温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2012年09月30日

読プレ付き 全面広告!


 今日の上毛新聞、8面はご覧になりましたか?

 ド~~ンと1ページ全面が、「みなかみ町」一色の全面広告でしたね。
 圧巻です!

 さらに下5段は、拙著 『みなかみ18湯〔上〕』(上毛新聞社) のカラー広告でした。
 これも、お見事です!

 “みなかみ18湯” の説明、本の内容紹介、掲載されている水上温泉と猿ヶ京温泉の全34軒のホテル・旅館・民宿名の一覧がズラ~リと載った、見ごたえのある広告です。
 こんな素晴らしい広告を掲載していただけるなんて、著者としても、この上ない喜びであります。

 今日は、この広告を見た読者が書店へ大挙して訪れ、今頃は、どこの書店も完売、在庫切れ状態で、てんてこ舞いしていることでしょうね(著者の願望)。


 さて今回、この広告には、特典が付いています。
 “『みなかみ18湯〔上〕』 出版記念” と題して、みなかみ町観光協会より読者の皆さんへ、本のプレゼントをしてくださることになりました。
 上毛新聞を見ていない人も、ぜひ、この機会にご応募ください。
 抽選にはずれた人は、本屋さんで買ってくださいね(著者の願望)。



        『みなかみ18湯〔上〕』 プレゼント 5名様

 ■応募方法  名前、住所、電話番号、メールアドレスなどを記入の上
           メール、ファックス、ハガキでご応募ください。
 ■締め切り   10月15日(月) ※当日消印有効
 ■応 募 先   みなかみ町観光協会
 ■当選発表  発送をもって発表にかえさせていただきます。
          ※応募いただいた個人情報は、プレゼントのみに使用します。
 みなかみ町観光協会 〒379-1313 群馬県利根郡みなかみ町月夜野1744-1
 TEL.0278-62-0401 FAX.0278-62-0402
 URL http://www.enjoy-minakami.jp
 e-mail : info@enjoy-minakami.jp
  


Posted by 小暮 淳 at 17:37Comments(5)著書関連

2012年09月29日

酔えば海路の日和あり


 この業界は、“打ち上げ” をよくやります。

 雑誌の発行でも、連載の開始でも、本の出版でも、1つの仕事が終われば “打ち上げ” をして、祝い、互いをねぎらい合います。
 酒好きの僕には、大歓迎の慣習であります。

 で、僕も忘れていました。
 今月出版した 『みなかみ18湯〔上〕』(上毛新聞社) の打ち上げは、本が届いたその日にデザイナーやカメラマンら制作スタッフと居酒屋に集まってやったものですから、もうないものだと勝手に勘違いをしていました。

 そーです!
 考えてみたら、出版元との “打ち上げ” が、まだだったんですね。
 うれしい誤算でした。


 と、いうことで昨晩は、出版会社のある新前橋駅近くの海鮮居酒屋で、祝い酒を酌み交わしてまいりました。

 出席者は、デレクターのK氏と出版部長のT氏、そして僕です。
 真面目で、感情を抑えた、大人たちによる大人たちのための、おごそかなる酒宴の始まりであります。

 いつもだと、ここで 「カンパーイ!」 と表現するところですが、昨晩は違います。

 「おめでとうございます。では、乾杯」
 と、実に渋い男たちなのであります。

 目の前には、刺身の盛り合わせと日本酒の徳利・・・
 当然、話の内容も過ぎてしまった出版話ではなく、早くも再来年に出版を予定しているシリーズ第6弾の企画話であります。
 ※( 『みなかみ18湯〔上〕』 が第4弾、来春出版予定の同下巻が第5弾になります)


 すでにオファーが来ている温泉地もあり、どのようなコンセプトで制作を進めるか?という意見交換が、延々と続きました。

 徳利が2本、4本、6本・・・
 とカラになるうちに、話の内容も核心に触れて、ヒートアップしていきました。

 その時です。
 T部長が、それまでの話の流れを根底から、くつがえす事を言い出しました。

 「小暮さんが温泉地に迎合することはないですよ。それより小暮さんが以前、話していた○○温泉は、いかがでしょう?」

 はいはい、その話なら覚えています。
 群馬県内の古湯と呼ばれる歴史ある温泉には、○○温泉と呼ばれる霊験あらたかな温泉があることをT部長に話したことがありました。

 「それで行きましょう! 限定の温泉地が続きましたから、オファーの来ている温泉地は、まだ先でもいいでしょう」
 と、K氏も賛同を始めます。

 「企画としては面白いし、僕も以前から温めていたネタですから、可能ならばやってみたいですけど……。大変な仕事になりますよ」
 と僕も、まんざらではありません。
 いえいえ、できるものなら、ぜひ世に出したい本であります。

 「では、まだ間もありますし、その方向で、追い追い企画を煮詰めていきましょう。よろしくお願いします」
 と、なんとも大人チックなT氏の締めの言葉で、お開きとなったのであります。


 過ぎたことを祝うバカ騒ぎもキライじゃありませんが、こうやって粛々(しゅくしゅく) と喜びの感情を未来へつなげる発展的な祝い酒もいいもんです。
 だって、“酔えば海路の日和(ひより)あり” って言いますものね。

 あれ、違いましたっけ?
  


Posted by 小暮 淳 at 18:57Comments(0)酔眼日記

2012年09月28日

日本中が抱えている


 以前ほどではありませんが、それでも時々、山奥の温泉地へ行くと、ケータイが圏外になってしまうことがあります。
 そんなときは、「ああ、これで電話が鳴ることもない」 と逆に開き直って、取材に集中しています。

 でも圏外は、緊急の連絡が入らないという不都合も招いてしまうのです。


 今週、仕事で数時間だけ圏外の山の中にいました。
 午後に下山して、麓まで戻ってきたときのことです。
 ケータイに着信表示があることに気づきました。

 1件は家内、もう1件は実兄です。
 滅多に僕のケータイになんて電話をかけない2人ですから、イヤ~な予感がしました。

 留守電には、「至急、電話をください」 の実兄の声。
 そして家内からのメールには、「おばあちゃんが入院をしました。連絡ください」 とあります。

 2人の着信から、すでに4時間以上が経過しています。
 あせる気持ちで、家内に電話を入れると、すでに実兄と病院にいました。


 過労による入院です。
 実兄によれば、
 「大事をとって、入院させたが、今後のことを話し合いたいから、あとで来てくれ」
 とのことでした。

 ボケ老人のオヤジ(88歳) を老老介護していたオフクロ(85歳) が、介護疲れによりダウンしたのでした。
 不幸中の幸いは、東京で暮らしている実兄が、先週から実家にいてくれたことです。
 さらに我が家には、家内が偶然にもいてくれました。


 おかげさまで、オフクロの病状は回復へ向かっていますが、なにせ高齢ですから入院は長引きそうです。
 今日も様子を見に病院へ寄ってきましたが、ボケ老人の介護から解放されたこともあり、前よりも元気そうに振舞っていました。
 「お父さんは、どうしているかね?」 とオフクロ。
 「大丈夫だよ。アニキが東京へ帰らないで面倒を見てくれているからさ」 と僕。

 やっぱり、長年連れ添った夫婦なんですね。
 離れれば、オヤジのことが心配のようです。


 「あんちゃん、悪いね。近くにいるのに、オレが忙しくてさ」 と僕。
 「いいさ、しばらくは俺がオヤジの面倒を見るから、手の空いたときは手伝ってくれ。そうじゃないと、今度は俺が介護疲れで倒れちまうよ(笑)」 と実兄。

 「で、問題は、オフクロが退院してきたからだよな……」
 と、真剣な顔で語りだしました。

 そーなんです。
 考えてみれば、オフクロにとって、入院している今が、一番良い状態なんですよ。
 睡眠もしっかり取れるし、ストレスもたまらない。
 医者と看護士による完全看護ですから、家族の我々も安心です。

 でも・・・

 退院してきたら、また以前の状態に戻るわけですからね。


 そんな家族の苦労を知ってか知らずか、オヤジは今日も元気に大声をあげています。

 「おーい、ジュン! ばあちゃんは、どこへ行ったんだろうなぁ~」
 教えてやると、
 「そうか、病院か……(悲しそうな顔をします)」
 と納得するのですが、
 ものの5分と経たぬうちに、
 「おーい、ジュン! ばあちゃんは、どこへ行ったんだろうなぁ~」
 と、何度も何度も同じ質問をくり返します。


 でも、日本中、どこでも抱えている家族の問題なんでしょうね。

 小暮家にとっては、今回のことで、兄弟や夫婦が話し合い、互いを理解し合い、以前より絆が深まったことだけは、確かのようです。
 アニキ、すまんが、しばらくの間、オヤジの面倒を頼むよ!
   


Posted by 小暮 淳 at 16:38Comments(0)つれづれ

2012年09月27日

川古温泉 「浜屋旅館」⑤


 つくづくライターという仕事は、因果な商売だと思います。
 続ければ続けるほど、より難易度の高い取材を、自ら自分に課せずにはいられないのですから・・・。

 無記名の記事なら手を抜くこともできます。
 でも、名前を出して記事を書いている限り、どうしても他人と違うことを書きたくなるのがプロ根性というもの。

 “オレじゃなければ書けない原稿を書きたい!”

 ナンバーワンではなく、常にオンリーワンを目指して仕事をしているのがライターです。
 他紙をスッパ抜くスクープ記事を狙う、新聞や週刊誌の記者と同じ心境であります。


 そんな思いから書き出した連載があります。
 朝日新聞の群馬版に、今年の2月から隔月で連載している 『おやじの湯』 です。
 この連載は、それ以前から同紙に隔週で連載している 『湯守の女房』 の番外編としてスタートしました。

 「旅館の女将さんをシリーズで紹介するのも悪くはないけどさ、オレじゃなくても書ける記事だよなぁ~」
 と昨年の暮れに、飲み屋で担当者にグチをこぼしたことがありました。

 オレじゃなければ書けない記事・・・とは?

 「他の人だと、絶対に取材できない相手、内容ならば可能だよなぁ~」
 と、いつしかグチは相談に変わっていました。

 その時、ひらめいたのが、“湯守と一緒に温泉に入って” お湯の中で温泉談義をするという、いまだかつて誰も(たぶん、僕の知る限りではいない) やったことのない前代未聞の連載企画が浮上したのであります。

 「それ、それ行きましょうよ! それこそ小暮さんじゃなければ絶対にできない取材です」
 と担当者も意気投合して、即決!
 年明けから、連載が始まりました。

 でも確かに、“宿の主人を裸にして、風呂に入り、そこで話を聞く” という芸当は、一見の記者や編集者がアポを入れて取材しようとしても、まずは無理です。
 「なんでオメーと一緒に風呂に入らなけりゃならねーんだよ!」
 と一喝され、取材拒否されるのが関の山です。

 長年、温泉地や温泉宿へ通い続けた僕だから、「しょうがねぇーなー、小暮さんの頼みなら仕方ねーなぁ」 と言って、裸になって、一緒に温泉に入ってくださるのです。


 で、次回の出演者として先週、川古温泉「浜屋旅館」の3代目主人、林泉さんに電話を入れました。

 「あっ、小暮さん! いつもお世話になっています」
 「いやいや、こちらこそ大変おせになります。ところで、お願いがあるんですよ」
 「はいはい、何でもどうぞ!」
 「ええ、あの……、僕と一緒に風呂に入ってください」

 いつもだと、この後、新聞の取材であることを説明するのですが、林さんには以前お会いしたときに話をしておいたものですから、すんなり 「例の 『おやじの湯』 ですね」 と、OKの返事をいただきました。


 と、いうことで、さっそく一緒に仲良く、入浴してきましたよ。

 露天風呂だと広過ぎて、2人の顔が小さくなるので、今回は内風呂での撮影となりました。
 ところが、今度はカメラとの距離が近く、まして湯が無色透明のため、どうしても2人の股間が写り込んでしまいます。

 「あとで、デザイナーに修正してもらいますか?」
 と僕が言うと、
 「では、湯浴み着を着けましょう!」
 と主人が、パンツのような形をした、男性用の湯浴み着を持ってきました。

 ここは、男女別の内風呂が1つずつありますが、それ以外は内風呂も露天風呂も混浴です。
 ほとんどの女性は湯浴み着を着用しますが、着用する男性は少ないとのこと。

 「でも最近は、女性客から苦情が多いんですよ。『男性も股間を隠してほしい』 と・・・。『あんなモノ見たくない』『気持ち悪い』 ってね(笑)」


 源泉の温度は約40度とぬるめですが、それでも主人と湯に浸かりながら話し込んでいたら、さすがにのぼせてしまいました。
 でも、とっておきの温泉談義をすることができました。
 林さん、ありがとうございます。

 ※この時の様子は、10月17日(水) の朝日新聞群馬版に掲載予定です。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:22Comments(5)温泉地・旅館

2012年09月26日

梨木温泉 「梨木館」②


 平成24年度のNHK文化センター主催による野外温泉講座 「続・探訪!ぐんまの小さな温泉」 の前期講座が昨日、無事に終了しました。
 この講座では、今までに33ヶ所の温泉を訪ねたことになります。

 今年の前期講座の最終回は、桐生市(旧黒保根村) の梨木温泉へ行ってきました。

 僕は、今年の1月に新聞の取材で訪ねていますから、8ヶ月ぶりとなります。


 ああ、今回、驚くべき発見をしたのであります。
 僕ったら、最初に訪れたときから、ずーーーっと、梨木温泉は 「なしきおんせん」 だと思い込んでいたのです。
 ところが今回、この読み方が誤りだったことが判明しました!

 「先生、ここは “なしき” じゃなくて、“なしぎ” なんですね」
 と、受講生の1人が履いているスリッパを指さしました。

 えっ、本当だ!
 ガーーーーン!

 確かにスリッパには 「なしぎかん」 と、シッカリ平仮名で書かれています。
 すぐさま僕はフロントへ行って、従業員に確認しました。

 すると、「ええ、うちは “なしぎおんせん なしぎかん” です」 とのこと。

 女将さん、専務さん、申し訳ありませんでした。
 僕は疑いもなく、「なしきおんせん なしきかん」 だと決め付けていました。
 2009年に発行した拙著 『ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) には、「なしき」 と誤ったルビがふられています。

 ここに訂正して、お詫び申し上げます。


 そんな超個人的な後悔と懺悔(ざんげ) の気持ちを清めるべく、受講生らと共に群馬の名源泉の1つ、「薬師の湯」 を浴(あ) むことに・・・

 今日も今日とて、かなり濃厚に色づいていますよ。
 県内でも1、2を争う “にごり湯” であります。

 見た目はカーキ色(黄褐色) ですが、体を沈めると、沈殿していたレンガ色の湯の花が舞い上がります。
 これは、鉄分が多い証拠です。
 さらに、浴槽の縁は温泉成分の析出物が堆積(たいせき) して、鍾乳石が張り付いたようにデコボコに変形してしまっています。
 これは、カルシウムが多い証拠です。

 「先生、温泉らしい温泉ですね」
 「ああ、温泉に入ったっていう満足感がありますね」
 と、受講生たちからも、大評判の声をいただきました。

 こんなときが一番、“ああ、この講座の講師をやっていて良かった!” と思う瞬間なのであります。


 来月からは、いよいよ後期講座が開講します。
 うれしい悲鳴とでも言うのでしょうか、今回も在講生が全員引き続き後期を受講するため、新規の募集はありません。
 キャンセル待ちの申込者が多数いると聞いています。
 本当にゴメンナサイ!

 以前もお話ししましたが、この講座は小さな温泉宿や秘湯と呼ばれる山奥の温泉地へ行くため、小型バスを使用しています。
 よって、これ以上定員を増やせないのが現状です。

 申し込みされた方、これに懲りずに、来年度の募集時に再度チャレンジしてくださいね。
 運が良ければ、空きが出るかもしれませんよ。
     


Posted by 小暮 淳 at 21:15Comments(0)温泉地・旅館

2012年09月24日

書くことと話すこと


 「あれ、先生の本業は、物書きなんですねぇ」
 と、手渡した僕の名刺をマジマジと見つめているのは、群馬県某団体の課長さんです。

 一瞬、何のことを言っているんだろう?この人は……と、戸惑ってしまいましたが、すぐに理解することができました。
 この課長さんは、僕の存在をネットか何かで “温泉講師” として知ったようなのです。
 で、部下に言って、先月の温泉療養研究所主催による温泉講座を受講させ、今回、正式に講師依頼をしてきたということでした。

 「ええ、そうなんですよ。フリーライターですから何でも書くんですけれど、最近は温泉の取材ばかりです」
 と言葉を返しましたが、あまり納得はしていない様子。
 どうも、僕のことは、温泉の研究家か評論家だと思っているようです。


 実は、僕が講演会やセミナー、教室などの講師を受けるようになったのは、5年くらい前からです。
 最初に受けた講師が、群馬県温泉アドバイザーの研修会でした。
 その後、シリーズ1作目の 『ぐんまの源泉一軒宿』 を出版してからは、年々依頼が増えていきました。

 毎月開講しているカルチャー教室の野外講座も、その頃からです。
 また、市町村公民館からの高齢者教室の講師という依頼も増えました。

 気が付いたら現在、毎月2つの講座講師と、年間で5、6回の講演を行っています。
 昨年あたりから増えてきたのが、企業や団体の研修会名目の講演です。
 今日、打ち合わせに行ってきた団体も、女性部員を対象にした研修会での基調講演の依頼でした。


 実は今日、打ち合わせの帰り道、車の中でシゲシゲと考え込んでしまったのであります。
 だって、僕は今まで、自分の本業はライターで、たまたま温泉を専門に取材しているので、物珍しさから奇特な人が講師の依頼をしてくるのだと思っていました。
 それが初めて、「本業は物書きなんですね」 と意表をついた返事をいただいてしまったため、しばらく僕はフリーズしてしまったのです。

 でも、「書くこと」 と 「話すこと」 は、僕の中では同等なのであります。
 取材を通して知ったことを書く。
 それでも書き足りないことを話す。
 でも話は形として残らない。
 だから、やっぱり文字にして残す。
 この繰り返しなんです。

 「書くこと」 も 「話すこと」 も、自分を表現する手段に変わりありません。
 それでも足りなければ、言葉を音にのせて歌ったりもします。
 たまーにですけど、絵なんかも描きますよ。


 でも、今日は、ちょっぴり “自分内カルチャーショック” を受けた日でした。

 以前、芸能人が職業を訊かれて、自分の “名前” で答えていたっけ。
 歌手なのか、俳優なのか、司会者なのか、モデルなのか・・・
 あまりにもマルチなタレントさんだったんですね。

 でも、まだ僕は 「職業は?」 と訊かれたら、
 「ライターです」 と胸を張って答えます!
   


Posted by 小暮 淳 at 20:40Comments(5)講演・セミナー

2012年09月23日

笑ってやってください


 先週の15日に発行した新刊 『みなかみ18湯〔上〕』(上毛新聞社)。
 みなさんは、もう、ご覧になりましたか?

 あれから1週間が経ち、書店に出そろったようであります。
 僕も先週から、ちょこちょこと覗いていますが、どの書店でもシッカリ、ドッサリと陳列されていました。

 いゃ~、何度見てもいいものですよ。
 自分の本が書店に並ぶというものは!

 それも今回はシリーズ4作目ですから、書店によっては、そのディスプレーも圧巻であります。
 B堂書店A町店は、新刊と第1作目の 『ぐんまの源泉一軒宿』 が平積みで他の2冊は棚陳列でしたが、K屋書店K店は、ドンドンドンドンとシリーズ4冊すべてが20冊以上の山積みにされていました!
 さらに、その隣には昨年1月に出版した 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 まで並んでいましたから、さながら、そこのスペースだけ “小暮淳コーナー” のようであります。

 駆け出しの記者をしていた頃、夢に見ていた光景です。
 「いつか自分の本を、書店に並べてやる!」って。

 夢って、あきらめなければ叶うものなのですね。


 で、今回の温泉シリーズ4作目の見どころは?と著者に問えば・・・

 真面目に答えれば、帯や広告などのコピーにもなっている “宿の数だけ物語がある” に尽きます。
 知っているようで知らなかった温泉地のホテルや旅館、民宿の一軒一軒に、温泉にまつわる悲喜こもごもの物語が隠されているものです。
 そんな一生懸命に代々湯を守りながら温泉宿を営んでいる43軒の物語を楽しんでいただけたらと思います。

 そ、そ、そしてーー!
 もう1つの見どころは、プロフィール写真です。

 第1作目と2作目は、完全に後姿です。
 3作目の 『あなたにも教えたい 四万温泉』 では、横顔でした。
 で、ついに4作目にして、ベールをぬいで(?) 顔を出しました。

 ところが、この写真がちまたで大変話題になっています。
 「シブイ!」「渋過ぎる!」 と・・・(笑)

 先日、某広告代理店のS氏にお会いしたところ、新刊のプロフィール写真を見て 「小暮さんの素顔を知っているからさ、こういう写真って、逆に笑えるよねぇ」 と爆笑していました。

 一応、今回はテーマがありまして、カメラマンの酒井寛氏から 「文豪調で撮りますので、それなりのポーズをお願いします」 と注文を付けられていたのであります。

 まあ、賛否いろいろでしょうが、ぜひ書店で手に取って、笑ってやってください。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:58Comments(9)著書関連

2012年09月22日

谷川温泉 「ペンション セルバン」


 「私の大好きな宿なんですよ。急に行きたくなって、その日に電話して泊まりに行くくらいですから。とにかく、お湯がいいんです!」
 いつか、知人のHさんが言っていた宿の名前が、確か “セルバン” だったことを思い出しました。

 2年前に取材で谷川温泉に入り込んだ時から、気になっていた宿ではあるんです。
 だって、温泉地の一番奥に、あたかも一軒宿のように建っていて、しかもペンションなのに “天然温泉かけ流し” とあれば、誰だって気になりますよね。


 で、昨日は念願かなって、朝からウワサのペンションへ取材に行ってきました。

 宿に入るなり、開口一番、奥さんが 「Hさんが、よく来てくださるんですよ」 と言葉を切り出した。
 「???・・・」
 えっ、僕のこと知っているんですか?
 というより、僕とHさんが知り合いだということを、奥さんは知っているということですね?

 「あの方は、本当に温泉がお好きですね」
 と今度は、ご主人が話しに加わりました。

 ま、僕としては、共通の知り合いがいるということは、取材もしやすいということです。
 まずは、つかみはOK!

 セルバンは、この平原良男さん、和子さん夫妻だけでやっている小さな小さな宿です。
 気になるのは、この “セルバン” という宿の名前です。
 命名したのは、山好きのご主人。
 なんでも、マッターホルンのことをフランス語で 「モン・セルバン」 っていうんだそうです。

 どうりで、山小屋風の宿内には、いたるところにマッターホルンの写真が飾ってあるわけです。

 宿の開業は、昭和60(1985)年。
 それまでは、高崎市内でサラリーマンと専業主婦だった2人。
 ご主人の実家の敷地続きにあった、元銀行の保養所を改築してペンションを始めました。

 最初は奥さんが1人でやっていましたが、10年前にご主人も早期退職をして宿に入り、現在は2人で仲良く宿の切り盛りをしています。
 「接客と料理は女房、私はもっぱら掃除と庭の手入れです」
 というご主人の特技は、ジオラマの制作!

 薪ストーブの上に、2万5000分の1で作られた精巧な 「谷川温泉と谷川岳」 のジオラマが置いてあります。
 実は、このジオラマを見るのは、初めてではありません。
 過去に、谷川温泉内で何度も見ているのです。

 「このジオラマ、ここにもあるんですね?」と僕が言うと、
 「ええ、うちの主人が作ったんですよ」と奥さん。
 「だって、方々で見かけますよ」
 「ええ、町内の10ヶ所の施設や旅館に寄贈したんですよ」
 とのことだった。

 実にリアルな模型で、素人が趣味で作ったとは思えない完成度であります。
 「地元に暮らしていても、一ノ倉沢や天神平の方角、位置が分からない人が多いんですよ。これが旅館にあったら、お客さんにも、すぐに教えてあげられるでしょう!」
 とは、なんて殊勝なお方なのでしょうか。
 もう、それだけで、僕はご主人を尊敬してしまいました。


 さてさて、宿の歴史や山のうんちく話を聞いたあとは、お待ちかね!Hさんご推薦の温泉をいただくことにしました。

 浴室は、内風呂と露天風呂が男女各1つずつ。
 それも造りは、大きからず、小さ過ぎず、好感の持てるちょうど良いサイズです。

 でも何かが、ちょっと違う! 
 何がって、内風呂も露天風呂も、オーバーフローされているお湯の量がハンパじゃありませんって。

 ザーザー、いやドボドボ、いやバシャバシャ、いやドックンドックン?
 擬音なんて、どうでもいいんです。
 まあ、それくらい(もったいないと思うくらい)、大量に湯がかけ流されています。
 それも加水なし、加温なし。
 それもこれも、湯量豊富な2本の源泉から湯が引き入れられているからできる技なんですね。

 しかも、2本の源泉の温度は、約56度と約26度と極端に温度差があります。
 と、いうことは、この異なる温度の温泉を混合することにより、常に適温を調節することができるということです。

 お見事であります!
 ペンションで、ここまでの技を兼ね備えている宿は、全国でも少ないのではないでしょうかね。


 無色透明で済んだ清流のような湯の流れを感じながら、極上の湯をしばし堪能いたしました。
 露天風呂の周りにはコスモスをはじめ、ご主人が育てている草花が、千紫万紅の装いで今が見ごろと咲き誇っています。

 Hさん、素敵な宿を紹介してくださり、ありがとうございます。
 まさに、知る人ぞ知る、隠れ湯宿ですね。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:11Comments(0)温泉地・旅館

2012年09月21日

谷川温泉 「金盛館 せゝらぎ」


 僕は、温泉を専門に取材するライターとして活動するようになったのは、まだ10数年ですが、この業界で仕事をするようになってからは、25年になります。
 この業界とは、雑誌の編集です。

 主に群馬県内のタウン誌や情報誌の編集が多かったので、県内の温泉地、それも有名な旅館は、だいたい1度や2度は取材に伺っています。
 でもね、取材とは、重ねれば重ねるほど、発見も多く、いい記事が書けるものなんですよ。

 昨晩、お邪魔した谷川温泉の「金盛館 せゝらぎ」も、以前に雑誌の仕事で伺ったことがあります。
 その時は、4代目女将の須藤美由貴さんからお話を聞きましたが、まあ、1時間程度だったと思います。

 また、ご主人の温(みつる)さんは、現在、僕がお世話になっている、みなかみ町観光協会の代表理事でもありますから、会議などの席でもたびたびお会いしている方であります。

 でも、 じっくり泊まって、じっくり酒を酌み交わして、じっくり取材をするのは、今回が初めてだったのです。
 もう、スケジュールが決まったときから、楽しみで、楽しみで、「あれも聞こう、これも聞こう」 とワクワクしながら昨日という日を待ちわびていたのであります。


 で、僕の開口一番の質問は、ズバリ!
 「大正7年に、若山牧水が訪れていますよね?」

 そう、牧水は、かの 「みなかみ紀行」の旅をした大正11年より4年も前に、谷川温泉を訪れているのです。

 大正7年11月12日、上野駅を発った牧水は、その夜は伊香保温泉の 「千明仁泉亭」 に泊まり、翌日から3日間は水上温泉の「藤屋旅館」(現在廃業)で過ごし、16日から18日までは谷川温泉の 「金盛館」 に滞在しています。

 「はい、初代の頃だと聞いています。その時に詠んだ歌が、こちらです」
 と女将が指さす先に、直筆の書を拡大した写真が展示されていました。

 『わがゆくは山の窪なるひとつ路 冬日光りて氷りたる路』

 ん~、歌の良し悪しは分かりませんが、その文字が牧水の直筆だと知れば、感動もひとしおであります。


 まあ、大正2(1923)年創業の老舗旅館(それ以前も「金盛館」はあったが、経営者が違ったという)ですから、聞く話、見るものすべてに興味津々なのですが、なんといっても、ここの自慢は “湯” です!

 何が自慢かって、その湯量です。
 自家源泉と共同源泉を合わせて、4ヵ所の源泉から引き込む湯量は、なんと合計毎分600リットル!
 それも、約33度~58度の異なる温度の源泉を混合することにより、四季を通じて適温を設定することができるのです。
 加水せず、加温せず、こうして適温を保てるのも、すべて恵まれた温泉があればこそのもの。

 さっそく、まずは撮影を兼ねて、谷川(渓流の名前です)のほとりに造られた名物の混浴露天風呂へ。
 他のお客さんの夕食時間を狙って、誰もいない露天風呂でパチリ!
 それにしても野趣に富んだ、ワイルドな露天風呂であります。
 河川敷の中ということもあり、周りは自然林に囲まれています。
 ときどき、カモシカもやって来るとのことです。


 再度、内風呂に入り直してから、食事処へ。
 カメラマン氏と夕食を食べているところへ、ご主人が登場です。
 「利き酒セットというのがあるんですが、一緒にやりませんか?」

 も~、バカバカバカバカーーーーっ!
 そんな楽しいことは、するに決まってるじゃありませんか~!

 ということで、ぐい飲みを手に、群馬や新潟の地酒を片っ端からやっつけることにしたのであります。


 「カンパーイ!」

 もちろんお酒だけではなく、温泉話もヒートアップしたことは、言うまでもありませんって。

 泊まって、飲んで、主人と語り合う、これが “小暮流温泉取材” のやり方なのであります。 
  


Posted by 小暮 淳 at 19:07Comments(0)温泉地・旅館

2012年09月19日

ブログの効用④


 先週末、2日間かけて34軒の温泉宿を回ってきました。

 と言うと、皆さんは驚かれるでしようね?
 でも事実なんです。
 でも取材じゃありません。

 実は、あいさつ回りに行ってきたんです。


 今月15日に発行された僕の最新刊 『みなかみ18湯〔上〕』 に掲載されている宿の数が34軒なのです。
 で、本の納品がてら、取材でお世話になったご主人や女将さんにお礼を言いに回ったのです。
 と言うと、「ええっ、著者自らが毎回そんなことをしているの?」 と突っ込まれそうですが、今回は特別なんです。

 今回、この本を上梓するにあたり、みなかみ町観光協会さんに多大なる協力をしていただきました。
 みなかみ町は平成17年に、水上町と月夜野町と新治村が合併してできた新しい町です。
 これにより、みなかみ町は18ヶ所の温泉地を抱える県内屈指の “温泉町” になりました。

 この本は、その18の温泉地の全宿を上下2巻にわたり、取材して記事にして出版しようという壮大なプロジェクトなのであります。
 いくら群馬県内の温泉本シリーズを書いている僕でも、これだけの数の温泉宿を仕切ることはできません。
 すべては、みなかみ町観光協会さんの尽力の賜物なのであります。

 制作スケジュールの管理から取材宿への交渉およびアポ取りまで、全部してくださいました。
 ですから、今回のこの本は、みなかみ町観光協会さんの協力なしでは到底、作れなかったのであります。

 その協会の事務局長さんが、自ら、全宿を配本しなが、あいさつに回ると言い出したのですから、著者としてもお供しないわけにはいきませんって!

 と、いうことで、一軒一軒訪ね、取材時の思い出話に花を咲かせながら、10ヶ月間にわたりお世話になったお礼を述べて回ったのでした。


 とある旅館を訪ねたときです。
 玄関で迎えてくれた女将さんが、第一声、こんなことを言いました。

 「小暮さん、あの後、すぐにお客さんが来てくれましたよ」

 「???・・・」
 何のことを言っているのだか、分かりません。
 本はこれから書店に並ぶんですよ。
 まだ、一般の人は、この本の存在すら知らないはずです。

 「なんて言うんでしたっけ、そうそう、ネットを見て、わざわざ東京から来た人がいたんですよ」

 ほほう、このブログのことを言っているんですね。
 確かに、この旅館のことは、取材した翌日にブログに書きました。

 「小暮さんの読者か、ファンのようですよ」
 とは、嬉しいじゃありませんか。

 またしても、ブログの効用があったということです。

 「じゃあ、女将さん、本をいっぱい売ってください」
 と事務局長さんは、商売がお上手です。

 「そのお客さん、うちが気に入ったからって、また今月も泊まりに来るのよ。その時、この本を見せてあげよう!」
 と、女将さんも上機嫌で、本をたくさん買ってくださいました。


 こんな調子で2日間で34軒すべての温泉宿を回り、600冊以上の本の注文をいただきました。

 水上温泉、猿ヶ京温泉のみなさん、大変お世話になりました。
 そして、ありがとうございました。

 ※『みなかみ18湯〔上〕』(上毛新聞社) は、群馬県内の書店および、みなかみ町の観光施設、掲載宿にて販売されます。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:51Comments(0)つれづれ

2012年09月18日

野沢温泉 「住吉屋」


 今日は、待ちに待った前橋カルチャーセンター野外講座の開講日でした。
 今年度の第1回講座は、信州の野沢温泉です。

 午前8時30分、僕と僕ら(受講生たち) を乗せたバスは、センターのある 「けやきウォーク前橋」 を出発!
 途中2回もトイレ&買い物休憩をしながらも、上信越自動車道をスッ飛ばして、一路、野沢温泉村へ。

 この講座、講座名を 『小暮淳と行く 湯けむり散歩』 といいます。
 (かなり偉そうなタイトルですが、僕が付けたんじゃありませんよ。センターの人です)
 でも、それだけじゃありません。サブタイトルも付いています。
 【温泉めぐり&健康ウォーク】
 (これも、僕が付けたコピーじゃありません)

 ということで、この講座は、温泉に入るだけじゃないんですね。
 ウォーキングもするんですよ。
 だから最初の目的地は、温泉じゃなくて、野沢温泉を通り過ぎて、毛無山の中腹にある巣鷹湖まで行って、ブナ林を健康的に歩いてきました。

 下山するバスの中では、「お腹すいた~」の声が後ろのほうから聞こえて来ましたよ。
 時計を見れば、12時を30分も過ぎています。
 運転手さんもあせったのでしょう。急いで、宿へ向かいました。

 お世話になったのは、野沢温泉のシンボルで天然記念物にも指定されている 「麻釜(おがま)」 の真ん前にある老舗旅館の 「住吉屋」 です。
 木造3階建ての宿は、築100年以上の歴史があるといいます。

 ここの名物は、“取り回し鉢” と呼ばれる郷土料理です。
 以前、テレビか雑誌で見てから、いつか食べたいとずーっと思っていた地産地食の素朴な料理なのです。
 要は、大皿に地物の野菜や山菜の煮物やおひたしが出てきて、その料理を各自が好みのものを小皿に取って食べるのです。
 今日は、皮付き小芋煮ときくらげの煮物、それと 「いもなます」 でした。

 「いもなます」
 初めて食する料理でした。
 ジャガイモを千切りにして、水にさらし、サラダ油で炒め、砂糖と酢と塩、だし汁で煮たものです。
 がっ!これが、うまいのなんのって、絶品の味であります。
 山に来たら山のモノ、里に来たら里のモノを美味しくいただくのが、旅の流儀であります。

 他の料理もすべて地の物に徹底していて、大変美味しく、また、もてなしの心を感じました。


 さて、午後からは自由時間です。
 僕は数名の受講生らと、麻釜を見学し、野沢菜発祥の地と言われる健命寺を参詣。
 その後、外湯(共同湯) めぐりへ出かけました。
 といっても、温泉街には13もの外湯が点在しています。
 ま、いくつか、覗くつもりで歩き出しました。

 まずは温泉街の中央にある野沢温泉を代表する 「大湯」 へ。
 中は、脱衣棚はあっても脱衣場はない、昔ながらのシンプルな浴室です。
 湯舟は2つに区切られていて、手前は 「ぬる湯」、奥は 「あつ湯」 と書かれています。
 が、手前の湯舟でも十分に、アッツツツツーーーッいのであります。
 それでも、なんとか我慢して、入浴。

 「これでも、観光客が入ったから、いつもよりはぬるいんだがね」
 と、毎日通って来るという地元のジイサンが話しかけてきた。
 浴客は、もう1人、新潟から来たというお兄さん。
 「ぬる湯でも、熱くて入れませんよ」 と、すでに浴槽の縁に上がってリタイヤしています。

 「これで何度くらいでしょうか?」 と僕。
 するとジイサンは、手前と奥の湯舟に交互に手を入れて、
 「こっちが45度くらい。奥のは48度といったところだな」
 
 ぬぅわ、ぬぅわ、ぬぅわんだとーーー!
 48度だーーーーっ!
 おいおい、ジイサンよ、お笑い芸人が熱湯に入る罰ゲームじゃないんだぜっ!

 「今日は、まだ誰も入ってないな」
 とは、このジイサン、相当ヒマのようであります。
 そして、当の本人も 「オレは熱いのがニガテだから入らないけど」 とは、卑怯者じゃねーか!
 このジイサン、毎日こうやって観光客相手に話をしてヒマつぶしに、やって来ているようです。

 坂を下って、次は 「河原湯」 へ入ったものの、無人で湯はギンギンに熱くなっていたため、足だけ入れて逃げ帰ったしまいましたとさ。


 先日の湯宿温泉といい、このところ熱い湯にばかり入って、湯あたり寸前であります。
 ほうほうの体(てい)で宿にもどり、一休みしてから、今度は 「住吉屋」 の内風呂へ。
 野沢温泉の泉質は、湯の花の舞う、薄にごりの単純硫黄泉が主流ですが、ここの自家源泉は異なるという話を聞いていたので、入らないわけにはいきません。

 無色透明でキレイな真水のような湯が、浴槽から静かに流れ出しています。
 泉質は、含硫黄-ナトリウム・カルシウム-硫酸塩温泉。
 どうりで、サラリとしているはずです。
 湯の温度も、やや熱め程度で、これならば、ゆっくりと浸かれそうです。
 ほのかに香る硫黄の匂いもいいですね。


 浴室から出ると、まるで僕を待ち伏せしていたように、受講生の1人が休憩室から飛び出してきました。
 「先生、湯上がりのビールを一緒に飲みましょうよ!」
 そう言って、僕の返事を聞く前に、僕のビールをフロントに注文してくれました。

 「カンパイ! 楽しい講座ですね」
 そう言っていただけると、講師冥利に尽きるというものです。

 ああ…、当分この仕事は、辞められませんな~。
   


Posted by 小暮 淳 at 22:29Comments(3)温泉地・旅館

2012年09月17日

大器晩成にダマされて


 我が家には、ひと部屋だけ和室があります。
 家を建てるときに、「子どものしつけのためにも、畳や床の間のある部屋は必要ですよ」 と業者の人に言われて造りました。

 で、現在、その部屋はどうなっているかといえば、案の定、物置状態であります。
 といっても、大部分が僕の所有物です。
 しかも、ギターなどの楽器類をのぞけば、すべて“本”です。

 本といっても、僕が読む本ではありませんよ。
 僕が書いた本なのであります。

 要は、売れなかった本の山なのです。


 僕が毎年、シリーズで温泉本を出版するようになったのは、50歳を過ぎてからです。
 これらは、もちろん出版元がありますから、僕が在庫を抱える必要はありません。

 実は、それ以前(30~40代) に、僕は3冊の本を出版しています。
 当然、自費出版の本ばかりです。
 中には、書店に並んだ本もありますが、半年後にはドッサリと著書のもとへ返品されました。

 「お父さん、和室の本の山、どうにかしてくれませんか。そのうち重みで、床が抜け落ちるわよ!」
 と家人から、イヤミを何度言われたことか・・・

 どーにかできるものなら、とっくにどーにかしてますって。
 捨てるに捨てられないモノだから、こうやって後生大事にとってあるんじゃないですか!


 と、いうことで、畳の上は本の山です。
 では、床の間はというと……

 一般的には、掛け軸なんかが掛かっていますが、うちの床の間には絵が掛けてあります。
 それも版画です。
 作者は、前橋在住の木版画家、野村たかあき先生。
 そして、タイトルは 『大鬼晩成』。

 「これはね、淳ちゃんのことだよ。だから、どうしてもこの絵は淳ちゃんに買ってほしいんだ」
 と、25年前に言われて、なんとか数年後に手に入れた思い出の一品なのであります。

 野村さんは、鬼の絵を描く作家として知られています。
 だから、作品のタイトルには、すべて“鬼”の字が当てられているんですね。

 「大器晩成」も、「大鬼晩成」となります。

 大きな鬼さんがゴロンと横になって、余裕をくれながらこちらに向かって手を挙げている、なんともノン気な絵であります。
 でも、何度この絵に勇気づけられたことか!

 ああ、オレって何をやっても抜きんでないなぁ・・・
 ああ、オレって才能ないのかなぁ・・・
 ああ、やっぱり人生間違えちゃったかなぁ・・・
 ああ、この仕事、全然芽が出ないから辞めようかなぁ・・・

 くじけそうになったとき、この絵はいつも、僕をおだててくれるんです。
 「お前は、大器晩成じゃないか!」ってね。

 何十万、ときには何百万という身銭を切って、借金を作ってまで売れない本を書いてこれたのも、すべてが、この言葉にだまされ続けてきたからなんです。

 “大器晩成”
 なんて、魔法の言葉なんでしょうね。

 たぶん、この言葉に年齢制限はありません。
 60歳になっても、70歳になっても、「オレは大器晩成だから」 と生きていけたら最高の人生じゃないかな。


 今日は、久しぶりに和室に入って、売れなかった本の山を見ながら、こんなことを考えていたのでした。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:01Comments(2)つれづれ

2012年09月16日

湯ノ小屋温泉 「葉留日野山荘」②


 坂道を登りつめると、突如として現れるレトロな木造校舎。
 そして、青々と枝葉を広げるメタセコイヤの巨木。

 あの日と変わらぬ姿で、僕を出迎えてくれました。


 湯ノ小屋温泉、葉留日野山荘。
 先日、2年ぶりに訪ねました。

 「はるひの」 とは、この付近一帯の古名です。
 万葉集にも 「葉留日野の里」 と詠まれています。


 「どうも、ご無沙汰しています。お元気でしたか?」
 主人の高橋信行さんが、やはり、あの日と変わらぬ満面の笑みで迎えてくれました。
 御歳、82歳! お元気です。

 昭和48年に廃校となった山の分校を改築して、都会の子どもたちのためにと 「冒険学校」 を開校しました。
 冬のスキー教室、春の雪遊び、夏の沢登り、秋のススキ小屋作りなど、自然相手の野外活動を続けてきました。
 しかし数年前、高齢を理由に冒険学校を閉校。
 現在は、息子さん夫婦と一緒に、温泉宿を営んでいます。

 玄関を入ったフロントでは、2年前に僕が書いた 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) が、ちゃんと販売されていましたよ。
 うれしいものですね。
 確かあの時は、群馬県内に15ある「日本秘湯を守る会」の会員宿のうち、15番目に泊まった宿だったと記憶しています。
 「これで、県内の会員宿はすべて制覇したぞ!」 とカメラマン氏と祝杯を挙げたものでした。

 あれから2年・・・
 その間には、震災がありました。
 「あれ以降、パッタリと宿泊客は減ったねぇ」
 と言います。
 「それでも秘湯を守る会のファンだけは、全国からやって来てくださる。ありがたいねぇ」
 とも言いました。

 高橋さんの人柄なんでしょうね。
 木造校舎の中から、高橋さんが現れると、なんだかホッとするんですよ。
 こうやって会議室でお茶を飲みながら話していると、まるで職員室で担任の先生と何十年ぶりに再会して思い出話をしているような錯覚を覚えます。

 実際に校舎の中を歩けば、廊下も手洗い場も、昔の小学校そのままです。
 談話室は、昔の職員室と理科室。
 食堂は、昔の体育館兼講堂が、そのまま利用されています。


 風呂へは、いったん校庭へ出てから浴室棟へ。
 過ぎ去る夏を惜しむように鳴くミンミンゼミの大合唱をBGMに、今回も極上の湯を堪能してきました。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:49Comments(2)温泉地・旅館

2012年09月15日

湯宿温泉 「湯本館」③


 「熱くなけりゃ、湯宿(ゆじゅく) の湯じゃねぇ!」


 はいはい、わかってますよ。
 もー、耳にタコができるくらい、訪ねるたびに地元の人に言われていますからね。
 源泉の温度は約62度。
 そのまま流し入れているんですから、そりぁ~、熱いのなんのって、ほとんど人間の入浴限界温度であります。

 湯宿温泉は、群馬が誇る全国でも屈指の “あつ湯”温泉です。

 できれば、ぬる湯のほうが僕は好きなんですけどね。
 でも取材となれば、入らないわけにはいきません。

 というわけで、昨晩は湯宿温泉の 「湯本館」 に泊まりこんで、決死の入浴シーンの撮影をしてきました。


 開湯は、1200年前(平安時代です)。
 宿の歴史(2代前までは「湯元館」といいました) だけでも、優に400~500年はあります。
 現主人の岡田作太夫さんで、なななんと、21代目であります。
 僕が知る限り、県内で一番代を重ねている老舗旅館ではないでしょうか!

 同館は、代々「作太夫(さくだゆう)」 を襲名します。
 歌舞伎や落語の世界と同じですね。
 だから本名は違ったりするものです。

 ところが、岡田さんは本名も 「作太夫」 なんですよ。
 作太夫と書いて、「さだお」 と読みます。
 先代が、読みだけは現代風にアレンジして、息子に命名したようです。


 岡田さんとは、長い付き合いになってきました。
 雑誌や本の取材、はたまた僕が講師を務める野外講座の温泉地としても訪ねています。
 ここ数年は、毎年何かの仕事でお会いしている人です。

 で、一度訊いてみたかった質問をしてみました。
 「どうして、湯宿の湯は、こんなに熱いんですか?」

 草津温泉にしても、万座温泉にしても、源泉は高温ですが、浴槽の湯は適温に調節してあります。
 湯宿だけが、湯元の湯本館にしても、外湯(共同湯)にしても、飛び上がってしまうほどにアツイんでから!

 すると21代目が言うことにゃ・・・
 「温泉の成分が薄まるから加水はしたくない。熱交換式の機械を入れると高いし、すぐに壊れる。昔の人も熱い湯に入っていたのだから、うちは今もこのままです」
 と、キッパリ!
 大した湯守根性です。

 「では、もっと浴槽に注ぎ込む湯量を絞り込んではいかがですか?」
 と訊けば、
 「絞り込むと、今度は湯が汚れて、にごってしまうんです。“熱くてキレイな湯” が湯宿の湯ですから、いつも豊富な湯が注ぎ込まれていなくてはなりません」
 だって~!

 きぃーーー、シビレルねぇ~~!
 伊達に21代も湯守(ゆもり) を続けていませんって。
 これぞ、群馬の温泉遺産であります。


 で、ちゃんと湯に入ってきたのかって?

 ・・・・・・・・・・

 え、あの、その・・・はい、昨晩は宿に着くなりお酒をいただいてしまったもので、酒を飲んで熱い湯に入るのは体に良くないと思い、撮影は断念しました(言い訳ですが)。

 で、一夜明けて、今朝。

 「そろそろ、撮りますか!」
 とのカメラマン氏の脅迫めいた誘いを断れずに、渋々と大浴場へ行きました。

 ご存知、湯本館の大浴場は、完全混浴です。
 それも脱衣場も男女兼用。
 以前、ここでバッタリ妙齢のご婦人と一緒になったことがありましたが、今日は貸切状態での入浴となりました。

 名物、直径4メートルの円形浴槽の縁からは、四方八方へと熱湯(?) があふれ流れています。
 恐る恐る足の指先を入れただけでも、「あっつつつつつーーい!」 と大声を上げてしまうほどに、今日の湯もガチンコであります。
 主人によれば、人がしばらく入らないでいると、45~47度になっているそうです。
 (草津温泉の時間湯じゃないんだからさ、勘弁してくださいよ)

 もう、こうなったら水の出るホースを抱えながら沈むしかありません。
 体中に水をかけながら、いざ、入湯!
 ピリピリピリッと肌に刺激が走り、やがてブルブルッと脳天まで震えが突き抜けて行きましたよ。

 「準備は、いいですか?」
 カメラマン氏の声を合図に、
 「イッセーのセー」 でホースを浴槽の外へ出して、いかにも涼しい顔をしながら肩まで沈みます。

 「もうダメです」
 を連呼しながら、何回かに分けて、撮影を繰り返しました。

 いったい、どんな写真に仕上がりるのでしょうかね。
 今から来春の出版が、待ち遠しいですな。


 湯宿温泉を未体験の方、ぜひ、一度挑戦してみてください。
 群馬の温泉の底ヂカラを知ることでしょう。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:30Comments(6)温泉地・旅館

2012年09月13日

伊香保温泉 「和心の宿 オーモリ」


 “知っているようで知らない温泉”
 “宿の数だけ温泉の物語がある”


 上は既刊 『群馬の小さな温泉』、下は今月15日発行の新刊 『みなかみ18湯〔上〕』 の「あとがき」タイトルです。

 訪ねれば訪ねるほど、知らなかった歴史に出合い、知れば知るほど、悲喜こもごものドラマに出合うものです。
 そして、そんな発見に出合うたびに僕は、「ああ、温泉ライターっていう仕事は、面白いなぁ~」 と、しみじみと思えるのであります。


 今日は群馬が誇る日本の名湯、伊香保温泉へ行ってきました。

 伊香保温泉は、僕ら前橋っ子や高崎っ子にとっては、ホームグランドのような温泉です。
 子供の頃から家族と遊びに出かけ、大人になってからは忘年会や新年会で必ず訪れる最も身近な温泉地であります。

 もちろん、フリーのライターになってからも、たびたび取材に訪れてはいます。
 でもね、最近はイベントや講演に呼ばれて行くことのほうが、めっきり多くなりました。
 今回は、久々の取材です。


 「和心の宿 オーモリ」
 “和心” と書いて、「なごみごごろ」 と読みます。

 3代目主人の大森隆博さんとは、彼が渋川伊香保温泉観光協会の会長をしているということもあり、以前からいろいろな席でご一緒させていただいています。
 とても真面目で、気さくで、聡明な人であります。

 でも今日訪ねたのは、ご主人ではなく、奥様で女将の典子さんです。
 愛称は、「のんちゃん」。
 なぜか、陰では、そう呼んでいます。
 (取材中は、もちろん「女将さん」と呼びます)

 「オーモリ」 は、女将が僕の友人の友人ということもあり、過去に何度か訪ねたことのある宿です。
 でもね、いつもは遊びで寄っているので、仕事で行くのは今回が初めてだったんですよ。

 「あれ、小暮さんはうちの露天風呂に入るの初めて?」
 なーんて女将に突っ込まれるくらい、知っているようで知らない宿だったんですね。


 宿の創業は大正8(1919)年。
 現主人の祖父が、「大森旅館」 として開業しました。
 それ以前は、代々当地で、馬の預かり所を営んでいたといいます。
 明治時代までは、馬車で伊香保温泉を訪れていたんですね。

 でも明治43(1916)年に、渋川~伊香保を結ぶ伊香保電気軌道線が開通したことにより、時代は馬車から “チンチン電車” の時代へと移行していきました。
 初代は、余儀なく職業転換をせざるをえなかったということです。

 「う~ん、まさに温泉地には、宿の数だけ物語があるんですねぇ」
 と、女将の話を聞きながら、改めて温泉宿を取材する楽しさを確認してしまいました。


 取材が終われば、最後は入浴シーンの撮影です。
 えっ、女将のじゃありませんて!
 お約束の著者ヌードであります。

 8階にある展望露天風呂は、標高800メートル。
 伊香保随一と言われるほどの絶景が眼下に広がります。
 カメラマン氏も、「うわ~、凄いですねぇ~! 後ろの山並みを入れて撮りましょう」 と、今回は脚立なんかに上がっちゃって、ヤル気満々であります。

 それにしても見渡す限り、かけ値なしの絶景が広がっています。
 正面に子持山と小野子山、東に赤城山、遠く谷川岳や武尊山までを一望することができます。


 知っているようで知らないこと、群馬の温泉地には、まだまだたくさんありそうですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:53Comments(3)温泉地・旅館

2012年09月12日

湯ノ小屋温泉 「清流の宿 たむら」


 ♪なだらかな坂道を 登りつめた場所で
  君と僕だけを降ろして バスは戻って行く
  わずか二日の小さな旅でも 二人にとっては
  半年も前から 待ち焦がれていた
  見知らぬ町への 二人だけのはじめて旅♪


 この歌は、1984年に僕がリリースしたアルバム 「はじめての旅」 に収録されている、タイトルナンバーです。

 滅多に自分の曲なんて口ずさまないんですけどね。
 なぜか昨日は、宿に着くなり、部屋の窓辺でビールを飲みながら山間の景色を眺めていたら、口をついて、この歌詞とメロディーが 出てきてしまったのであります。

 とにかく、一度は泊まってみたい宿でした。
 一昨年の秋に出版した 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) の取材で、湯ノ小屋温泉を訪れたときから、渓流沿いの高台にポツンと一軒宿のようにたたずむ、小さな宿が気になっていたのです。

 願いとは、念じていると叶うようで、今回、取材で泊めていただくことになりました。


 で、宿に着くなり、全身に鳥肌が立ってしまったのであります。
 「ここだ! 僕の歌のモデルになった宿は!」 ってね。
 デジャ・ヴュ(既視体験) って、言うんですか?
 とても不思議な感覚を覚えました。

 だって28年前に、頭の中のイメージで作った歌の舞台が、今になって目の前に現れたんですからね。
 「ああ、僕は昔、ここの宿をイメージして、あの歌を作ったんだ」 って、素直に納得してしまいました。


 本当に小さな宿なんです。
 客室は、たったの5部屋。
 浴室は、内風呂と露天風呂が1つずつ。
 ともに部屋ごとの貸し切りになります。

 昭和59(1984)年に親戚が開業した 「民宿 たむら」を、現主人の田村今朝雄さん、妙恵さん夫婦が平成2年から引き継ぎました。
 たった2人で、夫婦二人三脚で営んでいる民宿です。
 (※偶然にも、僕がアルバムを出した年に、宿が開業しているんですね。これまた鳥肌が立ちました)

 小さなお宿は、のんびりできるのがいいですね。
 完全に仕事であることを忘れてしまいました。
 湯上がりには、鹿児島出身の女将さんが作る薩摩料理を肴(さかな) に、これまた幻の芋焼酎 「三岳」 なーんていただいてしまいました。
 酔うほどに、旅情が深まる山の宿であります。


 ♪山間の民宿で 夕げのひとときを
  二人過ごすだけの 何もない旅だけど
  部屋に戻った君が 急に無口になって
  深い夜へと 二人消えてゆく
  明日になれば またいつもの都会(まち)暮らし♪
  <『はじめての旅』 より>


 ま、一緒に泊まったのは、いつものオジサンカメラマンですから、歌詞のような出来事はありませんでしたけどね・・・
 でも、たまには、こんな取材旅行もいいものです。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:09Comments(0)温泉地・旅館

2012年09月10日

温泉ライターの味方②


 前回、「温泉ライターの味方」 というタイトルでブログを書いたのは、昨年の9月21日ですから、今年は10日も早かったことになります。

 何が早いのかって?
 はい、毎年恒例の “お礼参り” のことなんです。
 僕は新刊が出版されると、お世話になった団体や個人をお訪ねして、本を渡してお礼を言って回っています。


 読者ならば、すでにお気づきの人もいるでしょうが、僕の温泉本シリーズは巻末の奥付ページに 〔協力〕 という欄があり、毎回必ず記載されている2つの団体と機関があります。

 「社団法人 群馬県温泉協会」 と 「群馬県健康福祉部 薬務課」 です。

 群馬県温泉協会は、僕が温泉ライターになるきっかけとなった団体ですから、当然、ご挨拶に行きます。
 今日も事務局長の酒井幸子先生とお会いして来ました。
 突然訪ねたにもかかわらず、先生は 「あら、もう本ができたのかしら?」 と僕の顔を見るなり、仕事机から駆け寄って来てくださいました。
 「毎回、表紙の写真が素晴らしいわね」
 と、開口一番。そして、あわてて、
 「もちろん、文章も素晴らしいわよ」
 と、僕に気を使ってくださいました。

 先生、ありがとうございます。
 また、出版パーティーの席で、楽しいお酒を飲みましょうね。


 その足で、向かいの群馬県庁14階にある薬務課を訪ねました。
 薬務課との付き合いは、僕が平成19年度の群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」の講師を引き受けた時からです。
 世の中って言うのは不思議なもので、最初僕は、この「フォローアップ研修会」を受講しようと申し込んだのであります。
 ところが、時すでに遅く、定員オーバーで断られてしまいました。
 そしたら、なんと逆に、主催の薬務課から講師の依頼が来てしまったという、なんとも笑い話のようなストーリー展開となってしまったのであります。

 当時、僕を講師に推薦してくれた薬務課のHさんは、すでに転任してしまいましたが、その後も代々の担当者が、毎年、僕の本の出版に際して、協力してくださっています。
 今日は、3代目担当者のYさんとお会いして、束の間の温泉談義を楽しんできました。

 薬務課は、群馬県内の源泉調査を行っている所。
 ですから、毎回、レアでコアな温泉話が聞けるんですよ。
 今日も、温泉の掘削から登録までの手続き話や薬事法にまつわる話、適応症についてなどなど、かなり専門的な話を聞くことができました。
 毎回、本当に勉強になります。


 温泉協会も薬務課も、いわば僕にとっては、温泉ライターを営んでいく上で必要不可欠な存在なんですね。
 強ーーーい、味方なのであります。

 また次回作は、来春に出版されます。
 引き続き、ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:55Comments(2)著書関連

2012年09月09日

ブログの効用③


 「学校の先生が、お父さんのブログを読んでるって」
 中学生の末娘が、学校から帰って来るなり、そう言いました。

 なんとも不思議な感じを覚えました。
 娘の学校の先生が、どんな人か知りませんし、それより、よく先生は僕の娘だと分かったものです。
 温泉好きの先生なのかもしれませんね。
 娘には、「『ありがとう』 って言ってたって言っといて」 と伝えました。


 このブログを始めたのは、2010年の2月からです。
 丸2年半が経ちました。
 その間に、著書を3冊出版したこともあり、少しずつですが読者は増えているようです。
 友人や知人からブログネタについて話を振られることは、開設当初からありましたが、近頃は、初対面の人から 「ブログを読んでます」 と声をかけられることが多くなりました。

 先日も某団体の講話会があり、ゲストで参加してきたのですが、名刺交換の際に 「○○新聞の連載読んでいます」「××テレビ、見てますよ」 に混ざって、「毎日、ブログを読んでます」 と言ってくださった人が、何人かいました。

 新聞や雑誌、テレビやラジオは、不特定多数へ向けて無差別に情報を配信するメディアですから、偶然に僕のことを知ることもあります。
 でもブログは、自らアクセスしなければ、閲覧することができません。
 そう思うと、“毎日読んでいる” 読者がいるということは、ブログの書き手冥利に尽きることです。

 みなさん、ありがとうございます。


 ブログの良いところは、タイムロスがないところです。
 雑誌や新聞だと、掲載されるまでに時間差がありますが、ブログなら今日あったことを今日お知らせすることができます。

 先日、僕は、このブログで知人の写真展へ行って来たことを書きました。
 その写真展の会期は、たったの3日間でした。
 で、僕が行ったのは2日目。
 それでも、3日目の最終日には、僕のブログを見て行った人が、ずいぶんといたそうです。

 まさにブログならではの効力だと言えます。


 そして、“継続は力なり”

 ブログは、読まれて初めて意味を持ちます。
 それには、マメな更新が必要となります。
 なんだか、新聞や雑誌の連載と似ていますね。

 これからも新聞や雑誌で書けなかったホットなこぼれ話を、日々つづっていきたいと思います。
 読者の皆さま、今後ともご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:06Comments(3)つれづれ

2012年09月08日

只今、連載記録更新中!


 今でこそ何本かのエッセーやコラムの連載を持っていますが、18年前に独立してフリーのライターに成り立ての頃は、連載はおろか、1本の執筆依頼もありませんでした。
 タウン誌の編集者時代にお世話になった店や会社を回って、名刺やチラシ、レストランのメニューの注文をいただいて、細々と暮らしていました。

 “せっかく独立してフリーのライターになったのに、これじぁ、印刷屋の営業と変わりないじゃないか・・・”
 そんなジレンマの中で、来る日も来る日も悶々(もんもん)としながら生きていました。

 当時の目標は、とにかく 「連載」 を持てるライターになること!

 どうして連載なのかと言えば、それは “記名” で原稿が書けるからです。
 いくら執筆の仕事があっても、いつまでも無記名原稿の大量生産では、いずれ 「使い捨てライター」 になってしまうと、いつも我が身を案じていました。

 「何でも書きます!」 では、誰でも書ける仕事しか依頼されません。
 僕でなければ書けない記事を書きたい。
 それには、唯一無二のジャンルを身に付けない限り、記名の連載仕事は絶対にやって来ません。


 独立して8年後。
 念願の記名連載がスタートしました。
 当時、前橋市と高崎市内に無料配布されていた 「月刊ぷらざ」 という雑誌でした。
 タイトルは、『癒しの一軒宿 源泉ひとりじめ』 。

 そうです、このブログのタイトルと同じです。
 ブログ開設にあたり、僕は “初心忘れるべからず” の思いを込めて、記念すべき初連載エッセーのタイトルを付けました。

 このエッセーは、2004年4月~2006年9月までに、30回の連載をしました。


 その後、「月刊 Dell-J (でりじぇい)」 に 『源泉巡礼記』 を 48回 (2006年11月~2010年11月)、
 「ちいきしんぶん」 に 『里山をゆく・ぶらり水紀行』 を 29回 (2006年12月~2010年8月)、
 コラムサイト 「ハイハイQさんQさんデス」 に 『温泉で元気』 を 79回 (2011年11月~2012年8月)、
 などを連載しています。

 現在でも、朝日新聞(群馬版) に 『湯守の女房』 を隔週で連載していますが、これは今週で第30回を迎えました。
 また、「ちいきしんぶん」(高崎市のフリーペーパー) では、今年の4月から 『一湯良談 (いっとうりょうだん) 』 という温泉コラムを月刊で連載しています。


 ところが実は、もう1つ、僕は最長連載記録を更新している連載があります。
 それは、エッセーやコラムではなく、パズルなんです!

 「タカタイ」(高崎タイムスの略) という、上毛新聞社高崎支社が週刊で発行している生活情報誌に、なんと!12年以上も前から 『漢字熟語パズル』 を書いているんですよ。。

 「えっ、あのパズルは小暮さんだったんですか?」
 と思った方、ズバリ、あなたは高崎市民だね!(秘密のケンミンショー風に)

 本名ではなく、「スタジオJ」 という屋号で書いているので、気づかない人も多いと思いますが、これが、昨日発行の9月7日号で、ナナナナナ~~ント! 532回という超超長期連載記録を更新中なのであります。
 自分でも数えてみて、ビックリしてしまいました。
 連載がスタートしたのが2000年2月ですから、無理もありません。
 それにしても、よく続いているものだと、我ながら感心しています。


 確かに、連載を複数抱えるということは大変なことですが、これぞライター業の醍醐味(だいごみ) というものであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:56Comments(2)執筆余談

2012年09月07日

群馬の秘湯でナニをする!


 先日、僕の読者と名乗る人から、電話をもらいました。

 なんで、僕の電話番号を知っているのかって?
 どうも以前、イベントでお会いした時に、名刺交換をしたようです。
 その人も、一生懸命に、僕とどこで会ったのかを説明していました。

 で、その人が言うことには・・・
 「以前、小暮様はブログで、温泉旅館のラブホテル化について書かれていましたよね」

 ※(たぶん、2011年11月1日の 『湯に人が集まる温泉』 のことを言っているのだと思います)

 「とんでもない事をしているブログがあるので、ぜひ、小暮様に一度見ていただきたいのです」
 と、やや興奮気味で話し出しました。

 「秘湯の宿をカップルで訪ね歩き、自分たちのセックスを写真に撮って載せているんです。もう、腹が立って、腹が立って! 誰かに、どーにかしていただきたくて、無礼とは重々承知の上、小暮様にお電話をしてしまった次第です」
 と、話の内容の過激さに比べて、いたって本人は紳士的で、とても丁寧な口調でした。

 ※(温泉の貸切風呂でセックスをしてしまうバカップルの話は、僕も以前このブログでも2010年6月21日 『貸切風呂の使い方』 や同年7月4日 『浴場で欲情するべからず!』 で書きました)


 はたして、僕に言われても、どんなことができるのか・・・
 思案するところですが、「そーですか、分かりました。とりあえず、そのブログを見てみましょう」 と言って、電話を切りました。

 彼が教えてくれたタイトルを、検索。
 すると、いきなり、全裸の男女が写し出されました。

 そ、そ、それも! ○○温泉××旅館だ~~!

 なんだと! こともあろうに、群馬を代表する秘湯の宿ではありませんか~!
 それも、そこは、決して貸切風呂などでは、ありませんぞ!

 “混浴風呂だけど、2人のほかに誰もいないので始めちゃいました” だ~?
 バカもーん!


 なによりも驚いたのは、そのバカップル、中年のオジサンとオバサンじゃありませんかッ!。
 世も末の光景を、目の当たりにしてしまいました。
 (見ていて、熱が出そうです)

 電話をくれた彼が、怒り心頭になるのも無理がありません。
 確かに、由々しき光景であります。

 でもね、同時に、こんな疑問も抱いたのですよ。
 なんで、そんなことをするの?って。

 もし仮に、2人の旅の記念に撮るのなら、大事にアルバムに貼っておいたらいいじゃないですか。
 えっ?
 そーいう、趣味の人なんですか?

 だったら、堂々と名前を出して自己主張してもらいたいものですね。

 なんだかネット社会になってからというもの、やたらと匿名(とくめい) で主張する人が多くありませんか?
 匿名なら何でも言って良い、やっても良いと勘違いしていませんかね。


 ぜひ、名前と素性を明かした上で、顔ボカシのない自分たちのセックス画像を公開してくだいな。
 それができないのなら、即刻、ブログを閉鎖してください。

 温泉宿の人や、秘湯を愛する人たちが見たらどんな思いをするか、一度、考えてもらいたいものです。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:32Comments(4)温泉雑話