温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年06月30日

水上温泉 「松乃井」④


 「小暮君! Hです。○○高校で一緒だった」
 思わぬ場所で、同級生と43年ぶりの再会をしてきました。


 昨日は、水上温泉 「松乃井」 のコンベンションホールで某国立大学同窓会の全国総会が開催され、講演会の講師を務めてきました。
 なぜ、僕だったのか?
 もちろん僕は、そんな優秀な大学の卒業生ではありません。
 みなかみ温泉大使として、開催地となった “みなかみ18湯” のPRを兼ねて、全国から集まるOB、OGの皆様に、群馬県の温泉の魅力と素晴らしさを知ってもらうためであります。

 当日は僕だけでなく、みなかみ町観光協会の職員も駆けつけ、出迎えただけでなく、会場では僕の著書 『みなかみ18湯』 上・下巻の販売をしてくださいました。


 さあ、あと10分後には、 「群馬は温泉パラダイス」 と銘打った講演が始まるというときです。
 僕は著書の販売コーナーで、協会職員と立ち話をしながら、本を買った方へサインをしていました。

 「小暮君!」
 突然、近寄ってきた白髪まじりの初老の男性が声をかけてきました。
 「えっ、Hく~ん!」
 最初は、サインを求めてきた読者だと思いましたが、一瞬にして僕の脳の回路がつながりました。

 同級生のH君だったのです。
 「N大だったんだっけ?」
 「ああ」
 「俺が今日、来るって知ってたの?」
 「知ってたよ。同窓会の案内が来たときから」
 「そう、なつかしいな~。卒業以来だものな」
 「今日会えるのを、楽しみに来たんだよ」
 「恥ずかしいなあ~、同級生が聴いているなんて。ま、つたない話だけど、最後までお付き合いください」
 そう彼に言って僕は、壇上へ向かいました。


 1時間という短い講演でしたが、約160名の聴衆は、最後まで熱心に耳を傾けてくださいました。
 講演中は、どうしてもH君が気になって、何度も何度もチラ見をしてしまいました。

 同級生の講演を聴く、同級生の気持ちって、どんななんでしょうね?


 その後、行われた総会の間、僕は部屋で旅装を解いて、同館自慢の 「生温泉」 を浴(あ)みに……。
 “生” 温泉とは、源泉の鮮度を保つために、浴槽へ上から注ぎ込むのではなく、湯舟の底から直接湯が湧き上がるように給水口を設けている温泉のことです。
 分かりやすく言うと、浴槽直下から湧く足元湧出温泉を模した 「湧湯かけ流しスタイル」 です。


 ひと仕事終えて、温泉に入れば、やることは1つです。
 そう、ただ酒を浴びるだけであります。

 もちろん、懇親会の席ではH君を探し出し、思い出話に花を咲かせたことは、言うまでもありません。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:50Comments(0)温泉地・旅館

2019年06月28日

踊りを覚える


 マイッタ! そういう展開になるとは……


 今週は、講演や講座が4日間もある過密スケジュール。
 年間、20~30回の講話活動を行っていますが、1週間にこんなにも重なることは滅多にありません。
 でも、講話は慣れですから、体力的な面を除けば、別に苦ではありません。
 なんとか楽しみながらクリアしています。

 僕は10年ほど前から、講演やセミナーの最後に歌を歌っています。
 『GO!GO!温泉パラダイス 湯の国群馬県篇』(通称、オンパラ) です。
 この歌の中には、群馬県内の27温泉地名が織り込まれています。
 「1つでも多くの温泉地名を覚えて欲しい」 という願いを込めて作詞・作曲しました。

 そして毎回、会場では歌詞が配られ、聴講者や受講生らと一緒に歌っています。


 と、と、ところが!
 今回、主催者から 「一緒に踊りたい」 というリクエストがきたのです。
 「えっ、踊りですか~!?」

 この歌には、踊りが付いています。
 以前は、バンドで夏祭り会場に呼ばれることが多かったので、盆踊りの1曲として演奏していました。
 その時は、バンドメンバーのほかに 「オンパラシスターズ」 という踊り専門の女性グループを結成して、一緒に活動していました。

 現在、群馬県内の温泉旅館の女将さんたちが踊れるのは、「オンパラシスターズ」 が各地で指導してきた賜物なのであります。
 で、僕はというと?
 バンドでもカラオケでも、ボーカルに徹しているため、踊れません!
 ていうか、いつもステージの後ろから見ているので、なんとなくは分かりますが、マイクを握っているので踊れないのです。

 ところが今回は、講演会で歌った後に、懇親会の席で踊りをレクチャーして、「みんなで踊りましょう!」 ということになりました。
 どうしよう?
 で、はたと考えました。
 「そうだ! DVDがあるじゃないか!!」
 そうなんです。
 10年前に、踊りを普及させようと踊りの練習用DVDというものを制作したのであります。


 さっそく、数日前から特訓が始まりました。
 振り付けは、絵本作家の野村たかあき氏であります。
 画面の中では、氏自らがオンパラシスターズと踊っています。

 この踊り、実に良くできていて、温泉の入浴マナーが所作により振り付けられているのです。
 ♪ かけ湯かけ湯 払って払って 日本列島北から南へ 湯加減いかがか 湯けむり昇る 肩まで浸かって いい湯だな ♪
 と、踊りに合わせて、僕のナレーションまで入っています。


 練習の甲斐があって、なんとか踊れるようになりました。
 でも、不思議なものですね。
 自分の歌に合わせて、踊りを踊るなんて……

 これで準備完了!
 明日の夜は、総勢200名の大オンパラ踊り大会だーーーー!!!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:11Comments(0)講演・セミナー

2019年06月26日

座禅温泉 「シャレー丸沼」③


 「先生、湯に色がありません!」
 「えっ?」
 「先生の本にも書いてあったじゃないですか?」
 熱心な温泉ファンの受講生が、湯舟に入るや声をかけてきました。
 色のある、にごり湯を期待していたようです。


 昨日は毎月、僕が講師を務めているNHK文化センター前橋教室の野外温泉講座日でした。
 群馬県片品村の座禅温泉へ行ってきました。
 訪ねるのは、拙著 『尾瀬の里湯』(上毛新聞社) の取材以来ですから、5年ぶりです。
 “座禅”とは、群馬県と栃木県の県境にある日本百名山の一座、日光白根山(2,578m) の外輪山 「座禅山」 に由来します。
 ちなみに、日光白根山は関東以北の最高峰の山です。


 「確かに、今日は無色透明ですね」
 と、僕も湯を両手ですくいながら答えると、
 「あっ、分かった! 湯を張ったばかりだからですね」
 なんとも、賢い受講生であります。
 僕が真相を解く前に、答えを導いてしまいました。
 「たぶん、そうでしょうね。湯が、まだ劣化していないということですよ」

 確かに僕は、自分の著書の中で <ほのかに温泉臭のする黄緑色の薄にごり湯> と書いています。
 ただ温泉とは、一部の例外を除き、どんな色のにごり湯も湧出時は無色透明です。
 空気に触れると酸化するため、時間の経過とともに劣化が始まります。
 その過程で含有成分により、さまざまな色の変化が現れるわけです。

 「では、湯が新鮮ということですね」
 「ということです。これはこれで、ありがたいことです」
 とは言ったものの、にごり湯を期待していた受講生は、少々ガッカリしたのかもしれませんね。


 標高1,400メートルの高原は、別天地であります。
 午後は自由行動となり、ロープウェイに乗って2,000メートルまでの天空を旅するグループと、高原内にある別の入浴施設へ行く者とに分かれました。

 僕は、過去に何度もロープウェイには乗っているので、今回は入浴派を選びました。
 高原の風に吹かれながら、湯上がりに野外で飲むビールのうまかったこと!

 これだから、この講座の講師は、やめられませんね!!
  


Posted by 小暮 淳 at 18:56Comments(2)温泉地・旅館

2019年06月24日

ガイドブックではありません


 「小暮さんの本を見て歩いたら、道に迷ったという読者から電話がありました」
 出版元の担当者からです。
 「道に迷ったと言われてもね。ずいぶん昔に書いた本だし……。それって、クレームですか?」
 「いや、報告というか、どこに問い合わせたらいいのか分からなくて、うちに電話をしてきたようです」

 その後、担当者と相談して、読者には管轄機関の連絡先を紹介してもらうことにしました。


 2011年に出版した 『ぐんまの里山 てくてく歩き』(上毛新聞社) という山歩きのエッセイです。
 出版から8年も経っていますから、登山道や景観は様変わりしていることでしょう。
 「道に迷った」 と言われても、著者としては返答のしようがありません。
 「僕が歩いた時は、こうでした」 としか言いようがありません。

 実は、この本には、読者への注意書きが記されています。
 目次の次のページに、「本書について」 という項目があります。
 ここには、8つの注意点が載っています。

 一、この本はガイドブックではありません。あくまでも著者が歩いた紀行文の形式で書かれています。主観による描写が多いため、実際の景観や状況とは異なる場合があります。

 また、掲載されている地図についても触れています。

 五、案内図は、すべて略図です。実際に歩かれる際には、最新の情報を確認し、地図とコンパスを持参の上、安全を心がけ自己責任でお楽しみください。


 自然は、生き物です。
 時間の経過と共に、変化をします。
 絶景の眺望だった山頂は、人間による手入れがされなければ数年後には、樹木とヤブにおおわれます。
 豪雨による土砂崩れや崖崩れにより、登山道が寸断されている場合もあります。
 標識なども老朽化により、破損していることがあります。

 ぜひ、山行の際は、最新の情報を確認の上、おでかけください。

 僕の本は、ガイドブックではありませんので、くれぐれもお間違えのないように!
   


Posted by 小暮 淳 at 14:56Comments(0)著書関連

2019年06月22日

民話にまつわるエトセトラ


 昨年8月に出版した 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)。
 おかげさまで、その後、新聞や雑誌、ラジオなど多方面にわたり記事や話題に取り上げていただいたおかげで、販売も好調のようであります。
 出版元から 「書店からの注文が入りました」 の報告を受けるたびに、「ああ、この仕事をしていて良かった!」 と安堵しています。

 発売から、そろそろ1年になりますが、ここに来て新たな展開をみせています。
 以前、温泉の講演で回った公民館などからの再講演の依頼です。
 「ご無沙汰しております。また、講演をお願いできますか?」
 という担当者からの電話。
 中には、つい半年前くらいに講演を行った会場もあります。
 「え、また温泉の話ですか?」
 「いえ、民話の本を出されましたよね。ぜひ、今度は民話のお話を」

 でも、たまたま出版した本が民話関係だったというだけで、僕は民話研究の専門家ではありません。
 ので、その旨を伝えると、
 「いえいえ、取材の裏話などでいいんです。温泉の話も織り交ぜながら…」
 とかなんとか、おだてられ、調子に乗って、結局は引き受けることになってしまうのであります。

 なんだか、自分の職業が分からなくなってきました。
 “ライター” とは、なんてオールマイティーな職業なんでしょうか。


 と、思っていたら朗報が飛び込んで来ました!
 某書店が、『民話と伝説の舞台』 の原画展を開いてくださるというのです。

 そう、本の表紙に描かれた魑魅魍魎、奇々怪々で摩訶不思議なイラストです。
 デザイナーでイラストレーターの栗原俊文氏の作品であります。

 会期、会場等、詳しいことが決まり次第、ご報告いたします。
 乞う、ご期待!


 今年の夏は、“民話フィーバー” が起こりそうな予感(?)。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:34Comments(0)著書関連

2019年06月21日

3つの議案


 毎月第3木曜日は、NPO法人 「湯治乃邑(くに)」 の役員会議です。
 昨日、高崎市に借りているシェアオフィスにメンバーが集まりました。
 僕は当法人の代表を務めています。

 6月の議案は3つです。
 ① 定期パネディスの開催について
 ② 刊行物の制作進捗状況の報告
 ③ 夏季合宿の日程決め


 ①は、毎年年末に開催している公開パネルディスカッションの今年度の開催予定についてです。
 今年で第4回になります。
 毎回、温泉関係者や医療、介護のスペシャリストをゲストパネラーに招いて、僕とトークをしていただいています。
 今年は、群馬デスティネーションキャンペーンのプレイヤーということもあり、観光面から見た群馬の温泉をテーマに開催を予定しています。
 会場と開催日およびゲストパネラーは、ただいま交渉中です。
 決定次第、ご報告いたします。

 ②は、来年開催される東京オリンピックに合わせて、群馬の温泉を世界にPRしようと、刊行物の制作に取りかかっています。
 現在、原稿の執筆中です。
 昨日は、デザインの構想とデザイナーの選出を話し合いました。

 ③は、合宿という名の避暑レジャーであります。
 群馬県北部の温泉地にある古民家を借り切って、夜通し温泉談義をしよう!というものです。
 8月下旬に決定しました。


 当法人も設立から4年目を迎えました。
 なかなか当初の志し通りには事が進みませんが、悪戦苦闘、切磋琢磨しながら、一歩ずつ夢に向かって進みたいと思います。
 これからも応援をよろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:26Comments(2)湯治乃邑

2019年06月19日

あっぱれ! 群馬の地酒


 朗報です!

 今年も日本酒の出来栄えを審査する 「全国新酒鑑評会」 が開催され、群馬県内の10銘柄が入賞し、うち7銘柄が金賞に輝きました。
 金賞の受賞数は、過去10年で最多とのことです。

 今回は2018年7月~2019年6月に製造された酒が対象で、全国から857点の応募があり、県内からは18銘柄が出品されました。
 県酒造組合によれば、群馬の銘柄の入賞率は55.6%で、全国平均の48.5%を上回っているそうです。
 また金賞率も38.9% (全国平均27.7%) と大きく上回っています。


 あっぱれ! 群馬の地酒

 取り急ぎ、「ぐんまの地酒大使」 からの報告でした。
 なお、入賞銘柄の内訳は下記のとおりです。


 <金賞>
 「清嘹」 町田酒造(前橋市)
 「鳳凰聖徳」 聖徳銘醸(甘楽町)
 「貴娘」 貴娘酒造(中之条町)
 「水芭蕉」 永井酒造(川場村)
 「赤城山」 近藤酒造(みどり市)
 「群馬泉」 島岡酒造(太田市)
 「秘幻」 浅間酒造(長野原町)
 <入賞>
 「浅間山」 浅間酒造(長野原町)
 「大盃」 牧野酒造(高崎市)
 「船尾瀧」 柴崎酒造(吉岡町)
   


Posted by 小暮 淳 at 10:54Comments(4)大使通信

2019年06月17日

恩送り


 10年が “ひと昔” ならば、“よつ昔” も前のことです。

 当時、僕は両手に抱えきれないほどの大きな夢をたずさえて、大都会の片隅で生きていました。
 まだ10代でした。
 親からの仕送りは家賃と学費だけだったので、昼間はひたすらバイトに精を出して、夜学の音楽専門学校に通っていました。

 夜学ですから、生徒の年齢はまちまちでした。
 クラスでは僕が一番年下で、20代の会社員やOL、30代の主婦、なかには40歳以上のお父さんやお母さんのような人も音楽の勉強に来ていました。
 もちろん、歌手の卵や売れないミュージシャン、ピアノ講師など、その道のプロを目指している人も数人いました。


 「さ、ジュン! 行くぞ」
 授業が終わると、毎日必ず誰かしらが僕を誘ってくれました。
 喫茶店や居酒屋へ流れ込むのですが、その都度、僕は、
 「あ、はい、……でもオレ、金ないっす」
 と言葉を返すのでが、先輩たちは、
 「お前に、金を払わせたことがあるか!?」
 と言って、強制的に僕を夜の街へ連れ出してくれました。

 また、休みの日には、
 「おい、ジュン坊、あたしたちの荷物持ちしてくれよ。ランチ、おごってやるから」
 と、お姐さまたちに誘われて、新宿や渋谷へ買物のお供として出かけたものでした。


 卒業の日、僕は先輩やお姐さまたちに、感謝を込めて書いた手紙を手渡しました。
 「このご恩は一生、忘れません。いつかビッグになって、必ずお返します」
 と……。

 その時、先輩の1人に言われた言葉が、生涯の宝となりました。
 「俺に返してくれなくてもいいんだよ。この先、今のジュンと同じような境遇の後輩に会ったら、同じことをしてあげなよ。俺たちも、そうされて来たんだから」


 恩を受けた人ではなく、別の誰かに返す?
 このことを仏教用語で 「恩送り」 というのだそうです。
 そのことを知ったのは、それからだいぶ時が経って、大人になってからのことでした。

 恩を与えてもらった人に直接返すのは、「恩返し」 です。
 その恩を知らんぷりする人を 「恩知らず」 と言います。

 ともすれば、「恩知らず」 になりかねない僕を救ってくれた素敵な言葉でした。


 親から子へ、子から孫へ。
 これも「恩送り」 なんですね。

 人生100年時代!
 そろそろ僕も、受けるばかりでなく、送る人になりたいと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:01Comments(2)つれづれ

2019年06月15日

令和の年賀状


 ♪ 赤い花つんで あの人にあげよ
   あの人の髪に この花さしてあげよ
   赤い花赤い花 あの人の髪に
   咲いてゆれるだろう お陽さまのように ♪


 半年遅れて、年賀状が届きました。
 <賀状ありがとうございました。今年は書けなかったので、新元号になってからあいさつしようと思っていました。>
 差出人は、30年前に、たった1日、それも旅の途中で数時間を共にした女性からでした。

 山口県の長門峡という景勝地でのことです。
 僕は、ひとり旅でした。
 ※(関連記事=当ブログ2019年5月21日 「掌編小説<浅田晃彦・選>」 参照)


 渓谷を散策した帰り、駅へ向かう田舎道を歩いている時に、彼女たちに出会いました。
 まだ20歳くらいの2人連れの女性です。
 学生さんで、隣県から日帰りでハイキングに来たのだと言いました。

 無人駅に着くと、乗車客は僕ら3人だけでした。
 しかも、次の電車までは1時間以上もあります。
 「ひと駅、歩きませんか?」
 僕の提案に2人も賛同して、線路沿いの道を歩き出しました。


 当時、僕は “自分探しの旅” を繰り返していました。
 結婚をしていたのに、職には就かず、「自分は何者なのか?」 を自問自答する日々でした。
 気が付くと、“日常” に息がつまって、フラリと旅に出てしまっていました。

 あれから30年が経ちました。
 上りと下り、どちらの電車が先に来たのかは忘れましたが、僕らは次の駅で別れました。
 あの時、道すがら3人で口ずさんだ歌が、「赤い花 白い花」 でした。
 今でも、この歌を聴くと、あの時の光景と若い2人の笑顔が浮かんできます。

 そしてまた、半年遅れの年賀状を手にした時も、知らずのうちに僕は 「赤い花 白い花」 を口ずさんでいました。


 縁とは不思議なものです。
 1年に1回、こうして年賀状だけの付き合いが続いています。

 いつか、どこかで、またバッタリと会うことがあるのでしょうか?


 ♪ 白い花つんで あの人にあげよ
   あの人の胸に この花さしてあげよ
   白い花白い花 あの人の胸に
   咲いてゆれるだろう お月さんのように ♪

   


Posted by 小暮 淳 at 18:25Comments(0)つれづれ

2019年06月13日

ここは上州、極上の湯


 梅雨の晴れ間。
 なんて、いい天気なのだろうか!
 こんな日に、家の中に居ては、もったいない!
 だからといって、クルマで出かけたのでは、お天道様に申し訳ない。

 と、自転車にまたがって、家を出ました。
 さて、どこへ行こう?
 そうだ、確か、図書館で企画展をやっていたはずだ。

 我が家から群馬県立図書館までは、直線距離にして6~7キロ。
 ちょうど、いい距離です。
 暑からず、寒からず、絶好のチャリンコ日和。
 風を感じながら、時々、鼻歌まじりで、ゆっくりとペダルを漕ぎ出しました。


 群馬デスティネーションキャンペーン
 群馬県立文書館連携展 「ここは上州、極上の湯」
 
 1階ロビー、正面にデカデカと書かれています。
 でも、仰々しいタイトルのわりには、コーナーの展示物は少なめで、ちょっとガッカリ!
 「企画展て、これだけですか?」
 いじわるにも僕は、職員に訊いてしまいました。
 すると職員の言うことには、
 「新聞などで紹介されたものですから、だいぶ借りられてしまいました」
 とのこと。

 展示物は、そのまま貸し出しているようであります。


 気を取り直して、閲覧することに。
 壁面は、草津や伊香保、四万温泉などの古い絵図です。
 先日、文書館でも見たので、これは軽くスルーしました。

 テーブルと棚には、県内外の温泉関連本が並びます。
 お、おおおおーーーっ!!!
 こ、こ、これは~!
 田山花袋などの文豪に混ざって、なんと、僕の本が置かれていました。
 『尾瀬の里湯』 と 『西上州の薬湯』 であります。

 気を良くしたので本腰を入れ、椅子に座り、端から資料をむさぼり始めました。
 すると、ある1冊の本に釘付けになりました。
 昭和39年発行の 『上州の温泉』 みやま文庫(群馬県立図書館) であります。

 この本に、55年前の 「県下温泉一覧」 が掲載されていました。
 名前が記載されている温泉地は、66ヶ所。
 現在は約100ヶ所ですから、だいぶ増えたことになります。
 ※(掘削技術が進歩したためと思われます)

 で、僕が釘付けになったのは、今は無き “消えた温泉” です。
 数えると、21ヶ所もありました。

 そして、消えた温泉には、共通の特徴がありました。
 圧倒的に「鉱泉」 が多いのです。
 そして、エリアでいえば、県の東部と西部に集中しています。

 何よりも驚いたのは、桐生や太田、伊勢崎にも半世紀前は、冷鉱泉ながら温泉宿が存在していたということです。
 ぜひ、これらの跡地を探し出して、何らかの形として著したい思いました。


 さっそく一覧のコピーをとり、ルンルン気分でチャリンコを漕いで帰ってきました。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:04Comments(3)温泉雑話

2019年06月12日

ルースを見た!?


 生前、オヤジは、
 「俺は、ベーブ・ルースを見た。特大の場外ホームランが、利根川の河川敷まで飛んで行った」
 と、自慢していました。

 ベーブ・ルースとは、1910~30年代にかけてアメリカのメジャーリーグで活躍した選手で、“野球の神様” とまで呼ばれた偉人です。
 野球オンチの僕でさえ知っているのだから、それはそれはスゴイ人なのです。
 その “野球の神様” をオヤジは、「見た!」 というのです。

 オヤジによれば、昭和6年 (1931) に日本で日米野球が開催され、敷島球場(前橋市) でも行われたといいます。
 その試合を見に行って、神様を見たようです。
 オヤジが、小学生の頃の話です。


 「小暮さんのお父さんは、ベーブ・ルースのホームランを見たことがあるんですってね!」
 晩年、認知症を患ってからも、施設で介護職員に、自慢話をしていたようです。
 「みたいですね。本当かどうかは、昔のことなんで分かりませんけど」
 と、僕はいつも曖昧に返していました。
 だって、そんな話は、オヤジからしか聞いたことがなかったからです。

 ところが今年になって、思わぬ話を聞きました。
 僕がスーパーバイザーをしている、群馬テレビの構成会議での席でした。
 「 “敷島球場の謎” っていうのをやろうと思います。例のベーブ・ルースが来たっていう」
 プロデューサーの話に、思わず僕は、
 「えっ、その話、本当なんですか!?」
 と大声を上げてしまいました。

 プロデューサーによれば、敷島球場のある地元では、昔からまことしやかに伝わる都市伝説なのだといいます。
 伝説では、<昭和9年 (1934) に日米野球大会で来日したベーブ・ルースが、敷島球場での試合でプロ野球創設期の大投手、沢村栄治からホームランを打ち、打球は利根川の河原に落ちた> というものでした。
 オヤジから聞いていた話とは、年号や対戦相手など微妙に異なるところもありますが、伝説は本当だったのか?

 「それがね、どうも来ていないようなんですよ。日米野球も群馬では開催されていないんですね」
 確かに近隣の大宮や宇都宮には来ているので、その試合を見た人が記憶を取り違えたのではないか、というのです。
 でもね、調べによると、オヤジだけではなく、「見た」 という年寄りが前橋市には、たくさんいるのです。
 はたして、なぜ、都市伝説は生まれたのでしょうか?


 先日、その謎を解く可能性がある記事が、地元の新聞に掲載されました。
 <敷島の伝説 真相は>
 <オドールと混同?>
 という見出しに、釘付けになりました。

 記事によると、僕と同じく群馬テレビのスーパーバイザーをしている前橋学センター長の手島仁さんが、偶然見つけた昭和初期の新聞記事に触れています。
 <日米野球前年の1933年 (昭和8年) 12月24日に、人気大リーガーのフランク・オドールが敷島球場で開かれた中学生 (現在の高校生) 向けの野球教室に参加していた>
 当時の新聞には、<.ルースに次ぐ人気選手> <球場にはファン一杯> との見出しが躍っています。

 手島さんは、
 「野球が敵国のスポーツとされた太平洋戦争中に正しく事実が伝わらず、オドールの盛り上がりが有名なルースに置き換わってしまった可能性がある」
 とコメントしています。


 オヤジが見たのは、ルースではなくオドールだったのでしょうか?
 いえ、オヤジだけではありません。
 当時の前橋市民はみんな、オドールをルースと思い込んだまま昭和、平成と生きてきたのでしょうか?

 謎学の旅は、続きそうです。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:34Comments(0)謎学の旅

2019年06月10日

赤城の風になって


 ♪ 私のお墓の前で 泣かないでください
    そこに私はいません 眠ってなんかいません ♪


 霧のような雨が、ゆっくりと流れていきます。
 赤城山の中腹、広い霊園の一画。
 石室のふたが開けられ、2つの骨壷が仲良く並べて置かれました。

 昨日、オフクロの四十九日の法要と納骨を済ませました。


 「オヤジ、お待たせ! ほれ、オフクロを連れて来たよ」
 差していた傘をつぼめ、線香を手向けました。
 「オフクロ、お疲れさまでした。これで安心して、ゆっくり休めるね」

 2人は、やっと会うことができました。
 たぶん、最後に会ったのは今年の正月だったろうと思います。
 施設の中で、車イス同士、新年のあいさつを交わしたはずです。

 オヤジが逝って、70日目に後を追ってしまったオフクロ。
 追いかけたわりには、なかなか会えなかった2人。
 昨日までは、骨になっても離れ離れでした。

 やっと、再会を果たしました。


 一陣の風が吹き抜けました。
 すると、雨はピタリと止みました。
 墓石のまわりは、レンゲツツジが満開です。

 「オフクロは花が好きだったからな。今度来る時は、一番好きだったクリスマスローズを持ってきて植えてやろう」
 アニキが、草をむしりながら言いました。
 「だね。オヤジには……」

 オヤジの好きなものは?
 「母さん」 って言うに決まってるもの。
 だったら、もう隣にいるから何もいらないね。


 「俺は残してやれる財産はない。だけど子や孫やひ孫に、赤城の自然を残してやる!」
 そう言って、自然保護に心血を注いだ半生を送ったオヤジでした。
 ※(当ブログの2013年8月17日 「オヤジ史③キャサリン台風」 参照)

 墓石の裏には、<昭和五十九年 建之> とオヤジの名前が刻まれています。
 オヤジが、長年の自然保護活動に対して国から表彰された翌年のことです。

 “自分が守り抜いた赤城山に眠る”
 すでに35年前に、そう考えていたのですね。

 あらためて、オヤジの功績と偉大さを知った思いがしました。

 合掌
   


Posted by 小暮 淳 at 14:07Comments(0)つれづれ

2019年06月09日

枡酒列車でGO!


 <今、NHKのニュースで、お座敷列車で嬉しそうに枡酒呑んでいるの見ました>
 <上電で 「とてもいいですね」 と言っていたのが放送されましたね。とてもいいですよ>
 夜になって、立て続けにメールが飛び込んできました。

 車内にテレビや新聞などの報道陣が乗っていたことには気づいていましたが、まさか、僕が撮られていたとは!


 昨日は、新井酒店(前橋市) 主催による 「枡酒列車」 なるイベントに参加してきました。
 上電 (上毛電気鉄道) の中央前橋駅から終点の西桐生駅までの片道約1時間、往復2時間の貸切列車に乗り、乗車中は日本酒が飲み放題という夢のような企画です。

 仕方ない、これも 「ぐんまの地酒大使」 の公務だと思って、参加するしかないな……
 と、勝手に大義名分をくっつけて、自主的に参加してきました。


 午前11時30分
 「10、9、8、……3、2、1、カンパーイ!」
 カウントダウンとともに、列車は中央前橋駅を出発しました。

 いきなり、ガタンと大きく前後に揺れ、やがて車体はドスンドスンと縦揺れを始めました。
 「これが、いいんですよ。たまりませんね~」
 と同席した隣の客人。
 鉄道マニアのようです。

 そうなんです、今回使用されている貸切列車は、昭和初期に走っていたデハ101号という木の温もりを感じるレトロ電車なのであります。
 だからか、参加者40名の内訳は、僕のような “のん兵衛” ばかりではなく、筋金入りの “てっちゃん” も多く乗っていました。
 いわゆる 「乗り鉄」 といわれる人たちです。
 そして沿線では、我々が乗っている電車をカメラで狙う 「撮り鉄」 の姿も、ちらほら。


 振る舞われた地酒は、町田酒造 (前橋市) の「清嘹 (せいりょう) 」。
 酒好きの県民ならば誰もが知る、辛口の名酒です。
 それが枡酒で、2時間ノンストップで振る舞われるのだから、のん兵衛にはたまりません。

 「はい、おかわり!」
 「こっちも、お願い!」
 車内は、さながら大食い大会ならぬ、大飲み大会の様相です。

 ならば負けじと、我もピッチを上げて応戦しました。
 その甲斐あってか、最後の “おみやげ争奪ジャンケン大会” では見事、勝ち残り、四合瓶をゲットして帰りました。


 趣味と実益を兼ねた、なんとも楽しいイベントでした。
 新井酒店さん、来年も呼んでくださいね!
    


Posted by 小暮 淳 at 10:38Comments(2)酔眼日記

2019年06月07日

由々しき光景


 僕がスマホを持たない、アナログ人間だからでしょうか?
 とにかく、気になるのです。
 スマホをいじっている人たちが!

 歩きながら、自転車を乗りながら、駅のホーム、待合室、電車の中、レストラン、喫茶店、食堂……
 どこもかしこも、老いも若きも、スマホスマホスマホスマホスマホだらけです。

 この光景って、ヘンじゃありませんか?
 まるで街中が、いや日本中、世界中が、スマホというエイリアンに侵略され、地球人が操られているようにも見えます。


 「この人たちは、何を見ているのだろう?」
 スマホを持たない僕は、いつでもどこでも興味津々です。
 時々、チラリと覗き込むのですが、誰もがゲームをしているわけではなさそうです。

 検索でしょうか? ラインとかフェイスブックとかSNSの類いでしょうか?
 熱心に食い入るように見ている人は、電子書籍を読んでいるのかもしれませんね。

 興味は尽きないのですが、決して僕は苦言を言いたいのではありません。
 「便利なモノが世の中に普及したものだ」 と、それを賢く使いこなしている人たちには感心すら覚えます。
 歩きスマホや自転車スマホは感心しませんが、人に迷惑をかけないのであれば、それは、その人のライフスタイルですから、ご自由にしてくださって結構です。
 (我が家にも寝るとき以外、片時もスマホを手放さない中毒者が1人いますので……)


 でも、いくら他人に迷惑をかけないからといっても、時と場所と場合 (いわゆるTPO) を考えていただきたいのであります。

 過日、さる著名な方の講演会でのことです。
 僕は、後ろのほうの席だったので、会場を見渡すことができました。
 講演が始まり、30分ほど経った頃からでしょうか。
 ちら、ほら、ちら、ほらと、こうべを垂れている人たちが出始めました。

 「あれ、居眠りにしては、人数が多いなぁ~」
 と思って、よく見ていると、
 「あーーーーれーーーーー!!!!! ス、ス、スマホをいじってる~~~!!!」
 ではありませんか!

 おどろ木、桃の木、山椒の木であります。


 僕も講演を長年行っていますが、初めて見る光景に、驚きを隠せません。
 「会場を端から注意して回ってやろうかしらん!」
 とも思ったのですが、それこそ迷惑行為にあたると思い、留まりました。

 確かに、周りに迷惑をかけているわけではありませんし、「ケータイの電源をお切りくださるか、マナーモードにしてください」 とは言われていても 「スマホを使用しないでください」 とは、言われていませんものね。

 でもね、いかがなものでしょうか?

 ついつい僕は、講話者側の立場で考えてしまうのです。
 幸いにも、今まで自分の講演会で、スマホをいじられた経験はありませんが、これからは分かりません。


 今月も講演会が2つ入っています。
 なんだかドキドキしてきました。
 講演が始まる前に、
 「講演中は、スマホをいじらないでください」
 と、アナウンスを流してもらいましょうか。

 それくらい僕にとっては、ショッキングな光景でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:28Comments(0)つれづれ

2019年06月05日

磯部温泉 「磯部ガーデン」③


 くしくも今日の上毛新聞に、大きく拙著 『西上州の薬湯』 の広告が掲載されました。
 3年前、この本で僕は、磯部温泉 (安中市) の全8軒の宿を紹介しています。

 こいつは朝から縁起が、いいわいの~♪
 なんて、絶好調な気分で国道18号を西に向かいました。
 今回、訪ねたのは磯部温泉屈指の老舗宿 「磯部ガーデン」。
 雑誌の取材です。


 「磯部ガーデン」 は、大正2年(1913) 創業の 「磯部館」 の別館として昭和11年(1936) に開業しました。
 その 「磯部館」 を開業したのは、磯部温泉の開祖といわれ明治12年(1879) に 「鳳来館」 を創業させた大手萬平氏(詩人、大手拓次の祖父) の孫の櫻井秀夫氏です。
 「鳳来館」 が無き今、一族の流れをくむ 「磯部ガーデン」 が、磯部最古の宿といえます。

 「いや~、またまたお世話になります」
 とロビーで、出迎えてくれた7代目主人の櫻井太作さん。
 現在は、「磯部館」 の4代目も兼務しています。

 「最近は、よく会いますね」
 と、どちらからともなく互いに手を差し出して、握手を交わしました。
 このところ群馬デスティネーションキャンペーンのイベントで、顔を合わせているのです。


 「では、始めますか?」
 と、編集者とカメラマンとともに、意気揚々と勝手知ったる館内を先頭になって歩いて、大浴場へ。
 「小暮さんの入浴シーンは、源泉風呂で撮ります」
 編集者に促がされて、大浴場の隅にある小さな浴槽へ。

 この源泉風呂、温泉ファンなら磯部温泉に来たら、絶対に入らずには帰れない “幻の湯” なのであります。
 何が、マボロシなのかって?
 ご説明しましょう。

 現在、磯部温泉の各旅館に引かれている温泉は、すべて平成8年(1996) に掘削により湧出した温度の高い新源泉なのです。
 それ以前に使用していた源泉は、温度も低く、量も少ないため、現在は “せんべい” 専用に使用されています。
 そうです、ご存じ磯部銘菓の 「鉱泉煎餅」 です。

 でも、さすが屈指の老舗宿であります。
 今でも旧源泉を保有しているのですね。
 かなり塩分の濃厚な、温度の低い鉱泉風呂に入ってきました。

 「う~ん、昔の人は、この湯に入っていたんだなぁ~」
 と感慨もひとしおです。
 これぞ元祖、磯部の湯!
 温泉ファンは、ぜひ、一度入浴されたし。


 昼食は、通りを渡った先に建つ、同系列のレストラン 「西洋亭」 にて、撮影を兼ねて 「温泉マークカレー」 をいただきました。
 温泉記号発祥地である磯部温泉オリジナルのご当地カレーであります。
 ※(温泉記号発祥地の由来については、拙著 『西上州の薬湯』 を参照ください)

 これが、お見事!
 ライスが、温泉マークの形をしているのです。
 そう、あの湯気が3本あるマークです。
 その周りを、カレーが湖のように囲っています。
 まるで温泉マークが、島のように浮いて見えます。

 全国に、ご当地カレーは数あれど、奇抜なデザインということでは、ピカイチといえそうです。
 もちろん、味もgood!
 なんだか、ブームに火が点きそうな予感がしますよ!

 インスタ映えも、しそうです!(笑)
    


Posted by 小暮 淳 at 19:07Comments(0)温泉地・旅館

2019年06月03日

群馬DCプレ展示 『群馬の温泉』 開催中


 群馬県立文書館 (前橋市文京町) で、群馬デスティネーション (DC) のプレ企画として連携展示 『群馬の温泉』 が開催中とのことなので、行ってきました。

 “開催中” といっても、そこはお堅い県の文書館(もんじょかん) ですから、賑やかに、華々しく開催しているわけではありません。
 ほとんど無人状態の館内で、ひっそりと 「興味のある方はどうぞ」 と言わんばかりに展示されていました。
 たぶん、企画のタイトルに惹かれて行くと、一般の人は楽しめないかもしれませんね。
 “温泉” といっても、かなりマニアックな資料ばかりでした。


 展示がされているのは、1階ロビーと展示室、2階の閲覧室のみです。
 1階には、県内温泉地の昭和初期以前の絵図や、かつての温泉街の隆盛をとどめたセピア色の写真が展示されていました。
 サーっと見てしまうと、「へー、昔はこんなだったんだ」 くらいで通り過ぎてしまいそうですが、よーく目を凝らしながら、現存する旅館の屋号を捜したり、すでに廃業してしまった旅館の名前を見つけると、ワクワクしてきます。
 草津温泉や伊香保温泉などの有名温泉地は、昔も今も、さほど違いはないのですが、鹿沢温泉(嬬恋村) や老神温泉(沼田市) などは戦前の写真を見ると、その盛衰は隔世の感であります。


 特筆すべきは、2階の閲覧室でしょうか。
 県立図書館と連携し、図書館が所蔵する温泉地と取り上げた近現代の郷土図書が展示されています。
 ここでは、“今は無き” 消えた温泉の写真に釘付けになりました。

 昭和33年(1958) に赤谷湖 (みなかみ町) に沈んだ 「湯島」 と 「笹の湯」 の2つの温泉地。
 同じく、昭和40年代に奥利根湖 (みなかみ町) に沈んだ 「湯の花」 温泉。
 また、戦後になって火災で焼失した西長岡温泉 (太田市) の一軒宿など、貴重な写真や資料に触れることができました。


 かなりマニアックな企画なので、展示の仕方には賛否がありそうですが、歴史の視点から温泉が好きな人には楽しめると思います。



  群馬プレデスティネーションキャンペーン連携展示
          『群馬の温泉』

 ●会期/2019年5月18日(土)~6月29日(土)
      9時~17時 月曜・月末休館
 ●場所/群馬県立文書館
      前橋市文京町3-27-26 TEK.027-221-2346
   


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)温泉雑話

2019年06月01日

ミステリーハンターが行く


 ある時は、秘湯を愛する温泉ライター。
 そして、ある時は、朝寝朝酒に溺れる地酒大使。
 しかし、その正体は?

 ジャジャジャジャーン!!
 そうです、数々の謎や不思議を解き明かす “ミステリーハンター” なのであります。


 謎学ファンのみなさん、大変ご無沙汰しております。
 前回、ミステリーハンターとして登場したのは、3年前の夏でした。
 僕がスーパーバイザーを務める群馬テレビの知的好奇心刺激番組 『ぐんま!トリビア図鑑』 のオンエアのお知らせでした。
 ※(当ブログの2016年8月12日 「真夏のミステリーツアー」 参照)

 この番組で、僕はレポーターとして、県内の不思議スポットをめぐりました。


 覚えていますか?
 あのとき、番組では、ボールが坂道を登る “反重力地帯” を取材し、報告しました。
 別名 「お化け坂」 といわれる県内屈指のミステリースポットです。

 で、今回、またまた超ド級の “反重力地帯” を取材してきました。


 場所は、群馬県北部の町とだけ、言っておきましょう。
 ニュートンが見たら、さぞかしビックリして、腰を抜かすこと必至のミステリースポットです。

 「うぁぁぁぁ、なんですか、こりゃ~~~!!!」
 同行のカメラマン氏が、ファインダーを覗きながら絶叫したほど、目の前に、まさかの光景が!
 川が突然、ある地点を境に、上り始めるのであります。

 そう、低いところから高いところへ!
 その間、わずか数10メートルですが、高低差約2メートルを逆流しています。


 思わず、僕は叫びました。
 「ミステリーハンター、参上!」

 ただちに、地元の人たちに聞き込みを開始しました。
 すると、半世紀前のある工事が係わっていることが分かりました。
 そして、地元の子どもたちとの交流により発見した、ある人物にたどり着きました。

 謎が謎を呼ぶ、ミステリースポットの誕生秘話とは?
 ※(現在、まだ取材中です。発表媒体など詳しいことが決まり次第、ご報告いたします)
  


Posted by 小暮 淳 at 21:35Comments(0)謎学の旅