温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2021年09月22日

類友記者


 「○○新聞の××です」

 ケータイのディスプレイにも、そう表示されました。
 ということは過去に会ったことのある人です。

 聞き覚えのある名前だし……えーと、えーと……

 「以前、紙芝居を取材させていただきました」

 はいはい、覚えております!
 若い男性の記者さんですね。

 「その節は、大変お世話になりました」
 そう礼を言うと、
 「近々、小暮さんを取材させていただけますか?」
 「えっ、僕を?」


 ということで昨日、市内の喫茶店で記者と会いました。

 彼は九州の出身。
 新卒で大手新聞社に入社。
 最初の赴任地が群馬で、3年目だといいます。

 ということは、察するに20代半ば。
 若いはずです。
 僕とは、親子以上の歳の差があります。
 その彼が、また、なぜ、僕なんかを取材対象に選んだのでしょうか?


 まあ、一般の人よりは目に付く、派手な仕事をしていますから、新聞や雑誌からの取材を受けることは多々あります。
 でも、その場合、著書を出版したり、大使に任命されたり、大きな講演会をしたりと、何らかのアクションを起こしたときのスポット記事です。
 ところが今回は、どうも取材の主旨が違うようであります。

 「まず、高校を卒業したあたりから、お話を聞かせていただけますか?」

 ええっ? それって、もしかして、僕の半生を追うの?


 聞けば、日曜版の特集で、全文90行以上の記事になるといいます。
 たいがい、どこの新聞も1段に印字されている1行の文字数は11~12字ですから、なななんと! 1,000字越えの大きな記事になります。
 1,000字といえば、原稿用紙3枚弱ですぞ!

 こりゃ大変だ~!
 片手間に取材を受けるわけにはいきません。
 もっと身を引き締めて、真摯に受け答えをしようじゃありませんか!


 それにしても、なぜ、大新聞さんが、僕なんかをクローズアップして特集記事を組むのでしょうか?
 取材を受けるのは、まず、その疑問を解消してからです。

 「なんで、僕なの?」
 彼の返答は、たった一言でした。
 「はい、温泉と日本酒が大好きなんです! 小暮さんの本も持っています」

 おおおーーー!!!
 お若いのに、いい趣味をお持ちだ。
 温泉と日本酒だとは、実に素晴らしい!

 「ええ、ぜひ、群馬の温泉大使であり、地酒大使である小暮さんにお会いして、一度、直にお話を聞いてみたいと思っていました」


 ということで、たっぷり2時間の取材を受けました。
 なぜライターになったのか?
 なぜ温泉に興味を持ったのか?
 から始まり、著書や講演活動にいたるまで、たっぷりと話してきました。

 「小暮さんの生き方って、カッコイイですね」
 「えっ、カッコイイ?」
 「だって好きなことを仕事にして、しかもフリーでされているなんて」


 そんなことを取材された記者から言われたのは、初めてです。
 ちょっとカッコつけて、話しちゃいましたかね。

 ま、だったらカッコイイ記事にしてくださいな。
 掲載を楽しみにしています。


 “類は友を呼ぶ” ならぬ、“湯と酒は記者を呼ぶ” ようであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:29Comments(0)取材百景

2021年08月19日

する側とされる側の心理


 僕はライターですから、つねに取材を 「する側」 の人間です。
 ところが、ある日を境に、「される側」 の人間にもなりました。


 最初は平成9(1997)年の秋のこと。
 僕は、雑誌で連載していた記事をまとめた処女エッセイを出版しました。
 そのとき、新聞社より取材を受けました。

 「する側」 が 「される側」 になるという、なんとも不思議な体験をしました。
 いつもなら質問をする側なのに、質問をされて答えるという疑似体験のような感覚を覚えました。


 それから10年後、僕は温泉ライターとして、数々の温泉本を出版しました。
 すると方々から取材の申し込みが入るようになりました。
 温泉をテーマに、新聞や雑誌はもちろんのこと、だんだんとテレビやラジオの番組からも出演のオファーをいたたくようになりました。

 テレビではニュース番組のコメンテーターを、ラジオでは自分の番組のパーソナリティーを務めさせていただいたこともあります。


 では、「する側」 と 「される側」 の心理とは、相反するものなのでしょうか?

 これが、相乗効果が生まれることに気づきました。
 「される側」 を経験することにより、「する側」 の心構えが変わりました。

 たとえば……
 「こんなことを聞いてほしい」
 「こんな風に書いてほしい」
 という 「される側」 の心の声が聞こえてくるのです。

 また取材内容とは別に、雑談の中で、その人なりの個性を見つけることもあります。
 これも 「される側」 の心理を知ったからこそできる取材のテクニックだと思います。


 数年前のこと。
 僕は新聞社からの依頼で、さる東京に本社を構える大企業のCEOを取材することになりました。
 取材場所は、群馬県内の別荘。

 この時点で、僕の緊張は始まっていました。
 まず、相手が有名人であること。
 そして、大金持ちであること。
 (僕は貧乏人ゆえ、金持ちに対して多大なるコンプレックスを抱いています)

 それでも “自分は取材のプロだ!” と言い聞かせ、鼓舞しながら別荘へ向かいました。
 もちろん、CEOが直前に出版した著書 (自叙伝) は、しっかり読破してからの万全の取材です。


 ところが、別荘に到着すると、緊張はマックスを迎え、体がガチガチと震え出してきました。
 そうです!
 別荘を見て、生来の貧乏人の金持ちに対するコンプレックスが、弱音を吐き出したのです。

 暖炉のあるリビング、ふかふかのソファー、壁一面にそびえる書架……

 何もかもが、僕の日常と違い過ぎます。
 <きっと、何を聞いても答えてもらえない。鼻で笑われしまうに違いない>
 完全に僕は、 “いじけモード” に入ってしまいました。


 コーヒーが出される間、何気に書架を眺めている時でした。
 見覚えのある背表紙が目に付きました。
 しかも、2冊並んで……

 なんと、僕の著書 (温泉本) だったのです!

 「ありがとうございます。私の本も置いていただいて」
 と、ごあいさつすると、CEOの方が驚かれました。
 「えっ、この本の著者なんですか? 私は温泉が好きでしてね、群馬にいる時は、この本を参考にして温泉めぐりを楽しんでいるんですよ。うわぁ~、光栄だな! 大好きな本の著者から取材を受けるなんて! 今日は、よろしくお願いいたします」

 その一言で、一瞬にして僕の劣等感は吹っ飛び、温泉の話をきっかけに、その後の取材もスムーズにいきました。


 「する側」 と 「される側」 の心理とは、実に微妙で繊細なのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:36Comments(0)取材百景

2021年04月28日

酔っぱライター 東毛へ行く


 「趣味と実益を兼ねる」
 とは、誰もが理想とする生き方です。
 好きな趣味でありながら、かつ収入になるのですから……
 でも現実は理想のようには、なかなか成りません。

 「小暮さんは、いいですね。温泉に入って、お金になるんですから」
 と言われる方が、稀にいます。
 きっと、その人は、僕の長年の趣味が温泉に入ることで、趣味が仕事になったと思っているんですね。

 でも、まったく違います!

 事実は真逆で、ライターという仕事を続ける上で “温泉” に出合い、興味を持ち、取材を続けるうちに “好き” になったのです。
 ということは、一般の仕事と同じです。
 その世界に入り、続けるうちに興味が湧き、好きになることってありますよね。
 仕事って、そういうものだと思います。


 こんな言葉があります。
 <どんな仕事も好きか嫌いか分かるのに2年かかる。向いているか向いてないかは10年かかる。>

 これは最近読んだ小説の中で、主人公が老舗居酒屋の店主に言われた言葉です。
 まさに僕の場合、この法則に当てはまります。
 フリーのライターになって10年目に “温泉” に出合い、その10年後に “著書” の出版を始めました。


 でもね、1つだけ僕も “趣味と実益を兼ねた” 仕事があります。
 それは、「酔っぱライター」 です!(笑)

 酔っぱライターとは、その名の通り、酒を呑んで、文章にする職業のことです。
 これは完全に、趣味からの出発です。
 僕は、もう何年も前から県内の蔵元をまわって酒を呑み、居酒屋を訪ねて酒を呑んで、そのことを記事に書いてます。

 「好きこそものの上手なれ」 とは、よく言ったものです。
 好きなことは、他人にも伝わりやすいようで、2年前には群馬県酒造組合より 「ぐんまの地酒大使」 に任命されました。


 ということで、昨日は朝から両毛線に乗り込み、群馬の東へと芳醇な香りを求めて、“ほろ酔い旅” をしてきました。
 今回訪ねたのは、県内で初! 県内で唯一!の 「遠心分離搾り」 という画期的な製法で地酒を造っている蔵元です。
 ま~、その味の澄んでいること!
 他に類のない透明感のある酒を存分に、いただいてまいりました。

 ※この記事は、2021年6月4日号の 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に掲載されます。
  


Posted by 小暮 淳 at 09:41Comments(0)取材百景

2021年02月10日

消えた日本一


 30年以上も昔のこと。
 昭和の終わりに、群馬県内のある場所が、“日本一” だということで、マスコミにもてはやされたことがありました。
 当時、タウン誌の記者をしていた僕もカメラを片手に、すっ飛んで行った記憶があります。

 「さて、しばらく噂は聞かないけど、今は、どうなっているんだろう?」
 と思い、ネットで検索をしてみると……
 「あれれ?」
 いくつかの記事は見かけますが、“日本一” をうたっていません。
 「これは、どういうことだ? この30年間で、あの町に、いったい何が起こったのか?」

 そう思ったら、もう居ても立っても居られません。
 「謎学ハンター」 の血が騒ぎ出しました。

 ということで、カメラマンを連れて、現地を訪ねてきました。
 すると!
 あれから、思わぬ騒動が勃発していたことが分かりました。


 群馬県某所。
 まずは、30年前に訪れたことのある “現場” を訪ねました。

 大きい! 見上げるほどの大きさで、そびえ立っています。
 その姿は、30年前と変わりありません。

 でも……
 ないのです!
 何がないって、町に入ってから、この場所に来るまで、一切、観光の案内看板がないのです。
 30年前は、凄かったですよ!
 新聞や雑誌、テレビまで来たのですから、その後、完全に町一番の観光名所となり、 “日本一” の文字が町中に躍っていたのです。
 なのに、まったくありません。


 さらに不思議だったのは、町の中だけでなく、現地の案内板からも、その名前が消されていました。
 「これは、絶対、何かある!」
 と感じた僕は、まず町の観光案内所へ行きました。

 すると……

 案の定、すべての観光パンフレットから、“その名” は消されていました。


 「じゃあ、役場へ行こう!」
 とカメラマンの車に飛び乗りました。
 「役場って、どの部署でしょう? 観光課ですか、文化財? いや教育委員会ですかね?」
 カメラマンの問いに、
 「どこでもいいよ。片っ端から訪ねてみよう!」

 その結果……

 「あっ、……少々、お待ちください」
 「ああ、それはですね……」
 どこも奥歯に物がはさまったような対応です。


 「絶対に知っていますよ。なのに隠している」
 「だね、みんな名前 (日本一の名称) を言うと、顔が引きつったものね」

 そして、待たされること約5分。
 若い職員が出てきて、こう言いました。
 「その件は直接、○○さん (土地の所有者) に聞いてください」

 もちろん僕らは、○○さんの自宅を探し出し、その足で訪ねました。
 そこで知らされた事実は……?


 申し訳ありません。
 せっかくカメラマンを連れて取材をしてきたのですが、記事としての掲載を断念しました。
 もちろん、このブログにも書くことはできません。

 では、この30年の間に何が起こったのか?

 まず、“日本一” ではなかったこと。
 (マスコミが、あおり過ぎたようです)
 そして、権利をめぐり、制作者と地主と町が三つ巴の争いになり、「すべては無かったこと」 にしたようであります。


 よって、裏話としては大変面白いのですが、ライターとして、このことを表に出すことはあきらめました。

 でも、講演ならば大丈夫かも?

 いつか、みなさんの前で、“消えた日本一” のてん末を、面白おかしくお話しできる時が来るかもしれません。
 その日まで、封印いたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:21Comments(2)取材百景

2020年12月12日

酔いどれて二人旅 <沼田~高崎>


 <天空の城下町>
 <日本一美しい河岸段丘>

 JR上越線、沼田駅。
 久しぶりに真田の里、天狗伝説の地に降り立ちました。
 かれこれ、2年半ぶりになります。
 前回もカメラマンと2人、ここからバスに乗り換え、旧白沢村 (沼田市) の酒蔵を訪ねました。

 今回は、さらに北を目指します。
 駅前ロータリーから天狗伝説の霊峰・迦葉山(かしょうざん) 行きのバスに乗り込みました。

 バスはロータリーを出ると、いきなり標高差約70メートルの長くて急な坂道を上り始めます。
 「滝坂」 です。
 これぞ、天空の城下町といわれるゆえんです。
 利根川と片品川にはさまれた沼田市は、巨大な河岸段丘の上に発展した城下町です。
 その規模の大きさと美しさから、社会科の教科書に登場するほど。
 これに感動して、テレビで全国的に紹介したのが、タレントのタモリさんです。

 一躍、沼田市は、河岸段丘の町として有名になりました。


 バスに揺られること約30分。 
 田舎の小さな酒蔵に着きました。

 ♪ 城跡から見下ろせば 蒼く細い河
   橋のたもとに 造り酒屋のレンガ煙突 ♪

 さだまさしの 「案山子」 の歌詞を彷彿させる煙突が、出迎えてくれました。


 なんで、わざわざ電車とバスを乗り継いで、県内の酒蔵をめぐっているのかって?
 答えは、2つ。
 1つは、車で行ったら酒が呑めないから。
 もう1つは、僕が 「ぐんまの地酒大使」 だからです。

 数年前から時間を見つけては、県内の酒蔵をまわり、いずれ網羅したら本にして出版しようと企んでいます。
 だもの、車で行って、酒蔵だけ取材したのでは、ただのガイドブックになってしまいます。
 やはりエッセイとして、紀行文のスタイルで発表したいのです。

 ということで、毎回 “酔眼紀行” を楽しんでおります。


 酒蔵では、蔵元から話を聞き、しっかり試飲をさせていただきました。
 でも次のバスが来るまで30分以上もあります。
 「だったら歩きましょう!」
 と、サンドイッチマンのバス旅よろしく、1つでも多くバス停をかせぐため、駅へ向かって山道を歩きました。

 途中、コンビニがあれば、寄って、ワンカップの酒とつまみを仕入れます。
 そして次のバス停で、体を胃の中から温めながらバスを待ちます。


 現在、連載中のエッセイのタイトルは 『ぐんまの地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』(ちいきしんぶん) といいます。
 酒蔵を訪ねるだけではなく、道中でも酒を呑みます。
 そして、エンディングは居酒屋となります。
 それも、その日、取材した地酒を置いている居酒屋に限ります。


 沼田駅からは電車に乗り換え、高崎駅へ。
 蔵元に紹介してもらった居酒屋を目指して歩きます。

 「乾杯!」
 「一日、お疲れさまでした」

 最後の取材は、打ち上げも兼ねています。
 カウンター越しに、マスターから地酒のうんちくなどを聞きながら酔いしれて、取材は終了します。


 シリーズ9回を数える 『ほろ酔い街渡』 は、新春1月8日号の 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) にて掲載されます。
 ご期待ください。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:11Comments(2)取材百景

2019年12月14日

街を渡る酔っぱライター


 今年4月、僕は群馬県酒造協同組合より 「ぐんまの地酒大使」 に任命されました。
 任命されるきっかけとなったのが、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(発行・ライフケア群栄) に不定期連載している 『群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』 という旅エッセイでした。

 このエッセイは、ただの酒蔵紹介ではありません。
 必ず試飲をするため、車では行きません。
 電車とバス、徒歩で訪ねます。

 これだけだと、ただの “タダ酒飲み” に思われそうですが、さにあらん!
 まだ続きがあります。

 酒蔵で試飲をした後、その試飲した酒が置かれている高崎市内の居酒屋へ移動します。
 もちろん移動手段は、電車とバスと徒歩です。
 途中に入浴施設があれば立ち寄り、ひと汗流して、湯上がりのビールで喉をうるおします。

 いざ、夜の街へ!

 街から街へ、酔っぱらいながら取材をするので 『ほろ酔い街渡』 とネーミングしました。


 昨日は久しぶりに、このエッセイの取材に出かけてきました。
 場所は、県南西部の街の中。
 最寄の駅から歩いて、蔵元を目指しました。

 代表より創業からの歴史や酒造へのこだわりを聞いた後、お約束の試飲タイムへ!
 代表のはからいにより、試飲のレベルを超えた量の新酒をグラスで一杯!
 かんらかんら! 五臓六腑に染み渡ります。

 テンション上げ上げのまま、電車に飛び乗り、日没前に高崎市内の居酒屋へ。
 迷わず、同銘柄の日本酒を注文。
 メニューはおまかせで、「この酒に合う肴を」。


 酔えば酔うほどに、頭が冴えて、文章が浮かび上がってきます。
 まるで、ジャッキー・チェンになったよう。
 酔えば酔うほど強くなる 「酔拳」 ならぬ、ライターの必殺技 「酔筆」 であります。


 2軒目からは、もう仕事ではありません。
 同行のカメラマン氏と肩を組みながら、夜の街へと消えましたとさ。
 めでたし、めでたし。

 ※次回 「ほろ酔い街渡」 は、新年1月10日発行の 「ちいきしんぶん」 に掲載されます。
    


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)取材百景

2019年11月19日

マリア像を探しに


 トイレには 「トイレの神様」 がいますが、僕らの業界には 「取材の神様」 がいます。
 時々、降臨して、奇跡を起こしてくださいます。


 「時季ですし、クリスマスのネタで記事をお願いできませんか?」
 某紙の編集長から依頼がありました。
 「だったら、マリア像でいきませんか!?」
 「マリア像って、教会めぐりですか?」
 「違いますよ、隠れキリシタンです」

 ということで昨日は、丸一日、“隠れキリシタンの里” をめぐってきました。

 幕府の弾圧により全国へ散ったキリシタン信者たちは、人知れず暮らしながらもキリシタンとしての証しを残しています。
 資料によれば、群馬県は全国でも隠れキリシタンが多く潜伏していたと伝わります。
 なぜ、群馬には多かったのか?
 それが僕の、謎学(なぞがく) の始まりでした。


 よく話題になるのが、隠れキリシタンの墓です。
 「クルス」 と呼ばれる十字架に似た文様が隠されている墓です。
 これは県内の広範囲に点在しています。
 ところがマリア像となると、かなり狭いエリアに集中していることが分かりました。

 マリア像を探せ!

 これが一筋縄ではいかない、根気のいる作業でした。
 資料では明記されていても、場所が判然としません。
 必ずしも寺院の境内や墓地にあるとは限りません。
 路傍であったり、山中であったり、調査は難儀しました。

 地元の観光協会や教育委員会にたずねても、「聞いたことはあるが、場所は分かりません」 の一点張りです。
 中には 「聞いたこもない」 と、けんもほろろの応対をされてしまった所もありました。


 そんな折、1本のメールが入りました。
 テレビ番組でお世話になっている構成作家の方からでした。
 「取材の参考になれば」 と、現在、沼田市歴史資料館で開催中の企画展の情報が寄せられました。
 その展示会のタイトルが、『かくれキリシタンと鉱山』(12/3まで) 。

 この展示会との出合いが、一気に運気を変え、「取材の神様」 の降臨を促がします。


 マリア像が集中するエリアとは、県の北部です。
 川場村、沼田市、みなかみ町をめぐり、なんとか3体のマリア像とおぼしき石像を探し出しました。
 でも、この3体は、すべて座像です。

 探しているマリア像のうち、残る1体が立像なんです!
 やっぱり、マリア様といえば、立像でしょう!
 ところが、この立像の場所が、どこに訊いても分かりません。


 神は、ラーメン屋に降臨しました。
 午前の取材に疲れ果てて、カメラマン氏と遅い昼食をとっている時でした。
 なんと! 偶然にもラーメン屋の店内の壁に、沼田市歴史資料館のポスターが貼られていたのです。

 「忘れていたよ、ここだ! ここへ行こう!!」
 と、脱兎のごとくラーメン屋を飛び出しました。


 学芸員に待たされること約1時間。
 その女性の学芸員は、方々の関係者に電話をかけまくり、ついに、「立像を見たことがある」 という人を見つけ出してくださったのです。
 そして、その人のおぼろげながらの記憶をたどりながらも 「だいたい、このあたり」 という場所をスマホで教えてくれました。

 ほとんど目印のない、山の中です。
 でも、行くっきゃない!

 そして僕らは、ついに、山間の渓流の道ばたで、ひっそりとたたずむマリア様と対面いたしました。
 神々しく微笑みながら、僕らを見下ろしています。
 「取材の神様」 の降臨です。
 いえ、イエス様の導きかもしれませんね。


 いくつもの出合いと、偶然の積み重ねにより、またまた大切な宝物にめぐり合えました。
 取材で出会った、すべての方に、感謝とお礼を申し上げます。

 ありがとうございました。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:24Comments(2)取材百景

2019年04月10日

静かな情熱


 たまには、こんな仕事もいいもんです。

 みなさんは、覚えていますでしょうか?
 以前、拙著 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) を、視覚障害者のために高崎市のボランティアサークルが、朗読テープの作成をしてくれた話を。
 ※(当ブログの2019年1月7日 「どこかで誰かが⑪ お役に立てて」 参照)

 一度、その制作現場を見てみたくて、活動拠点である高崎市箕郷町の福祉会館を訪ねてきました。


 サークル名は、箕郷町朗読奉仕 「あじさい会」。
 メンバーは50~70代の女性、9人。
 すでに発足から27年目を迎えています。

 僕が訪ねたときは、レコーディングルームで、朗読の録音中でした。
 毎月、60分のカセットテープ1本を制作しています。
 A面には高崎市の広報、B面にはメンバーが選考したエッセイや小説、民話、落語の小噺などが収録されています。
 僕の本も、今年の1月号に収録されました。


 まず驚いたのは、「今どきカセットテープ?」 という疑問。
 会長の原澤美津子さんによれば、視覚障害者にとっては、「操作が簡単で分かりやすいから」 とのことでした。
 プレーヤーのないお宅には、貸し出しもしているとのことです。

 なるほど、まだまだ、こんなところにカセットテープの需要が残っていたんですね。


 それにしても発足から四半世紀以上とは、素晴らしい!
 継続の秘訣は? と問えば、
 「喜んでくれる人がいることに、やりがいを感じます。みんな、世の中に貢献できていることが嬉しいんですよ」
 そして、一番大切にしていることは? という問いに対しては、こう答えてくれました。

 「静かな情熱です」

 決して目立たない、地味な活動だけど、どこかで誰かが必要としていること。
 それを維持して継続するには、“情熱” が不可欠なのだといいます。


 なんだか胸の奥のほうが、ジワ~ッと温かくなるいい言葉です。
 ちょっぴり得をした気分になった取材でした。

 「あじさい会」 のみなさん、楽しいお話をありがとうございました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)取材百景

2019年03月29日

またしても降臨


 偶然なのか? 必然なのか?
 このような現象を業界では、“神の降臨” といいます。
 ※(当ブログの2017年12月3日 「降臨」 を参照)


 一昨日は、早朝から群馬県北部の古寺を訪ねてきました。
 その寺に伝わる “七不思議” の中の1つが、前々から気になっていたのです。

 この日に取材に出かけることは、1ヶ月以上前から決まっていました。
 でも同行のカメラマン氏とは、「昼飯を食ってから、ゆっくりと午後に出かけましょう」 ということになっていました。
 ところが数日前になって、急きょ、僕に午後より予定が入ってしまいました。

 「では、別の日にしますか?」
 と言われても、月末はスケジュールがいっぱいで、日程の動かしようがありません。
 「わかりました。では、朝イチの9時に現地へ入りましょう」

 “9時入り”というのは、役場の支所のことです。
 現在は平成の大合併により市になっていますが、かつての村役場に寄って、旧村の歴史資料を調べるためです。


 役場職員に事情を話し、村の歴史や伝説に関する書籍を閲覧しているときでした。
 「えーと、○○寺に関するものですよね。確か、この本に書かれていたと……」
 職員は、丁寧に応対してくれました。

 しばらくすると、突然、職員が大きな声を上げました。
 「あれー、住職! ちょうど、いいところに来てくださいました。こちらの方が、○○寺のことを調べに来られているんですよ」
 振り返ると、身なりの立派な僧侶が立っていました。


 一瞬にして、全身が鳥肌に覆われてしまいました。
 カメラマン氏を見ると、口を開いたまま、目を白黒させています。
 「もしかして、降りて来た?」
 「はい、またしてもです」

 取材の神様のお~な~り~!


 住職は、たまたま書類を提出しに来たのだそうです。
 時間もあるということなので、役場の一室を借りて、たっぷりと話を聞くことができました。
 そして、
 「この後は寺にもどりますが、よかったら来ませんか? 詳しい資料もありますので」
 とは、なんたる展開なのでしょうか!

 偶然でしょうか?
 いや、必然でしょう!
 まさに、神の導きとしか思えません。


 最初の予定通り、午後から取材に来ていたら住職には会えませんでした。
 取材日を変更してても会えません。
 ならば、急きょ、午後に予定が入ったことが、“神の降臨” を導いたことになります。

 「小暮さんは、やっぱ、モッテますよ」
 「だなっ!」

 これだからライターという職業は、面白くて辞められません。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:19Comments(0)取材百景

2019年03月09日

小野上温泉は、なぜ小野上温泉になったのか?


 『グラフぐんま』(企画/群馬県、編集・発行/上毛新聞社) に連載中の 「ぐんま湯けむり浪漫」。
 早いもので、今月発売の3月号で17回を数えます。
 毎号、群馬県内の名湯や秘湯を僕流に紹介しています。


 ということで、昨日は早朝より小野上温泉(渋川市) を取材してきました。
 「小野上温泉」 と聞くと、行ったことのある人のほとんどが、日帰り温泉施設の 「さちのゆ」 を連想されるのではないでしょうか?
 確かに入浴施設ばかりが目立っていますが、現在でも他に3軒の宿泊施設がある、れっきとした温泉地です。

 では、なぜ、日帰り温泉ばかりが有名になってしまったのでしょうか?
 それは、この温泉地の波瀾万丈な歴史と関係があるのです。


 「さちのゆ」 がリニューアルオープンしたのは、平成20年10月でした。
 前身は 「小野上温泉センター」 で、それ以前の渋川市との合併前は 「小野上村温泉センター」 と呼ばれていました。
 さらに時はさかのぼり、昭和50年代までは、「老人いこいの家」 という老人ホームが温泉を使用していました。
 そして、さらにさらに時代をさかのぼると……


 行ったことのある人は、気づかれたでしょうか?
 入浴施設の駐車場入口に、石の祠が祀られていることを!
 これは 「湯前薬師石堂」 といい、かつて国道沿いの源泉湧出地にあったものが移築されています。

 創建は寛文4年とありますから、今から350年以上も昔のものです。
 石堂の側面には 「塩川村」 と刻まれ、その時代より、この地に温泉が湧いていたことが記されています。

 これが塩川温泉(鉱泉) の起源です。


 正式に、塩川温泉から小野上温泉へ名称変更がされたのは平成11年9月のことです。
 しかし、それ以前の平成5年には、すでにJR吾妻線に 「小野上温泉駅」 が開設されています。
 では、いったい、いつから 「塩川温泉」 は、「小野上温泉」 と呼ばれるようになったのでしょうか?

 “湯歴ミステリー” の謎を解き明かしてまいりました。

 ※真相は 『グラフぐんま』 4月号にて、ご紹介します。
 

  


Posted by 小暮 淳 at 12:39Comments(0)取材百景

2019年03月08日

酔っぱライターが行く

 
 「取材に来られて、実際にお酒を飲まれた記者さんは、小暮さんが初めてですよ」
 杜氏が笑いました。
 「そのために、わざわざバスで来たんですから」
 「ですよね」
 と、さらにうれしそうに笑いながら、
 「では、こちらも味見をしてください」
 と、次々に酒を注いでくれました。


 昨日は、電車とバスを乗り継いで、群馬県北部の酒蔵を訪ねてきました。
 現在、「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) で不定期連載中の 『ほろ酔い街渡(ガイド)』 の取材です。

 「ということは、その記者は酒蔵を取材に来て、酒を飲まずに記事を書いているっていうことですか?」
 「の、ようですね」
 とは、なんとも不思議な話であります。
 それでは、温泉ライターが、湯に入らずに温泉の記事を書いているようなもの!
 フードライターが、料理を食べずにグルメ記事を書いているようなものです。

 “酔っぱライター” は、酔ってこそ、その酒の良さを引き出すのであります。
 そう、例えるならば、ジャッキー・チェンの映画 『酔拳』 のようなもの!
 飲むほどに、酔えば酔うほど強くなるのです。


 「とかなんとか言っちゃって、小暮さんは、ただの飲兵衛なだけじゃありませんか!」
 と同行のカメラマン氏。
 でもね、類は友を呼ぶのです。
 そのカメラマン氏だって、飲兵衛なのです。
 だから、こうして2人して、電車とバスを乗り継いで、酒蔵めぐりをしているんじゃありませんか!


 そして2人は、またバスに乗り、お約束の夜の街へ……
 今度は試飲ではなく、しっかり浴びるためにです。

 これだから “酔っぱライター” は、やめられませんって!


 ※この記事は4月5日号の 「ちいきしんぶん」 に掲載されます。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:37Comments(0)取材百景

2018年12月04日

ダチョウ倶楽部じゃあるまいし


 「押すなよ! 絶対に押すな!」
 思わず、叫んじゃいました。

 なんだか、ここのところ熱湯風呂づいています。
 先月の湯宿温泉(みなかみ町) に続いて、今月は草津温泉であります。
 しかも同じ雑誌の連載取材です。
 これは担当編集者の僕に対するいじめ、パワーハラスメントに違いありません!


 ということで、昨日は早朝より草津温泉の 「大滝乃湯」 にて、入浴シーンの撮影がありました。
 僕が入る浴槽は、名物の 「合わせ湯」 です。

 一般的に 「合わせ湯」 というと、異なる泉質の温泉に複数回入ることをいいますが、ここの 「合わせ湯」 は泉質ではなく、温度の異なる温泉のことをいいます。
 大きな浴場には、5つの浴槽があります。
 時計回りに、39度、42度、44度、45度、46度。

 僕は自他共に認める “ぬる湯” 好きです。
 ふだん41度以上の湯には入らない、“ネコ肌” なのであります。

 当然、カメラマンも知っています。
 だから僕は、迷わず39度の浴槽に入りました。
 う~ん、ちょうど良い!
 これならば多少、撮影が長引いても大丈夫です。
 リラックスしながらカメラのスタンバイを待っていると……

 「小暮さん、そっちはアングル的にダメですね。こちらの手前の浴槽でお願いします!」
 と声がかかりました。
 振り返ると、カメラマンと担当編集者が、意地悪そうな笑いを浮かべてるではありませんか!!

 手前の浴槽は、45度です。
 あの2人は結託して、僕が “ネコ肌” と知っていながら、陥れようとしているのです。
 まるで、罰ゲームのように。


 「マジかよ!? わざと熱い湯に入れさせようとしてない?」
 「いえいえ、本当なんです。レイアウトと光の加減が、こちらのほうがいいんです」

 もう、こうなりゃ、プロの心意気を見せてやるぞ!
 と、足の先を入れた途端、
 「アチ、アッチィーーーーー!!!」

 ダメだこりゃ、無理だよ。
 でも、プロとしての意地もある。

 「小暮さ~ん、いつでも、どうぞ! 準備オーケーでーす!」
 と言われたって、こっちは心の準備も体の準備もまだなのです。
 「押すなよ! 絶対に押すなよ~!!」
 と叫びつつも、自ら45度の浴槽にドボ~ン!


 「いいですね、もう少し横向いてください。はい、いただきました。今度は、少し前に移動してください」
 カメラマンの調子にのせられて、浴槽の中を動くのですが、そのたびに脳天に向かって、ジンジンとしびれるような熱さが全身を駆け上っていくのです。

 「はい、もうワンカットです。ありがとうございます。もう、いいですよ。ご苦労さまでした」

 瞬時に浴槽を飛び出し、脱兎のごとく脱衣場へと逃げ去ったのであります。


 終了後、
 「ありがとうございました。おかげさまで、いい写真が撮れました」
 と担当編集者が言うものだから、僕も言ってやりました。

 「聞いてないよーーー!」
  


Posted by 小暮 淳 at 13:41Comments(0)取材百景

2018年11月23日

酒のためなら何処までも


 「なんで、こだわるの?」
 と問われれば、
 「酒が好きだから」
 としか答えようがありません。


 群馬という地方で暮らす以上、車は手放せません。
 仕事に、レジャーに、日々の生活に、車は最低必要条件なのです。
 だから、のん兵衛には困ります。

 “飲んだら乗るな、乗るなら飲むな”

 社会ルールに従えば、不便を覚悟で、公共交通機関と徒歩を利用するしかありません。


 僕は2006年から 「ちいきしんぶん」 という高崎市のフリーペーパーに、車を使わない旅のエッセイを連載しています。
山を登り、里を歩き、滝や渓谷をめぐるシリーズは、2011年に 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞) という書籍として出版されました。
 おかげさまで、すぐに増刷され、今でも春と秋の観光シーズンには書店の特設コーナーに陳列していただいています。

 なぜに、長きにわたり読者に愛されているのか?
 それは “不便な旅” を楽しみたいからに、ほかなりません。

 ま、僕の場合、不便を楽しみたいからではなく、酒が飲みたいからなのですが、結果、不便も一緒に楽しんでいます。


 昨日は丸一日、JRと私鉄の電車を乗り継いで、往復1時間半も歩いて、酒を飲んで来ました。
 今回のテーマは、“晩酌” です。
 これからの寒い季節、やっぱ熱燗が恋しくなります。
 燗をするとなれば、やっぱ甘口の酒です。

 県内でも唯一、もち米を使って甘口の酒を造っている酒蔵があるというので、訪ねてきました。

 冷えた体に染み渡る、燗の酒!
 酒自体に味があり、つまみが無くてもクイクイといけてしまうのが、甘口のなせる技です。
 淡麗や辛口の酒が多過ぎると、お嘆きの貴兄、世の中捨てたもんじゃありませんぜ!
 まだまだ晩酌専用の硬派な酒を造り続けている蔵人が、群馬にはいるんです。


 ちょっぴり試飲が過ぎてしまい、ほろ酔い千鳥足で歩き出しました。
 無人駅で電車を待つ間の風の冷たさが、いいのです。

 「さ~、夕陽が沈むぞ~! 本番は、これからだ~!!」
 と、カメラマン氏と連れ立って、夜の街へと繰り出したのでありました。


 ※次回 『群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』 は、「ちいきしんぶん」 12月21日号に掲載されます。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(2)取材百景

2018年09月07日

酒蔵てくてく歩き


 「えっ、公共交通機関だけで行くっていっても、かなり便の悪い所もあるでしょう?」
 と、ちっと驚いたような顔をした放送作家のT氏。
 神奈川県在住の彼は、さらに言葉を続けました。
 「だって東京や埼玉だって、不便な所はあるんだから、まして群馬ならなおさらだ!」

 某テレビ局の暑気払いの酒宴でのこと。
 なんのことかと言えば、僕が今年から酒蔵をめぐる記事の連載を始めたという話をしたからでした。


 “趣味と実益を兼ねる” 
 これが、僕がフリーのライターになった一番の理由です。

 温泉が好きだから、温泉に入り、記事を書く。
 山が好きだから、山を歩いて、記事を書く。
 そして、それ以上に酒が好きだから、必ず取材では酒を飲み、そのことを包み隠さず記事に書く。
 という仕事をしてきました。

 でもあるとき、はたと気づいたのであります。
 だったら、酒を訪ねて、酒を飲み、記事を書いてもいいのではないか……と。

 でも、そうなるとクルマの運転はできない。
 カメラマンに運転させれば、いいか?
 いや、彼も僕に負けず劣らずの酒好きである。
 そんな酷なことは、口が裂けても言えない。

 だったらやっぱ、あの手しかないじゃないか~!!

 ということで、またしても奥の手を使うことになりました。
 それは、“公共交通機関で行く” シリーズです。

 かつて僕は、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 紙上で、この “公共交通機関で行く” を冠にした 「里山をゆく」 と 「ぶらり水紀行」 という紀行エッセイを連載したことがありました。
 そして、このシリーズは、のちに 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) というタイトルに改題され、書籍として出版された経緯があります。

 今回も、この取材方法を利用することにしました。


 群馬県内の酒蔵を訪ね、取材をしながら酒を飲む。
 近くに温泉があれば、一浴して、酒を飲む。
 そして夜、電車とバスに揺られて高崎市内にもどり、昼間取材した酒が置かれている居酒屋を訪ねる。

 おかげさまで、このシリーズも3話目となりました。
 昨日は、JR上越線の最寄り駅から片道40分歩いて、酒蔵を訪ね、近くの温泉で汗を流してきました。
 もちろん、夜の居酒屋での取材も、しっかりこなしてきました。


 ということで、冒頭の放送作家氏からの問いの答えは、「最寄の駅、またはバス停から、ひたすら歩く」 であります。
 でも、こんな過酷な取材ができるのも、体が動くうちですね。

 ※次回、「公共交通機関で行く 群馬の地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)」 の掲載は、「ちいきしんぶん」 9月21日号の予定です。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:13Comments(0)取材百景

2018年07月01日

コオ先生が教えてくれたこと


 30年も前のことです。
 僕は、駆け出しのタウン誌記者をしていました。

 巻頭のインタビュー記事の取材で、切り絵作家の関口コオ先生のアトリエを訪ねたことがありました。
 すでに先生は、切り絵の第一人者であり、個人美術館が建つほどの人気作家でした。

 駆け出しの僕は、大変緊張していたのだと思います。
 そこで、我がライター人生最大の失態を演じてしまいました。
 それは……
 今思い出しても、おぞましい出来事です。

 なななんと! 2時間のインタビューが、まったく録れていなかったのです。
 編集室にもどり、カセットテープを再生しても、何も録音されていませんでした。
 まさに、青天の霹靂!
 頭の中が、真っ白になってしまいました。
 怖くて、怖くて、編集長にも事実を伝えられないまま、一日、また一日と原稿の締切日だけが近づいてきます。

 どうしたらいい?
 先生に土下座して、もう一度、話してもらおうか?
 いえいえ、そんなことはできません。
 大先生に対して、あまりにも失礼です。

 えーい! こうなったら矢でも鉄砲でも持って来い!
 清水の舞台から思いっきりダイビングしてやる!

 腹をくくった僕は、わずかなメモと記憶だけを頼りに、巻頭4ページの特集記事を書き上げました。
 後は野となれ山となれであります。


 そして1ヶ月後、雑誌は書店に並びました。
 当然、先生にも見本誌が郵送されているはずです。
 毎日、編集室の電話が鳴るたびにおびえていましたが、先生からのクレーム電話はありませんでした。

 それから数ヵ月後のこと。
 コオ先生の個展が開催されました。
 腹をくくり、針のムシロの上に座るつもりで、ご挨拶に行きました。

 受付で記帳を済ませて、会場を見渡しましたが、先生の姿は見えません。
 「今だ、チャンス!」
 とばかりに、会場内を一周して、早々に退場しようと思った、その時です。
 壁に貼られた、4枚の紙が目に留まりました。
 見覚えのある記事です。

 そうです、僕が書いたインタビュー記事でした。

 そして、記事に近づいた時でした。
 「小暮さん、この度は、ありがとうございました」
 振り返ると、コオ先生が立っていました。
 「とっても素敵な記事です。私の言いたいことが全部、書かれています。嬉しかったので、貼ってしまいました」


 実は、それから後のことは、ほとんど覚えていません。
 たぶん、僕は舞い上がり、高揚していたのかもしれません。
 もしかしたら想像もしなかった展開に、驚き、涙していたのかもしれません。

 でも今思えば、あの出来事がなかったら、僕は、その後、ライターになっていなかったかもしれないということです。
 “記録よりも記憶”
 “頭で書くな、心で書け”
 そう、コオ先生が教えてくださいました。


 享年81歳。
 昨日、先生の訃報を告げる新聞記事を読みました。
 ご冥福をお祈りいたします。

 先生、ありがとうございました。
    


Posted by 小暮 淳 at 17:32Comments(0)取材百景

2018年06月12日

TENGU伝説


 <もし一連の事件の舞台が沼田でなかったとしたら、誰もあの男のことを “天狗” とは呼ばなかっただろう。> ( 柴田哲孝著 『TENGU』 より)


 僕は、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に、『民話と伝説の舞台』 という伝奇エッセーを連載しています。
 来月の掲載で、第25話を数えます。
 過去には、カッパや大蛇、龍神、巨人、化身、妖怪、地獄、竜宮伝説を追いかけてきました。
 今回は、天狗です。


 <沼田は天狗の町である。駅周辺や、市内のいたる所に天狗の文字やその図柄が描かれ、この街を訪れる者を伝説の世界へと誘ってやまない。北関東随一の荒祭として名を誇った祇園祭は、いまも沼田の天狗祭として面影を残し、巨大な天狗面の神輿が市内を練り歩く姿が夏の風物詩となっている。> (同書より)


 JR上越線、沼田駅には、大きな天狗様の像が立っている。
 あれ、昔は、こんな大きな像は、あったかしらん?
 はたして沼田市は、いつからこんなにも “天狗の町” になったのだろうか?
 
 天狗と町の関係を知りたくて、市役所を訪ねました。


 経済部産業振興課商工振興係によれば、毎年8月に行われる 「沼田まつり」 で巨大な天狗面を担ぐ天狗みこしが登場したのは、意外と新しく昭和47年(1972) からだといいます。
 それ以前は、「沼田祇園祭」 と 「沼田まつり商工祭」 という2つの祭りがあり、昭和45年に統合され、市民総参加の 「沼田まつり」 が誕生したとのことです。

 で、その2年後に大天狗面を担ぐ 「天狗みこし」 が初めて登場するのですが、昭和45年に大天狗奉賛会が交通安全を祈願して迦葉山(かしょうざん) に奉納した張子の大天狗面 「交通安全身代わり大天狗」(顔4m、鼻2.7m) をみこしに仕立てて担いでいました。
 現在祭りに参加している2基は、昭和58年(1983) に奉納された張子の大天狗面と、平成11年(1999) に奉納された強化プラスチック製の大天狗を、それぞれみこしに仕立てたものです。


 やはり、沼田市の天狗のルーツは、霊峰・迦葉山にあり!

 ということで昨日は、台風が接近した雨模様の中、その足で関東三大天狗の御山と知られる迦葉山龍華院弥勒護国禅寺を目指しました。
 すると、ある事実が浮かび上がってきたのです。
 それは、弥勒寺が開創された嘉祥元年(848) 当時は、まだ天狗伝説は存在していなかったこと。
 600年以上のちの康正2年(1456) のある日、旅の坊さんが、小僧さんを一人連れて迦葉山に登って来ました。
 この小僧さんが、摩訶不思議な神通力を使い、数々の奇行をしたといいます。

 彼は、何者なのでしょうか?

 謎学の旅は、つづくのです。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:55Comments(0)取材百景

2018年06月04日

そして、榛名湖へ


 何週間ぶりに、週末はオヤジの介護から解放されました。

 なにをしようか?
 自由に動ける休日です。
 一日中、酒を飲んで、家の中でゴロゴロしていようか。
 それとも、映画でも観に行こうか。

 たまには、家庭サービスをするか?
 いやいや、それはないな。
 なーんて、1ヶ月も前からワクワクしながら休日の予定を考えていたのです。

 でも、貧乏性は治りません。
 「一日も無駄にしたくない」 という思いが、僕を仕事モードへ向かわせます。
 「そうだ、彼を誘って、撮影に行こう!」
 と数週間前に、カメラマンにアポを取りました。
 彼のスケジュールも、OK!

 朝からオジサン2人の、スナップ旅行が始まりました。


 なんのことかといえば、今夏、出版が予定されている著書のことです。
 出版まで、残り2ヶ月を切りました。
 「まえがき」 や 「あとがき」 などを除く、ほとんどの原稿は出揃いましたが、いくつか写真が足りません。
 必要とされている写真は10点ほどあり、その被写体は群馬県内に点在しています。
 今月中には、撮影しなければなりませんでした。

 ということで、“介護がない日が吉日” とばかりに、朝から県内各所をめぐりました。


 「残るは、榛名湖だけですね」
 カメラマンの車が、榛名山を目指します。

 標高1,100メールの湖畔は、別天地です。
 この日の下界の気温は30度。
 休日ということもあり、涼風を求める観光客でにぎわっていました。

 でも僕らの目的は、観光ではありません。
 湖畔にある、“あるモノ” を撮影するために訪れたのです。
 観光客は、誰一人気づきません。
 “そのモノ” は、人知れず、ひっそりと、たたずんでいます。

 摩訶不思議なモノが、湖畔に鎮座しているのです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:12Comments(2)取材百景

2018年05月11日

ぶらり、尾瀬の里へ


 尾瀬の玄関口、JR上越線、沼田駅。
 駅前より大清水行きのバスに乗って、約40分。
 老神温泉に降り立ちました。


 僕は2015年5月に、『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) という本を出版しました。
 この本では、老神温泉の15軒の宿すべてを取材しています。
 また、「老神温泉大使」 に任命されているので、取材以外のイベントにもたびたび参加しています。
 いわば、何十回と訪れている勝手知ったる温泉地なのであります。

 でも今回、初めて電車とバスを乗り継いでやって来ました。
 なぜか?
 ええ、まあ、事情がありまして、クルマの運転ができないのであります。


 「老神温泉」バス停を下りると、目の前が朝市広場です。
 昼時だったので、すでに終了していましたが、この広場には、ギネス世界一の 「大蛇みこし」(108m) が常設展示されています。

 くしくも昨日は、年に1度、この大蛇みこしが練り歩く 「大蛇まつり」(5月11日~12日) の前日でした。
 温泉街では、協会職員や旅館の主人たちが、祭りの準備に追われています。

 「あれ、小暮さん! 今日は?」
 顔見知りの人たちが、声をかけてくれました。
 「今日は、取材です。今年は祭りに出られなくて申し訳ありません」
 週末は親の介護のため、祭りを欠席せざるを得ませんでした。


 温泉街を散策の後、昼食を兼ねて、ひと風呂浴びに、日帰り入浴施設の「湯元 華亭」 へ。
 ほんのり硫黄の香りのする名湯につかりながら、まぶしいほどの新緑を満喫しました。

 「今日は一日、よろしくお願いします」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」
 「カンパーイ!」

 湯上がりに、同行のカメラマン氏と生ビールで、取材の無事と成功を祈りました。


 僕は現在、高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」 に、『ほろ酔い街渡(ガイド)』 という旅エッセイを連載しています。
 この連載は、タイトルどおり酒を飲みながら旅をするシリーズです。
 群馬県内の地酒を求めて、酒蔵や居酒屋をめぐります。

 ということで、クルマの運転ができないため、公共交通機関を利用して取材をしているのです。


 今回は、尾瀬の銘酒を訪ねて来ました。
 掲載は、6月1日号です。
 お楽しみに!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:40Comments(2)取材百景

2018年02月28日

地酒を訪ねて


 「趣味と実益を兼ねる」 という言葉があります。

 そもそも僕がライターという職業を選んだのも、「遊ぶように仕事を楽しんで、仕事をするように真剣に遊びたい」 と思ったからなのです。
 温泉の本を書いているのも、山登りの連載を書いているのも、すべて趣味と仕事のボーダーレスを計ったからであります。

 で、もう1つ、僕には大好きなモノがあります。
 1年365日、絶対に欠かせないモノ!

 そう、酒です。


 好きな酒を飲んで、それが仕事になったら……
 それは、のん兵衛にとっては、究極の人生であります。
 まさに僕にとっては、最大の趣味と実益の融合なのであります。

 僕は、この仕事に就いた30年前から、いつもいつも、この “融合” について思索を続けてまいりました。
 だから温泉に入っても酒を飲み、山を登っても酒を飲み、それを文章にしてきました。

 でも、何かが違う!
 まだ究極ではない!
 酒が飲みたいがための、こじつけ取材ではないか!
 そんな疑問が、日々自分を問い、攻め続けていました。

 で、ついに、答えが出たのであります!!

 そう、酒を訪ねて、酒を飲む。
 酒蔵と居酒屋のダブル取材は、可能にならないものか?
 これならば、かの吉田ルイ氏もやっていない究極の酒好きのレポートではないか!?

 ということで、今年から群馬県内の酒蔵をめぐり、そこで酒を飲み、その酒が最良の肴で飲める居酒屋を訪ねることにしました。
 酒好きのための、酒好きによる、酒三昧の旅エッセイの連載であります。


 一昨日、カメラマン氏を伴い、シリーズ第1回目となる群馬県西部にある酒造会社を訪ねてきました。
 会社設立の歴史や日本酒ができるまでの工程を取材、そして、しぼりたての原酒の試飲。
 その後、ほろ酔い気分で周辺を散策しながら、居酒屋へ。

 先ほど訪ねた酒蔵の地酒を、旬の味覚とともにいただきました。


 ん~、実にいい。
 これ、これですよ。

 趣味と実益の融合に成功した瞬間を味わってまいりました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:37Comments(2)取材百景

2017年12月03日

降臨


 お笑いの世界には、“笑神” と呼ばれる笑いの神様がいるそうです。
 いつものステージなのに、突然、笑神が降りてくると、ドッカン、ドッカン、ネタが受けて、客席が爆笑に包まれます。

 ミュージシャンの世界にも、“音楽の神様” がいるようです。
 120%の演奏ができたり、作曲中に思わぬフレーズが浮かんだり、そんなとき、「あっ、降りてきた!」 と感じるといいます。

 実は、僕らライターの世界にも、神様はいます。


 昨日、群馬県内の某神社へ行ってきました。
 別に、何かを祈願しに行ったわけではありません。
 取材です。

 その神社には、鳥居がありません。
 最初から無かったのではなく、ある事件をきっかけに鳥居が取り外されてしまいました。
 そして境内には、犬の銅像と由来が書かれた石碑が建立されています。
 さらに、その隣には、犬を供養した “石尊様” と呼ばれる祠が祀られています。

 僕は、この伝説の謎を解くために訪れたのでした。


 「何をなさっているのですか?」
 メモを取っているいると、突然、見知らぬ初老の男性が声をかけてきました。
 「取材です。来年は戌年なので、犬の像が建てられた理由が知りたくて……」

 すると男性は、こう言いました。
 「だったら、うちに来ませんか? すぐ、そこですから、お茶でも飲みながら話しましょう」

 最初は何を言っているのだか分かりませんでしたが、男性は、クルリときびすを返すと、石碑の裏側に回り込みました。
 「私は、こういう者です」
 と指さした先には、
 <設立実行委員会委員長>
 と書かれています。

 えっ、本当?
 マジですか~!?

 「詳しい資料もありますし、建立までのいきさつをお話しいたしますよ」


 来た!来た!来たぁぁぁぁ~!!!
 降りて来たーーーっ!

 そう、“取材の神様” っていうヤツですよ。
 渡りに舟、なんていうレベルじゃありません。
 奇跡に近い出会いです。


 「やっぱり、僕はモッテますね」
 同行のカメラマン氏に言うと、
 「ええ、そう思います。過去にもありました。これで2度目ですよ」

 神が、降臨しました。

 あとは、僕の文章しだいということです。
 “文章の神様”
 今度は、あなたが降りて来てくださいね。
    


Posted by 小暮 淳 at 17:29Comments(6)取材百景