温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年02月13日

どこかで 誰かが⑫ 縁は異なもの


 「やっとお会いすることができました。グリーンドームで講演をなさりましたよね? お話に大変感動しました」


 今日、僕は久しぶりにオヤジを見舞いに、施設を訪ねました。
 ちょうど3時のおやつの時間で、オヤジはベッドで半身を起き上がり、若い介護師の男性に、ゼリー状のお菓子をスプーンで、やしなってもらっていました。

 彼は僕と会うなり、4年前の秋にヤマダグリーンドーム(前橋市) で開催された 「ぐんまリビングフェア」 の話をし出しました。
 「確か、石田純一さんのトークショーの前でしたよね。お名前と介護のお話を聞いて、すぐに小暮さんの息子さんだと分かりました」

 そうなんです。
 そのイベントで、なぜか僕は俳優でタレントの石田純一さんの前座を務めたのでした。
 しかも話のテーマは温泉ではなく、“介護” です。
 演題は 『不孝をすると親は長生きをする』。
 当時、在宅介護をしていた両親の苦労話や笑い話をさせていただきました。
 ※(当ブログの2015年10月15日 「2つのセミナー」 参照)

 「えっ、あの時、会場にいたのですか?」
 「はい、実は家族と石田純一さんを見に行ったんですけどね」
 「でしょうね(笑)」
 「いえ、感動しました。小暮さんの話に! 偶然にも私は小暮さんのご両親を担当していたものですから」


 なんて縁とは、異なものなのでしょうか。
 両親がデイサービスやショートステイでお世話になってる施設の介護師さんが、その両親の介護話をしている僕の講演を聴いていたなんて!
 そして今、僕の目の前で、その介護師さんは、僕と話をしながらも、オヤジに食事をさせてくださっているのです。

 「こちらこそ、両親が大変お世話になっています。いつもありがとうございます」
 そう礼を言って、オヤジを見たとき、ふだんは無表情のオヤジが、かすかに微笑んだように見えました。
 自分のことを話していることが、分かったのかな?

 たぶん気のせいだと思います。
 重度の認知症を患っているオヤジが、分かるわけがないのです。
 でも、なぜか笑ったように見えたのです。


 じいさん、良かったね。
 いい人に介護してもらえて!
   


Posted by 小暮 淳 at 20:58Comments(2)つれづれ

2019年02月12日

ご褒美の行方


 定年退職を迎える友人が、新車を購入しました。
 なんでも、長年勤め上げた自分への “ごほうび” なんだそうです。
 驚いたのは、その金額です。
 600万円!
 ま、価値観は人それぞれですから、その金額が高いのか、安いのかは、一概には申しません。
 が、「車は動けばいい」 と中古車を日々乗り回している僕からしたら、ただただ驚くばかりであります。


 もう、何年も昔のことですが、法要の席で、いとこの男性から、こんな話を聞きました。
 彼は定年退職を機に、新しい趣味を始めることにしました。
 「若い頃さ、カメラが好きだったんだよね」
 と退職金をつぎ込んで、最新のカメラと機材一式をそろえたと言いました。

 それから数年経った法要の席でのこと。
 「そういえば、カメラはどうなりました。撮ってますか?」
 と問えば、意外や意外。返ってきた言葉は、
 「いやね、始めてはみたんだけどさ。何を撮ったらいいのかが分からなくてね」
 結局、2、3回撮影に出かけただけで、趣味は終わってしまったとのことでした。

 時間とお金はあっても、“情熱” は手に入れられなかったということでしょうか?


 はてさて、気になるのは、友人です。
 ピカピカの新車に乗って、どこへ行くのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 11:45Comments(0)つれづれ

2019年02月08日

こんな世の中だから


 高田純次、所ジョージ、柳沢慎吾、勝俣州和

 彼らに共通するのは、“無駄に明るい” こと。
 そして、僕の敬愛するタレントさんです。


 <努力してでも軽く生きる>
 これは僕の座右の銘の一つです。
 作家でタレント、元東京都知事の故・青島幸男氏の言葉です。
 初めて、この言葉を聞いたとき、落雷に打たれたほどの衝撃を受けました。

 だって若い頃、僕は自分の “軽さ” を嫌っていた時期がありましたから。
 どうにか、払拭したかったのです。


 幼稚園でのアダナは、「太陽ちゃん」or 「おてんとうくん」 でした。
 えくぼがあって、いっつもニコニコしていたからです。
 小学校から中学にかけては、その明るさと賑やかさに拍車がかかり、教師からは 「便所の100ワット」 なんて呼ばれていました。
 無駄に明るく、さわがしい存在だったようです。

 高校生になると、これに “いい加減さ” が加わります。
 現実逃避が、はなはだしく、夢想家なことから、友人たちからは 「楽天貴族」 などと揶揄され、からかわれていました。
 本人は、いたって真面目だったんですけどね。
 他人には、お調子者に映っていたようです。


 大人になると、この “軽さ” が、何かと邪魔します。
 一歩間違えれば、“落ち着きのない人” と捉えられ、信憑性に欠ける人格と評価されかねません。
 だから大人っぽく見られるようにヒゲを生やしてみたり、教養が増すように無理して外国語のスクールに通った時期もありました。

 でもダメなんです。
 持って生まれた性格は、大人になってからでは、そうそう直りませんって!


 そんな時に出合ったのが、青島氏の言葉です。
 <努力してでも軽く生きる>
 「これだ!」 と思いました。
 他の努力は苦手でも、この努力ならできるぞ!
 と、一瞬にして、人生が開けた思いがしたものです。

 難しい顔をして、悩んでいるふりをしているより、明るく生きてるほうが楽しいですものね。
 もっともっと、軽~く生きたいと思うようになりました。


 いじめ、虐待、あおり運転、ストーカー etc
 殺伐とした世の中では、それらが自殺や殺人までも招いています。

 だから、もっと軽く生きましょうよ!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:16Comments(0)つれづれ

2019年02月01日

恋のおまじない


 「ア、キ、ス、ト、ゼ、ネ、コ」

 いつからかは判然としないのですが、何年も前のある日、突然、この呪文のような言葉が脳裏によみがえりました。
 どこかで、聞いたことがあるのです。
 それも、遠い昔の記憶の奥のほうで眠っていたフレーズです。

 「ア、キ、ス、ト、ゼ、ネ、コ」

 なんだっけ?
 女の子が使っていたような……
 でも僕も知っているんだから、男の子もたまには使っていたのかもしれない。
 何かの遊びの時に歌う唄の一節かもしれない……

 ♪ せっせっせーのよいよいよい
 ♪ ずいずいずっころばしごまみそずい
 ♪ おちゃらかおちゃらかおちゃらかほい
 ♪ じゃんけんぽっくりげたひおりげた
 ♪ ゆうびんやさんのおとしもの

 いくつかのなつかしいフレーズが浮かびますが、それらは、どんな遊びかも同時に思い出せます。
 なのに、この呪文のような言葉だけは、何年経っても思い出せませんでした。


 ところが!
 ある日、突然、ひらめいたのです。
 「きっと、何かの頭文字だ!」
 すると、今までのナゾが、するすると解け出しました。

 「ア」=愛してる
 「キ」=嫌い
 「ス」=好き
 「ト」=友だち
 「ゼ」=絶交
 「ネ」=熱愛
 「コ」=恋人

 これは、恋のゆくえを占う “おまじない” だったのです。

 でも、ここから先が、どうしても思い出せません。
 この “おまじない” を、どのように使った遊びだったのか?

 どなたか、知りませんか?

 ま、知ったところで、この歳になって占う相手もいないんですけどね(笑)。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:19Comments(2)つれづれ

2019年01月28日

空っ風と人情


 今の季節、北陸や東北から群馬を訪れた人と話すと、決まって、こう言われます。
 「よっぽど、群馬のほうが寒いですよ」
 なんでも、雪は一度降ってしまえば、無風の日が多く、体感は、さほど寒くないといいます。

 比べ、群馬は、この時期、名物の “空っ風” が吹きます。
 空っ風とは、シベリア方面から水分を含んだ北西の風が、日本海側で雪を降らせた後、乾燥した冷たい風となって上越国境の山々を越えて関東平野に吹き降ろす風のことです。
 特に、前橋市や伊勢崎市は赤城山のふもとにあり、関東平野の始まりに位置しています。
 そのため 「赤城おろし」 と呼ばれる空っ風界の横綱級の強風が吹き下ろすのです。
 風速1メートごとに体感温度は1度下がるといわれていますから、この風の強さには、雪国の人でも音を上げてしまうということです。


 でも、前橋に生まれ育った僕には、なんだか最近の空っ風は、昔に比べたら弱くなっているように思えるのですが、気のせいでしょうか?
 「昔は、こんなもんじゃなかったよ。自転車がバタバタと、なぎ倒されたもんだ」
 という先輩たちの意見もあり、やはり気だけのせいではなさそうです。

 以前、赤城南面で大凧(おおだこ) を揚げる 「凧の会」 の人たちを取材したことがありました。
 20畳以上もある大凧を制作し、空っ風を利用して飛揚している人たちです。
 その時、代表の方から大変興味ある話を聞きました。

 蔵から、大正時代に作られた大凧が発見されたといいます。
 さっそく、会で組み立てて、飛ばそうと試みたそうですが、重た過ぎて現在の風では、飛ばなかったようです。
 「昔は今よりも、よっぽど風が強かったんだいね」
 そう言って笑った顔が、なんとも印象的でした。


 そういえば、雷も少なくなりました。
 僕の子どもの頃は、夏は毎日決まって、夕立が来ましたもの。
 そして夕立が通り過ぎたあとは、グ~ンと気温が下がり、とてもしのぎやすかったのを覚えています。
 これも地球温暖化の影響なんでしょうか。

 『雷(らい) と空風(からっかぜ) 義理人情』

 ご存じ、「上毛かるた」 の 「ら」 の札です。
 昔から “義理人情にあつい” といわれてきた群馬県人の気質を、気象現象の雷と空っ風にたとえて読み込まれています。


 こちらは、いかがでしょうか?
 雷と空っ風は、めっきり弱くなりましたが、上州気質は、まだ健在なんでしょうか?
 気になるところです。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:05Comments(0)つれづれ

2019年01月26日

インフルの壁


 <前橋の特養 5人死亡>
 <前橋の病院 1人死亡>
 そして、「集団感染」 の文字。

 連日、新聞では猛威を振るうインフルエンザのニュースを報じています。
 しかも、身近なエリアで発生しています。
 ご多分に漏れず、我が家にも影響が出始めています。


 僕は、かれこれ3週間以上も両親に会っていません。
 オヤジは昨年暮れから市内の病院に入院しています。
 オフクロも同じ敷地内にある関連のリハビリ施設に入所しています。
 正月に、家族で会いに行ったのが最後です。

 原因は、インフルエンザの流行!
 病室への面会が不可となってしまいました。
 着替えや洗濯物の受け取りは、1階の受付で済ませています。


 先日、長男が写真を持ってきました。
 正月に撮った、孫やひ孫らに囲まれたオフクロの写真です。
 中央で、車イスに乗って、嬉しそうに笑いながら写っています。

 さっそく、写真を見せてあげようと思い、届けに行ったのですが、案の定、病室までは入れませんでした。
 仕方なく、職員に手渡し、会えずじまいで帰って来ました。


 はーるよ、こい。はーやく、こい。

 もう少し暖かくなれば、規制も解除されることでしょう。
 そしたら、また孫、ひ孫らを連れて、元気な顔を見に行こうと思います。

 じいさん、ばあさん!
 それまで、達者で暮らせよ~!!
   


Posted by 小暮 淳 at 13:56Comments(0)つれづれ

2019年01月16日

働かない理由


 蛙の子は蛙、鳶が鷹を生む……

 とかく親子は、似てても似ていなくても、比べられるものです。
 トンビがタカならいいが、タカだと思っている親からトンビが生まれてくると、時に悲劇が起きます。

 また、イヤな事件が起きました。
 20代の若者が父親に、定職に就かずにいることをとがめられ、刺し殺したといいます。
 世の中には、その逆のパターンもあったりして、親子間の問題というのは、他人には計り知れないのであります。


 僕の場合も、加害者の若者と同じ状態でした。
 20代半ばで夢敗れ、一時、実家に居候していた時期がありました。
 無職のフリーターです。
 でもオヤジもオフはロも、不思議と 「定職に就け」 とは言いませんでした。
 「息子には、息子の考えがあるんだろう」
 と、黙って見ていてくれたようです。

 そんな両親に育てられた僕は、自分が大人になってからも、子どもたちに一切の価値観を強制しませんでした。
 「勉強しろ」 とか 「勉強しているか」 も、一度も言った記憶がありません。
 それより、生涯 “夢中になれるモノ” を探し当ててほしいと思っていました。


 忘れられない出来事があります。
 長男が大学4年生になった春のことです。
 スーツ姿で玄関に立っていました。

 「なんだい、その格好は?」
 「就職活動に決まっているじゃないか!」
 「今からか?」
 「遅いぐらいだよ」

 就職活動なんてしたことない僕には、そこまでして働きたい理由がわかりません。
 「まだ、いいんじゃないの?」
 「……」
 「卒業したらさ、しばらくバイトでもしながら、世界の国々を回るなんていうのも、いいんじゃないのかな……」
 僕が言い終わらないうちに、
 「そうは、いかないんだよ!!」
 と、ピシャリと言葉をさえぎって、出て行ってしまいました。

 その後、会話を聞いていた家内に、こっぴどく叱られたことは言うまでもありません。


 でもね、それで、いいと思うんですよ。
 親子であっても、人それぞれですからね。
 子の人生は親の人生じゃないし、親の人生だってしかり。
 互いの生き方を認め合うことのほうが、大切だと思うのです。

 ただ、ついつい立場的に、親は子に苦言を申してしまうものなのです。
 加害者の若者も、我が家に生まれてきていたら、そのまま放っといてあげたのにね。

 ただね、親を殺すことはないんじゃないかな!
 彼は、無職でいる理由を、ちゃんと父親に説明すべきだったのです。
 少なくとも僕は、親に “夢” を語っていましたよ。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:45Comments(0)つれづれ

2019年01月14日

スマホを忘れただけなのに


 「最悪~! ああ、人生、終わりだ~!!」

 昨晩遅く帰って来た次女が、リビングに入るなり床に倒れ込み、頭を抱えて叫び出しました。
 何事かと思い、駆け寄る父 (僕です)。

 「スマホを忘れた~! 友だちの車の中。すぐに気が付いて追いかけたけど、行っちゃった~!!」


 なーんだ、そんなことかと、安堵する父。
 でも、その 「なーんだ」 が娘には気にさわったようで、
 「なんだじゃないよ。ああ、もう生きていけない」
 と、のた打ち回るのです。

 「ちょっと、冷静になれ。友だちが、すぐに気づいてくれるさ」
 「気づかないよ、後部座席だもの」
 「だったら、その友だちに電話すればいいじゃないか?」
 「知らないもの」

 だよね。
 昔だったら電話帳に書きとめていたけど、ケータイになってからは、確かに電話番号を控えなくなってしまっている。
 家族の番号だって、覚えていないものね。
 そりゃあ、仕方がないか。

 「だったら、自分のケータイに電話してみろ! 友だちが気づいてくれるかもしれないじゃないか?」
 「きっとダメだよ。マナーモードになってるし……」
 と言いながらも立ち上がり、固定電話のプッシュボタンを押し出す娘。
 (自分の番号は、覚えているようです)

 「やっぱりダメだよ。出ないよ。あああああーーーー! どうしよう」
 「どうしようって、失くしたわけじゃないんだろ。どこに置いてきたか分かっているんだから、明日になけば気づいてくれるよ」
 「じゃあ、それまで、どーすんのよ~!?」
 「どうするのって、待っていればいいじゃないか」
 「そんなの、死んじゃううううう!!!」

 娘は完全なる “スマホ依存症” のようであります。
 ガラケー人間の父には、ここから先は、まったく理解不能となりました。


 しばらくして娘は、またコートを羽織ると、出かけようとしています。
 「こんな遅くに、どこ行くの?」
 「その友だちの家」
 「なーんだ、知っているのかよ」


 娘が車で出て行って、30分ほどした頃。
 僕のケータイの着信音が鳴りました。
 娘から、<携帯無事>  の文字。

 人騒がせな娘である。
 たかがスマホを忘れたぐらいで……
 と思ったけど、いやいや、きっと、こんな出来事が毎日、日本中で起きているんだろうなと、つくづく考えさせられた夜でした。
 便利な世の中になったけど、なんだか人の心は不便になってしまいましたね。

 <良かったね>
 とだけ返信して、僕は眠りに就きました。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:56Comments(2)つれづれ

2019年01月13日

謎の空飛ぶネズミ


 またもや見てしまいました。
 しかも、今回は真っ昼間です。


 読者のみなさんは、覚えていますか?
 僕が過去に、2度も “妖精” に出遭った話を……。
 ※(当ブログの2010年11月16日 「妖精目撃」、2018年8月15日 「妖精ふたたび」 参照)

 でも、“妖精” の場合は、2度とも目撃したのは夜でした。
 そしてサイズは、ピンポン玉くらいの小さな物体でした。
 しかし今回、僕が出遭った生物(?) は、昼日なた、太陽の光を浴びながら、悠々と浮遊していたのです。
 サイズは、ティッシュボックスくらいの大きさがありました。


 数日前の昼下がりのこと。
 家の近くのコンビニへ買物に行った帰り道です。
 自転車を漕いでいると、僕の目の前を黒い影が、ゆっくりと横切って行きました。

 最初は、「鳥だ!」 と思いました。
 そう思ったのは、シルエットが流線型で、尾が見えたからです。
 でも次の瞬間、「あっ、羽がない!」 ことに気づきました。
 そして、よく見ると、尾が鳥のものではありません。
 そう、ヘビのようにヒョロリとした細長い棒状だったのです。

 だから、例えるならば、「空飛ぶネズミ」 のような物体です。


 高さは、地上3mほど。
 自転車に乗った僕が見上げた先を、ゆっくりと右から左へ水平に移動して行きました。
 道を横切って渡り終えた後は、民家の庭に入り込んでしまい、姿を見失ってしまいました。

 はて、この生物(?) は、いったい何なんでしょうか?

 黒い妖精?
 それとも妖怪の一種?
 はたまた、小さなUFOでしょうか?


 同じモノを見たことがあるという方、ご一報ください。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(0)つれづれ

2019年01月05日

ノンストップ・ライフ


 今年も、たくさんの年賀状が届きました。
 最近は、メールやラインで済ませてしまう人が多いようですが、やはり年賀状はお正月気分を盛り上げてくれます。

 今年は初めて、<今回で賀状の交換は終わりとさせていただきます。> と添え書きされた年賀状がありました。
 高齢化社会の表れなんでしょうかね。
 でも反面、以前に比べたら手書きの年賀状が増えています。
 直筆で、一筆添えられていると、うれしいものです。


 相変わらず、一番多かったのは仕事関係からです。
 その大半は、旅館や協会などの温泉関係者です。
 特に、昨年末に、日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産に登録しようという動きが群馬県から立ち上がったこともあり、この件に触れたコメントが多々ありました。

 個人的な内容では、「ブログ、読んでます」 が一番多かったですね。
 「介護、頑張ってください」 とか 「うちも介護中なので、ブログを読んで元気をもらっています」とか、何十年も会っていないのに、一方的に近況を知られているというのも不思議なものです。


 そうそう、今年初めてのコメントというのが、もう1つありました!
 「定年退職しました」 と 「定年退職します」 です。
 どちらも同級生です。
 ついに、キターーーッ!という感じ(還暦だものね)。

 で、年賀状を手にして、思い浮かんだのは、舘ひろし主演の映画 『終わった人』 であります。
 確か、映画のセールスコピーは、<夢なし、趣味なし、仕事なし> だったような。
 でも、フリーランスで生きる僕からしたら、うらやまし~い!
 だって、夢がなくても、趣味がなくても、仕事をしないで暮らせるだけのお金があるっていうことですもの。
 同じ還暦でも僕の場合は、<夢あり、趣味あり。でも働かないと、お金なし> ですから。

 さらに、その状態が一生、死ぬまで続きます。
 いうなれば、“ブレーキのない車” を運転しているような人生なのです。


 ただね、うらやましいだけではないんですよ。
 一抹の心配もしています。
 「第2の人生は決まっているの?」 「これから先の人生は長いんだぜ!」 「やることなくてボケるなよ!」 ってね。
 まあ、大きなお世話でしょうけど……

 今から来年の正月が楽しみです。
 彼らの年賀状には、なんて書かれているのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 19:56Comments(0)つれづれ

2019年01月04日

時の贈り物


 元日の午前中のこと。
 2階の仕事部屋で、年賀状に目を通していると、ノックの音が。
 「えっ、誰だ?」
 一瞬、戸惑う僕。
 というのも、同居している家内も次女も、滅多に僕の部屋には来ないからです。

 ドアを開けると、長男でした。
 「あれ、早いな。みんな集まるのは、昼からだろう?」
 「ああ、これをお父さんに渡そうと思って」
 彼から小さな紙袋を手渡されました。
 中には、四角い箱が入っています。

 「えっ、なんだい?」
 「遅くなったけど、還暦祝い」
 とは、驚いた。
 僕の息子とは思えぬ、殊勝な心がけだこと。

 「お父さんは、時計なんてしない人だと知ってたんだけど。何がいいか分からなくて。これなら電池交換も時刻合わせも、半永久的に不要なやつだから」
 箱を開けると中には、僕にはもったいないほどの、立派な腕時計が入っていました。


 息子は父親のことを、見ていないようで、ちゃんと見ていたのですね。
 そうなんです。
 僕は25年前に会社勤めを辞めた時、ネクタイと時計を身に付けることをやめました。
 “人にも時間にも縛られたくない” という理由からです。

 それを知っていて、あえて息子は僕に時計を贈ってくれたのです。
 「ありがとう……」
 そのあとに、言葉が続きません。
 なんと言えば、いいのだろう?
 <これを機に、使わせてもらうよ>
 と言えば、ウソになります。

 考えたあげく、出てきた言葉が、
 「ちょうど良かった。近々、講演会があるから、これをして行くよ」
 「講演会?」
 「ああ、講演の途中で残り時間を確認するのに、いつも不便をしていたんだ。これは助かる」
 いつもは時間を気にしない僕も、講演中だけは時計を見ます。
 今までは、会場の壁時計を見るか、卓上用の小さな置時計を持って行ってました。

 「これなら、話しながら時間を見ることができて便利だ。ありがとう!」
 「うん、なら、良かった」
 その後、息子は説明書を広げて、簡単に使い方を教えてくれました。


 翌日のことです。
 バンドのサイズ直しのために、息子に言われた店に、時計を持って行きました。
 すると、いきなり店員から、
 「小暮様ですね。息子さんからの還暦祝いの品ですね。このたびは、おめでとうございます」
 と言われてしまいました。さらに、
 「私が担当いたしました。これは、とっても良い品ですよ。親孝行な息子さんですね」
 なんて言われては、居ても立ってもいられません。
 恥ずかしいや、照れるやら……。  
 時計を預けると、ほうほうのていで、店を飛び出してしまいました。

 たかが還暦なのにね。
 新年早々、息子からお年玉をもらうとは思いも寄りませんでした。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)つれづれ

2019年01月02日

年頭所感 ~七人の孫とひ孫~


 明けまして おめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 ということで、2019年がやって来ました!
 2019は、ズバリ 「フロイク」 ですからね。
 さっそく、近くの日帰り温泉施設で、ひと風呂浴びてまいりました。

 ところで、みなさんは、どんなお正月を過ごしていますか?
 僕ですか?
 ええ、まあ、なんというか、“らしくない” というか、ニガテな雰囲気の中にいます。
 たぶん、照れくさいんでしょうね。一家団らんっていうやつが……。

 アウトローを気取って生きてきたのと、子どもたちの結婚が早く、昔から家族が一堂に会することのない家だったもので、にぎやかな雰囲気に慣れていないというのが本音です。
 でもね、こう見えても一応、一家の長ですから、正月くらいはデーンと構えて、みんなを迎えなくてはなりません。

 年に一度のことですが、長女夫婦と孫、長男夫婦と孫がやって来て、いきなり我が家は総勢9人の大家族になってしまいました。
 この時ばかりは、「ジイジ」 と呼ばれ、終始笑顔を振る舞っています。


 でも今年は、いつもの年とは、ちょっと違いました。
 例年ならば、我が家に集まった後に、僕の実家と家内の実家へ、あいさつまわりに出かけるのですが、今年は僕の実家へ行きませんでした。
 というのも、昨年から両親とも、施設に入ってしまったからです。
 ちょっぴり淋しい気もしますが、それはそれで楽になって良かったと思っていました。

 ところが、子や孫たちが、「おばあちゃんとおじいちゃんに会いたい」 「大きいばあちゃんと大きいじいちゃんに会いたい」 というものですから、元日から全員で施設へと向かいました。
 オヤジは認知症が重くて、誰一人分からないので、今回はパス!
 後日、個々に面会することにして、頭がしっかりしているオフクロのみ車イスに乗せて、みんなが待っているロビーへ移動させました。

 子、孫、ひ孫たちに囲まれ、全員と握手するオフクロは本当に嬉しそうでした。
 もちろん、最後は全員で集合写真を撮りました。


 車イスを押して、病室へもどると、オフクロは泣いていました。
 抱えてベッドに移し、寝かせると、さらにオイオイと声を上げて泣き出します。

 「みんなに会えて、良かったね」
 と言えば、思わぬ言葉が返ってきました。
 「生きてて、いいんだね」
 そして、こう続けました。
 「私は、ズーッと間違っていたよ。こんな体になって、お前たちに迷惑しかかけないから、生きている意味がないって思っていたんだよ。でも、いいんだよね。みんなに会うために生きていても」


 きっと、そういうことなんですね。
 「会いたい」 と思う人がいる限りは、生き続ける意味があるのだと思います。

 「来年の正月も楽しみだね。ひ孫が増えているかもよ」
 そう言って、僕は病室をあとにしました。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:57Comments(0)つれづれ

2018年12月31日

還暦からの風景 ~随想2018~


 今年も、いろいろなことがありました。
 民話の本を出版して、トークライブを行い、NPO主催によるパネルディスカッションを開催しました。
 カルチャーセンターの温泉講座、公民館での高齢者向けセミナー、各団体からの依頼による講演会の講師。
 そしてテレビやラジオへの出演。
 どれもこれも刺激的で、ライターという職業を超えた魅力ある活動ができた有意義な1年間でした。


 その中で、今年最大のニュースといえば、夏に誕生日が来て、“還暦”を迎えたことでしょうか!
 還暦ですよ~!!!
 まさか自分の人生に、やって来るとは、思いも寄らぬ二字熟語です。
 だって子供の頃、「60歳」 と聞けば、当然ですが、正真正銘の 「おじいさん」 でしたからね。
 間違っても、「おじさん」 とは呼んでもらえない年齢です。

 ところが、いざ迎えてみると、まったく自覚がありません。
 「おじいさん」 になった気がしないのです。
 ※(私生活では、孫が2人もいるジイジなんですけどね)
 でも60年間という時間の経過だけは感じます。
 そう、鏡を見たときです。

 「あっ、オヤジがいる!」
 朝、洗面所で顔を洗っていて、何度、驚いたことか……。
 まるで年寄りの “きぐるみ” を着た自分がいるようで、肉体の老化と精神の未熟とのギャップを感じる、今日この頃であります。


 でも、1つだけ良かったことがあります。
 それは、人生の視界が開けたこと。

 20代~30代は暗闇で、40代~50代は霧の中だったのに、五十路の急坂を上り切った途端に、パーッと周りの景色が一望できるようになったのです。
 それだけではありません。
 下をのぞくと、今まで歩いて来た道からスタート地点まで見渡せます。

 アップダウンの多い、石ころだらけの20代。
 クネクネと蛇行して、寄り道ばかりの30代。
 長い長い上り坂が続いた40代。
 そして、岩場が多かった急登の50代。

 今、僕の目の前には、ゆるやかな坂道が続いています。
 これならば、周りの景色を楽しみながら、ゆっくりと歩いて行けそうです。


 人生100年といいますが、きっとそれは、まれな人です。
 だから人生を登山に例えるならば、たぶん今は八合目あたりなんでしょうね。

 これからの人生で、できる事と、できない事ぐらい、この歳になれば分かります。
 もう、無駄に頑張ることは辞めました。
 でも、あきらめてはいません!


 来年は、どんな年になるのでしょうか?

 読者のみなさん、1年間お付き合いいただき、ありがとうございました。
 良いお年を、お迎えください。

        平成30年 大晦日  小暮 淳 
   


Posted by 小暮 淳 at 19:02Comments(2)つれづれ

2018年12月29日

冬の怪


 ギェェェェェェーーーーッ!!!!

 深夜の住宅街に大きな悲鳴が響き渡りました。
 僕の声です。


 昨晩のこと。
 駅から自転車を漕いで、我が家まで帰る道すがら。
 大通りを避けて、閑静な住宅地に入り込みました。
 大きな庭のある、しょう洒な白い家の角を曲がったときです。

 キキキキーーッ!
 急ブレーキをかけました。

 道路の真ん中に人が立っていたのです。
 それも、おばあさんです。

 それだけなら僕だって、驚きはしません。
 ただ、そのおばあさんの格好が、異様だったです。
 ガリガリにやせこけて、白髪が逆立っていました。

 何より不気味だったのは、下着姿だったということ。
 この真冬の寒空の夜に……。

 一瞬にして全身に鳥肌が立った僕は、脱兎のごとく、自転車を立ち漕ぎしながら、全速力で家まで帰りました。


 部屋に入り、一息ついたときです。
 ハテ、ナンダッタノダロウ?
 もちろん、幽霊ではありません。
 確かに、生身の老いた女性に見えました。
 でも、この世のものとは思えない、妖気が漂い、フラフラとよろけるように歩いていたのです。

 徘徊?
 そうだ、あのおばあさんは、認知症老人なんだ。
 風呂上りか、寝る前の着替えの最中、家族が目を離したすきに、外へ出てしまったのではないか?

 でも、寒くないのだろうか?
 それより、家族は、突然、姿を消したおばあさんを探しているはずだ。
 もう、見つかっただろうか?
 ならばいいけど、交通事故に遭ってはいないか?
 川や側溝に落ちて、ケガなどしてないだろうか?


 気が付いたら、おばあさんの顔と、リハビリ入院中のオフクロの顔が頭の中で重なっていました。
 そういえば、しばらく会いに行ってないなぁ。
 明日にでも会いに行ってこようか……

 あのおばあさんは、オフクロの生霊だったのかもしれませんね。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:03Comments(0)つれづれ

2018年12月25日

週に一度は 「ノースマホデー」


 今、ハマっているマイブームがあります。
 それは、“一人ド忘れゲーム”!

 テレビやポスターなどを見て、端から俳優やタレントなど有名人の名前を言うのです。
 はなから知らない人は、対象には入りません。
 その中で、「絶対、自分は知っているはず」 という人で、名前を思い出せない人がゲームの対象になります。

 「えーと、えーと、確か、最近のドラマに出ていたよな」
 とか、
 「ああ、オリンピックで金メダルを取ったスポーツ選手なんだけど」
 と、自分の脳を追い込んでいきます。
 早い時は数分後に、パッと思い出すこともありますが、2~3日抱え込むこともあります。

 でもね、思い出せた時の爽快感っていったら、ありませんよ!
 まるで、仕事を1本成しとげた時のような達成感と充足感があるのです。
 ま、本音を言えば、将来、認知症にならないための予防トレーニングなんですけどね。


 先日のこと、飲み屋のカウンターで、僕が思い出せずにいる女優さんの名前を、数名の常連客に訊いてみました。
 運悪く、一人も即答できる人はいません。
 ということで、“複数ド忘れゲーム” がスタート!

 「いたね、いたね、そんな娘が」
 「あれでしょ、突然、芸能界辞めちゃった」
 「ほら、顔は、出ているんだよ」
 と話は盛り上がり、ゲームは段々と面白くなってきました。

 と、その時です。
 カウンターの隅で聞いていた客の一人が、
 「○○××ですよ」
 と教えてくれました。

 「あー、そうだ、そうだ!」
 と一同、喜んだのも束の間、良く見ると、その客の手にはスマホが握られているではありませんか!
 一瞬、シラーっとした空気が、カウンターの上を流れて行きました。

 「あ、ありがとうございます……(でも、スマホ使うのはルール違反だからね)」

 便利になると、世の中は、つまらなくもなるのです。


 昨日の読売新聞に、人生相談の回答者でスポーツジャーナリストの増田明美さんが、今年を振り返って、こんなコメントを寄せていました。
 <人の目を気にしすぎて、他人と比べてしまう悩みが多くなりました。SNSなどの普及により、それが加速しているように思えます。「はみ出る勇気」 が必要な時代です。(中略) ネットにはいい面もたくさんありますが、時には 「ノースマホデー」 があってもいいのではないでしょうか。>


 週に一度は、ノースマホデー!
 現代人に必要かもしれませんね。

 ま、ガラケーの僕は、毎日が 「ノースマホデー」 ですけど……。 
   


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)つれづれ

2018年12月20日

NEXT STAGE


 「次のステージに進んだということだ」
 ため息まじりに、電話の向こうでアニキが言いました。


 オヤジは94歳、認知症歴約10年。
 それでも健康だけが取り得の元気な老人でした。
 しかし “老化” という自然現象にはあらがえません。
 ぜい肉がなくなり、筋肉がなくなり、年々、やせ細っていきます。

 この10年間、アニキと共同で、なんとか自宅で両親の介護を続けてきました。
 91歳のオフクロは、ひと足早く、自宅での介護が不可能になったため、今年の1月から施設に入所させましたが、オヤジはなんとか食事と排泄が自分でできていたので、デイサービスとショートステイを組み合わせながら兄弟で面倒を看ていました。

 が、その10年の在宅介護が終わろうとしています。

 今月初め、オヤジが高熱を出したため、大事をとって入院をさせました。
 熱は数日で下がりましたが、これまた大事をとって、検査も含めて2週間ほど入院を延長させました。

 すると、案の定、心配していたことが起きました。
 至れり尽くせりの入院生活で寝たきり状態だったため、筋肉は衰え、気力は失われ、言葉まで発しなくなってしまいました。
 当然ですが、食事は介助となり、排泄もオムツのみとなってしまいました。
 ここにきて、一気に老衰が加速してしまったのです。


 「こうなることは分かっていたんだ。だから、できればもっと早く退院させたかった」
 アニキの声に、ただただ僕はうなづくだけでした。
 結局、年内の退院はなくなりました。
 リハビリにより復活する日が来ることを、祈るばかりです。


 来年、生まれて初めて、オヤジもオフクロもいない正月を迎えることになりました。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:48Comments(2)つれづれ

2018年12月15日

すべて転じて福となせ!


 今年も 「今年の漢字」 が発表されました。
 「災」 だそうです。
 なんだか平成最後の年末には、ふさわしくないような漢字です。

 でも、この1年を振り返ってみれば、北海道の地震や西日本の豪雨など、自然災害のニュースが目立ちました。
 しかし、必ずしも 「災」 は天災ばかりではありません。
 人災も多くありました。
 パワハラによる暴力やいじめによる自殺、「あおり運転」 なんていうのも人災です。

 迎える新しい年は、災いが転じて、大いに福を招いてほしいものです。


 さて、僕も 「今年の漢字」 を発表いたします。
去年は 「活」、一昨年は 「奔」、その前の年は確か 「労」 でした。
 年々、元気な漢字になっているような気がしますが、はてさて、今年は……

 「話」 に決定しました!

 一番の要因は、今年8月に 『民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) という民話の謎学本を出版したことです。
 これにより、方々のマスコミから取材を受け、裏話など執筆のエピソードを話す機会が増えました。
 著書の発売を記念したトークショー、2週連続のFMラジオ出演も 「話」 であります。

 そのほかNHK総合テレビの全国放送出演や観光大使、温泉大使としての講演会の数々、NPOでのパネルディスカッションなど、すべて 「話」 です。
 ライブ活動でも、僕がバンドのMCを担当していますから、ここでも 「話」 となります。

 振り返れば1年間、まー、いろんなところで話してきたものです。
 本業は、ライター(文筆業) なんですけどね。
 「話」 には、書くよりも早く相手に物事を伝えられるという利点があるのです。
 一度、「話」 の楽を覚えてしまうと、ついつい書く前に話したくなってしまうのです。


 今年も残り2週間余りとなりました。
 みなさんは、どんな1年でしたか?

 良い年だった人も、悪い年だった人も、いつもと変わらない年だった人も、来年は、すべてを転じて福となしましょう!
  


Posted by 小暮 淳 at 17:39Comments(0)つれづれ

2018年12月10日

不便と不自由の選択


 <「休み時間になると、廊下に公衆電話の順番を待つ長い列ができるんです。昨年から急に生徒たちがポケベルを持つようになったんですよ。その前の年には、まったく見られなかった現象です。たぶんテレビドラマの影響でしょうけど、授業中には鳴らさないように注意しています」> (『上毛カルテ』(上毛新聞社) より)

 これは平成6年(1994) に、僕が雑誌の取材で専門学校教師にインタビューした時の記事です。
 今読むと、もはや平成というよりは、昭和に近いイメージがする現象です。
 たかが24年前のことなんですけど……


 先週、ソフトバンクに通信障害が発生して、利用者らが公衆電話に列を作るという “珍現象” が起きました。
 なかには 「初めて公衆電話を使った」 という若い人もいたりして、なんとも不思議な “時代回帰” を見た思いがしました。


 実は僕、いまだに携帯電話はガラケーです。
 持たない理由は、「必要ないから」 なのですが、できればケータイ自体も持ちたくありません。
 というか、そもそも “持たない派” だったのです。
 が、18年前、雑誌の編集人に就任した際に、無理やりに持たされたのでした。
 もちろん、抵抗はしました。
 でも、スタッフに、
 「分かりました。だったら一日中、外出しないで編集室に居てください。でないと連絡が取れません!」
 と言われてしまい、自由が欲しい僕は、泣く泣くケータイを持つハメになったのであります。

 便利なものは、一度持ってしまうと手放せません。
 だからスマホも、怖いのです。
 現在、スマートフォンの保有率は約75%だそうです。
 誰かに脅かされない限り、残り25%の少数派に居残るつもりです。


 そういえば身近なところに、携帯電話を一度も持ったことのない人がいました。
 僕の実兄です。
 そう、このブログにも時々登場する、両親の介護を共にしているアニキであります。

 彼が、いまだにケータイを持たない理由は、「必要ないから」 です。
 職業は、建築士。
 すべての連絡は、自宅と事務所の固定電話の留守番電話機能で済ましています。

 「不便ではないのか?」
 と問えば、
 「不自由ではない」
 と答えます。

 う、う、うらやましいーーーッ!!!!!

 そうなのです、“便利” の代償は “不自由” なのです。
 そろそろ現代人は、自分の価値観で生きる勇気を身に付けたほうが良さそうですね。

   


Posted by 小暮 淳 at 12:08Comments(2)つれづれ

2018年11月26日

ガンバレ! 人生百年


 去年よりも今年、先月よりも今月と、日を追うごとに急速に老化が進んでいます。
 僕の両親のことです。

 オフクロは91歳。
 脳梗塞と脳出血を患い、現在でもリハビリ施設に入院しています。
 体の麻痺や言語障害はなくなりましたが、体力が乏しく、寝たきりの生活を続けています。

 オヤジは94歳。
 この歳まで病気一つせず、生きてきました。
 健康がとりえの人でしたが、10年前から認知症が進んでいます。
 もう家族のことは誰一人分かりませんが、頭以外は “健康” なので、デイサービスとショートステイを組み合わせながら在宅介護をしています。

 ただ、肉体の老化は、凄まじいスピードで進んでいます。
 立つ、起きる、歩く、座るという動作は、一人ではできません。
 当然、介助が必要なのですが、いよいよ、介助付きでも危なくなってきました。

 段差があると足が上がらない、歩くのにも一歩がなかなか踏み出せない、何よりも立っているだけで膝から崩れ落ちてしまいます。
 「あー、疲れたよ」
 「疲れたって、今、立ったところだよ」
 「横になりたいよ。布団を敷いておくれ」
 「まだ昼間だよ。寝るには早いよ」
 「そうかい、オレは何をしらいいんだい?」
 そんな堂々めぐりの会話が、繰り返されます。

 でも、無理はありません。
 足を見れば、ガリガリですもの。
 太ももは、細ももです。
 ふくらはぎもありません。
 膝から下は、ただの棒のようです。

 これでは、歩くことも立つことも、できませんって!

 ただ、おかげさまで食欲だけはあります。
 食べて、寝て。起きて、食べて。そして、寝て。
 そんな毎日が、何年も続いています。


 オヤジ、人生百年時代なんだってさ。
 あと6年じゃないか!
 がんばろうぜ!
 もっと、足に筋肉を付けなくっちゃ!

 イッチニ、イッチニ、イッチニ……

 今日も僕のかけ声とともに、部屋からトイレまでの数メートルを頑張って歩いています。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:34Comments(0)つれづれ

2018年11月13日

あめ玉とえびせん


 「こんにちは。最近、おじいさんを見かけませんけど……」
 愛犬のマロ君を散歩させていると、近所の人から声をかけられます。
 「ええ、めっきり足が弱ってしまいましてね」
 「おいくつになられました?」
 「94歳になりました」
 「あれ、まあ、ご長寿ですこと。お元気なんでしょう?」
 「ええ、おかげさまで、頭と足以外は」


 終わりある介護生活も終盤を迎えています。

 オフクロは91歳。
 脳梗塞と脳出血の後遺症もあり、リハビリ施設に入院しています。
 まさに寝たきりの状態で、いつ訪ねていっても、爆睡状態です。
 声をかけても、体をゆすっても起きないことが多く、そんなときは、そっと着替えと洗濯物を交換して帰ってきます。

 オヤジは、相変わらずです。
 それでも1年前と比べると、確実に老化は進んでいます。
 完全に自力歩行ができなくなりました。
 足の筋肉が衰えてしまったようです。

 立ったり、座ったり、トイレへ行ったりは、介助なしでは動けません。
 以前のように徘徊する心配はなくなりましたが、依然、片時も目は離せません。
 自分は歩けると思い込んでいるので、一生懸命に立ち上がろうとします。
 ところが手も足も力尽きて、ゴロンと転倒します。
 そして、そのままカメのように起き上がることはありません。

 なので、片時も目が離せないのです。


 以前、ブログに 『キャラメル作戦』 というタイトルの記事を載せたところ、各方面から反響をいただきました。
 介護中、目を離したい時に、キャラメルやあめ玉をオヤジの口に入れて、時間を稼ぐという話です。
 ※(2018年9月18日付、参照)

 最近は、これに加え “えびせん戦法” も併用しています。
 「かっぱえびせん」 です。
 これまた、オヤジの大好物であります。
 小さな菓子鉢に、えびせんを数個入れて渡します。
 オヤジは歯がありませんので、これを1つずつ口に入れて、しゃぶりながら溶かして食べます。

 菓子鉢に5~6個も入れておけば、かなりの時間、ジッとしていてくれるのです。
 この間に僕は、仕事場へ行き、メールのチェックや資料探しをしています。


 介護が長引けば長引くほど、こちらも知恵をつけるものです。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:17Comments(0)つれづれ