温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2010年11月12日

謎学の旅⑬ 「十石犬を追え!」(下)

 「今井さん、“沈みのある目” って言ったよね?」

 僕は、犬好きのカメラマンに問いかけた。

 「ああ、“明るい目” に対して “暗い目” とは言わなかった。沈みのある目、か……」

 僕らは、今井さんの車にはぐれまいと、必死に後を追った。
 下仁田町から南牧村へ。湯ノ沢トンネルを抜ければ、そこからが上野村です。

 車は、国道沿いの家の前で、停まりました。
 庭先に犬がつながれています。安中で見た十石犬に比べると、小柄でやさしい顔をしている。
 名前は「ちび」、6ヵ月のメス。

 「母親が小さかったからね、この子も体が小さい。交配は無理だろうな」

 今井さんが、ひとり言のように言った。


 上野村で十石犬の保存活動をしている今井さんは、十石犬の血を受け継いだ犬たちを交配させ、本来の十石犬の姿を取りもどそうとしています。
 数年前までは、「一銃一犬」の狩りにも出かけていました。
 代々そうやって、十石犬を猟犬として育て、その血を絶やすまいと守り続けてきたのです。

 「十石犬は、“人に良く、(獲)物に強く” と言われ、人間には従順だけど、クマなどの獲物には一日中でも追回し、オヤジ(猟師)が射止めるまで戦う」

 これが純血種の十石犬の姿だ。

 現在、今井さんの献身的な交配により、血を受け継いだ十石犬が、村内に20頭ほどいます。
 でも、そのすべてが本来の十石犬の特徴と本能を持ち合わせているわけではありません。

 「本当の十石犬は、クサビを打ったような目をしている」

 そう言って、今井さんは、「コロ」という名の犬に会わせてくれました。
 14歳になる老犬ですが、確かに今まで見てきた十石犬とは、かもし出すオーラが違います。 
 胸が厚く、クマのような体型をしています。

 目は、まさにクサビの形!

 見つめていると吸い込まれてしまいそうな、深い沼のような目……
 これが、今井さんの言う「沈みのある目」なのだ。

 年老いたコロに代わって、現在は今井さん宅の若い「ゴロー」が、最も純血種に近い十石犬として、交配を行っています。


 「十石犬にあらざれば、柴犬にあらず」 

 今井さんの言葉が、上野村を後にした僕らを、いつまでも追いかけて来ました。



 ※記事内容は2006年5月の取材時のものです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:11Comments(0)謎学の旅

2010年11月11日

段取り8割

 今日は午後から、「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄)にて、『民話と伝説の舞台』 の取材打ち合わせがありました。
 シリーズも次回で8話になります。


 前回、9月に掲載された 『オオカミの首をねじ切った大男は実在した!』 は、大好評だったようです。その荒唐無稽なストーリーには、史実があり、大男が実在の人物だったという意外な顛末が、興味を引いたようです。
 (※『民話と伝説の舞台』のバックナンバーは、当ブログの「お気に入り」で閲覧することができます。)

 シリーズの担当は、編集長の山口一弥氏。
 2人の間には、双方が持ち寄った民話や伝説の資料が、山と広げられました。
 いつも、この状態から打ち合わせは始まります。

 どのネタで行くか?
 まず第1条件は、なんと言っても “舞台” が存在することです。
 ストーリーが面白くても、場所が判然としない話では、取材ができません。また、民話の主人公にまつわる“モノ”が現存していなくては、この企画が成り立ちません。
 要は、創話でありながら、平成の現在でも訪ねていける“場所”と、写真に撮れる“モノ”が必要なのです。


 「僕は、この話好きだな」
 「でも絵(写真)が足りないですよね」
 「これなんか、どーだ?」
 「話が短すぎますよ」
 なーんて、侃々諤々(かんかんがくがく)とやり合っていると、あっという間に2時間が過ぎていました。

 でも、そこは毎回、山口氏の資料収集能力が、最後の答えを導き出してくれます。
 とにかく、頼りになる人なんですよ、彼は。

 「これで行こう!」
 と僕が決定を出せば、当日までに、完璧までの資料を用意してくれるし、取材のアポ取りをしておいてくれます。
 もう、これをライター1人でこなそうとしたら、それは大変な作業です。

 編集長!いつもありがとうございます。


 取材とは、「段取り8割、執筆2割」。
 段取りが、きちんとできていれば、その原稿はもう書けたも同様です。

 ライターを生かすも殺すも、編集者次第。
 
 いい編集者にめぐり会うのも、ライターに必要な才能の1つかもしれませんね。 
    


Posted by 小暮 淳 at 18:31Comments(2)執筆余談

2010年11月10日

原人服を身にまとい

 僕の職業は、ライターです。いわゆる文筆業です。
 取材をして、文章を書く仕事です。
 だから、本来ならば、名前は出ても、あまり顔は表に出さない、地味~な仕事なんです。

 が、なんだか、ここ数年、様子が変わってきました。
 講演やセミナーの仕事が増えてきたのです。でも、これは想定内のお仕事。
 温泉を取材して、温泉の記事や本を書いていれば、おのずと世間は僕のことを温泉のエキスパートと勘違いして、依頼してくるのです。ま、頼まれる僕も、人前で話をするのはキライなほうではないので、“来るものは拒まず” で、お受けしています。

 ところが最近は、温泉の話ではなく、イベントや会合などに呼ばれることが多くなりました。
 先月も、旧新町(高崎市)の名物「かち鳥もち」なる新商品の内覧会に招待され、業界や観光関係者、プレスに交ざって、試食をしてきました。

 そして、今日。
 先週、みどり市から突然、観光PRのための「古代料理体験」に参加して欲しいとの連絡があり、「昼飯がタダで食えるなら」と、ノコノコと出かけてまいりました。

 会場は「岩宿博物館」です。
 岩宿と言えば、岩宿遺跡!
 あのアマチュア研究者である相沢忠洋(故人)が、日本の歴史をくつがえす世紀の大発見をした場所です。
 日本にも、縄文時代以前の旧石器時代に人類が生活していた証拠(打製石器)を発見したのです。

 旧石器時代には、まだ土器がありません。
 土器がないということは、現在で言う鍋や釜がないわけですから、煮炊きができなかったということです。よって、狩りで捕った動物のの肉は、生で食べたり、直接火で焼いて食べていたことになります。

 今日、僕は旧石器人になり、古代料理を体験してきました。


 僕の読者だという、みどり市産業観光部観光政策課の人に出迎えられ、いきなり衣装を渡されました。
 原人服です。
 正式名は「貫頭衣(かんとうい)」と言うらしいのですが、読んで字のごとく、一枚の布の中央に穴が開いていて、頭を通し、布を体の前と後ろにたらします。腰に紐を巻いて、首から黒耀石(こくようせき)のペンダントをかければ、旧石器人のできあがり!

 「いゃ~、似合いますね」と言われ、喜んでいいのか悪いのか、返答に困ってしまいました。

 まず、「石蒸し料理」の下ごしらえから。
 黒耀石のナイフで牛肉を切ります。
 このナイフ、恐ろしいほど、良く切れるのです。その切れ味は、現在のメス以上だとか。
 肉の上に刃を当てて、グッと押すだけで、スパッ!(ビックリしました)
 恐るべし、旧石器人!

 切った肉と野菜をホウの葉に包んで、焼けた石の上に置いて、土をかぶせて待つこと30分。取り出した蒸し焼きお肉は、これまた見事なお味で、2度ビックリ!
 これにイノシシ鍋、鮭の燻製(くんせい)、古代米のおにぎり、ハスの実の豆腐がテーブルに並びました。
 さらに旧石器時代のスィーツとしてデザートに、黒米のあんぴん、そしてドングリのコーヒーが付きました。

 いやいや、お見事!
 これは現代人の食生活より、かなり豊かであります。そして何より、美味しい。


 帰りにお土産までいただいて、先日の「かち鳥もち」といい、こんな仕事ばかりなら、いつでもOKですよ。

 ま、だんだん自分の職業が何だか、分からなくなりますけどね。
  


Posted by 小暮 淳 at 22:10Comments(0)つれづれ

2010年11月09日

謎学の旅⑫ 「十石犬を追え!」(上)

 僕の犬嫌いは、仲間内ではつとに有名です。
 大型犬はもってのほか、チワワやマルチーズだって、触れなかったのです。

 そんな我が家に4年前、家長の僕の許可なく(家内と娘の策略)、突然、チワワのマロ君がやって来ました。それも、家の中で飼うという(チワワですから当然ですが)。これはもう、生きた心地がしませんでしたよ。

 でも、一緒にいると、だんだんと情ががうつるんですかね。気が付いたら、僕が散歩までさせていました。今では、家族の中で、一番心を許せる友になっています。
 が、依然として、他の犬はダメです。マロ君のみ平気になりましたが、相変わらず犬はニガテです。

 そんな僕が唯一、眺めるのが好きな犬がいます。柴犬です。
 自分でも理由は分からないのですが、なんとも牧歌的な味わいがあり、見ていると心が和むんですね(もちろん、触ることはできませんが)。

 で、その柴犬のルーツともいえる土着犬の血筋を受け継ぐ犬が、今も群馬県の上野村にいるというのです。
 その名は、十石犬(じっこくいぬ)。

 昭和30年代に絶滅したと思われていた、幻の日本犬です!


 十石犬は中型犬で、毛色は柴色と黒色の2種類。
 人間には従順だが、クマやイノシシなどの獲物には、勇猛果敢に立ち向かう気迫があり、古くはマタギ犬(猟犬)として使われていた犬です。

 昭和のはじめ、群馬県上野村と長野県佐久町の県境にある十石峠付近で、「すごい犬を見た!」という噂が広まりました。
 昭和3年、日本犬保存会の初代会長である斉藤弘吉氏が、地元の猟師から譲り受け、東京へ持ち帰った犬に「十石号」と命名。この犬の写真が当時、新聞や雑誌に紹介され、その素朴な風貌と自然な味わいの深さから “柴犬の最高峰” と称され、柴犬の名を一躍世に知らしめることになりました。

 「ああ、十石犬に会いたい!」
 知れば知るほど会いたくなる。
 犬嫌いの僕が、十石犬とたわむれる夢を見たくらいです。

 ところが願いとは、念じていると不思議と叶うものなんですね。
 仕事で上野村役場の人と会う機会がありました。
 すかさず十石犬の話を切り出すと、詳しい人を紹介してくれると言うではありませんか!
 さっそく僕は犬好きのカメラマンを連れて、上野村を訪ねることにしました。


 某月某日。
 十石犬保存会会長の今井興雄さんが、待ち合わせ場所に指定してきたのは、上野村ではなく、意外にも安中市でした。

 コンビニエンスストアで合流。
 あいさつもそこそこに、言われるままに付いて行くと、住宅街の一軒のお宅へ入って行きました。

 「おおおぉぉぉー、いる~!」
 いきなり車から飛び降り、シャッターを切り出すカメラマン氏。
 僕には、ただの柴犬に見えますが、彼は 「目が違う! 骨格が違う! 毛質が違う!」 と、興奮しています。


 「コイツは、まだ目が明るい。
  本来の十石犬は、もっと目に沈みがあるんだ。
  さあ、行くよ。ついておいで」

 今井さんは、そう言うと、車に乗り込んでしまった。

 僕らは、十石犬の故郷、上野村へと向かった。


 <つづく>
   


Posted by 小暮 淳 at 18:12Comments(2)謎学の旅

2010年11月08日

猪ノ田温泉 「久惠屋旅館」③

 
 猪ノ田(いのだ)温泉「久惠屋旅館」の女将、深澤信子さんから、電話をいただきました。
 「案内状に気づくのが遅かったもので、返信が遅れて申し訳ありません。明日、出席で投函しますので、よろしくお願いします」

 何のことかと言えば、14日の出版記念パーティーのご返事です。
 今回、僕が2冊の本で取材をした86軒の宿、すべてに案内状を送らせていただきました。

 大きな旅館ならば、従業員が大勢いるので、社長や女将さんも外出は容易に可能でしょうが、僕が取材してまわった宿は、みんな小さな温泉地の小さな宿ばかりです。
 ご主人と女将さんと、その家族だけて、湯と宿のすべての切り盛りをしているところが多いので、なかなか前橋くんだりまで、たかが本の出版パーティーのためには、やって来れないだろうと思っていたのです。欠席でもかまわないから、“みなさんのご協力のおかげで、こんなにも本が売れました。ありがとうございます”という感謝の意味と報告を兼ねて、案内状を差し上げたのです。

 返信の締め切りは、先週末でした。
 予想以上の温泉旅館からの出席ハガキが届いています。ありがとうございます。
 温泉地と温泉旅館あっての温泉ライターですからね。
 大変、感謝しております。
 当日、また、みなさんにお会いできることが、今からとても楽しみです。

 旅館外で会う、女将さんって、また雰囲気が違うんでしょうね。
 惚れちまわないように、要注意ですかな。


 「うちの石鹸が、できたんですよ。おかげさまで、大変好評です。当日、お持ちしますので、お使いください」
 と女将さん。

 たびたび、このブログでも書いていますが、猪ノ田温泉の源泉は、古来より皮膚病に特効がある鉱泉として有名で、県内でも最も歴史のある湯治場として賑わった温泉地です。
 僕も毎日、この源泉を噴霧器に入れて、風呂上りやヒゲ剃り後に、ローション代わりに使用しています。乾燥肌には、効果てきめんの源泉です。

 以前、某雑誌に「アトピーに効く」と書いたことがあり、たいへん評判になったことがありました。
 その源泉が、石鹸になったのですね。うれしいですね。
 ぜひ、使わせていただきます。


 温泉地以外の場所で、旅館のご主人や女将さんとお会いするのは、初めてのことです。
 今から、少し緊張してきましたよ。

 でも、すべては “群馬の温泉のブランド化” のためです。
 県・館・著が手に手をとって、一丸となって、群馬の温泉をもっともっと盛り上げようではありませんか!

 当日は、よろしくお願いいたします。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:17Comments(2)温泉地・旅館

2010年11月07日

ランキング復活!


 やりました!
 復活です。
 不死鳥が舞い戻るように、返り咲きました。

 今日の上毛新聞(10面)の「週間ベスト10」(前橋・煥乎堂本店調べ)の9位に、拙著『群馬の小さな温泉』が、ふたたびランクインされていました。思えば、最後に名前が載ったのは先月の10日ですから、かれこれ1ヶ月ぶりの再浮上です。

 新聞広告や楽天トラベルとのタイアップ企画などが、功を奏してきているのでしょうか。
 また最近は、いろんな人のブログでも紹介されているようですね。
 温泉好きの人のバイブル的な存在になれると、うれしいです。


 「あっ、オレの本、けっこう売れているんだなぁ……」と思える瞬間が、最近は多々あります。

 先日のセミナーでも、以前なら出席者の8割くらいの人が著書を買って帰るのですが、今回は5割弱しか売れませんでした。
 その代わり、会場に僕の本を持参して来た人が多かったのです。
 要は、サインだけのおねだりです。
 だもの、会場では本が売れません。

 昨日の「ちんどん競演会」会場でも、「本を持ってます」と何人もの方に、声をかけられましたよ。
 書名と著者名は知っていても、著者に会うのはもちろん初めてです。僕も、その方と会うのは初めてなんですが、なんか不思議な出会いなんですよね。まったくの初対面という気がしない。
 著書を通して、間接にですけど、互いが出会っているような……。

 相手は少なからず、僕の存在を知っている。
 僕にしても、初対面だが、読者ということで、文字越しに交流をした親近感を感じるのです。
 不思議なものですね。

 ネットのオフ会で、あいさつをしているような……感じかなぁ。


 さてさて、現在ライキング9位!
 今後、どこまで順位を伸ばせるのでしょうか? 
   


Posted by 小暮 淳 at 15:00Comments(0)著書関連

2010年11月06日

ちんどん競演会で優秀賞!


 いやぁ~、驚きました!
 斎藤祐樹じゃないけれど、やっぱり、僕って何か持ってますね。
 うん、今日はそれを実感しました。

 以前にも、このブログで紹介しましたけど、今日は 『第8回 全国アマチュアちんどん競演会in前橋』の開催日です。
 お誘いがあり、「高崎ちんどん倶楽部」の演技に友情出演することになったのです。

 ま、座長にも世話になっているし、クラウンは同級生だし、頼まれれば「いや」とは言えません。
 こんな僕でお役に立てるならばと、軽い気持ちで出演をOKしたのです。
 そして、今日がその当日……

 午後1時に、会場である「前橋プラザ元気21」で、高崎ちんどん倶楽部の面々と合流。
 合流したのは、ボーカルの僕と踊り手のオンパラシスターズの2人(イラストレーターの飯塚裕子さん、ライターの吉井こゆみさん)。
 控え室で、簡単な打ち合わせと音合わせを済ませて、いざ!1階ホールのステージへ。


 コンクール予選は、午後2時40分から。
 「高崎ちんどん倶楽部」の演技は、13チーム中4番目です。
 出場15分前には、舞台袖で待機。司会者にチーム名を呼ばれ、いよいよ、出番の時がきました。

 まずはチンドン隊が、八木節を高らかに演奏しながら舞台上へ上がりました。
 クラウンによる口上が始まり、僕の紹介をしています。
 「それでは呼びましょう!『GO!GO!温泉パラダイス』の作詞・作曲者で、歌手の小暮淳さんでーす!」

 “おいおい、オレは歌手ではないぞ!温泉ライターって紹介するんじゃなかったのかよ!?”
 「いい湯だな」のメロディーにのって、僕とシスターズの登場です。

 1チームの持ち時間は、たったの4分です。
 もたもた、していられません。群馬の温泉と歌の説明は数十秒ですませ、歌い出しました。

 会場内の観客には、あらかじめクラウンが、歌詞カードを配ってあります。
 『GO!GO!温泉パラダイス』(略してオンパラ)の歌詞は6番まであります。この中に27温泉地名が盛り込まれているのですが、到底、この持ち時間では歌いきれません。3番まで歌って、規定の4分を使い果たしてしまいました。


 「さ、お茶飲んで、帰ろう」と座長。
 館内の喫茶店で、もう全員くつろぎモードです。
 「しっかり演奏、間違えちゃったもんね。決勝進出なんてムリムリ」と座長。
 「各賞の発表もありますから、とりあえず見ていきましょうよ」と座員。

 出演順に「1番、○○賞。2番、○○賞」と、ダジャレの賞が発表になりました。
 “どーせ、うちらは「温泉に入りま賞」だよ”なんて言っていた矢先のこと……

 「4番、高崎ちんどん倶楽部。決勝進出~!」


 気が付いたら、いい大人たちが、高校球児のように手に手をとって、抱き合っているではないですか!
 青天の霹靂とは、まさにこの事です。
 「おいおい、想定してなかったから決勝用のネタ用意してねーぞ」と座長。
 「これは小暮さんの上昇気流に乗っちゃいましたかね。同じオンパラで行きましょうよ」と座員。

 と、いうことで、まさかの決勝進出!


 結果は、3位の優秀賞でした。
 ちなみに最優秀賞は、2年連続優勝の「チンドン寺町一座」(岩手県) 。2位は、女子高生チームの「TMちんどんガールズ」(館林市)です。

 コンクール終了後も、何人ものお客さんに声をかけられました。
 「おもしろい歌だね、歌詞カード余分にないの?」
 「この歌、ヒットするよ!」
 なーんて、ね。


 いゃー、久々にはしゃいで、青春してしまいましたよ。
 「高崎ちんどん倶楽部」のみなさん、お世話になりました。
 めっちゃ、楽しかったですよ。
 ぜひ、今度は、うちのバンドとコラボしましょうね。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:22Comments(2)ライブ・イベント

2010年11月05日

あこがれの川上アナ


 今日は午後、エフエム群馬にて、打ち合わせがありました。
 何の打ち合わせかって?
 今回は、ラジオ番組の出演ではありません。

 今月14日に開かれる、拙著の出版記念祝賀パーティーの件です。
 なななんと! あの人気パーソナリティーの川上直子アナウンサーが、当日、司会をしてくださることになったのです。
 ああ、ありがたや。感謝感激であります。

 お知り合いで、本当に良かった!

 縁とは不思議なもので、まわり回って、めぐって来るのですね。
 僕の本のアートディレクターである桑原一氏が、かつてエフエム群馬の番組「四季の散歩道」でスクリプトをしていたことがあり、そのときに氏の原稿を朗読していたのが川上アナだったのです。
 そんな縁で、僕も何度かお会いしたことがありました。

 今回、祝賀パーティーを開くことが決まったときから、「ぜひ、司会は川上アナにお願いしたい」と氏とともに熱望していたのです。
 この熱いラブコールは、川上アナの胸を見事に貫通! こころよく引き受けてくださいました。
 臨席者のみなさーん、川上アナのお顔を拝見できますよ~!


 アナウンサーって、声のイメージと実際あったイメージが、違う人ってけっこう多いですよね。
 でも、川上アナは、あの声のイメージのまんまなんです。
 透き通った小川の流れのような声どおり、お綺麗で、清楚なやさしさをそこはかとなく漂わせている女性です。
 僕は、初めて会ったときから、声以上に本人のファンになってしまいましたよ。

 ということで、当日はよろしくお願いします。
 臨席者の中には、ファンも多いと思います。そんなファンのために、ふつうの司会ではなく、もっと川上アナの魅力を前面に押し出した企画も考えました。
 ちょっと、サプライズ的な演出ですよ。乞う、ご期待!


 打ち合わせ終了後、その足で発起人とともに、群馬ロイヤルホテルへ。
 会場となる「鳳凰の間」を下見し、テーブルやイスの配置、ステージの位置、音響操作の確認などをしてきました。

 いよいよ、あと1週間となりました。
 スタッフのみなさん、ご苦労様です。
 そして、ありがとうございます。

 楽しいパーティーにしましょうね!
  


Posted by 小暮 淳 at 18:32Comments(0)著書関連

2010年11月04日

モーニングセミナー

 おはようございまーす!
 朝もはよから、ひと仕事終えてきました。

 今日は、前橋市倫理法人会のモーニングセミナーで、6時から講話をしてきました。
 うー、しんどい。
 そもそも僕は夜型人間ですから、就寝はいつも深夜2~3時ですもの。
 でも頑張って4時に起きて、テンション上げてビシッとキメてきましたよ。

 会場は前橋マーキュリーホテル。
 5時半に会場入りして、受付横に、著書を並べて、来場者を待ちました。

 ご存知の人はご存知でしょうが、倫理の人たちって、朝からテンション高いんですよね。
 僕もテンションの高さでは負けないほうなんですけどね(無駄に明るい「便所の100ワット」と呼ばれてます)。
 それでも相手は集団で元気ですから、朝から気おされムードの完全アウェイ状態。
 それでも、講話一発目!

 「みなさ~ん、おはようございます!」
 と、大声出して、威嚇(いかく)してやりました。これ、僕の講演のいつものテです。
 スピーチによる “先手必勝の術” です。

 人前で話をするとき、ボソボソって小さな声で話し出したら “負け” です。
 「さー聴け、これからオレがスゲー面白くってタメになる話するからなっ」という脅しを込めて、一発目の発声は元気良く、笑いをとるくらいの意気込みでスタートします。

 つかみがOKなら、すべてうまく行きます。
 今日も、完璧!
 ただ、持ち時間が40分と短いので、話のペース配分に苦労しました。

 通常、講演は90~120分です。
 僕の話も、それに合わせて組み立ててあるので、その半分となると「どこまで温泉の魅力が伝わるだろうか…」と多少不安になります。ので、ラストは、「この続きは、またの機会に」と、“まだまだネタはたくさんあるんだぞっ”と、もったいぶった言葉を残して、40分ピッタリで話を終えました。

 講話終了後、「もっとお話が聞きたい」という方が大勢いたので、ホッ!
 すかさぜ「ぜひ、今日の続きは本を読んでください」と、しっかり講演後のお約束、著書販売とサイン会となりました。


 狩野幸洋会長、ありがとうございました。
 ぜひ、また呼んでください。次回は、もっと面白い話をしますよ。

 そして朝食 、ごちそうさまでした。


 では、みなさん、おやすみなさい。 Z Z Z ZZZZZ ……
  


Posted by 小暮 淳 at 10:09Comments(0)講演・セミナー

2010年11月03日

島人たちの唄⑥ 「海の神様」(下)


 「とーちゃ~ん!」

 「おとうさーん!」

 父親の船が見えると、浜で手を振る子どもたち。
 島の小学生らによるマーチングバンドの演奏が、沿岸を行く船団を見送る。

 「ぎおんまつり」の翌朝、何十隻もの漁船が、一斉に港を出て行った。
 どの船も大漁旗を揚げ、満艦飾に彩られている。
 中手島、小磯島と北の属島を回り、やがて沖に出ると、船の群れは一列となって、海上パレードを始めた。


 「おお、行って来るぞー!」

 漁盛丸の甲板でも、漁師たちが家族の声援に応えて、手を振った。


 エンジンの音を上げて一気に加速すると、飛沫(しぶき) を上げながら船体を大きく旋回させて、一層その勇壮ぶりを誇示した。
 すると浜では、ひと際大きな喚声が沸き起こった。

 「あの島には洞窟があってな、お伊勢様まで続いていると言われてんだ」

 漁師が指さした先には、切り立った頂を持つ野島がそびえていた。
 無人島だが、標高は本島より高い。
 野島社という神社が祀られ、漁師たちは新しい船の進水式には、必ずこの島を一周する。

 ここ篠島は愛知県南知多町に属しているが、その昔は三重県の伊勢の国に属していたという。
 現在でも、伊勢神宮に奉納する御弊鯛(おんべだい)という干鯛の調整所がある中手島だけは、篠島村より譲り受け、神宮の所管となっている。


 「田んぼや畑には持ち主がいるが、海は誰のものでもねえ。わしら漁師は、海の神様に生かされてんだよ」

 船団は、さらにスピードを上げて、野島を目指す。
 島に近づくと、漁師たちは一斉に海に向かって御神酒(おみき)をまいた。
 そして、海の安全と大漁を祈った。

   


Posted by 小暮 淳 at 17:02Comments(0)島人たちの唄

2010年11月02日

楽天トラベル×上毛新聞社

 いよいよ、始まりました!
 みなさんは、もう見ましたか?

 前著の『ぐんまの源泉一軒宿』に引き続き、『群馬の小さな温泉』が、日本最大級の宿泊予約サイト「楽天トラベル」とタイアップし、サイト上で紹介しています。
 今日の上毛新聞(22面)に「小さな温泉地紹介」と題した記事が掲載されましたので、以下、一部を引用します。


 <同サイトは、宿の紹介から予約までが一度にできる便利なサービス。大好評だった「ぐんまの源泉一軒宿」(上毛新聞社刊)に引き続き「群馬の小さな温泉」が発刊されたのを記念して特集ページを開設した。楽天トラベルと上毛新聞社のタイアップ企画第2弾。
 同書は、宿数が10軒に満たない小さな温泉地を紹介している。著者の小暮淳氏が選び訪ねた18の温泉地の36の宿。どれも華やかではないが、昔ながらのたたずまいや良質な湯などの魅力にあふれている。
 サイト中では、(中略)30施設を紹介。宿にまつわるエピソードとともに湧出量や泉質、効能などの情報などを盛り込んでいる。>

 アクセス方法は、ホームページ(URL:http://travel.rakuten.co.jp./movement/gunma/201010/)
 携帯サイトは2次元コードで。
 問い合わせは、国内予約センターの予約専用ダイヤル(TEL.0502-017-8989)へ。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:20Comments(0)著書関連

2010年11月01日

温川温泉 「白雲荘」

 僕にとっては、温泉へ行くのが仕事ですから、年にだいたい80~100ヵ所の温泉地を訪ねています。
 「いいですねぇ、温泉へ行くのが仕事なんて」
 と、良く言われますが……

 はい! とっても楽しいですよ。


 ということで、こんだけ温泉宿を泊まり歩いていると、やはり不思議な体験というのを多々します。
 僕は、そもそも温泉自体がパワースポットだと考えていますから、感性が研ぎ澄まされて、気が高揚していく自分が分かりますね。まさに “霊験あらたか” な場所なのです。

 このブログでも紹介した奥嬬恋温泉「干川旅館花いち」の女将や同行したカメラマンが体験した「干俣様」の不思議な力など、温泉地では、いろいろな不思議体験が僕を待っています。
 今までで一番不思議だったのは、やっぱり温川(ぬるがわ)温泉の一軒宿「白雲荘」での出来事です。


 温川温泉は、浅間隠(あさまかくし)温泉郷の中で、一番小さな温泉宿です。
 浅間隠温泉郷とは、温川に沿って湧く「薬師」「鳩ノ湯」「温川」の3つの温泉の総称です。

 湯の歴史は古く、江戸時代中期には発見されています。
 明治22年に浅間隠山の大洪水により一旦は埋没してしまいましたが、昭和38年に再掘され、見事復活した幻の温泉です。
 その昔、村人たちが、この湯で丹念に目を洗ったところ、たちまち眼病が治ったことから「目の湯」とも呼ばれています。

 宿の創業は再掘された昭和38年。わずか6部屋の小さな宿です。
 初めて訪ねた日に通された部屋は、一番奥の角部屋でした。眼下には、七段に落ちる見事な滝を見下ろす絶景が待っていました。
 「川の音がうるさいかもしれませんね」
 と5代目主人の本間輝幸さん。
 川の音がうるさいなんて、なんと贅沢なことか。


 その晩、僕は摩訶不思議な体験をしました。

 わけもなく、夜中に何度も目が覚めるのです。
 その都度、滝の音に誘われて、ふたたび眠りにつきました。
 何度目かの眠りにつこうとし、うつらうつらした時です。
 あたりのあまりの明るさに、また目を開いてしまいました。

 ビックリ仰天!

 何体もの観音菩薩像が、ぐるりと僕の寝床のまわりを囲んでいたのです。
 金色に輝く観音像を数えると、ちょうど6体。
 これは夢か? と部屋を見渡すと、となりに同行のカメラマンは寝ているし、相変わらず滝の音は聴こえています。
 キラキラと光る観音様を見ていたら、なんとも心地よい気分になり、それからは朝までぐっすりと眠ることができました。


 これは何かの吉兆でしょうか。
 期待して待っていたのですが、宝クジひとつ当たりません。
 大きく人生が変わったとも思えません。

 ただ、その頃は、僕が温泉をテーマに取材を始めたばかりの頃だったのです。
 もしかしたら 「お前が群馬の温泉を世に広めなさい」 という啓示だったのかもしれませんね。

 その翌年あたりから、温泉の仕事が少しずつ増えていきましたもの。


 合掌
   


Posted by 小暮 淳 at 12:49Comments(0)温泉地・旅館