよ仕上の時の始まりです。> と。

 さすが漫画家らしく、<漫画も人生もエンディングが大事> だと “結末” の大切さを分かりやすく述べています。


 人生を4分割すると、
 生まれてから20歳までが、「起」。
 20歳から40歳までが、「承」。
 40歳から60歳まで、「転」。
 そして、残りの人生が 「結」 ということになります。

 いよいよ僕も来年は、還暦です。
 人生の結末を考える時がきました。

 振り返ってみると、それなりに生きてきたような気がします。

 表現することに目覚めた10代。
 表現することを始めた30代。
 表現を伝えることを知った50代。

 なんとか、起承転結の転までは生きてきました。
 さて、問題は最難関の 「結」 であります。

 終わり良ければ、すべて良し!

 自分は、どうやって、この人生を締めくくるのだろうか?
 と、あれやこれやと考えていたら、電車は東京に着いてしまいました。

 ま、80歳までは、あと20年もありますので、ゆっくり考えることにします。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:14Comments(0)つれづれ

2017年08月27日

長者番付に載らなくても


 AKB48グループのプロデューサーであり、作詞家の秋元康氏の自叙伝的小説 『さらば、メルセデス』 に、こんな一節があります。

 <今朝の新聞の長者番付に、僕の名前が載っていた。(中略) 僕のような仕事をする者にとって、収入とは、実力のバロメーターだ。どんなに口で 「いいね」 と褒められるより、ギャラの額で評価された方がいい。>

 読んでいて、はたと、このページで手が止まってしまいました。

 若い頃なら、「所詮、秋元も拝金主義かよ!」 なんて思ったのかもしれません。
 または、「長者番付に載る人は、レベルが違う」 と敗北感を味わっていたかもしれません。
 でも僕が、ページをめくる手を止めたのは、そこではありません。

 “実力のバロメーター” という言葉です。

 「実力? 才能じゃないんだ!?」
 という、躊躇でした。
 久しぶりに、“実力” という言葉を目にした気がします。


 とかく、表現の世界で暮らしていると、“才能” という言葉に振り回されがちであります。
 ま、才能のアル、ナシで片付けてしまうと、物事は簡単ですし、人は結果に納得しやすいからです。
 でも、“実力” は違います。
 はるかに重い響きがあります。

 例えるならば、才能は 「瞬発力」 のようなもの。
 比べ、実力は 「持久力」 ではないでしょうか。
 才能があっても、実力がなければ、成功には導けません。
 逆に、才能はなくても、実力のみで地位を手にした人は、たくさんいます。

 その昔、プロ野球の張本選手が、スーパースターの長嶋茂雄のことを「天才」 と書いた新聞記者に、かみついたことがありました。
 「あんなに努力している人を、たった二文字で片付けるな!」と……。
 たぶん、僕は本を読んでいて、そのエピソードを思い出したんだと思います。


 <長者番付の他の人が、みんな、ひとつのことをやり遂げているのに、僕は、たまたま運よく時代の追い風に乗っただけだ。(中略) もっと、実態のあるものをやり遂げてからここに登場していたら、また、違っていたかもしれない。32歳の若さで、長者番付に載るほど、ギャラを稼ぐことに夢中になっていた自分が恥ずかしかった。>

 そして秋元氏は、富の象徴である愛車のメルセデス・ベンツを手放し、ニューヨークへと旅立って行きます。

 ま、凡人の僕が、とやかく言うことではありませんが、才能も実力も、上には上がいるということです。
 若い頃ならば、「今に見ていろ、俺だって!」 と拳を振り上げるのでしょうが、今となっては、ただただ人間としてのスケールの違いを感じるだけであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:49Comments(2)つれづれ

2017年08月25日

居場所さがし


 「しいて言うなら、居場所だろうな」
 「居場所?」
 「そう、仕事でもないし、趣味でもない。我々の居場所なんだよ」

 先日の野外ライブを終えた晩のことです。
 旅館の一室にバンドのメンバーが集まり、打ち上げと称して酒盛りをしているときでした。
 「何で我々は、バンド活動を続けているのか?」
 という話題になりました。

 思えば20年近くも、こんなことを続けているのです。
 よくもまあ、飽きもせずにです。

 基本、僕らのバンドは報酬をいただきません。
 その代わり出演には、条件があります。
 ①宿泊施設を用意すること。
 ②酒は飲み放題とすること。
 以上です。

 要は、メンバー全員がのん兵衛なので、“金より酒” に釣られてしまうのであります。
 (主催者側にしてみれば、逆に高く付くバンドかもね)


 好きなことでも収入を得れば、それは仕事です。
 逆に、趣味にすると身銭を切って、投資をしてしまいます。
 まさに、僕らにとってバンドは、どちらでもない心地よい “居場所” ということになります。

 「たとえば、鍋奉行よ」
 ベース担当のS君が、さらに話を続けます。
 「鍋奉行は、他人に頼まれてやる仕事じゃない。本人が好んで自ら率先してやる役職だよ」
 「いわゆる、居場所だね」
 「そう、他人にも迷惑はかけないし、かえって喜ばれることのほうが多い」
 「この、誰にも迷惑をかけないというのは、“居場所” の第一条件になりそうだね」
 「ジュンちゃんは、ほかに居場所があるかい?」

 そう言われて、ハタと考えてしまいました。
 好きなこと、興味のあることはたくさんあるのですが、なんだかみんな仕事になってしまっているのです。
 温泉も登山も、昔は趣味だったんですけどね。

 趣味を仕事にしてしまうと、とどのつまり居場所がなくなってしまうのかもしれませんね。
 残りの人生は、バンド以外の “居場所さがし” ということになりそうです。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:10Comments(3)つれづれ

2017年08月14日

マロの独白(29) 散歩指導犬


 こんにちワン! マロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、11才です。
 お久しぶりでやんした!

 えー、なんとも、おかしな夏ですね。
 猛暑かと思えば梅雨のような空模様が続いたり、陽気の変化に体がついていけませんって。
 読者のみなさんは、体調を崩していませんか?
 オイラはね、ちょっと夏ヤセしたみたいです。
 そう、ご主人様がオイラを抱いて、言ってました。


 「マロ、誕生日が来たら、急に老け込んだな!」
 「えっ……、ですか?」
 「ああ、なんか肌にハリがなくなっというか……」
 「ご主人様ったら、オイラは、けむくじゃらですよ。肌は露出してませんって」
 「だよな。でもなんだか顔が小さくなったようだし、ほら、あばら骨が見えるぞ」
 「夏バテっていうやつですかね?」
 「だったら、ほれ、栄養つけろ!」
 そう言って、ジャーキーを袋から取り出して、オイラにくれました。

 すでに読者のみなさんもご存知のように、週末になると我が家には大主人様(ご主人様の父上) がやって参ります。
 土曜日の午後に来て、月曜日の午後に帰って行くのですが、大主人様が来ると、なぜか、ご主人様は必ずオイラにジャーキーやらビスケットなどのおやつをくださるのです。

 「ねえねえ、ご主人様。大主人様が来られると、どうしていつもオイラにおやつをくださるのですか?」
 「これは、ご褒美なんだって」
 「“なんだって”って、誰からですか?」
 「おばあちゃんからだよ」
 「えっ、大奥様からですか~!!」

 なんでも、ご主人様が実家に大主人様を迎えに行くと、必ず大奥様が、
 「これで何か、おいしいものをマロに買ってやっておくれ」
 と言って、お小遣いをくださるそうです。
 「いつもマロには、お父さんが世話になっているからさ」
 ですって。
 大奥様は、オイラが散歩の時に、大主人様の道案内をしていることを知っているのでございます。

 「と、いうことだ。マロ指導員、いや、散歩指導犬だな。今日もよろしく頼んだぞ」
 「おまかせください、ご主人様! さあ、参りましょう! ワンワンワン」


 オイラが先頭になって歩き、左手にリードを持ったご主人様が続き、その後ろから杖を突いた大主人様がついてきます。
 もちろん、ご主人様の右手に引かれてですけど……。
 ほほえましい光景でございましょ!

 ただね、相変わらず大主人様は、オイラのことが分かってないんでやんすよ。

 「おい、なんか、いるぞ! あれはネコか、イヌか、なんだ!?」
 ってね。
 でも、いいんですよ。
 オイラは、こうして、ご主人様のお役に立てているだけで幸せなんだワン!

   


Posted by 小暮 淳 at 16:12Comments(2)つれづれ

2017年08月10日

見えるって、いいね。


 <良かったですね!これで淳ちゃんの活躍する新聞も雑誌も読めて、楽しい余生が送れますね。>
 “介友” からメールが届きました。

 介友とは、親の介護をしている友人のことです。
 いつしか同じ境遇の友人らと、不定期に近況を報告するメールのやり取りが始まっていました。


 先週、オフクロ(90歳) が白内障の手術を終え、退院しました。
 アニキと相談の末、残りの人生を楽しんでもらおうと、思い切って両眼を施術しました。

 「おっ、ちょいワルばあさん! お帰り」
 アニキに車イスを押されて帰って来たオフクロは、黒いサングラスをかけています。

 「痛くなかったかい?」
 「全然、あっという間に終わっていた」
 「良かったね、これで何でも見れるようになるよ」
 「楽しみだね」


 数日後、実家を訪ねると、イスに座ったオフクロが新聞を見ていました。

 「おお~、新聞が読めるようになったか!」
 「大きい字ならね」
 「小さい字は?」
 「ルーペを使えば見えるよ」

 良かった、良かった。本当に良かった。
 介友が言うように、今までは僕が新聞に載ると、記事を読んで聴かせていたのです。
 これで好きな時に、自分で読むことができます。

 なんだか最後の最後に親孝行ができたようで、アニキと一緒に喜びました。


 「あれ、お前! 急に、どうしたんだい?」
 「なにがさ?」
 「頭が、真っ白だよ」

 良かった、良かった。
 やっぱり、今までは見えていなかったんですね。

 「そうだよ。オレも来年、還暦だからね」
 「そうだね。仕方ないね」

 オフクロは、うれしそうに、また新聞を読み出しました。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:58Comments(2)つれづれ

2017年08月08日

青春が終わらないもどかしさ


 「あと、10年かな……」
 先日のライブの帰り道、バンマスが独り言のように言いました。

 我がオヤジバンドの平均年齢は、57.7歳。
 バンマスは最年長の60代半ばです。
 あと何年 “生きられるか?”
 “寿命” について話していました。

 10年とは、生涯寿命のことなのか?
 それとも、健康寿命のことなのか?

 「10年っていうことは、ないでしょう!?」
 「いや、がんばって10年ですよ」


 僕らバンドのメンバーは、全員が組織に属さないフリーランスの人間です。
 アートディレクター、カメラマン、デザイナー、そしてライター。
 仕事に定年は、ありません。
 生きている限り、働き続けなければならない人間なのです。

 「健康寿命」 = 「現役寿命」 ということになります。


 今日(8月8日) 僕は、59回目の誕生日を迎えました。
 還暦に、リーチがかかりました。
 まっとうな生き方をしていれば、現役をリタイヤして、悠々自適な余生を送る準備に入る年齢です。

 “あと10年”

 健康でいられれば、80歳でも90歳でも現役でいられるかもしれません。
 でも、やっぱり、全力疾走できるのは、あと10年くらいかもしれません。
 いえいえ、体力と気力の無茶が利くのは、5年かもしれません。
 残りの5年は、知力と人脈で乗り越えるしかありません。


 毎年、誕生日を迎えると、僕は 「アイツ」 のことを思い出します。
 アイツとは、20歳の頃の自分です。
 生意気なヤツだけど、今でも僕にとっては “人生の師” なのであります。

 やりたかったこと、
 やれなかったこと、
 やらなかったこと、
 まだ、やれること……

 走馬灯のように、頭の中をめぐります。


 「よっ、元気? 39年後のオレって、どんなよ?」
 アイツの言葉に、今日は一日、素直に答えようと思います。

 青春が終わらない、もどかしさを感じながら……
  


Posted by 小暮 淳 at 11:14Comments(4)つれづれ

2017年08月06日

蚊取り線香とうちわと23年目の夏


 しのぎやすかった陽気が続いたのもつかの間、また灼熱の太陽が照りつける暑い日がもどってきました。
 読者のみなさんは、お変わりありませんか?

 夏は、なんだかんだとイベントに借り出されることの多い季節です。
 昨日は、町内の納涼祭でした。
 お祭り自体は夕方からの開催ですが、僕は今年、班長なんです。
 ということで、朝から会場作りのお手伝いに参加してきました。


 ここは前橋市の南郊外。
 田畑が広がる田園地帯です。
 23年前、長女が小学校に入学するのと同時に、旧市街地から家族で引っ越してきました。

 田んぼがあり、川が流れ、雑木林が残る自然豊かな環境が、子育てに適していると思っての一大決心でした。
 古い土地柄、最初は近所付き合いに苦労しましたが、“住めば都” であります。
 おせっかいな住人たちに囲まれて、3人の子どもたちを育て上げました。


 ♪ チャンチャン、チャンチャカチャン
 ♪ ピーピー、ピーヒャララ

 軽快な八木節のリズムとともに、祭りが始まりました。

 我が町内には、空き地や公園がありません。
 入り組んだ昔ながらの町並みなので、お祭り会場は町内の交通を閉鎖して、公民館の前の道路で行います。
 ステージは、大型トラックの荷台です。

 大人の八木節が終わると、今度は子ども八木節踊りです。
 揃いの衣装で、クルクルと傘を回しながら踊る姿が、なんとも愛くるしい。

 「子どもの数が少ないですね?」
 「今年の子ども会は、17人ですって」
 「へー! 少子化ですね」
 「みこしだって、子どもたちだけでは担げなくなったんで、小さくなったんですよ」

 隣に居合わせた見知らぬ町民との会話です。


 「先日、BSに出てたね」
 「群馬テレビ、観たよ」
 「紀伊国屋でサイン会、やったんだって?」
 「おとといの日経新聞の記事、あんただよね!?」

 本部テントの脇で、缶ビールとうちわを片手に涼をとっていると、次から次へと声をかけられました。

 「ありがとうございます。お恥ずかしい限りです」

 その都度、僕は恐縮してしまいます。
 だって、町内の人って、なんだか身内のようで、照れくさいんですよね。
 でも、それだけ僕が、この町に溶け込んでいる証拠かもしれませんけど。


 会場内のそこかしこに置かれた蚊取り線香から、ゆらゆらと煙が上がっています。
 ステージでは、老人会によるカラオケ大会が始まりました。

 都会では、ラジオ体操や盆踊りが “騒音” だといわれ、自粛傾向にあると聞きます。
 なんとも世知辛い世の中になったなったものです。
 この町には、無縁な話ですけどね。


 「小暮さん、いっくらでもありますからね。ジャンジャン、飲んでくださいよ」
 自治会長さんが、キンキンに冷えた缶ビールを両手にもってやって来ました。
 「ありがとうございます。遠慮なくいただきます。年に一度のお祭りですから!」

 23年目の夏は、こうして、やぶ蚊と暑気と戦いながら過ぎていきました。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:33Comments(0)つれづれ

2017年07月24日

母でなく祖母でなく曾祖母でもなく


 「わたしは幸せなんですよ。あんなにも頭が良くて、心の優しい女性は、いやしせんからね」
 僕のことを施設職員だと思いこんでいるオヤジは、目を細めながら得々と語り出しました。


 先ほど、オヤジを送り届けてきました。
 毎週末、土曜日から月曜日までの3日間、僕はオヤジを自宅に引き取って面倒を看ています。

 オフクロは満90歳。
 現在、これといって大病は抱えていませんが、老衰が進み体重はすでに30キロありません。
 体力不足のための寝たきり生活を過ごしています。

 平日は実家でアニキが両親を看ていますが、さすがにデイサービスもショートステイもない週末は、2人いっぺんの面倒は無理です。
 ということで今年から僕が、オヤジを引き取ることになりました。


 ズバリ! 介護は育児とは、似て非なるものです。
 日に日に成長する姿を実感できる育児には、希望と喜びがあります。
 ひきかえ老人の介護は、年々、その衰えを確認し、受け止めなければなりません。

 数ヶ月前までできたことが、今はできない。
 「なぜ、できないんだよ!」 と腹を立てたところで、それが自然の理なのですから仕方ありません。
 認知症のオヤジは、もう完全に僕のことが “息子” だと分かりません。
 しかも僕がロン毛なものだから、
 「お前は女だ! 息子なんかじゃない」
 とまで言われています。


 「H子ー! H子ー!」
 昨晩、突然、オヤジがオフクロの名前を呼びました。

 「えっ、じいさん、どうしたんだよ。オフクロはいないよ」
 「H子は、どこだい?」

 一緒にいるときは、オフクロのことだって分からないくせに、急に妻のことが恋しくなったようです。
 「H子さんは、ここにはいませんよ。明日、会いましょうね」
 「H子は、どこにいるんだい?」
 「H子さんに、会いたいんですか?」
 僕が施設職員になり切って話しかけると、冒頭のセリフが返って来たのであります。


 <あんなに頭が良くて、心の優しい女性はいない>

 本当だろうか?
 若い頃、ふた言目にはオフクロのことを「バカだ」「アホだ」「気の効かない女だ」 となじっていたくせに。
 今になって、記憶の中だけでも “愛妻家” になったのだろうか……。

 「H子さんって、素敵な女性なんですね?」
 自分のオフクロのことを、そんなふうに訊くのもヘンなのですが、話のついでなので、根掘り葉掘り訊いちゃいました。


 僕らにとってオフクロは、母であり、祖母であり、曾祖母でしかないけれど、オヤジにとってのオフクロは、今でも “愛しい女” なのですね。

 でも、じいさんよ!
 オフクロの頭と心には触れたけど、器量については褒めてなかったじゃないか!
 まっ、いっか。
 オフクロには、内緒にしておいてやるよ。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:41Comments(0)つれづれ

2017年07月17日

マロの独白(28) 老いても主人に従え


 こんにちワン! マロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、11才です。

 えっ、気づかれました~!!
 そーなんです!
 誕生日を迎えまして、11才になりました。


 「マロの誕生日って、いつだっけ?」
 「夏だったよな? 8月か?」
 「違うよ、確か7月」
 「7月の何日?」

 毎年、この時季になると家族で語られる話題です。
 昔は、ペットショップからいただいた血統書(オイラ、血筋はいいんです) があったんですけどね。
 今は、どこにあるのか分かりません。

 で、何年か前に奥様が言った 「たぶん13日だったと思うけど…」 の “たぶん” が現在のオイラの誕生日となっています。


 「マロっ! ただいま」 
 「あっ、ご主人様、お帰りなさいませ~!」
 「今日も暑かったけど、大丈夫だったか?」
 「はい、ご主人様が出かけに、保冷剤をオイラの首に巻いてくださったおかげで、快適でしたよ」
 「それは、良かった。はい、これ」

 と、ご主人様がバッグから取り出したのは、見覚えある2つの袋です。

 「あっ、ビスケットとジャーキーじゃありませんか!!」
 「ああ、マロの大好物だろ?」
 「はい、ご主人様! でもどうして2つなんですか? いつもは1つじゃないですか?」
 「だって誕生日だろ!」
 「えっ、覚えていてくださったんですね!!」

 なんという、お優しいご主人様!

 でもね、やさしいのは、そこまでで、急にイジワルを言い出したのです。
 「で、マロは、いくつになったのかな?」
 「はい、11才になりました」
 「え~、じゅういっさい~! ジジイだなぁ~」
 「そうですか、まだ11才ですよ」
 「人間の年齢に換算したら、完全に還暦越えだからな! いや、古希に近いかもよ」
 「えっ、そうなんですか?(ガクゼン)」


 週末になると、大主人様がやってまいります。
 大主人様とは、ご主人様のお父上であります。
 もうすぐ93歳になります。

 認知症が進んでいて、もう、ご主人様のことも分かりません。
 (相変わらず、オイラのことはネコだと思っています)
 それでもご主人様は、介護施設の職員になりきって、寝食をともにしています。

 また、大主人様もご主人様を信頼して、慕っております。
 とっても、ほほえましい光景であります。
 (ご主人様は大変ですが)

 “老いたら子に従え” と申します。
 オイラも、そろそろ老人犬の仲間入りです。
 いつ、なんどき、大主人様のようになるか分かりません。
 その時は、ご主人様、よろしくお願いいたします。

 老いても、ご主人様に従いますからね。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:03Comments(4)つれづれ

2017年07月11日

昭和の忘れ物


 昭和歌謡の巨星といえば、真っ先に作詞家の阿久悠さんの顔が浮かびます。

 「また逢う日まで」(尾崎紀世彦)、「時の過ぎゆくままに」(沢田研二)、「UFO」 をはじめとするピンクレディーのヒット曲の数々。
 ハリウッド映画を観ているようなドラマチックな展開の歌詞に、日本中が夢中になりました。
 今でも、ちゃんと歌詞を覚えていて、歌えるんですね。
 ※(今の歌は、まったく歌詞が覚えられません)


 先日、その阿久悠さんが、生前に語った言葉に触れました。

 「昔は “あの人は、お金を稼ぐのは下手だけど、立派な人だ” と言われた。でもバブル以降は、上の句だけで終わってしまい、下の句がない」
 と、インタビューで嘆いていました。

 “~だけど、~だ”
 その 「だけど」 が、今の世の中から消えてしまったというのです。
 「昔は」 とは、昭和の時代を振り返ってのことです。

 そう考えると、昭和って、救いの手が差し伸べられていた時代なんですね。
 人生の答えは、1つじゃない。
 お金がなくっても、楽しければいいじゃないか!ってね。

 そういえば植木等が歌った、
 ♪ 金のないヤツぁ、俺んとこ来い来い 俺もないけど心配するな ♪
 っていう歌も、昭和を代表する歌謡曲でした。


 享年70歳。
 今年は、没後10年です。
 阿久悠さんには、もっと長生きをして、詞を書いてたほしかったですね。
 でも、平成の世の中は、あまりにも人の心が殺伐として、歌の詞になりにくいのかな……

 その平成も、あと1年と少しで終わります。
 ますます昭和が遠くなってしまうんですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:05Comments(0)つれづれ

2017年07月07日

モナリザとQちゃん


 なんと! 約30年ぶりにソニーが、レコードの自社生産を再開するそうです。

 なんでも我々のようなレコードを聴いて育った世代だけでなく、若い世代にも人気が広がっているんですってね。
 CDよりも、音がやわらかいとか、やさしいとか……。
 僕なんて、CDが登場したときには、「便利だ~!」 って感動しましたけどね。

 “原点回帰” でしょうか?
 最近は若い人たちに、フィルム式のインスタントカメラも人気なんだとか。
 “便利” が、つまらなくなってきたんでしょうかね。

 確かに、音楽も写真も、昔はありがたみがありました。
 手間ひまかけた分、大切に大切に扱っていた記憶がありますもの。


 ところでレコードの話になると、必ず出てくるのが 「最初に買ったレコードって、なんだった?」 ですね。
 これによって年齢や時代が判ってしまうのですが、ズバリ! 僕の場合は、ザ・タイガースの 『モナリザの微笑み』 でした。
 小学校の5年生だったと記憶しています。

 ま、僕には7歳年上のアニキがいますからね。
 物心がついた頃には、我が家にレコードプレーヤーがありました。
 加山雄三とか、ベンチャーズのレコードは、すでにあったわけです。

 初めて、お年玉で買ったタイガースのレコード……
 もちろん、今でも大切にとってありますよ。


 でもね、古くは、ソノシートなんていうのがあったんですよ。
 そう、レコードみたいに硬くなくて、下敷きみたいにペニャペニャなやつです。
 子ども向けのレコードは、みんなソノシートでした。

 で、最初に親に買ってもらったソノシートは何かというと、「オバケのQ太郎」 だったと記憶しています。

 さすがに、ソノシートは残っていませんが、レコードはすべて残っています。

 今でも聴けるのかって?

 はい、実家には、僕とアニキのコレクションがあり、いつでもレコードを鑑賞することができます。
 でもね、やっぱり、不便なんです。
 針も飛びますしね。
 ま、そこがレコードの良さなんでしょうけど……。


 あなたが最初に買ったレコードは、なんですか?
   


Posted by 小暮 淳 at 16:13Comments(0)つれづれ

2017年07月05日

夏を知らせに


 「おおおおーっ、カッチョイイ~!!」

 昨晩、遅くのこと。
 ひと仕事を終えて、パソコンの電源を落として、缶チューハイのプルタブを引いた時でした。

 ふと目の前の窓に目をやると、網戸に、大きな黒い塊が張り付いています。
 <ギェッ! ゴキブリ?>
 でも、目を凝らして、よーく見ると、角があります。
 それも、湾曲した立派な角です。

 そう、ノコギリクワガタのオスであります。
 思わず、「カッチョイイ~!!」 と叫んでしまいました。


 長年の読者さんは、覚えていると思いますが、我が家には毎年、この季節になるとカブトムシがやって来ます。
 もう何年も続けて、僕の仕事場に遊びに来ています。
 でも今年は、まだ現れません。

 その代わりにか、ノコギリクワガタが早々に、夏を知らせに来てくれました。


 この土地に引っ越してきて、23年目の夏です。
 当初に比べれば、野原も田畑も雑木林も、だいぶ消えてしまいました。
 それでも生き物たちは、住みかを追われながらも、こうしてたくましく生きているのですね。


 ケーン! ケーン!

 今日は朝から隣の空き地で、キジが鳴いています。

 がんばれ、がんばれ、生き物たち!


 今年も夏がやって来ました。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:16Comments(0)つれづれ

2017年07月01日

不労死がコワイ!


 最近、“過労死” という言葉を目にするようになりました。
 いわゆる働き過ぎにより死にいたる日本人が、急増しているとのこと。

 でも日本人って、昔から働き過ぎって言われていましたよね。
 なぜ、ここにきて……と思うのですが、要は、それにより死んでしまう人が増えたということです。
 なんだか、子どものいじめの世界と似通っていませんか?

 「そんなに辛かったら、会社を辞めちゃえば!」
 が通用しない人たちなんですね。
 真面目な人ほど、我慢し続けて体調をくずしてしまう。
 中には、うつ病を発症して、自殺へ追い込まれるケースも……。


 厚生労働省が、「過労死ライン」 というのを発表しています。
 これは勤務時間外の業務が月80時間を超えて、脳卒中や心疾患を起こした場合、労災認定されるという目安です。
 80時間といったら、平日4時間以上の残業ということになります。

 日本のサラリーマンは、半分以上が 「過労死ライン」 を超えていそうです。


 でもこれって、フリーランスの世界では、まったく通用しない目安ですよ。
 まず、“勤務時間内” と “勤務時間外” の区別がありません。
 24時間、365日無休ですからね。

 だったら、いつ休んでいるのかって?
 はい、仕事が無いときです。
 ずーーーっと無ければ、ずーーーっと休みであります。

 だから 「働き過ぎ」 と言われるほど仕事がある人が、ちょっぴり、うらやましかったりします。
 だって僕らフリーランスは、過労死よりも “不労死” のほうが怖いんですから!

 ま、それを百も承知で、自ら飛び込んだ世界なんですけどね。


 働き過ぎのみなさん、命あっての人生ですぞ!
 ご自愛くだされ。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:31Comments(0)つれづれ