温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2014年09月29日

紅葉温泉&奇跡の湯


 日中は30度近く気温が上がるものの、やっぱり真夏とは違います。
 湿度が低いぶん、日陰は心地よい風が吹いています。
 朝夕も、めっきり涼しくなりました。

 1日の寒暖の差が大きいということは、紅葉の色づきも良くなるということで、今年は期待できそうですぞ!
 北のほうから紅葉前線も徐々に南下中!
 群馬県内でも標高の高い山岳地帯では、色づき始めているようです。

 と、いうことで、今年も僕がコメンテーターを務める群馬テレビの 「ニュースジャスト6」 では、10月2日(木) に絶景の紅葉スポットと周辺の温泉を紹介いたします。


 ●放送局   群馬テレビ(地デジ3ch)
 ●番組名   「ニュースジャスト6」
          NJウォッチのコーナー
 ●放送日   10月2日(木) 18:00~18:30
 ●ゲ ス ト   小暮 淳(温泉ライター)
 ●テーマ    「渓谷を彩る紅葉温泉」


 と、翌日の3日(金) には、以前ブログでも紹介しました群馬県の広報番組 「ぐんま一番」 が、いよいよオンエアされます。
 お笑い芸人のエレファントジョンの2人と共に、全国でも1%未満しか存在しないという “奇跡の湯” を求めて旅をします。
 ぜひ、こちらもご覧ください。
 視聴者プレゼントもありますので、お楽しみに!


 ●放送局   群馬テレビ(地デジ3ch)
 ●番組名   「ぐんま一番」 in みなかみ
 ●放送日   10月3日(金) 19:30~20:00
   再放送   10月5日(日)  9:30~10:00
 ●出演者   エレファントジョン、小暮 淳 ほか
   


Posted by 小暮 淳 at 15:23Comments(0)温泉雑話

2014年09月28日

大胡温泉 「三山の湯 旅館 三山センター」⑦


 「小暮さんはさ、うちに来るとき、いっつもニコニコしながら入ってくるよね。なんだかさ、息子があたしに会いに帰って来たみたいで、うれしいよ」
 なーんて、女将の中上ハツヱさんは、満面の笑みで僕を迎えてくれるのです。

 僕と女将さんは、もう10年以上の付き合いになります。
 最初の出会いは、ぷらりと立ち寄り、客として湯をいただきました。
 そのとき長い立ち話をして、「だったら今度、取材させてください」 ということになり、その後、雑誌や新聞、さらに2冊の著書でも取材に訪れています。

 プライベートも含めたら、もう何十回と訪ねていると思います。


 「そうですよ、僕は女将さんの息子みたいなもんじゃないですか!」
 「そうだよね。あの地震のとき、一緒に逃げたんだものね。家族と同じよね」

 大胡温泉ファンには、つとに有名な話ですが、そうなんです。
 2011年3月11日の東日本大震災の日、僕は、ちょうど大胡温泉にいたのです。
 ※(震災と大胡温泉については、当ブログの2011年3月12日 「大胡温泉ふたたび」、2012年3月11日 「あれから1年 大胡温泉」、2013年3月11日 「あの日あの時、大胡温泉」、2014年3月11日 「3.11 そして大胡温泉へ」 参照)


 で、昨日は、久しぶりに大胡温泉(前橋市) に泊まってきました。
 でも、取材じゃないんです。だからといって、プライベートでもありません。
 実は、僕が所属するクリエイティブ集団 「プロジェクトK」 の年に1度の総会日だったのです。

 プロジェクトKとは、群馬を中心に全国で活動するカメラマンやライター、イラストレーター、デザイナーなど、フリーランスで活動をする個人の集まりです。
 今年の9月で、発足9年目を迎えました。
 僕は、副代表を務めています。

 ま、総会といっても結局、のん兵衛の集まりですからね。
 真面目な会議はそこそこに、すぐに宴会が始まるわけです。

 会員20名のうち、昨晩は14名が出席。
 一番遠い人は、鹿児島県から飛行機に乗ってやってきました。


 「小暮さんのお仲間だもの。うーんとサービスするよ」
 だなん女将さんたら、張り切って、奮発して、ビールも日本酒もワインも、ジャンジャン出してくれました。

 料理だって、息子で2代目主人の富男さんが、腕によりをかけた品々が、テーブル狭しと並びます。


 いい酒、いい宿、いい仲間たち!
 飲んで、語って、笑って、夜中まで、ドンチャン騒ぎは続きました。

 女将さん、ご主人、そしてスタッフのみなさん、大変お世話になりました。
 今朝はメンバー全員、大満足で帰って行きましたよ。

 ありがとうございました。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:44Comments(2)温泉地・旅館

2014年09月26日

自転車に乗って③


 ま、僕は 『電車とバスで行く ぐんまの里山てくてく歩き』 (上毛新聞社) なんて本を書いているくらいですからね、車に依存した生活があまり好きではありません。
 できれば都会の人みたいに、電車やバス、自転車だけで生活をするのが理想なんです。
 でも、群馬で暮らしている限りは、どうしても車を利用しないわけにはいきませんものね。
 だから、急ぎの仕事や遠出をするとき以外は、極力、車の利用は避けています。


 で、今日の天気!
 秋晴れのさわやかな一日でした。

 気温は29℃と高いのに、湿度が低く、とっても、さわやかな日和。
 こんな日に、車に乗って移動するなんて、もったいない!

 と、いうことで、いつもなら車で行く距離ですが、頑張って片道1時間、自転車を漕いで、来月開催される講演会の打ち合わせに行ってきました。


 「えっ、自転車で来たんですか?」
 と、驚く担当者。
 そして、敷地内の駐輪所を眺めて、
 「それも、ママチャリで?」

 「いえいえ、違いますよ。その隣の黒い学生自転車です。娘の “おあがり” ですけどね」
 なんて会話も、のどかでよろしいのです。
 車で来ていたら、こんな話も出ませんものね。

 たっぷり1時間、当日の打ち合わせと、会場となるホールの下見をしてきました。


 寄り道、道草、迷い道・・・
 歩道でも、車道でも、スイスイスーーーイ!

 途中でコンビニを見つけて、ちょっと一服。
 本屋を覗いたり、ショッピングセンターに寄ったり、たっぷり半日、楽しみました。

 おかげで、しっかり日焼けをしてしまいましたけどね。
 なんだか、のんびり、ゆったり生きているのが、僕は性に合っているようです。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:05Comments(3)つれづれ

2014年09月25日

『誕生日の夜』 原画展&朗読会


 今日から高崎市で、画家の須賀りすさんの個展が開催されているので、顔を出してきました。

 このブログの読者には、もうお馴染みだと思いますが、とにかく彼女は多彩です。
 画家でありながら、アマチュア劇団の役者やチンドンの演奏もこなします。
 と、思えば近年は、エフエム群馬で絵本の朗読番組を担当するなど、八面六臂の大活躍です。

 そうそう、今年からは、我がスーパーローカルオヤジバンド 「KUWAバン」 で、ドラムを演奏してくださっています。


 で、今回は本業の画家としての個展です。

 『 須賀りす展 ─走馬灯─ 』。
 タイトルどおり、彼女の画家人生をたどりながら、初期の作品から新作まで約60点が展示されていました。

 と、今回は特別企画として、以前、このブログでも紹介した僕と彼女の共著である絵本 『誕生日の夜』 の原画展も併設されています。
 16枚の原画は、スミ一色で描かれていますが、かなり見ごたえがありました。
 僕も今まで、原画をちゃんと見たことがなかったものですから、ちょっぴり感動してしまいました。
 ※( 『誕生日の夜』 は、当ブログのカテゴリーより全文を閲覧することができます)


 そして!
 来る28日の日曜日、
 なななんと!
 会場にて、須賀りすさんによる 『誕生日の夜』 の朗読ライブが行われます。

 これは、必聴ですぞ!

 お時間のある方は、ぜひ、絵と朗読に癒やされに来てくださいね。
 作者として、僕も当日は会場にて、みなさんのご来場をお待ちしております。



      須賀りす展  ─走馬灯─

 ●会 期   2014年9月25日(木)~9月30日(火)
          11:00~18:00
 ●会 場   ユーホール
          高崎市高松町3(NTT東日本群馬支店1F)
          TEL.事務局 027-324-1120
            会場直通 027-323-6218(会期中のみ)

      須賀りす 朗読ライブ
 ●日 時   9月28日(日) 14:00~(約30分)
 ●会 場   ユーホール内
 ●演 目   『誕生日の夜』 作・小暮 淳 絵・須賀 りす
         


Posted by 小暮 淳 at 19:48Comments(0)誕生日の夜

2014年09月24日

幡谷温泉 「ささの湯」②


 温泉とは、見かけによらぬものである。

 最初に、幡谷(はたや)温泉の一軒宿、「ささの湯」 を訪ねたとき、つくづく、そう思ったものでした。

 群馬県利根郡片品村幡谷。
 四方を山々に囲まれた深山幽谷の地。
 赤い瓦屋根を乗せた民家のようなたたずまい。
 看板さえ出ていなければ、こんなところに温泉が湧いているなんて、誰が想像できるでしょうか。


 先週、片品村の取材の折に、「ささの湯」 に立ち寄ってきました。
 理由は、露天風呂の撮影です。

 実は僕、半年前に、本の取材で同湯を訪ねています。
 が、そのときの季節は、冬!
 露天風呂は、閉鎖されていました。

 う~ん、この、湯を中心に考えた経営方針って、好きなんですね。
 そもそも僕は内風呂派です。
 露天風呂は、湯の鮮度のことを考えると、湯守(ゆもり)の精神にそぐわない無用の長物なのであります。

 露天風呂とは、源泉の温度が高くて、湧出量が豊富な温泉にだけに与えられた “特別な浴槽” なのですから。
 だから、冬期閉鎖をかたくなに守っている同湯は、湯守の精神にのっとっている温泉宿といえるのです。


 いやいや、それにしても、相変わらず、すごい湯の量でした。
 毎分260リットルの自家源泉から送り込まれる湯量は、ハンパじゃありません!
 だって、L字型した浴槽の縁全体から、ザバーザバーと、まるでナイアガラの滝のように湯があふれ出ています。
 (観光的には、東洋のナイアガラと称される “「吹割の滝」 のよう” と言うべきでしょうか)

 「お見事!」
 思わず、感嘆の声を上げてしまいました。

 温泉は見かけによらぬもの、ですな。


 ※露天風呂の営業期間は、4月から11月までです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:32Comments(0)温泉地・旅館

2014年09月22日

花咲温泉 「民宿 ほたか」


 群馬県利根郡片品村。
 国道120号、平川の信号を左折して、川場方面へ向かう。
 やがて、急カーブの坂道に差しかかる。
 すると突然、視界に大きな看板が飛び込んできた。

 “チロリン 花咲温泉へ”

 ん? チロリンってなんだ?

 チロリンとは 「チロリン村」 のことで、温泉が湧く以前の花咲地区の愛称なのです。
 スキーをはじめとするテニスや野球、サッカーなどのスポーツリゾート地として、民宿やペンションが昭和の時代に売り出したのでした。

 「温泉が湧いてからは、チロリン村なんて呼ぶ人はいなくなっちゃったね。やっぱり、温泉の力は凄いよ」
 と言うのは、この看板の真ん前にある 「民宿 ほたか」 の2代目主人、佐藤佐次郎さんです。
 現在、13軒ある花咲温泉街の最初の宿なんです。

 温泉が湧いたのは平成になってからですが、宿は昭和30年代から営んでいました。
 「冬はスキー客、夏は登山客、スポーツ合宿と、一年中忙しかったよ。今は、スキー人口が減ってしまったからね。夏の客のほうが多いかな」

 なんでも最近はスポーツ合宿以外に、都会の小学生が 「体験学習」 にやって来るんだそうです。
 農業体験や魚のつかみ取り、うどんやこんにゃくの手づくり体験などを、主人と女将の志げ子さんで教えています。


 女将は、“梅の青漬け” 名人でもあります。
 「ひとつ、食べてみい。みんな、この味が忘れられなくて、大人になってもやって来るんだよ」
 と出された梅は、青くて、大きくて、ツヤツヤしていて、見るからに美味しそう!

 まずは1つ、口に含みました。
 コリコリ、カリカリ、コリコリ、カリカリ・・・
 甘酸っぱい汁が、口の中いっぱいに広がって、なんとも幸せな気分になります。

 もう1つ、口の中へ!
 コリコリ、カリカリ・・・、もう、止まりません。

 30年以上、毎年、漬けている “民宿ほたかの味” なんですね。
 スポーツ合宿で来た子どもたちが、大人になってからも自分の子どもを連れてやって来る気持ち、分かりますよ。

 あまりに僕が、「おいしい、おいしい」 を連呼するものだから、女将さんったら、しっかり帰りにおみやげに持たせてくれました。
 ありがとうございます。
 家族全員で、コリコリ、カリカリ、存分に楽しませていただきました。

 民宿 ほたかの 「梅の青漬け」、一度食べたら絶対、クセになりますよ!
  


Posted by 小暮 淳 at 21:39Comments(0)温泉地・旅館

2014年09月21日

紅雲愚連隊


 ♪ぼ、ぼ、ぼくらは 紅雲愚連隊
   勇気りんりん るりの色♪


 昨晩、オヤジの卒寿を祝う乾杯をし、両親を寝かし付けた後、僕はこっそりと実家を抜け出しました。
 バッグには、日本酒のビンを忍ばせて・・・

 目指すは、秘密のアジトです。

 アジトとは?
 実家と同じ町内にある、旧友の家。
 小学校から遊んでいるK君のアトリエです。
 そう、K君は画家なんです。

 「よっ、日本酒を持ってきたぞ!」
 「おお、サンキュー! とりあえずSが来るまで、ここでやってましょう」
 と、さすがK君。
 中庭のテーブルの上に、クーラーボックスから缶ビールを2本取り出しました。

 S君とは、同じ町内に実家がある同級生です。
 職業はカメラマン。
 ちなみに、僕らが生まれ育った町とは、前橋市の紅雲町(こううんちょう) です。
 「べにぐも」 ではありませんよ。

 S君が来て、メンバーが全員揃いました。

 「われら、紅雲愚連隊! カンパ~イ!」
 と、あれから50年近く経った今でも、僕ら悪ガキは集まって、夜遊びを繰り返しているのです。


 「やっぱ俺たち3人は、浮いてたな」
 とK君が、今年の6月に開催された中学校の同窓会話を始めました。
 「そりゃ、そーでしょう。みなさん、ちゃーんと立派な職業に就いておられましたからね」
 と僕。

 画家とカメラマンとライター、ですもの。
 よりによって、紅雲町に住んでいた幼なじみ3人が、仲良くアウトローの人生を歩んでしまいました。

 「しっかしさ、俺たちって、いっつも金がなくて、貧乏だな」
 「だな、自慢じゃないけど、俺、貯金ないし」
 「なに言ってんだい、俺なんて、貯金はもちろんないが、借金ならあるぞ」

 ついに、いつもの貧乏自慢が始まりました。
 この日だって、飲み屋に行く金がなくて、全員持ち寄りで飲むことになったのです。


 さすがに、屋外は夜になると冷えます。
 河岸をアトリエの中に替えて、焼酎、ウイスキー、日本酒と、思い思いの好きな酒を飲みながら、密談は続きます。

 「ジュンの最初の本は、俺が作ったんだよな」
 そうなんです。17年前、K君がプロデュースして 『上毛カルテ』(上毛新聞社) というエッセイを出版したのでした。
 今は、S君が僕の温泉本の表紙やグラビアの写真を撮ってくれています。

 本のこと、絵のこと、写真のこと・・・
 昔と変わらず悪ガキたちは、大人になっても夢を食べて生きているのです。


 「そうだ、ジュン。また、あの島へ行こう!」
 「行こう行こう! 今度はSも一緒に行こうよ」
 「みんなで、夕陽を見ながら海で酒を飲もう!」

 気が付けば、すでに午前様であります。

 死ぬまで、こうやって3人で仲良く夢を見て暮らしていこうな。
 頼むぜ、紅雲愚連隊の同志たちよ!
    


Posted by 小暮 淳 at 20:48Comments(0)酔眼日記

2014年09月20日

卒寿の晩餐


 「なぁ、ばあちゃんよ。ジュンを産んでおいて良かったな」
 「そうですね」
 なーんて、聞こえよがしに言われれば、介護の疲れも吹き飛んでしまいます。

 食い物はこぼすし、小便はたらすし、他人の靴は履くし、認知症が進んで何から何まで手のかかるオヤジですが、それでも、息子のことをそんな風に思っていてくれたんですね。


 僕と兄は、7歳も年が離れています。
 どうして、そんなに離れているかというと、兄と僕の間にもう一人 “きょうだい” がいたからなんです。
 死産でした。

 子どもの頃、仏壇に毎日、ミルクを上げているオフクロを見て、不思議に思い訊ねたことがありました。
 するとオフクロは、
 「産まれて来れなかった子のごはんだよ。お前のお兄さんか、お姉さんだね」
 と教えてくれました。

 そして、こんなことも言ったのです。
 「お前が、今こうしているのも、この子のおかげもしれないんだよ」 と……。

 もし、この子が産まれていたら、僕は3番目の子どもとして誕生してなかったかもしれないということです。

 きっとオヤジは、そのことを言っているんだと思います。
 僕を産んでおいて良かったと・・・


 で、そんなオヤジが、今日、無事に誕生日を迎えました!
 1924年(大正13年) 生まれですから、満90歳であります。

 いやいや、息子たちに面倒をかけながらも、スクスクと老いています。


 「で、そういうことで、今週は前橋に居られないからさ。悪いんだけど、その日は、お前がビールで乾杯して、オヤジを祝ってやってくれよ。正式なお祝いは、日を改めてするから。お願いするよ」
 と今週、兄はヤボ用があり、東京へ帰ったままです。


 さーて、そろそろ、夕食の準備をしに、実家へ戻らなくてはなりません。
 今晩は、オヤジの好きな魚でも煮てやりましょうかね!
 腕をふるいますよ~!

 そして、ささやかながらオフクロと3人で、 “卒寿” を祝いたいと思います。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:56Comments(4)つれづれ

2014年09月19日

『ぐんま一番』 in みなかみロケ


 午前5時、起床!

 夜型の僕としては、決死の覚悟で臨んだ今朝の早起きでした。
 目覚まし時計2個と、ケータイのアラームにて、何とかベッドから抜け出せました。


 今日は一日、群馬テレビ 『ぐんま一番』 の撮影日でした。
 テレビ局からロケ車に乗り込み、向かったのは群馬県みなかみ町。
 この番組は、毎回、県内の35市町村をめぐる群馬県の広報番組です。

 で、今回、みなかみ町ということもあり、温泉本の著者としてゲスト出演することになりました。
 旅のナビをする番組のパーソナリティーは、お笑い芸人 「エレファントジョン」 の2人。
 道中、車の中では温泉話や芸人仲間の話など、さすが芸人さん!と感心するほどの笑いっ放しトークが炸裂しました。


 上越新幹線の上毛高原駅、月夜野りんご園、上越クリスタル硝子でのロケを終え、昼からは、いよいよ、僕の出番です。

 「では、奇跡の湯へご案内しましょう!」
 という流れで、ロケ車の中ではカメラを回しっぱなしにして、3人のフリートークの撮影から始まりました。

 「さあ、着きましたよ」
 と、僕が先に車から降り、エレファントジョンの2人を某温泉旅館に案内しました。


 そして、浴室へ。
 カメラは、入浴中の3人を撮り続けます。

 「小暮さん、この湯のどこが奇跡の湯なんですか?」
 「そうですよ、ふつうの温泉に見えますけどね」
 と、突っ込む2人・・・

 「ですか? ふつうの温泉には “湯口” といって、温泉が注ぎ込まれる給湯口がありますよね。どうですか、この浴槽に “湯口” がありますか?」
 と、種明かしを始める僕。

 「あれ、あれれれ?」
 「本当だ、ない! なのにお湯があふれている!」
 と、湯の中で驚く2人。


 はてさて、僕らは、どこの温泉へ行ったのでしょうか?
 答えは、ぜひ、番組を見てください。
 視聴者プレゼントもありますので、お楽しみに!



    『ぐんま一番』 in みなかみ

 ●放送局   群馬テレビ(地デジ3ch)
 ●放送日   10月3日(金) 19:30~20:00
 ●再放送   10月5日(日)  9:30~10:00
   


Posted by 小暮 淳 at 20:56Comments(0)温泉雑話

2014年09月18日

公開講演会のお知らせ


 温泉ファンのみなさ~ん、おまっとさんでした!
 久しぶりに、一般公開される講演会が前橋市内で開催されまーす。

 現在、僕は年間に5、6回の講演会に呼ばれていますが、そのほとんどが企業や団体からのものです。
 ま、よくある研修会という名の講演で、講師として温泉の話をさせていただいています。
 ですから当然、一般の入場はありません。
 会場も、温泉地や街中のホテルを貸し切って行われることが多いですね。


 で、今回、久しぶりに一般も聴講が可能な講演会の依頼がありましたので、お知らせいたします。
 平日ですが、お時間のある方は、ぜひ、遊びに来てください。

 ちょっぴりためになる、おもしろ温泉話をいたします。



    第2回自主学習グループリーダー研修

       講演会
       「群馬は温泉パラダイス」
       温泉ライター  小暮 淳

  ~群馬の温泉について再発見してみませんか?~

 ●日 時   平成26年10月7日(火)
          午後2時~午後4時
 ●会 場   前橋市桂萱(かいがや)公民館 ホール
          前橋市上泉町141-3
 ●料 金   入場無料
 ●主 催   桂萱学習グループ連絡協議会
 ●問 合   桂萱学習グループ連協事務局(桂萱公民館)
          TEL.027-261-0111
   


Posted by 小暮 淳 at 17:27Comments(0)講演・セミナー

2014年09月17日

鎌田温泉 「梅田屋旅館」③


 <何ィ俺は素面(しらふ)だァ この野郎人生を 何だと思ってやんでぇ 人生なんて全て 成り行きだァな>

 また、会えました!
 ふすまいっぱいに描かれた落書き(?)です。
 誰が描いたって?
 こんな素敵な言葉を吐くのは、立川談志師匠に決まっているじゃありませんか!


 昨晩は、群馬県片品村の鎌田温泉 「梅田屋旅館」 のご厚意により、泊めていただき、村内の施設を取材してきました。
 創業は明治44(1911)年。
 尾瀬や日光の行き帰りに投宿する料理旅館として、明治・大正・昭和・平成の旅人をもてなしてきた街道屈指の老舗です。


 「お帰りなさい。お疲れになったでしょう」
 と夕刻、迎えてくれた4代目女将の星野由紀枝さん。
 女将さんとは、もう、何回も雑誌や新聞の取材でお世話になっています。

 「小暮さんのお仕事も、大変なお仕事ですね」
 なーんて、ちゃんとねぎらい、もてなしてくださるのです。
 「いえいえ、女将さんの仕事のほうが苦労が多いと思いますよ」
 とかなんとか雑談を交わした後、部屋で旅装を解いて、まずは一風呂!

 実はこの日だけで、梅田屋の湯に入るのは3度目なのです。
 すでに午前中、露天風呂の 「三郎の湯」 と、半十六角形風呂の 「美人蕉(ひめばしょう)」 の湯は撮影のために入浴しています。
 ので、一日の終わりは、大浴場の 「水芭蕉の湯」 に、仕事を忘れてのんびりと浸かりました。


 夕食は、広間 「武尊(ほたか)」 でいただきました。
 ここと隣の広間 「白根」 にある12枚のふすまに、師匠の “お言葉” が描かれているのです。
 ※(談志師匠と梅田屋の関係については、当ブログの2011年11月24日 「師匠が愛した温泉」 を参照)

 イワナのあらい、キノコのホイル焼き、ニジマスの唐揚げなど、5代目主人であり、板長を務める星野修一さんが腕をふるってくれた山里の料理に、酒が進みます。
 「こちらが、師匠が必ず召し上がった大好物のすいとんです」

 グツグツと煮えたすいとんは、あっさりとした味噌味で、これまた酒に良く合います。
 「『おい、家でも作りたいから、作り方を教えろ!』 とまで言われました」
 ですって。


 師匠が他界して、早や3年になろうとしています。
 今年も命日には、ファンが訪ねて来ることでしょうね。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:29Comments(0)温泉地・旅館

2014年09月15日

生きてりゃいいさ②


 「医者によれば、あと5年は生きるそうですよ」

 Kさんは、実家の近くに暮らすご老人です。
 大正13年生まれの満90歳。
 僕のオヤジと同い年です。

 ただね、歳は同じでも、見た目も中身もだいぶ差があります。
 だってKさんたら、
 「6月に免許の更新に行ってきましたよ」
 ですって!
 まだ車の運転をしているんです。
 (うちのオヤジは80歳で、免許を取り上げました)

 そんなKさんが一昨日、オヤジを迎えに来ました。
 町内の公民館で開かれる 「敬老祝賀会」 に出席するためです。

 「ほら、じいさん、Kさんが迎えにきたよ」
 と言えば、
 「Kさんって誰だい?」
 なーんて、本人を前に失礼なボケをかまします。

 「一緒に行こうってさ。迎えに来てくれたんだよ」
 「どこへ?」
 「公民館だよ」
 「なんでさ?」
 「だから、何度も言ってるだろ! 敬老会だよ」

 Kさんは、そんな親子の会話を聞いて、ただニコニコと微笑んでいました。


 数時間後、僕は公民館にオヤジたちを迎えに行きました。
 シッカリとした足取りで、Kさんが折り詰めを手に出てきます。

 「こうやって出られるのも、今年が最後かもしれませんよ」
 「そんなことはないでしょ。Kさんは元気だもの」
 「90歳以上は、私と小暮さんだけでした。だんだん出られなくなるんでよ」
 とKさんと玄関で話し込んでいて、オヤジの存在を忘れていました。

 「えーと、オヤジは…」

 いました、いました!
 会場の真ん中に突っ立って、オロオロしています。
 「わかんないよ~、わかんないよ~」 を連発しています。


 公民館からの帰り道。
 Kさんがポケットからタバコを取り出して、おいしそうに吸い出しました。
 僕がビックリした顔をすると、
 「私は、これが楽しみでね」
 「若い頃から吸っているんですか?」
 「兵隊に行ったときからだから、もう70年以上吸っていますよ」

 これまた驚いていると、
 「医者にね、タバコは止めたほうがいいですか?って訊いたんですよ」
 「そしたら?」
 「いえ、あなたはガンにならない体質ですから、お吸いなさいだって」
 そう言って笑いながら、おいしそうに煙を吐き出すのでした。


 あんまり元気なKさんを見ていると、なんだかオヤジが不憫に思えてなりません。
 とっくの昔に、車の運転も止めて、タバコも止めて、これといった趣味も楽しみもなく生きています。
 たった1つの楽しみだった散歩も、迷子になってからは禁止されてしまいました。

 「私は散歩が好きでね。毎日、2キロ先の喫茶店まで行って、コーヒーを飲んで帰って来るんですよ」

 オヤジが聞いたら、うらやましがる話ですが、幸か不幸か耳が遠いので聞こえていませんでした。


 老人には、個体差があるのですね。
 息子から見ても、Kさんは確かに、うらやましい老人です。
 介護の必要がありませんもの。

 でも、じいさん!
 じいさんは、じいさんのままでいいよ。
 散歩なら、オレが一緒に行ってやるからさ。

 生きてりゃいいさ。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:33Comments(0)つれづれ

2014年09月14日

花咲温泉 「ロッヂ ホワイトハウス」


 さすが温泉王国、湯の国群馬であります!
 知っているようで、まだまだ知らない温泉宿が、たくさんあります。

 片品村の花咲(はなさく)温泉、ご存知ですか?
 えっ、日帰り温泉施設の 「花咲の湯」 なら知っているって?
 それなら僕も、良く知っています。
 オープンの時に、取材に行きましたもの。

 いえいえ、宿泊のできる温泉宿のことです。
 いわゆる “温泉地” としての花咲温泉です。

 スキー場が近くにありますからね。
 民宿やペンションがあることくらい、僕も知っていましたよ。
 でもね、温泉を引いている宿が約20軒もあるとは、驚きました。

 “百聞は一見にしかず” ですね。
 いよいよ先週から花咲温泉に潜入して、取材活動を開始しました。


 トップバッターは、県道からも近い場所にある 「ロッヂ ホワイトハウス」 を訪ねました。
 名前の通り、白亜の宿であります。
 高原の緑に映え、避暑地のペンションといった雰囲気です。
 そして真正面にそびえるは、日本百名山の一座、武尊山(ほたかさん) の雄姿。
 絶景であります。

 創業は昭和63年。
 ご主人の星野芳造さんは、農業と製材業からの転職であります。
 「冬はスキー、それ以外の季節は野球とテニスの合宿で、一年中忙しかったよ」
 と、オープン当時を述懐します。
 「スキー人口が減っちゃったからね、今は夏のほうが忙しいよ」
 ですって。
 時代なんですかね、野球よりもサッカーの合宿が多いらしいですよ。


 温泉は平成5年に掘削した、アルカリ性単純温泉。 
 泉温は約44度もありますから、一年中加温することなく、かけ流しで入れます。

 浴槽もタイル張りで、シンプルな造り。
 大人が3人も入れば、いっぱいになるサイズですが、僕はこのくらいの浴槽が一番好きなのです。
 湯を無駄なく、効率良く浴槽内で回して、完全放流することができますからね。

 いい湯守のいる証拠です。


 湯上がりに待っていたのは、なんと! アユの甘露煮。

 訊けば、ご主人は炭焼き小屋を持っていて、自ら炭を焼いているのだそうです。
 で、その自家製の炭を使って、コトコトと何時間も煮たアユをごちそうしてくださいました。

 ん~、日本酒がほしいところでしたが、まだ次の取材が残っていたので、我慢することにしました。


 さてさて、花咲温泉には、どんな “湯宿” が待っているのでしょうか?
 今後の取材が、大変楽しみであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:44Comments(0)温泉地・旅館

2014年09月13日

パブロフの老人


 ついに、オヤジが壊れてしまいました。

 ま、以前から耳は遠いし、目は良く見えないし、頭は痴呆でボケまくっているし、かなり壊れかかってはいたんですけどね。
 でも、足腰は丈夫なもので、ヒョイヒョイと一人で散歩に出かけていたんですよ。
 家族としては、ちょっぴり心配はしていたのですが、今までに一度も迷子になったことはないし、ちゃんと帰ってきていましたから。

 ところが!
 ついに、保護されてしまいました。


 たぶん、いつものように駅まで歩いて行ったんでしょうね。
 駅前でオロオロしているところを、見知らぬ人に声をかけられたようです。

 「おじいさん、どこへ行くの?」
 「わからん」
 「どこから来たの?」
 「わからん」

 きっと、そんなやり取りがあったのだと思います。
 いつもなら住所と電話番号が書かれた名札付きのステッキを持って出かけるのですが、その日に限って、傘を杖代わりに持って行ったようです。
 でもね、迷子の幼稚園児よろしく、名前と電話番号だけは言えたようで、見知らぬ人が連絡をくれました。

 「と、いうことだからさ、2度とオヤジを一人で散歩にやっちゃダメだぞ!」
 と、ふだん両親の面倒を看ているアニキは、怒り心頭であります。
 「出かけるときは、門にカギをかけるのを忘れるなよ」
 そう、言い残して、彼は家族の待つ東京へと帰って行きました。

 実家の門には、通常の内カギのほかに、自転車のタイヤを固定するのに使用するワイヤー式のカギが、ガッチリと施錠されていました。


 「おお、ジュンか~! 助けてくれ、ここから出してくれよ」
 と、半ベソをかいたオヤジが、門の中から助けを呼んでいます。

 「ちょうど、いい時に来てくれたよ。お父さんがかわいそうだからさ、散歩に連れてってやってくれないかね」
 と、オフクロも僕に懇願します。
 「ああ、今、連れてってやるよ。じいさん、散歩行くか?」
 と声をかければ、
 「行くよ~、行くよ~(ワンワンワン)」
 なんて、まるで我が家の愛犬マロ君と同じであります。

 これじゃ、“パブロフの犬” ならぬ “パブロフの老人” です。

 と、いうことで僕は毎日、午前中は老人の散歩、夕方は愛犬の散歩に同行しているのであります。


 どっちが可愛いかって?
 そりゃあ、訊くだけヤボというものです。
    


Posted by 小暮 淳 at 19:55Comments(0)つれづれ

2014年09月12日

逆鱗の功名


 「あれ、小暮さん、やせましたね」
 昨晩、久しぶりに訪ねた飲み屋のママさんが、僕を見るなり、そう言いました。

 「ええ、まあ」
 「ダイエットしたの?」
 「いえ…、あの…、その…、そうじゃないんですが…」
 とっさのことで、僕の返事はあいまいになってしまいました。


 あれは先月末のことでした。
 ちょっと家庭内にトラブルがありまして。
 といっても、大したことではないのです。

 売り言葉に買い言葉っていうやつです。
 家内も、甲斐性のない僕に堪忍袋の緒が切れたのでしょうな。
 ついに、山の神の逆鱗に触れてしまいました。

 「だったら、今日から晩酌は止めてください!」
 と、ピシャリ!
 「ああ、いいだろう。止めてやるよ!」
 と、できもしないことを約束してしまいました。

 もちろん、言ったそばから、すぐに後悔をしましたよ。
 だって、もう何十年も1年365日、酒を切らしたことのない男ですからね。僕は。
 風邪を引いて熱を出したって、飲むくらいの筋金入りの呑ん兵衛であります。
 だもの、禁酒なんて無理に決まっています。

 でもね、家内は 「晩酌を止めろ」 とは言ってますが、「酒を止めろ」 とは言ってません。
 要は、家庭内禁酒さえ守れば、いいわけです。
 売り言葉に買い言葉といえども、こっちにも断言した以上、意地というものがあります。

 やってやろうじゃないの!
 と、やせ我慢が始まりました。


 あれから約半月・・・

 どうしたことでしょうか?
 晩酌を止めただけなのに、見る見るうちに体重が減っていくのであります。
 もちろん3食は、ふつうに食べていますよ。

 「不思議だなぁ~」 とも思ったのですが、僕の場合、晩酌といえども夕食時ではなく、毎晩、仕事を終えてから真夜中に飲んでいたのでした。
 いわゆる、寝酒であります。
 だもの、太ったわけです。

 すでに6キロ、やせました。
 これも “逆鱗の功名” でしょうか。
 家内には、感謝すべきかもしれませんね。


 と、いうことで昨晩は、気の置けない仲間たちとの飲み会でありました。
 久しぶりに、おいしい酒を存分にいただいてまいりました。

 でも、なんだか酒が弱くなったようですよ。
 すぐに酔っ払ってしまいました。

 まあ、年齢を考えたら、これで良いのかもしれませんね。
  


Posted by 小暮 淳 at 16:20Comments(4)酔眼日記

2014年09月10日

老神温泉 「牧水苑」②


 2年2ヶ月ぶりに、老神(おいがみ)温泉の 「牧水苑」 を訪ねてきました。

 前回は新聞記事の取材で、女将の桑原球(たまき) さんにインタビューしました。
 あの時は日帰り取材でしたが、今回はゆっくり泊まって、じっくりと取材をしてきました。


 「牧水苑」 の牧水とは、もちろん歌人の若山牧水のことです。
 大正11年10月、牧水は老神温泉を訪れています。

 その時に泊まった宿なのかって?
 いえいえ、そんなことはありません。
 「牧水苑」 の創業は、昭和57年ですからね。

 では、なんで 「牧水苑」 なのか? 
 実は、女将さんと牧水とに、深~い接点があるのです。
 ※(いわれについては、当ブログの2012年7月7日 「老神温泉 牧水苑」 参照)


 夕食の席では、これまた牧水ゆかりの名前が付いた 「たまゆら」 という同館オリジナルの地酒をいただきました。
 そして食後は、女将さんとご主人の朝吉さんも同席して、老神温泉の歴史や牧水のこと、牧水の著書 「みなかみ紀行」 についてなど、時が経つのも忘れて、楽しい楽しい温泉談義に花が咲きました。

 何年か前のこと。
 東京在住の牧水のお孫さんが訪ねて来たそうです。
 「思いがけない祖父の足跡をたどることができた」 と言って、涙をこぼされたとのことでした。

 ロビーには、牧水の掛け軸や写真、関連書籍などが展示されています。
 牧水ファンは、ぜひ一度、訪ねてみてください。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:14Comments(0)温泉地・旅館

2014年09月08日

片品温泉 「みよしの旅館」


 以前、何度か <湯の良い宿かどうかは、宿の前に立つと分かる> と書きましたが、泉質までは、なかなか分かるものじゃありません。
 ただ、その土地土地で泉質の傾向というものはありますから、予想くらいはつきます。

 たとえば片品温泉(群馬県利根郡片品村)。
 片品温泉に限らず片品村は、そのほとんどが単純温泉またはアルカリ性単純温泉で、42度以上の高温泉が湧いています。
 微妙な成分の混合により、にごりや臭いというものはあっても、泉質としての大差はありません。

 先日訪ねた片品温泉最古の源泉を保有する 「千代田館」 の湯も、アルカリ性単純温泉でした。
 で、千代田館と片品川をはさんで対岸に建つ 「みよしの旅館」 は、目と鼻の先。
 話によれば、保有する自家源泉は戦後になって掘削したものですが、千代田館同様に片品川河川敷に湧出しています。
 たぶん、直線距離にして100メートルと離れていないと思います。

 ところが、これがビックリ!
 浴室のドアを開けた途端、モワ~~っと体に張り付いてきた蒸された空気は、完全にゆで卵の臭いです。
 「みなさん、驚かれますね。専門家の方も、このあたりでは珍しい泉質だと言ってました」
 と、2代目主人の吉野健太郎さん。

 泉質は、アルカリ性単純硫黄温泉です。

 湯は無色透明なのですが、かなり濃厚な硫化水素臭が漂っていました。
 しかも、pH9・0のアルカリ性ですから、湯はやさしく肌にまとわり付きます。
 ツルツルッと、ローションのような肌触りがします。


 片品温泉自体は、高度成長期のスキーブームや尾瀬登山ブームに発展したリゾート温泉地ですが、こうやってめぐってみると知られざる “湯の良い” 温泉宿があるものです。
 今でも、湯に惚れ込んで長期滞在する湯治客がいるというのも、納得であります。

 温泉は見かけによらぬもの!

 これからも1軒1軒、ていねいに取材を続けていきたいと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 21:22Comments(0)温泉地・旅館

2014年09月07日

知らない人の人生


 いったい今までに何回、知らない人の葬儀に参列したことでしょう。

 会葬代行のことです。
 ※(詳しくは当ブログの2013年4月30日 「会葬代行」 参照)


 オヤジは今月で、90歳になります。
 足腰は健康ですが、目と耳と頭がかなり不自由です。
 オフクロは今年の5月で、87歳になりました。
 目も耳も頭も健康なのですが、足が不自由なため外出がままなりません。

 ここ数年、そんな両親に代わって、僕が会葬の代行をしています。
 「悪いんだけどさ、○○さんが亡くなったから、行ってきてくれないかね?」
 そんな電話が、オフクロから頻繁にかかってきます。

 毎日、オフクロは新聞の 「おくやみ欄」 を欠かさずチェックしているようです。
 「いやだね、年下の名前を見つけるのはさ」
 そう言葉を付け加えるのが、いつものクセです。

 僕も 「おくやみ欄」 は目を通しますが、確かに、うちの両親より年上の人の死亡記事は年々少なくなっています。
 「あのさ、ばあちゃんの同級生の旦那さんなら、別に行かなくてもいいんじゃないの?」
 と言えば、
 「何言ってるんだい! そういうもんじゃないんだよ。とっても仲が良かった友だちなんだら。私やお父さんが亡くなったときには、来てもらわなくっちゃならないんだからね。頼んだよ」
 なんて、叱られてしまうのでした。


 で、昨晩も、オフクロの友人のご主人という、僕にとっては縁もゆかりない、まったくの赤の他人の通夜に行ってきました。
 もちろん生前に会ったことはないし、昨日、遺影でお会いするのが初めての方です。
 だから、なーんの思い出も感慨もありません。

 でもね、不思議なものです。
 在りし日の故人の映像がスクリーンに投影されると、見入ってしまうものです。

 へー、この人は、××町の生まれなんだぁ~。
 職業は△△だったんだね。
 孫もこんなにたくさんいて、幸せな人生だったんだなぁ~。

 なんて、勝手に頭の中でストーリーを作り上げて、感情移入をしながら焼香を済ませてきました。


 そして今日、実家に顔を出したときのことです。
 「ほら、長寿銭も出たし、いい人生だったようだね」
 と報告をすると、
 「ありがとうね。でも、あの人は息子さんを亡くしているんだよ。かわいそうだったね」

 「えっ、そうなの!」
 と驚く僕に、さらに真実が告げられました。
 「そう、自殺だったんだよ」


 享年88歳、知らない人の人生です。
 会葬しただけで、その人の一生なんて分かるはずがありません。
 楽天的に妄想していた自分を、ちょっぴり恥じています。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:38Comments(0)つれづれ

2014年09月06日

お座敷ライブ in ミュージアム


 昨晩は、群馬県群馬郡吉岡町にある 『伊香保おもちゃと人形 自動車博物館』 にて、お座敷ライブを行ってきました。

 お座敷ライブ?

 そうです。お座敷ライブです。
 我がスーパーローカルオヤジバンド 「KUWAバン」(平均年齢57歳) は、温泉地や観光地、自治体のイベント、祭りなどに呼ばれて、年5~6回のライブを行っています。
 で、そのライブの形態には、2種類あります。

 誰でも自由に観覧できる「一般ライブ」 と、企業や団体のイベントや懇親会、宴会の席に余興に呼ばれて演奏する 「お座敷ライブ」 です。
 「お座敷ライブ」 の場合は一般の方は入場、観覧はできません。


 で、昨晩は、某団体の懇親会が上記の博物館で開催され、僕らはゲストとして場をにぎやかしに行って来たのであります。

 「はじめましてーーー! KUWAバンでーす!」
 と、いつものようにオープニング曲を演奏した後に、僕のMCが入ります。
 でも実は、初めてではなかったのです。

 「KUWAバン」 としては初めてお目にかかりますが、僕個人としては10年前に皆さんとお目にかかっているんですよね」

 そうなんです!
 今回、呼ばれたG会という団体とは、2004年に当時、僕が発行人を務めていた情報誌の主催によるバス旅行へ出かけているのです。
 行き先は、愛知県知多半島の洋上、伝説の島 「篠島」 であります。

 何が伝説かって?
 拓郎ファンなら、すぐに分かりますよね。
 1979年に開催されたアイランドコンサートの会場となった伝説の島であります。

 ま、いうなれば “吉田拓郎ファンの聖地” であります。
 ※(篠島については、当ブログ 「カテゴリー」 より 「島人たちの唄」 を参照ください)


 と、いうことで、思い出話なんかも交えながら、楽しいひと時を過ごしてきました。
 もちろん、拓郎さんの歌も歌いましたよ。

 企画してくださったJ新聞社のK局長、会場を提供してくださったY館長、ありがとうございました。

 また、呼んでくださいね!
  


Posted by 小暮 淳 at 10:46Comments(0)ライブ・イベント

2014年09月04日

下仁田温泉 「清流荘」⑤


 “下仁田ネギは下仁田におけ”


 下仁田温泉(群馬県甘楽町下仁田町) の一軒宿、「清流荘」 には今まで何十回と訪ねています。
 仕事でも、プライベートでも・・・。
 そして仕事では、すべて温泉の取材でした。

 が、今日、初めて温泉以外の取材で、清流荘へ行ってきました。


 『ねぎとこんにゃく 下仁田名産』

 群馬県民ならば誰もが知っている 「上毛かるた」 の 「ね」 の札です。
 ところが、絵札に描かれているネギは、あのズングリとした特徴のある下仁田ネギではない!
 なぜ、下仁田ネギはカルタに描かれなかったのか?

 そんな疑問から、何年にもわたり 「下仁田ネギ」 のことを調べて、取材を続けてきました。
 ※(当ブログの2012年1月20日 「下仁田ねぎのナゾ」、2012年1月30日 「ふたたび下仁田ねぎを追って」、2013年12月6日 「上毛かるたのネギ」 参照)

 そしたら、ひょんなところから 「だったら下仁田ネギの本を書かない?」 というお誘いがありまして、今回は真面目に(?) 生産農家や調理方法などを取材することになったのであります。

 で、下仁田ネギといえば、真っ先に思い浮かべるのが 「清流荘」 であります。
 だって、僕が初めて下仁田ネギの美味しさを知ったのが、ここの料理ですからね。
 しかも、ご主人は下仁田ネギの生産農家であります。

 しかもしかも!ただの生産農家ではなく、“下仁田生まれ、下仁田育ちの下仁田ネギだけが下仁田ネギと認定される” 「下仁田葱の会」の会員農家なのであります。

 下仁田ネギというのは、同じ品種でも余所の土地で作ったものと、限定された下仁田町馬山地区で作られたものでは、生産方法も味も異なるそうです。
 「気候」 と 「日照時間」 と 「土壌」 の条件が合った土地でないと、あの独特の甘さと風味が出ないんですよ。

 それで結局、“下仁田ネギは下仁田におけ” という言葉が生まれたわけです。


 今日は一日、清流荘にて2代目主人の清水雅人さんと畑で栽培方法の話を聞いたり、女将の恵子さんにネギ料理を作ってもらいながら話を聞いてきました。

 下仁田ネギの本は、年内に出版される予定です。
 ぜひ、ご期待ください。
   


Posted by 小暮 淳 at 23:05Comments(0)温泉地・旅館