2020年11月13日
温泉考座 (45) 「幻の西長岡温泉」
やぶ塚温泉 (太田市) は、群馬県最東端の温泉地。
丘陵と田園に囲まれた平野に湧く、東上州では数少ない温泉の一つです。
歴史は古く、天智天皇 (626~671) の時代に発見されたと伝わり、元弘3(1333)年に新田義貞が鎌倉に攻め入ったとき、傷ついた兵士をこの湯で癒やしたという伝承から 「新田義貞の隠れ湯」 とも言われてきました。
天保2(1831)年創業の老舗旅館 「開祖 今井館」 の9代目主人、今井和夫さんによれば、かつて、この地には 「湯の入」 「滝の入」 と 「西長岡」 の3つの湯が湧いていたといいます。
「湯の入」 と 「滝の入」 は、やぶ塚温泉の源泉ですが、「西長岡」 の湯だけは丘陵一つ越えた離れた所に湧き、一軒宿があったとのことです。
旧 「藪塚本町誌」 にも <明治22年にはすでに創業、「長生館」 という宿があった。昭和32年12月に焼失> の記載があります。
これが温泉ファンの間で “幻の温泉” と言われ、復活を望む声が上がっている西長岡温泉です。
自然主義の小説家、田山花袋は温泉好きとしても知られ、全国の温泉をめぐり多くの紀行文を残しています。
大正時代に発表した 『温泉めぐり』 という著書の中で、こう記しています。
<その西長岡の温泉に初めて私の出かけて行ったのは、そのあくる年の二月のまだ寒い頃であった。(中略) 位置としては藪塚よりも深く丘陵の中にかくれたようになっていて、一歩一歩入って行く心持が好かった。(中略) 此処もやはり旅舎は一軒しかない。>
花袋は胃腸に効くこの温泉を大変気に入り、<いろいろな人に紹介した> とも言っています。
また、西長岡温泉を舞台にした小説 『野の道』 を書きました。
「私が小学生の頃でした。山の向こうが真っ赤に染まり、とても怖かったことを覚えています」
と今井さんは、当時を述懐します。
もし、あの火災がなかったら……。
群馬の最東端温泉地は、やぶ塚温泉ではなかったかもしれませんね。
<2014年4月2日付>
Posted by 小暮 淳 at 13:54│Comments(0)
│温泉考座