2022年05月21日
ぐんま湯けむり浪漫 (6) 法師温泉
このカテゴリーでは、2017年5月~2020年4月まで 「グラフぐんま」 (企画/群馬県 編集・発行/上毛新聞社) に連載された 『温泉ライター小暮淳のぐんま湯けむり浪漫』(全27話) を不定期にて掲載しています。
※名称、肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。
法師温泉 (みなかみ町)
湯の歴史と文化が漂う秘湯の宿
創業は明治8(1875)年。
群馬と新潟県境の三国峠にほど近い、上信越高原国立公園特別地域に隣接する秘湯の一軒宿 「長寿館」。
初代の岡村貢氏が私財を投じて、現在の本館を建てた。
当時、法師温泉には4、5軒の宿があったという。
戦後には、長寿館ただ一軒となってしまった。
法師川に寄り添う細道は、昔から文化の懸け橋を担う人々が、三国峠を越える際に往来した。
若山牧水、与謝野晶子、高村光太郎、直樹三十五、川端康成……。
名だたる文人墨客たちが投宿しており、館内には写真や短歌、書画が数多く飾られている。
また秘湯感あふれるロケーションから、戦後になってからは数々の映画やテレビCM、雑誌の撮影などが行われてきた。
一躍、法師温泉の名を全国に広めたのが、旧国鉄 (現JR) が熟年夫婦を対象にした 「フルムーンキャンペーン」 のテレビCMとポスターだった。
女優、高峰三枝子と俳優、上原謙の入浴シーンが、当時、大変話題になった。
ほかにも小栗康平監督の県人口200万人記念映画 『眠る男』 や大林宣彦監督の 『彼のオートバイ 彼女の島』、最近では阿部寛と上戸彩主演の 『テルマエ・ロマエⅡ』 の舞台にもなった。
有形文化財に登録された湯殿建築
苔むす杉皮ぶきの屋根、かつての旅籠(はたご)の面影を残し、旅情ただよう玄関。
引き戸を開けて土間に入ると、大きな吹き抜けロビーの続きに、炉が切られた部屋がある。
いつ訪ねても薪がパチパチと爆(は)ぜ、鉄瓶がシュンシュンと鳴っている。
そっと出される一服の茶に、旅装が解かれていく。
「湯守(ゆもり)は、源泉の湧き出し口だけを守っていればいいのではありません。一番大切なのは、温泉の源となる雨や雪が降る場所、つまり宿の周りの環境を守ることなんです」
と6代目主人の岡村興太郎さん。
周辺の山でトンネル工事が行われると、湯脈を分断される恐れがある。
スキー場やゴルフ場ができれば、森林が伐採されて山は保水力を失い、温泉の湧出量が減少するかもしれないという。
代々、湯守が守り継いできた温泉は、全国でも1%未満しかないといわれる浴槽直下から源泉が湧く足元湧出泉。
その温度は、入浴の適温とされる約42度。
まさに “奇跡の湯” である。
明治28(1895)年に建てられた混浴の大浴場 「法師乃湯」 は、本館、別館とともに国の有形文化財に登録されている。
アーチ形の窓をしつらえた鹿鳴館風の湯殿は、太い梁(はり)をめぐらせた天井や壁、床、浴槽にいたるまで、すべてが木造り。
湯舟は “田の字” に木枠で仕切られ、それぞれに丸太が掛け渡されている。
丸太の枕に頭をのせて湯を浴(あ)んでいると、時おり、湯床に敷き詰められた小石の間からプクプクと湯玉が湧き上がり、背中をくすぐる。
たった今、約50年前に降った雨が、温泉となって生まれ変わったのだ。
《草枕手枕に似じ借らざらん 山乃いでゆ乃丸太のまくら》 晶子
昭和6(1931)年9月4日、歌人の与謝野鉄幹、晶子夫妻は三国路を訪れ、長寿館に3泊している。
晶子の 『法師温泉の記』 によると、「この温泉を以前から高村光太郎さんが愛して度度行かれる。私達夫婦も高村さんに教へられて一昨年から遊びたいと思っていた」 とある。
同館には、晶子が法師温泉から三国峠に、駕籠(かご)に乗って向かう様子を写した写真や宿泊した部屋が残されている。
<2017年12月号>
Posted by 小暮 淳 at 11:51│Comments(0)
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