2022年02月14日
最後の “お上がり”
僕に特技というものがあるとしたら、それは、パンク修理です。
どんな自転車でも15分で直します。
なぜ、そんな特技が身に付いたのか?
僕には、3人の子どもがいます。
長女と長男は、すでに独立して所帯を持ち、別の場所で暮らしています。
末っ子の次女だけが同居していますが、その彼女も今春、就職が決まり、他県で一人暮らしをすることになりました。
この3人の子どもたちが高校卒業まで通学で愛用していた自転車の修理工が、僕だったのです。
「おとうさん、パンクしちゃった」
と一人が言えば、
「あ、私のも直しといて」
と、10年前までは、繁忙期が続いていました。
が、ここ数年は、まったく発注はありません。
たまに、自分の自転車のパンクを修理するくらいのものです。
というのも、大学生になった次女は、しばらくは通学に駅までの区間を自転車で通っていたものの、車の免許を取ってからは、パッタリと乗らなくなってしまったからです。
軒下には、水色の自転車が雨風にさらされたままでした。
先日、僕の自転車がパンクしました。
いつもなら、ササッと修理するのですが、タイヤを見て、ため息をつきました。
ただのパンクではありません。
中のチューブだけではなく、タイヤ本体にまで穴があき、裂けています。
ご臨終です。
その時、目に入ったのが、軒下の水色の自転車でした。
タイヤの凹凸もまだあるし、ホコリはかぶっているものの、磨いて油をくれてやれば、まだまだ立派に走りそうです。
「おーい!」
リビングでスマホをいじっている次女を呼びました。
「この自転車、おとうさんにくれないか?」
「えっ、なに?」
「お前の自転車、もう乗らないんだろ?」
「何年も乗ってないし」
「だから、おとうさんにくれっていってるんだよ!」
すると、しばらくして、
「好きにすれば! もうすぐ、この家、出て行くし!」
と、嬉しいような、淋しいような返事が聞こえてきました。
かくして僕は、娘の “お上がり” を手に入れたのであります。
思えば、長女からと長男からと、これで3台目の “お上がり” であります。
そして、これが最後の “お上がり” となりました。
ピカピカに磨いて、ベルなどの部品も取り換えて、3台目の “お上がり” は、僕の愛車として生まれ変わりました。
チリンチリンチリン……
「頑張れよ!」
独り立ちする次女にエールを送りながら、僕は今日も颯爽と北風に向かって、ペダルを漕いでいます。
Posted by 小暮 淳 at 12:16│Comments(0)
│つれづれ