2018年05月27日
言葉を届けに
<お誕生日おめでとうございます。これから暑くなりますが、身体に気をつけて、元気で過ごしてください。>
オヤジを車イスに乗せて、オフクロの病室を訪ねると、枕元に大きなバースデイカードが置かれていました。
「職員一同」 と、手書きで書かれています。
日付けは、今日です。
「ばあちゃん、おめでとう!」
「ありがとうね。覚えていてくれたんだ」
「当たり前じゃないか。でも、なにもプレゼントを持って来なかったけど。言葉だけで、ごめんね」
入院しているリハビリ施設は、飲食の差し入れは禁止されているのです。
「なにもいらないよ。こうして会いに来てくれたんだから」
「元気そうだね。いくつになったんだい?」
「おかげさまで、きゅうじゅういっさいに、なりました」
「すごいね、息子としてもうれしいよ」
正直、親戚から “病気のデパート” と揶揄されたオフクロが、こんなに長生きをするとは思いませんでした。
「おとうさんは、元気ですか? 熱は下がりましたか?」
「ああ、元気になったから、ほら、連れてきたよ」
そう言って僕は、車イスをベッドの脇に付けました。
「本当!? おとうさんがいるの!」
「ほれ、じいさん。H子さん(母の名前) だよ」
オフクロの手に、オヤジの手を重ねてやりますが、オヤジの目は宙を泳いでいます。
「H子さん、わかるよね?」
「……」
「今日が誕生日なんだよ」
「……」
認知症のオヤジには、目の前のオフクロが分かりません。
「ジュン、ベッドから起こしてくれないかね。おとうさんの顔が、もっとよく見たいから」
僕はオフクロの上半身を抱えて、起こしてあげました。
小さくて、ガリガリで、まるで人形のようです。
医者の話によれば、25キロしかありません。
生きていることが不思議に思えるくらい、細い体です。
「おとうさん、おとうさん、おとうさん……」
オフクロがしきりに呼びかけますが、オヤジには届きません。
「ジュン、お願いがあるんだけど、写真を撮ってくれないかい?」
「いいよ、ほら並んで」
僕がケータイを向けると、
「ここでじゃないよ。おとうさんの誕生日にだよ。2人して、家でさ」
オヤジの誕生日は、9月20日です。
「だったら、それまでに家に帰れるように、リハビリを頑張らなくっちゃ」
「うん、がんばるよ」
94歳と91歳のツーショット。
たぶん、今年で結婚69周年じゃないかな。
その時は、孫もひ孫も呼んで、盛大にお祝いをしてあげようと思います。
Posted by 小暮 淳 at 19:12│Comments(0)
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