温泉ライター、小暮淳の公式ブログです。雑誌や新聞では書けなかったこぼれ話や講演会、セミナーなどのイベント情報および日常をつれづれなるままに公表しています。
プロフィール
小暮 淳
小暮 淳
こぐれ じゅん



1958年、群馬県前橋市生まれ。

群馬県内のタウン誌、生活情報誌、フリーペーパー等の編集長を経て、現在はフリーライター。

温泉の魅力に取りつかれ、取材を続けながら群馬県内の温泉地をめぐる。特に一軒宿や小さな温泉地を中心に訪ね、新聞や雑誌にエッセーやコラムを執筆中。群馬の温泉のPRを兼ねて、セミナーや講演活動も行っている。

群馬県温泉アドバイザー「フォローアップ研修会」講師(平成19年度)。

長野県温泉協会「研修会」講師(平成20年度)

NHK文化センター前橋教室「野外温泉講座」講師(平成21年度~現在)
NHK-FM前橋放送局「群馬は温泉パラダイス」パーソナリティー(平成23年度)

前橋カルチャーセンター「小暮淳と行く 湯けむり散歩」講師(平成22、24年度)

群馬テレビ「ニュースジャスト6」コメンテーター(平成24年度~27年)
群馬テレビ「ぐんまトリビア図鑑」スーパーバイザー(平成27年度~現在)

NPO法人「湯治乃邑(くに)」代表理事
群馬のブログポータルサイト「グンブロ」顧問
みなかみ温泉大使
中之条町観光大使
老神温泉大使
伊香保温泉大使
四万温泉大使



著書に『ぐんまの源泉一軒宿』 『群馬の小さな温泉』 『あなたにも教えたい 四万温泉』 『みなかみ18湯〔上〕』 『みなかみ18湯〔下〕』 『新ぐんまの源泉一軒宿』 『尾瀬の里湯~老神片品11温泉』 『西上州の薬湯』『金銀名湯 伊香保温泉』 『ぐんまの里山 てくてく歩き』 『上毛カルテ』(以上、上毛新聞社)、『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん)、『ヨー!サイゴン』(でくの房)、絵本『誕生日の夜』(よろずかわら版)などがある。

2019年01月17日

Hの次はAでしょう!


 昨晩、やっと “H初め” を済ませてきました。
 Hとは、読者のみなさん、ご存じの酒処 「H」 のことです。
 (違うことを考えた人、いませんか? エッチではなくエイチですよ)
 早い話が、Hでの今年の “初飲み” であります。


 いゃ~、まだ夕方5時半だというのに、先客がいるではありませんか!
 さすがみなさん、自由業であります。
 今日の仕事は、さっさと切り上げて、バスに乗ってやって来たようであります。

 「おめでとうございます」
 「今年もよろしくお願いします」
 「では、カンパーイ!」


 1時間もすると、次から次へと常連客が集まり、カウンターしかない小さな店内は、早くも満席であります。
 最初のうちは、方々で、雑談を交わしていましたが、あるテーマになると、店内が一丸となって、1つの “謎” を解き出しました。

 それは、「改元」。
 平成の次は、いったい、どんな漢字二字の元号が来るのか?
 暗黙のうちに、明治、大正、昭和、平成の頭文字であるM・T・S・Hは除くというルールのもと、さまざまな漢字が飛び出しました。


 ちなみに、日本でこれまでに使われた元号は247。
 ところが、使われた漢字は意外に少なくて72字だそうです。
 使用回数が一番多いのは 「永」、次は 「元」。
 以下、「天」、「治」、「応」 の順となっています。

 ということで、これらの漢字も除いてみました。
 で、カウンター内アンケートの結果、セレクトされた漢字は!

 まず、「安」 でした。


 「平成はさ、災害が多い時代だったからね。“安らかに” なるように」
 というのが、大方の意見でした。
 ちなみに調べてみると、過去には 「安」 を使った元号は、安和(あんな)、保安、仁安、安元、安貞、弘安、文安、安永、安政など、たくさんあるのです。

 討論の結果、「頭文字は “A” に決めよう!」 ということになり、「安」 の次の漢字一字の絞込みに入りました。
 が、その頃には、みんな酒が回ってしまっていて、ついに最後まで満場一致となる漢字は出て来ませんでした。


 酒処 「H」 で見つけた 「H」(平成) の次に来る元号の頭文字は 「A」 でした。
 そして漢字は、「安」。

 ぜひ、どなたか、次に続く漢字を考えてみてください。
   


Posted by 小暮 淳 at 20:56Comments(2)酔眼日記

2019年01月16日

働かない理由


 蛙の子は蛙、鳶が鷹を生む……

 とかく親子は、似てても似ていなくても、比べられるものです。
 トンビがタカならいいが、タカだと思っている親からトンビが生まれてくると、時に悲劇が起きます。

 また、イヤな事件が起きました。
 20代の若者が父親に、定職に就かずにいることをとがめられ、刺し殺したといいます。
 世の中には、その逆のパターンもあったりして、親子間の問題というのは、他人には計り知れないのであります。


 僕の場合も、加害者の若者と同じ状態でした。
 20代半ばで夢敗れ、一時、実家に居候していた時期がありました。
 無職のフリーターです。
 でもオヤジもオフはロも、不思議と 「定職に就け」 とは言いませんでした。
 「息子には、息子の考えがあるんだろう」
 と、黙って見ていてくれたようです。

 そんな両親に育てられた僕は、自分が大人になってからも、子どもたちに一切の価値観を強制しませんでした。
 「勉強しろ」 とか 「勉強しているか」 も、一度も言った記憶がありません。
 それより、生涯 “夢中になれるモノ” を探し当ててほしいと思っていました。


 忘れられない出来事があります。
 長男が大学4年生になった春のことです。
 スーツ姿で玄関に立っていました。

 「なんだい、その格好は?」
 「就職活動に決まっているじゃないか!」
 「今からか?」
 「遅いぐらいだよ」

 就職活動なんてしたことない僕には、そこまでして働きたい理由がわかりません。
 「まだ、いいんじゃないの?」
 「……」
 「卒業したらさ、しばらくバイトでもしながら、世界の国々を回るなんていうのも、いいんじゃないのかな……」
 僕が言い終わらないうちに、
 「そうは、いかないんだよ!!」
 と、ピシャリと言葉をさえぎって、出て行ってしまいました。

 その後、会話を聞いていた家内に、こっぴどく叱られたことは言うまでもありません。


 でもね、それで、いいと思うんですよ。
 親子であっても、人それぞれですからね。
 子の人生は親の人生じゃないし、親の人生だってしかり。
 互いの生き方を認め合うことのほうが、大切だと思うのです。

 ただ、ついつい立場的に、親は子に苦言を申してしまうものなのです。
 加害者の若者も、我が家に生まれてきていたら、そのまま放っといてあげたのにね。

 ただね、親を殺すことはないんじゃないかな!
 彼は、無職でいる理由を、ちゃんと父親に説明すべきだったのです。
 少なくとも僕は、親に “夢” を語っていましたよ。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:45Comments(0)つれづれ

2019年01月14日

スマホを忘れただけなのに


 「最悪~! ああ、人生、終わりだ~!!」

 昨晩遅く帰って来た次女が、リビングに入るなり床に倒れ込み、頭を抱えて叫び出しました。
 何事かと思い、駆け寄る父 (僕です)。

 「スマホを忘れた~! 友だちの車の中。すぐに気が付いて追いかけたけど、行っちゃった~!!」


 なーんだ、そんなことかと、安堵する父。
 でも、その 「なーんだ」 が娘には気にさわったようで、
 「なんだじゃないよ。ああ、もう生きていけない」
 と、のた打ち回るのです。

 「ちょっと、冷静になれ。友だちが、すぐに気づいてくれるさ」
 「気づかないよ、後部座席だもの」
 「だったら、その友だちに電話すればいいじゃないか?」
 「知らないもの」

 だよね。
 昔だったら電話帳に書きとめていたけど、ケータイになってからは、確かに電話番号を控えなくなってしまっている。
 家族の番号だって、覚えていないものね。
 そりゃあ、仕方がないか。

 「だったら、自分のケータイに電話してみろ! 友だちが気づいてくれるかもしれないじゃないか?」
 「きっとダメだよ。マナーモードになってるし……」
 と言いながらも立ち上がり、固定電話のプッシュボタンを押し出す娘。
 (自分の番号は、覚えているようです)

 「やっぱりダメだよ。出ないよ。あああああーーーー! どうしよう」
 「どうしようって、失くしたわけじゃないんだろ。どこに置いてきたか分かっているんだから、明日になけば気づいてくれるよ」
 「じゃあ、それまで、どーすんのよ~!?」
 「どうするのって、待っていればいいじゃないか」
 「そんなの、死んじゃううううう!!!」

 娘は完全なる “スマホ依存症” のようであります。
 ガラケー人間の父には、ここから先は、まったく理解不能となりました。


 しばらくして娘は、またコートを羽織ると、出かけようとしています。
 「こんな遅くに、どこ行くの?」
 「その友だちの家」
 「なーんだ、知っているのかよ」


 娘が車で出て行って、30分ほどした頃。
 僕のケータイの着信音が鳴りました。
 娘から、<携帯無事>  の文字。

 人騒がせな娘である。
 たかがスマホを忘れたぐらいで……
 と思ったけど、いやいや、きっと、こんな出来事が毎日、日本中で起きているんだろうなと、つくづく考えさせられた夜でした。
 便利な世の中になったけど、なんだか人の心は不便になってしまいましたね。

 <良かったね>
 とだけ返信して、僕は眠りに就きました。
   


Posted by 小暮 淳 at 17:56Comments(2)つれづれ

2019年01月13日

謎の空飛ぶネズミ


 またもや見てしまいました。
 しかも、今回は真っ昼間です。


 読者のみなさんは、覚えていますか?
 僕が過去に、2度も “妖精” に出遭った話を……。
 ※(当ブログの2010年11月16日 「妖精目撃」、2018年8月15日 「妖精ふたたび」 参照)

 でも、“妖精” の場合は、2度とも目撃したのは夜でした。
 そしてサイズは、ピンポン玉くらいの小さな物体でした。
 しかし今回、僕が出遭った生物(?) は、昼日なた、太陽の光を浴びながら、悠々と浮遊していたのです。
 サイズは、ティッシュボックスくらいの大きさがありました。


 数日前の昼下がりのこと。
 家の近くのコンビニへ買物に行った帰り道です。
 自転車を漕いでいると、僕の目の前を黒い影が、ゆっくりと横切って行きました。

 最初は、「鳥だ!」 と思いました。
 そう思ったのは、シルエットが流線型で、尾が見えたからです。
 でも次の瞬間、「あっ、羽がない!」 ことに気づきました。
 そして、よく見ると、尾が鳥のものではありません。
 そう、ヘビのようにヒョロリとした細長い棒状だったのです。

 だから、例えるならば、「空飛ぶネズミ」 のような物体です。


 高さは、地上3mほど。
 自転車に乗った僕が見上げた先を、ゆっくりと右から左へ水平に移動して行きました。
 道を横切って渡り終えた後は、民家の庭に入り込んでしまい、姿を見失ってしまいました。

 はて、この生物(?) は、いったい何なんでしょうか?

 黒い妖精?
 それとも妖怪の一種?
 はたまた、小さなUFOでしょうか?


 同じモノを見たことがあるという方、ご一報ください。
  


Posted by 小暮 淳 at 11:33Comments(0)つれづれ

2019年01月11日

姓は 「焼き」、名は 「まんじゅうろう」。


 <生まれは関東、上州です。利根の清き流れに産湯をつかり、からっ風に育てられ、義理と人情のためならば、ガブッと焼きまんじゅうをほおばって、悪を憎んで弱きを助け、西東。姓は 「焼き」、名は 「まんじゅうろう」。あま辛みそダレの股旅野郎とは、おいらのことよ!>


 高崎市民のみなさん、こんにちは~!
 大変、ご無沙汰でした。
 どのくらいご無沙汰だったかというと、ちょうど10年ぶりになります。
 何のことかって?
 高崎市内に配布られているフリーペーパー 『ちいきしんぶん』(ライフケア群栄) のことです。
 その新春号 (20191月11日号) の1面記事、新春企画 「焼きまんじゅうろうが行く②」。
 もう、ご覧になりましたか?

 「焼きまんじゅうろう」 を、まだご存じない方のために、ちょっとご説明します。
 彼の肩書きは、上州小麦食文化連合会長。
 三度笠に脚半をはいた股旅スタイルで、背中には焼きまんじゅうをしょっています。
 群馬のソウルフード 「焼きまんじゅう」 のPRキャラクターなのです。
 2009年11月に発行された 『日本全国ご当地キャラクター図鑑2』(新紀元社) に掲載されている、れっきとした群馬を代表するゆるキャラの1人なんです。
 同書には、高崎だるまマスコットキャラクター 「たか丸」 や、TONTON(とんとん)のまち前橋のマスコットキャラクター 「ころとん」 も一緒に掲載されています。


 ということで、今回は、まんじゅうろう君が、“進化系焼きまんじゅう” を追って、スイーツ化した変り種焼きまんじゅうを食べ歩きます。

 えっ、何で、僕が、焼きまんじゅうろうの記事を書くのかって?
 ハイ、それは、彼のテーマソング 『焼きまんじゅうろう旅姿』(作詞/野村たかあき 作曲/小暮淳) を歌っているからであります。(by じゅん&クァ・パラダイス)
 ご興味のある方は、「ちいきしんぶん」 のHPをご覧ください。


 ♪ ハアー 背(せな) でころがす からっ風
   焼きまんじゅうろう 旅すがた
   あまから みそだれ 一刀流
   ハアー 今宵 三日月 出てござる
   悪を憎んで 手かげん無用
   あまから剣法 みそだれ返し

   やんやん焼きまん まんじゅうろう
   こげ目ほどほど 香ばしや
   やんやん焼きまん まんじゅうろう
   見た目ベタつく 面(つら) がまえ
   でも内は さっぱり 心意気 ♪
    


Posted by 小暮 淳 at 18:30Comments(0)執筆余談

2019年01月09日

無形文化遺産登録推進の効用


 “群馬の温泉を世界遺産へ”

 2012年8月31日のブログで、僕は、群馬の 「温泉大使」 になった暁には、温泉文化を世界遺産に登録させる旨を書いています。※(タイトル「世界温泉遺産に推薦します!」)
 あれから約7年、やっと動き出しました。

 昨年暮れ、「日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産に登録しよう!」 と、群馬県温泉協会長の岡村興太郎氏を発起人代表とする温泉文化ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会が設立されました。
 僕も微力ながら、実現に向けて応援させていただいています。


 その効用とでもいうのでしょうか。
 すでに昨年からマスコミやメディアが動いています。
 途端、僕のところには、新聞社からのインタビューやテレビからの取材や出演依頼が舞い込み出しました。

 年末には、すでに地元テレビ局の制作による春の特番のロケ撮影を済ませました。
 と思ったら年明け早々、全国ネットのテレビ局から番組制作へのアドバイザーとしての依頼がありました。
 昨日、さっそく打ち合わせに行ってきましたが、やはり主旨は “無形文化遺産登録に向けて” とのことでした。


 少しずつですが、追い風が吹いているようです。
 まだまだ先は長いですが、コツコツと群馬の温泉の魅力を全国へ、そして世界へメッセージして行こうと思います。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:14Comments(2)ユネスコへの道

2019年01月07日

どこかで 誰かが⑪ お役に立てて


 知人の女性から新年のあいさつを兼ねた、こんなメールが届きました。
 <私は以前から、視覚障害の方々を対象とした、朗読を録音したカセットテープ制作のボランティアサークルに入っています。(中略) そこで 『民話と伝説の舞台』 の中の 「犬塚・村人の代わりに伊勢参りをした犬」 を、ぜひ朗読させていただきたいのです。>

 この女性は、以前、拙著の絵本 『誕生日の夜』 を朗読会で取り上げてくだった方です。
 もちろん、今回も快諾しました。


 長年、著述業をしていると、思わぬ所や思わぬ人から思わぬ話が飛び込んで来るものです。
 だいぶ前のことですが、2012年と2013年に僕は、『みなかみ18湯』 という本を上・下2巻出版しました。
 この時も視覚障害者のための「点字図書」としての制作許可依頼がありました。

 不思議なものですね。
 僕の知らないところで、著書が勝手に動き回って、仕事の幅を広げて帰って来るのですから!
 まさに著者と著書は、親子の関係であります。
 生みの苦しみはありましたけど、世に出してしまえば、自立して、それぞれの道を歩んでくれます。


 今年の僕のテーマは、「頑張らない!」 です。
 親は頑張りませんが、13人(冊) の子どもたちには、大いに働いてもらいたいと思います。

 何よりも、どこかで誰かのお役に立てていることが、著者としての最大の喜びであります。
 今後とも、我が子たちをよろしくお願いいたします。
  


Posted by 小暮 淳 at 10:55Comments(0)著書関連

2019年01月05日

ノンストップ・ライフ


 今年も、たくさんの年賀状が届きました。
 最近は、メールやラインで済ませてしまう人が多いようですが、やはり年賀状はお正月気分を盛り上げてくれます。

 今年は初めて、<今回で賀状の交換は終わりとさせていただきます。> と添え書きされた年賀状がありました。
 高齢化社会の表れなんでしょうかね。
 でも反面、以前に比べたら手書きの年賀状が増えています。
 直筆で、一筆添えられていると、うれしいものです。


 相変わらず、一番多かったのは仕事関係からです。
 その大半は、旅館や協会などの温泉関係者です。
 特に、昨年末に、日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産に登録しようという動きが群馬県から立ち上がったこともあり、この件に触れたコメントが多々ありました。

 個人的な内容では、「ブログ、読んでます」 が一番多かったですね。
 「介護、頑張ってください」 とか 「うちも介護中なので、ブログを読んで元気をもらっています」とか、何十年も会っていないのに、一方的に近況を知られているというのも不思議なものです。


 そうそう、今年初めてのコメントというのが、もう1つありました!
 「定年退職しました」 と 「定年退職します」 です。
 どちらも同級生です。
 ついに、キターーーッ!という感じ(還暦だものね)。

 で、年賀状を手にして、思い浮かんだのは、舘ひろし主演の映画 『終わった人』 であります。
 確か、映画のセールスコピーは、<夢なし、趣味なし、仕事なし> だったような。
 でも、フリーランスで生きる僕からしたら、うらやまし~い!
 だって、夢がなくても、趣味がなくても、仕事をしないで暮らせるだけのお金があるっていうことですもの。
 同じ還暦でも僕の場合は、<夢あり、趣味あり。でも働かないと、お金なし> ですから。

 さらに、その状態が一生、死ぬまで続きます。
 いうなれば、“ブレーキのない車” を運転しているような人生なのです。


 ただね、うらやましいだけではないんですよ。
 一抹の心配もしています。
 「第2の人生は決まっているの?」 「これから先の人生は長いんだぜ!」 「やることなくてボケるなよ!」 ってね。
 まあ、大きなお世話でしょうけど……

 今から来年の正月が楽しみです。
 彼らの年賀状には、なんて書かれているのでしょうか?
  


Posted by 小暮 淳 at 19:56Comments(0)つれづれ

2019年01月04日

時の贈り物


 元日の午前中のこと。
 2階の仕事部屋で、年賀状に目を通していると、ノックの音が。
 「えっ、誰だ?」
 一瞬、戸惑う僕。
 というのも、同居している家内も次女も、滅多に僕の部屋には来ないからです。

 ドアを開けると、長男でした。
 「あれ、早いな。みんな集まるのは、昼からだろう?」
 「ああ、これをお父さんに渡そうと思って」
 彼から小さな紙袋を手渡されました。
 中には、四角い箱が入っています。

 「えっ、なんだい?」
 「遅くなったけど、還暦祝い」
 とは、驚いた。
 僕の息子とは思えぬ、殊勝な心がけだこと。

 「お父さんは、時計なんてしない人だと知ってたんだけど。何がいいか分からなくて。これなら電池交換も時刻合わせも、半永久的に不要なやつだから」
 箱を開けると中には、僕にはもったいないほどの、立派な腕時計が入っていました。


 息子は父親のことを、見ていないようで、ちゃんと見ていたのですね。
 そうなんです。
 僕は25年前に会社勤めを辞めた時、ネクタイと時計を身に付けることをやめました。
 “人にも時間にも縛られたくない” という理由からです。

 それを知っていて、あえて息子は僕に時計を贈ってくれたのです。
 「ありがとう……」
 そのあとに、言葉が続きません。
 なんと言えば、いいのだろう?
 <これを機に、使わせてもらうよ>
 と言えば、ウソになります。

 考えたあげく、出てきた言葉が、
 「ちょうど良かった。近々、講演会があるから、これをして行くよ」
 「講演会?」
 「ああ、講演の途中で残り時間を確認するのに、いつも不便をしていたんだ。これは助かる」
 いつもは時間を気にしない僕も、講演中だけは時計を見ます。
 今までは、会場の壁時計を見るか、卓上用の小さな置時計を持って行ってました。

 「これなら、話しながら時間を見ることができて便利だ。ありがとう!」
 「うん、なら、良かった」
 その後、息子は説明書を広げて、簡単に使い方を教えてくれました。


 翌日のことです。
 バンドのサイズ直しのために、息子に言われた店に、時計を持って行きました。
 すると、いきなり店員から、
 「小暮様ですね。息子さんからの還暦祝いの品ですね。このたびは、おめでとうございます」
 と言われてしまいました。さらに、
 「私が担当いたしました。これは、とっても良い品ですよ。親孝行な息子さんですね」
 なんて言われては、居ても立ってもいられません。
 恥ずかしいや、照れるやら……。  
 時計を預けると、ほうほうのていで、店を飛び出してしまいました。

 たかが還暦なのにね。
 新年早々、息子からお年玉をもらうとは思いも寄りませんでした。
   


Posted by 小暮 淳 at 11:19Comments(0)つれづれ

2019年01月02日

年頭所感 ~七人の孫とひ孫~


 明けまして おめでとうございます。
 今年もよろしくお願いいたします。

 ということで、2019年がやって来ました!
 2019は、ズバリ 「フロイク」 ですからね。
 さっそく、近くの日帰り温泉施設で、ひと風呂浴びてまいりました。

 ところで、みなさんは、どんなお正月を過ごしていますか?
 僕ですか?
 ええ、まあ、なんというか、“らしくない” というか、ニガテな雰囲気の中にいます。
 たぶん、照れくさいんでしょうね。一家団らんっていうやつが……。

 アウトローを気取って生きてきたのと、子どもたちの結婚が早く、昔から家族が一堂に会することのない家だったもので、にぎやかな雰囲気に慣れていないというのが本音です。
 でもね、こう見えても一応、一家の長ですから、正月くらいはデーンと構えて、みんなを迎えなくてはなりません。

 年に一度のことですが、長女夫婦と孫、長男夫婦と孫がやって来て、いきなり我が家は総勢9人の大家族になってしまいました。
 この時ばかりは、「ジイジ」 と呼ばれ、終始笑顔を振る舞っています。


 でも今年は、いつもの年とは、ちょっと違いました。
 例年ならば、我が家に集まった後に、僕の実家と家内の実家へ、あいさつまわりに出かけるのですが、今年は僕の実家へ行きませんでした。
 というのも、昨年から両親とも、施設に入ってしまったからです。
 ちょっぴり淋しい気もしますが、それはそれで楽になって良かったと思っていました。

 ところが、子や孫たちが、「おばあちゃんとおじいちゃんに会いたい」 「大きいばあちゃんと大きいじいちゃんに会いたい」 というものですから、元日から全員で施設へと向かいました。
 オヤジは認知症が重くて、誰一人分からないので、今回はパス!
 後日、個々に面会することにして、頭がしっかりしているオフクロのみ車イスに乗せて、みんなが待っているロビーへ移動させました。

 子、孫、ひ孫たちに囲まれ、全員と握手するオフクロは本当に嬉しそうでした。
 もちろん、最後は全員で集合写真を撮りました。


 車イスを押して、病室へもどると、オフクロは泣いていました。
 抱えてベッドに移し、寝かせると、さらにオイオイと声を上げて泣き出します。

 「みんなに会えて、良かったね」
 と言えば、思わぬ言葉が返ってきました。
 「生きてて、いいんだね」
 そして、こう続けました。
 「私は、ズーッと間違っていたよ。こんな体になって、お前たちに迷惑しかかけないから、生きている意味がないって思っていたんだよ。でも、いいんだよね。みんなに会うために生きていても」


 きっと、そういうことなんですね。
 「会いたい」 と思う人がいる限りは、生き続ける意味があるのだと思います。

 「来年の正月も楽しみだね。ひ孫が増えているかもよ」
 そう言って、僕は病室をあとにしました。
   


Posted by 小暮 淳 at 15:57Comments(0)つれづれ

2018年12月31日

還暦からの風景 ~随想2018~


 今年も、いろいろなことがありました。
 民話の本を出版して、トークライブを行い、NPO主催によるパネルディスカッションを開催しました。
 カルチャーセンターの温泉講座、公民館での高齢者向けセミナー、各団体からの依頼による講演会の講師。
 そしてテレビやラジオへの出演。
 どれもこれも刺激的で、ライターという職業を超えた魅力ある活動ができた有意義な1年間でした。


 その中で、今年最大のニュースといえば、夏に誕生日が来て、“還暦”を迎えたことでしょうか!
 還暦ですよ~!!!
 まさか自分の人生に、やって来るとは、思いも寄らぬ二字熟語です。
 だって子供の頃、「60歳」 と聞けば、当然ですが、正真正銘の 「おじいさん」 でしたからね。
 間違っても、「おじさん」 とは呼んでもらえない年齢です。

 ところが、いざ迎えてみると、まったく自覚がありません。
 「おじいさん」 になった気がしないのです。
 ※(私生活では、孫が2人もいるジイジなんですけどね)
 でも60年間という時間の経過だけは感じます。
 そう、鏡を見たときです。

 「あっ、オヤジがいる!」
 朝、洗面所で顔を洗っていて、何度、驚いたことか……。
 まるで年寄りの “きぐるみ” を着た自分がいるようで、肉体の老化と精神の未熟とのギャップを感じる、今日この頃であります。


 でも、1つだけ良かったことがあります。
 それは、人生の視界が開けたこと。

 20代~30代は暗闇で、40代~50代は霧の中だったのに、五十路の急坂を上り切った途端に、パーッと周りの景色が一望できるようになったのです。
 それだけではありません。
 下をのぞくと、今まで歩いて来た道からスタート地点まで見渡せます。

 アップダウンの多い、石ころだらけの20代。
 クネクネと蛇行して、寄り道ばかりの30代。
 長い長い上り坂が続いた40代。
 そして、岩場が多かった急登の50代。

 今、僕の目の前には、ゆるやかな坂道が続いています。
 これならば、周りの景色を楽しみながら、ゆっくりと歩いて行けそうです。


 人生100年といいますが、きっとそれは、まれな人です。
 だから人生を登山に例えるならば、たぶん今は八合目あたりなんでしょうね。

 これからの人生で、できる事と、できない事ぐらい、この歳になれば分かります。
 もう、無駄に頑張ることは辞めました。
 でも、あきらめてはいません!


 来年は、どんな年になるのでしょうか?

 読者のみなさん、1年間お付き合いいただき、ありがとうございました。
 良いお年を、お迎えください。

        平成30年 大晦日  小暮 淳 
   


Posted by 小暮 淳 at 19:02Comments(2)つれづれ

2018年12月29日

冬の怪


 ギェェェェェェーーーーッ!!!!

 深夜の住宅街に大きな悲鳴が響き渡りました。
 僕の声です。


 昨晩のこと。
 駅から自転車を漕いで、我が家まで帰る道すがら。
 大通りを避けて、閑静な住宅地に入り込みました。
 大きな庭のある、しょう洒な白い家の角を曲がったときです。

 キキキキーーッ!
 急ブレーキをかけました。

 道路の真ん中に人が立っていたのです。
 それも、おばあさんです。

 それだけなら僕だって、驚きはしません。
 ただ、そのおばあさんの格好が、異様だったです。
 ガリガリにやせこけて、白髪が逆立っていました。

 何より不気味だったのは、下着姿だったということ。
 この真冬の寒空の夜に……。

 一瞬にして全身に鳥肌が立った僕は、脱兎のごとく、自転車を立ち漕ぎしながら、全速力で家まで帰りました。


 部屋に入り、一息ついたときです。
 ハテ、ナンダッタノダロウ?
 もちろん、幽霊ではありません。
 確かに、生身の老いた女性に見えました。
 でも、この世のものとは思えない、妖気が漂い、フラフラとよろけるように歩いていたのです。

 徘徊?
 そうだ、あのおばあさんは、認知症老人なんだ。
 風呂上りか、寝る前の着替えの最中、家族が目を離したすきに、外へ出てしまったのではないか?

 でも、寒くないのだろうか?
 それより、家族は、突然、姿を消したおばあさんを探しているはずだ。
 もう、見つかっただろうか?
 ならばいいけど、交通事故に遭ってはいないか?
 川や側溝に落ちて、ケガなどしてないだろうか?


 気が付いたら、おばあさんの顔と、リハビリ入院中のオフクロの顔が頭の中で重なっていました。
 そういえば、しばらく会いに行ってないなぁ。
 明日にでも会いに行ってこようか……

 あのおばあさんは、オフクロの生霊だったのかもしれませんね。
  


Posted by 小暮 淳 at 13:03Comments(0)つれづれ

2018年12月27日

忘れ物はなんですか?


 今年もあと4日となりました。
 みなさんは、思い残すことはありませんか?

 なーんか先週あたりから、胸の奥のほうがモヤモヤしていたのであります。
 やり残したことがあるような、忘れていることがあるような……
 年賀状は書いたし、お世話になった人へのあいさつ回りは済ませたし、年内にすべき支払いも終えました。
 連載中の原稿も、先方に迷惑がかからないようにと、1月分はまとめて早めに入稿しています。

 これで完璧だ!
 モレはないはずだ。
 と、頭の中で指さし確認をしてみたものの、なんか、忘れ物をしているようなモヤ~とした気分が続いていました。


 あっ、そうだ!
 Hだよ、H!

 ご存じ、我らのたまり場、酒処 「H」 での “飲み納め” が、まだだったのです。
 えーと、最後にHに行ったのは……
 手帳を紐解くと、先週の火曜日です。
 でも、あの時は、まだクリスマス前で、年の瀬が押し迫った感覚がなかったため、ママにも常連客にも 「良いお年を」 とは、あいさつをしていません。
 きっと、このことが心のどこかに引っかかっていて、モヤモヤしていたのです。


 「あら、ジュンちゃ~ん! 来てくれたの。年内は、もう来ないかと思った」
 まずはカウンターの中からママが、満面の笑みで迎えてくれました。
 「小暮せんせーが来ました~!」
 カウンターの奥からは、すでに酔いの回った常連さんが、手を振ってくれます。
 隣の席には、“水曜日の男” と呼ばれるダンディー氏が、いつものように洋酒のグラスを傾けています。
 「最近、よく、ご一緒しますね」
 「なんか、忘れ物をしたようで、来ちゃいました」
 「私もですよ」

 カンパーイ!

 これが今年最後の乾杯になりそうです。


 「今年は、どんな年でしたか?」
 たった、それだけのテーマで、カウンターの上には、悲喜こもごもの話題が、次から次へと飛び出してきます。
 飲むほどに、酔うほどに、グルリ、グルリと今年の出来事が、めぐります。

 「今年も本を出されて、いい年だったんじゃないですか?」
 出版記念のトークライブにも足を運んでくれたダンディー氏。
 「そうですね。親の介護もあったから、相変わらず忙しい年でした」

 酔うほどに、語るほどに、刻一刻と今年の終わりが近づいていきます。


 「良いお年を!」
 「良いお年を!」
 三々五々、手を振りながら常連客が、寒空の下へと出て行きます。

 「ママ、1年間、ありがとう。楽しかった。良いお年を!」
 「こちらこそ、ありがとね。良いお年を!」


 深夜の街へ出て、大きく深呼吸を1回。
 ううう~っ、寒い!
 でも、これで今年は、もう思い残すことはありません。
   


Posted by 小暮 淳 at 13:00Comments(0)酔眼日記

2018年12月26日

マロの独白(44) 平々凡々な日々


 こんにちワン! マロっす。
 ここんちの飼い犬、チワワのオス、12才です。

 おひさしぶりでやんした。
 なんでも、そろそろ今年が終わりに近づいているんですってね。
 そういえば、なんとなく家の中があわただしいような気がしてました。
 ま、オイラには年末も年始も盆も正月もありませんから、いつもと変わらない毎日を送っております。


 「おい、マロ! どこに居るんだ?」
 ソファーの隅で昼寝をしていたら、突然、ご主人様に起こされました。
 「なんだよ、また寝てるんか。他にやることないのか!?」
 と言われましても、オイラは犬です。
 大そうじの手伝いなんてできませんから、こうやって邪魔にならないように部屋の隅っこでジッとしているんでやんすよ。

 「お前、最近、ブログ書いてないだろ! 読者が待っていると思うから、年内に1本書いておけよ。な、いいな!」
 ということで、シブシブ、ご主人様の仕事場に上がり、こうやってキーボードを叩き出しました。
 でも、何を書きましょう?
 「今年1年を振り返れば、いろいろとあるだろう」
 と言われても、オイラは所詮、犬ですからね。
 生まれてこのかた、毎日毎日、同じ生活っすよ。
 朝起きて、食事して、昼寝して、散歩して、また昼寝して、食事して、少しだけ家族とテレビを観て、そして寝るだけです。

 平々凡々とした日々でやんす。


 でもね、先日、嬉しいことがありました。
 リビングで昼寝をしている時に、ご主人様と次女のS様の会話を聞いてしまったんですよ。

 「マロが死んだら、お前が一番、泣くだろうな。マロとずーっと一緒だものな」
 「私が小学1年の冬に来たんだよね」
 「ああ、長いよな~。完全に家族だものな」
 と言いながら、ご主人様は寝たふりをしているオイラの頭をなでました。

 「でもマロも年取ったよな~」
 この、ご主人様の言葉に、S様は何と言った思いますか?
 「確かに年は取ったけど、可愛くなったよ」
 ですって!
 なのに、ご主人様ったら、
 「そうか? 俺にはわからないな~」
 「だって、うちに来た頃は、もっとブサイクだったよ。あれから見たら、かなり可愛くなった」

 喜んでいいのか、悲しむべきか、なんだか複雑な心境でやんす。
 でも、一番嬉しかったのは、S様のこの一言でした。
 「でも、マロって、すごいと思わない?」
 「なにが?」
 「だって、この12年間、一度も病気をしていないんだよ!」
 「言われてみれば、本当だな。医者にかかったことないな」
 「そうだよ、マロは偉いんだよ!」

 ウグ、ウグ、ウエ~~ン!!!
 オイラ、泣けて、泣けて、だんだん寝たふりをしているのが辛くなってきやした。

 ワン、ワンワンワ~ン!
 S様、ご主人様、こんなオイラを12年も見捨てずに、置いてくださってありがとうございます。
 無芸大食で、取り得の無い瑣末な犬ですが、これからも末永く、よろしくお願いいたしやす。

 平々凡々な日々、でも、これが幸せっていうもんなんですね。


 読者のみなさん、今年も1年間、ありがとうございました。
 来年もよろしく、チワワン!!
   


Posted by 小暮 淳 at 14:58Comments(2)マロの独白

2018年12月25日

週に一度は 「ノースマホデー」


 今、ハマっているマイブームがあります。
 それは、“一人ド忘れゲーム”!

 テレビやポスターなどを見て、端から俳優やタレントなど有名人の名前を言うのです。
 はなから知らない人は、対象には入りません。
 その中で、「絶対、自分は知っているはず」 という人で、名前を思い出せない人がゲームの対象になります。

 「えーと、えーと、確か、最近のドラマに出ていたよな」
 とか、
 「ああ、オリンピックで金メダルを取ったスポーツ選手なんだけど」
 と、自分の脳を追い込んでいきます。
 早い時は数分後に、パッと思い出すこともありますが、2~3日抱え込むこともあります。

 でもね、思い出せた時の爽快感っていったら、ありませんよ!
 まるで、仕事を1本成しとげた時のような達成感と充足感があるのです。
 ま、本音を言えば、将来、認知症にならないための予防トレーニングなんですけどね。


 先日のこと、飲み屋のカウンターで、僕が思い出せずにいる女優さんの名前を、数名の常連客に訊いてみました。
 運悪く、一人も即答できる人はいません。
 ということで、“複数ド忘れゲーム” がスタート!

 「いたね、いたね、そんな娘が」
 「あれでしょ、突然、芸能界辞めちゃった」
 「ほら、顔は、出ているんだよ」
 と話は盛り上がり、ゲームは段々と面白くなってきました。

 と、その時です。
 カウンターの隅で聞いていた客の一人が、
 「○○××ですよ」
 と教えてくれました。

 「あー、そうだ、そうだ!」
 と一同、喜んだのも束の間、良く見ると、その客の手にはスマホが握られているではありませんか!
 一瞬、シラーっとした空気が、カウンターの上を流れて行きました。

 「あ、ありがとうございます……(でも、スマホ使うのはルール違反だからね)」

 便利になると、世の中は、つまらなくもなるのです。


 昨日の読売新聞に、人生相談の回答者でスポーツジャーナリストの増田明美さんが、今年を振り返って、こんなコメントを寄せていました。
 <人の目を気にしすぎて、他人と比べてしまう悩みが多くなりました。SNSなどの普及により、それが加速しているように思えます。「はみ出る勇気」 が必要な時代です。(中略) ネットにはいい面もたくさんありますが、時には 「ノースマホデー」 があってもいいのではないでしょうか。>


 週に一度は、ノースマホデー!
 現代人に必要かもしれませんね。

 ま、ガラケーの僕は、毎日が 「ノースマホデー」 ですけど……。 
   


Posted by 小暮 淳 at 11:52Comments(0)つれづれ

2018年12月23日

コンビニ温泉の減少


 数日前、新聞記者からコメント取りの電話取材を受けました。
 でも、まさか1面の記事だとは知りませんでした。


 <独自性 ホットに競う>
 <日帰り温泉施設>
 <人口当たり全国11位>

 今日(12月23日) の上毛新聞1面、しかもトップ記事で掲載されました。
 それによれば群馬県の人口10万人当たりの日帰り温泉施設は13.86ヶ所で、全国11位だそうです。
 トップは長野、2位鹿児島、3位大分、そして秋田、青森と東北勢が続きます。

 温泉地(宿泊施設のある温泉) の1位は北海道ですが、それを除けば、ほぼ上位は温泉地数の順位と変わりません。
 僕のコメントは、<火山抱える県が上位> と題した囲み記事で、そのあたりのことを話しています。


 ところで、このデータ、とっても解釈が難しいのです。
 環境省が発表しているデータが基になっているのですが、「日帰り温泉施設」 の定義には日帰り可能な旅館も数に入っています。
 もしかしたら温泉地にある外湯(無料の共同湯) も入っているかもしれません。
 でないと数字が大き過ぎます

 群馬県の場合、温泉地が約100ヶ所に対して、日帰り温泉施設は約270ヶ所。
 全国にいたっては、温泉地数が約3,000ヶ所に対して、日帰り温泉施設は約7,000ヶ所となっていますもの。
 平成以降に平野部にできた都市型の日帰り温泉施設は、その半分といったところでしょうか。

 ちなみに僕は、平成以降にできた街中の日帰り温泉施設のことを 「コンビニ温泉」 と呼んでいます。
 “便利な簡易温泉” という意味です。
 記事によると、このコンビニ温泉ブームのピークは過ぎ、減少が始まっているようです。


 ご存じのとおり、平野部には火山がありませんから自噴しないため、掘削により温泉をくみ上げています。
 当然、それを維持していくには莫大な設備投資費や光熱費、人件費がかかります。
 平成も30年が過ぎようとしていますから、施設や設備の老朽化もあります。
 もしかしたら、源泉自体が涸渇年齢を迎えているかもしれません。

 ということで、どこも生き残りをかけた経営に、しのぎを削っているのが現状です。
 まさに平成と共に雨後の竹の子のように増え続け、今、淘汰されつつあるコンビニエンス・ストアの盛衰と、よく似ていると思うのです。


 年が明ければ、数ヵ月後には“平成” という時代が終わり、新しい時代がやって来ます。
 はたして日本の温泉は、どう変わって行くのでしょうか?
   


Posted by 小暮 淳 at 12:58Comments(2)温泉雑話

2018年12月22日

舞台裏、話しちゃいます!


 「さっそく浦島太郎の墓へ行ってきました」
 「三途の川って、この世にあったんですね」
 「倉賀野(高崎市) に住んでいるけど、ムジナの話は知りませんでした」
 「伊香保温泉に分福茶釜があったなんて!」
 「お伊勢参りをした犬がいたとは、ビックリです」

 『ぐんま謎学の旅~民話と伝説の舞台』(ちいきしんぶん) が出版されて、4ヶ月が経ちました。
 著者の耳にも、ちらほら読者からの声が届いています。
 みなさん、楽しんでいただいているようで、嬉しい限りであります。


 民話や伝説の妙味は、“荒唐無稽な創話” にあります。
 昔むかしから、人づてに口承されてきた話は、尾ヒレ足ヒレが付き、時には物語自体が捻じ曲げられ、突拍子もない結末を迎えるものもあります。
 ただ、“なぜ、そんな話が生まれたのか?” と考えると、実に奥が深く、謎が多いことに気づきます。

 “火の無い所に煙は立たぬ”

 どこかに真実があるからこそ、奇想天外な話が生まれたと考えられます。
 99%はウソ(作り話) でも、1%のホントウ(史実) が知りたい!
 その真実の舞台を探すのが、謎学の旅なのです。


 浦島太郎や分福茶釜、舌切り雀の話は、どこが真実なのか?
 カッパや天狗などの架空生物は、何を人間に伝えようとしたのか?
 その他、取材で見つけた摩訶不思議な慣習や風習など、現代に残された謎の舞台裏をお話します。



 ■第1話/2019年1月15日(火) 群馬発祥の昔話
 ■第2話/2019年2月19日(火) 不思議な民話
 ■第3話/2019年3月19日(火) いで湯発見伝説


    『ぐんま県 民話と伝説の舞台裏』
 ●日程  第3火曜日 10:30~12:00
 ●受講料 会員7,776円 一般8,780円
 ●教材費 1,000円
 ●会場・お問い合わせ NHK文化センター前橋教室
   群馬県前橋市大手町1-1-1 (群馬県庁昭和庁舎3F)
    TEL.027-221-1211
   


Posted by 小暮 淳 at 12:57Comments(0)講座・教室

2018年12月20日

NEXT STAGE


 「次のステージに進んだということだ」
 ため息まじりに、電話の向こうでアニキが言いました。


 オヤジは94歳、認知症歴約10年。
 それでも健康だけが取り得の元気な老人でした。
 しかし “老化” という自然現象にはあらがえません。
 ぜい肉がなくなり、筋肉がなくなり、年々、やせ細っていきます。

 この10年間、アニキと共同で、なんとか自宅で両親の介護を続けてきました。
 91歳のオフクロは、ひと足早く、自宅での介護が不可能になったため、今年の1月から施設に入所させましたが、オヤジはなんとか食事と排泄が自分でできていたので、デイサービスとショートステイを組み合わせながら兄弟で面倒を看ていました。

 が、その10年の在宅介護が終わろうとしています。

 今月初め、オヤジが高熱を出したため、大事をとって入院をさせました。
 熱は数日で下がりましたが、これまた大事をとって、検査も含めて2週間ほど入院を延長させました。

 すると、案の定、心配していたことが起きました。
 至れり尽くせりの入院生活で寝たきり状態だったため、筋肉は衰え、気力は失われ、言葉まで発しなくなってしまいました。
 当然ですが、食事は介助となり、排泄もオムツのみとなってしまいました。
 ここにきて、一気に老衰が加速してしまったのです。


 「こうなることは分かっていたんだ。だから、できればもっと早く退院させたかった」
 アニキの声に、ただただ僕はうなづくだけでした。
 結局、年内の退院はなくなりました。
 リハビリにより復活する日が来ることを、祈るばかりです。


 来年、生まれて初めて、オヤジもオフクロもいない正月を迎えることになりました。
   


Posted by 小暮 淳 at 14:48Comments(2)つれづれ

2018年12月19日

まつだい芝峠温泉 「雲海」


 国境の長いトンネルを抜ける前から雪国であった。

 群馬は広い!
 前橋から1時間走っただけで、一面の銀世界です。
 バスの中では、そこかしこから喚声が上がりました。
 そしてトンネルを抜けると、その雪の量は増し、「雪国に来た!」 感に、誰もがどっぷりと浸っていました。


 僕が講師を務めるNHK文化センターの野外温泉講座も今年で10周年になります。
 毎年、この季節は、豪雪地帯の温泉を訪ねるのが、お約束です。

 「やっぱり、雪見風呂に入りたいよね」
 「そして、湯上がりは雪見酒でしょう」
 という受講生らのリクエストにお応えして、今年最後の講座は、新潟県十日町市の 「まつだい芝峠温泉」 へ行って来ました。
 なぜ、まつだい芝峠温泉なのか?
 雪も見たいが、別の目的がありました。
 それは、ホテル名と同じ “雲海” です。

 “まるで雲の上にいるような不思議な感覚と幻想的な景色”
 そのキャッチコピーに惹かれました。

 雲海が出やすいのは、寒暖差の激しい秋と冬。
 一年の中で、もっとも雲海が出る確率が高くなるといいます。

 今年は暖冬で、昼間はポカポカ陽気の日が続いています。
 でも朝晩の冷え込みは例年通りです。
 これはチャンス!
 そして昨日は快晴に恵まれました。

 もしかして、雲海が眺められるかも!?


 「先生、露天風呂は、こっちです!」
 「すごい眺めですよ」
 「絶景とは、まさに、このことです」
 内風呂で体を温めた後、雪景色の露天風呂へ。

 す、す、素晴らしい!
 ビ、ビ、ビューティフル!!
 眼下は一面、雪に覆われた棚田が広がり、遠くには日の光を受けて白銀に輝く魚沼連峰を一望します。

 左から巻機山、谷川岳、万太郎山、平標山、苗場山……2,000m級の山々が連なります。
 あたかも氷山のようにたたずむ真っ白な山が巻機山のようです。
 それぞれの山が雪の量によって、微妙に濃淡を変えているため、まるで一幅の水墨画のよう。

 「でも先生、残念ながら雲海は見られませんでしたね」
 という受講生に僕は、
 「ほら、あの山の下を見てください。“海” と言うほどではありませんが、小さな雲のかたまりが、いくつもありますよ。雲海の子供たちです」
 「ですね。ハハハ」


 湯上がりは、お約束の忘年会であります。
 雪見風呂と雪見酒、2つの願いが叶って、受講生たちもご満悦の様子。

 今年も1年間、大変お世話になりました。
 来年も、名湯・秘湯をたくさん巡りましょうね!
   


Posted by 小暮 淳 at 14:22Comments(0)温泉地・旅館

2018年12月17日

温泉文化をユネスコ無形文化遺産へ


 すでに群馬県民のみなさんは、マスコミ等の報道でご存じの方も多いと思いますが、群馬県温泉協会など5団体の代表を発起人とする 「温泉文化ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会」が設立され、今日、群馬県庁県民ホールにて発会式が行われました。
 末席ではありますが、僕もNPO法人 「湯治乃邑(くに)」 の代表として、応援に駆けつけました。


 まず開会のあと、発起人の紹介があり、代表である群馬県温泉協会長の岡村興太郎さんのあいさつがありました。
 岡村さんは、群馬を代表する秘湯の一軒宿、法師温泉 「長寿館」 のご主人でもあります。
 僕が温泉ライターとして、こうして長年やって来れたのも、岡村さんの後押しがあったからこそです。
 そんな恩人が代表を務める協議会だもの、知らんぷりはできませんって!

 県知事や議員など、来賓のあいさつのあと、同会の特別顧問である高崎商科大学特任教授の熊倉浩靖さんが、設立趣旨説明として趣意書を読み上げました。
 熊倉さんといえば、そうです! 先月、NPO法人 「湯治乃邑」 主催によるパネルディスカッションにゲストパネリストとして登場し、僕と温泉談義をしてくださった方であります。
 ということは、やはり恩義がある僕としては、応援しないわけにはなりません。


 では、なぜ、日本の温泉文化のユネスコ無形文化遺産への登録推進が、群馬県からなのでしょうか?

 趣意書より抜粋します。
 ●温泉が絹産業に代わる本県の基幹産業になりうる可能性があること。
 ●全国の温泉地ランキング 「にっぽんの温泉100選」 で16年連続1位を獲得した草津を筆頭に、50位以内に入る伊香保、万座、みなかみ18湯、四万など魅力的な温泉地があること。
 ●また 「最も印象の良かった温泉地ベスト10」、「最も行ってみたい温泉地ベスト10」 にも草津と伊香保が入り、年間延べ宿泊者数の都道府県ランキングでは4位であること。
 ●こうした状況から本県が登録推進の先導役になる立場にある。
 とし、賛同と行動を求めています。


 いかがですか、県民のみなさん、全国のみなさん!
 賛同をいただけますでしょうか?

 ぜひ、日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産へ登録させましょう!
   


Posted by 小暮 淳 at 19:32Comments(3)ユネスコへの道