温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2017年12月03日

降臨


 お笑いの世界には、“笑神” と呼ばれる笑いの神様がいるそうです。
 いつものステージなのに、突然、笑神が降りてくると、ドッカン、ドッカン、ネタが受けて、客席が爆笑に包まれます。

 ミュージシャンの世界にも、“音楽の神様” がいるようです。
 120%の演奏ができたり、作曲中に思わぬフレーズが浮かんだり、そんなとき、「あっ、降りてきた!」 と感じるといいます。

 実は、僕らライターの世界にも、神様はいます。


 昨日、群馬県内の某神社へ行ってきました。
 別に、何かを祈願しに行ったわけではありません。
 取材です。

 その神社には、鳥居がありません。
 最初から無かったのではなく、ある事件をきっかけに鳥居が取り外されてしまいました。
 そして境内には、犬の銅像と由来が書かれた石碑が建立されています。
 さらに、その隣には、犬を供養した “石尊様” と呼ばれる祠が祀られています。

 僕は、この伝説の謎を解くために訪れたのでした。


 「何をなさっているのですか?」
 メモを取っているいると、突然、見知らぬ初老の男性が声をかけてきました。
 「取材です。来年は戌年なので、犬の像が建てられた理由が知りたくて……」

 すると男性は、こう言いました。
 「だったら、うちに来ませんか? すぐ、そこですから、お茶でも飲みながら話しましょう」

 最初は何を言っているのだか分かりませんでしたが、男性は、クルリときびすを返すと、石碑の裏側に回り込みました。
 「私は、こういう者です」
 と指さした先には、
 <設立実行委員会委員長>
 と書かれています。

 えっ、本当?
 マジですか~!?

 「詳しい資料もありますし、建立までのいきさつをお話しいたしますよ」


 来た!来た!来たぁぁぁぁ~!!!
 降りて来たーーーっ!

 そう、“取材の神様” っていうヤツですよ。
 渡りに舟、なんていうレベルじゃありません。
 奇跡に近い出会いです。


 「やっぱり、僕はモッテますね」
 同行のカメラマン氏に言うと、
 「ええ、そう思います。過去にもありました。これで2度目ですよ」

 神が、降臨しました。

 あとは、僕の文章しだいということです。
 “文章の神様”
 今度は、あなたが降りて来てくださいね。
    


Posted by 小暮 淳 at 17:29Comments(4)取材百景

2017年11月04日

編集の考え方。


 凄惨かつ猟奇な連続殺人事件が起きてしまいました。
 そして、またしても “ネット社会の闇” が露呈されました。

 「自殺募集」 だなんて……

 現代社会では、“死” すらも 「いいね」 の承認を欲しがるのでしょうか?
 僕には、理解ができません。


 そもそも僕は、自他共に認めるネット音痴ですからね。

 パソコンはあるけど、原稿とブログを書くのと、メールのやり取りにしか使いません。
 スマホを持たないので、「検索」もしません。
 調べごとは、すべて辞書か図書館です。
 車には、ナビが付いていませんので、今でも道路地図が必需品です。

 それでも別段、不自由はありません。
 いえいえ、逆に、知識は身に付くし、場所は覚えるし、いいことのほうが多いと思います。
 自分で答えを導くことは、とても楽しいことなんです。
 ただ、時間と手間がかかります。

 現代社会では、それを “不便” というのかもしれませんね。


 先日、紹介した 『d design travel 群馬』(D&DEPARTMENT PROJECT)。
 デザインの視点で全国47都道府県の魅力を発信している観光ガイドブックです。
 実際に編集部が現地に暮らすように滞在して、取材して、原稿を書くという、業界の常識では考えられない手間をかけた編集をしています。

 この本の表紙を開くと、最初に書かれているのが 『編集の考え方。』 です。
 ・必ず自費でまず利用すること。実際に泊まり、食事し、買って、確かめること。
 ・感動しないものは取り上げないこと。本音で、自分の言葉で書くこと。
 <中略>
 ・写真撮影は特殊レンズを使って誇張しない。ありのままを撮ること。
 ・取り上げた場所や人とは、発刊後も継続的に交流をもつこと。

 同感です。
 まさに僕の取材方針と同じです。
 “共感” や “感動” は、実際に見て、聞いて、体験し、表現したモノに対してのみ与えられる称賛であります。

 安易に 「いいね」 を欲しがるものではありません。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:16Comments(0)取材百景

2017年09月03日

される側の心理②


 「小暮さんの本は、5冊持っています」
 「ありがとうございます。温泉が、お好きなんですね?」
 「いえ、小暮さんが好きなんです」

 なーんて言われてしまえば、もう訊かれたことは、なんでも話してしまいますって!
 いえいえ、訊かれないことだって、みーんなしゃべっちゃいますよ。


 ということで、昨日、某誌から取材を受けました。
 しかも、東京から前橋くんだりまで、わざわざ僕を訪ねて来てくれたのです。
 それも、3人で!

 通常、新聞や雑誌の取材って、記者やライターが1人でやって来ます。
 昔はカメラマンが付いてきましたけど、今はカメラの性能が良くなりましたからね。
 たいがい1人できます。
 なのに、3人ですよ!(ビックリしました)

 ライターと担当編集者、と、なんと編集長さんまで!

 事前に、「うちの編集長が、ぜひ、お会いしたいと言っています」 とは聞いていたものの、本当に現場に来られるとは、驚きました。
 だって編集長のN氏は、業界では、かなりの著名人であります。
 そんな方が、僕のために、しかも群馬まで来てくれるなんて……(恐縮であります)

 で、名刺交換のあいさつの席で、冒頭の会話が交わされたというわけです。


 「この本にも小暮さんのことが、書かれていますね」
 と開口一番、N氏がテーブルの上に置いたのは、木部克彦さんの著書 『続・群馬の逆襲』(言視舎) でした。

 そうなんです。
 友人でもある元新聞記者でジャーナリストの木部さんが、この本の中で僕のことを “温泉バカ一代” と称し、「いかにも世界屈指の温泉大国・群馬らしいオジサンがいます」 と書いているのです。

 「よく調べていますね」
 「たまたま読んでいたら、小暮さんのことが書かれていたもので……」
 開かれたページには、赤い線が何本も引かれていました。


 僕の職業は、ライターです。
 フリーになる前の雑誌記者時代を入れれば、もう、かれこれ30年も取材活動をしています。
 たぶん、お会いして話を聞いた人の数は、何千人にもおよぶと思います。
 いわば、僕は取材を “する側” の人間なのです。

 それが、なんだか、ここ数年は、立場が逆転する現象が起きています。
 “される側” になっているのです。

 ライターが取材を受けるって、とっても不思議です。

 でも、こうやって、僕の本や記事を熱心に読んでくれて、さらに会いに来てくれる人がいることに、大変感謝します。
 本当に、ありがたいことだと思います。
 “される側” になって、初めて分かることって、あるのですね。


 2時間にわたる、長い取材でした。
 編集長のNさん、編集者のSさん、ライターのSさん、ありがとうございました。
 今から10月の発行日を楽しみにしています。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:16Comments(0)取材百景

2017年07月15日

龍を見たか


 2007年6月から高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に、『ぶらり水紀行』 という旅エッセイを不定期連載しています。
 途中、何年か休載期間はありましたが、昨年から再び連載が始まりました。
 ※(2010年までの連載は 『ぐんまの里山てくてく歩き』 というタイトルで出版されています)

 で、この連載には、<公共交通機関で行く>というサブタイトルが付いてます。
 そうなんです!
 移動手段にクルマは使用せず、すべて電車かバス、徒歩のみで水辺を旅します。
 なぜ、そんなにも面倒臭いことをするのか?
 はい、たっぷり汗をかいたら、温泉に入って、キーンと冷えた生ビールを飲みたいからであります。
 だからクルマだったら数時間で回れてしまうコースを、毎回、たっぷりと1日かけてめぐっています。


 ということで、昨日は、高崎駅から電車で新町駅まで行き、バスに乗り換えて上野村へ。
 清流・神流川周辺の滝をめぐってきました。

 神流川の支流、野栗沢川にある 「龍神の滝」 を訪ねた時のことです。
 滝つぼに下りて、落差約20メートルの壮大な滝を眺めていました。
 クネクネと三段になって落ちる様は、まさに龍が天へ昇るかのようであります。

 突然、同行のカメラマン氏が、こんなことを言いました。
 「小暮さんは、龍を見たことがありますか?」

 「えっ、リュウ? 龍って、いるの?」
 「ええ、僕はまだ見たことがありませんが、見たと言う人は、けっこういるんですよ」

 そう言って、いくつかの事例を話してくれました。
 摩訶不思議な話ばかりなのですが、なかには有名人の体験談もありました。
 そして、龍を見たという人たちは、みんな人生の成功者になっていました。

 「まるで、座敷わらしのようだね」
 僕が、そういうと氏は、滝の上に広がる青空を見上げて、
 「現れてくれませんかねぇ~」
 と懇願するのでした。


 “龍を見た人は幸運をつかむ”

 確かに昔、何かの本で読んだ記憶があります。
 いったい龍とは、どんな姿をしているのでしょうか?

 見てみたいような、怖いような……


 ※この日の紀行文は、8月11日発行の 「ちいきしんぶん」 に掲載予定です。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:13Comments(0)取材百景

2017年05月03日

いとしのシュンラン


 <物心がついた頃から、山を歩いていた記憶がある。それは父が 「日本野鳥の会」 の会員だったことも大きく関係しているような気がする。今はもうない、生家の廊下には、つねにリュックが掛かっていた。休日の朝、晴れていれば、山がその日の小暮家の遊び場となった。(中略) この金のかからない遊びは、大人になって、自分が家族を持ってからも続けられた。我が家の子どもたちは、3歳になれば “山デビュー” をさせた。>
 『ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) より


 いつしか、趣味が仕事になっていました。
 でも、相変わらず高山は苦手で、低山ばかり歩いています。
 理由は、たった1つ!
 極度の高所恐怖症だからです。
 吊り橋、岩場、ハシゴやクサリは、ご法度です。

 しかも下山後は、必ず酒が飲みたくなるという中毒症状が現れる、やっかいな登山者なのです。
 となれば、クルマは使えません。
 帰りのことを考えれば、当然ですが電車やバスの公共交通機関を利用するしかありません。


 ということで昨日は、低山のメッカ、埼玉県の外秩父の山をいくつか縦走してきました。
 降り立ったのは、JR八高線の小川町駅。
 小川町は、「武蔵の小京都」 と呼ばれる美しい町です。
 古い町並みを抜けて、最初に目指したのは標高299mの仙元山。
 そう、ハイカーの間では、“早春の貴婦人” とも称されるシュンラン(春蘭) が咲くことで知られる人気の里山です。
 僕も過去に、この山で、その美しい淡黄緑色した花を見たことがあります。

 でも花が咲くのは、3~4月です。
 運が良ければ見られるかもしれませんが、少し時季が遅すぎます。
 また、地元の人の話では、心無いハイカーたちにより、だいぶ盗掘されてしまっているようです。


 でも、でもでもでも、会いた~い!
 そんな熱烈な思いが通じたのでしょうか!?
 山頂付近の山桜の根元の陰に、ひっそりと隠れるように一輪、咲いていたのです。

 その清楚で可憐な姿は、
 「あなたが来るのを、こうして、ここで待っておりました」
 と言わんばかりであります。
 「おお~、いとしのシュンランちゃん!」
 長年、離れ離れに暮らしていた恋人に会ったようで、大声を上げて狂喜乱舞してしまいました。


 神様は、いるんですね。
 仕事だけど、最高のゴールデンウィークとなりました。

 もちろん下山後は、駅前の居酒屋に駆け込み、カメラマン氏と祝杯を上げたことは言うまでもありません。
 「シュンランとの再会に乾杯!」
 来年も、会いに来るからね。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:56Comments(0)取材百景

2016年10月20日

四万百遍


 ♪ はるか昔 戦(いくさ) に疲れ ひとりの武士(おとこ) が
    夜露に濡れる仮の宿で 夢見たものは
    「四万(しまん) の病 癒やす泉をそなたに授けん」 と言う
    童(わらべ) が立ちて 願いたくした 湯いずる国 湯源郷(とうげんきょう) ♪
      『湯源郷』 より


 2000年10月に開催された 『探四万展(さがしまてん)』 というイベントに、作家兼パネリストとして参加したのが四万温泉(群馬県吾妻郡中之条町) との仕事の出合いでした。
 それ以前からプライベートでも出かけていましたから、かれこれ僕と四万温泉との付き合いは20年以上になります。
 そんな縁もあり、僕は2011年に 『あなたにも教えたい四万温泉』(上毛新聞社) という本を上梓しました。

 今回、またまた縁があり、中之条町から 「観光大使」 に任命されました。
 その初仕事として、某紙より執筆依頼があったため、今日、久しぶりに四万温泉を訪ねてきました。

 ま、著書では43本の源泉と37軒の宿と6つの外湯(共同湯) をすべて取材していますから、今さら取材することもないんですけどね。
 やっぱ、そこは、ライターとしてのプライドが許しません!

 “現場百遍”

 取材は、し過ぎるということはないのです。

 ということで四万温泉協会を訪ね、午前は事務局長および職員らと打ち合わせをし、午後はカメラマンと共に外湯および飲泉所をめぐりました。


 取材とは、面白いものですね。
 何十回、いや、たぶん百回以上は訪れているはずなのに、やはり新しい事実にめぐり合うものです。
 たとえば、源泉の数は42本に、宿の数は36軒に、外湯は5つに変わっていました。
 それに入浴と飲泉の結果、においや浴感、味までもが変化していました。
 温泉は、生きているのですね。

 やっぱり、“現場百遍” なのです。


 でも変わらないものもあります。
 自然の豊かさと人のやさしさです。


 <四万には、コンビニがありません。四万には、信号機がありません。四万には、歓楽施設がありません。でもここには、青く澄んだ川の流れと、こんこんと湧き出す豊潤な温泉、そして何百年もの間、湯とともに暮らしてきた素朴な人たちが生きています>
    『あなたにも教えたい四万温泉』 より
  


Posted by 小暮 淳 at 22:21Comments(0)取材百景

2016年10月14日

さいたまの里山てくてく歩き


 僕は2011年1月に 『ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社) という本を出版しています。

 これは高崎市のフリーペーパー 『ちいきしんぶん』 に2006年12月~2010年8月に連載された 「里山をゆく」 と 「ぶらり水紀行」 に加筆・訂正し、新たに書き下ろしを付け加えたものです。
 おかげさまで本は増刷となり、現在も県内の書店で販売されています。

 ところが連載のほうは、その後しばらく休載されていました。
 が、今年の4月より 「新・里山をゆく」 「続・ぶらり水紀行」 とタイトルを変えて、6年ぶりにシリーズが復活しました。


 このシリーズは、“公共交通機関で行く” というサブタイトルが付いています。
 また、著書にも “電車とバスで行く” と付いています。
 なーんでか?

 勘の良い読者は、すぐにお分かりですよね。
 そう、酒が飲みたいからです!
 下山後に、キューッと生ビールを飲みたいじゃないですか!!

 だったらクルマなんて、いらない!
 不便で結構!
 小さな山でも、丸一日かけて、のんびり、ゆっくりと歩こうじゃないの!

 と、そんな山が好きで、酒が大好きな僕と相棒のカメラマンが10年前に企画したスローなレジャー企画なのであります。


 ということで昨日は、標高400メートルにも満たない小山を、1日かけてのんびりと歩いてきました。
 目指したのは、埼玉県小川町にある官ノ倉山(344.7m) ~石尊山(344.2m) の縦走。
 高崎駅からJR八高線の電車に揺られること、約1時間。
 無人駅の竹沢駅に降り立ち、2つのピークを踏破してきました。

 山頂では、お約束の芋焼酎のお湯割りでカンパイ!
 下山後は、ゴールのJR八高線、小川町駅前の居酒屋に飛び込んで再度、祝杯を挙げました。

 えっ、「よく飲みますねぇ」 ですって?
 いえいえ、のん兵衛は、これで終わりませんよ!
 勢いがつき、高崎駅に降り立った2人は、さらに夜の街へと繰り出して行ったのであります。


 筆者が楽しい旅は、読者だって楽しいに決まっているのだ!
 これで、いいのだ!!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:08Comments(0)取材百景

2016年10月09日

される側の心理


 僕はライターですから、人に会って話を聞くのが仕事です。
 編集者時代も含めると、かれこれ30年近くも行っています。
 たぶん、今までに何千人という人と会い、話を聞いて、記事にしてきたことになります。

 いわば、取材のプロと言えるかもしれません。

 現在も、温泉地をまわって、ご主人や女将さん、関係者に会って話を聞いて、文章を書いていますから、30年前と変わらないビジネスライフを送っています。
 が、ここ数年で、僕を取り巻く環境が変わりました。

 本が出版された後、講演やセミナー、また最近ではNPOの活動や温泉大使に就任した時などは、新聞や雑誌、テレビ、ラジオからインタビューや取材を受けるようになりました。
 そう、それまでと、まったく逆の立場になる瞬間が訪れるようになったのです。

 最近は、少しだけ慣れてきましたが、最初は勝手が分らず、緊張のしっぱなしでした。
 だって話を聞くのはプロでも、聞かれるのはズブの素人ですからね。
 「えっ、そんなこと考えたこともありませんでした」
 「たぶん、そうだったと思います」
 なーんてね。あたふたとしていたわけです。

 でも、おかげで、取材を “される側” の心理が理解できるようになりました。
 「ここはストレートに訊くんじゃなくて、やんわりと遠回しに訊いたほうが、答えやすいんだな」
 なんて。


 それと、もう1つ。
 取材を “する側” の心理までもが、読めるようになるんですね。
 「あっ、この人、僕のことあまり知らないな」
 とか、
 「著書の1、2冊くらい読んでから来ればいいのに」
 とかね。

 でも、大概はその逆で、
 「わぁ~、さすがプロの記者だなぁ~」
 と、出来上がった原稿を見ると、感心してしまいます。
 また、同業者なので、取材の苦労も知っていますしね。


 正直なところ、お互いが記者同士ですから、やりにくいことは確かです。
 相手も緊張するけど、こっちも平常心ではいられません。
 プロとプロの真剣勝負!

 「いい記事を書くぞ!」 VS 「いい記事にしてもらうぞ!」
 のガチンコ対決です。
 結果、新聞や雑誌で記事を見たときに、感動と満足感が味わえるのです。


 でも所詮、僕は “する側” の人間です。
 いい取材をして、いい記事を書いて、いい仕事をしたご褒美として、“される側” の人間に時々ならせていただくことにします。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)取材百景

2016年06月11日

続・ぶらり水紀行


 高崎市のみなさ~ん、こんにちは!
 今日はエリア限定のお知らせです。
 (でも、ネットでバックナンバーが読めますので、高崎市外の人は検索してみてください)

 「ちいきしんぶん」(発行/ライフケア群栄) は、旧高崎市内に10万部(約9割の家庭や事業所) が無料配布されているフリーペーパーです。
 この冊子に僕は、『ぶらり水紀行』 という旅エッセイを連載していました(2007年6月~2010年8月)。
 一部が2011年1月に上毛新聞社から出版された 『ぐんまの里山てくてく歩き』 に収録されているので、市外にお住まいでも知っているかもしれませんね。

 で、このたび、6年間の沈黙をやぶって、“ぶら水” が帰ってきます!


 復活第1弾は、知る人ぞ知る県内最大級の名瀑を訪ねました。
 もちろん、従来のルールにのっとって、自宅から目的地まで一切、車は使いません。
 電車とバスなどの公共交通機関、および徒歩のみです。

 今回も、車で行けば駐車場から徒歩5分の距離を、たっぷり最寄りの駅から往復4時間の山道を歩きました。

 シリーズが始まった9年前は、僕もまだ40代後半でした。 
 同行のカメラマン氏にいたっては、40代前半でした。
 でも今は、お互い五十路の坂道を登っています。

 「このシリーズは、体力との勝負ですね」
 「でも、これがある限り、歩けますって」
 と、観瀑台の大岩の上で、日本酒で乾杯!

 苦あれば、楽あり。
 そして、駅にたどり着いた2人を待っていたものは!?!?!?
 思わぬサプライズに、狂喜乱舞するのでありました。


 『続・ぶらり水紀行』 は、7月1日号の 「ちいきしんぶん」 に掲載されます。
  


Posted by 小暮 淳 at 15:46Comments(0)取材百景

2016年04月08日

てるてる坊主の恩返し


 ♪ てるてる坊主 てる坊主
    あした天気にしておくれ
    いつか夢の空のよに
    晴れたら金の鈴あげよ ♪


 06:00
 「おい、坊主!」
 「あっ…」 
 「あっ、じゃねーよ! 外を見てみろ! 雨だぞ、雨!」
 「す、すみません。うっかり、夕べは眠ってしまいました」
 「なんだ!? オメエ、ちゃんと仕事しないと首チョン切るぞ!」
 「 そ、それだけは、ご勘弁を」
 「だったら今からでも晴れにしてくれよ」
 「そ、そんなぁ~。天気予報は雨なんですからね」
 「だから、こうやってオメエに頼んでいるんじゃねーかよ!」

 僕はおとといの晩、40数年ぶりに 「てるてる坊主」 を作り、仕事場の窓辺に吊るしました。
 昨日の天気予報は全国的に雨。それも暴風雨が吹き荒れ “春の嵐” になるといいます。
 しかし、群馬県地方は雨の降り出しは遅く、昼からの予報。
 ならば1本電車を早めて、昼までに登頂することにしました。

 なのに予想はハズレ、朝から雨でした。


 08:30
 JR高崎駅からS線に乗って、A駅に下車。
 依然、雨は降り続いています。
 駅から登山口までは、約6km。
 乗り合いバスも出ていますが、1日にたったの2本です。
 仕方なく、雨の中を傘を差して歩くことにしました。

 「わざわざ雨の日に登山を決行しなくてもいいのに」と思われるかもしれませんが、締め切りは待ってくれません。
 僕とカメラマンのスケジュールが合う日が、昨日しかなかったのです。
 ※(詳しくは2016年3月25日 「帰ってきたサトヤマン」 参照)


 11:00
 A市とT市の境にそびえるS山に登頂。
 雨は、いよいよ本降りに。
 それでも山頂広場を覆いつくす満開の桜の森に感激しました。


 14:00
 下山後、2時間歩いてJ線T駅へ。
 雨は、だんだん小降りとなり、傘を差さない人の姿もちらほら。
 駅前の食堂で、遅い昼食をとることに。

 「カンパーイ!」
 キーンと冷えたビールで、下山祝いをしました。


 17:30
 無事、帰宅。
 すでに雨は上がり、西の空に晴れ間が見えます。

 「ね、晴れたでしょ!」
 「晴れたでしょ、じゃねーよ。遅過ぎるだろう!」
 「でも天気予報では、夜まで強風と横殴りの雨が降るわけだったんですよ」
 「じゃあ、なにかい? 午後になって雨がやんだのは坊主の手柄だとでもいうのかい?」
 「はい、そうですとも。あれから後悔して、一心に念じておりました」
 「本当かなぁ~?」
 「本当ですとも。だってご主人様は、ワタシの首をハネなかったじゃありませんか」
 「まあな…」
 「だから、そのやさしさへの恩返しです」


 ♪ てるてる坊主 てる坊主
    あした天気にしておくれ
    わたしの願いを聞いたなら
    甘いお酒をたんと飲ましょ ♪
   


Posted by 小暮 淳 at 12:41Comments(0)取材百景

2016年01月12日

分身之術


 かれこれ20年以上も前の話です。
 僕は雑誌の記者をしていました。

 さる彫刻家の先生を取材した時のことです。
 アトリエには、何体もの作品が所狭しと置かれていました。

 どうして彫刻家になったのか?
 どんな活動をしているのか?
 そして、僕が一番知りたかったのは、「どうやって生計を立てているのか?」 ということでした。

 芸術家って、食っていけるの?

 インタビューとしてはタブーな質問ですが、興味のあるところです。
 しかも当時は、まだ僕はサラリーマンでしたから、好きなことだけをして生活している人に疑問があったのです。
 どうみたって、この手の作家が創り出すモノは、あくまでも作品であって、決して飛ぶように売れる商品ではありません。

 僕は、怒られるのを覚悟で、ズバリ、訊きました。
 すると作家は、摩訶不思議な話をし出したのです。

 「1つだけ、ちゃんとしたモノを作ればいいんだよ。あとは俺が寝ている間に、こいつがもう1つ作ってくれる。そして、そいつがもう1つ。知らないうちに、こんなにも作品が増えているんだ。簡単なことだよ。生きていくなんて」

 もう、何を言っているのか、さっぱり分かりません。
 たぶん作家は、うわべだけしか見ない、薄っぺらい記者の質問には答える気にもならず、煙に巻こうとしたのかもしれません。

 「まるで “分身之術” のようですね」
 そう言葉を返すのが、精一杯でした。
 すると作家は、
 「分身之術か……。いいこと言うね。そうだよ、分身之術だ」
 と、笑ったのであります。


 それから数年して、僕は会社を辞めてフリーのライターになりました。
 5年、10年が過ぎ、あれから20年が経った今になって、おぼろげながら作家が言っていた “分身之術” の意味が、やっと分かるようになりました。


 先日、突然、有名週刊誌の編集者から連絡があり、取材を受けることになりました。
 今までも中央のテレビや雑誌から出演や取材、執筆の依頼を受けることはありましたが、決まってテーマは群馬の温泉についてでした。
 でも今回は違います。
 温泉ライターとして、温泉の入浴法についてのインタビューだったのです。

 えっ、なんで僕なんだろう?
 全国には、もっと著名な温泉のスペシャリストがたくさんいるのに?
 そう、不思議に思っていました。

 はたして取材を受けてみて、その真相を訊ねてみると・・・
 「新聞の連載を読んでいた」
 というでは、ありませんか!

 1つの記事が、もう1つの記事を生み出したということです。

 思い返してみれば、現在の僕の仕事は、すべてこの “分身之術” により成り立っているんですね。
 社長兼、営業兼、制作兼の一人力で仕事をこなすフリーの身には、実はこの術を駆使して生きるしか道はないのです。

 今さらながら、作家先生には感謝しています。
  


Posted by 小暮 淳 at 23:28Comments(4)取材百景

2015年12月24日

謎学の旅はつづく


 2005年2月から2006年9月までの1年半、僕は前橋市の生活情報誌 『月刊ぷらざ』 に、「編集長がゆく」 というドキュメントエッセイを連載していました。
 これは、いわば編集後記のようなもので、編集人だった僕が1号1話、気になる県内の謎を解いていく人気のシリーズでした。

たとえば、“高崎に日本一小さい湖があった” とか “前橋にウナギを食べない住民がいた” とか “浦島太郎の墓が伊勢崎にあった” とか “本当にキュウリを食べない人たちがいた” などなど。
 バカバカしいけど気になる謎や不思議を、大真面目に解明していくエッセイだったのです。
 ※(エッセイの一部は、このブログのカテゴリー 「謎学の旅」 より閲覧できます)


 雑誌の休刊とともに余儀なく連載も打ち切りとなってしまいましたが、翌年2007年8月からは、同じ流れをくむシリーズの連載が、高崎市のフリーペーパー 『ちいきしんぶん』 で始まりました。
 「謎学の旅」 と 「民話と伝説の舞台」 です。
 こちらは、現在でも不定期ながら連載が続いています。

 と、いうことで、今日は今年最後の取材に行ってきました。


 場所は、県南西部にあるK町。
 この町には、日本全国に3ヶ所しか存在しない、とっても希少で不思議な “場所” が存在します。
 もちろん、群馬県内では、ここだけにしかありません。

 まずは役場の教育委員会を訪ね、文化財保護係の人に話を聞いてきました。
 事前に趣旨を話し、取材申し込みの連絡を入れてあったので、資料を用意して待っていてくださいました。

 次に、地元住民への聞き込みです。
 「昔は、血のように真っ赤だったのよ。だから、あんな名前が付いたんだと思いますよ」
 なーんていう、生々しい声まで拾ってきました。

 「すぐ近くに、確か古い神社がありました。そこへ行けば何か分かるかもしれませんね」
 そう言って、わざわざ地図を持ち出して、場所を教えてくださった人もいます。

 そして、いよいよ現場へ!


 「本当だ! 今でも赤いですよ!」
 そう言って駆け出し、シャッターを切り出した同行のカメラマン氏。
 「ん~、きっと昔の人は、この光景に地獄絵を重ねていたんだろうね」
 と僕。

 「この先に、名前の由来を記した古文書がある寺があります」
 「だったね、行ってみようじゃないか!」

 謎学の旅はつづく……。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:59Comments(0)取材百景

2015年08月16日

のようなもの


 みなさんは、どんな夏休みを過ごされていますか?

 「そんなものは、ねーよ!」
 と、盆休みもなく働いている人は、たくさんいるでしょうね。
 特に、個人事業主の方々、心中をお察しいたします。
 “世間並み” に盆休みくらいは取りたいものです。

 かくいう僕も、そんな “世間並み”の暮らしをできずにいる小市民の一人であります。
 まして今年の僕の夏は、心身ともに疲れ果てています。
 ※(理由は、当ブログの2015年8月10日 「ピンチ到来!」 を参照)


 そんな僕にも、真夏のサンタさんからプレゼントがありました!
 “夏休みのようなもの” をいただきました。

 8月14日~16日は、磯部温泉(群馬県安中市) の 「磯部温泉祭り」 です。
 日頃から温泉組合、旅館組合の方々には、大変お世話になっているものですから、今年は、この祭りに参加してきました。
 といっても、そこは “温泉のプロ” です。
 ただ参加して、遊んでくるのでは、もったいない!
 ということで、ディレクター氏とカメラマン氏も同行してもらい、「祭りのドキュメントを取材しちゃおう!」 ということになりました。


 で、どんな取材をするのかといえば・・・

 ええ、まあ、あの、その……
 温泉に入ってですね、湯上がりは浴衣に着替えて、下駄をカランコロン鳴らしながら温泉街を歩いてですね、ビールなんか売っていたら、すぐ買っちゃって、グビグビと飲みながら、たこ焼きなんかをつまみつつ、お祭り広場までの道程を歩くだけなんですけどね。

 午後8時、温泉街に光と音が響き渡り、花火大会の始まりです。

 おのおの散策をしていた僕らは、温泉街を見渡す 「見晴らし広場」 に集合!
 ビール片手に、「たーまーやー」 と叫びながら、つかの間の夏休みを過ごしたのでありました。


 磯部温泉のみなさん、大変お世話になりました。
 取材協力、ありがとうございます。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:49Comments(0)取材百景

2015年08月12日

復活! 民話と伝説の舞台


 高崎市民のみなさ~ん、こんばんは!
 今日は、地域限定でお送りします。

 創刊30周年を迎えた高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(発行/ライフケア群栄)。
 発行部数10万部の県内最古の老舗タウン誌であります。

 僕は以前、この冊子に、いくつか連載をしていました。
 その1つ、2007年11月~2013年12月の6年間に連載していたシリーズ 『民話と伝説の舞台』 が、このたび、2年間の沈黙を破って帰ってきます!

 このシリーズは、連載開始当時から読者のみならず、各方面のメディアからも賛辞をいただくほど評判となり、長期シリーズ化となったエッセイです。
 テーマは、群馬県内に伝わる民話や伝説。
 物語を追いながら、その舞台となった現在の場所を訪ねます。
 そして、物語に隠された“嘘” と “真実” を解き明かす歴史検証ミステリーなのであります。

 たとえば、こんなテーマがありました。
 ●「姫よ、なぜにあなたは竜になった!?」(木部姫伝説)
 ●「高崎版 ロミオとジュリエットの悲劇」(佐野の舟橋)
 ●「しだれ桜を寺から移したのは誰だ!?」(夜泣き桜)
 ●「巨人が射抜いた岩は、どこへ落ちたのか?」(百合若大臣)
 ●「オオカミの首をねじ切った大男は実在した!」(鬼利兵衛)
 ●「茶釜のふたは、どこへ行った?」(分福茶釜前世物語)
 などなど。
 ※バックナンバーは、当ブログ 「お気に入り」 より閲覧することができます。


 と、いうことで、今日は久しぶりに奇妙な伝説を求めて、県内某村へ取材に行ってきました。
 その村にある “森” には、必ず縁を切ることができる石祠があるといいます。
 そして、その根拠となる伝説には、悲しく残酷な物語が隠されていました。

 『民話と伝説の舞台』 の連載再開は、9月の第3金曜日発行号からです。
 乞う、ご期待!
   


Posted by 小暮 淳 at 20:30Comments(0)取材百景

2014年10月05日

フジテレビが来た!


 まったくもって、どこで、誰が読んでいるか、分からないものです。
 なんのことかって? はい、このブログのことです。

 過去には、直木賞作家で経済評論家の故・邱永漢先生が、僕のブログを読んでいるとかで連絡をいただき、連載を書かせていただいたことがありました。
 あの時も、ずいぶん驚きましたが、今回も突然でビックリしました。

 2週間ほど前のこと。
 フジテレビのディレクターという方から電話をもらいました。
 もちろん、その方は僕の連絡先を知るよしもありませんから、著書の出版元に問い合わせがあったようです。

 「フジテレビの 『ノンストップ!』 という番組ですが、出演していただけませんでしょうか?」
 とのことでした。
 なんでも、そのディレクター氏が、このブログの読者だというのです。

 ん~、本当に、どこで誰が読んでるか分からないものです。


 で、その後、何度か電話のやり取りがあったのですが、まったく先方の予定と僕のスケジュールが合いません。
 「最悪の場合は、コメントだけいただいて、著書だけの映像を流します」
 ということになりました。

 ま、それはそれで仕方がありません。
 本だけでも放映されれば、全国区ですものね。いい宣伝になります。
 出版元も喜んでくれるでしょう。

 と思っていたら、先週になって、
 「3日はどちらにおりますか?」
 との電話が入りました。

 3日の予定は、すでに先方に伝えてあります。
 群馬県沼田市の老神温泉に、「泊まり込みの取材に出ています」 と。
 なのに、「どこにいるか?」 とは、おかしな質問です。

 すると、
 「ええ、老神温泉にいることは聞いておりますが、どちらの旅館にお泊りでしょうか?」


 と、いうことで、な、な、なんと!
 一昨日、夜。
 本当に!フジテレビの撮影スタッフは、僕が取材で泊まっている老神温泉の「観山荘」 まで来てしまったのです。

 「えっ、観山荘でも、老神温泉の取材でもないのに、大丈夫ですか?」
 と問えば、
 「はい、観山荘の社長には、すでに承諾をとってあります」
 だなんて、さすがフジテレビ!
 段取りが、よすぎます。

 すぐに社長に確認すると、
 「うちを取材している小暮さんを、今度はテレビ局が取材に来るなんて、面白いですね」
 と、寛大な応対をしてくださいました。
 本当にありがとうございました。


 結果、観山荘のロビーと、僕が宿泊した客室でインタビューを受けました。
 なんだか、とっても不思議な気分になった夜でした。

 ※この時の様子は、10月13日(月・祝) 放送のフジテレビ 『ノンストップ!』(9:50~11:30) で放映されます。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:24Comments(2)取材百景

2013年12月08日

片目ウナギ伝説


 「小暮さん、高崎にもウナギを食べない人たちがいましたよ!」
 編集者のYさんから電話をいただきました。

 「やっぱり虚空蔵様の化身ですか?」
 「いえ、ふつうの神社なんですが、やはり鰻池(うなぎいけ) があって、そこのウナギはすべて片目だっていうんです」
 「片目だ?」
 「ええ、興味あるでしょう。取材、してみませんか?」

 と、いうことで先週、温泉取材の合い間をみて、高崎市某所にある神社へ行き、ウナギを食べないという住民に会ってきました。


 読者のみなさんは、覚えていますか?
 以前、このブログで、前橋市の特定な地域の住民たちは、ウナギを食べないという話を書いたことを。
 ※(詳しくは、2010年8月4日 「謎学の旅② ウナギを食べない住民」 参照)

 話を要約すれば、
 ●ウナギは虚空蔵尊の化身として保護されている。
 ●眼病治療に霊験あらたかなことから、ウナギに願をかけ、その願いが成就すると池に奉納した。
 ●そのため、患者の身代わりとなった池のウナギは眼病をわずらい、片目のウナギになった。
 ●昔、ある人が池のウナギを捕って食べたら、たちまち目が見えなくなった。
 との伝説があり、現在でも信仰する氏子たちは、決してウナギを食べないということでした。


 今回、僕がお会いしたOさんは77歳。
 生まれも育ちも高崎市K町で、現在もK町に暮らしています。
 K町にあるN神社には 「片目鰻の池」 というのがあり、ここが伝説の発祥地です。

 「子どもの頃は、絶対に食べませんでした。でも大人になって、仕事でよその土地へ行ったとき、ウナギを出されましてね。断るのも失礼なので、仕方なく食べたことがありました。美味しかったですね(笑)。でも、このことは、もちろん家族をはじめ地元の人たちには、絶対に話せませんでした」

 Oさんは、今でも自宅や地元ではウナギを食べないといいます。


 前橋、高崎以外にも、まだまだウナギを食べない人たちが、いそうですよね。
 他の地域でも、ウナギを食べない人たちがいたら、ぜひ、ご一報ください。
 取材に伺いたいと思います。

 ちなみに、今回の取材記事は、今月20日発行の 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) の1面に掲載されます。
 興味のある方は、ご覧ください。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:23Comments(2)取材百景

2013年07月04日

ホタル、とんだ!


 早くも、来年に出版予定の本の表紙撮影が行われました。

 おかげさまで、2009年から上毛新聞社より出版している “群馬の温泉シリーズ” も、今春発売された 『みなかみ18湯 〔下〕』 で5冊目となりました。
 シリーズの本文写真は、同行取材をしているアートディレクターの桑原一氏が撮ってくださっていますが、表紙とグラビアに関しては、毎回、プロのカメラマンにお願いしています。
 今までの担当カメラマンは、下記のみなさんです。

 第1弾 『ぐんまの源泉一軒宿』(2009年)       綱島 徹 氏
 第2弾 『群馬の小さな温泉』(2010年)         竹沢 佳紀 氏
 第3弾 『あなたにも教えたい 四万温泉』(2011年)  酒井 寛 氏
 第4弾 『みなかみ18湯 〔上〕』(2012年)        酒井 寛 氏
 第5弾 『みなかみ18湯 〔下〕』(2013年)        酒井 寛 氏

 そして来年、シリーズ第6弾の表紙およびグラビアの写真を担当するカメラマンは・・・


 一昨日の夕方。
 僕は、群馬県内の某温泉の宿で、ビールを片手に、彼の到着を待っていました。

 「小暮~! なんだよ、もう飲んでんの?」
 「あたりまえでしょ、お前も、どう? 少し入ったほうが、いい写真が撮れるぞ!」
 と言って、僕は缶ビールを1本、彼に手渡しました。
 「へへへ、そうかな~。日没までは、まだ、だいぶ時間があるしなぁ……」
 「アルコールで清めて、煩悩(ぼんのう) と邪念を払う。そして、残された感性のみでシャッターを押す!」
 「まったく、小暮は相変わらずだなぁ~! 昔と、ちっとも変わっちゃいない」

 とかなんと言いながら、これからの撮影の成功を祈願して、豪快に飲み干したのであります。

 彼の名は、綱島徹。
 僕と彼は、中学から高校をともに過ごした、いわば悪友同士であります。


 午後6時30分
 宿を出て、すでに事前にロケハンを済ませておいたベストポイントへ。

 「まだ、明るいな。これじゃ、宿の明かりも見えない」
 と、三脚を立てながら彼が言う。

 午後7時
 「まだですね。西の空が明る過ぎる」

 7時30分
 カシャー、カシャー、カシャー ・・・・・

 やっと薄暮の山間に、シャッター音が鳴り響き出しました。


 8時10分
 「小暮、時計持ってる? 2分間を計ってくれ?」

 暗闇の中で、彼の声だけがします。

 カッ・・・・・・・・・・・・・(中略)・・・・・・・・・・・・シャ!

 長い長い、開放状態での撮影です。

 「次、1分30秒」 「次は1分ちょうどで、たのむ」


 なんとも、不思議な時間が、2人の間に流れました。
 急に、学生時代のことや一緒に東京へ出た日のこと、大人になってからも2人で旅をしたこと……

 暗闇の中で、時計の針とともに、想い出を追いかけていました。


 と、その時です。

 スーーーーーーーッ
 と、光が視界の中を横切りました。

 <あっ、妖精かも?>
 と一瞬、思いましたが、それはホタルでした。
 ※(なぜ妖精かと思ったのかは、当ブログの2010年11月16日「妖精目撃」を参照)

 ホタルが1匹、光の線を描きながら、僕らの前を通り過ぎて行ったのでした。



 8時30分
 「カンパーイ!」

 宿の協力を得て、僕らだけの遅い夕食が始まりました。

 「お疲れさまでした。とりあえず、OKだね」
 と、僕が言えば、
 「たぶん、な。ま、出版までは、あと1年あるんだ。何度でも撮りに来るさ」
 と彼。

 「そうか、すまんな」
 「なーに、大変なのは、これから小暮のほうだ」
 「そっか(笑)」

 これから1年かけて、また長い長い、温泉行脚(あんぎゃ) の旅を続けなくてはならないのです。


 読者のみなさーん!
 ご期待くださいね。
 シリーズ第6弾で、僕の温泉ライターとしての集大成をお見せしますよ。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:03Comments(0)取材百景

2013年03月04日

75分の78


 先週、みなかみ町にある18温泉地の全75軒(みなかみ町観光協会加入旅館) を “湯破” したと書きました。

 しかし正しくは、昨秋出版した 『みなかみ18湯』 の上巻と今春出版する下巻に掲載される温泉宿の総数が75軒ということで、実際には、それ以上の温泉宿を取材しています。

 では、なぜ75軒なのか?


 実は、78軒の宿を取材したのですが、3軒は発売までに事情により “削除” されたのです。

 その理由とは・・・


 現在、出版されている上巻には、34軒の宿が紹介されています。
 当初の予定では、36軒が掲載されるはずでした。
 僕も36軒の宿を取材して、その数だけの原稿を書き上げて、出版元へ送りました。

 ところが!

 印刷に入る段階になって、急きょ2軒が掲載不可となってしまいました。
 取材後、廃業して売られてしまったのです。
 現在は、2軒とも経営者が変わり、宿名も改名され旅館としての営業を再開しています。

 まったくもって、先の分からない世の中です。

 「本ができるまで、うちも潰れないように頑張らなくちゃね」
 と、今回も不景気にグチをこぼす経営者は、大勢いました。
 それほどに、温泉地の現状は悪化しています。

 だからこそ、僕はこうやって、手弁当同然の待遇でも、温泉地へ通い続けて、本を作り上げようとしているのです。
 何が何でも、群馬の温泉を守りたい。
 歴史と文化のある温泉を後世に残したい。
 その一心で、温泉シリーズの本を書き続けています。

 どうか、温泉宿の経営者のみなさん!
 応援しますので、頑張ってくださいね。



 掲載されなかった、あと1軒は、下巻の取材中に発覚しました。
 なにが、発覚したのか?

 その前に、「温泉」 の定義について話さなくてはなりません。
 僕が温泉を取材する場合、“温泉法による温泉”の定義は適用しません。

 “スポイト温泉” という言葉をご存知ですか?

 温泉法には、希釈(きしゃく) に対する定義がありませんから、源泉を何十倍、何百倍、何千倍に水で薄めても 「温泉」 と認めています。
 “スポイト温泉” とは、この法律を逆手にとって、水を張った浴槽にスポイトで一滴だけ源泉をたらしても 「温泉」 として提供しているような温泉施設に対して、揶揄(やゆ) した言葉なのです。

 ですから、僕は取材対象の条件として、
 ① 自家源泉を所有していること。
 ② または源泉を引き湯していること。
 を通達しています。

 ところが今回、手違いがあり、この2つの条件に当てはまらない宿が取材対象に含まれていました。
 事前に、しっかり調べておかなかったのがいけないのでが、結果的に、僕が現場で気づくことになりました。

 ・加水あり
 ・加温あり
 ・循環ろ過装置使用

 あれ? 源泉の温度は高いのに加温?
 pH8.5のアルカリ性の割には、いくら加水しているといっても湯が硬質過ぎます。

 不思議に思って、主人に話を聞くと、ポリ容器にて源泉を持ってくる 「汲み湯」 だったことが分かりました。
 温泉法上では問題のない 「温泉」 ですが、僕の本の場合、掲載は不可ということになります。

 宿もきれいで、とても感じのいい主人だったのですが、残念です。



 75分の78 ・・・


 本に掲載されない、幻の温泉宿の話でした。
     


Posted by 小暮 淳 at 21:08Comments(2)取材百景

2013年01月05日

気絶しそうな人形


 今日が、今年の仕事始めとなりました。
 いや、書き仕事は2日からしていましたから、正確には初取材へ行ってきたということです。

 でも、温泉ではありません。
 某誌からの依頼による “達人” へのインタビューです。
 今年最初の取材は、新春にふさわしく江戸末期から伝わる桐生からくり人形芝居の保存会の人たちを訪ねてきました。


 桐生といえば、「西の西陣、東の桐生」 といわれるほどの織物の町。
 上毛かるたにも 『桐生は日本の機(はた)どころ』 と詠まれています。
 今でも、機械の音が乱反射して和らぐように屋根をギザギザにした 「のこぎり屋根」 の織物工場が残されている街として有名です。

 僕は群馬県のタウン誌の編集をしていたので、桐生へはたびたび取材を訪れています。
 また、何年か前まではJRの旅冊子の編集にもたずさわっていたので、のこぎり屋根工場や土蔵が多く残る街並み、名物のうどん屋などを取材しています。

 もちろん、「桐生からくり人形芝居館」 のある有鄰館(ゆうりんかん) へは、桐生取材のたびに寄っています。
 有鄰館とは、街の中心にある蔵群です。
 塩蔵、酒蔵、醤油蔵、味噌蔵など9つの土蔵や煉瓦蔵からなり、現在はギャラリーや多目的イベントスペースして開放されている桐生の情報発信基地。

 この蔵群の一番奥、ビール蔵にあるのが、からくり人形の芝居館です。
 もちろん、ここも過去に見学をしたことがありました。

 でも、見ると聞くとは大違い!(ふつうは「聞くと見るとは大違い」と言いますがね)

 そう、見ているだけでは知りえなかった、復元・復活までの並々ならぬ努力と苦労話を保存会の人たちから、たっぷりと聞いてきたわけであります。


 桐生からくり人形芝居のはじまりは嘉永5年(1852)、桐生天満宮御開帳で 「飾り物」 として行われました。
 以後、9回の興行が行われましたが、昭和36年を最後に途絶えてしまいました。
 時は流れ平成9年、桐生市内の蔵から江戸情緒を留めるからくり人形が発見されたのを機に、市内の有志が集まり前身となる研究会を発足。人形の復元を始めます。
 平成11年に、レプリカ人形による「曽我兄弟夜討」の上演で、復活をとげました。

 現在、保存会の会員は25人。
 人形の頭以外は、舞台も衣装もすべて会員による素人の手作りだといいます。
 その完成度の高さには定評があり、NHKテレビにも取り上げられ、多勢の参観者が訪れています。

 研究会発足当初、日本人形学界の有識者が視察に訪れ、「気絶しそうな貴重な文化財」 と絶賛したといいます。


 ご興味のある方は、毎月第1土曜日に 「桐生からくり人形芝居館」(有鄰館内) にて無料で上演されていますので、お出かけください。
    


Posted by 小暮 淳 at 21:02Comments(0)取材百景

2012年10月18日

達人に聞く


 昨年開催された 「群馬DC(デスティネーションキャンペーン)」 にあわせて、前年から群馬県が発行している観光情報誌 『ググっとぐんま』。
 僕は、創刊号から編集にたずさわっています。

 現在は、主に温泉ページの担当をしていますが、人物シリーズも創刊当時から執筆しています。

 初年度の2010年は、「○○人」シリーズでした。
 「草津人」「尾瀬人」 と題して、その土地で長年、観光に尽力してきた人物を取材しました。

 昨年はタイトルが 「○○のつくりびと」 と変わり、テーマごとに、物作りにこだわった匠(たくみ) たちを紹介しました。
 たとえば 「山のつくりびと」 では、“幻のキノコ”といわれる黒まいたけの栽培人。
 「川のつくりびと」 では、群馬のブランド魚 ギンヒカリの養殖人。
 また、「空のつくりびと」 では、30畳の巨大凧(だこ) を作って大空へ揚げる夢追い人など、群馬で活躍する職人たちの技と素顔にスポットを当ててきました。


 そして今年のシリーズタイトルは、「○○の達人」 です。

 達人とは?

 広辞苑によれば、
 ①学術または技芸に通達した人。
 ②広く物事の道理に通じた人。人生を達観した人。
 とあります。

 春夏秋冬、号によってテーマがありますので、そのテーマに沿った “達人” を探して、インタビューに出かけて行きます。

 たとえば、夏号のテーマは 「高原」。
 赤城高原をフィールドに活躍する世界ランカーの “ディスクドッグの達人” を紹介しました。
 秋号のテーマは、「橋」。
 ご存知、みなかみ町の諏訪峡大橋で行われている “バンジージャンプの達人” を紹介しました。

 そして今回、冬号のテーマは 「温泉街」 であります。
 温泉街にも、各ジャンルに様々な達人がいます。

 湯の達人、接客の達人、料理の達人、販売の達人などなど・・・
 その中で、今回スポットを当てたのは?

 と、いうことで今週、久しぶりに草津温泉を訪ねて、取材をしてきました。

 えっ、いったい誰を取材したのかって?
 それは、雑誌が発行されてからのお楽しみであります。
 ※( 『ググっとぐんま』冬号は、12月1日発行予定)


 いずれにせよ、1つのことを極めた達人たちの話は、実に面白いのです。
 取材をしている僕が、「へぇ~、そうなんだぁ~!」 と驚いてしまう話は、間違いなく読者の関心を引きます。

 何歳(いくつ) になっても、ワクワク、ドキドキできる仕事は、楽しいものです。
 今から、次はどんな達人に会えるのか、待ち遠しいですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:42Comments(2)取材百景