温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年02月27日

湯宿温泉 「太陽館」③


 僕が講師を務めているNHK文化センター前橋教室主催による野外温泉講座 「名湯・秘湯めぐり」。
 今年度で開講10周年を迎えています。
 毎月、前橋駅と高崎駅からバスを出して、群馬県内外の温泉地を訪ねています。

 2月講座日の昨日は、群馬県みなかみ町の湯宿(ゆじゅく) 温泉へ行ってきました。
 この講座で湯宿温泉を訪ねるのは3回目です。
 毎回、違う宿にお世話になっています。


 かつて三国街道の宿場町だった湯宿温泉は、旅人や湯治客で大変にぎわっていました。
 戦前までは20軒近くの宿がありましたが、現在は5軒の旅館が共同で源泉を守りながら商いを続けている小さな温泉地です。
 国道と並行して石畳が続く、細長い温泉街の一番西の端に 「太陽館」 はあります。

 「ご無沙汰しています。その節は、お世話になりました」
 4代目女将の林せつ子さんが、一行を出迎えてくれました。
 僕が太陽館を訪れるのは、約6年半ぶりです。
 最後に女将さんにお会いしたのは、確か新聞記事の取材でした。
 当時、僕は朝日新聞に 『湯守の女房』 というタイトルのエッセイを連載していました。


 旅館の創業は明治初期。
 初代が 「すみよしや」 という屋号で開業しました。
 「太陽館」 を名乗るようになったのは2代目からです。
 改名の理由は、源泉の効能にありました。
 昔から湯量が豊富なことで知られ、旅人たちの疲れた体を “春の日だまりの太陽” のように芯から温めたことから 「太陽の湯」 と呼ばれていたといいます。
 筋肉痛や疲労回復に効果があることから、アスリートたちからも愛されてきました。
 その代表選手が、マラソンの瀬古利彦氏です。
 早大競走部時代から、毎年合宿に訪れていた宿としても全国的に有名になりました。


 同館自慢の大浴場は、その名も 「太陽の湯」!
 浴槽内は、湯の流れを計算した実に良くできた造りをしています。
 熱い源泉を注ぎ込む湯口が奥にあり、中ほどが適温、手前のオーバーフローされる湯尻付近はぬるめになっています。


 「先生、いい湯ですね」
 「本当に芯から温まりました」
 と口々に感想を述べる受講生たち。

 「汗が止まりません!」
 と言って、湯上がりにTシャツ姿で生ビールを飲み干してみせた生徒さんもいました。
 「Tシャツっていうことはないでしょ!」
 誰かに突っ込みを入れられ、昼食会場は爆笑となりました。


 いい湯、いい宿、いい旅

 温泉めぐりの旅は、今年も始まったばかりです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:03Comments(0)温泉地・旅館

2019年02月25日

人生で一番長い2日間


 オフクロにとって人生で、もっとも長い2日間だったのではないでしょうか。


 オヤジが息を引き取った20日の朝。
 別の病棟にいたオフクロを車イスに乗せ、すぐにオヤジに会わせました。
 まだ、オヤジの手は温かったはずです。
 その手を握りながら 「ありがとう、ありがとう」 をくりかえし、「お父さんは、いい人なんです。本当にいい人だから」 と、まわりに居る誰にとはなしに語りかけていました。

 その後、葬儀社の車が迎えに来て、2人は引き離されてしまいました。
 まさか、これが70年も連れ添った相手との最後の別れになるとは……
 オフクロも思わなかったでしょうし、僕もアニキも、この時は知るよしもありませんでした。

 通夜にも告別式にも、オフクロを出席させるつもりでいましたから。


 この世の不条理とでもいうのでしょうか。
 オフクロの外出に、ドクターストップがかかってしまいました。
 いえ、正確には、医師は 「ダメだと言いたいところだが、担当介護師と相談して決めてください」 と言ったのです。

 結果、断念せざるをえませんでした。
 理由は、たくさんありました。
 ・ふつうの車イスでの外出はできないこと。
 ・専用の車イスは、普通車には乗せられず、介護タクシーを利用しなければならないこと。
 ・専用の食事、おやつ、水分補給飲料を携帯しなければならないこと。
 ・専属の介護人を付けること。
 そして何よりも、最大の理由は、
 ・長時間の外出に体力が持たないこと、
 でした。

 実際、オフクロは10分の面会時間の間にも、「疲れた」 と言って目をつむってしまい、「横になりたい」 と早々に病室にもどってしまいます。


 ショックだったのは、僕やアニキよりも、孫たちだったようです。
 「そうだ! おばあちゃんのために、アルバムを作って渡そうよ」
 息子の発案で、4人の孫たちが分担を決めて、2日間の式の様子を撮影してくれました。

 今は、便利になりました。
 スマホで撮って、コンビニでプリントができるのですから。
 すぐに息子が作ってくれ、翌日にはオフクロの元へ届けました。

 
 「ほら、これが祭壇だよ。立派だろ」 「こんなにも、たくさんの人が来てくれたんだよ」 とページをめくりながら、一枚一枚、見せてやりました。
 会場のメモリアルコーナーには、オヤジの若い頃の写真やオフクロとの新婚時代の写真、アニキや僕が生まれてからの家族写真、孫やひ孫に囲まれた晩年の写真など約20点が、時系列に飾られました。
 息子は、それらすべての写真を接写して、ファイルしてありました。

 「若かったね」 「お父さん、いい男だったんだね」
 と、なつかしそうに昔を思い出しているオフクロ。

 そして、アルバムを閉じると、
 「お父さんは、幸せな人でしたね」
 と言って、涙をぬぐっていました。


 オフクロ、ごめんね。
 本当は、最後の最後までオヤジのそばにいて、見送りたかったよね。
    


Posted by 小暮 淳 at 18:49Comments(4)つれづれ

2019年02月24日

最長寿記録


 いままで励ましや応援の言葉をかけてくださった読者のみなさま、長い間、本当にありがとうございました。
 たびたび、このブログにも登場してきました “ボケ老人” こと、認知症を患っていたオヤジが、先日20日の朝に永眠いたしました。
 享年94歳でした。


 その知らせは、突然でした。
 前日の就寝が遅かったため、僕は、まだベッドの中でした。
 ケータイの着信音で起こされました。

 「オヤジの容態が急変した。すぐ行ってくれ! 俺も今から家を出る」
 声の主は、アニキでした。

 我が家のほうが、オヤジのいる病院に近いこともあり、先に着きました。
 病室のベッドで寝ているオヤジは、いつもと変わりません。
 いつだって、寝ているのか死んでいるのか分からない状態だったのですから。

 ただ、この日は様子が違いました。
 ベッドのまわりに、白衣を着た医師や看護師が立っています。
 オヤジの頭の横にある計器の画面は、2本の直線を描いていました。
 脈拍と呼吸がないことを表しています。
 心電図だけが、かすかに波動していました。

 「7時の巡回時は、返事をしていました。8時の時に呼吸をしていなかったので、連絡をさせていただきました」
 との説明を受けているところに、アニキが到着。
 2人の同意を得て、医師が “臨終” を告げました。

 死因は肺炎のようですが、僕らは老衰による大往生だったと受け止めています。


 さてさて、ここからが、さー大変!
 僕もアニキも、身内の葬式を出したことなんてありませんからね。
 てんやわんやの大騒ぎです。
 怒涛の3日間が始まりました。

 葬儀屋への手配、お寺の住職への依頼、親類縁者への連絡……
 が終わったと思えば、
 湯かん、納棺、通夜、告別式、火葬と、息つく間もないスピードで3日間が過ぎていきました。


 群馬県内の新聞各紙の 「おくやみ欄」 に掲載されたこともあり、通夜・告別式には大勢の方々が焼香に訪れてくださいました。
 当日は、至らぬ点が多々あったと思いますが、お許しください。
 この場を借りて、改めて、お礼を申し上げます。
 ありがとうございました。


 そして最後に、オヤジが打ち立てた偉大なる記録をご報告いたします。
 これまでの小暮一族の “最長寿記録保持者” は、伯父 (オヤジの兄) の94歳3ヶ月でした。
 このたび、オヤジが、この記録を更新いたしました。

 94歳と5ヵ月!

 実りある、見事な一生だったと思います。 合掌
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(5)つれづれ

2019年02月22日

再放送のお知らせ


 2月10日に群馬テレビで放送された特別番組 『世界に誇れるGUNMA』 を見逃してしまった方へ!
 明日、夜7時から再放送されます。

 “日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産へ”
 をテーマに制作された番組です。
 ぜひ、ご覧ください。
 ※(当ブログ内関連記事は2019年2月8日 「世界に誇れる『GUNMA』」、2019年2月18日 「ユネスコ遺産推進元年」 を参照)



  群馬銀行特番 『世界に誇れるGUNMA』

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●再放送  2019年2月23日(土) 19:00~20:00  


Posted by 小暮 淳 at 10:37Comments(0)テレビ・ラジオ

2019年02月18日

ユネスコ遺産推進元年


 2月10日に群馬テレビで放送された 「世界に誇れる『GUNMA』」 は、ご覧になりましたか?
 この1週間の間に、各方面からさまざまなコメントが寄せられました。

 「録画して、繰り返し観ました」
 「群馬の素晴らしさを知りました」
 「登録の実現を応援しています」

 メールや電話、そして直接お会いした人たちからも声をかけていただきました。
 中には、直筆による手紙をくださった関係者もいました。

 <小暮様の現地での解説が、大きなポイントになりました。>
 と、徐々に機運が高まっています。


 昨年暮れ、日本の温泉文化のユネスコ(国連教育科学文化機関) 無形文化遺産への登録を目指して、群馬県温泉協会の岡村興太郎会長が発起人を務める 「温泉文化ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会」 が設立されました。
 12月17日に県庁県民ホールで行われた発会式には、県内の旅館・ホテル業者や観光関係者、県知事や関係自治体の議員らが集りました。
 末席ながら、当日は僕も会場へ応援に駆けつけました。

 ということで、今年は “ユネスコ遺産推進元年” となります。
 今後、関係者が意見交換を重ね、「温泉文化」 の定義づけを決定して行くことになります。
 推進協議会では現在、趣旨に賛同してくださる人の輪を広げる活動をしています。


 以上は、全国レベルのお話です。
 が、僕は以前から群馬オンリーの “温泉遺産” の制定を唱えています。
 たびたび、このブログでも記してきましたが、題して、
 『22世紀に残したい群馬の温泉遺産』
 であります。
 ちなみに僕が推薦する群馬の温泉遺産は、下記のようなものです。

 ☆草津温泉の湯畑および西の河原をはじめとする源泉群
 ☆伊香保温泉の石段と石段街
 ☆四万温泉の日向見薬師堂と積善館本館および湯殿建築
 ☆法師温泉の足元湧出源泉と本館および湯殿建築
 ☆六合温泉郷、尻焼温泉の川風呂と奥草津温泉の穴地獄およびチャツボミゴケ群生地

 これは、ほんの一部です。
 沢渡温泉まるほん旅館のひのき張り湯小屋風呂や宝川温泉の露天風呂なども推薦したいところです。


 「ユネスコ無形文化遺産」 と 「群馬の温泉遺産」 の登録および制定に向けて、今年は邁進して行く所存です。
 ご賛同のほど、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:06Comments(2)ユネスコへの道

2019年02月15日

マロの独白 (46) いじめないで!


 こんにちワン! マロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、12才です。


 先日、リビングで昼寝をしていると、テレビのワイドショーを観ていたご主人様が、突然、大声を上げてオイラを呼んだのです。
 「マロ! 観てみろ! これこれこれ~!!!」
 あわてて飛び起きて、テレビの画面を観ると、女性が犬を散歩をしている映像が流れているだけでした。
 「これが、なんだっていうんですか?」
 とオイラが言い返した、次の瞬間、
 「ああ、あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!」

 絶句です!
 何を思ったのか、その女性はいきなり、散歩している白くて大きな犬(ラブラドール) を蹴ったのです。

 「ご、ご、ご主人さま~、こ、こ、これは、いったい、なんですか~?!」
 映像を観る限り、白い犬は何も悪いことをしていないんすよ。
 ただ一緒に散歩をしているだけなんでやんす。
 なのに、なのに、突然……

 「虐待だよ。動物虐待っていうやつだ」
 「虐待って、なんですか?」
 「自分の抑えられなくなった感情を、自分より弱いものにぶつけているんだ。ま、動物だけじゃないけどな」

 オイラ、知っていますよ。
 最近、テレビで観ましたもの。
 親が自分の子どもに暴力をふるって、殺しちゃったという話を。


 「ご主人様、1つ訊いてもいいですか?」
 「なんだい?」
 「なんで人間は、そんなことをするんですか?」
 「なんでするのか? 難しい質問だな。ただ、これだけは言えると思うよ。虐待は、“弱い人間” がやることなんだ」
 「弱い人間ですか?」
 「そう、自分が弱いことを知られたくないから、自分より立場の弱い人や動物に対して、暴言を吐いたり、暴力をふるうんだよ」
 「なるほど、自分を “大きく” “強く” 見せたいんですね」
 「ま、そんなところだと思うよ」

 そこでオイラは、疑問がわいてきました。
 だって、虐待を繰り返す人は、ごく一部の人たちですよね。
 ということは、それ以外の人は、みーんな強い人間なんでしょうか。


 「ご主人様、もう1つだけ訊いてもいいですか?」
 「いいけど、どうしたんだい? 今日のマロは、いつもと違うね」
 「ええ、まあ……。あのー、ご主人様は暴言も吐かないし、暴力もふるわないですよね。それは、ご主人様が強いからですか?」
 すると一瞬、ご主人様は、困った顔をして、「うーん」 と、うなりだしてしまいました。
 やがて、意を決したようにオイラを見つめなおして、
 「あのな、誤解をしないで聞いておくれ。俺だって弱い人間なんだよ。だから若い頃には、暴言を吐いたこともあるし、手を上げたこともある。でも、それでは何も解決しないんだよ。自分が変わらない限りはね」
 「……」
 「おい、マロ! 聞いてんのか?」
 「は、はい。ただオイラには、ちょっと難しすぎて……。でも……、ということは、犬を蹴っていたオバサンは、変われなかった人ということですね」
 「だね。まわりに、注意してくれたり、教えてくれる人がいなかったのかもね。だから、どんどん自分の行為を正当化してしまうんだろうね」


 「最後に、あと1つだけ訊いてもいいですか?」
 「まだあるのかい? 今日のマロは、やっぱりヘンだね」
 「オイラには、ご主人様は弱い人間には見えないんですけど、どこが弱いんですか?」
 「えっ、それを訊くかい?」
 「はい、ぜひ、教えてください」
 「ズバリ、金だよ。金が無いことが俺の最大の弱点だ」

 「ハハハハハ(笑)」
 オイラ、笑っちゃいました。
 ご主人様ったら、本気で弱点だと思っているのかしらん。
 だからオイラ、言ってやりましよ。
 「ご主人様、お金なんか無くても、毎日楽しく生きているじゃありませんか!」
 そしたら、ご主人様ったら、
 「マロ~、お前は、いいヤツだな~」
 て言いながら、オイラを強く強く抱きしめましたとさ。


 全国、いいえ、世界中の飼い主のみなさん、絶対にオイラの仲間をいじめないでください!
 オイラの仲間を怒らせると、しっぺ返しに遭いますよ!! ワン!

  


Posted by 小暮 淳 at 14:45Comments(2)マロの独白

2019年02月13日

どこかで 誰かが⑫ 縁は異なもの


 「やっとお会いすることができました。グリーンドームで講演をなさりましたよね? お話に大変感動しました」


 今日、僕は久しぶりにオヤジを見舞いに、施設を訪ねました。
 ちょうど3時のおやつの時間で、オヤジはベッドで半身を起き上がり、若い介護師の男性に、ゼリー状のお菓子をスプーンで、やしなってもらっていました。

 彼は僕と会うなり、4年前の秋にヤマダグリーンドーム(前橋市) で開催された 「ぐんまリビングフェア」 の話をし出しました。
 「確か、石田純一さんのトークショーの前でしたよね。お名前と介護のお話を聞いて、すぐに小暮さんの息子さんだと分かりました」

 そうなんです。
 そのイベントで、なぜか僕は俳優でタレントの石田純一さんの前座を務めたのでした。
 しかも話のテーマは温泉ではなく、“介護” です。
 演題は 『不孝をすると親は長生きをする』。
 当時、在宅介護をしていた両親の苦労話や笑い話をさせていただきました。
 ※(当ブログの2015年10月15日 「2つのセミナー」 参照)

 「えっ、あの時、会場にいたのですか?」
 「はい、実は家族と石田純一さんを見に行ったんですけどね」
 「でしょうね(笑)」
 「いえ、感動しました。小暮さんの話に! 偶然にも私は小暮さんのご両親を担当していたものですから」


 なんて縁とは、異なものなのでしょうか。
 両親がデイサービスやショートステイでお世話になってる施設の介護師さんが、その両親の介護話をしている僕の講演を聴いていたなんて!
 そして今、僕の目の前で、その介護師さんは、僕と話をしながらも、オヤジに食事をさせてくださっているのです。

 「こちらこそ、両親が大変お世話になっています。いつもありがとうございます」
 そう礼を言って、オヤジを見たとき、ふだんは無表情のオヤジが、かすかに微笑んだように見えました。
 自分のことを話していることが、分かったのかな?

 たぶん気のせいだと思います。
 重度の認知症を患っているオヤジが、分かるわけがないのです。
 でも、なぜか笑ったように見えたのです。


 じいさん、良かったね。
 いい人に介護してもらえて!
   


Posted by 小暮 淳 at 20:58Comments(2)つれづれ

2019年02月12日

ご褒美の行方


 定年退職を迎える友人が、新車を購入しました。
 なんでも、長年勤め上げた自分への “ごほうび” なんだそうです。
 驚いたのは、その金額です。
 600万円!
 ま、価値観は人それぞれですから、その金額が高いのか、安いのかは、一概には申しません。
 が、「車は動けばいい」 と中古車を日々乗り回している僕からしたら、ただただ驚くばかりであります。


 もう、何年も昔のことですが、法要の席で、いとこの男性から、こんな話を聞きました。
 彼は定年退職を機に、新しい趣味を始めることにしました。
 「若い頃さ、カメラが好きだったんだよね」
 と退職金をつぎ込んで、最新のカメラと機材一式をそろえたと言いました。

 それから数年経った法要の席でのこと。
 「そういえば、カメラはどうなりました。撮ってますか?」
 と問えば、意外や意外。返ってきた言葉は、
 「いやね、始めてはみたんだけどさ。何を撮ったらいいのかが分からなくてね」
 結局、2、3回撮影に出かけただけで、趣味は終わってしまったとのことでした。

 時間とお金はあっても、“情熱” は手に入れられなかったということでしょうか?


 はてさて、気になるのは、友人です。
 ピカピカの新車に乗って、どこへ行くのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 11:45Comments(0)つれづれ

2019年02月10日

大使と行く温泉ツアー


 読者のみなさんは、覚えていますか?
 以前、某国立大学のOBによる全国総会が群馬県で開催されることになり、群馬支部より開催地の選択の依頼を受けたという話を?
 ※(当ブログの2017年3月21日 「3つの温泉地の3つの温泉宿」 参照)

 その時、その選択の条件として、4つの難題が出されていました。
 ① 150~200名を収容できる宿であること。
 ② 電車と車の交通の便が良いこと。
 ③ 近くでアウトドアレジャーができること。
 ④ 草津温泉と伊香保温泉を除く(過去に開催しているため)

 以上の条件をクリアし、かつ、3っの温泉地の3つの温泉宿を候補に上げることでした。


 あれから2年の月日が経ち、開催地が決定しました。
 まず僕が当日はナビゲーターを務めるため、現在、温泉大使に任命されている4っの温泉地から選択することになりました。
 その中で、上の条件をすべて満たしている温泉地は?
 ということで、「みなかみ18湯」 に決定しました。

 昨晩は、決定を受け、1泊2日の温泉ツアーの行程会議に出席してきました。
 参加したのは、某国立大学OB会群馬支部の20~50代の部員と僕です。

 当然ですが、「シラフでは、いい意見が出ません」 という暗黙のルールのもと、酒を飲みながらでの会議となりました。
 そこで決まったことは、2日間丸々、僕も行動を共にするということ。
 初日は、全国から集まった150名以上のOBたちを前に、“湯の国ぐんま” の魅力を伝える講演会を開きます。
 その後の懇親会では、みなかみ町観光協会のスタッフと一緒に、余興として歌と踊りを披露することになりました。
 そして翌日は、周辺の秘湯めぐりのツアーに一日同行することになりました。


 これは温泉大使として、責任重大な任務であります。
 全国から集まる方々に、群馬の温泉の魅力を余すことなく伝えられよう、頑張りたいと思います。

 OBのみなさん、群馬の温泉に、いらっしゃ~い! 
 心より、お待ちしております。
  


Posted by 小暮 淳 at 15:22Comments(0)大使通信

2019年02月08日

世界に誇れる 『GUNMA』


 このブログでも、たびたび話題に触れているので読者の方々は、すでにご存知だと思いますが、ユネスコ無形文化遺産に日本の温泉文化の登録を進める動きが、昨年、群馬から沸き起こりました。
 この活動に、微力ながら僕も参加しています。

 ユネスコの活動には、「世界遺産」 「世界の記憶、」 「世界ジオパーク」 「エコパーク(生物保存地域)」 「ラムサール条約」 「無形文化遺産」 の認定・登録があります。
 すでに群馬県内には、このうち5つがあります。
 残るは、無形文化遺産のみです。


 ということで、この日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産に登録を進める動きを追った特別番組が、群馬テレビにて放送されます。
 もちろん、僕も出演しています。
 ぜひ、ご覧ください。



  群馬銀行特番 「世界に誇れる 『GUNMA』」

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●放送日  2019年2月10日(日) 19:00~20:00  


Posted by 小暮 淳 at 22:54Comments(0)テレビ・ラジオ

2019年02月08日

こんな世の中だから


 高田純次、所ジョージ、柳沢慎吾、勝俣州和

 彼らに共通するのは、“無駄に明るい” こと。
 そして、僕の敬愛するタレントさんです。


 <努力してでも軽く生きる>
 これは僕の座右の銘の一つです。
 作家でタレント、元東京都知事の故・青島幸男氏の言葉です。
 初めて、この言葉を聞いたとき、落雷に打たれたほどの衝撃を受けました。

 だって若い頃、僕は自分の “軽さ” を嫌っていた時期がありましたから。
 どうにか、払拭したかったのです。


 幼稚園でのアダナは、「太陽ちゃん」or 「おてんとうくん」 でした。
 えくぼがあって、いっつもニコニコしていたからです。
 小学校から中学にかけては、その明るさと賑やかさに拍車がかかり、教師からは 「便所の100ワット」 なんて呼ばれていました。
 無駄に明るく、さわがしい存在だったようです。

 高校生になると、これに “いい加減さ” が加わります。
 現実逃避が、はなはだしく、夢想家なことから、友人たちからは 「楽天貴族」 などと揶揄され、からかわれていました。
 本人は、いたって真面目だったんですけどね。
 他人には、お調子者に映っていたようです。


 大人になると、この “軽さ” が、何かと邪魔します。
 一歩間違えれば、“落ち着きのない人” と捉えられ、信憑性に欠ける人格と評価されかねません。
 だから大人っぽく見られるようにヒゲを生やしてみたり、教養が増すように無理して外国語のスクールに通った時期もありました。

 でもダメなんです。
 持って生まれた性格は、大人になってからでは、そうそう直りませんって!


 そんな時に出合ったのが、青島氏の言葉です。
 <努力してでも軽く生きる>
 「これだ!」 と思いました。
 他の努力は苦手でも、この努力ならできるぞ!
 と、一瞬にして、人生が開けた思いがしたものです。

 難しい顔をして、悩んでいるふりをしているより、明るく生きてるほうが楽しいですものね。
 もっともっと、軽~く生きたいと思うようになりました。


 いじめ、虐待、あおり運転、ストーカー etc
 殺伐とした世の中では、それらが自殺や殺人までも招いています。

 だから、もっと軽く生きましょうよ!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:16Comments(0)つれづれ

2019年02月06日

元気なシニアに温泉を!


 先月、自己最長記録となる “3時間” の講演を経験しているからでしょうか?
 今日の2時間のセミナーは、あっという間でした。

 僕は、かれこれ10年前から、ライフワークとして 「出張温泉講話」 の活動を行っています。
 依頼主は、企業だったり団体だったり、自治体からだったりさまざまです。
 でも、ここ数年は、公民館主催による高齢者を対象としたセミナーの講師に呼ばれることが多くなりました。
 「熟年講座」 「元気講座」 「長寿教室」 「いきいきセミナー」 など、名称は各公民館によって異なりますが、内容はほぼ同じです。
 地域のお年寄りを元気にするセミナーです。
 で、僕は温泉の上手な利用の仕方や効能などを、わかりやすく説明しています。


 今日の午前中、高崎市内の公民館からの依頼により、シニアのための温泉講座を開いてきました。
 公民館事業の場合、通常は会場も公民館のホールや会議室で行うのですが、今回は違いました。
 同区域内にある 「長寿センター」 の大広間でした。

 長寿センターとは、地域のお年寄りが無料で自由に利用できる施設です。
 しかも高崎市の場合、市内に11ヶ所もあり、すべてに入浴施設(大浴場) が併設されています。
 この利用も無料です。
 だから大人気で、9時半のオープン前から入館待ちをしている人が毎日いるそうです。

 で、その利用資格年齢ですが、聞いてビックリ!
 “60歳以上” ですって!!
 ガッビーーーーーン!!!!
 ぼ、ぼ、僕も利用資格があるということなんです(地域住民ではないので、実際には利用できませんが、年齢だけはクリアしています)。

 入口に貼られている告知が、これまた刺激的です。
 <60歳未満の入館を禁ず>
 す、す、凄過ぎる~!
 ここは、シニアパラダイスなのです。


 そして、セミナーでもシニアパワーが炸裂。
 事前申込の定員を20名も超える大盛況となりました。
 「参りました。当日の駆け込み参加の人が多くて」
 と、職員も大あわてで、足りなくなった資料の増刷コピーに追われていました。

 そんな、うれしい誤算もあり、予定より5分遅れて開講しました。
 対象が60歳以上とはいっても、実際の聴講者の年齢は70~80代の人が大半です。
 まあ、僕からみたら人生の大先輩たちです。
 ということは、残りの人生は僕より短いわけで。
 だったら、教えちゃいましょう!
 “残り少ない人生で、死ぬまでに一度は入りたい温泉” を!!

 とかなんとか、毒蝮三太夫さながらのネタを織り込みながら、楽しい2時間を過ごしてまいりました。

 聴講者の中には、僕の著書を持参してくださった人もいて、終演後には、ミニサイン会をさせていただきました。
 寒い中、大勢の方々に集まっていただき、ありがとうございました。
 また、素敵な会場を用意してくださった職員のみなさん、お疲れさまでした。
 そして、ありがとうございます。


 群馬県内のシニアのみなさん!
 待っていてくださいね。
 今度は、あなたの町へ、“温泉大使” がお邪魔しますよ!
  


Posted by 小暮 淳 at 18:48Comments(2)講演・セミナー

2019年02月04日

高崎観音山温泉 「錦山荘」⑤


 あれから、もう9年も経ったんですね。
 それからは、ただただ介護の日々でした。


 今日は、我が家から2番目に近い温泉地(宿泊施設のある温泉) へ行ってきました。
 1番近い温泉旅館は、先日、ブログに記した大胡温泉(前橋市) です。
 2番目は隣街、高崎市で昭和4年(1929) より商いを続けている老舗旅館 「錦山荘(きんざんそう)」 であります。
 雑誌の取材で行ってきました。

 ここは、僕のお気に入りの温泉の1つです。
 アクセスが良く、そのわりには竹林に囲まれた閑静な地にあり、建物も歴史があり立派で、何よりも眺望が素晴らしい!
 高崎市街はもちろん、遠く前橋市まで望め、さらに裾野を広げる赤城山の全景が見渡せるのです。
 今日も撮影の後、しばし展望風呂のテラスから絶景を満喫してまいりました。


 そして、ここ錦山荘は、僕が生涯忘れることのできない思い出の温泉地となりました。
 9年前、まだオヤジの認知症が軽い頃に、一緒に入った温泉です。
 ※(当ブログの2010年2月25日 「老人と温泉」 参照)

 思えば、あれが親子で入った最後の温泉となってしまいました。
 現在、オヤジは94歳。
 老衰が過度に進み、昨年暮れからは施設のお世話になっています。


 湯に浸かると、あの時、オヤジと2人で眺めた景色が広がります。
 遠くに、かすみ見える赤城山の雄姿に、「キレイだね」 と言ったオヤジの言葉がよみがえります。

 「また来ようね」 と言った僕の言葉が、風に飛ばされて、カラカラと空回りしながら景色の中に消えていきました。
 “ウソをついてしまったね。ごめんね”
 もう、二度と一緒に見ることのない景色です。

 “それでも、一度はオヤジの背中を流してあげられたのだから、まあ、いいか!”
 なんて、めぐる想いの中で、湯を浴んでいました。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:53Comments(0)温泉地・旅館

2019年02月03日

おかげさまで9周年


 このブログを開設したのが2010年の2月ですから、丸9年が経ちました。
 今月から10年目に入りました。
 飽きっぽい性格の僕としては、我ながら良く続いていると思います。
 これも、ひとえに読者あっての継続であります。
 この場をお借りして、心より御礼を申し上げます。

 9年間とひと言で言っても、やはり、とてつもなく長い歳月です。
 ざっと数えて、3,200日余りもあります。
 オギャーと産まれた赤ん坊が、この春には小学4年生になる年月です。

 僕、個人で言えば、50代のほとんどの出来事を、このブログに記してきたことになります。
 生意気にも“温泉ライター” と名乗り出したのも、この期間です。
 その間、著書も11冊 (温泉関連9冊、その他2冊) 上梓することができました。
 これらも、読者あってこその産物であります。
 重ねて、お礼を申し上げます。
 ありがとうございます。


 昨年、“還暦” という大台に乗ったからかもしれませんが、これまでの人生を振り返ることが多々あります。
 そして、つくづく人生とは 「稲作」 に似ていると思うのです。

 土壌を耕した10代
 種を蒔いた20代
 苗床を育てた30代
 田植えをした40代
 やっと穂を付けた50代
 そして60代は、いよいよ稲刈り、収穫の時を迎えます。

 はたして、どんなお米が採れるのでしょうか?
 できばえは、いかがでしょうか?
 どんな味がするのでしょうか?


 これからは、そんな収穫された日々の出来事を綴っていこうと思います。
 今後とも、末永く、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 20:39Comments(2)執筆余談

2019年02月01日

恋のおまじない


 「ア、キ、ス、ト、ゼ、ネ、コ」

 いつからかは判然としないのですが、何年も前のある日、突然、この呪文のような言葉が脳裏によみがえりました。
 どこかで、聞いたことがあるのです。
 それも、遠い昔の記憶の奥のほうで眠っていたフレーズです。

 「ア、キ、ス、ト、ゼ、ネ、コ」

 なんだっけ?
 女の子が使っていたような……
 でも僕も知っているんだから、男の子もたまには使っていたのかもしれない。
 何かの遊びの時に歌う唄の一節かもしれない……

 ♪ せっせっせーのよいよいよい
 ♪ ずいずいずっころばしごまみそずい
 ♪ おちゃらかおちゃらかおちゃらかほい
 ♪ じゃんけんぽっくりげたひおりげた
 ♪ ゆうびんやさんのおとしもの

 いくつかのなつかしいフレーズが浮かびますが、それらは、どんな遊びかも同時に思い出せます。
 なのに、この呪文のような言葉だけは、何年経っても思い出せませんでした。


 ところが!
 ある日、突然、ひらめいたのです。
 「きっと、何かの頭文字だ!」
 すると、今までのナゾが、するすると解け出しました。

 「ア」=愛してる
 「キ」=嫌い
 「ス」=好き
 「ト」=友だち
 「ゼ」=絶交
 「ネ」=熱愛
 「コ」=恋人

 これは、恋のゆくえを占う “おまじない” だったのです。

 でも、ここから先が、どうしても思い出せません。
 この “おまじない” を、どのように使った遊びだったのか?

 どなたか、知りませんか?

 ま、知ったところで、この歳になって占う相手もいないんですけどね(笑)。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:19Comments(2)つれづれ