2022年07月01日
ぐんま湯けむり浪漫 (13) 梨木温泉
このカテゴリーでは、2017年5月~2020年4月まで 「グラフぐんま」 (企画/群馬県 編集・発行/上毛新聞社) に連載された 『温泉ライター小暮淳のぐんま湯けむり浪漫』(全27話) を不定期にて掲載しています。
※名称、肩書等は連載当時のまま。一部、加筆訂正をしています。
梨木温泉 (桐生市)
鉄分を大量に含む人気のにごり湯
赤城山の一峰、長七郎山の山ふところ。
1200年以上もの昔から湯が湧いていたという梨木(なしぎ)温泉は、平安時代、時の征夷大将軍、坂上田村麻呂が赤城神社造営のおりに発見したと伝わる。
渡良瀬川の支流、深沢川の奥深い谷間に、一軒宿の 「梨木館」 が建っている。
創業は明治12(1879)年。
それ以前は野天の湯屋があり、地元の人たちが入りに来る程度だったという。
東上州では数少ない温泉だったということもあり、大正時代になり旧国鉄足尾線 (現・わたらせ渓谷鐵道) が開通すると、湯治場として大変にぎわった。
しかし戦後は、台風による水害や火災で旅館が全焼するなど、度重なる不運を乗り越えてきた。
「にごり湯は “汚い” と嫌われた時代もあり、湯をろ過して使おうと考えたこともありましたが、今となれば守り通して良かったと思っています。お客さまは 『この湯のにごりがいい』 と、やって来られますから」
と、5代目女将の深澤正子さん。
代々当主が守り継いできた湯は、鉄分を大量に含む黄褐色のにごり湯。
成分が濃いために析出物が堆積して、湯の注ぎ口や浴槽の縁が変形してしまっている。
これが正真正銘、天然温泉の証拠であり、遠方より温泉ファンがやって来る人気のゆえんでもある。
湧出時は無色透明 時間とともに色を変える
♪ 梨木よいとこ 赤城のふもと 雲の中から お湯が湧く ♪
こう歌われる 『梨木小唄』 は、西条八十(やそ)作詞、町田嘉章(よしあき)作曲。
町田嘉章は伊勢崎市出身の作曲家で、民謡の研究家 “町田佳聲(かしょう)” としても知られる人物である。
昭和の初め、町田嘉章は梨木館の主人の依頼を受けて、友人の西条八十と訪れ、この歌を世に残した。
完成した小唄は、帝国劇場でも披露され、劇場には梨木館の緞帳(どんちょう)も飾られたという。
「私の曽祖父、3代目直十郎(なおじゅうろう)の時代です。当家では代々直十郎の名を継ぐことになっています」
と6代目主人の深澤幸司さん。
「いずれ私も直十郎を襲名することになります」
ロビーにセピア色した絵図が展示されている。
「上野國赤城山梨木鑛泉之圖 明治四十年一月二十四日」
とあり、木造3階建ての立派な旅館が描かれている。
効能の欄には、胃弱、便秘、婦人生殖器病、皮疹、呼吸器病などが列記され、こんな一文が添えられていた。
<当所へ差し出したる水は無色清澄にして極めて微かに酸味と臭へ且つ少し口中を刺激し共反応弱酸性を呈す。煮沸すると微か濁潤してアルカリ性に変す>
そして文末に、「旅館梨木館 深澤直十郎」 と記されている。
湧出時は無色透明だが、時間の経過とともに色を変える 「薬師の湯」。
千余年の時を経て湧き続ける源泉を今も、たった一軒の宿で守り続けている。
<2018年9月号>
Posted by 小暮 淳 at 11:10│Comments(0)
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