2018年02月09日
どこかで 誰かが⑧ 湯中にて
温泉に入るのが、僕の仕事です。
ですから、家では風呂に入りません。
シャワーで体を洗うくらいです。
でもね、さすがに冬は……
でも、なかなか家族と入浴時間が合わないのです。
そのたびに、湯を溜めたり、沸かし直したりするのも不経済です。
そんなとき僕は、ぷらりと近くの日帰り入浴施設へ出かけます。
行くなら、平日の一番風呂です。
湯はキレイだし、なにより、すいていますから。
で、その日も、かけ湯をしてから内風呂に入り、いったん上がって、体と頭を洗い、締めの露天風呂に浸かっているときでした。
客は、僕と離れた所に、もう一人。
そこへ、高齢の男性がやって来ました。
ウロウロ、ウロウロ……
なかなか湯舟に入ろうとせず、僕の前を行ったり来たりしています。
やがて、中央から入ったと思うと、そのままスーッと、こちらに向かってやって来て、僕の隣に沈みました。
あれ、あれれれれ????
ヘンだよ、このジイサン。
こんなに、すいているのに、なんで、わざわざ俺の隣に来るんだよ!?
も、も、もしかして、あっち系の趣味の人かしらん!
と、身構えていると、
「失礼ですが、小暮さんではありませんか?」
えっ、誰?
知らないよ、こんなジイサン。
それとも、俺がド忘れしているだけだろうか?
「はい、そうですけど……。どちらさまでしょうか?」
「私は、○×銀行のYと申します」
ますます分かりません。
○×銀行には、そんな名前の知り合いはいないし、年齢的に現役の銀行員とは思えません。
さらに警戒をしていると……
「あ、あ、申し訳ありません。初めて、お会いします。えーと、いつも新聞や本で、文章を読ませていただいています」
なーんだ!
読者だったんですね。
あ~、驚いた。
それから、その人は、僕の文章について、実に詳しく分析した感想を話し出しました。
やがて、根掘り葉掘りと僕のプライベートにまで質問をするようになりました。
「今日も取材なのか?」「住まいは、どこなのか?」「年齢は?」
もうダメです。
限界です。
何がって?
湯あたり御免!
完全に、のぼせてしまいました。
「温泉ライターのくせして、長湯が苦手なもので。すみませんが、先に上がらせていただきます」
「あ、あ……、お引止めして、もーしわけありませんでした」
ありがたいことではありますが、長湯の湯中話はいけません。
もう少しで、<温泉ライター 入浴施設で湯あたり> の見出しが新聞に載るところでした。
それにしても、どこで、誰が見ているか、分からないものですね。
Posted by 小暮 淳 at 18:12│Comments(0)
│温泉雑話