温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2012年01月09日

ハタチの自分に会う


 今日は、「成人の日」 であります。

 ハタチ・・・

 もう、昔々の話です。
 ざっと33年も前のことです。

 思い出というものは、とかく美化されますから、「あの頃は良かった」 とか 「あの日に戻りたい」 などと、ついついノスタルジーにひたりがちですが、僕の場合、物書きを生業にしているわけですから、そんなアバウトな記憶を元に感慨にふけることはできません。
 きっちりと、20歳の自分に会いに行きます。


 と、いうことで、今日は久しぶりに朝から納戸に忍び込み、段ボール箱を1つずつ取れ出して、“ハタチの自分” を探し出してきました。

 ジャーーーン! タイムマシーン!

 ウソです。日記です。
 以前にも、このブログで明かしたことがありましたが、僕は13歳から日記を付けているのであります。

 で、ありました!
 僕が、20歳を迎えた年の日記が。
 1978年、8月・・・


 当時僕は、東京都中野区のアパートに暮らしながら、音楽の専門学校へ通っていました。

 <8月15日(火) はれ>
 短い夏休みが終わり、ここ東京のアパートへ帰ってきた。
 昨晩は、Eたちと前橋の街で飲んだくれた。
 つらい目覚めとダルイ体のまま、沢山の荷物とともに帰ってきた。
 EとKとGと I (全員、中学の同級生) に駅まで見送られての前橋脱出。
 そのせいか、電車の中で物さびしさに襲われた。
 「ふるさとは、いいなぁ」 という気分にひたっていただけに、とても別れがつらかった。
 真っ暗闇を電車が突っ走っていた。


 ひと時の盆帰りを終えて、ふたたび上京したときの気持ちをつづっています。
 僕の誕生日は、8月8日ですから帰省中に “ハタチ” を迎えたことになります。
 残念ながら、日記は東京のアパートに置いてあったようで、記述がありません。


 この1つ前の日記には、帰省の前日のことが記されていました。

 <7月30日(日) はれ>
 11時頃、Eさんのアパートへ麦茶を持って行く。
 Tさんが来ていた。
 (中略)
 本当にオレは幸せ者です。
 Eさんと知り合って(Eさんは音楽学校の同級生)、Tさんを知って(TさんはEさんの音楽仲間)、オレの人生は大きく変わるでしょう。
 話は少しずつ進み出し、“新しく音楽を求め出そう” という話が出てきたのです。Tさんも 「一緒にやりたい」 という言うし、スタジオを借りて録音する話も・・・
 やっぱり、オレには音楽しかない。 オレの夢はでっかいのだ!
 明日、早い電車で前橋に帰る。
 そして、そこで再度、オレの音楽を確かめてくる。
 おお、素晴らしきかな、我が人生は!


 と、かなり熱く語っていますから、自分の誕生日のことなんて、忘れていたのかもしれませんね。
 とにかく、この年の日記は全編にわたり、若さと情熱がほとばしっています。


 さて、年が明けて迎えた「成人の日」、 僕は何をしていたのでしょう?
 当時は確か、成人の日は1月15日でしたよね。
 でも、その日の日記は抜けていました。
 記憶では、式典には出席していません。

 でも、ちょうど33年前の今日の日記が残されています。

 <1月9日(火) はれ>
 どうしたのだ、暖かい日がつづく。
 今日、バイトは遅刻した。
 起きたのは9時、何度か目が覚めたが、なかなか床から抜け出せず、ついつい寝過ごした。
 (中略)
 A子(元カノ) から年賀状が来ていた。ちょっぴり気になるが、今はもう追いたくない。
 今は、E子(今カノ) がいるのだから。


 とかなんとか、しっかり恋はしていたようであります。
 でも、淳青年のもっぱらの興味は、恋よりも音楽だったようであります。
 その明後日、ビッグニュースに歓喜してしています。

 <1月11日(木) はれ>
 中野まで来て(アパートは東中野にあった)、学校へ行く気にはなれず、Eさんを訪ねたが留守だったので、駅前でパチンコをやっていると、彼もやってきた。
 そして、ビッグニュースを告げた!
 Tさんの知り合いの人がレコード関係にいて、我々のレコードを作ることに話が決まったそうだ!!!!
 ウッヒャァ~!
 2月にレコーディングだそうです。
 夢に見た、レコードであります!


 そして、その年の4月に、キャンディーミュージックというレコード会社から 『扉の向こうに』 というタイトルのオムニバスLPを発売したのでした。


 なんだか、33年前も今も、あまり僕の人生は変わっていないようですね。
 これを進歩がないと取るか、若さを持続していると受け取るか ・・・
 なんとも、微妙であります。

 ま、人間は変わらなくても、生きていけるということの証明にはなりますね。
 成人を迎えた皆さん、こんな大人もいますから、安心して生きてくださいね。

 とりあえず、おめでとう!
    


Posted by 小暮 淳 at 16:22Comments(0)つれづれ

2012年01月08日

『誕生日の夜』 ⑤



 電車を降りたときには、もうあたりはとっぷりと日が暮れていました。
 駅前の洋菓子店の明かりが、目に入りました。

 「忘れるところだった。今日は、しおりの誕生日」
 そうつぶやきながら、お父さんはお店に入ると、迷わずに一番大きなデコレーションケーキを指さしました。

 「こちらですね、三千五百円になります」

 店員さんに言われて、お父さんはポケットから財布を取り出しました。
 ところがお金を払おうと、なかをのぞいて見ると……
 なんと、千円札が一枚しかありません。
 それにポケットのなかに、百円玉が五つ……

 お父さんは、急にはずかしさでいっぱいになり、店員さんにあやまると、そのままお店の外へ出ていきました。


 この数ヶ月の間、お父さんは好きなタバコもお酒もやめて、お金をきりつめて生活をしていました。
 毎月もらう失業手当のお金だけでは、とても足りないからです。
 お母さんの入院費も、ばかになりません。
 今度の手術では、さらにたくさんのお金が必要になります。

 お父さんは財布をにぎりしめたまま、夜空を見上げていました。
 だって、涙がこぼれてしまいそうだったからです。


 <まるいケーキだよ。約束だよ>

 お父さんの帰りを楽しみに待っているしおりちゃんの笑顔が、にじんだ夜空に浮かんで見えます。


 時計を見ると、とっくにお迎えの時間は過ぎています。

 お父さんは、ゆっくりと踏み切りの方へ向かって歩き出しました。
 確か駅の向こう側に、お店がもう一軒あったことを思い出したからです。


     <つづく> 
  


Posted by 小暮 淳 at 16:11Comments(4)誕生日の夜

2012年01月07日

下仁田温泉 「清流荘」③


 2012年、最初の温泉は、下仁田温泉でした。

 と、いっていも、まだ仕事ではありません。
 新年会です。

 まあ、組織から遠ざかって、だいぶ経ちますので、正統派の忘年会や新年会に呼ばれることはめっきりなくなりましたが、それでも、たまには大人数でもドンチャン騒ぎするのも楽しいものです。

 総勢14名。
 僕が所属するクリエイティブネットワーク集団 「プロジェクトK」 のメンバーが、下仁田温泉の一軒宿 「清流荘」 に集合しました。
 (県外3名、県内2人が欠席)


 下仁田温泉を訪ねるのは、昨年4月の新聞取材以来ですから、9ヶ月ぶりになります。
 梅や桜の咲く春もいいですが、この時季の冬枯れの山肌に抱かれたひなびた雰囲気も、これまたいいのであります。
 いったい僕は、ここへ何度訪れたことでしょうか?
 雑誌や新聞、プライベートをふくめ、かれこれ10回以上はお世話になっているようです。

 昨日も、2代目主人の清水雅人さん、女将の恵子さんが出迎えてくれました。

 「大勢で押しかけて、すみません。お世話になります。かなり、うるさくなりますけど、大丈夫ですか?」
 「いえいえ、思いっきりやってください」
 「良かったら、ご主人も聴きに来てくださいね」

 実は、ただの新年会では、ないんです。
 バンド演奏のお披露目も兼ねているのです。

 新年会のスタートは午後6時~。
 でも、我らが 「KUWAバン」 のメンバーは、機材搬入のために午後2時半入りをしました。
 とはいっても、いつものライブのような緊張感はありません。
 “聴き人” は、すべて身内ですから、セッティングだって缶ビールを飲みながら、タラタラと・・・。

 軽く音を出して、2、3曲のリハーサルをやって、ハイ、おしまい!
 脱兎のごとく、浴衣に着替えて、温泉へ。

 露天風呂は寒いとみえて、みなさん内風呂へ。
 浴室に入ると、すでに他のメンバーたちが到着していて、にぎやかな様子。

 さあ、いよいよ、新年会の始まり、はじまりです。


 代表のあいさつ、乾杯、しばしの歓談の後、浴衣にギターを抱えて 「KUWAバン」 の登場です。
 懐かしのフォーソングやグループサウンズメドレーなど、アンコールもふくめて10曲を披露しました。

 実は、今回の新年会のメインは、バンド演奏ではないんです。
 この後、二次会場を部屋に移して行われた特別企画だったのです。

 題して、『爆笑! あの頃、君は若かった』

 前もって代表より全員に怪文書が送られていました。
 その指令内容は、「20代の自分の写真を持ってくるように」 でした。

 プロジェクトKのメンバーは、全員が40代以上です。
 50代のメンバーも多いので、30年以上も前の “自分” を連れての参加であります。

 こたつを囲んで、全員が車座となり、左回りに持ってきた写真を回します。

 「これ、誰だよ! いねーよ、こんな人、うちのメンバーに」
 「どれどれ、どこに誰が写っているのよ」

 いやいや、30年という年月の持つ時間の力というものは、恐ろしいものです。
 もう、まるで別人であります。

 肩まである長い髪 → 今は1本もありません
 スリムなジーンズ姿 → 今は体重が2倍あります

 「えっ、この頭、なに? これ小暮さん?」
 えー、えー、僕の20代はカーリーヘアであります。
 ほとんど、クリスタルキングか原田真二を気取っています。

 「小暮さんて、キャプテン翼に似てない?」
 「なんだよ、それ! マンガじゃねーかよ(笑)」


 もう、みんながみんな、腹がよじれるほど笑いましたよ。
 そして、グランプリの発表です。
 挙手により、第1回 『爆笑! あの頃、君は若かった』 グランプリ 「まったく原型をとどめていないで賞」 に輝いたのは、なんと!代表のK氏でありました。

 受賞理由は、
 「カツラをかぶっているように見える」
 「教えてもらっても、誰だか分からない」
 「どう見ても本人ではない」
 ということで、ダントツの優勝でありました。


 ゆかいな仲間と、新年早々、バカッ騒ぎをいたしてしまいました。
 ご主人、女将さん、夜中までうるさくて申し訳ありませんでした。
 今年も、よろしくお願いいたしますね。

 ふと、気が付けば、すでに午前2時を回っています。
 でも、気分は昂揚しています。
 ひと風呂浴びに、行きますか!

 手をあげた有志数名と、深夜の激寒露天風呂へ突撃したのでありました。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:35Comments(6)温泉地・旅館

2012年01月06日

『誕生日の夜』 ④



 電話帳でお父さんは、印刷屋さんを調べると、はしから住所をメモしました。
 このまま求人の空きをのんびりと待っているわけにはいきません。
 お父さんはメモを片手に、町の印刷屋さんを回ることにしました。


 「ごめんください」

 小さな印刷所をたずねると、工場のなかはガランとして、とても静かでした。
 インクのにおいはしますが、機械はみんな止まっています。

 「なんの用だね」
 突然、暗がりのなかから、ヌウッと男の人が現れました。

 「あの……、こちらで使ってもらえないでしょうか……」

 すると、男の人が言いました。
 「工場のなかを見て、わからねえのかい。
  機械はみんな止まっちまっているだろう。
  欲しいのは人より、仕事のほうだよ!」

 お父さんは、ペコリとおじぎをすると、工場の外へ出ていきました。



 「いまは、どこも大変なんだなあ」
 めげずにお父さんは、次の印刷屋さんをたずねることにしました。

 でも、二軒目も三軒目も、その次の印刷屋さんも小さな町工場で、お父さんを雇う余裕などなく、あっさりと断られてしまいました。

 気がつくと、あたりは薄暗くなっていました。
 東の空には、一番星が光っています。

 “あと、一軒だけ回ってみようか”
 そう、お父さんは考えながら、腕時計を見ました。

 「あっ、いっけない!
  もうこんな時間だ。
  しおりを迎えに行かなくっちゃ!」

 お父さんは、あわてて駅へ向かって走り出しました。


     <つづく>    


Posted by 小暮 淳 at 10:56Comments(3)誕生日の夜

2012年01月05日

『誕生日の夜』 ③



 ハローワーク(職業安定所) は、いつ行ってもたくさんの大人たちで、あふれています。
 どの人も一生懸命に、仕事を探しにやってきます。

 お父さんも毎日必ず、ここに来ます。
 そして、求人票をはしから一枚一枚ていねいに目を通していきます。

 お父さんは、印刷所の技術者でした。
 でも、今日も印刷所の求人はありません。
 ここでもお父さんは、ため息を大きく一つつきました。



 昼どきの公園は、太陽の光をたっぷり浴びて、ポカポカとぬくまっています。
 お父さんは、そのぬくまった日だまりのベンチに腰をおろして、パンと牛乳でお昼をとっていました。

 「ねえねえ、お母さん、見てて!」

 すべり台の上で、女の子が手をふりました。
 砂場のところで、若いお母さんがこたえるように、手をふっています。

 ふと、お父さんは、しおりちゃんのお母さんのことを思いました。

 お母さんが隣町の大きな病院に入院して、もう半年近くになります。
 病気のほうは少しずつ良くなっていますが、長引く入院には、お金がたくさんかかります。

 しおりちゃんとお父さんが、休みの日に病院へお見舞いに行くと、いつもお母さんは、
 「ごめんね、しおり。さみしい思いをさせて。
  ごめんなさい、お父さん。早くよくなって、私も働きに出ますから・・・」
  と、二人にあやまります。

 来週は、そんなお母さんの最後の手術です。

 「よし、がんばるぞ!」
 お父さんは、そう自分に言うと、勢いよくベンチから立ち上がりました。


   <つづく>
   


Posted by 小暮 淳 at 18:46Comments(2)誕生日の夜

2012年01月04日

三箇日は○○三昧


 今日から仕事始めという人も多いのでしょうね。
 サービス業の方からは、「なに言ってんだい。盆も正月もなく無休よ!」 という声が聞こえてきそうですが、本当に、どうしちゃったんでしょうね? 日本って国は?

 昔の日本は、ちゃんと “盆・暮れ・正月” は、休んでいましたよ。
 そのために、保存食としての 「おせち料理」 があるわけですからね。
 なんだか年々、形だけの正月になりつつありますな。

 今はコンビニもあるし、いやいや、コンビニだけではありません。
 スーパーだって、本屋だって、みーんな “盆・暮れ・正月” なんて関係なしに開いていますものね。
 便利といえば、便利ですけど、その分、正月のおごそかな緊張感がありません。

 で、そーいう、おめぇは何をしていたんだ?
 と問われれば、ハイ、すみません。仕事です。

 ○○三昧の○○とは、「酒」 ではなかったのです。
 (僕のことだから、酒だと思ったでしょう)

 て、いうかフリーランスには、そもそもカレンダーの中の休日は関係ありませんからね。
 仕事がないときが、“休日” です。

 だから年によっては、何ヶ月も休日が続くこともあります。
 “長期休暇” といえば聞こえが良いのですが、同時に金も入って来ないわけですから、バカンスへは行けません。

 逆に、忙しい時は、人様が休んでいるときに、せっせせっせと働いています。
 と、いうことは、今年の正月は忙しかったのか?
 と思われそうですが、いえいえ、ただの貧乏性であります。

 やることがないので、仕事をしていただけです。


 フリーランスの仕事にも、いろいろありますが、「ライター」 という職業についてのみ、ちょこっとだけご紹介すると、大きく分けて2つの作業に分かれています。

 それは、「取材」 と 「執筆」 です。

 取材をしているときは、執筆はできません。
 執筆をしているときは、取材ができません。

 あたりまえのことですが、この2つの作業があるかぎり、朝も、昼も、夜も、盆も、暮れも、正月もないのです。

 もちろん、三箇日は取材がありませんでした。
 (過去には、元日から取材に出かけたこともありますが)
 でも、暮れまでに取材した原稿は、目の前に残っています。

 また、コラムやエッセーなどの連載を抱えていると、それらの作業の合間で原稿を書くことになります。
 週刊・隔週刊・月刊・季刊が入り乱れていますから、常に手帳には “○○何月何日まで” という書き込みがされています。
 それでも忘れてしまうことがあるので、1日のスケジュール表というのを机の前にかかげています。

 ・本日の必達ノルマ
 ・できたらここまでする
 ・その他、合間を見て調べる事 etc

 などが、書かれていて、クリアすれば赤ペンで消します。
 この赤ペンを入れるときが、快感なのであります。
 赤ペンを入れるごとに、僕は階下へ降りて行き、コーヒーを入れて一服します。


 と、いうことで、今日やらなくていい仕事でも、時間が空いたときには片付けておく!
 これがフリーライターの鉄則なのであります。

 ただの貧乏性かもしれませんけどね。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:15Comments(2)つれづれ

2012年01月03日

『誕生日の夜』 ②



 しおりちゃんは、さっきから、お父さんに聞こうかどうか迷っていることがあります。
 でも、それがなかなか言い出せません。
 そのうち保育園に着いてしまいました。

 「じゃあ、いい子でいるんだぞ。なるべく早くお迎えに来るからな」
 「……」

 しおりちゃんは、もう一度お父さんがケーキのことを聞いてくれないかと待っているのですが、言ってくれないのでご機嫌が少しななめになってしまいました。

 「どうしたんだ? しおり。おなかでも痛いのか?」

 もう我慢ができません。
 ついに、しおりちゃんは声を出して言ってしまいました。

 「どんなケーキを買ってくるの?」
 「しおりは、どんなケーキがいいんだい? しおりの誕生日なんだから、しおりの好きなケーキを買ってこよう」

 お父さんの目が、やさしくほほ笑んでいます。
 安心したしおりちゃんは、いつかお友だちの誕生会で食べたケーキの話をしました。

 「あのね、まるいケーキ。イチゴがのった、まるいケーキを切って食べるの。三角のじゃ、ダメだよ!」

 するとお父さんは、笑いながら言いました。
 「デコレーションケーキのことだな。わかった、わかった。まるいケーキだな。よし、約束だ」
 「うん、ぜったい約束だよ」
 しおりちゃんは、元気にお父さんと、ゆびきりをしました。



 駅のホームは、会社や学校へ行く人たちで、とても混雑していました。
 みんな電車が来るのを一列に並んで待っています。
 なのに、お父さんだけは、ひとりベンチに座っています。
 そして、ときどき 「ふーっ」 と、大きなため息をついています。 

 実は、お父さんの勤める会社は、倒産してしまったのです。
 いまは失業保険というお金をもらって、生活をしています。
 でも、そのお金も今月で入らなくなってしまうのです。
 新しい仕事は、まだ見つかっていません。

 「どうしたらいいだろう」
 お父さんは、また大きなため息をついて、電車を一本見送ってしまいました。


   <つづく>
   


Posted by 小暮 淳 at 14:07Comments(2)誕生日の夜

2012年01月02日

新春企画 『誕生日の夜』 ノーカット公開!


 昨年、僕の過去の作品を知る人たちから、「もう一度、『誕生日の夜』 が読みたい」 とか 「『誕生日の夜』 は、どこで買えるのか?」 との声をかけていただきました。

 『誕生日の夜』 は、2002年12月に僕が自費出版した絵本であります。
 ま、絵本といっても、絵は挿絵程度で、文章ばかりの童話なのですが、当時は、小さいお子さんのいる幼稚園や保育園の父兄などに配ったりしていたモノクロの簡単な冊子です。
 (挿絵は、画家の須賀りすさんに描いていただきました)

 先日、さる方から 「ブログで全文を公開したどうですか?」 との助言をいただきました。

 舞台は、冬。
 そして今、日本は震災から初めての冬を迎えています。
 親子の絆をテーマにした、この作品が、少しでも復興への心の応援歌になればという思いを込めて、ブログ上に全文を公開することにしました。
 ※全7回に分けて、不定期の連載となります。




        『 誕生日の夜 』
         文・小暮 淳


 「おはよう」
 眠い目をこすりこすり、しおりちゃんがパジャマ姿のままリビングにやってきました。
 「おはよう、しおり。はやく着がえておいで」
 台所でフライパンを握ったままのお父さんが、ふりかえり声をかけました。
 「はーい」 と返事をしながら、しおりちゃんは “また目玉焼きだわ” と、思いました。

 顔を洗ってテーブルに着くころには、ちゃんと朝食の用意ができていました。
 ちょっぴりこげめのついたトーストが二枚、あたためたミルク、そして目玉焼きとハムがいつもと同じに並んでいます。

 「しおりの好きなハムエッグだぞ!」
 「うん、いただきまーす」

 もう何ヶ月もこんな会話の二人だけの朝がつづいています。

 「あっ、そうだ!」
 突然、お父さんが大きな声をあげたので、しおりちゃんはミルクをこぼしそうになってしまいました。
 「しおり、誕生日おめでとう」

 そうです。今日はしおりちゃんの四才の誕生日だったのです。

 「ありがとう、お父さん。今日は早く帰ってこられるの?」
 「ああ、そうするよ。ケーキを買ってくるから、お祝いをしようね」
 「うん!」
 ケーキが大好きなしおりちゃんは、お父さんの言葉がうれしくて、急いでトーストを食べ、目玉焼きをほおばり、ミルクをいっ気に飲みほしました。


 「おはようございます」
 団地の階段を降りたところで、お向かいのおばさんが、お父さんに声をかけました。
 「おはようございます」
 片手にゴミ袋をさげたお父さんも、あいさつをしました。

 「しおりちゃん、毎日お父さんと一緒でいいわねえ」
 おばさんは、そう言うと、タッタッタッとサンダルの音を立てて、階段をのぼっていきました。

 しおりちゃんの通う保育園は、団地から歩いて十分のところにあります。
 半年前までは、お母さんの自転車の後ろに乗って通った道です。
 いまは毎日、お父さんと並んで歩いていきます。

 しばらくすると、通りの向こうに保育園のとんがり屋根が見えてきました。

   <つづく>
   


Posted by 小暮 淳 at 14:50Comments(3)誕生日の夜

2012年01月01日

竜、天に昇る


 明けまして おめでとうございます。


 さあ、待望の2012年の幕開けです!

 えっ?
 何が、待望だって?

 それは、人それぞれでしょうが、前を向いて、胸を張って、新しい年を迎え、気持ちを新たにすれば、誰もが “待望” の年の幕開けではないでしょうか!

 そんな意味で、「今年も、やったるでぇ~!」 と、元日早々からテンションの高い僕であります。
 これが “便所の100ワット” とか “無駄に元気” と言われてしまう要因なのですが、今年も懲りずに “元気がなくてもカラ元気” を出して、“努力してでも軽く生きて” 見せますよ!

 と、いうことで、今年も1年間、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


 さてさて、今年は 「辰」 年であります。
 十二支で、唯一の架空生物です。

 どーして、河童や麒麟やヒバゴンやツチノコでは、ダメだったんでしょうね?

 思うに、干支は “めでたく” なくては、ならなかったのでしょうな。
 「オレ、河童年生まれの年男だぜ」 っていうのも、あまり有り難くありませんものね。

 それに比べ、竜は、実におめでたい生き物です。

 「竜、天に昇る」
 といえば、英雄が大活躍することですし、
 「登竜門」
 という言葉は、流れの急な竜門を登りきった鯉が竜になるという伝説から、立身出世の糸口つかむことをいいます。

 いやいや、僕も今年あたりは、そろそろ 「登竜門」 を登りきって、鯉から竜へと変身したいものです。
 そして、いつかは 「竜、天に昇る」 日を夢見ているのです。

 今夜の初夢は、これで決まりです!

 竜の子太郎のように、天高く竜に乗って、舞い上がりますぞー!

 くれぐれも、「竜頭蛇尾」 にはならないように……。
                     


Posted by 小暮 淳 at 14:42Comments(7)つれづれ