温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年04月30日

Rの時代へ


 平成最後の日となりました。
 明日からは新しい時代、令和がやって来ます。

 ちょうど1ヶ月前、日本中が固唾をのんで、新元号の発表を待ちました。
 それまでの “予想フィーバー” は、メディアやマスコミだけではなく、商店街のイベントや職場、酒場の話題まで大盛り上がりでした。

 そして、発表された元号は 「令和」。

 誰もが、予想を大きくはずしたようです。
 “和” の字を予測した人はいても、“令” の字を思い浮かべた人はいなかったようです。
 まして、「令和」 の二字を的中した人は、たぶん皆無だったことでしょう。


 ところが、しかし!
 頭文字のアルファベットを予言していた人がいました。
 そして、その人が発見した “元号の法則” が、とってもユニークなものでした。

 法則の始まりは、江戸時代にさかのぼります。
 江戸の最後の元号は、慶応です。
 アルファベットは、「K」。

 次は、明治で 「M」。
 大正は 「T」、昭和は 「S」、平成は 「H」 です。

 さて、これらに共通するキーワードは?

 その人は、気づきました。
 「東京六大学」 であることに!

 慶応、明治は、そのままです。
 大正のTは、東大。
 昭和のSは、早大(早稲田)。
 平成のHは、法政。
 となれば残る1つは、立教です。
 頭文字のアルファベットは、「R」 ということになります。


 確かに、ピッタリと当てはまります。
 これは、偶然だったのでしょうか?

 いずれにせよ、 明日からは新しい時代が始まります。
 大いに希望に胸を膨らませようじゃありませんか!

 Rの時代へ
  


Posted by 小暮 淳 at 10:51Comments(2)つれづれ

2019年04月28日

やっぱ肉玉でしょ!


 むかしむかし、あるまちに、おばあさんが くらしていました。
 おばあさんは、やきそばをやいて、こどもあいての あきないをしていました。
 おばあさんは、なぜか いつもふきげんでした。

 「おれ、なににしようかなぁ?」
 こどもが、しながきをみながら ちゅうもんをしようとすると、きまって おばあさんは、こういいます。
 「ニクタマにしな! いま ニクタマをやいてるんだから」
 おばあさんは、けっして きゃくのちゅうもんを きくことはありません。

 つきひはながれ、こどもたちは おとなになりました。
 そして、みんな くちぐちに いいました。
 「ああ、また あくざわのやきそばが くいてーな」
 おばあさんは、“あくざわさん” といいました。


 あの、「あくざわ」 の焼きそばが復活!!

 そんな衝撃的なニュースが、新聞紙面に躍ったのは、昨年の夏のことでした。
 「あくざわのやきそば」 は、昭和40~50年代を前橋市の中心市街地で過ごした “街っ子” ならば、知らない人はいないソウル・フードであります。
 空きっ腹の坊主頭たちの放課後の聖地でもありました。


 いつか、行かなくっちゃ!
 あの青春の味を、もう一度!

 ということで、やっと先日、行ってきました。
 場所は前橋市千代田町。
 国道17号の前橋テルサ前の信号を西へ、裁判所通りに入った右側です。
 確か、以前は喫茶店だった店舗です。

 その名も 「あくざわ亭」。
 メニューは、焼きそばのみ。
 並、大、特の3種類あります。
 迷わず、大を注文しました。


 実にシンプルな駄菓子屋風の焼きそばが登場!
 具は、豚肉と玉子のみ。
 水を使わず、かために焼いた太麺は、当時のままです。

 う~ん、なつかしい!

 というか、なつかしい味に感じるのです。
 まったく同じ味なのかどうかは、半世紀近くも前の記憶なので、定かではありません。
 でも、「こんな味だった」 と、僕の脳は承認しました。


 「ごちそうさまでした。大変、なつかしゅうございました。これって、いわゆる 『肉玉(にくたま)』 っていうやつですよね? 」
 レジで女性の店員に声をかけると、厨房の奥からご主人とおぼしき男性が、
 「そうです! 当時、これが私は大好きでしてね。自分が食べたくて、この店を始めたんですよ」
 と、大声で返してくれました。
 ご主人は、かつての常連客だったようです。

 「また、来ます」
 そう言って、店を出ました。


 やっぱ、あくざわの焼きそばは、肉玉でしょ!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:24Comments(0)つれづれ

2019年04月26日

湯の国にオンパラの花が咲く


 ♪ あの娘の魅力に 水上(皆カミング)
   俺にゃ高嶺の 花敷よ
   無理を承知で 老(追い)神すれば
   私ゃ人妻 猿(去る)ヶ京
   GOGO 温泉パラダイス
   YUYU 湯の国ぐんま県
   GOGO 温泉パラダイス
   YUYU 湯の国ぐんま県 ♪
    <by じゅん&クァ・パラダイス>


 「せっかく県内の温泉地を回っているんだから、温泉のご当地ソングを作ったら?」
 10数年前に、バンドのメンバーに言われたひと言が、きっかけでした。

 もっともっと群馬の温泉地名を覚えてほしい!
 という願いを込めて作った歌が、この 『GO!GO!温泉パラダイス』(湯の国 群馬県篇) でした。
 ※通称 「オンパラ」
 6番まであり、歌詞には27温泉地名を織り込んでいます。


 当時、温泉地のイベントや祭り会場で歌うと、大変話題になりました。
 気を良くしたバンドメンバーたちは、さっそくレコーディングをしてCDを制作して、メディアに送りつけました。
 地元のテレビ局やラジオ局に出演して、歌が流れると、ますます僕たちは舞い上がりました。
 「そうだ、この歌に踊りをつけよう!」

 ドドンパのリズムですから、盆踊りに最適です。
 しかも温泉がテーマですから、浴衣に手ぬぐい (タオルでも可) を使って踊れる振り付けを考えました。
 「どうせなら、温泉の正しい入浴法が分かる所作を入れましょう!」
 ということで、かけ湯をしてから入浴までのマナーを踊りに組み込みました。

 「ならば、この踊りが覚えられるように、動画も作ろう!」
 と即刻、DVDを制作すると、面白がって新聞や雑誌が取り上げてくれました。
 すると……
 老人会や公民館から 「踊りのDVDが欲しい」 との注文が入るようになりました。
 なかには、老人ホームから 「高齢者のリハビリに利用したい」 との注文もありました。


 その後も、この10年間は、ことあるごとにコツコツと飽きもせず、僕はこの歌を歌い続けてきました。
 バンドのライブでは、エンディング曲に。
 講演会では、聴講者へのサービスとして歌詞カードを配り、カラオケに合わせて、みんなで歌っています。

 歌って、歌って、歌い続けて苦節10数年!

 気が付いたら、観光地のCMに使われたり、ラジオのリクエストで流れたり……
 そして何より、2年前からは群馬の観光キャンペーン 「ググっとぐんま」 に使われるようになり、東京でのイベントでは群馬の温泉旅館の女将さんたちが、手ぬぐいを振り回して踊ってくださるようになりました。


 うぐっ、うぐぐぐぐーーーっ!(涙)
 うれしいじゃありませんか!!
 だって、10数年前に蒔いた種が発芽して、少しずつですが生育して、今まさに花を咲かそうとしているのです。

 オンパラは、天童よしみの「珍島物語」 になれるだろうか?!

 そ、そ、そしたら、つつつついに!
 キターーーーーッ!!!


 令和元年5月14日、ヤマダグリーンドーム前橋で開催される 『群馬デスティネーションキャンペーン 全国宣伝販売促進会議』(主催/ググっとぐんま観光宣伝推進協議会) のレセプション会場で、このオンパラを歌うことが決定しました!
 しかもバンドではなく、ソロ (独唱) であります。
 しかもしかも、イベントのトリを務めます。
 ステージ上には、群馬県内の温泉旅館の女将さんたちが勢揃いし、僕の歌に合わせて踊ります。

 総合司会は、FM群馬でお馴染みのラジオパーソナリティー、内藤聡さん。
 そしてスペシャルプレゼンターは、タレントで 「ぐんま大使」 の中山秀征さんと井森美幸さんです。


 必ずやステージいっぱいに、湯の花ならぬオンパラの花を咲かせてみせますぞ!
  


Posted by 小暮 淳 at 17:17Comments(0)ライブ・イベント

2019年04月24日

平成最後の令和元年度講座


 時代は、平成から令和へ変わろうとしています。
 昨日は、“平成最後” の温泉講座を行ってきました。
 と同時に、新年度講座の開講となりました。

 平成21年(2009) 4月に開講したNHK文化センター前橋教室主催による野外温泉講座。
 僕は第1回講座から、講師を務めています。
 当初は、「ぐんまの温泉遺産を訪ねる」 という講座名でのスタートでした。
 その後、いく度か名称変更はありましたが、現在の 「名湯・秘湯めぐり」 まで丸10年間、1回の休講もなしに講座を続けることができました。
 これも、ひとえに受講者ならびに運営スタッフのみなさんのおかげと、感謝を申し上げます。


 記念すべき “平成最後” となる令和元年度の第1回講座は、天下の名湯、草津温泉へ行ってきました。
 しかも訪ねたのは当講座では開講年度以来10年ぶりとなる 「大滝乃湯」 です。
 当時は、まだ1ヵ所しかなかった異なる温度の浴槽をめぐる 「合わせ湯」 も、現在では男女別の浴室にそれぞれあり、以前より快適に過ごすことができました。


 ひと口に10年といっても、ざっと数えて、優に100ヶ所以上の温泉地をめぐっていることになります。
 それは草津温泉や四万温泉などの有名温泉地であったり、法師温泉や宝川温泉などの一軒宿だったり、時には野沢温泉や渋温泉、湯沢温泉などの県外の温泉へも出かけました。

 さて、今年は、どんな名湯・秘湯が待っているのでしょうか?

 新年度講座は、スタートしたばかりです。
 バスの座席には、まだ多少の空席があります。
 ※(バスは前橋駅と高崎駅から発着します)
 ご興味のある方は、お問い合わせください。


 ●NHK文化センター前橋教室 TEL.027-221-1211
   群馬県前橋市大手町1-1-1 群馬県昭和庁舎3F 
    


Posted by 小暮 淳 at 14:13Comments(2)講座・教室

2019年04月22日

マロの独白 (47) リッチなおやつ


 こんにちワン、マロっす!
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、12才です。
 大変、ご無沙汰でやんした。
 なんと、2ヶ月ぶりの登場です。


 「おい、マロ! そろそろブログ書けよ」
 ご主人様が外出から帰って来るなり、オイラに言うのです。
 「急に、どうしたんですか? ネタに詰まったんですか?」
 「そうじゃないんだよ。会う人会う人にさ、『最近、ブログにマロちゃんが登場しないですね』 なんて言われるわけよ」
 「へー、オイラにもファンがいるっていうことですね?」
 「ああ、くやしいが、そういうことだ」
 「で、何を書きましょう?」
 「なんでもいいからさ、ファンサービスをしといてくれ。頼むよ、これをやるからさ」

 そう言って、ご主人様は、袋から何やら取り出しました。
 「ほら、おやつだ。これでも食べて、書いてくれないか?」
 ご主人様の手に握られていたのは、見たこともない高級そうなレトルトのチューブでした。
 「それが、おやつですか?」
 「そーだよ、マロは、こんなの食べたことないだろう」
 と、<なんこつ味>と書かれたペースト状のモノをトレイに出してくれました。

 ワン、ワンワンワーン!!
 (わ~、おいしそうな匂い。早く、ください!)
 「待て、よし!」


 オイラ、あまりのおいしさに、あっという間に平らげてしまいました。
 「なんですか、これ? 生まれて初めて食べました。世の中には、こんなおいしい食べ物があるんですね」
 「……まあな。いつもは、安い駄菓子みたいなおやつだものな」
 「ヒャッキンで買ってるんですよね?」
 「マロ、知ってたのか!?」
 「でも、どうしたんですか? こんな高級なおやつを?」
 すると、ご主人様は、こんな話をしてくださいました。

 ご主人様のお知り合いのうちの愛犬が、亡くなったんだそうです。
 そして、その方が、ご主人様のブログを読んでいられて、「ぜひ、マロちゃんに、あげてください」 と、その亡き愛犬が食べるはずだったおやつをくださったのだといいます。

 「だからマロ、ありがたく、いただけよ」
 「ですね、そのワンちゃんの分まで、オイラ、元気でファンの方々によろこんでもらいます」
 「そうだ、その意気だ! ブログ書いたら、また、おやつやるからな。チーズ味とビーフ味、どっちがいい?」

 えええーーーっ、そんなに味がいくつもあるんですか!?
 ていうか、世間のワンちゃんは、こんなにも、おいしいモノを食べているんでしょうか?!

 ご主人様、知りませんよ。
 オイラの舌が肥えてしまって、ヒャッキンのおやつを食べなくなってしまっても……
  


Posted by 小暮 淳 at 16:55Comments(2)マロの独白

2019年04月20日

尻焼温泉 「白根の見える丘」③


 <厨房をのぞくと女将のひろ子さんが、名物の手作り豆腐を作っていた。ご主人が4時間かけて汲んできた名水に地元大豆をつけること15~16時間。粉砕して、灰汁(あく)を取りながら、かき混ぜること25分。すべての作業を一人でこなしている。1丁に使う大豆の量は、ふつうの大豆の3倍。だから豆の味が濃厚だ。これを岩塩とオリーブオイルでいただく。>
 『群馬の小さな温泉』(上毛新聞社) より


 昨晩、何気なくテレビを観ていたら突然、知った顔が出てきたので驚きました。
 取材で何度もお世話になったことのある尻焼温泉(群馬県中之条町) 「白根の見える丘」 のご主人の中村善弘さんと、女将のひろ子さんです。
 テレビ東京の 「たけしの日本のミカタ」 という番組で、“秘湯の宿のマル秘名水豆腐” と題して、宿で出される絶品豆腐の特集を組んでいました。

 僕が冒頭の著書を出版したのが2010年9月です。
 あれから9年……
 ついに、“あの味” が全国に知られることになったんですね。


 僕は、この豆腐をひと口食べた時から、ファンになってしまいました。
 「この味を、もっと多くの人に知って欲しい!」 と思い、翌年、追加取材をして、さらに詳しく新聞の連載記事で紹介しました。

 <豆腐作りは、子育てが終わった10年ほど前、先代女将の義母から教わった。「かつては六合(旧六合村) の女はみな豆腐が作れた。だから抵抗はなかった」 とひろ子さん。
  水は、善弘さんが往復4時間かけてくんできた東吾妻町の名水 「箱島湧水」。大豆は赤城山麓の前橋市粕川町産など。市販豆腐の約3倍の大豆を使う。
  約15時間、湧水につけた大豆を機械で粉砕し、約25分間、灰汁を取りながら大鍋でかき混ぜる。布でしぼり、にがりを投入して待つこと約20分。固まり出した豆乳を型に入れ、重しをして約45分。やっと1日限定12丁の木綿豆腐ができあがった。>
 朝日新聞 『湯守の女房』(2011年10月26日付) より


 僕は泊まると必ず、この豆腐を肴に、ご主人がくんできた名水で割ったウィスキーをいただきました。
 そして、元バンドマンだったご主人と、ギターをかき鳴らし、歌い、朝まで飲み明かしました。 

 ここ数年は、ご無沙汰していますが、テレビで拝見する限り、お二人とも元気なご様子。
 久しぶりに、あの濃厚な豆腐の味が、恋しくなりました。
 もちろん、ウィスキーの味も。
    


Posted by 小暮 淳 at 19:09Comments(0)温泉地・旅館

2019年04月19日

棚から日本酒


 嘘も方便、口から出任せ、嘘から出た実(まこと)、瓢箪から駒……
 そして、棚から落ちてきたモノは?

 なんでも思ったことは、口に出して言ってみるものです。
 「群馬の吉田類でーす!」
 なんて、いい加減に勝手なことを言っていたら、本当に “棚から日本酒” が落っこちて来ました!

 なななんと、この度、わたくし小暮淳は、群馬県酒造協同組合より 「ぐんまの地酒大使」 に任命されました。
 話があったときは正直、驚きましたが、日本酒が大好きな僕は、二つ返事でお受けすることにしました。


 ということで昨晩、高崎市のホテルメトロポリタン高崎で開催された 「群馬の地酒フェスタ」 の会場にて行われた 「ぐんまの地酒大使」 の委嘱式に出席してきました。
 会場には、県内の酒造・酒販関係者ならびにテレビ・ラジオ・新聞等の報道関係者も詰めかけ、盛大に行われました。

 今回、新たに 「ぐんまの地酒大使」 に就任したのは4名。
 すでに就任している6名と合わせて、10名になりました。
 そうそうたる顔ぶれです。

 吉本芸人 「アンカンミンカン」 の川島大輔さんと富所哲平さん。
 落語家の林家つる子さん、立川朝志さん。
 ミス日本酒群馬代表の結城瞳ジーナさん、高橋まゆりさん。
 などなど、群馬出身か群馬にゆかりのある著名な方々が集まりました。

 末席でも、その中の一人に加えていただけたことに大変感謝いたします。


 まー、なんといっても役得は、大好きな日本酒を 「これも仕事なんで」 と言いながら、これからは世間の目を気にすることなく堂々と飲めることであります。
 会場には、県内の蔵元のブースが並んでいます。
 群馬県のマスコットキャラクター 「ぐんまちゃん」 が描かれた猪口を片手に、端から飲み続けました。

 もちろん、飲み放題!

 僕は、地酒大使のハッピを着ていますので、どの蔵元のブースへ行っても、「よろしくお願いします」 「お世話になります」 と歓待を受けます。
 酒を飲んで喜ばれるなんて、なんてステキなお仕事なんでしょ!


 観光大使&温泉大使&地酒大使 
 カードは、揃いました。

 「これは、もう、令和の小原庄助さんになるしかないでしょう!?」
 と、誰かが僕をからかいました。
 「望むところです!」
 真っ向から受けて立つことにしました。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:54Comments(2)大使通信

2019年04月17日

川古温泉 「浜屋旅館」⑨


 どこもかしこも酸つぱいな
 なま木の束を釜に入れて
 一年三百六十五日
 じわじわじわじわ乾溜するので
 それでこんな山の奥の淋しい工場が
 蒼ずんで、黒ずんで、又白つちやけて
 君たちまでそんなに水気が無くなつたのか
 第一、声が出ないぢやないか
 声を出すのはあの自動鉞(まさかり)だけぢやないか
 高利のやうに因業なあの刃物だけぢやないか
 ひつそりとした川古のぬるい湯ぶねに非番の親爺
 ━━お前さんは藝人かね、浪花節だろ
 ━━何でもいいから泊つてけよ
 声がそんなにこひしいか
 石炭、硫酸、木酢酸
 こんな酸つぱい山の奥で
 やくざな里の声がそんなにめつためつた聞きたいか
 あいにくながら今は誰でも口に蓋する里のならひだ
 (上州川古「さくさん」風景)


 川古温泉の歴史は古く、すでに江戸時代には湯が湧いていて、大正時代には湯治客が入りに来る湯小屋があったといいます。
 大正5年(1016)、木材を切り出して酢酸(さくさん)などを造るための工場が、温泉の下流に設立されました。
 この工場に勤めていた現主人の祖父が、温泉の湯守から仕事を引き継ぎ、旅館を創業しました。

 詩人の高村光太郎が川古温泉を訪れたのは昭和4年(1929)でした。
 そして、冒頭の作品を残しました。
 詩の中に登場する “非番の親爺” が、初代主人のようです。


 「お久しぶりです」
 “非番の親爺” の孫で、3代目主人の林泉さんが、笑顔で出迎えてくれました。
 「あれ、そんなに久しぶりでしたっけ? 今年になって会ってますよね」
 「いえ、あれは去年の暮れですよ」

 そうでした。
 とっても寒い日、小雪が舞う日でしたっけ。
 地元のテレビ局の特別番組の取材で、訪れたのでした。

 今日は雑誌の取材で、川古温泉(群馬県みなかみ町)の一軒宿、浜屋旅館へ行ってきました。


 「あれ、小暮さんは、女性専用の露天風呂は、見たんでしたっけ?」
 「えっ、知りません。いつ造ったの?」
 「去年だけど、見ます?」
 「でも、女風呂でしょ?」
 「大丈夫、今、お客さんは入ってないから」 

 ということで、ご主人の案内で女風呂へ。
 誰もいないと言われても、やはりドキドキするものです。
 そーっと覗き込むと、小さいながら野趣に富んだ開放感のある木造りの露天風呂でした。

 「やっぱりね、専用風呂があるのと無いのとでは、違いますよ」
 「混浴露天だけだと、ダメですか?」
 「女性は安心して、入れないでしょ」


 川古温泉は昔から、内風呂も露天風呂も混浴の湯治宿でした。
 現在は、時代の変化とともに、男女別の内風呂も完備されています。
 でも、露天風呂だけは長年、混浴のみでした。

 これで女性客も、心置きなく露天を楽しめるというものです。
 めでたし、めでたし!


 雑誌の取材も、予定通り順調に終わりました。
 これまた、めでたし!
   


Posted by 小暮 淳 at 23:37Comments(0)温泉地・旅館

2019年04月16日

中高年よ、家を出よう!


 中高年の 「引きこもり」 が止まりません。

 内閣府の発表によると、ついに!若年層(15~39歳) を対象にした調査の約54万人を、中高年(40~64歳) の引きこもり人口が上回ったといいます。
 その数、全国に61万3千人です!!


 以前、このブログでも、中高年の引きこもりが増えているという話題に触れたことがあります。
 しかし、その頃(2年前) は、まだ中高年の調査がされておらず、正確な数字は発表されていませんでした。
 ※(当ブログの2017年1月23日「楽しみは家の外に」参照)

 そして今年、恐れていたことが、ついに数字となって表れてしまいました。
 引きこもりは、もう “若者特有の現象” ではないということです。


 オジサンの引きこもり?
 なんだか、ピンと来ませんね。
 だって、引きこもりということは無職ということで、誰かがその人の面倒を看ているということです。
 20代の若者なら親は40~50代だから、なんとなく分かります。
 でも中高年の引きこもりとは、親の世代が家に居るということです。
 ということは、それを看ているのは?

 そうなんです!
 そのまた親の70~80代の年金暮らしの高齢者ということになります。
 つい最近まで、介護をしていた僕には、想像もつかない現実です。
 ということは、中高年の引きこもりをしている人の親は、元気なのでしょうか?
 もし認知症になったり、介護が必要となったら、誰が面倒を看るのでしょうか?

 介護の経験があるだけに、想像しただけでゾッとします。


 幸い、見渡したところ僕のまわりには、引きこもりの中高年は見当たらないので安心していますが、いつなんどき、親しい友人が、そうなるとも限りません。

 えっ、そういう自分は大丈夫かって?
 ええ、まあ、僕の場合、人と会わないと死んじゃう体質なので、家の中でジッとしていることができませんから、万に一つも可能性はないと思います。

 みなさんのまわりは いかがですか?
 引きこもりのオジサンやオバサンはいませんか?
   


Posted by 小暮 淳 at 12:13Comments(0)つれづれ

2019年04月14日

知人以上友達未満


 数日前の新聞に、こんな読者投稿記事がありました。
 50代主婦からの人生相談です。
 <先日、同窓会に参加しました。ごく少数の気心の知れた人ばかりの会だと思ったので、久しぶりに顔を出しました。その時は楽しく過ごせたのですが、連絡先を交換したため、その後のお誘いが止まりません。うんざりするほどしつこいです。>

 う~ん!分かります。
 というか、この年代になると 「あるある話」 ですよね。

 “同級生” って、実に不思議な存在です。
 友達なのか?と問われれば、違うような気がしますし、でも知人よりは親しいような、とってもあいまいな人間関係であることに気づきます。
 しいて言うならば、“知人以上友達未満” の間柄です。

 だからこそ、付き合い方が難しいんです。


 実は僕にも、まったく同じ経験があります。
 この10年間に、小学校と中学校のクラス会と同窓会が、それぞれにありました。
 どれも、卒業以来30~40年ぶりに会う人たちばかりですから、ドキドキ、ワクワクしながら行ってきました。

 投稿者さんと同じで、会えば懐かしくて、思い出話に花が咲いて、それはそれは楽しいのですが、やはり、その後が問題でした。
 連絡先の交換といっても、昔のように住所と電話番号を書いたメモを渡すわけではありません。
 メールやラインですから、さー大変です!
 その翌日から、来るわ来るわ!!

 で、「近々、ミニクラス会をやりましょう」ということになり、30年に1回が1年に1回となり、やがて 「今度、ミニミニクラス会を開きます」 となり、1年に1回が毎月開催されることになりました。

 それって、もう、クラス会じゃありませんて~!!!
 ただの飲み会でしょ!?
 でも、それにしては、そんなに親しくもないし、気心も知れていません。
 ただ共通は、昔の “クラスメート” というだけです。

 <うんざりするほどしつこいです。>
 投稿者さんとまったく同じ心境に陥りました。


 さて、では、この人生相談に、回答者の大学教授は、なんと返答しているのか?
 <相手も悪気はないので、普通は誘いがある度に断れば、そのうち声もかからなくなると思います。>

 ピンポ~ン!
 その通りであります。
 僕も誘いがある度に、「その日は仕事で」 とか 「都合が悪くて」 と断っていたら、いつしかメールは来なくなりました。

 知人以上友達未満の関係ですからね。
 数年に1度、元気な姿を確認し合えれば、いいと思うんですよ。
 同級生って……
  


Posted by 小暮 淳 at 12:24Comments(0)つれづれ

2019年04月12日

グッド・ラック ~いつの日か~


 結成から約20年……
 60年代のグループサウンズミュージックやオールディーズ、70年代のフォークソングを県内のイベントや温泉地で演奏し、歌い続けてきたスーパーローカルオヤジバンド 「KUWAバン」 が、実質解散しました。
 僕は結成時より、ボーカルとギターを担当してきました。

 正式解散ではなく、実質解散であります。
 と、いうのも……


 昨年の夏、グループのバンマスであるK氏が、突然、脳梗塞で倒れて入院。
 その後、入退院を繰り返し、現在は自宅にてリハビリ療養中であります。
 当初は悲観的に考えていた我々の不安を裏切るように、この半年で目覚しい回復をしました。
 ほとんど、目に見える障害は残っていません。

 しかし、これからもリハビリ療養は続くようで、K氏の家族の判断により、ここ群馬の地を離れることになりました。
 奥様の負担を考えると、娘さんやお孫さんのいる環境で暮らすのが、一番良いという結論に達したようです。
 そして、その引越しの日が近くなりつつあります。

 ということで今日、バンドのメンバーたちと壮行会を開きました。


 「なーんだ、前回会ったときより、ますます元気になっているじゃない!」
 「うーん、そんなに元気でもないんだけど」
 「リハビリは順調なんでしょ?」
 「毎日、散歩をしている」
 「1人で?」
 「そう」
 「ちゃんと、帰って来れるんだ?」
 「もちろんだよ」
 そう言って、笑いました。

 この人、どこが悪いんだろう?
 そう思えるほど、元気です。
 10キロもやせてスマートになり、毎日散歩をしているからでしょうか、日に焼けて顔色も良く、以前より逆に健康そうに見えます。

 それでも、病気の治療中なんですね。
 本人も、長年住み慣れた群馬の地を離れることに、承知をしています。


 平日の昼間です。
 酒で乾杯とはいかず、全員ソフトドリンクで別れを惜しみ合いました。

 グッド・ラック!
 また、いつの日か、一緒に歌いましょう!

 リハビリに成功して、完全復帰するその日を、メンバー全員で待っています。


 PS
 今後は残りのメンバーで、オリジナルソングのみを演奏する 「じゅん&クァ・パラダイス」 としてライブ活動を続けていきますので、引き続き応援を、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:25Comments(2)ライブ・イベント

2019年04月10日

静かな情熱


 たまには、こんな仕事もいいもんです。

 みなさんは、覚えていますでしょうか?
 以前、拙著 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) を、視覚障害者のために高崎市のボランティアサークルが、朗読テープの作成をしてくれた話を。
 ※(当ブログの2019年1月7日 「どこかで誰かが⑪ お役に立てて」 参照)

 一度、その制作現場を見てみたくて、活動拠点である高崎市箕郷町の福祉会館を訪ねてきました。


 サークル名は、箕郷町朗読奉仕 「あじさい会」。
 メンバーは50~70代の女性、9人。
 すでに発足から27年目を迎えています。

 僕が訪ねたときは、レコーディングルームで、朗読の録音中でした。
 毎月、60分のカセットテープ1本を制作しています。
 A面には高崎市の広報、B面にはメンバーが選考したエッセイや小説、民話、落語の小噺などが収録されています。
 僕の本も、今年の1月号に収録されました。


 まず驚いたのは、「今どきカセットテープ?」 という疑問。
 会長の原澤美津子さんによれば、視覚障害者にとっては、「操作が簡単で分かりやすいから」 とのことでした。
 プレーヤーのないお宅には、貸し出しもしているとのことです。

 なるほど、まだまだ、こんなところにカセットテープの需要が残っていたんですね。


 それにしても発足から四半世紀以上とは、素晴らしい!
 継続の秘訣は? と問えば、
 「喜んでくれる人がいることに、やりがいを感じます。みんな、世の中に貢献できていることが嬉しいんですよ」
 そして、一番大切にしていることは? という問いに対しては、こう答えてくれました。

 「静かな情熱です」

 決して目立たない、地味な活動だけど、どこかで誰かが必要としていること。
 それを維持して継続するには、“情熱” が不可欠なのだといいます。


 なんだか胸の奥のほうが、ジワ~ッと温かくなるいい言葉です。
 ちょっぴり得をした気分になった取材でした。

 「あじさい会」 のみなさん、楽しいお話をありがとうございました。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)取材百景

2019年04月08日

天才のゆくえ


 ショックでした。
 今度ばかりは、“三度目の正直”で授与されると思ったんですけどね。
 イチロー選手の国民栄誉賞辞退のニュースです。

 「人生の幕を下ろしたときにいただけるよう励みます」
 とのことです。
 選手としての現役は引退したけれど、野球人生は、まだ終えていないということでしょうか?

 飽くなき挑戦を続ける天才には、ただただ脱帽であります。


 イチロー選手の過去の言動には、凡人には及びもつかない含蓄を感じます。
 僕が心に残っているのは、日米通算4257安打の偉業を達成したときのコメントです。
 「僕は子供のころから、人に笑われてきたことを常に達成してきているという自負がある」
 ※(詳しくは当ブログの2016年6月7日 「笑われた記憶」 参照)

 笑われるということは、凡人には荒唐無稽に見えるということです。
 でも天才イチローには、ちゃんと根拠があるということです。
 それを何年かかろうが実践して、証明するところに、天才たるゆえんがありそうです。

 凡人には、真似したくても、そうそう真似できるものではありません。


 ところが今回の引退記者会見で、初めて凡人の僕が、イチローの言葉に親近感を抱きました。
 おこがましいのですが、僕が昔から言っていたことと同じ言葉をイチローが言ったのです。
 それは、子どもたちへのメッセージです。

 「自分に向くか向かないかよりも、自分の好きなものを見つけてほしい」

 “野球を愛してる” と言い続けているイチローらしいコメントです。


 とかく大人は、職業を選択する際に、「向いているか?」 を判断基準としたがります。
 でも所詮、「向いているか?」 なんて、やってみなければ分からないことなんですよね。
 やはり、人生のスタートは 「好きだから」 です。

 恋愛や結婚だって、そうですよね。
 「自分に向いている」 からなんていう基準で相手を選んではいませんもの。
 好きになることに、理由なんていりません!


 イチローは子どもたちに、人生の “はじめの一歩” を伝えたかったのだと思います。

 これからも天才のゆくえに、目が離せません。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:11Comments(2)つれづれ

2019年04月06日

街は眠りたい


 <私の勤務する店に、その青年は昼となく夜となく、また朝となく客として現れていた。そして決まって落ち着きのない行動を店内でとった。マガジンコーナーで立ち読みをし、リーチイン(冷蔵ショーケース) を覗き込み、店内をグルグル廻る奇妙な動きを繰り返した。当然、店にしてみれば要注意人物である。>


 早いもので、オヤジが亡くなって1ヶ月半が過ぎました。
 今日は親戚が集まり、四十九日の法要と納骨を済ませてきました。

 法要が終わり、菩提寺から霊園へ。
 位牌を手にした僕は、息子の運転する車に乗り込みました。
 赤城山麓の道を上ります。

 コンビニの向こうにコンビニ、そのまた向かいにコンビニ……
 「こんなにもコンビニは、必要ないな」
 と僕が言えば、
 「幹線道路は別として、こんな山ん中は要らないね」
 と息子もうなづく。
 「お前でも、そう思うか?」
 コンビニ育ちの20代の意見も同様だったのは、ちょっぴり意外でした。


 何かと今、話題のコンビニ業界であります。
 人手不足と過重労働から、コンビニの骨頂である “24時間営業” が見直されつつあります。
 思えば、その昔、昭和の頃は、夕方6時を過ぎれば商店は、すべて店じまいをしていました。
 だから消費者は、それに合わせて、買い置きをしたり、朝の開店を待って、並んだりしたものです。

 みなさんは、町の中に “24時間営業” のコンビニが現れた日のことを覚えていますか?


 冒頭の文章は、約20年前に出版した拙著 『上毛カルテ』(上毛新聞社) の中に収録されている 「街は眠らない」 というエッセイの一節です。
 さらに、さかのぼること今から35年前に、群馬県に登場した第1号コンビニエンス・ストアに勤務していた頃のエピソードを書いたものです。

 <一ヵ月程度後のこと、彼はいつもとは異なるしかつめらしい面持ちで現れた。店に入るなり、そのままレジに直行。そして私に言った。「あ、あ、あのう……、ぼ、ぼ、ぼくをこの店で使ってください!」 肩で息をしている彼とは対照的に、私の目は点になってしまった。が、彼のアルバイト希望の動機を聞けば、むべなるかな。奇妙な行動の一部始終のつじつまが合った。>

 実は、この青年、この年の春に前橋市内の大学に受かり、北陸地方の山村からやって来たばかりだったのです。
 アパートも見つかり、母親を連れ立って、初めてこの街に来たとき、僕の勤務するコンビニに親子で立ち寄りました。

 <「母ちゃん、今のお店、二十四時間営業って書いてあったよ。凄いねえ」 「バカ言うんじゃないよ。そんなお店あるわけないだろ! 二十四時間っていったら一晩中やっているってことだよ。お店の人はいつ寝るんだい? お前の見間違いだよ。>

 彼は、その真偽を確かめるために、昼夜問わず店に現れ、シャーターが閉まるときを見届けようとしていたのでした。
 そして、彼は一大決心をします。
 「母親に信じてもらうには、その24時間営業の店で働くしかない!」 と。


 その後、昭和の非常識は、平成では常識となりました。
 でも、また時代は変わります。
 迎える令和の世は、人間が人間らしく生きられる時代になるといいですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:21Comments(0)著書関連

2019年04月04日

おとうさん、大好き!


 <現金3000万搾取被害
  84歳女性「たんす預金」>

 新聞記事に、思わず目を疑ってしまいました。
 群馬県内で発生した特殊詐欺事件です。

 えっ、3000万円だ?!
 ケタが間違っているんじゃないの?
 だって、たんす預金だろ?

 たんす預金ということは、現金ということです。
 そんだけの金が家にあったということです。
 手口は、お馴染みの長男を装った男から電話があり、「取引先に振り込む金が足りない」 というもの。
 そして女性は、長男の上司のおいを名乗る男に、自宅に保管してあった現金を渡したとのことです。


 ん~、犯人は完全に、この家に金があることを知ってましたね。
 事前リサーチをして、効率よく詐欺を行っています。
 敵もさることながら、年々知恵をつけて、搾取の確率を上げています。

 というのも、数年前は違いましたもの。
 手当たりしだい、電話をかけていました。
 まだ、オヤジもオフクロも元気だった頃には、僕の実家にも何度か「オレオレ詐欺」 の電話がかかってきました。

 まっ、うちは絶対に、ひっかかりませんけどね。
 「犯人もバカだね。金のないうちに、かけて来たって、払えるわけないじゃないかね。ひっかかる人は、お金のある人だよ」
 というのが、オフクロの口ぐせでした。
 そして、こんなことも言ってました。
 「そんな大事な話を電話で済ませようなんて、そんな育て方をした覚えはないもの。お前たちなら電話じゃなくて、直接、会いに来るよね。あっ、その前に、うちに金がないことを知ってるから、来ないね」
 そう言って、大笑いするのでした。


 そんなオフクロも、施設に入って、1年以上が経ちます。
 そういえば、またしばらくオフクロの顔を見ていません。
 新聞を読んでいたら、急に会いたくなったので、今日、面会に行ってきました。

 「よっ、元気そうだね」
 病室のベッドの上で、オフクロは何かを開いて見ていました。
 「何を見てるの?」
 「おとうさん」
 「なに、写真? ちょっと見せてよ」

 それは、数年前の春に、桜の下で写したオヤジとオフクロのツーショットの写真でした。
 「おとうさん、いい男でしょ!」
 「そうかな」
 「とっても、いい人だよね」
 「まあね」
 「恐かったかい?」
 「ああ、小さい頃はね」
 「ふ~ん……」

 「なに?」
 僕が問いかけると、突然、オフクロは、うれしそうに微笑んで、
 「おとうさん、大好き!」
 と言って、少女のように写真を胸に抱きしめました。

 ビックリです。
 そんなオフクロは見たことがありません。
 オヤジの生前には、見せたことのない姿です。

 だから言ってやりました。
 「好きだからって、父さんの後を追って、すぐに逝くなよな!」
 「大丈夫だよ。おとうさんに、オリンピックの話をしてあげなくっちゃならないから」
 「そうだよ、父さんは見れなかったんだからさ」
 「だから、まだまだ大丈夫」

 僕は安心して、病室を後にしました。
 今週末、早いもので、オヤジの四十九日の法要です。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:36Comments(0)つれづれ

2019年04月03日

取材の舞台裏を話します!


 昨年夏、『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) を出版してから半年が経ちました。
 おかげさまで、たくさんのマスコミおよびメディアが取り上げてくださり、書店での販売も好調のようであります。

 そんな折、「取材の苦労や裏話をしていただけませんか?」 という要望があり、何度かラジオ等でお話をする機会を得たのですが、ひょんなことから正式に講座を開くことになりました。

 題して!
 「ぐんま県 民話と伝説の舞台“裏”」

 1回90分の講話を、たっぷりと3回にわたり行います。
 ご興味のある方は、お問い合わせください。


 ■第1話/2019年4月20日(土) 群馬発祥の昔話
 ■第2話/2019年5月18日(土) 不思議な民話
 ■第3話/2019年6月15日(土) いで湯発見伝説

 ●日 程  第3土曜日 13:30~15:00
 ●受講料  会員 7,776円 一般 8,780円
 ●教材費  テキスト代 1,000円
 ●会場・問合せ NHK文化センター 前橋教室
   前橋市大手町1-1-1 群馬県庁昭和庁舎3F
   TEL.027-221-1211
  


Posted by 小暮 淳 at 11:04Comments(0)講座・教室

2019年04月01日

令月に風和ぎ


 <初春の令月にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、
  梅は鏡前の粉(こ)を披(ひら)き、
  蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす。>


 新元号が発表されました。
 「令和」 です。
 出典は、万葉集からとのことです。

 くしくも、キーワードは 「風」 でした。
 僕の “守護字” であります。
 ※(当ブログの2018年10月26日 「風のルーツ」、2019年3月17日 「風に吹かれて」 を参照)

 令月(めでたい月) に、風が和らぐとは、なんと風流なのでしょうか!
 まさに川原の風に吹かれるように、事にあらがわず、和らぎながら生きる時代にしたいものです。


 今日の毎日新聞に、大正生まれで、昭和、平成の時代を生きてきた漫才師の内海桂子師匠の新しい元号や時代へ向けての談話が載っていました。
 「大正、昭和から平成になって世の中は豊かになったと言われるけど、今はそんなに豊かなのかねえ。生活は苦しいのにそうでないふり、お金があるふりをしている人が多いように感じるよ。持たない者は持たないなりに、ぜいたくをせずに暮らせばいいというのが昔の考えだったけど、今は周囲と同じでないといけないと思う人が増えてるんじゃないかい。」

 そして、こんなコメントで締めくくっていました。
 「平成の次はどんな時代になってほしいかって? 時代はね、他人に作ってもらうのではなく、自分で作るものですよ。私は不満を世の中のせいにしないの。もし 『こんな社会で生かされるのはいやだ』 と思う人がいたら、自分で行動して、居場所を作ったらいい。」


 思えば、昭和と平成は豊かさにあこがれ、高度経済成長とバブルに踊らされた時代でした。
 新しい時代こそは、他人と比べる豊かさではなく、個々の価値観が反映される世の中でありたいと思うのであります。

 祝、新元号!
  


Posted by 小暮 淳 at 15:31Comments(0)つれづれ