2022年09月12日
遺書を抱いた婦人
昨日、講演会について書きましたが、僕には忘れられない出来事があります。
講演やセミナーの会場の大きさは、依頼主によりさまざまです。
市立や町立の中央公民館だと何百人と収容できるホールですが、地区の公民館や企業の会議室だと数十名規模になります。
その忘れられない講演会は、さらに小さい公民館で起こりました。
あれは5年前の桜が咲く頃でした。
場所は前橋市の郊外、集落にある公民館の分館。
といっても、30名も入れば満員になる集会所です。
講演開始すぐに、異様な光景に気づきました。
最前列に座った高齢の婦人の膝の上に、僕の著書が置かれていたのです。
それも、まるで遺影のように表紙をこちらへ向けて、しっかりと両手で握りしめられていました。
婦人の表情も終始、真剣な面持ちです。
講演自体は、きっちり90分で終え、僕は用意された控室へ入りました。
そのときです。
担当職員から声がかかりました。
「先生に直接お会いして、どうしても話をしたいという方がいるのですが?」
部屋を出ると、そこに立っていたのは、先ほどの最前列の婦人でした。
そして、手には僕の著書が2冊握られていました。
『群馬の源泉一軒宿』 と 『ぐんまの小さな温泉』。
古い本なのに、どちらも新品同様に見えました。
ただ新品ではないと、ひと目で分かったのは、2冊ともにおびただしい数の付箋紙が貼られていたからです。
婦人の話は、こうでした。
6年前、ご主人が亡くなられ、遺品を整理していた時に、僕の本を見つけたといいます。
2冊の本には付箋紙が貼られ、要所要所にラインマーカーで線が引かれていたといいます。
付箋紙の貼ってある温泉をみると、知らない所ばかりでした。
ただ1つだけ、ご主人と一緒に行った温泉がありました。
そして、その温泉へ行った直後に、ご主人の病気が悪化して、帰らぬ人になったといいます。
「主人は、この付箋が貼ってある温泉に私を連れて行こうと思っていたようです。でも、実際に行けたのは1つだけでした」
ある日、回覧板の中に、見覚えのある名前を見つけといいます。
そうです、僕の名前です。
この日の講演会を知らせる記事でした。
「もし、主人が生きていたら絶対に先生の講演会に来たと思うんです。だから私が今日、主人の代わりに来ました」
すでに婦人の目には、涙がにじんでいました。
そして最後に、こう言いました。
「サインをいただけますか? 主人の名前で」
ライターという職業に就いたこと、講演活動を続けていることに、誇りを持てた出来事でした。
Posted by 小暮 淳 at 12:39│Comments(5)
│講演・セミナー
この記事へのコメント
こういうお話しは私も涙ぐんでしまいます。唯一行けた温泉がどこであれ、他の温泉も楽しみだったでしょうに。
Posted by みわっち at 2022年09月13日 16:14
みわっちさんへ
講演会には、さまざまな事情の方がお見えになります。
読者の顔が見えるというのも、著者としては楽しみの一つです。
これからも一期一会を大切に、活動を続けていきたいと思います。
講演会には、さまざまな事情の方がお見えになります。
読者の顔が見えるというのも、著者としては楽しみの一つです。
これからも一期一会を大切に、活動を続けていきたいと思います。
Posted by 小暮 淳
at 2022年09月14日 11:53

そのタイミングでなければつながらなかったご縁ですね。
このお話を聞いて、自分も先生とのいろいろなご縁、いろんな講演会や温泉談義、その他いろいろ。走馬灯のように思い出されました。
先生に感謝です。
このお話を聞いて、自分も先生とのいろいろなご縁、いろんな講演会や温泉談義、その他いろいろ。走馬灯のように思い出されました。
先生に感謝です。
Posted by センネンボク at 2022年09月17日 22:41
人と人をつなげる講演会。良いですね。
先生と参加者、そして企画した公民館の職員。
いろいろな立場の人の、いろいろな思いが詰まった講演会。
自分も何回か講演会参加させていただきましたが、すべて、いろいろな思い
出とともにあります。
先生と参加者、そして企画した公民館の職員。
いろいろな立場の人の、いろいろな思いが詰まった講演会。
自分も何回か講演会参加させていただきましたが、すべて、いろいろな思い
出とともにあります。
Posted by センネンボク at 2022年09月17日 23:01
センネンボクさんへ
たびたび聴講していただき、ありがとうございます。
同じ話なのに、何度も会場に足を運んでくださり、講師冥利に尽きます。
でも一般の聴講者は、一期一会の方がほとんどです。
これからも出会いを大切に、講演活動をしていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
たびたび聴講していただき、ありがとうございます。
同じ話なのに、何度も会場に足を運んでくださり、講師冥利に尽きます。
でも一般の聴講者は、一期一会の方がほとんどです。
これからも出会いを大切に、講演活動をしていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by 小暮 淳
at 2022年09月18日 16:58
