温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2010年06月30日

涼求めて 秘湯めぐり

 今月のはじめに、上毛新聞社の広告局から「著書の中から、おすすめの秘湯宿を何軒か、ご紹介していただけませんか?」という電話がありました。夏休み前のクルマ特集で、温泉めぐりの記事を載せたいとのことでした。

 “いくつか”とのことだったので、適当に「名物女将のいる宿」とか「ユニークな主人のいる宿」とかにカテゴリーを分けて、11軒ほどピックアップして送りました。

 その記事が、今日の上毛新聞に大きく掲載されています。
 「エコカー補助金 終了直前特集」と題した、別刷の紙面です。
 6~7ページ見開き、「涼求めて 秘湯めぐり」というタイトルで、9つの一軒宿が紹介されています。
 記者さんも頑張りましたね。僕が選んだ11軒中、9軒も取材したなんて、ご苦労さまでした。

 すでに掲載前から、取材を受けた旅館の女将からは、お礼の報告をいただいています。
 「ありがとうございます。小暮さんが推薦してくださったのでしょう。うちみたいな小さな宿は、なかなか雑誌や新聞が取り上げてくれませんからね」と。
 うれしいですね。少し、お役に立てたみたいで。

 僕が秘湯の一軒宿をめぐりだした理由も、そこにあります。
 旅行雑誌やガイドブックは、群馬県内の温泉を紹介する場合、いつもいつも草津や伊香保、水上、四万ばかりです。
 “もっともっと群馬には、小さくてもいい湯宿がたくさんあるのに”
 そんな思いからの取材活動と本の出版でした。

 今も続編執筆のため、群馬県内を東奔西走中!
 まだまだあるぞ、「ぐんまの小さな温泉」!

 では、今日もこれから温泉行脚の取材旅行へ、行ってきまーす。  


Posted by 小暮 淳 at 10:15Comments(0)著書関連

2010年06月29日

カルチャーセンター講師会

 今日は昼から、群馬ロイヤルホテルにて「ヨークカルチャーセンター前橋」の講師会が開催され、出席してきました。

 いゃ~、驚きました!
 広い会場にテーブルが、ずら~り並んでいました。出席した講師の数は84名とのこと。実際には120講座くらいあるらしいですから、講師も本当はそのくらいいるのでしょうね。

 僕はバスで温泉地をめぐる野外講座なので、ほとんどセンターへは顔を出しません。だから、他の先生たちと会うことも無いんですね。
 書道や水彩画、油絵というスタンダードな教室から、マンドリン・オカリナなどの音楽教室、と思えばバルンアートやガラス細工、タイ式ヨガなど、変わった教室の先生方もたくさんおりました。

 僕のテーブルの隣席は、篆刻(てんこく)の阿部裕幸先生でした。
 実はこの先生、僕の兄の同級生だったのです。さらに息子の桂夏丸さんは、過去に2回も講演会と落語会のイベントで一緒になっている二ツ目の落語家さんです。
 前々から、阿部先生という方がカルチャーセンターの講師にいることは知っていたのですが、まさか隣の席になるとは思いませんでした。
 二人ともクルマだったので、ノンアルコールビールで出会いを祝い合いました。

 今日の講師会のメインは、やはりイトーヨーカ堂の撤退問題です。
 カルチャーセンター前橋の頭に“ヨーク” と付いているのは、もちろんヨーカ堂内にあるからで、全国80数ヶ所ある教室名は、その土地その土地で異なります。
 よって、8月中旬のイトーヨーカ堂前橋店の閉店以降は、教室の場所が変わり、ネーミングも変わります。

 新規教室は、けやきウォーク前橋の2Fで、名称も「前橋カルチャーセンター けやきウォーク校」となる予定です。

 ま、僕の講座は野外ですから、センターがどこでも関係ないのですがね。
 教室は“温泉”ですから、毎回教室の場所も変わります。  あしからず。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:58Comments(0)講座・教室

2010年06月28日

湯檜曽温泉 「もちや旅館」

 まったくもって貧乏性には、困ってしまいます。
 せっかく、ご招待のプライベートで温泉へお泊りだというのに……

 実は、先日の月夜野温泉「つきよの館」へ行った日、生来の貧乏性が邪魔をしまして、「月夜野まで行くのだから、足をのばして湯檜曽(ゆびそ)まで行って、1本取材を済ませてくるか!」ということになってしまったのです。なんという、貧乏性なのでしょうか。たまには仕事を忘れて、ゆっくり温泉に入ればいいのに……

 と、いうことで25日の昼間は湯檜曽温泉に入り込み、しっかり取材を敢行してきました。
 お邪魔したのは昭和22年創業の「もちや旅館」です。
 湯檜曽温泉には、現在5軒の宿がありますが、「もちや旅館」は一番手前。湯檜曽川の右岸にある宿です。
 JR上越線の湯檜曽駅の隣、という交通至便な立地にあります。

 「駅が後から隣に下りて来たんですよ。私が小学生だったから40年くらい前のこと。それまでは温泉街の一番奥の山の上にありました。駅から一番遠い宿が、今は一番近い宿になりました」と気さくな笑顔をみせる3代目女将の箱田香奈枝さん。
 歳のころは、僕と同世代かな? 飾らない素朴な雰囲気が素敵な女性です。

 僕が知りたかったのは、宿名の“もちや”という名前。どうも苗字ではないようです。
 「よく訊かれるんですよ。実は祖父母が戦前、この先の温泉街で餅菓子屋をやっていたんですよ。それで“もちや”(笑)」
 なるほどね。前職の屋号だったわけです。

 旅館名というのは、とても興味があるんです。とくに歴史のある宿には、時代背景まで見えてくるユニークな名前が付いていたりしますから。

 たとえば四万温泉の「積善館」は、関善兵衛さんのお宿だから。代々館主は、関善兵衛を名のっています。
 川中温泉の「かど半旅館」にいたっては、半兵衛という人が「かどや」という店を開いていた場所に旅館を建てたからといいます。

 温泉地名や旅館名の由来を集めたら、さらに温泉の奥深さを知れるかもしれません。
 この辺も、今後の僕の取材テーマとなってくることでしょう。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:54Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月27日

源泉巡礼記 第44話

 今日は月刊「Deli-J」(でりじぇい)7月号の配布日です。
 連載中の『源泉巡礼記』も44話めになりました。今回は奥嬬恋温泉の一軒宿「干川旅館」を書きました。

 実は今回の巡礼記は、ちょっとウワサです。
 というのも、温泉の紹介だけではなく、女将と僕ら(カメラマン氏も)が体験した摩訶不思議な話を載せたから。
 早くも、「場所を教えて?」という問い合わせも……。

 旅館の近くにある村社「干俣の諏訪神社」は、昔から願いが叶うことで地元では有名だったようです。
 ふだんは無人の神社ですが、毎年正月の元日に神主が来て、その年の農作物の出来具合を占うそうです。ところが、これがドンピシャリと当たるとのこと。
 それで女将は、あることをお願いしたのですが、何をお願いしたのかは『源泉巡礼記』の第44話をお読みください。
 さらなる奇跡を僕とカメラマン氏が体験しています。


 ということで、ま、パワースポットのようなことになっているらしいのですね。
 でも、そもそも神社はパワースポットだと思いますがね。
 願をかけること自体が、すでにプラスの方向へ自分が向いているわけですから、願いはすでに半分叶ったようなものです。
 この時点で願いの達成率は50%! 残りの50%は運と努力ということになりますかな。

 “苦しいときの神頼み”
 苦しいことや頼むことがあることが、生きているあかしです。
 昔から、そうやって人間は神様と共存共栄してきたのですね。

 古い温泉地には、必ず温泉の神様が祀られています。
 温泉地に行ったときは、ぜひ感謝を込めて、お参りをしてくださいね。  


Posted by 小暮 淳 at 18:07Comments(0)温泉雑話

2010年06月26日

月夜野温泉 みねの湯 「つきよの館」②

 年に100以上の温泉に行ってますが、そのほとんどが仕事です。
 他人からは「いいですね」と言われますが、「たまには、のんびりと温泉に入りたいですよ(笑)」と返すことが最近は多くなりました。

 もちろん仕事で行っても、僕のことですから、温泉にも入りますし、酒も呑みます。でも、はたから見たら遊びのような仕事でも、頭の中はいつも考え事をしているのです。「ああ、このことをご主人に聞かなくちゃ」とか「この湯の感じ、なんて表現しようかな」なんてね。それに撮影のために、日に何回も湯に入るので、正直、湯あたりをすることもあるのです。
 だから、出張取材から帰ってくると、まず最初にすることが“昼寝”です。もう、グッタリしています。

 プライベートで温泉に行くのは、年に数えるほどしかありません。一般の方と同じくらいです。
 ただ、ここ何年かは家族とは行ってませんね。どうも “温泉=仕事” という雰囲気があって、避けてしまいます。

 そんな数少ないプライベートで、昨日から温泉に泊まってきました。
 月夜野温泉「つきよの館」の女将、都築理恵子さんから 「ホタルが飛びましたよ。おいでください」と、お誘いを受けていたのです。女将じきじきの、せっかくのお誘いです。時間を作って、夕方から訪ねました。

 「つきよの館」との出会いは、かれこれ5~6年前。雑誌の取材がきっかけでした。
 それからは女将の人柄とスタッフの明るさに惹かれて、友だちや仲間で出かけたり、忘年会、新年会でも利用しています。
 いわば、僕の常宿ですかね。ま、女将もスタッフも仲間みたいで、気をつかわなくていいんですよ。

 昨日は湯上りに、食事をしながらビールと日本酒を引っ掛けてから、ホタルを観に出かけました。
 チーフの小林哲生さんの運転するマイクロで、他の宿泊客らと一緒にホタル観賞地へ。

 いゃあ、ホタルを観るのは何年ぶりですかね。数年前に信州で観た記憶があります。確か鹿教湯(かけゆ)温泉だったと思います。でも、あのときは温泉街の中だったので、明るくて何匹も飛んでいませんでした。

 ゆら~り、ゆら~り。ピカーーー、ピカーーーと、漂いながら飛ぶゲンジボタル。はかなさと、けなげさに、胸がキューンとしました。うちわを差し出したら、ちょこんととまって、しばらく光っていましたよ。
 大人のホタルは1週間しか生きられないといいます。そう思うと、余計にいとおしくなりました。

 宿にもどって、もう一度風呂に入り、冷酒のつづきを呑みました。ホタルのはかない光の余韻に酔いしれながら……
 なんてったって、これが仕事じゃないっていうのが、素晴らしい!

 女将さん、素敵なプレゼントをありがとうございました。また遊びに、行きますね。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:31Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月25日

アブ大発生のため講座変更

 毎月開講しているNHK文化センターの温泉講座「探訪!ぐんまの源泉一軒宿」。
 おかげさまで、昨年につづき今年も大変好評で、毎回大勢の人が受講してくださっています。
 急きょ、今後の講座内容に変更がありましたので、ご報告します。

 8月講座は、川古温泉「浜屋旅館」(みなかみ町)を予定していましたが、先様より「8月のその時期は、アブが大量発生するため、時期をずらして欲しい」との要望ありました。
 川古温泉まで行って、名物のぬる湯大露天風呂に入れないのでは意味がありません(しかも混浴!)。
 と、いうことで、9月講座と予定を入れ替えさせていただきました。

 9月講座に予定していた温泉は、向屋(こうや)温泉「ヴィラせせらざ」(上野村)です。
 ところが、8月に変更願いを申し入れたところ、その日は小学校の林間学校とバッティングしてしまいました。
 残念ですが、向屋温泉は次回ということになりました。

 思案の結果、8月は同じ上野村にある塩ノ沢温泉「やまびこ荘」に決定!
 急なお願いに、こころよく引き受けてくださいました。ありがとうございます。

 講座内容は、僕とNHKの担当者が決めていますが、毎年、新年度が始まる2月前にスケジュールを組んでしまうため、稀にこういった変更がでてしまいます。関係者の方々には、ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。


 なお、変更した今後のスケジュールは下記のとおりです。

●7月27日(火) 丸沼温泉「環湖荘」(片品村)
●8月24日(火) 塩ノ沢温泉「やまびこ荘」(上野村)
●9月28日(火) 川古温泉「浜屋旅館」(みなかみ町)

・問い合わせ/NHK文化センター前橋教室 TEL.027-221-1211
  


Posted by 小暮 淳 at 10:30Comments(0)講座・教室

2010年06月24日

宝川温泉 「汪泉閣」

 昨日の上毛新聞に、「みなかみダムカレー」の記事が載っていました。
 これは水上温泉旅館協同組合の青年部が考案したもので、そのままズバリ、ダムの形をしたカレーです(ごはんをダムサイト、ルーを水に見立ててある)。
 うわさは聞いたことがあったのですが、こんなにも良くできているカレーライスだとは思っていませんでした。
 それも「アーチ式」「ロックフィル式」「重力式」と、町内にあるダムの形式をそろえているとは、かなりニクイ。

 一度、食してみようと思い、どこで販売しているのかと調べてみると、宝川温泉があるじゃありませんか!
 ということで、さっそく宝川温泉の一軒宿「汪泉閣(おうせんかく)」に電話を入れました。

 運良く、担当の竹下さんがいて、「はい、いいですよ。お待ちしています」と話がトントン拍子で進み、来月早々に取材に行くことになりました。
 僕だって、カレーが食べたいがためだけに、担当に電話をしてタダ食いしに行くわけじゃありませんよ。そこはプロです。しっかりと雑誌掲載の手土産を用意しました。早い話が「記事にするからカレーを食べさせてね!」という業界用語で“バーター”と呼ばれる、持ちつ持たれつ商法なのであります。

 ご存知、宝川温泉は日本一の巨大露天風呂がある温泉です。
 その広さはタタミ約470畳分というから凄い!
 それも見掛け倒しでないところが、もっと凄い! 4本ある源泉の総湯量は、毎分1800リットルもあるのだから、それでも使い切れません(ちなみに1800リットルというと、名湯と呼ばれる某有名温泉地の総湯量以上に値します)。
 泉温も約70度あるので、真冬でも加温せずにかけ流せるのだから、これまた凄い!

 これだけ、ほめれば、3種類のダムカレーを全部食べさせてくれるかしらん……。
  


Posted by 小暮 淳 at 15:34Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月23日

真沢温泉 「真沢の森」②

 昨日は、NHK文化センターの温泉講座「探訪!ぐんまの源泉一軒宿」の3回目講座日でした。
 高崎駅前と前橋駅前からバスが出発、真沢(さなざわ)温泉の一軒宿「真沢の森」へ向かいました。

 僕はいつも前橋駅から乗り込みます。
 今回の受講者は20名。以前から比べると、だいぶ男性が増えましたね。
 講義内容が温泉、それも入浴ですから、男性が多いとやりやすいのです。
 ときどき混浴の現地講座もありますが、ふつう温泉地へ行けば男女は別々ですから。

 真沢温泉は、昭和初期までは「美人の湯」と呼ばれ親しまれていた湯治場でした。
 いつしか湯小屋もなくなり、源泉だけが湧き続けていましたが、惜しむ声から、平成10年に復活した幻の湯です。
 PH値は9.6と、強アルカリ性の湯。トロントロンの浴感に、受講生たちは、みんな大満足していましたね。

 昼食は、宿自慢の「つみくさ料理」。
 またたび・桑の葉・ドクダミ・よもぎ・メグスリの葉などの天ぷら、ハナイカダの胡麻和え、カンゾウのバター炒め、スイバの酢の物などなど、「えっ、これも食べられるの?」という野草から、名も知らない山草まで、珍しい「つみくさ料理」に、これまた受講生たちは大喜びでした。

 極めつけサプライズは、従業員の案内で、実際に摘み草をしに出かけた“つみくさ体験”でした。
 山の中は、すべて食べられるものばかりなのですね。
 ただし、「黄色い花は気をつけろ」と教わりました。毒のある植物が多いとのことです。

 回を重ねるごとに、ますます充実する温泉講座。
 来月は、秘湯中の秘湯「丸沼温泉」へ行きます。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:23Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月21日

貸切風呂の使い方

 その昔、先人たちは温泉が湧き出るところに湯小屋を建て、まわりに宿屋を建てました。
 湯小屋には湯を守る「湯守(ゆもり)」を置きました。これを“大湯”といいます。現在の外湯(共同湯)です。

 湯小屋は湯を浴むところ、宿屋は食事をして寝るところです。
 戦前までは、どこの温泉地でも、この形がとられていました。

 戦後になり、人々の暮らしも豊かになり、温泉地へ旅行(湯治ではなくて) へ行くようになりました。
 宿屋は湯を内に引き込み「内湯」を持つようになったのです。
 やがて高度経済成長とともに、旅行産業はエスカレートしていきました。
 団体客をとるために宿屋は、旅館やホテルとなり、湯量に見合わない大浴場と露天風呂を造ったのです。

 いつしか、「温泉=露天風呂」みたいな公式ができてしまい、露天風呂を持たない宿には、客が来ないようになってしまいました。情けないことですが、猫も杓子も、湯が足りてようが無かろうが、こぞって露天風呂を造りました。
 その結果、山のいで湯にまで、マガイモノの温泉が出現してしまったのです(世も末です)。

 そして今、新たなエスカレートは貸切風呂です。
 「貸切風呂ありますか? えっ、ないの…」 ガッチャン!(電話を切られる音)

 「まったくもって露天風呂のときと同じですよ。温泉場を何だと思っているんですかね。ラブホテルじゃ、ないんだから!」
 そんな怒り心頭のご主人たちの声を、実にたくさん聞くようになりました。
 そんな客に限って「お湯に興味がない」と聞きます。
 だったら、街中のラブホテルへ行けーーーーーー!!!!!!

 実際、こんなことがありました。
 T温泉のY旅館へ行ったときのこと。
 貸切風呂の浴室の壁に、「しあわせな二人へ」という木の扉がありました。なんだろう?と思い、めくってみると……
 そこには、キスをする男女のイラストが描かれていました。そして、
 「ここまでにしてね」という、宿からのメッセージが!

 湯上りに、さっそくご主人に聞いてみると、
 「若いカップルには、困ったもんですよ。風呂の中で、アレを始めちゃうんですから。うちは住宅に隣接しているものですからね、近所から苦情が来るんですよ。あえぎ声がうるさいってね(笑)」
 とのことでした。

 ったく、貸切風呂を何だと思っているのでしょうか。
 昔は、家族風呂なんて言ってましたが、お年寄りや身体の不自由な人など、介護が必要な人たちのための風呂だったはず。
 また最近は、病気や手術跡など、身体的なコンプレックスを持つ人たちが利用することも多くなりました。


 若者よっ!
 部屋へ戻るまで、我慢せい!
 いや、温泉地へ行く前に、途中で済ませて来なさい。
 霊験あらたかなる聖なる泉に、邪心を持ち込むではないぞ!

 もちろん、おじさん、おばさんもですよ。
 性欲でなく、聖浴を心がけてくださいね。 
   


Posted by 小暮 淳 at 16:29Comments(0)温泉雑話

2010年06月20日

うのせ温泉 「上越館」

 「この先に鉄橋があるでしょう、あの下あたりが“うのせ”ですよ。昔は、カワウがたくさんいたらしいですね」
 と、3代目主人の阿部聡一さんが、地名の由来を話してくれました。
 うのせ温泉は、正しくは「鵜の瀬」と書きます。

 それでもピンとこない人は、「大穴温泉」と言われれば、「ああっ」と思い出す人もいるかもしれませんね。
 一時、うのせ温泉は、大穴温泉と呼ばれていたときがありました。

 戦前は、鵜の瀬温泉と呼ばれていたのですが、昭和5年にオープンした県内最古のスキー場「大穴スキー場」のネームバリューに便乗して、大手旅行会社が大穴温泉として売り出したのだといいます。
 以前、温泉地の長老に話を聞いたことがあるのですが、その人は「ここは、ずーっと鵜の瀬温泉だよ。勝手に大穴って呼び出しただけだ!」と、憤慨していました。
 スキーブームも去り、今は温泉名を元にもどし、平仮名で「うのせ」と表記しています。


 現在、うのせ温泉には3軒の旅館があります(戦前は5軒あったらしい)。
 「上越館」は昭和30年の創業。前身の「山景館」という旅館を、阿部さんの祖父が買い取って屋号を変えて営業をはじめました。
 当時の旅館は、現在の場所から少し坂道を下った利根川の端にありました。そして、そこには今、露天風呂があります。

 温泉街のない温泉地なのですが、上越館は一軒だけで温泉街をつくっています。

 本館を出た道の向かいに離れ家があります。
 浴衣を着て、下駄をカランコロンと鳴らすこと約30秒ほどで、直営の甘味処があります。
 通り過ぎると、河川敷の方に小屋が見えます。少し下り坂です。
 さらにカランコロンと下駄を鳴らすこと、数十秒で露天風呂です。

 目の前は利根川。左右に囲いはありますが、前方に遮蔽物は一切なし! 山と川のみ。
 「うわ~~っ!」と解放感で、仁王立ちしていたら、ラフティングのボートが……スーっ。
 おっと、と、と。あわてて前を隠したけど……、ま、ボートからは遠くて見えなかったでしょうね。

 上流に鉄橋が見えます。あのあたりが、阿部さんの言っていた“鵜の瀬”なのですね。
 つくづく、やさしい響きの美しい温泉名だと思いました。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:26Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月19日

谷川温泉 「旅館たにがわ」

 今日、6月19日は太宰治の命日「桜桃忌」です。

 一昨日、「旅館たにがわ」を訪ねたら、ちょうど「桜桃忌」の供養(太宰研究家による講演)をやっていました。
 「旅館たにがわ」は、太宰治ゆかりの宿です。

 太宰治は昭和11年に、谷川温泉を訪れています。翌年、水上温泉で自殺未遂をしています。この2つの温泉地での出来事を題材にした小説が、昭和13年に書かれた『姥捨(うばすて)』です。

 昭和11年8月、太宰は川端康成に勧められ、薬物中毒と肺病治療のために、谷川温泉の「川久保屋」に1ヶ月間滞在しました。川久保屋があった場所は、現在の「旅館たにがわ」の駐車場。前身の「谷川本館」があった場所です。
 小説『姥捨』には、川久保屋の老夫婦のことが書かれています。

 また滞在中に執筆した『創生記』は、のちの『人間失格』を書くきっかけになったといわれています。


 「旅館たにがわ」を訪ねるのは、いったい何回目でしょうか?
 もう思い出せないくらい、雑誌の取材や温泉講座などで、たびたび、お世話になっています。
 支配人の大野芳雄さんは、僕と同じ年。勤続30年になるベテランです。谷川温泉の生き字引のような人ですから、いつもいろんなことを教えていただいています。
 今回も、太宰の話や谷川温泉の歴史、水上温泉郷の現状など、話の内容は多岐にわたり盛り上がりました。


 旅館前に建つ太宰治の石碑には、たくさんの生花が手向けられていました。我も合掌!

 ※ちなみに「桜桃忌」の『桜桃』とは、死の直前に太宰治が書いた作品のタイトルです。  


Posted by 小暮 淳 at 14:34Comments(2)温泉地・旅館

2010年06月18日

湯檜曽温泉 「林屋旅館」

 またまた水上温泉郷に入り込み、滞在取材をして来ました。

 水上温泉郷には、いくつ温泉地があるかご存知ですか?
 利根川下流から、水上温泉・谷川温泉・うのせ温泉・湯檜曽温泉・向山温泉・上の原温泉・宝川温泉・湯の小屋温泉の8つの温泉地があります。

 今回は、谷川温泉とうのせ温泉の追加取材を兼ねて、湯檜曽(ゆびそ)温泉へ行って来ました。昨晩は、大正11年創業の老舗旅館「林屋旅館」に泊めていただきました。

 林屋旅館へ行くのは、2年ぶりでした。前回は雑誌の取材で伺い、3代目大女将の林茂子さんと4代目若女将の敦子さんにお話をお聞きしました。今回は夕食の後、ゆっくりと4代目若旦那の林伸幸さんと語り合い、それはそれは楽しい話(かなりキワドイ温泉秘話)をたくさん聞くことができて、収穫は大! 大変満足のいく取材となりました。

 林屋旅館は、僕の好きな温泉宿の1つです。
 何がいいかって、そりゃ、とーぜん“湯”ですよ。
 2本の自家源泉と1本の共有泉から引き込まれる温泉の総湯量は、毎分150リットル以上ありますから、いつも滝のようなかけ流し状態です。浴槽内にいて、湯の流れを感じるくらいですから。

 使い切れない湯のことを、伸幸さんは「湯を逃がす」と表現します。
 「この時期は湯が熱いので、だいぶ逃がしてやらないとダメです」ってな具合に使うんですね(カッコイイ!)
 要は、湯をしぼり込んで、浴槽に入れる量を調節することです。それでも温泉は、ジャンジャン湧いていますから、厨房で使ったり、自宅で使ったりして、“湯を逃がしてやる”わけです。
 「それでも半分以上は、湯檜曽川へ流れてしまいます」とは、なーんと贅沢なことでしょう。

 で、林屋旅館には、露天風呂がないんですよ! ! !
 これが僕が、ここの宿を評価する理由です。

 小暮の鉄則 “いい湯宿は、露天風呂がない”です。かえせば “いい湯守(ゆもり)のいる宿”ということです。
 本当に湯のことを考え、大切にしている宿は、あえて露天風呂は造りません。これは湯守の常識です。

 このあと延々と二人して、夜が更けるのも忘れて、熱い湯談義を語り合いました。  


Posted by 小暮 淳 at 18:32Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月16日

川古温泉 「浜屋旅館」

 1年ぶりに、浜屋旅館に電話をしました。3代目主人の林泉さんは席をはずしていましたが、奥様と話をすることができました。

 今回はNHK温泉講座「探訪! ぐんまの源泉一軒宿」の8月講座のお願いです。
 この講座は今年の4月に開講したもので、毎月、拙著『ぐんまの源泉一軒宿』の中から温泉を選んで、受講生らとバスでめぐります。参加人数も25名と大所帯のため、あまり小さなお宿だと、食事の用意もできませんし、何より浴室に入り切れません。
 セレクトが、なかなか難しいのです。

 8月に川古温泉を選んだ理由は、旅館の規模だけではありません。県内でも数少ない“ぬる湯”の宿だからです。

 源泉の温度は約40度。加温することもなく、湯に一切の手を加えずに、そのままかけ流しています。「微温浴」とも「持続浴」とも呼ばれる独特な入浴法で、ひたすらぬるい湯に長時間入りつづけます。

 僕が以前、泊まったときには、10日間滞在している老人と一緒になりました。リウマチの治療に来ているとのことでしたが、日に8時間も湯につかると言ってました。

 熱い湯には覚醒作用がありますが、ぬるい湯は神経を緩和するためリラックス効果があります。ですから昔から、ストレスやノイローゼ、不眠症など、精神の病に効くといわれている入浴方法です。 
 実際、湯につかっていると副交感神経が刺激され、眠くなってきます。

 何かとせわしなく、あわただしい現代にありながり、ここの宿泊客は7割が長期滞在をする湯治客で占められています。
 全国でも少なくなってしまった古き良き湯治場風情が、残っているんですね(ただし、混浴です)。

 と、いうことで、8月講座の会場として、こころよく引き受けていただきました。
 今からとっても、楽しみです。混浴が? いえいえ、博学のご主人から、また温泉のうんちくをたくさん聞けるからですよ。

 混浴も、ちょっぴり楽しみですがね(うそです)。うちの講座の平均年齢は、優に60歳を超えて、ま・す・か・ら~!(残念)
  


Posted by 小暮 淳 at 11:23Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月15日

上牧温泉 「大峰館」

 上牧温泉には、現在5軒の温泉宿があります。大峰館は利根川の右岸、高台に建つ一軒宿風の小さな旅館です。

 上牧温泉には今年の2月に入り込み、取材をしたのですが、その日はあいにく3代目主人の石坂欣也さんが不在でした。お湯だけもらって帰ったのですが、一瞬にして僕は、ここの湯のとりこになってしまいました。

 上牧温泉といっても、源泉はさまざまです。ここ大峰館は、自家源泉を所有しています。その湧出量は、なななんと毎分約280リットル! 到底、小さなお宿一軒では使い切れない量ですから、湯舟からはザバー、ザバーと勢いよく湯があふれ出ています。それも湯縁全体からですから、豪快です。「ああ、もったいない…」と思いながらも、これが地球の恵みを丸ごといただく“源泉ひとりじめ”の醍醐味というもの。甘露!甘露!の至福の時間を堪能しました。

 いい湯との出会いは、恋愛と同じなんですね。もう恋しくて、会いたくて、夢にまでお湯が出てきます。
 ということで、また湯に入りに行ってきました。今度は、ご主人のいるときに。

 石坂さんは、僕と同年代の方。風貌は、ズバリ平成の若山牧水です。あごヒゲに、「湯を守っているぞー!」という貫禄が宿っています。
 ご主人の話を聞いて、ますますここの湯が好きになってしまいました。代々「やけどや切り傷に良く効く湯だから、大切にしろ!」と言い伝えられている湯で、石坂さんの子供たちも、やけどやケガをすると風呂に入れて治したといいます。

 泉源から浴槽の距離は、たったの10メートル。充分に鮮度が保たれている理想的な湯舟です。

 帰りにもう一度、湯をもらいました。ツーっと染み入る感覚がたまりません。「湯が生きている」と実感します。
 湯上りに、冷たい温泉水をいただきました。トロリと舌にからまる薄塩スープのよう。
 水分と塩分の補給に、もってこいの水です。

 ※本当にいい湯は、湯量と浴槽の大きさが合っています。チェックしてみてください。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:51Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月14日

出版会議

 今日は午後から上毛新聞社にて、出版会議が開かれました。

 おかげさまで、昨年の秋に発売された拙著『ぐんまの源泉一軒宿』の売り上げが大変好調で、今年は2冊の本を出版してくださることになりました。大変嬉しいですね。本をコンスタントに出せるなんて、まさにライター冥利に尽きます。

 会議は2部構成で、1部は、現在、「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄)に連載中の『里山をゆく』と『ぶらり水紀行』をまとめた山歩き本の編集会議でした。
 すでにライフケア群栄さんと上毛新聞社の間で、出版化の契約は成立しています。来月掲載の『ぶらり水紀行』12話までを収録することで決定! 『里山をゆく』は4月に掲載した17話までが収録されます。
 コンテンツは、マイカーを一切使わず、電車やバスの公共交通機関のみで移動し、下山後には温泉に入り、酒を呑むというもの。“アンチ車社会”をかかげたスローライフのすすめです。タイトルは、まだ未定ですが、僕の本ですから、もちろん全温泉施設のガイド付きとなります。
 早ければ、10月には書店に並ぶ予定です。ご期待ください。

 2部は、『ぐんまの源泉一軒宿』の続編本のデザイン会議でした。
 取材も終盤に入り、すでに3分の2以上の原稿を入稿しています。写真と文章が組まれたページごとのデザインが、数ページ上がってきました。今日は、そのバランスチェックと、表紙デザイン案の検討をしました。

 前回の『ぐんまの源泉一軒宿』のテイストを残しつつ、さらにクォリティーを上げたものに仕上がっていました。なかなか満足のいくできです。
 表紙デザイン案は、これでOKが出れば、いよいよ来月中旬には、表紙とグラビアの撮影が行われます。
 どの温泉で撮影をするかは、今の段階ではまだ発表ができません。あしからず。
 こちらの温泉本は、9月には発売されます。

 と、いうことで現在、取材にラストスパートがかかっています。残り取材は、あと7温泉!
 ここまで来れば、根性!根性!ど根性~!で乗り切るしかありません。

 でも、出版は登山と同じで、最後の上り坂がキツイのよねー。がんばんべぇ。
 
   


Posted by 小暮 淳 at 18:16Comments(2)著書関連

2010年06月13日

谷川温泉 「水上山荘」

 谷川温泉には、4つの温泉旅館があります。
 手前から、別邸仙寿庵、旅館たにがわ、金盛館せせらぎ、そして一番奥が水上山荘です。別邸仙庵へはNHKの講座で、旅館たにがわへは雑誌の取材で、金盛館せせらぎへはJRの取材で、それぞれ訪ねたことがありましたが、今回、初めて「水上山荘」へ行きました。

 水上山荘としての宿の創業は昭和32年ですが、それ以前は「紅葉館」として営業をしていた歴史ある旅館です。
 社長がまだ外出中だったため、まずは湯量豊富な温泉の味見をすることにしました。
 内風呂と露天風呂は、ともに完全かけ流し。それもそのはずで、2本の自家源泉と1本の共有泉から送り込まれる総湯量は、なななんと毎分520リットル! なんて贅沢なことでしよう。

 昭和の頃より“檜の宿”と呼ばれて人気があった宿だけに、内風呂は古代檜で造られていました。そして、何よりもここの売りは、絶景の露天風呂です。谷川の流れと、谷川岳を望む大パノラマが広がる眺望は、息をのむほどに美しい。湯舟が2槽に分かれていて、ぬる湯で長時間楽しめるのも気に入りました。

 さて、ここの宿では20年間出しつづけているクイズがあります。
 「オールシーズン、沸かしもうめもしないで、0.1℃きざみで温泉の温度を調節しています。さて、その秘密は?」
 というもの。加水も加温もしてないということです。また熱交換式などの機械も使用せずに、あくまでも人の手によるものなのですが、みなさんは分かりますか? 正解率は300人に1人という、超難問クイズです。

 ところが僕は、分かってしまったんですね(一応、プロですから)。
 2代目社長の松本英也さんにお会いするなり、答えを告げると、びっくり仰天の様子。
 「驚きました。さすがです。一発で正解した人は本当に珍しい」とまで、ほめていただきました。

 とても原始的な答えです。湯量が豊富な宿だからこその、見事な温度調整法です。
 どこの宿でも真似できるという技ではありませんね。群馬県内でも、そう何軒もないと思います。
 ただ、今はコンピュータ管理により、自動的に温度調節ができるものですから、わざわざ手間のかかることはしないでしょうね。

 とにかく、あっぱれ!の湯へのこだわりです。
 この後、松本社長とは、“本物温泉”をテーマに熱い談義をしました。

 また一人、「ぐんまの湯守人」を見つけました。さすが、湯の国群馬ですね。  


Posted by 小暮 淳 at 12:30Comments(2)温泉地・旅館

2010年06月12日

川場温泉 「悠湯里庵」②

 今日は、早朝より車を飛ばして、川場温泉の「悠湯里庵(ゆとりあん)」へ行って来ました。
 月刊「Deli-J」に連載している『源泉巡礼記』の取材です。と、いうことは、相棒はおなじみのフルチンカメラマンT君です。
 朝もはよから、ややテンション高めな2人の名コンビ取材が始まりました。

 「悠湯里庵」を訪ねるのは、先月の出版本の取材につづいて2回目です。前回、旅人課長の星野高男さんにお会いしたときに、「ぜひ、Deli-Jでも」という話になり、さっそくお邪魔したというわけです。

 「悠湯里庵」のオープンは、今年の3月。川場温泉にある3軒の湯宿のなかでは一番新しい旅館です。が、場所は老舗旅館の跡地。源泉は、開湯300年の歴史をもつ“弘法の湯”です。完全かけ流しが楽しめる宿です。

 前回の取材では、かやぶき民家を移築した宿泊棟にある「弘法乃湯」に入りましたが、今回は県内向けの雑誌ということもあり、日帰り入浴ができる「武尊(ほたか)乃湯」で撮影をすることにしました。
 なぜ、「武尊乃湯」なのか?
 武尊山が見えるわけではありません。これが、なかなか不思議な光景なのですが、武尊神社が見える露天風呂なのです。

 武尊神社の建立は、享保3年(1718)。湯前薬師堂として建てられたお堂造りの大変変わった建物です。屋根はかやぶき(現在は銅板ぶき)入り母屋造りで、千鳥破風の正面に向拝は唐破風付き。といっても、よく分かりませんよね。ま、とにかく一度見ていただきたい建築物です。
 社殿内部に施された装飾の木彫は、かなり見ごたえがあります。梁にからみつくように彫られた龍の彫刻は、圧巻ですぞ。
 カメラマンのT君は、「すげー、すげー」を連発しながら、無駄にシャッターを押していましたから(そんなに撮っても、雑誌には使えないって)。

 「いいですねー、そうです、神社を眺めるように。はい、いただきましたー!」
 今日もT君は、舌好調です。
 でも今日は、しっかり海水パンツをはいています。
 「ああ、でも木が邪魔してますね。神社の屋根が少し隠れてしまいます」
 と、ブツブツ。
 「だったら、女風呂行くか!」と僕。「そっすね」とT君。
 脱兎のごとく、移動開始。

 まだ清掃タイムで、女性客はいないはず。案の定、誰もいません。
 「今だー!」の合図で、ゲリラ撮影を敢行。武尊神社も、こちらの方が、よく見えます。
 「OKっす!」とT君。「よし、撤収だっ」と僕。
 と、浴室から脱衣所へ出たとたん、
 「きゃ~、あれ~」と女性の声がする。従業員が本当に清掃を始めていたのです。
 T君は海水パンツをはいていますが、僕はフルチンです。

 女性従業員は床にひれ伏して、顔を手でおおいながら「ひぇ~~」と恐怖におののいています。

 「おいおい、こちとら、脱いでナンボの温泉ライターぜよ。裸が恥ずかしくて、仕事ができるかい!」
 と言ってやりたかったのですが、実は生来の臆病者。「ごめんなさいねー」とあやまりながら、すごすごと男湯へ逃げ帰ったのでありました。
 次回からは、僕も海水パンツを着用しようかしらん。しっかり、見られちゃいましたから……。

 今日の取材記事は、8月号の月刊「Deli-J」に掲載されます。乞う、ご期待!
  


Posted by 小暮 淳 at 19:15Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月11日

うのせ温泉 「旅館 みやま」

 谷川温泉~うのせ温泉~上牧温泉とめぐる、取材旅行に出かけて来ました。
 昨晩は、またまたご厚意により、うのせ温泉の「旅館 みやま」に泊めていただき、たらふく酒と料理をごちそうになってしまいました。「旅館 みやま」は、先月に訪ねた尻焼温泉「ホテル光山荘」の姉妹館なのです。

 僕は今回、この旅で、世紀の大発見をしてしまったのです!(かなり大げさです)
 いやぁ~、牧水ファンだったら足が震えるくらいの感動です。実は……

 若山牧水は大正11年の「みなかみ紀行」の旅で、四万温泉に1泊した翌朝、宿を出て中之条より電車に乗り、午後に渋川駅に着きます。駅前の小料理屋で食事(同行のK君と別盃を挙げる)をとり、沼田行きの電車に乗ります。
 沼田に着いたのは夜の7時半。「鳴滝」という宿に泊まったと記されています。

 「みなかみ紀行」は何度も読み返している、僕の温泉バイブルですから、赤線や書き込みがびっしりとされています。今日、家に帰ってきて、改めて見ても「鳴滝」という宿名には、しっかりと黄色のマーカーが引かれていました。
 だから僕は、「鳴滝」という宿に牧水先生が泊まったことは知っていたのです。

 そして、今回の取材に際しても、僕はちゃんと「旅館 みやま」の歴史については調べ上げて臨んでいます。ですから、「旅館 みやま」の前身は「みやま荘」という農協の研修寮であったことも、さらに前身は「鳴滝」という名の旅館だったことも、承知していました。
 でも、いくら旅館の名前が「鳴滝」という同じ名前でも、片や大正時代の沼田の旅館で、こちらは昭和の水上です。まさか、同じ旅館だなんて、誰も思いませんよね。

 昨日、「旅館 みやま」に着くなり、前回「ホテル光山荘」で世話になった営業部長の小渕哲也さんが、資料を抱えて僕のところへ飛んで来ました。そして、
 「小暮さん! これを見せたくて、お待ちしていたんですよ。すごい事実でしょ! うちは若山牧水が泊まった宿だったんです」
 と興奮気味に話すのです。

 その資料は、常連客の牧水ファンが、わざわざ調べて送ってきたものでした。これによると、

 “昭和25年……旅館「鳴滝」が廃業し、高橋三郎氏(元水上町長)が建物を購入して、水上町大穴の現在地に移築して旅館「みやま荘」を設立し営業を開始する”

 とあります。

 鳥肌が立ち、震えがきました。まさか、あの「鳴滝」とこの「鳴滝」が、同一建物だったなんて……!

 黒光りした太い梁や柱は、当時のまま移築され復元されたといいます。
 牧水先生も眺めたであろう、梁と柱を眺めながら、昨晩は浴びるほど美酒に酔いしれてしまいました。

 ※大した発見ではないかも。牧水ファンなら誰でも知っていることなのかもしれませんね。  


Posted by 小暮 淳 at 18:32Comments(0)温泉地・旅館

2010年06月10日

色が変わる湯

 群馬県内には、色のある温泉がいくつかあります。一般的には「にごり湯」などと呼ばれていますが、例の白骨温泉(長野県)の温泉偽装問題以降、色のある温泉は大変人気があります。

 一番人気は、なんといっても乳白色の湯でしょう。万座温泉や草津温泉が有名ですね。硫黄成分が多く、独特の温泉臭があります。赤褐色といえば伊香保温泉や赤城温泉が思い浮かびます。
 もう少しオレンジがかった柑橘系色が強くなると、相間川温泉(旧倉渕村)や榛名湖温泉(旧榛名町)があります。
 珍しいところでは応徳温泉(旧六合村)の黒色! 正確には湯自体は無色透明なのですが、ススのような黒い湯花が無数に浮遊しています。湯上りは、体中が真っ黒くろすけ。シャワーを浴びないと、下着を汚します。

 実はにごり湯のほとんどは、湧出時は無色透明です。浴槽に注がれた時点で空気に触れ、酸化を始めます。だから色のある湯は、老化した湯とも言えます。ですから、時間の経過とともに、さらに色を変える温泉も珍しくありません。

 浅間隠温泉郷の一軒宿、鳩ノ湯温泉「三鳩楼」(東吾妻町)の湯は、訪ねるたびに色が違います。白かったり、青かったり、黄色くなったり。季節や天候によって毎日色が変わりますが「まれに無色透明になることもあるんだよ」とは、ご主人の弁。

 僕が知る限り県内で一番色の変化が激しいのは、滝沢温泉「滝沢館」(旧粕川村)の露天風呂です。
 まず湯舟に満たされた湯は、温度が低いため、加熱されます。この時点では、まだ無色透明です。しばらくすると黄褐色になり、やがて白濁を始めます。さらに時間が経過をすると、半透明になり、また透明へもどっていきます。
 なんとも不思議な湯です。
 湯口に竹樋があるので、これを使って源泉を流し込んでやると、あ~ら不思議! また黄褐色ににごり始めるじゃあーりませんか。

 県内には、まだまだ面白い温泉が、たくさんありますよ。ぜひ、湯めぐり&湯くらべの旅を楽しんでください。

 さて、今日訪ねる温泉の色は何色でしょうか? 楽しみです。では、行ってきまーす!  


Posted by 小暮 淳 at 09:45Comments(0)温泉雑話

2010年06月09日

ゴーストライター

 ゴーストライターの仕事というのも、ないわけではないのです。ここ数年は、記名で文章を書いているので、そういった依頼はまったくありませんが、昔は“売文業”の看板をかかげていたので、「来る仕事はこばまず」なんでも受けていました。

 たとえば、お医者さんや学校の先生、会社社長さんなどからの依頼です。
 「新聞や雑誌に連載(または寄稿)原稿を頼まれたんだけど、自分には文才がないので、代わりに書いてほしい」というもの。
 この場合は、直接会って話を聞いて、あたかもその人が書いた原稿のように仕上げて、納品します。
 報酬は400字詰め原稿用紙に換算して、何字でいくらという場合がほとんどですが、地位や名誉を重んじる方たちですから、ポーンとポケットマネーをはずんでくれる人もいます。

 そしてゴーストライターの王道といえば、自叙伝本の影武者です。
 これは製作日数も、労力もかかりますので、大きな仕事となります。でも僕は過去に一度だけしか受けたことがありません。タレントさんのエッセイ本だったのですが、ま、一度やって懲りてしまったのが本音です。
 自分を殺して、その人になりきって書き続ける作業は、恐山のイタコのような労働で、心身ともに疲れ果ててしまいます。楽しい仕事ではありませんね。お金にはなりますが。

 先日、珍しくゴーストの仕事が舞い込んで来ました。ただ、今回は、ちょっとばかり勝手が違うのです。
 某新聞に僕は記名で連載をしています。連絡をくれた方は、この記事を毎回読んでいる僕のファンでした。
 (僕の連絡先を知ろうと発行元に尋ねても、個人情報保護法により教えてはもらえません。この場合、発行元が先方の連絡先と用件を聞いて、僕へ連絡をよこしました)

 その方は60代の男性で、90歳を過ぎた母親が体調をくずして入院したとのこと。もう先は長くはない。来たる日に備えて、母への思いを文章にまとめようと思ったが、うまいようにまとまらない。
 「そうだ、この人に頼もう!」
 ということで、僕に白羽の矢が当たったようです。

 お会いすると、とても品のある初老の紳士でした。
 先制、「小暮さんのファンで、いつも楽しく拝見しています」とおだてられて、すっかり気をよくしてしまい、依頼を引き受けることに。
 涙ながらに語られた母への厚い厚い想い……。それを文章にできないことの悔しさから、面識のない僕を頼りに探し当てた熱い思い。こちらまで、話を聞いていて胸の奥がジーンと熱くなりました。

 先ほど、書き上げた原稿をファックスにて、送りました。
 果たして、喜んでくれるでしょうか。

 「小暮さんの文章を読むと、いつも楽しくお酒を呑んでいらっしゃる。お好きなんですねえ。今度、ぜひ一献差し上げます」
 今から、その日が楽しみでなりません。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:08Comments(0)執筆余談