2020年06月24日
一湯良談 (いっとうりょうだん) 其の二十二 【完】
『文豪たちが来遊した “山の中の温泉場” 』
<太宰君は人に恥をかかせないように気をくばる人であった。いつか伊馬君の案内で太宰治と一緒に四万温泉に行き、宿の裏で私は熊笹の竹の子がたくさん生えているのを見て、それを採り集めた。そのころ私は根曲竹と熊笹の竹の子の区別を知らなかったので、太宰君に 「この竹の子は、津軽で食べている竹の子だね」 と云って採集を手伝ってもらった。太宰君は大儀そうに手伝ってくれた。>
(井伏鱒二 『太宰君のこと』 より)
昭和15(1940)年4月、作家の井伏鱒二は太宰治ら数名と、四万温泉(中之条町) に来遊した。
このとき泊まった宿が、「四萬館」 だった。
このあと井伏鱒二は、竹の子を家に持ち帰り、料理して食べてしまったという。
師弟関係にある2人ならではのエピソードである。
今でも文豪たちが投宿した部屋が、裏山の中腹に残されている。
京都から移築された400年前(安土桃山時代) の建物は、現在、木工芸品の工房になっている。
井伏鱒二らが宿泊した戦前は、四萬館の特別客室として四万川の対岸にあったが、昭和30年代になって2階部分だけが現在の場所に移築された。
柱や梁、縁側部分は当時のままで、在りし日の文豪たちの面影を探して、全国から文学ファンが訪れている。
太宰治は、四万来遊の翌年に小説 『風の便り』 を発表した。
30代後半の作家が執筆に行き詰まり、敬愛する大先輩の作家に相談した手紙のやり取りを著したもの。
主人公は上野駅から 「しぶかわ」 まで汽車で向かい、「山の中の温泉場」 にたどり着く。
四万川の嘉満ケ淵を思わせる 「釜が淵」 など、四万温泉を彷彿させる地名が出てくる。
この主人公が太宰治自身であり、先輩作家は井伏鱒二、温泉宿が四萬館ではないかと言われている。
<2014年2月>
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近日、ブログ開設10周年を記念した特別企画の第3弾をお届けします。
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Posted by 小暮 淳 at 10:36│Comments(0)
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