温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年03月19日

ミルトブツを捕まえて!


 以前、このブログで 「アキストゼネコ」 という言葉の遊び方が分からないと書いたところ、その後、たくさんの方々から、「昔、遊んだ記憶がある」 との意見が寄せられました。
 ※(当ブログの2019年2月1日 「恋のおまじない」 参照)

 いろんな方の意見を総合すると、「アキストゼネコ」 は、“おまじない” ではなく、“占い” だったことが判明しました。
 好きな人と自分の名前を並べて書き、一文字ずつ画数を調べます。
 同じ画数の字は消去して、残った字の画数の合計が、その人の相手に対する気持ちとなります。

 「ア」 は、愛してる。
 「キ」 は、嫌い。
 「ス」 は、好き。
 「ト」 は、友だち。
 「ゼ」 は、絶交。
 「コ」 は、恋人。

 たとえば、5画ならば “絶交” です。
 7画以上ならば、「ア」 から何回でも繰り返します。

 なんの根拠もない、他愛ない遊びですが、確かに夢中になった記憶があります。


 そこで新たに浮上した言葉あそびが、「ミルトブツ」 です。

 「あっ、ミルトブツがいる!」
 突然、教室の天井を指差します。
 「えっ、どこどこ?」
 と、頭上を見ると、

 パッカーン!
 と、叩かれます。

 「おい、何するんだよ! いてーじゃねーかよ!!」
 「だから、“見るとぶつ” と言ったじゃねーか」
 というオチであります。

 思えば、そんな言葉あそびが、子ども頃には、たくさんありました。


 「“手袋” の反対、言ってごらん?」
 「ロ、ク、ブ、テ」
 「はい、123456(パン、パン、パン、パン、パン、パン)」
 と、6回ぶたれました。

 「ピザを10回、言って?」
 「ピザ、ピザ、ピザ、ピザ……」
 「じゃあ、ここは? (腕の曲がった所を指差す)」
 「ひざ!」
 「残念でした。ここは、“ひじ” です」

 なーんていうのも、ありましたね。
 そうそう、こんなのも、あったっけ。

 「あっ、アゴに何か付いているよ」
 言われて、手のひらでアゴをさすると、
 「オー、マンダム!」

 確か、当時流行った整髪料のCMだったと思います。
 人気俳優のチャールズ・ブロンソンの真似をさせられました。


 みなさんは子どもの頃、どんな言葉あそびをしましたか?

 僕は、いまだに 「ミルトブツ」 という昆虫がいると信じています。
  


Posted by 小暮 淳 at 12:47Comments(0)つれづれ

2019年03月17日

風に吹かれて


 <がんばらないよ!>

 過日、届いたDMに、直筆のコメントが添えられていました。
 現在、前橋文学館(前橋市千代田町) で開催中の絵本原画展 『おばあちゃんのほっこりごはん 野村たかあき展』 の案内ハガキです。
 ※4月7日(日) まで。観覧無料。水曜休館。


 差出人は、木彫家で版画家で絵本作家の野村たかあき氏、ご本人です。
 氏との付き合いは、かれこれ30年以上になります。
 でも今回、初めて直筆のコメント入りのDMをいただきました。

 なぜ氏は、こんなコメントを書いたのでしょうか?


 氏と出会って、数年が経ったある日。
 酒の席だったと記憶しています。
 氏が、しみじみと、こんなことを言いました。

 「要は、川原の風に吹かれるように生きることよ」

 川原の風? 吹かれる?
 まだ青二才だった僕には、なんのことだか、さっぱり分かりませんでした。
 ただ10年、20年と歳を重ねても、あの日あの時の言葉は忘れることができませんでした。


 時は流れて、昨年僕は、めでたくも “還暦” を迎えました。
 同級生は、定年を迎える年齢になりました。
 でも、僕のようなフリーランスの職業には、定年はありません。

 でも、なにか僕の人生にも、節目が欲しいと思ったのです。
 そして考えた挙句、たどり着いたのが 「心の定年」 でした。

 「そうだ、60年を節目に、心を解放してあげよう!」
 と思ったわけです。
 「もう、がんばらない」 と。


 今年の正月、年始のあいさつに、氏を訪ねたときのことです。
 今年を “がんばらない元年” にした旨を伝えると、

 「そうか、そうか、それは、いいね。がんばらないの、いいね」
 と、痛く喜んでくださったのです。


 いつからでしょうか、川原へ行くと、風を気にするようになったのは?
 50歳も半ばを過ぎたあたりだと思います。

 一斉に同じ方向に揺れるススキの穂を見て、ハッとしたことがありました。
 風が北から吹けば、南になびき、西から吹けば、東にたなびく。
 決して、あらがうことなく、風に吹かれているのです。

 「いつか自分も、こんなふうに生きてみたい」
 と思うようになりました。


 <がんばらないよ!>

 氏の言葉を、今、改めて噛みしめています。
  


Posted by 小暮 淳 at 14:06Comments(0)つれづれ

2019年03月15日

伝説の人


 チョー、かっけー!!
 オーラ、出まくり~!!

 一時代を築いた人は、どこか違うのであります。


 ということで、昨日はラジオ高崎の人気番組 『Air Place (エア プレイス)』 に出演してきました。
 僕がゲストに呼ばれたのは、その道の専門家に話を聞く 「大人の学校」 のコーナーです。
 “ライター” という職業について話をしました。

 メインパーソナリティーは、ベテランアナウンサーの田野内明美さん。
 彼女とは、10年ぶりの再会となりました。
 2009年に、『新ぐんまカルタ』 の発行を記念して、スタジオに呼んでいただきました。
 その前年には 『GO!GO!温泉パラダイス』 のCD発売。
 さらに、さかのぼること20年前には、『ヨー!サイゴン』 の出版と、過去には3度もスタジオにおじゃましているのであります。


 そして、もう一人のゲストパーソナリティーは?
 そうです! 元BOOWYのベーシスト、松井常松さんであります!!

 もー、カッコイイのなんのって!
 人間って、こんなに格好良く歳が取れるんだと、感心するほどです。
 だって、僕とほとんど同世代ですからね。
 同じ “アラ還” で、同じ男で、どうして、こんなにも魅力の差がついてしまうのでしょうか?
 神様に訊いてみたいくらいの違いを見せ付けられてしまいました。

 ま、松井さんは、あの伝説のロックバンド 「BOOWY」 ですからね。
 そもそも、人生のスタートからして違い過ぎます。
 だから、ねたむのはやめて、素直に “伝説の人” と、ご一緒できたことを喜ぶことにしました。


 いやいや、でも、イメージとは全然違うんですよ。
 どっちかというとBOOWY時代の松井さんって、ニヒルな感じじゃないですか?
 ところが会うなり、気さくで、当たりもやわらかくて、生放送前の待ち時間に、すでに2人で話が盛り上がってしまいました。

 そして、その勢いで、オン・エアへ!

 温泉のこと、カルタのこと、民話のこと……
 松井さんの好奇心に誘われて、次から次へと話は展開していきました。
 気が付けば、放送枠より10分も延長していました。


 田野内さん、松井さん、楽しいひと時を、ありがとうございました。
 ぜひ、またスタジオに呼んでくださいね。
   


Posted by 小暮 淳 at 18:29Comments(6)テレビ・ラジオ

2019年03月13日

あっぱれ! 群馬の温泉


 今年もインターネット接続大手のビッグローブ(東京都) が主催する 「みんなで選ぶ第11回温泉大賞」 の結果が発表されました。

 あっぱれ! 草津温泉

 温泉地部門で東日本エリアの最高位の 「東の横綱」 に、11年連続で輝きました。
 さらに第4位に当たる 「小結」 には、伊香保温泉が入りました。

 うっ、うっ、うれしーーーい!!

 草津温泉は絶対王者の貫禄ですが、伊香保温泉は努力の賜物であります。
 伊香保温泉の温泉大使を務める僕としても、嬉しい限りです。


 ちなみに東西の番付表は、以下のとおりです。

 ●横綱 東=草津温泉(群馬)、西=別府温泉郷(大分)
 ●大関 東=箱根温泉郷(神奈川)、西=城崎温泉(兵庫)
 ●関脇 東=登別温泉(北海道)、西=有馬温泉(兵庫)
 ●小結 東=伊香保温泉(群馬)、西=下呂温泉(岐阜)
 ●前頭 東=熱海温泉(静岡)、西=由布院温泉(大分)
 ●前頭 東=鬼怒川温泉(栃木)、西=道後温泉(愛媛)


 さすが大分県! 別府温泉郷は4年連続で 「西の横綱」 の地位を守っています。
 5位に当たる 「前頭」 にも、由布院温泉が入りました。
 群馬と肩を並べる温泉県だけのことはあります。

 また 「大関」 と 「関脇」 に、城崎温泉と有馬温泉が入った兵庫県も実力派の温泉県です。

 まずは、この3県がガッチリと手を組んで、日本の温泉文化の 「ユネスコ無形文化遺産」への 登録を目指して欲しいものです。

 がんばれ! 日本の温泉
   


Posted by 小暮 淳 at 11:34Comments(2)大使通信

2019年03月11日

8回目の黙とう


 今日の午後2時46分、
 僕は仕事部屋のイスに座り、
 テレビの前で1人、
 黙とうを捧げました。

 この8年間で、初めてのことでした。


 8年前のこの日、僕は大胡温泉(前橋市) にいました。
 その数日前、「旅館 三山センター」 の女将さんから電話がありました。
 「小暮さんのファンというお客さんが来て、小暮さん宛ての手紙を置いて行ったから、ついでの時に取りに来て」
 そんな内容だったと記憶しています。
 そして、その “ついでの時” が、2011年3月11日の午後2時過ぎでした。

 「せっかくだから、お風呂に入って、ゆっくりして行ったら?」
 と引き止める女将さんに、
 「いえ、今日は仕事の途中なんで、今度、また寄らせてもらいます」
 そう言って、読者からの手紙を受け取り、玄関で靴をはこうとした時でした。

 <グラリと、とてつもない大きな揺れが東日本を襲った。「長年生きてきたけど、こんな揺れは初めてだよ」 と叫ぶ女将の中上ハツヱさんをはじめ、息子で2代目主人の富男さんらとともに、屋外へ駆け出した記憶が昨日のようにありありと目に浮かぶ。>
 (『新ぐんまの源泉一軒宿』 より)


 翌年から3月11日は毎年、僕は大胡温泉を訪ね、地震発生時刻には女将さんと従業員とともに、黙とうを捧げてきました。
 そう、昨年までは……

 実は、様々な事情があり、「旅館 三山センター」 は現在、宿泊のみで、日帰り入浴の営業を中止しています。
 「小暮さんが来るなら、その日だけ開けるけど」
 とも言ってくださいましたが、“様々な事情” を考えると、そんな我がままも言えません。

 ということで、今年からは各自で黙とうを捧げることになりました。


 あれから8年が経ちました。
 “もう8年” とも思いますが、記憶の鮮明さでは “まだ8年” とも感じます。

 もう8年なのに、まだ……
 まだ8年なのに、もう……

 さまざまな思いが去来する8年であります。
  


Posted by 小暮 淳 at 19:47Comments(0)温泉雑話

2019年03月10日

おめでとう! 群馬の温泉


 すでに新聞等で報道されているので、ご存じの方も多いと思いますが、一昨日、魅力ある温泉地を選ぶ 「温泉総選挙2018」(旅して日本プロジェクト主催) の表彰式が都内で開かれ、部門賞の女子旅部門で群馬県の四万温泉(中之条町) が1位、伊香保温泉(渋川市) が2位に選ばれました。

 おめでとうございます!

 ちなみに前回は同部門で、四万温泉は2位、伊香保温泉は4位でしたから、さらなる躍進を遂げました。
 そして、すでにお気づきの読者もいるかと思いますが、そうなんです!
 どちらの温泉地とも、僕が “温泉大使” を務めているんです。

 う、う、うれしーーーい!!


 確かに、ここ数年、四万温泉も伊香保温泉も、若い女性の姿を多く見かけるようになりました。
 気になって、時々、観光客に声をかけるのですが、「卒業旅行」 だったり、「女子会」 との回答が多いですね。
 それだけ、群馬の温泉が県外の人に知られているということです。
 また、女子に人気ということは、温泉だけではなく、観光やグルメなど旅の付加価値が高いということでしょうね。

 若い人は情報を拡散する力を持っていますから、ジャンジャン群馬の魅力を発信して欲しいものです。


 伊香保温泉は部門賞のほかにも、日本文化を生かした観光プロモーションと今後のインバウンド展開への期待を評価され、特別賞のクールジャパン賞も併せて受賞しました。
 また万座温泉(嬬恋村) が、部門賞の健康増進部門で2位に入賞しています。

 いいぞ! がんばれ! 群馬の温泉!
  


Posted by 小暮 淳 at 12:24Comments(5)大使通信

2019年03月09日

小野上温泉は、なぜ小野上温泉になったのか?


 『グラフぐんま』(企画/群馬県、編集・発行/上毛新聞社) に連載中の 「ぐんま湯けむり浪漫」。
 早いもので、今月発売の3月号で17回を数えます。
 毎号、群馬県内の名湯や秘湯を僕流に紹介しています。


 ということで、昨日は早朝より小野上温泉(渋川市) を取材してきました。
 「小野上温泉」 と聞くと、行ったことのある人のほとんどが、日帰り温泉施設の 「さちのゆ」 を連想されるのではないでしょうか?
 確かに入浴施設ばかりが目立っていますが、現在でも他に3軒の宿泊施設がある、れっきとした温泉地です。

 では、なぜ、日帰り温泉ばかりが有名になってしまったのでしょうか?
 それは、この温泉地の波瀾万丈な歴史と関係があるのです。


 「さちのゆ」 がリニューアルオープンしたのは、平成20年10月でした。
 前身は 「小野上温泉センター」 で、それ以前の渋川市との合併前は 「小野上村温泉センター」 と呼ばれていました。
 さらに時はさかのぼり、昭和50年代までは、「老人いこいの家」 という老人ホームが温泉を使用していました。
 そして、さらにさらに時代をさかのぼると……


 行ったことのある人は、気づかれたでしょうか?
 入浴施設の駐車場入口に、石の祠が祀られていることを!
 これは 「湯前薬師石堂」 といい、かつて国道沿いの源泉湧出地にあったものが移築されています。

 創建は寛文4年とありますから、今から350年以上も昔のものです。
 石堂の側面には 「塩川村」 と刻まれ、その時代より、この地に温泉が湧いていたことが記されています。

 これが塩川温泉(鉱泉) の起源です。


 正式に、塩川温泉から小野上温泉へ名称変更がされたのは平成11年9月のことです。
 しかし、それ以前の平成5年には、すでにJR吾妻線に 「小野上温泉駅」 が開設されています。
 では、いったい、いつから 「塩川温泉」 は、「小野上温泉」 と呼ばれるようになったのでしょうか?

 “湯歴ミステリー” の謎を解き明かしてまいりました。

 ※真相は 『グラフぐんま』 4月号にて、ご紹介します。
 

  


Posted by 小暮 淳 at 12:39Comments(0)取材百景

2019年03月08日

酔っぱライターが行く

 
 「取材に来られて、実際にお酒を飲まれた記者さんは、小暮さんが初めてですよ」
 杜氏が笑いました。
 「そのために、わざわざバスで来たんですから」
 「ですよね」
 と、さらにうれしそうに笑いながら、
 「では、こちらも味見をしてください」
 と、次々に酒を注いでくれました。


 昨日は、電車とバスを乗り継いで、群馬県北部の酒蔵を訪ねてきました。
 現在、「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) で不定期連載中の 『ほろ酔い街渡(ガイド)』 の取材です。

 「ということは、その記者は酒蔵を取材に来て、酒を飲まずに記事を書いているっていうことですか?」
 「の、ようですね」
 とは、なんとも不思議な話であります。
 それでは、温泉ライターが、湯に入らずに温泉の記事を書いているようなもの!
 フードライターが、料理を食べずにグルメ記事を書いているようなものです。

 “酔っぱライター” は、酔ってこそ、その酒の良さを引き出すのであります。
 そう、例えるならば、ジャッキー・チェンの映画 『酔拳』 のようなもの!
 飲むほどに、酔えば酔うほど強くなるのです。


 「とかなんとか言っちゃって、小暮さんは、ただの飲兵衛なだけじゃありませんか!」
 と同行のカメラマン氏。
 でもね、類は友を呼ぶのです。
 そのカメラマン氏だって、飲兵衛なのです。
 だから、こうして2人して、電車とバスを乗り継いで、酒蔵めぐりをしているんじゃありませんか!


 そして2人は、またバスに乗り、お約束の夜の街へ……
 今度は試飲ではなく、しっかり浴びるためにです。

 これだから “酔っぱライター” は、やめられませんって!


 ※この記事は4月5日号の 「ちいきしんぶん」 に掲載されます。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:37Comments(0)取材百景

2019年03月06日

生涯ライター


 僕は、作家ではありません。
 しがない地方のライターです。
 だから締め切り厳守は必至であります。

 加え、臆病な性格もあり、余裕を持たないと気が気でありません。
 自分が元編集者だったということもあり、相手の事情を考えると、ついつい前倒しに原稿を仕上るクセがあります。
 早いものでは1週間、それ以上前に入稿することもあります。

 ところが、先月は勝手が違いました。
 確定申告と思わぬオヤジの葬儀が重なり、執筆の手が止まってしまいました。
 で、先週から躍起になって取りかかり、なんとか、いくつかの原稿を仕上げました。


 現在、僕は5つの連載を抱えています。
 週間が1本、月刊が2本、不定期が2本です。
 が、だいぶ数は減りました。
 多いときは、この倍はありましたからね。
 中には、週2回掲載なんていうハードな連載を受け持っていたこともありました。
 それを思えば今は、頭も体も、かなり楽になりました。

 ライターって、作家と違い、知力よりも体力勝負の職業なんです。
 机の前で何時間ジッとしていても、文章は生まれてきません。

 “取材ありき”の職業です。

 ということは、フットワークが求められます。
 企画を出して、資料を集めて、現場に飛び、見て、聞いたことを、締め切りまでにまとめなくてはなりません。
 体力がモノを言う職業なのです。

 おかげさまで、僕はライターに向いていたようです。
 思えば、この世界に入ってから一度も寝込んでいませんものね。
 ケガも病気も、風邪すら引いたことがないのです。
 だから30年近くも、この職業が続けて来れたのかもしれません。


 でも、なんだかんだ言っても、寄る年波にはあらがえません。
 30代より40代、40代より50代と、確実に体力は衰えています。
 年々、フットワークの距離も短くなり、スピードも遅くなり、反応も鈍くなっています。

 でも、年を重ねると、良い事もあるのです。
 体力に反比例して、知力は増しているようです。
 “考える力” は、若い頃よりも確実に伸びています。
 (ただ、記憶力は低下しています)


 はてさて、迎えた60代は、どんなライター人生が待っているのでしょうか?
 せめて、「使い捨てライター」 にはならぬよう、好奇心を失わず、刺激的な毎日を送りたいと思います。

 目指せ!! 生涯ライター!
   


Posted by 小暮 淳 at 12:13Comments(0)執筆余談

2019年03月04日

ため息のシーズン③ がんばらない効果


 今年も、嫌な季節がやって来ました!
 個人事業主のみなさん、確定申告は、お済ですか?
 僕は本日、無事に提出を終えました。

 毎年、この時期がイヤでイヤで、早く過ぎ去ってほしいものだから、いつも2月中に済ませていました。
 が、今年は思わぬハプニング(オヤジの死去) があり、作業が一時中断しておりました。
 で、先週、がんばって仕上げたのであります。


 毎年、このブログでつぶやいていますが、この確定申告って、年に1度手渡される “大人の通知表” なんですよね。
 自分では 「がんばった」 と思っていても、電卓を弾けば、すぐに明確な成績(数字) が表示されるわけです。

 確か、一昨年の所得は、その前年と10万円の単位まで一緒でした。
 そしたら昨年の所得は、見事に前年と万の単位までピタリと変わらず同じだったのです。
 この3年間、ほとんど所得は一定です。

 これは、どういうことでしょうか?

 進歩がないととらえるか、現状維持を保ったととらえるか?
 それとも、これが実力とあきらめるか?


 心の変化とでもいうのでしょうか!
 今年の僕の反応は違いました。
 昨年までは、タイトルどおり “青息吐息” で、落ち込んでいたのです。
 が、今年は無反応でした。

 「ま、俺の人生、こんなもんだ。増えもせず、減りもせず、良かったじゃないか」
 ってね。
 たぶん、これって、昨年、還暦を迎えたときに宣言した 「がんばらない」効果だと思うんです。

 だって、同級生たちは定年退職を迎えている歳ですものね。
 いくらフリーランスだからといって、僕だけ目くじら立てて、鼻息荒くして、張り切っていてもおかしいでしょう?
 だから、すべての事象を素直に、そのまま受け入れることにしました。
 結果、今年から “ため息” が出なくなったということです。


 さて、みなさんは、いかがでしたか?
 たっぷり税金を払うことになってしまった方、思わぬ還付金が返ってくることになった方……
 悲喜こもごものシーズンを過ごしていることでしょうね。

 えっ、これからなの?
 3月15日までですよ。
 お急ぎください!
  


Posted by 小暮 淳 at 18:26Comments(0)つれづれ

2019年03月03日

『Air Place』 を聴こう!


 高崎市民のみなさ~ん、こんにちは!
 いえいえ、最近はインターネットを利用すれば、どこにいても聴けますので、全国のみなさんに、お知らせいたします。
 ラジオ高崎の人気番組 『Air Place (エア・プレイス)』 にゲスト出演することになりました。


 『Air Place』 は、月曜日から土曜日の夕方、毎日放送しているワイド番組です。
 人気の秘密は、なんといってもゲストパーソナリティーの豪華さです。
 落語家の林家つる子さんや俳優の岡田浩輝さん、お笑い芸人の金谷ヒデユキさん、タレントのJOYさんなど、群馬ゆかりのゲストパーソナリティーが日替わりで担当します。
 
 そしてメインパーソナリティーは、ラジオ高崎アナウンサーの田野内明美さん。
 開局と同時にアナウンサーになったベテランで、同局の看板アナであります。

 僕が田野内さんと出会ったのも、開局の頃ですから、かれこれ20年前になります。
 知人を介して知り合ったのですが、今までに僕も何度か、彼女の番組に出演させていただいています。


 で、今回、久しぶりに出演依頼の連絡をいただきました。
 なんで、そんな人気の番組に呼ばれたのかって?
 …………、
 実は、僕も良く分かりません。
 ただ、今回のゲストとしての肩書きは、「フリーライター」 です。
 ので、温泉の話ではなさそうです。
 たぶん、昨年出版した 『ぐんま謎学の旅 民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) がリスナーへプレゼントされるようですので、このあたりの話題が中心になるのではないかと思われます。

 で、で、ででででーーーー!!!!
 僕が出演する日が、木曜日なんです。
 木曜日のゲストパーソナリティーといえば、元「BOOWY」 のベーシスト・松井常松さんであります。
 あの伝説のロックバンドですぞ!

 でも僕と松井さんて、ちょっと縁があるんです。
 直接お会いするのは今回が初めてなのですが、実は、僕がスーパーバイザーを務めている群馬テレビの番組 『ぐんまトリビア図鑑』 のナレーションをしてくださっているのが松井さんなのであります。
 ぜひ、その辺のお話もしてみたいと思います。


 はてさて、どんな話が飛び出すやら。
 今から、とっても楽しみにしています。
 ぜひ、お聴き逃がしなく!


 ●放送局  ラジオ高崎 (76.2MHz)
 ●番組名  『Air Place』 平日16:00~18:55(土曜は17:00~)
 ●出演日  2019年3月14日(木) 16:10頃~
  


Posted by 小暮 淳 at 13:02Comments(0)テレビ・ラジオ

2019年03月01日

なんてこった!


 「病院の送り迎えから下の世話まで、散々、面倒看たからね。なんも後悔なんてないよ」
 数年前に父親を見送った友人の言葉です。
 この言葉に、僕はいつも励まされていました。

 「ジュンちゃん、介護は大変だけど、とことんやったほうがいいよ。自己満足かもしれないけど、見送った後が違うから」
 そうやって彼は、僕の介護の苦労話やグチを聞いては、応援してくれていました。
 そして、その通りになりました。

 先週、僕は認知症を患ったオヤジを、10年間の在宅介護の末に、無事、見送ることができました。
 “やるだけのことはやった” という自負があるからでしょうか。
 友人の言うとおり、悲しみも後悔もありません。
 不思議なくらい清清しい気持ちで、通夜も告別式も迎えました。


 たぶん、少しは悲しみもあったのでしょうが、僕には、それ以上に “家族” のありがたみを感じた2日間でした。
 本当に子どもたちが良く動いてくれました。
 長男は、車を出して何回も送迎をしてくれました。
 長女は、会葬者にあいさつを欠かさずしてくれました。
 次女は、自ら受付を買って出てくれました。

 いつのまにか成長した3人の姿に、ただただ目を奪われていました。

 孫の成長もしかり!
 長女の子、K君は小学2年生です。
 もちろん葬式は初体験なので、見るものすべてが驚きの連続です。

 お焼香が面白いようで、
 「ジイジ、もう1回行こうよ!」
 と通夜の後、誰もいなくなった会場に、何度も何度も連れていかれました。
 さぞかしオヤジも、喜んだことでしょうね。


 そんなK君が、斎場で火葬が終わった後、会葬者の笑いをとった出来事がありました。
 骨になったオヤジに駆け寄り、大声で叫んだのです。

 「なんてこった!」

 両手を頬に当て、ムンクの 『叫び』 の形相です。
 もしくは、映画 『ホーム・アローン』 のカルキン坊やの 「オーマイ、ゴッド」 のポーズに見えました。
 そして骨の前で、固まってしまいました。

 彼にしてみれば、手品を見ているようだったのかもしれませんね。
 大きいジイジが死んだことは受け入れていたんでしょうけど、まさか、たった1時間後に、こんなに小さな骨になってしまうとは、予想もしていなかったようです。

 彼の叫んだ 「なんてこった!」 に、会葬者一同が大爆笑となりました。
 ともすれば湿っぽくなりがちな葬儀を、一瞬にして和やかな雰囲気にしてくれました。

 さすが、僕の孫です。
 K君、ありがとう!


 楽しいことが大好きだったオヤジです。
 最後まで明るく、みんなで見送ることができました。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:11Comments(4)つれづれ

2019年02月27日

湯宿温泉 「太陽館」③


 僕が講師を務めているNHK文化センター前橋教室主催による野外温泉講座 「名湯・秘湯めぐり」。
 今年度で開講10周年を迎えています。
 毎月、前橋駅と高崎駅からバスを出して、群馬県内外の温泉地を訪ねています。

 2月講座日の昨日は、群馬県みなかみ町の湯宿(ゆじゅく) 温泉へ行ってきました。
 この講座で湯宿温泉を訪ねるのは3回目です。
 毎回、違う宿にお世話になっています。


 かつて三国街道の宿場町だった湯宿温泉は、旅人や湯治客で大変にぎわっていました。
 戦前までは20軒近くの宿がありましたが、現在は5軒の旅館が共同で源泉を守りながら商いを続けている小さな温泉地です。
 国道と並行して石畳が続く、細長い温泉街の一番西の端に 「太陽館」 はあります。

 「ご無沙汰しています。その節は、お世話になりました」
 4代目女将の林せつ子さんが、一行を出迎えてくれました。
 僕が太陽館を訪れるのは、約6年半ぶりです。
 最後に女将さんにお会いしたのは、確か新聞記事の取材でした。
 当時、僕は朝日新聞に 『湯守の女房』 というタイトルのエッセイを連載していました。


 旅館の創業は明治初期。
 初代が 「すみよしや」 という屋号で開業しました。
 「太陽館」 を名乗るようになったのは2代目からです。
 改名の理由は、源泉の効能にありました。
 昔から湯量が豊富なことで知られ、旅人たちの疲れた体を “春の日だまりの太陽” のように芯から温めたことから 「太陽の湯」 と呼ばれていたといいます。
 筋肉痛や疲労回復に効果があることから、アスリートたちからも愛されてきました。
 その代表選手が、マラソンの瀬古利彦氏です。
 早大競走部時代から、毎年合宿に訪れていた宿としても全国的に有名になりました。


 同館自慢の大浴場は、その名も 「太陽の湯」!
 浴槽内は、湯の流れを計算した実に良くできた造りをしています。
 熱い源泉を注ぎ込む湯口が奥にあり、中ほどが適温、手前のオーバーフローされる湯尻付近はぬるめになっています。


 「先生、いい湯ですね」
 「本当に芯から温まりました」
 と口々に感想を述べる受講生たち。

 「汗が止まりません!」
 と言って、湯上がりにTシャツ姿で生ビールを飲み干してみせた生徒さんもいました。
 「Tシャツっていうことはないでしょ!」
 誰かに突っ込みを入れられ、昼食会場は爆笑となりました。


 いい湯、いい宿、いい旅

 温泉めぐりの旅は、今年も始まったばかりです。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:03Comments(0)温泉地・旅館

2019年02月25日

人生で一番長い2日間


 オフクロにとって人生で、もっとも長い2日間だったのではないでしょうか。


 オヤジが息を引き取った20日の朝。
 別の病棟にいたオフクロを車イスに乗せ、すぐにオヤジに会わせました。
 まだ、オヤジの手は温かったはずです。
 その手を握りながら 「ありがとう、ありがとう」 をくりかえし、「お父さんは、いい人なんです。本当にいい人だから」 と、まわりに居る誰にとはなしに語りかけていました。

 その後、葬儀社の車が迎えに来て、2人は引き離されてしまいました。
 まさか、これが70年も連れ添った相手との最後の別れになるとは……
 オフクロも思わなかったでしょうし、僕もアニキも、この時は知るよしもありませんでした。

 通夜にも告別式にも、オフクロを出席させるつもりでいましたから。


 この世の不条理とでもいうのでしょうか。
 オフクロの外出に、ドクターストップがかかってしまいました。
 いえ、正確には、医師は 「ダメだと言いたいところだが、担当介護師と相談して決めてください」 と言ったのです。

 結果、断念せざるをえませんでした。
 理由は、たくさんありました。
 ・ふつうの車イスでの外出はできないこと。
 ・専用の車イスは、普通車には乗せられず、介護タクシーを利用しなければならないこと。
 ・専用の食事、おやつ、水分補給飲料を携帯しなければならないこと。
 ・専属の介護人を付けること。
 そして何よりも、最大の理由は、
 ・長時間の外出に体力が持たないこと、
 でした。

 実際、オフクロは10分の面会時間の間にも、「疲れた」 と言って目をつむってしまい、「横になりたい」 と早々に病室にもどってしまいます。


 ショックだったのは、僕やアニキよりも、孫たちだったようです。
 「そうだ! おばあちゃんのために、アルバムを作って渡そうよ」
 息子の発案で、4人の孫たちが分担を決めて、2日間の式の様子を撮影してくれました。

 今は、便利になりました。
 スマホで撮って、コンビニでプリントができるのですから。
 すぐに息子が作ってくれ、翌日にはオフクロの元へ届けました。

 
 「ほら、これが祭壇だよ。立派だろ」 「こんなにも、たくさんの人が来てくれたんだよ」 とページをめくりながら、一枚一枚、見せてやりました。
 会場のメモリアルコーナーには、オヤジの若い頃の写真やオフクロとの新婚時代の写真、アニキや僕が生まれてからの家族写真、孫やひ孫に囲まれた晩年の写真など約20点が、時系列に飾られました。
 息子は、それらすべての写真を接写して、ファイルしてありました。

 「若かったね」 「お父さん、いい男だったんだね」
 と、なつかしそうに昔を思い出しているオフクロ。

 そして、アルバムを閉じると、
 「お父さんは、幸せな人でしたね」
 と言って、涙をぬぐっていました。


 オフクロ、ごめんね。
 本当は、最後の最後までオヤジのそばにいて、見送りたかったよね。
    


Posted by 小暮 淳 at 18:49Comments(4)つれづれ

2019年02月24日

最長寿記録


 いままで励ましや応援の言葉をかけてくださった読者のみなさま、長い間、本当にありがとうございました。
 たびたび、このブログにも登場してきました “ボケ老人” こと、認知症を患っていたオヤジが、先日20日の朝に永眠いたしました。
 享年94歳でした。


 その知らせは、突然でした。
 前日の就寝が遅かったため、僕は、まだベッドの中でした。
 ケータイの着信音で起こされました。

 「オヤジの容態が急変した。すぐ行ってくれ! 俺も今から家を出る」
 声の主は、アニキでした。

 我が家のほうが、オヤジのいる病院に近いこともあり、先に着きました。
 病室のベッドで寝ているオヤジは、いつもと変わりません。
 いつだって、寝ているのか死んでいるのか分からない状態だったのですから。

 ただ、この日は様子が違いました。
 ベッドのまわりに、白衣を着た医師や看護師が立っています。
 オヤジの頭の横にある計器の画面は、2本の直線を描いていました。
 脈拍と呼吸がないことを表しています。
 心電図だけが、かすかに波動していました。

 「7時の巡回時は、返事をしていました。8時の時に呼吸をしていなかったので、連絡をさせていただきました」
 との説明を受けているところに、アニキが到着。
 2人の同意を得て、医師が “臨終” を告げました。

 死因は肺炎のようですが、僕らは老衰による大往生だったと受け止めています。


 さてさて、ここからが、さー大変!
 僕もアニキも、身内の葬式を出したことなんてありませんからね。
 てんやわんやの大騒ぎです。
 怒涛の3日間が始まりました。

 葬儀屋への手配、お寺の住職への依頼、親類縁者への連絡……
 が終わったと思えば、
 湯かん、納棺、通夜、告別式、火葬と、息つく間もないスピードで3日間が過ぎていきました。


 群馬県内の新聞各紙の 「おくやみ欄」 に掲載されたこともあり、通夜・告別式には大勢の方々が焼香に訪れてくださいました。
 当日は、至らぬ点が多々あったと思いますが、お許しください。
 この場を借りて、改めて、お礼を申し上げます。
 ありがとうございました。


 そして最後に、オヤジが打ち立てた偉大なる記録をご報告いたします。
 これまでの小暮一族の “最長寿記録保持者” は、伯父 (オヤジの兄) の94歳3ヶ月でした。
 このたび、オヤジが、この記録を更新いたしました。

 94歳と5ヵ月!

 実りある、見事な一生だったと思います。 合掌
  


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(5)つれづれ

2019年02月22日

再放送のお知らせ


 2月10日に群馬テレビで放送された特別番組 『世界に誇れるGUNMA』 を見逃してしまった方へ!
 明日、夜7時から再放送されます。

 “日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産へ”
 をテーマに制作された番組です。
 ぜひ、ご覧ください。
 ※(当ブログ内関連記事は2019年2月8日 「世界に誇れる『GUNMA』」、2019年2月18日 「ユネスコ遺産推進元年」 を参照)



  群馬銀行特番 『世界に誇れるGUNMA』

 ●放送局  群馬テレビ (地デジ3ch)
 ●再放送  2019年2月23日(土) 19:00~20:00  


Posted by 小暮 淳 at 10:37Comments(0)テレビ・ラジオ

2019年02月18日

ユネスコ遺産推進元年


 2月10日に群馬テレビで放送された 「世界に誇れる『GUNMA』」 は、ご覧になりましたか?
 この1週間の間に、各方面からさまざまなコメントが寄せられました。

 「録画して、繰り返し観ました」
 「群馬の素晴らしさを知りました」
 「登録の実現を応援しています」

 メールや電話、そして直接お会いした人たちからも声をかけていただきました。
 中には、直筆による手紙をくださった関係者もいました。

 <小暮様の現地での解説が、大きなポイントになりました。>
 と、徐々に機運が高まっています。


 昨年暮れ、日本の温泉文化のユネスコ(国連教育科学文化機関) 無形文化遺産への登録を目指して、群馬県温泉協会の岡村興太郎会長が発起人を務める 「温泉文化ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会」 が設立されました。
 12月17日に県庁県民ホールで行われた発会式には、県内の旅館・ホテル業者や観光関係者、県知事や関係自治体の議員らが集りました。
 末席ながら、当日は僕も会場へ応援に駆けつけました。

 ということで、今年は “ユネスコ遺産推進元年” となります。
 今後、関係者が意見交換を重ね、「温泉文化」 の定義づけを決定して行くことになります。
 推進協議会では現在、趣旨に賛同してくださる人の輪を広げる活動をしています。


 以上は、全国レベルのお話です。
 が、僕は以前から群馬オンリーの “温泉遺産” の制定を唱えています。
 たびたび、このブログでも記してきましたが、題して、
 『22世紀に残したい群馬の温泉遺産』
 であります。
 ちなみに僕が推薦する群馬の温泉遺産は、下記のようなものです。

 ☆草津温泉の湯畑および西の河原をはじめとする源泉群
 ☆伊香保温泉の石段と石段街
 ☆四万温泉の日向見薬師堂と積善館本館および湯殿建築
 ☆法師温泉の足元湧出源泉と本館および湯殿建築
 ☆六合温泉郷、尻焼温泉の川風呂と奥草津温泉の穴地獄およびチャツボミゴケ群生地

 これは、ほんの一部です。
 沢渡温泉まるほん旅館のひのき張り湯小屋風呂や宝川温泉の露天風呂なども推薦したいところです。


 「ユネスコ無形文化遺産」 と 「群馬の温泉遺産」 の登録および制定に向けて、今年は邁進して行く所存です。
 ご賛同のほど、よろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:06Comments(2)ユネスコへの道

2019年02月15日

マロの独白 (46) いじめないで!


 こんにちワン! マロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、12才です。


 先日、リビングで昼寝をしていると、テレビのワイドショーを観ていたご主人様が、突然、大声を上げてオイラを呼んだのです。
 「マロ! 観てみろ! これこれこれ~!!!」
 あわてて飛び起きて、テレビの画面を観ると、女性が犬を散歩をしている映像が流れているだけでした。
 「これが、なんだっていうんですか?」
 とオイラが言い返した、次の瞬間、
 「ああ、あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!」

 絶句です!
 何を思ったのか、その女性はいきなり、散歩している白くて大きな犬(ラブラドール) を蹴ったのです。

 「ご、ご、ご主人さま~、こ、こ、これは、いったい、なんですか~?!」
 映像を観る限り、白い犬は何も悪いことをしていないんすよ。
 ただ一緒に散歩をしているだけなんでやんす。
 なのに、なのに、突然……

 「虐待だよ。動物虐待っていうやつだ」
 「虐待って、なんですか?」
 「自分の抑えられなくなった感情を、自分より弱いものにぶつけているんだ。ま、動物だけじゃないけどな」

 オイラ、知っていますよ。
 最近、テレビで観ましたもの。
 親が自分の子どもに暴力をふるって、殺しちゃったという話を。


 「ご主人様、1つ訊いてもいいですか?」
 「なんだい?」
 「なんで人間は、そんなことをするんですか?」
 「なんでするのか? 難しい質問だな。ただ、これだけは言えると思うよ。虐待は、“弱い人間” がやることなんだ」
 「弱い人間ですか?」
 「そう、自分が弱いことを知られたくないから、自分より立場の弱い人や動物に対して、暴言を吐いたり、暴力をふるうんだよ」
 「なるほど、自分を “大きく” “強く” 見せたいんですね」
 「ま、そんなところだと思うよ」

 そこでオイラは、疑問がわいてきました。
 だって、虐待を繰り返す人は、ごく一部の人たちですよね。
 ということは、それ以外の人は、みーんな強い人間なんでしょうか。


 「ご主人様、もう1つだけ訊いてもいいですか?」
 「いいけど、どうしたんだい? 今日のマロは、いつもと違うね」
 「ええ、まあ……。あのー、ご主人様は暴言も吐かないし、暴力もふるわないですよね。それは、ご主人様が強いからですか?」
 すると一瞬、ご主人様は、困った顔をして、「うーん」 と、うなりだしてしまいました。
 やがて、意を決したようにオイラを見つめなおして、
 「あのな、誤解をしないで聞いておくれ。俺だって弱い人間なんだよ。だから若い頃には、暴言を吐いたこともあるし、手を上げたこともある。でも、それでは何も解決しないんだよ。自分が変わらない限りはね」
 「……」
 「おい、マロ! 聞いてんのか?」
 「は、はい。ただオイラには、ちょっと難しすぎて……。でも……、ということは、犬を蹴っていたオバサンは、変われなかった人ということですね」
 「だね。まわりに、注意してくれたり、教えてくれる人がいなかったのかもね。だから、どんどん自分の行為を正当化してしまうんだろうね」


 「最後に、あと1つだけ訊いてもいいですか?」
 「まだあるのかい? 今日のマロは、やっぱりヘンだね」
 「オイラには、ご主人様は弱い人間には見えないんですけど、どこが弱いんですか?」
 「えっ、それを訊くかい?」
 「はい、ぜひ、教えてください」
 「ズバリ、金だよ。金が無いことが俺の最大の弱点だ」

 「ハハハハハ(笑)」
 オイラ、笑っちゃいました。
 ご主人様ったら、本気で弱点だと思っているのかしらん。
 だからオイラ、言ってやりましよ。
 「ご主人様、お金なんか無くても、毎日楽しく生きているじゃありませんか!」
 そしたら、ご主人様ったら、
 「マロ~、お前は、いいヤツだな~」
 て言いながら、オイラを強く強く抱きしめましたとさ。


 全国、いいえ、世界中の飼い主のみなさん、絶対にオイラの仲間をいじめないでください!
 オイラの仲間を怒らせると、しっぺ返しに遭いますよ!! ワン!

  


Posted by 小暮 淳 at 14:45Comments(2)マロの独白

2019年02月13日

どこかで 誰かが⑫ 縁は異なもの


 「やっとお会いすることができました。グリーンドームで講演をなさりましたよね? お話に大変感動しました」


 今日、僕は久しぶりにオヤジを見舞いに、施設を訪ねました。
 ちょうど3時のおやつの時間で、オヤジはベッドで半身を起き上がり、若い介護師の男性に、ゼリー状のお菓子をスプーンで、やしなってもらっていました。

 彼は僕と会うなり、4年前の秋にヤマダグリーンドーム(前橋市) で開催された 「ぐんまリビングフェア」 の話をし出しました。
 「確か、石田純一さんのトークショーの前でしたよね。お名前と介護のお話を聞いて、すぐに小暮さんの息子さんだと分かりました」

 そうなんです。
 そのイベントで、なぜか僕は俳優でタレントの石田純一さんの前座を務めたのでした。
 しかも話のテーマは温泉ではなく、“介護” です。
 演題は 『不孝をすると親は長生きをする』。
 当時、在宅介護をしていた両親の苦労話や笑い話をさせていただきました。
 ※(当ブログの2015年10月15日 「2つのセミナー」 参照)

 「えっ、あの時、会場にいたのですか?」
 「はい、実は家族と石田純一さんを見に行ったんですけどね」
 「でしょうね(笑)」
 「いえ、感動しました。小暮さんの話に! 偶然にも私は小暮さんのご両親を担当していたものですから」


 なんて縁とは、異なものなのでしょうか。
 両親がデイサービスやショートステイでお世話になってる施設の介護師さんが、その両親の介護話をしている僕の講演を聴いていたなんて!
 そして今、僕の目の前で、その介護師さんは、僕と話をしながらも、オヤジに食事をさせてくださっているのです。

 「こちらこそ、両親が大変お世話になっています。いつもありがとうございます」
 そう礼を言って、オヤジを見たとき、ふだんは無表情のオヤジが、かすかに微笑んだように見えました。
 自分のことを話していることが、分かったのかな?

 たぶん気のせいだと思います。
 重度の認知症を患っているオヤジが、分かるわけがないのです。
 でも、なぜか笑ったように見えたのです。


 じいさん、良かったね。
 いい人に介護してもらえて!
   


Posted by 小暮 淳 at 20:58Comments(2)つれづれ

2019年02月12日

ご褒美の行方


 定年退職を迎える友人が、新車を購入しました。
 なんでも、長年勤め上げた自分への “ごほうび” なんだそうです。
 驚いたのは、その金額です。
 600万円!
 ま、価値観は人それぞれですから、その金額が高いのか、安いのかは、一概には申しません。
 が、「車は動けばいい」 と中古車を日々乗り回している僕からしたら、ただただ驚くばかりであります。


 もう、何年も昔のことですが、法要の席で、いとこの男性から、こんな話を聞きました。
 彼は定年退職を機に、新しい趣味を始めることにしました。
 「若い頃さ、カメラが好きだったんだよね」
 と退職金をつぎ込んで、最新のカメラと機材一式をそろえたと言いました。

 それから数年経った法要の席でのこと。
 「そういえば、カメラはどうなりました。撮ってますか?」
 と問えば、意外や意外。返ってきた言葉は、
 「いやね、始めてはみたんだけどさ。何を撮ったらいいのかが分からなくてね」
 結局、2、3回撮影に出かけただけで、趣味は終わってしまったとのことでした。

 時間とお金はあっても、“情熱” は手に入れられなかったということでしょうか?


 はてさて、気になるのは、友人です。
 ピカピカの新車に乗って、どこへ行くのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 11:45Comments(0)つれづれ