2020年04月28日
一湯良談 (いっとうりょうだん) 其の三
『古湯を復活させた男のロマン』
古来、沸かしてまで浴した冷鉱泉には、病気の治療効果が高い薬湯が多い。
源泉の温度は約13度。
猪ノ田(いのだ)温泉(藤岡市) の湯は、明治時代の初めから 「皮膚病に効く」 という評判が高く、群馬県内でも最も古い湯治場としてにぎわっていた。
当時は、源泉の湧き出し口に野天の湯小屋があるだけだったが、大正時代には旅館が建てられ、戦前までは大いに繁盛した。
しかし戦後になり経営は悪化し、昭和40年代に廃業してしまった。
惜しむ声はあっても、源泉は長い間、森の中で眠ったままだった。
「歴史と効能のある温泉を、どうしても復活させたかった。金儲けのためなんかじゃない。男のロマンっていうやつだよ」
と、主人の深澤宣恵(のぶやす) さんは笑う。
久惠屋(ひさえや)旅館の創業は、昭和58(1983)年。
藤岡市内で牛乳販売業を営んでいた深澤さんは、「貴重な地下資源をもう一度、世に出したい」 と周囲の反対を押し切り、湯権者との交渉に奔走し、10年の歳月をついやして念願の温泉を復活させた。
「主人は、一度言い出したら絶対に聞かない人。『この湯は、すごい!』 って言いながら、何度も源泉を汲んで来ては、温めて入っていました」
と女将の信子さんは、当時を振り返る。
長年、病弱だった女将が健康を取りもどせたのも、この温泉のおかげだという。
源泉はメタホウ酸と硫化水素を含むアルカリ性の冷鉱泉。
無色透明だが独特の腐卵臭がするため、地元では 「たまご湯」 と呼ばれ親しまれてきた。
殺菌・浄化・漂白の作用があることから、皮膚科や小児科の医者が患者のために源泉を取り寄せることもある。
宿では、その源泉を詰めたペットボトルやメーカーと共同開発した温泉水入りの石けんなども販売している。
宿に残る明治19(1886)年の温泉分析表には、こんな一文が記されている。
『猪田鉱泉ハ古来ヨリ猪田川ノ川辺二湧出シ薬師ノ湯ト称ス』
男のロマンを賭けた情熱が復活させた伝説の温泉には、ふたたび平成の世でもアトピー性皮膚炎をはじめ皮膚病に効く名薬湯として、医者から見放された患者たちが遠方より訪ねている。
<20012年6月>
Posted by 小暮 淳 at 11:14│Comments(0)
│一湯良談