2021年05月06日
湯守の女房 (4) 「温泉を残してくれた主人に感謝しています」
大胡温泉 「旅館 三山センター」 (前橋市)
不思議な話があるものだ。
2004年、日本列島を 「温泉偽装問題」 が駆けめぐった。
某温泉地の入浴剤投入発覚に端を発し、水道水や井戸水を沸かしていた事実が次々と報道され、温泉地の信頼が揺らいだ。
ところが、ここ大胡温泉が知られるようになったのは、この騒動とは正反対のいきさつだった。
女将の中上ハツヱさんが、農業を営む信一さんのもとへ嫁いだのは昭和31(1956)年のこと。
商いに興味があったハツヱさんは13年後、現在地に飲食店をオープンした。
さらに13年後、宿泊棟を増設して念願の旅館を開いた。
この時、信一さんが 「水が足りないから」 と井戸を掘り、井戸水を沸かして大浴場で使った。
「私の人生は、いつも13年ごとに転機がやってくるの」
と女将は、ある夏の日の出来事を話し始めた。
3人の女性客が3日間滞在し、日に4、5回入浴して帰って行った。
1ヶ月ほどして、また同じ客が訪ねて来て、
「ここの湯のおかげで神経痛が治った」
と礼を述べた。
「もうビックリ! 信じられませんでした。お客様は、うちを湯治場だと思って来ていたのですから。でも以前から 『湯冷めをしない』 とは言われていたんです」
女将は 「だったら自分の持病のリウマチにも効果があるかも」 と、その日から毎日2、3回の足湯と朝夕の入浴を欠かさなかった。
すると、2カ月後に腕の激痛が治まり、4カ月後には完全に痛みが消えた。
医者から 「リウマチは一生の病だから、友だちのように付き合って」 と言われ、あきらめていただけに、奇跡に出合ったようだったという。
「これは、ただの井戸水ではない」
と県に検査を依頼すると、メタけい酸をはじめ、多くの成分を含む天然温泉だと判明。
旅館を開業して、ちょうど13年目のことだった。
この事実は、リウマチや神経痛に苦しむ人たちに口コミで伝わり、埼玉、東京方面からも、うわさを聞きつけて患者がやって来た。
「温泉を残してくれた主人に、ただただ感謝しています」
と目をうるませた。
5年前、最愛のご主人が74歳で他界。
現在は長男ら家族とともに、湯と宿を守り継いでいる。
無色透明、無臭ながら実によく温まる湯だ。
浴槽に敷かれているヒノキのぬくもりが、肌にやさしい。
浴室の窓を開け放つと、目の前にため池が広がり、ぐるりと木々がめぐっている。
ご主人が、女将のために植えた桜だという。
<2011年4月6日付>
Posted by 小暮 淳 at 11:44│Comments(0)
│湯守の女房