温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使
ぐんまの地酒大使
群馬県立歴史博物館「友の会」運営委員



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2021年07月31日

野外映写会の夜


 <神社の境内や小学校の校庭に、大きなポールが二本立てられ、その間に真っ白な映写幕が張られた。幼い私はワクワクしながら、まだ陽の沈まぬうちに敷かれたゴザの最前列に陣取ったものだ。>
 (拙著 『上毛カルテ』 第一章 「まちとのコミュニケーション」、「スクリーンよ、永遠なれ」 より)


 夏=子どもの頃の思い出=昭和の風景

 そもそもが “昭和大好き人間” なのですが、夏になると、より昭和が恋しく感じるのは、子どもの頃の思い出が夏休みに集中しているからかもしれません。
 午前中、「朝顔の観察日記」 からはじまり、宿題のドリル……
 午後は、友だちが迎えに来て、プールへ……
 帰りに飲んだラムネの味も忘れられません。

 そんな夏休みの最大のイベントは、町内の鎮守様の境内で開催される 「野外映写会」 でした。

 子どもにとって、街の映画館は、まだ高嶺の花でした。
 高校生や大学生のお兄さんやお姉さんがいる子は、加山雄三の 「若大将シリーズ」 やザ・タイガースなどのグループサウンズの映画を観に連れて行ってもらえましたが、ほとんどの子の場合、映画館は未体験の “大人の世界” でした。


 それが年に一回、子供会主催による子どもたちのための 「野外映写会」 が開かれたのです。

 もう、その日は朝からワクワク、ドキドキが止まりません。
 「今年は、どんな映画を観られるんだろう?」
 どの子も親に持たされた蚊取り線香とうちわを手に、まだ陽の高いうちから神社に集まって来ます。

 どんな映画だったのか?

 実は、よく覚えていません。
 最初は、交通安全の啓もう映画だったような気がします。
 そして、低学年用の短編アニメーションが何本か上映されました。

 鮮明に覚えているのは、『少年猿飛佐助』。
 調べてみたら昭和34(1959)に作られた “日本最初の大型長篇漫画” とのことです。

 とにかくキャラクターの顔が、怖いんです!
 主人公の猿飛佐助しかり、登場人物の目が、みんなつり上がっているんです。
 極めつけは、「夜叉姫」 という妖怪。
 口が裂けた鬼のような夜叉姫が出てくると、なかには泣き出す子もいました。


 あの夏から半世紀以上が過ぎました。
 今は簡単に毎日、ユーチューブで映画が観られてしまいます。
 便利になったぶん、あのワクワクやドキドキはありません。

 やっぱり、昭和の空気感って、独特のニオイがありましたよね。
 今年の夏もコロナで、お祭りや花火大会は軒並み中止のようであります。

 ますます大好きな昭和のニオイが遠ざかって行ってしまうようで、さみしい限りです。


 <蚊取り線香と団扇を手にしての帰り道、振り返ると鎮守の森が白く浮かび上がっていて、なんとも幻想的な夏の夜だった。>
  


Posted by 小暮 淳 at 12:25Comments(0)昭和レトロ

2021年07月30日

湯守の女房 (21) 「『この、にごり湯がいい』 とやって来られます」


 このカテゴリーでは、ブログ開設11周年企画として、2011年2月~2013年3月まで朝日新聞群馬版に連載された 『湯守の女房』(全39話) を不定期に掲載しています。
 湯守(ゆもり)とは源泉を守る温泉宿の主人のこと。その湯守を支える女将たちの素顔を紹介します。
 ※肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。



 梨木温泉 「梨木館」 (桐生市)


 「ここは今も、私が来た頃と、まったく変わりません。周囲に民家や街灯すらない、本当に何もない山の中です」
 と、5代目女将の深澤正子さんは話す。

 梨木(なしぎ)温泉は、赤城山の一峰、長七郎山のふところにある。
 平安時代、坂上田村麻呂が赤城神社造営のおりに発見したと伝わる。
 渡良瀬川の支流、深沢川の奥深い谷間に一軒宿が建つ。


 正子さんは旧勢多郡東村 (現・みどり市) の生まれ。
 材木商の長女として育った。
 主人の亮一さんとは知人の紹介で出会い、昭和45(1970)年に結婚。
 同時に旅館に入った。
 亮一さんは平成18(2006)年、先代の死去にともない、当主が代々名乗る 「直十郎(なおじゅうろう)」 を襲名した。

 「結婚をするなら商売をしている人と決めていました。人と接して話をするのが大好きでしたから、学生時代も親戚の食堂でアルバイトをしていました」


 宿の創業は明治15(1882)年。
 それ以前は野天の湯屋があり、地元の人たちが入りに来る程度だった。
 大正時代になり旧国鉄足尾線 (現・わたらせ渓谷鐵道) が開通すると、湯治場としてにぎわった。

 しかし戦後、台風による水害で旅館に通じる県道が流され、昭和40(1965)年には火災で旅館が全焼。
 それでも東上州では数少ない温泉が湧いているため宿が再建された。


 鉄分を大量に含む黄褐色のにごり湯。
 成分が濃いために、析出物が堆積して浴槽の縁が変形してしまうほどだ。

 「『にごり湯は汚い』 と嫌われた時代があり、よっぽど湯をろ過して使おうと考えたこともありましたが、今となれば守り通して良かったと思っています。最近は、お客さまのほうが 『この、にごり湯がいい』 とやって来られます」


 名物は同54(1979)年に主人が考案した 「キジ料理」。
 刺し身、しゃぶしゃぶ、唐揚げ、つみれ鍋など、直営の養殖園で飼育されたキジを使った珍しい料理が、夕げの食卓に並ぶ。

 露天風呂付きの客室やビールサーバー、コーヒーメーカーの設置など、新たな温泉宿を演出するのは、長男で6代目の幸司さん。
 ホテル専門学校卒業後、石川県七尾市の和倉温泉の老舗旅館 「加賀屋」 で2年間、旅館経営の実務を学んだ。


 「従業員に恵まれ、子どもに恵まれ、女将業を続けていられるのも温泉があればこそ。他には何もない所ですが、そのぶん日常から離れて、ゆっくり過ごせる所なんです」

 そう言って女将は、赤城山の雪が風花となって舞う戸外を眺めた。


 <2012年2月22日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:23Comments(0)湯守の女房

2021年07月28日

なぜか、吊り忍


 ♪ 貴女がくれた 吊り忍
   今も枯れずに あるものを
   カタカタ カタカタ はたを織る
   糸も心も つづれ織り ♪
   <谷村新司 『蜩』 より>


 「吊り忍」 って、知っていますか?

 「しのぶ」 は、シダ植物の一種、シノブ科の多年生のシダです。
 「吊り忍」 は、竹やシュロの皮などを芯としたものに山コケを巻き付け、その上に 「しのぶ」 の根茎をはわせた 「しのぶ玉」 を軒先などに吊るした観賞用の植木です。

 風鈴のように軒下に吊るすと、青々とした緑に涼を感じる江戸庶民の夏の風物詩でした。
 庭師が出入りの屋敷に、御中元として届けたのが始まりともいわれています。


 なんで急に、「吊り忍」 の話をしたのかって?
 だって、本当に久しぶりに (たぶん、子どもの頃以来に)、「吊り忍」 を見たからです。


 「あれ、ジュンちゃんのほうが、先に来ちゃったよ」
 なんて、店に入るなり、残念そうな顔でママに迎えられてしまいました。
 ご存じ、僕がコロナ前からコロナ中でも、足しげく通っている酒処 「H」 であります。

 「なに、誰か来るの?」
 「いや~、ジュンちゃんを驚かそうと思っていたのになぁ。まさか、今日、来るとは……」
 とママは、本当に残念そうです。
 「なになに? 隠さないで言ってよ!」
 と、しつこく問い詰める僕に、ママは根負けして、
 「すぐ分かっちゃうことだから、しょうがないね。話すよ、あのね、今日、これから 『吊り忍』 が届くのよ」

 「ええっ、えーーー! この間話していた、あの 『吊り忍』 が~!?」


 実は、ちょうど1週間前のこと。
 この店の常連客と、“昭和の夏の風物詩” をテーマに、大いに盛り上がったのであります。
 お大尽の家には木製の冷蔵庫があったとか、スイカは風呂桶やたらいに水を張って冷やしたとか、どこの家でもスズムシを飼っていたとか……

 そのとき、「吊り忍」 の話も出ました。
 ところが、知らない人が多かったのです。
 若い人が知らないのは分かるのですが、シニア世代でも東北や九州など出身地によっては知らないようです。

 そのとき、たまたま知っていたのが僕とママでした。
 2人とも群馬県出身です。
 「これって江戸発祥の関東圏の文化なのかね?」
 という結論に達しました。


 「だからさ、この店に吊るそうと思ってね」

 なんて話していたら、宅配便のお姉さんが箱を抱えて、店に入って来ました。
 「キターーーー!!」
 と雄叫びを上げると同時に僕は、
 「ねえねえ、お姉さん、『吊り忍』 って知ってる?」

 当然、若いお姉さんは知るよしもありません。
 「ママ、早くお金払って、箱を開けて、お姉さんにも見せてあげなよ」
 僕のお節介に、宅配便のお姉さんも興味津々です。

 「へ~、これが、その、つり……、つり……」
 「そう、『吊り忍』。なんとも風流でしょう! これをね、こうやって窓辺に飾るわけよ。どう、涼しそうでしょう!?」

 なーんてね、昭和自慢を始めてしまいました。


 「あとは、風鈴だね」
 とママが、しのぶ玉を宙にかざします。
 「吊り忍」 の下には、風鈴を吊るすのが定番です。
 「音は鉄の南部風鈴がいいけど、見た目の涼しさなら赤い金魚が描かれたガラスの風鈴がいいね」

 「みんな、きっと驚くね」
 「楽しみだね」

 午後4時前に一番乗りした僕とママだけの “真夏の秘め事” でした。


 ♪ 半ば開いた 連子窓
   いつもと同じ 石の道
   カナカナ カナカナ 蜩 (ひぐらし) と
   二度と戻らぬ 日を過ごす ♪
  


Posted by 小暮 淳 at 19:25Comments(2)酔眼日記

2021年07月27日

コーラが好きな座敷わらし


 今月13日に群馬テレビでオンエアされた 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 「二つの秘密 河童と座敷童」 は、ご覧になりましたか?

 再放送を含め3回も放送されたこともあり、たくさんの方が観てくださったようです。
 大変反響がありました。
 「良くまとまっていた番組でした」
 「ナレーションが良かった」
 「ナビゲーターが板についてますね」
 「目撃例があるのが凄い」
 などなど、友人・知人・読者から多くのメールやコメントをいただきました。

 ありがとうございました。


 ディレクターの手腕でしょうね。
 15分という番組の中で、2つの妖怪伝説を紹介し、さらに体験者のコメントを入れ、共通項を見いだす。
 さすがです!

 実は、たった15分の番組を製作するのに、ロケには2日間の時間を費やしています。
 廻したカメラは約8時間にも及びます。
 ということは、番組に採用されなかったシーンが、何倍もあるということです。

 たとえば番組内で紹介した民話、影絵 『カッパのくすり』 も語り部が語る 『座敷わらしの家』 も、カメラは全編収録していますが、実際に使われたシーンは数分です。
 当然ですが、僕がお会いしたカッパを捕まえたお婆の子孫や座敷わらしと暮らした夫婦の末裔の方々へのインタビューも、ほとんどがカットされています。

 残念ではありますが、番組では、これが限界です。
 でも、とっても貴重なインタビューなので、ぜひテレビ局には貴重な資料として保管していただきたいと思います。


 さて、撮影の合間での雑談でのことです。
 スタッフ一同、背筋がゾーッとした話がありました。

 座敷わらしが現れることで有名な旅館の主人と話していた時のことです。
 すでに、この旅館には3人の座敷わらしが棲みついていることが分かっています。
 年長の男の子と年少の男の子、そして年端のいかぬ女の子です。

 でも3人は、“きょうだい” ではありません。
 なんで、そんなことが分かるのかって?
 はい、すべて宿泊客の証言であります。

 目撃例は多数あり、なかには会話をした客もいるとのこと。
 それらの目撃談により、女の子の名前は 「リンちゃん」 ということも分かっています。
 リンちゃんのお気に入りは、クマのぬいぐるみです。

 ロビー脇の畳の部屋には、宿泊客らが置いていったおもちゃやお菓子が山のように積まれています。
 その中央に置かれているのが、クマのぬいぐるみです。
 僕は、その中に違和感のあるモノを見つけました。

 缶コーラです。

 「座敷わらしが、コーラなんて飲むんですかね?」
 素朴な疑問に対して、主人から驚くべき事実が語られました。

 「ええ、2人の男の子のうち、どちらかの子が、コーラが好きらしいんですよ」


 この旅館には、浴場へ向かう長い廊下の途中に、飲料の自動販売機があります。
 深夜、この販売機にコインを入れようとすると……

 《 ボ ク ハ コ ー ラ ガ イ イ 》

 という男の子の声が聞こえたといいます。
 それも複数の客が聞いたことから、いつしか畳の部屋には、おもちゃやお菓子にまざって、コーラが置かれるようになったといいます。


 あったこったか なかったこったか
 (あった事だか 無かった事だか)
 あったこったと話すから
 (あった事として話すから)
 あったこったと きかっさい
 (あった事だと思って 聞きなさい)
 <猿ヶ京温泉 「民話と紙芝居の家」 語り部口上より>
 
   


Posted by 小暮 淳 at 13:06Comments(0)謎学の旅

2021年07月26日

老いては己に従え


 土曜日の夕方に、テレビ朝日系で 『人生の楽園』 というドキュメンタリー番組が放送されています。
 いわゆる 「第2の人生」 を楽しんでいるシニア世代の日常をカメラが追います。

 ほとんどの場合、定年退職後もしくは早期退社して、以前からやりたかった喫茶店やそば屋、農家民宿などを夫婦で始めるといった内容です。
 見ていると、とても毎日が楽しそうです。

 でも “ほとんどの場合”、自営業を始めるんですね。
 「第2の人生」 に、再度サラリーマンを選んだ人は、番組では紹介されません。
 もしかしたらサラリーマンにとって自営業は、憧れなんでしょうか?
 他人に指図されず、自分の好きな時間に、自分の好きなことをできる人生だと思われているのかもしれませんね。

 長年、自営業で生きて来た人から見たら、「そんな生やさしい、甘いもんじゃない!」 と苦言を言われそうですが、『人生の楽園』 では、その辺の厳しさはスルーされています。
 だって、登場する主人公たちは、「第1の人生」 で 立派に勤め上げて、潤沢な蓄えもあり、悠々自適の 「第2の人生」 を送っている人たちなのですから!
 苦しい事や辛いことは、すべてスルーした “人生の楽園” をエンジョイしているのです。


 とはいえ、そんな人たちは、世の中の一握りのはず。
 ほとんどの場合、「第2の人生」 を模索しているか、持て余しています。

 「定年退職して時間に余裕ができたら、妻と旅行をして、孫と遊んで、残りは好きな趣味の時間に……」
 なーんて、誰もが一度は夢を見るようですが、“それだけ” で過ごすには、残りの人生は、あまりにも長過ぎます。
 たぶん、1、2年で飽きてしまうことでしょう。

 いえいえ、1年でもできれば、良いほうです。
 妻が一緒に旅行に行ってくれるとは限りませんよ。
 孫が都合がいいように遊んでくれますかね?
 趣味だって、仕事の合間にするから楽しんですって!
 毎日するんなら、それは、もう趣味じゃない。


 なんだかんだ、“人生100年時代” の 「第2の人生」 は至難の業のようであります。

 そんなことを考えていたら先日、ユニークなセカンドライフを始めた人の話を聞きました。
 その人の娘さんによれば、
 「父は還暦を機に 『独立する』 と家族に宣言をして、家を出ました」
 とのこと。
 職業などの詳細や事情は不明なのですが、前々から、いずれ家を出ることを計画していたようです。

 そして家族と離れ、一人暮らしを始めたそうです。


 これぞ、「第2の人生」。
 しかも自分で考え、自分で選んだ、まさに “人生の楽園” を探す旅に出たのです。

 <老いては己に従え>

 これからの人生の教訓にしたいと思います。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:28Comments(0)つれづれ

2021年07月25日

当て逃げ犯に告ぐ、今すぐ出頭せよ!


 <昔、動物が農耕地を荒らすので、人々は土手をつくり、入り込まぬようにして互いの生活を守りました。でも今は違う。そういった努力をせず、少しでも人間に被害があると相手が悪いものと決め付けて、大げさに騒ぎ、果てには殺してしまう。>
 (当ブログの2020年5月24日 「鳥獣人戯画 ~世紀の対決【完】」 より)


 先日の地元紙に、こんな記事が載っていました。
 <19日午後9時50分ごろ、安中市板鼻の市道で、自転車に乗っていた富岡市職員、Sさん(46)が、道路に飛び出してきたイノシシと衝突した。Sさんは病院に搬送されたが左脚の骨を折る重傷を負った。>

 Sさんは、さぞかし驚かれたことでしょうね。
 いえいえ、イノシシだって驚いたに違いありません。
 たぶん、イノシシもケガを負っているはずです。

 でも新聞では、こう報道されています。
 <イノシシは体長約1メートルで、現場から逃げ去ったという。>

 ということは、Sさんよりはケガの度合いは軽いようです。
 しかも、“逃げ去って” います。

 この時点で、イノシシは、
 ●報告義務違反=3ヶ月の懲役または5万円以下の罰金
 に値します。
 しかも、Sさんはケガを負っています。
 ということは、
 ●救護義務違反=5年以下の懲役または50万円以下の罰金
 を科せられることになります。

 でも、これは加害者が人間の場合の法律です。
 動物に対しては、さらに重い “射殺” が待っていることでしょう。

 だから、一刻も早く出頭して欲しいのです。
 そうすれば、射殺だけは免れるかもしれません。


 近年、野生動物による被害が増えています。
 田畑や家畜に対しての被害にとどまらず、人間に対しての殺傷、殺害事件まで発生するようになりました。

 でも動物たちに、人間社会の法律は通用しません。
 懲役も罰金もないのです。
 発見され次第、極刑あるのみです。

 だから、もう一度、言います。
 「今すぐ出頭せよ!」


 動物とは仲良く暮らしていきたいものですね。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:35Comments(0)つれづれ

2021年07月24日

疫病退散! 天王祭


 今日は一年に一度開催される 「天王祭 (てんのうまつり) 」 でした。

 僕が暮らす前橋市南部の町には、2つの神社があり、境内には、いくつもの小さな石祠があります。
 その1つに、「天王宮」 があります。

 天王宮には、牛頭天王 (こずてんのう) という神様が祀られています。
 その牛頭天王の祭りが、「天王祭」 です。
 疫病などが流行する夏に行なわれる祭りで、災厄を免れられると信仰されています。


 僕は、今年一年間、神の使いとして氏子を代表した11人の 「年番」 に選ばれました。
 (本当は選ばれたのではなく、各班から毎年1軒が担当します)
 1年を通して、様々な祭りを行いますが、この 「天王祭」 は特別です。

 簡略化が進む現代において、いまだに古式ゆかしき祭事を行っています。


 午前8時、公民館に氏子代表たちが集まりました。
 まずは、神様への飾り物づくりが始まります。

 色ちりしを輪ゴムで束ね、1枚ずつ開いて花をこさえます。
 これらを化粧した竹竿に、取り付けます。
 さらに飾り花で彩られた竹竿を、ワラを巻き付けた大きな竹の棒にくくりつけます。

 そして、これらは神社の鳥居に巻き付けられます。
 鳥居には、大きな船形をした灯籠も吊るします。
 灯籠には、「五穀豊穣」 と書かれています。

 さらに町の辻々には、小さな灯籠が置かれます。
 こちらには 「家内安全」 「交通安全」 と墨書きされています。


 これで準備完了!
 午前10時に、神主を迎え、石祠の前に供物を並べ、粛々と祝詞(のりと)が上げられ、牛頭天王様をお迎えいたしました。
 祝詞の中には、ちゃんと <新型コロナウイルス> や <疫病退散> という文言も唱えられていました。

 本来ならば、この後、神主を交え公民館で酒宴が始まるのですが、依然続くコロナ禍であります。
 仕出し弁当が配られ、解散となりました。


 日本人にとって “祭” とは、目に見えない物を信じる力です。
 「フェスティバル」 ではありません。
 どんなに科学や医学が進歩しても、人の心は信じることを止めません。

 令和の世になり、以前より増して災害や疫病などの災厄が起こるようになりました。
 きっと私たちは、これから先の世も先人たちの教えにならい、神を信じつづけることでしょうね。
    


Posted by 小暮 淳 at 16:09Comments(0)つれづれ

2021年07月23日

湯守の女房 (20) 「炭火は人の心を癒やす力があります」


 上牧温泉 「辰巳館」 (みなかみ町)


 山あいの利根川沿いに建つ 「辰巳館(たつみかん)」 は、上牧(かみもく)温泉で最も古い老舗旅館だ。
 近くに水上温泉郷という大観光地をひかえながらも、ここは俗化されずに今も静かな湯治場風情を保っている。

 大正13(1924)年、田んぼに稲が枯れる場所があり、不思議に思った初代が原因を探ろうと掘ったところ、温泉が湧き出たという。
 当初は無料で村人に温泉を開放していたが、昭和2(1927)年に旅館を開業した。


 4代目女将の深津香代子さんは辰年生まれ。
 伊勢崎市生まれで、東京の大学生時代に群馬出身者の集まりで知り合った主人の卓也さんと24歳で結婚した。
 総合商社に就職した卓也さんと2年間、東京で暮らした。
 いずれ旅館に入ることは覚悟していたという。

 「旅館に入って20年になりますが、今でも宴会時のあいさつは、緊張して声がふるえてしまいます。最初は着物を自分では着れなかったものですから、一からすべて大女将に教わりながら今日まで何とかやってきました」


 10年ほど前、卓也さんと香代子さんは、辰巳館が目指す “三温(さんおん)” という言葉をつくった。
 <体を癒やす温泉の温もり>
 <心が和む人との温もり>
 <旬を食す炭火の温もり>

 炭火の温もりとは、宿の名物 「献残焼(けんさんやき)」 のこと。
 川魚や地鶏、旬の野菜などを炭火で焼きながら食べる上越地方の郷土料理で、その昔、高貴な人に献上した物のおすそ分けを焼いて食べたことから名が付いた。
 昭和40年代に先代が今の料理にアレンジした。

 「炭火は人の心を癒やす力がありますね。みなさん、ふるさとに帰ったようだと言ってくださいます」


 炭火で食に満たされ、心が和み、温泉が体を温めてくれる。
 泉質は、ナトリウムとカルシウムを含む硫酸塩・塩化物温泉。
 昔から 「化粧の湯」 と呼ばれている名湯である。

 “裸の大将” で知られる山下清画伯も、上牧の湯を愛した一人だ。
 昭和30年代に幾度となく訪れて、何点もの絵を描いている。
 なかでも 『大峰沼と谷川岳』 は、原画をもとに大浴場のタイル壁画になった。

 署名部分は清自身がタイルを貼った。
 絵の右端に、後ろ姿の清本人も描かれている。
 やさしい化粧の湯に抱かれながら、裸の大将を探すのも癒しのひと時である。


 「一度は行ってみたいという高級旅館ではなく、何度も普段着で行ける宿でありたい」
 女将の言葉が、いつもでも心に残っていた。


 <2012年1月18日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 12:20Comments(0)湯守の女房

2021年07月22日

増刷記念! 『民話と伝説の舞台』 表紙画展


 ≪増刷御礼!!≫
 ≪ここから謎学の旅は始まった。≫

 本の帯にも、書店に貼られたポスターにも、このコピーが躍っています。


 2018年8月に出版した 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) 。
 コロナ禍の影響を受け、この1年で急に売れ出し、書店での欠品が相次ぎ、出版元の在庫が底を尽き、読者の方々には大変ご迷惑をおかけしましたが、今月、なんとか増刷に漕ぎ着けました。
 すると、堰を切ったように大手書店チェーンからの大量発注があり、早くも出版担当者は 「3刷り、決定だ!」 と嬉しい悲鳴を上げているとか、いないとか……!?

 そんな折、またまた嬉しいニュースが飛び込んで来ました!
 高崎市の戸田書店様が、増刷を記念したフェアを開催してくださることになりました!

 戸田書店の高崎店といえば、ちょうど2年前にも出版を記念して、1ヶ月半にわたり 「表紙画展」 を開催してくださいました。
 今回、増刷の一報を受けた店長さんのご厚意により、また今週末より “アンコール展示” を開催してくださることになりました。
 店内中央の特設スペースをお借りして、本の装丁を担当したデザイナーでイラストレーターの栗原俊文氏の原画や装丁が出来上がるまでの工程を分かりやすくイラストで展示いたします。


 すでに本を購入していただいた読者も、ぜひ、この機会にご高覧ください。

 ※会期は24日(土)~と公表していますがディスプレーは完了していますので、それ以前でも閲覧は可能です。



            増刷記念!
    『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』
         栗原俊文 表紙画展

 ●会期  2021年7月24(土)~8月30日(月)
 ●会場  戸田書店 高崎店 (高崎市下小鳥町)
 ●時間  10:00~23:00
 ●問合  ちいきしんぶん TEL 027-370-2262
  


Posted by 小暮 淳 at 11:35Comments(4)著書関連

2021年07月21日

扇風機にリボン


 最近は、扇風機がない家庭が増えているんですってね。


 昨日は、久しぶりに愉快な仲間が集まりました。
 「弟子の会」 の面々です。

 「弟子の会」 とは、ひと言でいえば、温泉好きの集まりです。
 きっかけは、僕の講演やセミナー、教室の受講生、著書やブログの読者が横の連絡を取り合い、僕のことを “先生” とか “師匠” とか勝手に呼んで、僕を出しにして集い、酒を呑もうという会であります。


 会場は、いつものたまり場、酒処 「H」。
 平日ですから出席は、三々五々であります。
 一番早い人 (僕) は、午後4時前からカウンター席で、だらだらと呑み始めます。
 最後の人は、仕事を終えてですから午後8時近くからという自由参加です。

 昨日は、僕を含めて5人のメンバーが揃いました。


 メンバーは全員が昭和生まれです。 
 それも昭和30~40年代ということもあり、いつしか話題は、古き良き “昭和の風物詩” で盛り上がり出しました。

 「風鈴が、今は騒音だっていうんだからね」
 「そういえばスズムシの鳴き声を聴かないけど、まだ飼っている家ってあるのかな?」
 「金魚て、飼い続けると、すごーく大きくなっちゃうって知ってる?」
 「蚊帳って楽しかったよね。でも今思えば、窓全開にして寝ていたんだよね。防犯的に、どうだったんだろう?」
 「スイカって、風呂桶に水張って、そこで冷やしていたよね」

 などなど、昭和の思い出が尽きません。
 そんな中、最後は、扇風機の話題で盛り上がりました。


 「扇風機には、リボンが付いていたよね」
 の一言に、一同、爆笑。
 「なんでだろう? 別に涼しくなるわけじゃないのに」
 「いや、アレが付いているのと付いていないのでは、涼しさは違ったような気がするよ」

 平成生まれ、または昭和後期生まれの方のために、ご説明しましょう。
 当時、扇風機は “おしゃれ” をしていたのです。
 いわゆるファンの前に、風の風力や風向を視覚的にとらえるための 「吹き流し」 を取り付けるのが流行でした。

 たぶん、電気店で販売するときのディスプレーが始まりだと思われますが、なぜか、購入した後も、あの “ひらひら” のテープを付けっぱなしにしていたのです。
 色は白やブルー。
 涼しさを演出するためでしょうか、必ず寒色系でした。
 (首を振る “ひらひら” に、ネコがじゃれついて遊ぶ姿も昭和の風景でした)


 「決して、涼しさが増すわけじゃないのにね」
 「だったら風鈴だってそうでしょ」
 「スズムシや金魚だって、そうだよ」

 「昭和の人たちは、工夫をしながら夏を楽しんでいたんだね」
 「視覚と聴覚から涼しさを想像していたんだ」
 「あと、嗅覚もね」
 「蚊取り線香とか……」


 外を見ると、店の白い暖簾が風に揺れています。

 「ひと雨くれば、涼しくなるのにね」
 と、ママ。
 それを聞いた僕が言いました。
 「そうだ、この店に 『釣り忍』 を吊るそうよ」

 「つりしのぶ、いいわねぇ~」


 日本の夏、「H」 の夏が始まりました。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:18Comments(0)酔眼日記

2021年07月20日

禰豆子、参上!


 最近、やたらと宅配便が届くようになりました。
 それも両手で抱えるほどの大きな段ボール箱です。

 あて名は、すべて同居する次女 (大学生) です。

 「おい、また届いたぞ!」
 と、玄関先で彼女を呼べば、
 脱兎のごとく飛んできて、
 「おお、来た来た」
 と嬉々としながら、その大きな段ボール箱を開封します。

 中を覗けば、ぬいぐるみや菓子類です。

 「なんだ、こりゃ? ネットで買ったのか?」
 と問えば、
 「クレーンゲーム」
 と言う。


 クレーンゲーム?
 あのゲームセンターで見かけるアームを操作して、商品を取るやつ?
 あのゲームの戦利品か?
 ゲットしたなら何で自分で持ち帰らない?
 ああ、大勝ち人への店側のサービスなんだ。
 と勝手に解釈して、
 「へ~、今は宅配してくれるんだね」
 と告げ、2階の仕事部屋へ戻ろうとする僕の背中を、意味不明な娘のひと言が追ってきました。

 「違うをよ、オンライン」

 オンライン?
 なんだ、そりゃ?

 聞けば、家に居ながらにしてネット上でゲームができるのだといいます。
 しかも、ゲットした商品は翌日には配送してくれるらしい。

 昭和レトロ世代には、まってくもって感覚が追い付いていきません。
 これを便利というのか、画期的というのか……
 あれこれ頭の中でイメージしてみたのですが、やっぱり昭和感覚の僕には、何も画像が浮かびませんでした。


 その数日後のこと。
 ピンポ~ン!
 また宅配便が、大きな段ボール箱を届けに来ました。

 「これもオンラインとかの商品か?」
 「うん」

 玄関先で段ボール箱を開けてる娘に、半ばあきれながら通り過ぎようとした時です。

 「あっ、来た来た! おとう、ほら、禰豆子が来たよ!」
 「ねずこ?」
 「おとう、禰豆子のこと、かわいいって言ってたじゃん?」
 「そんなこと言ったか?」
 「言ったよ! だから、おとうのために取ってやったんじゃん」


 ご存じ、人気アニメ 『鬼滅の刃』 に登場する主人公の妹、竈門禰豆子のことです。
 もちろん、マンガもアニメも見ていません。
 世間のウワサ程度の知識です。

 そんな僕が、「禰豆子は、かわいい」 と言ったらしいのです。
 すでに、その記憶すらありません。
 ていうか、禰豆子がどんなキャラクターかさえ、良く知らないのです。

 ただ、口に何か竹筒のようなものを、くわえている女の子という記憶があるだけです。


 「はい、可愛がってあげてください。私からのプレゼントです」
 と手渡された箱には、例の竹筒をくわえた女の子の顔がドアップで描かれ、「鬼滅の刃 竈門禰豆子」 と墨字書きされています。

 中身は、フィギュアでした。
 高さ約15センチ、台座が付いていて、組み立てると、禰豆子が足を広げて、思いっ切りジャンプして、キックをしているような躍動感のあるリアルな人形です。

 発売元は一流玩具メーカーなので、まがい物ではなさそうです。
 「いったい、どのくらいするモノなのだろうか?」
 と気になり、ネットで検索すると、3,280円もする代物でした。


 あれから1週間……

 禰豆子は、我が家の階段踊り場にある観葉植物の隣のテーブルの上で、太ももをあらわに、 「キッーーーク!」 と叫びながら宙に飛び上がっています。

 やっぱ、禰豆子って、かわいいかも!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:56Comments(0)つれづれ

2021年07月19日

酒井正保先生のこと


 <きっかけは13年前に、さかのぼる。当時、私は群馬県内で無料配布されていた生活情報誌の編集人をしていて、毎月、一号一話、編集後記の代わりにコラムを連載していた。タイトルは 『編集長がゆく』。県内で起きている不思議な現象や奇妙な習慣、荒唐無稽な伝説を追って、その謎を解き明かす旅に出ていた。>
 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) 「まえがき」 より

 このコラムを執筆するにあたり、参考にさせていただいた文献が、民俗研究家・酒井正保先生の著書の数々でした。
 酒井先生の著書との出合いは、さらに十数年前にさかのぼります。


 <民話や伝説に興味を抱くようになったのは、フリーランスのライターになってまもなくの頃。編集を手がけた 『前橋めっけ ~ぼくら、ふるさと探検隊~』(前橋法人会) という小冊子との出合いでした。前橋市に生まれ育ちながら、見るのも聞くのも初めての摩訶不思議な風習や慣習が残されていることを知りました。しかも、それらは何百年も前から伝わる民話や伝説に端を発しているものが多いのです。>
 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) 「あとがき」 より

 群馬県前橋市という一地方都市限定の “謎学本” の編集を任されたのです。
 「あとがき」 にも書きましたが、この土地に生まれ育ちながらも正直、民話や伝説には無縁の生活をしていました。
 そんな手探りでの取材活動の折に出合ったのが酒井先生の著書でした。

 『前橋昔がたり』 (朝日印刷)
 『前橋とその周辺の民話』 (朝日印刷)

 前橋市在住の酒井先生ならではの緻密な取材で集められた、実にコアでマニアックな本でした。
 もう僕は夢中になって、先生の他の本も読み漁りました。
 そして、「いずれ先生のように、地元に根付いた民話や伝説をテーマに本を書いてみたい」 と思うようになったのであります。


 僕は一度だけ、先生にお会いしたことがあります。
 といっても、講演会という一方的な場での面識ですが……
 当時、すでに先生は80歳を過ぎていましたが、その雄弁に語る民話や伝説の奥深さに、グイグイと引き込まれたことを覚えています。
 (当ブログの2011年2月26日 「民話に魅せられて」 参照)


 そんな先生が、今年も新著を出版したという新聞広告を目にしたので、速攻、購入しました。
 『心に残る上州の伝承民話を訪ねて』 (上毛新聞社)

 昨年も 『上州の方言と妖怪の民俗を訪ねて』 (上毛新聞社) を出版していますから、2年続けてということになります。
 確か先生は、90歳を過ぎられているはずです。
 いったい、そのバイタリティーは、どこから湧いてくるのでしょうか?

 そう思ったら、がぜん、僕にも勇気と希望が湧いてきました。
 だって、先生の歳まで、まだ30年もあるのですから!

 まだ書ける、まだまだ書ける!


 酒井先生、いつまでもお元気で、まだ眠っている民話や伝説を掘り起こしてください。
 次回の新著を楽しみにしております。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:12Comments(0)謎学の旅

2021年07月18日

湯守の女房 (19) 「 『また来るね』 の言葉が私の生きがいです」


 赤城温泉 「赤城温泉ホテル」 (前橋市)


 年配の人に 「赤城温泉ホテル」 といえば、「ああ、『あづまや』 ね」 と返事が返って来る。
 「あづまや」 とは、元禄13(1700)年創業の赤城温泉ホテルの旧名である。
 昭和54(1979) に改築され、いまの屋号になった。

 赤城温泉は、かつて 「湯之沢温泉」 といい、赤城山麓で、ただ一つの温泉地だった。
 応仁元(1467)年の薬師石像から室町時代には温泉があったことをしのばせる。
 国定忠治や新田義貞も、この湯につかったと伝わる。


 この老舗に現代風の女将がいる。

 「話し好きなものだから、ついついお客さんに言い過ぎてしまうことがあるんです。毎日、反省しています」
 そう言って10代目女将の東宮香織さんは、屈託のない笑顔を見せた。

 伊勢崎市生まれ。
 市内の居酒屋で知り合ったご主人の秀樹さんが、香織さんに一目ぼれをして猛アタック。
 6年間の交際を経て、26歳で結婚し、すぐ旅館に入った。
 子育ては、先代女将の喜久枝さんがサポートした。
 小学6年と4年の男児の母親である。

 会うたびに、女将業が天職だと思う。
 宴席などにも気軽に顔を出し、客からは 「ママ」 と慕われる。
 「本当に、いい女性(ひと)が来たよね」
 と、親戚は口々にいう。

 香織さんが考案し、数年前から個室風呂付きの別館で 「赤ちゃんプラン」 を始めた。
 「小さな子ども連れだと、どうしても他の人の視線が気になります。子どもが泣いても騒いでも平気な空間を提供したかった」
 と話す。
 部屋には、赤ちゃん布団や哺乳瓶、ミルク専用ポットなどが用意されている。

 「接客に心を砕いているつもりだけど、必ずしも皆が満足しているとは限りません。『また来るね』 の言葉が私の生きがいです」


 万病に効く薬湯として知られ、代々守り継いできた湯は、茶褐色ににごっている。

 露天風呂は、湯葉のような白い炭酸カルシウムの膜が湯面を覆う。
 「石灰華(せっかいか)」 と呼ばれる析出物で、温泉マニアにとって垂涎の的だ。
 内風呂は、浴槽の縁や洗い場の床に、温泉の成分が鍾乳石のように堆積している。

 これほどに濃厚な源泉が、加水も加温もせず、かけ流しされている。


 実は、主人の秀樹さんと私は、はとこ同士だ。
 私の母方の祖母が、ここの温泉で産湯をつかった。
 子どもの頃から慣れ親しんできた私のルーツの湯である。
 こうして、いまも湯に入れる幸せを、ご先祖様に感謝したい。


 <2011年12月21日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 11:56Comments(0)湯守の女房

2021年07月17日

マズルを噛みたい!


 一昨年、天寿をまっとうし、あの世へ旅立ってしまった愛犬のマロには大変申し訳ないのですが、僕は、根っからの “ネコ好き” であります。
 今になって話すのもなんですが、15年前に我が家にマロがやって来た時も、僕は猛反対しました。

 「飼うなら、絶対にネコだ!」
 言い張ったものの、当時、小学生だった次女にせがまれ、大人げないと思い、しぶしぶ飼うことにしました。
 まあ、飼ってしまえば、ネコもイヌも大差はありません。
 ましてマロは、チワワでしたからね。
 少し大きめのネコみたいなものでした。

 それでも僕の “ネコ好き” は治りませんでした。
 だからマロとの散歩の途中にネコと出合うと、マロをほったらかしにして、ネコを追いかけることもたびたびありました。
 そのたびにマロは、
 「ご主人様は本当にネコがお好きなんですね……」
 と寂しそうにすねるのですが、好きなものは好きなのだから仕方がありません。

 マロは、納得していたと思います。
 (当ブログの2016年2月13日 「マロの独白⑫ オイラはポチですか?」 参照)


 いまだに僕のネコ好きは治っていません。
 疲れたとき、落ち込んだとき、ボーッとしているとき、パソコンの画面には、YouTubeのネコ動画が映し出されています。

 「か、か、かわゆーーーーーいッ!」
 と歳がいもなく、画面にかぶりついて、思わず声を上げている始末です。
 特にお気に入りは、「キジトラ」 という種類です。

 実は、僕が小学生の頃に飼っていたネコが、このキジトラだったのです。
 名前は 「サニー」。
 なので、キジトラを見つけると、「かわゆーい!」 の後に必ず、
 「サニーちゃ~ん!」
 と叫んでいます。


 そして、心の中で、こう、つぶやきます。
 「噛みたい」

 僕は、ネコの “マズル” が大好物なんです。
 マズルとは、犬や猫などの口のまわりから鼻先にかけての部分のこと。
 日本語では、口吻 (こうふん) とも呼ばれます。
 英語では、muzzle と表記します。


 とにかく、ネコのマズルは可愛い!

 見ていると、だんだんと噛みたくなってしまいます。

 これって、異常でしょうか?

 もし、読者の中に “マズル・フェチ” の方がいましたら、ご一報ください。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:37Comments(5)つれづれ

2021年07月16日

スキヤキと温泉


 「なんで群馬県が、スキヤキなんですか?」
 県外の人に、そう訊かれて、
 「なんでなんでしょうねぇ……」
 と答えに窮する僕。

 いつからか群馬県は、「すき焼き応援県」 を宣言しています。
 そのココロは?
 「県内で、すき焼きの食材が、すべて揃うから」
 のようであります。
 
 牛肉、しらたき、ネギ、シイタケ、白菜、春菊……

 ちょっと、ちょっと! 待ってくださいよ!
 その食材、どこの県でも揃いますって!
 まあ、百歩譲って、ネギとしらたき (こんにゃく)、生しいたけの生産量は群を抜いているにしても、やっぱ、すき焼きの主役は牛肉ですからね。

 さらに言えば、群馬県民って、日常、すき焼きは食べませんよ!
 たまに食べたとしても、肉は豚肉です。
 ならば、せめて 「豚すき」 を群馬名物として推してほしいものです。


 「群馬といえば、やっぱり温泉ですよね!」
 県外の人に、そう言われれば、
 「まあね~!」
 と僕だって、得意になって答えます。

 先日、そのことを証明するようなニュースが飛び込んで来ました。
 リクルート (東京) の観光に関する調査研究機関 「じゃらんリサーチセンター」 が、「じゃらん宿泊旅行調査2021」 を発表しました。
 この調査で、国内旅行先に選んだ理由別の都道府県ランキングで、群馬県が 「魅力的な温泉」 の第1位になりました。

 ほ~らね、誰もが “群馬” と言えば “温泉” だと思っているでしょう!
 同センターは、この調査結果について、こうコメントしています。

 <コロナ下でゆっくり安心安全に過ごす旅行スタイルが支持される中、群馬の温泉地が期待に応えた。>


 ところが!
 こと “食” に関しては、厳しい見解を発表しました。

 <地域性が目立たない。特産品を生かした群馬でしか食べられないメニューや食材の開発、発掘などが求められる。>

 ほ~ら、やっぱ、スキヤキじゃありませんって!
   


Posted by 小暮 淳 at 11:23Comments(3)温泉雑話

2021年07月15日

湯守の女房 (18) 「つくづく温泉は生きていると感じます」


 川中温泉 「かど半旅館」 (東吾妻町)


 和歌山県田辺市の 「龍神温泉」、島根県斐川町の 「湯の川温泉」 とともに、「日本三美人の湯」 の一つになっている。
 川中温泉だけは一軒宿だ。

 源泉は、雁ケ沢の川底から湧いている。
 泉温が約35度と低く、熱交換式で温められているが、一切熱を加えていない昔ながらの源泉風呂もある。


 「『湯がぬるい。こんなの温泉じゃない』 って言われ、お客さんに泣かされたことが、たびたびありました」
 と、2代目女将の小林順子さん。

 榛東村生まれで25年前、ご主人の正明さんと見合い結婚した。
 温泉旅館の長男との結婚は、いずれ女将となって旅館を切り盛りすることを意味する。

 「夫の真面目な人柄に惹かれました。結婚した相手が、たまたま温泉旅館をやっていただけです」
 と話す。
 その清楚な表情は、ご主人の好きな竹久夢二の美人画に、どことなく似ている。

 「夫は結婚前から温泉の歴史や湯を守ることの大切さを語っていました。『温泉は誰のものでもない。有史以前から湧いている地からの恵みをうちが預かっているだけ』 が口癖でした」


 「日本三美人の湯」 に共通した美肌作用は、弱アルカリ性でナトリウムイオン、カルシウムイオンを含んでいること。
 皮脂がナトリウムイオンと結びつくと石けんのような洗浄効果をもたらし、カルシウムイオンと置き換わるとベビーパウダーのように作用するといわれる。
 とりわけ川中温泉はカルシウムイオンの量が多く、湯上りのツルツル感は群を抜いている。

 「最初は温泉の効能なんて、信じていなかったんです。でも実際にアトピーやニキビなどの症状が良くなったお客さんを何人も見てきましたからね。つくづく温泉は生きていると感じます」


 温泉の起源は古く、江戸時代には湯小屋が建てられ、明治時代には湯治場としてにぎわっていたという。
 しかし、昭和10(1935)年に集中豪雨に襲われ、旅館は跡形もなく押し流されてしまった。

 同22年、正明さんの祖父が、湯を惜しむ人たちのために旅館を再建。
 父の故・寿雄さんが初代館主に就いた。


 「ここに美人がいるわけじゃない。私は心の美人だよ、ワッハハ」
 先代女将の故・タミ子さんの豪快な笑い声が懐かしい。
 幅広の麺を野菜と一緒に煮込む郷土料理の 「おっきりこみ」 の麺を自ら打った。
 その伝統は夫妻に受け継がれている。


 <2011年12月7日付>
  


Posted by 小暮 淳 at 09:45Comments(0)湯守の女房

2021年07月14日

ミステリーハンターが行く② 再放送のお知らせ


 ある時は、秘湯を愛する温泉ライター
 そして、ある時は、朝寝朝酒に溺れる地酒大使
 しかし、その正体は……

 そうです!
 謎学を旅する 「ミステリーハンター」 なのであります。


 僕は現在、群馬テレビの 『ぐんま!トリビア図鑑』 という番組のスーパーバイザー (監修人) をしています。
 本来ならば裏方的ポジションなのですが、どうしても会議室にジッとしていられない性分でして、ついつい自分で提案したテーマは自分で取材しないと気が済みません。

 「だったら、そのまま小暮さんがレポートしたら?」

 というディレクターからの誘惑に負け、いつしか番組のキャスターまでやることになってしまいました。
 そして、付いた肩書が 「ミステリーハンター」 です!

 群馬県内に伝わる民話や伝説、現象を追って、テレビカメラマンと音声さんを引き連れて、謎を解き明かしに出かけています。


 昨晩放送の第252話は、「二つの秘密 河童と座敷童」 と題して、2つの妖怪伝説とその関係性を探りました。

 ご覧になりましたか?

 いや~、今回は今までに増して関心が高かったようですね。
 放送終了後から、僕のケータイにはメールの着信音が鳴りっぱなしでした。
 まあ、僕のケータイ番号もしくはメールアドレスを知っている人たちからですから親しい友人ばかりなのですが、それにしてもこんなことは初めてです。

 「えっ、こんな人からも!?」
 と、思わず感嘆の声を上げそうになった人もいました。


 実は今回、初めての体験をしました。
 渡された台本には 「オフコメ」 と書かれている箇所がありました。
 聞きなれない言葉なので、ディレクターに訪ねると、これは 「オフ・コメント」 の略で、いわばナレーションでした。
 早い話、カメラの前で語るのではなく、音声だけ別録りするとのこと。

 ということは、画面に僕が出ていなくても、僕の声が流れるということです。

 なので友人からは、
 <ほとんど出ズッパリ~> 
 とのメールが寄せられました。


 いかがでしたか?
 カッパと座敷わらしの悲しい関係……
 民話や伝説には、必ずや先人たちが後世に伝え残したい “真実” が隠されているんですね。

 見逃してしまった方は、ぜひ、再放送をご覧ください。



     『ぐんま!トリビア図鑑』
    二つの秘密 河童と座敷童

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●再放送  7月17日(土) 朝8時~、19日(月) 朝7時~
  


Posted by 小暮 淳 at 10:59Comments(2)テレビ・ラジオ

2021年07月13日

『民話と伝説の舞台』 が増刷されました!


 ♪ 晴れた空 そよぐ風
   港出船の ドラの音愉し
   (中略)
   ああ 憧れの重版出来 ♪

 うれしくて、思わず歌ってしまいました。


 お待たせいたしました~!
 ついに、『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) が増刷されました!

 発表から4ヶ月、その後、出版元の在庫も底を尽き、欠品する書店が続出しました。
 出版担当者はドギマギ、著者はヤキモキ、店長はアタフタ……

 このコロナ禍です。
 さまざま事情が重なり、スッタモンダがありまして、作業は一旦停止。
 再開したものの遅々として進まず、スタッフおよび関係者は “忍の一字” で耐え、こらえました。

 そして、待ちに待ったその日が、ついに訪れました!


 <重版出来>

 いや~、何度聞いてもいい言葉ですね~!
 「じゅうはんしゅったい」
 業界用語です。

 「重版」 とは、書籍などの出版物が初版の発行部数を上回って、刷り版を重ねること。
 「出来」 とは、その製品ができあがり、発売されること。

 まあ、業界では、最高の誉め言葉と言えるかもしません。
 実際、初版を祝う出版記念パーティーでは、必ずや乾杯の後に、「目指せ、重版出来!」 って雄叫びを上げますもの。
 もちろん僕らも叫びました。

 それが、こうやって現実となったわけです。


 昨日、出版元のミーティングルームにて、スタッフと共に印刷所から届いたばかりの増刷本の包みを開封いたしました。

 ブ~ンと漂う印刷の香り……
 これこれ、これですよ!

 手にした時に感じる本の重み……
 これこれ、これですよ!

 これって、電子書籍では味わえません!
 これぞ、著者にとっての人生最高の至福を感じる瞬間であります。


 増刷ということですから、本文は初版と変わりがありません。
 ただ、読者へのスペシャルプレゼントとして、表紙まわりの装丁がマイナーチェンジされました。
 また増刷を記念して、新たに帯が付きました!
 その帯には、こんなコピーが書かれています。

 <ここから謎学の旅は始まった。>


 今週から順次、書店の店頭に並びます。
 「注文しても、なかなか届かない」
 と、お叱りの言葉をいただいた読者のみなさん、お待たせいたしました!
 今度は、確実に入手できると思います。

 そして、すでに初版本をお持ちの読者さん。
 装丁が変わりましたので、ぜひ、コレクションに加えてください。

 では、書店でお待ちしていま~す!


 ※来月より県内書店にて、増刷フェアの巡回展を行います。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:43Comments(2)著書関連

2021年07月12日

奇特な読者


 雑誌に連載したエッセイが、初めて出版されたのは平成9(1997)年でした。
 あれから24年……
 今までに僕は、15冊の本を著しました。

 「どこのどんな人が本を買ってくれているのだろうか?」
 本を出版するたびに、人知れず思います。
 かなうことなら、僕の本を買ってくださった方全員の顔を見て、直接お礼を言いたい!

 筆者ならば誰もが、そう思っているに違いありません。


 本は通常、書店やネットで販売されます。
 よって、どこでどんな方が僕の本を買ってくださったかは、ほとんどの場合、分かりません。
 例外を除いては……

 その例外とは?

 著者が直接、本を手売りする場合です。
 いわゆる講演会やサイン会の会場ということになります。
 最近はコロナの影響もあり、屋内のイベントは、ことごとく中止になっているため、読者とお会いする場は、ほとんどありません。


 そんな中、唯一、僕には読者と出会える場があります。
 毎月1回、群馬県伊勢崎市の伊勢崎神社境内で開催している 「神社かみしばい」 です。
 この会場では、紙芝居の原作となった僕の著書や作画を担当したイラストレーターの作品を販売しています。

 ほとんどの場合、紙芝居の上演を観覧した帰りに、興味を持たれた方が “おみやげ” 感覚で買われて行かれます。
 が!
 昨日は違いました。
 「読者」 が 「著書」 を 「購入」 しに来てくれたのです。


 その男性 (推定60代) は、今年のはじめに一度、会場に訪れています。
 そのとき、声をかけていただき、僕の著書を見て、
 「小暮さんの本は、全部持っています」
 と言ってくださったのです。
 「全部ですか!?」
 と驚く僕に、
 「『上毛カルテ』 も持っています」

 これにはビックリ!
 この 『上毛カルテ』(上毛新聞社) こそが、24年前に出版した処女エッセイなのです。


 「ただ、どうしても手に入らなかった本が1冊あるんですよね。えーと……、なんて言ったかな~? サイ、サイ……」
 「『ヨ―! サイゴン』 ですか?」
 「それそれ、それだけは、どこを探してもなかった」

 そりゃ~、無いはずです!
 『ヨ―! サイゴン』 は、平成11(1999)年に自費出版したベトナム旅行記なんです。
 自費出版ゆえ、書店には並びませんでした。

 でも、うれしいですね。
 そこまで僕の著書について知っているなんて!

 「分かりました。まだ在庫がありますから、次回からここで販売します」


 あれから数か月。
 昨日、その男性は訪れました。
 そして、感慨深そうに本を手にして、
 「これで、すべて揃いました」
 そう言って、代金を払ってくださいました。

 ありがとうございます。
 心より感謝いたします。

 著者冥利に尽きた一日でした。
   


Posted by 小暮 淳 at 10:29Comments(0)著書関連

2021年07月10日

下流住民に聞け!


 「線状降水帯」

 この五字熟語、テレビのニュースで聞かない日がありません。
 すっかり馴染みの言葉になりましたが、いったい、いつ頃から、この気象専門用語を私たちは知ったのでしょうか?

 と思い、調べてみました。
 平成26(2014)年に発生した広島市の大規模土砂災害からなんですってね。
 それ以前は、ただの 「集中豪雨」 でした。

 線状降水帯とは、複数の積乱雲の集合体です。
 それが次から次へと湧き起こるため、一ヶ所に留まり、大量の雨を降らせます。

 ひと言でいえば、異常気象です。
 昔では、ありえなかったことですから、これも地球温暖化の影響といえるかもしれません。


 今年の梅雨も、また静岡県熱海市で、大規模な土石流災害が発生し、人家と人命をのみ込んでしまいました。
 発生から一週間、いまだに20人が安否不明です。

 なぜ、水害は起きてしまったのでしょうか?
 先人たちは、教訓を残していなかったのでしょうか?

 答えは、被災者の言葉にありました。
 「生まれてこのかた、何十年と暮らしているけど、こんなことは一度もなかった」
 ということは、自然の地形自体が変わってしまったという疑念が浮かびます。

 事実、過去に上流で “盛り土” がされていたことが判明しました。
 これは、天災ではなく、人災?


 僕は、土石流や土砂災害、水害のニュースを耳にするたびに、死んだオヤジの言葉を思い出します。

 「山の開発は、下流住民の声を聞け!」

 オヤジは晩年、自らの水害体験から自然保護の大切さを訴えるための講演活動をしていました。
 その体験とは?
 昭和22(1947)年9月14日から15日にかけて、関東~東北~北海道を襲ったキャサリン(カスリン)台風です。 
 オヤジは濁流に流されながらも銀行の鉄柵につかまり、九死に一生を得ましたが、大勢の友人知人を失いました。

 原因は、戦中戦後に行なわれた赤城山の森林乱伐でした。
 保水力を失った山肌は、山津波となり下流の町をのみ込みました。
 その下流の町が、オヤジが生まれ育った大胡町 (現・前橋市) です。
 ※(詳しくは当ブログの2013年8月7日 「オヤジ史②キャサリン台風」 を参照)


 今回の熱海市の災害も、原因は伊豆山の開発にありそうです。
 宅地造成や太陽光発電パネルの設置、産業廃棄物の不法投棄……

 開発は一見、生活を便利にし、人生を豊かにしそうですが、それは開発された地域の話です。
 山の場合、“先住民” は下流の住民たちなのです。
 代々暮らす自分たちの土地の上に、建造物や道路、レジャー施設などができれば、必ずや “水の道” は変わります。
 先祖からの 「ここは安全な土地だ」 という教えは、通用しなくなってしまうということです。


 「山の開発は、下流住民の声を聞け!」

 テレビのニュースを見るたびに、オヤジの声が聞こえてきます。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:47Comments(2)つれづれ