温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2021年03月31日

聖火と忠治と春雷と


 もし、新型コロナウイルスの感染拡大がなかったら……


 午後4時30分
 早々にデスクワークを切り上げ、いつもの店のいつものカウンター席に。

 当然、まだ客は僕一人だけなのですが、すでにカウンターにはズラ~リと料理が並んでいます。
 「あれ、今日は予約で、いっぱいなの?」
 「そう、急にね」
 「ここの席は大丈夫?」
 「うん、ジュンちゃんは予定に入ってるから」
 「でも、なんで急に?」
 「今日、お店の前を聖火ランナーが走るのよ」

 思えば、聖火ランナーなんて、直に見たことがありません。
 前回の東京オリンピックは、僕はまだ幼少期。
 白黒テレビの中で見た、「東洋の魔女」 と呼ばれた女子バレーボールの記憶しかありません。


 午後5時20分
 待ち人、来たり。

 昨晩、僕は某新聞社の記者から取材を受けることになっていました。
 先日、群馬テレビで放送された番組が、事の発端です。
 その番組で、僕がナビゲーターを務め、国定忠治が処刑前に呑んだ 「末期の酒」 を紹介しました。

 そしたら、この話を聞きつけた記者から、「どうしても会って、詳しい話を聞きたい」 と、わざわざ電話をいただいたのであります。
 こんな時、僕は迷わず、酒処 「H」 を指定します。


 午後6時45分
 忠治話も一段落した頃、店の外が騒がしくなってきました。

 覗いてみると、沿道には、傘を差したマスク姿の人、人、人、人、人……

 やがて、ド派手なイルミネーションに飾られたパレードカーが、大音響を奏でながらやってきました。
 どれも大企業のネーミングを掲げています。
 そして、なぜか車の中から沿道に向かって手を振る人、人、人……

 「3密を避け、大声を出さずに、拍手のみでお迎えください。まもなく、聖火ランナーがまいります」

 アナウンスの後、白いユニホームを着て、トーチをかかげた男性がやって来ました。
 「あっ、テレビで見たトーチと同じだ!」
 というのが、正直な感想です。


 なんとなく中途半端で、間の抜けた聖火パレードでした。

 もし、新型コロナウイルスの感染拡大がなく、オリンピックが予定通りに昨年、開催されていたら……
 きっと、もっともっと晴れやかな気持ちで、手を振れたのでしょうね。
 そして、思いっ切り大きな声援を送ったことでしょう。


 ゴロゴロ、ゴロゴロ……

 遠くの空が光り、雷鳴が聞えます。
 小雨となり、傘をさす人も、まばらとなりました。

 「さて、呑み直しましょう!」

 僕は、記者をうながして店に入り、再び、いつものカウンター席に腰かけました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:48Comments(2)酔眼日記

2021年03月30日

温泉考座 (77) 「残った源泉一軒宿(上)」


 このカテゴリーでは、ブログ開設10周年 (2020年2月) を記念した特別企画として、2013年4月~2015年3月まで朝日新聞群馬版に連載された 『小暮淳の温泉考座』(全84話) を不定期に紹介しています。
 (一部、加筆訂正をしています)



 たった1軒で湯を守り、温泉地名を守っている 「源泉一軒宿」。
 群馬県内には、かつて数軒の宿があり、湯治客らでにぎわっていた歴史ある温泉地も少なくありません。
 1軒、また1軒と姿を消して、取り残されてしまった温泉宿。
 もし、この1軒が廃業してしまったら……。
 また地図の中から温泉地名が一つ、消えてしまうことになります。


 旧六合(くに)村の山あいに、ひっそりたたずむ花敷温泉 (中之条町) も、そんな取り残されてしまった一軒宿です。

 <山桜 夕陽に映える花敷て 谷間にけむる湯にぞ入る>

 建久3(1192)年、源頼朝が狩りの際に温泉を発見したと伝わります。
 その時に詠んだ、この歌から 「花敷」 の名前が付いたといいます。


 大正時代には歌人の若山牧水が、草津温泉から沢渡温泉へ向かう途中に立ち寄っています。

 <ひと夜寝て わが立ち出づる山かげの いで湯の村に 雪降りにけり>

 1泊して歌を残し、暮坂峠を越えて旅立って行きました。


 頼朝や牧水が入ったという湯は、今でも白砂川と長笹沢川が合流する河畔に湧いています。
 昔から 「草津の上がり湯」 と言われ、草津温泉の酸性の強い湯でできた肌のただれを癒やすため、草津帰りの旅人たちが利用する湯治場として、にぎわっていました。
 往時は3軒あった旅館も、現在は 「花敷の湯」 ただ1軒になっています。

 創業は昭和39(1964)年。
 材木商を営んでいた先代が 「花敷温泉ホテル」 として開業しました。
 先代の死後、一時は宿を閉めていましたが、息子さんが後を継いで再開しました。
 平成10(1998)年に客室わずか5部屋の小さな秘湯の宿としてリニューアル。
 昔ながらの囲炉裏で食事をする里山料理が評判になり、遠方より多くの浴客が訪れています。

 特筆すべきは、戦後まもなく崖の上に造られた露天風呂の 「岩の湯」 です。
 かつての共同湯だったというだけあり、石垣に囲まれた湯舟は野趣にあふれ、今も湯治場の風情を残しています。
 肌にやさしい、サラリとした上品な湯が、惜しみなくかけ流されています。


 <2015年2月4日付>
   


Posted by 小暮 淳 at 11:22Comments(0)温泉考座

2021年03月29日

まだまだあるぞ! お得な応援クーポン


 昨日に続き、今日は、みなかみ温泉大使および老神温泉大使からのお知らせです。

 現在、実施中の 「愛郷ぐんまプロジェクト第2弾 泊まって!応援キャンペーン」 (2021年3月26日~5月31日) では、群馬県民を対象に昨年同様、1泊につき5,000円割引を行っていますが、今回は、さらに地域限定の特典を付けた応援クーポンを追加進呈しています。
 ということで、昨日の伊香保温泉 (渋川市) に続いて、僕が温泉大使を務める2つの温泉地で実施しているお得なクーポンを紹介します。


 まずは、18の温泉地を有する県内屈指の温泉エリア、みなかみ町では 「MINAKAMI 泊まって!応援クーポン」 を実施中です。
 「愛郷ぐんまプロジェクト」 期間中、町内の宿泊施設に宿泊された方に町内共通クーポン(プリべードカード) を1人1泊1枚(2,000円相当) 進呈しています。
 ※ただし、平日 (土日・祝日以外) の宿泊のみ対象。

 ●問合/みなかみ町役場観光商工課 TEL.0278-62-0810


 次は、老神温泉を有する沼田市の応援クーポンです。
 「愛郷ぐんまプロジェクト」 を利用して市内の宿泊施設に宿泊された方で、スマートフォンアプリ 「chica(チーカ)」 をダウンロードされた方を対象に、「沼田市電子地域通貨tengoo(てんぐー)」 3,000ポイント (3,000円分) をプレゼントしています。
 ※ただし、実施期間は4月1日~5月31日。

 ●問合/沼田市役所観光交流課 TEL.0278-23-1111 (代表)


 以上、みなかみ温泉大使&老神温泉大使からのお知らせでした。
 ご利用される場合は、拙著 『みなかみ18湯 【上】・【下】』(上毛新聞社)、『尾瀬の里湯』(同) を、ぜひ、“旅の相棒” にお連れ下さい。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:04Comments(0)大使通信

2021年03月28日

さらにお得な 「ふるさと感謝券」


 伊香保温泉大使からのお知らせです。


 いよいよ始まりました!
 昨年6月に、群馬県民を対象に実施された 「愛郷ぐんまプロジェクト 泊まって!応援キャンペーン」 の第2弾です。
 3月26日~5月31日の期間中に、群馬県内の宿泊施設に泊まった県民の宿泊費 (1人1泊6,000円以上) を5,000円割り引くというお得なキャンペーンです。

 第1弾では、延べ約32万7千人が利用し、約84億円の経済効果がありました。
 第2弾では地域経済に、より効果を及ぼそうと地元の飲食店や土産物店で使えるクーポンの発行を市町村に依頼しました。
 現在、クーポンを発行しているのは前橋市、高崎市、沼田市、渋川市、藤岡市、甘楽町、嬬恋村、草津町、片品村、みなかみ町の10市町村です。


 というこで今日は、伊香保温泉を有する渋川市の大変お得な 「しぶかわ観光応援キャンペーン」 について、ご紹介します。

 渋川市では、県の愛郷ぐんまプロジェクト 「泊まって!応援キャンペーン」 を使って市内に宿泊した県民に対して、1,000円の金券として利用できる 「渋川ふるさと感謝券」 を1泊につき1人1枚進呈します。
 対象は、県のキャンペーンを利用し、期間中に宿泊した県民です。
 感謝券は、1施設につき1人3泊分が上限。
 チェックインの際にフロントで受け取り、チェックアウトの当日が利用期限となります。
 現在、ホテルや飲食店など市内の88施設で利用できますが、今後、増やしていくそうです。

 ●問合/渋川市産業観光部 観光課 観光振興係 TEL.0279-22-2873


 ぜひ、この機会に、知っているつもりでも実は知られていない伊香保温泉の魅力を探しに、出かけてみてください。
 もちろん、その時の “旅の相棒” には、拙著 『金銀名湯 伊香保温泉』(上毛新聞社) を、お忘れなく!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:36Comments(0)大使通信

2021年03月27日

温泉考座 (76) 「湯治場の再生に向けて」


 きっかけは前橋市内のホテルで開催された拙著の出版記念祝賀会でした。
 基調講演で私は、『これでいいのか! おんせん県群馬』 という演題で話をさせていただきました。

 群馬県内には約100の温泉地があり、そのうち半分以上が、たった1軒で源泉と温泉地を守っている 「源泉一軒宿」 であること。
 そして日帰り温泉施設の普及や温泉地の観光地化で、営利競争の中で取り残された一軒宿が、経営不振や後継者不在などの理由から廃業し、年々姿を消している現状を報告しました。


 後日、聴講された事業再生コンサルタントの男性から電話がありました。
 「一緒に消えゆく温泉地を守りませんか?」 と。
 お会いして、観光地化された温泉施設と一線を画し、けがや病気を癒やす本来の湯治場としての温泉宿を再生させようと意気投合しました。
 各方面に呼びかけたところ、介護施設経営者やNPO法人運営者、障害者支援施設運営者ら12人が賛同してくださり、このたびNPO法人 「湯治乃邑(くに)」 を設立しました。

 これまでの温泉宿は、安全面などへの配慮から大人数の介護・障害者の利用を断ることがありました。
 過去には温泉宿をリハビリ施設として再利用する動きもありましたが、法規制が壁となり、なかなか実現されていません。
 最も温泉を必要とし、利用したい人たちが使えない状態です。
 だったら 「我々が利用者と温泉宿の間に入り、予約管理をしよう」 と、活動を始めました。


 現在、湯治場の再生に向けて、2軒の温泉宿と交渉中です。
 食事は基本的には自炊ですが、村おこしの一環として地元のご婦人たちの手作りによる郷土料理などの仕出しも考えています。
 介護者の同伴を義務づけます。
 同時に地域住民への説明会を開き、近隣のスポーツ施設やキャンプ場などの活用も視野に入れた話し合いを進めています。

 産声を上げたばかりの団体です。
 みなさんの支援をいただきながら、群馬が真の “おんせん県” であるために 「湯治乃邑」 の実現を目指したいと思います。


 <2015年1月18日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:36Comments(2)温泉考座

2021年03月26日

おめでとう! 創刊20周年


 <月刊デリジェイは、20歳になりました。>

 一昨日の地元紙に、でっかく一面広告が掲載されました。

 <2001年春に誕生した月刊デリジェイは、おかげさまで創刊20周年を迎えました。>


 「へ~、もう、そんなにもなるのかね~」
 と紙面を眺めつつ、感慨にふけってしまいました。
 何を隠そう (別に隠してはいませんが) 僕は、その20年前に創刊号を立ち上げた初代の編集長なのであります。

 月刊デリジェイは、創刊当時は 「月刊でりじぇい!」 と平仮名表記でした。
 地元新聞社とタイアップし、購読者に月一回配布される生活情報紙として発行されました。


 なぜ僕が、編集長に?
 えーと、えーと……
 記憶をたどると確か、それ以前に一誌、タウン誌の編集人をしていたことがあり、その経験を買われて、お声がかかったのだと思います。

 創刊時は現在と同じA4判サイズで “月刊” でしたが、1年後にはタブロイド判にサイズを拡大し、“隔週刊” になりました。
 それだけ広告も入り、評判も良かったということです。
 でも、作る側は大変でした。
 製作スタッフを2班に分け、常に2号同時進行で制作を行っていました。

 まさに “寝る間も惜しんで” という状態で、後にも先にも、僕の人生で、あの時が一番、仕事をしていたと思います。

 でも、スタッフの過労と広告収入の減少により、やがて、元のサイズ、月1回の発行にもどりました。
 そして、さまざまな事情により僕は、3年で編集の采を次世代へと手渡しました。


 たぶん、現在の編集長は4代目だと思います(違っていたらゴメン)。
 2代目から現在の編集長まで、全員、創刊当時に苦楽を共にしたスタッフです。
 だから僕は、編集室を去った後も、毎月、誌面を見るたびに、「みんな頑張ってんな」 という嬉しさとともに、「そのまま頑張ってくれ」 とエールを送り続けてきました。

 そして、20周年。
 心よりお慶び申し上げます。


 ネット社会の今、紙媒体は風前の灯火とも言われています。
 それでも “紙” だからこそ伝えられることは、まだまだ残っています。

 あの日、あの時、オギャー!と産声を上げた雑誌が、成人式を迎えました。
 創刊にかかわった編集者の一人として、ただただ感慨深く、広告の紙面を見つめていました。


 おめでとう! 20歳
 おめでとう! デリジェイ
   


Posted by 小暮 淳 at 10:22Comments(0)執筆余談

2021年03月25日

スッキリした朝


 とく【徳】
 ①道をさとった立派な行為。善い行いをする性格。身についた品性。
 ②人を感化する人格の力。みぐみ。神仏の加護。
  <「広辞苑」より>


 彼岸に墓参りをしてきたからでしょうか?
 今週は、やたらとオフクロの口癖が、頭の中を去来します。

 「徳を積みなさい」

 信心深い仏教徒だったオフクロは、僕が物心ついた頃から事あるごとに、そう言いました。
 でも、子どもには当然、難しすぎて “徳” の意味が分かりません。
 「かーちゃん、“徳” って、何だい?」
 その問いに、オフクロは、こう言いました。
 「なに、簡単だよ。他人が喜ぶことをすればいいんだよ」

 何か良い事があれば、それは徳を積んだおかげ。
 何か悪い事があけば、それは徳が足りないのだと。


 晩年には、こんなことも言ってました。
 「歳は取るものではなく、重ねるものなんだよ」

 この意味は、年々、自分が歳を重ねる毎に、分かるようになりました。
 “取る” というマイナスなのではなく、“重ねる” というプラスの作業であることが……

 では、はたして僕は、徳を積む生き方が、できているんでしょうか?


 今朝のこと。
 テレビでは、春の番組改編期のようでワイドショーは、どこも “最終回モード” です。
 さる番組で、木曜日にレギュラー出演していた女芸人さんの卒業式が行われていました。

 メインキャスターのはからいで、彼女に内緒で、大物ミュージシャンが次々にスタジオに現れ、生演奏や生歌を披露していきます。
 そのサプライズ演出に、驚き、感涙する女芸人さん。

 最後に、感想を求められた彼女のひと言が、僕の胸を打ちました。

 「(私って) 前世に、どんだけ徳を積んだんだ」


 えっ!
 「ありがとう」 とか 「お世話になりました」 じゃないんだ!
 と、僕は、そのコメントに釘付けになってしまいました。

 感動した時、喜びに出合った時、人のやさしさに触れた時、「徳を積む」 という言葉が、さらりと言える彼女に、ただただ敬服します。
 今日の彼女の芸能界での大活躍は、日々、徳を積んできた賜物だったのですね。

 心が “スッキリ” した朝でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:48Comments(2)つれづれ

2021年03月24日

言葉は世に連れ


 読者のみなさんは、覚えていますか?
 以前、僕が娘を駅まで車で送った際に、お礼の言葉として 「あざ」 と言われ、面食らってしまったことを……。
 ※(当ブログの2019年11月1日 「あざ~す!」 参照」)

 「ありがとうございます」 → 「あざーす」 → 「あざ」
 と変化したようで、いわゆる若者言葉の短縮語というやつです。
 「コンビニエンスストア」 を 「コンビニ」、「スマートフォン」 を 「スマホ」 と短縮するくらいなら分かりますが、若者言葉は日進月歩の勢いで進化しているようです。

 「とりあえずまあ」 は 「とりま」、「あーなるほどね」 は 「あね」、「お疲れさま」 は 「乙(おつ)」 なんて略すようです。
 メールやラインなどの普及のせいなんでしょうね。
 話し言葉よりも書き言葉は、さらに短くなります。

 「了解」 なんて、「り」 だけですって!(笑)
 

 でもね、あの時は僕も 「いくらなんでも短縮し過ぎだろう!」 と娘を怒ったのですが、今は、ちょっぴり反省しています。
 なにも言葉の短縮語は、平成や令和に始まったことではないのです。
 先日、テレビのクイズ番組で、「押忍(おっす)」 の語源について出題されていました。

 その答えに驚きました!
 なんと、「おはようございます」 だったのです。

 空手や柔道、剣道など武道の世界から生まれた短縮語らしいのですが、その語源をたどると?
 「おはようございます」 → 「おはようっす」 → 「おっす」 と変化したらしいのです。
 後に、この言葉に 「押して忍ぶ」 という字をあて、「自我を抑え我慢する」 という武道らしい意味を持たせたといいます。

 だもの、「ありがとうございます」 が 「あざ」 になっても不思議はありません。
 言葉は世に連れ、短縮化されるものなのです。


 やがて……
 「よろしくお願いします」 は 「よす」 と、「申し訳ありません」 も 「もん」 で通じる時代になるのかもしれませんね。
 今度、娘に用を頼むとき、「よす」 と言ってみようと思います。

 はたして、どんな反応をするのでしょうか?
   


Posted by 小暮 淳 at 12:01Comments(0)つれづれ

2021年03月23日

焼酎と団子


 ♪ 集めた落ち葉に火をつけて
   きみはぽつりとありがとう
   彼岸過ぎたら僕の部屋も
   あたたかくなる
   (「僕にまかせてください」 by クラフト)


 今日は 「彼岸明け」 です。
 みなさんは、墓参りに行きましたか?
 僕は昨日、遅ればせながら両親に会ってきました。

 オヤジが亡くなって、5回目の彼岸。
 オフクロが亡くなって、4回目の彼岸です。
 近々、両親合同の三回忌法要を行います。


 ここ赤城山中腹の霊園に、オヤジが自分の墓を買ったのは35年前、60歳の時でした。
 なぜ、前橋市が見渡せる、ここに?

 それは若い頃、カスリン(キャサリン)台風による水害で、多くの友人知人を失ったから。
 大規模な水害を起こした原因は、戦前・戦中に赤城山の森林を伐採したから。
 そう考えたオヤジは、半生を赤城山の自然保護活動に投じました。
 ※(当ブログの2013年8月7日 「オヤジ史②『キャサリン台風』」参照)

 「俺は子や孫に、財産を残せなかった。でも、この自然を残してやったからな」
 そんなオヤジの生きた証が宿る赤城山に、自分も眠りたいと願ったのでしょうね。

 夫唱婦随の証として、オフクロも2ヶ月半後に、この場所に眠りました。


 僕が出遅れたからなんでしょうね。
 すでに墓前は、百花繚乱のにぎわいでした。
 4つある花筒は、手向ける隙間もありません。

 すでにアニキ夫婦、娘や息子一家が来てくれたようです。


 ワンカップの焼酎が1つ、置かれていました。
 オヤジの好きだった 『いいちこ』 です。
 たぶん、置いたのは長女です。

 「おじいちゃんちに行くと、こたつの脇に、いつも 『いいちこ』 のビンがあったよね」
 以前、そう言ってましたから。
 だから僕は、すぐにメールを打ちました。

 <「いいちこ」 ありがとう。おじいちゃん、よろこんでたよ。>

 すると、しばらくして、こんなメールが返って来ました。

 <おばあちゃんにも、お団子を持って行ったんだよ。でも生ものだから、お供えだけして、持ち帰って、K (孫) と食べちゃった。>


 オヤジ、オフクロ、よかったね!
 やさしい孫とひ孫たちでさ。

 もうすぐ桜も咲きそうだよ。
 彼岸過ぎたから、暖かくなるね。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:51Comments(2)つれづれ

2021年03月22日

温泉考座 (75) 「子宝の湯」


 全国には 「子宝の湯」 と呼ばれる温泉が数多くあります。
 その名の通り、子どもが授かると考えられてきた温泉のことで、不妊に悩む夫婦が願掛けに通ったと言われます。

 泉質は様々ですが、共通する点は塩分を含んでいること。
 殺菌力があり、体がよく温まるため、婦人病に効果があるとされています。

 群馬県内では、伊香保温泉 (渋川市) が昔から婦人病や不妊症に効くと言われてきました。
 野栗沢温泉 (上野村) は源泉名そのものが 「子宝の湯」、宝川温泉 (みなかみ町) にも 「子宝の湯」 と名付けられた露天風呂があります。


 取材で訪れた新鹿沢温泉 (嬬恋村) の 「つちや旅館」 では、こんな話を聞きました。
 「昭和の頃のこと。長年、子どものいない夫婦が住み込みで働きに来たことがありましたが、すぐに子どもが授かったことがあり、大変驚きました」
 と女将の土屋実千子さん。
 以来、誰ともなしに、ここの湯を 「子宝の湯」 と呼ぶようになったといいます。

 また、片品温泉 (片品村) にも古くから “子宝信仰” が根づいています。
 一番古い源泉 「新井の湯」 を保有する湯元で老舗宿の 「千代田館」 には、薬師堂があり、お堂の中には夫婦和合の御神体が祀られています。

 「このあたりは、昔から子だくさんの家が多いんですよ」
 と話すのは、片品温泉 「子宝の湯 しおじり」 の女将、池田恵美子さん。
 数年前、小さな子どもを連れた40代の夫婦が、菓子折りを持って、礼を言いに訪ねて来たといいます。
 「『以前、泊まった時に授かった子が、この子です』 って。やっぱり、うちは子宝の湯だったんですね」
 と笑いました。


 実際に温泉成分の中には、女性ホルモンに似た物質があり、入浴することにより骨盤の血行が良くなり、妊娠しやすくなる効能があると言われます。
 さらに日常生活から離れ、温泉地という自然に恵まれた環境の中に身を置くことによる転地効果やリラックス効果も望めます。

 特に女性には、舅(しゅうと)や姑(しゅうとめ)の目から離れ、家事から解放されるなどの精神的な要素が強いのかもしれませんね。


 <2015年1月21日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:11Comments(0)温泉考座

2021年03月21日

「中之条ビエンナーレ2021」 開催日程決定!


 中之条町観光大使から、嬉しいお知らせがあります。
 新型コロナウイルス感染症の流行により、開催が危ぶまれていた 「中之条ビエンナーレ」 が、開催されることに決定しました!


 「中之条ビエンナーレ」 とは?
 群馬県中之条町という自然や温泉、歴史と伝統ある個性的な地域を舞台に開催されている国際芸術祭です。
 国内はもとより海外からも作家が来日し、参加作家たちは地域住民と交流を続けながら作品を制作しています。

 2007年の初回から2年おきに開催され、今年が第8回となります。
 前回2019年の累計来場者は39万人。
 年々規模を拡大し、その知名度も上がっています。


 今年は新型コロナウイルス感染症の観点から屋外の会場を増やしました(43カ所の予定)。
 参加アーティストは前回の150組から107組と減らし、海外アーティストは来日せず、作品のみを設置します。
 国内アーティストは、“3密” を回避し、短時間での作品制作を行います。

 会場は、温泉街や木造校舎など町内各所。
 展示は、絵画・彫刻・写真・インスタレーション(空間アート) など。
 ほか、ワークショップやパフォーマンスも開催。

 今月から国内作家が来町し、4月から本格的に制作活動が始まります。
 ご期待ください。



        中之条ビエンナーレ
     NAKANOJO BIENNALE 2021

 ●会期  2021年9月11日(土)~10月11日(月) ※無休
 ●問合  中之条ビエンナーレ事務局 TEL.0279-75-8848
    


Posted by 小暮 淳 at 12:11Comments(0)大使通信

2021年03月20日

続・コロナに惑う子どもたち<確定値>


 以前 (2021年2月20日)、「コロナに惑う子どもたち」 というタイトルで、未成年の自殺が急増していることを伝えました。
 その時点では、まだ暫定値でしたが、先日、警視庁により2020年の自殺者の統計 (確定値) が発表されました。

 これによると統計のある1980年以降、小中高生の自殺者数が最多の499人に上ったそうです。
 確定値の内訳は、以下の通りです。

 小学生 14人(前年比6人増)
 中学生 146人(同34人増)
 高校生 339人(同60人増)
 ※未成年全体の自殺者数は777人(同118増)

 この数字を見ただけでも驚きを隠せませんが、さらに数字を紐解いてみると、ある傾向が読み解けます。
 それは、男女差。
 全体の自殺者のうち、男性は11年連続で減少しているのに対して、女性は増加に転じています。
 その自殺理由は、健康問題、家庭問題、経済・生活問題の順に多かったといいますが……。


 ここで見逃せないのが、新型コロナウイルス感染との関係性です。
 自粛によるコミュニケーション不足が、孤立化や孤独化、貧困化に拍車をかけてしまっているのではないでしょうか?

 この件について、厚生労働省自殺対策推進室は、こうコメントしています。
 「新型コロナウイルス禍で学校が長期休校したことや、外出自粛により家庭で過ごす時間が増えた影響で、学業や進路、家族の不和などに悩む人が増加したとみられる」(毎日新聞より)


 コロナ前は、不登校や引きこもりという問題がクローズアップされていましたが、コロナ禍においては、学校に行けないことへのストレスが、自殺の引き金になっているということでしょうか?
 僕は、たびたび、いじめ対策として 「逃げろ」 「逃げていいんだ」 と言い続けてきました。
 でも、逃げただけではダメなんですね。
 逃げた先の環境が整っていなかったら、そこでも孤独を抱えてしまうということです。

 まさに “ガラスの10代” であります。
    


Posted by 小暮 淳 at 13:21Comments(0)つれづれ

2021年03月19日

あっ、ロボットだ!


 泉昌之の漫画に、『ロボット』 という短編があります。

 仕事帰り、深夜の駅に降り立った主人公の男性。
 北風が吹く駅前で、温まって行こうとニンニクラーメンを食べます。
 すると、グ、グ、グ、グーーーーーと腹が鳴り出し、便意が襲いかかります。
 しかし、しばらくすると治まり、また、しばらくすると始まります。

 <便意には 「周期」 がある。彼は今、その波の 「谷」 といわれる地点にいる。そして、ヤマは巡ってくる度に、その波の周期はせばまり、振幅は大きくなる。>

 探すも、家路までの間に公衆トイレはありません。
 やがて限界を感じた主人公は、ガード下の駐車場に駆け込み、ベルトをはずし、ズボンを下し……

 ワンワンワンワンワン!
 その瞬間、野良犬に吠えられてしまいます。

 ズーッコッ、ズーッコッ、ズーッコッ……
 深夜の住宅街に、足を引きずる音が響きます。

 「ママ―、どーろにロボットが歩いてるよ」
 明かりの点いた家の中から、子どもの声が聞こえるシーンで終わります。


 僕も先日の夜、ロボットを見ました。

 場所は、我らのたまり場、酒処 「H」。
 開店早々に行ったのに、すでにカウンターで常連のAちゃんが一人で呑んでいました。

 「あれ、早いね。今日、ゴルフは? 行かなかったの?」
 Aちゃんは大のゴルフ好きです。
 休みの日は、たいがいゴルフをしています。
 「行かなかったのじゃなくて、行けなかったの」

 なんでも、突然、ギックリ腰になってしまったのだといいます。

 ギックリ腰の正式名は、急性腰痛症。
 年齢に関係なく、前触れもなく襲ってきますから、他人ごとではありません。
 しかも、必ずしも重いものを持った時に発生するとも限りません。
 前かがみになって物を取ろうとした瞬間や、人に呼ばれて後ろを振り向いた瞬間にも、突如、襲ってきます。

 それゆえ、欧米では 「魔女の一撃」 と呼ばれているそうです。

 案の定、Aちゃんも空の段ボール箱を移動しようとした瞬間に激痛が走り、そのまま動けなくなってしまったといいます。
 僕より若いだけに、気の毒と思いながらも笑ってしまいました。
 でも、本当に声を出して笑ってしまったのは、その後のことです。


 「いたた、いたた」
 と言いながらも、カウンター席から下りて、トイレへ向かうAちゃんの姿です。

 ズーッコッ、ズーッコッ、ズーッコッ……

 もう、笑いが止まりません!
 不謹慎ながら僕の頭の中では、泉昌之の漫画のラストシーンがよみがえり、Aちゃんの姿が、その実写版となって重なり合っていました。

 Aちゃんには、もちろん、ママや他の客にも聞こえないように、僕は小さな声で、つぶやきました。

 「あっ、ロボットだ!」


 Aちゃん、早く良くなってくださいね。
    


Posted by 小暮 淳 at 15:28Comments(0)つれづれ

2021年03月18日

温泉考座 (74) 「ヒートショックに御用心!」


 「ヒートショック」 という言葉を、ご存じですか?
 温度差が原因で、血圧が急上昇や急降下をする、とても危険な状態です。
 突然死に至る場合もあり、年間の死者が全国で約1万7,000人にのぼるという推計もあります。

 冬場、暖かなリビングからトイレ、脱衣室、浴室などに移動すると、血圧が上昇して脳出血や脳梗塞、心筋梗塞を起こす恐れがあります。
 急激な血圧の低下は脳貧血も引き起こし、めまいを生じて転倒し、ケガをする原因となります。
 最も死亡率が高いのが、全裸になる浴室です。


 温泉宿で入浴していると、体を洗わずに脱衣室から直接、浴槽に入る人を見かけます。
 マナーとしても失格ですが、それ以上に、ヒートショックを起こす危険をはらんでいます。

 浴室に入ったら入浴前に必ず 「かけ湯」 をしてください。
 心臓から遠い手や足の末端から湯をかけ、徐々に体を温めます。
 下半身は、汚れを流すつもりで丁寧に。
 できればシャワーでなく、これから入る浴槽の湯を使ってください。
 これには体を温める目的以外に、温泉の泉質に体を慣らす意味もあります。

 いよいよ入浴ですが、ここでも注意が必要です。
 放流式 (かけ流し) の浴槽の場合、湯が注がれる湯口(ゆぐち)側が熱く、あふれ出る湯尻(ゆじり)側がぬるくなるように設計されているので、湯尻側から入りましょう。
 入浴時間は、ほんのり額が汗ばむ程度が目安です。
 湯舟から出る時は、急に立ち上がらず、ゆっくりと。
 湯上りの水分補給も忘れずに!

 一番注意が必要なのは露天風呂で、脱衣室からの直行は厳禁です。
 真冬の外気は零下まで下がり、ヒートショックの危険度は最大値と言えます。
 それでも入りたい人は、内風呂で十分に体を温めてから屋外に出てください。
 冬場の露天風呂は周囲が凍結していることもあります。
 足元にも、ご用心!


 高齢者、高血圧や糖尿病の患者、肥満気味の人、睡眠時無呼吸症候群など呼吸器官に問題のある人、不整脈のある人は特にヒートショックの影響を受けやすいと言われています。
 もちろん、お酒を飲んでからの入浴もご法度です。


 <2015年1月14日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:57Comments(0)温泉考座

2021年03月17日

「末期の酒」 再放送のお知らせ


 <最後の一杯で、小暮さんが、ぜーんぶ持ってっちゃいましたねえ。流石!>

 昨晩、放送直後、さっそくアマチュア落語家の都家前橋(みやこや・ぜんきょう)さんからメールが届きました。
 放送とは、僕がナビゲーターを務めた群馬テレビ 『ぐんま!トリビア図鑑』 のことです。
 ※(当ブログの2021年3月15日 「明日オンエア!末期の酒 牡丹」 参照)

 僕は、この番組の製作スタッフの一人として、スーパーバイザーをしています。
 第239回を数えるこの回は、「伝説のお大尽 『加部安』 とは!?」 と題して、大富豪であり、江戸末期に幻の銘酒 「牡丹」 を醸造していた加部安左衛門の全貌に迫りました。

 で、この 「牡丹」 という酒、天下の侠客、国定忠治が処刑さる直前に、“末期の酒” として呑んだであろうとされている酒なのであります。
 すべては、この史実から始まりました。


 番組のオープニングでは、都家前橋さんの創作落語 「末期の酒」 の一節から始まります。
 その後、ナビゲーターの僕が、忠治ゆかりの関所や処刑所、加部安ゆかりの屋敷跡や酒造りに使用した井戸、そして、加部家15代が眠る菩提寺を訪ねました。

 エンディングは、また、都家前橋さんの落語にもどります。
 最大の見せ場である、処刑シーンであります。
 “末期の酒” を口にする忠治……

 さて、どんな “下げ” が用意されているのでしょうか?

 昨日の放送を見逃した方は、再放送をご覧ください。


 で、冒頭のメールに書かれていた 「最後の一杯」 とは?
 番組の最後、エンディングロールが流れる中、忠治の処刑場で、僕が一人、キューッと一杯、酒を呑み干すシーンが映し出されます。

 実に素晴らしい演出でした!



        「ぐんま!トリビア図鑑」
      伝説のお大尽 『加部安』 とは!?

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●再放送  2021年3月20日(土) 10:30~10:45 3月22日(月) 12:30~12:45
  


Posted by 小暮 淳 at 12:18Comments(0)テレビ・ラジオ

2021年03月16日

座敷わらしになれなかったカッパ


 ≪昔々の、そのまた昔。
 ある村は、飢饉(ききん)に見舞われ、食べる物がなくなり、暮らしがままならなくなりました。

 考えられた生き残り策は、口減らしでした。
 それも育ち盛りの子どもを、一斉に川に流すという残酷なもの。
 真夜中になると親たちは、寝ている我が子を抱えて、川のほとりへとやってきます。

 「ごめんね、許してね」
 「化けて出て来てもいいからね」
 泣く泣く親たちは、子どもを川に流しました。

 やがて、川に流された子どもたちは、「河の童(わらべ)」 となり、時々、村に現れ、いたずらをしては、親に自分の存在を伝えるようになったといいます。

 村人たちは、我が子が帰って来たことを喜び、「河童(かっぱ)」 と呼ぶようになりました。


 ところが、同じ村中にも、お大尽の家が何軒かありました。
 当然、お大尽の家にも子どもはいます。
 しかし、裕福なゆえ、食うには困りません。
 だからといって、ほかの村人の手前、我が子だけ生かしておくわけにもいかず、秘策を考えました。

 お大尽の家は大きく、部屋がたくさんあります。
 屋敷の中の一番奥の部屋に、我が子をかくまい、「決して外へ出ないように」 と言いつけました。
 ところが、遊び盛りの子どもですから、外へ出たくて仕方ありません。
 昼間は見つかってしまうので、部屋の中でジッとしていますが、家の人や村人たちが寝静まった夜中になると、そーっと部屋を抜け出しました。

 それを目撃した村人たちは、びっくり仰天しました。
 川に流したはずの子どもが、カッパの姿ではなく、着物を着た子どものままで、屋敷の中を走り回っているのですから。
 いつしか、夜中に現れる子どものことは、「座敷童子(わらし)」 と呼ばれるようになりました。

 しかも、座敷わらしが現れる家は、すべて、お大尽の屋敷です。
 その噂が広まり、「座敷わらしを見ると出世する」 と言われるようになったといいます。≫


 という話を最近、聞きました。
 貧富の差、格差社会から生まれた悲しい昔話です。
    


Posted by 小暮 淳 at 11:12Comments(0)謎学の旅

2021年03月15日

明日オンエア! 末期の酒 「牡丹」


 1つの “謎” から、1つの “連載” が生まれました。
 1つの “連載” から、1つの “落語” が生まれました。

 そして……

 1つの “落語” が、1つの “番組” になりました。


 はじまりは、昨年9月に発行された高崎市内配布のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に掲載された記事でした。

 「ぐんま謎学の旅」 というシリーズで、僕は、1つの謎を追いました。
 タイトルは、『忠治外伝 末期の酒 「牡丹」 を探しに』。
 ご存じ、江戸後期の侠客、国定忠治は嘉永3(1850)年12月21日に、関所破りの罪により、大戸 (群馬県東吾妻町) の処刑場にて、磔(はりつけ)の刑に処せられました。
 その時、忠治が末期に選んだ酒は?

 今はなき蔵元 「加部安」 の 「牡丹」 という酒でした。


 この記事が掲載されると、各方面から多大なる反響がありました。
 まず、読者から 「死刑執行人の一人は、うちの先祖だ」 の投稿がありました。
 次に、「忠治は、うちの酒も呑んだ」 という現存する蔵元からの情報が寄せられました。
 そして、歴史研究家からは 「牡丹で間違いないだろう」 とのお墨付きもいただきました。
 さらには、「だったら復刻酒 『牡丹』 を造ろうじゃないか!」 という遊び心のある声まで飛び出す始末。

 そんな中、いち早く行動に移したのが、前橋市在住のアマチュア落語家、都家前橋(みやこや・ぜんきょう) さんでした。
 「小暮さん、面白い! この話は、そのまま落語になります」
 と、さっそく、『末期の酒』 という創作落語を作ってくださいました。


 「では、お披露目会は、いつにしますか?」
 「やっぱり、牡丹の咲く頃ですかね?」
 「だったら5月ですけど、このコロナ禍じゃ……」
 と思案していた矢先のこと。
 僕が番組のスーパーバイザーを務める群馬テレビ 『ぐんま!トリビア図鑑』 のディレクターが、
 「だったら番組で、取り上げましょう!」
 と、もろ手を挙げて、協力してくださいました。

 そこから話はトントントンと運び、ロケもスタジオ収録もスムーズに終了。
 いよいよ、明日のオンエアを迎えることになりました。


 番組のナビゲーターは、トリビア博士ことミステリーハンターの僕、小暮淳が務めます。
 共演は、前橋市が生んだ鬼才のアマチュア落語家、都家前橋。

 国定忠治が末期に呑んだ酒、「牡丹」 が誕生するまでの軌跡をたどります。
 乞う、ご期待!



      ぐんま!トリビア図鑑
   「伝説のお大尽 『加部安』 とは?」

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●放送日  2021年3月16日(火) 21:00~21:15
 ●再放送  3月20日(土) 10:30~10:45 3月22日(月) 12:30~12:45
  


Posted by 小暮 淳 at 11:25Comments(0)テレビ・ラジオ

2021年03月13日

温泉考座 (73) 「守護神は聖徳太子」


 温泉地には薬師観音をはじめとして、発見伝説にまつわる歴史上の人物など、さまざまな神様が祀られています。
 みなかみ町の赤岩温泉には、一風変わった神様が祀られているのをご存じでしょうか?


 国道17号、沼田市から新潟県湯沢町へ抜ける三国街道沿いには、湯宿(ゆじゅく)、猿ヶ京、法師など6つの温泉地が点在します。
 これらを総称して 「三国・猿ヶ京温泉郷」 と呼ばれています。
 その中で赤岩温泉は、一番小さな温泉です。

 かつては温泉地名の由来ともなった赤い大岩がそびえる景勝地だったといいます。
 樹齢百年を超えるマツやスギ、ナラの大木が茂る裏山に抱かれるように、一軒宿の 「誠法館」 がたたずんでいます。


 旅館の創業は昭和40(1965)年ですが、開湯は大正時代にさかのぼります。
 板割(いたわり)職人をしていた現主人の祖父が、裏山で木を切り出す仕事をした帰り道のこと。
 足を滑らし、転んで手を突いた水たまりが温かいことを不思議に思い、「ここは絶対に温泉が出る!」 と手掘りで掘り出しました。
 80メートルほど掘りましたが、20度にも満たない冷たい水しか出ませんでした。

 戦後になり、動力によるボーリングが可能になると、材木屋を営んで稼いだ私財を注ぎ込んで、再度、掘削に挑戦しました。
 深さ400メートル、今度は約30度、毎分約20リットルの温泉が湧き出しました。

 「これもすべて神の導きだ」
 と大喜びし、木工職人の守護神である聖徳太子像を建てました。


 裏山の中腹には、源泉の湧出地を見守るように高さ3メートルもある立派な石像が立っています。
 今でも、ここに聖徳太子像があることを聞きつけた職人たちが、参拝に訪れるといいます。

 「祖父は旅館の完成を見ずに他界してしまいましたが、自分が掘り当てた温泉に毎日入っていました。さぞかし、うれしかったんでしょうね」
 案内してくれた現主人の富沢房一さんが、像を見上げて言いました。


 源泉名は 「太子の湯」。
 ミョウバンを含むアルカリ性のやわらかい湯は、昔からリウマチや神経痛、多汗症に効くといわれ、長期滞在する湯治客に親しまれてきました。

 ※「誠法館」は現在、休業しています。


 <2015年1月7日付>
   


Posted by 小暮 淳 at 11:02Comments(2)温泉考座

2021年03月11日

あれから10年 ~あの日あの時 大胡温泉~


 「女将さん!?」
 「……あっ、いま、オフクロに換わります」
 息子さんが出たようです。
 「もしもし、女将さん!?」
 「……最近、オフクロったら耳が遠くなっちゃって。いま、補聴器を付けてますから」
 「もしもーし! 女将さんですか!?」
 少し間があって、
 「はいはい、元気ですよ。コグレジュンさん」

 なぜか女将は、僕のことをフルネームで呼びます。


 さるアナウンサーが、テレビの報道番組で、
 「東日本大震災から今年で10年を迎えます」
 と伝えたところ、被災者の方から注意をされたといいます。
 「震災は終わっていません。震災発生から10年と言うべきです」
 と……


 2011年3月11日、午後2時46分。
 あの日あの時、僕は大胡温泉 (前橋市) の一軒宿 「旅館 三山センター」 に居ました。

 なぜ僕は、あの日あの時、あそこに居たのだろうか?
 取材でもないし、入浴もしてないし……
 発生から数年間は失念していましたが、その後、理由が判明しました。

 その数日前、女将さんから電話をもらったのでした。
 「コグレジュンさんのファンの方が来て、手紙を置いて行ったのよ。ついでの時に、寄ってちょうだい」 と。
 そして、仕事の途中に、たまたま寄った時間が、午後2時46分でした。


 グラッ、グラグラグラ……
 ガタッ、ガタガタガタ……

 その揺れの大きさに驚いて、女将と従業員らとともに外へ飛び出し、駐車場の真ん中で、うずくまっていました。


 翌年から僕は、同じ日の同じ時間に大胡温泉を訪れて、女将と一緒に黙とうを捧げてきました。
 でも、2年前からは今日のように電話で、声を掛け合うようになりました。
 理由は、旅館が日帰り入浴をやめてしまったこと。
 それと、女将さんが高齢になり、旅館の経営を息子さんに任せるようになったからです。

 「女将さん、元気ですか?」
 「はいはい、おかげさまでね。コグレジュンさんも、お元気のようで」
 「はい、コロナに負けず、なんとか元気にやってます」

 他愛のない会話ですが、電話の声が、今は亡きオフクロの声と重なります。

 「たまには顔を見せて、くださいな」
 「はい、寄らせていただきます」


 あれから10年が経ちました。
 場所は離れていますが、今年も女将たちと一緒に、黙とうを捧げたいと思います。

 あの日あの時を忘れないために。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:29Comments(2)温泉地・旅館

2021年03月10日

「神社かみしばい」 3月口演


 1つの “謎” から、1つの “連載” が生まれました。
 1つの “連載” から、1つの “書籍” が生まれました。
 そして……
 1つの “書籍” から、1つの “紙芝居” が生まれました。

 『いせさき宮子の浦島太郎』

 おかげさまで好評につき、今年1月の初演以降、月1口演を続けています。


 子どもから大人まで、回を重ねるごとに、新聞やテレビ、チラシ等で開催を知った方々が、市内はもちろん、県内外からも大勢お越しいただいています。
 中には、興味を抱いてくれた方から連絡をいただき、さらなる展開も……

 そして、1つの “紙芝居” から、また新たな “物語” が生まれようとしています。


 昨日、1本の電話がありました。
 声の主は、初回の口演を観に来られた某教育委員会の方でした。
 「ぜひ、民話と伝説をテーマにした講演をお願いしたい」
 とのことでした。

 それも驚くことに、2会場で4日間、8回講演という異例の企画でした。

 「風が吹く」 と 「桶屋が儲かる」 といいますが、1つの “謎” が、コロコロと転がって、ついに講演会にまで発展してしまったのです。
 まさに、謎が謎を呼んだ “謎学の旅” であります。


 ご興味のある方、まだご覧になっていない方、ヒマを持て余している方、今度の日曜日に伊勢崎神社にお越しください。
 会場では、昔なつかしい駄菓子やおもちゃ、著書、イラストなどの販売も行っています。
 お待ちしております。



        神社かみしばい 3月口演
        『いせさき宮子の浦島太郎』

 文/小暮 淳 (フリーライター)
 画/須賀りす (画家・イラストレーター)
 演/石原之壽 (壽ちんどん宣伝社 座長)

 ●日時  2021年3月14日(日)、4月11日(日)
        10時~、11時~、12時~、13時~ ※悪天候の場合は中止
 ●会場  伊勢崎神社 境内 (群馬県伊勢崎市本町21-1)
 ●入場  無料 (投げ銭制)
 ●問合  壽ちんどん宣伝社 TEL.090-8109-0480
   


Posted by 小暮 淳 at 11:27Comments(0)ライブ・イベント