2014年10月23日
死ぬまで騙す
前橋駅、午前7時45分。
僕は朝イチで行われる高崎での会議に出席するため、電車を待っていました。
平日の昼間なら閑散としているローカル線のホームですが、ちょうど通勤、通学のピーク時間。
サラリーマンと学生たちの群れの中で、ジッと本を読みながら待っていました。
コツ、コツ、コツ・・・
近付いてくる足音。
そして、その音は、僕の真ん前で止まりました。
「おはよう!」
ビックリして文庫本から目を上げると、そこに立っていたのは、絵本作家のN先生でした。
「あ、あ、おほようございます。こんなところで会うなんて……。東京ですか?」
「そう、出版社で打ち合わせ」
N先生は、絵本作家であり、木彫家であり、木版画家でもあります。
僕が30年前に東京から夢敗れて都落ちした際に、新たな生き方ほ指南してくださった “人生の師” でもあります。
「相変わらず、忙しそうですね」
「忙しいだけだよ。金にはならない」
とN先生。
「やっと個展が終わったと思ったのにね。忙しいだけだ」
「ご苦労様でした。絵は売れましたか?」
と僕。
「まったく売れない」
2人は人波に押され、電車の中へ。
「ジュンちゃんこそ、珍しいじゃないか。こんな時間に電車に乗るなんて?」
「ええ、カクカク、シカジカでして」
と言えば、
「相変わらず、忙しそうだね?」
と返された。
「いや、一銭にもならない仕事です」
と僕。
そして2人して、笑った。
「大丈夫、いつか報われる時が来るさ」
「はあ……。本当に報われる日は来るのでしょうか? 報われる前に死んじゃったりして」
と、自嘲気味に僕。
するとN先生は、こんな風に言ってくださったのです。
「それで、いいじゃん。死ぬまで自分を 騙(だま) し続ければ」
「死ぬまでですか?」
「そう、死ぬまで。他人(ひと) を騙して生きるより、自分を騙して生きているほうが、よっぽどいい」
高崎駅改札口。
N先生は、新幹線ホームへ。
僕は西口エントランスへ。
昨日から降り続いていた雨は、もう止んでいました。
「よし、今日も一日、自分を騙してやるか!」
と、大きく深呼吸。
雨上がりの街を歩き出しました。
Posted by 小暮 淳 at 20:49│Comments(0)
│つれづれ