温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2014年06月30日

鳴く蛾


 昨日の夕方のこと。
 いつものように愛犬のマロ君(チワワのオス) と、散歩に出かけました。
 町内を一周して、我が家までもどって来たときです。

 いつもなら、真っ先に玄関へ飛び込んで行くのですが、
 「ウウウーーーッ」
 と、うなったまま家の前の駐車場で動かなくなりました。

 「どうした? マロ」
 彼が見つめている、僕の車の下を覗き込むと・・・


 ん? なんだ? この三角形の黒い物体は?

 一瞬、枯葉のようにも見えましたが、蛾(が) のようであります。
 それも、デカイ!
 体長は約10センチ。
 戦闘機のような二等辺三角形をしています。

 何よりも不気味なのは、背面にドクロのような人面模様があります。
 ここで20年近く暮らしていますが、こんなに大きくて、しかも気味の悪い模様を付けた蛾を見るのは初めてです。

 (おい、とーちゃんよ。そいつ、生きているのかな? 死んでるのかな?)
 とマロ君が話しかけてきます。
 「どっちでもいいよ。さあ、家に入ろう」
 と、リードを引っ張って、立ち去ろうとすると、
 (あ、怖いんだな! いくじなし~!)
 と、飼い主をからかってきました。

 そこまで飼い犬に言われたら、ご主人様としては立つ瀬がありません。
 「わかったよ、ちょっと待ってろ」
 と、僕は細い木の枝を見つけてきて、その三角形の物体を突きました。
 すると・・・

 “キイキイキイ”

 と、カミキリムシのような声を出して鳴くではありませんか!

 「おい、マジかよ! いま、コイツさ、鳴いたよな?」
 (ええ、ええ、確かに聞こえました。うわぁ~、驚いたな!)
 と、マロ君も青ざめながら、後ずさりしています。

 (そいつ、セミだよ)
 「セミじゃないよ。どう見ても蛾だ」
 (だって、蛾が鳴くかい? ちょっと、とーちゃん、もう一度、突っついてみてよ)
 と言って、また僕をそそのかします。

 「えっ、もう一度するの? わかったよ、ほれ!」

 “キィキィキィー”

 と、さっきよりも大きな声で鳴くではありませんか~!
 もう、ダメです。
 僕とマロ君は、一目散に玄関へと駆け込みました。


 (あのさ、とーちゃん。あいつにシューしちゃえば?)
 洗面所で、手足を拭いてあげていると、マロ君が言いました。
 「シューって、なんだよ?」
 (この間、ハチが出たときに、とーちゃんが買ってきたシューだよ)
 「ああ、殺虫剤のことね」
 (そーだよ、それで、アイツをやっつけてきなよ)
 と、またしても僕をそそのかすのであります。

 確かに、マロ君のいうとおりです。
 あのままでは、気味が悪くて、車が乗れません。
 やはり、これは退治したほうが良さそうです。

 と、いうことで、ダブルジェットの最新式殺虫剤を手に、再度、駐車場へ向かいました。

 まだ、います。
 ドクロのようなお面が、憎憎しく、こちらをにらんでいます。

 おのれ、お前の命も、それまでだ~!
 エエエーーーーイ !!!!!
 と、一気に噴射しました。

 “チチチチチチチチ……” 

 戦闘機のような物体は、空高く飛び上がり、鳥のように羽をバタつかせながら消えていきました。


 メンガタスズメ <面型雀>
 調べてみると、大型のスズメガの一種だと分かりました。
 「鳴く蛾」 として有名な蛾でした。

 55年間生きてきて、あんな不気味な蛾を見たのは初めてです。
 たぶん、次に出合ったら気絶してしまうかもしれません。
 絶対に、1人のときには出合いたくない “生物” であります。

 マロ君、一緒にいてくれて、ありがとう。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:59Comments(2)つれづれ

2014年06月29日

老神温泉 「紫翠亭」


 四万温泉の 「柏屋旅館」、湯宿温泉の 「旅館みやま荘」、そして老神温泉の 「紫翠亭」。
 さて、これらの旅館に共通することは?


 国道120号から 「老神温泉郷」 の誘導看板に導かれて、温泉街へ。
 最初に見えてくる白亜の旅館が 「紫翠亭(しすいてい)」 です。
 そう、答えは、温泉街で一番最初に旅人を出迎えてくれる宿です。

 僕は、ここからの風景が大好きなんです。
 片品渓谷を抱きかかえるようにそびえる大楊山を借景にして、自然の中に調和した和の外観が、とても美しいのです。
 エントランスで立ち止まり、振り返ると、今度は花畑や田畑が眼前に広がります。
 なんとも、のどかな山里の風景です。

 実は、この目の前の畑は、紫翠亭の自家農園。
 キュウリやトマト、ナス、トウモロコシといった旬の野菜が栽培されています。
 「朝摘みした新鮮な野菜を、その日の食卓にお出ししています」
 と、顧問の桑原道良さん。

 桑原さん?
 桑原姓は、老神温泉に多い名字です。
 もしやと思い訊ねると、案の定、地元の人でした。
 しかも、先日訪ねた 「東明館」 の元ご主人でした。


 紫翠亭は、平成7年に明治時代から続く老舗旅館 「山口屋」 の姉妹館としてオープンしました。
 ところが同23年3月の東日本大震災の後に、経営者が交代。
 現在の経営は、水上温泉に系列宿を持つ松乃井グループです。

 東明館が 「ぎょうざの満洲」 に経営が交代したのが、その前年です。
 桑原さんの人生は、老神温泉とともに生きるようにできているのですね。
 老神温泉を知り尽くした生き字引のような桑原さんの話は、いつまでも聞いていたくなる含蓄のある内容でした。


 露天風呂に浸かり、渓谷を渡る初夏の風に吹かれてきました。

 “温泉は生きている” とは、今春出版した拙著 『新 ぐんまの源泉一軒宿』 の 「あとがき」 に書いた言葉です。
 でも、生きているのは温泉だけではありません。
 温泉宿も温泉街も生きているのですね。

 つくづく今、そう感じています。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:28Comments(0)温泉地・旅館

2014年06月28日

「小山亜兵衛」 の文章術


 「小山亜兵衛」 と書いて、「オヤマアヘエ」 と読みます。
 でも、人の名前じゃありませんよ。
 正しくは、「オヤ、マア、ヘエ」 です。

 これは、僕がライターとして文章を書くときに心がけている文章術のようなもの。
 雑誌や新聞の記者ならば、誰もが駆け出しの頃に先輩に叩き込まれる文章作成の “三種の神器” であります。
 読者に、まず 「オヤ」 と思わせ、次に 「マア」 と驚かせ、最後に 「ヘエ」 と感心させる記事でなくてはならない!ってね。

 一般的に言われいてる “起承転結” のことですが、コラムやエッセイは短文が多いため、そこまで完全な文章法を使いこなせません。
 そこで、即戦力となるのが 「小山亜兵衛」 であります。

 と、いっても、僕が勝手に覚えやすくするために、「小山亜兵衛」 って名づけたんですけどね。


 たとえば現在、朝日新聞の群馬版に毎週連載中のコラム 『小暮淳の温泉考座』。
 文章量は、高々800字程度です。原稿用紙に換算して、たったの2枚。
 この字数で、問題提議をして、読者に興味を持たせ、最後は感心させなくてはなりません。

 毎回、なかり頭を悩ませています。

 今週の水曜日に掲載されたコラムでは、一軒宿の温泉地について書きました。
 見出しは 「温泉は生きている」 「一軒宿に魅せられ感じた」 と付いています。

 なんで僕は、一軒宿の温泉ばかり取材しているのか?
 これが、「オヤ」 です。
 そして、何軒も宿のある温泉地は、一軒の宿が廃業しても温泉地自体がなくなってしまうことはないが、一軒宿が廃業してしまうと、温泉地までもが地図から消えてなくなってしまう事実が、「マア」 です。
 でも、消えてなくなる温泉地もあれば、後継者が現れて復活する温泉もあり、また新たに掘削して誕生する温泉地もある。まさに温泉は生き物のようである。が 「ヘエ」 ということになります。

 これが、3段落ちの文章術 「小山亜兵衛」 です。
 ぜひ、みなさんも文章を書くときの参考にしてみてください。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:50Comments(0)執筆余談

2014年06月27日

老神温泉 「仙郷」


 <仙境尾瀬沼 花の原>

 初めて旅館名を耳にした時、真っ先に思い浮かべたのは 『上毛かるた』 の 「せ」 の札でした。
 尾瀬の玄関口にある温泉だからだろう、と。
 ※(仙境=神や仙人が住むような俗界を離れた美しい場所)

 「いえ、ここが私には仙郷(仙境) の地に思えたんです」
 と、3代目主人の金子充さんは話してくれました。

 ここは温泉街を見下ろす、片品川の対岸。
 標高634メートル(東京スカイツリーと同じ高さ)。
 だから、というわけではなく、まるで一軒宿のように高台に離れてポツンと建っているから望める絶景なのです。
 温泉街と田畑と山々・・・
 客室の窓には、箱庭のような山里ののどかな風景が広がります。


 金子さんは、「仙郷」 のご主人でもありますが、老神(おいがみ)温泉観光協会長でもあります。
 と、いうことで、昨晩は会長のご厚意により泊めていただき、温泉街を取材してきました。

 金子さんは、「仙郷」 の創業者ですが、現在は会長職。
 すでに経営は、4代目の娘さん夫婦にバトンを預けています。

 えっ、創業者なのに、3代目?
 と、僕も最初は疑問に思いましたよ。
 でもね、話を聞くと、永い永い温泉地と温泉宿の歴史があったんです。


 初代が、この地に温泉宿を開いたのは、昭和6(1931)年6月のこと。
 宿名は 「初音屋」 といいました。
 手元にある昭和20年頃の 「老神温泉旅館全体図」 を見ると、確かに片品川の右岸、山口屋の隣、上田屋の前に 「初音屋」 はあります。

 昭和44年に2代目(金子さんの義父) が、鉄筋6階建てのホテルにリニューアルし、「ニューオイガミ」 と改名しました。
 その後、金子さんが現女将と結婚(金子さんは栃木県湯西川温泉の老舗宿の御子息でした)。
 昭和59年に、旅館名を 「ニュー老神」 と漢字表記に改名(温泉街に建物はありますが、現在は閉館)。

 そして平成10年に現在地にて、「仙郷」 をオープンしました。


 旅館のパンフレットをまじまじと見ると、“老神温泉郷 大平温泉” とあります。
 「えっ、おおひらおんせん?」
 と問えば、
 「これは、私のシャレなんですけどね。老神温泉は、いくつもの温泉地が集まってできた温泉郷ですからね」

 確かに片品川の左岸は、昭和のはじめまでは老神温泉とは呼ばれていませんでした。
 現在の東秀館は穴原温泉、東明館は大楊温泉です。
 「ここは字名が、大平なんですよ。だから」
 と、いたずらっ子のように笑って、目を細めました。

 いいですね、なんかロマンを感じます。
 老神温泉は、いくつもの温泉地が集まって 「老神温泉郷」 になったのですから!

 もっともっと、老神温泉の歴史を知りたくなりました。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:33Comments(0)温泉地・旅館

2014年06月25日

藤岡温泉 「藤岡温泉ホテルリゾート」③


 僕が講師を務めるNHK文化センターの野外温泉講座も、今年で6年目を迎えています。
 昨日は平成26年度の6月講座が開かれ、藤岡市にある藤岡温泉へ行ってきました。

 今月6日に、エフエム群馬の人気番組 「G☆FORCS」 にゲスト出演した際に、パーソナリティーの竹村淳矢さんが藤岡市の出身ということもあり、大いに盛り上がった温泉です。
 「知らねーなー」 と、驚きまくる竹村さん。
 無理もありませんって。群馬県人でも、さらには藤岡市民でも、知る人ぞ知る “秘湯中の名湯” なのであります。

 どこが “秘湯” かといえば、藤岡市内といって上日野地区は、山深い清流の奥地。
 鮎川(あゆかわ) 沿いの谷を、クネクネと車で走ること約30分。
 いささか不安になる頃に、やっとホテルの誘導看板が現れるという、西上州を代表する群馬の秘湯なんであります。
 僕の知人は2人も、ここを目指して、不安に挫折して引き返してしまっています。

 で、なにが “名湯” なのかといえば、それは、もうトロトロのお湯であります。
 pH値9・8という県内トップクラスの強アルカリ泉は、その浴感を体験した者しか語れないミラクルワールド!

 そんな、知られざる温泉は、紆余曲折の歴史を経て、3年前にふたたび復活しました。
 ※(藤岡温泉の歴史とホテル誕生の経緯は、当ブログ2013年12月13日 『藤岡温泉「藤岡温泉ホテルリゾート」②』 を参照)


 「うわ~、本当だ! お湯がトロトロだ~!」
 「なんだよ、これ! こんな温泉は初めてだ」
 「体をさすると、ヌルヌルする。まるでウナギを触っているよう」
 「知らなかったねェ~、群馬には、まだまだ知らない温泉がたくさんあるね」
 と、受講生たちも、感嘆の声を上げていました。

 「そのぶん、足元が滑りますからね。浴槽の出入りは、充分に気をつけてくださいね」
 と言ったそばから、僕がツルンと転びそうになってしまいました。


 「いい湯に、カンパ~イ!」
 湯上がりは、お約束の生ビールで、いつもの昼食会の始まりです。
 川の幸、山の幸に舌鼓を打ちながら、和気あいあいの温泉談義に花を咲かせました。

 さて、来月は群馬を飛び出して、山梨県のあの名湯を訪ねます。
 受講生のみなさん、また、楽しい温泉旅をしましょうね。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:07Comments(0)温泉地・旅館

2014年06月23日

ザンゲの花束


 あれは、34年も前のことです。
 昭和55年(1980) の今頃だったと記憶しています。

 当時、僕は東京の音楽学校を卒業をして、就職もせず、ただ、その日暮らしの生活を送っていました。
 月に数本のライブハウスや年に数本のコンサート、と路上パフォーマンスだけのために、東京を離れずに1人暮らしをしていました。

 生活費は、バイトでまかなっていましたが、いつも金が足りません。
 月末になると、友人のアパートへ転がり込んだり、金の無心をしに訪ね歩いていました。

 
 もっと割りのいいバイトを!
 と、求人広告で見つけた西武池袋線沿いにある書店で、配達のバイトを始めたのが、ちょうど34年前の今頃です。

 1年先輩のNさんに指導を受けながら、都内の学校図書館や契約企業へ車で本の納品に回っていました。
 忘れもしません。
 見習い2日目のことです。

 Nさんが運転するバンに同乗して、僕は助手席で一所懸命に道を覚えようと、道路地図とにらめっこをしていました。
 車は青梅街道を中野方面から新宿副都心へ向かっていました。
 「そろそろ、昼にしようや。この先に、安くてうまい喫茶店があるんだよ。覚えておくと、便利だから」
 と、Nさんは街道から狭い上り坂の横道に入り、緑の生い茂る児童公園の脇に車を停めると、向かいの小さな喫茶店へと僕を連れていきました。

 その時、何を注文したかは、もう忘れてしまいました。
 何を食べたのか、どんな店内だったのか、その後に起きた出来事により、すべて僕の頭の中から記憶が消去されてしまったのです。


 ドスン!

 窓の外から、重く鈍い音がしました。
 しばらくすると、若い男性が血相をかいて、店内に飛び込んで来ると、大声で叫びました。

 「救急車を呼んでください。それと、人を乗せられる、なにか板のようなもの、ありませんか? 子供を轢いてしまいました」

 騒然とする店内。
 マスターが、発泡スチロールの板を抱えて、店から外へ出て行きました。
 僕らは、店内から外を眺めているのが精一杯でした。

 道の真ん中に、小さな男の子が倒れています。


 やがて救急車が来て、男の子を乗せて、去っていきました。
 店内の客も、1組、2組と帰っていきます。

 「ビックリしたなぁ~。俺たちも気を付けなくっちゃな。さ、そろそろ午後の配達を始めようか!」
 Nさんの後に付いて、喫茶店を出ました。

 ちょうど、先ほどの若者が、警察官に事故の現場で事情聴取を受けていました。

 僕らが、公園の前に停めておいた車に乗り込もうとしたときでした。
 「あの白いバンですよ。あの車の陰から、突然、子供が飛び出してきたんだ。ブレーキは踏んだけど、間に合わなかったんですよ」
 そう、こちらを指さしながら叫んだ若者の声が、耳に届きました。

 白いバン
 車の陰から

 この、僕らが停車した車に違いありません。
 この、車の陰から飛び出した子供が轢かれたのです。
 もし、この、車がなかったら・・・


 翌日の新聞に、その子供が搬送先の病院で死亡したことを知りました。
 小学校に入学したばかりの、ピカピカの1年生でした。

 僕とNさんは、新聞記事を読むと居ても立ってもいられず、昨日の事故現場へ向かいました。
 途中、花屋に寄り、2人でお金を出し合って花束を買いました。
 もう、どうすることもできないのですが、せめてもの懺悔(ざんげ) の気持ちだったのです。


 あれから34年。
 生きていれば、あの男の子も今は、立派な40歳の大人になっていたはずです。

 毎年、この時季になると、なぜかフラッシュバックのように、あの日の記憶がよみがえってくるのです。

 僕は、その日以来、あの、道を通っていません。
 あの、児童公園と喫茶店は、今もあるのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 21:24Comments(0)つれづれ

2014年06月22日

旧友再会~あれから40年


 40年という歳月は、ハンパないですね。
 だって懐かしいという感情を通り越して、「誰でしたっけ?」 の連発ですもの。

 昨晩、卒業以来、40年ぶりに中学の全体同窓会があり、出席してきました。
 と、いっても、僕が卒業した中学は、前橋市内一のマンモス中学校です。
 当時、10クラスありました。

 だもの、同じクラス以外の人は、出身小学校が一緒か、同じ部活動に所属でもしていないかぎり、ほとんど交流がありません。
 さらに、40年という永い永い年月が流れているのですから、もう、会場はミラクルワールドです。

 知っているようで、知らない人たちの群れの中で、それでも同じ時代に同じ空気を吸っていたというだけで、なんとなく親近感の湧く、不思議な時間を過ごしてきました。


 昭和48年度(1974年) の卒業生の数は、413人。
 うち物故者が13人、所在不明者が17人。

 これって、スゴイことだと思いませんか!
 物故者の数が多いか少ないかは分かりませんが、所在不明者が413人中17人しかいなかったなんて、なんという調査能力でしょうか!
 幹事のみなさんが、優秀だったのでしょうね。
 大変、ご苦労様でした。

 で、昨晩の出席者数は、188人!
 約半分近い卒業生が、出席したのであります。
 この数字は、同窓会史上、過去最多出席者だったそうです。
 これまた、幹事のみなさんのお手柄であります。


 まあ、受付開始の午後5時20分から、会場は大変な騒ぎであります。
 あっちのテーブルで 「うわわ~!」、向こうのテーブルでも 「おおおお~!」、男も女も悲鳴のような喚声を上げています。

 「あっ、小暮君? 私、○組の××です」
 そう言って、誰もが首からさげたクラスと氏名の書かれたプラカードを見せます。
 「ああ~、覚えています。お寺の近くの△△子ちゃんだよね」
 「そーーう、うれしい! 覚えていてくれて!」
 「だって、△△子ちゃん、あの頃と全然変わってないもの、一発で分かったよ」

 なーんて、わけありませんって。
 あの頃は、15歳ですよ。40年経った今が、全然変わってないわけないじゃありませんか!
 ウソも方便です。
 顔を見ただけでは、まったく分かりません。
 でもね、互いにクラスと名前、共通キーワードを探し当てると、急に想い出がよみがえってくるんですね。

 「グレコ、久しぶり! だいぶ活躍じゃない。オレ、本全部買って持っているよ」
 と、うれしい言葉をかけてくれた人が、何人もいました。
 でもね、“グレコ” なんて呼ばれたのは、それこそ40年ぶりですよ!

 だって高校の同級生は、みんな僕のことは 「ジュン」 って呼びますからね。
 「グレコ」 というアダナは、小学校~中学校の同級生だけです。

 それでも、うれしいじゃないですか。
 「テレビ、見ているよ」 「ラジオ、聴いたぜ」 「新聞の連載、毎週読んでいるからね」 なんて、口々に声をかけてもらいました。
 なかには、「ブログを毎日読んでいます」 なんていう人もいたりして。
 同級生って、ありがたいものですね。
 40年も会っていないのに、知らないところで、僕のことを気にかけてくれていたんですね。

 「小暮さんの講演会を聴きに行ったことがあります」
 と声をかけてくれたのは、なんと!現在の母校の校長先生でした。
 驚くやら、うれしいやら、本当にビックリしました。
 でも、校長先生といっても、僕らと同世代なんですけどね。


 学年で1、2を競う美人のマドンナが、今でも変わらずに美しかったり。
 童顔で小柄だった男の子が、巨漢のハゲおやじになっていたり。
 と、思えば、おデブだった女の子が、すらりとした美熟女に変身していたりして。

 人それぞれ、悲喜こもごもの40年間を露呈しているのでありました。

 えっ、僕ですか?
 ええ、一様に、「変わってねぇ~!」 と言われましたけどね。
 さらに、「相変わらず風貌も軽いし、言動も軽いわね」 なーんて、ほめられちゃったりして(大きなお世話です)。

 「小暮はさ、よっぽど苦労していないんだな」
 だなんて、ほっといてください!


 そして2次会、3次会と河岸を替えるごとに、酒も深まり、夜も更けていきました。

 フォー・エバー・ヤング!
   


Posted by 小暮 淳 at 20:23Comments(0)つれづれ

2014年06月20日

読むべからず!②


 暑さのせいしょうか、このところマロ君の元気がありません。

 マロ君とは、我が家のおバカ犬であります。
 チワワのオスで、来月誕生日が来ると、満8才になります。

 小型犬の8才は、人間に例えると50代半ばらしいですね。
 と、いうことは、いつしか彼は、僕と同年代になってしまったようです。
 中年から初老の階段を上っているわけであります。

 だもの、無理はありません。
 僕だって、以前のように、日に何湯も温泉に入れなくなりましたもの。
 暑気あたり、湯あたり、御免!
 だんだん、夏場のハードな取材は、しんどくなっています。


 元気がないといっても、食欲はあるので、あんまり心配はしていないんですけどね。
 でも以前のように、「散歩に連れて行け~! ワンワンワン!」 ていう積極的な態度が見られません。

 「おい、マロ! 散歩へ行くぞ」
 と僕がリードを取り出しても、
 「え~、ダリ~な。今じゃなけりゃ、ダメですか?」
 てな目をして、シブシブ出かけるのであります。

 散歩に出ても、以前のように走り回らない。
 チョチョっと2、3回オシッコをしただけで、すぐに家に入ろうとします。
 そして家の中で、一日中寝ています。

 「ねえ、マロさ、病気なんじやないの?」
 と、末娘は心配しますが、ダルそうに生活をしているだけで、別段、悪いところはなさそうです。

 でもね、犬の寿命は人間より短いですから、いつかは僕ら家族よりも先にあの世へ行ってしまうんでしょうね。
 そう思うと、いとおしくて、いとおしくて、なりません。
 「おい、マロ! オレより先に死ぬなよな。20年でも、30年でも生きていいんだからな」
 なんて、知らず知らずのうちに、声をかけているのであります。


 そんな折、『猫鳴り』 を読んでしまいました。
 『猫鳴り』 は、沼田まほかるさんの小説です。
 以前にもブログで紹介しましたが、沼田まほかるさんは、僕が今、ハマっている作家の1人です。

 20年も生きた愛猫、モンの最期の日々をつづった物語。
 次第に衰弱するモンの肉体を、観察し続ける主人公のやるせない思いが、ひしひしと伝わってくる傑作であります。
 が!
 読んでいて、いつしか僕は、モンとマロがタブってしまって、何度も本を閉じてしまいました。

 だって、残酷過ぎます。
 愛するものとの別れ。それも小さな命が事尽きるまでの描写は、涙なしではページを読み進むことはできませんでした。


 読むべからず!

 愛犬、愛猫と暮らしている人には、とっても勇気が必要な小説です。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:05Comments(0)つれづれ

2014年06月19日

今年も開催! 四万温泉ライブ


 『懐かしライブ 満喫を』
 『四万温泉で来月26日』

 今日(19日) の上毛新聞13面に掲載された記事のタイトルです。
 「ふるさと記者の四季便り」 というコーナーに、中之条町の四万(しま)温泉 「鍾寿館」 の田村歩さんが書かれていました。

 <温泉街がライブ会場に! ことしも 「レトロ通りの懐かしライブ」 が7月26日午後1時から、四万温泉で開催されます。
   土産物屋やスマートボール場、飲食店が連なり、昭和レトロな雰囲気を残す四万温泉落合通りを舞台にフォーク、ロック、歌謡などのグループがライブを展開します=写真(昨年)。>

 で、大きく載ったこの “写真(昨年)” が、我がスーパーローカルおやじバンド 「KUWAバン」 の写真だったのです!
 目立ちます!
 特に、真ん中で白いTシャツを着て、ギターを弾いているオジサン!?
 誰ですか~?

 はい、僕でした。

 この写真は去年のライブの様子ですが、もちろん 「KUWAバン」 は今年も出演しますよ。
 今年は、新メンバーに電子ドラム(女性) を加えて、さらにパワーアップした演奏をお届けします。
 ので、ぜひ、みなさん、四万温泉に来てくださいね。

 出演時間等の詳しいことは、決まり次第、報告いたします。

 ※尚、出演バンドも募集中です(6月27日締切)。
   四万温泉協会まで、お問合せください。



       『レトロ通りの懐かしライブ』

 ●日 時   2014年7月26日(土) 13:00~16:00
 ●会 場   四万温泉 落合通り
 ●観 覧   無料
 ●問 合   四万温泉協会 tel.0279-64-2321
   


Posted by 小暮 淳 at 14:31Comments(0)ライブ・イベント

2014年06月18日

老神温泉 「ぎょうざの満洲 東明館」


 昭和40~50年代の高度成長期に巻き起こった、温泉地での宴会ブーム。
 そして、団体のバス旅行ブーム。
 60年代には、全国の温泉旅館が露天風呂を一斉に造りました。

 世は平成になり、バブルの崩壊。
 温泉地を訪れる人たちも、団体客から個人客へと移行。
 旅館はあの手この手を駆使して、豪華一点張りの殿様温泉旅を提案。

 貸切風呂、個室風呂、食事の部屋だし・・・

 デザイナーズ旅館といわれる1泊何万円もする部屋が、飛ぶように予約で埋まりました。

 やがてブームも去り、残ったのは増改築の末に残った借金の山。
 平成10年頃からでしょうか、経営破綻する温泉ホテルや大型旅館が相継ぎました。


 そこで救世主のごとく現れたのが、格安料金で温泉宿を運営するホテルチェーンや入浴施設チェーンの参入です。
 経営難、もしくは廃業してしまったホテルや旅館の経営を引き継ぎ、再生するシステムです。

 当時、温泉地の中では、反対派が主流でした。
 「外からの企業を入れるな」 「格安料金でやられたら、客を持っていかれる」 などなど。
 しかし、倒産・廃業するホテルや旅館は後を絶たず、まるで幽霊屋敷のように温泉街の景観を悪化させました。

 「背に腹は変えられない」 「枯れ木も山の賑わいだ」 「客が温泉地にやって来てくれるだけでもありがたい」 ・・・
 と、いつしか、歓迎されるまでに市民権を得てきました。

 ただし、問題がないわけではありません。
 唯我独尊に走り、地元との共存共栄に非協力的な経営者もいます。
 また、どうしても低価格料金に設定してあるため、コスト削減が行き過ぎて、設備やサービス面が行き届かなかったりと、クレームも多いようです。

 僕が残念に思うのは、“湯の管理” です。
 以前は湯が良かった宿なのに、チェーン化した途端に、塩素臭のする瑣末な湯になってしまったところがあるからです。
 “湯の管理” までも、文化の1つとして引き継いでいただければ、僕は設備やサービス面には、一切、文句は言いませんけど。


 “きょうざの満洲” だ~ッ!
 初めて、その名を目にした時は、正直、驚きました。
 ついに、レストランチェーンがやってきたのかって!

 しかも 「ぎょうざの満洲」 は、全国に約70店舗あると聞きますが、群馬には1軒もありませんでしたからね。
 なぜ? どうして?
 頭の中は、ハテナマークをいっぱい詰め込んで、訪ねてきました。


 老神(おいがみ)温泉 「東明館」 は、昭和5(1930)年創業の老舗旅館でした。
 当時は、片品川対岸の大楊(おおよう)地区にあったため、大楊温泉と呼ばれていました。

 80年近くも続いた老舗旅館が廃業。
 その話を知った老神温泉出身だった 「ぎょうざの満洲」 の会長が、「良い湯が湧く温泉を残したい」 と買収し、平成22年にリニューアルオープンさせました。

 「なので温泉旅館は、老神温泉の1軒だけです」
 と、ぎょうざの満洲 老神店の湯沢博貴さん。
 「ですからレストランに、温泉と宿泊施設が併設されていると思ってください」

 なるほど!
 実際、外観はレストランなのです。
 「だから他の旅館に連泊している湯治客も、食事に来られますよ」


 で、特筆すべきは、会長が 「残したい!」 と守った温泉であります。
 実は、東明館は、昔から自家源泉を保有しています。
 泉質は、弱アルカリ性の単純硫黄温泉。

 毎分125リットルという豊富な湯が、加水なし、加温なし、源泉かけ流し!
 プ~ンと漂う硫黄の香りが、癒やされます。
 ほんのりと白濁した湯は、やわらかくて、肌に吸い付いてくるようです。

 そして、何より、浴槽がシンプルなのがイイ!
 小さからず、大き過ぎず。
 湯口から湯尻までのラインがハッキリしていて、微妙な温度の変化が楽しめるニクイ造りになっています。


 これで、1泊朝食付きで、5,900円の税込!
 純粋に、湯を堪能したい人には、おすすめの宿であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:59Comments(3)温泉地・旅館

2014年06月16日

“ふんどし” の意味


 昨日は、「父の日」 でした。

 僕はふだん、両親の介護をしているので、常に “子” であり、“息子” である意識は持っているのですが、考えてみれば僕も人の “父親” だったのであります。
 あわただしく過ぎて行く日々の中で、“父親” としての自分を意識することは、ほとんどありませんが、昨日ばかりは 「人並みに父親なのだ」 と実感しました。


 僕には3人の子供がいます(孫も1人います)。

 長女はすでに嫁いでいて、同居はしていません。
 来年の就職が内定し、バイトに明け暮れている大学4年の息子と、来年は高校受験を控えている中学3年の次女が、僕ら夫婦と寝食を共にしています。

 「はい、これは私から父の日プレゼントね」
 と食後のテーブルに、デザートとして出されたのは、クレープでした。
 それもチョコクレープです。

 なんてことは、ありません。
 次女は、自分が食べたかったモノを家内に買ってもらったようです。
 「なんだよ、お母さんが買ったんだろ?」
 と突っ込めば、
 「お父さんの分は、私が払ったんだからね!」
 と猛反撃。

 ここは、素直に 「ありがとう」 と感謝の気持ちを伝えました。


 バイトから帰った息子から、いきなり包みを渡されました。
 「なんだ、これ?」
 「ああ、父の日」
 と、そっけない返事。

 いつもなら決まって、缶ビールなのになぁ~?
 と思いながら、取り出してみると・・・

 な、な、なんだぁ~、こりゃゃゃゃゃゃ!!!!!!!

 「ああ、ちょっと変わっているけど。お父さんに…」

 小箱のパッケージには 「ふんどし」 の文字が!
 そして、サムライのような若者が、ふんどしをして、左手に刀を持って立っているイラストが描かれています。

 “ふんどしみたいなスースー感”
 “軽くて、爽快、しめつけ軽減”
 “何もつけていないような開放感が心地よい”

 「ふんどしパンツ」 と書かれていました。

 「あ、あ、ありがとうな」
 と、やはりここは素直に、お礼を言いました。


 一夜明けて、
 「あのさ、なんで、オレに “ふんどし” なんだろうなぁ~?」
 今朝、家内に言うと、
 「変わり者の父親だからじゃないの!」
 と、一喝。興味がないようです。

 <褌(ふんどし) を締めなおせ>っていう意味なのだろうか?
 「いい歳をして、毎日プラプラしてないで、まともな職に就いてくれよ」 っていう息子からダメ親父へのメッセージなのかもしれませんね。

 いや、まてよ!

 ♪もしかしてだけど~、もしかしてだけど~、
 「ムスコをやさしく包んでほしい」 っていう意味なんじゃないの~♪
   


Posted by 小暮 淳 at 20:53Comments(5)つれづれ

2014年06月15日

レジオネラは忘れた頃にやって来る!


 <レジオネラ感染 男性客が死亡>
 <埼玉の日帰り温泉施設>


 またしても、レジオネラ菌による感染で、死亡者が出てしまいました。
 埼玉県北本市の日帰り温泉施設に入浴した県内在住の66歳の男性が、発熱の症状を訴え、まもなくレジオネラ肺炎と診断され、今月3日に死亡したとのことです。

 いったい、いつになったら現代人は、レジオネラ菌から身を防ぐことができるのでしょうか!

 と、今朝から新聞記事を見て、僕は憤っています。
 はたして、現代人に温泉を利用する資格があるのでしょうか?

 温泉の神様は、お怒りになっておられますよ。


 レジオネラ菌による死亡事故は、天災のように忘れた頃に、私たちに襲いかかります。
 あれは確か3年前の11月でした。
 群馬県北部の温泉旅館にて、関西から観光に来ていた60代の男性が循環式風呂に入浴し、レジオネラ菌に感染して発熱。
 やはり肺炎で、死亡しています。
 ※(当時の様子と循環式風呂についての説明は、当ブログの2011年11月26日 『循環式風呂の過信』 を参照)

 そして今回もまた、レジオネラ菌による感染・死亡事故が起こりました。
 どうして、3年前の教訓が生かされなかったのでしょうか?

 レジオネラ菌の繁殖を防ぐには、2つの方法があります。
 ① 毎日浴槽の湯を換水して、徹底した清掃をする。
 ② 湯を殺菌消毒する。

 湯量が豊富で、かけ流し風呂の場合は、①で繁殖を防ぐことができます。
 しかし湯量が少ない場合は、循環式風呂に頼るしかありませんから、②を徹底しなければなりません。

 「循環式風呂」 とは、浴槽に溜めた温泉を何度も再利用する方式のことです。
 ろ過、殺菌、加熱をしながら湯を半永久的に使い続けられる “魔法の装置” です。
 もちろん、昔の温泉には存在しませんでした。
 そして、従来の放流式(かけ流し) ならば、たとえ菌が浴槽に入っても流されてしまうので繁殖することもありませんでした。


 では今回、なぜ、また同じような事故が起きたのでしょうか?
 ① 清掃をおこたったのか?
 ② 消毒をしなかったのか?

 都会の日帰り入浴施設ですから、循環式風呂であったはずです。
 だとすれば、消毒剤を投入しないわけがありません。
 ただし最近は、客から 「塩素くさい」 「プールのようなにおいがする」 と苦情が寄せられるため、投入量をひかえめにしている施設が少なくないと聞きます。

 となると、殺菌力の低下でしょうか。
 プラス、清掃が徹底していなかったため、菌が繁殖しやすい環境を作ってしまっていたと思われます。


 レジオネラ菌は、忘れた頃に猛威を振るいます!

 温泉施設の経営者のみなさん、徹底した衛生管理をお願いします。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:35Comments(3)温泉雑話

2014年06月14日

大事なことは飲み屋で決まる


 以前、「大事なことは飲み屋で決めろ!」 というタイトルでブログを書いたことがありました。
 ※(2011年8月6日と2012年7月28日)

 これは、業界特有の慣習なんですが、“苦しい時の酒頼み” という言葉がありまして、会議室で決まらないことは、酒を飲みながら雑談をしているうちに柔軟な発想になり、良いアイデアが出てくるということです。
 本のタイトルが決まらない時など、スタッフが居酒屋に集まって、“酒の神様” のご加護にすがったものです。

 で、昨晩も居酒屋に出版関係者が集まりました。
 でも今回は、“苦しい時の酒頼み” ではありません。
 いよいよ、温泉シリーズの第7弾の制作がスタートするので、その決起集会であります。


 「カンパーイ!」
 「また、よろしくお願いしまーす!」
 と、まずはキーンと冷えたビールジョッキを互いにぶつけ合い、長い長い温泉取材の無事と出版成功を願ったのであります。

 「で、小暮さん。例の件ですが、いよいよ形にしたいと思いますが・・・」
 と出版担当者のT氏。
 「例の件? どれだろう?」

 実は僕、温泉シリーズのほかにも、いくつか出版本の提案をしてあります。
 過去には、『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』(2011年1月発行) などが、出版されました。
 ま、温泉本の取材に1年間のほとんどをついやしてしまいますから、新たな書き下ろし作品というのは物理的に無理なんですが、かつて雑誌や新聞に連載していた作品を書籍化したらどうか?という提案です。

 たとえば前述の 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』 は、2006年12月~2010年8月に 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) というフリーペーパーに連載していたエッセイです。
 これを上毛新聞社が編集し、僕が加筆・訂正、書き下ろしを加えて、再度、世に送り出しました。


 「○○○○に連載している×××ですよ」
 と言われて、
 「ああ、そうだね。そろそろ、いいんじゃないの」
 なんて、提案していた僕のほうが忘れていました。

 「で、いつ頃を考えているの?」
 と問えば、
 「やっぱり年内でしょう」
 と、当然のように答えるT氏。

 「えーーーーーっ、ねんないっ!?」
 と、あわてる僕に、間髪をいれず、
 「だって、すでに原稿はあるじゃありませんか!」
 と、またもや当然のように答えます。

 まあ、確かに、一度書いたものですから原稿はありますけど、やはり1冊の本にするということは、それなりの作業があるわけで・・・
 出版が年内ということは、制作期間は秋までということになりますよ!
 えーと、えーと、今が6月だから……
 ん! 3ヶ月しかないじゃないかーーーーっ!!!!


 「と、いうことで、よろしく。カンパ~イ!」
 と、いとも簡単に、大事なことが飲み屋で決まってしまうのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:49Comments(0)酔眼日記

2014年06月13日

老神温泉 「楽善荘」


 「先生、お待ちしておりました」
 そう言って、作務衣姿の男性が、駐車場まで駆け寄ってきました。

 ん? 先生だ? この僕のことですか?

 「もう何年も前ですけど、私は前橋まで先生の講演を聴きに行ったことがあるんですよ」
 と、2代目主人の桑原公美さん。
 すると、女将の照子さんまでもが、
 「私も昨年、片品村で先生の講演をお聴きしました」

 へー、そんなことってあるんですね。
 よりによって、取材に訪れた温泉旅館の主人と女将が、夫婦そろって別々に僕の講演を聴いていたとは・・・
 なにか、縁のようなものを感じます。

 「あのとき、老神温泉の話が出なかったものですから、いつか老神温泉にも来てほしいと思っていたんです。そしたら、ビックリするやら、うれしいやら、本当に来てくださったんですね」
 と大歓迎されてしまいました。

 こちらも願ったり、叶ったりです。
 取材も和気あいあいの中、スムーズに行われました。


 主人の公美さんは、旅館業としては2代目ですが、商店としては3代目になります。
 現在は旅館に併設された売店(みやげ物屋) という形になっていますが、そもそもは、こちらの店が始まりです。

 創業は明治時代。
 「たばこや」 の屋号で祖父の楽吉さんが、商売を始めました
 タバコをメインに、生活雑貨を販売する 「よろずや」 だったようです。

 「だから今でも地元の人は、うちを旅館名では呼ばずに、みんな 『たばこや』 って言います」

 昭和40年、日光へ抜ける金精峠の全面開通に伴い、老神温泉にも観光ブームの余波がやってきました。
 これを機に、先代の父、善三郎さんが旅館を始めました。

 「じいさんの楽吉の “楽” と、おやじの善三郎の “善” で、楽善荘です」
 なーるほど!
 “湯に歴史あり、宿に物語あり” ですね。

 昭和の50~60年代には従業員の宿舎があるほどの大所帯で経営をしていたといいますが、現在は素泊まり専門の宿として、夫婦で細々と営んでいます。
 「建物の古さは隠せないけどね、掃除だけは欠かさずに、お客様を迎え入れてます。うちの自慢は、お湯だから! 湯に入っていただければ、良さが分かってもらえますよ」
 と、自信たっぷりに女将に言われれば、湯に入らないわけにはいきません(もちろん、取材に行って入らないことはないのですが)。


 「湯元 楽善荘」
 その看板に、いつわりはありません。
 泉温 約42℃、毎分約160リットルの8号泉と泉温 約55℃、毎分約94リットルの10号泉の混合泉が、惜しみなくザバザバとかけ流されていました。
 8号泉は単純硫黄温泉。10号泉は単純温泉。
 ですから、無色透明の澄んだ湯でありながら、ほんのりと硫黄の香りが漂っています。

 サラリとしてキレがあるのに、湯上がりは肌にしっとりと余韻を残す、かなり憎い湯であります。


 「お写真を撮ってもいいですか?」
 女将に言われて、帰りしなに売店でパチリ!
 「今日のブログに載せます」
 とのこと。

 そういえば、昨年10月に片品村商工会館で行われた講演会の様子も、しっかりブログにアップしてありましたものね。
 楽しみに、拝見させていただきます。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:04Comments(2)温泉地・旅館

2014年06月12日

老神温泉 「伍楼閣」


 沼田市街地より国道120号で日光方面へ。
 昨年開通した椎坂峠のトンネルのおかげで、老神(おいがみ)温泉は、ぐうーっと近くなりました。

 温泉街の入口で観光客を出迎える、大きな看板。
 <老神温泉郷> と書かれています。

 あれ? ここから先は老神温泉しかないのに 「郷」 なの?
 と、誰もが疑問に思う瞬間です。

 その謎が、やっと今回、解けました。


 「昭和のはじめまでは、片品川をはさんで右岸に 『老神温泉』、左岸に 『穴原(あなばら)温泉』 と 『大楊(おおよう)温泉』 の3つの温泉地がありました。でも、十数軒の旅館が別々のことをしているより、みんなで一丸となって頑張ったほうがよいということになり、昭和10年に 『老神温泉郷』 という呼び名にし、老神温泉旅館組合が発足されました」
 と話してくれた伍楼閣(ごろうかく) の2代目主人、金子千明さん。
 金子さんは、旅館組合の現・組合長でもあります。

 伍楼閣の創業は昭和43年と老神温泉では新しいほうですが、先代が明治時代からあった老舗宿の 「上之湯元館」(現在は廃業) で修業したのちに開業した旅館だけあり、古い資料もあり、博識な主人から老神温泉の波瀾万丈な “湯の歴史” を聞くことができました。

 「つづきは、食事のあとに、ここでビールでも飲みながら話しませんか?」
 と主人に言われ、振り返ればロビーの奥には、ビールサーバーの付いたカウンターがあるではありませんか!
 「は、はーい!」
 と、僕は元気な小学生のような良い返事をして、湯めぐりへ。


 宿の名物はなんといっても、“五湯めぐり” と名づけられた2つの大浴場と3つの大露天風呂です。
 露天風呂のうち2つが混浴、1つが貸切(大浴場にも小さな露天風呂がある)。

 実は僕、ここの風呂に入るのは2回目なんです。
 確か、十数年前に雑誌の仕事で泊まったことがあるのですが、まだ温泉ライターになる前だったので、記憶が定かではなかったのです。
 がーーーっ!
 風呂を見るなり、入るなり、ありありと記憶がよみがえってきました。
 それも五湯、全部の記憶です。

 と、いうことで、自分の中の記憶をたどりながら5つの湯を2日間かけて、ゆっくりとめぐってきました。

 もちろん湯上がりは、女将が注いでくれた生ビールをいただきながら、主人と長い長い温泉夜話にふけたことは、言うまでもありません。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:49Comments(0)温泉地・旅館

2014年06月10日

温泉の真実


 「小暮さんは、正直過ぎるんだよなぁ~。本当のことを言い過ぎると敵をつくるよ(笑)」

 昨晩は市内某社にて、“温泉地の再生と利用” をテーマに会議が行われました。
 僕の 「消えていく温泉をなんとかしてほしい」 という呼びかけに対して、有志が集まってくれたのです。

 で、その席で、事業再生コンサルタントであるA氏に突っ込まれた言葉が、冒頭です。
 「でもさ、温泉ライターなんだから、それでいいんだよね。真実を伝えるのが仕事だものな」
 と、フォローもしてくださったのですが、実は僕、このところ、“真実を語ることへの弊害” に少々トラウマになっているんです。

 “真実=正しいこと”
 ではあるのですが、
 “真実=人を傷つけてしまう、もしくは、怒らせてしまう”
 のです。

 先日も連載している新聞に、本音をストレートに書いたところ、快く思わぬ読者から新聞社へクレームが届きました。
 間違ったことであれば、僕はすぐに訂正をします。
 また新聞社側も、それなりの 「お詫び」 記事を掲載してくれます。

 でも、今回の記事は真実であり、僕が温泉ライターとしての信念にしている事でもありました。
 “温泉へ行くとは、ただ単に温泉水に入ることではなく、温泉地が持つ情緒や自然環境に身を置くことだと思う”
 これに対して、「では、日帰り温泉は温泉じゃないのか!」
 との指摘を受けました。

 ここで僕が弁明をすると水かけ論に発展しそうなので、新聞社サイドで対処してもらうことにしました。


 「だからさ、そこは小暮さん、『安い宿の湯が良いじゃなくて、安くても湯の良い宿がある』 って言ったら?」
 またしてもA氏に、注意を受けました。
 「料金の高い宿は、湯も良いのか?」 という質問に対して、僕は、
 「料金が高くて湯の良い宿もあるけど、得てして安い宿のほうが湯が良い」
 と、言い切ったのであります。

 だから、A氏の言う 「安くても湯の良い宿」 があるのではなくて、「高くても湯の良い宿がある」 が正解なんです。

 ま、そうやって、世間からの風当たりを気づかって、僕を守ろうとしてくれているA氏に、いつも感謝はしているんですけどね。
 ああ、真実を伝えるって、とっても勇気がいるし、なんだかんだと後が面倒なことなのであります。

 だから僕は、その場かぎりで形の残らないライブが好きなのかもしれません。
 講演会ならば、本音を直接読者へ伝えることができますからね!
  


Posted by 小暮 淳 at 17:06Comments(2)温泉雑話

2014年06月08日

祝賀会効果


 午前1時20分。
 ヘロヘロに酔いながら、アイスを買いにコンビニに。

 「AKB総選挙、どうなりました?」
 レジのお兄さんが、オタクっぽかったので訊くと、
 「まゆゆ、です」
 「えっ、まゆゆーーー!」
 と、思わずアイスを落としそうになる僕。

 「じゃあ、さっしーは?」
 「2位です」
 そ、そ、そんな~! ぶっちぎりで指原莉乃が1位だと思っていたのに。

 「で、お兄さんは、どーなのよ? それでいいの?」
 と、ヨッパライは、詰め寄ります。
 「え? ぼ、ぼ、ぼくですか? 僕はキョーミがありません」
 だとーーーっ!

 おい、店員!
 興味がないとは、なんだ!
 ヨッパライだからって、軽くあしらったな!
 てやんで~、「さっしー、バンザ~イ!」 と叫びながら、雨の中、帰途に付いたのであります。


 先月末に開催された祝賀会には、たくさんの県内観光関係者、温泉関係者、企業の代表者が出席くださいました。
 これも、“祝賀会効果” なんでしょうかね。
 毎年、出版記念のイベントが行われると、決まって後日、出席された方々からお誘いの連絡をいただきます。
 今週は、連絡をいただいた企業のトップの人たちと会食をしています。

 某紙の社長さんとは、高崎市内のフレンチレストランでランチをしました。
 ランチといっても、フレンチですからね。
 ふだんは、滅多に口にしないような高級食材をいただきましたよ。
 もちろん、相手は企業のトップの方ですから、ただの会食会ではありません。
 ちゃーんと、ビジネスの話をしてきました。

 で、昨晩は、やはりIT会社の社長さんと、その社長を紹介してくださった某財団の理事をされている方と3人で、会食会となりました。
 といっても、今度は夜です。
 「小暮さんは、飲めるんですよね?」
 と訊かれれば、「飲めません」 なんていうウソは付けません。
 このへんが、呑兵衛の意地汚さであります。

 「ええ、キライじゃありません」
 とは、我ながらズルイ言い回しであります。
 「何が、お好きですか?」
 と問われれば、そこは素直に、
 「なんでも! (できれば日本酒が…)」


 1軒、2軒と雨の街を飲み歩き、最後はカラオケで締めとなりました。
 「では、そういうことで、よろしくお願いします」
 なーんてね。ひっそりと、大人の会話も交わされるわけです。

 これも、“祝賀会効果” ということなんでしょうね。
 楽しいお酒でありました。

 シトシトと降り続く雨の中、駅から我が家までアイスを食べながら歩いて帰る道・・・

 やっぱり、指原を1位にしてあげたかった~!
 それだけが、心残りの夜でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:26Comments(2)酔眼日記

2014年06月06日

傘はないけど夢がある


 ♪都会では 自殺する 若者が 増えている
   今朝来た 新聞の 片隅に 書いていた
   だけども 問題は 今日の雨 傘がない♪


 井上陽水の歌う 『傘がない』 がヒットしたのは1972年のこと。
 あれから40余年・・・
 自殺する若者は増え続け、都会から地方にも伝播して、ついに日本は世界一の “自殺大国” となってしまいました。

 政府の発表によれば、先進国7ヶ国の中で、日本だけが若い世代の死因トップが自殺だったといいます。
 それも15歳~34歳の男女ともだそうで、発生率は10万人あたり20人!
 これは2位カナダの12.2人に大きく差を付けています。


 ああ、由々しきことです。
 僕が、あんだけ 「死にたくなったら温泉に入ろう!」 って、長年キャンペーン(?) を続けているのにね。
 やっぱり、若い人は温泉へ行かない人が多いからでしょうか?
 これでは、温泉好きの年寄りは、ますます長生きをしてしまいます。

 少子高齢化の差は、ひらくばかりです。


 でも、なんで、日本の若者は、そんなに死に急ぐのでしょうか?
 と、思っていたら一昨日、こんな新聞記事が目に留まりました。

 <日本の若者 自信も希望もない?>
 <7カ国調査で最下位>

 政府が閣議決定した 「子ども・若者白書」 によれば、日本・韓国・アメリカ、イギリス、ドイツ・フランス・スウェーデンの若者(13歳~29歳)の男女を対象(各国1,000人程度) に、インターネット調査したところ、「自分自身に満足している」と回答した人の割合は、日本が45.8%で最下位。
 他の国はすべて70%を超えていたといいます。

 「将来に明るい希望を持っている」 も最下位。
 そのほか、「自分に長所がある」、「40歳になったときに幸せになっている」 でも最下位でした。

 あらららら~、といった感じですね。
 そのままピッタリと、若者の自殺増加原因と当てはまります。

 いったい、いつから日本は、こんなにも “未来” のない国になってしまったんでしょうかね!

 若者にとっての未来、それは 「夢」 です。
 夢の見れる世の中でなければ、未来も来ないということです。


 でもね、世の中のせいにしてしまうのは簡単ですが、若者にも原因があると思いますよ。
 一度、見た夢をあきらめるなよ!
 歯を食いしばってさ、何年でも、何十年でも追いかりゃいいじゃんか!
 死ぬか、生きるかは、それから考えればいい!

 きっと、その頃には大人になっているから。
 「ああ、あの時、死ななくて良かった」 と思うと、思うよ


 ♪行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
   雨にぬれて行かなくちゃ 傘がない♪
   


Posted by 小暮 淳 at 21:41Comments(4)つれづれ

2014年06月05日

飲みたくなる声


 さすが、エフエム群馬の人気番組です。
 毎週金曜日の午後に放送されている 「G☆FORCE」。

 パーソナリティーは、リンダ様こと櫻井三千代さんと、お笑い芸人の竹村淳矢さん。
 先週の 「人間力向上委員会」 というコーナーにゲスト出演しました。

 途端、放送終了後から、スゴイ反響です!
 電話やメールが、ジャンジャン届きました。
 それも、すべて遠い知人たちでした。

 ま、仕事や遊びで、日頃からお付き合いのある人たちは、僕がテレビやラジオに出演するたびに連絡は寄越しません。
 「そういえば、小暮さん、この間テレビに出ていたね」
 なんて、顔を合わせたときに、声をかけられるくらいです。

 でもね、さすがは 「G☆FORCE」!
 人気番組ですから、聴いている人の数が違います。
 この時とばかりに、連絡をくれます。

 「いま、ラジオで小暮さんの声を聴いたので、メールしちゃいました」
 「お久しぶりです。ご活躍ですね。たまには会いませんか?」
 とのメールや電話の最後には、必ず、こう言ってきます。

 「今度、飲みませんか?」

 ん?・・・
 なんで、いきなり飲む話になるんでしょうか?
 もう、何年、十数年と会っていないのに、ラジオから僕の声を聴いただけで、急に酒を飲みたくなってしまうんですか?

 もしかしたら、僕の声は “飲酒を誘発する声質” なのかもしれません。

 いや、待てよ。
 声質に問題があるのではなく、僕の “酒好き” が原因なのかも!
 「あっ、小暮さんだ! なつかしいな~。小暮さんといえば呑兵衛だものな。たまには一緒に飲んでやるか!」
 と思って誘ってくれているのかもしれませんね。

 まあ、原因は何にしろ、こうやって僕を忘れずに昔の知人が連絡をしてくれるのですから、ありがたいことです。
 ありがとうございます。
 なるべくスケジュールを調整して、お誘いに応えられるようにいたします。


 と、いうことて、明日は 「G☆FOCE」 の続編であります。
 前回も告知しましたが、収録時に盛り上がり過ぎて、異例の2週連続出演となりました。

 新刊本の取材秘話や温泉の雑話をたっぷりとお話します。
 お楽しみに!


 ●放送局   FMぐんま 86.3MHz
 ●番組名   「G☆FORCE」
          毎週金曜日 13:00~17:55
          パーソナリティー 櫻井三千代
                     竹村淳矢
 ●出演日   6月6日(金) 15:05~15:30
          「人間力向上委員会」 のコーナー
          ゲスト 小暮淳(温泉ライター)
    


Posted by 小暮 淳 at 17:16Comments(0)温泉雑話

2014年06月04日

思わぬ読者


 先日、最新刊 『新 ぐんまの源泉一軒宿』 の出版記念祝賀会が行われたことは、このブログにも書きました。
 その後、新聞でも第1部の講演会の様子がカラー写真で大きく紹介され、各方面から反響をいただいています。
 温泉関係者からは、「素晴らしい講演をありがとうございました」 「小暮さんの言うとおりです。講演を日本中の人に聞かせたい」 との、うれしいメールまで届いています。

 また出席されたブログの読者からもコメントをいただきました。
 たくさんのみなさん、本当にありがとうございました。


 実はあの日、僕にとって、思わず胸が熱くなるサプライズがありました。
 それは、祝賀会が終わり、参加者が全員退席したあとのことです。

 「では、我々も2次会場へ移動しましょう」
 と、僕もスタッフらと一緒に会場を出ようとしました。
 振り返ると、まだ数名のホテル従業員が、料理やテーブルの後片付けをしています。
 僕は、まず、女性従業員に声をかけました。

 「今日は大変お世話になりました」
 「ありがとうございました」
 普通のあいさつです。

 年配の男性従業員がいました。
 フロアー担当の責任者のようです。

 「お世話になりました。おかげさまで、いい祝賀会となりました。ありがとうございました」
 と同じように、お礼を言いました。
 すると、その男性は、
 「ありがとうございました。大変お疲れさまでした」 と言ったあと、こんなことを言いました。

 「先生のコラムは毎週、楽しみに新聞で読ませていただいています」

 たった、それだけの言葉だったのですが、ジーンと僕の胸に響きました。
 だって、彼はホテルマンですよ。
 そして、僕はこの日のお客です。
 もし、僕から声をかけなかったら、彼から声をかけてくることはなかったと思います。
 知るよしもない、事実でした。

 「あ、あ、そうですか! ありがとうございます」
 と、僕のほうが、うれしくて、再度お礼を言ってしまいました。


 読者って、どこにいるか分からないものですね。
 誰が、読んでいるか分かりません。
 そう思うと、怖いような気もしますが、ライターにとっては、この上もない喜びであります。

 思わぬ読者との出会いに、ほっこりと心が温かくなったひと時でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:58Comments(0)執筆余談