2020年04月13日
源泉ひとりじめ(28) 朝、イワツバメの声で目が覚めた。
癒しの一軒宿(28) 源泉ひとりじめ
向屋温泉 「ヴィラせせらぎ」 上野村
まばゆい光の中で、鳥の声を聴いた──。
レースのカーテンの隙間から、青空が見える。
昨夜までの雨が、嘘のようだ。
窓を開けると、目に痛いほどの緑が飛び込んできた。
見渡すかぎり、小高い峰が累々とつづいている。
ベランダに出て見上げると、何十羽ものイワツバメが、夏色の空を気持ち良さそうに舞っていた。
上野村には、3軒の温泉宿がある。
野栗沢(のぐりざわ)温泉、塩ノ沢温泉と、ここ神流(かんな)川沿いに湧く向屋(こうや)温泉だ。
平成8(1996)年開湯の一番新しい温泉は、宿泊施設もモダンで洒落ている。
国道から最初に目につくのは、屋根に風見鶏をのせた八角形のレストラン棟──。
その奥に、浴室棟、長期滞在室を含む客室棟とつづく。
レンガ色した建物が、手つかずの自然を借景にして、のんびりとたたずんでいる。
上野村と聞くと、昭和60(1985)年の日航ジャンボ機の墜落事故を思い出す人も多いことだろう。
「昇魂の碑」 のある御巣鷹山への玄関口となる同村は、8月12日という日を忘れてはいない。
「すでに、その日は遺族の方々の予約が入っています」
と話す支配人の言葉に、ハッとしたのも事実だった。
部屋の窓から見える生命力に満ちた大自然と、大勢の命をのみ込んだ史実が、どうにもアンバランスに思えてならなかった。
露天風呂から望む景色は、立ちのぼる雨煙に、所々かすんでいた。
黄褐色に薄にごる湯は、トロリとしていて肌にまとわり付いてくる。
長く浸かっていればいるほど、心地よさの増す湯だ。
他の客は雨とあって、露天まではやって来ない。
ポツンポツンと、雨足が大粒になってきた。
どうせ濡れているのだ。
このまま雨と湯を、じっくりと “ひとりじめ” することにした。
●源泉名:せせらぎの湯
●湧出量:39.6ℓ/分 (動力揚湯)
●泉温:14.5ド
●泉質:ナトリウム-塩化物冷鉱泉
<2006年7月>
Posted by 小暮 淳 at 11:34│Comments(0)
│源泉ひとりじめ