温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年08月31日

ネギを描く


 <短く太い白根と、煮たときに出る独特の甘みで、特に鍋物に最適なネギとして人気が高い下仁田ねぎ。そのおいしさは、一朝一夕につくられたものではありません。江戸時代からの栽培の歴史、種植えから収穫まで15カ月間にわたる栽培管理といった、膨大な時間と管理の結晶です。> (上毛新聞社刊 『下仁田ねぎの本』 より)


 群馬県高崎市出身の葉画家(ようがか)、群馬直美さん(東京都在住) が、英国王立園芸協会主催の植物画展 「ボタニカルアート&写真展」 で最優秀賞を受賞したニュースが、テレビや新聞で報道されました。
 群馬県出身で “群馬さん” という名前にも親近感がわきましたが、その絵に釘付けになりました。

 彼女が描いた受賞作品は、下仁田ネギだったのです!

 実物大に描かれた、その緻密さと繊細さにも驚かされましたが、何よりも僕のハートをつかんだのは、実際に栽培農家を取材して、農作業まで体験して、ネギの成長過程を学んだ上での作画だということです。
 それを知っただけで、居ても立ってもいられません!
 だから、行ってきました。

 群馬直美 個展 -下仁田ネギの一生と、ヤマトビオトープ園の葉っぱたちー


 期待通りの精密画でした。
 そして、絵一枚一枚に添えられた彼女のエッセイが、素敵です。
 植物に寄せる思いの深さを感じます。

 その中でも実物大の下仁田ネギの絵は、圧巻です。
 今すぐ調理して、すき焼き鍋に入れてしまいたくなるような瑞々しい鮮度を保っています。

 <ネギの花 下仁田町馬山・大澤貴則さんの畑にて>

 絵に添えられたタイトルパネルを読んで、「あれ?」 と一瞬、僕の思考が止まりました。
 どこかで聞いたことがあるような、会ったことがあるような……

 帰宅後、調べてみると、やはり、そうでした。
 大澤貴則さんと僕は、過去に会っていたのです。


 冒頭に紹介した 『下仁田ねぎの本』(2014年11月発行) は、僕も取材・執筆に参加しています。
 この本の中で、僕は生産農家へのインタビュー記事を担当しました。
 タイトルは、「父から子へ 継がれる伝統のバトン」。
 下仁田ネギの主産地である下仁田町馬山地区で、180年間代々農家を営む大澤善正一家を取材しました。
 そして、僕は記事の最後に、1年前に脱サラをして父親の仕事を継いだ息子の貴則さんのコメントを付記しています。

 <「子どもの頃から両親の仕事は見て知っていたつもりでしたが、手伝うのと実際に職業として栽培するのとでは責任感が違います。父のことも今は先生だと思って、日々勉強しています」と貴則さん。父から子へ、下仁田ねぎという伝統のバトンが着実に手渡されている。>

 あれから5年、貴則さんが育てたネギは、絵画となり世界に認められました。



          群馬直美 個展
 -下仁田ネギの一生と、ヤマトビオトープ園の葉っぱたちー

 ●会期  2019年8月24日(土)~9月27日(金)
 ●時間  午前10時~午後5時
 ●料金  入場無料
 ●休館  土日・祝日 ※但し9月21日・22日は開館(作家来場日)
 ●会場  (株) ヤマト本社 1Fギャラリーホール
       群馬県前橋市古市町118 TEL.027-290-1800
   


Posted by 小暮 淳 at 12:41Comments(0)執筆余談

2019年08月29日

骨を洗う


 泣けた、泣けた。
 笑った、笑った。
 そして、嫉妬しました。


 去年までは、そうでもなかったのですが、突然、スケジュールが空いてオフ日になってしまうと、ぷらりと映画を観に行くクセがつきました。
 だって、60歳以上はシニア料金ですもの!
 1,000円で映画が観られるというのは、魅力です。

 かねてから機会があったら観ようと思っていた照屋年之監督の 『洗骨(せんこつ)』。
 照屋年之は本名で、ご存じ、お笑いコンビ 「ガレッジセール」 のゴリさんです。

 劇団ひとりさんしかり、又吉直樹さんしかり、お笑い芸人の才能の豊かさは周知のとおりですが、またここに、眠っていた素晴らしき才能が開花しました。
 ゴリさんは、監督のほかにも脚本を手がけています。


 “洗骨” とは、今はほとんど見なくなった沖縄の離島や奄美群島などに残っているとされる風習です。
 風葬された死者が、肉がなくなり骨だけになる4年後に、近親者が集まり、1つ1つ骨をきれいに洗ってあげることにより、ようやく、この世と別れを告げられるといいます。

 ともすると暗くなりがちな重いテーマですが、そこは、お笑い芸人監督です。
 とにかく、笑えて、笑って、笑ったままで泣かせます。
 と思ったら、すぐに笑わせてくれるのですから、観ているほうも忙しい映画です。

 何度も、笑いながら涙を拭かせてもらいました。


 主演は、自身が映画監督でもあるベテラン俳優の奥田瑛二さん。
 絶品の演技で、酒に溺れるダメおやじを演じています。
 脇を、実力派の筒井道隆さん、水崎綾女さん、演技派の大島蓉子さんらが固めます。
 テレビでもお馴染みのオバチャン女優の大島さんの演技は、観る者をスクリーンに引き込むほどの迫力を感じました。

 中盤から登場する、お笑いコンビ 「ハイキングウォーキング」 の鈴木Q太郎さんが、実にいい味を出しています。
 彼がセリフを言うたびに、場内は爆笑!
 これも、ゴリさんならではの “笑い” にこだわった配役なんでしょうね。

 個人的には、死者の役のため出番は少なかったですが、筒井真理子さんの笑顔に魅了されました。
 サスペンスドラマには欠かせない女優さんですが、ほとんどセリフがない、死者の存在感を演じ切っています。
 昔から好きな女優さんの1人です。


 オヤジとオフクロを立て続けに亡くし、今年、新盆を迎えたせいもあるかもしれませんね。
 痛く、心に響いた作品でした。

 お笑い芸人、恐るべし!
 その才能に、嫉妬しました。

  


Posted by 小暮 淳 at 18:52Comments(0)つれづれ

2019年08月28日

逆巻温泉 「川津屋」


 長年、「さかまき」 と読んでいました。
 でも、正しくは 「さかさまき」 でした。
 宿の女将さんが教えてくれました。


 昨日は、月に1回の野外温泉講座日でした。
 僕はNHK文化センター前橋教室の講師をしています。
 講座名は、「名湯・秘湯めぐり」。
 県内外の有名温泉地の旅館から秘境の一軒宿まで、毎月、バスでめぐっています。

 今回訪ねたのは、新潟県中魚沼市津南町秋山郷にある小さな宿です。
 逆巻温泉 「川津屋」。
 日本秘湯を守る会の会員宿でもあります。


 「オー!」 「ワー!」
 バスの中は、目の前の絶景に大はしゃぎです。
 中津川渓谷沿いの道を、バスは車体を大きく揺らしながら進みます。
 両岸の山肌が、ぐんぐんと狭まり、覆いかぶさるように迫ってきます。

 国道から離れ、急な坂道を下り、渓谷を見下ろす猿飛橋を渡って、対岸の山道を上り出すと、喚声は悲鳴に変わりました。
 「キャー!」「やめてー!」「落ちるー!」
 ガードレールもなく、道幅も車体ギリギリの断崖を、くねくねとバスは上りはじめました。

 やがて前方に白い旅館の建物が見えてきました。
 「はい、お疲れさまでした。着きましたよ」
 と僕が言えば、
 「先生、生きた心地がしませんでしたよ」
 「バスが落ちて死んでも、このメンバーなら悔いはないな」
 と誰かが笑いを誘います。
 だから僕は言ってやりました。
 「それより明日の新聞記事が気になって、死ねませんね」
 また笑いが起こりました。


 逆巻温泉の開湯は明治時代。
 イワナ釣りに来た先祖が、岩の割れ目から流れ落ちる湯を発見し、宿を開業したのが始まりといいます。
 その湧き出した湯を、そのまま湯舟に注ぎ入れているのが、「洞窟風呂」 です。
 岩盤がむき出しの洞穴から、約40℃の源泉が湧き出ています。

 「いやー、こりゃ、最高ですね」
 「来た甲斐があるというものです」
 まずは男性陣が、先に風呂をいただきました。
 浴槽は3~4人しか入れませんので、何回かに分けて、男女交替で入りました。


 湯上がりは、渓谷を望む庭に出て、“絶景ビール” をいただきました。
 ベンチとブランコがあるのです。
 もちろん、僕はブランコに揺られながら、喉をうるおしました。
 時おり、アキアカネがやって来て、缶ビールのふちに止まります。

 深山は、すでに秋の気配です。


 昼食は、すべて山の幸に徹底した “ごちそう” です。
 川魚と山菜料理、海のものは一切ありません。
 そして極めつけは、宿自慢の 「熊汁」 です。
 じっくり2日間煮込んだ熊肉は、やわらかくてクセもなく、大変おいしくいただきました。

 古参の受講生いわく、
 「今までで、最高の料理ですね」
 秘湯の宿ならではのもてなしに、みなさん大満足の様子でした。
 講師としても、うれしい限りであります。


 さて、来月も秘湯の宿を訪ねます。
 みなさん、乞うご期待ですぞ!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:50Comments(2)温泉地・旅館

2019年08月26日

歴史を身近に感じませんか?


 正直な話、僕は学生時代、「歴史」 は苦手な教科でした。
 日本史も世界史も、ちんぷんかんぷんです。
 年号を暗記するのが精一杯で、時系列に時代を並べて考えることができませんでした。

 ところが大人になって、まさかのライターという職業についてみたら、取材の先々で “歴史” という壁が立ちはだかります。
 温泉にしても、民話や伝説にしても、調べれば調べるほど、すべては歴史の積み重ねであり、決して避けては通れません。
 だからといって、一向に詳しくはなりません。

 ただ、興味があることなので、仕方なく調べているというのが本音です。


 その程度の人間なのですが、なぜか、こんな僕にお声がかかりました。
 「群馬県歴史博物館友の会の運営委員になってくれませんか?」 と。
 完全に、頼まれたら断れない性分という弱点をつかれてしまいました。

 ということで、柄ではないことは重々承知なのですが、今年度より友の会の役員をおおせつかり、2ヶ月に1回の会議に出席しています。
 主な事業は3つ、
 ●講演会・講座の開催
 ●県内外での見学会開催
 ●友の会会報の発行
 です。


 で、公私混同ではありますが、役員になってしまったということで、「友の会」 の会員募集の広報も同時におおせつかってしまいました。
 ということで今日は、入会のご案内をさせていただきます。

 ●会費 (年間)
   個人会員  大人2,000円 大高生1,000円 小中生700円
   家族会員  1家族3,000円(同居家族5人まで)
  ※10月以降の入会は半額になります。
 ●特典
   会員証提示により入館できます。
   友の会・博物館の催物に参加できます。
   友の会・博物館の各種の情報が無料で送付されます。
 ●問合
   群馬県立歴史博物館友の会事務局
   群馬県高崎市綿貫町992-1  TEL.090-2568-5522 (火・金のみ)

 <博物館2019年度予定>
 ~9月1日 「集まれ!ぐんまのはにわたち 日本一の埴輪県」
 9月28日~12月1日 「ハート形土偶大集合!! 縄文のかたち・美、そして岡本太郎」
 1月4日~2月24日 「日本画の美」
     


Posted by 小暮 淳 at 12:13Comments(2)講座・教室

2019年08月24日

鳩ノ湯温泉 「三鳩樓」③


 仕事と私事に追われっぱなしの今年の夏。
 気が付けば、休みらしい休みは、まだ一度も取っていませんでした。

 たぶん、これが僕の今年の “夏休み” です。


 2015年に設立したNPO法人 「湯治乃邑(くに)」。
 丸4年が経ち、5年目を迎えました。
 僕は、この団体の代表理事をしています。

 毎月1回、高崎市の事務所で役員会議を開いているのですが、前回の会議で 「たまには合宿を兼ねた会議をしましょう!」 という提案があり、8月の月例会議は温泉地で行うことになりました。
 とはいっても観光ではありませんから、究極の湯治場での合宿会議となりました。


 役員一行が集まったのは、群馬県吾妻郡東吾妻町の秘湯、鳩ノ湯温泉です。
 でも、泊まったのは一軒宿の 「三鳩樓(さんきゅうろう)」 ではありません。
 メンバーが借りている三鳩樓の元湯治棟です。
 NPOの活動を通して、オーナーから使われなくなった廃屋を貸していただき、リノベーションしました。
 だから、もちろん食事は自炊です。

 会議室として借りている別の民家で、夕方より通常の会議をしました。
 テーマは、毎年開催しているパネルディスカッションの開催日と会場の決定です。
 ※(今年は11月17日に行います。詳しくは後日発表いたします。)
 一刻も早く、温泉と酒にあやかりたいという思いから、会議は30分で終わってしまいました。


 気温23℃、涼しい!
 標高は、さほど高い所ではないのですが、元湯治棟の目の前には清流・温川(ぬるがわ) が流れています。
 まずは玄関先にイスを並べて、キーンと冷えた缶ビールで乾杯!
 せせらぎの音を聴きながらの納涼を堪能しました。

 食事班には残ってもらい、残りのメンバーはタオルを下げて、隣の旅館に湯をもらいに出かけました。
 鳩ノ湯の歴史は古く、開湯は約280年前といわれています。
 傷ついたハトが湧き出る湯に身を浸し、癒やしていたことから名が付いたと伝わります。

 そして、知る人ぞ知る “奇湯” であります。
 季節や気温、時間帯により湯の色が変わることから、僕は著書の中で 「万華鏡の湯」 と名付けました。

 白くなったり、黄色くなったり、青くなったり……
 この日の湯の色は、抹茶ミルク色でした。
 肌触りがやわらかく、実に温まります。
 何度訪れても飽きないところが、秘湯のいいところですね。


 浴後、囲炉裏を車座に囲んで、宴が始まりました。
 メンバー手作りのモツ煮や野菜の串焼きなどを突きながら、ビールに焼酎、日本酒が飛び交います。
 時おり、明かりを求めて飛び込んで来る大きな蛾や甲虫たちもゲストに迎えて、夜が更けるのも忘れて語り合いました。

 良き湯があるところ、良き仲間がつどい、良き酒に酔いしれるのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:49Comments(0)温泉地・旅館

2019年08月23日

バンカースに夢中


 今の子どもたちにとって 「ゲーム」 といえば、テレビゲームやスマホのアプリで遊ぶコンピーターゲームのことなんでしょうね。
 でも僕が子どもの頃、そう、1960~70年代に 「ゲーム」 といえば、カードゲームやボードゲームのことでした。

 トランプや花札、十二支の動物の絵が描かれたカードゲームなんかもありました。
 ふつうの将棋のほかに、大人の人とは戦争を模した行軍将棋なんていうのもやりました。

 70年代になると、ボードゲームは最盛期を迎えます。
 タカラのアメリカンゲームシリーズは、子どもたちの間で大ブームとなりました。
 体を使う 『ツイスターゲーム』、料理の具材をフライパンにのせてバランスを競う 『フライパンゲーム』 など、お年玉やお小遣いをためて買ったものでした。

 そんなボードゲームの中で、僕たちが一番夢中になったのが、『バンカース』 というゲームでした。
 サイコロを振って、出た目の数だけ進む、双六タイプのシンプルなゲームです。
 ただ、内容がとっても “大人” だったんです。

 いわゆる資産運用ゲーム。
 土地を買って、家を建てて、自分以外の競技者が止まった時には “家賃” がもらえます。
 ほかにも、銀行を通るたびにお金がもらえたり、遺産相続があったり、納税もありました。
 盤上には 「カード」 のマスがあり、止まるとカードを引いて、書かれている指示に従います。

 「ボーナス100$」 「保険金満期500$」、なんていうカードが出ると、「わーーー!!!」 と大声を上げて狂喜乱舞したものでした。
 のちに発売されてヒットした 『人生ゲーム』 のさきがけだったのですね。


 先日、昭和のブームを取り上げる新聞記事で、この 「バンカース」 について詳しく書かれていました。
 それによると発売は、1953年とのこと。
 僕が生まれる前からあったのですね。
 発売元は、1933年創業の 「花山ゲーム研究所」 を母体とする 「ハナヤマ」 という会社だと知りました。

 と、記事を読んだところで、「あれ、待てよ……。たぶん、捨ててないよな。もしかしたら、まだ持っているかもしれないぞ!」 と思い、我が家の納戸をガサゴソ、ガサゴソと探し回ったところ、ありましたーーッ!

 他のボードゲームと一緒に、段ボール箱に入っていました。
 サイコロもコマもカードも札も……、すべて揃っています。
 あとは、一緒にゲームをしてくれるメンバーを探すだけです。

 でも今どき、いるかなぁ~?
  


Posted by 小暮 淳 at 11:31Comments(0)つれづれ

2019年08月21日

そこどけそこどけ、オレ様が通る!


 <その日は娘の大事な誕生日。彼の運転する車の後部座席では、昼間買ったプレゼントの包みが揺れている。はやる心で農免道路へ入った。ついついスピードも出ていたに違いない。あっという間に前走車との距離は縮まり、追いついてしまった。それにしても遅い車だ。メーターを見ると、きっちり時速40キロ。当然のこととして彼は追い越しをかけた。ところが彼が対向車線に飛び出し加速すると同時に、その車も加速してきたという。いつまっで経っても彼の追い越しは完了しない。そのうち対向車のヘッドライトが近づいてきた。彼は追い越しをあきらめて減速し、元の車線にもどった。>

 この文章は、今から22年前に出版した拙著 『上毛カルテ』(上毛新聞社) に収録されている 「道路いっぱいの危険」 というエッセイの一節です。
 初掲載は、さらに5年前 (1992年) のタウン誌でした。
 まだ “あおり運転” などという言葉をマスコミが使う、はるか昔のことです。

 <「なんだっ、速く走れるんじゃねぇか」 はるか前方へ走り去るテールランプを見つめて、彼はつぶやいた。しかし、ものの1分と走らないうちに彼の車は、またその車に追いついてしまった。(中略) どうも前走車の様子ががおかしい。前方に見える黄色点滅信号機の手前で、その車は停車しているのだという。そして彼が車を減速して近づきはじめた時、運転席のドアが開き黒い人影が降り立った。>


 ここ数日、テレビはニュースでもワイドショーでも、あおり運転による暴行犯の話題で持ちきりです。
 でも決して、最近になって増えた犯罪ではありません。
 ドライブレコーダーの普及により、その現場の生々しい映像が世に出てるようになったため、悪質ドライバーが増えているよな錯覚を起こしているだけです。
 実際には、ドライブレコーダー自体が抑止力になって、昔よりは減っていると思います。

 だって昔は、まったく可視化されていない路上での犯罪だったのですから。


 この年、平成4年(1992) は、路上での悲惨な殺人事件が2日間連続して起きています。
 1件は、神奈川県で起きた 「パッシング殺人事件」。
 高速道路で前の車が遅いからとパッシングを続け、十数キロにわたり執拗に追い回した後、インターチェンジを降りた信号待ちで文句を言いにきた前走車のドライバーを刃物で刺したという事件です。

 もう1件は、群馬県高崎市で起きた 「追い越しケンカ殺人事件」。
 若者たちが乗る車同士が追い越し運転をめぐるトラブルからケンカとなり、1人がナイフで刺されて死亡するという事件でした。


 なぜ、人は車に乗ると “凶暴化” するのでしょうか?

 パッシング殺人事件の犯人の供述によれば、
 「オレの車は3ナンバーで速く走れるのに、その前でノロノロ走っていたから頭にきた」
 との動機を明かしています。

 実は統計でも、あおり運転をする車は、圧倒的に高級車が多いとの報告があります。
 僕は、この現象のことを著書の中で、“ガンダム現象” と表現しています。

 他人より高級な車、速く走れる車に乗ることにより、自分が他人より優れている人間になったような錯覚をする現象です。
 アニメの超合金ロボットを操縦しているような感覚に、脳が麻痺状態に陥るのではないかと……


 あれから四半世紀以上が経ちました。
 世の中は変わっても、人間の弱さと愚かさは、なかなか変われないようであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:05Comments(2)つれづれ

2019年08月19日

マロの独白(50) 腰くだけ


 こんにちワン! マロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、13才です。
 1ヶ月のご無沙汰でやんした。

 や~、相変わらず日本の夏は暑いっすね。
 オイラ、メキシコ原産だけど、埼玉生まれですからね。
 結局、暑いところの生まれなんですげど、13年前は、こんなにも暑くなかったですよ。

 オイラたち犬属は汗腺がありませんから、暑さには弱いんです。
 もう毎日、ハーハー、ハーハー、舌が伸びっぱなしでやんす。
 でもね、オイラは座敷犬だから、乳母日傘で育てられ、夏でもエアコンのある涼しい部屋にいるので、おかげさまで何不自由なく暮らしております。

 その点だけは、小暮家のみなさんに感謝しているのですが……

 ですが……、大きな悩みがありまして、オイラ、落ち込んでいます。
 それは、“老化” です。


 「マロ、散歩だってよ! ほら、立って!」
 先日のこと、リビングで昼寝をしていたら夕方、突然、次女様に叩き起こされました。
 「そんなこと言ったって、マロは腰が悪いんだから」
 と、リードを手にしたご主人様が、オイラを抱きかかえようしました。
 すると、次女様が、
 「ダメ! おとうは、マロに甘いんだよ。これ仮病だからね。本当は自分で立てるんだよ」
 と、ご主人様を制しました。
 「えっ、仮病なの? そんなことないよな、マロ!? 腰が悪いんだよな?」
 「ダメ、ダメダメ! 私たちの前では、自分で立つんだから。おとうの前だけだよ、甘えてるんだよ」
 だなんて、次女様ったら、ひど過ぎます。

 「ご主人様、お願いします。オイラ、腰くだけなんです。立たせてください」

 やさしいご主人様は、次女様が席を立ったすきに、サッとオイラを抱えて、玄関まで連れて行ってくださいました。


 ところが……
 玄関から出た途端、庭に下りる段差が、オイラの行く手をふさいでいたのです。
 以前なら難なく、ポーンと飛び降りていましたが、寄る年波にはあらがえません。
 足腰が弱って、ジャンプ力が足りないのです。

 「どうしたマロ、怖いか?」
 「はい……、いえ、大丈夫ですよ。まだまだ、これくらいの段差なら」
 と、後ろ足で蹴った瞬間、

 ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーー!!!!!! ゴン!

 見事に、頭から落ちました。
 「ご、ご、ご主人さま~、着地に失敗しました。助けてくださ~い!」


 犬の13才は、人間でいうと68歳とのことです。
 あー、ヤダヤダ!
 お互い、歳は取りたくないですね。

 ね、ご主人様!
  


Posted by 小暮 淳 at 17:58Comments(2)マロの独白

2019年08月18日

願いを叶えた神様


 オヤジとオフクロは、仲良く一緒にナスの牛に乗って、ゆっくりと帰って行きました。


 オフクロは生前、「徳を積みなさい。神様は見ているから」 が口ぐせでした。
 人生に起こる事象には、すべて意味があるのだと。
 そして、それらの徳を積むことにより、幸福が得られるのだと。

 信心深い人でした。

 そんなオフクロが、一度だけ神様の悪口を言ったことがあります。
 晩年になり、脳出血と脳梗塞を繰り返し、寝たきりの状態が続いているときでした。
 オヤジは認知症が悪化して、自分の妻も子も、孫もひ孫も、誰一人分からなくなってしまいました。

 そんなある日、オフクロが介護する僕に、ポツリと言いました。
 「神様はさ、意地悪だよね」

 理由を聞けば、オヤジに言われ続けた 「女は男を見送るもんだ」 という約束が守れそうもないという弱音でした。
 「だってお父さんはボケでしまって、何にも分からないんだもの。なのに私より元気だし、ずるいよ。お父さんとの約束は守れないかもしれないね」 と。

 「オヤジを見送る自信がない」 と、キッパリと僕に言いました。

 その日のことは、以前、このブログに詳しく書きました。
 ※(2018年8月13日 「意地悪な神様」 参照)
 そのとき僕は、こんな言葉で締めくくっています。

 <神様、意地悪はほどほどにして、年寄りの願いを叶えてやってください。>


 それから半年後、オヤジは他界しました。
 安心したのか、オフクロも2ヶ月半後に、オヤジを追いかけるように逝ってしまいました。

 神様が、願いを叶えた瞬間でした。


 かーちゃん、良かったね。
 神様は、いるんだね。
 そして神様は、かーちゃんの一番の願いを叶えてくれたね。
 それは、かーちゃんが生前、コツコツと徳を積んできたからなんだね。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:10Comments(0)つれづれ

2019年08月16日

準備が楽しい


 今年は例年よりも、講演の依頼が増えています。
 多い月では2~3回。
 2度目、3度目になる会場もあります。

 「以前もやりましたよね?」
 と言うと、
 「ええ、好評だったので、ぜひ、また」
 という主催者もいれば、
 「今回は、民話のお話をしていただけませんか?」
 という依頼もあります。
 昨年の夏に出版した 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) の反響のようです。

 過去には 「介護をテーマに」 とか、「新入社員のための研修で」 なんていう依頼もありました。
 講演の依頼内容は必ずしも “温泉” とは限りませんが、基本、僕はどんなテーマでも求められれば断りません。

 だって、講演って、本当に楽しいんです!


 最初に講演の依頼を受けたのは、今から10年以上も前のことです。
 2008年2月、県が主催した温泉アドバイザーのセミナー講師でした。
 依頼が来た時は、正直、驚きました。
 なぜなら、その時点では、まだ僕は温泉の本を1冊も著していなかったのですから。
 やっと2、3年前から雑誌に連載を始めたり、新聞にちらほらコメントを書いていた程度だったのです。

 緊張しっぱなしの90分間でした。
 でも、そのときの充足感と達成感が、僕を講演の “とりこ” にしました。
 「新聞や雑誌に書けないことを伝えられるのがライブ(トーク) なんだ!」 と。


 最初の講演会が、本人が思っていたより好評だったようで、数ヵ月後には県外の温泉関係団体から依頼がありました。
 そして、続けざまに現在も継続しているNHK文化センターより温泉講師の依頼を受けます。

 なんと、初めての温泉に関する著書が出版されたのは、その翌年の秋のことでした。

 それからは毎年、コンスタントに温泉本を出版していたので、出版と同時にサイン会を兼ねた講演会やセミナーが増えていきました。


 こうして講演活動が、年々増えて行ったのには、“本人が好きだから” という理由が一番大きいと思います。
 若い頃からソロの弾き語りやバンド活動を続けていますから、目立ちたがり屋なんですね。
 しかも、バンドでもMC(司会) は僕の担当でした。

 ある意味、書くことより話すことのほうが、職業として向いていたのかもしれません。
 だから、とっても楽しいんです。


 今年も秋から冬にかけては、講演やセミナーが目白押しです。
 できる限り僕は、会場の下見を兼ねて、主催者との事前打ち合わせに行きます。

 講演時間や来場者数、音響等の確認をします。
 著書の販売ををしてくださる場合は、その販売方法やスタッフの配置などもお願いします。
 そして、当日配布する資料の打ち合わせをします。

 もう、この段階にくると、ワクワク感が止まりません。
 当日が待ち遠しくて、たまりません。
 そう! 修学旅行前の子ども状態です。

 あれを持ったっけ、これは要らないか、それも用意しなくっちゃってね。

 そして当日、みなさんの笑顔に会えることを心待ちにしながら過ごします。
 やっぱ、講演は当日までの準備が、一番楽しいんですね。


 あなたの町にも、行きますよ!
 その時は、よろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:47Comments(0)講演・セミナー

2019年08月14日

キュウリの馬に乗って


 「おばあちゃんがね、私に会いにくるんだよ。あれは絶対に、おばあちゃんだよ。気配で感じるもの。でも、この人は、信じてくれないんだよ」
 そう話す長女の隣で、亭主が笑っていました。

 「おとうさんところにも、ときどき、おじいちゃんが来るよ」
 だから僕も長女夫婦に、前回ブログに書いた “糞尿のにおい” の話をしてやりました。
 ※(当ブログの2019年8月12日 「盂蘭盆会」 参照)


 昨日は、両親揃っての新盆の法要でした。
 実家のリビングにしつらえた盆棚の前に、子や孫、ひ孫たちが集まりました。

 盆棚の上には遺影の他に、果物やお菓子などが載っています。
 もちろん、死者を迎えるためのキュウリで作った精霊馬と、送るためのナスで作った精霊牛も用意されました。
 「あれ、1頭ずつじゃダメじゃん!」
 と僕が言えば、アニキが、
 「ちょうどいい形と大きさのキュウリが、これしかなくてな。なかなかナスとサイズが合わないんだよ。だから、ほれ、ワラの馬と牛も用意した」
 見ると、盆棚の隅に、ワラで作られた小さな動物の人形が2つありました。

 「でも、オヤジとオフクロは仲が良かったから、1頭に一緒に乗って来たね。きっと」
 「だと思うよ」
 僕とアニキの会話に興味津々だったのが、小学校3年生の孫のK君です。

 だから、教えてあげました。
 お盆になると、亡くなった人が生きている人に会いに来ること。
 その時、来る時は 「早く来てください」 という願いを込めて、野菜で作った馬の人形を用意すること。
 その反対に、帰る時は、いつまでも見送れるように、「ゆっくり帰ってほしい」 から牛の人形も用意すること。
 また、お盆中は、ご先祖様が虫に姿を変えて会いに来るから、殺生はしてはいけないことなどなど。

 「へー、そうなんだ」
 と言ったあと、K君は急に思い出したように、
 「あっ、そうだ! ジイジ、お誕生日おめでとう!」
 と言って、僕の膝の上に乗ってきました。
 「ありがとう」
 とK君を抱きしめましたが、僕の目線は長女に向けられていました。

 アリガトウ、オボエテイテクレテ


 お坊さんの読経が響き渡る中、盆棚に目をやると、並んだ遺影の2人が嬉しそうに笑っています。

 あなたたちが残してくれた、いくつもの命……
 子も、孫も、ひ孫も、こうして、みんな仲良く元気に暮らしていますよ!
  


Posted by 小暮 淳 at 17:10Comments(2)つれづれ

2019年08月12日

盂蘭盆会


 「あっ、オヤジがいる!」
 そう感じる瞬間があります。
 でも悲しいかな、気配ではありません。
 “におい” なんです。

 場所は決まって、トイレ。
 糞尿のにおい……
 イコール、オヤジの臭いなんです。


 今年の2月に他界したオヤジは、亡くなるまでの10年間は認知症でした。
 最初は、軽い物忘れ程度でしたが、年々記憶は消えて行き、しまいには介護する僕のこともアニキのことも分からなくなってしまいました。
 最後の半年は、歩くこともままならず、1人ではトイレにも行けなくなりました。

 「おしっこ、おしっこ出ちゃうよ」
 呼ばれて、あわてて抱きかかえ、トイレに連れて行き、下着を下ろした途端、シャーーーッと小便をかけられたことは数知れず。
 寝るときはオムツをしていましたが、朝方、ウンコまみれになっていることも、たびたび。
 そんなときは、絶望感と脱力感から、思わず、 
「この、クソじじいーーーっ!!!」
 と大声をあげてしまい、寝ている家族を起こしてしまったことも。


 昨年の夏も、その前の夏も、熱い夏でした。
 日が陰った夕方、愛犬のリードを左手に握り、右手でオヤジの手を引いて、散歩に出かけました。
 「ああ、なんかいるぞ! 動物だ!」
 「マロだよ」
 「マロってなんだ?」
 「うちの犬だよ」
 「犬を飼っているのか?」
 「さっきまで家の中で一緒だったじゃないか!」
 「そうか……そうだったかな……」

 散歩から帰ると、冷えたスポーツドリンクをおいしそうに飲んでいたオヤジの姿が目に浮かびます。
 あんだけ、「いつまで続くんだろう」 と葛藤していた介護生活も、終わってしまえば呆気ないものです。
 “十年一日の如し”
 終わらない介護はありません。

 オフクロは、僕とアニキに迷惑をかけまいと思ったのか、オヤジを看取った後、追いかけるように令和元年5月1日の午前3時に旅立ってしまいました。
 気をつかっていただき、ありがとうございました。
 今は、ただただ感謝です。


 明日は、両親揃っての初めての盂蘭盆会です。
 そろそろ、お迎えするためのキュウリの精霊馬と、お見送りのナスの精霊牛を作りましょうか。
 それぞれ、2つずつ……
   


Posted by 小暮 淳 at 12:18Comments(8)つれづれ

2019年08月10日

2つの謎学


 「謎学(なぞがく)」 とは造語です。

 15年ほど前、僕は某月刊情報誌の編集人をしていました。
 その雑誌に毎月1話、編集後記の代わりにコラムを連載していました。
 テーマは、謎。
 群馬県内で起きている不思議な現象や奇妙な慣習、荒唐無稽な伝説を追って、その謎を解き明かしていました。
 そして毎回、コラムの文末を <謎学の旅はつづく。> という言葉で締めくくっていました。


 それからというもの雑誌が廃刊になった後も、僕にとって “謎学” はライフワークとなり、仕事となりました。
 現在、2つの謎学が、映像と活字により継続しています。

 2015年4月、群馬テレビでスタートした謎学バラエティー 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 おかげさまで、来週の放送で175回を数えます。(火曜日、21時~)
 僕は、この番組のスーパーバイザーを務めています。
 でも時には 「トリビア博士」 として、またあるときは 「ミステリーハンター」 という名で、番組にも出演しています。

 今週、番組の企画・構成会議があり、参加してきました。
 プロデューサーやディレクター、放送作家らとの白熱の2時間半。
 あっと驚くトリビアなネタが、続々と飛び出しました。

 すでに放送開始から5年目に入っています。
 まだまだ、謎学の旅はつづきます。


 もう1つは、2007年8月から高崎市のフリーペーパーで連載が始まった 『ぐんま謎学の旅』 です。
 現在も不定期にて連載は続いていますが、昨年8月に、民話と伝説部門をまとめた 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) が出版されました。

 おかげさまで発売開始からマスコミやメディアに取り上げていただき、売り上げも好調のようで、初版完売も間近のようであります。
 また現在、高崎市の戸田書店高崎店において、この本の表紙絵を描いたイラストレーター栗原俊文氏の 「表紙画展」 が開催中です。 (8月31日まで)
 ぜひ、おでかけくだせさい。

 昨晩は、著書の制作に関わった発行人、編集長、デザイナーらが集まり、暑気払いを兼ねて、出版1周年と表紙画展開催を祝いました。
 宴会というよりは、次から次へと建設的な意見が飛び出し、飲みながらもメモを取るほどの充実した “飲み会議” となりました。


 謎学、大好き!

 謎って、みんなの気持ちを引きつけて、心を一つにしてしまうのですね。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(2)謎学の旅

2019年08月08日

アイツが来ない夏


 ちょうど1年前の今日のブログのタイトルは、「8月8日は何の日?」 でした。

 パチパチ、そろばんの日
 八の字が似ているから、ヒゲの日
 足が8本で、タコの日

 なーんてことを書いています。
 でも完全に今年は、あの2人に持って行かれてしまいましたね。
 小泉進次郎さんと滝川クリステルさんの電撃入籍記念日です。

 でもね、今日は僕の誕生日でもあるのです。
 還暦+1歳になりました。


 振り返ると、この1年間は、僕の人生で最大の変化があった年でした。
 両親を相次いで亡くしたことも大きな出来事でしたが、何よりも精神面の変化に自分ながら驚いています。
 ひと言でいえば、滅多のことで “腹が立たなくなった” のであります。
 悪くいえば、“闘争心の萎え” であります。

 1年前の今日、還暦を迎えると同時に、強度の脱力感に襲われました。
 そして数日すると、肉体と精神が信じられないほど軽くなったのです。
 一気に、60年間張り詰めていた肩の力が、抜けて行ったようでした。

 そして、気が付いたら、“アイツ” が来ませんでした。


 このブログの熱心な読者なら、お分かりかと思いますが、毎年、誕生日になると “20歳の自分” が、やって来ていたのです。
 そして、年を重ねた僕に、あーだ、こーだ、と若さをぶつけてくるのです。
 「オレって、こんなオッサンになっちゃうの?」
 「あの頃、追いかけていた夢は、どうなった?」
 と、次から次へと質問攻めに遭います。

 でも、不快ではありませんでした。
 毎年、ハッとさせられ、初心に帰ることができたのです。
 「そうだ、まだオレはやれるぞ!」
 「なにクソ、今に見ておれ!」
 なんてね、元気と勇気をもらったものでした。

 ところが、突然、昨年の誕生日から “アイツ” は現れなくなりました。
 今年も朝から待っているのですが、まだ来ません。

 アイツの寿命は40年だったのでしょうか?
 それとも60歳を過ぎたジジイには、もう愛想を尽いてしまったのですか?


 アイツが来ない、ちょっぴりさみしい2年目の夏です。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:36Comments(2)つれづれ

2019年08月07日

宿題が終わらない


 「ジュンちゃん、俺たちは、もう死んでもいいんだよ」
 「えっ!?」

 先日の野外ライブを終えた帰り道のこと。
 突然、メンバー最年長者のSさんが、思わぬことを言い出しました。

 僕らのバンドは、メンバー5人の平均年齢が58歳です。
 うち3人が還暦越えです。
 で、その中でも僕とSさんには、すでに孫がいます。
 冒頭の発言は、孫の話になった時に始まりました。

 「孫の顔を見られたということは、動物としての役目を果たしたということだよ」
 「確かに、人間以外の動物は、昆虫でも魚類でも、子孫繁栄のために生きてますからね」
 「そう、俺たちの役目は終わったんだ。だから、いつ死んでもいいってことよ」
 「いつ死んでもと言われても」
 「じゃあ、ジュンちゃんは、何歳まで生きたいわけ?」
 「と言われても……」
 「ひ孫の顔まで見たいかい?」
 「ひ孫ですか? 見てみたいような気もするけど、どっちでもいいかな。ただ、孫の成長は、もう少し見ていたい気がします」

 なんていう、若い頃には考えたことも、想像したこともないような、我が人生で初テーマでの会話がされたのでした。


 日本は、人生100年時代などといわれる超高齢社会に突入しました。
 ただ、長生きすることだけが幸福ではないことを、僕は長年の両親の介護を通じて知っています。

 “いつ死んでもいい” と言えるほど、そんなに充実した人生ではないけれど、いつ死んでもいいように、ベストを尽くした生き方だけは、していたいと思うのです。
 そう思うと、60年間生きてきても、まだまだ自分に課せた “前自未到” のテーマが山積みです。

 当然、すべての課題を死ぬまでにクリアすることは不可能なのですが、1つでも多くの自分内偉業を成し遂げること、それが生きている甲斐だと思っています。
 だから、その甲斐がある限りは、まだまだ、死にましぇーん!


 家族には申し訳ないけど、孫やひ孫のためではなく、やり残した人生の宿題を仕上るために、僕は、まだ生きていたいと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:21Comments(2)つれづれ

2019年08月05日

ゼロ市町村と平成温泉


 群馬県内には、約100の温泉地があります。
 “温泉地” とは、宿泊施設がある温泉のことです。
 ですから、日帰り入浴施設は含まれません。

 で、県内には35の市町村があります。
 一番、温泉地が多い市町村は、みなかみ町です。
 18湯あります(現在、2ヶ所が休業中ですが……)。
 次いで、吾妻町や片品村、嬬恋村、中之条町など上位は、すべて県北部の町村が占めています。

 当然ですが、1つも温泉地が無い “ゼロ市町村” も存在します。


 今まで、そんなことは何も気にかけていなかったのですが、さる不都合が生じてしまいました。
 それは、不公平感です。

 僕は数年前から群馬県が企画するグラビア雑誌に、県内の温泉を紹介する記事を連載しています。
 問題は、県の雑誌というところです。
 自分の独断と偏見で自由に書ける著書とは違い、「次は○○温泉でお願いします」 と依頼されます。

 第1回、四万温泉(中之条町)
 第2回、老神温泉(沼田市)
 第3回、野栗沢温泉(上野村)
 第4回、川場温泉(川場村)
 第5回、下仁田温泉(下仁田町)
 と続き、
 第19回、川古温泉(みなかみ町)
 第20回、磯部温泉(安中市)
 と回を重ねてきました。
 ここまで、市町村の重複はありません。

 で、ついに 「不公平を無くすために県内くまなく」 という理由から “ゼロ市町村” にもスポットを当てることになったのです。
 つまり、何百年という歴史はないけれど、「平成時代に掘削により湧いた温泉を所有する市町村も紹介して欲しい」 ということです。
 確かに、観光的には人気の温泉施設がある市や町や村があります。
 ちょっと、調査してみる必要がありそうです。


 ということで、今日は朝から某村を訪ね、30年前に温泉が湧いたという共同浴場と湯を引いている施設のロケ、それと役場に寄って話を聞いてきました。
 開湯伝説や老舗旅館は存在しませんが、それなりに平成の時代に紆余曲折したボーリング温泉の歴史がありました。

 これも時代が、令和に変わったからできる企画ですかね。
 “平成温泉をゆく”
 ご期待ください。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:47Comments(0)執筆余談

2019年08月04日

前橋の死神とHの仲間たち


 『令和元年還暦蛟龍落語会』 なる素人落語会が、群馬県生涯学習センターで開演されたので、にぎやかしに行ってきました。

 「蛟龍(こうりょう)」 とは、水中に隠れ、雲や雨にあうと天に昇るという竜に似た想像上の動物。
 英雄が機会を得て、大業を成し遂げるたとえに用いられます。

 この日、出演した3人の素人落語家たちは、県立前橋高校の卒業生で、同級生。
 同校の文化祭 「蛟龍祭」 から命名したといいます。
 そして、今回の会場となった群馬県生涯学習センターの敷地は、かつて彼らが通っていた母校の校舎があったところです。
 共に切磋琢磨し、夢を見ていた若き日から42年の歳月を経ての凱旋落語会となりました。


 当日配られたパンフレットに、こんな一文がありました。
 <還暦を迎える年になりまして、演者三人、高校時代の気持ちに立ち返り、若き日の情熱を思い返し、今日の落語会にこぎつけた次第であります。素人ではありますが、その心持ちはプロにも勝るとも劣らないと思っております。>

 同年輩の “夢みるジジイ” としては、最後の言葉が、グッと胸に迫ります。
 <素人ではありますが……>
 きっと、高校卒業後の42年間には、三人三様の悲喜こもごも、紆余曲折の人生があったに違いありません。
 夢を追って、夢をあきらめて、それでもはいつくばって、夢のカケラを拾い集めて、こうして形にしたのです。


 「カズオちゃんが、また落語会やるんだって」
 「へー、大したもんだね」
 「みんなで、行ってやんべぇ」

 ご存じ、我らのたまり場、酒処 「H」 での、数ヶ月前の会話です。
 カズオちゃんは常連客の一人で、職業は大学の教員です。
 でも風貌や、ふだんの話し方からして、根っからの “噺家さん” なのであります。

 僕も以前、彼の落語を聴きに行ったことがありますが、その話術は絶品でした。
 玄人はだし、そのものです。
 それゆえ、彼が拾い集めようとしている夢のカケラの数が計り知れます。


 都家前橋 (みやこや・ぜんきょう)
 これが彼の芸名です。

 今回も演目は、彼が得意とする古典落語と創作をミックスしたセミ・オリジナル。
 「死神(の手帖)」 は、60分を越える超大作であります。
 満員御礼の観客からの拍手に迎えられて、高座に上りました。

 「よっ、カズオ! いや、ぜんきょう!」


 会場を見渡せば、知った顔、顔、顔……
 Hの常連客が、大勢駆けつけています。

 持つべきものは、飲み仲間です。


 外は36℃の猛暑日。
 でも、ひんやりとしたホラー話に、ひと時の涼をいただきました。

 カズオちゃん、ありがとう!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:57Comments(0)ライブ・イベント

2019年08月02日

48℃の壁


 「医者としては、認められませんね」

 何のことかといえば、巷で騒がれている草津温泉の伝統入浴法 「時間湯」 にまつわる “湯長制度廃止問題” についてです。
 48℃の高温入浴は、是か非か?

 僕は毎月1回、健康管理のため、かかりつけの医院に行き、問診を受け、血圧等のチェックをしてもらっています。
 ぜひ、医者としての意見が聞きたくて、主治医に例の一件を投げかけました。
 案の定、即答されてしまったということです。


 「時間湯」 とは、草津温泉に江戸時代から伝わる特殊な入浴法です。
 湯長 (ゆちょう) と呼ばれる指導者の号令を合図に、湯治者が一斉に約48℃の高温の湯に浸かります。
 一日に何回も浸かり、これを何日も行う荒療治で、昔は皮膚病や性病などを治したといいます。

 突然、この100年以上もの歴史と伝統を持つ入浴法に、マッタ!がかかりました。
 「湯長制度を廃止する」
 との草津町町長の表明は、全国の温泉ファンに衝撃が走りました。

 町長が示した廃止理由は、次のような理由からでした。
 <「病気が完治する」といった表記が薬事法に触れかねない点や、入浴の際に湯長が利用者の症状を確認することが医療行為に当たる可能性がある。>
 また、
 <時間湯の原点はあくまでも38度以上の湯で行われていた集団入浴であり、高温の湯に湯長の指示で入ることが時間湯ではない。>
 と主張しています。

 今後は、湯の温度を42℃前後とし、町内の共同浴場とほぼ同水準に引き下げることで、入湯者が安全に利用できるようにするとのこと。
 また、これまで有料だった入湯料は、無料化にする方向とのことです。
 町長は、新聞の取材に対して、こうも説明しています。
 <時間湯そのものの文化を廃止するつもりはない。法令に触れる恐れのある現在の湯長制度を廃止し、医学的に危険な48度の高温浴を見直すことで、時代に合った形で時間湯を残していきたい。>


 僕の感想を率直に述べさせていただければ、“42℃” は独特な入浴法ではなく、ただの一般的な入浴法であり、草津温泉が守り継いできた 「時間湯」 ではありませんね。
 さらに、危険というだけで廃止するのではれば、全国には死者が出るほどの祭りや行事が、伝統と文化の名のもとに伝承されています。
 真冬の寒中水泳や滝行なんかは、ドクターストップがかかりそうなものです。

 どうも問題の焦点は 「時間湯」 ではなく、「湯長制度」 の有無のようであります。
 町長が言うように、医療行為に抵触するのであれば、医師免許を持つ湯長を抜擢させればいいのであり、または医師の立ち合いのもとに行えばいいだけです。
 なのに突然、廃止 (解雇) です。

 これって、論争の陰に隠れて、何か別の理由がありそうですぞ!?
 温泉ファンとしては、今後の事のゆくえから目が離せませんな。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:35Comments(2)温泉雑話