2020年05月08日
一湯良談 (いっとうりょうだん) 其の六
『青い鳥が見つけた魔法の泉』
バタ、バタ、バタバタバタバタ……
突然、すさまじい疾風が舞い、あっという間に目の前の泉が、何十羽という青い鳥の群れに覆われた。
東南アジアのごく限られた地域に分布する 「アオバト」 という渡り鳥だ。
海水を飲むことで知られる鳥で、日本では北海道~四国、伊豆七島などで繁殖し、積雪のない温暖地で群れをなして冬を越す。
ここ上野村に姿をみせるのは、5月~10月の半年間。
海なし県にもかかわらず、塩分の濃い、海水に似た湧き水を飲みに、毎年約3,000羽がやって来る。
「ほれ、この水を飲めば、絶対に二日酔いしないよ」
初めて野栗沢(のぐりざわ)温泉の一軒宿、「すりばち荘」 に泊まった晩に、主人の黒沢武久さんから源泉が入ったコップを手渡された。
野栗沢の人たちは、昔から巨石の間から湧き出る泉を飲みに青い鳥がやって来ることを知っていた。
産後の肥立ちが悪い婦人に、この鳥の肉を食べさせると、見る見るうちに体力が回復したという。
また、この泉の水を飲みながら農作業をすると、疲れを知らずに仕事がはかどるので、大変珍重されてきた。
昭和58(1983)年、黒沢さんが泉の水をパイプで引いてきて、旅館を開業した。
温められた湯はやわらかく、肌に張りつくような浴感で、長湯をしても不思議とのぼせない。
浸かれば浸かるほど、どんどん体が楽になっていくのが分かる。
ヒノキ風呂の隣に、小さな源泉の浴槽がある。
温度は夏でも冷たい約18度。
意を決して肩まで沈むと、足の先から手の先までピリピリと、ほてり出した。
「オレは毎日入っているから、風邪を引いたことがないね」
と自慢する魔法の水には、乾燥肌やアトピー性皮膚炎の症状が良くなったとの感謝の便りが、全国から寄せられている。
今でも地元の人たちは、やけどや切り傷は、この水を患部に浸して治すという。
「うどん粉でねって、ガーゼに塗って、貼ってみな。ウルシのかぶれだって、虫刺されだって、一発で治っちまうから」
そう言って、主人は得意気に笑った。
<2012年9月>
Posted by 小暮 淳 at 11:16│Comments(0)
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