2020年11月23日
温泉考座 (47) 「ありがたい温泉」
「今の人たちは、温泉を勝手に使っているよね。でも本来温泉は、人間が使わせていただいている、ありがたいものなんだよ」
こう言った秘湯の宿の主人がいました。
竹下内閣の政策として、昭和63(1988)年から町おこしのために全国の市町村に配られた 「ふるさと創生資金」。
1億円の使い道は、それぞれでしたが、温泉のない多くの自治体が温泉を掘削し、入浴施設を造りました。
ボーリング技術が飛躍的に進歩し、地質学者が 「出ない」 と明言していた平野部でも、温泉を掘り当てることが可能になったからです。
「我々の商売敵は、日帰り温泉施設です」
と言い切る温泉宿の主人もいます。
確かに平日の日帰り温泉施設をのぞいてみると、お年寄りたちがカラオケをしたり、飲食品を持ち込んだりして、朝から晩までくつろいでいる姿を見かけます。
その光景は、まさに街中に現れた “現代の湯治場” のようです。
嬬恋村にある県最西端の温泉地、鹿沢温泉 「紅葉館」 の創業は明治2(1869)年。
往時は10軒以上の旅館がありましたが、大正7(1918)年に大火が襲い、全戸が焼失してしまいました。
数軒が約4キロ下りた場所に引き湯をして新鹿沢温泉を開き、湯元の紅葉館だけが源泉を守り続けています。
平成25(2013)年6月、老朽化のため本館が建て替えられましたが、湯治場風情が残る昔ながらの内風呂が男女一つずつあるだけ。
豊富な湯量からすれば、もっと大きな浴槽や露天風呂があってもよさそうですが、
「大切な湯の鮮度を考えれば、これ以上浴槽を大きくすることはできません。先祖からも湯と浴槽に手を加えるなと、代々言い継がれていますから」
と5代目主人の小林昭貴さんは話します。
源泉の湧出地と浴槽の距離は、わずか数メートル。
加水も加温もしません。
湯は熱めで、最初は強烈な存在感をもってグイグイと体を締めつけてきますが、やがてスーッとしみ入るように馴染んでくるのが分かります。
人間が使わせていただいていることを実感できる “ありがたい” 温泉です。
<2014年4月16日付>
Posted by 小暮 淳 at 11:19│Comments(0)
│温泉考座