2021年05月29日
湯守の女房 (9) 「やわらかくて、やさしい湯なので、赤ちゃんでも安心して入れます」
湯桧曽温泉 「林屋旅館」 (みなかみ町)
その昔、源氏に滅ぼされた奥州の豪族が、この地にたどり着き、温泉を発見したと伝えられている。
湯にひそんでいる意味から 「ゆのひそ村」 と呼ばれたことが、湯桧曽(ゆびそ)温泉の始まりだという。
谷川岳の水を集めて流れる湯桧曽川に沿って、数軒の宿が点在する静かな温泉地だ。
林屋旅館は大正11(1922)年の創業。
湯桧曽温泉で最も古い。
「私が嫁いできた昭和30年代は、みやげ物屋がたくさん並ぶ温泉街で、大変にぎわっていました。登山ブーム、スキーブームと続き、今では考えられないほどの忙しい毎日を送っていました」
と3代目女将の林茂子さん。
階段の踊り場から2階の廊下にかけて、昭和初期の宿の様子を伝える懐かしい写真とともに、時を刻んだセピア色の掛け軸が飾られている。
『毛越のさかい清水の峠より 南乃野山紅葉しにけり』
昭和9(1934)年、歌人の与謝野晶子が投宿した際に、残していった歌だ。
先代の主人、林音松さん (故人) が文人好きで、作家や歌人が泊まると必ず一筆したためてもらい、掛け軸に表装していたという。
「代々守り継いできた旅館ですから、逃げ出したくなるようなつらいときもありました。でも時代の流れを見て来られ、今はただただ感謝しています」
守り継いできたのは、宿の歴史だけではない。
800年以上も昔から湧き続ける温泉を守り継ぐことこそが、老舗旅館の誇りだ。
湯は湧水のように澄んで美しく、滝のように豪快に流れ出している。
2本の自家源泉と1本の共有泉から給湯される総湯量は、毎分150リットル以上。
温度の異なる3つの源泉を混合し、加水も加温もすることなく、季節や天候により変化する浴槽内の湯を適温に調節している。
湯をこよなく愛する湯守(ゆもり)のいる宿だからこそなしえる匠(たくみ)の技だ。
「みなさん、湯をほめてくださいます。やわらかくて、やさしい湯なので、肌の弱い方や赤ちゃんでも安心して入れます」
と4代目若女将の敦子さん。
11年前に横浜から嫁いで来た。
温泉は、みんな同じだと思っていたが、最近は湯の違いが分かってきたという。
2人とも夫との出会いが北関東のスキー場だったという共通点がある。
湯守の女房としての心意気も着実に受け継がれている。
<2011年6月29日付>
Posted by 小暮 淳 at 12:19│Comments(0)
│湯守の女房