温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2020年12月31日

終わり良ければゲゲゲのゲ


 ひな祭り、花見、入学式、ゴールデンウイーク、海水浴、お盆、花火大会、秋祭り、運動会、クリスマス……
 みーんな、なかった今年。

 コロナで始まり、コロナで終わり、コロナに振り回されっぱなしの2020年でしたが、その中でも得たものは多々あったと思います。
 それは 「生活」 することと 「人生」 を豊かにすることの相違点でした。
 衣食住の最低限の生活を確保することはできましたが、人生を豊かにする不要不急の娯楽が、いかに大切だったかということです。


 まるで戦時中のように、誰もが日常という防空壕の中で、ジッと息をひそめて、「いつかはきっと」 と希望を抱きながら暮らしていた一年だったように思います。
 でも、そんな戦禍においても、人は学び、知恵を付け、新しい生活と人生を探し当てます。

 来年は、きっと、コロナ前にはなかった素晴らしい世の中が訪れることでしょう。
 また、そう願っています。


 今年も一年間、ブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。
 読者のみなさんには、ただただ感謝しかありません。
 そして、みなさんに訪れる新しい年が、希望に満ちあふれた光輝く年でありますように、心より祈願して、今年を締めくくりたいと思います。

 では、今年も最後に、故・水木しげる先生の 『幸福の七か条』 (幸せになるための知恵) を、ご一緒に唱和しましょう!


 <第一条>
 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
 <第二条>
 しないではいられないことをし続けなさい。
 <第三条>
 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。
 <第四条>
 好きの力を信じる。
 <第五条>
 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
 <第六条>
 怠け者になりなさい。
 <第七条>
 目には見えない世界を信じる。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:01Comments(3)つれづれ

2020年12月30日

世界の国から 「あけましておめでとう!」


 「犬も歩けば棒に当たる」
 とは、そもそも、犬も無駄に出歩くと、人に棒で殴られるかもしれないというところから、ジッとしていればいいものを、なまじっか動くから災難に遭うのだという意味ですが、最近は反対の意味に用いられることが多いようです。
 ジッとしていないで、何かリアクションを起こせば、幸せにぶつかることもあると……。

 西洋では、「飛んでいる鳥は、いつも何かを手に入れる」 とか 「足でかき回す雌鳥は何かを手に入れるが、うずくまる雌鳥は何にも手に入れぬ」 などというそうです。


 このコロナ禍の年末です。
 年内の仕事はすべて終わり、時間だけがあるのに、やれ自粛だ! 3密は避けろ! 不要不急の外出はするな! と言われると、ついつい行動にブレーキがかかってしまいます。
 でも、本来の僕は、出不精の真逆の人間です。
 「マグロの回遊」 とまで揶揄されるくらい、いつも動いてないといられない性分です。

 「ああ、行きたいところが山ほどあるのに……」
 と家の中で、悶々としていました。
 「あれ、もしかして、年内は今日までじゃなかったっけ?」
 とネットで検索してみると、ドンピシャ!
 「こりゃ、行かなきゃならん!」
 と脱兎のごとく、家を飛び出したのであります。


 野村たかあき 絵本原画展
 『せかいのくにで おめでとう!』


 野村さんは、前橋市在住の木彫家・版画家であります。
 また絵本作家としても有名な方で、過去には 『ばあちゃんのえんがわ』 で第5回講談社絵本新人賞を、『おじいちゃんのまち』 で第13回絵本にっぽん賞を受賞されています。

 出会いから、かれこれ30年以上もお付き合いのある、いわば “人生の師” である野村さんの原画展を、まだ観ていないなんて、正月に年賀あいさつでお会いしたときに、申し訳が立ちません。
 暮れも暮れ、こんなに押し詰まってしまったら、間違いなく本人は会場に詰めているわけはありませんが、とりあえず、「行った」 という事実を作るため、はせ参じたのであります。


 ところが、奇跡は起こりました。
 「あれ、ジュンちゃん!」
 「あれ、野村さん! 居たんですか!?」
 「いつもは居ないよ。急に新聞社から取材を受けることになって、今、来たところなんだよ」

 まさに、記者から取材を受けている最中でした。


 あけましておめでとう (日本)
 ア ハッピー ニュー イヤー (英国)
 ボナネー (フランス)
 フェリス アニョ ヌエボ (スペイン)
 シン ニェン ハオ (中国)

 新作絵本の 『せかいのくにで おめでとう!』(講談社) には、世界14カ国の子どもたちのお正月の過ごし方が描かれています。
 日本の初詣からはじまり、凍える海に飛び込む国、熊の毛皮をかぶった祭りをする国、ブドウをたくさん食べる国などなど、国によって新年の迎え方は様々です。
 それでも共通していることは、「新しい年を新たな気持ちで明るく元気に迎えたい」 という願いです。


 「ジュンちゃん、待たせて悪かったね。紹介するよ、こちら○○新聞の××さん」
 そう言うと、僕と記者を引き合わせてくれました。
 「ほら、さっき話した温泉ライターの小暮さんだよ」

 その後、記者とは話が盛り上がり、温泉から民話の話になり、ひいては紙芝居の話となり、来年1月に初口演する自作の 『いせさき宮子の浦島太郎』 の取材をしてくださることになりました。
 まさに、犬も歩けば棒に当たりました。
 飛ぶ鳥は、何かを手に入れるのであります。

 もしかしたら不要不急の中にこそ、幸せのヒントが転がっているのかもしれませんね。



      『せかいのくにで おめでとう!』
       野村たかあき 絵本原画展

 ●会期  2021年1月24日(日)まで
 ●会場  フリッツアートセンター ギャラリー (前橋市敷島町)
 ●入場  無料
 ●休館  火曜日、年末年始(12/29~1/1)
 ●問合  TEL.027-235-8989 (フリッツアートセンター)
   


Posted by 小暮 淳 at 12:31Comments(2)ライブ・イベント

2020年12月29日

納詣のすすめ⑥ コロナ禍だからこそ


 今年も納詣 (のうもうで) を済ませました。

 「納詣」 とは?
 これは僕の造語なのですが、かれこれ20年近く続けています。

 新年に神社仏閣へ参拝するのが 「初詣」 です。
 でも 「納詣」 は年内に行います。
 「初詣」 は神様に願い事をしますが、「納詣」 は神様に一年間の成果を報告します。
 ※(詳しくは当ブログの2010年10月27日「納詣のすすめ」参照)


 なんでも今年はコロナの影響で、「幸先詣(さいさきもうで)」 というのが、ひそかにブームなんですってね。
 神社側も、密を避けて、年内に早めに初詣を済ませてもらう “分散参拝” をすすめています。
 「幸先よく、新年を迎えよう!」
 ていうことのようです。

 でも僕が長年行っている 「納詣」 は、この 「幸先詣」 とは、主旨がまったく異なります。
 願をかける初詣の前倒し行事ではありません。
 一年間の自分を自分なりに評価し、その成果を報告する儀式なのであります。

 言い方を変えれば、初詣は、無責任な願い事の言いっぱなし状態。
 願い事だけをして、その結果報告もせず、翌年も願い事をする。
 ともすれば、一年前の願い事が叶ったかどうかすら忘れています。


 これは、いかん!
 願い事が神様任せになってる!
 ちゃんと成就させ、その過程をちゃんと報告しなければ!

 という懺悔の思いから始めたのが、この 「納詣」 であります。


 年末のこの時期は、どこの神社仏閣も閑散としています。
 まして今年は、新型コロナウイルスの感染拡大で、外出の自粛が叫ばれています。

 そんなコロナで始まり、コロナで終わろうとしている一年ですが、決して悪い事ばかりではなかったと思います。
 たぶん、今年の初めにした願い事は半分も叶わなかった人が多いかと思います。
 それでも、報告に行きましょうよ。

 小さな成果でもいいんです。
 頑張った自分を一年の終わりに、ほめてあげましょう!


 今年も余すところ、今日を含めて3日です。
 神様は報告を待っていますよ。

 さあ、納詣に行きましょう!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:56Comments(0)つれづれ

2020年12月28日

温泉考座 (57) 「牧水と温泉宿(下)」


 <沼田町に着いたのは七時半であった。指さきなど、痛むまでに寒かった。電車から降りると直ぐ郵便局に行き、留め置になっていた郵便物を受け取った。局の事務員が顔を出して、今夜何処へ泊まるかと訊く。変に思いながら渋川で聞いて来た宿屋の名を思い出して、その旨を答えると、そうですかと小さな窓を閉めた。宿屋の名は鳴滝と云った。>
 (『みなかみ紀行』より)


 大正11(1922)年10月21日。
 歌人の若山牧水は、四万温泉の宿を出て、中之条から電車に乗り、午後、渋川に着きます。
 駅前の小料理屋で食事をとった後、ふたたび電車に乗り、沼田まで足を延ばします。
 その晩に沼田で泊まった宿が、「鳴滝(なるたき)」 でした。

 「鳴滝」 は沼田城下の庄屋屋敷で、大正時代に旅館となりました。
 昭和初期に廃業しましたが、その後、元水上町長の高橋三郎氏が建物を購入して、水上温泉郷の一つ、うのせ温泉(みなかみ町) に移築し、「旅館 鳴滝」 として営業を再開しました。

 昭和40年代には一時、農協の研修施設として使用されたこともありましたが、同57年に現在のオーナーが買収して、ふたたび旅館として営業を再開。
 少しずつ増改築を施しながら、平成14(2002)年に、現在の 「旅館みやま」 がリニューアルオープンしました。

 外観はすっかり変わってしまいましたが、それでも本館のそこかしこに当時の面影が残されています。
 黒光りした太い梁や大黒柱、時を刻んだ調度品が、歴史の証人のように昔と変わらぬ姿でたたずんでいます。
 これらの資材を当時、沼田から馬で運んで来たというのですから、その桁外れの財力と労力に、ただただ感心させられます。


 高台に建つ露天風呂からは、かつて 「鳴滝」 があった沼田方面が見渡せます。
 もし牧水が生きていて、あのときの沼田で泊まった旅館が、今は温泉宿になっていることを知ったなら……。

 温泉好きの牧水のことです。
 さぞかし大喜びで、訪ねて来たことでしょう。


 <2014年7月9日付>
   


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)温泉考座

2020年12月27日

100%手作り


 料理ができる人を僕は、無条件で尊敬いたします。

 チキンの薄切りソテー
 ジャガイモとシーチキンの大葉あえ
 人参の洋風なます


 「理事長は、しばらく一人で呑(や)っててください」
 そう言うと、エプロン姿の副理事長はキッチンへ戻ってしまいました。

 ここはNPO法人 「湯治之邑(くに)」 の事務所兼会議室。
 一昨日、今年最後の定例役員会議が行われました。
 コロナの影響で今年は一年間、活動は停止していましたが、「一年の最後くらい、景気よくやりましょうよ!」 ということになり、納会を兼ねて夕方から役員が集まることになりました。


 電車の都合で、30分も早く事務所に着いてしまった僕。
 料理ができない僕は、手伝うこともできず、仕方なく持参した日本酒に手を付けて待つことになりました。
 なのに、副理事長ときたら、すでに3品もの突き出しを用意してくださっていたのです。

 30分後、もう一人の役員が到着。
 「では、始めますか」
 と僕が形だけのあいさつをする頃には、テーブルの上には、さらに品が並んでいました。

 もつ煮
 大根皮の酢の物
 フライド大根のコンソメ風味
 生姜の佃煮


 それらすべてが手作りです。
 そして彼の信条は、“食材を残さない” こと。
 野菜なら葉や皮までも、余すことなく使います。

 自分で料理ができるって、楽しいんだろうな。
 食べた人に 「美味しい」 なんて言われた、うれしいんだろうな。
 日頃、料理と言えば、カップ麺にお湯を注ぐか、レトルトカレーを温めるくらいしかしていない僕には、まるでイリュージョンを見ているようです。


 「メンマも作れるようになりましたよ」
 の一言に、僕も他の役員も絶句!

 実は、定例役員会議は、いつも昼をはさんで、食事をしながら行っています。
 もちろん、メニューは副理事長にお任せです。
 そのメニューの1つに、ラーメンがあります。

 でも、ただのラーメンではありません。
 スープは、ガラから出汁を取った自家製。
 麺も、自分で粉から作った手打ち麺。
 チャーシューだって、一晩かけて煮込んだ手作りです。


 「メンマだけが市販だったんだよな」
 と、彼のあくなき追求心は、とどまることを知りません。

 「では次回、新年第1回目の会議は、ラーメンをお願いいたします」
 「望むところですね。100%手作りのラーメンを披露いたします」

 無責任なことを言ってしまった僕は、次回も、ただ “食べる人” なのであります。


 それにしても料理ができる人は、実にうらやましい!
 きっと料理をしない人とは、人生の幅と厚みが違うことでしょうね!(嫉妬)
   


Posted by 小暮 淳 at 12:30Comments(2)湯治乃邑

2020年12月26日

歌は世につれ昭和は遠くなりにけり


 ♪ 北の酒場通りには 長い髪の女が似合う ♪


 筒美京平さんという偉大な作曲家を失ったばかりなのに、この年の瀬になり、続けざまに昭和を彩った巨星たちが、旅立ってしまいました。
 作詞作曲家の中村泰士さん、享年81歳。
 作詞家で作家のなかにし礼さん、享年82歳。


 中村泰士さんといえば、僕らの世代は 『スター誕生』 の審査員だった姿を思い浮かべます。
 合格ラインに届かなかった中森明菜さんに、たった一人満点を付けたというエピソードは有名です。
 「彼女は絶対にスターになる」 という先見の明があった人でした。

 代表作には、ちあきなおみ 「喝采」 や 桜田淳子 「わたしの青い鳥」、細川たかし 「心のこり」、五木ひろし 「そして…めぐり逢い」 など、どの曲も耳に残っている昭和の名曲ぞろいです。


 なかにし礼さんといえば、北原ミレイ 「石狩挽歌」 や黒沢年男 「時には娼婦のように」 など、独特の世界観でエロスを描いた作詞家です。
 個人的には、松本隆さんと並ぶ大好きな昭和の作詞家であります。

 また後年は、作家としての才能が開き、平成12(2000)年には、「長崎ぶらぶら節」 で直木賞を受賞しています。
 これまた個人的ではありますが、僕は、それ以前に書かれた自伝的な 「兄弟」 という小説が好きでした。
 読むと分かるのですが、過酷な海に生きる男たちの描写は、そのまま 「石狩挽歌」 の歌詞を彷彿させます。

 その世界観は唯一無二で、なかにしさんしか描けない魅力に満ちています。


 そんな同時代を綺羅星のごとく駆け抜けた2人が手がけた名曲に、「北酒場」 があります。
 作詞/なかにし礼、作曲/中村泰士、歌/細川たかし

 コロナ禍で自粛が叫ばれている今年の年末年始ですが、きっと、どこかの街のスナックや居酒屋で、人知れずマイクを握り、自慢の喉を披露している “昭和大好きオヤジ” がいることでしょうね。


 歌は世につれ、世は歌につれ。
 そして、また2つ、昭和が遠くなったと感じた訃報でした。

 ♪ 北の酒場通りには 女を酔わせる恋がある ♪
  


Posted by 小暮 淳 at 12:21Comments(0)つれづれ

2020年12月25日

群馬県民限定! 如月キャンペーン


 今日は、中之条町観光大使からのお知らせです。

 ただいま中之条町では、群馬県民を対象に、1人1泊あたり宿泊費用が総額6,000円分お得になる 「旅なかのじょう 如月キャンペーン」 の予約を受け付け中!

 中之条町には、四万温泉や沢渡温泉、尻焼温泉など9つの温泉郷があります。
 これらの温泉地の登録宿泊施設に、お好きな方法で予約をして宿泊すると 宿泊当日の精算時に総額6,000円分の特典が受けられます。


 内訳は、宿泊費から4,000円分の割引 (またはキャッシュバック) のほか、町内で利用できる1,000円分の商品券と1,000分の地元農産物が付きます。
 1泊6,000円(税別)以上の宿泊が対象で、事前申請は不要。
 予約方法 (旅行会社、予約サイト、施設へ直接予約など) も問いません。
 連泊制限もありません。

 ●期間/2021年2月1日(月)~2月28日(日) 宿泊分(予定)
 ●対象/中之条町内の登録宿泊施設に宿泊した群馬県民
       ※先着20,000人
 ●問合/旅なかのじょう 如月キャンペーン事務局
       TEL.0279-75-8814
       https://nakanojo-kanko.jp/kisaragi-cp/
   


Posted by 小暮 淳 at 11:08Comments(0)大使通信

2020年12月24日

温泉考座 (56) 「牧水と温泉宿(上)」


 <湯の宿温泉まで来ると私はひどく身体の疲労を感じた。数日の歩きづめとこの一、二晩の睡眠不足とのためである。其処で二人の青年に別れて、日はまだ高かったが、一人だけ其処の宿屋に泊まる事にした。>
 (『みなかみ紀行』より)


 大正11(1922)年10月23日。
 歌人の若山牧水は、法師温泉の帰り道に湯宿(ゆじゅく)温泉 (みなかみ町) に投宿しています。
 著書 『みなかみ紀行』(大正13年) に屋号は記されていませんが、このときの宿屋が明治元(1868)年創業の老舗旅館 「ゆじゅく金田屋」 でした。

 「時代でいえば2代目と3代目の頃です。私の曽祖父と祖父が、もてなしたと聞いています。牧水さんが泊まられた部屋は、こちらです」
 そう言って5代目主人の岡田洋一さんが、現在は本館から一続きになっている土蔵へ案内してくれました。

 上がり框(かまち)の暖簾(のれん)をくぐり、ひんやりとした空気と重厚な白壁に囲まれた急な階段を上がると、床の間の横に座卓が置かれた蔵座敷 「牧水の間」 が残されています。


 <一人になると、一層疲労が出て来た。で、一浴後直ちに床を延べて寝てしまった。一時間も眠ったと思う頃、女中が来てあなたは若山という人ではないかと訊く。不思議に思いながらそうだと答えると一枚の名刺を出してこういう人が逢いたいと下に来ているという。>


 当時は、まだ宿に内湯のない時代です。
 当然、牧水は外湯 (共同湯) へ湯を浴(あ)みに行ったことでしょう。
 その後、旅の疲れから早々に床に就きますが、すぐに来客があり起こされます。
 宿には、こんなエピソードが残っています。

 「その晩は、釣り名人と言われた祖父が釣ったアユの甘みそ焼きに舌鼓を打ったと聞いています。牧水さんはアユがお好きなようで、ペロリと2匹を平らげたそうです」
 と、主人が焼きたてのアユを出してくれました。

 この料理は 「牧水焼き」 と名付けられ、宿の名物になっています。
 香ばしいみそのにおいが食欲をそそる一品です。
 さぞかし歌人も、酒がすすんだことでしょう。


 <2014年7月2日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:28Comments(0)温泉考座

2020年12月23日

レバニラは青春の味なのだ!


 ♪ 東京ララバイ 地下があるビルがある
   星に手が届くけど
   東京ララバイ ふれ合う愛がない
   だから朝まで ないものねだりの子守歌 ♪
               <by 中原理恵>


 「レバニラ炒め」 なのか 「ニラレバ炒め」 なのか?
 時々、交わされる論争です。

 中国語では 「韮菜炒牛肝(猪肝)」 と表記するので、 「ニラレバ炒め」 が正しいようです。
 あくまでも主役はレバーなので、ニラ入りのレバー炒めなのです。

 では、いつから 「レバニラ」 という言葉が使われるようになったのでしょうか?

 一説には、昭和46(1971)年に放送されたテレビアニメ 『天才バカボン』 の中で、バカボンのパパが 「ごちそうはレバニラなのだ!」 と言い間違えたのが最初だったとか……。
 以後、「レバニラ」 という言葉のほうが一般的になったといいます。


 なんで、いきなりレバニラの話をしたのかというと、先日、1本のメールが届きました。
 ご存じ、酒処 「H」 のママからです。

 <今度、来るときは11時までにメールをちょうだい>
 という内容でした。

 なんで11時までに?
 しかも僕は、いつも店に行くときに、前もって連絡なんて入れません。
 その日の気分で、夕方になって、のこのこと出かけて行くのです。

 でも、昨日に限り、別件のメールのやり取りがあり、行くことを告げてしまいました。


 さて、いつもの 「H」 と何が違うのか?

 それは、生ビールを2杯ほど飲み干した頃でした。
 「はい、お待たせ!」
 とカウンターに出された料理は、見まがうことなき、「レバニラ炒め」 であります。

 レバーとニラとモヤシの量のバランスも良く、シャキシャキした歯ごたえとレバーのしっとりとした食感。
 「これだよ! この味!」


 実は以前、ママと青春時代の思い出の味について話をしたことがありました。
 その時、僕がキョーレツに懐かしくて、もう何年も食べていない料理として 「レバニラ」 を挙げたのです。

 その昔、20歳の頃。
 東京・中野区に暮らしていましたが、近くに同郷の友人も下宿していました。
 暇な2人は、互いのアパートを行き来していたので、よく夕飯を一緒に食べました。
 そのとき、行きつけの食堂で食べていたのが、モヤシがたっぷり入ったレバニラ炒めでした。

 そして当時、大ヒットしていたのが中原理恵さんの 『東京ららばい』 でした。
 だから、この歌を聴くとレバニラを思い出し、レバニラを食べると思わず、この歌を口ずさんでしまいます。


 「どう、こんなもんで良かったかしら?」
 そのママの言葉に、涙腺がゆるまずにはいられませんでした。

 僕は返事の代わりに、歌い出しました。

 ♪ 東京ララバ~イ ♪


 <11時まで> とは、食材の買い出しの都合だったのですね。
 “ないものねだり” は、してみるものです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:58Comments(0)酔眼日記

2020年12月22日

匿名の牙


 天網恢恢疎にして漏らさず

 「こうでなくっちゃ、いけない」
 思わず、心の中で叫びました。


 今年5月、プロレスラーの女性がSNSで誹謗中傷された後に死去した問題で、警視庁捜査1課はツイッターで中傷する投稿を繰り返したとして、侮辱容疑で、大阪府の20代の男性を書類送検することにしました。

 侮辱容疑?
 ちょっと軽くないですか?

 僕同様に、そう思った人も多いはずです。
 脅迫罪、もしくは名誉毀損罪なのでは?

 もちろん捜査1課も名誉棄損容疑を視野に捜査を始めたらしいのですが、「死ね」 「消えろ」 などの抽象的な暴言では同容疑を成立させることはできなかったようです。
 そこで刑の軽い侮辱容疑に切り替え、悪質な投稿を繰り返した男性1人について立件したとのことです。


 プロレスラーの女性の死後、中傷した投稿やアカウントそのものが相次いでSNSから削除されていました。
 そこで捜査1課は、一定期間のページを復元できるソフトを使って投稿内容を確認し、中傷が疑われる約600アカウントの約1200件の投稿を抽出。
 この中から過激な内容を複数回書き込んでいた男性について、特に悪質として刑事責任を問う必要があると判断しました。

 まさに、「天網恢恢(てんもうかいかい)疎(そ)にして漏(も)らさず」 であります。


 子どもの頃、オフクロに良く言われた 「人が見てないところで悪さをしても、お天道様が見ているんだからね」 という言葉通りの結末になりました。

 “匿名の牙” は、いずれ、へし折られるのです。


 改めて、木村花さんのご冥福をお祈りいたします。合掌
  


Posted by 小暮 淳 at 11:04Comments(0)つれづれ

2020年12月21日

見慣れた歩道橋


 遅ればせながら、沼田まほかる原作の映画 『ユリゴコロ』 を観ました。

 まほかるさんは好きな作家の一人で、以前から小説は読んでいました。
 たまたまYouTubeで、映画 『彼女がその名を知らない鳥たち』 を見つけて観たのがきっかけで、『ユリゴコロ』 にたどり着いたのです。


 まほかるさんの作品は、ミステリーでも、ちょっとオカルトぽかったり、サイコパスなところもあり、好き嫌いが分かれる作家さんですが、僕は第5回ホラーサスペンス大賞を受賞した 『九月が永遠に続けば』 以来のファンです。
 (個人的なオススメは、ペットの死を描いた 『猫鳴り』。ただただ泣けます!)

 ということで、原作と比較しつつ 『ユリゴコロ』 を観ていました。
 主演はレストランオーナーを演じる松坂桃李さんですが、彼の母親役として回想シーンの中で吉高由里子さんと恋人の松山ケンイチさんが出演してます。

 何度か、吉高さんと松山さんが歩道橋の上で会話するシーンが映し出されます。

 「あれ、なんか見たことある風景だな~」
 なんて思いながら、目を凝らして観ると、
 「やっぱり、そうだ!」

 歩道橋の道路標識には、こう書かれていました。
 <右→大間々、大胡>
 <左→赤城山、富士見>

 いつも酔眼で眺めている歩道橋だったのです!
 このブログにも、ときどき登場する、ご存じ、酒処 「H」 から目と鼻の先の県道に架かる歩道橋です。


 映画が撮影されたのは2016~17年です。
 夜のシーンもありました。
 ということは、僕が 「H」 で、ほろほろと酔っていた時に、吉高由里子さんが、あの歩道橋に立っていたのかも知れないということではありませんか!

 実は僕、吉高さんのファンなんです。
 映画 『蛇にピアス』 を観て、その体当たり演技に、度肝を抜かれてしまいました。


 いや~、映画って、いいですね。
 まして身近な場所が舞台だったりすると、ますます感情移入してしまいます。

 吉高さん、ぜひ、今度は 「H」 をロケ場所にした映画に出演してください。
 もちろん、脚本と監督は僕です!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:44Comments(0)つれづれ

2020年12月20日

温泉考座 (55) 「温泉は生きている」


 私は 「一軒宿」 と呼ばれる小さな温泉地に魅せられ、群馬県内の取材を続けてきました。
 そこには大きな温泉地のように、歓楽施設やみやげ物屋はありません。
 山の中や渓谷のほとりに、一軒の宿がポツンとたたずんでいます。

 一軒宿のほとんどは、自家源泉を保有しています。
 そして何十年、何百年と湧き続ける源泉を守り継いでいる 「湯守(ゆもり)」 がいます。
 たった一軒で湯と歴史と温泉名を守っている姿に、私は本来の温泉地の有り様を見いだしています。

 しかし 「一軒宿」 ならではの問題も抱えています。
 何軒も宿のある温泉地ならば、一軒が廃業しても温泉地自体が無くなることはありません。
 ところが一軒宿の温泉地は、その宿が廃業してしまうと、温泉地までもが地図から消えてしまうことになります。
 一軒宿の温泉地は、絶滅の危機に瀕しているといえます。


 私は2009年に 『ぐんまの源泉一軒宿』(上毛新聞社) という本を出版しました。
 取材し、掲載した宿は50軒。
 数軒に取材を断られたものの、県内の一軒宿をほぼ網羅しています。

 その5年後のこと。
 たかが5年の間に、4軒の宿が廃業していることに気づきました。
 経営不振、後継者不在など理由は様々ですが、年々、一軒宿の温泉地が減っているのは確かです。


 明治25(1892)年に発行された群馬の温泉分析書 「上野鉱泉誌」 には、74ヶ所の温泉地が掲載されています。
 この中で現存する温泉地は、わずか30ヶ所。
 120年の間に40ヶ所以上の温泉地が消えたことになります。

 当時は、まだ現代のように地中深く機械で掘削して温泉をくみ上げる技術のなかった時代です。
 となれば消えた温泉は、すべて自噴泉だったことになります。


 2014年4月、私は再度、県内の一軒宿を取材して 『新ぐんまの源泉一軒宿』(同) を出版しました。
 消えた温泉がある一方で、後継者が現れて営業を再開した宿もありました。
 また掘削技術の進歩により、新たに誕生した温泉宿もあります。

 消える温泉、生まれる温泉。
 そして、ふたたび息を吹き返す温泉。

 「温泉は生きている」 と、つくづく感じます。


 <2014年6月25日付>
    


Posted by 小暮 淳 at 12:08Comments(0)温泉考座

2020年12月19日

「温泉暖議(サミット)」 閉幕!


 昨日今日と2日間にわたり、相間川温泉 (高崎市) の一軒宿 「ふれあい館」 で開催された 「温泉暖議(サミット)」 が、無事に閉幕いたしました。
 僕は講師に招かれ、講演後のサミット (意見交換会) と懇親会にも参加してきました。

 県外からの参加者も数名いて、女性の方が多かったのが印象に残りました。
 そして何より、みなさん、温泉が大好き!

 募集チラシにも <温泉好き集まれ~!> <温泉を熱く語ろう> なんて書かれてましたからね。
 いつもの講演や講座とは、ちょっと参加者の顔ぶれが違います。
 「温泉ソムリエ」 の肩書を待つ人たちが、圧倒的に多かったですね。
 また年齢層も幅広く、下は大学生から上はリタイヤ組まで、まさに老若男女が集まりました。


 では今回、なぜ、相間川温泉でサミットが開催されたのでしょうか?

 主催者であり、当日は司会進行を務めた 「ふれあい館」 の副支配人、秋山博さんによれば 「何年も前から構想はあった」 といいます。
 そして今年の1月に決定、4月には開催を予定していたのですが、このコロナ禍により延期になってしまったのだといいます。。

 たぶん、大きな温泉地の大きな旅館やホテルだったら、そのまま年内は中止になったことでしょうね。
 でも、そこは小回りが利く、一軒宿です。
 情熱は冷めやらず、11月になって突然、僕に講師の依頼がありました。

 「もし、断られたら、どうしようと、緊張しながら電話を差し上げたんですよ。でも快く受けていただいて、本当にありがとうございました」
 と、その熱意が、ひしひしと伝わってきました。

 「小暮さんは大きな温泉地の大使をいくつもしておられます。なのに、なぜ、相間川なのか? と思われるかもしれませんが、私どもの温泉は歴史も浅く、マイナーな小さな温泉ですが、温泉の質なら名だたる全国の有名温泉と比べても、決して引けを取りません。ぜひ、お力を貸してください」

 もう、その言葉に、男心がくすぐられたわけです。


 そして迎えた昨日、午後3時からサミットは、高らかに開催されました。
 嬉しいことに、地元の新聞社も取材に駆け付けてくださいました。

 講演会約1時間、サミット約1時間半、懇親会約2時間。
 さらに日付が変わり、今日の午前中にも約1時間の 「サミットまとめ」 と称し、引き続き熱い温泉談議を交わしてきました。


 いや~、温泉って、いいですね!
 歴史があり、文化があります。
 湯には色があり、においがあり、味があります。
 そして、人それぞれに好きな温泉があり、それぞれのこだわりがあります。

 熱く熱く語り明かした2日間。
 参加者の皆さん、大変お疲れさまでした。

 楽しかったですね!
 また、お会いしましょう。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:34Comments(0)講演・セミナー

2020年12月17日

ファイト! ~私の敵は私です~


 ♪ ファイト!  闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう
   ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ ♪
                      <by 中島みゆき> 


 今年も世相を一字で表す 「今年の漢字」 が発表されました。
 「密」 だそうです。
 まあ、今年はコロナ一色でしたからね。
 2位以下5位までは、「禍」 「病」 「新」 「変」 と新型コロナウイルス関連でした。

 で、僕も、この場をお借りして、恒例であります今年を表す自分の漢字一字を発表したいと思います。

 「闘」 であります!


 ちなみに過去5年間の漢字は、昨年が 「別」、一昨年が 「話」、以下 「活」 「奔」 「労」 だったと記憶しています。
 労多く、奔走しながら、活動を広げ、講話の場を得て来たが、昨年は両親と愛犬との別離の年だったという流れです。

 で、今年が 「闘」。

 何と闘っていたのかといえば、もちろんコロナです。
 でも、正確に言えばコロナ禍により思い知らされた自分の人生の是非だったようです。

 ご存じ、僕の職業はライターです。
 それも組織には所属しないフリーランスです。
 そんなヤクザな根無し草の人生を、かれこれ30年近くも続けています。

 吹けば飛ぶような、ふざけた人生ですが、本人はいたって大真面目で生きてきました。
 とは言っても、世間様に対して、常に負い目はありました。
 「ふつうに生きられない」 という負い目です。

 “ふつう” とは、有り体に言えば、“勤め人ができない” という体質です。
 人を使うことも、使われることもできない “わがまま体質” なのです。
 それゆえの苦労もありますが、勤め人の苦労に比べれば、屁のようなものです。

 だって、最後は自分一人だけ責任をとれば良いのですから。
 (家族は被害者ですけど)


 それで、まあ、なんとか還暦過ぎまで生きてきたわけです。
 「年も年だし、そろそろ自分の人生の集大成にでも取りかかるとするか……」
 なんて悠長に構えていた矢先のコロナです。

 「コロナ禍」 というリトマス試験紙は、世の中を真っ二つに分けてくれました。
 必要と不必要です。
 なかでも不要不急のものは、真っ先に排除されました。

 それでも旅行や外食のように目立つ職種には国も手を差し伸べてくれますが、目に見えない不要不急は、まだまだたくさんあります。
 芸術、音楽、演劇など、僕のまわりにいるアーティストたちは、完全に表現の場を失われてしまいました。


 かくいう僕も、表現者の端くれです。
 文学ならいざしらず、ただの “使い捨てライター” ですからね。
 やはり、不要不急の風に吹かれれば、紙切れのごとく飛ばされてしまいます。

 売れないライター業を支えていた講師業だって、半年間は、まったく仕事がありませんでした。
 コロナが少し収まった夏を過ぎた頃から、やっと戻って来ましたが、年末に来て、この第3波です。
 来年の見通しは、皆無であります。

 若い頃なら 「なにクソ!」 と、握ったこぶしを振り上げたのでしょうが、そうもいきません。
 ついつい、弱気になってしまいます。


 ということで、改めて、自分のやってきた仕事は正しかったのか? 間違ってはなかったのか? と自問自答を繰り返し、葛藤し続けた一年でした。


 ♪ 私の敵は私です ♪

 中島みゆきの歌詞が、やけに沁みる年の瀬です。

 ファイト!
   


Posted by 小暮 淳 at 16:25Comments(2)つれづれ

2020年12月16日

温泉考座 (54) 「名は半出来、湯は上出来」


 全国には約3,000もの温泉地があります。
 秋田県の乳頭(にゅうとう)温泉や強首(こわくび)温泉、長野県の白骨(しらほね)温泉、岐阜県の下呂(げろ)温泉など、ユニークな名前の温泉は数ありますが、群馬県の半出来(はんでき)温泉 (嬬恋村) も、珍名温泉の上位にランキングされることでしょう。

 JR吾妻線の無人駅、袋倉駅のホームに降り立つと、正面に <半出来温泉 徒歩8分> の看板があります。
 坂道を下り、高架橋をくぐり抜けると、また小さな看板が立っています。
 矢印と <足元にお気をつけください> の文字。
 雑木林の中を吾妻川の河岸へと下りて行きます。
 最後に、ゆら~り、ゆら~りと揺れる細くて長い吊り橋を渡れば、そこが半出来温泉の一軒宿 「登喜和荘」 です。


 開湯は昭和48(1973)年。
 地熱が高く、冬でも雪解けの早い場所があり、養鶏業を営んでいた先代が掘削したところ、温泉が湧き出したといいます。

 「半出来」 とは、源泉が湧く土地の小字名。
 由来には、作物が半分しか収穫できない荒れた土地だからという説がありますが、2代目主人の深井克輝さんは異を唱えます。

 「“半” の字は 『ナカラ』 とも読みます。群馬の方言にも、“なかなか” とか “かなり” という意味を表す 『ナカラ』 という言葉があります。私は、かなり出来の良い土地のことだと解釈しています」


 その出来の良い土地に湧いた湯は、地元の人たちに神経痛や腰痛に効く温泉として愛されてきました。
 源泉の温度は約42度。
 ややぬるめですが、そのぶん長湯をすることができます。

 泉質は、ナトリウム・カルシウム-塩化物温泉。
 マグネシウムやカリウム、鉄分などのミネラルが豊富で、飲むと胃液の分泌を促す作用があることから 「胃腸の湯」 ともいわれています。
 源泉の注ぎ口にコップが置いてあり、口に含むと塩味のきいた中華スープのような味がします。

 炭酸を含んでいるため、湯の中でジッとしていると、体に小さな泡の粒が付き出します。
 昔から泡の出る温泉は、骨の髄まで温まるといわれ珍重されてきました。

 名前は半出来ですが、湯はかなり上出来な温泉です。


 <2014年6月18日付>
   


Posted by 小暮 淳 at 12:37Comments(0)温泉考座

2020年12月15日

ようこそ殺人現場へ② もう1つの墓


 読者の皆さんは、覚えていますでしょうか?
 明治時代に旧子持村 (現・渋川市) で非業の死を遂げた村医者の話を?

 俗にいう 「吉原玄宅夫妻殺害事件」 です。
 そして長年、この事件を追っていた僕は、先月、高崎市のフリーペーパーにドキュメント記事を掲載しました。
 すると、ある読者が編集室を訪ねて来て、謎めいた言葉を残して帰って行きました。

 「玄宅の墓は、高崎市にもある」
 ※(当ブログの2020年11月25日 「ようこそ殺人現場へ」 参照)


 さっそく僕は読者とコンタクトを取りました。
 そして、ヒントとなる地名と場所を聞き出しました。

 「高崎市E町にある公民館を探せ!」

 これまた、なんとも謎めいた言葉であります。
 本人も正確な情報をつかんではいないようで、それ以上の詳細は教えてくれませんでした。


 E町だけでも、いくつかの公民館があります。
 市が管轄する有人の大きな公民館から、自治会が管理する無人の公民館まで。
 住宅地図を頼りに、1つずつ訪ねるしかありません。

 これは、もう、刑事の聞き込みのような地味な作業であります。


 ところで、墓を探すのに、なぜ公民館なのでしょうか?
 寺院や墓地ではないのでしょうか?

 まさに、これが最大の謎として、立ちはだかりました。

 当然、公民館を訪ねて、医師の名を告げても 「知らぬ」 の一点張りです。
 「なぜ、公民館に墓なのか?」
 と、不思議がられる始末です。


 ところが、取材の神様とは、突然、降臨するものなのですね。
 これで最後、という小さな無人の公民館を訪ねたときです。
 敷地内を、くまなく探しても、墓石のようなものなんて、何一つありません。

 「やっぱり、タレコミはガセネタだったのか……」
 と敷地を出ようとしたときでした。
 塀の隣に、小さな墓地が見えました。

 「もしかして、ここのことだったりして」
 と、恐る恐る入っていくと……

 な、な、なんと!
 その墓地の墓石に書かれていた名字が、すべて同じだったのです。
 そうです、「吉原」 です!


 推測するに、ここは一族本家の墓所なのではないか?
 ここからたどれば、非業の死を遂げた医師の出生や生い立ち、果ては、なぜ高崎を追われたのかという最大の謎まで探し当てられるかもしれません。

 確かに、玄宅の墓は2つあったのです!


 謎学の旅は、つづく。
  


Posted by 小暮 淳 at 15:08Comments(0)謎学の旅

2020年12月14日

十人一色の風景


 見慣れた風景が、ある日突然、異様な光景に映ることってありませんか?


 今年は例年に比べると、電車に乗る機会が多い年でした。
 車内では、老若男女が 「3密」 を避けながら、思い思いの移動時間を楽しんでいます。

 今の時代を反映して、8割以上の人がスマホの画面を見入っています。
 残りの2割未満は、友人同士の会話か居眠りです。
 まれに読書をしている人もいますが、1車両に一人いるかいないかです。

 スマホを持たない僕は、もちろん2割未満組です。
 しかも新聞派という、典型的な昭和のオヤジです。


 その異様な光景に遭遇したのは先週、出張取材で電車を利用したときでした。
 時間は、通勤や通学が過ぎ去った昼近い午前中。
 コロナ禍の時世です。
 ほぼ満席でしたが、ソーシャルディスタンスを保って、ほどよく間隔を空けながら乗客は座席に座っています。
 立っている人は、僕だけでした。

 いつもと変わらぬ光景です。
 誰もが、うつむきながら一心にスマホの画面を見つめています。


 が、その光景に背筋が寒くなるような感覚を覚えました。
 見慣れた風景の中に、ある違和感を感じたからです。

 それは、車内の乗客全員が同じ姿だったのです。
 なんと、100%のスマホ閲覧率!

 老いも若きも、男も女も、もくもくと人差し指を動かしています。
 「怖!」
 これが正直な僕の感想でした。


 きっとコロナ禍が、拍車をかけているんでしょうね。
 「3密」 を避けるあまり、“お一人様時間” が増えています。

 それにしても100%とは驚きました。

 その光景は、まるでエイリアンに操られた地球人に見えます。
 「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
 そう声をかけ、マインドコントロールの呪縛を解いてあげたい気持ちにさえなりました。


 これが僕らが昭和の時代に夢見ていた未来なのでしょうか?
 手塚治虫でさえ、描けなかった世界かもしれません。

 十人一色の風景


 僕は電車のドアに背をもたれながら、異星人のように立ちつくしていました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:50Comments(0)つれづれ

2020年12月13日

温泉考座 (53) 「妊婦でも入浴OK!」


 平成26(2014)年4月、環境省の有識者委員会で、入浴時の注意事項を定めた温泉法の基準見直し案が了承されれました。
 これにより、温泉の入浴を避けるべき病気や症状を記載した 「禁忌症」 から “妊娠中” の文言が削除されました。

 昭和57(1982)年に定められた、それまでの 「禁忌症」 には、次のような症状が記載されていました。
 <急性疾患(特に熱のある場合)、活動性の結核、悪性腫瘍、重い心臓病、呼吸不全、肝不全、出血性疾患、高度の貧血、その他一般的に病勢進行中の疾患、妊娠中(特に初期と末期)>

 挙げられている項目は、妊娠中を除けば一般に風呂に入るときに注意を要する病気の症状です。
 なにも温泉に限ったことではありません。
 ではなぜ、妊娠中のみが病気でもないのに記載されていたのでしょうか?

 これが見直しの争点でした。
 「根拠が不明」 との意見があり、専門家が改めて調査したところ、「温泉浴が流産や早産を招くといった医学論文や研究はなかった」 とのことでした。
 私も以前から 「禁忌症」 の項目を見るたびに疑問に思っていました。

 全国には妊婦の入浴や赤ちゃんの産湯に温泉を利用しているクリニックがあります。
 我が家でも、妻が臨月の時に温泉へ連れて行きましたが、3人の子が自然分娩で生まれています。
 禁忌症から “妊娠中” の文言が消えることで、妊婦も安心して温泉に行けるようになれば、温泉地にとっても朗報です。

 見直しでは、「適応症」 にも新たな項目が追加されました。
 適応症とは、効能があるといわれる病状のことで、一般には神経痛や筋肉痛、関節痛、五十肩、冷え性などの慢性病の類いが記載されています。
 禁忌症同様、温泉の成分による効用というより、体を温めることによる “温浴効果” がほとんどです。

 新たに加わったのは、睡眠障害、うつ症状、自律神経不安定性などです。
 ストレスの多い現代社会を反映しています。


 <2014年6月11日付>
   


Posted by 小暮 淳 at 11:14Comments(0)温泉考座

2020年12月12日

酔いどれて二人旅 <沼田~高崎>


 <天空の城下町>
 <日本一美しい河岸段丘>

 JR上越線、沼田駅。
 久しぶりに真田の里、天狗伝説の地に降り立ちました。
 かれこれ、2年半ぶりになります。
 前回もカメラマンと2人、ここからバスに乗り換え、旧白沢村 (沼田市) の酒蔵を訪ねました。

 今回は、さらに北を目指します。
 駅前ロータリーから天狗伝説の霊峰・迦葉山(かしょうざん) 行きのバスに乗り込みました。

 バスはロータリーを出ると、いきなり標高差約70メートルの長くて急な坂道を上り始めます。
 「滝坂」 です。
 これぞ、天空の城下町といわれるゆえんです。
 利根川と片品川にはさまれた沼田市は、巨大な河岸段丘の上に発展した城下町です。
 その規模の大きさと美しさから、社会科の教科書に登場するほど。
 これに感動して、テレビで全国的に紹介したのが、タレントのタモリさんです。

 一躍、沼田市は、河岸段丘の町として有名になりました。


 バスに揺られること約30分。 
 田舎の小さな酒蔵に着きました。

 ♪ 城跡から見下ろせば 蒼く細い河
   橋のたもとに 造り酒屋のレンガ煙突 ♪

 さだまさしの 「案山子」 の歌詞を彷彿させる煙突が、出迎えてくれました。


 なんで、わざわざ電車とバスを乗り継いで、県内の酒蔵をめぐっているのかって?
 答えは、2つ。
 1つは、車で行ったら酒が呑めないから。
 もう1つは、僕が 「ぐんまの地酒大使」 だからです。

 数年前から時間を見つけては、県内の酒蔵をまわり、いずれ網羅したら本にして出版しようと企んでいます。
 だもの、車で行って、酒蔵だけ取材したのでは、ただのガイドブックになってしまいます。
 やはりエッセイとして、紀行文のスタイルで発表したいのです。

 ということで、毎回 “酔眼紀行” を楽しんでおります。


 酒蔵では、蔵元から話を聞き、しっかり試飲をさせていただきました。
 でも次のバスが来るまで30分以上もあります。
 「だったら歩きましょう!」
 と、サンドイッチマンのバス旅よろしく、1つでも多くバス停をかせぐため、駅へ向かって山道を歩きました。

 途中、コンビニがあれば、寄って、ワンカップの酒とつまみを仕入れます。
 そして次のバス停で、体を胃の中から温めながらバスを待ちます。


 現在、連載中のエッセイのタイトルは 『ぐんまの地酒 ほろ酔い街渡(ガイド)』(ちいきしんぶん) といいます。
 酒蔵を訪ねるだけではなく、道中でも酒を呑みます。
 そして、エンディングは居酒屋となります。
 それも、その日、取材した地酒を置いている居酒屋に限ります。


 沼田駅からは電車に乗り換え、高崎駅へ。
 蔵元に紹介してもらった居酒屋を目指して歩きます。

 「乾杯!」
 「一日、お疲れさまでした」

 最後の取材は、打ち上げも兼ねています。
 カウンター越しに、マスターから地酒のうんちくなどを聞きながら酔いしれて、取材は終了します。


 シリーズ9回を数える 『ほろ酔い街渡』 は、新春1月8日号の 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) にて掲載されます。
 ご期待ください。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:11Comments(2)取材百景

2020年12月11日

「ぐんま再発見講座」 延期のお知らせ


 すでにチラシおよび一部の新聞等で告知が始まっていた群馬県立図書館主催による 「第6回ぐんま再発見講座」、『群馬のとっておき温泉話』(講師/小暮淳) の開催 (2021年1月15日予定) が延期となりました。

 主催者側の発表によりますと、<新型コロナウイルス感染症に対する群馬県の警戒度が3に引き上げられたことを受け、開催は見合わせ、延期または中止の方向で様子を見る> とのことです。
 今後、年明けの状況により判断し、警戒度が下がれば改めて開催日を調整。
 3のままだと中止の場合もあるようです。


 予定では、今日 (12月11日) が参加者の予約申込開始日でした。
 楽しみにしていた方々には、誠に申し訳ありませんが、ご了承ください。

 僕も大変楽しみにしていたので、とっても残念です。
 “泣く子とコロナ” には、勝てませんものね。

 来年の発表を、お待ちください。


 最後に、すでに配布されていたチラシに掲載されている講師のコメントを紹介します。

 <群馬県が温泉県と言われるゆえんは、知名度や温泉の数だけではありません。何より、その泉質の豊富さにあります。有名温泉地から一軒宿の秘湯まで、「湯の国ぐんま」 の知られざる魅力をお話しします。>


 きっと、コロナは収束します。
 いや、絶対にします。
 その時、お会いしましょう!
  


Posted by 小暮 淳 at 11:11Comments(2)講演・セミナー