温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年09月30日

マロがいる!


 朝起きて、階下へ下りる階段の途中で、一瞬、「あれ?」 と立ち止まります。
 マロの吠える声が聞こえないからです。
 「あっ、そうだった。もう、いないんだっけ」
 あらためて現実を知り、ふたたびリビングへと向かいます。

 そこには、もうゲージはありません。

 そんなふうに、気が付くと、いつもマロの面影を追っています。
 これが俗に言う “ペットロス” というものなんですね。


 両親には申し訳ないのですが、オヤジが亡くなった時も、オフクロが亡くなった時も、こんなことはありませんでした。
 悲しみよりも、役目を終えた安堵感のほうが大きかったからです。
 やるべきことは、すべてやり切ったという達成感に似た感覚もありました。

 でも、マロに対しては違います。
 もっともっと一緒にいたかったという思いが、今でも自分を苦しめています。
 小型犬の13才は、老犬ではありますが、まだまだ生きるワンちゃんもいます。
 確かにマロの老衰は進んでいましたし、人間同様、犬にだって個体差があることも分かっています。

 たぶん、これは僕の欲なんでしょうね。
 愛するがゆえの、欲です。


 マロが、この世を去って、10日が経ちました。

 ブログでマロの死を発表してから、たくさんの方々からコメントやメール、または直接、励ましの言葉をいただきました。
 あらためて、マロが人気者だったことを知らされました。
 会ったことも、見たこともない犬なのに、みんな、友人のようにお悔やみを言ってくださるのです。

 マロって、けっこう幸せな犬だったのかもしれないなぁ~……

 今は、ただただ、みなさんの温かい思いに感謝するばかりです。


 「あっ、マロがいる!」
 夜中に突然、階下から犬の鳴き声が聞こえ、ハッとすることがあります。
 たぶん、空耳か近所の飼い犬の声なんでしょうね。

 それでも、なんだか嬉しい気持ちになります。 
  


Posted by 小暮 淳 at 18:17Comments(2)つれづれ

2019年09月29日

辞書と地図と現金と


 「じゃあ、いいです」
 カードが使えないことを知ると、途端、きびすを返して店を出て行く外国人客たち。

 このテレビCMを初めて見たとき、僕は30年以上も前のある現象を思い出しました。
 全国の温泉宿で起きた “露天風呂ブーム” です。
 「露天風呂ありますか?」
 との客の問い合わせに、
 「ありません」
 と応えると、
 「ガチャン!」
 と何も言わずに電話が切れたといいます。

 それまでの温泉宿にとって、露天風呂は不要でした。
 虫や落ち葉、砂ぼこりが入り込む屋外の風呂は、温泉宿にとっては “百難あって一利なし” の存在だからです。
 何よりも、湯が冷めやすい!
 これは、湯守(ゆもり) が最も嫌います。

 それでもブームは、容赦なく温泉宿を襲います。
 その結果、泣く泣く露天風呂を造り、湯を循環しながら温めるハメになりました。


 昭和から平成へ、平成から令和へ。
 ますます世の中が便利になっています。

 そこで僕は、ある提案をします。
 便利は、良いことですか?
 不便は、悪いことですか?

 アナログ人間の僕は、いまだにスマホを持っていません。
 クルマにも依然、ナビは付いていません。
 当然、支払いは現金です。

 「不便ではありませんか?」
 と言われても、今日まで、これで生きてきたので、考えたこともありません。
 分からない事柄や言葉があれば、辞書で調べます。
 さらに詳しいことを知りたければ、図書館へ行きます。
 クルマで出かけるときは、前日に地図で下調べをしてから出かけます。
 行きとは違う道を探して、帰りは寄り道を楽しみます。

 これを不便とは、思いません。
 逆に、これらの手間が省かれることを 「便利」 と呼ぶのであれば、なんて便利とは、つまらないのでしょう。


 辞書と地図と現金が、スマホとナビとカードに替わろうとしています。
 でも、世の中が便利になって生きやすい人と生きにくい人がいます。
 画一的に世の中が便利になるのではなく、その選択ができる世の中であることが、本当の意味での便利ではないでしょうか?

 世の中が便利になると、人は何を得るか?
 もしかすると、失うもののほうが多かったりして……
  


Posted by 小暮 淳 at 10:35Comments(2)つれづれ

2019年09月27日

太宰治と温泉宿


 話題の映画 『人間失格 太宰治と3人の女たち』 を観てきました。

 主人公を演じる小栗旬さん、最初は全然、太宰に似ていないんですけどね。
 後半になるにつれ、横顔がグングン太宰っぽくなって、最後はまったく違和感がありませんでした。
 さすが、役者さんです。

 監督が蜷川実花さんということで、前作の 『へルタースケルター』 で見せた沢尻エリカさんの体を張った演技を期待していたのですが、今回は、さほどでもありませんでしたね。
 そのかわり二階堂ふみさんが、かなり思い切った大胆な演技で魅了してくださいました。

 作品としての評価については、ここでは差し控えさせていただきます。
 太宰フォンも、そうでない人も、そこそこ楽しめると思います。


 さてさて、太宰治といえば、群馬県内の温泉宿にも、いくつか滞在しています。

 昭和11年(1936)8月、太宰治は川端康成に勧められて、薬物中毒と肺病治療のために谷川温泉(みなかみ町) の「川久保屋」 に約1ヶ月間、滞在しています。
 のちに発表した小説 『姥捨(うばすて)』 では、谷川温泉が舞台となり、川久保屋の老夫婦が描かれています。
 また太宰は滞在中に、芥川賞の落選を知らされます。
 そのことを宿で執筆した 『創生記』 に書いています。
 そして、この 『創生記』 を書いたことが、名作 『人間失格』 を書くきっかけになったともいわれています。

 川久保屋は、のちに現経営者の先代が買い取り、「谷川本館」(現在の「旅館たにがわ」) として営業していましたが、老朽化を理由に取り壊されました。
 跡地である駐車場の脇には、『姥捨』 の舞台となった宿があったことを伝える記念碑が立っています。
 また、太宰治の命日(6月19日) 「桜桃忌」 には、石碑に献花がされ、供養講演などのイベントが行われています。


 太宰治は、昭和15年(1940) にも群馬の温泉に訪れています。
 井伏鱒二や伊馬春部らと四万温泉(中之条町) に来遊し、「四萬館」 に投宿しました。
 太宰らが宿泊した部屋は、現在でも道をはさんだ高台に移築され、保存されています。
 また太宰は、ここでの体験を基に四万温泉を舞台にした(とされる) 短編小説 『風の便り』 を世に残しています。


 秋の夜長、名作に酔いしれるのも良いですが、たまには文豪が書いた温泉地が舞台のちょっとマニアックな小説を探し当てて、読みふけるのも一興かと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:36Comments(0)温泉雑話

2019年09月25日

鹿沢温泉 「紅葉館」⑥


 やっぱ、すごい!
 グイグイ、しめ付ける。
 ジンジン、しみて来る。
 ビリビリ、しびれる。

 さすが、群馬を代表する高品質の湯であります。


 僕が講師を務めるNHK文化センター主催による野外温泉講座 「名湯・秘湯めぐり」。
 毎月、バスで県内外の温泉をめぐっていますが、おかげさまで、この講座も11年目を迎えています。
 ということは群馬県内に約100ある温泉は、ほとんど訪ねたわけでして、なので今年からは在校生にアンケートをとって、“もう一度行きたい温泉” のリクエストが多かった人気の温泉宿を再訪しています。

 泉質部門で圧倒的な人気を誇ったのが、群馬県嬬恋村にある鹿沢(かざわ)温泉の一軒宿 「紅葉館(こうようかん)」 でした。


 鹿沢温泉へ向かう群馬県側の道路が整備されたのは、戦後になってからでした。
 それまでは長野県側からの湯治客ばかりでした。
 長野の人たちには、今でも “山の湯” と呼ばれ親しまれています。

 長野県東御市(とうみし)新張(みばり) から湯の丸高原のある地蔵峠を経て、鹿沢温泉までの約16キロにわたる県道沿いには、100体の観音像が安置されています。
 昔、この道は 「湯道」 と呼ばれ、湯治場へ向かう旅人たちの安全祈願と道しるべを兼ねて、江戸時代の末期に立てられたものです。
 その湯治場こそが鹿沢温泉であり、現在でも湯元として湯を守り続けている紅葉館の入口前に、ちょうど100番目の立派な観音像が立っています。

 「きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、ひゃーーーーく!」
 バスの中では、受講生全員が観音像を数えながらカウントアップを楽しみました。


 「やっぱり、すごい湯ですね~」
 と以前にも来たことのある古参の受講生が言えば、
 「わ~、こんな湯は初めてですよ!」
 と新入生が驚きの声を上げます。

 源泉の温度は約47度。
 湧出量は毎分約60リットル。
 そして最大の魅力は、源泉の湧出地と浴槽との距離が、わずか10メートル!
 湧き出した湯が、地形の高低差のみを利用して、そのまま浴槽へ流れ込んでいます。

 「自然湧出」 「自然流下」 「完全放流(かけ流し)」
 僕が推奨する “いい湯の3条件” をすべて満たしている温泉なのです。


 浴室の入口には、日本温泉協会の査定による 「天然温泉 温泉利用証」 が掲げられています。
 これは温泉と浴槽の成績表で、実際に入る温泉の <自然度> <適正度> が、6項目5段階で評価されています。
 で、ここは、「源泉」 「泉質」 「引湯」 「給排湯方式」 「加水」 「新湯注入率」 の6項目で、すべてオール5の評価を受けています。

 全国には約3,000ヶ所の温泉地があります。
 その中で、オール5の評価を受けている施設は、17軒しかないといいます。
 その17軒のうちの1軒が、鹿沢温泉 「紅葉館」 なのであります。


 「うーーーっ、このガツンと迫り来る湯の存在感がたまりません!」

 熱いのですが、沈めない熱さではありません。
 足、腰、胸と徐々に湯に慣らしながら沈めば、やがて肩まで入れます。
 そして、全身を羽交い締めにするようにグイグイと締めつける浴感は、唯一無二の湯です。

 まだ未体感の人は、ぜひ一度、「雲井の湯」源泉のワイルドな湯を味わってみてください。


 ご主人、女将さん、息子さん、大変お世話になりました。
 次回の人気投票でも、必ず選ばれると思いますので、また来ますね!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:09Comments(0)温泉地・旅館

2019年09月23日

3つの御霊


 「お父さん、大丈夫?」
 「なにが?」
 「マロがいなくなって、ボケちゃうんじゃないかと思って」
 「オレは、まだ、そんな歳じゃないよ!」

 マロの訃報を知って、夜遅く、長男が仕事の帰りに寄ってくれました。

 「だって、毎日、マロの散歩をしていたの、お父さんじゃん」
 「散歩だけじゃない。食事もおやつもあげてたし、一緒に昼寝もしていた」
 「だから心配なんだよ。おじいちゃんとおばあちゃんもいなくなっちゃったし……」
 「だ、か、ら! オレは、そんな歳じゃないって言ってるだろ!」

 と大声を上げて否定をしたものの、なんとも言えない寂寞感に包まれました。
 心配してくれる息子の気持ちは、よく分かります。
 親を気遣ってくれる優しい子であります。
 でも僕には、まだまだ、やらねばならないことが、たくさんあるのです。


 今日は彼岸の中日です。
 オヤジとオフクロが眠る霊園へ、墓参りに行って来ました。

 思えば、不思議な光景です。
 半年前までは、この墓は空っぽだったのです。
 30数年前にオヤジが、将来のためにと買ったまま、ずーっと長い間、入る人はいなかった墓です。
 それが今年になって、両親が2人とも続けて入ってしまうとは……。

 「ほら、大きいジイジとバアバに、手を合わせなさい」
 墓参に同行した長女が、孫に線香を手渡しました。
 「そうだ、運動会のかけっこで2位になっんだろう! 報告しなくっちゃ」
 そう言って、僕も孫と一緒に線香を墓前に手向けました。

 <オヤジ、オフクロ、みんな元気にやってるよ。ただ、マロが死んじゃった。そのうち、そっちへ行くからさ。また可愛がってあげて。>

 今年は3つも御霊(みたま)を見送ったのですね。
 人生は予期せぬことが起きるものですが、こんなにもいっぺんに御霊を見送ることになるとは、思いも寄りませんでした。
 これも運命だと、受け入れるしかありませんね。


 「おとう、大丈夫?」
 水桶を手にして歩いていた長女が、振り返って言いました。
 「なにが?」
 「おじいちゃんとおばあちゃんの介護が終わったと思ったら、マロまで逝っちゃうんだもの。ボケちゃうんじゃないの?」
 「お前まで、言うか! まだオレは、そんな歳じゃないって!」

 「ジイジは、だいじょうぶだよね。ぼくとあそぶから」
 「そーだよ、今度、釣りに行こうな!」
 「ワーーーイっ!」
 そう言って走り出した孫に向かって叫ぶ、長女の声が霊園に響き渡りました。

 「こらーーー!! お墓で走っちゃダメでしょーーーーーう!!!!」


 暑さ寒さも彼岸まで。
 かたわらで、雨に濡れたススキの穂が揺れていました。
   


Posted by 小暮 淳 at 19:22Comments(2)つれづれ

2019年09月22日

令和に伝わる七つの不思議


 現在、群馬テレビで毎週火曜日午後9時から放送中の 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 僕は4年前のスタート時から、この番組のスーパーバイザーをしています。

 ふだんは企画・構成会議で、元ネタを披露したり、アドバイスなど裏方の作業に参加していますが、ときどき、番組にリポーターとしても登場します。
 その名は、“ミステリーハンター” です。

 前回は3年前の夏に放送した 「トリビア・ミステリーツアー」 でした。
 お化け坂や三途の川、妖怪伝説など、県内の不思議スポットをめぐりました。


 ミステリーファンのみなさん!
 長らくお待たせいたしました。
 あの “ミステリーハンター” が帰ってまいりました!

 新シリーズのタイトルは、「令和に伝わる七つの不思議」(仮) であります。
 そう、俗にいう “七不思議” です。
 でも今回、僕が番組でめぐる七不思議は、ただの七不思議ではありません。

 昔からその土地に伝わり、そして今でも地元の人たちに恐れられ、守られ、謎が解明されていない不思議の数々です。
 シリーズの第1回では、群馬県北部の温泉地を取材しました。
 半径1~2kmの小さな温泉街の中に、ミステリースポットが点在しています。

 たとえば、橋の欄干にかかる大きな草鞋(わらじ)。誰が何のために?
 高速道路の橋脚の下で柏手を打つと、アラ不思議! 山びこに似た打ち返しが……。
 そして極めつきは、重力に逆らって坂道を上る用水路の水!


 「バカバカしい」 なんて言う前に、まずは自分の目で見てください。
 現在、ロケハンが終了したところなので、まだ放送日は未定です。
 来月の撮影が終了次第、報告いたします。

 乞う、ご期待!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:17Comments(0)謎学の旅

2019年09月20日

マロの独白 (最終回) 天国より愛を込めて


 こんばんワン! マロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、13歳2ヶ月と7日……
 ……でした。

 オイラ、令和元年9月20日午前2時42分に、天国へと旅立ちました。


 おとといまでは元気だったんですよ。
 前回、ご主人様がブログに書かれたように、確かに足腰はヨボヨボですけど、なんとか休み休み、家のまわりのいつもの散歩コースを歩きました。
 ところが昨日は朝から体調がすぐれなくて、朝食も半分残してしまいました。

 「おとう、マロ、だいぶつらそうだけど、今日も散歩行くの?」
 ゲージの中で横たわっているオイラを見て、次女様がご主人様と話しているのが聞こえました。
 「無理かもしれないね」
 「私は午後、出かけちゃうけど、無理はさせないでね」
 そう言って、次女様は家を出られました。

 「おい、マロ! 散歩、行くか?」
 「クー、クー」
 どうしたことでしょう、一生懸命、言葉にしようとするのですが、なんだか息苦しくて、いつものように話せません。
 「立てるか?」
 ご主人様がオイラの体を抱き上げますが、床に下ろすと、そのまま濡れ雑巾のようにグターっと倒れこんでしまいます。
 まったく、手足に力が入りません。

 「今日は、やめとくか! おい、マロ、オレも出かけるけど、1人で留守番できるかい?」
 「クー」
 そして、ご主人様も出かけられ、オイラは家に残されました。


 ご主人様が帰って来られたのは、夜の9時過ぎでした。
 「マロ、どうした! 大丈夫か?」
 返事をしようにも、意識がもうろうとして、もう声が出せません。
 ご主人様は何も言わず、ゲージの中で糞尿まみれになって倒れているオイラを抱きかかえ、キレイに体を拭いてくださいました。

 やがて次女様と奥様も帰って来られたようですが、オイラには、ご主人様の声が、かすかに聞こえるだけです。
 「今日はオレが一晩中、マロについているから、寝ていいぞ」
 そう言うと、ご主人様はゲージの隣にクッションを持ってきて、リビングの床に添い寝をしてくださいました。

 「クー、クー」
 と時々、オイラが声を上げると、
 「マロ、大丈夫か? オレが一緒にいるからな!」 と言って、背中をさすってくれたり、テッシュに浸した水を口元に当ててくださいました。


 日付けが替わり、午前1時を過ぎた頃あたりからでしょうか。
 だんだん息が苦しくなってきて、それまでは鼻で呼吸をしていたのですが、口を開いて、ハーハーと音を立てるようになっていました。
 「マロの様子が、おかしいぞ!」
 ご主人様の声に、まだリビングでスマホをいじっていた次女様も、オイラのそばに駆け寄ってきました。

 「下顎(かがく)呼吸が始まったのかな?」
 「なんだい、それ?」
 「人間の場合だけど、苦しくなって、大きく呼吸をしようとすると、アゴを激しく動かすようになるんだよ。でも、これが始まると24時間内に絶命するらしい」
 次女様は、看護大学の現役学生さんなのです。
 「でも、あくまでも人間の場合だよ。犬のことは分からない。そもそも、これが下顎呼吸かも分からないし」


 やがて、ご主人様と次女様の話し声が、遠のいていきました。
 「ハー、ハー、ハー、ハー、ハー」
 呼吸のスピードが、どんどん速くなっていきます。

 「マロ! しっかりしろ!」
 ご主人様の手が、もう何時間もオイラの背中をさすってくださっています。
 「マロ! 逝っちゃだめ! ダメダメ、イヤだよ~!」
 次女様の手が、オイラの頭をなでています。


 あー、オイラ、しあわせだな~……

 13年前に、ペットショップの福引きの2等賞の景品になったおかげで、こんなにも楽しい犬生を送れたんだもの……
 ※(オイラが、この家に来たいきさつは、「マロの独白」 のバックナンバーをお読みください)

 ご主人様、奥様、次女様、そして嫁がれた長女様、世帯を持たれた長男様、大変お世話になりました。
 本当にオイラは、しあわせでしたよ。

 楽しかったな~!

 もっともっと一緒にいたかったけど、これがオイラの寿命なんですね。
 ひと足先に、大主人様と大奥様の所に行きます。


 今度、生まれ変わっても、オイラ、必ずペットショップの景品になりますから、また引き当ててくださいね。
 もう一度、ここんちの飼い犬になりますから! 絶対に!!
 それまで、しばしのお別れでやんす。

 そして、読者のみなさん、本当に本当に長い間、オイラのつたない文章を読んでくださり、ありがとうございました。
 感謝してるワン!

 バイバイ!
 さようなら……



 PS
 長い間、『マロの独白』 をご愛読いただき、ありがとうございました。
 心よりお礼を申し上げます。  主人
  


Posted by 小暮 淳 at 20:01Comments(6)マロの独白

2019年09月18日

倉渕川浦温泉 「はまゆう山荘」③


 今日は、温泉の謎を解き明かしに行ってきました。

 訪ねたのは高崎市(旧倉渕村) の一軒宿、倉渕川浦温泉 「はまゆう山荘」。
 一軒宿の山荘と呼ぶには、しょう洒で立派な建物です。
 その佇まいは、さながら中世ヨーロッパの古城を思わせる重厚な造りのリゾートホテルです。

 それもそのはず、実はこの建物、昭和62年(1987) に神奈川県横須賀市と旧倉渕村が友好都市関係にあつたことから、横須賀市民の休養村として設立されたものです。
 だから宿名も横須賀市の市花 “浜木綿(はまゆう)” なのであります。

 では、なぜ海辺の大きな市と山奥の小さな村が友好都市関係なのか?
 その理由についてを書き出すと長くなりますので、拙著 『新ぐんまの源泉一軒宿』 や 『西上州の薬湯』 等をお読みください。


 ということで、オープン当時は温泉宿ではありまでした。
 きっかけは平成18年(2006) の高崎市との合併でした。
 翌年、念願の温泉掘削となり、2年後の同21年3月より 「倉渕川浦温泉」 としてリニューアルオープンしました。

 当時、“群馬に新たに温泉宿が誕生した” というニュースを受けで、すぐさま取材に行った記憶があります。
 2009年9月に出版した拙著 『ぐんまの源泉一軒宿』(絶版) にも、<県内でもっとも新しい温泉宿である。> と記述しています。
 そして、湯については、こんな表現をしています。
 <湧き出た湯は、黄金色した45度の高温泉。>

 ところが、あれから10年経った現在、源泉の温度は32度と下がり、湯の色は無色透明になっています。
 しかし泉質に変化はありません。
 はたして、これはどういうことなのか?

 今回の取材によって、思わぬ事実が判明しました。


 なぜ、温度が下がってしまったのか?
 なぜ、湯の色が消えてしまったのか?
 いずれ、何かの機会に報告いたします。

 これだから、温泉は楽し!
  


Posted by 小暮 淳 at 20:48Comments(0)温泉地・旅館

2019年09月17日

マロの独白 (番外) 代筆いたします。


 こんにちは! ご主人様です。
 ここんちのチワワのオス、13歳の 「マロ」 の飼い主です。

 いつもいつも、我が家の愚犬のたわ言を読んでくださって、ありがとうございます。
 あらためて読者の皆様に、お礼を申し上げます。

 さて、今回はワケがありまして、飼い主の私が代筆をさせていただくことになりました。
 といっても、マロが病気になったとか、ケガをしたというわけではありません。
 あくまでも、ワケあってのことであります。

 その、ワケとは?


 読者の皆様はすでに、ご存知のことと思われますが、マロもかなりの高齢となってまいりました。
 御歳、13歳。
 小型犬の13歳は、人間で例えると60代後半とのことですが、やはり人間同様、個体差というのがあります。
 ここにきて、マロの老化が顕著になりました。

 足腰が弱り、通常の歩行でさえ、ままなりません。
 ヨロヨロ、ヨロヨロ、ドテッ!
 散歩の途中でも、よく転びます。
 そして、そのまま倒れ込んでしまいます。


 「これ、仮病だからね!」
 そんなマロの姿を見て、次女は、助けようとする私を制します。
 両親の介護を経験している私は、ついつい介助の手を差し伸べてしまうのです。

 「おとう、試しに、知らん顔して、部屋を出て行ってみてよ」
 次女に言われ、後ろ髪を引かれる思いで、私は部屋を出ました。
 しばらくすると、
 「ほーら、立った! おとう、来てみてごらんよ」
 次女に呼ばれて、ふたたび部屋に入ると、確かにマロは四つ足で立っています。

 よっぽどバツが悪かったんでしょうね、マロったら、私の顔を見た途端、あわてて後ろ足から、へたり込み、そして大げさに、バタンと倒れてみせたのです。
 「ねっ、仮病でしょ! ていうか、かなりの役者だよね」
 そう言って次女は、クスクスと笑いますが、私には、そんなマロが愛しくて愛しくて仕方がありません。


 自分の老化を一番うれいでいるのは、マロ自身なのです。
 日に日に老いていく自分の姿を、家族には見せたくないのです。
 だから無理をして、立ち上がっているのです。

 でも、唯一、我がままを言って、甘えてもいいと思っている存在が私なのです。
 だから、駄々をこね、困らせるのです。
 その姿は、在りし日の両親の姿と重なります。


 “子ども叱るな来た道だ。年寄りを笑うな行く道だ。”
 マロの姿に、やがて訪れる自分の未来をも重ね合わせます。


 「ワーーーーッ!!!! おとーーう、来て来て、早く! マロがマロが!」
 毎度のことです。
 次女のパニック声に駆けつければ、リビングのカーペットの上で、マロがオシッコをしています。

 1年前までは、こんなことはありませんでした。
 ちゃんとゲージに入り、トイレシートの上でしていました。
 認知症が始まったのかもしれませんね。

 「おとーーう! 来て来て、今度はウンチまみれだよ!」
 これも毎度のことです。
 「いいよ、おとうさんが片付けるから。お前は、あっちに行ってなさい」
 知ってか知らずか、キョトンとした顔したマロが、ゲージの隅にうずくまっています。

 部屋に立ち込める糞尿のにおい……
 なつかしい臭いです。
 在りし日の父親との暮らしを思い出します。

 「マロ、いいんだよ。どこでしても。誰も怒らないよ」


 これが今回、飼い主の私が代筆したワケであります。
 このことをマロに書かせるワケにはいきません。

 認知症は進んでいますが、本人は、まだ 「パソコンのキーボードは打てる」 と言っていますので、読者の皆様、今後とも 『マロの独白』 をご愛読してくださるようお願い申し上げます。    敬白 主人
  


Posted by 小暮 淳 at 11:16Comments(2)マロの独白

2019年09月15日

介護のすすめ


 「いよいよ、うちも始まりましたよ」

 スーパーマーケットで買物をしていると、バッタリ、同世代の知人男性と会いました。
 彼は、高齢女性の手を引いていました。
 母親だといいます。
 その姿は、数年前の僕とオフクロに似ています。

 「まだ軽いんですけどね。認知症なんです」
 数分の立ち話でしたが、彼は親の介護生活について語りました。
 「小暮さん、いろいろ教えてください」
 彼は、僕が “介護OB” であることを知っていました。

 だから別れ際に、こう、エールを送りました。
 「とことん、やったほうがいいよ」 と……。


 僕は今年、長い長い両親の介護生活を終えました。
 認知症のオヤジが10年。
 寝たきりのオフクロが5年。

 アニキとの分担ではあったけれど、両親いっぺんというのは過酷でした。
 平日はデーやショートステイのサービスを利用したり、週末は僕がオヤジを看て、アニキがオフクロを看ていました。
 つくづく、兄弟がいることへのありがたさが身にしみました。
 到底1人では、両親のダブル介護は不可能でした。


 「いったい、いつまで続くんだろう……」
 途方に暮れることも多々ありましたが、そんなときに励まされたのが介護経験者からの助言の数々でした。
 「終わらない介護はないんだよ」
 「自分の生活あっての親の介護だからね」
 「でも、とことんやったほうがいい。その意味は、後に分かるから」

 そうなんです!
 正直、何度も逃げ出したいときがありました。
 「早く死んでくれ」 とまでは思わないけど、「一日も早く解放されたい」 「自由になりたい」 と思ったことはありました。
 時には感情がたかぶって、ついつい親に向かって暴言を吐いてしまったことだってあります。

 それでも、終わってしまえば、人の命なんてあっけないものです。
 あの10年間は、いったいなんだったのだろうと思います。

 だったら、もっともっと両親にやさしく接してあげれば良かったとさえ思う今日この頃です。


 だ、か、ら!
 現在、介護中のみなさん、大変でしょうが、最後の親孝行だと思って、とことん面倒を看てやってほしいのです。
 頑張る必要はありません。
 でも、あきらめないでください。
 行き詰ったら、まわりの介護経験者に相談しましょう。
 必ずや、道は開けます。

 終わりのない介護はありません。
 やがて、別れは来ます。
 そのとき、後悔をしないためにも、できる限りのことをしてあげてください。


 これは、晴れやかな気持ちで両親を見送った先輩からの “介護のすすめ” です。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:21Comments(0)つれづれ

2019年09月13日

大人のいじめ


 “魔の9月”

 そう言われるのは、夏休み明けに子どもの自殺が急増するからだそうです。
 理由は、いじめです。
 夏休み中、いじめっ子に会わずに済んでいたものの、2学期になると、また地獄の日々が始まるからです。

 不登校になる子どもが多いのも、この時期からのようですが、それは賢い選択だといえます。
 死を選ぶよりは、よっぽど良い。
 でも残念ながら、今年の9月も命を自ら絶つ子どもたちのニュースが、新聞で報じられています。

 いじめが無くならない世の中なのであれば、せめて、子どもたちの自殺を回避できる世の中であってほしいと、切に願います。


 では、大人の世界はどうでしょうか?
 “いじめ” は、あるんでしょうか?
 僕の身のまわりでは見かけませんが、あるところにはあるようです。
 ただ大人の場合、あからさまに “いじめ” とはいいません。
 ハラスメントです。

 最近、2人の男性から相談と報告がありました。


 A君は40代。
 県外の支社に転勤を命じられました。
 ところが転勤した初日から上司によるパワハラを受けたといいます。
 そして暴言や嫌がらせは、日に日にエスカレートしていきました。
 A君いわく、
 「それまで、お山の大将だった人なので、本社から来た僕のことが気に入らないんだと思います」

 1年後、堪忍袋の緒が切れたA君は、本社に転勤願いを掛け合いました。
 ところが答えは、却下!
 「どうしても本社にもどりたければ、大幅の減給が条件だと言われました」

 彼に、突きつけられた選択肢は3つです。
 減給覚悟で本社に戻るか? 転勤先で任期満了まで闘うか? プライドを守るために辞表を出すか?
 悩みに悩んだ末、彼はプライドを死守しました。
 現在、新しい仕事を探しています。


 B君は50代。
 いきさつは、A君のケースと似ています。
 異動先の勤務地で、上司からパワハラを受け続けました。
 ただA君との違いは、その上司が年下だったということ。

 決して珍しいケースではありません。
 組織では、たまによく聞く話です。
 ただ、男としては、かなりプライドを傷付けられる人間関係かもしれません。

 B君いわく、
 「とにかく暴言が酷い。仕事以外のことで、私の人格までを否定する。何が何でも追い出そうとしているのが見え見えなんです」
 ついには体調を崩し、うつ病を発症してしまったといいます。
 そして、彼も本社に異動の願いを掛け合いました。
 ただ彼の場合、A君とは手法が違いました。
 録音等の証拠をとり、弁護士にも相談の上、談判しました。

 結果、彼の願いは受け入れられ、本社に戻れたといいます。
 ただし、パワハラをした上司の処分はなかったようです。


 もしも自分だったら……
 2人の話を聞いていて考えてみましたが、想像もつきません。
 本社に掛け合う前に、上司に対して手が出ているかもしれませんし、それ以前に、転勤や異動を命じられた時点で会社を辞めているかもしれません。

 僕も過去にサラリーマン経験が数年あるので、気持ちは分からなくもないのですが、はるか昔のこと。
 退職理由も、雑誌が廃刊になってしまったからです。
 だもの、どの選択が正しいかなんて、まったく考えが及びません。
 ただ、「やっぱり、サラリーマンは大変だ!」 ということです。

 つくづく、上司も部下もいないフリーランスの道を選んで、良かったと思います。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:06Comments(2)つれづれ

2019年09月12日

ほうびのH


 今週は、すでに2つの講演会を済ませました。
 2会場、計4時間。
 テーマも、それぞれ 「温泉」 と 「民話」 と異なります。

 正直、疲れました。

 これは、六十路に入ってから、てきめんです。
 10年前とは、雲泥の差です。
 あの頃は、1日で2会場を掛け持ちしたり、午前中に別の仕事をこなしてから講演会場へ向かうことはザラでした。

 なのに、今はダメです。
 気力と体力が、持続できません。
 1日1会場のみ、しかも、その日は絶対に前後に他の予定を入れません。
 それくらい、気力も体力も減退しています。

 ライターにとって、講演活動やセミナー講師は、いわば副業です。
 観光大使や温泉大使の公務は、ボランティアです。
 はたして、二足のわらじ、三足のわらじは、いつまで続けられるのでしょうか?


 昨日、講演会の終了後、突然、倦怠感に包まれました。
 そんなとき、僕の足は迷わずHへ向かいます。
 ご存じ、我らのたまり場、酒処 「H」 であります。


 残暑厳しい、夕方4時半。
 もちろん、一番乗りを目指します。
 案の定、まだ、カウンターに人影はありません。

 「あらっ、早い」
 仕込みの手を休めて、ママが迎えてくれます。
 「うん、自分をほめてあげたいんだ。ごほうびの一杯、ちょうだい」
 「あいよ」
 「キーンと冷たいやつね」
 そして、
 「はい、お疲れさん。頑張ったね。カンパーイ!」

 まだ5時前だというのに、2人だけの酒宴が始まりました。
 やがて、1人、2人、3人と常連客が顔を出して、いつものにぎやかなHがやってきました。

 「小暮さん、お久しぶりです」
 「みんな来るの、早いよ。今まで、ママをひとりじめしてたのに」
 「そうは、いきませんよ。ね、ママ!?」

 ナスとピーマンのみそ炒め、ゴボウとレンコンのうま煮、厚揚げの網焼き……
 奇をてらった料理は、何一つ出ないけど、一品一品、ママの愛情がてんこ盛りです。


 飲むほどに、酔うほどに、気力と体力が時間をかけて蘇生していくのが分かります。
 「オレって、まだまだ頑張れるかも」
 そう思えてくるから不思議です。

 僕にとって、HのHは自分への “ほうび” のHなのであります。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:03Comments(0)酔眼日記

2019年09月10日

ボルボとサンダル


 ♪ 君はボルボを買ったんだってね
   俺はサンダルを買ったのさ
   道は水平線へと延びてゆき
   空へと溶け込んでいったよ
   俺がうらやましいのは君よりも
   枝を広げる一本のケヤキさ
   負け惜しみかもしれないけど ♪
    ( 「一匹のカニ」 より 詞:谷川俊太郎 by 小室等)


 昨日、新車を買いました。
 でもクルマではありません。
 自転車です。

 いったい何台目の “愛車” になるのでしょうか?
 クルマ嫌いの僕は、若い頃から、急ぐ用事でないかぎり、ひたすら自転車を移動手段に利用してきました。
 だもの、自転車の消費量は、人一倍多いと思います。
 今回、手放した自転車も2年前に変え替えたものでした。


 僕は、自他共に認める “パンク修理の達人” です。
 自他の 「他」 とは、家族です。
 3人の子どもたちの自転車は、パンクをするたびに僕が修理をしていました。
 わずか15分で直す、その早業は、家族から一目置かれていたほどです。

 でも、子どもたち全員がクルマを乗るようになってしまった今は、その達人の早業は、もっぱら自分の自転車のみに利用されています。
 ただし、僕の腕前は、パンクの修理までです。
 それ以上の故障となると、プロの力を借りるしかありません。


 一昨日、家を出ようとしたら、突然、愛車が断末魔の叫びを上げました。
 パン! シューーーーー!!!
 ただのパンクの音ではありません。

 降りて、後輪を見てみると、
 「うわっ!」
 タイヤが裂けて、中からチューブが飛び出ています。

 ご臨終です。


 ということで、仕事の合間に、サイクルショップへ飛び込みました。
 自転車なんて、クルマ同様、動けばいいのです。
 選ぶのに、ものの3分とかかりません。
 「一番安いのどれ? じゃあ、これください」
 と、色だけは選びましたが、形なんてこだわりません。
 ただの移動手段なのですから、ママチャリで十分です。

 でもね、やっぱり “新車” って、気持ちがいいですね。
 スーイ、スーイ、スーイ
 って、いつもの道をいつも以上の快適な走り心地で進みます。

 これで、今年の秋は、上州路を走り抜けますぞ!


 そういえば、今年の夏は、サンダルも買い替えました。
 負け惜しみかもしれませんけど……。
    


Posted by 小暮 淳 at 10:20Comments(0)つれづれ

2019年09月08日

準備が楽しい② レジュメ


 先週は、仕事の合間をみて、県内の公民館をめぐっていました。
 でも、講演会ではありません。
 その打ち合わせのためです。

 僕は、講演の依頼を受けると、可能な限り事前に、会場の下見を兼ねて打ち合わせに行くことにしています。
 先週訪ねた2つ公民館は、どちらも昨年に続き、2回目の講演です。
 ので、公民館の場所や会場の規模は把握しています。
 が、1年経つと担当者が異動で替わっていたり、講演の依頼内容の変更などもあります。
 ので、やはり事前打ち合わせは必須です。


 以前もブログに、講演は 「準備が楽しい」 と書きましたが、この事前打ち合わせも楽しみの1つです。
 担当者が同じなら、前回の思い出話で盛り上がります。
 担当者が替われば、前回の内容を説明して、新たな講演内容を提案します。
 そして、欠かせないのが、当日配付する資料の確認です。

 講演当日は、必ず、講師の略歴や活動状況、講演内容が印刷された資料を配ります。
 これは 「レジュメ」 といわれるもので、事前に講師が用意します。

 僕の場合、話がポンポンと飛ぶので、必ずしもレジュメどおりには進行しませんが、講演終了後に読んでいただきたくて作成しています。
 どうしても講演中は、一方的に話しているため、聴講者の疑問に一つ一つ答えることができません。
 「あれ、今の言葉、説明がなかったな?」
 なんてことも多々あると思います。
 そんなとき、このレジュメが役に立ちます。

 いわゆる “復習” ができるのです。
 だから僕も手が抜けません。

 専門用語はなるべく省いて、できるかぎり分かりやすい言葉で説明するようにしています。
 また、そうやってレジュメを作成することによって、僕自身も改めて勉強をすることができ、知識を頭に叩き込み直すことができるという一石二鳥の役目を果たしているのです。


 さて、これから年末にかけては、いよいよ講演会シーズンの到来であります。
 温泉や民話をテーマに、楽しくてためになる話をたくさんお届けします。

 公民館の広報や回覧板が回った地区のみなさん、ぜひ、会場にお越しください。
 お待ちしております!

   


Posted by 小暮 淳 at 11:36Comments(0)講演・セミナー

2019年09月07日

晴れ男 VS 天気の子


 僕は自他共に認める “晴れ男” です。
 過去に数々の奇跡を起こしてきました。

 ビアガーデンで、降り出した雨を念じてピタリと止めたこともあります。
 ライブ会場で、ドシャ降りの雨が僕らのバンドが出演する時間帯だけ止んだこともあります。
 雨予報の日に登山に出かけて、1回も雨具を使用せずに下山したこともありました。
 ラジオの野外公開生放送にゲスト出演すると、僕の出演時間帯だけ雨が止んだこともありました。

 これらの奇跡は、たびたび、このブログにも掲載してきました。
 間違いなく、僕は正真正銘の “晴れ男” です。


 そんな僕に挑戦状を叩きつけるような映画が、現在、大ヒットしています。
 『君の名は』 で一世を風靡した新海誠監督のアニメ映画 『天気の子』 です。
 なんでも主人公の女の子は、僕と同じように空に向かい念じると、その場所だけ雨が止んで、晴れ間が差すといいます。

 相手は、子どもです。
 しかも現実ではなく、アニメです。
 それでも、なぜか、僕のプライドが許しません。

 いざ、対決だッーーー!!!

 百聞は一見にしかず、ということで、映画を観てきました。


 まだ映画をご覧になっていない方のために、あらすじや内容は話せませんが、率直な感想だけ述べます。
 負けました(笑)。

 何が負けたかって、念力の強弱ではありません。
 その能力の使い方であります。
 彼女は、他人のために使っていたのです。

 引き換え僕は、自分のためだけに使っています。
 というか、かつて僕は、「天気にして欲しい」 という依頼を受けたことがありません。
 たとえ頼まれたところで、この能力を他人のために使うつもりはありませんし、まして、商売にするなんて……(ちょっとネタバレ)。


 ま、新海監督が次回作で、続編の 『晴れ男 VS 天気の子』 という映画を作りたいというのであれば、協力は惜しみませんけどね。
 ただ、この能力を、命を縮めてまで使うつもりはありませんので、あしからず(これまたネタバレ)。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:32Comments(0)つれづれ

2019年09月05日

あくざわ依存症


 7月から通うこと、1ヶ月半!
 今日、すべての手続きを終えました。

 僕は、今年2月にオヤジが亡くなった事により生じた不動産登記の変更手続きのために法務局へ通っていました。
 この手のことは専門家に頼めば簡単に済ませられるのでしょうが、何事も経験です。
 自分でやることにしました。

 が、やっぱり大変でした。
 本人の戸籍や住民票、印鑑証明書はもちろんのこと、オヤジとオフクロとアニキのものまで揃えなくてはなりません。
 とにかく、手間がかかります。

 必要な書類が揃ってなかったり、記入もれがあったりと、そのたびに、次回の予約を入れて、出直さなくてはなりません。
 そして、今日が5回目!
 やっと、不動産登記変更を済ませることができました。


 「やったーーーっ! お疲れさん」
 頑張った自分をほめてあげたくなりました。
 まずは生ビールを1杯! といきたいところですが、まだ昼間です。
 しかも昼食時です。
 ならば、ごほうびは決まっているじゃありませんか~!!!

 そう、「あくざわの焼きそば」 です。

 前橋地方法務局から 「あくざわ亭」 は、歩いて数分の距離。
 この1ヶ月半の間、法務局へ出向いた日の昼飯は、焼きそばと決めていました。
 あの、子どもの頃に食べた思い出の焼きそばです。
 こうして40年以上経っても、変わらぬ味を食せる喜び!
 至福のひとときが、頑張った自分へのごほうびです。
 ※(あくざわの焼きそばについての詳細は、当ブログの2019年4月28日 「やっぱ肉玉でしょ!」 を参照)


 「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
 顔を覚えられてしまったようで、店主が声をかけてきました。
 「大で」
 「はい、大一丁!」

 あくざわ亭のメニューは、ドリンク以外は焼きそば1種類のみです。
 サイズが3つ、並と大と特。
 僕はいつも、ちょうど良い食べ切りサイズの “大” を頼みます。

 焼きそばの麺は、太麺です。
 太くなけりゃ、あくざわの焼きそばではありません。
 焼き加減は、かためです。
 かたくなけりゃ、あくざわの焼きそばではありません。
 そして具は、キャベツと豚肉と玉子です。

 これは、かつての 「あくざわ」 での “肉玉(にくたま)” という一番人気のメニューです。
 店主も昨年、復活オープンさせる際に、自分が昔好きだったこの “肉玉” 一本にメニューを絞り込んだとのことです。


 たぶん、初めて食べる人の感想は、賛否に分かれることでしょう。
 「かたくて、噛み切れない」 という人もいるかもしれません。
 「味が濃くて食べきれない」 という人もいるかもしれません。
 でも、これが、あくざわの焼きそばなのです。

 店主は、万人の味覚に合わせて作っているのではありません。
 記憶の中の伝説の味を再現しているのです。

 だから、ハマる人はハマります。
 そして、一度ハマったら抜け出せません。

 そう、僕のように依存症に陥るのです。


 さて、今日で法務局通いが終わってしまいました。
 1週間もすると、また禁断症状が起こりそうです。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:39Comments(0)つれづれ

2019年09月04日

年下のオサムちゃん


 「ショックで、ショックで……」
 そう言うと、
 「やっぱり小暮さんは、変わっているよ。ふつう、自分と比べないでしょう!?」
 と、友人にたしなめられてしまいました。


 僕は若い頃から、作家の “生涯” に興味を持つクセがありました。
 作家とは文人に限らず、芸術家でも音楽家でも、後世に作品や名を残した人の生涯です。
 特に感銘や影響を受けた作家は、より興味が強くなります。

 “年譜フェチ”

 自分で自分を、そう呼んでいます。

 何歳で小説を書き出して、何歳で新人賞を取って、何歳で○○文学賞を受賞して……
 そのときどき、自分の年齢に照らし合わせて、「オレは何をやっているんだろう」 と勝手に落ち込んで、激励して、その偉人たちとの格差を楽しんできました。


 若い頃は、その程度の “格差比べ” だったのですが、歳を重ねるにつれ没年齢を気にするようになりました。
 太宰治や三島由紀夫のように自ら命を絶った文豪は別として、その死因にまで興味を抱くようになりました。
 昔の人は短命なので、現代人と比べること自体がナンセンスなのですが、その人の一生には違いありません。
 たとえ50年であろうが、40年であろうが、その短い間に、後世に残る作品を生み出したのです。

 気が付くと、たくさんの偉人たちが自分より年下になっていました。
 「おいおい、勘弁してくれよ。オレは、まだ生きているけど、いったい何をしてきたというんだ」
 そんな自問自答の最中、先日、年譜フェチ史上最大の激震が僕を襲いました。

 <手塚治虫 今年で没後30年>

 新聞の特集記事に、釘付けになりました。
 そして、年譜を見た途端、脳天に落雷を受けたような衝撃が走りました。

 <胃がんのため60歳で死去>


 「漫画の神様」 とまで呼ばれた人でさえ、年下になっていたのです。
 ショックで、ショックで……

 「だ、か、ら! ふつう、自分と手塚治虫は比べないでしょ!?」
 友人の声が、さっきより大きくなりました。 

 でも、なんとなく分かりますよね?
 この、年下の偉人が増えていく喪失感って?
   


Posted by 小暮 淳 at 11:43Comments(2)つれづれ

2019年09月02日

表紙画展、盛況終了!


 拙著 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) の出版1周年を記念して、戸田書店高崎店にて開催していた 「民話と伝説の舞台 栗原俊文表紙画展」 が、先日8月31日の最終日を迎え、おかげさまで無事、盛況のうちに終了いたしました。
 1ヶ月半という長期開催にもかかわらず、たくさんの方々に来場していただき、多くの感想をいただきました。

 店内の特設スペースでは、ただ表紙絵の原画を展示するだけではなく、出版の打ち合わせの段階からラフ画制作、候補画の選出にいたるまで、作者の栗原氏が時系列に本ができあがるまでの過程を説明しました。
 来場者からは、
 <一冊の本の装丁ができる様子が良くわかりました。>
 <工夫された展示でした。>
 <こういう展示は楽しいですね。>
 等々のコメントが寄せられました。

 また会期中は、展示に合わせて著書の販売も行われましたが、書店様のご厚意により “10面平積み” という異例のディスプレーをしていただきました。
 これにより本の売れ行きもケタ違いに伸びました。
 書店一店舗での一作品の短期売り上げとしては、記録になりそうな数字です。

 店長さんはじめ店員の皆さん、大変お世話になりました。
 ありがとうございました。


 ということで、大盛況だったことに味をしめた出版スタッフは、引き続き、表紙画展の巡回展を行うことにしました。
 あなたの町の本屋さんへ、魑魅魍魎の妖怪たちが遊びに行きますよ!

 楽しみに、待っていてくださいね。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:48Comments(0)著書関連