2021年09月24日
湯守の女房 (31) 「何度も泊まりに来てくれる方が増えました」
このカテゴリーでは、ブログ開設11周年企画として、2011年2月~2013年3月まで朝日新聞群馬版に連載された 『湯守の女房』(全39話) を不定期に掲載しています。
湯守(ゆもり)とは源泉を守る温泉宿の主人のこと。その湯守を支える女将たちの素顔を紹介します。
※肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。
北軽井沢温泉 「御宿 地蔵川」 (長野原町)
生誕100年を迎える木下恵介監督による日本初の長編カラー映画 『カルメン故郷に帰る』(1951) が8月31日 (日本時間9月1日)、イタリアのベネチア国際映画祭のクラシック部門で上映された。
高峰秀子が主役のストリッパーを演じたコメディー映画。
そのロケ地の一つが、旧草軽電気鉄道の北軽井沢駅だった。
新軽井沢~草津温泉間の55.5キロを結んでいたが、昭和37(1962)年に全面廃止。
旧駅舎は、平成18年(2006)年に国の登録有形文化財になった。
「御宿(おやど) 地蔵川」 の近くに残っている。
木下監督ら映画のロケ隊が宿泊したのは、昭和17(1942)年に創業した前身の 「地蔵川旅館」。
2代目当主の土屋勝英さんの母が、材木業を営んでいた夫を早く亡くし、5人の子どもを育てるために営み始めたという。
「地蔵川」 は北軽井沢の旧地名だ。
長野県生まれの大女将の民子さんが勝英さんと結婚したのは、草軽電鉄廃止の2年後のこと。
それでも高度経済成長期のレジャーブームに乗り、60~80年代はマイカーで訪れる観光客でにぎわった。
「とくに夏は、目が回るほどの忙しさでした。避暑を求める観光客をはじめ、テニスやゼミ合宿などに来る学生らでいっぱいでした」。
宿名も 「地蔵川ホテル」 に改名した。
転機は平成5(1993)年。
敷地内の井戸水に析出物が見られることから 「もしかしたら温泉かもしれない」 と検査したところ、天然温泉の成分があると判明。
許可を取って温泉のあるホテルとし、日帰り入浴客も受け入れた。
女将の幸恵さんは岐阜県生まれ。
3代目の基樹さんと8年前に結婚した。
当時、別荘やキャンプ場からの日帰り入浴客が急増し、ホテルではなく、日帰り入浴施設と間違われることもあった。
2人は 「このままだと宿泊客がお湯にゆっくり浸かれない」 と考え、5年前、和風旅館に改装し、宿名を 「御宿 地蔵川」 に変えた。
「宿泊のお客さまのことを第一に考え、思い切って改装して良かった。何度も泊りに来てくれる方が増えましたから」
と女将の幸恵さん。
大女将の民子さんは、
「夫は 『先の見えない時代で、宿の経営は大変だから自分の代で終わってもかまわない』 と話していました。それでも2人が立派に継いでくれました」
と笑顔で返す。
そして、
「一度言い出したら頑固な息子ですけど、幸恵さん、どうかついて行ってあげてね」
と付け加えた。
<2012年9月19日付>
Posted by 小暮 淳 at 09:59│Comments(0)
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