温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2011年08月31日

四万温泉からの手紙


 郵便受けを開けたら、ズシンと重い封筒が……。
 白くて、硬くて、どう見ても、招待状です。

 さて、誰か、近々結婚するのか?
 そんな話は、聞いたことがないし、この歳になると友人知人の結婚は、まずない。
 待てよ、友人の息子か娘の結婚か?
 いやいや、もしや再婚もあり得るだろう。20歳くらい若い奥さんをもらっちゃったりして、クーーーッ憎いね!

 で、そんな羨ましいヤツは、どこのどいつだーい?
 と、封筒を裏返して見ると、ほほほーーっい!
 四万温泉協会からではありませんか。
 それも、柏原益夫協会長さん直々のお手紙であります。

 「発行記念祝賀会実行委員長」 と、書かれています。

 話は聞いておりましたが、着々と準備が進んでいたのですね。
 そーです、来月出版される僕の新刊の祝賀会を、四万温泉協会さんが開いてくれるんですよ。
 著者の知らないところで、イベントが企画され、開催されるなんて、なんだかドキドキしちゃいますね。

 案内状を開けると……

 「拝啓 残暑のみぎり いよいよご清栄のこととお喜び申し上げます」
 と始まり、
 「このたび四万温泉の全旅館を網羅した書籍 『○○○……』 が発刊の運びとなりました」
 続いて、
 「つきましては左記により発刊記念祝賀会を催すことになりましたので何かとご多用中誠に恐縮に存じますがなにとぞお繰り合わせの上ご光来賜りますようご案内申し上げます」
 と、書かれていました。

 日時は、9月29日(木) 午後5時~
 場所は、四万温泉 「四万たむら」 湯ートピアホール四季

 この案内状は、県の温泉・観光機関や県内外の旅行関係者、および新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどのマスコミ各位へ送られたようであります。

 さっそく今日、某新聞社の記者さんから電話があり、
 「小暮さん、出版おめでとうございます。案内状が届きました。当日は、取材を兼ねて僕が行きますよ。当然、お酒飲むから泊まりですよね。いやぁ~、楽しみだなぁー!」
 と、はしゃいでいました。

 案内状の文末には、著者への配慮でしょうか、こんな一文が添えられていました。

 “温泉ライター小暮淳氏による 『ぐんまの源泉一軒宿』『群馬の小さな温泉』 に続く第三弾。氏の温泉作家としての原点とも言える「四万温泉」をじっくりていねいに取材した渾身の一冊”

 ありがとうございます。
 その通りです。
 僕にとって、四万温泉は温泉の“原点”なのであります。
 四万温泉との出会いがあったからこそ、今の僕が存在したと言っても過言ではありません。
 だから今回、僕は恩返しのつもりで本を書かせていただきました。

 もう一度、感謝を込めて、

 四万温泉の皆さん、ありがとうございます。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:52Comments(4)著書関連

2011年08月30日

MM-1 フェスティバル

 「MM-1フェスティバル」 って、知っていますか?
 (本当は僕も、お話をいただくまで知らなかったんですよ。ごめんなさい)

 MM-1フェスティバル とは……
 M (まんなか) ・M (まんじゅう) のこと!

 日本の “まんなか” 渋川市。
 温泉まんじゅう発祥の地、伊香保温泉。
 と、いうこで、今秋、渋川市伊香保町で開催される 「まんじゅうフェスティバル」 のことであります。

 湯の花まんじゅう、焼きまんじゅう、水沢まんじゅう、酒まんじゅう、炭酸まんじゅう……と、渋川市には、さまざまなまんじゅう店がひしめいているのだそうです。
 で、今回、渋川市は群馬DC(デスティネーションキャンペーン) に合わせて、まんじゅうにスポットを当てたイベント 「MM-1 フェスティバル」 を開催することになったのです。

 “まんじゅう” といえば、もちろん上州名物の焼きまんじゅうです。
 そして、焼きまんじゅうと言えば?

 そーぅ、です!

 ご存知、群馬が生んだスーパーお祭りバンド 「じゅん&クァ・パラダイス」 が歌う、あのご当地ソングの名曲 『焼きまんじゅうろう 旅すがた』(作詞/野村たかあき、作曲/小暮 淳) があるでは、あーりませんかっーーー!!!!!
 キャラクターの 「まんじゅうろう君」 は、すでに 『日本全国ご当地キャラクター図鑑』(新紀元社) に、あの「セントくん」や「ひこにゃん」らとともに載っている、いまや「ぐんまちゃん」の上をいくスーパーゆるキャラアイドルですぞ!

 と、いうことで本日、渋川市観光課より、正式に 「じゅん&クァ・パラダイス」 へ出演依頼がありました。

 当日は、『焼きまんじゅうろう 旅すがた』 のほかにも、会場が伊香保温泉の石段街ということもあり、ご存知!オンパラこと、『GO!GO!温泉パラダイス』 も、オンパラシスターズと伊香保温泉女将さんたちの踊り付きで熱唱しますぞっ!

 ぜひ、みなさん、遊びに来てくださいね。
 当日は、市内全域から多種多様なまんじゅうが集結し、まんじゅうのスタンプラリーや伊香保温泉の宿泊券が当たる抽選会などが行われます。
 僕らの出演時間は、現在はまだ未定です。
 決定したら、このブログにて発表します。


    「MM-1フェスティバル」
 ●日 時   2011年9月24日 午前10時~午後3時
 ●会 場   伊香保温泉 石段街下広場
          (渋川市伊香保町伊香保)
 ●問 合   渋川市DC推進室 TEL.0279-22-2111
  


Posted by 小暮 淳 at 19:00Comments(6)ライブ・イベント

2011年08月29日

死して仕事を残す


 3年半前の冬の日、カメラマンのO君は、突然、天国へと旅立ちました。

 O君と僕は、2年間に渡りコンビを組んで、離島を取材したことがあります。
 愛知県の知多半島の先端と、渥美半島の先端とのほぼ中間に浮かぶ三河湾の離島、「篠島」。
 ともに吉田拓郎の大ファンだったことで、意気投合!
 現在の篠島の島民の生活を、文章と写真で追い駆けることにしました。

 ここまで読んで、「おおっ、あの篠島か!」と声を上げた方、あなたもかなりの拓郎ファンですな。
 そう、あの篠島です。

 1979年の夏。
 「吉田拓郎・篠島アイランドコンサート」 が開催された、あの島です。
 (詳しくは、当ブログ内の 「島人たちの唄」 をお読みください)

 僕らは2年間で10数回、島に渡り、漁師や子どもたちなど、島で暮らす人々を取材して回りました。
 当時は、同時進行でウェブマガジンに連載したり、単発で雑誌に記事を書いていました。
 また、「フォト&エッセー展」 と題して、前橋・宇都宮・横浜などのギャラリーやホールで作品展も開催しました。
 (横浜会場は、あの “レンガ倉庫” でした)

 その仕事を最後に、O君とコンビを組むこともなく、数年経った冬の日、突然、訃報が届きました。


 「小暮さん、ご無沙汰しています。ご活躍はいつも拝見しています。お元気ですか?」

 先日、突然、O君の細君から電話がかかってきました。
 久しぶりではありますが、昨年11月の出版記念パーティーに彼女は、ご主人の代わりに出席してくださっていますから、それ以来ということになります。

 突然の電話の理由(わけ)は、こうであります。
 O君が亡くなったことを知らない、昔のクライアントから仕事の依頼が来たのだそうです。
 現在、彼のフォトスタジオは、細君と弟子だったM君が引き続き営業をしているとのことですが、「小暮さん、ご存知ありませんか?」とのことでした。
 さらに、「できればライターと組んで仕事をして欲しい」のだという。

 仕事の内容を聞くと、あまり食指の動く話でもないのですが、なんだか胸さわぎがするのですよ。
 “断っては、いけない……” ってね。
 「分かりました。とにかく、一度、先方の話を聞いてきますよ」 と、僕はお応えしました。

 で、本日。
 指定されたクライアントに会いに、埼玉県本庄市まで、ちょっくらちょっと行ってきたのであります。

 でも、縁とは、なんとも、異なもの不思議なものであります。
 先方の部長さんが、ナナナント! 温泉ファンで、僕の本を知っていたのであります。
 ただ、それだけのことなのに、初対面でも話はポンポンポーンと弾んでしまうものなのですね。
 これもO君の引き合わせなのでしょうか。

 会って気が進まなければ、断ろうと思って出かけて行っただけに、なんとも心の中が軽くなりました。

 当然、帰りの車の中では、ボリューム全開で吉田拓郎が流れていたことは、言うまでもありません。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:32Comments(5)つれづれ

2011年08月27日

なかんじょ 湯けむりツアー


 来月発売される新刊本の出版を記念して、群馬県観光国際協会(主催) と中之条町(企画) により、「湯けむりツアー」 が開催されます。

 これは、僕の温泉本3冊が揃うと、中之条町の全温泉地が紹介されることから企画されたツアーです。
 当日は、僕がバスに乗車して、みなさんと一緒に温泉地をめぐります。
 たくさんのご応募、お待ちしております。

 ※詳しくは、(財)群馬県観光国際協会発行の 『はばたけ群馬 観光博覧会』 をご覧ください。
   また、協会のHPでも紹介されています。



    なかんじょ 湯けむりツァー
    ~温泉ライター 小暮淳と
      湯の町なかんじょをめぐる~

 ●開 催 日   10月22日(土)
 ●参 加 費    6,300円
 ●募集人員   22名
 ●集合・到着  JR中之条駅(集合) JR長野原草津口駅(到着)
 ●集合時間   9:35
 ●到着時間   16:05(予定)
 ※ツアー特典  ☆全行程スペシャルガイド付き
           ☆温泉入浴(大塚温泉、四万温泉、尻焼温泉)
 ●申込・問合  (財)群馬県観光国際協会
           TEL.027-243-7274
           FAX.027-243-7275
           Mail gtia@gtia.jp
  


Posted by 小暮 淳 at 14:48Comments(5)講座・教室

2011年08月26日

時 の しおり


 「せーんしぇっ、私ね、先生の大ファンなのよ」

 初めてお会いしたとき、彼女はキラキラした瞳で、僕にそう告げました。
 今年の4月26日、平成23年度の温泉講座の初日のことです。

 K・Eさんは、御年77歳になるご婦人です。
 2年間のキャンセル待ちの末、やっと今年から僕の講座の受講生になりました。

 「ヨーカドーの温泉教室も参加したのよ。先生と一緒に薬師温泉行ったんだから。私のこと、覚えてらっしゃいますぅー?」

 そー言われてみれば、明るくて元気なおばあちゃんが1人いたような、いないような……。
 でも、ごめんなさい、はっきりした記憶はありません。

 K・Eさんは、小さくって細っこくて、色白で、目が大きくてクリクリっとした、とっても可愛い女性です。
 でも、僕の講座では、一番元気で活発な受講生なんです。
 いつも大きな声で、「せーんしぇっ!」 と手を挙げて質問したり、僕のそばに張りっ付いて移動して、熱心に温泉の話を聞いています。

 そんな彼女から、先日、お手紙をいただきました。
 手渡された封筒には、短歌が、びっしりと詠(よ)まれていました。


 『待望の温泉カルチャー バスに乗り右に左に桜の花を』
 『上州の上牧(かみもく)温泉 辰巳館 美人のお湯と清の壁画』

 これは、第1回目の講座で、上牧温泉へ行ったときの歌です。

 『遠近(おちこち)に さつきつつじをバスに見て 沢渡(さわたり)温泉 まるほん館へ』
 『牧水も訪れたるを 谷深き宿場町なる湯宿(ゆじゅく)温泉』
 『緑濃き深き谷間に霧積(きりづみ)の 金湯館(きんとうかん)の赤き屋根顕(た)つ』

 と、講座で巡った温泉を詠んだ歌が、この他にもたくさん書かれていました。

 不思議なもんですね。
 僕自身が、言葉をつむぐ仕事をしているからなのでしょうか。
 ジーンと、胸の奥に歌のひとつ、ひとつが響いてくるのです。

 電話やメールで100遍言われても伝わらない、言葉の持つ機微の奥深さが心に届きます。

 「どうしてKさんは、歌を詠むようになったんですか?」と僕。
 するとKさんは、
 「だって、時の栞(しおり) になるでしょう。ねっ、せーんしぇっ!」

 そう言って、満面の笑みを僕に投げかけるのでした。


 あと30年遅く、彼女が生まれていたら……。
 いえいえ、そんなことは申しません。

 次回は、どんな歌を詠んできてくださるのでしょうか。
 楽しみであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:46Comments(8)講座・教室

2011年08月25日

神のいる温泉、いない温泉


 正式な講演やセミナーのほかに、ときどき講話(スピーチ)を頼まれることがあります。
 これは企業や団体の会議やイベントに、ゲストで呼ばれて、簡単な温泉の話をするものです。

 一昨晩も、ゲストスピーカーとして、温泉の話をしてきました。

 会場は、群馬県勤労福祉センター。
 僕を呼んでくださったのは、たびたび講演会を開いてくださっている 「ライフプラン21」(代表・本多輝雄氏) です。
 同社は、県内で活動するファイナンシャルプランナーや弁護士、司法書士など専門家のネットワーク組織です。
 僕は、ここの「ぐんま温泉倶楽部」顧問を務めています。

 当日は 「人脈づくり全体交流会」 という定例会にて、約15分ほどスピーチをしてきました。
 他にもゲストスピーカーは、J2ザスパ草津の副島博志監督が、お話をされました。

 さてさて、講演会と違って、持ち時間が短いため、核心に触れた長い温泉話はできません。
 本多代表からは、「最新の温泉話を聞かせてくださいよ」 と頼まれていましたが、当日は朝から温泉講座で尻焼温泉へ出かけていて、あわただしく会場へ駆け込んだため、何にもスピーチ内容を考えていませんでした。

 すべては、即興。
 出たとこ勝負で、思いついたことを話すことにしました。

 で、演台に立って、真っ先に出た言葉は、やはり震災後の温泉地の様子話でした。
 湯が止まってしまった温泉地、湯の温度が下がってしまった温泉地、はたまた逆に湧出量が増えた温泉地……

 「海は恵みをもたらすが、悪さもする」
 東北の漁師が言った言葉です。
 自然である限り、温泉も同様です。

 「自然とは、先祖から譲り受けたものではない。子孫から借りているものだ」
 これは、アメリカ先住民が言った言葉です。


 いま、僕を、無性に強い力で引っ張ろうとしているモノがあります。
 それは、“温泉” と “人間” の共存共栄です。

 これはまさに震災後に知った、漁師と海の関係に似ています。

 かつて僕は、離島へ通い、漁師たちの生活を取材したことがありました。
 そのとき、老漁夫から聞かされた言葉が、忘れられません。

 「畑や田んぼには、持ち主がいるだろ。でも、海は誰のものでもないんだよ。だから我々漁師は、海を使わせてもらっている。海に生かされているんだな」

 同じような言葉を、温泉地で湯守(ゆもり)から聞くことがあります。
 「湯を使わせていただいている」
 「湯をお借りしている」
 といった表現をします。

 では、誰から?

 それは 「神様」 に違いありません。
 海には、海の神様。
 湯には、湯の神様がいるのです。

 僕に、こんなことを言った湯守がいました。
 「(昨今の日帰り温泉施設について) 人間が湯を使っているんだよ。いつしか、人間のほうが温泉より偉くなっちゃっている。でも、それは大きな勘違いだな」 と。


 どうも、温泉には 「神のいる温泉」 と 「神のいない温泉」 が存在するようです。

 一昨晩は、そんな話をしてきました。
     


Posted by 小暮 淳 at 14:32Comments(15)温泉雑話

2011年08月24日

尻焼温泉 「関晴館」②


 昨日は、NHK文化センターの温泉講座日。
 朝からバスを走らせ、受講生らと中之条町(旧・六合村)の尻焼(しりやき)温泉へ行ってきました。

 尻焼温泉を語るには、まず、手前の花敷(はなしき)温泉の歴史に触れなくてはなりません。

 花敷温泉の開湯は古く、建久3年(1192) と伝わります。
 源頼朝が猪狩りの途中で温泉を発見し、入浴した際に

 「山桜 夕陽に映える 花敷きて
  谷間にけむる 湯にぞ入る山」

 と詠んだので、温泉を「花敷」、土地の名前を「入山」と名づけたといわれています。

 大正11年には、歌人の若山牧水が草津温泉から沢渡温泉へ向かう途中、暮坂峠越えを前に急きょ引き返し、花敷温泉へ立ち寄っています。
 その時に泊まった宿が、明治34年創業の関晴館本館であります。

 2007年の秋に、僕は雑誌の取材で訪ねています。
 <増改築は幾度となくされているとのことだが、牧水が訪ねた頃と建物の間取りは今も変わっていない。
   3代目女将の関いち子さんと、4代目にあたる息子の真人さんが出迎えてくれた。牧水に関する資料を見せてくれるとのことだが、それは湯上がりの楽しみにして、何はともあれ浴室へ向かった。>
    ~中略~
 <無色透明の湯からは、かすかに硫黄の臭いがする。湯切れのいいシャープな肌触りは、群馬の温泉には珍しく硬質な浴感がある。>
 と、僕は当時の雑誌に書いています。

 その歴史と文化を持つ老舗旅館の「関晴館本館」が、突然、3年前に廃業してしまいました。
 さまざまな事情があったようですが、とても残念なことです。
 この数年、宿の前を通るたびに、“牧水が泊まった宿” として、どうにか保存できないものかと、建物を眺めていたのです。

 が、、、、

 昨日、花敷温泉を訪ねてみると、宿の姿は跡形もなく消えていました。
 かろうじて、土台が残っているだけ。
 僕が4年前に入った露天風呂の跡も、それと分かるような輪郭だけが見て取れます。
 温泉の取材をしていて、一番見たくない光景であり、一番辛い現実であります。
 (現在、花敷温泉の宿は「花敷の湯」たった1軒になってしまいました)

 昭和元年、今は無き関晴館本館の別館として、尻焼温泉に建てられたのが現在の 「関晴館」 です。
 ※詳しいことは、2010年5月13日の当ブログ、尻焼温泉「関晴館」(旧別館) を参照ください。


 と、いうことで、今回一行は、尻焼温泉で一番古い老舗旅館の「関晴館」にお世話になりました。

 尻焼温泉といえば、名物は川全体が風呂になっている「河原野天風呂」です。
 ただこの風呂、天然のため、なかなか適温に恵まれることがありません。
 僕も過去に何十回と訪れていますが、運良く入れたのは2回です。
 昨日も、雨の後だったため、大きな流木が流れ着いていました。
 川の水もかなりぬるいようです。

 なのに! 水着持参の受講生ら数名が、チャレンジしました。
 「せんせーは、入らないのー?」
 と川の中から手を振る婦人に、
 「水着を忘れましたからー!」
 と、手を振り返しました。

 でも、これはウソです。
 あえて持って来ませんでした。
 僕は以前、(川底の石は藻がいっぱいで) すってん転んだイ~ヤな過去があるもので、トラウマになっているのですよ。
 「滑るから、気をつけてくださいねーーーーっ!」

 ところが、ここでサプライズが!
 テレビカメラを担いだ一行が、どかどかとやって来ました。
 見れば、俳優の勝野洋さんであります。

 一行の中には、知り合いの中之条町役場の職員もいます。
 聞けば、テレビ朝日の「旅サラダ」という番組の取材だといいます。
 しっかりと、うちの受講生らが、勝野洋さんとカメラに納まりましたよ。

 帰りのバスの中は、この話で持ちきりだったことは、言うまでもありません。


 <お知らせ> 
 NHK文化センターの温泉講座「探訪!ぐんまの小さな温泉」の追加講座「秋編」は、すでに満席となりました。
 たくさんのお申し込み、ありがとうございました。
    


Posted by 小暮 淳 at 12:00Comments(8)温泉地・旅館

2011年08月22日

都合により今日、ラジオ収録


 今年の4月からNHKのFMラジオで毎月放送している 「群馬は温泉パラダイス」。
 明日、第5回がオンエアされます。

 この番組、毎回、生放送でお送りしています。
 が、
 今回、初めて、わがままを言って、前倒しの収録にしていただきました。

 実は明日、NHK文化センターの温泉講座の開講日なのであります。
 どう考えても、午後6時のオンエアには、間に合いそうにありません。
 と、いうことで、夏休みで信州・松本へ帰省中の一世(いよ)ちゃんと連絡を取り合って、1日前の今日、特別に収録していただきました。

 あ、初めて、このブログを読んだ方には、一世ちゃんって誰のことだか分かりませんよね。
 一世ちゃんとは、NHKキャスターの金井一世さんであります。

 午後3時に、放送局へ。

 きゃは、きゃは。
 今日も今日とて、夏色の風にそよそよと吹かれながら、一世ちゃんがワンピースのすそをひるがえしながら登場でーす!

 僕が松本へ行ったのが、先週の土曜日。
 一世ちゃんが、夏休みを終えて前橋へもどったのも土曜日。
 「えーっ、入れ違いだったんですね。今度、松本に来るときは言ってくださいよ。キャハッ」
 なーんてね!(どーかしているぜ、オッサンよ)。

 とかなんとか世間話をしながら、楽しく打ち合わせを済ませて、いざ、スタジオへ!

 第5回めテーマは、「温泉の楽しみ方」 であります。
 群馬は、温泉の宝庫。
 バラエティーに富んださまざまな温泉が、揃っています。
 まさに “温泉の資料館” と言ってもいいでしょう。
 そんな群馬の温泉の楽しみ方、あれこれをお話しました。

 温度を楽しむ。
 湯量を楽しむ。
 泉質を楽しむ。
 湯の色を楽しむ。
 ロケーションを楽しむ。

 今回も、25分の持ち時間では、ちょっと足りませんでしたね。
 「ごめんなさい。最初の世間話が長かったですね。時計を見たら、もう10分も経過しているんですもの。もっと聞きたい話があったのに……」
 と、コマッタちゃん顔の一世ちゃんを見ていると、オジサンまで切なくなってしまいます。
 「大丈夫、まだ半年ありますから、どこかで残りのネタはやりますよ!」
 と、しっかりフォロー。
 「ありがとうございます。今日聞けなかった話、また絶対話してくださいね」

 まっかせなさーーーーっい!

 と、いうことで、無事に、明日のオンエア分の収録を終えたのであります。

 ちなみに、明日の午前11時05分からのNHK総合テレビ 「いっと6けん」 に、金井一世キャスターが出演します。
 みなさーん、応援してくださいね。
 (僕は、もうしっかり予約録画しました)


    第5回 「温泉の楽しみ方」
 ●放送局   NHK-FM前橋 81.6MHz
 ●番組名   トワイライト群馬 「群馬は温泉パラダイス」
 ●日  時   8月23日(火) 午後6時~6時30分
 ●出  演   金井 一世 (キャスター)
          小暮 淳  (フリーライター)
  


Posted by 小暮 淳 at 21:24Comments(8)温泉雑話

2011年08月21日

松本 + 長野 = 僕らの夏休み


 “仕事で行っても、タダでは帰らない”
  これ、出張の鉄則です。

 いよいよ、来月発行される新刊の印刷が始まるというので、色校(刷り色の校正)に行ってきました。
 出かけたのは、長野県松本市。

 僕の温泉本シリーズは、松本市郊外にある「P」という印刷会社で刷られています。
 本来、著者が立ち会うことはあまりないのですが、アートディレクターのK氏とデザイナーのK君が行くというので、「だったら僕も一度、印刷工場の見学を兼ねて、行ってみよう」ということになりました。

 で、「せっかく松本まで行くのだから、仕事だけじゃつまらない。長野まで足をのばして、Kさんを訪ねてみませんか?」とK氏からの提案があり、一同、「だったら、これで本当の本当の(制作の)終わりですから、長野で祝杯を挙げましょうよ!」「そーしましょう!」 とあいなったわけであります。

 それにしても、僕のまわりは、名前の頭文字が「K」 ばかりです。
 ディレクターがK原氏、デザイナーがK原君、そして、今回訪ねる長野市在住のコピーライターがK池さん。
 僕も、K暮であります。

 ま、これは、意図的に「K」 が付く人を集めたということもあるのですけどね。
 アートディレクターのK氏が代表を務めるクリエイティブネットワーク集団 『プロジェクトK』 であります。
 要は、デザイナーとかカメラマンとかイラストレーターとか、フリーで物を作る仕事をしている人たちの集まりであります。
 群馬県を中心に、長野県や和歌山県、宮崎県、鹿児島県などに現在15人のメンバーが在籍しています。

 と、いうことで、昨日は朝から上信越自動車道を飛ばして、一路、松本市へ。
 松本へ行くのは、平成20年に長野県温泉協会の主催による研修会に講師として招かれて以来ですから、丸3年ぶりとなります。そのときは、松本市郊外の美ヶ原温泉に泊まりました。

 あの猛暑がウソのような、ここ数日の涼しさ。
 あいにく松本も曇天で、黒い雲が重く垂れ下がっていました。
 残念ながらアルプスの山々は、まったく見えません。

 印刷会社 「P」 では、企画担当者のKさんが出迎えてくれました。
 彼も、「K」 であります。しかも、彼の名前は 「小○淳」といい、僕とは一字違いの名前です。
 そんなこともあり、初めて会ったときから、とっても親近感を抱いている人であります。
 昨年11月に前橋市のロイヤルホテル行われた、僕の出版記念パーティーにも、わざわざ松本より駆けつけてくださいました。

 あいさつもそこそこに、会議室へ移動。
 すべてのページが面付けされた大きな刷り見本紙が、全員の前に広げられました。
 ディレクターとデザイナーは、1点1点、丁寧に写真の色合いをチェックしていきます。

 ま、僕は著者ですから、あまり用がないですね。
 ときどき顔を突っ込んで、最後に送り込んだコピーや訂正箇所が正しく入っているかを確認するくらいです。
 それでも、なんだかんだと、しっかり2時間かけて、すべてのチェックを終えました。 

 「あとは、私たちにおまかせください」
 そう頼もしい、小○淳さんの言葉に見送られて、僕らは工場をあとにしました。

 「お疲れさまでした」
 「長い1年でしたね」
 「今夜は、パァーっとやりましょう!」
 車の中では、もう、飲む気満々の3人であります。


 今度は長野自動車道を北上し、一路、県庁所在地の長野市へ。
 コピーライターのKさんの事務所は、本当に県庁のまん前なのであります。
 隣には、信濃毎日新聞社の本社ビルがそびえています。

 Kさんも仲間ですから、今日がどんな日か、充分に心得ています。
 「では、行きましょうか! 安くてうまい店が、近くにあるんですよ」
 と、すぐに長野の街中へ繰り出しました。


 「カンパーイ!」

 「おめでとうございます。また、いい仕事をしましたね」 とKさん。
 「ありがとうございます」 と僕。
 「いゃ~、また1つ作品を残せましたな」 とK氏。
 「今回は、K君が功労賞ですよ。お疲れさま、大変だったろう?」と僕。
 「いえ、とっても楽しかったですよ」 とK君。

 ありがとう、K君。
 僕は常々、仕事の基本は「楽しい」ことだ考えていますから、「楽しい」と言われるのが、最高のほめ言葉なんですね。

 「作った僕らが楽しいってことは、この本を手にする読者も楽しいってことよ」
 「そーだ、そーだ」
 「カンパーイ!」


 つかの間の、僕らの夏休みでした。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:31Comments(7)著書関連

2011年08月19日

追加講座「秋編」 明日から受付


 3年前からNHK文化センター前橋教室で、温泉講座の講師をしています。

 これは毎月、小型バスに乗って、県内の名湯や秘湯をめぐる講座です。
 ただし、バスの定員は25名。 
 運転手とセンターの担当者と僕が乗り込むと、受講者の定員はわずか22名です。
 そのため、毎回受講できずにキャンセル待ちをしている人たちがいる状態です。

 待たれている方、本当に申し訳ありません。
 「バスを大きくして!」という意見もあるのですが、どうしても秘湯系のお宿へも行くので、小型バスでないと入って行けないのですよ。ご了承ください。

 と、いうわけで、毎年、追加講座が開催されます。
 今年は、10月~12月の3回が追加されました。

 ただし今回も、 現在受講中の方の継続受講が優先されます。
 その受付閉め切りが、本日まで。
 いよいよ、明日から一般の受付が開始されます。

 現在、僕のところへ受講者の空き状況の連絡がありませんので、詳しいことは分かりません。
 明日の新聞に案内チラシが折り込まれると思いますので、ご確認ください。

 追加講座の日程等は、下記のとおりです。


 ●講座名   「探訪!ぐんまの小さな温泉」 秋編
 ●講  師   小暮 淳 (フリーライター)
 ●日  時   10月~12月 第4火曜日(12月のみ第3火曜日)
 ●受講料   10月~12月 (3回)  9,450円 (別途バス代等)

 <日程>
 ・10月25日  湯の小屋温泉 「洞元荘」
 ・11月22日  新鹿沢温泉 「鹿鳴館」
 ・12月20日  八塩温泉 「神水館」
  ※都合により目的地が変更される場合があります。

 ●問合・申込  NHK文化センター前橋教室 TEL.027-221-1211
  


Posted by 小暮 淳 at 17:02Comments(13)講座・教室

2011年08月18日

温泉ソムリエ・田山花袋 に会う


 仕事は、遊び。
 遊びが、仕事。

 もう、長いこと公私混同の人生を続けています。
 本人は、スイッチの切り換えがいらないので、とっても楽な人生なのですが、いい迷惑は家族のようです。
 旅先でも、「これ仕事なの?」
 酒飲んでいても、「仕事だったんだ?」
 と、毎回、僕のペースに巻き込まれながら暮らしてきました。

 家族と山登りをしても、仕事です。
 離島の取材へ、息子を連れて行ったこともあります。
 毎年、夏の家族旅行は、僕の取材先だったり、興味のある温泉地だったりします。

 で、昨日も、ドライブに家族を誘い出しました。
 「館林に、うまいラーメン屋があるんだけど、食べに行かない?」と僕。
 「館林ーーっ? 遠いし、暑そう!」と家人。

 「ま、それだけ、美味しいってことよ。昼飯おごってやるからさ」と僕。
 「とかなんとか言っちゃって、また仕事と関係あるんでしょ!」と家人。
 ピンポ~ン! さすが長年連れ添っているだけあります。
 読みが、深い!

 と、いうことで、だましだまし、家人と末娘を連れ出すのに成功したのであります。

 要は、来月の講演会場の下見であります。
 僕は必ず、会場までの所要時間を、あらかじめ自分で確認します。
 当日、遅刻するわけにはいきませんからね。

 県外や電車で行く場合は、最寄の駅まで主催者に迎えに来てもらう場合もありますが、県内で自分の車で行く場合は、やはり心配なので、下見をしておきます。

 で、無事、場所確認をした後、約束どおり「G」という店で塩ラーメンを食べさせました。

 ついでなので、現在、田山花袋記念文学館で開催中の特別展 「温泉ソムリエ・田山花袋 ~群馬の温泉編」 へ寄ってきました(もちろん家族は、向かいの「向井千秋記念子ども科学館」へ放り込んで)。

 常設展示室では、故郷・館林でのこと(当時、ここは栃木県でした)、生い立ち、文学へのこころざし、出版社勤務の様子、戦争中は取材記者だったこと、そして国木田独歩や柳田国男など文人仲間との出会いが、詳しく展示説明されていました。

 いよいよ、企画展示室へ。

 あれれれー、暖簾が掛かっていますよ。
 青と赤で、「男」「女」と……。
 学芸員さんのアイデアのようです。雰囲気を盛り上げています。

 いきなり、大正7年発行の 『温泉めぐり』 の初版本の展示です。
 これを見れただけでも、来た甲斐があったというものです。
 ググググーーーっと、感動が込み上げてきました。

 花袋がこの世を去ったのは、昭和5年(1930)5月13日。
 没後、80年経った現在でも、著書は残り続けているという事実。
 モノを書き記し、後世へ残すという仕事へのあこがれが、ますます湧いてきました。

 “こういう仕事がしたいのだ”

 『温泉めぐり』 の初版本を前に、固く固く自分に言い聞かせたのであります。


 通りの向かいの「館林市第二資料館」に田山花袋旧居が復元されているというので、外へ。
 ところが、出たとたん……
 むせ返るような暑さに、クラクラ、クラ~リ と軽いめまいが……

 さすが、全国で1、2を競う“暑い街”であります。
 館林市の昨日の気温は、36.8度だったとか!

 木陰で涼をとりなが、今しがた買った花袋の文庫本を開いて、家人らが遊び終えてやって来るのを待つことにしました。



   「温泉ソムリエ・田山花袋 ~群馬の温泉編 」
 ●開催期間  開催中(10月10日まで)
 ●休 館 日  月曜日(休日を除く)、休日の翌日(土・日・祝日を除く)
 ●入 館 料  一般 210円 中学生以下無料
 田山花袋記念文学館 群馬県館林市城町1-3 tel.0276-74-5100
  


Posted by 小暮 淳 at 16:11Comments(7)温泉雑話

2011年08月17日

朝日新聞、初のカラー掲載!


 おはようございます。
 今日の朝日新聞の28面、ご覧になりましたか?

 今年の2月からスタートした連載 『湯守の女房』 が、第11話にして、初のカラー掲載となりました。

 今回の温泉は「変わり湯」と呼ばれる、お湯の色が変化する温泉なだけに、カラーだと映えますね。
 お湯の中で写っているオッサン(僕です)も、気持ち良さそうに湯を浴(あ)んでいますよ。

 で、今回は、もう1つサプライズが付いていました。
 連載記事の左隣の別記事です。

 “田山花袋と温泉”
 “小暮淳さん語る”

 と、見出しが踊っているではありませんかーーーッ!

 昨日、ブログで書いた、来月11日に館林文化会館で開催する講演会の記事です。
 さっそく担当記者に、お礼のメールを送りました。

 朝日新聞さん、ありがとうございます。
  


Posted by 小暮 淳 at 09:37Comments(6)執筆余談

2011年08月16日

この夏の課題図書


 僕には、今月1才になる孫もいるのですが、まだ小学生の娘もいるんですね。
 「同じ奥さんの?」 とよく聞かれますが、ハイ、そーです。
 同じ妻の子孫であります。

 その末娘が、「感想文を書く本がない」 と、今年も僕に泣きついてきました。
 もう、恒例行事のようなもので、毎年、僕が本屋へ娘を連れて行って、感想文用の本を選んで買ってやっています。

 で、実は、今年の夏は、父にも “課題図書” があるのです。
 ズバリ! 田山花袋であります。

 先月、このブログでも公表しましたが、館林市の「田山花袋記念文学館」の特別展の開催に合わせて、僕が来月、講演をすることになったのです。
 テーマは、「花袋の愛した群馬の温泉」。

 ま、僕も温泉の仕事に携わっているはしくれですから、田山花袋がただの小説家ではなく、ジャーナリストであり無類の温泉好きの文豪であったことくらいは知っていました。
 ベストセラーの 『温泉めぐり』(岩波文庫) も、しっかり愛読書として、くり返し読んではいます。

 でも、田山花袋のことは、あと 『蒲団』 と 『田舎教師』 くらいしか知らないのですよ。
 だから、この話をいただいた時から、その他の紀行文を探し歩いておりました。
 特に、「花袋が愛した群馬の温泉」 とタイトルが付いている限り、せめて群馬のどの温泉を花袋は訪ねているのか?
 それは、いつ頃なのか?
 そして、その評価は?

 興味と読書欲はつきないのですが、いかんせん、田山花袋が筆をふるった時代が、明治・大正と昭和の始めですから、なかなか資料となる本が手に入りません。

 仮に、図書館で見つけても、大正以前の書物は、“持ち出し厳禁” だったりします。
 それでも苦労の甲斐があって、少しずつですが、文献が揃い出しました。

 まず、今はなき幻の温泉「西長岡温泉」(太田市) を舞台にした小説 『野の道』 は、「花袋全集」の中から見つけ出すことができました。
 また、伊香保温泉について「女の温泉」と題して書いたエッセーが収録されている 『海をこえて』(昭和2年、博文館) も難なく、ゲット!

 ところが、大正11年に発行された『温泉周遊』(金星堂) が、どの図書館でも“持ち出し厳禁”図書なのです。
 閲覧は可能ですが、光を当てると紙がいたむという理由から “コピー不可” 。
 仕方なく、今日は午後、紙とボールペンを持ち込んで、閲覧室にて、せっせせっせと書写に励んでまいりました。


 しかし、読めば読むほど、田山花袋という文人は、美辞麗句のない、歯に衣着せぬ辛口のエッセーを書く人であります。
 たとえば……

 「磯部、藪塚、西長岡、八塩あたりは、殊に食うものが乏しい。山のものもなければ海のものもない。野菜は沢山あるけれども、大抵平凡で、都会の人の口をよろこばせるようなものはない。」(『温泉めぐり』より)

 「藪塚の方は汚くて、とても駄目ですけど、西長岡の方は、まだ我慢ができる。」 また八塩温泉についても 「汚い温泉に入った。好かったら一夜泊まりたいなどと思ってたが、とてもそんなところではなかった。すぐに出かけた。」 さらに草津温泉のことは 「あそこは何だが不愉快だね。遊覧のためには、ちと感じが強すぎる。遊びには不適当だ。湯が少しはげしすぎる。体がぴりぴりするような気がする。」(以上『温泉周遊』より)
 と、言いたい放題に、バッタバッタと群馬の温泉を切り刻んでいるのです。

 いやいや、とてもじゃありませんが、平成の温泉ライターには書けません!
 時代が違いすぎます。
 今そんなことを書いたら、完全に営業妨害で訴えられてしまいますよね。

 ま、その辺も加味しながら、講演会では 「花袋が愛した群馬の温泉」 について、語ろうと思います。



講演会 「花袋の愛した群馬の温泉」
 ●日 時  2011年9月11日(日) 午前9時~11時30分
 ●会 場  館林市文化会館 2階 小ホール
 ●対 象  一般 (定員200名)
 ●受講料  無料
 ●主 催  館林市教育委員会
 ●講 師  小暮 淳 (前橋市在住・温泉ライター)
 ●申 込  文化会館窓口に来館、または電話にて申し込み
 ●申込・問合  館林市教育委員会文化振興課 tel.0276-74-4111
  


Posted by 小暮 淳 at 22:07Comments(4)講演・セミナー

2011年08月15日

いで湯伝説⑤ 「弘法大師」


 温泉発見人の御三家、残る1人は、国内で最高発見数を誇る、弘法大師(空海)であります。

 その数は、北海道を除く日本各地に、5,000以上あるといわれていますから、驚きです。
 現在、日本の温泉地数が約3,000ヶ所ですから、たぶん発見した源泉の数なんでしょうなぁ……。
 (ま、1,100年以上も前の話ですから、深く突っ込むのはやめましょうね)

 さらに、弘法大師といえば 「弘法水」 が有名ですよね。
 例の、杖をついたら泉が湧いて、井戸や池になったという伝説です。
 (高崎市にも井野川沿いに「弘法井戸」の伝説があります)
 これなんか、全国に千数百件あるといわれてますから、いったい弘法大師ってどんな人なんでしょう。
 (飛行機も新幹線も車もない時代に、ね)

 これらは、空海の歴史上の足跡をはるかに超えているわけですから、ほとんどは創話ということになります。


 静岡県の修善寺温泉や和歌山県の龍神温泉なんかも、弘法大師が発見した温泉と伝わりますが、群馬にもあります。
 一番有名なのは、なんといっても、そのものズバリ名前が付いた「法師温泉」でしょうね。
 開湯は1200年前と伝わりますから、時代的には合っているようです。

 以前、取材で伺ったときに、弘法大師が泊まった民家が、近くに残っているとか、いないとか、聞いた覚えがあるのですが、定かではありません。
 ぜひ、このあたりの発見伝説のウラは、次回、きちんと取材したいと思います。


 もう1つあります。「川場温泉」です。
 こんな話が残っています。

 むかし、むかし。川場の村は、水に不自由をしていました。
 ある日のこと、お婆さんが洗いものをしていると、ひとりの坊さんが訪ねてきて言いました。
 「水を一杯、くださるまいか」
 でも飲み水は、遠い沢から汲んでこなければありません。
 それでもお婆さんは、困っている坊さんを放っておけず、親切に沢まで行って水を運んできて、さし上げました。

 「お婆さん、このあたりは水が不自由なのかな?」
 「はい、水もさることながら、もしこのあたりにお湯が湧いたら、どんなによろしいでしょう。このあたりには、脚気(かっけ)の病人が多うございますので、脚気には、お湯がいいと聞いております」
 「なるほど」
 と、うまそうに水を飲み終わった坊さんは、やがて持っていた錫杖の先で 「ガチン!」 と、大地を突きました。
 すると、不思議なことに、そこに湯けむりが上がり、こんこんとお湯が湧き出したといいます。

 この坊さんが、有名な弘法大師だと知った村人たちは、この湯に「弘法の湯」と名づけ、今でも湧出地には弘法大師堂を祀っています。
 これが、昔から 「脚気川場」 といわれるゆえんです。
  


Posted by 小暮 淳 at 22:23Comments(9)いで湯伝説

2011年08月14日

お化けの提灯 消えちゃった


 「盆だ、盆だ、ちょうちんだ!
  お化けのちょうちん、消えちゃった!」


 昭和40年代のことです。
 お盆になると、子どもたちは夜、手に手に提灯(ちょうちん)を持って集まりました。

 手にしている提灯は、実にさまざまです。
 女の子たちは、市販されている紙でできた提灯。
 男の子たちは、この日のために集めた材料で、思い思いのアイデア提灯をこしらえて、「どーだ、オレのが一番カッコイイだろう!」と自慢タラタラで、見せびらかしにやって来ます。

 小さい子の提灯は、上級生が面倒をみて作ってあげます。
 一番簡単なのは、ミカンやサバの空き缶を横にして、下からクギを打ってロウソク立てにして、木の棒を針金でくくり付けただけのものです。
 上級生になると、もっと大きな粉ミルクの空き缶に、たくさんの穴を開けて、光のページェントを演出します。
 小玉スイカをくり抜いて作ったこともありますが、歩いている途中で、スイカの重さで提灯が壊れてしまうことが多く、子どもたちの間では、不評でした。

 女の子たちは、浴衣姿です。
 初恋の相手、よっちゃんも朝顔模様の浴衣を着て、やって来ます。
 僕は、必ずよっちゃんの前で、護衛するように歩きました。

 「みんな、集まったかーっ?」
 最上級生が、声を張り上げます。
 「はーい」
 「じゃぁ、行くんべぇー。しゅっぱーつ!」

 コースは、町内を一周して、最終目的は町の中心にある寺院です。
 ここからは、恒例の「肝だめし」となります。

 「盆だ、盆だ、ちょうちんだ!
  お化けのちょうちん、消えちゃった!」

 みんなで大きな声で、そう叫びながら、行進します。
 ときどき、お菓子を持った大人たちが、差し入れに出てきてくれることもありました。

 寺院の山門をくぐったところで、休憩。
 低学年の子どもは、ここで待ちます。
 いよいよ、高学年の有志たちが、この夏のメインイベントに挑戦します。
 墓地の一番奥にある、殿様の墓の前まで行って、あいさつをして帰って来るのです。

 そんな出発の矢先、だいたい休憩している女の子の提灯の明かりが、フーッと消えるのです。
 
 「お化けの提灯だー!」
 「キャアーーーっ!!!!」

 そう誰かが叫ぶと、クモの子を散らすように、一斉に駆け出して、家まで飛んで帰ったものでした。。
 結局、毎年、誰かの提灯の明かりが消えますから、山門から墓地の中へは、なかなか入って行けません。


 いま思えば、なんと長い長い夏休みだったことでしょう。
 そして、遠い遠い夏の思い出です。

 僕が守ってあげた、よっちゃんは、もうどこかへ嫁いでしまって、いいお母さんになっているんでしょうね。
 うんっ? 歳を考えたら、おばあちゃんになっているかもしれませんね。


 「盆だ、盆だ、ちょうちんだ!
  お化けのちょうちん、消えちゃった!」
    


Posted by 小暮 淳 at 17:40Comments(7)つれづれ

2011年08月13日

今日が、来た!


 平成9年(1997) 11月に、処女エッセー 『上毛カルテ』 を出版してから、今年で丸14年。
 来月発売される新刊で、7冊めの著書になります。

 平均すれば2年に1冊の割合で上梓しているわけですが、ここ数年はペースアップしてまして、今年はナント2冊めになります。

 本を作る楽しみは、やはりなんと言っても、取材活動にあります。
 知らない土地や温泉を訪ね、さまざまな人たちと会い、話を聞いて回る作業は、これはもう天職ではないかと思えるほど、ワクワク、ドキドキして楽しいものです。

 では、喜びはどこにあるか?

 当然、本を買ってくれた読者からの反響が一番なのですが、最初の頃は、書店に並んでいる自分の本を見ると、ジワ~ッと脳内モルヒネが出てきたものです。
 でも、それも最初の頃だけで、何冊も本を出していると、最近は書店へ行っても 「あんまり売れてねーなぁ」 とか 「もと目立つところに陳列してくれればいいのに」 なーんて、現実的なことを考えてしまい、感動からは遠のいてしまっています(イカンですね)。

 で、現在、本を作る過程での一番の喜びは、「最終チェック」を終えて、全原稿のデータを印刷所へ送り出した瞬間なんです!

 はい、その瞬間が、今日やって来ました!


 表紙から目次、本文、あとがき、プロフィールまで。さらに帯にいたるまでの全ゲラ刷りが、校正を終えて上がってきました。

 本日、午後2時。
 前橋市内の某ファミレスにて、ディレクターとデザイナーと僕が顔を合わせ、全ページの最終チェック作業を行いました。
 (なぜファミレスかって? テーブルが広くて、ドリンクが飲み放題だからですよ)

 校正紙と読み比べ、訂正を入れた箇所がすべて直っているか? 目次のページと実際のページ数が合っているか? 住所と電話番号の読み合わせなどを、じっくり2時間かけてチェックしました。
 数ヶ所の直しは出たものの、とどこおりなく作業は終了しました。

 これにて制作の全工程が終了しました。
 週明けには、もう泣いても笑っても騒いでも、印刷所にデータが届けられ、印刷が始まります。


 やったーーーーっ!
 今日という日が、今年もやって来ました!

 次に、自分の文章と出合うのは、書店の店頭です。
 そして、みなさんとも、初めて会えるわけです。
 よろしくお願いいたします。

 9月15日に発売されます。
 本のタイトルは、新聞紙上にて発表されるまで、著者でも公表できません。
 あしからず。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:49Comments(9)著書関連

2011年08月12日

首のないボーイ


 お盆も近いということもあり、今夜は怪談話をひとつ。


 あれは、今からちょうど30年前のこと。
 当時僕は、本当に売れないシンガーでした。

 まだ、“ストリート” なんて言葉のない時代です。
路上パフォーマンスや時々入るライブハウスでのステージ、そしてパプでのショータイム……。
 それでも、僕にはK君というマネージャーが付いていました。
 でも、K君は僕の友人です。
 プロダクションなし、報酬なし、実費持ち出しのボランティアマネージャーでした。

 そんな彼が、「淳ちゃん、ライブ旅行へ出かけよう!」 と提案してきました。
 ま、友人同士でもありますから、楽しく可笑しく、貧乏旅行をしようということです。

 で、彼の年代物のポンコツ車に、ギターを1本乗せて、2人であてのない旅へと出かけたのです。

 季節は、晩冬か早春だったような記憶があります。
 長野~愛知~岐阜へと、行き当たりバッタリの気ままな旅です。

 ただ、建築家を目指していたK君の提案で、最終目的は飛騨高山の 「オークビレッジ」 という家具職人の村へたどり着くことだけは、決まっていました。

 長野の鹿教湯温泉や愛知の豊田市などで、ライブを行い、そして北上……・。
 岐阜市に、たどり着いたのは、夜の8時か9時頃だったと思います。

 とにかく2人はクタクタで、夕飯も食べていません。
 とりあえず目に付いた、某チェーンホテルに飛び込みました。

 ところが、すべて満室とのこと。
 でも、もう他のホテルを探す気力は、2人にはありません。

 「雨、風しのげれば、どこでもいいんです。布団部屋でもかまいません」
 と、しつこく食い下がってみるものです。
 通常料金より格安の部屋があるというのです。

 もう、何の贅沢は言いませんって。
 布団さえあれば、今夜はバタン、キューですから。
 それくらいに2人は疲れていたのです。

 で、通された部屋は、尋常ではありませんでした。
 そのものズバリ! 布団部屋です。

 階段下の天井が斜めに迫り来る、窓なしの3~4畳の納戸のような空間に、ベッドが2つ置いてありました。

 それでも僕らにとっては、ダダのコネ得、渡りに舟であります。
 外で飯を食って、酒をあおって、さっさと床に就きました。


 あれは、いったい何時頃だったのでしょうか。
 深夜に、僕は突如として、目が覚めました。
 何で目が覚めたかって?
 尿意ではありません。
 まぶしさのためです。

 あまりのまぶしさに、飛び起きてしまったのです。

 「えっ、何だ? この光は?」

 左隣に寝ているK君の頭のあたりから、緑色のレーザービームが放射されているではありませんか!

 な、な、なんじゃ~!!!
 と、光のゆくえを追って行くと……・・・・

 ギャァァァァァァァーーーーーー!!!!

 そ、そ、そこに立っていたのは、ボーイさんです。

 そ、そ、それも首がない!

 なのに、ちゃんとボーイと分かるくらいきちんとした正装をしている。
 黒い燕尾服に蝶ネクタイ、……なのに首がない!

 しかも、体の傾きがヘンだ。
 斜め45度で、僕の方へ向いているぅぅぅぅ~!

 僕だって、黙ってそれを見ていたわけではありません。
 ほっぺたをつねったり、太ももをつねったりして、夢ではないことを確かめました。
 でも、ちゃんと、痛いんですよ。

 で、いよいよ恐くなってきたので、毛布の中に手足を入れてちぢこまりながら、
 「お願いだから成仏してください。お願いだから成仏してください」と、
 呪文のように言葉を唱え出したのです。

 しばらくすると、パッと明かりが消えて、元の真っ暗な窓のない布団部屋の暗闇にもどりました。


 翌日。
 マネージャーに、「夕べ、幽霊を見ちゃった!」 と告げると、
 「ああ、知ってたよ」と、思わぬ返事が返ってきました。

 理由を聞くと、なんでも、僕のイビキがやんだと思ったら、ヘンな呪文が聴こえてきたと言うのです。
 でも彼は、これ幸いにと、一気に眠りに就いたというのです。

 おいおい、タレントが苦しんでいるときは、それを救うのがマネージャーの役目だろーが!


 実は、その後、そのことが原因かどうかは忘れましたが、僕とK君は大喧嘩をして、最悪なライブ旅行になったと記憶しています。

 すべては、あの首なしボーイが悪いのです!
 いやいや、歌が売れない貧乏が引き起こした悪夢の一夜であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 01:49Comments(15)つれづれ

2011年08月10日

空のつくりびと


 昨年の4月に創刊した群馬県の観光情報誌 『ググっと ぐんま』 。
 創刊号から毎号、編集にかかわっています。

 この雑誌は、現在開催中の「群馬DC(デスティネーションキャンペーン)」 に合わせて発行されたのですが、開催が終わってからも発行されることになったようで、現在、秋号の制作に取り組んでいます。

 昨年の秋号から僕が担当しているページに、「つくりびと」シリーズがあります。
 1回目が 「山のつくりびと」、2回目が 「里のつくりびと」、3回目が 「川のつくりびと」 と題して、それぞれの群馬の風土に根付いた土地で、モノづくりをしている人たちを追いかけて取材をしています。

 僕は、この 「つくりびと」 という言葉が、大好きなんですね。
 子どもの頃から、モノづくりにあこがれていましたから、今でも “職人” という響きと、職業にあこがれてしまいます。
 こう見えて、一時は僕も、木工職人を 「目指そうかなぁ~」 と思ったことがあるんですよ。
 でも 「目指そうかな」 くらいの甘い考えですから、すぐに挫折しましたけどね。

 生まれ変わったら、今度は真面目に “ザ・職人” の道を必ず目指します!(キッパリ宣言)


 で、次回の 「つくりびと」 は、「空のつくりびと」です。
 山は、きのこ栽培人。里は、ブランド米生産人。川は、ブランド魚養殖人でしたが、では空ってナニ?って思われますよね。
 でも、群馬にはいるんですよ、すごい 「空のつくりびと」 が!

 と、いうことで今日、僕はその「空のつくりびと」 に会ってきました。

 「赤城凧(たこ)の会」代表の狩野友義さんです。

 狩野さんは、旧赤城村(現・渋川市)で、25年前から大凧の制作と飛揚を行っている人です。
 毎年、2月に前橋市の利根川河川敷で開催されている 『上州空っ風凧揚げ大会 in 前橋』 の目玉で上がる大凧と言えば、知っている人も多いと思います。
 あの凧が、25.5畳です。
 50人がかりで上げるそうです。

 実は、もっと大きい幻の巨大凧というのがあるんです。
 102畳という、とてつもない大きさゆえ、作ったものの、一度も大空を飛んだことのない凧です。
 まず揚げられる広さの場所が群馬にはないこと、また揚げるには莫大な保険料が必要で、個人の団体では不可能とのことでした。

 でも、この巨大凧、一度だけお披露目されたそうです。
 2001年に開催された 『第16回 国民文化祭』 の、旧赤城村上三原田歌舞伎舞台で行われた「農村歌舞伎 in あかぎ」本公演にて、展示されたそうです。
 その時の写真を見せていただきましたが、いやぁ~! ただただデカイの一語です。
 でも、もし飛んだら圧巻でしょうなぁ~。

 狩野さんとお話をしていたら、こっちまで気分が舞い上がってきましたよ。


 「どうして、凧を作って、揚げようと思ったんですか?」 と僕。

 すると狩野さんは、瞳をキラキラさせながら、
 「だって、ずーっと子どもの頃から、空はあこがれでしたから」
 とは、んーーーん、カッチョいい!

 やっぱ、カッコイイおやじは、飛んでるぜぃ!
 それも大凧に乗って、悠々と大空を飛び回っているのだ!

 だんだん、狩野さんが 「仮面の忍者 赤影」 の白影さまに見えてきたのであります(ちょっと古過ぎましたかね)。
  


Posted by 小暮 淳 at 23:18Comments(4)取材百景

2011年08月09日

負けるな! 群馬の温泉地


 「観光の風評被害20億」
 「原発事故で9大温泉地 3月売上額6割減」

 今日の上毛新聞の1面トップ記事です。

 これによると群馬県内の9大温泉地で3月の被害が最も大きかったのは、草津温泉の7億円。次いで伊香保温泉の3億円、磯部温泉の2億5千万円、万座温泉の2億円、四万温泉の1億8千万円などだったようで、合計損害額は19億9千万円。キャンセルは16万5千人に上ったそうです。

 事が事でしたから、3月の自粛によるキャンセルは仕方ないとしても、問題は、その後も続いている原発事故による風評被害です。何でも記事によれば、今年の6~9月に都内から県北の観光施設を訪れている中学、高校12校の高原学校が、放射能物質による汚染の危険性を懸念してすべてキャンセルになっているのだとか!
 尾瀬の入山者数も大幅減少しているようです。

 当然ですが、温泉地もゴールデンウィークに少し持ち返したものの、依然、自粛および風評被害に苦しんでいます。


 僕の場合、温泉ライターという職業柄、温泉地や旅館から多くの生の声が届いてきます。
 それも、広く浅く全国を飛び回っているライターではなく、群馬の温泉地に執着して、狭く深く通い続けています。
 こんなコアな付き合いを何年もしていると、温泉地や旅館とは仕事だけの付き合いではなく、個人的な交流も多々あります。

 昨夜も遅く、某温泉旅館の女将さんから、突然、電話がありました。
 「ごめんなさいね、こんな時間に。ねぇ、小暮さんに少しグチをこぼしても、いいかしら?」

 この女将さんが、用もなく電話をかけてくることは珍しいことです。
 話を要約すると、こうです。

 震災直後の自粛ムードによるキャンセルは我慢ができたけど、今でも宿泊客が減少し続けているそうです。
 「小暮さん、また記事を書いてくれない? 小暮さんの本や記事が出ると、たくさんお客さんが来るのよ~」

 おっと、最後は色気で取材要求までされてしまいましたが、そこんところはヤンワリと「そーですね、また機会があったらぜひ、書かせてください」 と突き放しましたが、深刻な現状は、ヒシヒシと伝わってきました。

 最後は、「今回の震災で、温泉が止まってしまったところもあるんですよ。それに比べたら、お女将さんところは、いい温泉が変わらず出ているんですから、頑張ってくださいよ。僕も応援していますから」 と、なだめて電話を切りました。


 先月下旬に、上毛新聞社から温泉特集へ寄稿の依頼がありました。
 7月26日の新聞に大きく載ったので、たぶん読んだ人もいるかもしれませんね。
 僕はこのコラムに 「群馬の湯力(ぢから)」 とタイトルを付けて、群馬の温泉地へエールを贈りました。

 どうして群馬の温泉には、昔から文人墨客がやって来たのか?
 その問いに対して僕は、群馬の温泉には力があるからなのだと書きました。

 これは、群馬の温泉ライターとしての僕の誇りであり、今後もすべての観点から検証し、発表して行かねばならない使命だと感じています。

 群馬の温泉には、底知れぬ “湯力” があります。
 そして、このパワーがこの国を救うと信じています。

 だから

 負けるな! 群馬の温泉地
  


Posted by 小暮 淳 at 22:55Comments(11)温泉雑話

2011年08月08日

20才の頃も きっとそうだった


 ♪ 何回目かの記念日が 今年も明日またやってくる
   もう一つ年を重ねるわけだね
   祝ってなんて くれるなよ

   20才の頃ならそいつもいいだろう
   仲間を集めて飲んで踊って
   世の中を変えてやるんだと
   力一杯 右手をさし上げる ♪


 これは、僕の敬愛する吉田拓郎さんの 『誕生日』 という歌です。

 いつ頃からか、もう何十年も前から、誕生日が来ると口ずさんでしまう歌です。
 で、今日は朝から、ずーっと口ずさんでいるわけです。

 おかげさまで、53回目の記念日を迎えました。

 いつからでしょうかね、誕生日を意識しなくなってしまったのは?
 年をとることが、恐くなくなってしまったからでしょうか?
 それとも、誕生日が嬉しくないからでしょうか?

 ただ毎年、僕は、この日に自分に問い詰めていることがあるんです。
 「20才の自分が会いに来たら、彼は僕と握手をしてくれるだろうか?」って……

 えっ、オレ、こんなジジイになっちゃうのかよ!
 勘弁してくれよ~、夢はどうした? オレが追いかけていた夢だよ?
 ちゃんと、かなえてくれたのかよ!
 何もしてねーじゃんよ、ただ年をとっただけじゃん。
 オレいやだよ、こんな大人になるの。
 あっちへ行けよ! くそジジィーーーーーっ!
 バッシ~~ン!(僕が過去の自分に殴られる音です)

 なーんてことになりはしないかと、毎年、ハラハラしているのです。


 ♪ 人生は一本の道だったはず
   僕はその道にも迷ったらしい
   今、どのあたりを歩いているのか
   さっぱりわからなくなっている ♪

 そんな時代もありました。
 でも、今は

 ♪ ひけ目も感じているけれど
   違った奴が一人居てもいい
   あいつもこいつもどいつも同じなら
   人間やってる気がしない ♪

 と思えるようになったのです。


 今日の午前0時過ぎ、1本のメールが届きました。
 「一歩ずつ長い階段を踏みしめ、
  時には駆け上がり、
  ここまで来ましたね。
  すごく高い所ですが、階段はまだまだ続いているようです。
  何処まで行くのか楽しみです。」

 20才の頃を知る、古い友人からでした。

 ホッと救われた瞬間でした。
 そして、「ああ、また記念日がやって来たんだ」と、しみじみ今日を迎えたのです。


 ♪ あいつは変わった時代も変わったと
   話している奴 臆病なんだよ
   自分の心を確かにしておこう
   20才の頃も きっとそうだった ♪
    


Posted by 小暮 淳 at 22:10Comments(6)つれづれ