温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2017年03月11日

あれから6年、大胡温泉。


 2011年3月11日、午後2時46分。

 あの日あの時、僕はなぜ大胡温泉にいたのだろうか?


 <グラリと、とてつもない大きな揺れが東日本を襲った。「長年生きてきたけど、こんな揺れは初めてだよ」 と叫ぶ女将の中上八ツヱさんをはじめ、息子で2代目の富男さんらとともに、屋外へ駆け出した記憶が昨日のようにありありと目に浮かぶ。「これも何かの縁ですね」 と、毎年3月11日に私は必ず大胡温泉を訪ね、地震発生の時刻に女将らとともに黙とうを捧げている。>
   (『新ぐんまの源泉一軒宿』 より)


 今日、大胡温泉(前橋市) の一軒宿 「旅館 三山センター」 へ行ってきました。

 「待ってましたよ」
 「もちろん、来ましたよ」
 「どうします?」
 「まずは、ひと風呂浴びてきます」

 出迎えてくれた女将とは、10年以上の付き合いになります。
 息子さんやスタッフとも、気心知れた仲です。
 勝手知ったる温泉宿であります。
 僕は、あいさつもろくにせず、湯屋へと向かいました。


 あの日、なぜ僕は、ここに来たのだろうか?
 取材だとばかり思っていたけど、カメラマンはいませんでした。
 だとしたら、ぷらりと今日のように湯に入りに来たのだろうか?
 いえいえ、それは違います。
 あの日、風呂に入った記憶はありません。
 何より、午後2時46分に居たというのが不思議です。
 中途半端な時間に居たものです。

 湯の中で、ただひたすらに、あの日のことを考えていました。
 地震発生後のことはハッキリと思い出せるのに、それ以前のことが、まったく思い出せません。


 「黙とう!」
 テレビの時報とともに、女将さんとスタッフ、広間にいたお客さんたちと一緒に1分間の黙とうを捧げました。

 「もう6年も経ったのかしらね。早いものですね」
 「みんなで旅館を飛び出したのが、ついこの間のようです」

 名物の 「焼きまんじゅう」 をいただきながら、あの日のことを話していました。
 でも、やっぱり、午後2時46分以降のことばかりです。

 「女将さん、あの日、僕はなんでここにいたんでしたっけ?」
 「えっ、……。なんででしたっけね」


 帰宅後、僕は自分のブログをチェックしてみました。
 すると、1年後のブログに、こんなことが書かれていました。

 数日前に、女将から電話をもらったこと。
 内容は、「小暮さんのファンが手紙を渡してくれと置いて行ったから、ついでの時に寄ってください」 とのこと。
 そして、あの日、僕が仕事のついでに寄った時刻が午後2時46分前だったこと。
 「お風呂に入っていったら」 と女将に勧められたが、「急いでいるので」 と断ったこと。
 その直後、とてつもなく大きな揺れが襲ったこと。
 ※(当ブログの2012年3月11日 「あれから1年、大胡温泉へ」 参照)


 「これも何かの縁ですね」
 女将の言葉が改めて、深く心にしみてきたのであります。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:47Comments(0)温泉地・旅館

2017年03月10日

おかげさまで70万アクセス


 気が付いたら、このブログのアクセス数が70万を超えていました。
 開設が2010年の2月ですから、ちょうど7年が過ぎたことになります。
 1年間で延べ10万人の人が読んでくださっているのですね。
 ありがたいことです。

 ライターは、読まれてナンボの職業です。
 ブログは仕事ではありませんが、会社も事務所も持たないフリーランスの僕にとっては、これが唯一の営業活動なんですね。
 ホームページもありませんから、初めて僕を知った人は、とりあえず、このブログを見てくださるわけです。


 最近は、新聞の記事や講演会のパンフレットなどにも、プロフィールにブログのタイトルが書かれていることもあり、新しい読者が徐々に増えているようです。
 そういえば、温泉大使の名刺にも刷られていましたっけね。
 “ブログ 「小暮淳の源泉ひとりじめ」 も好評執筆中!” って。

 なんといっても新聞の影響は大であります。
 昨年(2016年)の3月22日は、1日で約3,000ものアクセスがありました。
 その日、毎日新聞の全国版に記事が掲載され、ご丁寧にプロフィール欄にはブログのタイトルまで掲載されました。
 たかが群馬、されど群馬の温泉が全国に知れ渡った記念すべき一日となりました。


 また最近は、いろんなところで 「ブログを読んでます」 と声をかけていただきます。
 講演会やセミナーしかり、飲み屋のカウンターしかり、初対面でも 「あっ、温泉の!」 と僕を知った瞬間、ブログの話になります。

 以前は温泉ファンの読者が多かったのですが、最近は一般の人も読んでくださっているようで、「ご両親の介護、大変ですね」 とか 「息子さんのご結婚、おめでとうございます」 とか 「マロ君の話を毎回、楽しみにしています」 なんて声をかけてくれる人がいます。

 一番驚いたのは、地元自治会の会合に出席したときのこと。
 温泉好きの方が 「小暮さんの本を持ってますよ」 と声をかけてくれました。
 すると数名の人が、「俺も」 「私も」 と声を上げてくださいました。
 そしたら別の方が、「俺なんか、ブログ読んでるからね」 と言ったのです。

 なんと、その人は、我が家の隣のご主人だったのです!

 「ありがとうございます」と、お礼を言ったものの、急に恥ずかしくなってしまいました。
 こんな身近な人たちが読んでくださっているなんて、思ってもみませんでした。

 広いようで狭く、狭いようで広いのが、世の中なのですね。


 ということで、このブログも8年目に入りました。
 今年は80万アクセスを目標に頑張ります。

 温泉の話はもちろん、講演やセミナーのお知らせ、身近で起きた日々の出来事をつれづれなるままに記していきたいと思います。
 読者のみなさま、今後とも末永く、よろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:20Comments(0)執筆余談

2017年03月08日

黄泉の国から


 なんとも寝覚めの悪い夢を見ました。

 9年前に亡くなった友人の夢です。
 いえ、友人というよりも、彼は仕事の相棒でした。
 一緒に離島を取材しながら旅をしたカメラマンです。


 あの頃のように、僕は彼と夜の街で待ち合わせをしています。
 決まって取材へ出かける前は、打ち合わせと称して酒を酌み交わしていました。
 ところが昨晩の彼は、いつもと様子が違いました。
 待ち合わせの時間には遅れることなく来たのですが、顔面蒼白です。

 「小暮さん、ごめん。今日は無理みたい。体調が良くありません」
 そう言って彼は、胸のあたりに手を当てて、路傍にうずくまりました。

 彼の死因は、肺ガンでした。
 でも夢の中の僕は、まったくその事実を知りません。
 もちろん、彼がすでに亡くなっていることにも気づいていません。
 それよりも僕は、つじつまの合わないおかしなことを考えていました。


 今年の正月、突然、彼の奥さんから電話がありました。
 「息子たちも小暮さんに会いたがっているので、遊びに来られませんか?」

 僕は、この電話にハッとしました。
 思えば彼が黄泉の国へ旅立って以来、一度も彼の家に行ってなかったことに気づいたのです。
 その数日後、僕は彼の家を訪ね、自分の著書を仏壇に供え、9年ぶりに線香を上げました。

 仏壇の中で、微笑む遺影。
 南の島で釣りをしている彼を写したものです。
 シャッターを押したのは僕。

 「この頃の主人が、一番生き生きとしていました」
 と奥さん。
 カメラマンだった彼自身を撮った写真は、ほとんどないと言います。


 僕は夢の中で、この日のことを考えていました。
 <なんで彼は、正月に遊びに行った時に、いなかったのだろう? たまたま仕事で不在だったのだろうか?>
 そんな疑問が渦巻く中、僕は彼を介抱しています。

 「救急車を呼ぼうか?」
 「いや、いいです。今日は、これで帰って寝ます」
 「本当に大丈夫かい?」
 「はい、ご心配かけました。では、また連絡します」
 そう言って彼は、夜の街へ消えてしまいました。


 なんで、あんな夢を見たのだろう……。
 今日は朝から悶々としていました。

 もしかしたら今になって、正月のお礼を言いに来たのかしらん。
 それとも・・・

 あの日、僕は彼の息子と酒を飲みながら、こんな話をしました。
 「来年はお父さんの十回忌だね。没後10年の節目に、彼の写真集を作ろうか?」
 すると製作会社に勤める息子が、
 「はい、ぜひ、お願いします。ね、母さん! 絶対にお父さん、喜ぶよね」


 せっかちな彼のことです。
 昨晩の打ち合わせは、取材ではなく、写真集の件だったのかもしれませんね。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:22Comments(0)つれづれ

2017年03月06日

通れない道


 「アクセルとブレーキを踏み間違えた」
 その後も、高齢者による交通事故が後を絶ちません。


 ちょうど1年前の3月3日のことでした。
 高崎市の市道で登校中の児童の列に、駐車場から飛び出した乗用車が突っ込み、小学1年生の男児が死亡。
 運転していたのは70代の男性。
 駐車場に駐車する際、「アクセルとブレーキを踏み間違えた」 とのことでした。

 新聞記事によれば、男児の命日である今月3日、関係者が事故現場に集まり、花を手向けて冥福を祈ったといいます。
 男児の父親は、「どうしても現場に来られなかった。事故と向き合ったのは1年ぶりで、いまだに信じられない」 とコメントしています。

 “どうしても現場に来られなかった”
 この言葉に、僕でさえ一瞬にして、あの日あの時の光景がフラッシュバックしてきて、体が小刻みに震え出したほどです。
 男児の父親の心情は、到底、そんなレベルではないはずです。


 今から8年前のこと。
 まだ高校生だった長男が、自転車での登校途中に交通事故に遭いました。
 交差点の真ん中で軽自動車にはねられ、宙を舞い、フロントガラスに叩きつけられ、路面に落ちました。

 <高校生 車にはねられ重傷>
 翌日の新聞には、そんな見出しの記事が載ったほどです。

 おかげさまで命には別状がなく、その後快復し、後遺症もなく、元気に高校生活に復帰しました。
 いまだに本人には事故の記憶がなく、あっけらかんとしていますが、第一報を受けて救急病院に駆けつけた僕は、その時のショックで寿命が縮まってしまい、しばらくは事故現場を通ることができませんでした。
 いえ、今でもなるべく通らないようにしていますし、仕方なく通るときには、できるだけ事故のことを思い出さないようにしています。

 だもの男児の父親の悲しみと怒りは、計り知れないものがあると思います。
 よくぞ、現場に来られたと、その気丈ぶりに敬服しました。


 くしくも同じ3月3日の新聞紙面に、こんな見出しの記事を見つけてしまいました。
 <74歳運転の乗用車 店舗に突っ込む>
 幸いけが人はいなかったようですが、運転手の女性は、また 「アクセルとブレーキを踏み間違えた」 と話しているそうです。

 クルマ自体の機能の改善、運転免許制度の見直し等、一刻も早く進めてほしいものです。
 被害者の家族もつらいですが、加害者となってしまった高齢者の家族もつらい思いをするのですから。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:29Comments(2)つれづれ

2017年03月04日

亡夫の湯心を抱いて


 僕は現在、年間20~30回の講演やセミナーを行っています。
 依頼主は企業や団体、市町村などまちまちで、その会場の規模もさまざまです。
 大きなところは200人以上が入る会館のホールだったりしますが、小さいところだと20~30人も入ればいっぱいになってしまう公民館や集会所だったりします。

 今週は、両極端な2会場で講演を行ってきました。


 昨日の上毛新聞に記事として載ったので、知っている人もいるかも知れませんが、1日(水) に群馬銀行本店の大会議室で、ぐんぎん証券の開業を記念した講演会に、講師として招かれ講話をしてきました。
 新聞発表によれば、約160人も聴講者があったとのことです。

 大きな会場では、あまり観客の顔が見えないので、自分勝手に話を進めることが多いですね。
 それなりの充足感は得られるのですが、終演後はすぐに控え室に入ってしまうため、主催者側の人としかコミュニケーションがとれないのが、僕としては残念です。

 それに比べるて公民館主催による小さな講演会は、とても和気あいあいで楽しいものです。
 周辺住民がお菓子や手作り惣菜を持ち寄って、終演後に講師を囲んで “お茶会” を開いてくれることもあります。
 今日も、そんな温かな講演会に招待されました。


 会場は、前橋市総社公民館桜が丘集会所。
 30人も入ればいっぱいの小さな会議室です。
 演台と客席の距離も近く、時に掛け合い漫才のようなトークも飛び出し、何度も笑いに包まれました。

 終演後のことです。
 1人の高齢の婦人が、僕の著書を手に、サインを求めて来ました。
 『ぐんまの源泉一軒宿』(2009年) と 『群馬の小さな温泉』(2010年) でした。
 2冊とも真新しいのですが、いくつも付箋紙が貼られていました。

 「主人が6年前に亡くなりまして、遺品を整理していた時に、先生の本が出てきました。行きたかった温泉に付箋を貼っていたようです」
 と開いたページには、所々、赤いラインマーカーで線が引かれていました。

 「この中で生前、夫に連れて行ってもらったのは、沢渡温泉の龍鳴館だけでした。その後、すぐに亡くなってしまいましたから……」

 6年前といえば、2011年です。
 この年の9月に僕は、シリーズ3冊目となる 『あなたにも教えたい四万温泉』 を出版しています。
 ということは、この方のご主人は、本が出版される前に亡くなったということです。

 「今日、先生にお会いできたのをきっかけに、主人が行きたかった温泉をめぐってみようと思います。今日は本当に素敵なお話をありがとうございました」
 そう言って婦人は、深々とお辞儀をすると、胸に2冊の本を抱えて会場を出て行きました。


 なんとも不思議な縁であります。
 もし、ご主人が生きていられたら、今日の講演会には2人で来られていたかもしれませんね。
 そして、シリーズ8冊全部を持って、サインを求められたかもしれません。
 でも、その本は、きっと今日持って来られたような真新しさはなかったでしょうね。

 たかが温泉、されど温泉。
 温泉が引き合わせてくれた、心温まる出会いでした。
   


Posted by 小暮 淳 at 21:32Comments(2)講演・セミナー

2017年03月03日

伊香保温泉 「岸権旅館」


 僕は昨年の春から天下の名湯・伊香保温泉にある全宿の “湯” を制覇しようと、果てしない行脚の旅に出ています。
 最初は、いったいいつになれば終わるのだろうと思われた長い旅も、やがて終わりを迎えます。

 昨晩、その最後の宿に泊まってきました。
 伊香保温泉全44軒の最後に訪ねたのは、屈指の老舗 「岸権旅館」 でした。


 室町時代から安土桃山、江戸、明治、大正、昭和、そして平成と脈々と湯を守り継いできた3軒の老舗宿。
 そのうちの1軒が、岸権旅館です。
 創業は天正4年(1576)年といいますから、なんと440年前であります。

 まさに伊香保温泉全宿制覇のファイナルを飾るにふさわしい旅館でした。


 その昔、湯の引湯権利が与えられた大屋制度。
 12軒の宿には、十二支にちなんで干支の名が付けられました。
 「辰の湯」
 これが岸権の称号です。

 今でも残る3軒の宿には、「黄金(こがね)の湯」 と呼ばれる伊香保伝統の茶褐色の湯が引湯されています。
 岸権には、伊香保温泉総湧出量の約1割に当たる毎分300リットル以上の源泉が届いています。
 たった1軒で、300リットルですぞ!

 だもの本館、離れ、浴室棟にある計13の浴槽は、すべて完全放流式(かけ流し) です。
 これはファイナルにふさわしく、すべて “湯破” しようではないか! と意気込んでみたのですが、ひと晩では体力の限界があります。
 しかも女風呂には入れません。
 ということで、婦人浴室と貸切風呂を除く、代表する3つの湯を “湯破” することにしました。

 「権左衛門の湯」 と 「又左衛門の湯」 と 「六左衛門の湯」 です。
 すべて岸一族の先祖の名前が付いています。
 となれば第1湯目は、やっぱり岸権の創業者である権左衛門氏に敬意を表さないわけにはなるまい。

 江戸時代の古い錦絵に描かれた伊香保温泉の入浴風景。
 その湯殿を再現したのが、総ひのき造りの 「権左衛門の湯」 です。
 上越国境の白い連山を眺める露天風呂と2つの丸い桶風呂。
 惜しみなくかけ流されている茶褐色の湯を存分に堪能しました。

 もちろん、朝までに “三左衛門”の湯をすべてめぐりました。


 そして、僕の11ヶ月にわたる旅も終わりました。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:34Comments(0)温泉地・旅館

2017年03月02日

角間温泉 「岩屋館」


 一度行ってみたいと思っていた温泉宿でした。

 僕の場合、群馬県内を中心に仕事をしているので、なかなか県外の温泉を取材で訪れることはありません。
 行きたい温泉は、プライベートで行くしかないのですが、そんなプライベートな時間もなかなか作れません。
 そんな時、僕には格好の手段があるのです。

 そうです!
 自分の講座に組み込んで、受講生らと一緒に行っちゃえばいいんです。

 ということで、長野県上田市の角間(かくま)温泉 「岩屋館 」に行ってきました。


 岩屋館は、奇岩怪峰が見られる角間渓谷の奥深くにある秘境の一軒宿。
 「日本秘湯を守る会」 の会員宿でもあります。
 真田一族の居城も近いことから、その隠し湯とも呼ばれています。

 「いや~、すごい景色ですね~」
 露天風呂の中で、倒れかかるような岩壁や奇岩を眺めながら喚声を上げています。
 湯は鉄分を含んだ炭酸泉。
 足元が見えないほどの濃厚なにごり湯です。

 「赤いですね。伊香保より赤い。相間川(高崎市) くらいありますね」
 受講生の1人が、過去に講座で行った温泉と比較しながら言いました。
 「ですね。かなりの鉄分の量です。飲めば、貧血に効きそうですね」
 これぞ、野外講座ならではの生きた勉強であります。

 湯上がりは、山のごちそうをいただきながらのお決まりのビールタイム!
 食堂の窓いっぱいに迫る渓谷美を愛でつつ、今回も楽しい温泉談義に花が咲いたのでした。


 この野外温泉講座も今年で、9年目に入ります。
 新講座は4月に開講!
 ただ今、春期受講生募集中!
 問い合わせ・申し込みは、TEL.027-221-1211 (NHK文化センター前橋教室) まで。




   


Posted by 小暮 淳 at 11:08Comments(2)温泉地・旅館

2017年02月27日

ツィゴイネルワイゼンと青春の街


 鈴木清順監督の訃報を聞いた日から、僕は頭の中で毎日、吉祥寺の町を歩いています。
 といっても今の吉祥寺ではありません。
 昭和55年(1980) の吉祥寺の街です。

 当時、僕は22歳。
 ミュージシャンになる夢を追いかけて、東京で暮らしていました。
 ライブハウスや路上、レコード店や楽器店の店頭での人寄せライブ等に、夢中になっていた頃です。

 彼女ですか?(誰も訊いてないって!)
 もちろん、いましたよ。
 1つ年下の大学生でした。
 でも一般の女子大生とは、ちょっと変わった娘だったんです。

 画家の卵でした。


 週末のデートは決まって、吉祥寺。
 なぜかというと、彼女が路上で絵を売っていたからなんです。

 夕方、店じまいをする時刻を見計らって、僕は吉祥寺へ行きます。
 「絵、売れた?」
 「全然だめ」
 「そうか、じゃあ、今日はオレのおごりだな」
 「サンキュー!」
 大きな画板を抱えた彼女と、吉祥寺の夜をあてもなくブラブラと歩きまわるのが、週末のお決まりでした。

 その頃に上映されたのが鈴木清順監督の 『ツィゴイネルワイゼン』 でした。
 上映場所は、映画館ではありません。
 全国のデパートやオープンスペースに仮設ドームを造っての簡易シアターでの上映という、奇抜なスタイルでした。

 吉祥寺のパルコ、といえば当時は若者の聖地。
 パルコ主催のグラフィックアート展などには、足しげく通ったものです。
 そのパルコの屋上に設置された特設会場で彼女と観た記憶が、訃報とともにフラッシュバックしたのであります。

 原田芳雄、大楠道代、藤田敏八の3人が演じる摩訶不思議で妖艶な甘美の世界……
 「清順美学」 と称された独得の映像美に酔いした夜でした。


 あれから37年も経ったのですね。
 吉祥寺の街も、ずいぶんと様変わりしたことでしょうね。

 待ち合わせに使った 「くぐつ草」 という喫茶店は、いまもあるのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 22:54Comments(3)つれづれ

2017年02月24日

伊香保温泉 「ホテル冨久住」


  恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき
    言尽くしてよ長くと思はば


 バスターミナルやロープウェイへ向かう八幡坂の途中に、3階建ての古いホテルがあります。
 隣は、大きな大きな老舗旅館の 「ホテル木暮」。
 ともすれば、気づかずに通り過ぎてしまいそうな小さなホテルです。

 “伊香保で唯一のビジネスホテル”
 “素泊まり歓迎”

 昭和のにおいがプンプン漂うレトロなたたずまい。
 この地で30余年、家族だけで商ってきました。


 フロントを抜け、1階から2階へ。
 狭く急な階段は、どこか懐かしさを感じます。

 「あれ?」
 踊り場ごとに、新聞記事が貼られています。
 どの新聞にも、微笑みかける美しい女性の顔写真が掲載されています。

 「なんだろう?」
 と記事を読み出すと、女性の名前は富澤智子さん。
 「ああ、ここの娘さんが何か話題になったときの記事なんだ。女将さんかご主人が、自慢の娘の新聞記事を張り出しているんだな……」

 でも違いました。
 記事の内容は、出版した本の紹介でした。
 それも新聞記事の日付けは、平成12年11月と同20年8月。
 朝日新聞と読売新聞、群馬よみうりが、こぞって掲載しています。

 「17年前と9年前の記事じゃないか……なんでだろう?」
 記事を読み進むに連れて、真実が浮き彫りにされます。

 著書のタイトル は『伊香保の万葉集』。
 そして著者の智子さんは、平成3年に他界していました。
 この本は没後9年経ってから、彼女が師事した国文学の大学教授らを中心に上梓されたものだったのです。


 教授は本のあとがきで、彼女のことをこんなふうに述べています。
 <本書はこの世を余りにも早く疾走し、駆け抜けて逝った冨沢智子君の遺著であります。群馬県の伊香保に生まれ、伊香保をこよなく愛し、伊香保に散って逝った薄命二十五歳の才色兼備の冨沢智子君。(中略) 智ちゃんは美人だった。頭がよかった。そして何よりも気持ちの素晴らしい女性だった。神は二物を人に与えずというが、三物も四物も与えた上、手元に置きたくなったのか、その御手の元に連れて逝ってしまった。神の気紛れ、ふとそう思った。>


 「それまでは、ふつうのホテルだったんですよ。私が厨房に入って料理を作って、娘が手伝ってくれて……。娘を亡くしたショックが大きくてね。私もダウンしてしまったんです」
 母で女将の富澤ツネヨさんは、在りし日の娘の姿を思い出しながら、時に笑いながら、本当に嬉しそうに話してくれました。


 群馬県内には、約600軒の温泉宿があります。
 その一軒一軒に歴史があり、物語があるのですね。
 一軒たりとも、取材をおろそかにはできません。

 そう肝に銘じた取材でした。

 ※冒頭の歌は、智子さんが中学生の時に、最初に好きになった万葉集の歌です。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:49Comments(0)温泉地・旅館

2017年02月22日

目指せ! 2.07


 先日、新聞に 「合計特殊出生率」 というのが出ていました。
 15~49歳の 「1人の女性が生涯に産む子どもの数」 を推定した数字だそうです。
 これによれば2015年の合計特殊出生率の全国平均は1.45人で、少子化の現状が浮き彫りにされました。

 ちなみに群馬県は1.49人で、全国平均を上回っているものの大差はありません。
 なんでも1人の女性が2.07人産まないと、現在の人口は維持できないそうです。

 でも、そうですよね。
 単純に考えて、1組の男女が結婚して、生まれてくる子どもが2人以下では人口は減少します。
 しかも生涯未婚だったり、出産を経験しない人もいますから最低2人以上は必要となります。

 で、気になって全国の表を見てみました。
 平均2.07人以上産んでいる県は、いくつあるのだろうかと!
 すると、驚いたことにゼロなんです!!!
 1位の沖縄県ですら、1.96人ですからね。
 これでは、日本の人口は減る一方です。

 まさに “少子高齢化” であります。
 年寄りの寿命は延びていますものね。


 でもね、群馬県内にはあるんです!
 2.07人以上子どもを産んでいる村が~ッ!!
 それは、上野村と川場村です。

 上野村が2.29人、川場村が2.13人。
 やっぱり都会より田舎の方が、子育てには環境が良いのかなと思ったのですが、そうとも限らないようです。
 県内35市町村での最下位は、片品村で0.82人なのですからね。

 ちなみに全国最下位は、やっぱりというか、東京都で1.24人でした。
 でも、これってどういうことなのでしょうか?
 都会より出生率の高い田舎と低い田舎があるって?

 一概に子育て環境だけの理由ではなそさうですね。
  


Posted by 小暮 淳 at 17:38Comments(0)つれづれ

2017年02月19日

トリビアを探せ!


 毎週火曜日の夜9時から群馬テレビで放送中の 『ぐんま!トリビア図鑑』。
 ご覧になってますか?
 僕は、この番組のスーパーバイザーをしています。

 番組がスタートしたのが2015年4月ですから、早いもので丸2年が経とうとしています。
 すでに70話以上のトリビアを世に送り出してきました。
 もちろん、構成作家やディレクター、アナウンサーの力に負うところが大きいのですが、僕も微力ながら制作に参加させていただいております。

 スーパーバイザーとして以外にも、ときどき 「トリビア博士」 に扮して番組に出演したり、昨年暮れには 「温泉ライター 小暮淳の素顔」 という丸々僕が主役の番組まで作っていただき、フル出演しました。
 でもね、肝心要のお仕事は、そんな表面に出て目立つことではないんですよ。
 もっと地味で、とっても大切なお仕事があるのです。

 それが、年に4回開かれる 「構成会議」 です。
 作家、ディレクター、プロデューサー、時にはアナウンサーも加わり、たっぷり時間をかけて、番組の構成を練り上げます。
 先日、今年最初の構成会議があり、僕も末席ながら参加してきました。
 びっしり3時間半かけて、今夏までの番組内容を討論してきました。


 歴史あり、文化あり、風土あり、民俗あり……(もちろん温泉ネタもね)。
 それぞれが持ち寄ったネタを俎上に並べて、吟味していきます。
 今回は、いくつか 「上毛かるた」 の話題がでました。

 「塩原太助って、何した人だっけ?」
 「天下の義人茂左衛門って、どこの人?」
 素朴な疑問が、トリビアを生み出します。

 そして、恒例 “真夏のミステリーツアー” の話題も出ました。
 昨年の夏に、僕が 「ミステリーハンター」 となり県内をめぐった不思議探しの旅です。
 プロデューサーによれば、とっても評判が良かったようで、「今年もお願いします」 と念を押されました。

 さてさて、今後、どんなトリビアが飛び出すのか!?
 ご期待ください。

 火曜の夜9時は、地デジ3チャンネルで会いましょう!
 あなたをトリビアな世界にいざないます。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:08Comments(0)テレビ・ラジオ

2017年02月16日

「好き」 と 「得意」


 「好きこそ物の上手なれ」 ということわざがあります。
 はたして、これって本当なのでしょうか?

 先日、その業界で成功を収めた著名な方のインタビューを聴きました。
 彼いわく、「好きなことを職業にしたのではなく、得意だったことを職業にしたまでです」

 思わず、その言葉に目からウロコが落ちてしまいました。
 だって、僕は昔から好きなことが得意になり、得意なことは好きなことだと信じていましたからね。
 まさか、キライなことが得意にはならないでしょうが……。
 (でも、得意なことがキライになることはあるかもしれません)


 改めて考えてみれば 「好き」 とは、感情・嗜好・興味であります。
 一方、「得意」は、才能や技術まで伴います。
 趣味として楽しむぶんには 「好き」 で充分でしょうが、プロの仕事としては 「得意」 でないと成り立たないかもしれませんね。
 だって、「この仕事は好きなんだけど、あまり得意じゃないんだよね」 なーんていう大工さんには、あまり家を建ててほしくありませんもの。

 で、じゃあ、自分はなんで今の仕事を選んだのだろう?
 と、自問自答が始まってしまいました。

 “ライター” という仕事も、“温泉” というテーマもキライではありません。
 でも、好きで好きで、何がなんでもなりたかった職業なのか?と問われれば、違うような気がします。
 「好き」 の範疇にあったものではあるけれど、一番ではなかったと思います。

 では、「得意」 だったのでしょうか?
 そう問われて、幼少期から少年期、青年期の自分を回想してみました。
 すると、本を読むことは好きだったし、文章を書くことも好きだったことに気づきます。
 でも “多少” であり、“他人よりは” 程度で、ズバ抜けて秀でていたは思えません。
 よって、僕の場合、出た結論は……

 “成り行き” でありま~す!

 ていうか、モノにならないものを消去法により諦めていたら、たどり着いたのが今の職業だったというわけです。
 目からウロコが出たわりには、自分の場合、実につまらない理由だったことに気づいたのであります。


 みなさんは、なぜ、今の職業に就いたのですか?
   


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(0)つれづれ

2017年02月14日

前橋を愛するアートな面々


 1988年5月、僕はフリーターをやめて、タウン誌編集の職に就きました。
 入社早々、巻頭のインタビュー記事を担当することになり、テーマも自分で決めて、アポを取り、取材に行かされることに。

 思案の末、県内の芸術家を訪ねて、話を聞くことにしました。
 『ヒューマン・スクエア』(人間広場) と題したエッセイは、僕が退社するまで 7年間にわたり連載されました。
 その記念すべき第1回に登場したのは、絵本作家としても知られる木彫・木版画家の野村たかあきさんでした。
 そして第2回は、萩原朔太郎像などの街角オブジェで著名な彫刻家の三谷慎さんです。

 あれから30年近く経った現在でも、おふたりとは交遊を続けさせていただいております。


 ジャンルの異なる2人の作品が、同じ会場で展示されることは滅多にないことなのですが、今回、ファンにとってはサプライズともいうべきイベントが、前橋市のギャラリー 「アーツ前橋」 で開催中だというので、行ってきました。

 『前橋の美術 2017 ~多様な美との対話~』
 在住または出身の前橋ゆかりの作家ばかりが48人。
 技法やジャンルを問わずに、独創的な作品を出展しています。

 広い展示会場の中でも、おふたりの作品は、すぐに分かりました。
 野村さんの大きな版画と三谷さんのブロンズ像は、見慣れていることもあり、探すまでもなく吸いよされました。

 でもね、1つ1つ作品を見ていくと、「あっ、この人!」 と声を上げそうになることが、たびたびありました。
 画家や写真家など、過去に仕事で関わった人が、何人もいたのです。
 どの人も個性的で、信念を持ち、自分の生き方を曲げずに通している人たちです。

 「ああ、僕は、こういう人たちから刺激をもらって、今日まで生きてきたんだなぁ~」
 と、作品よりも作家自身に惚れ込んでいたことに気づかされました。


 もし、生まれ変わったら、絶対に “芸術家” になろう!
 そう心に決めて、会場を後にしました。



   前橋の美術 ~多様な美との対話~

 ●会期  2017年2月3日(金)~2月26日(日)
        11:00~19:00 (水曜休館)
 ●会場  アーツ前橋 (前橋市千代田町5-1-16)
 ●観覧  無料
 ●問合  TEL.027-230-1144 (アーツ前橋)
   


Posted by 小暮 淳 at 12:51Comments(0)ライブ・イベント

2017年02月12日

おかげさまで7周年


 「ブログ、最初から読んでます」
 そう声をかけてくださる人が、時々います。
 「最初からって、開設した第1話からですか!」
 と、僕のほうが驚いてしまいます。

 このブログを開設したのは2010年2月13日ですから、明日で、ちょうど丸7年になります。
 今日現在の記事総数は、1,965話。
 我ながら続いていると思います。
 でもブログなんて、読まれてナンボですからね。
 読者あっての著者なのです。
 ひとえに7年間も続けてこられたのは、みなさま、読者様のおかげであります。

 いつも、ごひいきにしていただき、ありがとうございます。
 心よりお礼を申し上げるとともに、大変感謝しております。


 さてさて、7年とひと口で言っても、やはり長いのであります。
 その年に生まれた孫が、今年の春から小学1年生になるくらい長いのです。
 おかげさまで読者様に助けられ、たくさんの仕事を世に残すことができました。

 この7年間に、温泉シリーズ7冊と登山本1冊の計8冊の著書を出版することができました。
 そのほか、講演会やセミナー、講座、イベント、ライブなどに多数呼ばれ、このブログを通して出会った人たちもたくさんいます。
 また、テレビやラジオの出演、新聞や雑誌からの取材も、ほとんどが、このブログが縁で舞い込んで来た仕事です。

 なかには、雑誌の編集長がコラムで取り上げてくださったり、新聞記者が記事でブログの紹介をしてくれたこともありました。
 極めつけは、やっぱり直木賞作家の故・邱永漢先生との出会いでしょうか。
 なんでも先生が、このブログを読んでくださっていたということから事務所より連絡があり、1年間にわたり先生のコラムサイトに連載をさせていただきました。


 “たかがブログ、されどブログ”
 たくさんの出会いを生んでくれたこのブログを、これからも大切に育てていきたいと思います。

 今後とも末永く、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
   


Posted by 小暮 淳 at 12:13Comments(0)執筆余談

2017年02月10日

マロの独白⑳ 老化が止まらない


 こんにちワン! マロっす!!
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、10才です。
 夏に誕生日が来ると、11才になります。

 ということは……、人間でいうと……、
 わ、わ、わわわわ~! 完全に還暦超えですよね。
 正真正銘の “じいさん犬” じゃありませんか!
 いつしか、ご主人様の年齢を抜いてしまいました。

 だからでしょうか、最近、ご主人様をはじめ、ご家族の対応がおかしいのであります。
 オイラのことを、まるで腫れ物に触れるかのように……。


 「おい、マロ! また寝ているのか?」
 「あ、ご主人様。お帰りなさいませ」
 「お帰りなさいじゃないよ。いつもなら玄関まで飛んで来るじゃないか? どこか具合でも悪いのか?」
 「いや、べつに、あの……。ただ、眠いだけです」
 すると、ご主人様の言うことにゃ、
 「そりゃ、老化だな。じいさん(ご主人様の父上様) と同じだよ。飯食っているか、散歩しているとき以外は、全部寝ているからな」

 老化!?

 そう言われて、ドキッとしました。
 我々犬族は平均17時間くらい睡眠をとるといわれていますが、確かに今のオイラは、それ以上寝ていますもの。
 1日2回の食事と夕方の散歩以外は、だいたい寝ています。


 さらなるショッキングな出来事がありました。
 先日、嫁いだ長女様が遊びに来た時です。
 次女様が告げた言葉に、落ち込んでしまいました。

 「お姉ちゃん、知ってた? マロったらヨボヨボなんだよ」
 「そうかな~、あんまり変わってないと思うけど」
 「だったら見ててごらんよ。ソファーに上がれなくなっちゃったんだから」

 えっ、あの、その、そんなこと、どうして知っているんですか?
 オイラも気づいていたけど、毎回、ごまかしていたので、知られていないと思っていたのに……

 「ほら、マロ! ソファーに上がってごらん」

 オイラ、両手を突いて、思いっ切り後ろ足を蹴り上げるのですが、以前のようにお尻が上がりません。

 「マジ、受けるんだけど~」
 「ね、私の言ったとおりでしょう。マロ、おじいちゃんになっちゃったのよ」

 2人の会話を聞いていた奥様が、見かねて台所からやってきて、オイラを抱え上げ、そっとソファーの上に乗せてくださいました。
 ありがとうございます。奥様。


 こんなはずじゃ、なかったんですけどね。
 散歩をしていても、足がもつれて転んだり、側溝に片足を突っ込んだり、老化が止まりません。
 このままでは今後、ご家族にご迷惑をかけそうで、我が身ながら心配でなりません。
 とはいっても、寄る年波には勝てませんものね。

 あーあ、イヤだ、イヤだ。
 せめて、オシッコの粗相だけは、しないように気をつけるだワン!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:32Comments(2)つれづれ

2017年02月08日

大使、山に登る。


 僕は現在、2つの “大使” に任命されています。
 みなかみ町の 「温泉大使」 と、中之条町の 「観光大使」 です。

 では、大使の任務とは?
 いつも頭の中では、このことばかり考えています。
 当然、イベント等があれば、率先して参加、参列するようにしています。
 また、講演やセミナーの場では、優先的に2つの町のパンフレットやチラシを配布しています。

 でも、まだほかにできることがあるのではないか?

 みなかみ町の場合は温泉大使ですから、温泉に関わることならなんでもPRさせていただいています。
 その甲斐あってか、昨年は 「みなかみ18湯」 が 「温泉総選挙 リフレッシュ部門」 の第1位に、また 「にっぽんの温泉100選」 で21位という輝かしい成績を残せました。


 でも問題は、もう1つの中之条町観光大使であります。
 昨年は同じく、四万温泉(中之条町) が 「温泉総選挙」 のリフレッシュ部門で第4位になりましたが、中之条町には他にも温泉があります。
 大使としては、まだまだ力不足を感じていました。

 何かほかにも力になれないものだろうか?
 中之条町の場合、僕は観光大使ですからね。
 温泉以外でも、お役に立たねば……


 ということで今回、中之条町の霊山 「嵩山(たけやま)」(789m) を登り、記事にすることにしました。
 僕が11年前から高崎市のフリーペーパー 『ちいきしんぶん』(ライフケア群栄) に連載しているシリーズ 『里山をゆく』 であります。
 ※(すでに一部は上毛新聞社から 『ぐんまの里山てくてく歩き』 として出版されています)

 このシリーズの鉄則は、マイカーを使わないこと。
 必ず公共交通機関のみで移動することです。
 今回もJR吾妻線、中之条駅より徒歩約1時間かけて登山口にたどり着き、残雪の嵩山を登り、絶景の眺望を満喫してきました。
 もちろん下山後は、温泉に入り、お約束の湯上がり生ビールをいただいてまいりました。


 中之条町観光商工課のみなさん、取材協力ありがとうございました。
 嵩山登山の様子は、3月3日号の 『ちいきしんぶん』 1面にて掲載されます。
 お楽しみに!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:34Comments(4)大使通信

2017年02月05日

縁は万里を超えて


 無頼派を気取っている僕にとって、このテの形式ばった儀式は、大の苦手なのであります。
 でも今回だけは、仕方がありません。
 出席する側ではなく、迎える側なのですから……。
 腹をくくって、臨みました。

 昨日は、長男の結婚式ならびに披露宴でした。
 僕は、新郎の父という大役を務めてまいりました。


 「緊張しますね」
 控え室で、ペンギンのような格好をした新婦の父が言いました。
 「ガラではありません。逃げて帰りたいくらいですよ」
 同じ格好をした僕が言うと、ハハハと笑い合ったのであります。

 式は、滞りなく終わり、いよいよ披露宴の始まりです。
 初めて座る末席からの眺め……。
 なんとも不思議な気持ちになります。

 正面、高砂の席には、新郎という名の我が息子の姿があり、隣にはウェディングドレス姿の可愛らしい花嫁が座っています。
 主賓のスピーチ、友人たちの余興など、聞き逃すまいと真剣になって身構えてしまいます。

 スクリーンに映る息子との生い立ち映像……。
 生まれたばかりの息子を抱えて湯舟に入る、若き自分の姿には、思わず笑ってしまいました。


 「R(息子の名) の父です。この度は、ありがとうございます」
 「Rの母です。息子がいつもお世話になっております」
 瓶ビールを片手に、新郎側のテーブルをまわる僕と家内。

 「息子さんは優秀ですよ。将来は我が社を背負って立つ人材です」
 上司の言葉に苦笑い。
 「Rは、本当に素直でイイヤツですよ」
 友人の言葉に、ほっこり。

 なかには 「私、温泉が大好きで、お父さんのファンなんです。一緒に写真を撮っていただけますか?」 なーんていう女子の同僚もいたりして、この時だけは息子から主役の場を奪ってしまいました。


 そして披露宴は、クライマックスへ。
 新婦から両親への、お手紙朗読の時間です。
 隣を見れば、まだ読み出す前から家内は泣いています。
 「新婦のお母さんが、まだ泣いていないのに……」
 なんて思いながら、僕も必死になって涙をこらえていたのであります。
 だって、この後に大役が控えているのですからね。

 「それでは、両家を代表いたしまして、新郎の父、小暮淳様よりお礼の言葉をお願いいたします」
 スーッと、僕の前にマイクスタンドが現れました。
 いつもの調子で、いつもの調子で、と自分に言い聞かせていましたが、やっぱり講演やセミナーとは勝手が違います。
 フリートークなら自信があるのですが、今日は立場が違います。
 あくまでも、新郎の父なのであります。

 「えー、小暮家・○○家を代表しまして、ひと言ご挨拶を申し上げます。皆様、本日はご多様中の折り、また遠方より、新郎新婦のためにご臨席をいただきまして、誠にありがとうございます。また、ご来賓の皆様方から心温まるお言葉を多数いただきまして、心よりお礼申し上げます」

 えーーーーい! ダメだダメだダメだダメだーーーー!!!!
 全然、僕らしくないって!
 て、いうか、この調子で話していたら、いつか舌を噛んでしまいそうです。
 えーーい! ヤメたヤメたヤメたーー!!!

 ということで、この後からは得意なフリートークに変更。
 気が付いたら5分以上もしゃべっていました。
 最後、息子からは 「父の話が長かったので、短めに話します」 と新郎のあいさつで釘を刺されてしまいました。


 でも、僕が言いたかったことは、人生のほとんどは “縁” でできているということ。
 いくら“円” を持っていても縁だけは、買えませんものね。

 ふたりが出会ったのも縁、両家が出会ったの縁、親類縁者、会社の上司や同僚、友人たち、そして我が子として生まれてきたことも、すべてが縁なのであります。
 僕は、ただただ、そのことを、若いふたりに伝えたかったのであります。


 “縁は万里の長城を越えてやって来る”

 中国の古いことわざです。
 縁のない人は、袖(そで)が触れ合っても行き違う。
 でも縁ある人は、万里の長城を越えてやって来る。

 R、Mちゃん、末永くお幸せに。
 この縁を、いつまでも大切に。
   


Posted by 小暮 淳 at 16:04Comments(2)つれづれ

2017年02月03日

ぐんぎん証券開業記念講演会


 「証券? 投資家?」
 僕の人生には無縁な言葉が、ポンポンと飛び出してくるのでした。
 だもの、最初は間違い電話かと思いました。
 でも、間違いではなかったのであります。

 どこで、誰が見ているか、本当に分からないものですね。
 群馬銀行のお偉い方からのご指名とのことで、大それた催事の記念講演会の講師をお受けすることになりました。

 本当に僕なんかで、いいのでしょうか?
 ま、いいって言うんだから、いいんでしょうね。
 1人でも多くの人に、温泉の魅力を知ってもらうチャンスでもあります。
 熱く熱く、温泉を語らせていただきます。 

 ということで、聴講を希望される方は、群馬銀行の本店・支店の窓口までお申し込みください。



       群馬銀行 個人投資家向け会社説明会
         ぐんぎん証券開業記念講演会

 ●日時  平成29年3月1日(水) 14:00~16:00 (13:30開場)
 ●場所  群馬銀行本店 営業棟3階大会議室

        第一部 14:00~14:50 (主催:群馬銀行)
        『個人投資家向け会社説明会』 
        説明者/㈱群馬銀行 代表取締役頭取 齋藤一雄氏

        第二部 15:00~16:00 (主催:ぐんぎん証券)
        『ぐんぎん証券開業記念講演会』       
        講師/小暮 淳 (温泉ライター)
 
 ●申込  群馬銀行の本店・支店に置かれている「申し込みカード」に
        必要事項を記入の上、「群馬銀行の店頭」へお持ちいただ
        くか、お取引いただいている「支店担当者」へお渡しくだ
        さい。
 ●問合  群馬銀行 総合企画部 TEL.027-254-7051・9451(窓口)

   


Posted by 小暮 淳 at 12:42Comments(0)講演・セミナー

2017年02月02日

魅惑の会合


 僕は2ヶ月に一度、この上なく “うまい” 酒に酔いしれます。

 えっ、毎日、酒は飲んでいるだろうって?
 はい、毎日、おいしい酒をいただいています。
 でもね、格別な酒の味というものがあるのです。

 仕事でもなく、プライベートでもなく、娯楽でもなく……
 なんとも表現しにくいのですが、しいて言うならば、“極上の湯” に浸かっているようなやさしさに包まれた居心地のよさでしょうか。
 楽しいだけではなく、いつもいつも温かさに満ちている会合なのであります。

 通称、「弟子会」。
 僕のことを、「先生」 とか 「師匠」 と呼ぶ温泉が大好きな読者の集まりです。


 始まりは5年前の夏。
 前橋市で3日間にわたり開催された 「小暮淳の温泉講座」 と題されたセミナー初日のこと。
 受付に、僕と同年輩の男性が現れ、差し入れと称してお菓子の詰め合わせを置いていかれました。
 話を聞けば、2010年の開設以来のブログの読者で、拙著の愛読者だといいます。
 彼いわく、この日は、「仕事の都合でセミナーは受講できないので、せめて、ご挨拶に伺いました」 とのこと。
 それだけでも著者としては感動ものなのですが、その後も僕の本が出るたびに、書店に推薦文を書いて届けてくださるなど、陰で僕の活動を応援し続けてくれました。
 彼は、Sさんといいます。

 その数年後、僕が講師を務めるNHKの野外温泉講座に、受講生として入ってきたのがTさん(男性) とKさん(女性) でした。
 僕の講座は平日に開講されるため、60歳以上の生活に余裕がある高齢者が多いのですが、TさんもKさんも働き盛りの50代です。
 聞けば、2人とも休日を利用して受講してくださっているとのこと。
 そして、長年の僕の読者でした。


 そんなSさんとKさんが昨年、思わぬ席で出会ったといいます。
 温泉好きの2人は、当然、温泉の話で盛り上がり、僕の話題になったようです。
 「だったら一度、先生を囲んで飲みませんか?」 という話になり、僕にお呼びがかかったという次第です。

 昨年の9月にTさんも含めた4人が集まり、2ヶ月に一度、奇数月に “弟子会” を開くことになりました。
 先日、今年最初の会合がありました。
 毎回、会場は異なり、その都度、安価で飲み食いできる昭和チックな店を探して、僕を呼び出してくれます。

 「あけましておめでとうございます」
 「先生、今年もよろしくお願いします!」
 「こちらこそ、今年も楽しみにしていますよ」

 乾杯の1杯目から話は、ずーーっと温泉三昧です。
 楽しい時間は、あっという間に過ぎて行きます。


 「では、次に行きますか?」
 「はーい、行きま~す!」

 二次会は、酒処 『H』 と決まっています。
 なんだか読者の間では、H が小暮ファンの聖地と化しているようで、第1回目の会合の時に、3人をお連れしたのであります。
 「わ~、ここが、あのHなんですね~! ここに来るのが夢だったんですよ」
 と、はしゃいでいたKさん。
 今では、すっかり店に馴染んでしまい、常連の顔になりつつあります。

 「では、もう一度、カンパイ!」
 「ママも一緒に」
 「温泉に、カンパ~イ!」

 魅惑の会合は、夜が更けるまで続いたのであります。
 2ヶ月後、また “うまい” 酒を飲みましょうね。
  


Posted by 小暮 淳 at 18:48Comments(0)酔眼日記

2017年01月31日

湯神様に感謝!


 講演やセミナー、講座などで、受講生からされる質問で多いのは?
 ズバリ、「一番いい温泉を教えてください」 です。

 そんな時、僕は、こう返します。
 「いい温泉って、なんですか? いい温泉は、人それぞれです。自分が好きな温泉が、一番いい温泉ですよ」 と。
 たとえ話として、ラーメンを挙げます。
 「しょう油にみそ、塩、とんこつのスープ。細麺、太麺、ちぢれ麺……。麺の硬さも、好みがあります。温泉も同じです」 と。

 ただ、美味しいラーメン屋には、共通点があります。
 それは、作りたてが出されること!
 温泉も、しかり。
 湧きたてが、一番 “美味” なのであります。
 泉質は、人によっての好みですね。


 時には、イジワルな質問を受けることがあります。
 「平成以降に湧いた日帰り温泉の湯と、何百年という歴史のある温泉地の湯は、何が違うんですか?」
 さーて、困りました。
 たぶん、泉質や効能の違いを訊いているんだと思いますが、僕は学者ではないので詳しいことは言えません。

 こんなとき、“文化” と “文明” の話をします。
 文化は、人が時をかけて育んできたもの。
 文明は、人がより便利な生活をするために作り上げてきたもの。

 歴史ある温泉地の湯は、文化です。
 人々が湯守の心を受け継ぎ、何百年と守り続けてきました。
 対する平成以降に登場した温泉は、地下1,000m以上の大深度掘削という技術により開拓した未知の領域から湧いた湯です。
 いわば、便利を追求した文明の湯です。

 では、その違いは?


 神様がいるか、いないかではないでしょうか?


 その昔、「温泉へ行く」 と言えば、それは 「湯治に行く」 ことでした。
 そして、湯は 「入るもの」 ではなく、「いただくもの」 だったのです。
 そこには、温泉に対する人々の畏敬の念と感謝の気持ちがありました。

 では、どうでしょうか?
 絶対に温泉は出ないといわれた平野部に、1,000m以上の穴を開けて汲み出した温泉に、我々は手を合わせて 「いただいて」 いるでしょうか?
 そもそも神様が祀られていないのですから、仕方がありませんよね。

 僕は、こう思います。
 1,000mを超えた地中は、“神の領域” だったのではないかと……。
 人間は、神の領域を超えたとき、畏敬の念と感謝の気持ちを忘れ去るのではないかと……。


 「湯をいただく」 気持ち、忘れないようにしたいものです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:20Comments(2)温泉雑話