2020年03月02日
源泉ひとりじめ(18) 雨の夜に “月の女神” が会いに来た。
癒しの一軒宿(18) 源泉ひとりじめ
丸沼温泉 「環湖荘(かんこそう)」 片品村
ひらひらと、エメラルド色した羽を持つ蝶が舞っていた。
蝶ではない。夜だから蛾だ。
しかし、大きさと美しさに息をのんだ。
その姿は、まるで森から現れた妖精のようだった。
前橋を発つときは晴れていたのに、片品村に入ると霧のような雨が降っていた。
日光国立公園内にある丸沼湖畔にたどり着いたときには、フロントガラスを時折、篠の突く雨が叩くようになっていた。
いくつもの立ち枯れた古木が、煙る湖面から突き出しているのが見える。
「たまには、こんな旅もいい……」
幻想的な風景の中で、そう思った。
標高1,430メートル、原生林に囲まれて、湖畔に一軒宿が建っている。
「盛夏でも25度を超える日はなく、お盆を過ぎると夜はストーブが必要」 とは、支配人の弁である。
創業は昭和8(1933)年、当時から変わらぬ豊富な湯量は4ヵ所の浴槽では使いきれず、厨房などの館内でも使用しているが、それでも自噴の半分は放流してしまっている。
その流れ込んだ温泉の塩分を目当てに、沼に野鹿がやって来るという。
風格のある和風建築の館内は、玄関を入ったときから落ち着いた雰囲気に包まれていた。
白木の一枚板の階段、ゆったりとした廊下、通された和室からは、白樺林越しに神秘的な丸沼を一望することができた。
浴室は、時間帯で交替する男女別の内風呂が、それぞれ1つと、家族風呂が2つ。
まずは自慢の大浴場 「ニジマス風呂」 へ。
何が自慢かといえば、ズバリ名前どおりにニジマスが泳ぐ巨大な水槽がある。
魚と一緒に湯に浸かっているのは、なんとも不思議な気分ではあるが、それよりも贅沢にかけ流されている湯量の多さに感動させられる。
かすかな温泉臭があるが、無色透明のやわらかい湯である。
体を動かすたびに、ザザーっと浴槽からあふれ出る湯音が心地よく、何度も体を動かしてみた。
相変わらず、外は雨である。
ふと、ガラス窓の向こうに青い影を見た。
大きくて、美しい蛾である。
“オオミズアオ”
学名は 「月の女神」 の意味を持つ。
体長10センチ以上もある日本では最も大きな蛾である。
森の妖精が会いに来た……
年がいもなく、そう思った。
明日は、きっと晴れるような気がした。
●源泉名:1・2号源泉
●湧出量:250ℓ/分 (自然湧出)
●泉温:47.8℃
●泉質:単純温泉
<2005年9月>
Posted by 小暮 淳 at 11:40│Comments(0)
│源泉ひとりじめ