2020年06月16日
一湯良談 (いっとうりょうだん) 其の十八
このカテゴリーでは、ブログ開設10周年を記念した特別企画として、2012年4月~2014年2月まで高崎市のフリーペーパー 「ちいきしんぶん」(ライフケア群栄) に連載された 『小暮淳の一湯良談』(全22話) を不定期にて紹介しています。
温泉地(一湯) にまつわるエピソード(良談) をお楽しみください。
『ご先祖さまの言いつけを守って』
「今の人たちは、温泉を勝手に使っているよね。でも本来温泉は、人間が使わせていただいている、ありがたいものなんだよ」
そう言ったのは、群馬県最西端の一軒宿、鹿沢(かざわ)温泉(嬬恋村) 「紅葉館(こうようかん)」 の4代目主人、小林康章さんだった。
長野県東御(とうみ)市新張(みばり) から群馬県境の地蔵峠を越えて約16キロ、道の端に100体の観音像が安置されている。
昔、この道は 「湯道」 と呼ばれ、湯治場へ向かう旅人たちの安全祈願と道しるべを兼ねて、江戸末期に立てられたものだという。
そして百番目の観音像が、紅葉館の前に立っている。
宿の創業は明治2(1869)年。
往時は10軒以上の旅館があり、にぎわっていたが、大正7(1918)年に温泉街を大火が襲い、全戸が焼失してしまった。
多くの旅館は再建をあきらめ、数軒が約4キロ下りた場所に引き湯をして新鹿沢温泉を開き、湯元の紅葉館だけが、この地に残って源泉を守り続けている。
湯治場風情が残る同館の浴室は、昔ながらの木枠の内風呂が男女1つずつあるだけ。
源泉は宿より高い場所にあり、階下の浴槽へ自然流下で引き入れている。
湯元であり、豊富な湧出量からすれば、もっと大きな浴槽や露天風呂があっても、よさそうなもの。
しかし、小林さんは、
「大切な湯の鮮度を考えれば、これ以上、浴槽を大きくすることはできません。先祖からも湯に手を加えるなと、代々言い継がれていますから」
と言う。
その湯は、やや熱めで、強烈な存在感をもって力強く、グイグイと体を締めつけてくる。
が、やがてスーッと、しみいるように馴染んでくるのが分かる。
今年6月、老朽化のため本館が建て替えられたというので、1年ぶりに同館を訪ねてみた。
「ご先祖さまの言いつけを守り、湯も風呂も、そのままの形で残しました」
と5代目を継いだ昭貴さんが、誇らしげに出迎えてくれた。
<2013年10月>
Posted by 小暮 淳 at 11:36│Comments(0)
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