2013年08月26日
盤上の父子
もう、ほとほと、イヤになります。
来月89歳になるボケ老人のオヤジのことです。
五体満足、健康なのは良いのですが、なーんにもしないのです。
散歩をする以外は、寝ているか、食っているかだなんて、うちの愛犬マロ君と同じです。
まだマロ君のほうが、マシです。
家族を癒やしてくれますもの。
でもオヤジは、介護している息子たちをイライラさせますからね。
耳が遠いので、ラジオも聴かないし、テレビも観ません。
目が悪いので、新聞も雑誌も本も読みません。
だから起きているときは、ただ、ボーーーーーッとしています。
「オヤジさ、死んでるんじゃねーの?」
「いや、今、見てきたから大丈夫だ。息をしていたよ」
いつも兄弟で、そんな会話を交わしています。
「どーしたもんかねぇ・・・」
「町内の老人会とか、出かけて行かないの?」
「オフクロが一緒なら行くだろうけど、絶対に1人じゃ行かないな」
「そもそも、一匹狼の人だからな。他人とつるむことは、若い頃からキライだったものね」
「どーしたもんかねぇ・・・」
顔を合わせるたびに、僕たち兄弟は、生きているだけの何もしないオヤジについて、話し合っているのでした。
ある日のこと。
突然、僕は、ヒラメキました。
昨年94歳で他界した伯父(オヤジの兄) のことを思い出したのです。
そう、伯父は死ぬ間際まで、大好きな囲碁を打っていたことを!
そーだ、将棋だ!
将棋ならオヤジも打てる。
と、いうより、僕が相手になってやれる。
いやいや、アニキだってできるさ!
だって、僕に将棋を教えたのはアニキだし、そのアニキに将棋を教えたのは、オヤジだもの。
元をたどれば、オヤジは、僕らの将棋の師匠だったのです。
さっそく、我が家にある将棋盤を持って、実家を訪ねてきました。
「おい、それはなんだ?」
と、早くもオヤジは、興味を示しました。
「将棋盤だよ」
「なんで将棋なんか持ってきたんだ?」
「将棋をしようと思ってさ」
「誰と?」
「じいさんとだよ!」
「誰が?」
「オレに決まっているじゃないか!」
と僕が言った時です。
「ウワッハハハ~~~!」
と、バカ笑いをしたのであります。
「何が、おかしいんだい?」
と、今度は僕が尋ねる番です。
すると、
「だって、お前が俺に勝てるわけが、ないじゃないか!」
ですって。
大成功です!
ついに、こっちの作戦に食いついてきました。
「っていうかさ、将棋できるの? 並べ方とか、駒の動きとか、覚えてる?」
と言えば、
「バカにするな!」
と、少し怒ったような顔をして、さっさと盤上に駒を並べだしたのであります。
実は、僕のほうが、うる覚えなんです。
だって、最後に息子と将棋をしたのなんて、10年以上も前ですからね。
えーと、飛車は、右だっけ? 左だっけ?
えーと、桂馬は確か、こういう動きだったよな・・・
あれ、銀って、どっちへ行けないんだっけ・・・
なーんていう具合ですよ。
なのにオヤジったら、サッサと並べ終えてしまいました。
頭はボケていても、記憶は明確なんですね。
いざ、勝負!
<20分経過>
ところが・・・
「はい、王手!」
と、オヤジの誇らしげな声が、リビングに響きました。
「まだまだ、お前なんかに、負けんよ」
あっさり勝負が着いてしまいました。
僕が手を抜いたわけじゃ、ないんですよ。
本当に、強いんです。
「ジュン、お前が弱過ぎるんだよ」
と、あまりの決着の早さに、アニキがあきれ返って、やって来ました。
「オヤジ、今度は、俺が相手になってやるからな。俺はジュンほど弱くはないよ」
と言えば、
「いつでも、いいぞ。まだまだ、お前らには、負けん!」
と、オヤジは大満足の様子。
僕とアニキは、顔を見合わせて、ニンマリ。
これで、しばらくは、何もしない暇を持て余した息をしているだけのボケ老人では、なくなりそうです。
ただ問題は、毎回、僕かアニキがオヤジの将棋の相手をしなくてはならないということ。
本当に、手のかかる老人であります。
Posted by 小暮 淳 at 22:14│Comments(0)
│つれづれ