温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2011年03月08日

内湯と内風呂


 似たような言葉で、よく混同されるのが「内湯」と「内風呂」です。

 業界では、しっかりと使い分けています。

 内湯は、宿泊施設内に温泉を使用した浴場があること。
 内風呂とは、屋内に浴室があることです。

 内湯に対する言葉に、「外湯」がありますが、これは共同湯のこと。
 草津温泉や四万温泉にある無料の共同湯から、日帰り入浴施設のような有料の公衆浴場まで指します。

 内風呂の反対は、外風呂(屋外にある風呂)ですが、一般には「露天風呂」と称されています。


 では、どうして「内湯」「外湯」「内風呂」「外風呂」という言葉が、使い分けられるようになったのでしょうか?
 これには、戦後の温泉地の変貌の歴史が関係しています。


 その昔、といっても戦前~戦後間もない頃です。
 温泉地は、湧出地(源泉の湧き出る所)を中心に、木賃宿が建っていました。
 湧出地には「大湯」と呼ばれる共同湯があり、宿泊客らは「大湯」へ湯を浴みに行きました。
 宿は、あくまでも宿泊と食事をする場所だったのです。

 ところが日本は高度経済成長期を迎え、生活が豊かになるとともに、温泉地へ求める価値も変化して行きました。
 湯治から観光へと、目的を変えたのです。

 より多くの客を引き込もうとすれば、それは宿に浴室を造ることでした。
 ですから、今でも古湯と呼ばれる古い温泉地へ行くと、「内湯あります」なんていう看板を目にしますね。
 これなんか当時の流行だったわけです(今では、宿に風呂があるのは当たり前ですが)。

 次に、バブル期が日本列島を襲います。
 「より優雅な温泉旅行を!」というセールスのもと、旅行会社は露天風呂付きの宿をアピールしました。

 さる温泉旅館の主人は、当時のことを述懐して言います。
 「『露天風呂がなければ、客は呼べないよ』 と、ずいぶん脅されましたよ。それも大浴場と大露天風呂です。大型バスで何台も宴会客がやってきた時代でしたから…」

 実は、ここからが問題なのです。
 温泉地に1つしかなった浴場(大湯)が、各旅館に内湯を持ちました。
 それも内風呂と露天風呂が男女1つずつです。
 当然、お湯が足りなくなりますよね。
 で、どうしたか?

 掘るしかありません。

 と、いうことで「自然湧出」していた温泉は、ボーリングによる「掘削自噴」へと頼るしかなくなったのです。

 さらに平成になり、「平野部にも温泉が欲しい!」と人間様は欲を丸出しにしたものですから、掘削技術はより進歩し、1,000メートル以上(今は、そんなもんじゃありませんけど)ボーリングする大深度掘削により、地中から温泉(?)を動力により汲み出すことに成功しました。
 これを「動力揚湯」と言います。


 内湯と外湯、内風呂と露天風呂……
 今では、これに貸切風呂や個室風呂と、人間の欲はきりがないようですね。
 どこかで、ブームに歯止めをかけなくてはいけませんな。

 限りある、地球の資源を大切に!
  


Posted by 小暮 淳 at 18:17Comments(4)温泉雑話

2011年03月07日

根拠のない自信

 先日、何気にテレビを見ていたら、人生相談をやっていました。

 28歳、女性。
 「歌手になりたいんですけど、あきらめたほうがいいでしょうか?」

 回答者は、今人気のオネエ系僧侶のMさん。
 「やめちゃいなさい、どうせ自信がないから迷ってるんでしょ!」
 とキッパリと言い放ちました。

 お見事です。
 僕も同感です。
 夢を追うか、あきらめるかは、他人に相談することではありません。
 自分で“叶えるか”どうか、なのですから。

 で、ゲストで出演していたお笑いタレントの友近さんが、言葉を継ぎました。
 「お笑いの道を辞めようかなんて迷ったこと、一度もありませんよ」
 ズバッと相談者を斬り捨てます。さらに
 「ネタがウケなくて、お客が笑わなかったときでも、『この客にはウケないけど、他の客には絶対ウケる』っていう、なぜか根拠のない自信があったのね(笑)」

 そのとーり!(思わず拍手)

 この“根拠のない自信”が、大切なのですよ。どんなことにも。

 逆を返せば、根拠のある自信を持って生きている人が、どれだけいますか?
 人百倍の練習を積んだマラソンランナーでも、1万人のオーディションから選ばれた新人アイドルでも、一級建築士の資格を取得した建築家であっても、天才と言われる高名な画家であっても、きっと自信に“根拠”なんて、誰も持っていませんよ。

 自信とは、自分を信じる力なんですね。
 では、どうすれば自分を信じられるのか?

 これは僕の持論ですが、自信を持っている人には、あることが共通しています。

 それは「好きなことをしている人」です。

 前出の相談者は、歌手になることにあこがれてはいても、“歌”そのものに飽きてしまっているんじゃないですかね。
 だから自信がない。
 本当に“歌”が好きなら、「続けるか」「辞めるか」なんて迷いませんもの。

 実は、僕の友人は、ほとんどがフリーランスの職業の人たちなんです。
 仕事の付き合いは別として、サラリーマンは1人もいません。
 ということは、彼ら彼女らは、保障のない人生を選んだ人たちです。

 「羨ましいなぁ~、才能があるからできるんですよ」
 と心ない人たちは、彼ら彼女らのことを平気で言いますが、誰も自分の才能に気づいている人なんて、いませんよ。
 あるのは、“根拠のない自信”だけです。


 さる女流画家と話したときのこと。
 「絵なんて全然売れないのに、なぜか自信だけはあるんですよね」
 そう言って、大笑いをしたことがありました。

 それを聞いていたカメラマンは、
 「そうそう、この根拠のない自信って、どこから来るんでしょうねぇ?」
 と、ひと言……。

 なんとも、すっとぼけていて、愉快じゃありませんか。
 お気楽な人たちなのであります。

 きっと長年、夢を見ているうちに、あきらめることを忘れてしまったんでしょうね。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:27Comments(5)つれづれ

2011年03月06日

赤本と青本


 本日、青本が6位に復活!


 なんのことかって?
 僕も最初は、なんのことか分からなかったんですよ。
 “青本”のほかに、“赤本”もあるらしいんです。

 先日、雑誌の編集をやっていた時代の元スタッフらに会いました。
 すると、1人が言いました。
 「編集長(今でも僕のことを、そう呼びます)は、知らないんですか?
  自分の本なのに!
  温泉ファンの間では、編集長の書いた『ぐんまの源泉一軒宿』 を “赤本”、『群馬の小さな温泉』 を “青本”って呼ぶんですよ」
 とは、初耳でした。

 「へぇーっ、赤本と青本ねぇ~。うまいこと言うね」
 と、著者である僕も、感心してしまいました。

 本の背色のことを言っているんですね。
 確かに『…源泉一軒宿』は、赤いんです。
 『…小さな温泉』は、青い。

 さっそく出版元の上毛新聞社出版部長に、その話をすると、案の定、
 「へえー、知らなかったなぁ」
 という返事でした。
 「でも、いいね。ファンの間で“赤本”“青本”って呼んでくれているなんて、ブームの兆しじゃないの? そろそろ増刷も考えなくっちゃかな」
 ですと。

 いいですね、増刷!
 バンバン売れて、夢の印税生活をしてみたいものですよ。
 ぜひぜひ、増刷してくださいね。


 で、冒頭の「青本6位復活」です。
 もう、お分かりですね。

 今日の上毛新聞10面、読書欄。
 「週間ベスト10」(2月20日~26日、前橋・煥乎堂本店調べ)の「単行本・新書」売り上げランキングで、またしても拙著の“青本”こと 『群馬の小さな温泉』 が、6位に返り咲きました!
 (確か、太田市のナカムラヤ書店でも5位だったと聞いています)

 まだまだ、根強い温泉ファンに支持され続けているようです。
 ありがたいことであります。

 今後とも、“赤本”と“青本”をよろしくお願いいたします。
 あっ、それと “里本” (『ぐんまの里山てくてく歩き』) も併せて、よろしくお願いしますね。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:10Comments(4)著書関連

2011年03月05日

いつでも酔って候


 クリエイティブネットワーク「プロジェクトK」主催による、『小暮淳 イメージキャラコンテスト』 の応募が先月末に締め切られ、作品が出揃ったようです。
 どのくらい集まり、どんな作品が集まったのかは、題材にされた僕本人もすべては知らされてないのですが、それでも代表のK氏が、数点チラリと見せてくれました。

 いやいや、似顔絵部門は、かなりレベルが高いですぞ!
 なかには腹を抱えて笑ってしまうギャグ漫画風のものから、完成度の高いキャラクターマークもありました。
 で、そのなかでもコピー部門に、ちょっと気になる作品を発見。

 “群馬の小原庄助さん”

 どーですか?
 「小原庄助さん、なんで身上つぶした? 朝寝朝酒朝湯が大好きで、そーれで身上つぶした。あー、もっともだ、もっともだー」
 という、ご存知、民謡「会津磐梯山」の囃し言葉に登場する小原庄助さんのことです。

 僕って、そんなに呑ん兵衛のイメージですかね?
 ま、確かに、朝湯も朝寝(昼寝)もしますが、さすがに朝酒は正月くらいしかしませんけどね。
 否定はしませんが、そーですか。僕のイメージは小原庄助さんなんですね。

 確かに、とっくに身上はつぶしています(反省…)


 と、いうことで、今週はハイペースで飛ばしていますよ。
 なにが?
 酒に決まっているでしょう!

 今週は前半から温泉取材で飛ばしました。
 当然、宿に着くなり酒、風呂に入って酒、夕食を食べながら酒、部屋にもどって酒であります。
 翌日も、通常勤務にて、晩酌にご褒美のビールと酒をいただきました。

 そして迎えた一昨日。
 上毛新聞社に呼び出され、新前橋駅前の居酒屋で祝杯を挙げました。
 なんの?
 僕もあんまりよく分からないのです。
 ただ、なんだか、1つ仕事が片付いたようで、それに僕も係わっていたようです。
 出来上がった雑誌をテーブルに広げて、「カンパーイ!」。
 確かに、いくつか原稿を書いた覚えがありました。

 ま、酒を飲む理由なんて、なんでもいいんですよ。
 酒は、仕事をスムーズに動かす潤滑油のようなもの。
 “ノミニケーション”であります。

 で、一夜明けて昨晩は、朝日新聞社に呼び出されました。
 寒風の中、指定された小料理屋へ行くと、連載担当者のIさんと、題字担当の絵本作家で木版画家の野村たかあき先生が、すでにお待ちかねの様子。
 「遅いよ~」
 と、僕の登場を首を長~くしておりました。
 「すみません、先に始めていただいても良かったのに…」
 と、僕はあわててジャンパーを脱いで、カウンターの席に着きました。

 「カンパーイ! おめでとうございま~す!」

 そうです。
 昨晩は、朝日新聞に『湯守の女房』の連載がスタートした祝い会だったのです。

 連載の話が来たのが、今年の1月。
 すぐに取材が始まって、2月には連載スタート。
 早くも、来週の3月9日(水)には、第3話が掲載されます。

 成るべくして、成るものとは、トントン拍子で事が運ぶものなんですね。
 戸惑ったり、立ち止まったり、悩んだりしないものなのです。
 実に、スムーズに仕事が運んでいます。

 思えば、担当者のIさんと始めて会ったのも、この店のこのカウンター席でした。
 やっぱり酒は、仕事の潤滑油なんですなぁ~!


 で、さすがに今夜は、おとなしく家にいるんだろうって?

 残念ーーん!
 今夜も、飲み会なのであります。

 群馬の小原庄助さんですからっ。
 身上つぶしに、夜の街へ出かけて行きまっせ!
   


Posted by 小暮 淳 at 14:59Comments(0)酔眼日記

2011年03月04日

大胡温泉 三山の湯「旅館 三山センター」③

 先週、大胡温泉へ取材の申し込み電話をかけたところ、
 「あらー、小暮さん! いいところに電話もらったわ。小暮さんの本、みんな売れちゃったのよ。来るときに20冊持ってきてくださる?」
 と、いきなり言われてしまいました。
 相変わらず、元気いっぱいの女将さんであります。

 でも、僕だって手持ちの本は、そんなにありません。
 「出版社から直接送らせますから。そのほうが早いですよ」
 ということで、本の注文を僕がしてあげたのでした。

 で、今日。
 新聞社の担当者と連れ立って、「旅館 三山センター」へ行ってみると……
 あります、あります!
 フロントのカウンターの上に、僕の著書 『ぐんまの源泉一軒宿』 が、うず高く平積みされているではないですか!

 「小暮さんの本のおかげで、随分、たくさんのお客さんが見えましたよ。でも最近は、あまり売れないのよ。買って行く人より、本を持ってやってくる人のほうが多くてね(笑)」

 女将の話によれば、どーも、本に掲載されている宿(全50軒)を、まるでスタンプラリーのように、全部回っている人たちが結構いるらしいのです。
 僕も以前、別の旅館で、“50湯制覇”を目指している老夫婦にお会いしたことがあります。
 嬉しいですね。著者冥利に尽きるというものです。

 「でもね、最近は本を持って回っている若い男性も増えてきたわよ」
 と、女将さん。
 へー、ついに “湯ガール” ならぬ “湯ボーイ” も現れましたか!
 いずれにせよ、著者冥利に尽きますな。

 今日は、じっくりと女将さんの波乱万丈な温泉奮闘記をお聞きしました。

 僕も、いろいろな温泉を見てきましたが、ここの湯ほど不思議な温泉発見話はありません。
 長年、沸かして大浴場で使っていた井戸水が、実は温泉だったのですから。
 それも、お客さんから「温泉だと思って通っていた」「湯冷めしないから温泉でしょ」「神経痛が治った」などの声があり、その都度 「いいえ、うちはただの井戸水ですよ」 と答えていたらしいのです。が、あまりに声が多くなったため検査をしてもらったところ、正真正銘の天然温泉だった!

 実に、旅館を開業してから13年目のことです。


 「神経痛が治る」と聞いた、カメラマン氏は、「実は……」と自分が神経痛であることをカミングアウト。
 撮影後、僕の3倍くらい長湯をしていました。

 「校正のゲラ(印刷前のプリント)は、ファックスじゃなくて、僕が直接、女将さんへ届けに来ます」
 ですって。
 さては、温泉目的ですな。

 彼は、ここの湯をかなり気に入っていましたよ。
 「なんだか効くような気がします。しばらく通ってみます」
 とのこと。

 やっぱ、温泉に入ると、みんなハッピーになるんですね。
 良かった、良かった。
 めでたし、めでたし。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:55Comments(2)温泉地・旅館

2011年03月03日

四万温泉 「つばたや旅館」

 待ってました!
 という感じです。

 “四万温泉には、必ずあなたの気に入るお宿があります”
 そう言われるように、37軒ある宿は、実に様々です。
 何百人と収容できる大型ホテルや老舗旅館から、家族だけでやっている小さな民宿まで。
 ところが、それら全部の宿に、満ちたりるだけの豊富な湯量を提供できるところが、四万温泉の魅力です。

 で、昨日訪ねた宿は、その中でも、僕好みの“ニクイ”宿でしたよ。

 老舗旅館が集まる山口地区。
 ほとんどの旅館がバス通りに面しているのですが、「つばたや旅館」は路地を入ります。
 もう、そのアプローチからして、ゾクゾクします。当然、車は入れません。
 川べりへ下りて行く感じがいいんです。

 若主人の田村浩基さんは2代目。
 6年前に、宿を継ぐために東京から家族を連れて四万へ戻って来ました。
 「やっぱり、四万の自然とお湯が忘れられないんですよ」
 そう、Uターンの理由を話します。

 まず、ここの魅力は、1日限定4組の小さな宿ということ。
 そう聞くと、すごく高級な宿なのでは?と思われますが、まったくその逆です。
 単純に部屋数が4つしかないのです。
 だから料理も家庭料理で、長期滞在向けであります。

 そして、なんと言っても、最大の魅力は、自家源泉を保有していること。
 それも2本!
 毎分70リットル以上の源泉が自然湧出しています。
 その湯を、たった4組の客で堪能できるのですぞ。なんという贅沢でしょう。

 浴室は、貸切の内風呂が2つ。
 それと……これが凄い!
 先代主人の手作り露天風呂があります。
 (素人が造ったとは思えない、できの良さ)

 宿の脇から階段で河川敷まで降りると、まー、ほとんど川の中に風呂が作られていました。
 「川が増水すると、消えてなくなります。その後の掃除が大変なの。湯舟の中に魚が泳いでるんですよ」
 とは、若女将の聡美さん。
 でしょーねぇー、露天風呂というよりは、ほとんど野天風呂ですもの。
 温泉通には、たまらんでしょうな。

 と、いうことで、僕もご相伴にあずかることに。
 露天風呂の源泉は、第2源泉を使用。湧き出た湯をそのまま流し入れています。
 源泉の温度は約55℃ですから、冬場でもやや熱め。沢の水にて、多少加水されています。

 やー、それにしても豪快ですぞ!
 石の湯縁に手をかけて覗き込めば、そこは川面です。
 雪も舞って来ましたよ。
 極楽、極楽……絶景かな~~。

 まだまだ、知らない四万がたくさんあるのですね。
 1つずつ、丁寧に回りたいと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:57Comments(5)温泉地・旅館

2011年03月02日

四万温泉 「四万たむら」


 現在、僕は四万温泉の全湯制覇に挑戦しています。

 源泉数は43本ありますが、その利用内訳は……
 内湯 (宿泊施設37軒) + 外湯(共同湯6軒) = 43軒
 ぴったり、源泉数になります。
 ま、必ずしも1軒で1源泉を所有しているわけではありませんが、それだけ四万温泉は源泉保有率が高い、湯量豊富な温泉地ということなのです。

 四万温泉には、三大老舗旅館というのがあります。
 「四万やまぐち館」「積善館」「四万たむら」です。
 そして、それぞれに特長を表すキャッチコピーが付いています。

 ・女将の「やまぐち」
  ご存知、テレビCMやKUMIKOブランド化粧品などで有名な名物女将がいる宿です。

 ・歴史の「積善」
  元禄4年(1691)に建てられた日本最古の湯宿建築が残る四万温泉の顔です。

 そして今回、僕が訪れたのが、お湯の「たむら」です。
 とにかく、湯の量がすごいんです。
 保有源泉数は、なんと10本! うち利用している源泉が7本。70℃~80℃の温泉が毎分1,600リットル自然湧出しています。
 総湧出量は推定で2,000リットル以上といわれています。

 実は、「やまぐち館」も「積善館」も泊まったことがあるのに、僕はまだ「たむら」だけ宿泊未体験だったのです。
 なので、昨日は大変楽しみにしていました。
 もちろん、取材では何度も訪ねたことはあります。でも到底、日帰り取材では入り切れる風呂ではないのですよ。
 館内の浴室数は、なんと8ヵ所!
 さらに隣接する姉妹館「四万グランドホテル」の3ヵ所の風呂も利用可能ですから、全部合わせると11の湯を体験できるのです。これは気合が入ります!

 昨日の午後、まず「グランドホテル」に入り、支配人と打ち合わせの後、14代目主人で社長の田村康さんと女将で副社長の田村政子さんのお2人から話をお聞きしました。
 宿の創業は室町時代永禄6年(1563)。山口地区で初代の田村甚五郎清政が開業。その孫で3代目彦左衛門が分家して、現在の新湯地区に「田村旅館」を開業したとのことです。
 もちろん、四万温泉では一番古い旅館です。


 いやいや、それにしても広い旅館であります。
 そして、浴室を回るだけでも大変です。
 結局、2日間で5つの湯舟しか入れませんでしたよ。

 “「たむら」を満喫するには2泊以上必要” と言われるのも、むべなるかな。
 いやはや、参りました。
 どうにか近々、残りの湯舟もすべて制覇したいものです。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:32Comments(0)温泉地・旅館

2011年03月01日

島人たちの唄⑩ 「小女子とクラゲと島の春」

 朝夕はまだ冷えるが、それでも3月ともなれば三河湾は、もう春の装いだ。
 港の朝は早く、小女子(コウナゴ)漁に活気づいていた。

 網を張った簀(す)の子が、地べたが見えなくなるまで港の護岸一面に並べられ、その眺めは気持ちいいほどに圧巻だ。
 次から次へと女衆が、加工所の中から籠いっぱいに蒸された小女子を抱えてやって来る。
 その手さばきの素早さといったらない。
 老いも若きも一緒になって、一列また一列と簀の子を小女子で満たしていく。

 「ははは、そんなにオモシレーかい? こっちは毎日、エライことだわ」
 一番年配の女性が、見ている僕に言った。

 港の隅では、網を繕(つくろ)う男たち。
 時間は、まだ午前7時。
 「早かったんですね」
 と声をかけると、
 「この時季は、クラゲがようけ(たくさん)入るもんでね。網が破けるんよ。今日はもう、漁ができんで、帰ってきた」
 と、せっせと網の補修に余念がない。
 日に焼けた、テカテカの顔が笑っている。

 「クラゲは漁師の敵だ」
 と言ったが、毎度のことのようで、落胆の様子は微塵(みじん)もない。
 午前4時に出港、7時間ほど漁をして、通常なら昼に戻るはずだったらしい。

 「コウナゴはもう大きいもんで、そろそろおしまいだい。4月からは、シロメが始まる」

 チリメンジャコ(しらす干し)の原料になるカタクチイワシの稚魚のことを、地元では「シロメ」と呼ぶ。
 シロメの漁期は4月から11月までと長期にわたり、渥美半島沖の外海で行われる。
 篠島の水揚げの半分以上を占める基幹漁業だ。


 船が港へ入ってくる。
 何十羽というウミカモメの群れを従えて。

 海鳥たちは、船に何が積まれているかを知っているからだ。
 頭上高いところでは、やはりおこぼれを狙って、トンビが何羽も旋回を繰り返している。

 父親の船の帰りを、家族総出で出迎える。
 脂ののった、少し大ぶりの小女子が水揚げされた。
 思ったほど、数は多くない。

 「(漁が始まって)もう1ヶ月でしょう。1日1ミリずつ大きくなっちゃうのよ。先月は1日平均100万(円)になっただいね。今は、その10分の1。小さいほうが高く売れるけど、煮て食べるには、このくらいが旨くていいけどね」

 そう言って、漁師の妻は、伝票を握りしめながら市場を出て行った。


 桜の咲く頃、港はまたサクラダイ漁で活気立つ。
 島の春は、元気だ。
   


Posted by 小暮 淳 at 09:54Comments(4)島人たちの唄