温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2018年12月04日

ダチョウ倶楽部じゃあるまいし


 「押すなよ! 絶対に押すな!」
 思わず、叫んじゃいました。

 なんだか、ここのところ熱湯風呂づいています。
 先月の湯宿温泉(みなかみ町) に続いて、今月は草津温泉であります。
 しかも同じ雑誌の連載取材です。
 これは担当編集者の僕に対するいじめ、パワーハラスメントに違いありません!


 ということで、昨日は早朝より草津温泉の 「大滝乃湯」 にて、入浴シーンの撮影がありました。
 僕が入る浴槽は、名物の 「合わせ湯」 です。

 一般的に 「合わせ湯」 というと、異なる泉質の温泉に複数回入ることをいいますが、ここの 「合わせ湯」 は泉質ではなく、温度の異なる温泉のことをいいます。
 大きな浴場には、5つの浴槽があります。
 時計回りに、39度、42度、44度、45度、46度。

 僕は自他共に認める “ぬる湯” 好きです。
 ふだん41度以上の湯には入らない、“ネコ肌” なのであります。

 当然、カメラマンも知っています。
 だから僕は、迷わず39度の浴槽に入りました。
 う~ん、ちょうど良い!
 これならば多少、撮影が長引いても大丈夫です。
 リラックスしながらカメラのスタンバイを待っていると……

 「小暮さん、そっちはアングル的にダメですね。こちらの手前の浴槽でお願いします!」
 と声がかかりました。
 振り返ると、カメラマンと担当編集者が、意地悪そうな笑いを浮かべてるではありませんか!!

 手前の浴槽は、45度です。
 あの2人は結託して、僕が “ネコ肌” と知っていながら、陥れようとしているのです。
 まるで、罰ゲームのように。


 「マジかよ!? わざと熱い湯に入れさせようとしてない?」
 「いえいえ、本当なんです。レイアウトと光の加減が、こちらのほうがいいんです」

 もう、こうなりゃ、プロの心意気を見せてやるぞ!
 と、足の先を入れた途端、
 「アチ、アッチィーーーーー!!!」

 ダメだこりゃ、無理だよ。
 でも、プロとしての意地もある。

 「小暮さ~ん、いつでも、どうぞ! 準備オーケーでーす!」
 と言われたって、こっちは心の準備も体の準備もまだなのです。
 「押すなよ! 絶対に押すなよ~!!」
 と叫びつつも、自ら45度の浴槽にドボ~ン!


 「いいですね、もう少し横向いてください。はい、いただきました。今度は、少し前に移動してください」
 カメラマンの調子にのせられて、浴槽の中を動くのですが、そのたびに脳天に向かって、ジンジンとしびれるような熱さが全身を駆け上っていくのです。

 「はい、もうワンカットです。ありがとうございます。もう、いいですよ。ご苦労さまでした」

 瞬時に浴槽を飛び出し、脱兎のごとく脱衣場へと逃げ去ったのであります。


 終了後、
 「ありがとうございました。おかげさまで、いい写真が撮れました」
 と担当編集者が言うものだから、僕も言ってやりました。

 「聞いてないよーーー!」
  


Posted by 小暮 淳 at 13:41Comments(0)取材百景

2018年11月23日

酒のためなら何処までも


 「なんで、こだわるの?」
 と問われれば、
 「酒が好きだから」
 としか答えようがありません。


 群馬という地方で暮らす以上、車は手放せません。
 仕事に、レジャーに、日々の生活に、車は最低必要条件なのです。
 だから、のん兵衛には困ります。

 “飲んだら乗るな、乗るなら飲むな”

 社会ルールに従えば、不便を覚悟で、公共交通機関と徒歩を利用するしかありません。


 僕は2006年から 「ちいきしんぶん」 という高崎市のフリーペーパーに、車を使わない旅のエッセイを連載しています。
山を登り、里を歩き、滝や渓谷をめぐるシリーズは、2011年に 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞) という書籍として出版されました。
 おかげさまで、すぐに増刷され、今でも春と秋の観光シーズンには書店の特設コーナーに陳列していただいています。

 なぜに、長きにわたり読者に愛されているのか?
 それは “不便な旅” を楽しみたいからに、ほかなりません。

 ま、僕の場合、不便を楽しみたいからではなく、酒が飲みたいからなのですが、結果、不便も一緒に楽しんでいます。


 昨日は丸一日、JRと私鉄の電車を乗り継いで、往復1時間半も歩いて、酒を飲んで来ました。
 今回のテーマは、“晩酌” です。
 これからの寒い季節、やっぱ熱燗が恋しくなります。
 燗をするとなれば、やっぱ甘口の酒です。

 県内でも唯一、もち米を使って甘口の酒を造っている酒蔵があるというので、訪ねてきました。

 冷えた体に染み渡る、燗の酒!
 酒自体に味があり、つまみが無くてもクイクイといけてしまうのが、甘口のなせる技です。
 淡麗や辛口の酒が多過ぎると、お嘆きの貴兄、世の中捨てたもんじゃありませんぜ!
 まだまだ晩酌専用の硬派な酒を造り続けている蔵人が、群馬にはいるんです。


 ちょっぴり試飲が過ぎてしまい、ほろ酔い千鳥足で歩き出しました。
 無人駅で電車を待つ間の風の冷たさが、いいのです。

 「さ~、夕陽が沈むぞ~! 本番は、これからだ~!!」
 と、カメラマン氏と連れ立って、夜の街へと繰り出したのでありました。


 ※次回 『群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』 は、「ちいきしんぶん」 12月21日号に掲載されます。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(2)取材百景

2018年09月07日

酒蔵てくてく歩き


 「えっ、公共交通機関だけで行くっていっても、かなり便の悪い所もあるでしょう?」
 と、ちっと驚いたような顔をした放送作家のT氏。
 神奈川県在住の彼は、さらに言葉を続けました。
 「だって東京や埼玉だって、不便な所はあるんだから、まして群馬ならなおさらだ!」

 某テレビ局の暑気払いの酒宴でのこと。
 なんのことかと言えば、僕が今年から酒蔵をめぐる記事の連載を始めたという話をしたからでした。


 “趣味と実益を兼ねる” 
 これが、僕がフリーのライターになった一番の理由です。

 温泉が好きだから、温泉に入り、記事を書く。
 山が好きだから、山を歩いて、記事を書く。
 そして、それ以上に酒が好きだから、必ず取材では酒を飲み、そのことを包み隠さず記事に書く。
 という仕事をしてきました。

 でもあるとき、はたと気づいたのであります。
 だったら、酒を訪ねて、酒を飲み、記事を書いてもいいのではないか……と。

 でも、そうなるとクルマの運転はできない。
 カメラマンに運転させれば、いいか?
 いや、彼も僕に負けず劣らずの酒好きである。
 そんな酷なことは、口が裂けても言えない。

 だったらやっぱ、あの手しかないじゃないか~!!

 ということで、またしても奥の手を使うことになりました。
 それは、“公共交通機関で行く” シリーズです。

 かつて僕は、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 紙上で、この “公共交通機関で行く” を冠にした 「里山をゆく」 と 「ぶらり水紀行」 という紀行エッセイを連載したことがありました。
 そして、このシリーズは、のちに 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) というタイトルに改題され、書籍として出版された経緯があります。

 今回も、この取材方法を利用することにしました。


 群馬県内の酒蔵を訪ね、取材をしながら酒を飲む。
 近くに温泉があれば、一浴して、酒を飲む。
 そして夜、電車とバスに揺られて高崎市内にもどり、昼間取材した酒が置かれている居酒屋を訪ねる。

 おかげさまで、このシリーズも3話目となりました。
 昨日は、JR上越線の最寄り駅から片道40分歩いて、酒蔵を訪ね、近くの温泉で汗を流してきました。
 もちろん、夜の居酒屋での取材も、しっかりこなしてきました。


 ということで、冒頭の放送作家氏からの問いの答えは、「最寄の駅、またはバス停から、ひたすら歩く」 であります。
 でも、こんな過酷な取材ができるのも、体が動くうちですね。

 ※次回、「公共交通機関で行く 群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)」 の掲載は、「ちいきしんぶん」 9月21日号の予定です。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:13Comments(0)取材百景

2018年07月01日

コオ先生が教えてくれたこと


 30年も前のことです。
 僕は、駆け出しのタウン誌記者をしていました。

 巻頭のインタビュー記事の取材で、切り絵作家の関口コオ先生のアトリエを訪ねたことがありました。
 すでに先生は、切り絵の第一人者であり、個人美術館が建つほどの人気作家でした。

 駆け出しの僕は、大変緊張していたのだと思います。
 そこで、我がライター人生最大の失態を演じてしまいました。
 それは……
 今思い出しても、おぞましい出来事です。

 なななんと! 2時間のインタビューが、まったく録れていなかったのです。
 編集室にもどり、カセットテープを再生しても、何も録音されていませんでした。
 まさに、青天の霹靂!
 頭の中が、真っ白になってしまいました。
 怖くて、怖くて、編集長にも事実を伝えられないまま、一日、また一日と原稿の締切日だけが近づいてきます。

 どうしたらいい?
 先生に土下座して、もう一度、話してもらおうか?
 いえいえ、そんなことはできません。
 大先生に対して、あまりにも失礼です。

 えーい! こうなったら矢でも鉄砲でも持って来い!
 清水の舞台から思いっきりダイビングしてやる!

 腹をくくった僕は、わずかなメモと記憶だけを頼りに、巻頭4ページの特集記事を書き上げました。
 後は野となれ山となれであります。


 そして1ヶ月後、雑誌は書店に並びました。
 当然、先生にも見本誌が郵送されているはずです。
 毎日、編集室の電話が鳴るたびにおびえていましたが、先生からのクレーム電話はありませんでした。

 それから数ヵ月後のこと。
 コオ先生の個展が開催されました。
 腹をくくり、針のムシロの上に座るつもりで、ご挨拶に行きました。

 受付で記帳を済ませて、会場を見渡しましたが、先生の姿は見えません。
 「今だ、チャンス!」
 とばかりに、会場内を一周して、早々に退場しようと思った、その時です。
 壁に貼られた、4枚の紙が目に留まりました。
 見覚えのある記事です。

 そうです、僕が書いたインタビュー記事でした。

 そして、記事に近づいた時でした。
 「小暮さん、この度は、ありがとうございました」
 振り返ると、コオ先生が立っていました。
 「とっても素敵な記事です。私の言いたいことが全部、書かれています。嬉しかったので、貼ってしまいました」


 実は、それから後のことは、ほとんど覚えていません。
 たぶん、僕は舞い上がり、高揚していたのかもしれません。
 もしかしたら想像もしなかった展開に、驚き、涙していたのかもしれません。

 でも今思えば、あの出来事がなかったら、僕は、その後、ライターになっていなかったかもしれないということです。
 “記録よりも記憶”
 “頭で書くな、心で書け”
 そう、コオ先生が教えてくださいました。


 享年81歳。
 昨日、先生の訃報を告げる新聞記事を読みました。
 ご冥福をお祈りいたします。

 先生、ありがとうございました。
    


Posted by 小暮 淳 at 17:32Comments(0)取材百景

2018年06月12日

TENGU伝説


 <もし一連の事件の舞台が沼田でなかったとしたら、誰もあの男のことを “天狗” とは呼ばなかっただろう。> ( 柴田哲孝著 『TENGU』 より)


 僕は、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に、『民話と伝説の舞台』 という伝奇エッセーを連載しています。
 来月の掲載で、第25話を数えます。
 過去には、カッパや大蛇、龍神、巨人、化身、妖怪、地獄、竜宮伝説を追いかけてきました。
 今回は、天狗です。


 <沼田は天狗の町である。駅周辺や、市内のいたる所に天狗の文字やその図柄が描かれ、この街を訪れる者を伝説の世界へと誘ってやまない。北関東随一の荒祭として名を誇った祇園祭は、いまも沼田の天狗祭として面影を残し、巨大な天狗面の神輿が市内を練り歩く姿が夏の風物詩となっている。> (同書より)


 JR上越線、沼田駅には、大きな天狗様の像が立っている。
 あれ、昔は、こんな大きな像は、あったかしらん?
 はたして沼田市は、いつからこんなにも “天狗の町” になったのだろうか?
 
 天狗と町の関係を知りたくて、市役所を訪ねました。


 経済部産業振興課商工振興係によれば、毎年8月に行われる 「沼田まつり」 で巨大な天狗面を担ぐ天狗みこしが登場したのは、意外と新しく昭和47年(1972) からだといいます。
 それ以前は、「沼田祇園祭」 と 「沼田まつり商工祭」 という2つの祭りがあり、昭和45年に統合され、市民総参加の 「沼田まつり」 が誕生したとのことです。

 で、その2年後に大天狗面を担ぐ 「天狗みこし」 が初めて登場するのですが、昭和45年に大天狗奉賛会が交通安全を祈願して迦葉山(かしょうざん) に奉納した張子の大天狗面 「交通安全身代わり大天狗」(顔4m、鼻2.7m) をみこしに仕立てて担いでいました。
 現在祭りに参加している2基は、昭和58年(1983) に奉納された張子の大天狗面と、平成11年(1999) に奉納された強化プラスチック製の大天狗を、それぞれみこしに仕立てたものです。


 やはり、沼田市の天狗のルーツは、霊峰・迦葉山にあり!

 ということで昨日は、台風が接近した雨模様の中、その足で関東三大天狗の御山と知られる迦葉山龍華院弥勒護国禅寺を目指しました。
 すると、ある事実が浮かび上がってきたのです。
 それは、弥勒寺が開創された嘉祥元年(848) 当時は、まだ天狗伝説は存在していなかったこと。
 600年以上のちの康正2年(1456) のある日、旅の坊さんが、小僧さんを一人連れて迦葉山に登って来ました。
 この小僧さんが、摩訶不思議な神通力を使い、数々の奇行をしたといいます。

 彼は、何者なのでしょうか?

 謎学の旅は、つづくのです。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:55Comments(0)取材百景

2018年06月04日

そして、榛名湖へ


 何週間ぶりに、週末はオヤジの介護から解放されました。

 なにをしようか?
 自由に動ける休日です。
 一日中、酒を飲んで、家の中でゴロゴロしていようか。
 それとも、映画でも観に行こうか。

 たまには、家庭サービスをするか?
 いやいや、それはないな。
 なーんて、1ヶ月も前からワクワクしながら休日の予定を考えていたのです。

 でも、貧乏性は治りません。
 「一日も無駄にしたくない」 という思いが、僕を仕事モードへ向かわせます。
 「そうだ、彼を誘って、撮影に行こう!」
 と数週間前に、カメラマンにアポを取りました。
 彼のスケジュールも、OK!

 朝からオジサン2人の、スナップ旅行が始まりました。


 なんのことかといえば、今夏、出版が予定されている著書のことです。
 出版まで、残り2ヶ月を切りました。
 「まえがき」 や 「あとがき」 などを除く、ほとんどの原稿は出揃いましたが、いくつか写真が足りません。
 必要とされている写真は10点ほどあり、その被写体は群馬県内に点在しています。
 今月中には、撮影しなければなりませんでした。

 ということで、“介護がない日が吉日” とばかりに、朝から県内各所をめぐりました。


 「残るは、榛名湖だけですね」
 カメラマンの車が、榛名山を目指します。

 標高1,100メールの湖畔は、別天地です。
 この日の下界の気温は30度。
 休日ということもあり、涼風を求める観光客でにぎわっていました。

 でも僕らの目的は、観光ではありません。
 湖畔にある、“あるモノ” を撮影するために訪れたのです。
 観光客は、誰一人気づきません。
 “そのモノ” は、人知れず、ひっそりと、たたずんでいます。

 摩訶不思議なモノが、湖畔に鎮座しているのです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:12Comments(2)取材百景

2018年05月11日

ぶらり、尾瀬の里へ


 尾瀬の玄関口、JR上越線、沼田駅。
 駅前より大清水行きのバスに乗って、約40分。
 老神温泉に降り立ちました。


 僕は2015年5月に、『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) という本を出版しました。
 この本では、老神温泉の15軒の宿すべてを取材しています。
 また、「老神温泉大使」 に任命されているので、取材以外のイベントにもたびたび参加しています。
 いわば、何十回と訪れている勝手知ったる温泉地なのであります。

 でも今回、初めて電車とバスを乗り継いでやって来ました。
 なぜか?
 ええ、まあ、事情がありまして、クルマの運転ができないのであります。


 「老神温泉」バス停を下りると、目の前が朝市広場です。
 昼時だったので、すでに終了していましたが、この広場には、ギネス世界一の 「大蛇みこし」(108m) が常設展示されています。

 くしくも昨日は、年に1度、この大蛇みこしが練り歩く 「大蛇まつり」(5月11日~12日) の前日でした。
 温泉街では、協会職員や旅館の主人たちが、祭りの準備に追われています。

 「あれ、小暮さん! 今日は?」
 顔見知りの人たちが、声をかけてくれました。
 「今日は、取材です。今年は祭りに出られなくて申し訳ありません」
 週末は親の介護のため、祭りを欠席せざるを得ませんでした。


 温泉街を散策の後、昼食を兼ねて、ひと風呂浴びに、日帰り入浴施設の「湯元 華亭」 へ。
 ほんのり硫黄の香りのする名湯につかりながら、まぶしいほどの新緑を満喫しました。

 「今日は一日、よろしくお願いします」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 「カンパーイ!」

 湯上がりに、同行のカメラマン氏と生ビールで、取材の無事と成功を祈りました。


 僕は現在、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 に、『ほろ酔い街渡(ガイド)』 という旅エッセイを連載しています。
 この連載は、タイトルどおり酒を飲みながら旅をするシリーズです。
 群馬県内の地酒を求めて、酒蔵や居酒屋をめぐります。

 ということで、クルマの運転ができないため、公共交通機関を利用して取材をしているのです。


 今回は、尾瀬の銘酒を訪ねて来ました。
 掲載は、6月1日号です。
 お楽しみに!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:40Comments(2)取材百景

2018年02月28日

地酒を訪ねて


 「趣味と実益を兼ねる」 という言葉があります。

 そもそも僕がライターという職業を選んだのも、「遊ぶように仕事を楽しんで、仕事をするように真剣に遊びたい」 と思ったからなのです。
 温泉の本を書いているのも、山登りの連載を書いているのも、すべて趣味と仕事のボーダーレスを計ったからであります。

 で、もう1つ、僕には大好きなモノがあります。
 1年365日、絶対に欠かせないモノ!

 そう、酒です。


 好きな酒を飲んで、それが仕事になったら……
 それは、のん兵衛にとっては、究極の人生であります。
 まさに僕にとっては、最大の趣味と実益の融合なのであります。

 僕は、この仕事に就いた30年前から、いつもいつも、この “融合” について思索を続けてまいりました。
 だから温泉に入っても酒を飲み、山を登っても酒を飲み、それを文章にしてきました。

 でも、何かが違う!
 まだ究極ではない!
 酒が飲みたいがための、こじつけ取材ではないか!
 そんな疑問が、日々自分を問い、攻め続けていました。

 で、ついに、答えが出たのであります!!

 そう、酒を訪ねて、酒を飲む。
 酒蔵と居酒屋のダブル取材は、可能にならないものか?
 これならば、かの吉田ルイ氏もやっていない究極の酒好きのレポートではないか!?

 ということで、今年から群馬県内の酒蔵をめぐり、そこで酒を飲み、その酒が最良の肴で飲める居酒屋を訪ねることにしました。
 酒好きのための、酒好きによる、酒三昧の旅エッセイの連載であります。


 一昨日、カメラマン氏を伴い、シリーズ第1回目となる群馬県西部にある酒造会社を訪ねてきました。
 会社設立の歴史や日本酒ができるまでの工程を取材、そして、しぼりたての原酒の試飲。
 その後、ほろ酔い気分で周辺を散策しながら、居酒屋へ。

 先ほど訪ねた酒蔵の地酒を、旬の味覚とともにいただきました。


 ん~、実にいい。
 これ、これですよ。

 趣味と実益の融合に成功した瞬間を味わってまいりました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:37Comments(2)取材百景

2017年12月03日

降臨


 お笑いの世界には、“笑神” と呼ばれる笑いの神様がいるそうです。
 いつものステージなのに、突然、笑神が降りてくると、ドッカン、ドッカン、ネタが受けて、客席が爆笑に包まれます。

 ミュージシャンの世界にも、“音楽の神様” がいるようです。
 120%の演奏ができたり、作曲中に思わぬフレーズが浮かんだり、そんなとき、「あっ、降りてきた!」 と感じるといいます。

 実は、僕らライターの世界にも、神様はいます。


 昨日、群馬県内の某神社へ行ってきました。
 別に、何かを祈願しに行ったわけではありません。
 取材です。

 その神社には、鳥居がありません。
 最初から無かったのではなく、ある事件をきっかけに鳥居が取り外されてしまいました。
 そして境内には、犬の銅像と由来が書かれた石碑が建立されています。
 さらに、その隣には、犬を供養した “石尊様” と呼ばれる祠が祀られています。

 僕は、この伝説の謎を解くために訪れたのでした。


 「何をなさっているのですか?」
 メモを取っているいると、突然、見知らぬ初老の男性が声をかけてきました。
 「取材です。来年は戌年なので、犬の像が建てられた理由が知りたくて……」

 すると男性は、こう言いました。
 「だったら、うちに来ませんか? すぐ、そこですから、お茶でも飲みながら話しましょう」

 最初は何を言っているのだか分かりませんでしたが、男性は、クルリときびすを返すと、石碑の裏側に回り込みました。
 「私は、こういう者です」
 と指さした先には、
 <設立実行委員会委員長>
 と書かれています。

 えっ、本当?
 マジですか~!?

 「詳しい資料もありますし、建立までのいきさつをお話しいたしますよ」


 来た!来た!来たぁぁぁぁ~!!!
 降りて来たーーーっ!

 そう、“取材の神様” っていうヤツですよ。
 渡りに舟、なんていうレベルじゃありません。
 奇跡に近い出会いです。


 「やっぱり、僕はモッテますね」
 同行のカメラマン氏に言うと、
 「ええ、そう思います。過去にもありました。これで2度目ですよ」

 神が、降臨しました。

 あとは、僕の文章しだいということです。
 “文章の神様”
 今度は、あなたが降りて来てくださいね。
    


Posted by 小暮 淳 at 17:29Comments(6)取材百景

2017年11月04日

編集の考え方。


 凄惨かつ猟奇な連続殺人事件が起きてしまいました。
 そして、またしても “ネット社会の闇” が露呈されました。

 「自殺募集」 だなんて……

 現代社会では、“死” すらも 「いいね」 の承認を欲しがるのでしょうか?
 僕には、理解ができません。


 そもそも僕は、自他共に認めるネット音痴ですからね。

 パソコンはあるけど、原稿とブログを書くのと、メールのやり取りにしか使いません。
 スマホを持たないので、「検索」もしません。
 調べごとは、すべて辞書か図書館です。
 車には、ナビが付いていませんので、今でも道路地図が必需品です。

 それでも別段、不自由はありません。
 いえいえ、逆に、知識は身に付くし、場所は覚えるし、いいことのほうが多いと思います。
 自分で答えを導くことは、とても楽しいことなんです。
 ただ、時間と手間がかかります。

 現代社会では、それを “不便” というのかもしれませんね。


 先日、紹介した 『d design travel 群馬』(D&DEPARTMENT PROJECT)。
 デザインの視点で全国47都道府県の魅力を発信している観光ガイドブックです。
 実際に編集部が現地に暮らすように滞在して、取材して、原稿を書くという、業界の常識では考えられない手間をかけた編集をしています。

 この本の表紙を開くと、最初に書かれているのが 『編集の考え方。』 です。
 ・必ず自費でまず利用すること。実際に泊まり、食事し、買って、確かめること。
 ・感動しないものは取り上げないこと。本音で、自分の言葉で書くこと。
 <中略>
 ・写真撮影は特殊レンズを使って誇張しない。ありのままを撮ること。
 ・取り上げた場所や人とは、発刊後も継続的に交流をもつこと。

 同感です。
 まさに僕の取材方針と同じです。
 “共感” や “感動” は、実際に見て、聞いて、体験し、表現したモノに対してのみ与えられる称賛であります。

 安易に 「いいね」 を欲しがるものではありません。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:16Comments(0)取材百景

2017年09月03日

される側の心理②


 「小暮さんの本は、5冊持っています」
 「ありがとうございます。温泉が、お好きなんですね?」
 「いえ、小暮さんが好きなんです」

 なーんて言われてしまえば、もう訊かれたことは、なんでも話してしまいますって!
 いえいえ、訊かれないことだって、みーんなしゃべっちゃいますよ。


 ということで、昨日、某誌から取材を受けました。
 しかも、東京から前橋くんだりまで、わざわざ僕を訪ねて来てくれたのです。
 それも、3人で!

 通常、新聞や雑誌の取材って、記者やライターが1人でやって来ます。
 昔はカメラマンが付いてきましたけど、今はカメラの性能が良くなりましたからね。
 たいがい1人できます。
 なのに、3人ですよ!(ビックリしました)

 ライターと担当編集者、と、なんと編集長さんまで!

 事前に、「うちの編集長が、ぜひ、お会いしたいと言っています」 とは聞いていたものの、本当に現場に来られるとは、驚きました。
 だって編集長のN氏は、業界では、かなりの著名人であります。
 そんな方が、僕のために、しかも群馬まで来てくれるなんて……(恐縮であります)

 で、名刺交換のあいさつの席で、冒頭の会話が交わされたというわけです。


 「この本にも小暮さんのことが、書かれていますね」
 と開口一番、N氏がテーブルの上に置いたのは、木部克彦さんの著書 『続・群馬の逆襲』(言視舎) でした。

 そうなんです。
 友人でもある元新聞記者でジャーナリストの木部さんが、この本の中で僕のことを “温泉バカ一代” と称し、「いかにも世界屈指の温泉大国・群馬らしいオジサンがいます」 と書いているのです。

 「よく調べていますね」
 「たまたま読んでいたら、小暮さんのことが書かれていたもので……」
 開かれたページには、赤い線が何本も引かれていました。


 僕の職業は、ライターです。
 フリーになる前の雑誌記者時代を入れれば、もう、かれこれ30年も取材活動をしています。
 たぶん、お会いして話を聞いた人の数は、何千人にもおよぶと思います。
 いわば、僕は取材を “する側” の人間なのです。

 それが、なんだか、ここ数年は、立場が逆転する現象が起きています。
 “される側” になっているのです。

 ライターが取材を受けるって、とっても不思議です。

 でも、こうやって、僕の本や記事を熱心に読んでくれて、さらに会いに来てくれる人がいることに、大変感謝します。
 本当に、ありがたいことだと思います。
 “される側” になって、初めて分かることって、あるのですね。


 2時間にわたる、長い取材でした。
 編集長のNさん、編集者のSさん、ライターのSさん、ありがとうございました。
 今から10月の発行日を楽しみにしています。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:16Comments(0)取材百景

2017年07月15日

龍を見たか


 2007年6月から高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に、『ぶらり水紀行』 という旅エッセイを不定期連載しています。
 途中、何年か休載期間はありましたが、昨年から再び連載が始まりました。
 ※(2010年までの連載は 『ぐんまの里山てくてく歩き』 というタイトルで出版されています)

 で、この連載には、<公共交通機関で行く>というサブタイトルが付いてます。
 そうなんです!
 移動手段にクルマは使用せず、すべて電車かバス、徒歩のみで水辺を旅します。
 なぜ、そんなにも面倒臭いことをするのか?
 はい、たっぷり汗をかいたら、温泉に入って、キーンと冷えた生ビールを飲みたいからであります。
 だからクルマだったら数時間で回れてしまうコースを、毎回、たっぷりと1日かけてめぐっています。


 ということで、昨日は、高崎駅から電車で新町駅まで行き、バスに乗り換えて上野村へ。
 清流・神流川周辺の滝をめぐってきました。

 神流川の支流、野栗沢川にある 「龍神の滝」 を訪ねた時のことです。
 滝つぼに下りて、落差約20メートルの壮大な滝を眺めていました。
 クネクネと三段になって落ちる様は、まさに龍が天へ昇るかのようであります。

 突然、同行のカメラマン氏が、こんなことを言いました。
 「小暮さんは、龍を見たことがありますか?」

 「えっ、リュウ? 龍って、いるの?」
 「ええ、僕はまだ見たことがありませんが、見たと言う人は、けっこういるんですよ」

 そう言って、いくつかの事例を話してくれました。
 摩訶不思議な話ばかりなのですが、なかには有名人の体験談もありました。
 そして、龍を見たという人たちは、みんな人生の成功者になっていました。

 「まるで、座敷わらしのようだね」
 僕が、そういうと氏は、滝の上に広がる青空を見上げて、
 「現れてくれませんかねぇ~」
 と懇願するのでした。


 “龍を見た人は幸運をつかむ”

 確かに昔、何かの本で読んだ記憶があります。
 いったい龍とは、どんな姿をしているのでしょうか?

 見てみたいような、怖いような……


 ※この日の紀行文は、8月11日発行の 「ちいきしんぶん」 に掲載予定です。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:13Comments(0)取材百景

2017年05月03日

いとしのシュンラン


 <物心がついた頃から、山を歩いていた記憶がある。それは父が 「日本野鳥の会」 の会員だったことも大きく関係しているような気がする。今はもうない、生家の廊下には、つねにリュックが掛かっていた。休日の朝、晴れていれば、山がその日の小暮家の遊び場となった。(中略) この金のかからない遊びは、大人になって、自分が家族を持ってからも続けられた。我が家の子どもたちは、3歳になれば “山デビュー” をさせた。>
 『ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) より


 いつしか、趣味が仕事になっていました。
 でも、相変わらず高山は苦手で、低山ばかり歩いています。
 理由は、たった1つ!
 極度の高所恐怖症だからです。
 吊り橋、岩場、ハシゴやクサリは、ご法度です。

 しかも下山後は、必ず酒が飲みたくなるという中毒症状が現れる、やっかいな登山者なのです。
 となれば、クルマは使えません。
 帰りのことを考えれば、当然ですが電車やバスの公共交通機関を利用するしかありません。


 ということで昨日は、低山のメッカ、埼玉県の外秩父の山をいくつか縦走してきました。
 降り立ったのは、JR八高線の小川町駅。
 小川町は、「武蔵の小京都」 と呼ばれる美しい町です。
 古い町並みを抜けて、最初に目指したのは標高299mの仙元山。
 そう、ハイカーの間では、“早春の貴婦人” とも称されるシュンラン(春蘭) が咲くことで知られる人気の里山です。
 僕も過去に、この山で、その美しい淡黄緑色した花を見たことがあります。

 でも花が咲くのは、3~4月です。
 運が良ければ見られるかもしれませんが、少し時季が遅すぎます。
 また、地元の人の話では、心無いハイカーたちにより、だいぶ盗掘されてしまっているようです。


 でも、でもでもでも、会いた~い!
 そんな熱烈な思いが通じたのでしょうか!?
 山頂付近の山桜の根元の陰に、ひっそりと隠れるように一輪、咲いていたのです。

 その清楚で可憐な姿は、
 「あなたが来るのを、こうして、ここで待っておりました」
 と言わんばかりであります。
 「おお~、いとしのシュンランちゃん!」
 長年、離れ離れに暮らしていた恋人に会ったようで、大声を上げて狂喜乱舞してしまいました。


 神様は、いるんですね。
 仕事だけど、最高のゴールデンウィークとなりました。

 もちろん下山後は、駅前の居酒屋に駆け込み、カメラマン氏と祝杯を上げたことは言うまでもありません。
 「シュンランとの再会に乾杯!」
 来年も、会いに来るからね。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:56Comments(0)取材百景

2016年10月20日

四万百遍


 ♪ はるか昔 戦(いくさ) に疲れ ひとりの武士(おとこ) が
    夜露に濡れる仮の宿で 夢見たものは
    「四万(しまん) の病 癒やす泉をそなたに授けん」 と言う
    童(わらべ) が立ちて 願いたくした 湯いずる国 湯源郷(とうげんきょう) ♪
      『湯源郷』 より


 2000年10月に開催された 『探四万展(さがしまてん)』 というイベントに、作家兼パネリストとして参加したのが四万温泉(群馬県吾妻郡中之条町) との仕事の出合いでした。
 それ以前からプライベートでも出かけていましたから、かれこれ僕と四万温泉との付き合いは20年以上になります。
 そんな縁もあり、僕は2011年に 『あなたにも教えたい四万温泉』(上毛新聞社) という本を上梓しました。

 今回、またまた縁があり、中之条町から 「観光大使」 に任命されました。
 その初仕事として、某紙より執筆依頼があったため、今日、久しぶりに四万温泉を訪ねてきました。

 ま、著書では43本の源泉と37軒の宿と6つの外湯(共同湯) をすべて取材していますから、今さら取材することもないんですけどね。
 やっぱ、そこは、ライターとしてのプライドが許しません!

 “現場百遍”

 取材は、し過ぎるということはないのです。

 ということで四万温泉協会を訪ね、午前は事務局長および職員らと打ち合わせをし、午後はカメラマンと共に外湯および飲泉所をめぐりました。


 取材とは、面白いものですね。
 何十回、いや、たぶん百回以上は訪れているはずなのに、やはり新しい事実にめぐり合うものです。
 たとえば、源泉の数は42本に、宿の数は36軒に、外湯は5つに変わっていました。
 それに入浴と飲泉の結果、においや浴感、味までもが変化していました。
 温泉は、生きているのですね。

 やっぱり、“現場百遍” なのです。


 でも変わらないものもあります。
 自然の豊かさと人のやさしさです。


 <四万には、コンビニがありません。四万には、信号機がありません。四万には、歓楽施設がありません。でもここには、青く澄んだ川の流れと、こんこんと湧き出す豊潤な温泉、そして何百年もの間、湯とともに暮らしてきた素朴な人たちが生きています>
    『あなたにも教えたい四万温泉』 より
  


Posted by 小暮 淳 at 22:21Comments(0)取材百景

2016年10月14日

さいたまの里山てくてく歩き


 僕は2011年1月に 『ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) という本を出版しています。

 これは高崎市のフリーペーパー 『ちいきしんぶん』 に2006年12月~2010年8月に連載された 「里山をゆく」 と 「ぶらり水紀行」 に加筆・訂正し、新たに書き下ろしを付け加えたものです。
 おかげさまで本は増刷となり、現在も県内の書店で販売されています。

 ところが連載のほうは、その後しばらく休載されていました。
 が、今年の4月より 「新・里山をゆく」 「続・ぶらり水紀行」 とタイトルを変えて、6年ぶりにシリーズが復活しました。


 このシリーズは、“公共交通機関で行く” というサブタイトルが付いています。
 また、著書にも “電車とバスで行く” と付いています。
 なーんでか?

 勘の良い読者は、すぐにお分かりですよね。
 そう、酒が飲みたいからです!
 下山後に、キューッと生ビールを飲みたいじゃないですか!!

 だったらクルマなんて、いらない!
 不便で結構!
 小さな山でも、丸一日かけて、のんびり、ゆっくりと歩こうじゃないの!

 と、そんな山が好きで、酒が大好きな僕と相棒のカメラマンが10年前に企画したスローなレジャー企画なのであります。


 ということで昨日は、標高400メートルにも満たない小山を、1日かけてのんびりと歩いてきました。
 目指したのは、埼玉県小川町にある官ノ倉山(344.7m) ~石尊山(344.2m) の縦走。
 高崎駅からJR八高線の電車に揺られること、約1時間。
 無人駅の竹沢駅に降り立ち、2つのピークを踏破してきました。

 山頂では、お約束の芋焼酎のお湯割りでカンパイ!
 下山後は、ゴールのJR八高線、小川町駅前の居酒屋に飛び込んで再度、祝杯を挙げました。

 えっ、「よく飲みますねぇ」 ですって?
 いえいえ、のん兵衛は、これで終わりませんよ!
 勢いがつき、高崎駅に降り立った2人は、さらに夜の街へと繰り出して行ったのであります。


 筆者が楽しい旅は、読者だって楽しいに決まっているのだ!
 これで、いいのだ!!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:08Comments(0)取材百景

2016年10月09日

される側の心理


 僕はライターですから、人に会って話を聞くのが仕事です。
 編集者時代も含めると、かれこれ30年近くも行っています。
 たぶん、今までに何千人という人と会い、話を聞いて、記事にしてきたことになります。

 いわば、取材のプロと言えるかもしれません。

 現在も、温泉地をまわって、ご主人や女将さん、関係者に会って話を聞いて、文章を書いていますから、30年前と変わらないビジネスライフを送っています。
 が、ここ数年で、僕を取り巻く環境が変わりました。

 本が出版された後、講演やセミナー、また最近ではNPOの活動や温泉大使に就任した時などは、新聞や雑誌、テレビ、ラジオからインタビューや取材を受けるようになりました。
 そう、それまでと、まったく逆の立場になる瞬間が訪れるようになったのです。

 最近は、少しだけ慣れてきましたが、最初は勝手が分らず、緊張のしっぱなしでした。
 だって話を聞くのはプロでも、聞かれるのはズブの素人ですからね。
 「えっ、そんなこと考えたこともありませんでした」
 「たぶん、そうだったと思います」
 なーんてね。あたふたとしていたわけです。

 でも、おかげで、取材を “される側” の心理が理解できるようになりました。
 「ここはストレートに訊くんじゃなくて、やんわりと遠回しに訊いたほうが、答えやすいんだな」
 なんて。


 それと、もう1つ。
 取材を “する側” の心理までもが、読めるようになるんですね。
 「あっ、この人、僕のことあまり知らないな」
 とか、
 「著書の1、2冊くらい読んでから来ればいいのに」
 とかね。

 でも、大概はその逆で、
 「わぁ~、さすがプロの記者だなぁ~」
 と、出来上がった原稿を見ると、感心してしまいます。
 また、同業者なので、取材の苦労も知っていますしね。


 正直なところ、お互いが記者同士ですから、やりにくいことは確かです。
 相手も緊張するけど、こっちも平常心ではいられません。
 プロとプロの真剣勝負!

 「いい記事を書くぞ!」 VS 「いい記事にしてもらうぞ!」
 のガチンコ対決です。
 結果、新聞や雑誌で記事を見たときに、感動と満足感が味わえるのです。


 でも所詮、僕は “する側” の人間です。
 いい取材をして、いい記事を書いて、いい仕事をしたご褒美として、“される側” の人間に時々ならせていただくことにします。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)取材百景

2016年06月11日

続・ぶらり水紀行


 高崎市のみなさ~ん、こんにちは!
 今日はエリア限定のお知らせです。
 (でも、ネットでバックナンバーが読めますので、高崎市外の人は検索してみてください)

 「ちいきしんぶん」(発行/ライフケア群栄) は、旧高崎市内に10万部(約9割の家庭や事業所) が無料配布されているフリーペーパーです。
 この冊子に僕は、『ぶらり水紀行』 という旅エッセイを連載していました(2007年6月~2010年8月)。
 一部が2011年1月に上毛新聞社から出版された 『ぐんまの里山てくてく歩き』 に収録されているので、市外にお住まいでも知っているかもしれませんね。

 で、このたび、6年間の沈黙をやぶって、“ぶら水” が帰ってきます!


 復活第1弾は、知る人ぞ知る県内最大級の名瀑を訪ねました。
 もちろん、従来のルールにのっとって、自宅から目的地まで一切、車は使いません。
 電車とバスなどの公共交通機関、および徒歩のみです。

 今回も、車で行けば駐車場から徒歩5分の距離を、たっぷり最寄りの駅から往復4時間の山道を歩きました。

 シリーズが始まった9年前は、僕もまだ40代後半でした。 
 同行のカメラマン氏にいたっては、40代前半でした。
 でも今は、お互い五十路の坂道を登っています。

 「このシリーズは、体力との勝負ですね」
 「でも、これがある限り、歩けますって」
 と、観瀑台の大岩の上で、日本酒で乾杯!

 苦あれば、楽あり。
 そして、駅にたどり着いた2人を待っていたものは!?!?!?
 思わぬサプライズに、狂喜乱舞するのでありました。


 『続・ぶらり水紀行』 は、7月1日号の 「ちいきしんぶん」 に掲載されます。
  


Posted by 小暮 淳 at 15:46Comments(0)取材百景

2016年04月08日

てるてる坊主の恩返し


 ♪ てるてる坊主 てる坊主
    あした天気にしておくれ
    いつか夢の空のよに
    晴れたら金の鈴あげよ ♪


 06:00
 「おい、坊主!」
 「あっ…」 
 「あっ、じゃねーよ! 外を見てみろ! 雨だぞ、雨!」
 「す、すみません。うっかり、夕べは眠ってしまいました」
 「なんだ!? オメエ、ちゃんと仕事しないと首チョン切るぞ!」
 「 そ、それだけは、ご勘弁を」
 「だったら今からでも晴れにしてくれよ」
 「そ、そんなぁ~。天気予報は雨なんですからね」
 「だから、こうやってオメエに頼んでいるんじゃねーかよ!」

 僕はおとといの晩、40数年ぶりに 「てるてる坊主」 を作り、仕事場の窓辺に吊るしました。
 昨日の天気予報は全国的に雨。それも暴風雨が吹き荒れ “春の嵐” になるといいます。
 しかし、群馬県地方は雨の降り出しは遅く、昼からの予報。
 ならば1本電車を早めて、昼までに登頂することにしました。

 なのに予想はハズレ、朝から雨でした。


 08:30
 JR高崎駅からS線に乗って、A駅に下車。
 依然、雨は降り続いています。
 駅から登山口までは、約6km。
 乗り合いバスも出ていますが、1日にたったの2本です。
 仕方なく、雨の中を傘を差して歩くことにしました。

 「わざわざ雨の日に登山を決行しなくてもいいのに」と思われるかもしれませんが、締め切りは待ってくれません。
 僕とカメラマンのスケジュールが合う日が、昨日しかなかったのです。
 ※(詳しくは2016年3月25日 「帰ってきたサトヤマン」 参照)


 11:00
 A市とT市の境にそびえるS山に登頂。
 雨は、いよいよ本降りに。
 それでも山頂広場を覆いつくす満開の桜の森に感激しました。


 14:00
 下山後、2時間歩いてJ線T駅へ。
 雨は、だんだん小降りとなり、傘を差さない人の姿もちらほら。
 駅前の食堂で、遅い昼食をとることに。

 「カンパーイ!」
 キーンと冷えたビールで、下山祝いをしました。


 17:30
 無事、帰宅。
 すでに雨は上がり、西の空に晴れ間が見えます。

 「ね、晴れたでしょ!」
 「晴れたでしょ、じゃねーよ。遅過ぎるだろう!」
 「でも天気予報では、夜まで強風と横殴りの雨が降るわけだったんですよ」
 「じゃあ、なにかい? 午後になって雨がやんだのは坊主の手柄だとでもいうのかい?」
 「はい、そうですとも。あれから後悔して、一心に念じておりました」
 「本当かなぁ~?」
 「本当ですとも。だってご主人様は、ワタシの首をハネなかったじゃありませんか」
 「まあな…」
 「だから、そのやさしさへの恩返しです」


 ♪ てるてる坊主 てる坊主
    あした天気にしておくれ
    わたしの願いを聞いたなら
    甘いお酒をたんと飲ましょ ♪
   


Posted by 小暮 淳 at 12:41Comments(0)取材百景

2016年01月12日

分身之術


 かれこれ20年以上も前の話です。
 僕は雑誌の記者をしていました。

 さる彫刻家の先生を取材した時のことです。
 アトリエには、何体もの作品が所狭しと置かれていました。

 どうして彫刻家になったのか?
 どんな活動をしているのか?
 そして、僕が一番知りたかったのは、「どうやって生計を立てているのか?」 ということでした。

 芸術家って、食っていけるの?

 インタビューとしてはタブーな質問ですが、興味のあるところです。
 しかも当時は、まだ僕はサラリーマンでしたから、好きなことだけをして生活している人に疑問があったのです。
 どうみたって、この手の作家が創り出すモノは、あくまでも作品であって、決して飛ぶように売れる商品ではありません。

 僕は、怒られるのを覚悟で、ズバリ、訊きました。
 すると作家は、摩訶不思議な話をし出したのです。

 「1つだけ、ちゃんとしたモノを作ればいいんだよ。あとは俺が寝ている間に、こいつがもう1つ作ってくれる。そして、そいつがもう1つ。知らないうちに、こんなにも作品が増えているんだ。簡単なことだよ。生きていくなんて」

 もう、何を言っているのか、さっぱり分かりません。
 たぶん作家は、うわべだけしか見ない、薄っぺらい記者の質問には答える気にもならず、煙に巻こうとしたのかもしれません。

 「まるで “分身之術” のようですね」
 そう言葉を返すのが、精一杯でした。
 すると作家は、
 「分身之術か……。いいこと言うね。そうだよ、分身之術だ」
 と、笑ったのであります。


 それから数年して、僕は会社を辞めてフリーのライターになりました。
 5年、10年が過ぎ、あれから20年が経った今になって、おぼろげながら作家が言っていた “分身之術” の意味が、やっと分かるようになりました。


 先日、突然、有名週刊誌の編集者から連絡があり、取材を受けることになりました。
 今までも中央のテレビや雑誌から出演や取材、執筆の依頼を受けることはありましたが、決まってテーマは群馬の温泉についてでした。
 でも今回は違います。
 温泉ライターとして、温泉の入浴法についてのインタビューだったのです。

 えっ、なんで僕なんだろう?
 全国には、もっと著名な温泉のスペシャリストがたくさんいるのに?
 そう、不思議に思っていました。

 はたして取材を受けてみて、その真相を訊ねてみると・・・
 「新聞の連載を読んでいた」
 というでは、ありませんか!

 1つの記事が、もう1つの記事を生み出したということです。

 思い返してみれば、現在の僕の仕事は、すべてこの “分身之術” により成り立っているんですね。
 社長兼、営業兼、制作兼の一人力で仕事をこなすフリーの身には、実はこの術を駆使して生きるしか道はないのです。

 今さらながら、作家先生には感謝しています。
  


Posted by 小暮 淳 at 23:28Comments(4)取材百景

2015年12月24日

謎学の旅はつづく


 2005年2月から2006年9月までの1年半、僕は前橋市の生活情報誌 『月刊ぷらざ』 に、「編集長がゆく」 というドキュメントエッセイを連載していました。
 これは、いわば編集後記のようなもので、編集人だった僕が1号1話、気になる県内の謎を解いていく人気のシリーズでした。

たとえば、“高崎に日本一小さい湖があった” とか “前橋にウナギを食べない住民がいた” とか “浦島太郎の墓が伊勢崎にあった” とか “本当にキュウリを食べない人たちがいた” などなど。
 バカバカしいけど気になる謎や不思議を、大真面目に解明していくエッセイだったのです。
 ※(エッセイの一部は、このブログのカテゴリー 「謎学の旅」 より閲覧できます)


 雑誌の休刊とともに余儀なく連載も打ち切りとなってしまいましたが、翌年2007年8月からは、同じ流れをくむシリーズの連載が、高崎市のフリーペーパー 『ちいきしんぶん』 で始まりました。
 「謎学の旅」 と 「民話と伝説の舞台」 です。
 こちらは、現在でも不定期ながら連載が続いています。

 と、いうことで、今日は今年最後の取材に行ってきました。


 場所は、県南西部にあるK町。
 この町には、日本全国に3ヶ所しか存在しない、とっても希少で不思議な “場所” が存在します。
 もちろん、群馬県内では、ここだけにしかありません。

 まずは役場の教育委員会を訪ね、文化財保護係の人に話を聞いてきました。
 事前に趣旨を話し、取材申し込みの連絡を入れてあったので、資料を用意して待っていてくださいました。

 次に、地元住民への聞き込みです。
 「昔は、血のように真っ赤だったのよ。だから、あんな名前が付いたんだと思いますよ」
 なーんていう、生々しい声まで拾ってきました。

 「すぐ近くに、確か古い神社がありました。そこへ行けば何か分かるかもしれませんね」
 そう言って、わざわざ地図を持ち出して、場所を教えてくださった人もいます。

 そして、いよいよ現場へ!


 「本当だ! 今でも赤いですよ!」
 そう言って駆け出し、シャッターを切り出した同行のカメラマン氏。
 「ん~、きっと昔の人は、この光景に地獄絵を重ねていたんだろうね」
 と僕。

 「この先に、名前の由来を記した古文書がある寺があります」
 「だったね、行ってみようじゃないか!」

 謎学の旅はつづく……。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:59Comments(0)取材百景