温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2018年09月18日

キャラメル作戦


 「介護には、知恵と工夫が必要である」
 と、誰かが言ってました。

 と、懲りずに今回もテレビドラマ 『遺留捜査』 の糸村風に始めてみました(最終回、見逃した!)。


 介護歴、約10年。
 それはオヤジの認知症の歴史でもあります。

 最初は物忘れから始まり、人の名前や時間や曜日、季節が分からなくなり、やがて食事をしたことさえ忘れ、記憶は1分と待たなくなりました。
 いえいえ、現在のオヤジには、まったく“上書き保存” という機能がなく、一切の記憶は書き込めません。
 食事の途中で食事をしていることを忘れ、トイレへ行った帰りに、またトイレに行こうとします。

 今居る所がどこなのか、一緒いる人が誰なのか、完全に記憶の中で “迷子” になっています。
 だから1秒たりとも目が放せません。


 ふだんは目をつむって、イスに座っていますが、突然、立ち上がるときがあります。
 トイレへ行きたいとの意思表示であることが多いのですが、意味もなく立ち上がることもあります。
 でも、オヤジは歩けませんから、そのまま倒れます。
 もちろん、打ち所が悪ければ、ケガをします。
 (実際、頭を打って出血し、救急車で運ばれたこともあります)
 だから片時も、目を放せないのです。

 現在、週末の3日間は、我が家でオヤジの面倒を看ています。
 僕は同じ部屋に居て、本を読んだり、ラジオを聴きながら四六時中、オヤジを監視しています。


 それでも、部屋を出なくてはならないことが多々あります。
 トイレくらいならば数十秒でもどれますが、問題は、その他の雑用です。

 仕事場で資料を探したり、パソコンでメールチェックをしたり……
 隣保班長をしているので、回覧板や広報を配ったり……
 そして欠かせないのが、愛犬マロ君の散歩です。

 数年前までなら、オヤジも一緒に連れて歩いたのですが、今は無理です。
 だからといって、オヤジをイスに縛り付けるわけにもいきません。
 (そうしたい気持ちは山々なのですが、今のご時世、虐待になりかねません)


 でも、“人間は考える葦(あし)”であります。
 僕ら(アニキと僕) には、知恵があるのです。

 「オレは洗濯物を干したり、コンビニへ行くときは、オヤジの口にキャラメルを入れて行くよ」
 「キャラメル?」
 「オヤジは、キャラメルが好きだろう」
 「それも森永じゃないとダメだけどね」
 「キャラメルをなめている間は、オヤジの意識はキャラメルに集中しているんだよ」
 「そうか、その手があったね。10分くらいは、部屋を空けられそうだ」

 さっそく僕は、アニキから教わった “キャラメル作戦” を実行しました。
 これが大成功!
 キャラメルが口の中にある間は、オヤジはイスにジーーーーッとしています。

 ただ、キャラメルは口の中で溶けやすいことに気づきました。
 だったら、飴玉のほうがいい。それも、できるだけ大きな飴玉がいい。
 これが、またまた大成功!
 より時間が稼げるのであります。


 兄弟、二人三脚の介護人生であります。
 兄の知恵と弟の工夫により、なんとか今日までしのいでまいりました。
 はてさて、いつまで続くのやら……


 

 
   


Posted by 小暮 淳 at 11:21Comments(2)つれづれ

2018年09月11日

ナシと共に去りぬ


 あの息をするのも苦しいような猛暑がウソのようであります。
 ひと雨ごとに朝夕は、めっきり涼しくなりました。

 まるで今年の夏は、人生を模しているようでした。
 “明けない夜はない”
 どんなに苦しい日々も、いつかは終わり、希望の朝が訪れるのだと……。

 きっと日本国中で、誰もがジッと猛暑を耐えていたと思います。


 「もし、エアコンがない時代に、今年のような暑さが来てたら、どうしていたんだろうね?」
 素朴な疑問です。
 さる人が言いました。
 「仕事も学校も休んで、みんな一日中、木陰で休んでいるよ」
 また別の人は、
 「避暑地に疎開だね。どうしても仕事を休めないお父さんだけ都会に残って、家族を山へ逃がすんだよ」

 でも、こんな意見も出ました。
 「暑くなったからエアコンが開発されたんだ」
 ごもっともです。
 確かに昔は、扇風機だけで夏をやり過ごすせていましたものね。


 さて、あの猛暑の夏は、こりごりですが、ちょっぴり淋しさも感じています。
 それは、ガリガリ君の「梨」 が食べられなくなってしまったことです。

 ハマりました!

 外出する時は、車でも自転車でも、気合を入れて家を出ましたが、必ず、まずはコンビニに直行!
 アイス売り場に駆け寄り、ガリガリ君を探します。
 ソーダ味では、ダメなんです。
 「梨」 です!

 口に含んだときのシャリシャリ感が、たまりません。
 そして、あの本物かと思えるほどのジューシーな “梨の味”。
 「よーし、暑さに負けずに、今日も一日がんばるぞ!」 って、気力がみなぎるのであります。

 と、と、ところが!
 いつの間にか、近所のコンビニからガリガリ君の 「梨」 が消えていました。
 こうなったら探し出してやれ!とばかりに数軒のコンビニを回りましたが、ありません。

 「あの…、ガリガリ君のナシ味は?」
 店員さんに尋ねると、
 「はい、あれは夏限定の商品ですから」
 と、つれない返事。

 ショック!


 来年の夏まで待つしかないのですね。
 でも、ガリガリ君の「梨」 は食べたいのですが、あの猛暑は、もう、こりごりなのであります。

 夏と共に去った、ナシ味の氷菓が、やけに恋しい今日この頃であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:14Comments(0)つれづれ

2018年09月10日

壊れたタイムマシーン


 「痴呆とは、壊れたタイムマシーンに乗って、記憶の中をさまよっている旅人である」
 と、誰かが言ってました。

 と、またまたテレビドラマ 『遺留捜査』 の糸村風に始めてみました。


 今では “認知症” と言われてますが、その昔は 「痴呆(ちほう)」 とか 「耄碌(もうろく)」 なんて呼ばれていました。
 または 「ボケ」 です。
 オヤジがボケ出したのは、かれこれ10年前です。
 少しずつ、少しずつ時間を重ねながら、記憶を失ってきました。

 「理想的な認知症ですね」
 なんて、医者からは言われています。
 確かに、穏やかな老衰下降をたどっています。
 大声を上げたり、暴力をふるうこともありません。

 ただただ毎日、日に日に残り少なくなる記憶の中をさまよい続けているだけであります。


 「ちょっと横になりたいな」
 と言うので、
 「どうしたんだい? 疲れたんかい?」
 と訊けば、
 「ああ、80(歳) を過ぎると、体がしんどいよ」
 と、とぼけたことを言います。
 「なに言ってるんだい! とっくに90歳を過ぎてますよ!」
 思わず、ツッコミを入れたくなります。
 本人は、まだボケる前の80代のつもりでいるんですね。

 と思えば、
 「お腹が空いたな」
 「まだ夕方ですよ」
 「そうですか、じゃあ、夕飯まで散歩に出かけてきます」
 と、立ち上がろうとします。
 「散歩へ行くって、歩けないでしょう?」
 オヤジは、数年前から自力歩行ができません。
 外出の時は車イスでの移動です。

 さらには、
 「もう寝るかな」
 と言うので、
 「まだ早いですよ。もう少し起きていてください」
 と、さとすと、
 「じゃあ、テレビも見るかな」
 とリモコンを探すしぐさをしますが、オヤジは、ほとんど目が見えません。
 目が見えないことも忘れてしまっているのです。

 すべては、残されているわずかな記憶の中で生きています。


 「あなたには息子さんがいますか?」
 「はい、2人います」
 「名前は、なんといいますか?」
 「……」
 2人いることは分かるのですが、名前は思い出せないようです。

 「私が、その息子ですよ」
 と言った途端、とても驚いたようなリアクションをしました。
 そして、こんなことを言いました。

 「私の息子は、こんな年寄りではありません」

 ショック!


 オヤジは今日も、壊れたタイムマシーンに乗って、記憶の中を旅しています。
 二度と現在(今) に帰って来ることはありません。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:05Comments(0)つれづれ

2018年09月01日

すってんころりん


 ♪ ピーポー ピーポー ピーポー

 ケータイに出た途端、中からサイレンの音が聴こえてきました。

 「あっ、ジュン! すぐに来てくれ! オヤジが転んでケガをした」
 慌てふためく、アニキの声。
 「今、救急車が来たから……。頼んだよ」
 そう言って、切れてしまいました。


 実家で留守番をすること、わずか1時間。
 病院にいるアニキから電話がありました。
 「もう終わったから、迎えに来てくれ」
 とは、なんとも、あっけらかんとしています。

 指定された病院に駆けつけると、すでに正面玄関にアニキが立っていました。
 かたわらには、車イスに乗ったオヤジの姿が。
 頭を包帯で、グルグル巻きにされています。
 訊けば、「3針縫った」 とのことです。


 なんでも、アニキがちょっと目を放したすきに、徘徊を始めたようです。
 徘徊といっても、部屋の中だけですけどね。
 それでもオヤジは、ほとんど目が見えませんから、何かに、けっつまづいて、すってんころりん!
 テーブルの角にでも、頭を打ち付けたようです。

 「ドーンと音がしてさ、行ってみたら、オヤジがひっくり返っていたんだよ。それだけならいつものことなんだけど、びっくりするくらい血が飛び散っているんだもの。動転して、救急車を呼んじゃったよ」
 と、アニキも大騒ぎしたことを済まなそうに言いました。


 今年になって、これで2度目の救急車騒ぎであります。
 前回は、あまりに寝たまま起きないので、脳梗塞ではないかと、搬送されました。
 ※(当ブログ2018年3月9日「眠り翁」参照)

 当の本人は、何が起きたのかも覚えていない様子。
 「じーさん、どこか痛いところあるかい?」
 と訊けば、
 「いーや」
 と応えるだけです。


 「大したことなくて、良かったじゃないか?」
 「ああ、いつまで、続くのかね」
 「しばらく入院してくれると、助かったのにね?」
 「まったくだ」
 「いよいよ、一時もオヤジから目を放せなくなったね?」
 「いつまで、続くのかね」

 僕ら兄弟は、2人して頭を抱えてしまいました。

 人騒がせな爺さんであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:37Comments(0)つれづれ

2018年08月27日

書く力に励まされ


 「介護とは、愛憎のせめぎ合いである」
 と、誰かが言ってました。

 と、今回もテレビドラマ 『遺留捜査』 の糸村風に始めてみました。


 今年になって、友人や知人の親御さんの訃報が多く届くようになりました。
 僕の友人知人の親たちですから、もちろん高齢であります。
 でも年齢を訊くと、みんな僕の親よりは年下なんですね。

 しかも……
 「前の日まで元気だったのに、突然でした」
 とか
 「介護の間もなく、病院で亡くなりました」
 なんて聞くと、不謹慎ながら、つい、
 「でも良かったじゃないか。介護が続くより」
 と言葉を返してしまいます。

 本音を言えば、“うらやましく” もあります。


 僕のオフクロは91歳ですが、この10年の間に脳梗塞と脳出血をくり返し、現在は寝たきりで、リハビリ施設に入っています。
 来月94歳になるオヤジも認知症になって、かれこれ10年になります。
 でも頭以外は健康なので、デイサービスとショートステイを組み合わせながら、僕とアニキで交互に在宅介護をしています。

 僕もアニキも長引く介護生活に、少々疲れを感じていて、会えば 「夕べは寝られなかった」 とか 「オムツを何回取り替えた」 だの、愚痴の言い合いになりつつあります。
 親が長生きしてくれるのは、ありがたいことなのですが、その “ありがたみ” を、だんだんと感じられなくなりつつある今日この頃なのです。


 そんな折、今朝の新聞に、勇気づけられました。
 知人のジャーナリスト、木部克彦氏が、また本を出版したというのです。
 それもテーマは、「介護」
 共に84歳になる両親が、同時に認知症になってしまったといいます。
 その認知症両親の介護の日常をつづった日記が、このたび出版されました。

 『【群馬弁で介護日記】認知症、今日も元気だい』(言視舎) 1,620円


 木部さんといえば、かつて、『続・群馬の逆襲』(言視舎) という著書の中で、僕のことを “温泉バカ一代” と称して、書いてくださった人です。
 その時に取材を受けたのがきっかけとなり、酒を酌み交わす付き合いが始まりました。
 偶然にも、僕らは同じ歳なのです。

 その彼が、両親のダブル介護をしているとは、知りませんでした。
 彼は、新聞記事のインタビューで、こう答えています。

 「書くことで気持ちが整理されている面もある。今は序章でしかない。父と母が自分の存在価値を感じられるよう、やれるところまで実験していきたい」

 彼らしくもあり、ジャーナリストとしての生き方までが見えるようです。
 彼は、“実験” という言葉を使っていますが、まさしく介護は、誰もが迎える未知の世界なのです。

 僕も彼の生き方にならい、自分の 「書く力」 を信じながら両親の介護に誠心誠意努めようと思えたのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:06Comments(0)つれづれ

2018年08月19日

トトロとミチコちゃん


 先日、久しぶりにテレビでアニメ映画の 『となりのトトロ』 を観ました。
 もう、30年前の映画なんですね。
 ちょうど長女が生まれた年で、その後、ビデオになってから擦り切れるほど観た記憶があります。

 我が家の3人の子どもたちは、トトロが大好きで、“トトロで育った” と言っても過言ではないくらい、観続けた映画でした。

 今回は初めて、仕事部屋で酒を飲みながら、しみじみと1人で鑑賞しました。
 昔、子どもたちと観たときとは、まったく違う視点・感情で観ることができて、あらためて宮崎アニメの完成度の高さに感服しました。


 まだ長女が2、3歳だった頃、家族で山へ遊びに行ったときのことです。
 娘が車の中で、突然、
 「あっ、トトロだ!」
 と叫んだことがありました。
 「えっ、トトロ? あのトトロかい?」
 僕は、あわてて車を止めて、娘が指さす先を目で追いました。
 「どこ?」
 「ほら、あの木の上」
 「えっ、今もいるの?」
 「いるよ、こっちを見てるよ」
 そう言うと娘は、
 「トートーロー!」
 と大声で叫んで、手を振りました。

 映画の中でも、そうでしたが、トトロやネコバスは、子どもには見えても、大人には見えないんですよね。


 そういえば、こんなこともありました。
 長女が部屋で1人、おままごとをしていました。
 でも、なんかヘンなのです。
 一生懸命、誰かと会話をしています。

 「誰と話しているの?」
 そう問うと、
 「ミチコちゃん」
 と言います。
 「ミチコちゃん? お友だち?」
 「そう」

 しばらくすると夕食の時間になり、家内が食卓の用意を始めました。
 「ほら、おままごとは片付けて! 夕飯だよ」
 すると娘は、またもや
 「ミチコちゃんは? 一緒に食べるの?」
 と言います。
 仕方なく僕は、精一杯の演技をして、
 「さあ、ミチコちゃんも、お父さんとお母さんが心配しているから、もう、お帰りなさい。また、遊びにおいで」
 と言って、娘と彼女を見送りました。

 「バイバ~イ! またね!」
 玄関で手を振る娘に訊きました。
 「ミチコちゃんは、どこの子なの? 保育園のお友だち?」
 「ううん、違う。遠いお山から遊びに来るんだよ」

 そして、夕食の途中で娘は、こんなことを言いました。
 「あのね、ミチコちゃんはね、おとうさんとおかあさんがいないの」


 トトロを観ていて、昔の記憶がよみがえってきました。
 あの時、僕はミチコちゃんに、なんていうことを言ってしまったんだろう。
 引き止めて、一緒に夕食をとればよかった……
 なんなら、あの晩は泊めてあげて、娘と一緒に寝させてあげればよかった……

 今さらながら後悔をしています。


 長女は、このことを覚えているのでしょうか?

 彼女も今では、小学生の男の子の母親です。
 今度会った時に、訊いてみたいと思います。
   


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2018年08月13日

意地悪な神様


 「介護とは、糞尿との闘いである」
 と、誰かが言っていました。

 と、テレビドラマ 『遺留捜査』 の糸村風に書いてみました。


 オヤジは、来月で94歳になります。
 重度の認知症で、自分のこと以外は、誰も分かりません。
 もちろん妻も、息子たちのことも。
 ましてや息子の嫁や孫、ひ孫なんて、この世に存在しないことになっています。

 そのオヤジが、突然、思い出したようにオフクロの名前を連呼することがあります。
 「○○子さん、○○子さん」
 って。
 「じいさん、急にどうしたんだい? ばあさんに会いたいのかい?」
 「○○子さんは、どこにいるんだい?」

 そうまで言われれば、介護している息子としては、オヤジとオフクロを会わせないわけにはいきません。
 ということで昨日、オヤジを車イスに乗せて、オフクロが入所しているリハビリ施設へ、面会に行きました。

 「ほら、じいさん。○○子さんだよ」
 オフクロのベッドの脇に車イスを寄せて、2人を会わせました。
 オフクロは寝たきりですが、頭はハッキリしているので、オヤジの来訪を大変よろこんでいます。

 「おとうさん、わたしですよ」
 オフクロが手を伸ばして、オヤジの手を取りました。
 「・・・・・」

 「あれほど会いたがっていたじゃないか?」
 「・・・・・」
 「○○子さんだよ!」
 「えっ、誰だって?」
 「○○子さん」
 「○○子って、……」 


 しばらく、オフクロはオヤジ手を握っていましたが、やがて離して、こんなことを言い出しました。
 「神様はさ、意地悪だよね」
 「どうしてさ?」
 「だって、おとうさんたら、『女は男を見送るものだ』 って言っていたんだよ。でも、ズルイよね。ボケちゃって。なーんも、分からないんだもの。しかも元気だし。わたしは、おとうさんを見送る自信なんて、ありませんよ」

 「まだ、分からないさ」
 息子としては、そう声を返すのが精一杯でした。


 神様、意地悪は、ほどほどにして、どうか、年寄りの願いを叶えてやってくださいませ。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:40Comments(0)つれづれ

2018年07月30日

介護日和


 「この部屋は小さくて、いいですね。私とあなた、ふたりきり。いいですね」

 認知症の老人は、突然、脈絡もなく、意味不明なことを言うものなのです。


 今年94歳になるオヤジは、認知症の症状が出始めてから、かれこれ10年近くになります。
 その症状は、年々重くなる一方で、今では、まったく自分以外の人間は、どこの誰だか分かりません。
 (なぜか、自分のことは名前も生年月日も分かります)

 平日は、デイやショートステイのサービスを利用しながら、実家にてアニキが面倒を看ています。
 週末は、できるだけアニキの負担を軽減するためと、アニキを東京の家族の元へ帰すために、我が家にオヤジを引き取って面倒を看ています。
 (オフクロは重度の老衰のため、現在はリハビリ施設に預けています)


 問題は、この猛暑です。
 昨年までは、難なくこなしていましたが、今年は暑過ぎて、オヤジの熱中症が心配で、介護を苦労しています。
 というのも、オヤジを預かっている我が家の和室(6畳) には、エアコンがありません。
 例年ならば、日中の暑いうちは僕の仕事部屋に居てもらい、寝るときになると和室へ移動していました。

 が、今年のこの暑さです。
 夜中でも30℃を下らない熱帯夜であります。
 ということで、先週までは僕が実家へ行き、オヤジの部屋に泊まっていました。

 でもね、それでは、やっぱりダメなんです。
 いくら僕がオヤジの面倒を看ているといっても、アニキにとっては休養にならないのですよ。
 東京に帰っているときは、それで良いのですが、こちらに居るときは、気が休まらないようです。
 「やっぱり、オヤジを連れてってくれよ」
 と言われれば、弟としては従うしかありません。


 で、この週末を迎えました。
 <最悪、オヤジを俺のベッドに寝かせて、一緒に添い寝をするか……>
 と腹をくくっていたのですが、幸か不幸か、台風が日本を直撃しました。

 台風の進路に当たって被害が出た地域の方々には、大変申し訳ないのですが、関東地方は接近しただけだったため、適度なお湿り雨となり、気温もグッと下がり、久しぶりに涼しい数日間となりました。
 よって、この週末はエアコンいらずで、扇風機の風だけで快適に過ごせました。


 そんな台風が去った日曜日の夕暮れ、セミが一斉に鳴き出した時でした。
 オヤジが、突然、冒頭のセリフを言ったのです。
 目も見えない、耳も聞こえない、耄碌爺さんだとばかり思っていたので、ビックリしました。

 “ふたりきり”
 って、誰と誰のことを言っているのでしょうか?


 オヤジと僕の今年の夏は、まだ始まったばかりです。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:20Comments(0)つれづれ

2018年07月20日

蚊のいない夏


 昔、といっても僕が子どもの頃のこと。
 夏休みになると、決まって母親に、こう言われました。
 「午前中の涼しいうちに、宿題をしちゃいなさい」
 って。

 ラジオ体操から帰って来て、朝食をとって、マンガを読みながらグダグダとしていると、言われたものです。
 というのも、どこの家にもクーラーがない時代のこと。
 午後になると気温がグングン上がり、30℃を超える日もあったからです。

 そう、当時は “30℃” というのが 「真夏」 を表すキーワードだったのです。
 だから勉強は、気温が上る前の午前中にしてしまえと言ったのです。


 午後になって30℃を超えると、親たちは子どもに、今度は、こんなことを言いました。
 「外へ行くんなら、帽子をかぶりなさいよ。日射病になっちゃうよ」
 って。

 そう、まだ “熱中症” なんて言葉がなかった時代だったんです。
 “30℃超え” にビビッていた昭和の頃は、怖いのは高温ではなく、直射日光だったのです。


 時は流れて、あれから半世紀……。

 なんですか、このクソ暑さは!?!?!?
 「午前中の涼しいうち」 が、どこかへ行ってしまいました。
 朝の7時で、すでに30℃超えですからね。
 今の親は、子どもになんて言うのでしょうか?
 「いつでもいいから冷房の効いた部屋で宿題をやりなさい」 ですかね。

 それにしても、今年の暑さは異常です。
 何が異常かって、だって、蚊がいないんですもの!
 例年ならば、蚊取り線香や殺虫剤が手放せないのに、僕はまだ今年、蚊に刺されていません。

 不思議だな~、不思議だな~と思っていたら、先日、ラジオで識者が、こんなことを言っていました。
 「蚊は、35℃を超えると活動がにぶり、40℃を超えると死んでしまう」 と!
 それを聞いた僕は、つい、ツッコミを入れてしまいました。

 「蚊だけじゃねーよ! 人間もだよ!!」


 みなさん、不要不急の外出は避けましょう。
 これは異常気象などではなく、すでに災害ですぞ!
   


Posted by 小暮 淳 at 17:46Comments(0)つれづれ

2018年07月12日

もっと恍惚の人


 「確か、昔、読んだよな。たぶん、あったような気がしたけど……」

 オヤジの介護をしていて、突然、僕は、ある本が読みたくなって、書庫へ駆け込みました。
 書庫といっても、たたみ2畳ほどの小さな納戸です。
 天井までの書棚が2つあるだけです。

 その棚の奥の奥に、セピア色した文庫本を見つけました。
 有吉佐和子・著 『恍惚(こうこつ) の人』(新潮文庫)

 読んだ記憶はありますが、内容は、まったく覚えていません。
 ただ、老人介護の話だったという以外は……

 「昔は、どうだったんだろうか? 今とは勝手が違ったのだろうか?」
 急に、自分が抱えている介護との比較がしたくて、読み始めました。


 小説が出版されたのは、昭和47年(1972)。
 当時、ベストセラーとなり社会に大きな影響を与えました。

 物語は、ショッキングなシーンから始まります。
 主人公の嫁・昭子は、仕事帰りに、町を徘徊する舅(しゅうと) の茂造と出くわします。
 「腹が減った。何か食べさせてくれ」
 「おかあさんは、どうしたんですか?」
 「婆さんは、いくら言っても起きてくれない」

 あわてて家に帰り、離れをのぞくと、姑(しゅうとめ) が亡くなっています。
 舅、84歳。姑、75歳。
 このとき初めて、息子夫婦は、茂造が認知症であることに気づきます。
 そして、経験したことのない介護生活が始まります。


 でも、これは半世紀近く前に書かれた小説です。
 当時はまだ “認知症” という言葉はなく、「ボケ」 「痴呆(ちほう)」 「耄碌(もうろく)」 という言葉が使われています。
 そして驚いたのは、当時の平均寿命です。
 男性は69歳、女性は74歳なんですね。
 今より10歳も若かったことになります。


 「うんうん、分かる、分かる。そうそう、そうなんだよな」
 と、時代は変われど、介護の実状は変わりません。
 でも時には、
 「甘い、甘い。うちのジイサンは、そんなもんじゃねーぞ!」
 なんて、ツッコミを入れたりしながら読んでます。

 ふと、本から目を離すと、寝息を立てているオヤジがいます。


 息子の信利が妻に言った言葉が、めぐります。
 「俺もうっかり長生きすると、こういうことになってしまうのかねえ」
  


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2018年07月03日

生涯現役


 <「こうなったら、自分の人生も、いやいや死に場所だって温泉以外にねえってもんさね(けっこう芝居がかった言い方になってきます)。酒エ飲んだくれて、湯船で息絶えたら、『温泉葬』にしておくんなさい。遺影はもちろん、湯につかっている写真だいねえ……> (木部克彦著 『続・群馬の逆襲』 言視舎 より)


 落語家の桂歌丸さんが亡くなられました。
 81歳でした。

 僕は、一度だけ師匠にお会いしたことがあります。
 15年ほど昔のことです。
 知人の落語家さんの真打ち昇進祝賀会の席でした。

 東京のホテルの大きな会場でした。
 もちろん僕なんて末席ですから、師匠の席とは遠く離れていました。
 それでも、まわりの誰もが 「あっ、歌丸さんだ!」 と、ざわつくほどのオーラを放っていました。


 「息の続く限り、落語家として桂歌丸を見ていただきたい」

 生涯、現役を貫いた人でした。


 訃報を知って、真っ先に脳裏を横切ったのが、ジャーナリスト・木部克彦氏が書いた一文でした。
 氏は著書の中で僕のことを、“まさに「温泉バカ一代」” と形容してくれました。
 そして、冒頭の文章で締めくくっています。

 師匠と比べたらおこがましいのですが、僕もやはり “生涯現役” でいたいのであります。
 サラリーマンではなく、フリーランスという生き方を選んだのも、仕事に定年がないことが理由の一つです。

 でも現在、親の介護をしているからこそ、思うのです。
 つくづく、生涯現役で人生を終えることは、大変難しいことだと……

 それを貫いた師匠の生き方は、ただただ尊敬いたします。
 そして、心よりご冥福をお祈りいたします。
   


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2018年06月25日

カイメンライダー2号


 先週、『昔イクメン、今カイメン』(2018年6月19日付) というブログを書いたところ、知り合いから、こんなメールが届きました。

 <正義の味方 カイメンライダー 長期任務 お疲れ様です!>


 うまい!
 と感心した次の瞬間、思わず涙がちょちょ切れてしまいました。

 “カイメン” とは、介護する男子のことです。
 そんなこと、日本中でたくさんの人がやっていることじゃないか…
 決して、偉いことでも、ほめられることでもないし…
 でも、介護の大変さは、経験した人しか分からないし…
 だからって、分かってほしいとは思わないのだけど…

 なのに、なのに、心のどこかで、賛同を求めている、ちっちゃな自分がいるのです。

 そんな、どうでもいいつぶやきに、“正義の味方” だと言ってくれた人がいたこと…

 ただただ、うれしくて…………


 今週も今日、3日間の任務が無事、終わりました。
 昨晩は4回、オヤジに起こされました。
 ちょうど2回目のトイレタイムが、0時10分でした。
 あわててテレビをつけると、「1-0」 の文字。
 日本が負けている!
 「じいさん、いいときに起こしてくれたな」 と、そのままサッカー観戦となりました。
 だから今日は、ちょっぴり寝不足です。


 毎週日曜日は、オヤジを車イスに乗せて、施設に入所しているオフクロを見舞っています。
 洗濯物の交換をして、様子を看て、オヤジとの対面をさせて、帰ります。

 ふと、オフクロのベッドの隣にあるタンスの上に、小さな封筒があるのに気づきました。
 「誰からだろう? 職員からか? それとも見舞い客がいたのだろうか?」
 何気に中の便箋を開いてみると、見覚えのある文字が…

 <91歳、お誕生日おめでとう。親父のことは心配しないで、長生きしてください。> 

 差出人は、アニキでした。
 洗濯物を交換に来た際に、そっと手紙を置いていったようです。

 またしても、涙、ナミダ、なみだ…

 なんだよ、あんちゃん、ずるいよ。反則だよ!
 自分だけ、かーちゃんに、気に入られようとしてさ!
 俺だって、同じくらい親のことは心配してんだからな!

 でも、やっぱ、あんちゃんが1号だね。
 俺は、2号でいいや。
 これからも一緒に、正義のために戦おうぜ~!!!!


 ゴー、ゴー、レッツゴー!
 カイメンライダー、カイメンライダー、ライダー、ライダー!
   


Posted by 小暮 淳 at 14:26Comments(0)つれづれ

2018年06月19日

昔イクメン、今カイメン。


 「今日は、父の日だよ」
 「……」
 「はい、たまにはビールで乾杯しよう」
 「……」
 「カンパ~イ!」


 オヤジは満93歳。
 今秋、誕生日を迎えると94歳になります。
 一族でも、歴代最長寿タイに並びます。

 でも認知症を患って、かれこれ10年になります。
 年々症状は悪化しています。
 今ではオフクロも、僕も、アニキのことも分かりません。
 昼も、夜も、もちろん季節も分りません。
 1日24時間、食事の時以外は、目をつむっているか、寝ています。


 「おいしいかい?」
 「冷たくて、おいしい」
 「さあ、これを飲んだら、ちゃんと布団で寝ようね」


 寝る前にオヤジをトイレへ連れて行き、オムツを交換します。
 夜中に、だいたい3回 (多いときは10回近く起きる時も)。
 それでも間に合わない時があります。
 オムツの保水力の限界を超えてしまい、布団も本人もビショビショになることもたびたび……
 教訓を生かして、今は布団の上にレジャー用のビニールシートを敷いて、その上に寝かせています。


 オヤジのオムツを取り替えるたびに、思い出すのは20~30年前の子育てです。
 まだ「イクメン」(育児男子) なんていう言葉もない時代のことです。
 基本、昼間は勤め人ではない僕が、3人の子供たちの面倒を看ていました。

 食事、散歩、保育園の送り迎え……

 重なるんですね、オヤジとかつての子供たちの姿が。
 人間の一生は、元にもどるのだと、つくづく感じています。


 イクメンならぬ、今は 「カイメン」(介護男子) です。
 ただイクメンは10年経てば、すでに役目は終えているのですけどね。
 カイメンの任期って、いったいいつまでなんでしょうか?

 ふぅーーーーーーーーっ!!!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:11Comments(0)つれづれ

2018年06月15日

正しくなくとも……


 「小暮さんは、大したもんだよ」
 「えっ、なんで?」
 「ブレないからだよ」
 「ブレないって?」
 「人生、生き方がだよ」
 「そうかなぁ~、でも、弊害も大きいんだよ」
 「弊害?」
 「ああ、家族にすれば、こんな亭主や父親は大迷惑だ」
 「でも、ちゃんと立派に3人の子供を育てたじゃない」
 「それはオレじゃない、カミさんだよ」
 「でも、ボクは間違っていないと思いますよ。小暮さんの生き方」
 「……そう、ありがとう。そう言ってもらえると、うれしいよ」
 「ま、正しいかどうかは分かりませんけどね(笑)」
 「だな(笑)」


 還暦が近づくに連れて、日に日に臆病になっている自分がいます。
 何か、あせっているのかもしれません。
 同級生は来年、定年退職を迎えます。
 自分だけ、人生に置いて行かれたような錯覚に陥るときがあります。

 いったい、オレは、いい歳をして何をやってんだ!
 学生じゃあるまいし、いつまでも夢みたいなことばかり考えて!
 すでに遅過ぎるけど、社会人として、家庭人として、もう少し、まともに生きられないのか!

 気が付くと、もう一人の自分が、説教を始めています。


 そんなときに、友が言ってくれた言葉に一瞬ですが、ホッと救われました。
 “正しくないかもしれないけれど、間違ってはいない”

 正しくないことは、端から分かっていたことです。
 心配だったのは、間違っていないかということ。

 お世辞でも、ジョークでも、ヨイショでもいいのです。
 他人に言ってもらえさえすれば。


 Y君、ありがとう!
 還暦を迎える勇気が出てきました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:46Comments(0)つれづれ

2018年05月27日

言葉を届けに


 <お誕生日おめでとうございます。これから暑くなりますが、身体に気をつけて、元気で過ごしてください。>


 オヤジを車イスに乗せて、オフクロの病室を訪ねると、枕元に大きなバースデイカードが置かれていました。
 「職員一同」 と、手書きで書かれています。
 日付けは、今日です。

 「ばあちゃん、おめでとう!」
 「ありがとうね。覚えていてくれたんだ」
 「当たり前じゃないか。でも、なにもプレゼントを持って来なかったけど。言葉だけで、ごめんね」
 入院しているリハビリ施設は、飲食の差し入れは禁止されているのです。

 「なにもいらないよ。こうして会いに来てくれたんだから」
 「元気そうだね。いくつになったんだい?」
 「おかげさまで、きゅうじゅういっさいに、なりました」
 「すごいね、息子としてもうれしいよ」

 正直、親戚から “病気のデパート” と揶揄されたオフクロが、こんなに長生きをするとは思いませんでした。

 「おとうさんは、元気ですか? 熱は下がりましたか?」
 「ああ、元気になったから、ほら、連れてきたよ」
 そう言って僕は、車イスをベッドの脇に付けました。

 「本当!? おとうさんがいるの!」
 「ほれ、じいさん。H子さん(母の名前) だよ」
 オフクロの手に、オヤジの手を重ねてやりますが、オヤジの目は宙を泳いでいます。

 「H子さん、わかるよね?」
 「……」
 「今日が誕生日なんだよ」
 「……」
 認知症のオヤジには、目の前のオフクロが分かりません。


 「ジュン、ベッドから起こしてくれないかね。おとうさんの顔が、もっとよく見たいから」
 僕はオフクロの上半身を抱えて、起こしてあげました。
 小さくて、ガリガリで、まるで人形のようです。
 医者の話によれば、25キロしかありません。
 生きていることが不思議に思えるくらい、細い体です。

 「おとうさん、おとうさん、おとうさん……」
 オフクロがしきりに呼びかけますが、オヤジには届きません。


 「ジュン、お願いがあるんだけど、写真を撮ってくれないかい?」
 「いいよ、ほら並んで」
 僕がケータイを向けると、
 「ここでじゃないよ。おとうさんの誕生日にだよ。2人して、家でさ」

 オヤジの誕生日は、9月20日です。
 「だったら、それまでに家に帰れるように、リハビリを頑張らなくっちゃ」
 「うん、がんばるよ」


 94歳と91歳のツーショット。
 たぶん、今年で結婚69周年じゃないかな。

 その時は、孫もひ孫も呼んで、盛大にお祝いをしてあげようと思います。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:12Comments(0)つれづれ

2018年05月18日

情熱のローラ


 ♪ 涙をふいて僕と歩いて行こうよ
   この道はもどれない 青春という季節
   恋に悩みもするだろう
   誰かと争うことも時にはあるだろう
   若い日二度と来ない さらばといって行こう ♪
     <『青春に賭けよう』 作詞/たかたかし 作曲/鈴木邦彦>


 また一つ、昭和の光が、青春の1コマが消えて行きました。
 西城秀樹、享年63歳。

 今思えば、僕の青春時代には、ピンクレディーやキャンディーズもいたけど、ちゃっかり、“新御三家” もいたことに気づきました。
 中でも、西城秀樹は、僕のお気に入りでした。

 何を気に入っていたのかって?
 あの、歌唱ですよ。
 ちょっとハスキーで、ロックと歌謡曲の折衷のような楽曲は、モノマネをするには最適でした。

 「情熱の嵐」 「傷だらけのローラ」は、僕の十八番でした。
 休み時間には筆箱をハンディマイク代わりに、放課後はモップをスタンドマイク代わりに、熱唱したものでした。
 もちろん、オンステージのつかみは、
 ♪ ハウスバーモントカレーだよ~ ♪


 いつか僕も、秀樹のように、大きなステージで思いっきリ歌ってみたい!

 確かに10代の時は、そう思っていました。
 だから夢を追って、東京へ出て行ったのです。
 そして、初めて行ったディスコで、最初に踊った曲が 「ヤングマン/Y.M.C.A」 でした。

 でもね、僕が秀樹の曲で一番好きなのは、「ヤングマン」 でも 「情熱の嵐」 でも 「傷だらけのローラ」 でも 「薔薇の鎖」 でも 「ギャランドゥ」 でもないのです。
 そう、あまり売れなかったけど、「青春に賭けよう」 なんです。
 だから訃報を知ってからは、ずーっと、この曲を歌っています。


 ヒデキに、感謝!
 青春をありがとう。

 ご冥福をお祈りいたします。
      


Posted by 小暮 淳 at 23:13Comments(0)つれづれ

2018年05月14日

母の日なのに


 毎週日曜日は、認知症のオヤジを連れて、リハビリ施設に入院しているオフクロを訪ねています。
 ところが昨日は、会いに行くことができませんでした。
 オヤジが突然、熱を出してしまったのです。
 当然、熱のある老人を面会に連れて行くことはできません。
 だからといって、オヤジを家に置いて、僕だけ行くこともできません。


 「じいさん、大丈夫かい?」
 「……」

 別に熱のせいではなく、ふだんから耳が遠いので、別段、いつもと変わりはありません。
 ただ、ジッとイスに座って、目をつむっているだけです。
 これも、いつもと同じ。
 寝ている時は、もちろんですが、起きている時も目は、つむっています。
 目を開けているのは、食事をしているときぐらいなもの。

 最近は、食事の最中でも寝てしまいますが……


 「じいさん、あんたは、生きてるの? 死んでるの?」
 「……」

 生きているんなら、せめて生きている証しとして会話をしてほしくて、僕は呼びかけます。
 たぶん本人は、今、熱があることも分からないんでしょうね。

 「今日は、ばあちゃんに会いに行けないね」
 「……」
 「残念だね」
 「……」

 残念だと思っているのは、きっと僕だけです。
 “母の日” なのに……
 きっとオフクロは、僕がオヤジと会いに来るのを待っているはずです。

 かあちゃん、ごめんな。
 オヤジが熱さえ出さなければ……


 ふと、オヤジを見れば、夕食のカレーライスを一人前、ぺロリと平らげています。
 熱があっても、食欲旺盛の大食漢。
 たぶん、これがオヤジの生命力の源なんですね。

 「じいさん、薬を飲んだら、ちゃんと布団で寝てくださいね」
 「……」
 「その前に、オムツを交換しようね」
 「……」


 来週の日曜日は、オフクロの91回目の誕生日です。
 オヤジの風邪を治して、何がなんでも会いに行かなくちゃ!
  


Posted by 小暮 淳 at 23:08Comments(0)つれづれ

2018年05月12日

来世のために


 80歳を過ぎてから、英会話教室に通い出した男性がいます。
 なんのために?
 海外旅行に行くのか?

 その老人の答えは、こうでした。
 「次の人生のためにです」


 この話をしてくれたのは、さる会社の社長さんでした。
 将棋の藤井君、スケートの羽生君、野球の大谷君など天才と呼ばれる人たちは、我々と何が違うのだろうか?
 生まれながらにして、差が付いているのだろうか?
 そんな話をしているときでした。

 「前世からして、違うらしいですよ」
 そして、そのことに気づいた老人は、次の人生のために、死ぬ前に英会話を会得しておこうと考えたとのことです。


 なるほど、天才たちは、すでに前世で技術を会得してから生まれてきたのですね。
 それが天才と凡人の差ということです。
 ならば、今からでも何か一つモノにしておけば、来世が楽になるというものです。

 「小暮さんもいかがですか? ひとつ、六十の手習いで初めてみては?」
 「そうですね、僕の場合、経営学の勉強ですかね。来世で、お金持ちになれるように(笑)」
  


Posted by 小暮 淳 at 11:30Comments(2)つれづれ

2018年05月07日

カウントダウン


 還暦まで、100日を切りました。

 別に生き急いでいるわけではありませんが、なんだか急かされているような、焦っている自分がいます。
 まるで、試験日を目前にした受験生の気分です。

 30歳を迎えたときも、40歳を迎えたときも、50歳を迎えたときも、こんな忙しない気持ちで迎えたことはありませんでした。
 ふと気が付くと、今までの人生を振り返っているのです。
 決して、後悔なんてしていません。
 ただ、あんなことがあった、こんなことがあったと、走馬灯のように記憶がめぐります。


 夢を追って、東京へ出た10代
 挫折をして、都落ちした20代
 心機一転、新しい世界へ飛び込んだ30代
 暗中模索の40代
 我武者羅に走り抜けた50代

 思えば、挫折と再生のくり返しでした。
 「いったい自分は、何をやりたかったのだろう?」
 自問自答をする毎日です。


 “人生百年” といわれる長寿時代になりました。
 それでも、折り返し地点は過ぎています。
 そして残り40年といわれても、両親の介護をしている僕には、実質、そんなには動けないことも知っています。

 あと20年?
 いや15年だろうか?
 それも、健康であればという条件付きです。


 人生は、一本の道だったはず。
 僕は、その道から外れていないだろうか……
    


Posted by 小暮 淳 at 18:02Comments(0)つれづれ

2018年05月03日

ホールインGW


 ゴールデンウィーク後半、いかがお過ごしですか?
 長い人では最大9日間、カレンダーどおりでも7日間もありますから、海外旅行にでも出かけないと、間を持て余してしまうかもしれませんね。

 僕ですか?
 僕には、まったくもって関係ない国民的行事(?) であります。
 サラリーマンを辞めた23年前から無縁です。
 土日も祝日も関係ありません。
 仕事がないときが、休日ですから。


 で、今年のゴールデンウィークも仕事と介護以外は、予定がありません。
 ただ3日(今日) だけ、早朝より町内のイベントに役員として借り出されることになっていました。
 でも天気予報は、雨。
 それも未明から大荒れとなり、暴風雨または雷雨をともなうとのこと。
 だもの、「明日は中止だな」 と高をくくっていたのであります。

 ところが一夜明けてみると、小雨がぱらついているものの、天候は回復のきざし。
 あわてて会場となる小学校のグランドへ行くと、すでに役員が数人、準備を始めています。

 「今日は、やるんですか?」
 「小雨決行って書いてあったでしょう」
 「ですね。でも、この天気だと、みなさん中止だと思っているかもしれませんよ。決行の連絡に回りましょうか?」
 すると自治会長は、
 「いえ、その必要はありません。連絡は、中止の時だけで結構です」
 “決行” と “結構” なんて、ダジャレていました。


 はたして、町民は集まるのでしょうか?

 ところが開催時間の午前8時には完全に雨は止み、雲の切れ間から薄日まで差してきました。
 そして、役員の心配をよそに、大勢の町民がグランドに集まりました。

 今日は年に1度の 「グランドゴルフ大会」 だったのです。


 グランドゴルフは、ご存知ですか?
 要は、ゴルフのような老人向けゲームであります。

 以前はゲートボール大会だったのですが、ルールが難しいことと、経験者と初心者の腕前の差があり過ぎるため、ここ数年はグランドゴルフ大会を行っています。
 ルールも簡単で、ボールを叩いて、旗の付いたゴールポストに入れるだけ。
 何打で入ったかを競うだけです。

 実は、僕が班長を務める我が班は、昨年の優勝チームなのです。
 今年は、連覇が期待されています。


 後半、6番コースでのこと。
 距離は、約40メートルのミドル。
 それまでも僕は、パー(3打) を確実に取っていました。
 でもチームとしては、前半回ったところでトップに13打も差をつけられて4位です。

 「班長、ここらでホールインワンをお願いします」

 チームメイトから声援がかかります。
 ホールインワンを出せば、それだけで一気にマイナス3打となります。
 でも僕は、過去に一度もホールインワンなんて出したことはありません。

 班長として、今年も優勝トロフィーを持って帰りたい。
 八百万の神よ、我に奇跡を授けたまえ~~!

 エーーーイッ!!!

 コーンと当たりのいい音がして、コロコロコロとグランドを勢いよくボールが転がっていきます。
 その軌道は、「6」 と書かれた旗を目がけて、一直線に。

 少しして、旗のまわりから喚声が上がりました。

 「ホールインワンです!」
 「小暮さん、有言実行です」
 「吸い込まれるようなきれいなボールでした」

 その後は、メンバー全員とハイタッチ。
 表彰式では、ホールインワン賞をいただきました。


 で、チームの成績はというと……

 連覇ならず、4位のままでした。
 でもね、とっても楽しい一日でしたよ。
 世代を超えた老若男女が、一つのことに夢中になれるなんて、なかなかありませんもの。

 地域社会の大切さ、ありがたさを感じた一日でした。

 と同時に僕は、今年の運を、すべて使い果たしてしまいました。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:48Comments(0)つれづれ