温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2010年12月09日

セミナーの記事

 今日の上毛新聞(17面) に、先日、大泉町で行った「女性セミナー」での様子が、写真入りで出てました。

 ま、歳も歳なので仕方がないのですが、最近、メディアに紹介されるたびに「ああ、歳をとったなぁ…」と、つくづく感じてしまいます。
 本人は、いつも実年齢より若いと思っているし、他人からも若く見られていると思っているんですけどね。でも、こうやって(記念撮影ではなく)、不意をつかれて撮られた写真を見ると、「なんじゃ、このオッチャン!」と愕然(がくぜん)としてしまいます。

 掲載写真の感想はこれくらいにして、やっぱり記事にしていただけるのは、うれしいものです。


 「群馬の温泉 魅力を語る」

 見出しもいいですね。
 群馬の温泉ブランド強化には、もってこいのタイトルです。

 しっかり、「 『魅力あふれる群馬の温泉~守り継ぐ湯 語り継がれる宿~』 と題して講演」と、演題も紹介されています。


 ただ1ヶ所、読者に誤解を招きそうな表現がありましたので、この場をお借りして訂正させていただきます。

 「1990年前後から動力を使って地下から湯をくみ上げるようになった」

 との表記がありますが、正しくは “大深度掘削による” が入ります。
 掘削による動力揚湯(ようとう)の技術は戦後には登場していますが、記者が書く1990年前後(平成になって)から技術が飛躍的に進歩して、1,000メートル以上の大深度掘削が可能になったのです。

 平野部の日帰り温泉施設は、ほとんどが平成以降の大深度掘削によるものです。


 記事の最後には、僕のプロフィールと著書の紹介もされていました。
 記者さん、ありがとうございます。

 来年も、すでに2月、3月、5月に講演が入っています。
 ぜひ、また取材に来てくださいね。

 群馬の温泉のブランド化のために!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:47Comments(2)講演・セミナー

2010年12月08日

島人たちの唄⑧ 「坂道と少女」


 篠島は周囲 6.7キロメートル、南北に細長い勾玉(まがたま)のような形をしている。
 北部の埋め立て地区を除くと、起伏の多い山島だ。
 民家はわずかな平地と、斜面に寄り添うように密集している。
 道は極端に狭く、四輪車はほとんど通れない。
 坂が多く、迷路のように入り組んだ道では、スクーターが島民の唯一の足がわりなのである。

 西の港から東の浜へ抜けるには、神明神社の坂道を通るのが最も近い。その距離、わずか200メートル。
 坂のてっぺんから西に東に海を望むことができるこの道を、僕は日に何度も往復した。
 当然、島民にとっても生活に欠かせない幹線道路のため、ひっきりなしにスクーターが行き交っている。


 この坂道の途中に、島でたった一軒の本屋 「小久保書店」 がある。

 書店といっても、外観も店内も屋号とは程遠い、雑貨屋である。
 店内の3分の2は生活用品や文房具品で占められていて、残りの3分の1のスペースに、雑誌とコミックと、わずかな書籍が置かれているだけだ。
 いつ通っても、人影はなく、店自体がやっているのか、閉まっているのか、通るたびに不思議に思っていた。


 絹のようなやさしい雨が降り続く、日曜日だった。

 僕は朝からオフ日に当てていた一日だったので、ひまを持て余していた。
 せっかく持参した釣り具も手つかずのまま、雨の島をただあてもなく歩いていた。

 坂の上り口にある「六地蔵」と呼ばれる灯籠の前で、「その昔、加藤清正が、名古屋城を築城した際に、この島から岩を切り出したそのお礼に贈られたものだ」と話す老人との立ち話にも、そろそろ飽きてきた頃、港の方からやって来る赤い傘に気づいた。

 少女だった。

 埋め立て地区の子だろうか。
 こんな雨の日に、一人でどこへ行くのだろうか。

 郵便局の角を曲がり、坂道を上がり出した少女を、僕は老人の話に相づちを打ちながら、目で追っていた。


 少女は「小久保書店」の前で、立ち止まった。

 何度か入り口の戸に手をかけているようで、そのたびに、小さな赤い傘が揺れている。
 しばらく少女はそこにたたずんでいたが、とうとう店の人は、出て来なかった。


 少女が坂道を下りて来た。

 また港の通りへもどって行った。

 いつしか、老人の姿も消えていた。


 振り返ると、いつもは賑やかな坂道が、雨に濡れながら、ひっそりと静まりかえっていた。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:53Comments(0)島人たちの唄

2010年12月07日

音訳録音図書


 「50歳を過ぎて、何か変わりましたか?」
 人生の後輩たちに、よく聞かれる質問です。

 目、肩、腰が疲れやすくなったのは、その前からですし、物忘れなんて若い頃から、しょっちゅうでしたから、別段、50歳を過ぎて変わったことなんて、これと言ってありません。
 しいて言えば、食の好みが肉系から魚系へかたより出したのと、味付けが濃い目から薄味になりつつあるくらいですかね。飲み屋も、にぎやかな店より、だんだん静かな店へ行くようになったし、女性の好みも和服が似合う人が良かったり……。
 ま、人は歳を重ねれば遅かれ早かれ、そんな感じになるんじゃないですか。

 ただ、1つだけ、目に見えないモノですけど、思考の変化はありました。
 それは、人生を逆算しだしたということ。

 あと、何年生きられるのだろうか?

 20年だろうか? 30年だろうか?

 20年なら何をしよう?
 “もし、そうなら60歳までに、アレとアレとアレくらいは、しておかないとなぁ”
 てな、具合にです。

 さらには、“あれ、俺って、世の中のためになることしているのかな? いつも自分のことしか考えて来なかったよな。残りの人生は、もう少し世の中の役に立つことをしないとなぁ” なーんて、ガラにもないことを考えるようになったのが、50歳を過ぎてからです。

 だからでしょうか、以前なら(40代までは) 絶対に引き受けなかった地域の活動にも参加するようになったし、一銭にもならない仕事でも、「群馬のためになるなら」と躊躇(ちゅうちょ)することなく、率先して引き受けるようになりました。

 “らしくないよな”と思うこともあります。
 “人間が丸くなったのかな”と感じることもあります。
 でも、あながち、そんな自分がキライじゃなくなったのも、50歳を過ぎてからなんですね。


 ちょっぴり、うれしい出来事がありました。

 群馬県立点字図書館より、拙著 『群馬の小さな温泉』 が、視覚障害者の方々のために音訳され、録音図書になるとの知らせがあったのです。

 某温泉地の観光協会へ、音訳ボランティアをしている人から、次のような問い合わせがあったと、僕にメールが転送されて来ました。

 <今回、小暮淳さんの「群馬の小さな温泉」という本を音訳させていただくことになりました。
  群馬県内の5つの地域、36軒の温泉宿が、豊富な写真とともに丁寧にレポートされた本です。
   (中略)
  録音図書を作成するためには本の下読みをし、読み方が不明な文字はインターネットやその他資料を使って調べるのですが、時としてどうしても読み方が判明しない、あるいは確信が持てない単語が残ってしまいます。
  おそらく、こう読むのであろう、と推定はできるものの、群馬のブランドである「温泉」が紹介されるせっかくの機会に、もし間違った読み方をしたりしたら大変申し訳ないと思い、思い切ってこちらに問い合わせていただくことにしました。
  お忙しいところ誠に恐縮ですが、下記の単語について読み方を教えていただければ、大変ありがたく思います。>

 という内容でした。

 そして、観光協会からは、僕へこんなコメントが添えられていました。

 「このように、群馬県民が嬉しくなるような、群馬の素晴らしい温泉を魅力的に紹介していただき、本当にありがたく思っております」と。


 はい、僕も思わず、胸の奥がジーンとして、目頭がウルウルしてしまいましたよ。うれしいですね。

 僕が書いた文章が、どこかで、誰かのお役に立てていることは、ライター冥利に尽きます。

 目が不自由な方にも、群馬の温泉の素晴らしさを、ぜひ知っていただきたいと心から思います。


 あ、もう1つ、思い出したことがあります。
 50歳を過ぎると、感動しやすく、涙もろくなりますね。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:34Comments(2)著書関連

2010年12月06日

マイバスに乗って

 親孝行なんて、「したい、したい 」と思っていても、なかなかきっかけがないと、できないものです。
 ところが、今日は、ひょんなことから、両親まとめて、親孝行をしてしまいました。

 午前中、新聞社にて打ち合わせを1本済ませて、帰りに何の気なしに、実家へ顔を出しました。
 「じいさーん、生きてるかー!」
 これが僕のチャイム代わりの、いつもの訪問の仕方です。

 すると、オフクロが出てきて、
 「お前、いいところに来たよ。おとうさんが、駅を見せたいってきかないのよ」
 と言います。
 2人の格好を見ると、すでに外出モードです。
 「駅が新しくなったから見せてやる。お店もできたから、昼飯をおごってやるって」

 まぁ、みなさんは何のことか分からないでしょうが、僕には分かります。
 オヤジの記憶は、前橋駅が新しくなった昭和50年代で止まっているのです。

 「そーかい、そりぁ、すごいや。俺も一緒に行くよ」と僕。
 「おお、そうか。前橋駅がキレイになったぞー」と父。
 「お前、大丈夫なのかい? 忙しいんじゃないのかい?」と母。
 「いいよ、いいよ。とーさんと散歩するなんて、久しぶりだ。行こう!」

 ということで、何十年(それこそ40年くらい)ぶりに、親子3人で駅を目指して歩き出しました。

 「ちょっと、待ってくださいよ。おとうさんたら、いっつもそう。私のことなんか考えないで、ずんずん行っちゃうんだから」と、オフクロがぼやくほど、オヤジは健脚です。
 一見には、86歳のボケ老人には見えません。若い頃から山を登り、今でも日課の散歩を欠かさないからかもしれません。


 「ほら、おとうさん、食事するお店なんてないでしょ!」と母は、駅の構内で父を責めます。
 「あるかもしれないじゃないか、とーさん探してみようよ」と僕は、父の腕をとって歩き回りました。

 不思議だな…といった表情で、構内をウロウロする老いた父が、なんだか幼子のようで可愛くもあります。
 しばらくすると、「あった! あった!」と指さした先は、マクドナルドでした。

 「おとうさん、あれ、ハンバーガーよ。若い人の食べ物。ここには食堂はないの!」
 歩き疲れて腹も空いたオフクロは、イライラしながら少しきつめに父に詰め寄ります。

 怒られたと思い、シュンとしてしまったオヤジ。
 オヤジは自慢したかったのですよ。「俺は街のこと、こんなに知っているんだぞ」って。
 でも、いつもいつも古い記憶しか出て来ないんです。

 「そーだ、これから3人でバスに乗って街へ行こうよ。スズランで食事して、買い物して、またバスで帰ろう。昔、そうやって、家族で“おマチ”へ行ったじゃないか!」

 僕の提案で、駅前から市内循環バスの「マイバス」に乗り込みました。
 どこで降りても、どこまで乗っても一律100円です。

 ♪つぎはー、スズラン前、スズラン前……
 「ほら、とーさん、押して押して」
 ♪ピンポ~ン、つぎ、停車します……


 3階のレストラン街で食事をして、8階の催事会場を見て、地下の食料品売り場で買い物をして・・・
 ああ、やっぱり、40年ぶりだよ。親子3人でデパートを歩くなんて。

 前三デパートへ、よく行ったよね。
 屋上に観覧車があって、ステージがあって、アントニオ猪木のサインをもらったよ。
 レストランで、生まれて初めてカツカレーを食べた。今でもカツカレーが好きなのは、あのときの感動が忘れられないからなんだね。

 でも、今日はあのときの、まったく逆だ。
 僕がとーさんの手を引いている。僕がとーさんをデパートへ連れて行って、レストランで注文をしている。
 「好きなもの食べな」「よく噛んでな」なんて。偉そうに……。 


 3人を乗せたバスが、また動き出しました。
 人影まばらな、さびれた商店街の中を、ゆっくりとゆっくりと、まるで思い出を1つ1つ拾い集めるように走ります。

 バスを降りると、オフクロは、すたすたと早歩きで家路を急いでいます。
 「まったく、とうさんたら、いっつもそう。行きは元気なのに、帰りは疲れちゃって、歩くの遅いんだから。わたしは、先行くよ」
 「ああ、俺が連れて帰るよ」

 「疲れちゃったか?」
 「ああ、…… どこへ行って来たんだ?」
 「街だよ、おマチ!」
 「何しに?」
 「スズランで食事したんだよ」
 「そうか、スズランでか」
 「また、行こうな」
 「ああ、また行こう」


 マイバスに乗ってね。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:13Comments(2)つれづれ

2010年12月05日

クラス忘年会

 3年前の6月、卒業以来初の中学のクラス会をしました。
 なぜか、言いだしっぺということで、僕が幹事をやらされました。

 きっかけは、ある新聞記事でした。

 活発で、明るくて、才女だったSさんの名前を 「おくやみ」欄に見つけたのです。
 享年、46歳。

 元クラスメートたちに、激震が走りました。“仲間”が死んだ……

 不思議なものですね。卒業してから30年以上も経つというの、卒業以来まったく会っていないというのに、なぜか僕らは、ずーっと“仲間”なんです。
 当時の担任の先生にも連絡が行き、かつての級友の死に涙したのでした。

 「生きているうちに、クラス会やらんか?」
 そんな僕の呼びかけで、まず現在の名簿を作ることになりました。

 卒業アルバムの住所録を頼りに、端から電話をかけまくりました。
 でも結果は、ほとんど全滅。
 次に、居場所が判明している人たちに「知っているクラスメートの現住所を教えてください」という手紙を出しました。
 これが大成功、名簿の空白が次々に埋まっていきます。

 出世していそうな人は、ネットで検索。
 これも大当たり!
 大学教授が2人もいて、連絡がとれました。

 Sさんの死から、丸1年。
 ついに名簿ができあがりました。
 3年8組、42名の卒業33年後のクラス名簿です。

 でも残念なことに、先のSさんの他にももう1人、“物故” の文字が入ってしまいました。
 それと、どうしても探し当てられなかった2名の空欄……。


 平成19年6月、前橋市内の料理屋に、かつての3年8組23人+担任の姿がありました。

 「おまえ、変わんないな~」
 「お前もだよ」
 なんて声をかけあってますが、ウソです。ただ“分かる”というだけです。
 腹も出て、頭髪も薄くなり、シワが深く刻まれています。

 でも、「変わらねーなぁ」なんですね。

 いまだ独身の人、×が2つも付いている人、もう孫がいる人、会社の社長、大学教授、未亡人……千差万別、いろいろな人生を背負った“仲間”が、もどって来たのです。


 あれから3年。
 昨晩は、年に一度のクラス忘年会の日でした。
 あのクラス会を機に、会える人だけで年に一度会おう!ということになったのです。

 今の時代は便利ですね。
 メールがありますもの。すぐに連絡ができます。

 2次会の席に、サプライズがありました。
 前回のクラス会は欠席したM君から、電話が入ったのです。M君は、航海士です。
 海の上より、「次は必ず、出席するよ!」って。 

 M君とも卒業以来、会ったことがありません。
 なのに、ヘンですね。やっぱり、“仲間”なんですよ。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:02Comments(0)つれづれ

2010年12月04日

2つのグループ展

 まったく仕事がないという事はないのですが、取材の予定も入ってなくて、とりあえず急ぎの原稿もない日は、今日のように目覚まし時計をかけずに、目が覚めたときから、のんべんだらりと1日を始めます。

 トースト焼いて、コーヒー飲んで、新聞読んで、ダラダラと……。
 寝ている愛犬マロ君を無理やり起こして、かまって遊んで、もう1杯コーヒー飲んでから、やっと仕事部屋へ入ります。

 手帳をチェックして、来週の取材の資料にパラパラと目を通して、読みかけの文庫本などを読んでいると、もう、お昼です。

 さてさて、午後は……。
 そういえば、友人からDMとパンフレットが届いていたっけ!
 どれどれ、ともに会期は明日までだ……。

 と、いうことで、午後の昼寝を返上して、2つの絵画展をハシゴすることにしました。


 1軒目は、前橋市東上野町の「わーくはうす すてっぷ」で開催中の 『第10回 チャリティーアート展inすてっぷ』。
 詩画作家の星野富弘さんや、きり絵作家の関口コオさんら、そうそうたる面々にまざって、友人のアクリル画家、須賀りすさんがブースを構えて絵を展示していました。

 本人も会場にいたので、先日の出版祝賀パーティーに来てくれたお礼をしながら、しばし立ち話を。
 ブースには、絵のほかに、彼女のデザインした手拭いや風呂敷などのグッズも販売されていました。

 良く見ると、なつかしい絵本が!
 何年も前に、僕が文章を書いて、彼女が絵を描いた絵本 『誕生日の夜』 です。
 つい、自分で書いた本なのに、手に取ってペラペラとページをめくってしまいました。
 今はもう、嫁いで1児の母親となっている長女が、まだ3歳だった頃の思い出を書いた絵本です。

 「さっき、買って行った人がいましたよ」と彼女。

 なんだか嬉しいような、くすぐったいような、不思議な感覚です。
 本って、いつまでもこうやって形として残り続けていくんですね。書いた本人は、どんどん年老いていくというのにね。


 2軒目は、群馬県生涯学習センターで開催中の 『第23回 ホワイト展』 へ。
 ホワイトとは、生涯学習センターで主に人物画の実習を行っている自主学習グループです。うちのバンドのメンバーの1人が、グループの一員で、作品を出展しているというのですが……

 あれれ~っ、会場の中をグルリグルリと何回も回って良く見たのですが、彼の作品は見当たりません。
 受付で聞いてみると、なんと「出展していない」という。
 どうも、DMを出した後に、仕事が忙しくて作品が間に合わなかったようなのです。

 あーあ、無駄足か……

 いえいえ、我が人生にないもの、それは「ムダ」という言葉です。
 今日のこの時間、偶然にも3階で、パステル画家の唐沢政道先生が、教室を開いているというじゃあ~りませんか!
 そりゃー、顔を出さないわけにいかないでしょう。

 唐沢先生とは、4年前、『新・ぐんまカルタ』(ぐんまカルタ制作実行委員会) を作った仲間であります。
 先生は取り札の描画、僕は読み札の編集を担当しました。
 (※『新・ぐんまカルタ』 は、県内有名書店にて、現在も販売されています)

 その先生が、先日の僕の出版祝賀パーティーに欠席されました。
 理由は、ガンの手術とのこと。
 心配していたのですが、もう復帰して教室を開いているとは!

 「小暮くーん、先日は悪かったなぁ。ガンになっちゃってさ」
 と先生は、突然の訪問にもかかわらず、明るく僕を迎えてくれました。

 抗ガン剤の副作用で頭髪が抜けてしまったとかで、毛糸の帽子をかぶられていました。
 なのに、先生ったら、

 「おーい、みんな! 彼はベストセラー作家の小暮君、知っているだろ、源泉一軒宿の本だよ」

 なんて、生徒さんたちに僕を紹介しだしたのです。

 おまけに、「今日は本、持ってないの?」と言って、僕に駐車場の車まで本を取りに行かせ、「はい、まだ持ってない人、買って! すごーく、いい本だから、買いなさい」だなんて……。

 その場で、7冊も売れてしまいました。
 唐沢先生、ありがとうございます。

 いつもいつも明るい人です。
 凄い先生なのに、決して偉ぶらない。そして僕みたいなハスッパな人間にも、対等に付き合ってくださる人です。


 人生に、ムダという言葉は、やっぱり、ないのですね。
 こんな日がな1日が、僕の人生には、もっともっと必要なのでしょうね。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:10Comments(2)つれづれ

2010年12月03日

大泉町で講演しました。

 今日は、「平成22年度 女性セミナー」(主催:大泉町教育委員会)の第7回講座の講師として、邑楽郡の大泉町公民館で講演をしてきました。全7回の最終日です! 紅白でいったら大トリの北島三郎であります。閉会式前の90分間、思いっきり楽しくってタメニなる温泉話をしてきましたよ。

 大泉町で講演をするのは、昨年につづいて2回目です。
 昨年の6月に「平成21年度 高齢者教室」のオープニングに呼ばれ、2日間で4ヵ所4講演をしました。
 それ以来ですから、大泉町教育委員会のみなさんにお会いするのは、1年半ぶりになります。

 とにかく、僕は依頼を受けた今年の2月から、ずーっと今日を楽しみにしていたのですよ。
 いろいろな所で、講話はさせていただきますが、大泉町のスタッフはどなたも、みんな感じがいい人ばかり。
 全員お若い女性スタッフ、というのもいいですね。
 前回同様、今回もスムーズに講演が進み、無事終了することができました。

 講演後は、お約束の著書販売とサイン会です。
 いやいや、受講生のみなさんは、僕の記事や著書を良くご存知で、ビックリしました。

 「『源泉巡礼記』は、まだ本になっていないのですか?」
 と声をかけてくださったご婦人。
 たまげました! 先月、連載が最終回を迎えたばかりですよ。うれしいですね。

 「温泉の本は、もう持ってるから、この本を買っていくわ。サイン入れてね」
 と、『上毛カルテ』 を購入していただいた方が数名いました。

 わ~~ん、うれしくて涙がチョチョ切れちゃいますぅー!

 『上毛カルテ』 は、13年前に出版した僕の処女エッセーです。
 温泉本みたいに売れなかったものだから、スゲエー在庫を抱えていて困っているんですよ。
 ネットや出版元直なら買えますが、書店販売はされていない幻の著書です。
 こうやって、講演時に少しずつ手売りしております。


 生涯学習課 社会教育指導員の濱野正子さん、北村浩代さん、大変お世話になりました。
 そして長い間、ご苦労様でした。
 また呼んでくださいね。お会いできる日を楽しみにしています。

 昼のお弁当、おいしかったでーす!
  


Posted by 小暮 淳 at 18:16Comments(2)講演・セミナー

2010年12月02日

出ました! 完ゲラ


 やっと、出ました!
 里山本の全ページゲラ校正(印刷前の校正用プリント)が、届きました。

 2校(2度の校正)を修正した本文とともに、「まえがき」「もくじ」「マップ」「凡例」の導入部分と、「温泉一覧」「あとがき」「プロフィール」の巻末部分が上がってきたのです。

 本文ゲラだけ見ていると、新聞や雑誌の記事校正をしているのと、あまり感覚は異なりませんが、やはり、本文まわりのゲラを見ると「おお、いよいよ本ができるぞ!」という達成感が、ふつふつと沸いてくるのです。

 「まえがき」では、どうして里山へのアクセス手段を、電車とバスと徒歩にこだわったか? そのきっかけとなったエピソードと理由を書きました。

 「あとがき」では、僕が山を歩き出した子供の頃の思い出を交えて、同行カメラマンとの出会い、連載までのいきさつを紹介しています。

 いやいや、なかなかの出来であります。
 何年も時を要し、手間隙かけて作り上げた甲斐があるというものです。

 出産に例えれば、後産の苦しみ。胎児(本文)を分娩したあと、胎盤を産み落とす作業に入りました(ちょっと、例えがヘンですかね)。ま、それだけ、1冊の本を世に送り出す作業は、大変で重労働だということですよ。

 今回、「プロフィール」の写真は、このブログのプロフィール写真を使用しました。
 はい、頭にタオルを巻いて、ニチャケながら缶ビールを飲んでいるオッサン画です。
 この写真、カメラマンの吉田勝紀氏が、えらく気に入っている写真なんですね。
 「一番、小暮さんらしさが出ていると思うんですよ」(オレはただの呑兵衛か!)

 氏は、こんなことも言いました。
 「ぜひ、遺影に使ってください」

 おいおい、この写真が遺影だったら、焼香するとき、会葬者が笑っちまうだろー!

 ま、敬愛なる吉田氏が言うことですから、その旨を家内に伝えておきました。
 (遺影は自分では飾れないので)


 いよいよ、来週は、表紙撮影です。
 今回、ちょっと趣向を凝らした装丁なのです。
 どんな表紙なのかは、ぜひ書店で手にとってご覧ください。

 ♪早ーく、来い来い、お正月ー♪
 『ぐんまの里山散歩』(仮) は、2011年新年早々に発売される予定です。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:02Comments(2)執筆余談

2010年12月01日

川場温泉 「悠湯里庵」③

 昨日はNHK文化センターの温泉講座で、川場温泉へ行って来ました。

 おかげさまで、この講座は人気のようで、現在、定員満席、キャンセル待ちの状態です。
 「バスを大きくしたら」との声もありますが、山奥の秘湯も訪ねるため、どうしても小型バス(定員25人)でしか入って行けないのです。

 やっぱり本の力ですかね。キャンセル待ちの人は、僕の読者だと聞いています。
 一昨日の新聞折込に入った「2011年 1月期講座案内」でも、講座案内は出ていましたが、満席のため「今期の募集はありません」との告知でした。読者のみなさん、申し訳ありません。
 直接、僕に申し込まれる人もいるのですが、こればかりは空席が出ないかぎり、なんともできません。
 根気よく、キャンセルをお待ちください。


 さてさて、今回は川場温泉のかやぶき源泉湯宿 「悠湯里庵(ゆとりあん)」 です。
 薬師温泉「旅籠(はたご)」の姉妹館として、今年の3月にオープンしたばかりの旅館ですが、旅館は新しくとも“湯”は300年の歴史をもつ、古湯です。川場村内では、一番古い“法師の湯”源泉を使用しています。

 一行は、「味噌なめばばあ」や「西向き道祖神」、「足踏み道祖神」「子育慈母観音(マリア像)」など、珍しい野仏をめぐった後、宿へ入りました。

 悠湯里庵には、宿泊者専用と日帰り入浴用の湯屋があります。
 今回は日帰り講座なので、「武尊乃湯」に入りました。

 所有する2本の源泉は、ともに約38℃、約39℃と温度が低いため、かけ流しの源泉風呂は、ややぬるめです。
 「酒飲んだあとには、これくらいの湯加減がいいね」とNさん。
 Nさんは、大の酒好き受講生です。昼食の時は必ず、地酒の日本酒を飲みます。
 「だったら、食後に、もうひと風呂ですね」と僕。
 「はーい!」と、まるで幼稚園生のように元気良く返事したNさんに、まわり者たちは大笑いしました。

 開講当時は、圧倒的に女性受講者が多かったのですが、回を重ねるごとに男性が増えて、現在は8人います。
 Nさんに触発されてか、男性人は湯上りにビールを飲むのが恒例になってしまいました。
 「カンパ~イ!」
 「かんぱ~い!」
 食堂では、にぎやかに昼食が始まりました。

 「先生、この講座は楽しいね」とKさん。
 「ありがとうございます」と僕。
 「オレたちが抜けるのを待っている人たちがいると思うと、優越感に浸っちゃうね。な、みんな!」とFさん。
 「ああ、来期も受講するよ」
 「温泉入って、酒飲んで、こんな楽しい講座を辞めるわけには、いきませーんって」(笑)

 受講生は、みんな僕よりも人生の大先輩たちです。
 こんなに喜んでいただいて、嬉しいですね。
 群馬の温泉の良さを分かっていただければ、それだけでいいのです。

 「ああ、こんな素晴らしい温泉がいっぱいある群馬に暮らせるなんて、幸せだな~っ」て、思っていただければ、僕がこの講座を開いた意味があるというものです。


 さ、次回講座は、極寒・豪雪の宝川温泉ですよ。
 雪見酒と、シャレ込みますかね。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:43Comments(2)温泉地・旅館