2017年07月24日
母でなく祖母でなく曾祖母でもなく
「わたしは幸せなんですよ。あんなにも頭が良くて、心の優しい女性は、いやしせんからね」
僕のことを施設職員だと思いこんでいるオヤジは、目を細めながら得々と語り出しました。
先ほど、オヤジを送り届けてきました。
毎週末、土曜日から月曜日までの3日間、僕はオヤジを自宅に引き取って面倒を看ています。
オフクロは満90歳。
現在、これといって大病は抱えていませんが、老衰が進み体重はすでに30キロありません。
体力不足のための寝たきり生活を過ごしています。
平日は実家でアニキが両親を看ていますが、さすがにデイサービスもショートステイもない週末は、2人いっぺんの面倒は無理です。
ということで今年から僕が、オヤジを引き取ることになりました。
ズバリ! 介護は育児とは、似て非なるものです。
日に日に成長する姿を実感できる育児には、希望と喜びがあります。
ひきかえ老人の介護は、年々、その衰えを確認し、受け止めなければなりません。
数ヶ月前までできたことが、今はできない。
「なぜ、できないんだよ!」 と腹を立てたところで、それが自然の理なのですから仕方ありません。
認知症のオヤジは、もう完全に僕のことが “息子” だと分かりません。
しかも僕がロン毛なものだから、
「お前は女だ! 息子なんかじゃない」
とまで言われています。
「H子ー! H子ー!」
昨晩、突然、オヤジがオフクロの名前を呼びました。
「えっ、じいさん、どうしたんだよ。オフクロはいないよ」
「H子は、どこだい?」
一緒にいるときは、オフクロのことだって分からないくせに、急に妻のことが恋しくなったようです。
「H子さんは、ここにはいませんよ。明日、会いましょうね」
「H子は、どこにいるんだい?」
「H子さんに、会いたいんですか?」
僕が施設職員になり切って話しかけると、冒頭のセリフが返って来たのであります。
<あんなに頭が良くて、心の優しい女性はいない>
本当だろうか?
若い頃、ふた言目にはオフクロのことを「バカだ」「アホだ」「気の効かない女だ」 となじっていたくせに。
今になって、記憶の中だけでも “愛妻家” になったのだろうか……。
「H子さんって、素敵な女性なんですね?」
自分のオフクロのことを、そんなふうに訊くのもヘンなのですが、話のついでなので、根掘り葉掘り訊いちゃいました。
僕らにとってオフクロは、母であり、祖母であり、曾祖母でしかないけれど、オヤジにとってのオフクロは、今でも “愛しい女” なのですね。
でも、じいさんよ!
オフクロの頭と心には触れたけど、器量については褒めてなかったじゃないか!
まっ、いっか。
オフクロには、内緒にしておいてやるよ。
Posted by 小暮 淳 at 14:41│Comments(0)
│つれづれ