2022年07月02日
ANAK
♪ お前が生まれた時 父さん母さんたちは
どんなに喜んだことだろう
私たちだけを 頼りにしている
寝顔のいじらしさ
ひと晩中 母さんはミルクを温めたものさ
昼間は父さんが あきもせず あやした ♪
(杉田二郎 『ANAK (息子) 』 より)
僕には3人の子どもがいます。
今は全員、家を出て暮らしています。
内訳は上から女、男、女。
真ん中の長男だけが男の子です。
そして唯一、同じ市内に住んでいます。
とは言っても、互いが顔を合わせるのは年に数回のこと。
盆暮れ正月と法事ぐらいでしょうか。
それでも僕は時々、息子にメールを送ります。
<元気にやってるか?>
<たまには顔を出せ>
返事は、決まって <元気> <あいよ> といった素っ気ない言葉だけです。
それでも親子なんて、なんとなく、つながっていればいいと思っていました。
先日、そんな彼が、ふらりと実家に顔を出しました。
「お父さん、いるの?」
階下から息子の声がします。
「いるよ」
と返事をすると、2階の僕の仕事部屋まで上がって来て、こう言いました。
「今度、呑みに行こうか?」
驚きました!
あまりに驚き過ぎて、言葉が返せません。
彼が生まれてから30年、僕から彼を誘ったことは多々ありますが、彼から 「どこかへ行こう」 なんて誘われたことは、ただの1度もありません。
しかも、酒だ!?
僕が知る限り、彼は酒を呑みません。
その彼が、一緒に酒を呑もうと言うのです。
やっと継げた二の句は、「ああ、いつでもいいよ」 でした。
「分かった、また連絡する」
そう言い残して、彼は階段を下りて行きました。
今週、その “Xデー” は来ました。
夕刻、彼が車で迎えに来てくれました。
向かったのは、僕の行きつけの居酒屋です。
車の中では、彼の仕事の話が中心です。
彼の職業は、カーディーラーの営業マン。
連日帰りが遅く、休みも平日だといいます。
そんな貴重な休みの日を、のんべんだらりと生きている呑兵衛のオヤジのために使ってくれていることに、ただただ感謝です。
「でも、お前、呑めないだろ?」
「いや、少しは呑めるようになったんだよ」
「少しって?」
「サワー、1杯か2杯」
「ははは、そりゃ、呑めるうちに入らんな」
とかなんとか親子の会話は途切れずに、店までたどり着きました。
「あら、ジュンちゃんの息子さん? いい男じゃな~い!」
とママの洗礼を受けて、まずは親子で乾杯。
とにもかくにも、親子で、しかも居酒屋で、しかも2人きりで肩を並べて酒を呑むなんて、人生初の出来事であります。
否が応でも、ピッチが上がります。
駆けつけ3杯の生ビールを呑み干し、日本酒の冷やをグラスであおりました。
「バカに日に焼けてるな?」
まじまじと彼の顔を見て、僕が言いました。
このひと言が、この日の酒を極上の美酒に変えてくれました。
「ああ、農業を始めたんだ。今日も朝から畑で畝(うね)を作ってきた」
えっ、えええ?
コイツ、何を言ってるんだ?
何が農業だよ?
お前、サラリーマンだろ?
聞けば、脱サラをして農業を始めた友人を今年から、休みの日ごとに手伝っているのだといいます。
「へー、お前がな……」
「今度、俺が作った野菜を食べさせてやるよ」
それから何時間も彼の農業デビューの話を聞きました。
思えば、数年前。
彼が僕に、こんなことを言ったことがありました。
「お父さんは、仕事が楽しそうだね」
「お前は、楽しくないのか?」
と訊くと、彼はポツリと言いました。
「だって、数字がすべてだもの」
今は、土をいじるのが楽しいと言います。
なんでも、いいんだよ。
夢中になれることがあれば。
人生は、長いんだ。
あわてることも、あせることもない。
今やりたいことが、今やるべきことなんだ。
「そうか、お前が作った野菜で酒を呑む日を楽しみにしているよ」
ほんの少しだけ、親子が親子以上に近づいた夜でした。
息子よ、ごちそうさま!
Posted by 小暮 淳 at 12:18│Comments(0)
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