2010年09月27日
島人たちの唄② 「日本の中のアジア」
「そりぁ、おめー、俺は国際免許だからのー。バイクにナンバー、ねえもん」
漁でやぶけた網をつくろいながら、民宿のおやじが言った。
三河湾に浮かぶ小島、ここ篠島に信号機はない。センターラインもない。
平地の少ない起伏に富んだ島内は、車の入り込める道路は少なく、民家が密集する住宅地の道路は極端に狭い。
だから老いも若きも、もっぱら島民の足は原付バイクだ。
初めて島に降り立った日、目の前の光景に目を疑った。
ここは日本?
確か同じ風景を以前に見た記憶がある。
東南アジアだ。
ベトナムだ。
おびただしい数のバイク、バイク、バイクの波が、怒涛(どとう)のように押し寄せては、通り過ぎて行った。2人乗り、3人乗りは当たり前、4人乗りだって珍しくない。
まさに目の前は、あの時と同じ光景が映っていた。
人口2,000人あまりの島、バイクの数はベトナムほど多くはないが、誰ひとりヘルメットをかぶっている者なんていない。
おじいちゃんもおばあちゃんも、若者も、2人乗り、3人乗りで風を切って道路の真ん中を悠々と行く。ナンバープレートのないバイクや軽トラも、平気で走っている。
坂道を勢いよく下るバイクから、何かが落ちた。
泡をまき散らしながら、コロコロと転がってきた。
缶ビールだ。
バイクは素早くUターンして戻ってくると、運転していた漁師の兄ちゃんが缶を拾い上げた。
そして、また片手にビールを持ったまま、港へ向かって走って行った。
「誰に習ったか、ババアも国際免許だのー」
そう言って、おやじは赤黒く焼けた顔をくしゃくしゃにして、笑ってみせた。
かたわらで、私を乗せたバンを港から運転してきた奥さんが笑っている。
ここだけが治外法権なのではない。
しいて言うなら、不文律。風習や習慣のようなもの。
水平線に沈んでゆく夕日を見ていたら、なんだか無性に可笑しさが込み上げてきた。
この島を、好きになりかけている自分がいた。
Posted by 小暮 淳 at 21:35│Comments(0)
│島人たちの唄