2021年03月30日
温泉考座 (77) 「残った源泉一軒宿(上)」
このカテゴリーでは、ブログ開設10周年 (2020年2月) を記念した特別企画として、2013年4月~2015年3月まで朝日新聞群馬版に連載された 『小暮淳の温泉考座』(全84話) を不定期に紹介しています。
(一部、加筆訂正をしています)
たった1軒で湯を守り、温泉地名を守っている 「源泉一軒宿」。
群馬県内には、かつて数軒の宿があり、湯治客らでにぎわっていた歴史ある温泉地も少なくありません。
1軒、また1軒と姿を消して、取り残されてしまった温泉宿。
もし、この1軒が廃業してしまったら……。
また地図の中から温泉地名が一つ、消えてしまうことになります。
旧六合(くに)村の山あいに、ひっそりたたずむ花敷温泉 (中之条町) も、そんな取り残されてしまった一軒宿です。
<山桜 夕陽に映える花敷て 谷間にけむる湯にぞ入る>
建久3(1192)年、源頼朝が狩りの際に温泉を発見したと伝わります。
その時に詠んだ、この歌から 「花敷」 の名前が付いたといいます。
大正時代には歌人の若山牧水が、草津温泉から沢渡温泉へ向かう途中に立ち寄っています。
<ひと夜寝て わが立ち出づる山かげの いで湯の村に 雪降りにけり>
1泊して歌を残し、暮坂峠を越えて旅立って行きました。
頼朝や牧水が入ったという湯は、今でも白砂川と長笹沢川が合流する河畔に湧いています。
昔から 「草津の上がり湯」 と言われ、草津温泉の酸性の強い湯でできた肌のただれを癒やすため、草津帰りの旅人たちが利用する湯治場として、にぎわっていました。
往時は3軒あった旅館も、現在は 「花敷の湯」 ただ1軒になっています。
創業は昭和39(1964)年。
材木商を営んでいた先代が 「花敷温泉ホテル」 として開業しました。
先代の死後、一時は宿を閉めていましたが、息子さんが後を継いで再開しました。
平成10(1998)年に客室わずか5部屋の小さな秘湯の宿としてリニューアル。
昔ながらの囲炉裏で食事をする里山料理が評判になり、遠方より多くの浴客が訪れています。
特筆すべきは、戦後まもなく崖の上に造られた露天風呂の 「岩の湯」 です。
かつての共同湯だったというだけあり、石垣に囲まれた湯舟は野趣にあふれ、今も湯治場の風情を残しています。
肌にやさしい、サラリとした上品な湯が、惜しみなくかけ流されています。
<2015年2月4日付>
Posted by 小暮 淳 at 11:22│Comments(0)
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