2013年05月24日
エベレストに登れなくても
ハー、ハー、ハー・・・
信号待ちのたびに、肩で大きく息をしながら、民家の塀やガードレールに寄りかかるオヤジ。
両手でステッキを握り締め、弱音を吐きます。
「だんだん、歩けなくなるね。前は、こんなじゃなかったのに……」
僕の父は、大正13年生まれ。
今年の9月で、89歳になります。
視力と聴覚と脳は、かなり衰えていますが、足腰だけは丈夫です。
今日は、恒例 「おじいさんといっしょ」 の日です。
オフクロがデイサービスへ行く日なので、毎週金曜日は、僕がオヤジの面倒を看ています。
「暑さのせいも、あると思うよ」
「……そうかなぁ」
「そうだよ。今日は無理をしないで、もう帰ろうか?」
「だいじょうぶ。これで、歩かなくなると、本当に歩けなくなってしまう」
「そうだね。じゃあ、もう少し、頑張って歩こう! ほら、信号、青になったよ」
そう言って、薫風が通り抜ける、前橋駅前通りのケヤキ並木を歩きました。
「大きくなったなぁ~、このケヤキの木」
オヤジが、まぶしそうに目を細めながら、天を仰ぎます。
「昔は、ムクドリの大群がやって来ていたよね」
「そうだった、そうだった。どこへ、行ったのかな~」
元・野鳥の会会員のオヤジは、なつかしそうに当時の記憶をたぐり寄せて、ムクドリの生態について話してくれました。
駅前のスーパーマーケットで、昼食の惣菜を買って、帰路をたどります。
5月とは思えない、強い日差しが舗道の2人を照り付けます。
「じいさん、大丈夫か? 歩けるかい?」
「ああ、だいじょうぶだ」
「そうそう、冒険家の三浦雄一郎が、エベレスト登頂に成功したよ。史上最高齢だって」
「へぇ~、何歳だい?」
「80歳だってよ」
「そりぁ~、すごい!」
「じいさんだって、負けてられないよな」
「・・・・・・」
「エベレストは無理でもさ、かつては、赤城山と榛名山の全峰の頂上を制覇したんだものな」
「ああ、そうだ。そうだ」
今でも、これはオヤジの自慢なんです。
「三浦雄一郎が、ねぇ……。うれしいね」
「年齢は80歳でも、筋肉は40歳なんだってさ。すごいよね」
「すごい、すごい」
「やっぱり、じいさんも、負けてはいられないよね」
「・・・・・・」
ま、いいさ。
三浦雄一郎には勝てないけど、負けてはいないって。
89歳で、毎日、2時間の散歩ができる老人なんて、きっと全国にだって、そんなにはいないと思うよ。
エベレストには登れなくても、町内一の “健脚じいさん” であることは間違いない。
それで、いいじゃないか!
Posted by 小暮 淳 at 21:00│Comments(0)
│つれづれ