温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2020年02月17日

スマホをやめただけなのに


 昨年暮れに “スマホ断ち” をした人の話を書いたところ、たくさんの反響をいただきました。
 ※(当ブログの2019年12月16日 「さよなら時間泥棒」 参照)

 コメント欄のみならず、ブログを読んだ人からも 「私もスマホをやめました」 等の声が寄せられました。
 また、上手にスマホを使い分けている人が、多く存在することも知りました。
 僕の仕事関係のサラリーマンの方々は、会社からスマホを持たされているため、個人ではガラケーしか持たない人が、かなりの人数いました。

 確実に、“スマホ断ち” が進んでいます。

 では、なぜ、今、人々はスマホをやめようとしているのでしょうか?


 新聞の投稿欄には、たびたび “スマホ断ち” した読者からのコメントが:掲載されています。
 昨日の毎日新聞にも、40代男性会社員からのこんな投稿がありました。

 <私もスマホを2年で卒業した後、5年以上ガラケー生活です。分からないことや困ったことがあるとすぐにスマホが解決してくれるため、自分の思考力や探究心が失われていくような恐怖に駆られてスマホをやめました。確かにスマホがないと一定の疎外感はあります。しかし、SNSなどでの 「つながり」 には幅広さがある一方、案外薄弱であることが多いような気がします。そもそも電源を落とせば、それは一瞬にして無に帰すのです。>

 便利ゆえに薄弱になる生活や人間関係に、気づき出したのかもしれませんね。
 でも、そう気づいたのは、スマホが無かった時代を知っている大人たちです。


 全国の都道府県では、未成年者に対してネットやゲームの使用に対して、制限する条例の制定案まで浮上しています。
 依存防止のための有効策なのか、それとも、子どもの人権侵害なのか?
 賛否は分かれるところですが、「スマホ中毒」 は人類が初めて遭遇する事案なので、一朝一夕には答えが出そうにありませんね。


 さてさて、それにしても 「たかがスマホ、されどスマホ」 であります。

 依然、スマホを持たない僕にとっては、まったく無縁な話なのですが、やっぱり気にはなるのです。
 スマホをやめただけなのに、なんで、こんなにも話題になるのでしょうか?
   


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(0)つれづれ

2020年02月15日

人の中の仙人


 「小暮さんは、人たらしだからな」
 唐突に、そう言われて、ドキリとしました。
 先日の新年会でのことです。

 確か、以前にも誰かに同じことを言われたことがあるな……
 何十年も前のことだ。
 それも2回。

 「ジュンは、人たらしだからさ」
 まだ20代の頃、音楽仲間との雑談で言われた。
 「編集長は、人たらしですから」
 40代の頃だ。
 雑誌の編集をしていたスタッフに言われた。

 “人たらし”

 広辞苑によれば、<人をだますこと。また、その人。> とあります。
 「男たらし」 「女たらし」 など、“たらし” にはネガティブでマイナスのイメージを持っていた僕は、過去の2回とも不快感を抱いたことを覚えています。


 ところが今回、会話の流れから察するに、決して、さげすんだ言い方ではありませんでした。
 「小暮さんのまわりには人が集まってくるよね」 「人徳だよね」 というニュアンスに聞こえたのです。
 もしかしたら、これって、ほめ言葉なのかしらん?

 歴史をなぞれば、かの豊臣秀吉は 「稀代の人たらし」 「人たらしの天才」 と呼ばれていたそうです。
 このことからも分かるように、必ずしも、さげすんだ言葉ではないようです。


 かれこれ30年ほど前のことです。
 雑誌のインタビューで、さる彫刻家を取材したときのことでした。
 その作家は、こんな謎めいたことを言いました。
 「僕は “人の中の仙人” になろうと思うんだ」

 “仙人” といえば、人里離れた山奥に住み、悟りを開いて質素に暮らしているイメージです。
 なのに、その人は、人の中で仙人になるといいます。
 実際、アトリエは街の中にあります。
 家族やたくさんの友人、知人に囲まれて暮らしています。
 ともすれば、一般の社会人よりも、にぎやかで華やかな日常を送っているようにも見えました。

 どこが、仙人なのだろうか?


 30年経って、おぼろげながら、その答えが見えてきました。
 今になって思えば、その人は、,根っからの “人たらし” だったんですね。
 人が好きだから、人の中に身を置くけれど、心はいつも仙人のように達観した世界を求めているということなのではないでしょうか。

 遅ればせながら、僕も今、そんな心境です。
 人たらしと言われれば、言われるほど、思いはつのります。

 “人の中の仙人” になりたいと……

   


Posted by 小暮 淳 at 11:54Comments(0)つれづれ

2020年02月13日

終われない人


 <定年って生前葬だな。>
 そんなショッキングな書き出しから物語は始まります。


 遅ればせながら、映画にもなり大ヒットした内館牧子著 『終わった人』(講談社文庫) を読みました。
 大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられ、そのまま定年を迎えた63歳の男が主人公です。
 まだ60代は、頭も体も元気だ。
 なのに、ある日突然、“終わった人” となってしまう。

 それが 「定年」 だという。

 仕事一筋だった彼は途方に暮れ、生きがいを求め、居場所を探して、迷い惑い、あがき続けます。
 彼と僕は同世代。
 ただ違うところは、僕は 「定年」 のない人生を送っています。
 それでも読んでいて、他人事とは思えないんですね。
 家族や社会から、だんだんに “不要” とされているんではないかという恐怖心はありますから……。


 著者は、あとがきで、こんなことを書いています。
 <定年を迎えた人たちの少なからずが、「思いっきり趣味に時間をかけ、旅行や孫と遊ぶ毎日が楽しみです。ワクワクします」 などと力を込める。むろん、この通りの人も多いだろうが、こんな毎日はすぐに飽きることを、本人たちはわかっているはずだ。だが、社会はもはや 「第一線の人間」 として数えてはくれない。ならば、趣味や孫との日々がどれほど楽しみか、それを声高に叫ぶことで、自分を支えるしかない。>
 こういう男を主人公にした小説を書きたいと思ったといいます。

 でも、ちょっと、待って!
 そのイメージって、かなり “老人” なんですよね。
 そして、そこが問題なんです!

 イメージと現実のギャップに、60代は苦しんでいるわけです。


 小説を読み終わって感じたことは、ひとこと 「うらやましい」 であります。
 確かに、やる事のない日々は苦痛かもしれないけど、それでも生きてはいられるのですから。
 世の中には、終わっても生きていける人と、終わった時点で生前葬ではなく、本葬が待っている人がいるということです。
 悲しいかな、僕は後者です。


 内館さん、ぜひ続編は、『終われない人』 を書いてください。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(2)つれづれ

2020年02月10日

だからなんだと思うのは僕だけだろうか?


 物の価値観は人それぞれですから、僕がとやかく言うことではないのでしょうが、「車なんて動けばいい」 くらいにしか思っていない僕にとっては、なんとも信じがたい話を聞きました。


 その男性(30代) は、超が付くほどの高級外車を乗っています。
 先日、市内の某ショッピングモールに駐車したときのことです。
 彼の車の横を、自転車に乗った少年(小学生) が通り過ぎました。

 バサッ!
 運転席に乗っていた彼は、とっさに車外に出て、少年を呼び止めました。
 「おい、待て! ミラーに当たったぞ!」

 彼の話によれば、少年が車の横を通り抜ける際に、ジャンパーの裾がミラーに接触したのだと言います。
 少年を待たせ、ミラーを確認すると、わずかですが傷が確認できました。
 ジャンパーのファスナーの金属部分が当たったようです。


 さて、この後、どうなったでしょうか?
 僕には、到底信じられない展開となります。

 なんと、彼は警察を呼びました。
 そして事故調書を書かせ、少年の親を呼び、修理をさせたといいます。


 「そこまで、しましたか?」
 の僕の問いに、
 「俺、車をすごく大切にしているんですよ」
 と彼は答えました。

 人それぞれ、物の価値観が異なることは分かっていますが、僕にとっては 「だからなんだ」 という程度の事柄なので、なんとも後味の悪い会話となってしまいました。

 そんなに大切な車ならば、乗り回さないで、家の中で大切に保管しておけばいいのにね(笑)
   


Posted by 小暮 淳 at 11:42Comments(0)つれづれ

2020年01月25日

円のない縁


 「今年は “出会い” の年にしようと思うんだ」
 「なに、それっ! 私と同じじゃん!」
 次女を車で駅まで送って行く道中の父娘の会話です。

 「去年はさ、おじいちゃん、おばあちゃん、それにマロまで逝っちゃったろ。“別れ” の多い年だったからね」
 「本当に、そうだったね」
 「だから、今年は出会いの多い年にしたいんだよ」
 「私は、絶対に彼氏をつくるよ!」
 「えっ、なんて言った?」
 「カ、レ、シ」

 ちょっと驚いたけど、まあ、彼氏がいてもおかしくない年頃ではあります。
 花も恥らう二十歳だもんね。
 思えば長女は、その頃には、今の亭主と駆け落ち同然に家を出て行ってしまったものな……
 それも縁です。

 「あっ、焼いている?」
 「何が?」
 「私に彼氏ができるのイヤなんだ?」
 「いや、べ、べ、べつに。いいんじゃないの、“できれば” の話だけどね」


 「おとうの出会いは、何よ?」
 「そうだなぁ~、お金かな」
 「お金? それはムリムリ、ムリー!!!」
 「なんでさ?」
 「だって、おとうは、お金なんて、今まで持ったことないじゃん!」
 「だから今年こそは、と思って」
 「だから、無理だって! おとうの人生、お金には縁がないんだから」
 とかなんと無駄話をしていたら、車は駅に着いてしまいました。

 そこまで、言うか!
 いくら実の娘だからって、言い過ぎだろう!
 これでは父親の威厳なんて、微塵も無いじゃないか!

 でもね、言い当てていて妙なのであります。
 思えば僕の人生、いつもいつも目先のことばかりに振り回されていて、お金を稼ぐことと、貯めることには無頓着の半生だったのです。
 まったくもって、円には縁のない半世紀でした。

 でも、これからは違います!(きっと)
 円ある出会いが増えるはずです!(たぶん)

 娘よ、来年のお年玉は、ポチ袋が立つぞ!
 (期待せずに待っていなさい)
  


Posted by 小暮 淳 at 14:06Comments(2)つれづれ

2020年01月13日

次は誰が着るのだろう


 今日は、令和最初の 「成人の日」 です。
 我が家にも一人、大人の仲間入りをした人がいます。

 前橋市は昨日、成人式が行われたようです。
 “ようです” なんて書いたのも、僕には昔から興味がない事柄だからです。
 42年前の自分の成人式すら出ていませんし、長女と長男の時だって過ぎてから気づいたぐらいの無頓着オヤジなのです。
 だから今回も昼近くまで寝ていたため、次女が出かけことさえ気づきませんでした。


 午後になって、階下に家族が帰宅した気配を感じました。
 しばらくして、トントンと仕事場をノックする音が……

 ドアを開けると、真っ赤な晴れ着を着た次女が立っていました。
 「あれま~、どこのお嬢様でしょうか!?」
 ふだんはジーンズ姿の娘が、親の欲目を除いても見違えるほどに美しい女性に映りました。
 「ここの娘です」
 と言われた時には、ちょっぴり胸の奥のほうがチクリとしました。

 「その晴れ着は、どうしたんだ?」
 「おねえのだよ」
 「M(長女) の?」
 「そうだよ」

 長女と次女の歳の差は11歳。
 ということは、11年前に僕は、この晴れ着を見ているということなのですね。
 記憶にないということが、無頓着オヤジを証明しています。

 「おめでとう」
 それくらいの言葉は、僕にだって、かけてあげることができました。


 思えば、これで全31年間の親としての子育ての役目を終えたことになります。
 次女はまだ学生ですから、もうしばらくは手がかかりそうですが、それでも節目として3人が三様の大人の階段を上り出しました。

 「次は、誰が着るんだ?」
 「もう、いないんじゃないの」

 現在、長女と長男のところにいる孫2人は、どちらも男の子です。
 まだ女の子の孫はいません。

 「分からないじゃないか、将来、お前の娘が着るかもしれないし」
 そう言いかけた時には、すでに次女は階下へ降りて行ってしまいました。
 早々に着替えて、友だちの待つパーティー会場へ行くのだといいます。


 まっ、いっか!
 未来は誰にも分からないのだから……。

 それでも、まだ見ぬ孫娘の晴れ着姿を想像してしまいます。
 オヤジとしては無頓着でしたが、ジイジとしては興味津々なのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)つれづれ

2020年01月03日

過去の正夢


 正月早々、下世話な話題で申し訳ありません。
 「ハ・メ・○ラ」 って、知っていますか?
 僕は知りませんでした。
 ※(○=MA)


 還暦を過ぎると、老化が顕著に現れるようになりました。
 その最たるものが、歯です。
 昨年の一年間で、2本も奥歯が抜けました。
 それも、痛くも、かゆくもなく、自然にポロリと……

 そのことを人生の先輩に話したところ、返って来たのが冒頭の言葉でした。
 「男の場合、この順番で老いがやって来るのよ」
 とのことでした。

 “ハ” は、歯です。
 “メ” は、目です。
 そして “○ラ” は?
 はい、アソコです。


 思えば50代から、その兆候はありました。
 僕の場合、最初に衰えがやってきたのは、目でした。
 今では、完全に老眼鏡が手放せなくなりました。

 そして、ついに、歯が来ました。
 残るは……
 (兆候はありますけど)


 実は僕、若い頃から同じ夢を、よく見るんです。
 それは、歯が抜ける夢です。
 「夢占い」 などでも調べてみましたけど、理由は分かりませんでした。

 そして、ついに、この歳になって、その夢は正夢となりました。
 思うに、“老化” への恐怖心が、夢になって現れていたのかもしれませんね。


 もう1つ、繰り返し見る夢があります。
 それは、空を飛ぶ夢!
 この夢は、まだ叶っていません。

 それって、もしかして、人生の最期に叶うんでしょうか?(昇天?)
  


Posted by 小暮 淳 at 11:14Comments(0)つれづれ

2020年01月01日

年賀欠礼


 静かに新しい年が明けました。
 昨日までの木々を揺らし、肌を刺しながら吹きすさぶ、あの冷たい空っ風が嘘のような穏やかな朝でした。

 そして我が家も初めて迎える、おごそかな正月を過ごしています。

 喪中につき、年賀欠礼いたします。


 「ジイジ、今年もよろしくお願いします」
 小学生の孫が、バカ丁寧にあいさつをしました。
 「おお、よく言えたね」
 「うん、今年は 『おめでとう』 じゃないんだよね」

 昨晩、長女とメールのやり取りをしました。
 <お年賀って、いらないの?>
 僕にとっても、子どもたち、孫たちたちにとっても、初めて迎える “喪中” の正月です。

 「おめでとう」 も言わない、「お年賀」 もいらない、「初詣」 も行かない旨を伝えました。
 ただし、「おじいちゃんとおばあちゃんが好きだったお菓子などを持って行くなら、熨斗(のし) は付けずに仏壇に供えなさい」 と……


 新年恒例の昼食会をレストランで済ませ、全員で僕の実家へ向かいました。
 実家では、兄夫婦と姪一家が待っていました。
 ここでも 「おめでとう」 はありません。

 仏壇に線香を手向けた後、お茶会を開きました。
 「みんなに見せたいものがあるんだ」
 と、アニキがDVDプレーヤーとモニターを持ってきました。

 「おじいちゃんと、おばあちゃんが動いているぞ!」
 その昔、2人がテレビ出演したときの録画映像でした。
 20年以上も前の、まだ元気だった頃の両親が、画面の中で笑っています。

 ひ孫たちは、興味津々で見入っています。
 孫たちは、「わー、おじいちゃんも、おばあちゃんも若~い!」 と爆笑です。

 写真ではなく、動画の両親を見ていると、とても不思議な思いが込み上げてきました。
 「確かに、生きていたんだ」 という当たり前のことなのに、まるで何かを発見したときのような喜びに満たされました。

 「おい、R (長男)、おばあちゃんに抱っこされているの、お前だぞ!」
 「えっ、オレなの!?」
 2歳くらいでしょうか、ちょうど今の長男の息子と同じくらいです。


 帰りがけに、アニキが僕に言いました。
 「一周忌だけど、いつ頃がいい?」
 「オヤジとオフクロ、一緒にやっちゃおうよ」
 「ああ、そうしようと思う。また相談するから」

 なんとも不思議な正月です。
 でも、こんな正月も長い人生には、“アリ” なんですね。


 読者のみなさん、今年もよろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:29Comments(0)つれづれ

2019年12月31日

原点回帰 ~平成から令和へ~


 思えば今年は、平成から令和へと改元された大きな時代の節目の年でした。

 ついつい目先のことばかりに振り回され続けた1年だったので、世の中のことに無頓着になっていたような気がします。
 それでも今年は、時代の節目を感じる大きな出来事が、たくさんありました。


 なんといっても度重なる台風の上陸で、全国で甚大な被害が出ました。
 また高齢者ドライバーによる相次ぐ死亡事故。
 SNSを利用した誘拐事件の多発。
 両親や親の交際相手から暴力を受けて、犠牲となる幼い命。
 京都では、アニメスタジオが放火され、未来ある多くの若い命が失われました。

 かんぽ生命の不正、ゆがむ長期政権、国会議員の逮捕など、この国の行く末が危ぶまれるニュースが多い中、国民が歓喜した出来事といえば、アジア初開催のラグビー・ワールドカップでの日本チームの大活躍です。
 「ワンチーム」 は、今年の流行語大賞にもなりました。


 そんな中、僕が最も注目したニュースがありました。
 それは、コンビニエンスストアの時短営業です。
 ついに、“24時間神話” の魔法が解けたようです。

 日本で最初にコンビニが誕生したのが昭和48年(1973) ですから、魔法の効力は半世紀と持たなかったことになります。


 なぜ、このニュースに敏感に反応するのかといえば、僕はかつてコンビニの店員をしていたことがあるからです。
 今から36年前のことです。
 それも群馬県初のコンビニチェーンです(セブンイレブンではありません)。
 まだ 「コンビニ」 という略語すらない時代のことです(新聞記事等は、CVSと略していました)。

 そして消費者には、なかなか “24時間営業” という人知を超えた労働時間を信じてもらえない時代でした。
 ※(当時のエピソード等は、当ブログの2019年4月6日 「街は眠りたい」 を参照ください)


 人間は、便利を1つ手に入れると、大切なものを1つ手放すといいます。
 人間が人間らしく生きていられた時代が、なつかしく思えてきたのかもしれませんね。
 今なら、まだ間に合うと……

 令和は、“原点回帰” の時代なのかもしれません。


 今年も一年間、お付き合いいただき、ありがとうございました。
 来年もよろしくお願いいたします。
 良いお年、素敵お正月をお迎えください。

                       令和元年  大晦日
   


Posted by 小暮 淳 at 12:57Comments(0)つれづれ

2019年12月30日

順不同の10大出来事


 例年ですと年末に、その年の 「私的10大ニュース」 というのを発表しているのですが、今年は大きな “別れ” が3つもありまして、振り返れば、その3つの出来事に振り回された1年でした。

 ので今年は、父親と母親と愛犬の死が、順不同のトップ3とさせていただきます。

 でも、1年365日は長い!
 3つの出来事に振り回されながらも、いろいろな事がありました。
 これまた順不同ではありますが、思いつくまま4~10位までを記載してみます。


 <イベント・ライブ> 
 ●1月
 三重県四日市市の銀行にて出張講演。「温泉はもっと楽しめる」 と題して、新人研修セミナーの講師をしました。我が人生で最長の3時間というハードな内容でした。
 ●5月
 ヤマダグリーンドーム前橋にて、来年開催される大型観光企画 「群馬デスティネーションキャンペーン(DC)」 のプレレセプションに “歌手” として呼ばれ、約50人の温泉旅館の女将さんたちの踊りをバックに、群馬の温泉応援歌 『GO!GO!温泉パラダイス』 を熱唱しました。ゲストは、群馬観光特使の中山秀征さんと井森美幸さん。
 ●11月
 僕が代表を務めるNPO法人 「湯治乃邑(くに)」 の第4回公開パネルディスカッション 「湯治場の復活を考える」 を高崎市にて開催。今年のゲストパネラーは、渋川伊香保温泉観光協会会長の大森隆博さんでした。

 <任命・受賞>
 ●4月
 群馬県酒造協同組合より 「ぐんまの地酒大使」 に任命され、高崎市のホテルで開催された委嘱式に出席しました。これで “大使” と名の付く役職は6つになりました。
 ●12月
 観光ガイドブック 『d design travrl』 より、「群馬県らしい人部門」 に認定され、受賞しました。県内で4人のうちの1人です。

 <著書関連>
 ●7~8月
 昨年出版した 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』 の表紙画展を開催。戸田書店高崎店にて、イラストレーターの栗原俊文氏の原画と、表紙の装丁ができるまでのパネル展示をしました。来年も巡回展を続けます。
 ●9月、10月
 今年は講演の多い年でしたが、うち2回は民話をテーマにした講話でした。温泉の話も楽しいのですが、民話や伝説の謎学話も話していて、とっても楽しいことに気づきました。


 以上、取りとめもなく、思いつくままに挙げた今年の主な出来事でした。

 さて、いよいよ今年も、もう2つ寝るとお正月です。
 どんな新しい年が、やって来るのでしょうか?
 ワクワクしながら迎えたいと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:18Comments(0)つれづれ

2019年12月29日

素敵な御歳暮


 「もらってうれしい物」 の第1位は、ダントツ “酒” であります。
 酒ならば、ビールでも日本酒でも焼酎でも、何でも大歓迎です。

 2番目にうれしい物は?
 “活字” であります。
 活字であれば、新聞でも雑誌でも何でも好きなのですが、やっぱり、もらってうれしい物となれば、“書籍” ということになります。

 ただ、書籍ならば何でも、うれしいわけではありません。
 ズバリ、その人が書いた “著書” です。
 著書であれば、ジャンルは問いません。
 たとえ、自分にとって苦手なジャンルでも、僕のことを思って、くださった本ですから、僕もその人を思いながら読む楽しみが生まれます。


 素敵な御歳暮が届きました。
 熨斗(のし) は付いていませんでしたが、<日頃お世話になっております小暮様に> という一文が添えられていましたから、たぶん、これは御歳暮だと思います。

 包みの中身は、著書でした。


 贈り主は、僕がお世話になっているテレビ番組の構成作家さんです。
 氏は、とても博識で、番組の会議以外でもメールのやりとりをしながら、僕に適切な助言をしてくださいます。
 時には、「その資料ならば、○○図書館にあります」 という、こと細かな情報まで。

 そんな氏の最新刊のタイトルは、『鎌倉街道 平成に歩く』。
 自称、「歴史勉強家」 「街道勉強家」 の氏が、群馬県高崎市から神奈川県鎌倉市までの約140kmを、約1年かけて自分の足で踏破した記録です。

 氏いわく、「迷ったら、足に聞け!」

 この言葉は、埋没している街道を探すときに必要となった感覚だといいます。
 鎌倉街道には、完全に消えている道筋がいくつもあり、何度も足が止まります。
 そんなとき、一筋裏の道をのぞくと、街道の香りを感じる道が見つかるのだといいます。


 僕の取材スタイルも、基本は徒歩です。
 “アンチ車派” で、可能な限りは電車とバスを乗り継ぎ、自分の足で探します。

 この著書は、そんなこだわりを満たしてくれる1冊です。
 そして著者は、歴史の跡を探しながら、街道風情を楽しみながら、ただひたすらに鎌倉を目指して歩き続けます。


 歴史ファン、街道ファン、ウォーキングファンに、おすすめいたします。

 ●『鎌倉街道 平成に歩く』 さきたま出版会
  塩澤 裕・著 2,200円+税
   


Posted by 小暮 淳 at 12:31Comments(2)つれづれ

2019年12月26日

Good-by 2019


 今年も余すところ、1週間を切りました。
 みなさんにとって、どんな年でしたか?

 毎年発表される 「今年の漢字」。
 今年は、「令」 でした。
 令和元年だから 「令」 というのも、あまりにも直球でヒネリがなくて、拍子抜けした人も多かったのではないでしょうか?

 振り返れば、風害や水害など、相変わらず天災による被害が多かった日本列島でした。
 「災」 の字が思い浮かびますが、実は昨年が 「災」 だったのですね。
 2年連続、同じ漢字というのもいただけないという理由なのかもしれません。


 さて、そろそろ僕も恒例の 「今年の漢字」 を発表しなくてはなりません。
 昨年は「話」 でした。
 一昨年が 「活」、その前の年が 「奔」、4年前が 「労」 でした。
 疲れて、走り、動き回り、やっと語り始めた人生でした。

 でも人生は、いつなんどき、どのように展開するのかは、誰も知るよしもありません。
 それが運命や宿命ならば、避けて通ることはできません。

 今年ほど、悩まずに 「今年の漢字」 を決めた年もありませんでした。

 今年の漢字は、「別」 です。


 2月に父親を、5月に母親を、そして9月に愛犬を見送りました。
 大きな別れが、いっぺんに、やって来た年でした。

 ただ救いは、これらの別れに対して、微塵も後悔がないということです。

 若い頃に犯した “親不孝” は、10年にわたる “介護” という刑期により、呵責は取り除かれました。
 また愛犬に対しても、最期まで添い遂げ、この手の中から旅立たせることができました。

 オヤジ94歳、オフクロ91歳、マロ13才
 見事な一生をまっとうしたと思います。


 さて、6日後には新しい年を迎えます。
 来年は、出合いの多い年でありますように!
    


Posted by 小暮 淳 at 11:21Comments(0)つれづれ

2019年12月23日

300万の生活費


 ♯忘年会スルー

 近年は、あからさまに忘年会を拒否する若者が増えているようですね。
 会社が強制する忘年会は、やはり “パワハラ” の一種なのでしょうか?
 確かに、上司の説教や同僚のグチがオンパレードの飲み会ならば、遠慮したいものです。


 僕の場合、フリーランスになってからが長いので、組織からの強制的な忘年会というのは、もう何十年とありません。
 仕事関係にしても、気の知れたクリエーターたちとの飲み会ですから和気あいあいです。
 ただ、ここ数年は、いろいろな役職をいただいているので、初めてお会いする人たちと酒を酌み交わす場が増えました。
 その日一夜のことなので、どんな人と出会ったとしても、たいがいは、その後の付き合いはありません。

 後日、名刺の束を見て、「この人、誰だっけ?」 と思い出せない人たちばかりです。
 ただ、先日は、キョーレツにインパクトのある人との出会いがありました。


 某会合とだけしか申し上げられません。
 「小暮さんに紹介したい人たちがいます」
 とだけ告げられ、知人に連れられて参加しました。

 集まったのは、老若男女が10名ほど。
 知り合いは、その知人だけでした。
 大きなテーブルを囲んで、自己紹介の後、宴が始まりました。

 どんな、いきさつだったのかは忘れましたが、男性陣は女房のグチ話で盛り上がっていました。
 「まったく、亭主をなんだと思っているんだ」
 「俺の言うことなんか、聞きやしないよ」
 なんていう他愛ない内容でした。

 すると、隣の席の男性が、僕に耳打ちするように言いました。
 「女房なんて、300万もくれておけば、何も文句なんて言いませんよ」

 「えっ? 300万?」
 「そうですよ、月に300万も生活費を渡せば、いいだけの話です」

 月だーーーーっ!!! 年の間違いじゃないのか?
 こいつは、何者なんだ?

 こっそりと、先ほど交換した名刺を見ると、どうも不動産関係の会社の社長さんのようですが、名刺を裏返してみて、納得しました。
 ビーーーッシリとグループ会社の名前が並んでいたのです。
 でも、お顔を見れば、まだお若いようです。

 「ハハハハ、でしょうね。私には、できませんけど」
 と言葉を返すのが、精一杯でした。


 後日、友人に、このことを話すと、
 「だろうね。うちのカカアだって月々300万ももらえば、オレにあんな態度はとらないよ」
 と腐っていました。そして 「まさに、格差社会だ」 とも。

 でもね、僕は、こうも思いました。
 月々300万円あれば、現在かかえている家庭内の悩みは解消されるかもしれません。
 でも、きっと新たな、お金では解決できない悩みやトラブルが生まれるのではないでしょうかね。

 いえ、絶対そうです!
 そうでないと貧乏人は、いつまで経っても金持ちに勝てませんもの!

 負け惜しみかもしれませんけど……
 (ああ、月々300万円の生活費なんて、宝くじを当てるより難しそうです)
   


Posted by 小暮 淳 at 11:50Comments(3)つれづれ

2019年12月22日

のんびり突っ走れ!


 ロック界のスーパースター、矢沢永吉さんがインタビューで、こんなことを話してました。
 「60歳を過ぎると、人生は真っ二つに分かれる。のんびり生きようとする人と、そのまま突っ走る人。もちろん俺は、後者だけど」
 古稀を迎えた現在でも、第一線で活躍する永ちゃんならではの言葉です。


 はて、自分は?
 と問えば、やはり 「突っ走るしかない」 のであります。
 ただし、スーパースターとは事情が違います。

 本音を言えば、“のんびり” と生きていたい。
 でも現実が、それを許してくれません。

 童話 「アリとキリギリス」 になぞれば、僕は完璧にキリギリスです。
 若い頃から未来を夢見たことはあっても、将来を考えたことがありませんでした。
 カッコつけて言わせてもらえば、「今を夢中に生きる」 の連続でした。
 その時々を、おもしろ楽しく過ごすことばかり考えていました。

 そして気が付いたら、この年齢になっていました。
 だからスーパースターが言うような “60歳” という線引きもありません。
 ただ、ひたすらに、今歩いている人生(みち) を、これからも歩き続けるしかないのです。


 でも、今までのようには行かなくなっています。
 “老い” という壁が立ちはだかっています。

 スーパースターは言います。
 「耳は遠くなるし、目は見えなくなる。それを楽しんじゃうのよ」
 さすが、YAZAWA BIG!


 そこで僕は考えました。
 2つの生き方のイイトコ取りは、できないものかと?

 肉体は、のんびりと。
 精神は、突っ走る。


 人生100年時代の生き方が、問われています。 
  


Posted by 小暮 淳 at 12:02Comments(0)つれづれ

2019年12月16日

さよなら時間泥棒


 “スマホ断ち” をしている人 (男性・30代) の話を聞きました。

 彼は、それまでのスマホ使用時間が、1週間で27時間を超えていたと言います。
 ある日を境に、電話とメール機能以外は、スマホに触れないことにしました。
 そしたら、なんと! 1週間の使用時間は、たったの7分だったそうです。

 失った時間が、1日に3時間半以上も戻って来たことになります。

 大きな変化が、2つあると言います。
 1つは、奥さんの帰りが遅い日は、いつも外食をしていたそうですが、仕事帰りにスーパーに寄って、自炊をするようになりました。
 もう1つは、読書です。
 1年間で1~2冊だった読書量が、すでに1ヶ月で3冊の本を読んだと嬉しそうに話します。

 「不便ではないですか?」
 の問いに、
 「スマホを持つ前に戻っただけです。ネット検索や重要なメールのやりとりは、仕事場のパソコンでできますから」
 と彼は、“スマホ断ち” のススメをしています。


 その昔、洗濯は、たらいと洗濯板を使って、手で洗っていました。
 それが洗濯機の登場により、大変楽になりました。
 その昔、用件の伝達は、直接会いに行くか、手紙を出すしか方法はありませんでした。
 それが電話機の登場により、自宅に居ながらにして用を足すことができるようになりました。

 それだけではありません。
 冷蔵庫やガス湯沸かし器、クーラー、ファクシミリ、電子レンジなどなど、便利になることにより私たちは、それまでに費やしていた膨大な時間を手に入れてきました。
 便利になるとは、そういうことだったのです。

 ところが、ここに来て、真逆の現象が起きています。
 便利さが、人間から時間を奪っています。

 いま、“スマホ断ち” をする人たちが増えています。
 盗まれた時間を取り戻すために……


 僕はガラケーなので、10年前も今も、なんにも変わっていませんけど。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:52Comments(5)つれづれ

2019年12月08日

B・J & Y


 毎週、日曜日の朝を楽しみにしています。

 現在、新聞の朝刊を2紙、購読しています。
 販売店のサービスのようで、日曜日になると 「新聞でよみがえる不朽の名作マンガ」(スポーツニッポン新聞社) というタブロイド盤の週刊マンガが、一緒に折り込まれてきます。

 過去には 『課長 島耕作』 や 『キャプテン』 などが入ってきました。
 ふだんはマンガなど一切読まない僕ですが、新聞形式となると、ついつい読み出し、続きが気になり、愛読してしまいます。
 あくまでも、ついでの付録のようなもので、「とりあえず読む」 にとどまり、それがメインで夢中になって読むことはありませんでした。

 ところが!

 な、な、なくと、先月から手塚治虫の 『ブラック・ジャック』 の連載がスタートしました。
 『ブラック・ジャック』 といえば、マンガ少年ではなかった僕にとっては、数少ないコンプリート作品です。
 今でも書庫には、蔵書として全巻揃っています。

 なので、読もうと思えばいつでも読めるのですが、なかなか現在の日常の中では、そんな時間は訪れません。
 そんなときに突然、飛び込んで来た週刊の 『ブラック・ブラック』 です。
 日曜日の朝は、真っ先にページをめくるようになりました。

 今日の週刊3号の第1話は、「ピノコ再び」。
 名医、ブラック・ジャックの手により、畸形嚢腫(きけいのうしゅ) として生まれ、バラバラだった肉体が復元されて誕生したピノコの、おてんば話です。
 なつかしさから、夢中になって読みました。


 『ブラック・ジャック』 の連載が、週刊少年チャンピオンで始まったのは昭和48(1973)年でした。
 僕は中学3年生です。
 当時、小学校~中学校が一緒で、仲の良かった同級生にY君がいました。
 彼とは、マンガの貸し借りをしたり、また互いにマンガを描いて遊んだ幼なじみでした。

 そんな彼と学校の帰り道、将来の夢について語り合ったことがありました。
 「オレさ、ブラック・ジャックのような医者になりたいんだ」
 と言った言葉を、今でも鮮明に覚えています。

 もちろん、法外な報酬を要求する無免許医師になりたいということではありません。
 貧富の差に関係なく、困っている人を助ける医者になりたい、とのことでした。


 あれから月日は流れて数十年……

 50代になったY君と何年か前に、クラス会で再会しました。
 僕の開口一番は、「今、何してる?」 でした。
 当然、期待していた返事は 「医者」 でした。

 でも、違いました。
 もらった名刺には、某国立大学の研究室名が書かれていました。
 「難しそうな研究だね?」
 「ガンだよ」
 「すごいじゃないか! やっぱり、ブラック・ジャックになったんだ!」
 「いや、医者にはならなかった。ただの研究者だよ」

 後で知ったことですが、その部位のガン研究では、かなりの権威だということです。


 初志貫徹!
 ブレずに生きている彼を、僕は同級生として誇りに思っています。

 そして、毎週日曜日になると、彼のことを思い浮かべています。

 元気かい? Y君
 次回のクラス会で会えるのを楽しみにしています。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:19Comments(0)つれづれ

2019年12月06日

100人に1人


 毛虫、ゴキブリ、カマドウマ、らっきょう、セロリ、ブリーフ、ネクタイ、権力、組織…………
 世の中には嫌いなものが、あまたとあります。
 その中でもワースト5に入る大嫌いなものが、胃カメラです。

 まあ、大好きという人もいないでしょうが、とにかく僕は苦手です。
 過去に何回か経験していますが、毎年は行っていません。
 なんだかんだと理由をつけて、主治医の誘惑から逃げ回っています。

 でもね、いよいよ、逃げられなくなりました。
 「60歳過ぎて、まだ、やってないじゃないですか! 知りませんよ、後悔しても」
 なんて、毎月の問診のたびに、おどされていたのです。

 「分かりました。やりますよ、やります! ただし今回も鼻用のカメラで口からですからね!」
 と啖呵を切って、予約を入れました。

 その健診日が、今日でした。


 “鼻用のカメラで口から”
 これが僕の胃カメラのスタイルです。

 経験のある人ならお分かりでしょうが、最近は医療技術が進歩して、鼻から細い管を通して胃の内部が撮影できるようになりました。
 今は、こちらが主流です。
 口から行うより刺激が少なくて、不快な思いをしないとのことなので、僕も以前、試したことがありました。

 ところが、これがNG!

 鼻孔が狭過ぎて、管が入らなかったのです。
 「珍しいね。極まれにいるんだよね。100人に1人ぐらい」
 「僕は100人に1人の特異体質なんですか!?」

 結局、鼻用のカメラを使って、今回も口から入れて検査を行ったのでした。


 「あらら…」
 胃カメラを操作しながら、突然、医者がしゃべり出しました。
 「ゲェ(えっ)?」
 「画面、見えるかい?」
 モニターを見ろ、と言っているようですが、僕はそれどころではありません。
 涙は出るし、ヨダレは垂れるし、七転八倒中です。
 「グァグァグァグァ(ダメです)」

 “逆流性ナンチャラ” という言葉が聞こえました。

 「お酒、やめるんだね」
 「ゲェーーー(えーーー)!」
 「これじゃ、胃もたれしているでしょう?」
 「ゲゲ(ええ)」
 「じゃあ、やめるんだね」
 「グァグァグァ(イヤです)」

 そしたら、「無理にしゃべらなくていいよ」 ですって。
 話しかけてきたのは、先生からですからね!


 検査後、診察室にて。
 「だいぶ胃の入口が荒れてますよ」
 と言いながら、紙に胃の絵を書き出しました。
 「ここが、こーで、ここが、こーなっているんだよ」
 「はい」
 「だからね、お酒はやめましょう!」
 「イヤです!」
 
 ここから僕の反撃が始まりました。
 「先生、僕は 『ぐんまの地酒大使』 なんですよ。地酒大使が酒をやめるわけには、いかないでしょう!!!!」
 すると先生も分かってくださったようで、
 「はい、それでは自己責任でお願いいたします。お大事に」
 と、診察室から追い出されてしまいましたとさ。


 酒を取るべきか? 健康を取るべきか?

 でもね、100人に1人くらい、医者の言うことを聞かない患者がいてもいいんじゃないですかね。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:00Comments(3)つれづれ

2019年12月05日

2つの共通点 ~ノーベル賞はもらえなくても~


 数日前の毎日新聞に、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんのインタビュー記事が掲載されました。
 幼少のエピソード、科学に興味を持ったきっかけ、科学者としての苦悩や喜び、そして次世代を担う子供たちへのメッセージがつづられていました。

 一介の僕が、こんなことを言うのもおこがましいのですが、記事を読んでいて吉野さんとの共通点を2つ見つけました。

 1つは、小学生の時に先生から薦められて、ファラデーの 『ロウソクの科学』 を読んだこと。
 感想文を書いた記憶はあるのですが、どんな内容の本で、どんなことを書いたのかは、まったく覚えていません。
 吉野さんは、この本が科学への興味の始まりだったといいます。

 この辺が、凡人との差であります。


 もう1つは、“人生35歳説” です。
 吉野さんは、こんなふうに話しています。
 <人生の中で自分の力で何かをやることができる年齢は35歳くらいだと思う。成果を出せというわけではなく、あくまでスタートという意味で。>

 吉野さんがリチウムイオン電池の研究をスタートさせたのが33歳でした。
 ノーベル賞を受賞した人が研究を始めた平均年齢も35歳だといいます。

 <社会の仕組みもある程度わかって、そこそこの権限もついて、一発ここで何かやろうと。そのくらいの年齢なら、万が一、何かやらかしたとしても、もう一回くらいリカバリーのチャンスもあるでしょう。思い切ったリスクをとって挑戦できる、人生で一番いい時期だと思う。>


 これには、僕も納得です。
 やっぱり、吉野さんと比べてはおこがましいのですが、僕も30代半ばが人生のターニングポイントでした。
 会社勤めを辞めて、フリーランスの道を歩み出しました。

 以前、僕はブログでも、「30代に見る夢」 と題して、こんなふうに書いています。
 <30歳を過ぎて見た夢は叶えるべきである。叶えることが夢を見た自分への責任だから>
 ※(詳しくは当ブログの2012年5月11日 「30代に見る夢」 参照)


 吉野さんは最後に、こんなエールを送っています。
 <だから子どもさんに伝えたいのは、35歳という大事な時期をいずれ迎えるので、その間にいろいろ勉強して経験し、エネルギーをためておいてくださいということ。35歳になったら一気に吐き出すんです。>


 その通り!
 30代よ、大志をいだけ!

 と、凡人の僕も思います。
 共通点はあったのですが、その後の人生が大きく違うのが、凡人が凡人たるゆえんなのであります(残念!)。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:01Comments(0)つれづれ

2019年11月25日

昭和を飾ったベストセラー


 だいぶ秋も深まってきました。
 みなさんは、どのように夜長を過ごしていますか?

 僕は、もっぱら読書三昧です。
 といっても、そのほとんどが仕事の資料読みですけどね。
 テーマが決まると、取材に入る前の予備知識として、関連本を図書館でドッサリと借りてきます。
 ですから一日の大半は、これらの本の読破についやしています。

 純粋に趣味としての読書となると、若い頃のほうが読んでいました。
 今でもミステリーやエッセイが好きで、寝る前にベッドの中で読んだりしますが、読み切るのは月に1~2冊程度です。
 それも、すべて文庫本です。
 ぷらりと古本屋に寄った時に、まとめ買いをしておいて、気が向いたときに読んでいます。

 ベストセラーや話題の新刊本となると、滅多に手に取りません。
 でも先日、新聞の書評で取り上げられていた本を、珍しく即行買いしました。

 本橋信宏・著 『ベストセラー伝説』(新潮新書)


 昭和の時代にベストセラーとなった雑誌や書籍の舞台裏を明かしたノンフィクションです。
 「冒険王」 や 「少年チャンピオン」、「科学」 と 「学習」、「平凡パンチ」 に 「週刊プレイボーイ」 から受験生御用達の 「赤尾の豆単」 や 「でる単」 まで、60年代から70年代にかけて青少年を夢中にさせたベストセラーの企画と販売の裏側が次々と暴露されます。

 僕なんか、ドンピシャ世代ですからね。
 「科学」 と 「学習」 は、小学校に毎月販売に来た学習雑誌です。
 付録が楽しみで、僕は 「科学」 を購読していましたが、お金持ちの家の子は、両方購読していて、とてもうらやましかったのを覚えています。

 「平凡パンチ」 と 「週刊プレイボーイ」 には、大変お世話になりました。
 たぶん同世代の男子は、当時、みんなお世話になったと思います。
 (ゴールデンハーフの水着写真を切り抜いて、壁に貼っていた記憶があります)

 そして、僕が一番なつかしかったのが、ポプラ社の 「少年探偵シリーズ」 です。
 江戸川乱歩の少年向け作品で、小学校の図書館には全巻揃っていました。
 「怪人二十面相」 「妖怪博士」 「青銅の魔人」 「一寸法師」 などなど、今でもタイトルを覚えています。
 放課後は、真っ先に図書館へ駆け込んで、本好きの同級生らと取り合いです。
 「ああ、それ、オレが借りようと思ったのに! チェッ、次、オレだからな。予約!」
 なんて、いいながら、学校帰りに読んだ本の感想を話しながら歩いたものでした。


 その当時の思い出もよみがえりつつ、なぜ小学校で売られていたのか? 素人の女の子をどうやってヌードにしたのか? など、「へー、そうだったんだ」 と思わずうなってしまう秘話が満載です。
 著者のノンフィクション作家も僕と同世代です。
 だからリアルなんでしょうね。

 秋の夜長に、おすすめの1冊です。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:11Comments(0)つれづれ

2019年11月21日

知らないほうがいい


 作家の横山秀夫さんとは、直接、お会いしたことはないのですが、その昔、僕が編集人をしていた雑誌で、インタビュー取材をしたことがありました。
 地元の新聞記者だったこともあり、また群馬在住ということもあり、とても親近感を抱いていた作家さんです。
 小説もデビュー作の 『ルパンの消息』 から、すべて読んでいました。

 そんな横山さんを、より身近に感じたのが、雑誌で取り上げたインタビュー記事でした。
 出来上がった誌面を見て、驚きました。
 仕事部屋に写っていたワープロが、僕が使用しているものと同メーカー同機種だったのです。

 「横山さん、これで原稿を書いてるの?」
 担当ライターに訊ねると、
 「はい、しかも、メールではなく、わざわざプリントアウトして、ファックスで送っているらしいですよ」

 同じだ! 同じだ! 僕と同じだ~!!
 と、その時は、大作家と同じワープロを使って原稿を書いているというだけで、大変喜んだものでした。


 現在、横山秀夫さん原作の映画が全国公開中です。
 歌手の山崎まさよしさん主演の 『影踏み』。
 “オール群馬” で撮影された映画ということもあり、県内では話題になっています。

 ということで、さっそく僕も観てきました。

 ノビ師と呼ばれる泥棒(忍び込みのプロ) が主人公の犯罪ミステリーです。
 事件が事件を呼びさます、スリリングな展開に引き込まれました。
 恋人役の尾野真千子さん、大好きな女優です。
 若手俳優の北村匠海さんの演技も光っていました。

 脇をかためる俳優陣も豪華です。
 大竹しのぶさん、下條アトムさん、根岸季衣さん、鶴見辰吾さん、滝藤賢一さん……

 作品としては、申し分ありませんでした。


 でも……
 何か違和感を感じたのです。
 同じ違和感を、以前にも感じた映画がありました。
 『そして父になる』 でした。

 そうなんです、この映画も群馬ロケの多い作品でした。
 知っている場所が多過ぎて、作品に集中できないという違和感です。

 場所を知っているため、場面の位置関係と距離感が気になってしまいます。
 ドキュメントじゃないんだから!と分かっていても、場面が変わるたびに 「あっ、ワープした」 なんて思ってしまいます。

 中でも一番違和感を感じてしまったのが、たびたび登場する前橋市内の中心商店街でのシーンです。
 「あれれ、通行人が、いっぱいいるぞ!」
 と気になってしまい、映るたびにスクリーンの中を目が泳いでしまいました。

 全部、エキストラなんですよね。
 実際には休日でも、あんなに人は歩いていませんもの。


 映画はロケ地を知らないほうが、楽しめますね。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:39Comments(0)つれづれ