温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2013年05月31日

不思議な抜け道


 ♪ぼ、ぼ、僕らは路地裏探検隊~♪

 と歌いながら、歩き出したのであります。

 ま、探検隊といっても、隊員は僕とオヤジの2名だけなんですけどね。
 それも、危険な場所は行きません。
 89歳になる老人の体力に合わせた、町内の路地を探して歩き回るだけの探検隊です。

 そーです! 今日は金曜日。
 「おじいさんといっしょ」 の日です。
 毎週金曜日は、オフクロがデイサービスへ出かけて不在になるため、僕が1日、オヤジの面倒を見る日なのであります。


 「さあ、隊長! そろそろ探検へ行きますか?」
 「行こう! 行こう!」
 と、いうことで今日も、お約束の散歩へと出かけました。

 だいたい、いつもは北へ向かって歩くことが多いんですね。
 僕の実家は、前橋市の旧市街地にあるK町です。
 県庁や前橋公園、中心商店街は、みんな北にあります。

 市内には 「マイバス」 という循環バスが走っているので、たいがい帰りは、このバスに乗って帰ってきます。
 ま、交通の便が良いという理由から、散歩といえば、ついつい北へ向かって歩いてしまうのです。


 「ねえ、たまには南へ向かって歩こうか?」
 「ああ、そうしよう」
 「でも、南はバスがないよ。大丈夫? 疲れても、自分の足で帰ってこなければならないんだよ」
 「ああ、分かった。だいじょうぶだ」

 と、隊長の了解を得ることができました。

 実家の南は、住宅街です。
 僕の子どもの頃から比べれば、ずいぶんと町並みも変わりました。
 駐車場ばかりが増えて、長屋などの古い住宅は、ほとんど残っていません。

 「ここは、何があったんだっけね?」

 空き地や駐車場を見ては、オヤジは頭をかしげます。
 僕も、一生懸命に思い出そうとするのですが、なかなか記憶にたどり着けません。
 でも、同級生の家や思い出のある場所だけは、覚えています。


 「じいさん、ここに何があったか覚えているかい?」
 僕が指差した先は、住宅街の一画にある空き地です。
 「なんだっけかな・・・。お店だったような・・・」
 「そうだよ、貸本屋があったんだよ」

 すごく懐かしい記憶ですが、僕が小学校の頃は、マンガは貸本屋で借りて読むものだったのです。
 手塚治虫や石ノ森章太郎のマンガは、みんな貸本屋で借りて読みました。
 どこかの町へ行けば、今でも貸本屋はあるんでしょうかね。


 「この抜け道、まだあったんだ! じいさん、知ってるかい?」

 それは、僕が子どもの頃、通り抜けていた “秘密の抜け道”。
 女子高の塀と民家のわずかな隙間にできいる、細い路地です。
 幅は、約1メートル。
 前から自転車が走ってきたら、すれ違えないほどの狭さです。
 しかも、長さがハンパじゃない!
 学校の敷地の1辺の長さがあるのですから、優に200メートルはあります。

 「ああ、昔、通ったことがある。今でも、あったのか!」
 「通ってみようか?」
 「・・・・・」
 「じいさん、怖いのか?」
 「分かった、行くよ」

 と、隊長の許可が出たので、ぼくら路地裏探検隊は、恐る恐る通り抜けることにしました。

 とにかく、狭いんです。
 隣接する民家の玄関は、すべて反対側の車道に面していますから、住民は生活道路としては使っていないようです。
 でも、その割には、雑草なども生い茂ってなく、誰かが掃除をしているようにもうかがえます。

 と、上を見上げて、驚いた!
 こんな狭い路地には、不釣合いなモノを発見したのです。

 それは、街灯でした。
 それも、1本ではありません。
 この細長い道の上に、等間隔に、配置されているのです。


 「じいさん、分かったかい? なんで、こんなところに街灯がいくつもあるか?」

 すぐに、僕は理由が分かりましたが、ボケ防止にと、オヤジにはクイズにしました。


 みなさんは、分かりますか?
 ヒントは、①住民は使用していないのに、清掃がされている。②隣接する学校は女子高である。


 でもね、オヤジは分かりましたよ。
 「そうか、女子高生が部活で帰りが遅くなったときに使う道だからだ!」
 「ピンポ~ン! だと思うよ」

 ナゾなんて、解けてしまえば、なんでもないことだけど、こうやって、ナゾを探しながら歩く散歩は楽しいものです。


 さ、隊長!
 次回の探検に備えて、午後は昼寝をしてくださいね。
   


Posted by 小暮 淳 at 22:23Comments(2)つれづれ

2013年05月30日

モンスターが来た!


 誰ですかーっ!?

 ♪なんでこんなに 可愛いのかよ
   孫という名なの宝もの♪

 なんて、歌ったのは!


 5月29日、水曜日。
 我が家のリビングに貼られたカレンダーには、大きく漢字一文字で 「か○○」 と書かれています。
 まるで、予言された人類滅亡の日のように、家族全員が、この日が来るのを恐れおののいていたのです。

 「か○○」 とは、何を隠そう、今年の夏で3歳になる孫の名前です。

 「やっぱり、お孫さんて、可愛いですか?」
 と他人に訊かれるたびに、僕は、
 「ええ、まあ、そうですね……」
 なんて、いつも言葉をにごしているのでした。

 だって、だって、だってーーーー!
 うちの孫は、“モンスター” なんですから!

 あの怪物が我が家に来たあとは、まるで竜巻が通り過ぎたよう。
 リビングにあるすべてのモノは破壊され、原型を失うのです。

 それでも、たまに親(長女) に連れられて、遊びに来るくらいならいいんです。
 ムカッときても、まだ 「かわいい」 と思える範疇(はんちゅう) のうちに、連れて帰ってくれますからね。

 でも、昨日は違いました!

 娘夫婦がコンサートへ行くからとかで、我が家で夜遅くまで “モンスター” を預かることになったのです。


 ピンポ~ン

 インターホンが鳴っただけで、緊張が走ります。
 「ジイジ~」 と言って、飛びついて来るまでは、可愛いのですが、その直後、リビングに入った途端、“モンスター” に変身します。

 「お義父さん、お義母さん、よろしくお願いします」
 と、頭を下げたムコを見て、ゲ、ゲ、ゲゲゲゲーーーーっ!

 け、け、化粧をしている!
 ピアスをしている!
 胸をさらけ出して、ネックレスをしているーーーーっ!

 「おいおい、お前たち、なんだ?」
 と問えば、
 「今夜のライブ、ビジュアル系だから」
 と答えた娘の頭が、ス、ス、スッゲーーーことになっています。

 茶髪にワインレッドのメッシュ入り~~!
 に、ど派手メイク顔!

 これが、ワタシたち夫婦が育てた娘と、その娘が選んだムコであります。
 そして、2人の間に産まれたのが、あの “モンスター” だ!


 「ああ、行っておいで。たまには、2人だけで羽を伸ばしておいで」
 なーんて、心にもないことを言って、2人を送り出しました。

 カーーーーン!

 戦いのゴングがなったのであります。
 でも、僕がリビングへもどったときは、すでに時は遅く、新聞は引きちぎられ、CDが散乱し、プレーヤーはひっくり返っていました。


 「ダメーーーーっ!」
 と大声を上げながら、台所へ走る家内。
 「あああ、かーくん、やめて~!」
 という、悲鳴が聞こえます。

 行ってみれば、米びつのスイッチが押され、冷蔵庫の扉が開けられていました。

 でもね、モノなんて、どーでもいいんですよ。
 しょせん、モノなんですから、命はありませんもの。
 ただね、我が家には、約1名、いや、正確には1匹ですが、“モンスター” をこの世で一番恐れている方がいるんですよ!

 はい、ご存知、愛犬のマロ君(チワワ、6才) であります。


 「オイデ、オイデ、イコイコ 」
 なーんていう、甘い言葉にだまされて、近寄ろうものなら、とっ捕まって、シッポをつかまれて、グルグルと振り回されるのであります。
 だから、マロも孫の顔を見るなり、脱兎のごとくゲージの中に緊急避難します。

 ・・・が! 引きずり出されます。

 結局、最後は満身創痍(まんしんそうい) になりながら、家族に助けを求めるのであります。

 もう、目に涙をためて、鼻水をたらし、震えながら、
 「おいら、あのチビ、大キライだよ」
 と言わんばかりの血相で、逃げ回っています。


 ピンポ~ン

 2度目のチャイムは、終戦を告げる幸福の鐘であります。

 グッタリした僕と家内と、おびえているマロ。自分の部屋に逃げ出した次女を見て、娘夫婦も察しがついたのでしょう。
 「お世話様でした。大変だったでしょう。はい、これ、お礼です」
 と、家内と次女にはお菓子が、そして僕には缶ビールが・・・。


 「ふーーーーーーーっ」
 と大きなため息をつきながら、竜巻が通り過ぎたあとの静けさの中で、ビールを飲み干しました。


 なぜか、マロだけが、
 「おいらには、なにも礼がねーのか?」
 と不満顔で、家族の顔を見回していましたとさ。


 ♪なんでこんなに 暴れるのかよ
  孫という名のモンスター♪
   


Posted by 小暮 淳 at 18:55Comments(0)つれづれ

2013年05月29日

白根温泉 「加羅倉館」③


 昨日、約2年ぶりに、白根温泉の一軒宿 「加羅倉館(からくらかん)」 へ行ってきました。
 と、いっても、取材ではありません。
 僕が講師を務める、NHK文化センターの温泉講座 『群馬の名湯・秘湯をめぐる』 の5月講座として、受講生らとバスで訪ねてきました。

 “白根” と聞くと、どうしても草津白根山を思い浮かべる人が多いようです。
 現に、昨日も、「先生、今日は草津方面の温泉ですか?」 と勘違いしている生徒さんがいました。
 無理もありませんね。
 県内でも、なかなかマニアックな温泉ですから、一般の人は、こんな講座で行かない限りは知るよしもありませんって。

 で、白根温泉の “白根” とは、日光白根山のこと。
 「加羅倉館」 の “カラクラ” とは、日光白根山系の加羅倉尾根のことであります。
 宿は、この尾根のふもとを流れる大滝川沿いにあります。


 白根温泉の開湯は古く、すでに江戸時代には湯治場として栄えていました。
 かの放浪の歌人、若山牧水が大正時代に訪れたことは有名で、著書の紀行文 『みなかみ紀行』(大正13年) では、最後に訪ねた上州の温泉として記載されています。
 当時は、まだ数軒の木賃宿があったようですが、現在は昭和5年創業の 「加羅倉館」 ただ1軒となっています。


 「みなさ~ん、いいですか! まず着いたら、川と道路をはさんだ宿の対岸にある浴室棟を見てくださいね~! 半分が地面に埋まっている “半地下構造” になっています。これは、かつて、ここが競走馬の温泉治療場だった頃の、名残なんですよ」
 とかなんとか、講師っぽく、説明をしながら全員で浴室へ。

 湯は、けれんみのない生真面目な弱アルカリ性の単純温泉。
 毎分600リットルという豊富な源泉が、ドボドボと掛け流されています。

 一見、うたせ湯に見える、壁の上方から落ちている湯の滝は、湯口です。
 うっかり触れると、やけどをしてしまいすまから、注意!
 実は、これは、腕のいい湯守のいる証拠なんです。

 源泉の湧出地より、浴槽のほうが低い位置にあるんですね。
 だから、高い所から滝のように源泉が、浴槽へ注ぎ込まれているんです。


 で、特筆すべきは、すべての給湯に、動力を使っていないということ!

 保有している源泉の数は、13本。
 なのに使用している源泉は、たったの4本です。
 1本は男風呂、1本は女風呂、1本は厨房(ちゅうぼう)。
 で、もう1本はというと・・・

 これが、なんと、シャワーなのであります。

 シャワーに源泉が使われている温泉宿というのは、群馬広しといえども、大変珍しいことです。
 し、し、しかも!
 一切の動力を使わずに、圧力を加えるだけで浴室まで給湯しているという妙技!

 あっぱれ!であります。


 帰りには、大滝川に架かる橋の上から、ご主人の入澤眞一さんと、奥様の澄子さんが、僕たち一行を見送ってくださいました。
 ありがとうございます。

 また、今度は、取材で伺いますね。
 そのときは泊まりますので、ぜひ、また一緒に酒を酌み交わしましょう。
 それまで、お元気で!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:54Comments(2)温泉地・旅館

2013年05月27日

死して残すもの


 そうだ、たまには電車で行ってみよう!

 と、てくてくと最寄りの駅まで、歩いたのであります。
 構内の立ち食いそば屋で、ササッと昼食を済ませて、ホームで電車を待ちました。

 夜、酒を飲みに行くために電車に乗ることはあっても、昼日中のこの時間帯に電車に乗るのなんて、何年ぶりでしょうか?
 学生時代は、毎日、電車通学をしていましたから、とっても懐かしい光景であります。

 電車を降りたのは、JR高崎駅。
 目指したのは、東口のヤマダ電機。

 いや、別に、家電を買いに行ったわけじゃないんですよ。
 2階の特設会場で、今日から開催されている絵画展に、お祝いの言葉を届けに行って来たのであります。


 『故・唐沢政道パステル画 遺作展』
 昨年4月に、惜しまれつつも他界してしまった唐沢画伯の絵画展です。


 着いたのは、まるで計ったように開場の午後1時ジャスト!
 もちろん、一番乗りです。
 よって、芳名帳の記入も、僕が一番最初でした。

 「おーい、みんな、温泉ソムリエの小暮さんが来たよ~」
 とは、主催者の池田壹臣さん。
 ※注(僕は、温泉ソムリエではありません)

 池田さんは、僕が編集を務めた 『新・ぐんまカルタ』 (ぐんまカルタ制作実行委員会) の代表であります。
 故人の唐沢画伯との出会いは、池田さんなくてはありえませんでした。
 『新・ぐんまカルタ』 の取り札の絵は、すべて唐沢画伯の描画です。


 「小暮君、自分の生き方を貫こうとすれば、それは常に3分の1の敵を持つということだよ」

 これは、生前、画伯が飲み屋で、僕に教えてくれた “人生訓” であります。
 ※(当ブログ、2010年12月18日 「3分の1が敵」 参照)

 会場には、70点を超える作品が、展示されています。
 独特な画法による、身近な風景や花々が、鮮やかなパステルで描かれています。
 独特な画法とは、指で描いたボカシのマジック!

 なかでも、「水」 と 「光」 の描写は息をのむほどに美しいのであります。
 ぜひ、自分の目で、その画法を確かめてみてください。


 ふと、入口の生花に目をやると、見覚えのある名前が・・・

 “江原啓之” 

 そう、スピリチュアリストの江原さんです。
 江原さんは、画伯の教え子なんですね。
 高等学校のデザイン科で、教師と生徒の関係だったといいます。
 生前には、恩師との対面で、一緒にテレビ番組にも出演していました。

 “故・唐沢政道先生へ”

 そう書かれた文字が、来場者の目を引いていました。



    『故 ・ 唐沢政道パステル画 遺作展』

 ■会 期   2013年5月27日(月) ~ 6月2日(日)
          10時~18時 (最終日は17時まで)
 ■会 場   ヤマダ電機 2階特設会場
          JR高崎駅東口すぐ
 ■問 合   TEL.090-9387-5480 (池田)
   


Posted by 小暮 淳 at 19:29Comments(0)つれづれ

2013年05月26日

I Wanna Be Free


 「ああ・・・、やっぱりねぇ・・・」
 「えっ?」
 「いえ、イメージどおりの人だなって」
 「僕?」
 「ええ、やっぱり自由人でした」

 自由人?
 地球人、日本人、上州人ではなくて、自由人ですか?


 先日のイベントでの出来事。
 著書にサインをしている時、読者と名乗る婦人からかけられた言葉です。

 僕の何が、“自由人” と映ったのでしょうか?
 風貌ですか?
 でも別に、肩にかかるほどの長い髪を束ねたヒゲ面で、作務衣を着ていたわけではありませんよ。
 ふつうに、ジーンズにTシャツとジャケット姿でした。
 一般の50代半ばのサラリーマンよりは、ロン毛で若ぶった格好かもしれませんが、それと “自由” とは異なります。

 ま、彼女が、初対面で僕を見て、「イメージどおりの自由人」 と感じて喜んでくれたのですから、僕にとっても喜ばしいことだと、そのときは納得しました。


 でもね、その日から、ずーっと、この 「自由人」 という言葉に、脳の中が占領されてしまったんですよ。
 <はたして、本当に僕は自由に生きているのだろうか?>
 ってね。
 自問の日々です。

 思えば、僕の自由への飽くなき挑戦は、10代から行動として現れていました。
 尾崎豊の歌詞のように、学校生活に対しては “支配からの卒業” ばかり考えていたし、現に、“校舎の窓ガラス” は割らなかったものの、高校の校舎を占拠して机やイスでバリケードを作り、籠城(ろうじょう) したこともありました。

 20代は、“就職が決まって髪を切ってきた” ヤツラを横目に見ながら、フリーターを続けていたし、結婚しても飽くなき “自由へのあこがれ” は消えませんでした。
 “結婚を理由” に夢をあきらめたヤツラを軽蔑しながら、日本国内やアジアの国々を旅していました。


 30歳の時、家内が妊娠。
 さすがに、何か仕事をしなくてはと、初めて勤めた会社が雑誌の編集社でした。
 でも、それも、生涯の仕事とは思えなかった。
 何より、サラリーマンという生活が、窮屈で窮屈でならなかったんです。

 決まった時間に出勤して、決まった日に給料をもらって、毎日毎日、同じ職場の人間と顔を合わせていることに、うんざりしてしまいました。

 「オレの価値は、タイムカードじゃ計れねーんだよ!」
 「バカな上司に下げる頭は、ねーつうの!」
 「2度と、ネクタイを締める生活はしない!」

 そんな捨てゼリフを吐いて、一か八かで飛び込んだのが、現在のフリーライターという世界でした。


 でもね、“自由” を手に入れたかというと、はなはだ疑問であります。
 確かに、上司も部下も、出勤時間もありませんが、そのぶん、安定と保障がありませんものね。

 「でも、ストレスがないでしょう?」
 なーんて言う人がいますが、どっこい!あるんですよ。
 人間関係のストレスはありませんが、“貧困による生活苦” からくるストレスです。

 ま、でも、これも慣れてくると、僕も家族も、だんだん心臓に毛がモジャモジャと密林のように生えてきて、役場から差し押さえをくらっても、「平気の平左」 になってくるものです。

 じゃあ、ストレスなんかないじゃないかって?

 う~ん、だから、僕は、もっともっと、自由がほし~いんですよ!


 I Wanna Be Free 
 「自由になりたい」

 1966年、アメリカのアイドルグループ、ザ・モンキーズが歌った曲です。

 小学生の頃、お年玉を貯めて買った卓上のレコードプレーヤーで、擦り切れるほど聴いた大好きな歌でした。


 この歳になっても、やっぱり、「一番欲しいものは?」 と訊かれれば、僕は 「自由」 と答えてしまいます。

 I Wanna Be Free !ってね。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:54Comments(2)つれづれ

2013年05月25日

温泉宿のラブホテル化


 「小暮さん、読みましたよ。さすが、朝日さんだ。うちじゃ、まず掲載できない記事ですよ」
 と、声をかけてきたのは、某新聞社の某局長さん。

 なんのことを言っているのかといえば、今週、22日に朝日新聞の群馬版に掲載された記事のことです。
 僕は、今年の4月から毎週水曜日に、『小暮淳の温泉考座』 という温泉コラムを連載しています。

 で、第8回となる今週のテーマが、「温泉宿のラブホテル化」 でした。


 文章の書き出しは、某温泉旅館で僕が取材中に経営者から聞いた宿泊客のエピソードから始まります。
 内容は、近年、若い男女が貸切露天風呂でセックスをしてしまい、女性のあえぎ声が大きくて、近所から苦情が寄せられているというもの。
 加えて、「部屋にスキンが置いてない」 という客からのクレームも増えている、という現状を書いています。

 なにが、「さすが、朝日さん」 なのか?
 要は、その文章の内容と描写にあります。

 雑誌ならば、セックスやスキンという言葉は、なにも問題になりませんし、“温泉宿のラブホテル化” というテーマ自体も、問題はありせん。
 でも、新聞は違います!
 セックス描写は、ご法度(はっと)であります。


 で、僕は、原稿執筆の段階で、掲載可能かどうか、新聞社に内容のお伺いを立てました。
 「うちは大丈夫ですよ」
 との返事でしたが、やはり筆者としても、できる限り “セックス”や“スキン” という言葉は使いたくありません。

 内容は変えずに、表現を変える。

 結果、セックスは、<平気で風呂の中で始めちゃう>。
 あえぎ声は、<声がうるさいって、近所から苦情が来る>。
 スキンは、<避妊具が置いてない>という言葉に置き換えました。

 それでも、掲載までには、問題があったようです。
 何度も、校正をやりとりする間に、「見出し」 が二転三転しましたものね。

 結局、最終的には、「貸し切り露天ぶろ」「湯、純粋に楽しんでほしい」 という見出しに落ち着きました。
 これならば、内容を読むまでは、セックスのことが書かれているとは、分かりません。


 ま、それにしても、朝日新聞社の勇気ある掲載には、毎度毎度、感謝しております。
 このコラムは、回を重ねるごとに、徐々に過激なテーマへと足を踏み入れて行きます。

 ちなみに次回、5月29日掲載のテーマは、「もう1つの泉質」 と題して、塩素消毒による人体への影響について。
 6月5日掲載では、「消える自然湧出温泉」 と題して、地熱発電や温泉掘削の陰で、実は姿を消している自然湧出温泉があることを指摘します。

 温泉を愛すれば、愛するほど、いつか、誰かが、本当のことを言わなければならないと思っています。
 乞う、ご期待!
   


Posted by 小暮 淳 at 18:38Comments(2)執筆余談

2013年05月24日

エベレストに登れなくても


 ハー、ハー、ハー・・・

 信号待ちのたびに、肩で大きく息をしながら、民家の塀やガードレールに寄りかかるオヤジ。
 両手でステッキを握り締め、弱音を吐きます。

 「だんだん、歩けなくなるね。前は、こんなじゃなかったのに……」

 僕の父は、大正13年生まれ。
 今年の9月で、89歳になります。
 視力と聴覚と脳は、かなり衰えていますが、足腰だけは丈夫です。

 今日は、恒例 「おじいさんといっしょ」 の日です。
 オフクロがデイサービスへ行く日なので、毎週金曜日は、僕がオヤジの面倒を看ています。


 「暑さのせいも、あると思うよ」
 「……そうかなぁ」
 「そうだよ。今日は無理をしないで、もう帰ろうか?」
 「だいじょうぶ。これで、歩かなくなると、本当に歩けなくなってしまう」
 「そうだね。じゃあ、もう少し、頑張って歩こう! ほら、信号、青になったよ」

 そう言って、薫風が通り抜ける、前橋駅前通りのケヤキ並木を歩きました。

 「大きくなったなぁ~、このケヤキの木」
 オヤジが、まぶしそうに目を細めながら、天を仰ぎます。
 「昔は、ムクドリの大群がやって来ていたよね」
 「そうだった、そうだった。どこへ、行ったのかな~」

 元・野鳥の会会員のオヤジは、なつかしそうに当時の記憶をたぐり寄せて、ムクドリの生態について話してくれました。


 駅前のスーパーマーケットで、昼食の惣菜を買って、帰路をたどります。
 5月とは思えない、強い日差しが舗道の2人を照り付けます。

 「じいさん、大丈夫か? 歩けるかい?」
 「ああ、だいじょうぶだ」

 「そうそう、冒険家の三浦雄一郎が、エベレスト登頂に成功したよ。史上最高齢だって」
 「へぇ~、何歳だい?」
 「80歳だってよ」
 「そりぁ~、すごい!」

 「じいさんだって、負けてられないよな」
 「・・・・・・」
 「エベレストは無理でもさ、かつては、赤城山と榛名山の全峰の頂上を制覇したんだものな」
 「ああ、そうだ。そうだ」

 今でも、これはオヤジの自慢なんです。

 「三浦雄一郎が、ねぇ……。うれしいね」
 「年齢は80歳でも、筋肉は40歳なんだってさ。すごいよね」
 「すごい、すごい」

 「やっぱり、じいさんも、負けてはいられないよね」
 「・・・・・・」


 ま、いいさ。
 三浦雄一郎には勝てないけど、負けてはいないって。
 89歳で、毎日、2時間の散歩ができる老人なんて、きっと全国にだって、そんなにはいないと思うよ。

 エベレストには登れなくても、町内一の “健脚じいさん” であることは間違いない。
 それで、いいじゃないか!
   


Posted by 小暮 淳 at 21:00Comments(0)つれづれ

2013年05月23日

お天道さまが見ている


 昨夜は、前橋市の群馬県公社総合ビルホールにて、ライフプラン21主催による 「公開人脈づく全体交流会」 が開催され、僕はゲストスピーカーとして出席してきました。


 ライフプラン21とは、ファイナンシャル・プランナーや弁護士、弁理士、公認会計士、司法書士・・・など、約650名が活動している専門家たちのネットワークです。
 僕は、ここの 「ぐんま温泉倶楽部」 の顧問をしています。

 昨夜も、温泉好きの本多輝雄代表のご厚意により、会場では著書の販売をしていただきました。
 今回は、“公開交流会” ということで、一般参加が可能だったため、県外からもたくさんの人たちが来場してくださいました。
 また、このブログでも告知したため、わざわざ本を買いに来てくれたブロガーもいらっしゃいました。
 ありがとうございます。

 最近は、著書へのサインだけでなく、なかには 「握手をしてください」 と言われる方が時々いて、僕のほうがドギマギしてしまいます。
 何を隠そう、僕は汗っかきなんですよ。
 だから、手のひらだって、いっつもウエット状態ですから、読者の方に不快感を与えてはいけないと思うと、もう、あせりまくるわけです。
 ま、それでも、こんな手でよければ、握手くらいお安い御用であります。

 本をお買い上げいただいた読者のみなさん、本当にありがとうございました。


 ゲストスピーカーといっても、持ち時間は10分間。
 テーマは、「なぜ、温泉ライターになったか?」。
 温泉の話が聴けると思って、来てくださった方、ごめんなさいね。

 僕以外にも、ドクターヘリの医師や、登山ガイドなど、12人のスピーカーが各自の仕事に対する思いや体験談を話されました。
 そのなかに、釘島伸博さんという弁護士がいました。
 その方のスピーチの、ある言葉に心が引き寄せられました。

 「戦後、日本人は、目に見えないものを信じなくなった」
 というのです。

 確かに昔、親や周りの大人たちから、こんなことを言われた記憶があります。
 「人が見ていなくても、お天道さまが、ちゃーんと見ているんだからね」

 釘島さんも、この 「お天道さま」 の存在を強調していました。
 現代、子どもたちの万引きやいじめが増加しているのも、目に見えないものの存在を信じなくなったからだと・・・


 ふ~ん、なるほどね。
 温泉にも、当てはまることかもしれません。

 「霊験あらたか」 だった温泉は、医学や医薬の進歩とともに、“迷信”や“信心” の世界へと追いやられてしまいました。
 事実、現在では温泉の効能として、特定の病名を挙げることは、薬事法違反になってしまいます。

 根拠がない!ということです。


 実は、今回、僕は著書の中で “血圧が下がった” と表現しています。
 これに対して、某機関からクレームが付きました。
 「温泉の成分には、血圧を下げる作用の物質は含まれていない」
 とのことでした。

 てやんでぇ~!
 化学的にどうとか、医学的にどうとかは、知ったこっちゃねありませんって。
 とにかく、僕の血圧が下がったんですよ!
 これは事実であり、著者の体験なんです。

 と、お伝えしました。


 目には見えないものの力・・・

 確かに、昔の日本人は、もっと信じていたように思います。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:11Comments(4)講演・セミナー

2013年05月21日

死んでもおかしくない②


 「いつも 『おじいさんといっしょ』 を楽しく読んでます」
 「お父様のお話を、エッセーにまとめて出版したらいかがですか?」

 なんて、声をかけられることが多くなりました。
 なんのことかといえば、このブログで、たびたび僕が書いているボケ老人のオヤジ話です。

 この間も、「この菓子は、まったく味がない」 と言いながら、お麩(ふ) を金魚みたいにパフパフしながら食べていましたからね。
 “ボケ” というのは、考えようによっては、実にコミカルで、愛すべきキャラにも映るのです。
 だから、文章にもしやすい。
 よって、ついつい僕も、オヤジばかりブログに書いてしまうわけです。


 でもね、僕には、オフクロもいるわけです。
 昭和2年生まれですから、今月の誕生日が来れば満86歳になります。
 体重なんか、40キロもない、骨と皮だけの小さな小さなおばあさんだけど、なんとか家事や炊事をこなしながら、オヤジの面倒を見てくれています。

 86歳といえば、世界一長寿国の日本の女性の平均寿命であります。
 86歳で平均なんですから、本当に、この国は長寿国なんだと、実感します。

 やっと、平均・・・
 でもね、僕ら家族にしてみれば、奇跡のようなオフクロの命なんです。


 だって、僕が子どもの頃のオフクロは、いっつも病院のベッドの上でしたから。
 病弱で、“病気のデパート” だなんて言われていたくらいです。
 だから運動会などの学校行事では、ずいぶんと淋しい思いをしましたよ。
 みんなのうちは、お母さんとお弁当を広げているのに、僕は祖母でしたもの。

 「ワタシが悪いんだよね。あんなに体の弱い娘を産んじゃったからさ」
 なーんて、亡くなった祖母は、よくグチをこぼしていましたっけね。


 今日、実家に寄ったら、オヤジとオフクロがデイサービスに行っている、老人ホームの担当者が来ていて、なにやら書類を置いて行きました。
 何気なく目をやると、ホームに提出する書類でした。
 オヤジのは、これといって目を引く項目はなかったんですけど、オフクロのには、ビッシリと過去にやった病気や手術のことが書かれていました。

 現在の欄にだって、「高血圧」「心臓病」の文字が・・・


 「ばあさんよ、良く生きてるな?」
 と、僕がイヤミっぽく言えば、
 「本当だよね。いつ死んでも、おかしくなかったもの。平均寿命まで生きれるとは思わなかったよ」
 と、うれしそうです。

 「覚えているかい? オレが結婚して、間もなくの頃さ。旅先で倒れて! あわてて金沢の病院まで駆けつけたことがあったよな」
 と言えば、
 「それが、あんまり覚えていないんだよね。気が付いた知らない病院のベッドの上で、なぜか、お前とお父さんがいたんだもの(笑)」

 幸せな人だと思う。

 本人にとっては、つらい日々や、くやしい事が、多々あったはずなのに、こうやって笑いに変えられる人生なのだから・・・。


 もう、なんでもいいからさ、ここまで生きたら、好きなだけ生きてくれよ。
 ただし、オヤジより1日でも長く生きることが条件だぜ!

 ばあさん、その約束だけは、守ってくれよな。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:57Comments(3)つれづれ

2013年05月20日

里山は今が旬!


 2011年1月に出版した 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』(上毛新聞社)。

 今年も、また、この時季に売れているんですって!
 前橋市の煥乎堂書店のリサーチによれば、現在、月間売り上げベスト20位に、この 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』 がランクインしています。

 おおおーーーっ! 
 忘れた頃に、この知らせは、うれしいじゃ、あ~りませんか!
 (目指せ、夢の印税生活!)


 で、なぜ、この時季になると、この本が毎年、売れるのか?

 はい、実は、里山は今が、ベストシーズンなのであります。
 花が咲き、緑が芽吹き出す春先~初夏は、低山歩きには、打ってつけの季節です。
 これが、7月~8月になると、標高の低い里山は、もう、暑くて暑くて、登山には向きません。

 と、いうことで、手軽に山歩きを楽しみたいという人たちが、毎年、この時季になると、僕の本を買ってくださっているみたいですね。
 ありがとうございます。


 著書の中でも書きましたが、僕は物心がついた頃から、山を歩いていました。
 それは、父が、「日本野鳥の会」 の会員だったからです。

 ええ、そうです。
 当ブログで、おなじみの、あの、ボケ老人です!
 さすがに現在は、高齢が過ぎて山歩きはやめてしまいましたが、それでも80歳まではジープを走らせて、県内所狭しと、野鳥の観察や調査に出かけていましたよ。

 ま、僕も、そんなオヤジに育てられましたから、大人になって、所帯を持ってからは、毎週末は家族で山歩きを楽しんでいました。
 我が家のしきたりとして、子どもたちは全員、3歳になったら “山デビュー” をさせました。

 実は、今年、孫が3歳になるんですね。
 いよいよ、親子孫の “3代登山” が実現するかもしれません。


 ただね、著書にも書いたんですけど、
 <我が子の成長と我が身の老化とともに、山の楽しみ方も変化していった。もっと楽に、もっと気楽に、そして自由に、里を歩くように山を歩いてみたくなった>
 んですよ。
 その結果が、鉄道の駅やバス停から歩いて登る “里山歩き” になりました。

 一般的に登山というと、車で登山口まで行き、いきなり山道を歩き出します。
 そして、目指すのは “山頂” です。

 いわゆる 「ピークハンター」 といわれる登山です。

 これは、これで楽しいんですよ。
 でもね、なんだか僕は、もっと歩くこと自体を楽しみたくなってしまったんですね。

 そう、散歩よりは歩きがいがあり、登山ほどは苦しくなく、ちょうどハイキングとウォーキングの中間くらいの距離と疲労と満足が得られる “里山” の魅力にハマってしまったんです。

 駅から商店街を抜けて、途中で国道沿いのコンビニに寄って、ドリンクと食料を買い込んで、田畑の中を歩き、登山口を目指す。
 標高は、たかだか数百メートルの低山です。
 登山口から山頂までは、ほんの1~2時間の距離。

 頂上では、キューッと1本缶ビールを飲みながら昼食をとり、下山後は、汗を流せる入浴施設を探して歩きます。
 風呂上りは、電車の時刻まで、ただひたすらにビールを飲み続けます。

 これが、電車とバスで行く里山の旅なのであります。


 さあ、みなさんも、いかがですか?
 車で行ったら、数時間で登れてしまう小さな山を、丸1日かけて、ゆっくり、のんびりと歩いてみませんか!
  


Posted by 小暮 淳 at 18:47Comments(4)著書関連

2013年05月19日

騒動の結末


 「おんせん県」不認可
 大分不認可は「妥当」


 一昨日、一斉に新聞やテレビが報道した、大分県の「おんせん県」問題の結末。
 答えが出たようですね。

 <大分県が特許庁に申請していた 「おんせん県」 の商標登録が、他県にも当てはまるとの理由で認められないことが16日、同県への取材で分かった。>5月17日付の上毛新聞より

 具体的な理由としては、 
 ①他県が過去に 「温泉県」 の表記を使用していた。
 ②名称が 「多くの温泉がある県」程度の意味合いしか持たない。
 などが、指摘されたといいます。

 ま、「やっぱりね」 というのが、僕の正直な感想です。
 ただ、腑に落ちない思いも残りました。

 「この騒動がきっかけで、大分県に対抗する温泉地として群馬県がたびたび取り上げられるなどPR効果があった」
 との声が県民からは多かったようですが、真相はいかがなものでしょうか?

 そもそも、なぜ、こんな騒動が起きたのか?という論争が、まったくされなかったことに対して、僕は溜飲が下がらないのであります。


 だって、そもそもの発端は、香川県の 「うどん県」 からですよ!

 昨年の11月、大分県が 「おんせん県」 の申請をしたときに、僕は、このブログで書いています。
 発想と手口が、中国のコピー商品やパクリ問題と同じだと!
 ※(当ブログの2012年11月16日「自称、おんせん県」参照)

 大分県は、2匹目のドジョウを狙ったわけですから、もし、今回、特許庁がこれを認めてしまったら、3匹目も4匹目も・・・100匹くらいは出てくることになってしまったのです。
 ま、水際で食い止めたということでしょうか。

 問題は、なぜ、そんなにネーミングの独占にこだわるのか?です。
 ズバリ、お金ですかね。

 香川県の場合は、自他共に認める 「うどん県」 だったから、問題にならなかったということですか?
 でもね、10年後、20年後も、日本一の 「うどん県」 でいられるかは、分かりませんよ。
 現に、餃子の消費量は、この数年で宇都宮市(栃木県) から浜松市(静岡県) に入れ替わったじゃないですか!

 やっぱり、“自称” は、いけません。
 だって、“自称” がまかり通ったら、財力と権力に支配されてしまうじゃありませんか。


 僕は、今回の騒動で一番冷静だったのは、草津温泉だったと思います。

 <日本一は自分で名乗るものではなく、認めてもらうもの>観光協会
 と、すでに昨年の11月の段階で、このコメントをしていますからね。

 さすが、天下の草津温泉。
 あっぱれ!です。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:05Comments(0)温泉雑話

2013年05月18日

25年後のサプライズ


 人生には、時として、「これは今日まで真面目に生きてきたことへの、神様からのプレゼントじゃないのだろうか」 と思えるようなサプライズが起こるものです。


 先日、このブログでも、僕の著書 “群馬の温泉シリーズ” 第6弾の出版が決まり、第1回目の企画編集会議が開かれたことは書きました。
 実は、人生のサプライズは、 この会議の席で起こりました。

 出版部長より、次回作の担当者の発表がされたのです。
 その、新しい担当者が、な、な、なんと! T君だったのです。

 T君は、僕の中学~高校の同級生。
 しかも、ともに抱えきれないほどの夢を持って、東京へ出て行った “夢見仲間” だったのです。

 「よろしく!」
 「ああ、よろしく!」

 この時、お互いの脳裏をよぎったことは、たぶん同じです。
 “これで、また2人で飲み歩ける” と・・・


 1988年、初春。
 結婚はしていましたが、相変わらず職には就かずに、ミュージャンを気取っていた頃でした。
 何を血迷ったか、僕は、突然、妻を家に置いたまま、日本列島一周の旅へと出かけます。

 山口県山口市。
 旅の途上にて、ある日突然に、宿の電話が鳴り、声の主はT君でした。
 その頃、T君は、やはり僕同様に “夢敗れて都落ち” して、地元の新聞社に就職していました。


 「急にあさってから2日間、休みが取れてね。どこかで会えないか?」
 これが、彼からかかってきた電話の用件でした。

 そして2日後、僕らは、島根県出雲市で、再会を果たします。


 「若さ」 とは、「バカさ」 なんですね。
 僕の旅が終わってから、地元でゆっくり会って、酒を酌み交わせばいいものを、それではつまらない。
 若い頃は、人生のスパイスとなる、サプライズがほしいんです。

 もちろん、その晩は、出雲市内に宿を取り、2人で知らない街を歩きながら、飲み明かしました。

 で、その旅を終えた僕は、出雲市での出来事を小説に書いて、新聞社へ送ったんです。
 そ、そ、そしたら、見事、入選!
 新聞紙上に掲載されたんですね。

 そのことが、きっかけとなり、僕は音楽から文筆の世界へと入って行ったのであります。
 いわば、T君は、僕に文章を書かせた、人生の “夢先案内人” だったのです。
 ※(小説の内容については、当ブログの2010年11月21日 「出雲市15時48分」 参照)


 「出雲市」
 と僕が言えば、彼が、
 「15時48分!」
 と叫び、生ビールのジョッキとジョッキが、ぶつかり合いました。

 「よろしく!」
 「こちらこそ、よろしくお願いします。先生」
 と、言って大笑いします。
 「勘弁してくれよ、『お願いします』 も 『先生』 も余分だよ」
 と、僕が返せば、
 「いえいえ、先生は、うちのベストセラー作家ですから、これからもジャンジャン書いていただかないと」
 そう言って、またしても2人で爆笑しました。


 昨晩は、シリーズ第6弾の制作スタートを記念して、スタッフ懇親会が開かれたのでした。

 あれから25年。
 四半世紀が過ぎました。


 人生って、本当に、不思議です。

 また、こうして、キミと夢を追いかけられるなんてね。

 T君、あの頃見ていて、夢のつづき・・・

 もう一度、一緒に見ようじゃないか! 
    


Posted by 小暮 淳 at 16:46Comments(0)酔眼日記

2013年05月16日

22世紀に残したい群馬の温泉


 <政府は、日本文化を海外に売り込む 「クールジャパン戦略」 の一環として 「日本遺産」 の創設に向けた検討を始めた>
 んですってね。
 昨日の新聞は、各紙一斉に “ 「日本遺産」 を創設 ” の見出しを付けていました。

 なんでも、
 <ユネスコ世界遺産の 「暫定リスト」 に記載されている国内候補の海外での知名度をアップさせ、世界遺産登録につなげたい考え>
 なんだそーです。

 ふ~ん、なるほどね。
 それで、地元群馬のJ新聞は、1面トップで取り上げ、「富岡製糸場」 の名前が大きく踊っていたわけです。

 現在、世界遺産の国内暫定リストには、富岡製糸場のほか、先日、登録がほぼ確実となった 「富士山」、「鎌倉」「彦根城」「佐渡鉱山」 など13件が記載されているとのこと。


 で、毎度のことですが、世界遺産にも、日本遺産にも、「温泉」 がノミネートも登録もされていないという矛盾!
 いや、不満!
 いやいや、憤怒!

 以前、このブログでも <群馬の温泉を 「世界温泉遺産」 に推薦します> と書いたことがありましたが、あらためて、今回は「日本遺産」 に、群馬の素晴らしい温泉遺産を推薦したいと思います。

 ☆草津温泉の湯畑をはじめとする源泉群と草津白根山の湯釜周辺
 ☆伊香保温泉の石段および石段街
 ☆四万温泉の日向見薬師堂と積善館本館および湯殿建築
 ☆法師温泉の足元湧出源泉と本館および湯殿建築
 ☆六合温泉郷、尻焼温泉の川風呂と奥草津温泉の穴地獄およびチャツボミゴケ群生

 以上を、はなはだ個人的ではありますが、22世紀に残したい群馬の貴重な温泉遺産として、「日本遺産」 に推薦いたします。

 いかがでしょうか?
 本当は、もっと推薦したい温泉はあるんですけど、それは、またの機会に発表します。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:39Comments(2)温泉雑話

2013年05月15日

故・唐沢政道 遺作展


 8人が7人になり、6人になってしまいました。


 先日、『新・ぐんまカルタ』 の総会があり、出席してきました。
 『新・ぐんまカルタ』 とは、2008年に、僕ら8人の有志が集まって制作、発行した新しい群馬県のカルタであります。
 ※(発足理由については、当ブログの2010年12月18日 「3分の1は敵」 を参照)

 “僕ら8人” とは、「ぐんまカルタ制作実行委員会」 のこと。
 年齢も職業もバラバラ。
 代表の池田壹臣氏の発案に賛同した精鋭8人でありました。

 「ありました」 と過去形なのは、カルタ発行以降、すでに2人のメンバーが他界しているからなのです。
 実は、僕が、たった1人の50代。
 他のメンバーは、すべて60代、70代~なんです。


 昨年4月、主力メンバーだった前橋市出身の画家、唐沢政道氏(さいたま市) が死去されました。
 享年、67歳。
 病気と闘いながらも、最後まで意欲的に絵を描き続けていました。
 『新・ぐんまカルタ』 の制作では、取札の描画を担当してくださいました。
 ※(唐沢氏とのエピソードは、当ブログ2012年12月10日 「カルタの季節」 を参照)

 と、いうことで、一周忌を迎えた今月。
 遺族の厚意と協力のもと、唐沢氏の遺作展を開催することになりました。
 会期中、会場では約50点のパステル画を展示。
 安価にて、即売をいたします。

 たくさんの方の来場をお待ちしています。



     『故・唐沢政道パステル画 遺作展』

 ●会 期   2013年5月27日(月)~6月2日(日)
          10時~18時
          (初日は13時~、最終日は17時まで)
 ●会 場   ヤマダ電機 2階特設会場
          (JR高崎駅東口すぐ)
 ●問 合   090-9387-5480(池田)
  


Posted by 小暮 淳 at 11:20Comments(2)つれづれ

2013年05月13日

それぞれの母へ


 若い頃のこと。
 外国には、自分の誕生日に、母親に花束を贈る習慣があるという話を聞いて、えらく感動したことがありました。
 「母さん、ぼくを生んでくれてありがとう」
 との言葉を添えるんだそうです。

 一度だけ、真似て、オフクロに花を贈ったら、
 「お前、大丈夫か? 熱でもあるんじゃないの?」
 と、喜ぶより、心配されてしまったので、それ以降、そんなキザな真似はしていません。

 やっぱり、日本人には、日本人に合った親孝行でないと、続きませんね。


 昨日は、日本全国 「母の日」でした。
 みなさんは、どんな 「母の日」 を過ごしましたか?

 我が家の場合。
 家内は自分の実家へ、僕は僕の実家へ、それぞれの母親に、それぞれのプレゼントを持って行ってきました。
 家内は、化粧品だったようです。

 いいですね、女性は。
 こんなとき、ちゃんと実用的なプレゼントを選べるんですから。

 僕ですか?
 ダメです、男は。
 まったくもって、気の効いた発想が浮かんできません。
 “花束” は、当然、トラウマになっているので選ぶわけがありません。

 こんなときは、悩まず、安易に、“食い物” を持っていくのが無難であります。
 と、いうことで、オフクロの好物の和菓子を手土産に、実家へ・・・


 ところが!
 実家に行ってみると、大変なことに!

 駐車場にアニキの車がないのに、オフクロは、いません。
 オヤジが、たった1人で、ボーっと中庭を眺めています。

 「あれ、ばあちゃんは?」
 「しらん」
 「アニキは、どうしたんだい?」
 「しらん」


 おおおおーーーーっ!?
 ついに、目に余るボケ老人ぶりにイヤ気がさして、妻と長男は逃げ出したのか!?
 かわいそうにな、じいさん。
 家族に、捨てられちまったんかい。
 でも、持つべきものは、次男だぜよ。
 じいさん、大丈夫だ。
 妻と長男に愛想をつかされても、オレがいるから安心しなよ・・・

 なーんて、2人で途方に暮れていると、アニキが帰ってきた。
 「おっ、ジュン、来てたのか?」
 「来てたのかじゃないよ、オヤジを1人にして!」
 「ほんのちょっとの間じゃないか、オヤジだって承知しているんだ。留守番くらいしてもらわなくっちゃ、こまるよ」

 これ以上、言い合いをするのは止めた。
 結局、最後はアニキに 「だったらオヤジを、お前んちへ連れてってくれ!」 と言われてしまうのが、いつものオチだもの。
 アニキには、感謝しています。


 結局、オフクロは老人会の集まりに行っていて不在。
 手土産の和菓子は、オヤジに見つからないように、仏壇に供えて帰ってきました。


 その夜。夕げの食卓にて・・・

 「食後にケーキがあるから、ごはん少なめによそっておきました」
 と家内。
 「えっ、ケーキがあるの?」
 と、問えば、
 「ムフフフフ ……」
 と、ふくみ笑う家内。

 なんでも、息子が 「母の日」 ということで、買ってきてくれたようです。

 「本当は全部、私のものだけどね。ま、おとうさんにも、分けてあげるわ」
 と、うれしそうであります。


 おい、息子!
 来月の 「父の日」 を忘れるなよ!
   


Posted by 小暮 淳 at 18:40Comments(0)つれづれ

2013年05月12日

動物が発見した温泉


 古湯(ことう) と呼ばれる何百年もの昔から湧いている温泉には、たいがい、「いで湯伝説」 というものが語り継がれています。
 まあ、発見に至るまでの物語なんですが、温泉の発見伝説には、大きく分けて2種類あります。

 源頼朝や弘法大師などの歴史上の人物が発見したとされる 「人間発見伝説」 と、傷や病を負った獣たちが源泉に浸かり癒やしていたという 「動物発見伝説」 です。


 全国に目を向けると、温泉名に動物の名前が付いた温泉地が多いことに気づきます。
 鶴の湯温泉(秋田県)、猫啼温泉(福島県)、熊ノ湯温泉(長野県)、鹿教湯温泉(長野県)、鷺の湯温泉(島根県)、湯の鶴温泉(熊本県) ・・・など。

 群馬県内にも、動物の名前が付いた温泉が、いくつかあります。
 鳩ノ湯温泉(東吾妻町)、猿ヶ京温泉(みなかみ町)、鹿沢温泉(嬬恋村)、猪ノ田温泉(藤岡市)、亀沢温泉(高崎市) ・・・


 でもね、動物の名前が付いているからって、必ずしも 「動物発見伝説」 が残っているかっていうと、そうじゃありません。
 逆に、動物の名前が付いてない温泉地のほうが、多かったりするんです。

 それは、なぜか?

 はい、それは、長い歴史の中で “温泉地名は変わる” からなんです。

 たとえば……、
 湯ノ沢温泉 → 赤城温泉
 塩川温泉 → 小野上温泉
 清水鉱泉 → 高崎観音山温泉

 の、ようにです。
 だから、発見伝説を追いかけるには、“旧温泉名” を知らなくてはなりません。


 と、いうことで、僕がコメンテーターを務める次回、群馬テレビの 「ニュースジャスト6」 では、旧温泉名に動物の名前が隠されている 「動物発見伝説」 について、お話をしたいと思います。
 興味のある方は、ぜひ、ご覧ください。



     動物が発見した温泉
   ~旧名に隠された伝説~

 ●放送局   群馬テレビ(地デジ3ch)
 ●番組名   「ニュースジャスト6」
          NJウォッチのコーナー
 ●放送日   (月)~(金) 18:00~18:30
 ●ゲ ス ト   小暮 淳 (温泉ライター)
 ●出演日   5月14日(火)
   


Posted by 小暮 淳 at 17:29Comments(2)温泉雑話

2013年05月11日

真沢温泉 「真沢の森」④


 昨日、群馬テレビの午後8時からのニュース番組 「eye 8」 に、真沢(さなざわ)温泉の一軒宿 「真沢の森」 の支配人、武川恵二さんが出演されていました。
 ご覧になりましたか?

 あいにく僕は、昨晩、夜の街へ出かけていたのもですから、先ほど、予約しておいた録画を見ました。


 “一軒宿の温泉で コメ作り体験”
 これが番組のテーマ。
 ゲストとして登場した武川さんは、宿で行っている棚田と畑を一般に開放した農業体験の話をしていました。

 でもね、見ていてビックリ!
 突然、サプライズが起きたんですよ。

 「このたび上毛新聞社から出版された、この 『みなかみ18湯』 という本に、掲載されているんですよね」
 と、いきなりアナウンサーからのふり!

 これに対して、待ってましたとばかりに、武川さん。
 「ええ、著者の小暮淳さんとはオープン当初からのおつきあいで・・・」

 と、テレビの中から名前を呼ばれてしまいました。

 ありがとうございます、武川さん。
 気をつかって、僕のことまで話していただいて。
 これで、本の売り上げがアップするかも・・・

 なーんて思いながら見ていたら、脈絡もなく、アナウンサーが、
 「ところで武川さんは、こういった本がきっかけで、結婚をなさったとお聞きしましたが?」

 おいおい、なんだよ、そのマニアックなネタは!
 そのネタ、もしかして、僕のブログネタじゃねぇーの?

 というのも、以前、僕の本が愛のキューピットとなって、武川さんが現在の奥さんと出会ったという話を、このブログに書きました。
 ※(2012年11月15日 「真沢温泉 真沢の森③」参照)
 たぶん、テレビ局のディレクターが、ブログをチェックしたんじゃないですかね~。


 テレビの中では、さらなる展開が!

 「ええ、同じく小暮淳さんが以前に書かれた、この 『ぐんまの源泉一軒宿』 という本を見て、当館に来た女性が家内なんです」

 武川さんは、僕が4年前に書いた本まで、しっかりスタジオに持って来ていたのです。
 これだれでも驚くのに、さらに、演出は続きます!

 「実は、その奥様がスタジオに来てくださっています」
 とアナウンサー。

 ええええーーーーっ!(これは、僕の驚きの声)

 そして、画面に映し出された女性は、もうもうもうーーーーっ、許せん!
 若くて、美人で、とってもチャーミングな人でした。

 武川さん、16歳年下とは聞いていましたが、こんな美人とは聞いていませんでしたよ!


 番組を見終わったら、なんだか、ドッと疲れてしまいました。
 うれしいやら、くやしいやら、おかしいやら、ニュース番組とは思えぬバラティーに富んだ楽しさがありました。


 武川さん、奥様、あらためて、ご結婚おめでとうございます。 
 今度、取材に行く時は、もったいぶらずに、ぜひ美人でチャーミングな奥様を紹介してくださいね。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:47Comments(0)温泉地・旅館

2013年05月10日

ちいきしんぶん読者プレゼント


 「ちいきしんぶん」 は、旧高崎市内と隣接地域(吉井町・玉村町) に10万部配布されているフリーペーパーです。
 しかも、創刊から28年という県内屈指の老舗タウン誌なのであります。

 僕は、この 「ちいきしんぶん」 に、昨年の4月から 『小暮淳の一湯良談』 というエッセーを連載しています。
 “一湯良談” と書いて、「いっとうりょうだん」 と読みます。
 今日発行の5月10日号で、第13話を迎えました。

 今回のタイトルは、「裸の大将が愛した湯」。 
 放浪の画家、山下清が滞在して、晩年の傑作を描き上げた温泉旅館でのエピソードを紹介しました。


 で、ひょいと、僕の記事の隣を見ると、アレレ~!
 そこにも、僕の名前がありました。

 “みなかみ18湯 〔下〕 小暮淳 著”

 本の紹介記事かと思ったら、それだけではありません。

 “ちいきしんぶん読者プレゼント” 
 “5/15(水) 必着”

 と書かれています。
 そーです!
 これは、お金を出さずに本が手に入るチャンスですぞ!
 (本当は、書店で買ってほしいけど・・・)

 と、いうことで、応募方法を公開するから、ジャンジャン応募してちょうだい。
 「役に立った記事」 の項目は、もちろん 『小暮淳の一湯良談』 でヨロシク!
 (プレゼントにハズレた人は、書店で買ってね)



   「みなかみ18湯 〔下〕」 を 5名様プレゼント

 住所・氏名・電話番号・年齢を明記して、ちいきしんぶん5月10月号で役に立った記事・広告を記入して、ハガキ・FAXでご応募ください。

 ちいきしんぶん 「5/10号 みなかみ18湯〔下〕」 係

 ■ハガキ→〒370-0071 群馬県高崎市小八木町312-15
 ■FAX→027-370-2263
   


Posted by 小暮 淳 at 17:38Comments(0)著書関連

2013年05月09日

温泉シリーズ第6弾


 2009年9月  『ぐんまの源泉一軒宿』
 2010年9月  『群馬の小さな温泉』
 2011年9月  『あなたにも教えたい 四万温泉』
 2012年9月  『みなかみ18湯 〔上〕』
 2013年4月  『みなかみ18湯 〔下〕』

 そして
 2014年X月  『????????』


 上下2巻で、全75軒の宿を取材した 『みなかみ18湯』 の制作が、よっぽど体力的にこたえたんでしようか。
 この1カ月間くらいは、脱力感に見舞われてしまい、ただ、ボーっと意味もなく毎日をやり過ごしていました。

 温泉にも行かず、取材もせず、GWもどこへも出かけず、雲を眺めているような生活を続けていました。

 がむしゃらに、突っ走る自分も好きですが、日々、こうやって、のんべんだらりと生きている自分もキライではありません。
 でも、このまま、今の状態が続いたら、二度と僕は社会復帰ができなくなってしまいそう・・・
 なーんて、思っていたら、さにあらん!

 世間は、僕を、そう簡単には “ナマケモノ” には、してくれませんでした。
 この1カ月間なんて、つかの間の 「戦士の休息」 だったのであります。

 そーです、シリーズ第6弾の取材が、早くも今月からスタートするのでした!


 と、いうことで、昨日、出版部にて行われた、第1回の出版編集会議に著者として出席してきました。

 「次は、もうどこだか決まっているのですか?」
 この半年間、会う人、会う人から質問を受けました。

 「ええ、まあ、漠然とですが・・・」
 と、そのたびに言葉をにごしてきたのですが、実は、かなり前から次回作の取材対象は決まっていました。
 もちろん、企業秘密ですから、関係者以外の人には、お話ししませんけどね。

 ただ、問題は・・・・・・


 『ぐんまの源泉一軒宿』  50軒
 『群馬の小さな温泉』  36軒
 『あなたにも教えたい 四万温泉』  37軒
 『みなかみ18湯 〔上〕』  34軒
 『みなかみ18湯 〔下〕』  41軒

 これは、1冊の本で取材した温泉宿の軒数です。
 今までの最高は、50軒でした。

 と、と、ところが!
 次回作の取材候補宿は、
 な、な、なんと!
 すでに現在、60軒を超えています。

 これは、もう、のんびりと、雲なんて眺めてはいられませんって!


 さ~て、フンドシの紐を、ギューッと締め直して、また長い長い温泉行脚(あんぎゃ) の旅に出かけることにします。

 みなさ~ん、来年まで、楽しみに待っていてくださいね。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:39Comments(2)著書関連

2013年05月08日

賛否両論が面白い


 1カ月という時間が経つのは、実に速い!
 だもの、1週間なんて、アッという間です。

 もう水曜日、もう水曜日、もう水曜日・・・・

 と、気が付いたら、すでに6週も過ぎていました。


 何のことかと言えば、今年の4月から毎週水曜日に朝日新聞群馬版で連載しているコラムのことです。
 タイトルは、『小暮淳の温泉考座』。

 新聞の週刊連載なんて、夢のまた夢。
 なーんて思っていました。
 でも、ライターの道を志したならば、一度はやってみたいのが新聞連載です。
 それも週刊は、名実共に “筆力” を試される花形連載であります。

 最初、依頼の話をもらったときは、受けるかどうか迷いました。
 だって、僕は “現場百遍” を信条としたライターですからね。
 取材なしのコラムには、正直なところ自信がなかったんですよ。

 でも、担当者から熱心に説得されました。
 「ふだん新聞や雑誌の連載では書けない、本音の話を書いてください。講演会やセミナーで話している、ちょっとマニアックな温泉通になれる話を……」

 それでも、僕はまだ、不安がありました。
 だって、過去には講演会やセミナーで、本音話をしてトラブルが1度もなかったわけではありませんからね。
 主催者が休憩時間に、あわてて飛んできて、
 「できましたら、その手の話は・・・。どんな関係者が聴きにきているかわかりませんので・・・」
 なーんてこともありました。

 でも、朝日新聞の担当者は、引きませんでした。
 「読者は、そんな小暮さんの本音が聞きたいんですよ。まずは原稿を書いてみてください。掲載可能な文章かどうかは、こちらで判断しますから!」

 そんな情熱に根負けして、4月3日より連載がスタートしました。
 今日、5月8日の掲載で、早くも第6話を迎えました。
 新聞記事に付いた見出しは、
 『守りたいマナー』 『かけ湯して湯尻から入る』
 です。

 今回も、かなりマニアックな話をしました。
 まず、「湯口」「湯尻」 という言葉自体が、あまり一般の温泉本やガイドブックには出てきません。

 さらに、“かけ流し” の温泉限定の入浴マナーであるということ。
 そして、その見分け方。
 やはり今回も、ちょっぴり、きわどい内容となっています。


 でもね、温泉ファンや編集業界からは、なかなかの好評をもらっています。
 <毎回、なるほどなあと思いながら、面白く読ませていただいています> 
 <これまでの一般紙には出てこない内容です。最高ですね>
 などのメールをいただきました。

 しかし、必ずしも良い反響だけでは、ありません。
 読んだ友人や知人の中からは、
 「大丈夫? 命狙われていない?」
 「さすが朝日新聞だねえ。他の新聞じゃ、絶対に掲載できないよ」
 「これで、小暮さんも敵をつくったね」
 な~んていう忠告もいただいています。


 はてさて、どうなることやら。
 僕は、僕のまま、今までの取材経験で、見て感じたことを書き続けるだけであります。

 文章は、賛否両論だから面白いんですよね。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:48Comments(0)執筆余談