2021年09月02日
湯守の女房 (28) 「よその温泉に入ると、水っぽくて物足りないと感じてしまいます」
新鹿沢温泉 「鹿の湯 つちや」 嬬恋村
「気が付いたら姉も妹も家を出てしまっていて、結局、私が旅館を継ぐことになっちゃいました」
5代目女将の土屋実千子さんは、屈託のない笑顔を見せる。
4人姉妹の三女として、新鹿沢(しんかざわ)に生まれ育った。
主人の實さんは、長野県の生まれ。
旧本州四国連絡橋公団や名古屋市役所の職員をしていたが、親戚の紹介で女将と知り合い、30年前に結婚して旅館に入った。
私が女将に会うのは2年ぶりになる。
以前にも感じたが、色白で肌に張りがあり、年齢よりも、だいぶ若々しく見える。
「産湯から温泉につかっていますからね。やっぱり源泉がいいんですよ。よその温泉に入ると、水っぽくて物足りないと感じてしまいますもの」
新鹿沢温泉のルーツは、鹿沢温泉にある。
大正7(1918)年に大火が温泉街を襲い、全戸が焼失してしまった。
多くの旅館は再建をあきらめたが、「つちや」 と他2軒が4キロ下がった現在地へ移転し、源泉を引き湯しながら新鹿沢温泉として営業を再開した。
湯元の 「紅葉館」 だけが鹿沢温泉に残った。
鹿沢温泉の発見には、こんな伝説がある。
今から1300年以上も前のこと。
白雉(はくち)元(650)年、猟師が山中で全身白色のシカと出あった。
追いかけると突然姿が消え、熱湯が湧き出した。
そして、湯煙の中に金色の薬師如来が現れて、
「この地に湯を与え、多くの人々の病苦を救い、長寿に効く霊場にしたい」
と告げたという。
これが 「鹿の湯」 の由来となった。
その効能は多岐にわたり、飲泉すれば胃腸病や貧血にも特効がある、といわれている。
マグネシウムやナトリウムを多く含む炭酸水素塩温泉は、皮膚の角質 (表層) をやわらかくし、肌をスベスベにする効果があるため、「美人の湯」 とも呼ばれる。
「冬はスキー、夏は登山。ここは昔から、鹿沢の自然が好きな人たちに愛されてきた静かな山の温泉地です。これからも庶民的な温泉旅館でありたい」
以前、長年子どもができなかった夫婦が住み込みで働きに来たところ、すぐに子どもを授かったという。
「だから、ここの湯は 『子宝の湯』 とも言うのよ」
と、笑顔を見せる。
この女将の底抜けに明るい人柄に惹かれて通って来る常連客も多い。
2年前、長男の智さんが、調理師の修業を終えて帰ってきた。
「あとは、若女将が来てくれるだけです」
と、6代目湯守の女将へバトンを手渡す日を夢見る。
<2012年7月4日付>
Posted by 小暮 淳 at 11:11│Comments(0)
│湯守の女房